海洋情報旬報 2015年4月21日~30日

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4月21日「米『新海洋戦略』論評―RSIS専門家」(RSIS Commentaries, April 21, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) 訪問教授で海洋戦略の専門家、Geoffrey Tillは、4月21日付のRSIS Commentariesに、“New US Maritime Strategy: Why It Matters”と題する論説を寄稿し、アメリカの海洋軍種(海軍、海兵隊及び沿岸警備隊)が3月初めに公表した、新海洋戦略、A Cooperative Strategy for 21st Century Seapower: Forward, Engaged, Ready* (以下、「新海洋戦略」)について、海洋戦略の専門家としての視点から、要旨以下のように論じている。

(1) 「新海洋戦略」は、2007年に初めて発表され、以後アメリカの海洋政策の重要な指針となった旧版の改訂版である。海軍力は、国際情勢を反映するとともに、その形成に影響を及ぼす。この観点から、アジア・太平洋地域という海洋世界においては、海軍力は特に重要である。従って、この地域における最強の海軍力を持つ国による新しい海洋戦略の策定は、重要な出来事といえる。

(2) では、「新海洋戦略」は、旧版と比較してどのような違いがあるか。まず、グローバルな海上貿易システムの防衛に寄与するアメリカの海洋軍種の役割については、直接的にはほとんど強調されていない。もちろんアメリカは、依然としてその役割を無視しているわけではないが、そこには、暗黙の前提として、国際的な安定と海洋安全保障を確保するための「海軍力のグローバルネットワーク」による同盟国やパートナー諸国との協力と、海上貿易システムが依存する航行の自由を護るためのアメリカの継続的な決意がある。その一方で、海洋におけるアメリカの国益の防衛が特に強調されている。「我々の国家を防衛することと、その防衛戦争に勝つこととは、米海軍と米海兵隊の中核任務である」と述べている。恐らくどこからも異存のでない、この記述は「新海洋戦略」の幾つかの側面から付言されている。まず、「人道援助・災害救助」任務は、米海軍の6つの主要任務の1つから、陸上への戦力投射能力の一部に格下げされた。この任務は、2007年版に新たに加えられたもので、最近のフィリピンでの台風災害救助など、この8年間で積極的に遂行されてきた。格下げされたとはいえ、米海軍がこの任務を従来通り継続していくことは間違いない。この任務は、災害が増加しており、域内各国の海軍が対応能力強化に熱心に取り組んでいる、特にアジア・太平洋地域において重要だからである。また、「全領域へのアクセス」を確実にするために、海洋パワーの新しい主要な機能として、抑止と戦闘が強調されている。「新海洋戦略」は、中国の海軍拡張が「機会と挑戦の両方をもたらしている」と明快に指摘しているが、「全領域へのアクセス」の強調は、一部の批判者にとって、中国とのより敵対的な関係に向けて漸進する証左と見えるかもしれない。

(3) 旧版は、戦略というよりも「概念」であると批判された。何故なら、他のアメリカの戦略組成と結びつきがあるようにも、また「目的、方法及び手段」を深く検討しているようにも思えなかったからである。「新海洋戦略」では、これらに言及されており、旧版とは大きく異なる。「新海洋戦略」では、海軍の主要任務が旧版当時より一層困難になった世界で如何に遂行されるか、そして米海軍と米海兵隊が任務遂行に当たって何が必要かという問題を、より詳細に検討されている。これは、1つには、ISISの台頭や侵略的になったロシアなど、国際環境の急激かつ予見できない変化や、米海軍の建艦計画における継続的な予算上の制約によるものである。アメリカの対外コミットメントと国家資源とのより良きバランスを目指すという明確な目的から、「新海洋戦略」は、ビジネスライクに「基本に立ち返ること」に焦点を当てており、それによって、国益や「全領域へのアクセス」が強調されているのである。

(4) 「新海洋戦略」では、2つの側面が非常に強調されている。1つは、(欧州と中東における懸念が増大しているにもかかわらず)アジア・太平洋地域における再均衡化を継続するということ。もう1つは、米海軍だけで実行すべきこと、あるいは米海軍だけが実行できることとのギャップを狭める手段として、アメリカの同盟国とパートナー諸国の重要な役割についてである。従って、このアメリカの「新海洋戦略」への域内諸国の対応が鍵となる。即ち、域内諸国が、前方展開を維持するとともに、海軍と沿岸警備隊による関与のレベルを強化するという、アメリカの決意をどう評価するか。そして、域内のレベルの高い海軍力を持つ国が、「全領域へのアクセス」のための能力開発努力に関与しようとするか、あるいは自国周辺海域の防衛というより技術的に低い戦力所要を重視して、こうした開発努力から手を引こうとするのか。結局、域内諸国が「新海洋戦略」をどのように受け止めるかは、北京の政策立案者がこれをどう判断するかによるであろう。中国は、アメリカが「新海洋戦略」の中国語版を初めて刊行したことを、どう評価するであろうか。中国は、これを、法に基づく秩序を護るための共同努力への誘いと解釈するであろうか、あるいは反対に、北京の益々強まる海洋における高圧的行動を封じ込める意図と解釈するであろうか。要するに、このアジア・太平洋地域という海洋世界の将来は、1つには、緒に就いたばかりのアメリカの「新海洋戦略」に対して域内諸国がどう対応していくかによって決まるであろう。

記事参照:
New US Maritime Strategy: Why It Matters
備考*:A Cooperative Strategy for 21st Century Seapower: Forward, Engaged, Ready
(本報告書は英語版の他に日本語、中国語版、アラビア語版、スペイン語版、韓国語版、フランス語版があり、以下は日本語版のURL)
http://www.navy.mil/local/maritime/CS21R-Japanese.pdf

4月24日「アジアにおける『再均衡化戦略』を巡る論議」(The Washington Post, April 20 and The National Interest, April 24, 2014)

米シンクタンク、The Council on Foreign Relationsの研究員、Tom Donilonは、4月20日付のThe Washington Postに、“Obama is on the right course with the pivot to Asia”と題する論説を寄稿し、アメリカのアジアにおける再均衡化戦略について、安全保障面のみならず、経済領域(そこでの中核は環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP) )をも含む、アメリカの国力の全ての要素を動員する包括的な努力であるとして、その推進の必要性を強調している。これに対して、Web誌、Real Clear Defenseの編集長、Dustin Walkerは、米誌、The National Interest(電子版)の4月24日付ブログに、“Is America’s “Rebalance” to Asia Dead?”と題する長文の論説を寄稿し、Donilonの論説を批判的に論評している。以下、2つの論説の要旨である。

