海洋情報旬報 2015年3月1日~10日

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3月2日「ロシア太平洋艦隊の現勢と将来動向」(The Diplomat, March 2, 2015)

Web誌、The Diplomatの共同編集者、Franz-Stefan Gadyは、3月2日付のThe Diplomatに、“What to Expect From Russia’s Pacific Fleet in 2015”と題する論説を発表し、最近のロシア太平洋艦隊の状況と将来展望について、要旨以下のように述べている。

(1) ロシアで北方艦隊に次いで大きい太平洋艦隊はこの2年間で、20年間に及ぶ野心的な海軍再軍備計画の一環として、ソ連崩壊後初めて新しい艦艇を受領した。2013年には、新型Borei級弾道ミサイル原潜 (SSBN) 1隻を受領し、今後10年間に更に5隻の受領を予定している。2014年にはDyugon級上陸用舟艇を受領した。2015年には、Borei級SSBN、Vladimir Monomakhが太平洋艦隊に配備される計画で、もう1隻のAlexander Nevskyは最近、カムチャツカ半島でBulava弾道ミサイルの発射実験に成功した。また2隻のSteregushchy級コルベットも配備される。同艦は、沿岸域で運用される多目的艦である。今後10年間に亘って極東に配備される計画の6隻のYasen級多目的攻撃型原潜 (SSGN) の内、1番艦は2017年に太平洋艦隊に編入される。また、ロシア海軍はOscar級SSGNの近代化計画を始めたばかりだが、その内5隻は太平洋艦隊所属である。Oscar級SSGNの近代化計画の詳細は不明だが、艦齢を15年~20年延伸するためと見られる。更に、Ivan Gren級両用揚陸艦の1番艦は10年間に及ぶ建造期間を経て、2015年に就役予定で、恐らく太平洋艦隊に配備されると見られる。海軍の主要な任務は戦略的抑止であり、従って、ロシアは短期的には、太平洋艦隊の老朽化した潜水艦隊の近代化を重点としている。沿岸防衛は海軍にとって2番目に重要な任務であり、ロシアは、アクセス阻止戦略を遂行できる、多数の小型の水上戦闘艦(例えば、Steregushchy級コルベット)の建造を開始した。その他の海軍の2つの主要任務である、遠海域への展開とシーレーン(例えば、北方航路)防衛については、太平洋地域については現有の戦闘艦艇で遂行しなければならないであろう。何故なら、新たな巡洋艦と駆逐艦(そして恐らく新型空母)の導入があるとしても、恐らく2025年以降になると見られるからである。また、今後2年以内に太平洋艦隊に配備予定であった、フランスからのMistral級強襲揚陸艦の購入がウクライナ危機によって遅延している(抄訳者注:報道によれば、ロシアは5月26日、Mistral級強襲揚陸艦の購入を断念したといわれる)。

(2) 2015年2月現在のロシア太平洋艦隊の戦力は、潜水艦23隻と水上戦闘艦艇50隻を含め、73隻の艦艇からなる。それによれば、ロシア極東の潜水艦戦力の詳細は、5隻のSSBN、5隻のSSGN、5隻の攻撃型原潜 (SSN) 及び8隻の攻撃型通常潜水艦 (SS) である。水上戦闘艦戦力の詳細は、1隻の大型誘導ミサイル原子力巡洋艦、1隻の誘導ミサイル巡洋艦、4隻の対潜戦闘艦、3隻の誘導ミサイル駆逐艦、8隻の小型対潜戦闘艦、4隻の誘導ミサイルコルベット、11隻の誘導ミサイル艇、2隻の外洋掃海艦、7隻の掃海艇、4隻の揚陸艦及び5隻の上陸艇である。

(3) 問題は、これら艦艇がどの程度の稼働状態にあるかである。米海大のBernard D. Cole海軍退役大佐が2014年の著書、Asian Maritime Strategies: Navigating Troubled Watersで、2012年の情報として引用しているところによれば、わずか3隻のSSNと7隻のフリゲート級あるいはこれより大型の水上戦闘艦が稼働状態にある。稼働している唯一のSSBNは、新型のBorei級のAlexander Nevskyである。ロシアの海軍アナリスト、Dmitry Gorenburgは、3隻のSSNと1隻のSSBNに加えて、8隻中5隻のKilo級SSと大型水上戦闘艦6隻が稼働状態にあるとしている。Gorenburgは、「太平洋艦隊のUdaloy級駆逐艦とVaryag級巡洋艦の活動が活発で、しばしばインド洋にまで展開している」とし、その上で、ロシア海軍の願望について、「ロシア海軍は短期、中期的には、戦略抑止と沿岸域防衛を重視しているが、長期的には外洋海軍再建を願望しているのは明らかである」と指摘している。従って、種々の遅れが生じ、また将来的な財政状況が不確かではあるが、我々は、ロシアの漸進的な海軍増強を過小評価すべきではない。一方、ある米海軍退役将校は、ロシアの戦闘艦建造について、「(恐らくYasen級SSGN以外の)ロシアの建艦計画は、主として他国海軍に対抗したり、あるいは領海を越えて攻撃的な軍事力を投射したりすることを意図してはいない。その搭載兵装システムは、独立的に作戦行動をとったり、他の海軍と相互運用をしたりすることはできるが、他国海軍に挑戦するようなことはできないであろう。ロシアの大部分の新造戦闘艦は、その先代戦闘艦より小型で、1つの戦闘分野に特化するとするよりは、むしろ多目的な任務遂行用に設計されている」と分析している。しかしながら、最近就役したBorei級SSBNは、RSM-56 Bulava弾道ミサイルを16~20基を装備しており、ミサイル各6~10個の核弾頭を搭載でき、アメリカのミサイル防衛システムを突破できるといわれている。ロシアは、その海軍ドクトリンで海洋配備の第2撃攻撃能力維持の重要性を強調している。

