海洋情報旬報 2015年6月1日~10日

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6月1日「南シナ海におけるアメリカの『航行の自由』作戦の危険性―ベイトマン論評」(East Asia Forum, June 1, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) 顧問のSam Batemanは、6月1日付の East Asia Forum に、“The risks of US freedom of navigation operations in the South China Sea”と題する論説を寄稿し、アメリカが南シナ海で「航行の自由」作戦を展開することについて、法的側面、作戦行動、及び政治的に幾つかのリスクを内包しているとして、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海で中国が領有権を主張する地勢は、法的には複雑な状況にある。中国が埋め立てている占拠地勢は、他の国も領有権を主張している。他の領有権主張国も自国の占拠地勢で埋め立て活動を行っているが、アメリカは、中国の埋め立て活動のみに注目しているようである。このため、アメリカは、主権を巡る紛争に関する中立の立場を放棄したように見られる危険がある。次に、これら地勢の埋め立て活動前の法的地位に関する問題がある。幾つかの地勢は、埋め立て前は低潮高地であり、従って、国際法上、当該地勢周辺に500メートルの安全水域を設定できるだけである。その他の地勢が満潮時でも水面上にある岩礁や砂州であったとしても、周辺12カイリの領海は設定できるが、その上に領空を設定できない。アメリカは、FON作戦を展開するに当たって、それぞれの地勢が持つ法的地位、例えば当該地勢の領海において無害通航権を行使するのか、あるいは500メートルの安全水域だけの地勢に近接した上空を飛行し、海域を航行するのか、ケースバイケースで判断することになろう。アメリカが合法的に領海を有する地勢の周辺を無害通航する場合、別の問題が出来する。(領有権主張が重複していることから)他国の領海を哨戒したり、領海内で滞留したり、あるいは無害通航権を誇示するためにA点からB点に至る通常の航路帯を離れたりすれば、無害通航にはならない。国連海洋法条約 (UNCLOS) は、無害通航は「継続的かつ迅速」でなければならず、「沿岸国の主権、領土保全または政治的独立に対する如何なる武力による威嚇あるいはその行使を行ってはならない」と規定している。

(2) FON作戦の展開は、本質的に危険なものであり、軍艦同士や軍用機同士の近接遭遇が起こりやすい。こうした場合、トップレベルの技能と経験がなければ、誤算が起こりやすい。交通事故と同じで、優秀なドライバーも、悪質なドライバーによる事故に巻き込まれる可能性もある。アメリカは、中国の艦船が専門技能に欠け、衝突防止の国際規則を遵守しない、としばしば非難してきた。しかし、米海軍も近年、自らの航法ミスと下手な操観術の故に幾つかの事故を経験してきた。空中では、1人のパイロットによる判断の誤りは、両方の航空機の衝突、墜落につながる。米中両国は、水上艦艇同士の遭遇時の行動基準について合意しているが、最も危険な航空機同士の遭遇に関しては合意に達していない。

(3) 政治的に見れば、アメリカのより積極的な行動は、国内的には歓迎されるかもしれないが、域内各国が支持するとは限らない。5月のアメリカによる最初のFON作戦が報じられた後、ベトナム外務省報道官は、国際法に基づく沿岸国の主権と管轄権を尊重するとともに、現状を複雑なものにしないよう、全ての関係国に対して要請した。この要請には、米中両国も念頭にあったと思われる。より積極的なFON作戦の展開は、ワシントンによる権利の一方的で過剰な行使と見られるかもしれない。アメリカはUNCLOSの加盟国ではないので、この種の批判には特に弱い。

(4) アメリカは、南シナ海におけるより積極的なFON作戦の展開が地域の安定に及ぼす影響について、十分考慮していないのかもしれない。こうした積極的で不必要な行動によって中国を挑発すれば、現在の状況を一層悪化させるだけである。以上に述べた理由から、南シナ海におけるより積極的なFON作戦の展開について、ワシントンが慎重に検討することを期待したい。

記事参照:
The risks of US freedom of navigation operations in the South China Sea

6月2日「南シナ海を巡る米中関係の悪化回避へ必要な措置―米専門家論説」(The National Interest, June 2, 2015)

米シンクタンク、The Carnegie Endowment for International Peaceのアジア・プログラム上席客員研究員、Michael D. Swaineは、6月2日付けの米誌、The National Interest(電子版)に、“Averting a Deepening U.S.-China Rift Over the South China Sea”と題する長文の論説を寄稿し、南シナ海を巡って米中関係が悪化するのを避けるためには、幾つかの措置が必要であるとして、要旨以下のように論じている。

(1) アメリカ政府高官や軍幹部は、南沙諸島の環礁における中国の埋め立て活動を南シナ海の「軍事化」を狙った、「砂の万里の長城 (a “great wall of sand”)」を構築するものと決め付ける一方で、インド太平洋地域におけるアメリカの国益を護るために、必要なら「何時でも戦う」と断言している。これに対して、中国政府高官や外交部報道官は、アメリカの挑発的な行動に警告し、「自国の主権と領土保全を護る」不退転の決意を繰り返し表明している。こうした状況は、一時的なものではなく、米中関係を、永続的により敵対的でゼロサム的関係に、そしてこの地域を不安定化させる方向に向かわせる恐れがある。アジア太平洋地域の片隅のわずかな岩礁や島嶼を巡る紛争によって、この地域と世界の平和と繁栄に不可欠な重要な関係を悪化させるようなことは、愚の骨頂である。必要なのは、北京とワシントンが長期的な状況の安定化を図る一方で、それぞれの主張や不満の種を一層鮮明にし、それに基づいて、短期的には一線を越えるような行動を避けることを相互に約束するとともに、相手の容認できない行動がもたらす結果を明確にすることである。

(2) 南シナ海問題に関するワシントンのメッセージは曲解され、あたかも、中国以外の他の領有権主張国の挑発的行動にはほとんど言及することなく、南シナ海におけるプレゼンスと能力を増大させる中国の活動に対してのみ反対しているかのように、誤って伝えられてきた。アメリカは、自らの立場を明確にするため、南シナ海における以下の2つの真の関心事にのみに焦点を当て、そしてその言行を可能な限りそれらの関心事に一致させていく必要がある。

a.第1の関心事は、「航行の自由」である。これには、島嶼周辺などの法的に認められた領海以外のEEZを含む海域への米海軍のアクセスが含まれる。中国には、南シナ海における商業船舶の航行や航空機の通過を妨害する意志はない。これまで取ってこなかった、そして恐らく戦時を除いて、将来的にも決して取らないであろう行為に対して警告を発することは、不必要に挑発的で、ミスリーディングである。

b.第2の関心事は、中国による他の領有権主張国に対する威圧的な力の行使の可能性である。このような行動は、不可避的に域内全体の緊張を大幅に激化させるとともに、平和的な経済成長よりも軍拡競争を重視する方向に向かわせることになろう。ワシントンも北京も、係争の岩礁や島嶼を巡って暴力がスパイラル状にエスカレートしていくことを阻止することに、死活的な利害を有している。ワシントンは、継続的な力の行使を阻止することを重視する必要がある。

