海洋情報旬報 2015年3月11日~20日

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3月11日「中国の『一帯一路』構想、その狙い―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, March 11, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の准教授、Li Mingjiang は、3月11日付の RSIS Commentariesに、“China’s “One Belt, One Road” Initiative: New Round of Opening Up?”と題する論説を寄稿し、中国の「一帯一路」構想について、要旨以下のように述べている。

(1) 習近平主席が提唱する、「シルクロード経済ベルト」と「21世紀海上シルクロード」の「一帯一路」構想(あるいはThe “Belt and Road” Initiative ( BRI) ともいわれる)は、中国の外交政策推進の優先事項となっている。BRIについては中国では大いに議論されているが、外部世界は、この構想に対してそれほど関心を示しているようには見えず、この構想の重要な含意を見逃してきた。

(2) 中国がBRIの実現に如何に真剣に取り組んでいるかを示す、幾つかの事象がある。BRIは、第18期中央委員会第3回全体会議(三中全会)の決議で提唱されたものである。 習主席が議長を務める2014年11月の中央財政経済財委員会(中央財經領導小組)第8次会議では、BRIについて特に議論された。そして2014年12月の年次中央経済工作会議では、BRIを2015年の中国の優先事項の1つとした。以後、中国は具体的な措置をとってきた。中国は、アジアインフラ投資銀行 (AIIB) を立ち上げるとともに、400億ドルの「シルクロード基金」を設立した。BRIは、北京で開かれたAPEC会議で多くの外国指導者に説明された。今やBRIは中国の国家戦略となった。BRIは、習主席の任期満了時点で、彼の外交政策の主要な遺産と見なされる可能性は極めて高い。国家発展改革委員会 (NDRC) は、関係機関の支援を受けて、BRI推進のためのガイドラインとビジョンを開発している。中国政府の諸声明によれば、BRIは、政策、インフラや施設、貿易、通貨及び人的資源の関連する5つの分野が含まれている。具体的には、BRIの推進には、貿易と投資の促進措置、インフラの整備(鉄道、高速道路、空港、港湾、通信、エネルギーパイプライン及び物流ハブ)、産業と地域間経済協力(主に海外の工業団地や経済回廊)、金融協力、そして人的交流の促進などが含まれる。

(3) 中国の多くの報道によれば、BRIは、最終的にはアジアからヨーロッパに至る最大65カ国が関与することになると見られる。同時に、中国政府の高官の発言から見れば、BRIの重点が中国の近隣諸国にあることが窺われる。BRIは、現代中国の対外関係史の中で前例のない提案になりそうである。中国はBRIの戦略的側面を強調しないようにしてきたが、多くの中国の専門家は私的な会話では、BRIが実際には、この数年間に中国の近隣諸国が進めてきた戦略的再編、特にアメリカのアジアにおける再均衡化戦略に対する対応の一貫であることを、暗黙の内に認めている。

(4) しかしながら、BRIは、単にアメリカの再均衡化戦略やこの地域の戦略環境の変化に対応するだけのものではない。BRIは中国外交政策コミュニティーに現れつつあるコンセンサス、即ち、北京は今やこれまでの「低姿勢」の国際戦略から大きく転換し、より大きな成果を求めて積極的に行動する必要があるとのコンセンサスを反映したもの、と言えよう。 中国の外交政策エリートは既に、将来に向けて大国としての中国を押し上げるための大戦略を追求し始めた。彼ら外交エリートはまた、中国の政策決定者に対して、中国の近隣諸国で大きくなりつつある中国に対する否定的な見方に対応するために、大々的な政策イニシアティブを仕掛けるよう提言してきた。

(5) 中国当局者はBRIが新たな中国開放の一貫でもあると主張しているが、これは多分に事実である。第1に、中国は、特に鉄鋼と建設資材部門で、過剰生産や過剰生産能力の問題に直面している。この問題は、BRIが多くの中国企業に海外市場を開拓する機会を与えることで対処できるよう。第2に、中国は、人件費の上昇に伴って、労働集約的で低付加価値の生産施設を海外に移転することになろう。BRIは、これらの2つの面で、中国国内経済の再編を加速させることになろう。第3に、過去数十年の間、改革開放の流れに遅れていた中国の内陸部と西部地域において、BRIは、これら地域の経済成長を促すことになろう。第4に、中国は、より多くの中国の投資家が海外への投資機会を探す、純資本輸出国となろう。

(6) 明らかに、北京はBRIに真剣に取り組んでいる。しかし、1つには中国が十分な情報を提供していないこともあって、近隣諸国からの反応は盛り上がるには至っていない。近隣諸国は最終的に、BRIによる経済的利益と自国の国家安全保障上の戦略的懸念とを天秤にかけようとするであろう。いずれにしても、域内各国は、BRIに関心を持ってはいるが、中国に対してその実現に向けての透明性を確保し、より多くの情報を提供することを求めるに違いない。

記事参照:
China’s “One Belt, One Road” Initiative: New Round of Opening Up?

3月12日「中国の海上シルクロードを巡る疑惑―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, March 12, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の上席研究員、Irene Chanは、3月12日付の RSIS Commentariesに、“China’s Maritime Silk Road: Emerging Domestic Debates”と題する論説を寄稿し、「21世紀海上シルクロード (MSR)」構想を巡る周辺諸国の疑惑について、要旨以下のように述べている。

(1) 中国の習近平主席は2013年10月、公式訪問中のインドネシアの議会演説で、「21世紀海上シルクロード (MSR)」構想を明らかにした。この演説は域内の注目を集めたが、その後数カ月間、中国政府当局者は、古代の貿易ルートを復活と域内諸国との関係改善を進めるという習主席の発言を繰り返すだけで、MSRに関する詳細な情報を提供することはほとんどなかった。2014年11月の第17回中国ASEAN首脳会議で、中国の李克強総理は、MSRに加えて、運命共同体を構築するための「2 + 7協力枠組み」を提唱した。この枠組みは、戦略的な信頼醸成と互恵的な経済発展の促進という2つの政治的なコンセンサスと、海洋協力、金融、安全保障、環境保護及び人的交流を含む7つの優先的協力分野からなる。東南アジア、南アジア、アフリカ沿岸及び地中海に至る海上貿易を促進するための、港湾へのアクセスを拡大する中国の壮大な連結プロジェクトに対して、今日まで、域内諸国は明確な反応を示していない。

