海洋情報旬報 2015年9月11日~20日

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9月11日「中国海軍ロビーの影響力、3つのケーススタディ―米専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, September 11, 2015)

米シンクタンク、The Institute for National Strategic Studiesの上席研究員、Dr. Christopher Yungは、CSISの9月11日付のAsia Maritime Transparency Initiativeに、"China's Navy Lobby and its Impact on PRC Maritime Sovereignty Policies"と題する長文の論説を寄稿し、人民解放軍海軍ロビーが中国の「海洋主権」政策に関わる問題に対してどのような影響力を持っているかについて、3つのケーススタディを行い、要旨以下のように述べている。

(1) 本稿*は、人民解放軍海軍 (PLAN) と系列下の個人や組織(人民解放軍海軍ロビー(PLANロビー))による、中国の「海洋主権 ("maritime sovereignty")」に関する特定の政策に対する影響力を分析するものである。ロビーとは、意思決定者に対して集団であるいは個人で政策を提言するために、直接的あるいは間接的手段を駆使する個人のグループを言う。PLANロビーは、海軍予算の増額を主張し、中国の海洋権益と海軍力の重要性に力点を置いた政策を追求し、海洋及び海軍問題に関する専門知識に基づく勧告を行っている。中国の「海洋主権」政策とは、中国の海洋領有権主張の擁護と海洋における諸権利の主張に関わるものである。本稿では、PLANロビーの影響力を分析するために、以下の3つのケーススタディを行う。1つは南沙諸島を巡ってベトナムに対して軍事力を行使した1988年の決定、2つは空母保有の決定、そして3つは中国の「海洋主権執行能力」の管理を一元化した2013年の決定である。いずれのケースにおいても、PLANロビーが何を求め、どのようにして目的を達成したか、そしてその結果について分析する。

(2) 1988年の南沙諸島における軍事力行使

a.元海軍司令員で、その後中央軍事委員会副主席となった劉華清は、趙紫陽首相が1988年に南沙諸島について劉華清の意見を求めた、と述べている。劉華清は、趙紫陽首相に対して、ベトナムが中国の主権を蚕食することは大きな問題であり、中国は軍事的に対応すべきである、と答えた。同時に、劉華清は、作戦上予想される幾つかの困難と、可能な具体的解決策に言及した。趙紫陽首相は、劉華清の意見を書留め、最終的に軍事力の行使を承認した。

b.最終的に、PLANは、最高レベルの意思決定者に対して、ベトナムの行動を深刻に受け止め、この脅威に対処するためにPLANに必要な資源を与え、任務遂行のための戦術と作戦運用の研究を承認し、計画立案と実施の段階でPLANに主たる役割を与え、しかる後、作戦実施を承認することを望んだ。PLANロビーは、影響力のある各級軍関係者の間でのコンセンサスを形成し、軍関係者が一致して中共中央に彼らの見解を提示するために努力した。結果的に、PLANは基本的に望んだものを全て与えられた。

(3) 空母保有の決定

a.2つ目は、1990年代の空母保有を巡る政治論争である。劉華清上将の経歴は、PLANロビーが何を求めているかを物語っている。それは、台湾と南シナ海における任務を支援し、軍事外交を遂行し、そして超大国間の抑止任務を支援する空母である。PLANロビーは、問題点を検討するために国防科技委員会、総参謀部装備部そして総後勤部の指導部を招聘し、何度かの検討会を開催した。PLANロビーは、将来のPLANの任務所要を検討した後、検討会での議論を、海軍技術要求工作会議、人民解放軍各総部の工作会議に提出し、その後中央軍事委員会に提出したようである。

b.最終的に、江沢民主席と中共中央はこの要求を拒否した。当時、江沢民は、中国の台頭に対する他国の恐怖を払拭するため、「平和的台頭」を主張していた。加えて、当時は、中国の海外エネルギーと対外貿易への依存について問題視されておらず、従って、戦力投射能力に対しても差し迫った所要はなかった。その後、海外における中国の経済的利益が拡大するにつれて、PLANは、如何に望むものを手に入れるかについて、中共中央指導部から「友好的指針」を求めてきた。胡錦涛主席が2004年に発表した、「新たな歴史的任務」は、PLANの「遠海」での作戦と空母保有に理論的根拠を与えた。最終的に、PLANは、国際安全保障環境と中国の海洋権益の重要性とに関する中共中央指導部の認識を改めさせることによって、空母保有の承認を勝ち取った。

(4) 「海洋主権執行」政策に対するPLANの影響力

a.「海洋主権執行」政策については、1990年代にPLANが提唱し、2000年初頭からその重要性が現実となってきた。この当時、PLANロビーは、中国の近隣諸国による海洋主権の執行活動に対する効果的な対処策に関心を集中していた。しかし、関係する組織が多く、統一した対応は困難であった。2013年以前は、国家海洋局海監総隊、漁業局漁政総隊、中国海巡、公安辺防海警総隊、緝私局(中国海関)、そしてPLANの6つの組織が関係していた。PLANロビーは2010年初めから、PLANの統制下で海洋主権執行活動の一元的管理を求めた。これに対して、文民の海洋主権執行機関は、米沿岸警備隊をモデルとする、文民機関による一元化を主張した。

b.結局、PLANロビーは、望むものを手に入れられなかった。国務院は2013年に、海洋主権執行活動を国家海洋局 (SOA) の下で一元化すると発表した。再編計画によって、国家海洋局に対し高次の政策指針を与えるための委員会、国家海洋委員会も創設された。PLANは現在、中国の海洋主権を護る、PLANと競い合う強力な文民組織を持っている。