(3) こうしたアメリカの2つの関心事がともに、特に以下の3つの問題、即ち、① 人工島は12カイリの領海と海軍力のアクセスを規制できるEEZを合法的に主張できるか否か、② EEZを有する沿岸国は外国の軍隊に対して自国EEZを通過し、あるいは調査や捜索救難活動を実施するに際して、事前通告を求めることができるか否か、そして③ 紛争領域に対する力による威嚇やその行使に関して、国際法とそのプロセスに対する違反か、あるいは論議を引き起こす可能性がある。

a.第1の問題に関して、アメリカは、中国に対して、本来、領海やEEZを有しない環礁に人工島を造成することで、領海やEEZを主張しようとする如何なる試みも、国際法違反であり、絶対に容認できないということを明確にしておかなければならない。また、人工島周辺海域に関する中国の主張が明確性を欠いていることに加えて、それらを包摂して南シナ海を取り囲む遙かに広範な「9段線」についても、北京は未だかって、明確な立場を表明したことはない。ワシントンや他の領有権主張国は、中国に対して、「9段線」に対する立場を明確にするよう、何度も求めてきている。

b.第2の問題に関して、北京とワシントンとでは、他国のEEZにおける軍事的活動の自由に関する見解が明らかに異なっている。他の幾つかの沿岸国と同様に、中国は、国連海洋法条約 (UNCLOS) の規定の下で、自国のEEZ内で外国海軍が監視活動を含め、「敵対的」と見られる活動を行うことを拒否する法的権利を有している、との立場に立っている。一方、アメリカやその他の多くの国は、この解釈を拒否している。しかし、当の中国は、グアムやハワイの周辺海域のアメリカのEEZ内で監視活動など、「敵対的」と見られる海軍活動を行っているのである。ワシントンは、この中国の二枚舌の行動を指摘し、12カイリ領海の外側での(通常の監視活動を含む)非敵対的な活動を行う権利を主張しなければならない。同時にワシントンは、中国のEEZ内における監視活動の頻度を減らすべきである。そうした監視活動の多くは、他の手段によっても達成可能だからである。

c.第3の問題、力による威嚇やその行使は、かかる行為を禁止する国連憲章に対する明白な違反である。中国によるこうした行為は、域内の平和を乱し、域内からの、そして国際社会からの強い反発を生むだけである。北京は、そのような状況になれば、「平和的発展」政策が困難になり、西側や域内諸国との関係を危うくするということを認識すべきである。中国は、領有権紛争の平和的解決に何度も言及しているが、武力の行使を明確には否定したことがない。また、中国は、紛争海域における将来的な衝突を防ぐための、法的拘束力を持つ行動規範 (Code of Conduct) に対して熱意を持っていないように思われるが、アメリカやその他の国は、中国と他の紛争当事国に対して、武力に依存しないことを明言した文書を作成するよう慫慂しなければならない。

(4) 更に、ワシントンは、長期に亘って南シナ海における情勢の悪化を防ぐために、幾つかの措置をとるべきである。

a.第1に、ワシントンは、現状変更を阻止するために軍事的抑止手段を重視するのではなく、各領有権主張国の主張を明確化することを目指して、当事国間の交渉による領有権紛争の解決を重視すべきである。そこでは、北極評議会をモデルとした、南シナ海評議会 (a South China Sea Council) を通じて、各領有権主張国の領海やEEZ主張を整理するために、UNCLOSの原則を適用すべきである。

b.第2に、ワシントンは、中国が、域内におけるプレゼンスや軍事力を増大させながら、話し合いを拒否したり、「9段線」の内容の明確化を拒否したり、更には武力の不行使の誓約を拒否したりするなら、アメリカや他の国が最悪のケースに備え、対応する用意があることを、北京に対して内々に明示しておく必要がある。特に、アメリカは、将来的に北京が南シナ海を事実上の排他的海域にしたり、アメリカの同盟国(フィリピン)に対して武力を行使したりする可能性に備えて、自国の軍事力を維持することに加え、同盟国の能力強化も支援する必要がある。

c.第3に、アメリカのこのような措置(対中ヘッジ)は域内各国との防衛関係とアメリカのプレゼンスの大幅な強化や、域内諸国に対する武器供与を必要とするということを、ワシントンは北京に対して明確にしておかなければならない。しかし、このようなアメリカの対応レベルの強化は、中国の行動次第によって判断されるべきである。中国は、南シナ海の領有権紛争に対して軍事行動をとらないということを、言葉と行動で示すべきである。そしてアメリカは、もし中国がそのようにするのであれば、こうした措置を中止すべきであろう。

d.第4に、領有権紛争に関して、ワシントンは、中国と他の領有権主張国との個別の2国間交渉に反対することを止めるべきで、同時に中国との2国間交渉に差がでないように、ベトナム・フィリピン、ベトナム・マレーシア間の2国間交渉も斡旋すべきである。

e.第5に、域内の緊張を緩和し、交渉に向けた環境を整備するために、ワシントンは、既にマレーシア・タイ間(1979年)、マレーシア・ベトナム間(1992年)そしてマレーシア・ブルネイ間(2009年)に見られるように、また中国が長年主張してきたように、主権に囚われない、海底資源の共同探査を促進させる方向に向けて、(恐らくインドネシアとともに)背後から働きかけていく必要がある。

f.第6に、東南アジアのアメリカの同盟国や友好国の沿岸警備能力の強化に対する日本の支援は歓迎されるが、ワシントンは、南シナ海における米軍の哨戒活動に関して、日本の自衛隊の参加を慫慂すべきではない。日本は(中国とは異なり)南シナ海に領有権を主張していないし、また日本の安全保障や航行の自由が脅かされていない海域において、自衛隊が活動することは、域内の不安定化を促進するとともに、日米同盟と中国との間に生じつつある安全保障のジレンマを拡大することになろう。

j.最後に、以上のような問題や、それがもたらす結果を明確にしておく必要性は、関係各国の首脳レベルでの喫緊の課題である。例えば、9月に予定されている米中首脳会談では、両国首脳は、公式的な見解の表明ではなく、双方の懸念、意図そして行動の結果に対するより明快な理解を図るとともに、エスカレーション・スパイラルを回避するという相互保証を確認すべきである。