(2) 中国での政策論議から判断すると、MSRは、策定済みのマスタープランというよりも、中央政府の諸官庁を巻き込んで策定中のプランのようである。策定作業には、外務部、商業部、交通運輸部、農業部から国家発展改革委員会に至る最大12もの諸官庁が関与している。中国の報道によれば、これまで20の省政府がMSRとシルクロード経済ベルトに関する提案を行った。こうした国内の圧倒的な反応に加えて、中央と地方政府の間の調整の困難さが、MSR構想を国外へ効果的に伝えることができない要因となっている。中国にとって不幸なことに、こうした明確性の欠如が、中国に対する憶測と疑惑を生んできた。北京はまだMSRに沿った具体的な港湾拠点の公式地図を発行していないが、国営新華通信は2014年5月、「新しいシルクロード、新しい夢」という連載記事の中で、地図を掲載した。新華社はこの地図が単なるイラストかどうかについては言及しなかったが、中国政府は、MSRの公式地図がないことを明らかにしている。いずれにしても、中国は、主要メディアや外交チャンネルを通じて、2013年の習主席の構想発表以来、域内諸国に対してもっと多くの公的な広報活動ができたはずである。

(3) 中国にとって幸いなことに、域内諸国との結び付きを強めるという呼びかけは、長年にわたって東南アジアでは反響があった。2010年に採択された、The Master Plan for ASEAN Connectivity (MPAC) は、ASEANの計画とリンクさせることでMSRを明確にする上で、中国にとって理想的な解決策になるかもしれない。MPACは、物理的、制度的及び人的結び付き強化のための15の優先プロジェクトを特定した。MPACはまた、域内におけるリンケージを構築するに当たっての、これまでの成果と今後の課題を評価した。中国のMSRが複数の地域をカバーする大規模なプロジェクトであることを考えれば、中国の政策立案者は、東南アジアに局限されたMPACを修正してMSRの一部として再定義することを検討できるかも知れない。またこれによって、プロジェクトの優先順位を決める時間の節約にもなれば、域内各国が同プロジェクトから何が期待できるかを明らかにすることにも役に立ち得る。ASEANを中核に据えることで、中国中心の地域共同体の創設という一部諸国の中国に対する不安を払拭することも期待できる。

(4) しかしながら、中国は、多くの域内諸国がMSRに対して地域的結び付きの強化という利点を認めながらも、戦略的な懸念も持っていることに驚くべきではない。鉄道、道路そして港湾は、統合された政治的、戦略的な力として歴史的な重要性を持ってきた。長い間、シーレーンと戦略的チョークポイントの制圧が中国のアジア戦略構想においてその比重を益々高めてきていると言われてきた。中国のMSRに対して批判的な専門家は、地域の安全保障に関して少なくとも2つの主要な問題を提起してきた。第1に、MSRの背後にある中国のより深い動機は何か。そして第2に、中国海軍と海洋法令執行機関は、MSRにおいて最終的にはどのような役割を果たすのか。

(5) MSRに関する継続的なコミュニケーション不足は、政治的・安全保障的な動機からではなく、純粋に経済的な構想として推進するという中国の主張に対する疑念を高めている。例えば、インドがMSRに戦略的懸念を高めているのは、中国の潜水艦がコロンボ港に寄港したことから、中国資本で建設されたスリランカのコンテナターミナルが中国の軍事目的に使用されることになるかもしれないからである。東南アジアでは、南シナ海の紛争が解決されないまま、経済的相互依存が進むことに疑念が見られる。2014年7月の報道では、広州、海南、湛江、北海、泉州、漳州、寧波、蓬莱及び揚州の各沿岸都市が古代のMSRをユネスコ世界遺産に登録するための共同提案をしたという。また中国の報道によれば、文化遺産担当官庁が西沙諸島における頻繁な考古学的調査を実施しており、そして南方の南沙諸島にまで調査を拡大しているという。このことは、この地域において中国の歴史的な存在を証明し、それによって中国の現在のプレゼンスの強化を合法化するとともに、南シナ海における中国の領有権主張を強固にする手段として、中国がMSRを利用するかもしれないとの疑念を、他の領有権主張国の間に高めている。中国の政策立案者はMSRの青写真を作成することに勤しんでいるかもしれないが、それは、地域の戦略的な懸念を隠すよりも表面化させることになるかもしれない。

記事参照:
China’s Maritime Silk Road: The Politics of Routes

【関連記事】「中国の海上シルクロード構想、その国内論議から見る諸問題―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, March 13, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の上席研究員、Irene Chanは、3月13日付の RSIS Commentariesに、“China’s Maritime Silk Road: Emerging Domestic Debates”と題する論説を寄稿し、「21世紀海上シルクロード (MSR)」構想を巡る中国国内の論議はMSRを策定し、実行していく上で中国が国内外で困難な問題に直面していることを浮き彫りにしているとして、要旨以下のように述べている。

(1) 「21世紀海上シルクロード (MSR)」構想を巡って圧倒的に盛り上がった18カ月を経て、中国の学者や政策立案者は、MSR政策の策定と実行が如何に骨の折れる作業かを実感し始めている。彼らは、MSRを実行する上での諸問題や、MSRとその双子のもう一方、シルクロード経済ベルトの両方の持続可能性について、疑問を呈し始めている。まず、中国のアナリストは、中国のシルクロード外交の持続可能性に注目している。シルクロードの復活は習近平主席の創案だが、習主席の残りの8年の任期内に実現できることには限界がある。 中国の政策立案者は、シルクロードを一夜にして構築できないことを認識している。域内関係諸国がMSRに関する協議に応じ、協力の条件を交渉するまでには、少なくとも10年を要するであろう。その後、政策遂行の効果が見えるようになるまでには、更なる時間を要するであろう。また、中国の経済的、社会的計画は5年周期で策定されており、現在の中国経済は第12次5カ年指針の下で策定された戦略に基づいている。このことは、陸上と海上の両方のシルクロードが依拠すべき計画モデルが次の5カ年指針の下で如何に実行されるかという問題を提起する。