(5) 結論

a.本稿の分析は、中共中央指導部の意思決定に対するPLANロビーの影響力が様々であることを示している。南沙諸島問題では、PLANロビーは望むものを手に入れた。空母保有については、大戦略や主要な予算決定に係わる最終的決定権を中共中央が保持していることを再確認させるものであった。3つ目のケースは、興味深い。文民機関が文民による一元化を主張し、最終的に勝利を収め、PLANロビーはPLAN主導の一元化に成功しなかった。多くの機関や省庁を統一することは前例がないわけではないが、それを現実化するためには、相当な時間や官僚の抜け目のない駆け引きなど、そして最終的には最高レベルにおける決定が必要である。

b.PLANは、影響力を行使し、効果的な官僚政治の行為者であり得たにもかかわらず、上述の事例において成功、不成功が見られたことは、結局、より高位の戦略政策の策定、主要な予算配分の決定、そしてより広範な戦略的、外交的影響を及ぼす軍事政策の問題について他に取り得る見解を検討する権利を、中共中央党指導部が独占していることを明らかにしている。

記事参照:
China's Navy Lobby and its Impact on PRC Maritime Sovereignty Policies
備考*:This paper is based on a larger paper. See Christopher D. Yung, "The PLA Navy Lobby and Its Influence Over Maritime Sovereignty Policy" in Saunders and Scobell, eds., The PLA Influence on China's National Security Policy Making, Stanford University Press, August 2015, pp. 274-99.

 9月11日「中国の海洋政策を領導する小組―米専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, September 11, 2015)

米シンクタンク、CSISの上席研究員、Bonnie S. Glaserは、9月11日付のCSISのAsia Maritime Transparency Initiativeに、"China's Maritime Rights Protection Leading Small Group--Shrouded in Secrecy"と題する論説を寄稿し、秘密のベールに覆われた中国の海洋問題に関する政策決定について、要旨以下のように述べている。

(1) 中国の外交政策の決定過程はこれまでも不透明であったが、習近平総書記の下でその過程は一層不可解になった。この20年余で最も強力な指導者として、習近平は自身に権限を集中し、官僚機構に外交政策のイニシアティブを委ねることはほとんどない。最近数年間の政策決定は時に衝動的であった。このことは、2013年11月の東シナ海における防空識別圏 (ADIZ) の設定、2014年5月のベトナム沿岸沖の係争海域への深海石油掘削リグの設置、そして2014年初めからの南シナ海における殺気立ったペースでの埋め立て活動を含め、特に海洋問題において顕著であった。

(2) 海洋問題に関する政策審議は、習近平がトップ(主任)の中央海洋権益工作領導小組で行われていることは明らかである。2012年中頃に創設されたこの小組の任務は以下の3つ、即ち、① 中国の海洋権限と利益を促進するための戦略を立案すること、② 海洋問題を担当する多くの機関の間で政策を調整すること、そして ③ 他国との係争海洋領土に関する増大する対立を管理することである。この小組の構成員は、外交部、国家海洋局、公安部、国家安全部、農業部、及び人民解放軍海軍を含む、17人の各部門の高官レベルの代表者からなる。こうした小組は、特定の政策分野を管理し、重要あるいは緊要な課題を審議し、そして政治局常務委員会に政策勧告を提示する、中国で定期的に活用される非公式の諮問機関である。現在、こうした小組は18あり、その内、7つの小組は習近平自身が主任である。

(3) 海洋問題について分析や勧告を行う研究機関には、海南省の南海研究院、国家安全部傘下の中国現代国際関係研究院、人民解放軍海軍研究所、及び国家海洋局傘下の海洋発展戦略研究所が含まれる。海洋権益工作領導小組の仕事ぶりについては、ほとんど何も知られていない。数少ない報道によれば、この小組は、「ラジオまたはテレビ電話を通じて」、中国の巡視船と海軍艦艇の戦術行動を指示してきたといわれる。この小組は、創設以来、海軍、沿岸警備隊(海警局)、国家海洋局、及び海上民兵の間の調整を強化してきた。2014年11月以来、中国の海洋法令執行船は日本が実効支配し、中国(と台湾)が領有権を主張する尖閣列島周辺の12カイリの領海に月3回程度侵入し、一方海軍艦艇は同時に尖閣周辺の24カイリ接続水域の外縁に沿って航行している。こうした戦術行動は、この小組がガイダンスを示している可能性がある。南シナ海にADIZが設定されるかどうか、されるとすれば何時か、この問題について、もこの小組で検討されている可能性がある。しかし、東シナ海へのADIZ設定の決定については、この小組では検討されなかったようである。恐らく、この決定は党中央軍事委員会(主席は習近平)の会議で提示され、政治局常務委員会の承認を得たものとみられる。本稿の筆者 (Glaser) が中国当局者との私的懇談で得た情報によれば、外交部は事前に相談されなかった。外交部がこの決定に関わっておれば、ソウルとの関係改善を重視して、ADIZが韓国のそれと重複することに反対したであろう。