(5) アメリカと中国は、激しい言葉の応酬ではなく、南シナ海問題の非軍事化を進めるとともに、緊張の激化を阻止するための基盤整備に努めなければならない。それができなければ、南シナ海の現状は、後戻りが困難な一層な危険な状況に向かう恐れがある。

記事参照:
Averting a Deepening U.S.-China Rift Over the South China Sea

6月3日「中国の埋め立て活動は合法―中国人専門家論評」(Huffington Post.com, June 3, 2015)

中国復旦大学教授兼国際問題研究院副院長の沈丁立は、6月3日付の米紙、Huffington Post(電子版)に、“Why China Has the Right to ‘Build Sovereignty’ in the South China Sea”と題する論説を寄稿し、中国の視点から、南シナ海の中国占拠環礁における埋め立て活動を弁護して、要旨以下のように論じている。

(1) 最近アメリカは、中国の南シナ海の一部環礁での埋め立て活動に対して厳しい見解を表明した。特に中国が造成した人工島をどのように活用するのかについて、アメリカの一部に懸念があることは理解できないことではない。アメリカは以前から、国際的な空間と海上における飛行と航行の自由に執着してきており、従って、中国の埋め立て活動が意味するものについて懸念している。とはいえ、アメリカが中国の人工島の12カイリ以内の水域や空域に軍艦や偵察機を派遣して、人工島の造成に異議を唱えることで脅威を煽ることは建設的でない。米国防省が5月20日に幾つかの人工島周辺にP-8A Poseidon 哨戒機を派遣したことは、驚きであった。国際法は、陸地や島の埋め立てを禁止していない。例えば、上海では、宋王朝時代から海を埋め立ててきた。日本は、埋め立てによって関西国際空港を建設し、香港も同様に現在の空港を建設したし、ドバイでも有名なワールドアイランドプロジェクトが進んでいる。

(2) 長い間、日本は、沖ノ鳥島の保全に努めており、保全された構造物に由来するEEZを主張してきた。しかし、アメリカはこれについて沈黙を守ってきた。同じように、ベトナムは、中国が行っているより遙か以前から、南沙諸島の占拠島嶼の一部を埋め立てて拡張してきた。アメリカは、これについても異議を唱えなかった。中国とベトナムは南シナ海のベトナム占拠島嶼を巡って領有権を争っているということに、留意する必要がある。中国は、U字ライン(「9段線」)の内側の全ての島嶼や環礁に対する領有権を主張してきた。そしてこの点について、ベトナムは数十年前に、中国の主張を受け入れていたのである。当時、ハノイは、フランスとアメリカに対する独立と統一戦のために中国の支援を必要としていたからである。中国は2014年、ベトナムが過去に南沙諸島と西沙諸島の全ての島嶼や環礁に対する中国の主権を認めていたことを示す、証拠を国連に提出した。ベトナムが過去の声明と、それらの一部に対する中国の占拠と現在の埋め立て活動を否定することに、中国は納得できない。それでも、中国は、ASEANと南シナ海に関する行動宣言 (DOC) を締結し、紛争の平和的解決を約束してきた。そして、北京は、南シナ海での行動規範 (COC) についてASEANとの交渉に乗り出した。明らかに、中国の領有権紛争に対する姿勢は、南シナ海における平和を維持する意志を反映したものである。国連憲章の下で、各国は、国家主権と領土保全を護るための自衛権を有している。中国は、国際紛争を協力によって解決していく用意がある。しかし、ベトナムと他の領有権主張国が既に占拠している係争島嶼や環礁を譲渡することは、中国としても期待していない。

(3) 多くの海運国と同様に、中国の海上輸送も南シナ海に大きく依存している。漁業もまた、10世紀以上に亘って、南シナ海に大きく依存してきた。最近、中国は、南シナ海の沖合油田開発を進めている。そのため、中国は、商業活動のための海洋秩序を維持し、あるいはこの地域の開発を進めるために、中国の南シナ海における合法的な海洋権益を護るための物理的な拠点の確保を必要としている。アメリカは、中国の埋め立て活動の戦略的影響を注意深く観察している。アメリカは、中国の台頭を懸念し、常時監視している。同様に、中国も、アメリカがどのように監視しているかを注視する必要があり、南シナ海における中国の埋め立て活動はこの面で大いに役立つであろう。法的に見て、アメリカは、中国の埋め立て活動を阻止することはできないが、中国が主張する領空と領海を尊重することもないであろう。米政府当局者は「中国は主権を構築することができない (“China cannot build sovereignty”)」と指摘しているが、 中国は、当該島嶼に対する主権を保有している限り、その領空と領海に主権を有しているのであり、しかも国際法は、当該島嶼に付属して新たに構造物を構築することを認めているのである。アメリカは、中国の埋め立て活動がEEZの権利を生むことはないと主張するかもしれないが、既に主権を有している領空と領海からEEZを切り離すことはできない。

(4) アメリカの懸念を和らげるために、中国は、幾つかの措置をとりつつある。第1に、中国は、南シナ海における航海の自由と、上空通過の自由を脅かさないと言明している。第2に、中国は、埋め立てによる人工島を、周辺海域の天気予報や海難救助といった活動のための公共財として提供することを約束している。中国は、人道支援や災害救助に当たって協力を進められるように、国際機関とともに、アメリカや他の国が、中国が建設する施設を利用することを歓迎する。要するに、航行の自由や無害通航といった口実で、係争海域やその上空に軍艦や偵察機を派遣すること以外に、疑惑を払拭し、信頼を構築する方法は幾らでもあるのである。

記事参照:
Why China Has the Right to ‘Build Sovereignty’ in the South China Sea

【関連記事】「中国の南シナ海における『土地造成』、真の狙い―豪専門家反論」(The Diplomat, June 7, 2015)

オーストラリアの東南アジア問題専門家、Carl Thayerは、6月7日付けのWeb誌、The Diplomatに、“No, China Is Not Reclaiming Land in the South China Sea”と題する論説を寄稿し、上記の沈丁立教授の論説に反論して、要旨以下のように論じている。

