海洋情報旬報 2015年7月21日~31日

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7月24日「中国潜水艦、カラチ寄港の狙い―インド人専門家論評」(National Maritime Foundation, India, July 24, 2015)

インドのシンクタンク、National Maritime Foundation のGurpreet S Khurana理事長は、7月24日付で同シンクタンクのWeb上に、"China's Yuan-class Submarine Visits Karachi: An Assessment"と題する論説を掲載し、5月に中国潜水艦がパキスタンのカラチ港に寄港した狙いについて、要旨以下のように論じている。

(1) 中国海軍のType 041元級潜水艦(艦ナンバー335)が5月にパキスタンのカラチ港に1週間にわたって寄港した。中国潜水艦のインド洋展開は、2014年9月と11月に宋級潜水艦がスリランカのコロンボ港に寄港したのに続いて、この半年間で2度目である。前回と同様に、中国は、今回の寄港も、アデン湾での海賊対任務に向かう途上における補給休養を理由としているようである。Type 041元級潜水艦はAIP(非大気依存推進)システムを装備している。

(2) 今回のカラチ寄港の狙いとして、最も重要と考えられるのは、パキスタン海軍に対して元級潜水艦を展示公開することであったかもしれない。最近の報道では、同国海軍は、中国から元級潜水艦を最大8隻購入する計画で、Karachi Shipyard and Engineering Works Limited (KSEW) とChina Shipbuilding and Offshore International Co. Ltd. (CSOC) との契約では、何隻かの潜水艦はKSEWで建造されることになっている。これらの潜水艦は、Sterling AIシステムを採用することになっている。従って、休養補給としては長すぎる1週間にわたる今回の寄港中、KSEWとパキスタン海軍の関係者に対する、潜水艦とその搭載装備や兵装、特にAIPシステムの訓練が行われた可能性がある。

(3) より広範な観点から見れば、半年間に2度に及ぶ中国潜水艦のインド洋展開は、インド洋への潜水艦の定期的展開のための「観測気球」であろう。現在の試行的な潜水艦の展開は、インド洋という作戦戦域に対する慣熟と、将来の潜水艦展開に必要な水路調査などの情報収集にあると見られる。将来的には、パキスタン海軍が同種の潜水艦を保有するようになれば、中国の潜水艦は、技術支援や補修、更には弾薬補給などを受けられる可能性があり、そうなればインド洋におけるより長期の展開が可能となろう。更に、新世代の攻撃型原潜 (SSN) であるType 093商級も、インド洋への展開が可能である。商級SSNは、対艦、対地攻撃ミサイルを搭載し、Swimmer Delivery Vehicles (SDV) 装備の特殊作戦部隊(SOP) を発進させることができるといわれる。中国潜水艦のインド洋展開の増大はインドを直接的な対象としたものではないかもしれないが、こうした展開はニューデリーにとって深刻な国家安全保障上の問題である。対潜能力に加えて、十分な監視能力の強化が必要となろう。

記事参照:
China's Yuan-class Submarine Visits Karachi: An Assessment
Map: Route of the Yuan class submarine

7月25日「南シナ海の小さな環礁を巡る大きな問題―英誌論評」(The Economist, July 25, 2015)

英誌、The Economist(電子版)は、7月25日付で"Small reefs, big problems"と題する長文の記事を寄稿し、

(1) 北京でも、ワシントンでも、戦略家達は、アメリカと中国が「トゥキディデスの罠」に陥る運命にあるかどうかという難問に取り組んできた。故事では、アテネの増大する力に対するスパルタの恐怖は、戦争を不可避とした。現代の類似は、既存の大国(アメリカ)が台頭する国(中国)との衝突を運命付けられているということである。日本では見方が異なっていて、日本のある当局者は、戦前の日本の大陸における誇大妄想的侵略行動と同じ間違いを、強大化した中国が海洋で行っている、と指摘している。今のところ、中国の行動は、外交や法律戦に加えて、海上における既成事実化のゲームである。このゲームは、非軍事アセット、即ち、浚渫船と艀、海洋調査船やその他の調査船、そして海警局巡視船が主体となっている。中国は、埋め立て工事による土地造成は公共財(例えば灯台、漁民のための台風避難所、気象観測所や捜索救難施設)を提供することを目的としている、と主張している。しかしながら、米国防当局者は、実際の目的が軍事的であることを確信している。Fiery Cross Reef(永暑礁)の長さ3,000メートルの新設滑走路は中国が保有する全ての軍用機が離着陸可能で、戦闘機の格納庫のような建造物も建設中である。別の埋め立て地勢では、火砲の設置が確認されている。アメリカの専門家は、こうした前哨拠点は動けない「空母」のように脆弱で、如何なる紛争でも早期に使用不能になろうと見ている。しかしながら、平時には、人工島は、中国の力を投影する前線拠点として役立つであろう。中国は、南シナ海のほとんどを取り込む輪郭が不明確なU字形(「9段線」)の領有権を主張しており、隣接諸国とその主張が重複している。アメリカは、領有権主張についてはいずれの国にも与しない立場をとっている。アメリカの最優先事項は、上空飛行の自由と航行の自由を維持することである。そのため、アメリカは、人工島周辺に定期的に軍の偵察機を派遣している。