(4) 太平洋艦隊の2015年の主要な任務は、域内での合同海軍演習(中国海軍との演習は特に注目すべき)を実施することに次いで、北方航路の完全管理を維持し(これには原子力砕氷船の整備を必要とするが、ロシアは3隻を新造中である)、太平洋におけるロシアの海上貿易を保護し、クリル諸島(千島列島)海域におけるロシア海軍のプレゼンスを更に増強し、そして海洋核抑止力を維持することである。前出のGorenburgは、「太平洋艦隊は、この地域の地政学的な重要性の高まりとこの地域における海軍大国の集中という状況認識から、今後10年間の間にロシア最大の艦隊になりそうである」と見ている。しかしながら、我々は、2015年にはこの地域のロシアの海洋戦力態勢に大きな変化を見ることはないであろう。

記事参照:
What to Expect From Russia’s Pacific Fleet in 2015

3月3日「南シナ海における中国の埋め立て工事、米国や域内諸国は対抗すべし―CNAS会長」(The Wall Street Journal, March 3, 2015)

米シンクタンク、The Center for a New American SecurityのRichard Fontaine会長は、3月3日付の米紙、The Wall Street Journalに、“Chinese Land Reclamation Pushes Boundaries”と題する論説を寄稿し、南シナ海における中国の埋め立て工事に対して、アメリカや域内諸国は対抗すべしとして、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海で中国が進める埋め立て工事と関連施設の建設状況を示す衛星画像が、ワシントンの当局者の懸念を高めている。これは一握りの孤立した遠隔の環礁や島嶼の問題に止まらない。北京の大胆な動きは、中国の主権主張が遠海域にまで及んでいること、そして隣国やアメリカとの緊張を高めるリスクを冒す用意があることの証左である。また、このことは、アメリカとアジアのパートナー諸国が安全保障上の結び付き強化する必要性を示している。

(2) HIS Jane’s*や米シンクタンク、CSISが発表した画像や報告によれば、中国は、軍事力を投射したり、重複する領有権主張領域を防衛したりし易いように、幾つかの環礁を拡張してきた。Hughes Reef(東門礁)では人工島とヘリパッド、Johnson South Reef(赤瓜礁)では埋め立て、Gaven Reef(南薫礁)では対空用の監視塔を建設し、そしてFiery Cross Reef(永暑礁)では滑走路を造成していると見られる。この1年間の南シナ海における埋め立てと関連施設の建設は、域内の秩序を、自らの定義する国益にとって好ましい方向に変えていこうとする、北京による新たな試みを示している。

(3) 近隣諸国は警戒すべきである。これらの遠隔の拠点は、何時の日か駆逐艦や対空ミサイル部隊の基地になり得るし、北京が東シナ海に宣言した防空識別圏 (ADIZ) を南シナ海にも宣言する拠点にもなり得る。2014年にベトナム沖に石油掘削装置を持ち込んだこと、また2012年にフィリピンと領有権を争うScarborough Shoalでフィリピン軍と対峙したことなどの最近の動きとともに、これらは、南シナ海のほぼ全ての領域に対する領有権主張を実効あらしめようとする中国の貪欲さを示している。北京は、ベトナムやマレイシアを含む、他の諸国も域内の環礁の埋め立てを行っていると反撃するとともに、国際法に違反しているとするアメリカなどの非難を無視して、「9段線」の内側は全て中国の領域であると主張している。また、中国メディアは、大規模な埋め立て工事が進められていることを確認しているだけでなく、フィリピンも領有権を主張している、Cuarteron Reef(華陽礁)でも工事が始まった、そして中国軍がこの海域で演習を実施したことまで報じている。

(4) 中国のこうした高圧的は動きに対して、域内のほとんどの国は軍事投資を増強するとともに、近隣諸国やアメリカとの安全保障上の結び付きを深めている。アメリカの力に裏打ちされた開放的でルールに基づく国際秩序とアジアの地域秩序は、多くの国にとって利益であったし、中国にとっても例外ではなかった。「力は正義なり」というドクトリンは憂鬱な未来を予感させる。アメリカとその数が増えつつある有志のアジアのパートナー諸国は、中国を封じ込めるためではなく、北京の高圧的姿勢に対抗する手段として、安全保障協力を真剣に促進するための梃子として、北京の最近の南シナ海における行動を利用すべきである。中国が台頭する地域において威圧的行動と紛争を阻止する最良の方策は、域内の他の諸国と協同する強いアメリカの存在である。そのためには、ワシントンは、自らの防衛態勢を整備しなければならない。中国の潜水艦の隻数が初めてアメリカを上回ろうという時に、強制的歳出削減措置が国防省の予算を脅かしている。ワシントンはまた、ベトナムやフィリピンなどとの実質的な協力を推し進めるとともに、これら諸国に対して日本や他の国とも協力するよう慫慂すべきである。アジア太平洋地域の大国としてのインドの台頭を促すことも、いずれ中国とのカウンターバランスとして働くであろう。

記事参照:
Chinese Land Reclamation Pushes Boundaries
Note*: See,“China Expands Island Construction in Disputed South China Sea”, The Wall Street Journal, February 18, 2015

3月4日「インドネシア海洋ビジョン、実現への課題」(RSIS Commentaries, March 4, 2015)