(2) 一部の中国の学者は、シルクロード外交の戦略的含意、特に東南アジアにおけるMSRの戦略的含意を見落したり、軽視したりしてはいけない、と警告している。彼らは、中国が域内での経済的切り札を過大評価しており、MSRルートが南シナ海の紛争領域を通過することから、域内諸国は自国の戦略的利益を犠牲にしてまで中国との経済関係を深めることを警戒している、と指摘する。MSRは、中国の地域覇権を確立するというよりは、域内諸国がアメリカや他の主要プレイヤーとともに中国に対抗するためのヘッジを構築していく動機付けになるかもしれない。一方、別の中国の学者は、商業的な関与が深まれば深まるほど、中国の脆弱性が大きくなることから、北京がMSRの下で内政不干渉という長年の外交政策を維持できるかどうかを疑問視している。彼らは、アラブの春における中国のリビアでの経験を念頭に、MSRのための連結したインフラ開発の推進に当たっては忍耐と慎重さを求めている。彼らは、北京に対して、海外での大規模プロジェクトにコミットする前に、当該地域のインフラ開発ニーズに関する詳細な調査と、徹底した政治的、経済的リスクの分析の実施を求めている。彼らは、中国の海外インフラ投資のかなりの部分が妥当な配慮を怠ったために損失を被っている、と指摘している。このことは、中国の資源を無駄にするだけでなく、当該地域で働く中国人の生命を危険に晒すことにもなる。

(3) 中国の報道によれば、これまで20の省政府がMSRとシルクロード経済ベルトに関する提案を行った。中国の学者は、これらの省がMSRの効率的な基点としての要件を等しく備えているわけではない、と指摘している。各省は、それぞれ異なる開発ニーズを持っており、アジアインフラ投資銀行 (AIIB) とシルクロード基金 (SRF) の資金のかなりな部分を費消することになるかもしれない。このことは、例えば、SRFにおいて中国の地方政府は他の関係諸国よりも優先されるべきなのか、そしてその評価基準は如何なるものかといった、資源配分に関する新たな問題を提起し、限られた資源を巡って国内及び国際的な分捕り合戦を将来しかねない。MSRに関してだけでも、雲南省、広西チワン族自治区、海南省、広州、福建省、浙江省及び江蘇省は、ASEAN経済のパイを巡って互いに競合している。広州の工業化と地域生産ネットワークへの参加は、広西チワン族自治区と雲南省に比べて、より多くの成果を上げている。しかしながら、広西チワン族自治区は、2004年から毎年恒例の中国ASEAN博覧会 (China-ASEAN Expo) を開催してきており、ASEANを理解し、交渉する上で多くの知識を有している。雲南省は、The Master Plan for ASEAN Connectivity (MPAC) の一部である大メコン圏 (The Greater Mekong Subregion: GMS) 開発計画に含まれている。北京は、地方政府間の競争と重複を最小限に抑えながら、生産と連結における役割を如何に割り当てるべきか。地域における支配的経済大国として、そしてMSRと将来の地域開発における最大の出資国として、北京は、今後困難な課題―即ち、中国は、域内諸国への割り当て条件に対する抵抗と国際的な規範無視を排除しながら、国内のナショナリズムと新設の基金に対する信頼性を共に維持することができるか―に直面している。

(4) 中国は、地域的取り組みの推進力として、ASEANを重視し続けるのか。北京は、地域の安全保障と南シナ海の紛争に及ぼすMSRの戦略的含意に対処できるだけの十分な政治的意思を持ち得るか。現在の国内議論において、中国の学者は、MSRの有無に関わらず、中国は東南アジアにおける経済的支配や政治的影響力を引き続き強化していくであろう、と指摘している。従って、ASEANは、中国からの情報を受動的に待つのではなく、自らがMSRにおいてどのような役割が可能かを自問する必要がある。ASEANは、中国の対外的なMSR政策の形成に寄与し、地域的結び付きを強化するための既存の多国間及び2国間の努力を中国に想起させるために、イニシアティブを発揮すべきである。中国が古代シルクロードを復活させる動機は正当化できるとしても、それを実行するためには解決すべき多くの問題が残っている。最も差し迫った、そして最も基本的な問題は、グローバルな栄光を取り戻すという中国の野心がこの壮大なアイデアを実行する能力を上回っているかどうかである。

記事参照:
China’s Maritime Silk Road: Emerging Domestic Debates

3月12日「南シナ海での中国の行動への対応―M. グリーン論評」(The Washington Post, March 12, 2015)

米シンクタンク、CSISのMichael J. Green上席副所長とMira Rapp Hooper は、3月12日付の米紙、The Washington Post に、“Push China toward diplomacy”と題する論説を寄稿し、中国の南シナ海における埋め立てや基地建設を阻止することは困難だが、アメリカはASEANと協力して強い対応をとるべきとして、要旨以下のように述べている。

(1) 北京はほんの数カ月で、南シナ海で幾つかの小さな環礁や岩礁を6カ所の小規模な軍事基地に変え、世界のコンテナ船の3分の1が航行する海域に要塞を構えた。南沙諸島における乾ドックと滑走路は、中国軍が燃料補給や修理のために本土まで戻ることなく、南シナ海の全域において継続的な海空軍戦力のプレゼンスを維持できることを意味する。中国当局は、1年前に東シナ海に設定したのと同様の防空識別圏 (ADIZ) を、今後南シナ海にも設定し、この空域を飛行する全ての航空機に対して北京への通告を要求することになろう、と警告している。

(2) 現在までのところ、北京は、国際法のグレーゾーンの範囲内で行動してきた。土地の埋め立ては厳密には違法ではないし、他の領有権主張国も自らが占拠する南沙諸島の島嶼で建設工事を実施してきた。北京は、軍事基地を建設するために、周辺の他の領有権紛争当事国の軍事力が工事に干渉できるほど強力ではなく、更にまたアメリカの安全保障条約義務の適用が明確ではない島嶼を慎重に選定した。対照的に東シナ海では、中国は、日本の有力な海上自衛隊と衝突しないように、あるいはまた尖閣諸島に対する介入の口実をアメリカに与えないように、慎重に行動しなければならなかった。

