海洋情報旬報 2015年7月1日~10日

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7月1日「南シナ海『行動規範』、目指すべき諸原則―南シナ海問題専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, July 1, 2015)

南シナ海問題専門家、Huy Duongは、7月1日付の米シンクタンク、CSISのWeb上に、“A Fair and Effective Code of Conduct for the South China Sea”と題する論説を寄稿し、南シナ海に関する2002年の「行動宣言 (DOC)」に替わる、新たな「行動規範 (COC)」が目指すべき諸原則について、要旨以下のように述べている。

(1) ASEANと中国は2002年に南シナ海に関する「行動宣言 (DOC)」に署名し、関係当事国間の意見の対立や紛争の平和的かつ恒久的な解決のための好ましい環境を醸成することを誓約した。残念ながら、それから13年を経た現在でも、関係各国は、紛争解決の道筋を見出せていない。現在必要とされているのは、DOCの欠点を是正するだけでなく、2002年以降に発生した新たな課題にも対処する、「南シナ海行動規範 (COC)」である。今になって考えてみると、中国はその「平和的台頭」政策を、海洋境界画定に関する国連海洋法条約 (UNCLOS) の紛争解決手続から手を引き、また、Nam Con Son Basinの石油開発プロジェクトから撤退するようBP社に圧力をかけた、2006年から2007年にかけて放棄したと特定することができる。Nam Con Son Basinは、中越間の係争海域である西沙諸島よりも、ベトナムの固有の管轄海域に位置にあり、従ってUNCLOSの紛争解決手続に従えば、Nam Con Son BasinがベトナムのEEZの一部であるという結論になることは明らかであった。中国がUNCLOSの紛争解決手続から手を引いて以来、DOCが海洋境界画定に関する紛争予防には完全に無力であるということが常態となった。このことは、DOCが「紛争を複雑化し、あるいはエスカレートさせ、平和と安定に悪影響を与えるような行動」とは何かを特定しなかったという事実から生じている。その結果、この文言は、領有権紛争当事国が他の当事国をDOC違反と糾弾するためだけの意味のないレトリックになってしまった。

(2) ASEANと中国との間で新たにCOCを締結することが期待されるが、南シナ海には新たにもう1つの無駄な文書など不要である。COCは、DOCの欠点を是正するだけでなく、2002年以降に発生した新たな課題にも対処するものでなければならない。就中、中国は、UNCLOSの紛争解決手続から手を引き、南沙諸島で新たな人工島を造成したり、拡張したりしている。では、公正で効果的なCOCの原則は如何にあるべきか。

a.第1の原則は、COCは各領有権主張国が事実上占拠している島嶼や環礁の現状維持を規定すべきである。各領有権主張国が他国の占拠を違法と見なしていても、武力の威嚇による現状変更を認めないということである。従って、

① 領有権主張国は、他国が占拠する地勢を奪うべきではない。

② 領有権主張国は、他国が占拠する地勢を封鎖すべきではない。

③ 領有権主張国は、直接的な実力行為によって、あるいは、他国のアクセスを妨害することによって、いずれの国も占拠していない地勢を占有すべきではない。

④ 領有権主張国は、海面下にある地勢や「低潮高地」に人工島を造成すべきでなく、また自然に形成された島嶼や人工島を拡張すべきではない。

b.第2の原則は、領有権紛争の対象となっている地勢を特定し、そうすることで、緊張激化の要因となる、あり得ない領有権紛争を作り出したり、領有権紛争の存在を否定したりする試みを阻止することである。従って、

⑤ 領有権主張国は、自然に形成され満潮時でも海面上にある地勢と定義される、島嶼に対してのみ領有権を主張すべきである。特定の島嶼の領海内にある「低潮高地」は、当該島嶼と同じ国の主権下にある。領有権主張国は、どの地勢が島嶼で、どれがそうでないかについて合意を目指すべきである。

⑥ 領有権主張国は、どの島嶼が係争対象になっているかについて合意を目指すべきである。

c.第3の原則は、領有権主張国が主権を主張する島嶼の12カイリの領海幅を規定すべきである。島嶼や環礁の場合と異なり、領有権主張国が主張する領海には明確な線引きがなく、従って、領有権主張国が自らの一方的行動を自国の主権下にあるとして正当化すれば、公海における紛争事態生起のリスクが高まる。第3の原則は、こうした領海内における武力による威嚇やその他の不公正な一方的行動を阻止することに狙いがある。この原則はまた、紛争当事国でない国の権利を擁護するためにも必要である。従って、

⑦ 直線基線や領海に対する主張は、UNCLOSに適合していなければならない。無害通航権を含む、領海に関するレジームは、UNCLOSに適合していなければならない。

⑧ 係争島嶼の領海も、係争対象である。領有権主張国は、係争島嶼の領海に関する衡平性のレジームに合意しなければならない。

d.第4の原則は、係争島嶼やその領海問題を超えて、南シナ海全域における緊張の緩和が必要であるということである。小さな島嶼が南シナ海における領有権紛争の種であるが、資源や戦略的な制海という面からもっと重要なのは、南シナ海の広大や海洋空間である。従って、この海域に対する管轄権を巡る紛争は、島嶼自体を巡る紛争以上に蓋然性が高い。緊張を緩和する有効なアプローチとされる、係争海域における共同開発構想は、どの海域が係争海域かということについてのコンセンサスを必要とする。従って、