(2) 中国の南シナ海における高圧的行動は、一部の東南アジア諸国をアメリカに走らせ、アメリカの「アジアへの軸足移動」に口実を与えた。また、これら諸国は、軍備の増強に力を入れ始めた。日本は、フィリピンに10隻、ベトナム6隻の新造巡視船を供与する計画である。ベトナムは、ロシアからの武器購入を増やすとともに、アメリカとの関係を急速に強化している。フィリピンは、アメリカとの間で新しい防衛協定に調印し、これによってアメリカがスービック湾の以前の基地や他の基地を利用できることになろう。また、軍備を強化する計画である。フィリピンの購入品目リストには、新しい戦闘機、フリゲートそして海上哨戒機が含まれている。しかし、フィリピンの現状から、どれほどの予算が軍備に割けるかは疑問である。現在、多くの専門家は、「低潮高地」に造成された中国の人工島が国連海洋法条約 (UNCLOS) の下で領海やEEZといった海洋権限を有するかどうかについて、フィリピンが判断を求めた、ハーグでの仲裁裁判所での手続きを注意深く見守っている。仲裁裁判では、領有権自体について判断することはしないが、フィリピンは、中国の漠然とした大雑把な「9段線」主張をなし崩しにする道義的勝利を望んでいる。中国は、仲裁裁判の過程に参加することを拒否したが、否応なしに法的議論に引き込まれつつある。

(3) アジアの勢力均衡に容赦ない変化が見られる。軍事専門家は、概ね次のような見方をしている。即ち、台湾は、数年前に中国による台湾の侵攻を阻止する能力を失った。日本は、今後10年から15年程度は、遠隔の島嶼を防護することができるかもしれない。従って、長期的な問題は、日台いずれも、中国の攻撃を抑止できる程、強力な損害を中国に強いることができるか、そしてより重要な問題は、アメリカが依然、どの程度、形勢を一変させる用意がるのか、あるいはそれができるのか、ということである。20年後に、中国が台湾の近傍にミサイルを打ち込む台湾海峡危機が再発した場合、アメリカは警告として再び台湾近海に「空母」を展開するであろうか。無条件に「はい」と答える者は殆どいまい。軍事的思考は著しく変化している。アメリカは、中国の増大する「近接阻止/領域拒否 (A2/AD)」能力を打破するための新たな兵器を模索している。また、米海軍大学のトシ・ヨシハラは、日本は陸上基地対艦ミサイル、潜水艦、高速ミサイル艇による「海上のゲリラ戦」、そして機雷戦を重視すべきと考えている。アメリカは、類似の戦術を採用するよう、台湾を慫慂している。日本の防衛当局者は、台湾の安全保障が日本の安全保障にとって不可欠であることを個人的に認めている。米シンクタンク、The Centre for Strategic and Budgetary AssessmentsのAndrew Krepinevichは、彼の主張する「列島伝いの防衛網 ("archipelagic defense")」*をフィリピンまで拡大するために、アメリカは支援すべきであると主張している。

(4) こうした考えは、東シナ海と南シナ海が中国の湖になりつつあり、従ってなし得る最良の対策が中国をその中に閉じ込めておくことであることを認めた、窮余の一策と言えるかもしれない。今後の目標は、中国の高圧的な行動を抑止しながら、台頭する中国を近隣諸国との協調的関係に引き込むことでなければならない。中国が外圧に無関心であるということは信じがたい。北京の一部の専門家は、中国が最近海洋においてあまりにも高圧的であったと考えている。今のところ、アジアにおける抗争が武力紛争にエスカレートすることを防止できるかどうかは、中国の周辺海域を哨戒する軽武装の巡視船の乗組員が冷静さを保つことができるかどうかにかかっているかもしれない。

