海洋情報旬報 2015年8月11日~20日

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8月11日「南シナ海問題に対するアメリカの中立性への疑義―バレンシア論評」(The Strait Times, August 11, 2015)

中国の南海研究院の非常勤上級研究員、Mark J. Valenciaは、8月11日付のシンガポール紙、The Strait Times(電子版)に、"The issue of US 'neutrality' in South China Sea disputes"と題する論説を寄稿し、南シナ海問題に対するアメリカの中立性について疑義を呈し、要旨以下のように述べている。

(1) ラッセル米東アジア・太平洋問題担当国務次官補は7月21日、シンクタンク、戦略国際問題研究所 (CSIS) 主催の南シナ海に関する会議での基調講演後、中国南海研究院の呉士存院長からの、南シナ海紛争におけるアメリカの中立性に関する質問に答えて、「我々は、国際法の遵守に関しては中立ではない。我々は、ルールを守る側の立場を強く支持する。しかしながら、主権主張対しては特定の立場に与しない。我々の関心は、関係国の行動にある」、「我々はまた、国益を護ったり、紛争における公正さや解決を求めたりする手段として、合法的な国際的メカニズムに訴える国家の権利について、強い関心を持っている」と述べた。このことはアメリカが以前から何度も言っていることだが、中国は、この発言を、南シナ海問題に対するアメリカの政策についてのこれまでの発言と行動との文脈の中で、検討するであろう。そうすることで、中国は、アメリカは不誠実であり偽善的であり、そして実際に南シナ海問題で中国と競合する他の領有権主張国を支援している、と結論付けるであろう。何故か。

(2) アメリカは、国連海洋法条約 (UNCLOS) に加盟していないにも関わらず、中国に対して、その領有権主張はUNCLOSに準拠すべき、と主張している。このことは、中国の「9段線」内における管轄権に対する中国の如何なる「歴史に基づく」主張も無効であるということを示唆している。この点については、中国と台湾以外のほとんどの国が同意するであろう。しかし、これは中立的な立場ではない。フィリピンやマレーシアの権利の主張も、中国の歴史的な「9段線」主張と同様に、疑義のある根拠薄弱なものであるが、アメリカはそれらの主張には沈黙している。ベトナムとインドネシアも、UNCLOS加盟国だが、自国領海内における事前許可のない外国軍艦による無害通航を認めていない。他方、マレーシアは、自国のEEZ内における外国軍隊の軍事演習を認めていない。それでも、アメリカは、中国に対するように、これら諸国を公には非難していない。しかも、アメリカは、航行の自由計画の下で、マレーシア、ベトナムあるいは台湾ではなく、中国が主張すると見られる幾つかの「低潮高地」由来の領海に対して、異議を申し立てることを明らかにしている。

(3) ラッセル国務次官補の発言は、中国に対して「中立」とは恐らく言えまい。中国は、この発言を、フィリピンが提訴した仲裁裁判の審議に中国も参加するべきだと仄めかしている、と受け止めるかもしれない。しかしアメリカも中国も承知のように、中国が審議に参加しないことは中国の権限内の行動であり、実際、大国が国際裁判の審議に参加しないのは初めてではない。ニカラグアは1984 年に、国際司法裁判所 (ICJ) にアメリカを提訴した。アメリカは、ICJが管轄権を持っていないとの主張がICJに拒否されたことから、審議への参加を拒否した。ICJはその後、ニカラグアの反政府勢力に対するアメリカの支援を国際法違反とする判決を出した。アメリカは、国連安保理事会で判決の執行を阻止し、ニカラグア政府が補償を得ることを阻止した。また、中国は、ラッセル国務次官補の発言を、南シナ海における中国の人工島の造成とその「軍事化」に対する最近のアメリカの猛烈な非難と、一方で他の領有権主張国による類似の活動に対する沈黙という文脈において、アメリカの中立性を検討するであろう。

(4) 要するに、中国は、南シナ海問題に対するアメリカの中立性について、不誠実で二枚舌であると見なす可能性が高い。アメリカは、一貫性を保ち、中国を政治的に追い詰めることを止める必要がある。さもないと、好ましくない結果になるかもしれない。実際、中国は、アメリカは中国を敵として見なしていると結論付け、そしてそれに基づいて計画し行動するかもしれないのである。