⑨ 領有権主張国は、係争島嶼がそれ自体のEEZを有するかどうかについて合意を目指すべきである。

⑩ もし当該島嶼がEEZを有する場合には、領有権主張国は、当該島嶼に対する主権を巡る紛争とは別に、当該島嶼のEEZの範囲について合意を目指すべきである。

⑪ 係争島嶼のEEZ自体も係争対象である。UNCLOS第74条の原則(向かい合っているか、隣接海岸を有する国家間のEEZ境界の画定)を適用し、領有権主張国は、以下の原則に基づいて、協調的な暫定取極に合意すべきである。即ち、係争海域と非係争海域には異なる規定が必要とされることから、衡平を期し、効果的なものにするためには、COCは、これら2つの海域を区別しなければならない。COCは、係争海域における共同開発について規定できるかもしれないが、領有権主張国の1つがこうした規定は係争対象ではない海域に対して適応すべきと主張すれば、こうした規定は意味をなさないであろう。

⑫ こうしたEEZに含まれない海域は、島嶼を巡る主権紛争とは無関係であり、従って、(これらの海域が、EEZ主張の重複や、大陸沿岸からの大陸棚を巡る係争海域でない限り)係争海域ではない。こうした非係争海域では、COC署名国は、UNCLOSに規定する権利や責任に基づいた、協力に関する協定の締結を目指すべきである。

e.最後に、COCの規定は公正でなければならないが、その解釈についても客観的なものでなければならず、このためのセーフティネットは、いずれかの国が違反した場合には、国際法廷の解釈に従うということである。従って、

⑬ 前記原則やその解釈について、当事者間で解決し難いがたい対立が生じた場合には、国際法廷に委ねられる。

(3) DOCと異なり、上述した諸原則は、海洋の管轄権や領有権問題を解決するものではない。しかしながら、これら諸原則は、南シナ海における公平かつ効果的な緊張の管理のために何が必要かについて言及したものである。残念ながら、威嚇的手段によってより多くのものが得られると考える領有権主張国は、こうした公正な緊張の管理に、領有権紛争の公平な解決よりも魅力を感じていないようである。そうであれば、その他の領有権主張国は、全ての関係当事国が署名できるようにするために、効果的なものでなくなったCOCでも受け入れるべきか、それとも領有権主張国の1つが署名しなくても、必要な諸原則を盛り込んだCOCを目指すべきか、いずれかを決心しなければならない。恐らく、その答えは、弱小の領有権主張国は、公正な緊張の管理のために必要な諸原則について、まずこれら諸国間で合意することから始めるべき、ということである。次に、これら諸国は、漸進的な威嚇行為を忌避し、公正と安定を願う諸国から、これら諸原則に対する支持を求めるべきである。こうした支持は、より効果的なCOCを実現するチャンスを高めるとともに、この限定的なCOCを補強する保証となるであろう。

記事参照:
A Fair and Effective Code of Conduct for the South China Sea

7月1日「南シナ海における中国の人工島造成、中国の詭弁に肩入れすべきでない―米専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, July 1, 2015)

米シンクタンク、CSISの研究員、Gregory Polingは、CSISのWeb上に、“Sophistry and Bad Messaging in the South China Sea”と題する論説を寄稿し、アメリカは中国の詭弁の肩を持つようなメッセージを発信するべきでないとして、要旨以下のように述べている。

(1) この数カ月間、中国当局と親中的な専門家は、中国の南沙諸島における土地造成活動について、長年に亘って他の領有権主張国がやってきたことを北京が真似ているだけと主張することで、それに対する批判を躱そうとしてきた。こうした論法に従えば、全ての領有権主張国は、国際法に違反して南シナ海における地勢の現状を変更し、緊張を激化させたことで、北京と同罪ということになる。しかしながら、この論法は間違っている。例えば、フィリピンは数年前、Thitu Island (Pagasa Island) の狭い帯状の砂の滑走路を補修し、波による浸食を防止するため若干の埋め立てを行ったが、マニラが大規模な浚渫や土地造成を行ったわけではない。こうしたことは、他の全ての領有権主張国が行っていることであり、世界中の海岸や島嶼の海浜で行われていることである。重要なことは、中国が7カ所の占拠地勢の内、3カ所の「低潮高地」を人工島に造り替えていることで、マニラはそうしたことをしていない。中国の行為こそ、法的にはるかに問題で、最も挑発的である。マレーシアも、Swallow Reef(弾丸礁)で埋め立てを行い、1980年代に滑走路やスキューバダイビング・リゾート、そして小規模の海軍基地を建設した。自然に形成された岩もしくは島嶼が、約25エーカーから85エーカーにまで拡大された。これは明らかに埋め立てに相当するが、数千エーカーを埋め立てたこの2年間の中国のそれとは比較にならない。フィリピンもマレーシアも、埋め立てによって当該地勢の地理的あるいは法的位置づけを変えようとしたわけではない。