記事参照:
Small reefs, big problems
備考*:How to Deter China -the Case for Archipelagic Defense
(抄訳は『海洋情報季報』第9号2.軍事動向参照)

7月27日「インドネシアの南シナ海に対する2重戦略―インドネシア人専門家論評」(RSIS Commentaries, July 27, 2015)

インドネシアのシンクタンク、The Centre for Strategic and International Studies (CSIS) の研究員、Iis Gindarsahは、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の7月27日付の RSIS Commentariesに、"Indonesia and the South China Sea: A Two-fold Strategy"と題する論説を寄稿し、インドネシアの南シナ海戦略について、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海の領有権紛争に対するインドネシアの視点は、以下の4つの関心事から定義されている。

a.第1に、南シナ海紛争は、国連海洋法条約 (UNCLOS) に基づくインドネシアの群島国家としての位置づけに対する潜在的な挑戦となっていることである。中国の「9段線」主張のある解釈では、北京の海洋管轄権の拡大はナトゥナ諸島周辺海域に対するジャカルタの管轄水域を包含している可能性を示唆している。ウィドド大統領は最近、インドネシアが2010年に国連事務総長宛に提出した外交書簡を例に挙げ、中国のこの悪名高い境界線が「国際法における法的根拠を欠いている」ことを改めて強調した。

b.第2に、中国の領有権主張に対するインドネシアの懸念は、経済的利益を反映していることである。ナトゥナ諸島の海底には、豊富な海洋資源に加えて、相当量の天然ガスが埋蔵されていると考えられている。ジャカルタは、Natuna Block D-Alphaを含めた沖合のガス田を、エネルギー安全保障のための死活的な領域と指定している。インドネシアは南シナ海における中国の浚渫活動に対しては静観的な姿勢を維持しているが、海洋生態系を破壊する浚渫活動に対する懸念が国内で高まりつつある。

c.第3に、南シナ海における海洋境界画定が未解決の状態であることは、インドネシアの国境と海洋安全保障を不安定にしかねないということである。漁業海洋省によれば、ナトゥナ海域は違法操業に最も脆弱な海域であり、年間数十億ドルの損失となっている。

d.第4に、南シナ海での長引く緊張や武力衝突の可能性は、東アジアの地政学的な安定を求めるインドネシアの願望を損ねることになりかねないということである。ジャカルタは、この多国間の領有権紛争を、中国の台頭と北京との2国間の「包括的・戦略的パートナーシップ」にとって、「リトマス試験」と見なしている。インドネシアの核心的懸念は、海洋紛争が、地域的自立性と、進化する地域的アーキテクチャーを管理するASEANの能力に及ぼす影響である。

(2) 南シナ海の領有権紛争解決の見通しは、予測し得る将来にわたって依然低いままであろう。しかしながら、最近の出来事は、小さな一方的な行動が長期的な影響をもたらす可能性を示唆している。こうした行動には、他国が管轄権を主張する海域への中国船の頻繁な侵入、沖合での石油や天然ガスの探査、そして埋め立て活動などが含まれる。中国とASEANの紛争当事国との間の緊張激化に伴って、インドネシアの政策立案者は、南シナ海の紛争海域における「戦略的な衝撃事態」を想定した防衛措置を模索してきた。RSISの客員研究員、Robert Haddickは、南シナ海における出来事は「ゆっくりとした小さな行動の蓄積が長期的には重大な戦略的変化をもたらす、『サラミスライシング』の過程を示している」可能性を指摘した。最近、中国は、南沙諸島の実効支配地勢において、海洋監視のための関連施設を建設する意図を持って、大型浚渫船で埋め立てを行っている。北京は、サンゴ礁の上に人工島を造成し、滑走路と海軍施設を建設している。進行中の土地造成活動は、南シナ海紛争に大きな影響を与えることになろう。新しい人工島で運用される滑走路、桟橋あるいは運用監視システムといった、戦略的インフラによって、北京は、南沙諸島全域において艦船や航空機の航行を管制することができるようになろう。要するに、中国の大規模な埋め立て活動は、係争海域におけるより大きな拠点の確保と、戦力投射能力の強化という狙いがあることを示唆している。3年前のプノンペンとは違って、2015年のASEAN首脳会談は、強力な声明を発表することができた。域内の指導者は、「南シナ海における信頼を損ねてきた」土地造成に「深刻な懸念」を表明した。しかしながら、声明は、外交的対立のエスカレーションを恐れ、地域の懸念の元凶である中国を名指しすることは控えた。