Web誌、The DiplomatのThe Diplomatの共同編集者、Prashanth Parameswaranは、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の3月4日付の RSIS Commentariesに、“Indonesia’s Maritime Ambition: Can Jokowi Realize It?”と題する論説を寄稿し、インドネシアのウィドド大統領のビジョン、「世界の海洋の要 (‘poros maritim dunia’) 」を実現するためには無統制に拡大したインドネシアの海洋機関を統制するという厄介な問題を解決する必要があり、大統領は恒久的な機構を整備するために幾つかの難題に取り組まなければならないとして、要旨以下のように述べている。

(1) インドネシアを太平洋とインド洋の間の「世界の海洋の要 (‘poros maritim dunia’) 」にというウィドド大統領のビジョンは、大きな国際的関心を集めた。とはいえ、この野心的な海洋ドクトリンの成否は、世界で最も長い海岸線を持つインドネシアの海洋安全保障の利害調整という根源的な問題に、国家が一丸となって取り組むことができるかどうかに大きく左右されよう。ウィドド大統領は、インドネシアの海洋利害を調整するために幾つかの努力を始めているが、大統領は極めて厄介な問題に直面している。

(2) 第1に、大統領は、海洋安全保障問題に利害関係を持つ、12の「利害関係機関」を統制しなければならない。インドネシアは、1万8,000以上の島とほぼ800万平方キロ近い海洋領域からなる、世界最大の群島国家である。この広大な群島国家を管理するために、海洋の安全保障問題を担当する機関が、海軍、国家警察、運輸省及び海洋問題・漁業省を含む、12の国の機関が存在する。制度としては、各機関の責任は、重複しないように機能面と地理的区分で分けられている。しかしながら、その実態は、各機関が権限と資源を巡って抗争しているのが現状である。こうした実態は、効率的でないことに加えて、大きな無駄である。こうした現状は長らく問題視されてきたが、これまでの対応策は効果がなかった。インドネシアは2005年、これまでの各機関にまたがる海洋安全保障機能を合理化するために、海洋安全保障調整会議 (Badan Kordinasi Keamanan Laut: BAKORKAMLA) の設立準備に着手した。しかし各機関の利害は牢固としたもので、結局骨抜きになった。2008年には、インドネシア海洋沿岸警備隊 (Indonesian Sea and Coast Guard) を設立する新法が成立した。しかし、その理念は、激しい縄張り争いのために、完全に実現されるには至っていない。

(3) ウィドド大統領は、自らのビジョンを実現するためには、密漁を取り締まり、海洋防衛能力を強化し、そして領土保全を維持することによってインドネシアの資源の安全保障を確保することなどを含む、優先的な施策を推進する必要がある。大統領は、2014年12月13日の群島記念日 (Hari Nusantara) に、BAKORKAMLAに替えて、政治・安全保障・法律問題調整相の下に、海洋安全保障庁 (Badan Keamanan Laut: BAKAMLA) を新設することで、重要な一歩を踏み出した。新設の狙いは、名称を変えるだけでなく、BAKAMLAに、以前の組織のように情報を共有するだけではなく、インドネシア政府の各機関の資産を合理化し、配分する大きな権限を与えることであった。また、BAKAMLAは、沿岸警備隊と同等の組織にするために、多くのスタッフと艦艇を保有することになろう。また、政府は、本格的に稼働する前の試行として、BAKAMLAを密漁の取り締まりに参加させている。

(4) しかしながら、ウィドド政権は、BAKAMLAを確実に成功させるためには、幾つかの措置を実行しなければならないであろう。

a.第1に、確固とした明確な権限を付与しなければならない。ウィドド大統領は、機関の新設に当たって大統領令を発出しており、それには密漁取り締まりのための任務部隊の設置も含まれている。しかしながら、新設機関を実効あらしめるためには、より包括的な政令が必要である。政令公布によって、新設機関の役割が特定され、明確化されることになる。このことは、海洋安全保障機能を合理化するために不可欠である。既に政治・法律・安全保障問題調整局が政令公布を準備中で、間もなく明らかにされると見られる。

b.第2に、BAKAMLAは、訓練と哨戒任務の実施を含む、その責任を果たすために、十分な資源を配分されなければならない。これには、艦艇と人員とともに、必要な予算が伴わなければならない。BAKAMLAは最初わずか3隻の巡視船でスタートしたが、BAKAMLAの運用・訓練担当次長、Wuspo Lukito准将が2月に明らかにしたところによれば、30隻の国産巡視船を受領することになっている。しかし、BAKAMLAが2,000人規模の要員を持つ実力組織となるためには、より多くの艦艇が必要となろう。

c.第3に、ウィドド政権は、BAKAMLAを、哨戒活動だけでなく、海洋監視プロセスとともに、指揮情報通信機能と統合するための中枢として機能させるという最終的な目標を実現するために、調整機能を強化するための漸進的な努力をしなければならない。

(5) 前出のWuspo Lukito准将は他の機関との「縦割り」を克服するに「時間がかかる」と語っているが、ウィドド大統領が就任演説で述べた、サンスクリット語のスローガン、“Jalesveva Jayamah”(海洋において、我々は勝利する)を実現するためには、インドネシアの海洋分野における合理化という困難なまず勝たなければならない。

記事参照:
Indonesia’s Maritime Ambition: Can Jokowi Realize It?