(2) 他方、ベトナムは、中国の偽情報キャンペーンの最も魅力的な標的となっている。ベトナムは南シナ海で最も多くの地勢を占拠しているが、その多くについて文書で十分に証拠付けられていない。そのため、ベトナム政府は伝統的に、南沙諸島での自国の活動の詳細を明らかにすることについて、フリピンより口が重かった。悪いことに、中国よりはるかに小規模だが、一部の地勢、特にSand Cay(敦謙沙洲)とWest (London) Reef(西礁)における造成活動が中国によって暴露された。中国の未確認情報によれば、ベトナムが埋め立て活動を行ったのは、Central (London) Reef(中礁)、Grierson Reef(染青沙洲)、Namyit Island(鴻庥島)、Pearson Reef(睪生礁)、Sin Cowe Island(景宏島)及びSouthwest Cay(南子島)であった。これらのケースの多くで、ベトナムの埋め立て活動が明らかに2002年の南シナ海行動宣言 (DOC) 署名後に行われたことは、ベトナムが中国の人工島造成活動をDOC違反と非難する上で、その道義的権威を全てではないが、ある程度失わせることになった。このため、カーター米国防長官が全ての当事国に対して更なる埋め立てと建設を自制するよう呼びかけ、ハノイ訪問時のベトナム国防相との会談でもこの問題を取り上げた。しかしながら、ハノイの埋め立て活動は、北京のそれと比べれば、比較にならない程、大きな違いがあることをここで改めて指摘しておかなければならない。しかも、現在のところ、ベトナムが「低潮高地」や海面下の地勢を岩や島嶼に変えるために埋め立てを行った証拠はない。要するに、ベトナムも、フリピンやマレーシアと同じように埋め立てや拡張工事をしたが、中国が行っているような大規模な人工島造成ではなかったのである。

(3) 最近、米政府は、誤ったメッセージを発信した。シアー国防次官補は5月13日の上院外交委員会での証言で、「ベトナムは48カ所の前哨拠点 (“outposts”) を有しており、フリピンが8カ所、中国が8カ所、マレーシアが5カ所、そして台湾が1カ所保有している」と述べたが、ベトナムが「48カ所の前哨拠点」を保有しているという事実は、アメリカとこの地域の南シナ海ウオッチャーにとっても初耳であった。実際、この数字は、大部分の専門家がベトナムの占拠地勢として引用する数の2倍以上であった。多くの専門家はシアー次官補のミスと考えたが、カーター国防長官も5月末のシンガポールでのシャングリラダイアログでのスピーチでこの数字を繰り返してしまった。無頓着な南シナ海ウオッチャーや、親中的な専門家は、ベトナムこそが真の侵略者であったことの証拠として、48という数字にすぐに飛びついた。彼らが見落したのは、シアー次官補もカーター長官も、ベトナムが48の地勢を占拠していると述べたわけではなく、48の「前哨拠点」を保有していると述べたのである。何らかの理由で、ワシントンは、ベトナムが「低潮高地」やその他の地勢に構築した個々の構築物を全てカウントしたが、中国の占拠地勢の構築物についてはカウントしていない。このことは、米政府が、例えば、Great Discovery Reef(大現礁)を3度カウントしたことを意味する。何故なら、ベトナムは、占拠するGreat Discovery Reef周辺の異なった場所に3つの「トーチカ」型の構築物を構築しているからである。しかも、これらの構築物は約3.5エーカーの地積に構築されており、最も離れた2つの構築物の距離は5カイリだが、他の1つは1カイリも離れていない。対照的に、Fiery Cross Reef(永暑礁)における中国の人工島造成は、端から端まで約2カイリで、800エーカーの地積に数多くの構築物が建てられている。南沙諸島に占拠地勢に対するこうしたカウント法は極めてミスリーディングであるばかりでなく、ワシントンは、カウント方法を説明しなかったことで、中国の主張に肩入れしたことになった。

(4) 北京が法に反した自己主張によって強要される代価を認識することを期待して、東南アジアの領有権主張国やアメリカそして同じ考えに立つ諸国が、中国に対する国際的な非難を結集する息の長いゲームを戦うのであれば、中国の身勝手な言い分の肩を持つようなメッセージの発信は、失点になることは間違いない。

記事参照:
Sophistry and Bad Messaging in the South China Sea

7月5日「ロシアの北極アセット」(Business Insider.com, July 5, 2015)

ロシアは現在、6隻の原子力砕氷船を運航しており、加えて少なくとも10隻余の通常型砕氷船を保有している。2017年には、新型の原子力砕氷船が就役する予定である。ロシアはまた、北極圏における軍事的優位を確立するために、北極圏に一連の各種施設を建設してきた。ロシアは、北極海沿岸域に沿って、10カ所の捜索救難ステーション、16カ所の深水港、13カ所の飛行場、及び10カ所の防空レーダ・ステーションを建設している。

記事参照:
US Coast Guard chief: We are ‘not even in the same league as Russia’ in the Arctic
Map 1: Russia Fortifying Bases in Arctic region
Map 2: Arctic open for commerce

7月6日「パキスタン、『アメリカの最前線国家』から『中国の最前線国家』へ―インド人専門家論評」(South Asia Analysis Group, July 6, 2015)

インドのシンクタンク、South Asia Analysis Group のコンサルタント、Dr. Subhash Kapilaは、同シンクタンクのWeb上に、“Pakistan’s Switch from ‘United States Frontline State’ to ‘China’s Front Line State’”と題する論説を寄稿し、パキスタンが「アメリカの最前線国家」から「中国の最前線国家」に転換したことによる、インドへの戦略的意味について、要旨以下のように述べている。