(3) 南シナ海に幅広い利益を持つインドネシア政府は、国家安全保障と地域的安定の維持目的とした、2重戦略を採用しているようである。

a.第1に、インドネシアは、南シナ海の領有権紛争当事国間の「信頼醸成」に関する地域的取り組みの最前線に立ってきたし、幾つかの成果を挙げてきた。いわゆる「3+1」対話もその1つであり、紛争海域における行動規範 (COC) の草案起草の基礎として、相互信頼の促進、紛争の防止と偶発的な事案の管理、そして建設的な環境の創出を訴えた。最近、ウィドド大統領は、南シナ海紛争に対するインドネシアの中立的立場を再確認した上で、紛争解決のための「誠実な仲介者」になることを申し出た。しかしながら、インドネシアの願望や役割における最大の課題は、南シナ海紛争に対する東南アジア諸国の多様な認識とアプローチである。ASEANの合意形成外交を考えれば、基本的な相違を乗り越えて和平条件を実現することは、ジャカルタにとって不可能ではないとしても、困難な課題である。

b.第2に、中国とASEANの紛争当事国との間の緊張激化に伴って、インドネシアの政策立案者は、係争海域に近い自国の海洋境界内における南シナ海での「戦略的な衝撃事態」を想定した、防衛措置を熟考し始めた。中国の巡視船が不法操業者を逮捕しようとしたインドネシアの行為を妨害した、ナトゥナ諸島海域での過去の事例は、ジャカルタの政策立案者に警鐘を鳴らした。Cuarteron Reef(華陽礁)とFiery Cross Reef(永暑礁)で進行中の土地造成によって、インドネシア海軍は、漁船と巡視船との同様の遭遇事案が今後益々増えていくと認識している。インドネシアの軍当局はまた、望ましくないエスカレーションを回避するために、「低強度戦力の均衡化 ("low-intensity balancing")」措置を再調整し始めた。既存の防衛計画には、軍事力の再配置と、ナトゥナ諸島周辺の「前進作戦拠点」の強化が含まれている。武器調達については、インドネシアの軍当局は、強襲揚陸艦、補給艦、空中早期警戒そして給油機の選択的な取得を通じて、軍事兵站能力を近代化しようとしている。こうした計画は、遠隔の紛争地点への迅速な軍事力の展開と、そこでの持続的な作戦遂行を可能にすることが狙いである。

(4) しかしながら、この2重戦略は、南シナ海に対するインドネシアの戦略的思考の急激な2分化を意味するものではない。ナトゥナ諸島におけるインドネシアの前方海洋プレゼンスは、域内のパートナー諸国との様々な海軍間の協調的行動による、「防衛外交」のための貴重なアセットである。軍事力は、インドネシアの外交政策の大きな部分を占める重要な手段である。

記事参照:
Indonesia and the South China Sea: A Two-fold Strategy

7月28日「インド、日本、オーストラリアによる新たな連携構想と中国の台頭―インド人専門家論評」(The Diplomat, July 28, 2015)

英ロンドン大学キングス・カレッジのHarsh V. Pant教授は、7月28日付のWeb誌、The Diplomatに、"Asia's New Geopolitics Takes Shape Around India, Japan, and Australia"と題する論説を寄稿し、最近強化されつつあるインド、日本及びオーストラリアの3カ国枠組みはアジア太平洋地域において中国に対抗し得る存在になるであろうとして、要旨以下のように述べている。

(1) アジアの新しい地政学的枠組みが急速に姿を現しつつある。インドの外務次官が6月に日豪両国の外務次官と会談した際、インド、日本そしてオーストラリアの3国間協力の新たな動きが見られた。日本は、今後実施される、米印合同軍事演習、Malabarに参加する。地政学的にも重要なインド洋海域で行われる合同演習への日本の参加は、今回が2度目となる。急速に変化するアジア地域の形勢を管理する最良の方法は、インド太平洋地域という戦略的枠組みであるとの見方が強まっている。最初に日本が提案し、オーストラリアのアボット政権が支持を決めたこの枠組みは、その価値を高めており、今ではアメリカもその必要性を認めている。中国はこの枠組みを疑惑の目で見ているが、多くの中国人有識者は、インド太平洋地域がインドにとって極めて重要な戦略空間になってきており、従って中国はインド洋地域と太平洋を跨ぐインドの政策に対応する必要があることを認識している。