1. Donilonの論説

(1) ここ数カ月、アメリカのアジアにおける再均衡化戦略の持続性について疑念が高まっている。しかし、再均衡化戦略の優先順位と資源のアジアへの移動は、依然、正しい戦略である。この戦略は、他の地域の同盟国に背を向けたり、他の如何なる地域におけるコミットメントを放棄したりするものではない。歴代の米政権は、不可避的な危機の連鎖が長期戦略の策定を阻害するものでないことを確実にしておかなければならない。オバマ政権は発足当初の国家安全保障チームの検討で、アメリカは外交面でも、軍事面でも、通商面でも、そして政策決定者の関心の点からもアジア太平洋地域をかなり過小に扱ってきた、と結論付けた。オバマ政権の再均衡化戦略への始動は、アジアの社会的、経済的発展を支える上で、アメリカの役割が極めて重要であるという認識に基づいている。オバマ政権はまた、アメリカとアジアの将来は益々、密接に結びついている、と判断した。

(2) 再均衡化戦略は、アメリカの国力の全ての要素を動員する包括的な努力である。この戦略には、同盟国やパートナー諸国との連携の強化、アジアの成長する繁栄を維持可能な経済機構の構築、民主的改革への支援、そして中国との建設的関係の維持が含まれている。そして、アメリカは、これらそれぞれの分野で着実な進展を示している。アジアの安全保障に対するアメリカのコミットメントは、実体的なものであり、深化しつつある。アメリカは、同盟関係を強化するとともに、航行の自由を保証し、人道支援・災害救助に対応する域内諸国の能力を強化してきた。国防予算の行方が定かでない中で、アメリカは、2020年までに太平洋に配備する海軍艦艇の割合を、全世界に展開する艦艇の60%に引き上げる計画である。オバマ大統領のアジア歴訪では、再均衡化戦略の主要な要素、即ち、日本と韓国との同盟関係の重要性が再確認され、マレーシアとフィリピンでは東南アジアへのアメリカのコミットメントの重要性が強調されるであろう。

(3) 再均衡化戦略は軍事領域に留まらない。外交と貿易にも、同じように重点が置かれている。経済領域での中核は、環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP) である。TPPは、世界のGDPの40%を占めるアジア太平洋諸国を、大規模な貿易と投資の枠組みの下に結び付けることになろう。TPPはまた、年間約780億ドルに上る直接的収益をアメリカにもたらすことになろう。しかし、TPPの最も重要な目的は戦略的なものである。TPPは、アジアにおけるアメリカの指導力を強化し、そして欧州における自由貿易協定に関する交渉とともに、アメリカを、将来に亘って世界経済を律する規則作りという大プロジェクトの中心的存在に押し上げることになろう。TPPは、どの国も規則に同意すれば加入できるオープン・プラットフォームであり、自由市場と自由貿易原則を広めることになろう。

(4) 最後に、アメリカは、中国との間に建設的な関係を構築していかなければならない。アジアにおける再均衡化戦略を、中国封じ込め戦略と揶揄する向きもある。アメリカは、封じ込めについては経験豊富である。しかし、年5,000億ドルに及ぶ米中2国間経済関係には、当時の戦略は適用できない。実際、アジアにおけるアメリカのビジョン―安定、開かれた経済、紛争の平和的解決そして人権の尊重に根ざした秩序―は、中国の台頭にとって好ましい環境を提供している。こうした環境を維持していくためには、アメリカは、強力なプレゼンスに加えて、同盟国に対するコミットメントを果たし、北京と持続的に交流し、そして領有権紛争における軍事力の行使、威嚇あるいは抑圧を拒否し、反対することを明確にするに十分な能力を維持することが必要である。こうした原則を維持することによって、アメリカは、アジアの21世紀を、紛争の世紀ではなく、安全と繁栄の世紀する上で、力になることができるであろう。

記事参照:
Obama is on the right course with the pivot to Asia

2. Dustin Walkerの論説

(1) Donilonの論説は、アジア太平洋地域における再均衡化戦略に対する重大な疑念を、オバマ政権の擁護者が如何に躱そうとしているかの1つの例である。Donilonの論説は、世界で起こっている事象が再均衡化戦略に対するアジアの認識にどれほど影響を及ぼしているかについて、過小評価している。アジアの同盟国の懸念は、中東と欧州でアメリカの指導力が要請されてきたためである。アフガニスタンとイラクでの戦争が終わっても、中東におけるアメリカのプレゼンスは縮小されそうにない。そしてウクライナ以後の動向は、NATOの東部正面により多くの米軍部隊を増派する、欧州への軸足移動を求めている。しかし、アジアの同盟国の懸念は、アメリカがそのような指導力を発揮できていないと認識していることにもある。特にシリア危機へのアメリカの対処ぶりから、アジア太平洋地域の安全保障専門家や政府当局者は、アメリカの安全保障コミットメントが挑戦を受けた時、アメリカにどの程度、期待できるのかということについて疑念を持った。アジアの同盟国の間には、アメリカのシリアへの、特に軍事介入を望む気持ちはなかった。もしアメリカが過剰介入すれば、アジアにおける再均衡化戦略は始まる前に終わってしまう、と多く人々は恐れたのである。それにもかからず、アメリカが自らのコミットメントに曖昧な姿勢をとっていることから、アメリカの信頼性が損なわれている。シリアの化学兵器に関するオバマ大統領のレッドラインは、例えば日本に対するコミットメントと同じ効力を持つものでは決してないが、戦争の問題に関する大統領の公式声明の重要性と重みは、軽視できるものではない。オバマ大統領は、アメリカがシリアに軍事介入する場合の条件を明らかにしたが、その条件が現実になった時、大統領は尻込みした。議会の多くの議員もそうであった。日本や韓国にとっても、これは憂慮すべき先例である。