記事参照:
The issue of US 'neutrality' in South China Sea disputes

【関連記事】「バレンシア論評に対する反論―クラスカ米海大教授」(The Strait Times, August 14, 2015)

米海軍大学教授、James Kraskaは、8月14日付のThe Strait Times (電子版)に、"US 'not neutral' in South China Sea? A rebuttal"と題する論説を寄稿し、上記、Valenciaの論説に対して、要旨以下のように反論している。

(1) 南シナ海における漁業と沖合の石油探査に対する主権的権利と、航行に関する規則は、国連海洋法条約 (UNCLOS) に規定されているが、中国の「9段線」主張は、UNCLOSに如何なる根拠もない。アメリカは、UNCLOSの加盟国ではないが、グローバルに受け入れられる合意枠組みに関して、ソ連、中国及びその他の多くの諸国と協力した、UNCLOSに関する主要交渉国の1国であった。アメリカは1983年以来、「UNCLOSのほとんどの条項が慣習国際法を反映しており、従ってアメリカを含む全ての国を法的に拘束している」と繰り返し表明してきた。アメリカは、少数の保守的な上院議員の妨害によってUNCLOSに加盟していないが、1994年以来、歴代のどの大統領も、アメリカは加盟国になるべきだと強く主張してきた。アメリカは、加盟が実現するまで、UNCLOSを遵守し、他国にもそうするように慫慂し続けるであろう。

(2) アメリカは、沿岸国の領海の外側の海域における、あらゆる国の船舶にとっての伝統的な海洋の自由を支持してきた。これらの自由には、船舶の航行と航空機の上空飛行、海底ケーブルとパイプラインを敷設し維持する権利、そして軍事活動を遂行する権利が含まれる。UNCLOS加盟国として、中国も他の領有権主張国も条約を遵守する法的義務がある。中国がUNCLOSに加盟した時点で、他国の行動やその国が条約加盟国か否かにかかわらず、中国は条約に従う法的義務がある。Valenciaは、「アメリカは、航行の自由を妨害する中国の過剰な海洋における権利主張に異議を唱えるが、中国と競合する他の領有権主張国の主張を無視している」と指摘している。実際には、公海の自由に挑戦するような違法な主権主張や海洋権限の主張に対して、アメリカは一貫して反対してきた。2014年には、アメリカは、インドネシア、マレーシア及びベトナムによる過剰な海洋権限の主張に対して異議を申し立てた。アメリカは長年にわたり、フィリピンによる歴史的水域主張の合法性に対して異議を唱えてきたが、フィリピンは2009年に、UNCLOSに適合するようにその主張を修正した。更に、アメリカは、中国だけでなく、カンボジア、タイ、ミャンマー、ベトナム、韓国そして日本による、内水域の主張に対して、UNCLOSに合致しないという理由から反対してきた。アメリカは、中国による「9段線」地図の合法性に疑義を呈してきた。何故なら、「9段線」主張は領土主権が及ぶ外側の海域における航海の自由にとって脅威となるからである。同様に、アメリカは、南シナ海における中国による人工島造成に対して、それが全ての国の公海における航行の自由の権利を脅かすことから、懸念を抱いている。

(3) 最後に、Valenciaは、ワシントンが国際司法裁判所 (ICJ) での1984年のニカラグアの訴訟に参加しなかったにも関わらず、フィリピンの仲裁裁判に参加するよう中国を慫慂していると、アメリカを批判している。この件に関する原則的な相違点は、ICJの管轄権が関係当事国の同意を必要とするが、UNCLOSの下では、強制的な紛争解決過程は義務であるということである。アメリカは、ニカラグアの訴訟の管轄権に関する審議には参加したが、その後の本案の段階で撤退した。仲裁裁判に関する重要な問題の1つは、仲裁裁判所がこの訴訟に関して管轄権を持つかどうかである。仲裁裁判は、中国の参加なしで判決が下されることになっている。平和と安定は、仲裁裁判の判決を全ての当関係当事国が受け入れることによって、最も良く実現することができる。

記事参照:
US 'not neutral' in South China Sea? A rebuttal

8月12日「無視できない最近の東シナ海の動向―米専門家論評」(The National Interest, August 12, 2015)