(4) 海洋権益工作領導小組と中国の政策決定過程についてわずかに知られていることは、インタビューや少数の調査報道に基づくものだけである。知られていないことの方がはるかに多い。例えば、誰が、何時、この小組を招集するのか。小組内で審議される問題について、もしコンセンサスが得られなければ、習近平自ら最終決定を行うのか、それとも政治局常務委員会で論議されるのか。この小組は、南シナ海における埋め立て活動、施設の建設そして軍事化に関する政策決定に、関与しているのか。中国における政策決定が秘密のベールに覆われている限り、これらの疑問に対する答えを見つけるのが難しい。

記事参照:
China's Maritime Rights Protection Leading Small Group--Shrouded in Secrecy

9月14日「RAND報告書、『米中軍事スコアカード』―RANDブリーフィング」(RAND, Research Brief, September 14, 2015)

米シンクタンク、RANDは、"The U.S.-China Military Scorecard Forces, Geography, and the Evolving Balance of Power, 1996-2017"と題する430頁に及ぶ米中軍事力比較報告書を公表した。RANDの9月14日付の、"Tallying the U.S.-China Military Scorecard: Relative Capabilities and the Evolving Balance of Power, 1996-2017"と題するResearch Briefは、中国の軍事力の進展は急激で、このまま進めばアメリカの優位は徐々に侵食されるとして、報告書の概要について、要旨以下のように述べている。

(1) 報告書の主な所見は以下の通りである。

a.中国は、依然、軍事ハードウェアの総合力と作戦能力の面でアメリカに遅れているが、中国の能力は、多くの重要な分野において、アメリカのそれに比較して改良されてきている。しかも、中国は、中国本土近くで効果的な軍事作戦を展開するアメリカの能力に対抗するに当たっては、アメリカに全面的に追いつく必要はない。

b.航空基地を脅かし、米軍の航空優勢に対抗し、そして米空母を攻撃する中国の能力は、特に懸念される。

c.アメリカの軍事力は全般的に否定的趨勢にあるが、一部の運用分野においては比較優位を維持しているか、あるいは拡大さえしている。

d.しかしながら、現在の趨勢が続けば、アジアにおけるアメリカ優位の領域は、中国の戦力投射能力が強化されるにつれ、次第に侵食されるであろう。

e.アメリカは、バランス・オブ・パワーを安定化し、抑止力を強化するために、作戦構想、戦力構成、及び外交を修正していくべきである。

(2) この研究は、中国本土からの距離の相違と、1996年から2017年までの異なる時点での、様々なタイプの紛争における米軍と中国軍の相対的な能力を査定するために、一連の「スコアカード」を使用している。完全なオープン・ソースに基づくスコアカードは、アジアにおけるバランス・オブ・パワーがどのように変化するか、そして将来においてアメリカが直面すると予想される課題についての、より深い論議の基礎を提供するものである。その目的は戦争回避にあることを強調しておきたい。

(3) 分析の核となるのは10のスコアカードであり、それぞれが、特定の作戦分野における米中両国の相対的な能力を評価している。下図に示したスコアカードは、航空、海洋、宇宙、サイバー、及び核の領域を評価している。長期的趨勢を示すために、それぞれのスコアカードは、1996年(台湾海峡危機生起の年)から始まり2017年まで7年間における米中の軍事力を評価している。地理が及ぼす影響について評価するために、各スコアカードは、2つの説得力のあるシナリオを検討している。即ち、台湾(中国沿岸から約160キロ)に対する中国の侵攻と、南沙諸島(中心部分は中国沿岸から約960キロ)を占領することを企図した軍事行動である。下図は、各スコアカードの結果を示している。最初の9つのスコアカードは、5つの色で中国もしくはアメリカの優位、あるいはほぼ同等であることを示している。この評価において、優位 (advantage) とは、いずれか一方が、これらのシナリオにおいて、数週間の作戦時間枠で主要な目的を達成することができるということを意味する。核のスコアカードについては、ここでの評価結果は、第2撃戦略核攻撃能力の生き残り能力に対する双方の期待値を示している。

スコアカードの結果
a150911-1
注:台湾あるいは南沙諸島のいずれかで優位に立つためには、中国の攻撃目標は、ほぼ全ての作戦分野で同時に優位に立つことが必要である。アメリカの防衛目標は、ほんの少数の分野における優位を保持するだけで達成することができよう。それにもかかわらず、中国の強化された作戦能力は、アメリカの対応のコストを引き上げ、紛争を長引かせ、リスクを高める可能性がある。

a150911-2

(4) 以上のスコアカードから、幾つかの大まかな趨勢が指摘できる。

a.人民解放軍 (PLA) は、1996 年以来長足の進歩を遂げた。PLAは総合的な能力の面でアメリカに追いつく気配はないが、軍近代化の全体的な趨勢は中国有利に進展している。中国は、空軍基地を脅かし、アメリカの航空優勢に挑戦し、米空母を攻撃する能力において、特に進歩している。これらの進歩の多くは、驚くほどのスピードで達成された。例えば、中国は、1996年には、沿岸から有視界を超えて海軍部隊を発見することに苦労したであろう。しかし、今日の中国は、超水平線に及ぶ情報収集、監視及び偵察能力の総合的なシステムを有しているだけでなく、米空母やその他の水上艦を攻撃の危険に晒す多様な手段を持っている。