(2) アジアにおけるコミットメントを維持するという米政府当局者の言明にもかかわらず、アジア太平洋地域では今日、アメリカのコミットメントは疑念の対象となっている。アメリカが世界の他の地域の同盟国を見捨てることなく、アジア太平洋地域における再均衡化戦略を進めるのであれば、この地域に対して実質的な追加の資源を充当しなければならない。驚くべきことに、Donilonの論説は、再均衡化戦略の最大の課題である、予算問題に言及していない。予算管理法による最大1兆ドルに及ぶ国防予算の強制的削減は、アジア太平洋地域においてプレゼンスと戦闘能力を強化する上で、アメリカの軍事的能力に対する異常な圧力となるであろう。再均衡化戦略は、包括的な努力かもしれないが、安全保障要素を抜きにしては大した意味はない。Donilonは、アメリカのアジアの安全保障に対するコミットメントが「実体的で、深化しつつある」証として、2020年までに全米海軍艦艇の60%を太平洋に配備する計画に言及している。歴史的に見れば、太平洋の艦艇は全体のほぼ50%で、再均衡化戦略が表明された直後には既に55%を配備していた。この60%という数字は、Donilonだけでなく、政府当局者や国防省関係者もしばしば言及しているが、再均衡化戦略の成否を占うものではない。

a.第1に、太平洋における割合を示すことは、明らかに世界の他の重要な地域から戦力を引き抜くことを示唆しており、再均衡化戦略にとって、好ましい議論ではない。

b.第2に、米海軍全体が縮小されるのであれば、アジア配備の比率が増大してもほとんど意味がない。最良の予算状況の下でも、アジア太平洋地域に配備される艦艇数はわずかな純増に過ぎないであろう。太平洋艦隊は全体として見れば、新造艦の配備に伴って、旧式艦が退役することになろう。しかし、予算管理法の「トリガー条項」の下で、艦艇数は現在のほぼ285隻から最小で230隻にまで縮小されることになる。深刻な予算削減措置は、既に縮小された建艦資金に更なる圧力となり、アジア太平洋地域の接近阻止/領域拒否の戦略環境に適合した、より先進的な艦艇の開発を遅らせることになろう。「トリガー条項」は、より規模の小さい、そして能力の低い軍事力を作り出すことになろう。そして、このことは、国防省の計画者が最大限努力したとしても、太平洋正面でも言えることである。

c.第3に、60%という数字は、米軍戦力の数値を示すものに過ぎない。潜在的敵対勢力の質的能力については、何も語っていない。換言すれば、全艦隊の60%のアジア太平洋地域への配備は、この地域において好ましい軍事力バランスを維持するために必要な米軍事力については何も語っていない。もし再均衡化がこの地域の同盟国に対する再保証を意味するのであれば、我々は、米軍事力の地理的配分を数値化するのではなく、潜在的な敵対勢力が侵略や威嚇行動に走ることを抑止するために必要な米軍事力を数値化すべきである。

(3) 再均衡化戦略は軍事領域に留まらず、経済領域での中核は環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP) である、とDonilonは強調している。もしそうであるなら、オバマ大統領はTPPの促進について、もっと語るべきである。大統領は、一般教書ではTPPについて簡単に言及したが、TPPのために貿易促進権限法案を成立させることで、再均衡化戦略を持続させるよう民主党に対して明確な圧力をかけることをしなかった。その明らかな理由は政治で、驚くには当たらない。政治が理由かもしれないが、それは口実にはならない。

(4) もしオバマ大統領が再均衡化戦略を成功させたいと望むのであれば、大統領は、強力なメッセージ―我々が護ると誓約した友好国や同盟国に対するアメリカの安全保障コミットメントの信頼性を損なわせる、強制的予算削減に替わる一連の歳出改革を積極的に追求するとの意図を発信することができるであろう。大統領は議会に対して、アメリカの安全保障が危殆に瀕することを理由に、民主、共和両党に対して、歳出改革について協力を促すことができよう。更に、大統領は、共和党攻撃に向ける熱意の一部でも、TPPを選挙年の政治の人質として利用しないように、そして貿易促進権限法案を通過させるように、自らの与党民主党を説得することに向けることもできよう。

記事参照:
Is America’s “Rebalance” to Asia Dead?

4月24日「中国の『シルクロード経済ベルト』構想の地政学的課題―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, April 24, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の研究員、Zhang HongzhouとArthur Guschinは、4月24日付のRSIS Commentariesに、“China’s Silk Road Economic Belt: Geopolitical Challenges in Central Asia”と題する論説を寄稿し、習近平主席の「シルクロード経済ベルト (The Silk Road Economic Belt: SREB)」構想の成否は中央アジア諸国とこの地域の支配的大国であるロシアがSREB構想に如何なる対応を示すかによって大きく左右されようとして、要旨以下のように述べている。

(1) 習近平主席が2013年9月の中央アジア訪問で打ち出した、「シルクロード経済ベルト(The Silk Road Economic Belt: SREB)」構想の成否は、中央アジア諸国とこの地域の支配的大国であるロシアがSREB構想に如何なる対応を示すかによって大きく左右されよう。公式的見解では、全ての中央アジア諸国とロシアはSREB構想を歓迎しているものの、子細に観察すれば、これら諸国はSREB構想に対して地政学的懸念を持っており、このことが中国にとって最大の課題となっている。

(2) 中央アジア諸国の全ての指導者は、SREB構想に対する支持を公式に表明してきた。中央アジア諸国の肯定的な反応は容易に理解できる。即ち、ロシアの経済不況と世界経済の不透明な先行きの中で、SREB構想は、中央アジア諸国が渇望する膨大な経済的機会を提供することになるからである。全ての中央アジア諸国は陸封経済であり、ほとんどが資源部門に大きく依存する貧しい発展途上国である。従って、中国のSREB構想の中核的目標である、経済的連結とインフラ建設は、中央アジアにおける経済発展にとっても不可欠である。400億ドル規模のシルクロード基金に裏付けられたSREB構想に対して、中央アジア諸国は、ユーラシアとヨーロッパを結び付ける中国の構想から、特に「通過ハブ」になることで新たな現金収入を獲得することを熱望している。

