海洋情報旬報 2015年11月1日~10日

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11月3日「仲裁裁判の判決は中国にとって国際的圧力になろう―米専門家論評」(The Diplomat, November 3, 2015)

米The Belfer Center for Science and International Affairs (The Harvard Kennedy School) の研究員、Dr. Jill Goldenzielは、Web誌、The Diplomatに11月3日付で、"International Law Is the Real Threat to China's South China Sea Claims"と題する論説を寄稿し、ハーグの常設仲裁裁判所が出す判決は北京に対する大きな国際的圧力になろうとして、要旨以下のように述べている。

(1) 最近のアメリカの「航行の自由」作戦の実施によってワシントンと北京との間の緊張が高まったが、中国にとって真の脅威はハーグの法廷から来た。ハーグの常設仲裁裁判所 (PCA) は、中国の南シナ海における領有権主張に対するフィリピンの提訴に関して、主要な項目について管轄権を有するとの判断を下したのである。今後の審議でフィリピンが勝訴するか、敗訴するかは別にして、PCAの判決は、世界的大国としての中国の役割にとって深刻な影響を及ぼすことになろう。

(2) フィリピンは、軍事的には中国に対抗できないため、法律に着目した。フィリピンは2013年に、ハーグのPCAに提訴し、中比両国ともに加盟国である国連海洋法条約 (UNCLOS) に基づいて、フィリピン群島から南シナ海に延びる200カイリのEEZを管轄する権利があると主張した。これに対して、中国は、PCAには管轄権がないとして、手続きをボイコットした。しかしながら、中国は、裁判を無視することができず、ポジションペーパーを公表した。このペーパーで、中国は、自国の主張を国際法に基づくものとし、フィリピンの海洋境界と海洋権限に関する主張を領土主権主張の偽装に過ぎない、と決め付けた。中国がこのように決め付けるのは、PCAが領土主権の主張については管轄権を持たないからである。PCAは管轄権があると判断したことで、中国は苦境に陥った。中国は直ちに、この判断は「無効」であり、将来の如何なる判決にも影響されないであろう、と主張した。しかしながら、中国が将来の如何なる判決をも完全に無視することができると考えるのは難しい。中国に判決の遵守を求める国際的圧力は大きいものとなろう。アメリカは、PCAの判断を歓迎した。ドイツは、国際法廷において海洋権限に関する紛争を解決するよう、中国に対して積極的に慫慂してきた。

(3) 法的に見て、UNCLOSは既存の国際的な習慣を法制化しているので、当事国が加盟国であるか否かを問わず、UNCLOSのほとんどの条項は全ての国を拘束する。世界の海洋活動の基礎となる法律に対する中国の違反は、国際的に重大なものとなろう。中国の台頭にとって特に隣国との友好関係が重要であるが故に、招来の如何なる判決をも拒否することは、世界的大国を目指す国にとって、大きな代償を支払うことになろう。中国は、特に自国経済が依存する貿易と海事産業において、国際法を遵守する国として世界に信頼してもらう必要がある。

(4) フィリピンとって、喜ぶのは未だ早い。PCAは、14項目の内、7項目について管轄権があるかどうか、判断を見合わせた。そして最終的判決がでれば、フィリピンは幾つかの項目で勝訴し、その他では敗訴するかもしれない。どうなろうとも、中国は判決を拒否するかもしれず、フィリピンは隣国の怒りを買い、経済的にも得ることがないかもしれない。しかしながら、いずれにしても、この裁判は、国際紛争を管理し、解決するために国際法廷に訴えるという点で、重要な意義を持つものである。国際法は、弱者の武器となった。武力に訴える力もなく、あるいは軍事紛争で勝つ見込みもない国は、領土、経済及び人権を巡る主張を解決するために、今後益々法廷の効用に注目するようになろう。南シナ海やその他の海域で自国の権利を主張するために同様の選択を考慮している他の国は、フィリピンに注目している。特にベトナムは、同様の訴訟を起こすことを検討している。 この裁判は、最小限、中国に対して、南シナ海における競合する主張を解決するために、隣国との対話を強要する効果があるかもしれない。そうなれば、中国は、面子も立ち、自国の条件で紛争解決を主張できよう。もし法が中国を従わせることができれば、南シナ海に関するこの裁判は、南シナ海を超えて大きな波及効果をもたらすであろう。