(3) アメリカは、領有権紛争にはいずれにも与しないが、中国が力による現状変更を押し進めないようにすることに重大な関心を持ってきた。中国の埋め立てや基地建設を阻止することは困難だが、北京が威圧的な行動をとることを思い止まらせるために、幾つかの措置をとることができる。

a.第1に、ワシントンは、中国によって最も直接的に脅かされているフィリピンやベトナムなどに対して、能力構築を支援し続けるべきである。特に、東南アジア諸国の海洋監視能力の強化努力を支援すべきである。日本と他の同盟国も、インフラ投資や装備の移転などによって支援する用意がある。

b.第2に、米海軍は、中国がこの海域における航行の自由を妨害しないように示威しなければならない。シンガポールへの4隻の沿岸戦闘艦のローテーション配備は有益だが、これらの沿岸戦闘艦と他の第7艦隊艦艇は、域内のパートナー諸国との合同軍事演習を増やすべきである。一方、北京は、南シナ海での排他的なADIZ設定宣言は容認されないことを承知すべきである。北京が東シナ海にADIZの設定宣言した時、事後発表にはなったが、アメリカは、米軍の活動に如何なる影響もないことを実証するため、非武装のB-52を派遣して、ADIZを直接通過させた。北京は、南シナ海でのADIZが強い反応を招くことを事前に承知しておく必要がある。

c.第3に、アメリカは、中国の行動を遅らせるために、東南アジア諸国がとっている外交的、法的措置を支援しなければならない。アメリカはこれまで、中国とASEANの南シナ海における行動規範の制定を慫慂してきたが、北京はこの話し合いを意図的に遅らせているように思われる。しかしながら、アメリカにとって、現在進行中の国際的な法的努力に対する支援を促進する余地がまだある。中国の埋め立ては、少なくとも1つには、フィリピンによる国際海洋法裁判所への提訴の効果を弱めることを狙っている。ワシントンは、マニラの法廷闘争を支援するために、中国が変更しつつある南沙諸島の環礁の状況に関する詳細な情報を裁判所に提供すべきである。

(3) 米国の政策目標は、アジアにおいて中国の外交を打ち破ることではなく、中国により責任ある外交を展開させるようにするために説得し、透明性の向上を求めなければならない。アメリカ政府はこうした方向に向けて幾つかの措置をとってきたが、今が北京との緊張を高める適切な時期かどうかについて論議が続いている。南シナ海で中国が急速に要塞化を進めている状況下で、今現在、強い対応をとらなければ、後でより危険な対決になることはほぼ間違いないであろう。

記事参照:
Push China toward diplomacy

3月13日「カムラン湾基地使用を巡る米ロの角逐、ベトナム苦慮―セイヤー論評」(The Diplomat, March 12, 2015)

オーストラリアの東南アジア問題専門家、Carl Thayerは、3月13日付のWeb誌、The Diplomatに、“Vietnam’s Cam Ranh Bay Caught in U.S.-Russia Crossfire”と題する論説を寄稿し、カムラン湾基地使用を巡る米ロの角逐とベトナムの苦慮について、要旨以下のように述べている。

(1) 3月11日付けのロイター通信の独占報道によれば、ロシアの核搭載可能なTu-95MS 爆撃機がグアムの米軍基地近辺までの示威的飛行を行った後、ベトナムのカムラン湾基地から飛来したロシアのIl-78給油機から空中給油を受けた。米政府当局者は、ロシア爆撃機のグアム近辺までの飛行を、ロシアのクリミア併合とウクライナ危機に伴う西側の経済制裁に対して、プーチン大統領が承認したアメリカとNATOへのグローバルな対抗措置の一貫であることを認めた。また、在ハノイの米大使館は、ベトナム外務省に公式に遺憾の意を伝えたと報じられた。米国務省のある当局者は、「我々は、ベトナム当局に対して、ロシアが域内の緊張を高めるような活動を遂行するためにカムラン湾基地へのアクセス権を行使できないようにする確約を求めた」と語った。同時に、米国務省は、米政府はベトナムが自国の軍事基地へのアクセスを認める協定を他国と結ぶ権利を尊重する、と述べた。また、国務省は、カムラン湾基地へのIl-78給油機のアクセスを認めるロ越協定については承知している、と述べた。ロシア国防省は、Tu-95MS 爆撃機への空中給油のためにIl-78給油機がカムラン湾基地を2014年1月に初めて利用したことを認めた。

(2) Il-78給油機によるカムラン湾基地の利用は、大国に対する宣言政策と現実とを調和させるという厄介な問題を、ベトナムに突きつけることになった。2009年に公表された、ベトナムの最新の国防白書は、「ベトナムは、如何なる軍事同盟にも加わらない、如何なる国にも軍事基地を認めない、そして他国に対する軍事行動を遂行するために自国領土を利用させない」と宣言している。この施策指針は「3つのノー」として知られる。他方で、ベトナム軍高官は、ベトナムは地域の平和に貢献する限り域内におけるアメリカの軍事プレゼンスを支持してきた、と語っている。例えば、国防副大臣のグエン・チ・ビン中将は、「ベトナムは、アジア太平洋地域、特に東南アジアにおけるアメリカの立場と利益を尊重している。しかし、この尊敬と歓迎は、アメリカの軍事プレゼンスが域内の平和と安定を維持することができるという前提に立っているのである」と述べた。カムラン湾基地からのIl-78給油機の飛行は、第3の「ノー」―他国に対する軍事行動のために自国領土を利用させない―に反している。ロシアの行動はまた、ベトナムがロシアに対してもアメリカに対すると同様の基準を適用しているかどうかについて、疑念を提起した。ロシアのTu-95MS 爆撃機の飛行がアメリカの懸念を高めたことが明らかで、もしこうした飛行が継続されれば、東アジアの緊張を高めることになろう。