(3) 一方で、中央アジア諸国の指導者は、中国のSREB構想を歓迎しながらも、その地政学的含意に対しては深い懸念を持っている。中国の指導者は、SREB構想が持つ微妙な意味合いに留意し、SREB構想は地域間の連結を強化し、経済の相互繁栄を促進するものであり、従って中国は中央アジア諸国の内政に干渉したり、この地域における支配的な役割を求めたり、あるいは影響圏を創出しようとしたりはしない、と明言してきた。しかしながら、多くの中央アジア諸国の政治エリートや安全保障専門家は依然として、この地域における中国の経済的なプレゼンスの増大が地域の諸問題に対する中国の統制や干渉を招きかねないことを警戒している。更に、この地域における中国の経済的影響力の増大によって、中央アジア諸国は、北京に対するヘッジとして、アメリカあるいはロシアに接近しようとするかもしれない。

(4) 王毅中国外交部長は2015年3月7日、中ロ両国がSREB構想の協力協定に署名する予定であることを明らかにした。中ロ関係はこの数年、大幅に改善されてきた。しかしながら、このような関係改善は、相互利益の強化や戦略的野心の共有によるものではなく、むしろロシアが西側から益々疎外されていることによるものである。ロシアがSREB構想への支持を表明したのは確かだが、SREB構想から得られるロシアの利益には地理的な限界がある。ロシアは、SREB構想の下で極東地域の開発促進のために中国と協力することに関心を持っているが、中央アジアにおける中国の影響力の拡大については懸念を持っている。SREB構想に対するロシアの慎重な姿勢は、この長期プロジェクトがもたらす機会とリスクに対する評価に基づいている。中国とロシア間の共通の輸送システムの建設は、貿易と投資の障壁の撤廃とともに、モスクワに経済的な利益をもたらすであろう。特に、モスクワは既に、2本の主要鉄道―Russian Far East – Baikal-Amur (BA) 鉄道とTrans-Siberian (TS) Mainlines鉄道の近代化と輸送能力強化のために、2018年まで5,600億ルーブルを投資する計画である。 BAとTSをSREB構想に結び付けることで、ロシアは、新たな通行収入を得るとともに、極東地域の発展を促進させることができよう。更に、ロシアにとって東への進出は、西側からの制裁と経済状況の悪化を克服する上で緊要である。ヨーロッパ地域より後れているロシアの極東地域が、特に輸送インフラ面でSREB構想に含まれることになれば、ロシアにとって経済的な起爆剤になり得る。

(5) 他方で、ロシアは、SREB構想が中ロ関係のみならず、中央アジアにおける現在の勢力均衡にも不可避的な影響を及ぼすことを、周知している。中国のインフラ投資の増大は、中央アジア諸国の北京依存を高めることになろう。ロシアは、旧ソ連地域における自国の影響力の低下を望んでおらず、ロシアの影響力の低下を図る中国の行動に対してはその都度牽制してきた。例えば、ロシアが上海協力機構 (SCO) 開発銀行やSCO自由貿易地域の創設に反対してきたのは、このためであった。また、この数年の間、中国は、中国西部地域から中央アジアを経由してカスピ海やヨーロッパを結ぶ鉄道網の連結構想を推進してきた。この鉄道の戦略の一部は、1997年に初めて計画された268キロに及ぶ中国−キルギス−ウズベキスタン鉄道である。この鉄道が沿線各国にもたらす潜在的な利益にもかかわらず、主としてTS鉄道に関して独自の地域鉄道戦略を持っているロシアの反対で、この鉄道計画は未だ建設に至っていない。

(6) 中国は今のところSREB構想の背後に秘めた野心的な政治的狙いを露わにしてはいないが、地政学的課題が、中央アジアにおけるSREB構想推進の最大の障害になることは間違いない。中国がSREB構想を成功させるためには、中央アジア諸国とロシアの地政学的懸念を軽減していく努力が緊要であろう。

記事参照:
China’s Silk Road Economic Belt: Geopolitical Challenges in Central Asia

4月25日「中国、南シナ海で異常な早さで埋め立て作業促進」(The Diplomat, April 25, 2015)

東アジア太平洋地域を専門とするジャーナリスト、Victor Robert Leeは、4月25日付のWeb誌、The Diplomatで、中国が南シナ海で異常な早さで埋め立て作業を促進しているとして、要旨以下のように報じている。

(1) 南シナ海の岩礁や環礁で実施している埋め立て作業や建築工事は、そのスピードや規模などから、戦時にも例がないほど、異常なものである。中国本土から1,000キロ以上も遠隔の南沙諸島での埋め立てや建設工事は、中国共産党の野心とそれを裏付ける現政権の巨大プロジェクトの迅速な遂行能力を誇示するショーであるとともに、領有権主張を誇示するものでもある。埋め立てや建設工事は、以下の7カ所―Fiery Cross Reef(永暑礁)、Hughes Reef(東門礁)、Mischief Reef(美済礁)、Subi Reef(渚碧礁)、Cuarteron Reef(華陽礁)、Gaven Reef(南薫礁)、及びJohnson South Reef(赤瓜礁)で進められている。

Map: China’s New Installations in the Spratly Islands (as of April, 2015)

(2) Subi Reef(渚碧礁)での埋め立てや建設工事は異例のスピードで行われており、4月17日付の画像では、未だ建設中ながら、ほぼ3,300メートルの滑走路らしき地形が見られる。これは、Fiery Cross Reef(永暑礁)で現在舗装されている同じような長さの滑走路に似ている。軍事専門家は、長さ3,300メートルの滑走路は中国海軍と空軍の事実上ほぼ全ての現有の戦闘機や支援機の離発着が可能であろうと見ている。2月6日付の画像と比較して、4月17日付の画像では、面積が2.27平方キロに拡大しており、これはFiery Cross Reef(永暑礁)の2.67平方キロに匹敵する地積である。2つの最大の相違は、Fiery Cross Reef(永暑礁)では滑走路、タクシーウェーとともに、港湾が建設中であることだが、Subi Reef(渚碧礁)では、環礁の南側の開口部が広げられ、自然の環礁に囲まれたほぼ完全な閉鎖海域が滑走路の右側に防護された港を形作っている。