3月6日「中国、ヘリ開発を加速、東シナ海の紛争に決定的役割を期待」(China Brief, March 6, 2015)

中国軍事問題の専門家、Peter Woodは、3月6日付のWeb誌、China Briefに、“China Gears Up Helicopters to Play Crucial Role in East China Sea Dispute”と題する論説を寄稿し、東シナ海の紛争に決定的役割を果たすとみられる、中国の新型ヘリの開発について、要旨以下のように論じている。

(1) 中国は、南麂列島(浙江省温州)にある軍事施設を大幅に改善した。南麂列島の位置が重要で、台湾と接する中国の哨戒線の北限にあり、揚子江河口の商業中心地域にも近く、しかも尖閣諸島にも近い(抄訳者注:北西約300キロ、大小52の島からなる)。最大の島、南麂島では、丘が平坦にされ、10カ所のヘリパッドが造成されており、最新のレーダー施設も配置されている。ヘリパッドの造成は、偵察と対潜哨戒を行う中国海軍ヘリの「前方展開」を可能にする。海軍による監視という観点から、南麂列島は重要な「近海」の拠点で、2014年に試験飛行を行った対潜用の直-18 (Z-18) ヘリなどの、中国の性能向上型ヘリが台湾海峡の状況を監視するのに格好の位置である。しかしながら、より重要なことは、南麂列島に即応部隊が配備される可能性である。中国軍の現有の直-8 (Z-8) 重輸送ヘリは27人の完全装備の兵員を輸送することができる。少なくとも2機の武直-9 (WZ-9) 軽攻撃ヘリあるいは同程度のヘリの直衛を受ければ、中国は、尖閣諸島に対して200人以上の部隊を迅速に展開することができよう。国防部報道官は南麂列島における工事が台湾向けではないと主張しているが、この発言は額面通り受け取れば日本向けということになる。また、南麂島の東側には一連の風力発電用の風車が設置されているが、これらは環境負荷の少ないエネルギー計画のためではない。

(2) 南麂列島は、中国の島嶼改良計画の最新例に過ぎない。何処であれ、係争中の地域に対する支配を強固にするために、中国は、まず空と海からの侵入を増やし、その後に無人機の飛行を含めた監視能力を強化し、そして領有権主張を強化するためにインフラ建設を行う、パターンを繰り返してきた。南シナ海の永興島などにおける改良工事もこのパターンを踏襲している。中国のゴールは「経略海洋」である。「経略海洋」とは、最新の兵器や基地施設を含む様々な手段をもって、領有権主張を裏付ける行政的管理と監視態勢を確立することである。存在を誇示することは、しばしば主権誇示の最良の方法である。係争中の海域やその周辺において強化される中国のプレゼンス(と軍事力投射能力)は、中国の主張を強固なものにする有効な手段であることを示してきた。

(3) 他方、日本も、東シナ海やそれ以遠における中国の動向を監視するために、幾つかの措置をとっている。その1つが与那国島への沿岸監視隊の配備で、これは自衛隊の海洋監視能力を飛躍的に向上させるものとなろう。与那国島は尖閣諸島に近く、沖縄の那覇基地からの定期的な監視飛行よりも海上交通をより詳しく監視することができる。もし紛争が生起すれば、与那国島は、中国の艦艇に脅威を及ぼすには格好の位置にある。陸自の12式地対艦誘導弾の射程は100キロである。もし(12式地対艦誘導弾が)与那国島あるいは宮古島に配備されれば、尖閣諸島周辺の広い海域をカバーするのに十分である。12式地対艦誘導弾の配備は、宮古水道の北東側及び南西側に砲列を敷くことになり、同海峡への兵力投射を可能にし、同水道の約3分の2を扼することになる。宮古水道は、中国が西太平洋に展開するための主要な出口である。もし中国が他の辺境の島々で南麂列島と同じような施設工事を行えば、日中両国は、最新の兵器を装備した1群の「海上要塞」の壁を挟んで対峙することになることになろう。しかしながら、改良された中国の輸送ヘリは破壊的な影響を及ぼすかもしれない。

(4) 中国の輸送ヘリコプター性能比較
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(5) 中央電視台などによれば、中国は、2機種の輸送ヘリの飛行テストが行われている。両機種は似通った要目をしている。両機種の導入は、中国軍の輸送能力における高々度飛行と中型ヘリという2つの所要のギャップを埋めることになろう。最近、チベットで高々度飛行テストを行った、直-18 (Z-18) ヘリは直-8 (Z-8) の改良型である。他方、直-20 (Z-20) ヘリは、1980年代初期に中国に売却された、米軍のUH-60 Black Hawk の派生型である*。直-20ヘリは2013年12月に初飛行を行い、当初、2015年のある時期に配備されると見られていた。Black Hawkと同様に、直-20ヘリは多用途輸送ヘリだが、中国のメディアは、直-20ヘリを1980年代のBlack Hawkの模倣ではなく、中国独自の航空電子技術や材料科学の進歩の成果である、と報じている。中国軍は、直-18と直-20が持つ能力を必要としている。直-20ヘリは中国各地の様々な部隊に幅広く配備されることになろう。直-20ヘリは艦載機として運用するのにも十分な軽さであり、また高々度飛行に十分なエンジン出力がある。直-18ヘリの高々度能力は中国の遠隔地、特にチベットにおいて重要な役割を果たすであろう。直-18と直-20ヘリは、中国の沿岸域や領有権を主張する島嶼を拠点として、海上哨戒や対潜戦において重要な役割を果たすことになろう。新型の直-18ヘリを含む中国が現有する大型対潜ヘリは小型戦闘艦からは運用できない。重量物を輸送でき、かつ戦闘艦に着艦できる能力を持つ中型多用途ヘリの不足は、海軍航空部隊の哨戒範囲と能力を制限してきた。自重10トン未満の直-20ヘリは、中国海軍の航空機運用能力を持つ全てのフリゲート、駆逐艦、両用強襲艦あるいは空母に搭載可能である。もし直-20ヘリが両用強襲艦に搭載されれば、より小型の直-9ヘリよりも多くの部隊と装備を効果的に上陸輸送することができる。また直-20ヘリのより大きな搭載容量は効果的なセンサーや武器の搭載を可能にし、中国海軍艦艇に対する潜水艦の脅威軽減に役立つであろう。直-18ヘリは最も大型の戦闘艦でしか運用できないために、南麂島や永興島のような島嶼の半永久的な基地から運用されることになろう。島嶼配備であれば、自重は問題とはならないし、直-20ヘリはより長い行動半径を持ち、多くの兵器やセンサーを搭載できるであろう。中国軍は、兵員と装備を効果的に輸送するために必要な近代化されたヘリをついに手に入れた。尖閣諸島を挟んでダイナミックに動く軍事力のバランスの中で、直-18ヘリは、中国が領有権主張を推し進め、東シナ海における不測の事態に対応する迅速な戦力投射を支える上で、重要な役割を果たすことになろう。