b.任務分野によって趨勢は多様で、中国の進歩は均一的ではない。幾つかの分野においては、アメリカは、中国の進歩を減殺したり、あるいは相対的なバランスを変えたりすることができた。これは、アメリカが依然、指揮通信技術で優位にある潜水艦戦と、新世代の空中発射巡航ミサイルとステルス性能を組み合わせた、長距離航空攻撃において、最も顕著である。

c.戦場までの地形と距離は、双方の緊要な目標達成に重大な影響を与える。中国は、紛争のシナリオにおいて、距離的に近いという優位性を享受している。距離の近接という面での非対称性は、特定の地政戦略的環境(中でも注目すべきはアメリカの基地使用へのアクセス不足)と相まって、アメリカの軍事力の多くの強みが相殺される。更に、中国は、地理を十分に活用し、アメリカの前進基地と部隊を脅かす能力を開発してきた。

d.より遠隔地への中国の戦力投射能力は限られているが、その到達距離は拡大している。スコアカードの評価は、PLAの効果的な軍事力は中国沿岸からある程度離れれば急速に減退するが、アメリカは中国沿岸から1,000キロあるいはそれ以上離れた距離で中国の行動を決定的に打ち破る能力を保持していることを示している。それにもかかわらず、米中の現在の趨勢が続けば、アジアにおいてアメリカが優位を維持する分野は次第に侵食されて行くであろう。

e.アメリカは事実上どのシナリオにおいても依然、優位を維持しているが、そのために必要なコストと時間は次第に大きくなるかもしれない。中国本土に近接した紛争では、PLAは、緒戦において一時的に局地的な航空優勢と海上優勢を確保し、アメリカに重大な損害を強いることができるかもしれない。幾つかの地域紛争で、北京は、アメリカと優位を競う自己の能力がアメリカに紛争介入を思い止まらせるかもしれない、と考えるかもしれない。最悪の場合、このことは、アメリカの抑止力を弱体化させ、中国側により冒険的な行動を促す誘因になりかねない。

(5) では、アメリカは、この趨勢を減速させるために何ができるか。アメリカは恐らく、全ての分野における軍事バランスの更なる侵食を防ぐための資源を持ってはいないが、このプロセスを遅らせ、抑止力と他のアメリカの戦略的利益への影響を局限するような方法で、作戦構想、戦力構成そして外交を調整することはできる。理想的には、双方の先制攻撃への誘因を減少させ、防衛と危機における安定を強化するよう方法で、これらの問題に対処することであろう。以下の勧告については、更なる調査と分析が必要である。

a.西側諸国の政府や専門家は、中国に対する認識の形成に取り組むべきである。バランス・オブ・パワーはアメリカに不利な方向に進んでいるが、専門家は、中国にとって米中戦争はほぼ確実に悲惨なものになることを明確にすべきである。

b.米軍の指導者は、太平洋での軍事作戦の計画立案を可能な限り動的でオープンなものにすべきである。米軍は、潜在的な優位を利用し、地理的規模と戦域の縦深性に備えた戦力を整備する、積極的な拒否戦略の採用を検討すべきである。防衛計画立案者は、紛争生起の最初の数日で次第に脆弱になる前進基地から戦うよりも、むしろ、太平洋において敵の最初の一撃を吸収し、その後、敵の重要目標に反撃できる戦力を重視すべきである。例えアメリカの優位が引き続き低下するとしても、積極的な拒否戦略は、抑止力と安定を同時に強化することができる。

c.アメリカは、兵器調達の優先順位において、基地の坑堪性(余剰と残存性)、高烈度紛争に最適なスタンドオフ・システム、ステルスで残存性の高い戦闘機と爆撃機、潜水艦戦と対潜水艦戦、強力な宇宙・対宇宙能力を優先すべきである。

d.アメリカは、戦時における潜在的アクセス権の拡大を目標に、太平洋の島嶼諸国と南東アジア諸国との政治的、軍事的連携を強化すべきである。

e.アメリカは、戦略的安定とエスカレーションの問題に、中国を関与させる協調的な努力をしなければいけない。新型の通常兵器と核兵器の配備は、軍備管理を困難にし、今後数年間の内に危機管理の大きな課題になるであろう。

記事参照:
Tallying the U.S.-China Military Scorecard: Relative Capabilities and the Evolving Balance of Power, 1996-2017
Read the full report (430p)
The U.S.-China Military Scorecard: Forces, Geography, and the Evolving Balance of Power, 1996-2017

9月17日「海洋における中ロの連携強化、その戦略的含意―インド専門家論評」(The Diplomat, September 17, 2015)

インドのシンクタンク、The Institute for Defence Studies and Analyses (IDSA) の研究員、Abhijit Singhは、9月17日付のWeb誌、The Diplomatに、"The Emerging China-Russia Maritime Nexus in the Eurasian Commons"と題する論説を寄稿し、最近の海軍合同演習に見られる、中国とロシアとの海洋における連携強化は重要な戦略的意味を持っているとして、要旨以下のように述べている。