(2) 中国の外交的、経済的影響力の増大は、中国国内のナショナリズムの高揚と相まって、軍事力の増強やより大胆かつ挑発的な外交政策をもたらした。最近の南シナ海の南沙諸島における埋め立て活動による土地造成は、地域の現状を自らに有利な方向に変更したいという北京の願望を示す好例である。こうした中国の政策が、地域バランスが中国優位に変わりつつあるとの懸念を生んだ。アメリカの関心事が終わりの見えない中東での紛争に向いていることもあり、インド、日本そしてオーストラリアといった地域大国は、こうした事態に対して、これまで以上に積極的に対応するようになってきた。アジアに出現しつつある新たな3国体制は、これまでの合同軍事演習の枠を超えた取組みを見せている。2013年12月には、日本の海上自衛隊がインド洋海域では初めてとなるインド海軍との合同軍事演習を実施した。日印両国の戦略的な結び付きが強まる中で、2014年にインドは、太平洋海域での米印合同軍事演習、Malabarに海上自衛隊を招待した。インドと日本は、2011年にアメリカを加えた3国間戦略対話を立ち上げた。アジア太平洋地域における均衡維持や、インド太平洋海域における海洋安全保障問題は、この戦略対話の重要なテーマである。同様の対話の枠組みが、アメリカ、日本及びオーストラリアとの間にもある。そして現在、新たにインド、日本そしてオーストラリアという3国間枠組みが加わり、将来的にはインド太平洋地域における4カ国の民主主義国家の枠組みに発展する可能性がある。この4カ国枠組みのルーツは、インド洋大津波に際して、アメリカ、インド、日本及びオーストラリアの各国海軍が合同救援活動を実施した、2004年後半にまで遡ることができる。

(3) 日本は、このような取組みを早くから提唱していた。2007年の第1期政権当時から、安倍首相は、アジアの民主主義国家に対して4カ国協力体制を呼びかけていた。アメリカは、こうした構想を積極的に支持した。こうした構想は、2007年9月には、5カ国間の海軍によるベンガル湾での合同軍事演習の実現に結びついた。しかしながら、中国が、こうしたアジアの民主主義国による団結を懸念して、こうした構想を頓挫させるべくニューデリーとキャンベラに外交攻勢をかけ、それ以降、オーストラリアとインドは中国を刺激することは得策ではないと感じ始めた。しかし、中国が域内でより高圧的な行動を取り始めるにつれて、インドとオーストラリアは再び、この構想を復活させようとし始めた。域内における中国のパワーとその意志の不確実性は、アジアにおける均衡維持に対するアメリカのコミットメントの将来動向と相まって、域内諸国の戦略思考に大きな影響を与えている。アジア地域に現れつつある地政学上の急激な変化は、インド、日本そしてオーストラリアといったアジアのミドルパワーに対して、中国に対抗するための戦略的工夫の考案を強いている。アメリカとの安全保障パートナーシップを維持しながらも、これらミドルパワーは、アメリカが台頭する中国との均衡維持ができない場合に備えて、積極的にヘッジを追求している。アジアの地政学的空間領域は、変貌しつつある。中国の台頭は依然最大の変貌だが、その他の国も変貌しつつあり、これら諸国の影響力は、アジア太平洋地域におけるグローバルな政治環境の形成において、中国を上回ることはないとしても、それに等しいものになるであろう。

記事参照:
Asia's New Geopolitics Takes Shape Around India, Japan, and Australia

7月29日「中国の人工島造成とその軍事化の危険―CSIS専門家論評」(The Interpreter, July 29, 2015)

米シンクタンク、The Center for Strategic and International Studies (CSIS) のAsia in the Freeman Chair in China Studies上席顧問、Bonnie Glaserは、豪シンクタンク、Lowy Institute for International PolicyのWeb誌、The Interpreterに、7月29日付で、"The growing militarisation of the South China Sea"と題する論説を寄稿し、南シナ海における中国の人工島で増強される軍事的な能力は、弱小な近隣諸国に対する優位性を中国に提供し、この地域のアメリカの軍事活動に対する挑戦をもたらすだろうとして、要旨以下のように述べている。