Satellite Imagery: Subi reef, South China Sea, 6 February and 17 April, 2015
Satellite Imagery: Subi reef, Spratly Islands, South China Sea, 17 April, 2015
Satellite Imagery (1): Fiery Cross Reef, South China Sea, 14 February and 17 April, 2015
Satellite Imagery (2): Fiery Cross Reef, South China Sea, 14 February and 17 April, 2015

(3) Mischief Reef(美済礁)でも、急速な埋め立て工事が実施されており、わずか数カ月前には海面上に環礁が見られない状態から、砂と破砕された珊瑚礁で埋め立てられ、4月13日現在、約2.2平方キロの地積が出現している。衛星画像では、4月13日現在、この環礁では23隻の浚渫船が、少なくとの24隻の大型建設作業船とともに、環礁に囲まれた礁湖の中で稼働している。同じ衛星画像では、28両のコンクリート輸送ミキサー車両が視認され、更に数十両の大型トラックと掘削機が見られる。また、この環礁の北部の外縁も埋め立てられており、ここは3,000メートル以上の滑走路が建設可能な比較的ストレートな形状になっている。

Satellite Imagery: Mischief Reef South China Sea, 13 April, 2015
Satellite Imagery: Mischief Reef, North Rim, 13 April, 2015
Satellite Imagery: Mischief Reef Southwest Rim, 17 February and 13 April, 2015

記事参照:
South China Sea: China’s Unprecedented Spratlys Building Program

4月28日「ASEAN、3つの課題―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, April 28, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の上席研究員、Yang Razali Kassimは、4月28日付のRSIS Commentariesに、“South China Sea: Time to Change the Name”と題する論説を寄稿し、ASEANは中国による硬軟両様の攻勢の中で、少なくとも3つの課題に直面しているとして、要旨以下のように述べている。

(1) 4月下旬にマレーシアで開催されたASEAN首脳会議における緊急課題の1つは、南シナ海問題であった。南シナ海では、領有権主張を巡る対立から潜在的なフラッシュポイントになっているが、緊張緩和の兆しがほとんど見えておらず、楽観視するにはほど遠い状況である。中国は、最も強力な領有権主張国だが、ASEANによる長年の辛抱強い外交にもかかわらず、益々敵対的姿勢を強めている。最近の南シナ海における北京の行動は、一層緊張を高めている。

(2) 最近の最も挑発的な中国の行動は、南沙諸島のサンゴ礁を人工島に作り替える性急な埋め立て工事であり、その一部はジェット戦闘機用の滑走路を建設するに十分な大きさである。明らかに、中国は、係争海域の中心部から軍事力を投射する準備を進めている。この埋め立て工事は、南シナ海における行動宣言 (Declaration of Conduct: DOC) の精神に反している。DOCは、関係当事国に対して緊張を高めるような行動を自制するよう求めている。DOCは2002年に署名され、最終的には法的拘束力のある行動規範 (Code of Conduct: COC) の締結を目指しているが、北京がその実現を目指す交渉を故意に長引かせ、先行きが見えない。ASEAN事務局長、Le Luong Minhは、中国の埋め立て工事を、現状を変更するものと指摘しているが、この工事は、南シナ海問題の解決を間違いなく難しくする、ゲームチェンジャーといえる。この間、中国は、経済的にも、軍事的にも益々強力になり、一方、東南アジア諸国は、領有権問題が内部亀裂を生み、益々脆弱で、内部対立が激しくなっていく可能性がある。こうした状況は既に2012年に見られたことで、この時、ASEANはその歴史で初めて、カンボジアでの年次外相会議で共同声明を出すことができなかった。それ以来、2012年のカンボジアでの悪夢の繰り返しを恐れる雰囲気がASEANを覆っている。

(3) 南シナ海問題は、ASEANの脆弱性を露呈させた。かつてのASEANの一体性と団結というイメージは崩れた。中国がその強さを見せつけるにつれ、一部のASEAN加盟国は、連携してASEANの団結を追求するよりも、自国の国益を優先するという誘惑に再び駆り立てられることになろう。こうしたシナリオは、中国が小切手外交―その膨大な資金を梃子に友人を獲得する、また一部の人が言うように、影響力を金で買う外交―を展開するようになっても、予想される。アジアインフラ投資銀行 (AIIB) は、中国が外交ゲームを転換する時の古典的な手口である。今や、東南アジア諸国、あるいは一体としてのASEANは、中国が押し進める2正面の圧力に直面している。即ち、南シナ海問題で激しく対立している最中に、微笑を浮かべたドラゴンがAIIB関連のインフラ建設資金を皿に盛った経済外交を展開しているのである。一部のASEAN加盟国、特に経済的に脆弱な加盟国にとっては、こうした中国のアメとムチの両面アプローチに対処するのはタフな課題であろう。

(4) ASEANは、少なくとも3つの重大な課題に直面しており、真剣に対応していかなければならない。

a.第1に、南シナ海問題を巡ってASEANの統一と団結を如何に維持するかである。この問題は、ASEANの団結を蝕むことなく解決できる。例えば、南シナ海問題の専門家、Carl Thayer は、ASEANはまず、東南アジアの海洋コモンズを対象とした行動規範、“Code of Conduct Treaty for Southeast Asia’s Maritime Commons” を結ぶことを提案している。これは、中国とのCOCに向けた第1歩として考慮する価値がある。そして、ASEAN加盟国は個々に、自らの領有権問題と海洋境界画定問題を他の当事国との間で解決すべきで、そうすることでASEANの団結が強化されるとしている。

b.第2の課題は、この地域が北京とのより深い経済的結び付きを追求する一方で、中国の更なる侵略的行動を如何に抑止するかということである。ASEANが南シナ海における航行の自由と上空飛行の自由に利害関係国を有する貿易相手国との間で、海洋協力を促進することは時宜を得たものであろう。このような海洋協力は、まずアメリカとの間で始めることができ、それに続けて日本や韓国を含む他の国との間にも拡大できよう。

c.第3の課題は、長期的な視点に立って、心理的な側面から南シナ海問題の緊張を如何に和らげるかということである。恐らく、今が南シナ海の名前を変える時である。1つの適切な選択肢は、「東南アジア海」と改称することである。南シナ海はかつて、7世紀に今日のベトナム領域に「チャンパ王国」が成立して以降、「チャンパ海 (Champa Sea)」と呼ばれていた。要するに、常に「南シナ海」として知られてきたわけではないということである。名称を「東南アジア海」に解消しようとする動きは、既に始まっている。フィリピンは、「西フィリピン海」と呼称し始めた。フィリピン軍の広報官は、「人々が『南シナ海』に言及する時は何時も、この海が名称に示された国に属しているという、潜在意識を持つ」と指摘している。ベトナムの財団が2010年に始めた、オンラインによる改称嘆願運動は76カ国から少なくとも1万人の支持が寄せられ、これらは、東南アジア10カ国の首相や大統領、そして国連や幾つかの国際機関にも提出された。このような大衆による嘆願運動は、現在のASEAN議長国、マレーシアが強調するビジョン、「人間本位の、人間中心のASEAN」とも合致する。こうした運動がASEAN10カ国の政府だけでなく、その総人口、6億人の総意にまで発展するならば、それは正にこのビジョンに相応しいものとなろう。