(1) アジアの海洋を巡る興味深い政治力学の1つは、ロシアと中国との海軍協力の強化である。中ロ両国とも、域内の安全保障に重大な利害を持つ、海軍大国である。北京と同様に、モスクワも、軍の近代化を促進することで、アジア太平洋地域の重要な海域における自国の海洋権益を保護しようとしてきた。両国海軍は、それぞれの海洋権益や軍事行動が重複する海域があるにも関わらず、協力関係の維持に努めてきた。8月20日から28日までの間、日本海において実施された両国海軍の合同演習、"Joint Sea 2015 II" では、前例にない程の統合運用や多彩な演習項目が実施された。ロシア海軍から16隻の水上戦闘艦、2隻の潜水艦、12機の航空機、9両の両用戦闘車が参加し、中国海軍から6隻の戦闘艦、6機のヘリコプター、5機の固定翼機及び両用戦闘車が参加したが、これは中ロ両国海軍による合同演習としては間違いなく過去最大規模であった。しかし、最も注目すべきは、この演習に400人の中国海兵隊員が参加したことであった。2015年5月に刊行された中国の国防白書で遠征作戦能力が指摘されて以降、最近の中国海軍の訓練には、海兵隊による陸上攻撃を企図する揚陸演習が含まれるようになっている。また、中国海軍は島嶼防衛訓練にも取組んでおり、西太平洋や極東太平洋における演習でも揚陸演習が含まれている。今回の合同演習では、ロシア極東のピヨートル大帝湾クラーク岬沖合で、揚陸部隊と空挺部隊との合同訓練が行われた。

(2) 最近の中ロ両国の合同演習は、ユーラシア周辺海洋におけるアメリカの戦略的優位性に対抗することに主眼が置かれている。ロシアと中国の指導者は、アメリカを、モスクワと北京に対する封じ込めを目指す、ユーラシア周辺海洋における地政学的な不安定化要因であると見なしている。彼らは、海軍合同演習を通じて、海洋アジアに君臨する日々が長くないことを、ワシントンに警告することを期待している。最近の海軍合同演習を見れば、両国のパートナーシップは、単なる軍事協力関係を超えたものになっている。海軍合同演習は、参加戦力の規模の大きさだけでなく、米海軍がアジア太平洋地域のパートナー諸国との合同演習で行っているように、実際の運用面における協力を重視している。ロシアのプーチン大統領は、特にクリミア併合以後、西側諸国による制裁を受け、中国との海軍協力関係の構築に関心を抱くようになった。北京としても、アメリカの再均衡化戦略に対抗する上でも、ロシアとの協力関係は望むところであった。また、地政学と海洋戦略との不変的関係からも、中ロ協力の必然性が指摘できる。中ロ間の海洋協力関係は、両国がアメリカの軍事的圧力に対して戦略的に脆弱であると感じてきた、地政学文脈から導き出される産物である。両国の海洋戦略は、ワシントンの優位に協調して対抗していこうとするものである。ロシアは、新たな海洋ドクトリンにおいて中国を正式な「コア・パートナー (a "core partner")」として位置づけることで、アジア太平洋地域において海洋に対する影響力を拡大していく意思を示した。

(3) アメリカとその同盟国によって支配されている領域で合同演習を実施することで、ロシアと中国は、アメリカ主導の海洋秩序に公然と挑戦しようとした。合同演習の場所の選択も、象徴的であった。2014年5月の合同演習はNATOがプレゼンスを維持する地中海と黒海で実施されたが、中国海軍にとっては事実上無縁の海域であった。今回の合同演習が行われた日本海は、中国海軍がこれまで本格的に展開したことがほとんどなかった海域である。これらの海域は、中ロ両国海軍にとって政治的に立入制限海域であると考えられてきただけでなく、域内の他国海軍との偶発的な小競り合いに巻き込まれる危険性がある海域である。合同演習は、運用面においても重要な意味を持っている。中ロ両国海軍は、密接な戦闘演習を通じ、アジア沿岸域における相互のインターオペラビリティーを強化することができた。兵器や標準運用手順における相互連携の強化によって、両国海軍は、相互に独自の運用手順について知識を得ることができた。

(4) アメリカは依然としてアジア太平洋地域における支配的パワーだが、中ロ両国の海洋における連携の強化は、アジアの海洋秩序における多極化の始まりを告げるものである。インドにとっても、ロシアと中国との海洋における関係は、重要な問題である。最近では、ロシアも中国も、パキスタンとの戦略的な結び付きを強化している。中国・ロシア・パキスタンという3カ国の海洋連携の強化は、インド洋におけるインドの影響力に対する挑戦であり、ユーラシアの海洋パワーのバランスに変化をもたらす可能性を秘めている。

記事参照:
The Emerging China-Russia Maritime Nexus in the Eurasian Commons

9月17日「南シナ海、9つの皮肉―米海大教授論評」(The Diplomat, September 17, 2015)

米海軍大学のJames Kraska教授は、9月17日付のWeb誌、The Diplomatに、"The Nine Ironies of the South China Sea Mess"と題する長文の論説を寄稿し、中国の行動によって南シナ海を巡って9つの皮肉 (irony) が見られるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 第1の皮肉は、国連海洋法条約 (UNCLOS) の交渉過程で、発展途上国が、沖合資源の排他的権利のために、海峡とEEZ内での航行の自由を不本意ながら受け入れたことである。特にマレーシアとインドネシアは、マラッカ海峡とスンダ海峡など、自国を横切る海峡を自由に通航することに反対であった。しかしながら、200カイリのEEZを最大の利点とする包括案のメリットが、自由な航行に対するこれら諸国のこだわりを捨てさせた。EEZは、世界の漁業資源の90%が沿岸から200カイリの海域にあることから、発展途上国の食糧安全保障を確保するために設けられた。中国が隣接諸国のEEZを侵食することで、海洋に依存している東南アジアの海洋国は、航行に関する規定を受け入れてまで手にした、合法的な見返りを失う可能性に直面している。