(1) 2014年に衛星画像が中国による南シナ海での人工島造成活動の実態を確認して以来、ジャーナリスト、安全保障専門家そして政府当局者は、問題を明確にさせるよりも、混乱させるような用語、「土地の造成 (“land reclamation”)」を、無批判に乱用してきた。中国復旦大学の沈丁立教授は上記の論説で、国際法は土地の造成を禁止していないと主張している。 明確にしておくべきは、中国は、環境や人間の活動に影響を及ぼす程、悪化してきた島の状況を改善するために、南シナ海で土地を造成しているのではないことである。中国は、海底や珊瑚礁を浚渫して砂を掻き揚げ、人工島を造成しているのである。中国は、既に主権を有している島に、更に土地を造成しているかのように誤解を招く発表をしている。これは正しくない。中国は、低潮高地や岩礁に人工構造物を構築しているのである。中国はこれらの地勢 (feature) に対して主権を主張することはできないし、また、これら地勢自体も領海や領空を設定できない。人工島は、国際法上、意味が明確である。国連海洋法条約 (UNCLOS) では、人工島に対する主権は、その所在するEEZの沿岸国によってのみ行使することができる。第56条は「沿岸国は、EEZにおいて、人工島、施設及び構築物の建設と利用に関する管轄権を持つ」と規定し、第60条は沿岸国に「人工島を建設する排他的権利」を与え、そして第80条はこの権利を沿岸国の大陸棚における人工島にまで付与している。

(2) 中国が現在占拠し、人工島に造成した7つの地勢は全て、フィリピンの提訴によって仲裁裁判所での法的審査の対象となっている。 フィリピンが提出した書類は、UNCLOSの規定では、Mischief Reef(美済礁)、McKennan Reef(西門礁)、Gaven Reef(南薫礁)及びSubi Reef(渚碧礁)は干潮時のみ海面に姿を現す地勢であり、しかもMischief Reef(美済礁)とMcKennan Reef(西門礁)はフィリピンの大陸棚の一部を構成している、と主張している。更に、フィリピンは、Scarborough Shoal(黄岩島)、Johnson Reef(赤瓜礁)、Fiery Cross Reef(永暑礁)及びCuarteron Reef(華陽礁)はUNCLOSの規定における岩である、と主張している。これらの地勢は全て、フィリピンのEEZ内か、大陸棚の上にある。要するに、中国は、これらの地勢が法的には島であるとし、従ってそれらに対する主権のみならず、これら地勢が領海、領空、EEZそして大陸棚を有すると主張しているのである。これに対して、フィリピンは、これらの地勢がUNCLOSの下では島としての要件を満たさない、水面下の浅瀬や環礁、そして低潮高地であるが、フィリピン大陸棚あるいは国際的な海底の一部を構成するものである、と主張しているのである。

(3) 中国の人工島造成問題は、他の3つの問題によって混沌としたものになっている。

a.第1の問題は、これらの人工島周辺12カイリの水域とその上空に対して、中国が管轄権を行使しようとしていることである。中国の法律は、特定海域に対して主権的管轄権を主張に当たって、基線の公示を規定している。西沙諸島を除いて、中国は、占拠している地勢について、如何なる基線も公示していない。中国の全ての人工島が、ベトナムの占拠地勢に近接していることに留意すべきである。これらの地勢が12カイリの領海を有するとすれば、中国の領海はベトナムが主張する領海と重複することになろう。問題は、これらの全ての地勢が係争対象であり、そしてUNCLOSの加盟国は現状を変更する措置をとらないことを受け入れていることである。こうした状況下で、中国が主権的権利を主張することは、中国による水面下の地勢や岩を自然に形成された島に変える試み、いわば一種の法的錬金術といえる。中国は、フィリピンやアメリカの軍用機の飛行に対して、中国軍当局がいう「軍事警報ゾーン (a “military alert area”)」あるいは「軍事安全保障ゾーン (a “military security zone”)」から離れるよう、繰り返し要求してきた。アメリカの軍艦が人工島周辺12カイリ以内に入ることを控え、またアメリカの軍用機がこれら人工島の直上を飛行しなかったとのメディア報道が正確ならば、中国の法的錬金術は成功したことになろう。

b.第2の問題は、中国のいわゆる「土地の造成」と同じことを、ベトナム、マレーシアそしてフィリピンも行っていることである。重要な問題は、2002年(行動宣言<DOC>締結年)以降、どのような造成作業が行われ、そしてその目的が何であったか、ということである。フィリピンは、パラワンで埋め立てを行った。パラワンは自然に形成された陸地で、国際法上、島としての要件を備えている。フィリピンはパラワンに主権を有しており、従ってどんな目的であれ土地の造成は合法的に実施できる。ベトナムの場合はこれとは異なる。米シンクタンクが公表した、ベトナムが占拠する、Sand Cay(敦謙沙洲)とWest London Reef(西礁)の衛星画像によれば、ベトナムは2010年以降、これらの地勢を、2万1,000平方メートルと6万5,000平方メートル、それぞれ拡大した。造成規模が問題なのか。ジャーナリスト、安全保障専門家そして政府当局者は、中国の造成範囲と規模が他の領有権主張国のそれらを大きく上回ることに注目した。ベトナムの造成は、中国のそれの1.9%でしかない。しかし、彼らはいずれも、南シナ海における「土地の造成」を適切な文脈で捉えてはいない。カーター米国防長官のベトナムに対する「土地造成」中止要請は、間違いである。問題は、「土地造成」の規模ではなく、その意図である。中国と他の全ての領有権主張国は、2002年11月の南シナ海に関する行動宣言 (DOC) の署名国である。DOCの下で、署名国は、「領有権紛争を難しくしたり、激化させたり、また、平和と安定に影響を及ばすような行為を自制する」ことに同意している。フィリピンやベトナムの造成活動がこれらに抵触しないことは明らかである。他方、中国の造成活動は、領有権紛争を難しくした。中国の人工島の造成は、UNCLOS違反であり、仲裁裁判所の判決を先取りした行動である。中国は、現状を変えて、域内に既成事実を突きつけた。中国は既に、この海域における漁船に加えて、海軍艦艇と航空機の航行の自由と上空飛行の自由に挑戦している。例えば、最近、中国のある人工島の近くで、フィリピンの漁船が中国の軍艦に発砲されたという報道があった。更に、中国の造成活動は、人工島が防衛目的に叶うという中国の度重なる声明から、地域平和と安定に影響を及ぼしてきた。中国は、南シナ海に防空識別圏 (ADIZ) を宣言し、行使する権利に繰り返し言及している。更に、中国は既に、4カ所で造成作業を終え、埠頭や港湾、そして高層建物を建設する作業に移っているといわれる。Fiery Cross Reef(永暑礁)の長さ3,110メートルの滑走路の建設と、同じような滑走路がSubi Reef(渚碧礁)でも建設されていると報じられており、中国の現有の各種軍用機の配備が可能となろう。中国は、表面上は非軍事で科学的施設を、短時間で軍事作戦用の中継拠点に変換することもできる。