(1) パキスタンは2015年、「アメリカの最前線国家 (‘United States Frontline State’)」から「中国の最前線国 (‘China’s Frontline State’)」に顕著な戦略的転換を行なった。この転換は、インド亜大陸におけるアメリカの進出基盤にとって、そしてインドに対する中国・パキスタン連合による軍事脅威という意味で、インドの安全保障にとっても、深刻な懸念をもたらす。パキスタンと、アメリカ、中国、インドそしてアフガニスタンに対するパキスタンの外交政策形成を掌握するパキスタン軍は、自らの利益のためにパキスタン軍に対して戦略的共犯者としての代償を支払う用意がある如何なる国家に対しても、進んで自国をレンタルさせる「レンタル国家 (a ‘rental state’)」との悪評を得ている。

(2) 2015年には、中国が、自らの戦略的利益のためにパキスタン軍とパキスタンをレンタルするために、アメリカとサウジアラビアを上回る高値を付けたと見られる。中国は以前から、パキスタンを、アメリカとの軍事的連合から引き離し、インド亜大陸とインド洋における中国の野心のための明確な軍事アセットとする機会を窺っていた。2015年になって、パキスタンは、米軍のアフガニスタンからの撤退後、アフガニスタンに戦略的空白が生まれると見、米軍撤退の数カ月前から、パキスタン軍と中国は、この戦略的空白を中国によって埋めるべく動いてきた。奇妙なことに、アメリカも、中国がアフガニスタンにおける中心的なステークホルダーとしての地歩を固める状況を受け入れる―こうした曖昧な黙認が及ぼす地域的な影響を考えず―用意があるように思われた。パキスタンの方は中国と同様に、アメリカのインドへの接近を懸念するようになった。パキスタンはまた、サウジアラビアとの戦略的連携を打ち切り、イエメンにおけるサウジアラビアの軍事介入を支援するための、イエメンへの部隊派遣をパキスタン軍が拒否した。専門家の指摘するところでは、パキスタンは、中国の保証と支援に力付けられて、サウジアラビアの要請を拒否することができたという。

(3)「アメリカの最前線国家」から「中国の最前線国家」へのパキスタンの確信的で明白な転換は、アメリカとインドの戦略的、軍事的連携の深化が進んでいるにもかかわらず、インド亜大陸におけるアメリカの進出基盤に対して深刻な懸念をもたらす。アメリカは、パキスタンを完全には信頼できないが、イランの東側側面に対する米軍の可能な軍事的オプションの跳躍台として役立つと見ていた。こうしたアメリカの軍事的オプションは、もはや利用できない。一時期、アメリカと中国は、パキスタンを介してインドとのバランスを図ることで戦略的利益が一致していたが、現在のアメリカの戦略は、アメリカの利益を損なう狙いから、中国がパキスタンを戦略的により密接に取り込むことを阻止することであったかもしれない。この戦略もまた、拒否された。

(4) パキスタンが「中国の最前線国家」となったことに加えて、中国・パキスタン経済回廊 (the China-Pakistan Economic Corridor) を通じて、中国がパキスタンを戦略的に強固に抱え込んだことは、インドに対する中国・パキスタン連合よる軍事的脅威を強化することになる。この経済回廊は、穏やかな名称とは裏腹に、実際はインドの安全保障を大きく脅かす、軍事的手段である。この経済回廊は、カシミールのパキスタン占領地帯における中国の軍事プレゼンスを容認しており、このことはインドに対する現実の脅威となるとともに、この地域に対するインドの予想される軍事介入に対する抑止力ともなる。この経済回廊はまた、インドとパキスタンの武力紛争生起の場合における、中国による軍事的補給支援を可能にするとともに、インドと中国の軍事紛争が生起した場合には、中国・パキスタン連合軍事脅威戦略 (the China-Pakistan Dual Military Threat strategy) の一環として、中国がパキスタンと共謀してインドの側面に対する第3戦線を開くことが可能になる。インドの軍事計画担当者は、こうした脅威に対処する戦略を検討しなければならないであろう。その場合、インドは、こうした二重の脅威に対処するために、新たな軍事部隊の編成を余儀なくさせられよう。

(5) こうした新たな戦力的状況に対処するに当たって、最後に検討しなければならない疑問は、パキスタンは、「最前線国家」としての役割をアメリカのためから中国のために転換したことによって、戦略的に後戻りできない程、中国に接近していったのがどうか、ということである。パキスタンは、アメリカに対しては最小限のヘッジ戦略的効果しか期待できないが、インドに対しては、中国・パキスタン連合軍事脅威戦略を効果的に強化する中国の取り込みによって拡大された戦略的空間を最大限に利用できるであろう。

記事参照:
Pakistan’s Switch from ‘United States Frontline State’ to ‘China’s Front Line State’

7月6日「『米中グランドバーゲン』の可能性とインドの安全保障―インド人専門家論評」(National Maritime Foundation, July 6, 2015)

インドのシンクタンク、National Maritime Foundation (NMF) の客員研究員、Rana Divyank Chaudharyが、7月6日付のNMFのWebサイトに、“China-US ‘Grand Bargain’: India’s Future Stakes in Great Power Peace”と題する長文の論説を寄稿し、「米中グランドバーゲン」が実現した場合における、インドの安全保障への影響について、要旨以下のように論じている。