記事参照:
International Law Is the Real Threat to China's South China Sea Claims

11月3日「南シナ海における偶発的衝突の回避が喫緊の課題―中国人専門家論評」(The Straits Times , November 3, 2015)


中国南海研究院の在米機関、The Institute for China-America StudiesのHong Nong(洪農)所長は、11月3日付のシンガポール紙、The Straits Times(電子版)に、"Need to avoid incidents at sea"と題する論説を寄稿し、米海軍イージス駆逐艦、USS Lassenの「航行の自由」作戦が引き起こした問題について、中国人研究者の視点から、要旨以下のように述べている。

(1) 米海軍イージス駆逐艦、USS Lassenは10月27日、Subi Reef(渚碧礁)の周辺海域1カイリ以内を航行した。アメリカは、Subi Reef(渚碧礁)を、領海を主張できない「低潮高地」と見なし、USS Lassenの航行を中国の領海として認めない海域における「航行の自由」の権利行使だと主張している。中国とアメリカとでは、南シナ海の紛争に関して、幾つかの重要な見解の違いが存在する。米中両国は、南シナ海における「航行の自由」が重要であると主張し、両国とも「航行の自由」を護ろうとしているが、その一方で、国連海洋法条約(UNCLOS) における「航行の自由」については、両国の解釈が異なっている。実際、中国は、これまでも南シナ海における商業船舶や航空機の航行や上空飛行を妨害するような行動をとってこなかった。一方で、アメリカの「航行の自由」に対する見解は、単なる商業船舶の航行の範囲を超えている。中国は、自国のEEZにおける他国の軍事活動、例えば海洋環境に影響を与える行為や海洋科学調査などは、「航行の自由」の範囲に含まれないとの立場に立っている。そして中国は、南シナ海周辺において、自国のEEZにおける他国の軍事活動に否定的な見解を有する唯一の国ではない。マレーシアも、自国のEEZにおける他国の軍事活動に反対している。

(2) また、Subi Reef(渚碧礁)の法的地位もまだ確定しておらず、12カイリの領海を持たないと結論付けるのは時期尚早である。そこで次に「無害通航」の問題が出てくる。もしアメリカが、南沙諸島の「岩」と見なされ、従って12カイリの領海を有する、別の地勢の12カイリ以内を哨戒したり、通航したりする場合には、「無害通航」の原則が遵守されなければならない。しかし中国は、アメリカに対して、UNCLOS第19条の「通航は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、無害とされる」との規定を再確認することを望む。人は、今回のUSS Lassenの航行を、明確な目標、即ち中国に対してアメリカが力を誇示したものであり、従って中国の平和を脅かすものだ、と考えるかもしれない。

(3) ASEANは、行動規範 (Code of Conduct) の草案について、中国と協議している。ASEANは、南シナ海問題をASEANの枠組みの中で解決したいと望んでいる。紛争当事国でないASEAN加盟国の多くは、常に米中両国間でバランスをとることに腐心している。Subi Reef(渚碧礁)の領有権を主張するフィリピンは、中国の海洋権限主張に対するアメリカの挑戦に安堵しているかもしれない。アメリカは、ベトナムやフィリピンが実効支配する南沙諸島の地勢の周辺海域でも、海軍艦艇を航行させると見られる。そうすることで、アメリカは、中国だけを対象としているとの中国の疑惑を払拭しようとしている。アメリカは、南シナ海紛争に関して、特定の側に与していると見られることを望んでいない。今回のUSS Lassenの航行は、アメリカの国内世論の圧力に押されたものであり、中国にとって驚くほどのことではない。アメリカの行動に対する中国側の抗議も予想の範囲内であった。南シナ海における最大の領有権主張国である中国と、南シナ海の主要な利用国であり利害関係国であるアメリカは、相互に相手国の国益を尊重するとともに、相手国の懸念についても理解すべきである。両国が絶対に回避すべきことは、緊張をエスカレートさせるような新たな挑発行為である。中国は、法的には正当化されるかもしれないが、係争地勢における埋立て活動が引き起こす政治的な影響に配慮しなければならない。中国は、そこにおける施設を民事目的として利用するとともに、埋立て活動に伴う環境への影響評価も他国と共有するという原則を厳格に遵守すべきである。