c.第3の問題は、中国の造成活動が及ぶす海洋環境への影響である。 UNCLOSの加盟国として、中国は、海洋環境を保護する義務がある。中国当局は、造成活動がもたらす海洋環境への影響を考慮しており、影響を及ぼしていない、と繰り返し主張している。中国の主張に対しては、フィリピン政府当局や海洋科学者が疑問を呈している。衛星画像を見れば、中国が人工島を造成している周辺海域の珊瑚礁が浚渫されていることは明らかである。

(4) 要するに、中国は土地を造成しているのではない。中国は、自国の漁船団、石油天然ガス探査船、そして海洋法令執行船舶のために、人工島に前進中継拠点を建設しているのである。中国が長距離レーダー施設の設置を含めた基盤整備を完成すれば、そこに軍用機と海軍艦艇が姿を現すのは時間の問題である。結局、中国は、UNCLOSを、「中国に都合の良い国際法」に変質させることによって、法的錬金術に成功したのである。こうした展開が、南シナ海における中国の「議論の余地のない主権」主張を強めている。中国は、東南アジアの海洋の心臓部を、ゆっくりとそして慎重に掴み取りつつある。

記事参照:
No, China Is Not Reclaiming Land in the South China Sea

6月4日「南シナ海における中国の行動に対する対応の必要性―米専門家論評」(The Diplomat, June 4, 2015)

米シンクタンク、The East-West Centerの上席研究員、Denny Royは、6月2日付のWeb誌、The Diplomat に、“China Is Playing Offense, Not Defense, in the South China Sea”と題する論説を寄稿し、南シナ海における中国の行動は、他国の行動に対する相応のリアクションの域をはるかに超えており、それへの対応の必要性を強調して、要旨以下のように論じている。

(1) 多くの専門家が南シナ海における中国の高圧的態度が強まってきていると指摘してきたが、人工島の造成はその最新の、そして最も明確な事例である。問題は、中国の高圧的態度が他国による挑発の結果であるか否かである。南シナ海の領有権紛争に対する中国のアプローチに関して、3つの説明がある。

a.第1の説明は、北京は完全に防衛的であるというもの。中国が真に願っていることは、主権問題を棚上げにして、係争海域における資源の共同開発を含め、通常のビジネスを継続することである。この説明では、中国の高圧的な行動は、他の領有権主張国による一方的な措置に対する対応措置ということになろう。その意味するところは、中国は現状を受け入れることができるが、現状変更を図る他の領有権主張国が中国に及ぼす不利益を黙認するリスクを甘受できない、ということである。従って、他の領有権主張国が先に挑発しない限り、中国も対応しないであろうということになる。

b.第2の説明は、中国は他の領有権主張国を犠牲にして係争領域の支配強化を目指しており、これは以前から準備されていた行動だが、「高圧的」と見られることを恐れているというもの。そのため、北京は、中国の立場を永続的に強化するような、前もって計画していた相手に倍する報復措置をとる口実を得るために、他の領有権主張国の行動を待っている。この説明によれば、中国の拡張主義への欲求は、アジア太平洋地域諸国間に対中国安全保障協力が促進されることに対する中国の懸念(あるいは恐怖)によってバランスがとられるということになる。

c.第3の説明は、中国は自らの時間表に従って、南シナ海における自国の最大限の領有権主張の実現に向かって前進しているとするもの。北京は、抗争を最小限度に抑えながら、自国の目標を達成することを望んでいる。そのため、中国の政策は、中国との2国間交渉(当然ながら、大国であり、強国の中国に有利)が自国の要求を中国に伝える最良の手段であることを、他の領有権主張国に納得させる狙いを以て、長年に亘って自国の立場を徐々に強化していくことである。この説明では、北京は、他の領有権主張国の行動に関係なく、現状を中国有利に一方的に変更していく自らの計画を遂行していくということになろう。

(2) 一部の専門家は、フィリピンによる南シナ海問題の仲裁裁判所への提訴や、人工島周辺に対する米海軍機の哨戒飛行が中国の高圧的態度を抑止するよりも、強化させる要因になっている、と指摘している。こうした指摘は、北京の南シナ海における行動が防衛的で受動的なものであるとの説明を受け入れるなら、正当化できる。しかしながら、こうした見方を疑わせる幾つかの理由がある。

a.第1に、国際システムにおける現在の中国の地位は、北京が現状維持ではなく、自国に有利なように現状を変更しようとしているとの推測を招いている。中国は、アメリカの不合理な影響力下に置かれている、この地域における自然なリーダーと自認する、台頭する大国である。中国は、他の大国がしてきたように、自国領域周辺における影響圏の確立を目指している。係争中の島嶼や中華民国政府から相続した地図は、中共中央が南シナ海における領有権を主張する口実となっている。強大国は、法的根拠の有無に関係なく、自国の意志で行動するのである。

b.第2に、中国は今やポスト鄧小平時代である。鄧小平は、国際問題における指導的な役割と担うことなく、不利な出来事に対する過剰な対応を自制し、そして可能な限り西欧列強との抗争を回避するよう、彼の後継者に助言した。域内からの強い巻き返しに対する恐怖は、中国の行動を強く抑制した。しかしながら、今や中国は相対的に強くなり、自信を持っている。中国の外交政策立案者にとって、中国を新しい地域のリーダーとして押し上げようとする熱意の方が、域内諸国の反発に対する懸念に勝っているようである。

c.第3に、中国の政策は、「忍び寄る拡張主義 (the “creeping expansionism”)」といわれる様相を益々呈するようになっている。南シナ海における他の領有権主張国はいずれも、他国を犠牲にして自国の主張を強化するような一方的な行動をとってはいない。しかしながら、中国の行動は、他国の行動に相応した対応の域を遙かに超えている。

d.最後に、中国の行動に対する受動的姿勢は、軍事衝突にまで至る可能性を低下させるよりは、むしろ高めることになるかもしれない。南シナ海沿岸諸国が自国の管轄海域に対する中国の支配を受け入れず、そしてアメリカが国際的海空域と見做されている領域における中国の門衛としての権限を受け入れないのであれば、これら諸国は、放置すればこうした望ましくない状況をもたらしかねない、中国の政策に対する断固たる反対の意志を誇示し始めなければならない。対応が遅れれば、中国は、強い反対がないと見て、自国の立場を一層強化できると確信するだけである。南シナ海における中国の土地造成を物理的に阻止するために直接介入するのは不可能だとしても、アメリカや他のアジア太平洋地域諸国は、歓迎できない中国の活動に対して強要する代価を高めるための間接的な手段を検討できるし、またすべきである。