(1) 東アジアにおける戦略的に不安定な状況は、域内諸国を巻き込んだ、米中間の対立によって悪化しつつあるように見られる。中国の大国としての再登場とその対外的行動は、東アジアにおける大国の平和―それは同時に、現状を維持する現超大国であるアメリカの利益でもある―に対する歴史的な挑戦となっている。このような環境下で、「米中グランドバーゲン (China-US ‘Grand Bargain’) 」なる考え方が、実現可能な戦略として議題に上ってきている。しかし、東アジアの不安定さを増す安全保障環境下で、しかも現実的に妥協可能な課題が不明確なままで、このようなバーゲンが可能かどうかについては、根強い疑念がある。それでも、米中関係の将来動向に関する議論の新たな地平が拓かれてきた。この議論はまた、インドのような利害関係国にとって、「米中グランドバーゲン」がもたらす影響についても、検討されなければならない。

(2) インドの戦略的利益は、東アジア地域秩序の変化に密接に関わっている。中国は、最大の隣国であり、第2の貿易相手国であり、そして長期的な競争相手である。インドは、全ての主要な東アジア諸国との2国間関係を強化しており、また地域的な国際機構の当事国でもある。南アジアにおいては、インドは、中国を、域内の国家間関係と地域協力の規範形成におけるインドのリーダーシップに対する長期的な競争相手と見、またインド・パキスタン紛争に対する不安定要因とも見ている。更に、中国の野心的な経済外交と海軍のインド洋地域への進出は、インドの海洋分野における利益と影響に対する新たに出現しつつある挑戦と見なされている。インドとアメリカの関心が一致する重要な分野の1つは、中国有利にパワー分布が変化してきたことであり、そして国際システムにおいて増大する力を背景に中国がどのように行動するかについて不確実であることであった。「米中グランドバーゲン」の成立は、大国関係の新たな時代を開くであろうが、それはまた、インドと米中両国との関係に、そしてインドと近隣諸国との関係に、潜在的に革命的なインパクトを及ぼすであろう。更に、それは、インドの外交政策、国家安全保障そして国家戦略に重大な挑戦を投げ掛けるものとなろう。

(3) 簡単に言えば、「米中グランドバーゲン」の支持者は、米中両国が、自らの安全保障、国益、国際的コミットメントそして長期的な経済目的を取り返しがつかない程危険に晒すことなく、相互に譲歩し合うことができる、領土紛争や防衛協定を含む、一定の領域があるかもしれない、と主張する。一部の専門家は、「グランドバーゲン」の実現が可能な問題として、台湾問題と、東シナ海と南シナ海における島嶼を巡る紛争を挙げている。中国本土との台湾の完全な政治的統合は、中国にとって優先的課題である。同時に、アメリカは、台湾関係法(1979年)の維持を公約している。アメリカが台湾への武器売却を規制するとともに、将来的に両岸関係が改良されれば、中国の不安の主たる原因を取り除き、国内の政治的圧力が解消されることになる、と論じられてきた。見返りに、中国は、南シナ海と東シナ海における近隣諸国との全ての海洋紛争を平和的に解決するか、あるいは最終的に衡平な解決を実現するための紛争予防と共同協力の枠組構築に合意しなければならない。

(4) 戦後に出現した国際システムにおけるインドの利益とその位置づけは、国際システムの構造における動向や大国政治の変化と密接に関連してきた。このことは、非同盟外交政策、旧ソ連への戦略的な接近、そして冷戦後におけるアメリカとの関係復活への取り組み、といったインドの選択に反映されてきた。同様に、ニューデリーの中国との関係にも、より広範な国際関係の動向の影響を見て取れる。こうした歴史的文脈から、米中戦略関係の進化は、幾つかの重要な分野で、インドの安全保障環境と対中関係を形作ってきた。1970年代の米中国交正常化がインドの利益に及ぼした影響を概観することは、ニューデリーの将来の方向性を占う上で有益である。米中和解は、2国間関係の正常化に至る長期的で高度に秘密主義的な外交の成果であった。冷戦期における中ソ対立と、中国がアメリカの対ソ連封じ込め戦略と連携したことは、非同盟第3世界というインドの立場にとって直接的で象徴的な不利益となった。同時に、主権国家としての台湾の承認を取り消して、中国は、国連で代表権を承認され、国連安保理事会の常任理事国メンバーとなった。パキスタンは、米中和解のバックチャンネルの役割を果たした。これによって、パキスタンは、中国との安全保障関係に対するアメリカの是認を得ただけではなく、この地域におけるアメリカの戦略的計算におけるイスラマバードの立場を強固なものにした。更に、インドの安全保障に複雑な影響を及ぼしたのは、アメリカによる継続的なパキスタンへの兵器売却と、中国によるイスラマバードへの核兵器技術の拡散に反対することをアメリカの最高レベルが躊躇したことであった。こうした出来事は、インドの政治と社会に今日でも根強く残るアメリカの外交政策に対する批判を一層強め、インドとアメリカの外交関係における不信と疎遠感を高めることになった。