(2) 第2の皮肉は、中国が、沿岸国の沖合漁業と資源開発の権限強化を求める、発展途上諸国のリーダーであったことである。現在、中国は、自ら一流の大国として、その立場を撤回している。アメリカ、日本及びロシアはEEZを認めることと引き替えに、航行に自由を保護する諸規定に同意し、遠洋における漁業権を放棄した。その後、UNCLOS調印から数十年を経て、海洋大国は、発展途上国のEEZで漁労する、機械化された工場のような外洋漁船を再び派遣し始めた。当初EEZの設定に反対したアメリカは、UNCLOS加盟国ではないが、他の国のEEZの諸権利を尊重している。EEZの主導国であった中国は、UNCLOS加盟国だが、近隣諸国のEEZの権利を尊重していない。

(3) 第3の皮肉は、中国と近隣諸国間の紛争は、海洋資源に対する中国の旺盛な欲望というよりは、むしろ東アジアにおいて北京がその力と戦略的覇権を強化しようとしていることに、その要因があることである。ここでの皮肉は、南シナ海には取るべき資源がほとんどないということである。南シナ海に膨大な石油・天然ガス資源があると主張しているのは中国国営のCNOOC(中国海洋石油公司)だけで、またかつて豊かだった南シナ海の漁業資源も近年著しく減少してしまった。特に中国はその責任を咎められるべきである。資源という視点は、大胆で戦略的な動きを覆い隠す中国の虚言である。

(4) 第4の皮肉は、中国は、中国以外のどの国からも支持も得られていない、自国の南シナ海政策を正当化するために、国際法に関して、独特な「解釈」を主張し続けていることである。北京は、陸上の境界線紛争に対しては国際法への洗練された忍耐強い遵守ぶりを示して、中国の14の隣国の内、13カ国との間で公平でバランスのとれた条約に調印した。中国外務部にはまるで2セットの法律家がいるようで、一方は国際法の諸原則に精通し、その規範を受け入れているが、もう一方は海洋法の歴史、規範、慣習という最も基本的な規則を疑っているように見える。しかし、皮肉にも、中国が自国の利益になると判断したときは、実際には海洋法を理解しているように思われる。中国は、ベトナムと韓国との間でトンキン湾と黄海に関して、それぞれ衡平に漁場を分け合うとともに、緊張を緩和する合同哨戒を実施する、友好的で公正な合意を実現した。これらの海域での協力は強くて永続的で、中国がこれらの海域では海洋法の規範を理解していることは疑問の余地がない。しかしながら、南シナ海ではそれを理解していないようにようである。

(5) 第5の皮肉は、中国は、UNCLOSで得た権利を手中にしたが、その責任を回避したことである。中国は、沿岸域を囲い込むリーダー国として、領海を3カイリから12カイリに拡大し、200カイリEEZを設定するために、アジア、アフリカ及び中南米の一群の国々のリーダーとなった。その見返りとして、中国とその他の諸国は、新たに創出された権利とともに、条約上の義務を果たす法的義務を有する。中国は、自国の領海とEEZ内で行動する他国に対する義務を尊守しなかった。例えば、中国は、領海内における無害通航とEEZ内における航行の自由の権利に対して、UNCLOSに規定がないばかりか、海洋法会議で国際社会が拒否した、条件を付加している。中国は、自国のEEZにおける外国の艦船と航空機に対する義務を受け入れようとしないで、他国のEEZにおけるUNCLOSの権利と航行の自由については、これを享受しているのである。

(6) 第6の皮肉は、例え中国の主張に有利なように国際法を最大限寛大に適用したとしても、北京は、この地域において一握りの小さな海域以上のものは得られないということである。また中国が「9段線」主張の意味を明確化していないが、法的に最も弁護可能な意味づけとしても、それは南シナ海における岩と島嶼に対する領有権主張を区分する線に過ぎない。しかしながら、多数の環礁、低潮高地そして暗礁は、法的資格を有するものではなく、それらが存在する大陸棚の領有国に属する。中国が歴史的な発見を根拠に岩と島嶼に対する領有権を主張しているが、このような無謀な主張を支持する、「一応成立する有利な事例 (a prima facie case)」はこれまでなかった。「一応成立する有利な事例」とは、反証がない限り、請求者に有利な判決が下されるような、具体的な事実や関連法規を主張する事件である。中国の言う歴史的発見を事実として受け入れたとしても、中国は合法的な権利を主張できない。アメリカが1928年のパルマス島の領有権を巡る仲裁裁判で学んだように、単なる発見自体は領土取得の合法的根拠にはならないのである。パルマス島は、インドネシアとフィリピンの間にあり、当時両国を植民地としていたオランダとアメリカが1906年から領有権を巡って争った事例で、アメリカが歴史的な発見の権利を主張したが、1928年、常設仲裁裁判所は、長期間の継続した実効的支配を伴わない単なる発見は法的効力がないとして、島の領有権をオランダのものとした。パルマス島の事例は、単なる歴史的な発見は無効であるという法的原則を維持する最も重要な事例である。