(3) 1980年代や1990年代に比較して、中国は、南シナ海での自国の地位を急速に強化しつつある。中国は、海洋法令執行機関の哨戒活動や人工島の造成といった物理的な活動だけでなく、外交や法律戦までも動員している。中国が自国に有利な条件で南シナ海問題の解決を図る努力を加速している最大の理由は、北京における外交政策策定の雰囲気の変化を反映しているということである。大国として中国の新しい地位を言祝ぐ中共中央にとって、近隣に中国の意志を強要することは、国内の期待に応えるとともに、中国の「再興」を誇示し、中国大衆の目に共産党政権を正当化し、そして困難な経済的再建のための政治的保証を提供するという、習近平主席の課題を果たすことにも役立っている。南シナ海が中国の湖になれば、海洋資源へのアクセスを失ったり、航行の自由を制限されたり、あるいはアメリカによって支えられてきた地域秩序の弱体化を招いたりすることで、一部のアジア太平洋諸国の利害が損なわれることになろう。これら諸国は、中国のあからさまな意図に抵抗すべきである。一方的な拡張主義に対して中国に強要する代価を吊り上げる抵抗は、緊張を激化させる行動を中止し、南シナ海を協力的かつ平和的に共有する方法を模索することに、全ての領有権主張国が改めて目を向ける機会となる。

記事参照:
China Is Playing Offense, Not Defense, in the South China Sea

6月4日「マレーシア籍船、積荷油抜き取り事案」(ReCAAP ISC Incident Report, June 4, 2015)

ReCAAP ISC Incident Reportによれば、マレーシア籍船精製品タンカー、MT Orkim Victory (5,036GT) は6月4日0010頃、マレーシアのマラッカから東岸のクアンタン港に向けて航行中の南シナ海で、8人以上の強盗に乗り込まれた。2人が拳銃、1人は長刀で武装しており、乗組員を脅して、該船を2,000GTの別のタンカーが待つ海域にまで移動させ、770メタリックトンのMarine Diesel Oilを約7時間かけて抜き取り、その後このタンカーはインドネシア領のアナンバス諸島方面に向かった。18人(マレーシア人8人、インドネシア人7人、ミャンマー人3人)の乗組員には怪我はなかったが、強盗は該船から逃亡する際に、全ての通信装備を破壊し、乗組員の持ち物を盗んだ。ReCAAP ISCによれば、今回の抜き取り事案は2015年1月以来、8度目の事案である。

記事参照:
Incident Update Siphoning of Fuel/Oil from Orkim Victory

6月5日「中国の国防白書に見る戦略思考の変化―米海大エリクソン論評」(The Diplomat, June 5, 2015)

米シンクタンク、The Center for a New American Security (CNAS) の准研究員、Alexander Sullivanと、米海軍大学准教授、Dr. Andrew Ericksonは、6月5日付のWeb誌、The Diplomatに、“The Big Story Behind China’s New Military Strategy”と題する長文の論説を寄稿し、中国国防部が5月26日に発表した、「中国の軍事戦略」と題する国防白書(中文:「中国的軍事戦略」白皮書)について、グローバルな安全保障問題により積極的に関与しようとする野心的なビジョンであり、アメリカはこれに対応しなくてはならないとして、要旨以下のように論じている。

(1) 中国は、5月26日に軍事戦略に関する初めての白書を発表した。北京は2012年以降、近海においてより高圧的になってきており、今回の白書は、中国の「海洋における戦略的管理」を強化する決意を強調している。この白書に見られる中国の戦略思考は、中国の外交政策の根本的な変化という、より大きな「ストーリー」を反映している。このストーリー自体は比較的シンプルなものである。即ち、① グローバリゼーションへの中国の関与は、不可逆的に急増している在外利益に触発されてきた、② このことはまた、中国をして、在外利益を促進し、それらを護るために、より大きな資源と能力を投入させることになった、③ その結果、中国は、「より意欲で能力を持つ (“more willing and able”)」外向きの国家に、国際安全保障問題により積極的に関わる国家になった*、というものである。実際、今回の軍事戦略に関する初めての白書は、多くの点で、現実に追い付くための公式政策を明らかにものである。こうした趨勢は強まっていくと見られるが故に、アメリカの専門家や政策決定者は、国際安全保障問題への積極的な関与という中国の新たな「ノーマル」がもたらす利益を捉え、そこから派生する課題に対処するために、中国が形成していく政策を理解しなければならない。

(2) 白書は、特に3つの主要分野―即ち、軍隊のための政治的枠組みに関する新しい理解、安全保障パートナーシップの強化、そして人民解放軍のグローバルな戦力投射能力における、中国の国家安全保障に関する思考の革新について述べている。政治的に、白書は、中国の安全保障利益の新たなグローバルな広がりと、それらを護る上での新たな柔軟性について言及している。白書は、これらの利益を護るため、中国は「国家安全保障に対する全体的視点」に立つとしている。この曖昧な表現を解釈する1つの手がかりは、これらの利益は今や潜在的に、「他国による内政干渉」に反対するという古いイデオロギーを乗り越えたものになっている、という事実である。注目すべきは、今回の白書には、初めて中国の歴史的なドグマである「平和5原則」についての言及がないことである。実際、この10年間、中国は、政治的仲裁、単独あるいは多国間による経済制裁、そして他国への治安部隊の派遣など、伝統的な内政不干渉の枠組みを超えた、多様な活動を行ってきた。公式政策が、根本的な構造的変化に、そしてそれらが求める即応性に追い付こうとしているのである。いわゆる「国家安全保障に対する全体的視点」は、伝統的及び非伝統的安全保障を包括するもので、中国は、海賊、平和維持、災害対処及びテロといった、国境を越える脅威に対処する意図を明らかにしている。これらの脅威に対する中国のアプローチは、2008年以降のアデン湾での海賊対処活動に見られるように、国際協力を重視している。中国は、「これまで以上に国際的責任と義務を共有し、国際安全保障に貢献する」としている。