米シンクタンク、Sasakawa Peace Foundation USAの研究員、Jeffrey W. Hornungは、8月12日付けの米誌、The National Interest(電子版)に、"Get Ready: China-Japan Tensions Set to Flare over East China Sea"と題する論説を発表し、最近の東シナ海の動向が日中関係を悪化させ、引いてはアメリカを苦境に立たせかねないとして、要旨以下のように論じている。

(1) 尖閣諸島周辺海域における中国の軍や海警などの艦船や航空機の活動が活発化しており、現在では、これらの活動は常態化している。換言すれば、新たな緊張状態が常態化したわけだが、この緊張状態は以下の3つの出来事によって益々強まってきている。

a.第1に、中国が2隻の大型巡視船を建造したことである。報道によれば、2隻の高性能大型巡視船は、排水量1万トン(満載排水量約1万5,000トン)で、世界最大級の巡視船といわれる。これまで最大の巡視船は日本の海上保安庁の排水量6,500トン(満載排水量約9,000トン)の「しきしま級」であった。中国の新造大型巡視船で注目すべきは、これまでの多くの非武装巡視船と異なり、76ミリ砲や30ミリ機関銃という重火器が装備され、またヘリコプター2機の運用が可能なことである。既に1隻は「中国海警2901」として完成しており、2隻目も完成間近である。

b.第2に、中国が尖閣諸島の近傍に2カ所の基地建設を計画しているといわれていることである。日本の読売新聞によれば、中国海警局は、尖閣諸島の警戒監視を強化するため温州市の沿岸地域に大規模な作戦基地を建設する予定という。それによれば、建設予定地は、尖閣諸島から350キロ離れた場所で、広さは50万平方メートル、航空機やヘリコプター用の大規模な格納庫を備え、訓練施設や、「海警2901」を含む6隻の巡視船が停泊可能な長さ1.2キロの桟橋も建設される。また、中国は、尖閣諸島から300キロ離れた南麂列島に大規模な新基地を建設しているとの報道もある。航空写真には、風力タービン、大規模なレーダー施設、海軍や中国海警局のヘリコプターが運用可能なヘリパッドなどが写っている。滑走路は建設されていないが、中国軍は既に尖閣諸島から約380キロの場所にある浙江省台州市に空軍基地を有している。

c.第3に、もし前述した大型巡視船の建造や新基地の建設でも不十分だとしても、尖閣諸島のわずか北東180キロには石油・天然ガス田が存在している。中国は現在、東シナ海の16カ所で石油・天然ガスの採掘を行っているが、その内の12カ所は2012年以降に建設されたものである。北京と東京は2008年に、東シナ海の海底資源に関する共同開発に合意したが、現在東京は、中国側の一方的な採掘活動を合意違反として抗議している。しかし北京はこれに応じていない。日本側の懸念は、中国の採掘活動が日中中間線の極めて近くで行われていることから、日本側の海底資源を吸い上げているのではないかという点にある。この件に関し、日本政府は、中国の採掘活動に関する航空写真や詳細な位置関係を示した地図を公開し、中国側に活動の中止を求めた。これに対して中国は、採掘活動は既に2年前から行われており、日本のやり方は東シナ海問題の管理において建設的ではないと批判した。

(2) これら3つの出来事は、日中関係の力学を変える可能性がある。大型巡視船の導入は中国海警局の能力を強化し、遠海での「海洋権益擁護」活動や小型船舶を追い払うのに効果的である。中国海警局が他国の船舶に対してよりアグレッシブに対応するようになれば、日本の海上保安庁は苦境に立たされることになる。海上保安庁の巡視船が「海警2901」と対峙した場合、海保の巡視船は、同船を避けたり、あるいは立ち向かってエスカレーションのリスクを冒したりするであろうか。避ければ日本にとってネガティブな先例となり、他方リスクが増大すれば、日本と同盟関係にあるために、アメリカを巻き込む紛争になりかねない。同様に、新たな基地建設によって、尖閣諸島に対する継続的な監視活動が可能になる。基地建設地は、尖閣諸島から400キロに位置する日米両国が基地を有する沖縄からよりも、尖閣諸島に近い。北京は、自国の軍や海警局を利用して、尖閣諸島に対する日本の管理能力を試すことができよう。もし日本が増大する中国のプレゼンスに対抗しようとすれば、偶発的な衝突や紛争生起の可能性が増大する。日本が現在のレベルの活動を維持しようとすれば、中国に譲歩した印象を与えよう。いずれにせよ、日本の尖閣諸島に対する管理能力が脅かされることになろう。最後の点については、東シナ海の中国の石油・天然ガス施設は、尖閣諸島の領有権が焦点であった日中間の海洋紛争に新たな次元をもたらした。もし中国が日中中間線を無視し、自国のEEZを沖縄トラフまで延長しようとすれば、事態は一挙に不安定化しよう。南シナ海と同様に、東シナ海が「中国の湖」となってしまうことを、日本は決して容認しないであろう。