(3) ベトナムは軍事プラットフォームや装備の供給源としてロシアに依存してきたが、今やこのことがベトナムを困難な立場に追い込んでいる。ロシアは、Kilo級潜水艦をベトナムに引き渡し初めて以来、カムラン湾基地に対して特別のアクセス権を認めるようベトナムに迫ってきた。当初、ロシアは、アデン湾での海賊対処任務終了後の帰途、派遣艦隊の寄港を希望した。Il-78給油機がカムラン湾基地を2014年1月に利用した前例から見れば、もしベトナムが許可方針を撤回したり、条件を設けたり、あるいは将来のアクセスを拒否したりすれば、ロシアが不快感を持つのは確かであろう。ロシアは、給油活動を阻止しようとするベトナムの動きに対して、防衛協力のペースを遅らせたり、規模を縮小したりすることで対抗するかもしれない。しかしながら、ロシアは、東南アジア地域で他にどの国ともこうしたアクセス協定を結んでいないことから、対抗手段は限られている。一方、中国は、アメリカのグローバルな主導的役割に挑戦するという目標を共有しているが故に、ロシアを暗黙裡に支援する可能性がある。中国は、もしロシアの給油機がベトナムの対米関係を複雑化させることになるなら、歓迎さえするであろう。

(4) ロシアの給油機の飛行に対するアメリカの抗議は、グエン・フー・チョン共産党書記長の初訪米を控えた時期と重なった。この間の悪い出来事は、書記長の訪米を気まずいものにするかもしれず、また、アメリカによる「ケース・バイ・ケース」での致死性兵器の売却承認を遅らせ、そして防衛協力のペースをスローダウンさせることになるかもしれない。ハノイは、慎重な態度を維持しているが、主要大国との関係を悪化させるリスクに直面している。Il-78給油機によるカムラン湾基地の利用は、一方にロシアと中国、他方にアメリカという図式をもたらした。間に立ったベトナムにとって、安易な解決策はない。

記事参照:
Vietnam’s Cam Ranh Bay Caught in U.S.-Russia Crossfire

【関連記事】「ロシアのカムラン湾基地利用、米ロ間で苦慮するベトナム―ベトナム人の視点から」(CogitAsia.co, CSIS, March 16, 2015)

米シンクタンク、CSISの研究員、Phuong Nguyenは、CSISのブログに、“What Should the United States Do about Cam Ranh Bay and Russia’s Place in Vietnam?”と題する論説を寄稿し、ロシアのカムラン湾基地利用、米ロ間で苦慮するベトナムについて、ベトナム人研究者の視点から、要旨以下のように述べている。

(1) 3月11日のロシアのIl-78給油機によるカムラン湾基地の利用に対して、ワシントンがハノイに懸念を表明するという意外な展開は、急速に進展しつつあった米越防衛関係におけるカムラン湾基地の役割を巡る議論に再び火を付けることになった。米太平洋陸軍司令官、ブルックス将軍が最近グアム周辺を周回するロシアの爆撃機がカムラン湾基地から飛来する給油機から空中給油を受けている事実を確認するに至って、東南アジアでのアメリカのパートナーとして重要性を増しているベトナムにおいて、ロシアが依然占めている役割に対して、アメリカが不快感を持っていることが明らかになった。

(2) カムラン湾は、南シナ海に面した中部ベトナムの深水港で、ベトナム戦争中は米軍の主要基地であった。パネッタ前米国防長官は、2012年にカムラン湾を訪問した際に、「この施設への米海軍艦艇のアクセスは、米越関係における重要な構成要素である」と語った。2002年にカムラン湾からロシアの撤退した後、ハノイは、カムラン湾の軍用施設を二度と外国に使用させないと発表した。しかし、2010年以降、ロシアがカムラン湾で特別な処遇を受けることが増えていることを、米政府当局者は確認してきた。ロシアは、ベトナム海軍拡充のために潜水艦隊を建造中であり、ロシアの専門家が潜水艦乗組員の訓練支援のためにカムラン湾基地に派遣されているといわれる。ロシアの要員と艦船は、カムラン湾で海軍施設を改修し、新しい潜水艦施設を建設した。ロ越両国は2014年11月、カムラン湾へのロシア軍艦の寄港を認める協定に調印した。この協定によれば、アメリカを含む他の外国海軍がベトナムの港湾に入港する回数を年1回に制限されるが、ロシアの艦艇は、カムラン湾に寄港する前に事前通告を求められるだけになった。

(3) アメリカは、ベトナム海軍との年次交流のためにカムラン湾の北にあるダナン港に寄港している。米海軍艦艇の寄港回数の増大、あるいはベトナムの南シナ海戦略で中心的な役割を持つカムラン湾へのアクセス制限の緩和について、米越間の話し合いは続けられてはいるが、ベトナムがアメリカとの海軍交流を増大させたり、あるいは多数の外国艦艇の寄港に対処したりする能力を持っていないと主張して、進展していない。その結果、アメリカが最近ベトナムの最も重要な安全保障上のパートナーになり、今後益々重要になっていくとしても、ロシアがカムラン湾の重要な施設に無条件のアクセスを認められていると見られる現状に、一部の米政府当局者は落胆している。このことは、ウクライナでのモスクワの行動に端を発する米ロ間の緊張増大の最中に、ロシア空軍のアジア太平洋地域での活動が活発化したという事実と相俟って、ロシアのカムラン湾の利用に対するアメリカの懸念は当然のように思われる。しかしながら、この問題に関してアメリカがベトナムに圧力をかけることになれば、ベトナムを苦境に立たせ、2国間の軍事関係の正常化過程の進展を停滞させるか、逆行させる可能性がある。

(4) ハノイの立場からすれば、ロシアは、冷戦時代以来のベトナムの最大の武器供給国であり、軍事技術の最も大きな移転元である。一方アメリカは、2014年になってベトナムに対する武器禁輸を部分的に緩和したに過ぎない。ベトナム戦争中に米軍と戦った経験を持つ多くのベトナム人から見れば、モスクワは、現在のベトナムの指導者層の苦闘時代を助け、ハノイが国際的に孤立した数十年間を支援してきた。この故に、ベトナムの当局者は、例え西側諸国とのパートナーシップを強化し、環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP) のような自由貿易協定を受け入れたとしても、ロシアを放逐するようなことはしないであろう。ワシントンがロシアのカムラン湾利用に非公式に懸念を表明し、そして数日後にロシアによるカムラン湾の利用がメディアに漏れた時にも、ハノイは沈黙を守った。2008年以降、アメリカとベトナムは、防衛協議を積極的に進めてきたが、未だ持続的な相互信頼確立の域に達していない。一部のベトナムの指導者層の間では、ハノイはアメリカのアジアにおける再均衡化戦略とワシントンのパワーゲームの駒に過ぎないと見られているのも、また現実である。