記事参照:
China Gears Up Helicopters to Play Crucial Role in East China Sea Dispute
備考*: 今日の米中関係からは考えられないが、アメリカは1984-85の間に24機のBlack Hawkを中国に売却した。『ミリタリーバランス2014』によれば、19機が現役である。アメリカはこの時期に中国に武器を売却するとともに、中国国内に統合電子偵察施設の建設さえ行っていた。

3月9日「アメリカは南シナ海問題に関与すべき―米専門家論評」(Nikkei Asian Review, March 9, 2015)

米シンクタンク、The Heritage Foundationのアジア研究部長、Walter Lohmanは、3月9日付のNikkei Asian Reviewに、“Why US should move beyond ASEAN in the South China Sea”と題する論説を寄稿し、アメリカは南シナ海問題に関与すべきとして、要旨以下のように論じている。

(1) オバマ政権の主要高官を含め、ワシントンの多くの関係者は、南シナ海の危機については、地域のプロセスに依存して解決を図るという外交的アプローチを支持してきた。これは不合理な考えではない。東南アジア諸国が紛争解決のために団結して対処し、そしてアメリカがこれを背後から支援できるというのが理想的である。問題は、東南アジア諸国が団結して対処するための伝統的な機構、ASEANがこのような解決を追求するには無力であることである。ワシントンは新しいアプローチを模索すべき時が来ている。アメリカはこの問題に重大な利害を持っている。それらには、台湾海峡と北東アジアの平和を維持するために不可欠なシーレーンに対する海軍のアクセス確保、安全で妨害されない海洋貿易の長期的な維持、そしてアメリカの条約同盟国であるフィリピンの安全保障が含まれる。ASEANも機構として、これらに関心を持っているが、機構自体の団結を優先している。団結を脅かす問題に対しては、ASEANは無力で、その結果、この数十年の間の南シナ海における外交の失敗に繋がった。

(2) では、アメリカは何をなすべきか。

a.第1に、アメリカは、南シナ海問題に対処するに当たって、中心的な役割を果たすことをASEANに期待すべきではない。アメリカの大統領と閣僚は引き続き、ASEANの会合に出席して、南シナ海問題を論議すべきである。しかし、こうした会合への出席は、効果的な行動をとるために必要な外交的な先導者としてではなく、アメリカの関与なしにASEANが行動する不測の事態に対する安全装置と見なされるべきである。

b.第2に、南シナ海紛争は「国際化」されるべきである。要するに、外交活動の焦点を、東南アジアとASEANの中国との関係の枠外に移すべきである。1978年~1991年のカンボジア紛争や、1999年の東ティモール危機でも見られたように、ASEAN以外の外部の大国による積極的な関与のみが、各関係当事国に利害計算の変更を慫慂する重みを持つのである。南シナ海の場合について見れば、アメリカと域内の主要パートナー諸国は、日本、オーストラリア、韓国、インド、インドネシア、シンガポール、ASEAN議長国(現在はマレーシア)及び領有権紛争当事国が参加する国際会議の開催を主導すべきである。以前のカンボジア紛争の国際化でも見られたように、こうした会議には一部の関係国が参加しないかもしれない。しかし、問題解決への効果的な圧力を作為する会議に、全ての関係国が参加する必要はない。

c.第3に、アメリカは、領有権紛争にはコミットしないという従来の立場を見直すべきである。アメリカは長い間、南シナ海における領有権紛争は米比安保条約の適用範囲ではないとの立場を堅持してきた。これは、尖閣諸島に対する日米安保条約と同じような立場に変更することができよう。米比条約の目的から見て、フィリピンが現在占拠している南シナ海の島嶼を「条約の管轄範囲」にあると認め、防衛対象とすべきである。アメリカは台湾に対しても、台湾関係法に基づいて同様の保証を与えることができよう。尖閣諸島の場合と同じように、アメリカは、いずれの場合でも、主権問題に対する最終的な判断を表明する必要はない。

d.第4に、アメリカは、フィリピンと台湾が現在占拠している島嶼の防衛力強化を支援することを検討すべきである。

(3) 南シナ海における中国の埋め立てと建造物を写した衛星画像は「劇的な」印象を与える。南シナ海問題に対処するために、アメリカは、ASEAN中心の外交アプローチから転換すべきである。この問題の効果的かつ平和的な解決の図る主体として、分裂し非効率的なASEANに頼るには、アメリカの利害はあまりにも大きいからである。

記事参照:
Why US should move beyond ASEAN in the South China Sea

3月9日「中国の21 世紀海洋シルクロード構想の本質―インドの視点から」(The Japan Times, March 9, 2015)