(3) 白書における2番目の革新は、中国は他国の支援がなければ、グローバルな活動ができないということについての深い認識である。今回の白書は、「公平で効果的な集団安全保障メカニズムの確立」を目指し、協調的安全保障活動により積極的に参加していくとしている。他国との協調的活動の深化は、合同演習や多国間展開の形で人民解放軍が特に必要としている運用経験をもたらすとともに、先進テクノロジーへのアクセスなども可能にしよう。北京は現在、60カ国近くの国と「戦略的パートナーシップ」あるいは類似の関係を維持しており、こうした枠組みの下で、主要国との防衛外交は劇的に増加してきている。商業的な利益もこうした関係を深める上で役立っている。中国は現在、世界で3番目の武器輸出国であり、これまで以上に洗練されたシステムを売却している。

(4) 中国は、領域を跨ぐ限定的な戦力投射能力を持つ軍隊を構築する意図を有している。中国海軍は、「近海防御」から「近海防御と遠海護衛の融合」を重視する方向に変化しつつあり、限定的ながら外洋海軍への発展の必要を示唆している。本稿の2人の筆者も参加した、The Center for a New American Security (CNAS) の2年間の研究*では、人民解放軍の初歩的な戦力投射能力を、鍵となる5つの分野、即ち、戦力投射 (force projection)、継戦能力 (sustainment)、運用能力 (capacity)、指揮統制 (command and control : C2)、部隊防衛能力 (force protection) について分析している。軍事力を遠隔の地域で効果的に運用するには、いずれの能力も必要だが、十分条件ではない。

  1. 戦力投射は、多様な意味を持つ軍事用語だが、ここでは遠征能力を指す。白書によれば、海軍は、公海における行動のために、「統合され、多機能で、かつ効率的な海洋戦闘戦力構成の構築」を目指している。空軍は、「航空攻撃」、「空挺作戦」、「戦略的戦力投射」、及びその他の遠征航空戦力の構築を目指している。第2砲兵部隊として知られミサイル部隊は、「中長距離精密打撃」を目指している。陸軍も、「戦域を跨ぐ多面的で多機能な」運用能力を目標としている。多くの場合、こうした任務遂行に必要なプラットフォームは、既に開発中か生産中である。
  2. 継戦能力は、作戦活動を持続するために必要な、戦略空輸、兵站及び兵員を提供することである。白書は、「軍は、関係する政策、制度及び支援部隊における兵站改革を押し進めるとともに、戦略的な兵站展開能力を効率化していく」と述べている。
  3. 運用能力は、軍隊運用の技能な運用規模を意味する。これには、所要量の人的、物的アセットと、効率的な軍事力を生み出す組織が必要である。各軍種のアセット生産とその全ライフサイクルを効果的に管理するには、より優れた戦略的管理を必要とする。従って、中国軍は、中央軍事委員会の組織と機能、及び総司令部と各部局の効率化、各軍種の指揮系統と管理システムの改善などを進めるとしている。
  4. 指揮統制は、作戦を計画立案し、指揮し、そして統制する指揮官に不可欠な、施設、装備、通信、手順及び要員からなる。現在、米軍が西太平洋で直面している中国の接近阻止・領域拒否 (A2/AD) 能力には、より有効に展開でき、広範な作戦に適用できる多くのC2システムが含まれている。白書は、特に宇宙配備の人工衛星とサイバー能力などの「情報資源の一層の開発と効果的な利用」を目指している。テクノロジーと同様に、それらを使いこなすプロフェッショナルな要員が重要で、従って、中国は、軍事活動の所要の推移に常に適用できる戦略的指導者の育成に努めるであろう。要するに、中国は、「全ての要素がシームレスに連結されるとともに、各種の作戦プラットフォームが独立して、また協調して機能する、統合合同作戦システムを徐々に確立する」ことを目指している。
  5. 部隊防衛能力は、兵員、資源、施設及び重要な情報に対する敵の攻撃を軽減するための予防的措置である。遠隔地での軍事行動は無数の脆弱性が伴う。白書は、これらの弱点を認識し、それを改善しようとしている。海軍と空軍の近代化計画では、「包括的防御」が主たる優先事項となっている。実際、中国海軍は、高度な戦域防空駆逐艦である「旅洋Ⅱ」、「旅洋Ⅲ」をすでに運用しており、伝統的なアキレス腱である外洋での対潜能力を攻防両面で是正しつつある。

(5) 中国軍は、これらの分野のほとんど全てにおいて厳しい問題に直面し続けるであろうが、これらの分野において進展が見られれば(既に多くの分野で進展しつつある)、2030年までには、人民解放軍は「限定的な遠征軍 (“limited expeditionary”)」としての能力を獲得することになると見られる。如何なる意味でも、グローバルに高烈度の軍事作戦を展開できる米海軍能力に近づくというわけではないが、限定的ながらも遠征能力を持つ軍は、大規模な人道支援・災害救助、緊迫した状況下での後方輸送作戦、北朝鮮の核兵器のような高価値アセットの確保・保全、重要なシーレーンの防衛、対テロ攻撃、そして限定的な安定化作戦など、グローバルで多様な任務を遂行できよう。

(6) 白書は、大国として再興し、あらゆる大陸に永続的な利益を持つ国家となった中国に相応しく、グローバルな安全保障問題にこれまで以上に関与していくという、野心的なビジョンを示したものである。アジアにおいて大規模紛争がなく、中国自体にも突発的な変革がない限り、これが新たな「ノーマル」となろう。北京は既に、遠征能力を持つ軍事力を整備しつつあり、また台湾や近海といった歴史的な関心地域を越えた地域における安全保障問題に積極的な役割を果たしつつある。幸運なことに、このより意欲的で能力を持つようになった北京は、アメリカのこの数十年来の中国政策の大幅な見直しを迫るものではないが、中国に対する認識を改める必要がある。グローバルに活動する中国は、協力のための新しい機会を提供する一方で、抗争する分野を際立たせることになろう。従って、アメリカは、中国の国際安全保障に対する行動主義の新しい基準と範囲を掌握するために、中国に対する3本柱のアプローチ―関与、(関係の)形成そして均衡化 (engagement, shaping, and balancing) ―の視野を広げておく必要がある。「中国の軍事戦略」によって、北京は台本の一端を公表した。このゲームが最高潮に達する前に、ワシントンは今から、これへの対応を策定しておかなければならない。