(7) 第7の皮肉は、中国は「一応成立する有利な事例」を形成してはいないが、中国が南シナ海における全ての岩や島嶼の法的領有権を取得したと仮定しても、この場合、現行法の下では、中国は、これら岩や島嶼周辺の小さな海域にのみ領有権が認められるだけということである。満潮時に海面下にある低潮高地は如何なる海洋権限も付与されない。岩は領海のみが認められる。領海とEEZが認められるのは、人間が居住し、経済生活を維持できる島嶼のみである。もちろん、これらの海域が他国のそれと重複する場合には、調整されなければならず、現に南シナ海では主張が重複している。

(8) 第8の皮肉は、南シナ海における新しい人工島の造成とその占拠という中国の非常に骨の折れる努力も、法的には全く無価値であるということである。中国は、7つの環礁を巨大な人工島に造成した。如何なる広大な人工島も造成することは可能だが、自然状態に追加された部分に対して、新たな法的権利を得ることはできない。中国の南シナ海における法的立場は、強化されるよりも、むしろ実態的には弱体化している。何故か。当該地勢が如何なる海洋権限も付与されない低潮高地ではなく、12カイリの領海を有する自然の岩であることを証明する責任が、主張国にあるからである。しかしながら、中国が修復不可能なほどに手を加えたことから、当該人工島の原初の自然状態を推測することは事実上不可能である。

(9) 南シナ海の9番目のそして最後の皮肉は、法の支配から恩恵を受ける立場にある主たる沿岸諸国は、こうした皮肉を十分理解せず、これまでのところ、彼らの権利を維持するために一致団結した取り組みを組織化できなかったことである。問題の鍵はこれら沿岸諸国自身にある。ブルネイとインドネシアは、南シナ海における如何なる地勢に対しても領有権を主張していない。ベトナム、マレーシア及びフィリピンは、領有権主張国である。これら最前線の3カ国は、中国の海洋覇権に自国のEEZを奪われる差し迫った脅威に直面していることを認識しなければならないが、如何にすればUNCLOSから得られる自国の道義的、法的既得権を確実にすることができるか。まず、ベトナム、マレーシア及びフィリピンは、近隣の大陸本土や、ボルネオ、ミンダナオ、パラワンといった大きな島の海岸線を基点として自然に発生するEEZ内にある、如何なる地勢に対する自国の領有権主張をも放棄すべきである。発展途上国にとって、EEZはUNCLOSが保証する権利の王冠であり、隣国のEEZに対する非現実的な領有権主張は全てを失うだけである。これら3国が団結しない限り、これら諸国は、UNCLOSが発展途上国に与えた主たる既得権であるEEZを、徐々に、しかし確実に失うことになろう。もしこれら3国が隣国のEEZ内にある地勢に対する領有権主張を放棄できれば、これら諸国は、中国に対して統一戦線を形成できる。隣国のEEZ内における法的に支援できない権利を放棄することによって、これら最前線の3国は、UNCLOSにおける自国の既得権を確実に享受できるのである。

記事参照:
The Nine Ironies of the South China Sea Mess

9月17日「中国の『グレーゾーン』における行動に対する対応の必要性―米専門家論評」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, September 17, 2015)

ハワイのシンクタンク、The East-West Centerの上席研究員、Denny Royは、Pacific Forum (CSIS) の9月17日付のPacNet に、"China wins the gray zone by default"と題する論説を寄稿し、中国は「グレーゾーン」においてアメリカを負かしつつあるとして、要旨以下のように述べている。

(1)「グレーゾーン」とは、ある国家が、侵略的だが、通常軍事力による報復を誘発するレベルを下回るような戦術的行動によって、戦略的な競争国に邪魔立てさせないで成果を得ようと試みる領域である。現在の状況は、アイゼンハワー政権下の1950年代におけるアメリカの戦略を幾分彷彿させるものがある。当時、ワシントンは、「大量報復戦略」でソ連を抑止しようとしていた。この戦略は、全面核戦争の脅威によって、ソ連のあらゆる侵略的行動を抑止しようとするものであった。ここでの問題はその信憑性にあった。ワシントンは比較的小規模で周辺的な軍事紛争に対しても核戦争に踏み切る用意があると、もし敵が確信していなければ、大量報復戦略への過度の依存は、敵の(小規模な侵略行為を積み重ねていく)サラミ・スライシング政策によって、アメリカが次第に脆弱な立場に追い込まれることになる。このため、ケネディ政権は1961年に、「柔軟反応戦略」に転換した。この戦略は、核戦争に至らない、あらゆる潜在的紛争レベルにおけるアメリカの優位を確立しようとするものであった。今日、同じような戦略調整が必要と思われる。アメリカの軍事態勢は、大規模戦争に対しては明らかに世界最強である。しかしながら、北京が、戦争に踏み切るレベルではないが、中国の戦略目的を促進する、(その一方でアメリカの利益を侵食する)方策を駆使するようになるにつれ、このアメリカの軍事態勢は、その威力を発揮できなくなってきている。「孫子の兵法」を生んだ中国人は、賢明な戦略が強大な敵に対して勝利を得るという教えを奉じている。