インドのシンクタンク、The Center for Policy ResearchのBrahma Chellaney教授は、Project Syndicateに、“The silk glove for China’s iron fist”と題する論説を寄稿し、中国が押し進めている21世紀海洋シルクロード構想の本質について、インド人の視点からとして、要旨以下のように述べている。

(1) 中国は長年に亘って、中東地域にまで至る港湾ネットワーク、「真珠数珠繋ぎ (a “string of pearls”)」戦略で南アジアを包囲しようとしてきた。当然ながら、インドと域内各国は、これを大きな懸念を以て注視してきた。しかしながら、中国は今、貿易や文化交流を促進するために「21 世紀海洋シルクロード」を構築すると主張して、この戦略を偽装しようとしている。しかし、この友好的なレトリックは、中国の戦略的目標は地域支配を目指すことであるとの、アジア諸国やその他の国の懸念を和らげるものではない。こうした懸念には十分な根拠がある。要するに、シルクロード構想は、中国をアジアとインド洋地域における新秩序の中心にとしようとするものである。実際、中国は、幾つかの隣国との領域紛争や海洋紛争を煽る一方で、貿易の大動脈に沿った地域に覇権を確立しようとすることで、アジアの地政学的地図を書き換えようとしているのである。

(2) 海洋シルクロードの戦略的側面は、人民解放軍がこの問題の論議を先導している事実から窺える。人民解放軍国防大学の紀明貴 (Ji Mingkui) 少将は、この構想は、特にアメリカによる「アジアへの軸足移動」の「勢いを失わせる」一方で、中国が「新しいイメージ」を作り、「影響力を勝ち取る」上で役立ち得る、と主張している。人民解放軍の専門家は、シルクロード構想と「真珠数珠繋ぎ」戦略の結び付きを否定し、15 世紀の鄭和の航海に擬えたがる。しかし、海洋シルクロードの実態は、「真珠数珠繋ぎ」戦略とほとんど変らない。中国はこの構想を推進するために見かけ上平和的な戦術をとっているが、その主たる目標は、互恵的な協力ではなく、戦略的優位の確立である。

(3) シルクロード構想は、中国の過去の栄光と地位の回復を目指す、習近平主席の「中国の夢」の一部である。中国は、特に習近平政権下で、隣国の対中経済依存を高め、そして中国との安全保障協力を拡大させるために、援助、投資及びその他の経済的梃子を活用してきた。海洋シルクロードを構築するために、習近平が400億ドルの「シルクロード基金」とアジアインフラ投資銀行 (AIIB) を活用するのは、こうしたアプローチを反映している。既に中国は、鉱物資源を輸入し、中国製品を輸出するためばかりでなく、戦略的目標も押し進めるために、域内の沿岸諸国で港湾、鉄道、高速道路そしてパイプラインを建設しつつある。例えば、中国は、ホルムズ海峡の入り口に当たるパキスタンのグアダル港の開発に数十億ドルを投じた。また、中国の国営企業が5億ドルを投資してスリランカのコロンボ港に完成したコンテナターミナルに、2014年秋に中国の攻撃型潜水艦が2度に亘って寄港した。中国は現在、14億ドルを投じてコロンボ近郊のモナコ公国ほどの土地に将来的に海洋シルクロードの重要な拠点となる、「ポートシティー」を造成している。

(4) 人民解放軍軍事科学研究院のZhou Bo 名誉研究員は、中国を「強力だが穏やかな」パワーと定義しながらも、中国のメガプロジェクトは「インド洋の政治的、経済的景観を根本的に変えるであろう」と認めている。このことは重要である。何故なら、新しいアジアの秩序は、日本が中国の台頭を阻止しようと決意している東アジアにおける動向よりも、中国がインドの長年の優位を切り崩しつつあるインド洋における出来事によって、左右されるということになるからである。

(5) インドが中国の行動に疑惑を抱いているのは確かだが、中国は、獲物を驚かすことなく、目標達成に向けて慎重に事を運んでいる。ジョージア工科大のJohn Garver教授は、中国の寓話を引いて、「生ぬるい池の蛙は心地よく、安心している。蛙は、死んだり、完全に茹で上がったりするまで、ゆっくりと温度が上がっていることに気付かない」と述べ、中国のやり口を見事に喝破している。中国がインドに海洋シルクロード構想に加わるよう勧誘したことは、驚くに値しない。その狙いは、疑惑の念を抱くインドを宥めるだけでなく、インドの日米両国との戦略的結び付きの進展を鈍らせることにある。

(6) 中国のシルクロード構想は、経済、外交、エネルギー及び安全保障における目的を、貿易を促進し、中国の戦略的浸透を助け、そして益々強大で活動的になっている潜水艦部隊の役割を拡大させるための広域に亘る数珠つなぎ拠点のネットワーク構築努力と結び付けられている。その過程で、中国は、アジアの秩序を、米中間の勢力均衡ではなく、中国自身の覇権に基づくものに替えていくことを狙っている。民主国家同士の協調のみが、この戦略を阻止し得るのである。

記事参照:
The silk glove for China’s iron fist

3/4「対中抑止のための『列島伝いの防衛網 (“Archipelagic Defense”)』の構築と米陸上部隊の役割―米専門家論評」(Foreign Affairs.com, March/April, 2015)