(5) 米中の和解とその結果としての南アジアにおける中国の行動というプリズムを通じて、今日に至るインドの対外安全保障問題の起源について見てきたが、では、近い将来に米中間のバーゲンが見られれば、ニューデリーはどのような影響を受けるか。近い将来、インドの利益に影響を及ぼす核心的な分野は、① 東アジア秩序における中国の新しい位置づけ、② インド洋地域における中国の将来のプレゼンスと役割、③ 南アジアにおける中国、特に対パキスタン、アフガニスタンとの関係、④ 東アジアにおけるインドの戦略的パートナーシップの将来と、米印関係とアジア太平洋地域に対する合同ビジョンにおける重点の変化と抑制要因、⑤ 既存の規範、法的原則そして国際機構に対するインパクト、であろう。

a.第1に、インドから見れば、米中間のバーゲンは、アメリカの譲歩によって実現する可能性がはるかに高い。米中間のバーゲンが直ちにアメリカの同盟国を脅かすことがないとしても、軍事、経済面における中国の台頭を阻止することはできない。従ってインドが自ら台頭することは、長期的に中国の競争者としてインドを位置づけることになり、そしてそれに伴うインドの外交政策にとっての課題は緩和されそうにもない。

b.第2に、和解の態様は、沿岸域から遠く離れた国際水域における中国海軍の活動に対する、アメリカの寛容な態度に表れるであろう。それは米中両国海軍のインド洋地域における海洋協力の形になる可能性があるが、それはまた、両洋を跨ぐプレゼンスを維持する能力を持つ海洋大国として復興するという、中国の長期的計画を後押しすることになろう。安全保障の重要問題に関する印中両国間の信頼の欠如を考えれば、両国海軍間の抗争関係が強まることになろう。

c.第3に、インド洋におけるプレゼンスの増大によって、パキスタンに対する中国の軍事援助やその他の援助は、継続されることになろう。パキスタンが外国からの支援を国内の経済的課題の解消や生活環境の改善に使用するか、あるいはそうするようにイスラマバードに対する国際的な圧力がない限り、インドの西部戦域における問題は改善されないであろう。更に、将来、アメリカとNATO同盟国がアフガニスタンから完全に撤退した場合、同国における中国とパキスタンのプレゼンスが増大することが予想される。そうなれば、アフガニスタンの安定という、インドの国益にとって古くて新しい課題が浮上しよう。

d.第4に、米中関係における根源的な変化は、韓国、日本、ベトナム及びオーストラリアなどの諸国とのインドの戦略的関係に関して、新たな考慮を促すことになろう。一部のアメリカの同盟国は現状の変化を歓迎しない可能性があり、従ってこれら諸国とのニューデリーの関係は、中国の対外目標と行動に関する認識の共有の度合いによって強化されることになるかもしれない。しかし、一方で、こうした変化を好ましい永続的なものと認識する諸国との関係は制約されることになるかもしれない。中国とのバーゲンは、アメリカ国内にそれを追求するための強固な政治的信条がなければ実現しないであろうことから、米印戦略的パートナーシップにおける実質的な変化があるかもしない。インドの安全保障を強化するとともに、アジアにおける勢力均衡を維持するための、アメリカによる同時並行的な努力がない限り、中国とのバーゲンは、米印間の相互信頼を損ない、パートナーシップの存在価値を弱めることになろう。

e.第5に、「米中グランドバーゲン」は、国際法的原則に基づく地域安全保障の規範を書き換え、国際及び地域機構に影響を及ぼす可能性がある。アジアの安全保障は、バーゲン後のシナリオにおける中国の意図と行動によって大きく左右されよう。中国による紛争解決にインドとの国境紛争を解決する措置が含まれていなければ、インドは、より強固な安全保障を実現できないであろう。

(6) 結論的に言えば、「米中グランドバーゲン」は、インドにとって望ましいものではない。何よりも、それは、インドの積年の諸問題の解決にほとんど効果がないばかりか、それらを悪化させる恐れさえあるからである。言うまでもなく、インドは、大国間の平和、就中、より安定した国家間関係をもたらし、域内における大規模紛争を阻止する、大国間の平和に当然の利益を有している。従って、(「米中グランドバーゲン」に対する)インドの公式的な反応は好意的なものになるかもしれない。しかしながら、何よりもインドの安全保障の強化が重視されなければならないし、新しい大国の平和から浮上してくる新たな課題に取り組むことができる外交政策を準備しておかなければならない。

記事参照:
China-US ‘Grand Bargain’: India’s Future Stakes in Great Power Peace

7月8日「中国のBCIM回廊計画とインド北東部の安全保障―インド人専門家論評」(South Asia Analysis Group, July 8, 2015)

インド軍退役大佐、Col R. Hariharanは、シンクタンク、South Asia Analysis Group のWeb上に、7月8日付けで、“Sparing India’s strategic space for China’s entry in the East”と題する論説を寄稿し、中国が進めるバングラディシュ・中国・インド・ミャンマー(以下、BCIM)回廊計画とインド北東部の安全保障について、要旨以下のように論じている。