記事参照:
South China Sea: Time to Change the Name

4月28日「中国の国益の拡大、アメリカ、包括的な対応戦略必要―米専門家論評」(The Heritage Foundation, April 28, 2015)

米シンクタンクのへリテージ財団アジア研究センターの中国問題担当上席研究員、Dean Chengは、同シンクタンクの4月28日付のWeb上に、“America Needs a Comprehensive Strategy for Countering China’s Expanding Perimeter of National Interests” と題する長文の論説を発表し、様々な領域で国益を拡張しようとする中国の動きに対してアメリカは包括的な対応戦略が必要であるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 中央アジア、南シナ海、インターネットそして宇宙、これらは全て、中国が国益を拡大している領域である。中国は、国益を拡大し、防衛するために、軍事的手段に加えて、経済的、外交的、政治的そして文化的手段までも動員し、包括的で調整された統合戦略を展開している。中国がこの戦略を何処まで成功させることができるかは、アメリカにとって最大の関心事項である。アメリカは、中国の挑戦に直面する国内外において、経済的自由を増進させることを重点とした計画によって対応していく必要がある。

(2) 中国の行動が示しているのは、自国の国益に対する広義の見方だけでなく、それらの国益に対する統合的で総体的な見方である。中国指導部にとって、「包括的国力(“comprehensive national power”)」概念とは、中国の安全保障は軍事力によってのみ―あるいはほとんど軍事力によって―では実現不可能であり、むしろ経済的、外交的、政治的そして文化的な手段までも必要とするということを意味する。更に、これらの手段は、協同することによって、調整され、統合され、相互に補完し合うのである。中国がどの程度、これらの手段を特定の国家戦略的利益に動員し、意図した成果を達成できるかどうかは、アメリカの最大の関心事である。

(3) しかしながら、このような中国の手口を模倣することでは、アメリカは中国の挑戦に対応できない。明らかな外交的、政治的違いを無視して、包括的な国力に対する国家による指導や方向付けを強調することは、アメリカができることではないし、またそうすべきでもない。アメリカの最大の経済資産は民間によるものである。政府は、これらの資産を、国家の政治的目標に向けて動員することはできない。こうした試みは、アメリカの政治的自由と経済的自由を根本的な危機に晒すばかりでなく、産業政策、重商主義、非効率性、政府資産の浪費、更には経済的伸び悩みの原因となるであろう。アメリカは、全てのプレーヤーに最大限の機会を与えるために、国内外における市場開放を含む、経済的自由を重視した政策を精力的に推し進めることによって、中国の経済的な動きに対抗することができる。もしアメリカ人や他国の投資家が、拡大された自由市場によってもたらされた機会を利用するようになれば、中国がその経済的投資―国民に利益をもたらすよりも大抵の場合成長に固執した投資―から得られる政治的影響力は、弱められ、制限されたものになるであろう。

(4) そして、アメリカは、具体的には以下の政策を追求すべきである。

a.地域貿易の自由化の奨励:中国の近隣諸国に対する影響力の源泉は、経済力であって、軍事力ではない。しかし、アメリカは、依然として圧倒的な世界最大の経済大国であり、経済的自由を促進するための強大な力となり得る。経済的自由とは、アメリカのためだけでなく、インドからチリに至るアジア太平洋全域における貿易障壁の撤廃を意味する。しかし、これは排他的なものではない。真の自由経済圏の確立は、地域全体に利益をもたらし、全てのプレーヤーが従う相互に合意したルールを確立することで、全てのプレーヤーのために、関税障壁、助成金そして非関税障壁を軽減することである。中国が同じルールで行動する意思がある限り、中国がこうした自由経済圏から排除される如何なる理由もない。

b.米政府関係諸機関の調整の改善:アメリカは、インド太平洋地域の国々と交流するための膨大な資産を持っている。多くは民間のもので、その交流範囲は学術交流から商取引にまで及ぶ。それらの交流関係においてアメリカ政府の役割はわずかしかなく、干渉すべきではない。しかし、人身売買、麻薬密売、そして知的所有権の侵害に対する警察活動のような分野は、政府の管理権限内であり、政府はそれらの分野における内部調整を改善する必要がある。連邦議会に望まれる措置は、域内の様々な国との米政府による非軍事的交流の全面的な概要と、それらの取り組みがどのように調整され、どの程度成功を収めているかに関する定期的(できれば2年毎に更新)なレポートを要請することかもしれない。国別の調査に加えて、このレポートは、米政府の取り組みが全体として地域にどのような影響を及ぼしているかについて、より広範な評価を含む必要がある。2国間関係だけに焦点を当てていては、より広範な相乗効果の可能性を無視することになる。

c.防衛関係の強化:国防省は、太平洋軍を通じて、ハワイ以西からイスラマバード以東の地域に関する情勢を最も包括的に掌握している。米軍は、基地ネットワークを有し、この地域の国々と多様な2国間演習を実施している。こうした軍事プレゼンスとRIMPAC演習のような多国間軍事演習は、日常的な基盤に基づいた広範な視野を維持する機会となっている。「アジアへの軸足移動 (the “pivot to Asia”)」に込められた意図は防衛領域の重要性を示してはいるが、国防予算の強制的削減によって、充当すべき資源が不足している。