(5) ベトナムにとって、独立した外交政策以上に重要なものはない。ベトナムの複雑な歴史を顧みれば、ベトナムの指導者層は、再び大国間の板挟みになることを望んでいない。ベトナムのロシアの処遇に対するアメリカの干渉的な姿勢は、彼らの悪夢を不必要に強調しかねない。アメリカがロシアとベトナムの2国間防衛協力の進展を黙認する一方で、ベトナムは、カムラン湾を含むベトナム港湾への米海軍の頻繁な寄港を認める措置をとるべきであろう。南シナ海の西側の海域における米海軍の大きなプレゼンスは両国にとって利益となることから、アメリカのカムラン湾へのアクセスを拒否することは戦略的にほとんど意味をなさない。同時に、重要な事は、ベトナムは、アメリカから取得を希望する武器計画を速やかに明確にすることである。アメリカとベトナムの関係を前進させ続けていくためには、アメリカは、ベトナムの歴史を重んじ、ベトナムの現在の諸外国との2国間関係の実態を理解することが必要である。

記事参照:
What Should the United States Do about Cam Ranh Bay and Russia’s Place in Vietnam?

3月16日「米国の新海洋戦略、その問題点―米専門家論評」(Warontherocks.com, March 16, 2015)

米シンクタンク、The Hudson Center for American SeapowerのBryan McGrath副所長とThe Center for Strategic and Budgetary AssessmentsのBryan Clark研究員は連名で、リアリストの視点から外交・安保問題を議論するWeb上のプラットフォーム、War on The Rocksに、3月16日付で“The New Maritime Strategy: It’s Tricky to Balance Ends, Ways, and Means”と題する論説を寄稿している。アメリカの海洋軍種(海軍、海兵隊及び沿岸警備隊)は3月初め、新海洋戦略、A Cooperative Strategy for 21st Century Seapower: Forward, Engaged, Ready(「前方・関与・即応:21世紀の海軍力のための協力戦略」)*を公表した。この新海洋戦略は2007年版の改訂版である。この論説で海洋問題の専門家である2人の筆者は、新海洋戦略の全般的特徴について、アメリカの海洋軍種の合同文書であるにもかかわらず、改訂版でも「海軍」の方向付けに関する記述が圧倒的に多く、その結果、新海洋戦略はグリナート海軍作戦部長の遺産(抄訳者注:同部長は2015年7月で2期4年になる)とも言えるもので、在任中に提唱した、幾つかの「ビッグ・アイディア」を集大成したものと言えよう、と述べている。そして「ビッグ・アイディア」の中でも、特に以下の4つが新海洋戦略で特筆されていると指摘している。第1は、電磁スペクトルにおける作戦が水上戦闘や統合された防空・ミサイル防御といった他の海軍の各種戦闘レベルと同じレベルに引き上げられたことである。第2に、今後予算難から縮小されることはあっても、増強されることはないと見られる海軍戦力からより多くの前方展開戦力を抽出しようとすることである。第3は、統合戦力への海軍の主たる貢献分野は、アクセスを確保し、維持することである。そして第4は、海洋軍種におけるより大きな柔軟性、適応性そしてモジュール性の実現が重視されていることである。

以下、2人の筆者は、新海洋戦略について、要旨以下のように論じている。

(1) 新海洋戦略の最大の欠点は、大国間の抗争が深まる時代にあって、アメリカのシーパワーの役割とその適用について十分に説明されていないことである。ロシアや中国などからの軍事的挑戦は、明らかに今日のそして将来の海軍と海兵隊の戦力構成を検討する上での優先事項である。しかし、新海洋戦略は、平時における海軍力の前方展開や戦闘能力が大国間の抗争力学にどう対応するについてはほとんど説明がない。最近のロシアと中国の侵略的行動について、第1章「グローバルな安全保障環境」である程度言及されてはいる。そして次章以降で、米海軍と同盟国海軍がこうした侵略的行動を抑止し、あるいは対応するためにとってきた幾つかの措置を記述している。残念ながら、それらの措置と中ロの侵略的行動が結び付けられていない。例えアメリカが中ロ両国と実際に干戈を交えることは決してないとしても、両国の侮りがたい接近阻止/領域拒否能力 (A2/AD) や現在進行中の低レベルの挑発的行動をみれば、こうした記述ぶりは、米軍は介入できないし、またその意志もないというシグナルを、同盟国に対して発信することになりかねない。2007年版の主たる欠点は目的(任務)、方策(態勢、機能)そして手段(戦力組成)と戦略環境との連接が欠落していることであった、改訂版でも同じ欠点が見られ、戦略文書の有用性を減じている。

(2) インド洋・太平洋地域やヨーロッパにおいて必要とされる海軍戦力の前方展開の量と質は、中国やロシアの修正主義的行動に対抗できるように計画されなければならない。しかしながら、第2章「前方展開と提携関係」の記述ぶりは、ヨーロッパにおける海軍戦力の前方展開の量と質はイランのミサイルの脅威と北アフリカの混乱に対応するよう計画されている、と読者は信じるかもしれない。ロシアによる挑戦については言及されていないのである。インド洋・太平洋地域におけるプレゼンスに関する記述でも、現在進められている「再均衡化戦略」以外に、この地域へ継続的に展開させる戦力の増強について、何ら根拠が示されていない。具体的な記述の欠如は、今日のアメリカによる安全保障に対するヨーロッパとアジアの同盟国の信頼を損ねかねない。