(4) アメリカは、今回のUSS Lassenの航行という新たな行動に対する中国の懸念が「航行の自由」の範囲の解釈に関するものではない、ということを理解するべきである。そうではなく、中国の懸念は、南シナ海問題に対するアメリカの中立性の問題と、南シナ海の軍事化のリスクとにあるのである。中国、アメリカそして東南アジア地域にとって、利害の一致するところは、全ての関係国が海洋協力を拡張し、将来的な緊張のリスクを低減させる方策を見出すことにある。今後南沙諸島周辺海域において予想されるアメリカの哨戒活動の増加と、それに対して中国の艦船が追尾したり、監視したりする可能性とを考えれば、現在の喫緊の課題は、海上における偶発的衝突を如何に回避していくかである。

記事参照:
Need to avoid incidents at sea

11月5日「更なる『航行の自由』作戦は南シナ海におけるリスクを増大する―中国人専門家の視点」(China US Focus.com, November 5, 2015)


中国国際戦略研究基金会主任、張沱生は、Webサイト、China US Focusに、11月5日付で、"Further U.S. Military Actions Increase Risks in South China Sea"と題する論説を寄稿し、中国人専門家の視点から、アメリカの「航行の自由」作戦に対して、要旨以下のように論じている。

(1) 米海軍駆逐艦、USS lassenは10月27日、南シナ海で中国が占拠する地勢の周辺海域を挑発的に航行した。この意味するところについては、2つの可能性が考えられる。1つは、「チャイナバッシャー」を満足させるための象徴的な対応であったかもしれないということ。そしてもう1つは、今後、次第に作戦の規模を拡大し、頻度を高めることによって、常時実施される軍事行動に変質させていく意志を反映しているのかもしれないということ。いずれの場合も挑発的だが、2つ目の可能性は、南シナ海における中米摩擦の安全保障上のリスクを大幅に高めることになろう。

(2) 中国は、アメリカとの南シナ海を巡る長期に及ぶ抗争に備えなければならない。アメリカは、「航行の自由」を根拠に今回の行動を擁護した。実際、米海軍による時間を掛けた近接軍事偵察行動の背景には、「航行の自由」に関する中米両国の意見の相違という基本的な理由がある。アメリカの行動が中国の国家安全保障を脅かすものであれば、中国は当然ながら反対する。今回、中国が埋め立てによって拡張した地勢の周辺海域における軍事行動を通して、アメリカは、「航行の自由」の権利を巡る中米両国の意見の相違を一層深めた。国連海洋法条約 (UNCLOS) を尊守しているか、していないか(というよりも、むしろUNCLOSに固有の曖昧さによって、中米両国にはUNCLOSに対する理解と解釈に大きな違いがある)ということは別にして、こうしたアメリカの軍事行動は明らかに、中国人民と人民解放軍 (PLA) に対する極めて否定的なシグナル―即ち、アメリカは中国を敵対的あるいは潜在的な敵とさえ見なしているということを伝えるものである。

(3) アメリカは、中国に対して、「9段線」を明確に定義するとともに、南シナ海における地勢のどれがそれ自体の領海とEEZを構成するかについて説明するよう求めてきた。現在、南シナ海を巡る紛争は、むしろ複雑になってきている。中国は、東南アジアの5カ国と島嶼、環礁あるいは海洋権限と権益を巡って対立している(インドネシアとは、中国は海洋権限と権益を巡って対立しているだけである)。こうした実態から、中国は、南シナ海の島嶼や環礁について基点を設けたり、基線を引いたりせず、ある程度曖昧なままにしてきた。実際、このことは、中国が抑制的で、平和的な対話による紛争の解決を真に望んでいることを示すものである。