(1) 7月下旬に米コロラド州アスペンの安全保障フォーラムにおいて、ハリー・ハリス米太平洋軍司令官は、南シナ海で新しく造成された中国の人工島が中国軍の前進作戦拠点となる可能性があると説明した。北京は、人工島の軍事的拠点としての利用を否定し、捜索救難や自然災害対処などの公共施設として提供する計画を強調してきた。中国の人工島の軍事的使用の可能性とは、そしてそれがもたらす脅威とは何か。まず、南沙諸島の前進拠点には、中国の情報、監視、偵察及び海洋情勢識別能力を強化する、レーダーや電子盗聴機器が設置されることは間違いないであろう。Fiery Cross Reef(永暑礁)に新しく建設された、3,000メートルの滑走路は、中国軍が保有するあらゆる航空機が利用できるであろう。ハリス司令官によれば、B-52爆撃機でも離着陸可能である。中国は、この滑走路に、海洋哨戒機、空中早期警戒管制機、無人機、輸送機、爆撃機そして戦闘機を配備することができよう。どのようなプラットフォームとシステムを配備するかにもよるが、中国は、この前哨拠点から1日24時間、年中無休で、南シナ海の全てではないが、そのほとんどの海域を監視する能力を持つ可能性がある。こうした新たに強化された能力によって、中国はより弱小な近隣諸国に対して優位に立つとともに、この地域のアメリカの軍事活動に対して新たな難題を突きつけることになろう。

(2) 中国は、「9段線」内の全てあるいはその一部を覆う防空識別圏 (ADIZ) を宣言するかもしれない。ADIZを実効あらしめるためには、南シナ海の各所に何本かの滑走路が必要となる。中国は、西沙諸島にあるWoody Island(永興島)の滑走路を約2,400メートルから3,000メートルに延伸した。最近の衛星画像は、中国が南沙諸島のSubi Reef(渚碧礁)でも新たな滑走路の建設準備をしている可能性を示唆している。中国は2013年11月、東シナ海の係争海域にADIZを一方的に設定した。当時、中国人民解放軍の少将は、中国軍は東シナ海、黄海そして南シナ海を含む中国近海全域にADIZを設定するための長期計画を持っていることを、筆者 (Bonnie Glaser) に打ち明けた。更に、中国は、接近阻止/領域拒否 (A2/AD) 領域を、南方と東方のフィリピン海とスールー海方向へ拡大するために、南沙諸島の前進拠点を利用する可能性がある。これらの滑走路によって、中国本土や海南島配備の中国軍の航空機の行動範囲は、南シナ海全域とそれ以遠の海域にまで及ぶことになろう。域内の米軍の行動に対する中国の監視能力と対応能力は、大幅に強化されるであろう。中国沿岸から遠く離れた前進拠点から米軍機や他国軍機を迎撃するために、これら拠点に中国軍機が配備されることになろう。更に、もしマラッカ海峡が封鎖されるような事態になれば、中国軍機と戦闘艦艇がマラッカ海峡に前進する所要時間は大幅に短縮されるであろう。ハリス司令官によれば、中国が人工島に対艦巡航ミサイルやその関連システムを配備したかどうかは現在のところ確認されていないが、こうしたミサイルシステムは近い将来、地対空ミサイルとともに配備される可能性がある。更に、Fiery Cross Reef(永暑礁)の港湾は、中国海軍が現在本拠地としている海南島の浅海域よりも潜水艦の配備に適している。Fiery Cross Reefから数キロ離れれば、直ぐに水深 2,000メートルの海域になるからである。