米シンクタンク、Center for Strategic and Budgetary Assessmentsの会長、Andrew F. Krepinevich Jrは、米誌、Foreign AffairsのMarch/April号に、“How to Deter China: The Case for Archipelagic Defense”と題する長文の論説を寄稿し、中国の冒険主義を抑止するというアメリカとその同盟国の目標を達成するために、アメリカと同盟国やパートナー諸国の陸上戦力の潜在能力を活用して、第1列島線沿いに連結した防衛網を構築する、「列島伝いの防衛網 (“Archipelagic Defense”)」によって北京の狙いを拒否することができるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 最近の北京の挑発的な行動は、軍事力の飛躍的な増強とリンクしている。中国は現在、地域の安定に直接的な影響を及ぼす新たな能力の取得に傾注している。例えば、人民解放軍 (PLA) は、究極的には西太平洋に米軍が手出しできないゾーンを作為することを目標に、他国の軍隊が広大な領有権主張地域を侵したり、接近したりすることを阻止する、アクセス阻止/領域拒否 (anti-access/area-denial: A2/AD) 能力を強化している。PLAは、ここ数年間で目覚ましい進歩を遂げており、域内の重要な米軍施設に対する攻撃能力や、国際水域において米海軍の行動に制約を加える能力も強化している。既にPLAは、沖縄の嘉手納基地などの域内の主要な米軍基地施設を攻撃可能な通常弾頭の弾道ミサイルと巡航ミサイルを保有しており、また第1列島線沿いの多くの目標を攻撃可能なステルス戦闘機を開発している。PLAは、より遠方の艦船を探知し、攻撃目標とするために、広範囲な偵察能力を持つ無人機とともに、強力なレーダーと偵察衛星を配備している。更に、米海軍の空母や空母護衛の水上戦闘艦を追跡するために、中国海軍は、遠距離から艦船を攻撃する、新型魚雷や高速巡航ミサイルを装備した潜水艦を取得しつつある。

(2) もしワシントンが北京の計算を狂わせようとするのであれば、当然中国が狙ってくる、第1列島線沿いの海空域を制圧する中国の能力を拒否しなければならない。アメリカはまた、同盟国との軍事作戦ネットワークを統合し、同盟国の能力を強化しなければならない。これらは、海空軍力の代替戦力にはならないが補完戦力となる、陸上戦力を活用することでほぼ達成できる。防空面については、第1列島線沿いの国家は、高機動で比較的シンプルな短距離対空ミサイル(例えば、目標探知用のGIRAFFE レーダーシステムに支援された Evolved Sea Sparrowミサイル)を装備した陸上部隊を配備することによって、中国軍機の空域へのアクセスを拒否する能力を強化できよう。一方、米陸上部隊は、日本などの同盟国と共に、中国の巡航ミサイルを迎撃し、最新の航空機を破壊できる、より高精度で長射程のシステムを運用できるであろう。第1列島線沿いの国家ではないが、ベトナムは既に、空域拒否能力を強化しており、第1列島線沿いの防衛網にも貢献できよう。

(3) 次に、第1列島線沿いの列島に対する攻勢作戦に必要な、PLAの制海能力を拒否する任務である。米議会の古参議員は、第2次世界大戦後に放棄された任務、即ち沿岸防衛用の砲兵戦力の復活を検討するよう、米陸軍に慫慂してきた。このアイデアはシンプルだが説得力がある。PLAの防衛範囲内に戦闘艦艇を投入したり、あるいはより優先度の高い任務から潜水艦を引き抜いたりするリスクを冒すよりも、アメリカと同盟国は、同じような作戦効果を期待できる、移動式ミサイルランチャーや対艦巡航ミサイルを装備した、第1列島線沿いに配備された陸上部隊に頼ることができるであろう。日本の自衛隊は既にこれを実践しており、演習時に短距離対艦巡航ミサイル部隊を琉球列島に配置した。ベトナムも同様のシステムを確立している。そして他の第1列島線沿いの前線諸国も、独自に、あるいはアメリカの資金、訓練及び技術的な支援を受けることで、これに追随できよう。

(4) 米軍と同盟国の陸上部隊が貢献できるもう1つの任務は、海軍の機雷戦である。伝統的に、海軍艦艇は、狭い海や海峡の航行を規制したり、可能にしたりするために、機雷を敷設し、あるいは除去する。機雷除去は依然、海軍の固有任務であるが、特に東シナ海や南シナ海と外洋とを結ぶ重要な海峡の近くに、もし陸上部隊が配置されていれば、これらの部隊は機雷敷設に大きな役割を果たすことができよう。陸上基地配備の短距離ロケットやヘリ、あるいは艀を活用して機雷を散布する能力を備えれば、アメリカや同盟国の陸上部隊は、中国海軍の活動阻止海域を拡げることができよう。第1列島線に沿ったチョークポイントに敷設された機雷原は、中国海軍の攻勢作戦を大きく攪乱させるとともに、中国海軍による同盟国海軍部隊に対する妨害能力を制約する。この間、沿岸域に配備された対艦ミサイル部隊は、PLA艦艇による機雷除去作戦にとって大きな脅威となろう。長期的に見れば、陸上部隊はまた、増強されつつあるPLAの潜水艦戦力に対する作戦も支援できよう。潜水艦は自艦防衛能力をステルス性に大きく依存しており、従って一旦所在を探知されれば、捕捉され破壊されるリスクが高まる。低周波の音響ソナーを第1列島線沿いの海中に設置することで、アメリカと同盟国は、PLAの潜水艦の所在を探知する能力を補強することができよう。また、沿岸域に配備された砲兵部隊は、侵入してくる潜水艦の任務遂行を妨害し、退却させるために、ロケット推進の魚雷を活用できよう。