(1) インドは最近、中国が推進する、南アジアと中国南西部間の陸上アクセスルートを拓く、バングラディシュ・中国・インド・ミャンマー(以下、BCIM)回廊計画に参加する決心をしたようである。モディ首相は2015年5月の雲南省昆明訪問後、BCIM計画への参加を決定した。中国は、昆明とコルカタを結ぶ4車線高速道路完成のために、国境のインド側200キロの工事をインドが速やかに完了することを期待している。習近平が権力を握って以来、中国は、南アジア、特にインドへ戦略的進出の一環として、BCIM回廊計画を精力的に推進してきた。雲南省は、このための重要拠点となっている。中国は過去3年間、雲南省昆明で、南アジアとの人的交流を促進し、この地域における中国の戦略的意図や目的に対する懸念を払拭するために、「中国南アジア・シンクタンク・フォーラム(中国南亜智庫論壇)」を開催してきた。(抄訳者注:第1回フォーラムは2013年6月開催、主な議題は地域経済協力(区域経済合作)、地域の連接(連通区域)、人的交流(人民接触)であった。第3回フォーラムは2015年6月開催)

(2) BCIM回廊計画は、大きな投資を呼び込む引き金となることが期待されている。インドの北東部諸州と中国南西部の陸封地域に広がる地域は、鉱物、森林、石油及びエネルギーを含む天然資源に恵まれている。BCIM回廊地域の開発の遅れは、1つには長年にわたる部族紛争が原因であった。しかしながら、インド北東部諸州における紛争が終結の兆しを見せてきている。BCIM回廊計画によって期待される開発と経済成長は、この地域の人々の生活水準の改善を加速することができ、また地域全体の平和と繁栄に寄与することにもなろう。インド北東部の安全に関わる未解決の中印両国間の国境問題という歴史的障害を棚上げしたまま、モディ首相がBCIM回廊計画完成のために中国と手を繋ぐことを決心したのは、恐らくこうした期待からであった。計画が完成すれば、理想的には、加盟4カ国全てにとってウイン・ウインの状況となり、加盟国間のより一層の理解と調和を促進し、もって対立の機会を減少させることになろう。

(3) しかし、インドは、幾つかの厳しい事実を認識しておかなければならない。問題の核心は、習近平の「一帯一路」戦略に合致し、「21世紀海上シルクロード」を補完する、BCIM回廊計画を通じて中国がインド東部に進出するための戦略的空間を、インドが容認することになるということである。このことは、中国の経済的、戦略的そして政治的影響力の浸透に道を拓くことになろう。中国が南アジア、中央アジアやそれを越えた世界への戦略的進出を促進しながら、習近平とその他の指導者は、中国の平和的意図を繰り返し喧伝してきた。しかしながら、中国は南シナ海における中国の権利主張を益々強め、そしてインド洋における中国海軍のプレゼンスは普通の光景となってきた。中国の喧伝する意図が平和的であっても、インドは、疑念を払うことができるのか。この質問に対する答は、インドがBCIM回廊計画で中国と手を握ったことと深く関係している。ドヴァル安全保障担当補佐官は5月の講演で、インドの対中関係が良くなってきても、国境問題は中国との2国間関係における死活的問題であることには変わりはなく、インドは極めて高い警戒心を維持しなければならない、と警告した。特に、ドヴァル補佐官は、中国が領有を主張するアルナチャルブランデーシュ州のタワング(中国名:达旺地区)があるインド東部地区に対するインドの懸念に言及した。

(4) モディ首相は、中国をどの程度信用し、どの程度協調していくかを決定するという困難な任務を背負っている。モディ首相は、恐らく住民を反乱から手を引かせ、東部地域に平和と秩序をもたらすために、BCIM回廊計画の促進に伴うリスクを計算していると思われる。同計画の促進はまた、モディ首相の「アクト・イースト」政策を補強することになり、インドの投資と貿易をより一層東方に向かわせることになろう。またそれは、インドの近隣諸国との架け橋を構築するという、モディ首相の全体的な戦略を補強することになろう。しかしながら、多国間の経済、開発構想への参画は、意志決定における国家の自由と主権にある種の制約が伴う。インドは、中国の主要な戦略構想、例えばBCIMグループやその経済構想、上海協力機構、そしてアジアインフラ投資銀行などに参加している。また、インドは、「ユーラシア経済連合 (the Eurasian Economic Union)」(抄訳者注:ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギス加盟、2015年1月1日発足)との間で自由貿易協定を締結することに関心があるようである。こうしたことから、インドは今後、国益に関する戦略的決定を下すに当たって、これまで以上に様々な国や多国間機構からの圧力に直面することになろう。従って、インドは、中国との未解決の主権問題が開発構想の過程で北東部地域に影響を及ぼすことがないように、BCIM計画の進展を注意深く監視していかなければならないであろう。

記事参照:
Sparing India’s strategic space for China’s entry in the East

7月10日「インド、アジア太平洋地域とインド洋においてより大きな責任を果たすべき―インド人専門家論評」(The Strategist, Australian Strategic Policy Institute, July 10, 2015)