(3) これらは全て地域の安全保障にとって悪い兆候であり、更に悪いことに、アメリカを苦境に立たせることになろう。これらのシナリオが現実となった場合、ワシントンは非常に難しい局面に立たされる。即ち、ワシントンは、一握りの無人島を護るために軍事力を行使し、そうすることで中国との大規模戦争というリスクを冒すのか。それとも、日本との同盟関係を犠牲にし、それによって中国との紛争を回避するために世界におけるアメリカのコミットメントの信憑性を疑問視させるのか。こうした問いに安易な答えはない。しかし、この問題は非常に重要な点を浮かび上がらせている。即ち、世界中が南シナ海での出来事に釘付けになっているが、東シナ海における動向はいずれ注目を集めることになろうということである。不幸にも、その時には、新しい常態は過去のものになってしまっているかもしれないのである。

記事参照:
Get Ready: China-Japan Tensions Set to Flare over East China Sea

8月13日「戦後の南シナ海の歴史に見る領有権問題の解決案―BBC記者論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, August 13, 2015)

英BBCの記者で、The South China Sea: the Struggle for Power in Asia (2014) 著者、Bill Haytonは、米シンクタンク、CSISの8月13日付のAsia Maritime Transparency Initiativeに、"Calm and Storm: the South China Sea after the Second World War"と題する長文の論説を発表し、戦後の南シナ海の地勢を巡る歴史を概観し、要旨以下のように述べている。

(1) 日本が敗戦後、何時の時点でItu Aba Island(太平島)を放棄したかは正確には分からないが、多分、1945年11月21日に米偵察任務部隊が上陸する前であったと見られる。同様に、日本が西沙諸島のWoody Island(永興島)とPattle Island(珊瑚島)から何時撤退したかも正確には不明である。米軍機は1945年3月と4月にこれらの島を空爆している。1947年の中華民国の新聞報道によれば、1945年12月12日に台湾省気象学局の2人のスタッフ(そのうち1人は日本人)がWoody Islandを短期間訪問し、同島に石碑を設置したという。アメリカは、これら島嶼の所属は国連によって決定されることを望んでいた。1943年11月のカイロ宣言では、日本が占領していた「満州、台湾と澎湖諸島」は中華民国に返還するとされたが、「日本が占領した他の全ての領域」については、その帰属は曖昧なままにされ、結果的にフランスと中華民国の取り合いに任せた。1945年後半から1946年後半までのほぼ1年間、南シナ海は平穏であった。どの地勢も、どの政府にも占拠されていなかった。フランスはインドシナの支配を取り戻すことに忙しく、フィリピンはまだアメリカの植民地であった。そして米英両国は環礁と岩を海上輸送の障害に過ぎないと見なしていた。中華民国海軍(それ以前の清朝海軍も)は、沖合から数カイリ以上離れて行動する能力がなかった。