(5) 陸上部隊は、PLAによる制空と制海を拒否するという大きな責任を担うことによって、アメリカや同盟国の空軍や海軍の航空部隊を、長距離の偵察や航空攻撃といった、航空部隊にしか遂行できない任務に専念させることができるであろう。もし抑止が破れた場合、これらの空・海軍航空部隊は、第1列島線を防衛し、PLAの優位を相殺するための不可欠の戦力となろう。陸上部隊は、これらの空・海軍航空部隊による空域・海域拒否任務への所要を軽減することによって、これらの空・海軍航空部隊を、第1列島線の脅威地点に迅速に展開可能な戦力として控置させておくことができよう。

(6) 抑止政策は、これが成功するためには相手方に確実な報復の脅威を認識させておく必要があり、この面でも陸上部隊が役に立つ。現在、精確な報復攻撃を遂行できる米軍兵器は、脆弱性が増している前線配備の空軍基地や空母艦上に配備されている。国防省は、新型原潜や長距離ステルス爆撃機を配備することでこの問題に対処しようと計画しているが、このようなハードウェアのコストパフォーマンスは、特にこれらのペイロードがそれほど大きくないことから、高くなる。それに比較して陸上部隊の火力の強化はより安いコストで可能である。更に、紛争生起の場合、PLAは、特に多数の陸上配備の戦域ミサイルや中距離弾道ミサイル面で、非対称的な優位を享受できる。アメリカは、中距離核戦力全廃条約署名国として、これらのミサイルを配備できない。しかし、ワシントンと同盟国は、条約の規制が及ばない比較的安価なミサイルを陸上部隊に配備し、それらを第1列島線沿いに展開させれば、比較的低コストでこの非対称的な優位に対処することができよう。もし陸上部隊が第1列島線の防衛網の割れ目に迅速に対処できない場合には、その近隣のミサイル火力を脅威地点に集中することで迅速に対応できよう。恐らく第1列島線において最も脆弱なのは米軍の戦闘ネットワーク、即ち部隊や兵站補給を指揮、追跡することから、兵器誘導に至るまで、あらゆる戦闘作戦所要を処理する、死活的に重要なシステムである。このネットワークは現在、人工衛星と非ステルス性の無人偵察機に大きく依存しており、いずれもPLAの攻撃目標となり得る。こうしたリスクを最小限に抑える最善の方法は第1列島線沿いの地下と海底に光ファイバーケーブルを埋設することであり、それによって、抗堪化された陸上の指揮センターから、遠隔の部隊との安全なデータの送受信が可能となる。陸上配備の制空・制海拒否部隊は、対艦機雷原と島嶼間を繋ぐ光ファイバーを防衛することができよう。

(7) 他のあらゆる作戦運用概念と同様に、「列島伝いの防衛網 (“Archipelagic Defense”)」も幾つかの課題に直面している。その最も大きなものは財政面と地政学的課題の2つで、要するに将来的なコスト所要と第1列島線沿いの諸国の協力意志である。もし国防省が必要な予算を確保できなかったとしても、これまで述べてきた作戦運用概念を、現在の安全保障環境に合わせて変更することも可能である。例えば、アメリカは依然として多くの陸上兵力を韓国に配備しているが、平壌による核弾頭や化学弾頭搭載ミサイル攻撃は大きな脅威だが、大規模な陸上戦力による侵攻は起こりそうもない。いずれにしても、韓国は、北朝鮮の約2倍の人口を有し、経済的には圧倒的に優位にあり、従って伝統的な地上侵攻に対する防衛負担の大部分を担うことができるし、またすべきである。確かに、予算が十分であっても、域内の同盟国やパートナー諸国の戦力の糾合は、容易いことではない。アメリカの陸上部隊は、相手国の実情に応じて異なった役割を果たさなければならないであろう。日本は、その能力から見て、アメリカから多くの支援を受けなくても陸上部隊を強化できよう。対照的にフィリピンでは、米陸上部隊は、より大きな役割を果たす必要がある。日比両国では、より多くの米陸上部隊のプレゼンスは、迅速に引き上げ可能な空・海軍部隊では不可能なレベルの保証を提供することになろう。一方、台湾は、アメリカとの外交関係が存在しないことを考えれば、アメリカの支援を余り当てにしないで行動しなければならない。

(8) 幾つかの諸国、特に日本とベトナムは、「列島伝いの防衛網 (“Archipelagic Defense”)」にとって必要となる強固な防衛力を整備することに、真剣に取り組んでいると見られる。オーストラリアやシンガポールを含む、第1列島線から離れた位置にあるその他の諸国は、基地施設や様々な後方支援を提供する姿勢を示している。しかしながら、NATOがワルシャワ条約機構に対して侮りがたい抑止力を構築するのに10年以上を要したように、アメリカとその同盟国も、一夜で “Archipelagic Defense” を構築することは不可能である。ワシントンと友好国が、今からこの戦略にコミットすれば、時間をかけてこのような戦力を配備する費用を負担できることになろう。その一方で、域内に見られる現在進行中の軍備競争を考えれば、アメリカと第1列島線沿いの同盟国は、地域の安定と繁栄を維持するために、忍耐強い持続的な努力をしなければならない。もちろん、かつてのモスクワの民族解放戦争支援や核戦力増強問題に対してNATOの通常抑止力が万能薬ではなかったように、“Archipelagic Defense” も、中国のあらゆる侵略の態様に対して万能薬というわけではない。しかしながら、“Archipelagic Defense” を構築することは、遅きに失した感はあるが、中国の修正主義的野望に対抗していくための必須の第1歩となろう。

記事参照:
How to Deter China: The Case for Archipelagic Defense

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・山内敏秀・吉川祐子