(3) 軍事紛争が生起すれば、人工島はそこを拠点とする艦艇や航空機と同様に、攻撃に対して脆弱であろう。しかし、平時や紛争に至らない危機においては、人工島とその配備戦力は、現在の能力によるよりも更に遠距離にある米軍戦力を脅かすことになろう。このことは、台湾防衛に当たるアメリカの努力に重要な意味を持つ。アラビア湾やインド洋から台湾支援に向かう米空母打撃群は、南シナ海を航行して北上することになる。更に、戦時には、これら人工島とそこから活動する航空機や艦艇を攻撃する必要があり、従って、米軍の他の任務の遂行戦力から所要アセットを引き抜かなければならない。また、中国がこれらの前進拠点から他の領有権主張国の占拠拠点を奪取する決心をした場合、中国軍は現在以上の強力な能力を持つことになろう。ヘリコプター、両用上陸用艦艇そして移動式火砲は、近隣の他の領有権主張国の占拠拠点を攻撃するために使用されるであろう。あるいは、中国は、他の領有権主張国が自らの占拠拠点を放棄するよう圧力をかけることもできる。例えば、第2大戦当時の揚陸艦を座礁させた、フィリピンが占拠するSecond Thomas Shoal(仁愛礁)のような孤立した拠点に対して、2014年初めにやったように、補給活動を妨害することもあり得よう。

(4) 中国に対する南沙諸島における人工島造成の中止要求は、無視されてきた。過去1年半の狂気じみた浚渫ペースから見て、可能な限り早く人工島の造成を完了させることは、明らかに北京の最優先課題である。しかしながら、中国や他の領有権主張国による占拠拠点の軍事化を阻止する可能性はある。これら領有権主張国による攻撃的な戦力投射能力の配備は、危険であり、不安定要因となるであろう。アメリカは、南シナ海の全ての領有権主張国に対して、自らの占拠拠点への戦力配備を防御能力のみに厳格に規制する協定を実現するよう支援すべきである。中国の人工島造成とその使用目的の不明確さから、ASEAN諸国、あるいは少なくとも海洋安全保障に重大な利益を有する一部加盟国は、危機軽減措置と領有権紛争解決のメカニズムを盛り込んだ、行動規範 (COC) の起案に乗り出すべきである。中国は、一定の時間枠でCOCについてASEANと合意を目指すことには明らかに乗り気ではない。しかしながら、他の領有権主張国にとっては、COCを推進させる時である。中国とASEAN全体がCOCを起草し、署名する用意がないのであれば、まず有志連合がそれを実現させ、他の関係国に後からの参加を促すべきである。アメリカと、同じ考えを持つ諸国は、元々水面下の暗礁であった中国の人工島の周辺海域における航行の自由のための哨戒活動を行うべきであろう。国連海洋法条約の規定では、人工島は「島」の資格を有しない。何故なら、それらは水に囲まれ、高潮時においても水面上にある自然に形成された陸地ではないからである。従って、人工島は如何なる海洋権限も有しない。アメリカは1979年以来、世界中において海洋の権利を護るために、航行の自由作戦のプログラムを実行してきた。このような哨戒活動を南沙諸島で実行することは、領有権紛争が平和的に、そして国際法に従って管理されなければならないということを、中国とこの地域に示すことになろう。

記事参照:
The growing militarisation of the South China Sea

7月30日「インド洋を『中国洋』に変質を目論む中国の海洋野心―インド人専門家警鐘」(South Asia Analysis Group, July 30, 2015)

インドのシンクタンク、South Asia Analysis Groupの国際関係、戦略問題のコンサルタント、Dr. Subhash Kapilaは、7月30日付のSouth Asia Analysis Groupのウェブサイトに、"China's Maritime Ambitions in The Indian Ocean: India's Wake-Up call"と題する論説を寄稿し、インド洋を「中国洋」に変質させようとしている中国の海洋野心に「警鐘」を鳴らし、迅速なインドの対応を求めて、要旨以下のように述べている。

(1) インド洋における中国の最優先の野心は、「インド洋」におけるインドの支配的立場に取って代わり、この広大な海原を「中国洋 (a 'Chinese Ocean')」に変質させることである。しかも現在、この試みは、2015年に公表された最新の『中国の軍事戦略』によって、より明確で、予測可能な形でその輪郭を知ることができる。東シナ海と南シナ海における中国の瀬戸際政策と軍事的侵出は、中国の大戦略における重点を、陸中心戦略から海洋中心戦略に変えていく上での海洋における戦略的な動きとしては、「小さな変化」である。この戦略的重点変更の中核をなすものは、「インド洋」を「中国洋」に変質させていくという、中国の野心である。そこにおける含意は、インド海軍の野心を抑えるといった狭い目的だけでなく、主たる地政学的目的として、インドの「戦略的減退 ("Strategic Diminution")」を目指す中国によるより大きなゲームでもある。インド洋はまた、中国が台頭する大国としてより大きなゲームを演じようとしている、チェスボードでもある。このゲームの初手が、「真珠数珠繋ぎ ('String of Pearls')」戦略である。次の手が、国際海洋安全保障における穏健なステークホルダーという上辺のイメージを打ち出すために、ソマリア沖とアデン湾における海賊対処作戦に積極的に参加したことで、続いて海軍の拠点を確保するために、スリランカ、モルジブそしてセイシェルに言い寄り、そして現在では、いわゆる「海洋シルクロード」構想である。この構想は、招請された諸国による通商開発構想という穏健なラベルが貼られているが、南シナ海とインド洋に対する長年目指してきた海洋支配戦略以外の何もものでもない。