(2) しかし、平穏は長くは続かなかった。1946年5月に、フランスの艦船が西沙諸島を調査し、5月26日にPattle Islandに上陸し、同島に対するフランスの戦前の所有権を再び主張した。その後、フィリピンは、アメリカから正式に独立した直後の7月23日に、南沙諸島の領有権を主張する宣言を出した。これに対応して、中華民国政府は、自らの領有権を主張するために具体的な措置を取り始めた。1946年に中華民国内務省が『南海諸島位置略圖』を作成した。作成された地図は、8つの段線で南シナ海を取り囲み、最南端の段線はボルネオ沖合のJames Shoal(曾母暗沙)まで伸びていた。当時、中華民国は、この環礁を島と見ていたようである。地図製作者が間違いに気付き、Shoalに相当する「暗沙」という言葉を当てたのは1947年12月になってからである。中華民国は、外交、防衛、内務及び海軍本部の代表による1946年9月26日の会議で、中華民国の地図に示された南シナ海における領有権主張を確認し、広東省政府が実質的に島嶼占拠活動を担当することとした。これに対して、フランスは、インドシナの植民地総統府に中華民国より先に上陸するように要請した。フランスの掃海艇、FR Chevreuilが1946年10月5日にItu Aba Islandに到達した。上陸部隊は、フランスが最初にこの島(と他の5つの島嶼)を併合したという、1933年7月25日に最初に設置した石碑を新しい石碑に換えたが、中華民国からの異議の申し立てはなかった。しかしながら、フランスのインドシナ高等弁務官は西沙諸島にあまり関心が無く、ホー・チミンとの戦いに兵力を振り向ける方を選択した。

(3) 中華民国海軍は1946年11月当時、41隻の老朽化艦艇に加え、アメリカから移管された82隻と英国から移管された9隻の艦艇を保有していた。その圧倒的多数は小型巡視艇と上陸用舟艇であったが、数隻は群島海域にまで航行可能な大きさであった。中華民国海軍の小艦隊は、西沙諸島のWoody Islandに11月24日に到着した。別の小艦隊は、12月12日にItu Aba Islandに到着した。中国の政府当局者が南沙諸島の1つに上陸したのは、これが記録された歴史上初めてであった。フランスは、Itu Aba Islandには最初に到着したが、Woody Islandには2番目の到着であった。中華民国政府は1947年1月8日に上陸を発表し、その2日後、フランスは確認のために航空機を派遣した。中華民国による占拠を確認したフランスは、中国に退去を迫るために軍艦を派遣した。フランスは、退去させることに失敗し、Pattle Islandに引き上げた。フランスと、その後のベトナムの守備隊は、1974年に中華人民共和国に侵攻されるまで同島に留まった。共産主義者が海南省を占領した後の1950年5月に、中華民国守備隊はWoody Islandから撤退したが、人民解放軍が同島に上陸したのは1955年であった。フランスは、Itu Aba Island に対しては、1933年の併合(中華民国は反対しなかった)と1946年の軍艦派遣によって、領有権主張では中華民国より強固であったが、それを護ることに失敗した。中華民国も1950年にはItu Aba Islandから撤退したが、台湾軍が1956年に戻ってきて、今日まで同島に留まっている。ここに大いなる皮肉がある。まず第1に、現在のItu Aba Islandの中国名、「太平島」とWoody Islandの中国名、「永興島」は、元々米海軍の軍艦の名前に由来する。そして第2に、アメリカがこれらの軍艦を中華民国に供与しなかったら、西沙諸島における中国の領有権主張は現在より大きく後退したものであったろうし、南沙諸島では領有権主張はできなかったであろう。

(4) この複雑な歴史は、南シナ海の地勢に対する各国の領有権主張に法的にはどのような意味を持つのか。フランスは、中華民国やその他のどの国(英国については考慮しない)よりも先に、南沙諸島の6つの地勢を併合し、占拠したことは明らかである。しかしながら、フランスがベトナムに独立を付与してから数十年間、ベトナムは、その領有権主張を維持するためにほとんど何もしなかった。もしフランス(そして英国)の存在を無視すれば、「中国」がItu Aba Islandに対して最も強い領有権を主張していたことが分かるであろう。(しかしながら、同島が台湾によって占拠されていることを考えれば、それがどちらの「中国」なのかという別の議論が出てくる。)しかし、Itu Aba Islandの占拠は、他の南沙諸島の地勢に対する領有権も「中国」に与えることになるのか。Itu Aba Islandは、Tizard Bank(鄭和群礁)にある幾つかの地勢の中で最も大きい。しかし、1970年代初めから、ベトナムは、この群礁のNamyit Island(鴻庥島)を占拠している。Itu Aba Islandに対する「中国」の正当な領有権は、この群礁の他の地勢に対しても「中国」に優先的領有権を与えることになるのであろうか。それとも、この群礁のそれぞれの地勢は、個別に扱われるべきなのか。