(3) 新海洋戦略は、海洋軍種(海軍、海兵隊及び沿岸警備隊)の新しい機能として「全領域へのアクセス(“all domain access”)」を提示し、統合戦闘に対する海洋軍種の最も重要な貢献となるとしている。これは、重要なそして必要とされる戦略上の転換である。冷戦期の海洋戦略は、必須の要件である制海権を獲得した上で、主正面に展開する陸上部隊へのソ連軍の圧力を軽減するためにソ連の側面に戦力を投射する手段として、海軍力の使用を提言していた。冷戦後、海軍戦略の焦点は、制海に対する如何なる脅威も存在しない状況での、戦力投射にほぼ完全に移行した。今日、A2/ADネットワークの拡散と能力向上によって、アクセスが、統合戦闘における死活的な争点となってきた。A2/AD能力を持つアメリカの敵対勢力の地理的位置と地政学的条件を考えれば、アメリカは、アクセス確保のために、海軍力に大きく依存しなければならない。しかしながら、新海洋戦略では、「全領域へのアクセス」が必須機能のヒエラルキーの何処に位置付けられているのかは明らかでなく、5つの海洋機能、即ち、全領域へのアクセス、制海、戦力投射、抑止及び海洋安全の中で同等に並列されている。しかし、第4章「戦力構成:将来の部隊の構築」では、C4ISR(指揮・通信・統制・コンピューター・情報・監視・偵察)と電磁スペクトルにおける作戦に支援された、制海と戦力投射が全領域へのアクセスを可能にする、と暗示している。これは単に分類上の議論かもしれないが、戦略における各種機能(あるいは方策)の総合と関連性は、戦略を実行する上で必要とされる能力(あるいは手段)の種類と質にとって重要な意味を持つ。この場合、もし制海と戦力投射が全領域へのアクセスを可能にするのであれば、特定の統合戦闘作戦のためにアクセスを獲得する必要性は、海軍力の中で制海と戦力投射能力が同程度必要なのか、そしてそれらが質的にどの程度のものでなければならないかの基準となる。反対に、もし海洋機能がそれぞれ独立したものであるならば、海軍戦力の能力の基準を確立することは、特に予算の制約下では一層困難になる。この場合、例えば、制海のための能力と戦力規模の所要は、企図された統合戦闘作戦とは関係なく、外洋と沿岸域の広大な海域から敵を排除するための所要によって決まることになろう。これは耐えられない負担であり、達成不可能であろう。更に、艦艇や兵装システムの記述ぶりから、読者は、制海や戦力投射から抑止力が生まれると推定するかもしれない。このことは、海軍の制海及び戦力投射が「潜在的な敵に、勝利できない、あるいは武力侵略の代価が大き過ぎて容認できないと確信させる」のに十分な能力と規模を持っていなければならないことを示唆している。これは、単にアクセスを確保するだけよりも、遙かに高い基準である。

(4) 新海洋戦略が言及していない抑止力のもう1つの側面は、海軍と海洋に関わる健全な産業基盤の必要性である。アメリカは近い将来、新設造船所や補修施設あるいは弾薬工場の分野で、相対的に低い平時の水準を超えて生産力を拡大する能力をほとんど持てなくなるかもしれない。戦力組成を構築するために必要な資本集約的努力は何年もかかることから、この分野の産業基盤の能力不足は、中国やロシアのような主要大国に対する抑止力となる海軍力を阻害することになるかもしれない。海軍は、例え平時には非効率的存在であっても、戦時の所要に応じ得るある程度の余力を持った産業基盤を確保しておくことがアメリカの国益である、と主張していかなければならない。

(5) いずれにしても、この新海洋戦略は、2007年以降、世界が大きく変化したことに対応する、重要な第1歩であり、纏まった認識を示すものである。新海洋戦略は、旧戦略よりも現実を見据え、明快なビジョンを提示することで、アメリカの海洋力を正しい方向に指向させるものである。

記事参照:
The New Maritime Strategy: It’s Tricky to Balance Ends, Ways, and Means
備考*:A Cooperative Strategy for 21st Century Seapower: Forward, Engaged, Ready
(本報告書は英語版の他に日本語、中国語版、アラビア語版、スペイン語版、韓国語版、フランス語版があり、日本語版のURLは次のとおりである。
http://www.navy.mil/local/maritime/CS21R-Japanese.pdf

3月19日「『シルクロード経済ベルト』構想、ランドパワーとしての中国の野心―ユーラシア問題専門家論評」(China Brief, The Jamestown Foundation, March 19, 2015)

米シンクタンク、The Jamestown Foundationのユーラシア問題アナリストで、上海のThe Center for Shanghai Cooperation Organization Studiesの客員研究員でもある、Jacob Zennは、3月19日付のWeb 誌、China Brief に、“Future Scenarios on the New Silk Road: Security, Strategy and the SCO”と題する論説を寄稿し、「シルクロード経済ベルト」構想に見るランドパワーとしての中国の野心について、要旨以下のように論じている。

(1) 中国の習近平国家主席は2013年9月に、カザフスタンのナザルバエフ大学での「歴史的」な講演で、「シルクロード経済ベルト」構想を打ち出した。この経済ベルトは、ユーラシアにおける中国の増大するランドパワーとしての戦略的立ち位置を反映したもので、今日、中国にとって「戦略」レベルの構想となっている。シルクロード経済ベルトは、鉄道、パイプラインそして道路といったインフラで中国と中央アジアを恒久的に結び付けるもので、古のシルクロードや海洋における「真珠数珠繋ぎ (“String of Pearls”)」戦略とは異なるものである。こうした結び付きは、中国とロシア、アフガニスタン、パキスタン、インド、モンゴル、ネパール、ブータン及び新疆ウイグル自治区と国境を接する中央アジア諸国との様々なレベルの協調関係を促し、こうした協調関係は現在、上海協力機構 (SCO) の会議や協力メカニズムを通じた取り組みが目立っている。