(5) 中国が対抗意識を露わにしていることから、アメリカは、安全保障領域を含め、より深く、より強力に広範な関与を押し進めていくことが不可欠である。これには、日本やオーストラリアなどの主要同盟国、そしてインドなどの友好国との関係強化が含まれるべきである。これら4カ国による「4カ国間安全保障対話」は2007年に公式会合が開かれて以来、中断されているが、この4カ国対話の再開が関係強化への第1歩となろう。もし必要であれば、アメリカは軍事力の行使も厭わないということを明示することが極めて重要である。

記事参照:
America Needs a Comprehensive Strategy for Countering China’s Expanding Perimeter of National Interests

4月30日「中国の埋め立て作業は脅威―米専門家論評」(The Diplomat, April 30, 2015)

米シンクタンク、East-West Centerの上席研究員、Denny Royは、4月30日付のWeb 誌、The Diplomatに、“New PRC South China Sea Bases No Cause to ‘Relax’”と題する論説を寄稿している。この論考は、マカオ大学准教授、Dingding Chenが4月11日付の同誌に、“Relax, China’s Island-Building in the South China Sea Is No Threat”と題する論説を寄稿し、南シナ海で中国が進めている岩礁や環礁の埋め立て作業について、他国が懸念するような意図はないと主張していることに対する反論である(旬報15年4月11日-20日参照)。Royは、Chenが主張を5つの論拠に纏め、それらに反論して、中国の埋め立て作業が平和的であるという理屈は成り立たず、地域の安全保障環境にとって脅威になっているとして、要旨以下のように述べている。

(1) Chenが挙げる論拠の1つ目は、他の領有権主張国も既に埋め立て作業を実施してきたということである。これは事実だし、Chenの言うとおり、中国の埋め立て作業は「作業速度や規模で異なっている。」中国は大規模かつ迅速な埋め立て作業を実施しており、他の領有権主張国の作業がほどほどの規模で、段階的であったのとは対照的である。中国は豊富な資源を有する大国であり、これは驚くべきことではない。全ての領有権主張国は自らの主張を一方的に強化しようと試みてきたが、中国は、他の国を全て合わせたよりも大規模な作業を力ずくで進めてきたというのが、大方の見方である。

(2) 2つ目は、中国が「他国に対して攻撃的意図を持っていない」ということである。中国は、南シナ海における自国の領域防衛を主張しているが、他の領有権主張国も同じように主張している。この観点からすれば、中国の意図は攻撃的である。既に、現実問題として紛争は存在しており、従って、問題は、それを平和的な交渉を通じて解決するか、あるいは武力によって解決するかである。中国の埋め立て作業は、中国の意図が後者であることを改めて証拠立てるものである。中国の南シナ海戦略は、他の領有権主張国に比して自国の軍事力や準軍事能力の大きな優位を背景に、強制や威嚇といった手段を駆使するものである。そこに見られる明らかな意図は、中国の優位を最大限発揮できるアプローチである、他の領有権主張国との個別の2国間交渉に持ち込み、中国の条件に従って領有権問題を解決することを他の領有権主張国に強いることである。中国の視点からすれば、戦争は非生産的なものかもしれないが、他国に対する威嚇はそうではないと考えていることは明白である。戦争を避けたいとの願望は、同じように戦争を避けたいと考えている敵対国の願望を利用する戦略を排除するものではないのである。

(3) 3つ目は、中国は未だ「発展途上国」であるため、その外交政策は今後数十年、慎重なものになるであろうと主張していることである。この主張には2つの論点がある。1つは、中国は幾つかの尺度では依然貧しい国であることから、戦争遂行の余裕がないということ。これに対する反論は、自国内の貧困撲滅は、必ずしも戦争を遂行するための前提条件ではないということである。超大国アメリカには、第三世界並の生活水準にある数百万の住民がいる。中国の「発展途上」という段階は、前例のないペースで拡大を続け現在では世界第2位の規模となっている軍事費によって促進されている、急速な軍備拡大と近代化を妨げているわけではない。2つ目の「貧困が平和を導く」という論点は、2つの点から反論できる。まず、政権の不安定さは、戦争回避に向かわせるのと同時に、逆に戦争を引き起こすことにもなるということである。内憂を外患に転じるという事例は、歴史に見られる通りである。次に、明らかに国家の領土や威信に対する挑戦と見られる紛争では、戦うよりもそれを回避しようとする方が政権にとってリスクが大きいこともあるということである。中国国民は、諸外国、特に近隣の小国に対して、自国の指導者が弱気な態度を取ると即座に非難する。

(4) 4つ目は、北京による「説明」を「諸外国は歓迎すべき」であると主張していることである。中国政府の説明を、「中国の指導者がその危険性を認識しているという好ましい証である」と言うことには、同意しないわけではない。しかしながら、実際には、Chenは、他の領有権主張国やその他の国に対して、単に中国政府のプロパガンダを繰り返しているに過ぎないのである。

(5) 5つ目は、中国の南シナ海政策に対する懸念は脅威を煽り、しばしば無用な紛争の原因となる過剰な対応を誘発すると主張していることである。もしChenが外部世界に対して、脅威を煽ったり、過剰な対応を戒めたりしているのであれば、我々は、例えば、中国政府の報道官やその他の代弁者が、日本の普通の安全保障政策に対して大げさな態度で不満を述べてきたことや、アメリカが中国の経済成長の抑制を図っているなどと主張してきた、数多くの事例を思い起こす。中国側の議論は、非論理的である。もしこの地域の国々が自国の重大な権益が存在する東アジアの海洋への中国の影響圏の拡大を容認できないのであれば、各国は、同意したかのような態度では、かえって中国の野心を煽り、将来的により深刻な紛争の種を蒔くことになることから、反対の声を上げる方が良いし、またそうする必要がある。

記事参照:
New PRC South China Sea Bases No Cause to ‘Relax’

4月30日「南シナ海での中国の人工島造成、サンゴ礁を破壊―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, April 30, 2015)