(5) 南沙諸島の他の地勢について見れば、問題は一層複雑になる。全ての地勢は、Tizard Bank(鄭和群礁)とは別に存在し、しかもそのほとんどは相互に深海で隔てられている。Itu Aba Islandに対する領有権は、その他の地勢にも及ぶのであろうか。中国の政府当局が南沙諸島の島嶼、環礁そして岩の大部分を占領し、管理し、あるいは上陸さえしたことがないことから、国際法廷が「中国」の主張を他の領有権主張国のそれに優先すると見なすことはなさそうである。

(6) 以上の考察から、南シナ海の領有権問題の可能な解決案が浮上してくる。ほとんどあらゆるケースにおいて、南沙諸島のそれぞれの岩や環礁に対する現在の占拠国は、第2次世界大戦後の数十年間に、それぞれの地勢に軍隊を最初に上陸させた国と同じ国である。これら各国は、それ以来連続的に当該地勢を占拠してきたことを、容易に証明することができる。マレーシア、フィリピン及びベトナムは、他国の占拠地勢に物理的に挑戦しないということを暗黙裏に合意している。同じ合意を中国にまで及ぼすことができるのではないか。

記事参照:
Calm and Storm: the South China Sea after the Second World War

8月15日「中国、グワダル港の40年間運営権獲得」(Tribune.com, August 15, 2015)

パキスタンのTribune紙(電子版)が8月15日に報じたところによれば、中国はこのほど、パキスタンのグワダル港の40年間の運営権を獲得した。グワダル港湾局長によれば、関連インフラがほぼ完成したことから、同港は2015年中には全面的に稼働するという。中国は、同港から中国北西部のカシュガルまでの3,000キロの陸上ルートを開設するため、同港の建設を財政的に支援してきた。中国は、石油と天然ガスを輸送する、グワダル港と中国の新疆ウイグル自治区を道路、鉄道そしてパイプラインの建設を計画している。また中国は、同港の更なる開発のために16億2,000万ドルを投資する計画で、今後3年から5年以内に、防波堤や国際空港などを完成させる計画である。

記事参照:
China gets 40-year management rights on Pak’s Gwadar port, and access to Arabian Sea

8月17日「中国海南島の空母基地と海軍のインド洋地域への進出―インド人専門家論評」(South Asia Analysis Group, August 17, 2015)

インドのシンクタンク、Chennai Centre for China Studiesの研究員、D.S. Rajanは、シンクタンク、South Asia Analysis GroupのWeb上に、8月17日付けで、"China: Second Aircraft Carrier Base in Hainan- What it means for India?"と題する論説を発表し、中国海南島の空母基地と海軍のインド洋地域への進出について、インド人の視点から要旨以下のように述べている。

(1) 中国の公開情報によれば、海南島三亜に2番目の空母用基地の建設が完了した。最初の空母、「遼寧」の就役と合わせ、このことは、以下の地政学的に重要な問題を孕んでおり、広範な視点から検証する必要がある。即ち、第1に、中国の海軍戦略に見られる変化という観点から、これらの事象をどのように位置づけるのか。第2に、南シナ海と東シナ海における中国とその他の諸国との先鋭的な領有権紛争によって影響されているアジア太平洋地域の軍事情勢に、これらの変化はどのような意味を持つのか。そして第3に、これらの変化は、インドの影響圏、特にインド洋地域 (IOR) にどのようなインパクトを及ぼすのか。以下は、これらの問題に答える試みである。

(2) 三亜基地について、中国共産党の機関紙、人民日報は、2015年8月4日付の署名記事で、空母用としては世界最長の700メートルの埠頭の建設が2014年9月に完了し、埠頭の両サイドに大型艦が係留可能で、三亜は同時に2隻の空母を収容可能である、としている。この記事は、中国の研究者が指摘した、当局が海南島に2番目の空母基地を建設した3つの理由―海南島の戦略的位置、その防衛施設、及び巡航ミサイル搭載潜水艦配備の効果を引用している。それによれば、

a.第1に、海南島の海軍基地は、戦略的に重要なマラッカ海峡、ロンボック海峡そしてスンダ海峡に比較的近く、経済発展を支える中国の比較的脆弱な石油輸送路を護ることができる。日本やアメリカが「第1列島線」を封鎖した場合でも、中国の艦船は引き続き、南シナ海を経由してインド洋と南太平洋に進出することができよう。中国は、南シナ海へのアクセスを確保することによって、その脆弱な輸入石油の輸送路を護ることができよう。従って、海南島の基地は、戦略的に重要だが、アメリカの軍事力が比較的弱体な海域に、中国がその海軍力を集中させることを可能にする。