(2) シルクロード経済ベルトに沿った地域における中国の経済的な影響力やパワーは、中国の国家安全保障目標に幾つかの成果をもたらしているが、それらは例えば以下のようなものである。

a.2015年にインドとともにSCOに加盟するパキスタンを含む、SCO加盟国からの中国の資源輸入は、中国のエネルギー需要を満たすとともに、資源輸入先を多様化し、安全を確保し、そして迅速化する上で、中心的な存在となっている。例えば、エネルギー資源を、東アフリカやペルシャ湾岸からマラッカ海峡経由で中国東部に輸送するより、これらの地域から中国西部に輸送する距離は、中国企業が運営するパキスタンのグワダル港を利用すれば、4分の1以下に短縮される。そして、もしイランがSCOに加盟すれば、イランのチャーバハール港はグワダル港と同様の役割を果たすことになろう。もっとも、イランのSCO加盟は、国連が同国の核開発計画に対する制裁を解除して初めて可能になろう。

b.中央アジア諸国と新疆ウイグル自治区の経済発展は、地域の人々の生活を向上させるとともに、中国や中央アジア諸国を脅かしている過激な活動に青年層を駆り立てる要因の1つになっている、失業問題などを軽減させることが期待される。

c.地域の相互依存関係と統合は中国と近隣の中央アジア諸国との結び付きを緊密化させることになり、中国は、1990年代に発生したような中央アジアに隣接した地域における反中国運動を抑えるために、これら諸国の協力を期待できる。

(3) シルクロード経済ベルト構想は、中国政府が北京大学の王緝思教授提唱の「西進 (“March West”)」という考え方をかなり取り入れていることを示している。この考え方は、アフリカのスーダンやナイジェリアといった非常に不安定な地域からの資源輸入を、中央アジアなどのより安定した地域からの輸入に切り替えることで、負担を軽減することを意図している。また、この考え方は、停滞するロシアと中央アジアから撤退しつつあるアメリカに代わってこの地域に進出することで、中国が東アジアにおける首座を巡ってアメリカとの「ゼロサムゲーム」的抗争に陥る可能性を低減させることになろう。加えて、中央アジア諸国は、一党専制下にあり、中国にとっても外交活動を展開していく上で、好ましい地域といえるかもしれない。シルクロード経済ベルト構想は西の主軸(中央アジア諸国)と南の主軸(アフガニスタン・パキスタン)における中国の経済活動にとって不可欠だが、それはまた、新疆ウイグル自治区におけるパイプラインや石油精製施設を整備し、同自治区の経済発展を促すことで雇用機会や経済的利益を創出するためにも不可欠である。従って、このシルクロード経済ベルト構想は、厳密に軍事的側面や経済的側面に限って見ることも、また外交政策や国内政策といった側面からだけで見ることもできない。要するに、これら全ての側面が総合されたものなのである。それ故に、「西進」か「シルクロード経済ベルト」と呼ぶかはともかく、それは、本質的に総合的な戦略であると考えるべきである。

(4) 中国がSCO諸国と共に進めようとしているインフラ整備計画は野心的で広範なものだが、中国の計画を挫折させたり、危うくさせたりしかねない、重大な国内外の社会的、政治的趨勢、テロや暴動といったリスクが存在している。社会的、政治的趨勢は、以下の3つのタイプに分類できよう。

a.中央アジア諸国で表面化しつつある民族問題の高揚は、隣接する、特にイラン、アフガニスタン及びパキスタンにおいて高まりつつあるイスラム運動と同様に、自己のアイデンティティを確認するよりナショナリスティックなものになってきている。

b.中央アジア5カ国の内、3カ国の大統領、即ち、カザフスタンのナザルバエフ、ウズベキスタンのカリモフ、そしてタジキスタンのラフモンは、1991年に独立して以来大統領の座にあり、後継者問題を抱えている。キルギスでは、2005年と2010年の反政府暴動の結果、現在では議会制民主主義国となっているが、政治的に不安定で、近隣諸国と同様に腐敗している。

c.経済的に豊かではないが河川の上流に位置するタジキスタンとキルギス両国と、下流に位置するカザフスタン、ウズベキスタン及びトルクメニスタン3カ国との間には水資源を巡る不平等があり、上流国のタジキスタンにおけるRogunダムのような水資源プロジェクトが国境紛争に繋がる可能性を排除できない。

(5) シルクロード経済ベルト構想を危うくしかねないテロや反政府暴動といった、以下のような域外からの脅威もある。

a.タリバンやウズベキスタン•イスラム運動 (IMU) の一派はイスラム国 (IS) に忠誠を誓っており、IMUは、トルコ経由でシリアに出入りしている。ISは、“Wilayat Khorasan”地域(アフガニスタン、中央アジア及び新疆ウイグル自治区)における自らの存在を喧伝するため、中央アジアで挑発行動に出るかもしれない。

b.トルキスタン・イスラム党 (TIP) ―東トルキスタン・イスラム運動 (ETIM) と言われることが多い―の「復活」。TIPが海外の中国資産を標的にしたり、新疆ウイグル自治区内のウイグル人と連携したりする可能性が高まっている。

d.2016年に予定されている米軍のアフガニスタンからの撤退は、アフガニスタン治安部隊の能力やタリバンの再興などから、時期的には不明確な部分があるが、撤退によってアフガニスタンの不安定や政治的不和が継続する可能性がある。

(6) 長期的な視野に立てば、中国は、その歴史の大半が海洋国家ではなく、大陸国家であったことに注目すべきである。しかも、ASEAN、アメリカ及び東アジアの同盟国が中国を封じ込めようとしているが、中国は、ユーラシア大陸のハートランドの奥深くまで、圧倒的なそして自らの規範に基づくパワーを投影するため、中央アジアにおいて新たな規範やSCOのよう地域枠組を確立しつつある。14億人という中国の巨大な人口と、新疆ウイグル自治区と北アフリカやペルシャ湾のエネルギー資源との間の輸送距離の短縮を考えれば、ユーラシアにおける自らの経済的利益を確保するために、ランドパワーになることは、中国にとって益々その重要性が高まっているのである。中央アジアの安定に対する内因的脅威や非国家主体による外因的脅威が増大しつつあるが、SCOを通じた中国の積極的な関与や、パキスタンとイランとの関係の緊密化から見て、ランドパワーとしての中国の野心は、現在定義されるところの「中央アジア」という領域を超えて拡大していこうとする戦略であることを示唆している。

記事参照:
Future Scenarios on the New Silk Road: Security, Strategy and the SCO

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・山内敏秀・吉川祐子