シンガポール国立大学のThe Ocean and Policy Programme of the Centre for International LawのYouna Lyons上席研究員とWong Hiu Fung研究助手は、S.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の4月21日付のRSIS Commentariesに、“South China Sea: Turning Reefs into Artificial Islands?”と題する論説を寄稿し、中国による南シナ海での大規模な埋め立て工事は生きた珊瑚礁を建設材料に使用し、激しい環境破壊を引き起こしており、国際法違反であるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海で中国が行っている埋め立て工事は、南沙諸島の手付かずで原始のままの珊瑚礁を破壊しかねないことから、海洋環境破壊に対する懸念を引き起こしている。埋めて工事中の岩礁や環礁は、南シナ海の係争海域にある。高解像度の商業衛星の画像は、Fiery Cross Reef(永暑礁)、Hughes Reef(東門礁)、Mischief Reef(美済礁)、Subi Reef(渚碧礁)、Cuarteron Reef(華陽礁)、Gaven Reef(南薫礁)、及びJohnson South Reef(赤瓜礁)での浚渫船を使用しての埋め立て工事の様子を鮮明に捉えている。中国が占拠していない小さな岩礁さえも浚渫され、近くの岩礁や環礁の埋め立てに利用されている。何世紀もの間手付かずであった珊瑚礁は、今や姿を消しつつある。例えば、カッターレスポンプ浚渫船は、埋め立場所に投入して固める前に、珊瑚礁のような硬い海底の構造物を、他の付着する生物(軟体動物、海藻やその他)と共に破砕し、吸い上げるのに使用される。こうした浚渫船は、あらゆる珊瑚礁を掘削するだけでなく、噴射ジョット水で水中に沈殿物が舞い上がり、まだ生きている珊瑚片や日光を必要とする光合成生物を脅かしている。過去の軍事施設の建設と珊瑚礁周辺での破壊的な漁業による環境への影響は、1980年代後半からすでに報告されていた。しかしながら、これまでの活動はより小さな規模で、南シナ海の係争海域で現在行なわれているような、珊瑚礁の生態系を全て破壊するようなものではなかった。

(2) 通常、南沙諸島として知られている海域の地理的形態は、珊瑚礁で覆われた孤立した海山である。海底のこれらの海山は、最大幅50キロの深い海底峡谷で切り離され、その高さは数千メートルである。これら海山の頂上は、生きた珊瑚によって(そして最も浅い部分ではしばしば海藻によって)覆われているか、覆われていた。しかし、これらの100余の海山のほんの1部が、干満を問わず常に海面上に珊瑚礁や小さな岩礁として姿を現しており、その面積は1平方キロにも満たない。これらの海底からの隆起が海水の上昇流を引き起こし、海の表層で生息する海洋生物に栄養豊富な深層水を供給している。海山は、海の明るい表層とその下層の両方において、様々な生命を育む特殊な環境を生む、極めて生産的な存在である。しかしながら、それらが孤立して存在することから、それ自体脆弱であり、大規模な破壊からの回復は遅々たるものである。1980年代に行われたフィリピンとベトナムの合同学術海洋調査と、最近の個々の科学者によって行なわれた海洋調査では、これら海山の最も浅い部分では、珊瑚、魚類、海鳥類、回遊性の生物種そして珊瑚礁と共生するその他の生物種が豊富で、豊かな生物多様性が観察された。

(3) 南沙諸島を対象としている珊瑚生態学者は1990年代に、南沙諸島の極めて豊かな生物多様性は、乱獲される南シナ海沿岸域にとって、またより一般的には生物多様性の維持にとって、不可欠の潜在的資源となろう、と推測していた。この仮説は、現場海域でのサンプリング、コーラル・トライアングル―インドネシア、マレーシア、パプアニューギニア、ソロモン諸島及び東チモールを結ぶ大まかな三角形の熱帯海域―に近接していること、そしてモンスーンの影響で逆流する海洋循環流によって南シナ海の隅々にまで幼魚や稚魚を運び、大規模に拡散すること、という事実の組合せに基づいている。最近の研究では、南シナ海の生物多様性は、コーラル・トライアングルに匹敵するか、あるいはそれ以上であることを示唆している。従って、それは、オーストラリアのグレートバリアーリーフの生物多様性にも勝るということになる。南シナ海の沿岸諸国が漁をする沿岸域と外洋域の漁場は、こうした珊瑚礁からの恵みを受けているのである。珊瑚礁に生息する魚類は、キハダマグロや鰹を含む幾つかのマグロ種のような回遊性魚類の大集団を支える餌場でもある。珊瑚礁の破壊は、こうした恩恵を全てではないとしても、そのほとんどを消失させることになろう。

(4) 国際法の下では、南沙諸島の海山における建設工事に関しては、恒常的な管理措置を整備し適用することは、「建設を行なう国」の義務である。また、影響を受ける他の国々と協議するのも、建設国の義務である。国際法は、南沙諸島の海山の保護と持続可能な管理、及び人的活動による管轄海域を超えた環境汚染の影響を阻止し、管理することに関しても、明確な義務を規定している。

a.第1に、南沙諸島の海山とそれらに生息する生物種は、それらが保護を必要とする環境要件を満たすので、拘束力のあるなしにかかわらず、多くの国際的取極めの下で保護される資格がある。

b.第2に、建設工事を行っている如何なる国も、当該海域の海洋環境に深刻な、あるいは回復不能な被害をもたらし、また自国の管轄海域を越えて南シナ海沿岸諸国の珊瑚礁や漁業に損害を与える可能性がある場合には、影響を受ける国々と協議しなければならない。工事を行う国はまた、事前の予防処置を講じるとともに、工事の実施に当たっては警戒監視と予防義務を含む、種々の注意義務を遂行しなければならない。これらには、公正な環境影響評価の実施なども含まれる。

c.更に、潜在的悪影響の範囲に関する十分な科学的な根拠の欠如を、これらの義務遂行を延期する理由としてはならない。管轄海域を越える危険の可能性について明らかな徴候が存在する場合は、南沙諸島で埋め立て工事を実施している如何なる国にとっても、こうした積極的な義務を負う理由としては十分である。

(5) 南沙諸島の珊瑚礁と海山で建設工事を行っている国は、南シナ海沿岸諸国にまで影響が及ぶ危険があるために、海洋環境に打撃を与えることを避けなければならない。こうした危険を無視することは、東南アジア諸国や南西部太平洋諸国の間における地域協力と政治的安定にとって、より広範な影響を及ぼすことになろう。

記事参照:
South China Sea: Turning Reefs into Artificial Islands?

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子