b.第2に、海南島には、海軍基地を十分に支援可能な、先進的な防衛施設が建設されている。特に殲-11B戦闘機が海南島に配備されており、南シナ海における米海軍のP8-A哨戒機に対応することができる。

c.第3に、海南島の基地は、中国周縁部の水深が深く広い海域で行動する海軍の核搭載戦力にとって好都合である。近年、中国が南シナ海に巡航ミサイル搭載原子力潜水艦を配備したのは、このためである。(2015年7月29日付の台湾のWant China Timesの報道によれば、海南島の基地は、楡林の原子力潜水艦 (SSBN) 基地の近くにあり、ここには少なくとも1隻のType-093「商」級原子力潜水艦が配備されていると見られる。)SSBNは対潜戦からの防護を必要としているが、海南島の基地は地理的条件から効果的な防護が可能である。海南島はSSBNにとって地理的に望ましい基地であるために、空母基地をその近傍に建設することは対潜戦能力を補強することになる。

(3) 2番目の空母基地建設は、最近の中国の海軍戦略の変化に関連づけて見なければならない。5月公表された、「中国の軍事戦略」白書は、戦略の変化について、「海上よりも陸上を重視する伝統的な思考は破棄しなければならない。そして、重点を海洋の管制と海洋権益の擁護に置かなければならない。中国には国家の安全と発展する利益に見合った近代的な海上軍事力の体系を開発する必要がある」と述べている。中国海軍は、その重点を、「沿岸域の防衛」から「沿岸域の防衛」と「外洋の防衛」を組み合わせたものに徐々に移行し、「国家の安全と発展する利益に見合った、近代的な海上軍事力構成」の建設と、海上における軍事的闘争に備えることを重視している。中国は、その願望を現実化するため、海軍力を増強しつつある。駆逐艦とフリゲートの航続距離を延伸し、Type 056ステルス・フリゲートの公試を実施し、中国初の空母を就役させ、そして2隻目を三亜に配備しようとしている。対艦弾道ミサイル、対艦巡航ミサイル、通常型及び原子力潜水艦、水陸両用戦闘艦艇、そして海上監視能力の開発を行っている。

(4) IORは、世界の石油輸送の70%を占めるとともに、世界のコンテナ輸送の半分が通航する。中国の石油輸送の4分の3以上がIORを通過する。従って、中国は、IORに対する認識を進化させつつある。中国の各層における最近の考え方は次のようである。

a.IORの平和と安定は、各国海軍との「海上安全保障協力」、特に、他国海軍との海上安全保障「行動規範」の確立を追求することによって維持されなければならない。

b.中国の利益は軍事目的ではなく、商業上の目的によってのみ促進されるであろう。

c.中国は、IORにおいてアメリカやインドのいずれにも挑戦することはできない。

d.中国は、インドがIORの戦略的安定に特別の役割を果たしていることを認識しているが、IORはインドの裏庭ではない。

こうした認識に基づいて、中国は、IORにおいて強引なソフトパワー外交を展開しており、IORの戦略的環境に影響を及ぼしつつある。戦略的観点から見て、IORにおける中国の主たる狙いは、シーレーンの安全確保である。

(5) 中国のIOR戦略の動向は、インドにとって大きな関心事である。IORが「海外権益」を護ろうとする中国にとって、重要海域の1つなってきていることは確かである。このことは海上シルクロード構想に顕著に示されている。ニューデリーは既に、この構想に懐疑的になってきているようで、この構想を中国がIOR諸国に戦略的触手を伸ばすのを可能にするものと見なしている。特にインドは、パキスタンが占拠するカシミールを経由する中国・パキスタン経済回廊を認めていない。更にインドは、潜水艦を含む中国海軍艦艇のIORにおける行動が及ぼす戦略的影響も看過できない。インドは、IORにおけるインド海軍と中国海軍の激しい抗争を予想している。

記事参照:
China: Second Aircraft Carrier Base in Hainan- What it means for India?

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子