(2) 南シナ海問題は、中国の「グレーゾーン」における手法について、格好の事例を提示している。中国は2012年に、それまで占拠していなかった、Scarborough Shoal(黄岩島)に恒久的なプレゼンスを確立した。Scarborough Shoalはアメリカの同盟国であるフィリピンのEEZ内にあるが、北京は、外交的抗議以上の対応に直面しなかった。中国は、南シナ海では非武装の公船を活用してきた。2014年のベトナム沖合での中国の石油掘削リグの設置でも、多数の中国の巡視船がリグを護衛した。アメリカによる海洋監視活動を妨害するために、中国は、費用対効果に優れた手法を使った。2009年に米海軍の高性能だが非武装の調査船、USS Impeccableは衝突覚悟の中国漁船の妨害行動に前進を阻まれた。同様の手法は2013年にも見られた。この時は、米海軍巡洋艦、USS Cowpensは、公海で中国の揚陸艦に妨害され、新配備の空母を含む中国海軍の演習監視活動を断念させられた。USS Cowpensの船価約10億ドルに比べて、中国揚陸艦の船価は恐らく2億ドル程度であった。2015年初めからの南沙諸島における中国の急速な人工島の造成は、南シナ海の「グレーゾーン」における北京の最大の成果である。国際海運航路の真只中に軍事基地になり得る人工島を造成する、中国の大胆な振る舞いは域内に衝撃を与えたが、ワシントンは中国に即時中止を要求する以上の対応を示さなかった。中国が「グレーゾーン」における機会主義的な戦術によって手にする成果は、覇権戦争の勝利に匹敵するものではないが、相当なものである。北京は、中国が占拠する新たな人工島や、外国産業から先進的な技術データの取得など、具体的な成果を手に入れている。また、中国は、中国の力が増大する一方で、アメリカの力が衰退しつつあるとの印象を強めている。このことは、アジア太平洋地域の諸国がアメリカのリーダーシップと保護に頼ることを止め、北京に擦り寄るようになることを意味する。アメリカとは対照的に、東京は、中国との自国の「グレーゾーン」問題に正面から取り組んだ。中国は2012年7月に、尖閣列島周辺の領海や接続水域に中国公船を継続的に侵入させ始めた。東京は、リスク覚悟の中国の振る舞いから身を引く代わりに、周辺海域における哨戒活動を強化し、尖閣諸島が攻撃されれば、日米安保条約が適用されるとの言質をアメリカから引き出した。

(3) 多くの専門家は、中国のサラミ・スライシング政策に対するアメリカの直接的、間接的アプローチを勧告してきた。アメリカの直接のアプローチには、人工島上空の飛行、他の南シナ海領有権主張国に対する武器供与、域内海域におけるアメリカとパートナー諸国海軍による哨戒活動、サイバー攻撃に関与した中国組織に対する制裁、そして中国の目標に対する報復的なアメリカのサイバー攻撃などが考えられる。間接的なアプローチには、中国の指導者が弱点や脆弱な部分と見なすものへの圧力の強化が考えられる。こうした圧力の強化には、これが中国の「グレーゾーン」における侵略的行動に対する対応であり、もし北京が協調的態度になるなら、こうした対応を止めるという、中国政府に対する非公開のメッセージが伝達されていなければならない。いずれにせよ、喫緊の課題は、「グレーゾーン」において中国に対抗するために、アメリカは、知能的かつ具体的な手段を講じることである。アメリカは、自国の優れた能力とアメリカのリーダーシップに対する地域の支持を当てにすることができる。問題は、アメリカの戦略家が必要な戦略的狡猾さと機敏さを発揮できるかどうかである。

記事参照:
China wins the gray zone by default

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. Directing China's "Little Blue Men": Uncovering the Maritime Militia Command Structure
Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, September 11, 2015
By Andrew S. Erickson and Conor Kennedy. Dr. Andrew S. Erickson is an Associate Professor at the U.S. Naval War College's China Maritime Studies Institute (CMSI) and an Associate in Research at Harvard University's John King Fairbank Center for Chinese Studies. Conor Kennedy is a Research Fellow in the China Maritime Studies Institute at the U.S. Naval War College.

2. Russian Pacific Fleet Prepares For Arrival of New Missile Submarines
Federation of American Scientists, September 14, 2015
By Hans M. Kristensen, Hans M. Kristensen is the director of the Nuclear Information Project at the Federation of American Scientists where he provides the public with analysis and background information about the status of nuclear forces and the role of nuclear weapons.

3. South China Sea: Satellite Imagery Makes Clear China's Runway Work at Subi Reef
The Diplomat, September 10, 2015
By Victor Robert Lee, Victor Robert Lee reports on the Asia-Pacific region and is the author of the espionage novel Performance Anomalies

4. South China Sea: Satellite Imagery Shows China's Buildup on Fiery Cross Reef
The Diplomat, September 16, 2015
By Victor Robert Lee, Victor Robert Lee reports on the Asia-Pacific region and is the author of the espionage novel Performance Anomalies

5. ASD Shear Statement for the Record
SASC Hearing on DOD Asia-Pacific Maritime Security Strategy
US Senate, Armed Services Committee, September 17, 2015

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子