インドのシンクタンク、The Observer Research Foundation の研究員、Darshana M. Baruahは、豪シンクタンク、Australian Strategic Policy InstituteのWeb誌、The Strategist に5月10日付で、“China-US ‘Grand Bargain’: India’s Future Stakes in Great Power Peace”と題する論文を寄稿し、インドはアジア太平洋地域とインド洋においてより大きな責任を果たすべきとして、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海の動向は、インド太平洋におけるインドの戦略的利益とその役割に重要な意味を持つ。ニューデリーはこれまで、南シナ海紛争に対しては直接的な言及を控えながら、航行の自由の必要性を強調するという立場を堅持してきた。しかしながら、インドは現在、その立場を変えようとしているようである。モディ政権下のニューデリーは、「ルック・イースト」政策から「アクト・イースト」政策へ転換し、南シナ海紛争を解決する必要性について直接的なコメントを出し始め、アメリカとの間でアジア太平洋とインド洋地域に対する合同戦略ビジョンに署名し、そして特に海洋における安全保障協力を推進するために域内の主要国家と協議している。モディ政権は、貿易及び戦略的な理由から、南シナ海を東方諸国との関係における重要地域として認識している。インドは、東南アジア諸国との関係を強化するために、自らを域内の主要な安全保障アクターとして位置付けている。インドは、南シナ海問題に対して直接的な懸念を表明するようになり、2014年のアメリカ及びベトナムとの共同声明、東アジア・サミットそしてインド・ASEAN首脳会談を通じて、地域の安全保障を脅かす紛争の可能性を明確に指摘した。

(2) アジア太平洋地域における海洋安全保障に対するインドの新たな姿勢は、恐らく必要ならその非同盟政策を放棄するというインドの意思を反映したものである。中国の台頭とインド洋への進出によって、今やインドは、インド太平洋に出現しつつある安全保障アーキテクチャの構築​のために、域内の他のキープレーヤーとの連携の必要性を実感し始めていると見られる。それでも、インドは、台頭するもう1つのアジアの巨人として、アジアの戦略的問題に関与する限り、常に中国との最小限の協力関係を維持していくであろう。インドの中国との関係における課題と利点に関するモディ首相の現実的理解は、中国に対する慎重なアプローチが続くことを意味する。こうした慎重さは、アジア太平洋とインド洋地域において増大する中国の安全保障プレゼンスに対する、ニューデリーのアプローチに明らかである。南シナ海問題が激化し始めてから間もなく、インドはその態度を和らげた。ニューデリーは、アメリカが中国の人工島周辺に偵察機を派遣し、国際社会が域内における中国の行動を非難するワシントンの立場に同調した時、インドは、南シナ海問題に対する言及を控えた。

(3) インド洋地域における将来の海洋安全保障アーキテクチャに影響を与える可能性がある重要な動向の1つは、2014年9月、10月のスリランカへの中国海軍潜水艦の寄港に続いて、パキスタンにも寄港したことである。インドの裏庭であるインド洋への中国の進出は、インドを警戒させた。インド洋における中国のプレゼンスは、もはや可能性の問題ではなく、現実となったのである。インドにとって、域内での戦略的利益を確保しながら、中国の進出という現状にどう対応するかが課題である。インド洋は常にニューデリーの主要な関心領域であり、従って、増大する中国のプレゼンスは、インド洋地域の既存の安全保障秩序に対する挑戦を意味する。インドと中国は、長年にわたって陸上国境を巡って対立してきたが、今や、相互の戦略的利益が海洋領域において重複しつつある。台頭するアジアの大国同士の関係が管理できなければ、インド洋における海洋安全保障に深刻な影響を及ぼすことになろう。中国からのメッセージは明確である。即ち、中国は、大国を目指しており、従って、アジア太平洋地域とそれを超えて自国のプレゼンスを確立するために海洋に進出するというものである。インドは、これまでの中国の行動に静観的な態度を取ってきており、2015年のシャングリラ対話にも国防相を派遣しないという、戦略的誤算を犯した。シャングリラ対話は、地域の安全保障問題について懸念を表明することができる、重要なプラットフォームである。インドの国防相の出席と域内の他のキープレーヤーとの会話は、自国の責任を受け入れ、それを果たす用意があるとのインドの決意を示すメッセージを発信する機会となったであろう。

(4) インドは今や、ASEANなどの域内の主要アクターとの関係の構築と強化を重視しつつある。ニューデリーは、姿を現しつつある新たな安全保障アーキテクチャとのバランスを取るために多角的な関与の必要性を認識しており、インド太平洋においてこうした関係を構築することに注力している。モディ首相は4カ国(オーストラリア、インド、日本及びアメリカ)対話の再開にしばしば言及しており、日本が8年ぶりにMALABAR演習に参加し、インドとオーストラリアは10月に初めての合同海軍演習を予定しており、そしてニューデリーはインドネシアとのより強力な海軍関係の構築にも関心を示しているようである。また、インドは6月に、日本、オーストラリアとの初の外相レベル3カ国対話を開催した。責任の共有はインド太平洋における最良の方法であり、インドは、より積極的に安全保障上の役割を担っていくことに熱意を示しているようである。実際、ニューデリーにとって責任を果たすべき領域はあり、従ってあまりにも慎重な態度を堅持すれば、自らが望む「信頼性できる安全保障アクター」というイメージが損なわれる可能性がある。今や、ニューデリーは、域内の他のキープレーヤーと協力して、地域の安全保障アーキテクチャに対して積極的に貢献し続けなければならない。しかし、インドが安全保障分野に真剣に関わろうとするならば、象徴的にもまた実質的にも、より定期的で目に見える行動をとる必要がある。

記事参照:
India’s new approach in the Asia–Pacific and the Indian Ocean region

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子