記事参照:
The Big Story Behind China’s New Military Strategy
備考*:For more on this topic, see the CNAS report; More Willing & Able; Charting China’s International Security

6月8日「南シナ海問題に対する中国の認識―印専門家論評」(South Asia Analysis Group, June 8, 2015)

インドのJawaharlal Nehru UniversityのThe Centre of Chinese and South Asian Studies教授、 Dr. B.R. Deepakは、インドの6月8日付のSouth Asia Analysis Group に、“Sino-US Rivalry in South China Sea: A New Norm?”と題する論説を寄稿し、要旨以下のように論じている。

(1) 南シナ海は、古くから中国と東南アジア諸国との係争海域であった。現在、西沙諸島と中沙諸島はほぼ中国の、そして東沙諸島は台湾の、それぞれ管轄下にある。南沙諸島の西部、北東部そして南西部はそれぞれベトナム、フィリピン及びマレーシアの事実上の管轄下にあるが、島嶼・岩礁・環礁については、中国が8カ所、台湾が1カ所、ベトナムが29カ所、フィリピンが8カ所、マレーシアが5カ所、そしてブルネイが2カ所、それぞれ占拠している。中国が南シナ海をどのように認識しているかについては、以下の諸点が指摘できる。

a.第1に、中国は、アメリカがインド洋太平洋地域のチョークポイントのほとんどを支配していることに加えて、重要な海域や航路帯の支配も企てており、従って、アメリカがより大きな行動の自由を持つことになるのに反して、中国が封じ込められることになる、と認識している。これに対して、中国による埋め立ては、アメリカの戦略空間を拒否することになろう。更に、長期的には、いわゆる「マラッカ・ジレンマ」は、「一帯一路」構想、特に中国・パキスタン経済回廊によって克服されるであろう。従って、アメリカが南シナ海における姿勢を強めてきているのは不思議ではない。

b.第2に、中国は、アメリカが域内国家でもなければ、中国と他の域内国家との領有権紛争の当事国でもない域外国である、と認識している。従って、アメリカは、この地域に対する覇権の維持や中国の封じ込め以外に、南シナ海問題に口出しする何の利害も持っていない。

c.第3に、中国は、アメリカがフィリピン、ベトナムや日本、そして最近では韓国やインドまで中国封じ込め政策に荷担するよう慫慂することで、南シナ海紛争の煽動者となっている、と認識している。中国は、アメリカの干渉がこの問題を国際化し、複雑化するとともに、より重要なことに中国の国際的イメージを貶めている、と感じている。

d.第4に、中国は、中国が領有権を主張している島嶼や岩礁を違法に占拠している国々に対して、アメリカは「選択的に沈黙し」ており、これをダブル・スタンダードだとして非難している。中国は、アメリカが全ての領有権主張国に埋め立ての中止を求めているのはリップサービスに過ぎず、南沙諸島の最大部分を「占拠」しているベトナムなどの他の領有権主張国の埋め立てには決して反対していない、と考えている。

e.第5に、国連海洋法条約 (UNCLOS) の加盟国でもないアメリカは、UNCLOSは12カイリの領海以遠の海域への外国軍艦や航空機の自由なアクセスを認めているなどと主張している。アメリカのPA-8哨戒機はこの主張に基づいて飛行したが、中国から当該空域から離れるよう警告された。中国は、外国の軍用機が200カイリのEEZに許可なく立ち入ることはできない、と主張している。アメリカは、中国が浚渫と埋め立てによって、この地域における航行の自由に有害な影響を及ぼすことになる既成事実を作り上げることを、危惧している。アメリカは、UNCLOSの加盟国であれば、航行の自由に関して仲裁裁判所に提訴していたかもしれない。

f.第6に、中国は、アメリカが主権に関わる問題に関する限り中立を維持してきたことを承知している。しかし、アメリカは、いずれにも与してこなかったが、埋め立てた環礁に対する中国の主権には反対してきた。このことは、5月末のシャングリラ・ダイアローグにおける、「水面下の岩礁を飛行場に作り替えただけでは、主権を認められない」とのカーター米国防長官の発言に明らかである。

g.第7に、中国は、楽観的であり、成功に自信を持っているが、アメリカを含む世界のほとんどの国が前記の「主権を認めない」との見方を共有していることを知っている。

h.最後に、中国は、アメリカがこの地域において中国と深刻な対立になることを望んでおらず、従って、その哨戒飛行も(埋め立て環礁から)12カイリ以内に入ることはなく、もし12カイリ以内に入れば、予期せぬ事態が生じ、地域の安定が脅かされることになろうということを、承知している。

(2) 南シナ海には、70億バーレルの石油と900兆立方メートルの天然ガスが埋蔵されていると見られる、700以上の島嶼や、岩礁、環礁あるいは砂州が散在していることを考えれば、そこにおける領有権紛争に比べて、航海の自由は深刻な問題でないかもしれない。領有権を主張するASEAN加盟9カ国の全てが反中国に傾き、外交的にも軍事的にもアメリカに依存している。しかしながら、これら諸国は、その経済が中国経済と深く関係しており、従って中国と表立って、しかも単独で対立することを望んでいないかもしれない。中国は、南シナ海を、チベットや新疆と共に、交渉の余地のない核心的利益である、と宣言している。中南海から出る強硬路線は、中国は埋め立て工事を続行し、様々な心理戦、報道戦、政治戦あるいは法律戦などによってアメリカに抵抗していく、というものである。「アジアへの軸足移動」を進めるアメリカとしては、米海軍が南シナ海における中国の領有権主張に挑戦し、12カイリ以内に進入するかもしれない。そうすることは、中国をして、南シナ海における新たな防空識別圏 (ADIZ) の設定に向かわせることになり、米中の対立は、予期せぬ事故や誤算に繋がることになるかもしれない。中国は大陸国家から海洋国家へ徐々に移行しつつあり、従って、インド洋太平洋地域における既存の世界大国と台頭する大国間との対立は、これからの時代の「新たな常態 (a new norm)」になるかもしれない。

記事参照:
Sino-US Rivalry in South China Sea: A New Norm?

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子