(2) インド洋を「中国洋」に変質させようとする野望を追求していくに当たって、中国から主たる共謀者としての役割を付与されているのはパキスタンである。中国は、パキスタンに2つの主要な役割を割り当てている。まず、戦略的に重要な位置にある、ホルムズ海峡に近いグワダル港を、現在は商業港だが、中国が実質的に中国海軍の独占的な施設として使用できるようにすることである。グワダル港は、2つの主要な理由―いずれも中国の主たる戦略的所要―から重要である。まず、グワダル港は、中国のインド洋への野望と関連する、中国海軍の水上戦闘艦や潜水艦にとって前進作戦拠点となる。現在、グワダル港は、グワダルと新疆ウイグル自治区の外縁にあるカシュガルを繋ぐ、総額460億ドルの中国・パキスタン経済回廊プロジェクトを通して、中国によるパキスタンの戦略的隷属化のための中核となる海運ターミナルである。この回廊によって、エネルギー安全保障のライフラインにおける「マラッカ・ジレンマ」を克服することが可能になる。中国がパキスタンに割り当てた2番目の役割は、パキスタン海軍の潜水艦戦力の増強によって、インド海軍西方艦隊によるアラビア海の制海を阻止することである。最近中国が締結した、8隻の潜水艦をパキスタン海軍に供与する契約はその先兵である。そこにおける中国の意図は、インド海軍によるシーレーン遮断作戦からアラビア海における中国のエネルギー・ライフラインを護る有力な戦力として、パキスタン海軍を増強することにある。

(3) インド洋を「中国洋」に変質させようとする中国の脅威はインドの政策立案者への「警鐘」であり、次々に展開される中国の海軍戦略はインドの迅速な対応を必要としている。インドは、海軍艦艇を200隻に増強する方針を明らかにしているが、方針の表明だけでは十分ではない。増強計画を即時実施するための予算措置や、無気力な国防省官僚と造船所を活動させるには強力な政治力が必要である。200隻海軍への増強は、水上戦闘艦や潜水艦に限るべきで、兵站補給艦や哨戒艇で辻褄を合わせるべきでない。ベンガル湾とアラビア海の両方にある沖合の島嶼は、海洋攻撃航空戦力と監視能力を備えた、主要な海軍基地に格上げされることになっている。空母と、駆逐艦、フリゲート及び潜水艦で構成される強力な空母打撃群で構成される、南方艦隊の創設は喫緊の課題である。この艦隊は、スリランカ南方のインド洋地域における作戦任務に専念すべきである。また、南シナ海を含む、インド洋への東方からのアクセス海域における作戦任務に専念する、別個の海軍任務部隊の編成も喫緊の課題である。

(4) アメリカ、日本、東南アジア諸国そしてヨーロッパ諸国は、インド洋の制海権が中国の手に渡らないようにすることで、インドと戦略的利益を共有している。このことはインドにとって大きな戦略的アセットだが、インドは、これら諸国の積極的な支援を活用できていない。インド洋におけるインド海軍の優位を妨害しようとする中国の企図を阻止するためのインド海軍の増強計画では、2つの要素が重要である。1つは、迅速なインド海軍の拡大による「攻撃精神 (an 'offensive spirit')」の発揚である。そしてもう1つは、インド洋が真に「インド洋」であり続けるためには、インドは、インド洋の安全保障に重要な利害関係を持ち、インド洋の海洋安全保障は管理されるべきだが、インドの手でそうされるべきであるとの戦略構想を伝統的に容認してきたヨーロッパや日本とともに、アメリカに対して、インド洋を「インド洋」たらしめる不可欠の要素である、インドの海軍戦略を支えるよう要請することであろう。

記事参照:
China's Maritime Ambitions in The Indian Ocean: India's Wake-Up call

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子