(4) しかし一方では、中国が繰り返し宣言してきたように、「9段線」の基本的な意味は明白である。

a.第1に、「9段線」内で、中国は、南沙諸島とその周辺海域に対して議論の余地のない主権を有している。

b.第2に、中国は、UNCLOSによって容認される、海洋権限と権益を有している。

c.第3に、中国は、この海域に対する確かな歴史的権利を有する。

d.第4に、「9段線」内におけるシーレーンは完全に自由であり、遮断されてはいない。

(5) 指摘しておかなければならないのは、アメリカが近年、中国に対する近接軍事偵察活動を継続し、南シナ海の主権紛争に割り込み、ベトナムと他の国に武器を売却し、この地域における軍事同盟を強化し、フィリピンの軍事基地へのアクセス権を回復し、更には域外の日本や他の同盟国による合同哨戒を呼びかけるなど、南シナ海における軍事プレゼンスを拡充してきたことである。最近のUSS Lassenの航行は、アメリカが中国との直接的な軍事的摩擦や対立も厭わないことを示している。それでも、アメリカは、中国が「航行の自由」の行使を妨害したと中国を責め、造成した人工島の「軍事化」を進めているとして中国を非難した。これらの告発は、少しも筋が通っていない。南シナ海における行動によって、軍事化の傾向を促進したのはアメリカである。

(6) 実際、南シナ海の問題に関して、中国とアメリカには深刻な見解の相違があり、それらは、武力紛争や軍事的対峙によってではなく、何よりも対話によって解決されなければならない。中米両国は、2014年にMOU on the Notification of Major Military Activities Confidence-Building Measures Mechanismと、MOU on the Rules of Behavior for Safety of Air and Maritime Encountersに調印し、最近それらを改訂した。中米双方がこれらのメカニズムの精神と原則を厳守する限り、両国は、誤算による戦闘などの不測の事態を回避することができよう。しかしながら、アメリカが将来、より高い頻度で軍艦や航空機を派遣したり、よりリスクの高い海域に敢えて進入したり、作戦の規模を拡大したり、あるいはより脅迫的な行動に出たりするなど、より挑発的な行動をとれば、中国人民の激しい反対と、より強固な軍事的対応に直面することになろう。そうなれば、紛争のリスクは大幅に高まるであろう。中国は、必要に応じて、国家主権と海洋権限や利権を護るために、様々な手段でアメリカと長期的に対決していく用意がある。

記事参照:
Further U.S. Military Actions Increase Risks in South China Sea

11月5日「最近の南シナ海情勢―ジャーナリスト、Victor Robert LeeとのQ&A」(The Diplomat, November 5, 2015)


Web誌、The Diplomatの編集者、James Pach は、南シナ海における中国の人工島造成活動に関する衛星画像を同誌に定期的に掲載する、アジア太平洋地域を専門とするジャーナリスト、Victor Robert Leeに最近の南シナ海情勢についてインタビューした。以下は、11月5日付の同誌に掲載された、その要旨である。

Q:2013年1月の貴方の論説、「拡大する最後の帝国 ("The Last Empire Expands")」で、貴方は、南シナ海における北京の「領土の簒奪」を帝国的行動と述べた。今でも中国を最後の帝国と見ているのか。

A:イエス。この論説の結びで、「北京帝国がどのようなものであるか注視すべき時である。アメリカの愚かさによって大胆になった覇権国は拡大されつつある」と述べたが、不幸にして今日、的を射たものとなった。北京が進める南シナ海の「併合 (annexation)」(これ以外に適切な言葉はない)は、かつてのソ連や日本帝国の膨張以来、最大の領土の簒奪である。そして北京は、反抗的な新疆ウイグル自治区やチベットに対して、多くの漢民族を移住させるとともに、事実上の警察国家状態にすることで、締め付けを強化してきた。また、ヒマラヤ国境問題について、インドに対して圧力をかけ続けている。故に、「帝国」という用語は適切である。その上、中国は皇帝を自任する指導者すら持っている。習近平である。彼は、完全な権力を掌握し、自身に対する礼賛をせっせと高めている。

Q:ここ3年足らずの間における、南シナ海状況をどう見るか。

A:良いニュースは、中国が行ってきたことについて、現在、認識が高まっていることである。悪いニュースは、北京がカードのほとんどを握っており、しかも、やや減速気味だが経済が成長し、軍事力、特に海軍力が急速に強化されるにつれ、その立場が強まりつつあることである。潜水艦、駆逐艦、フリゲート及びその他の艦艇が猛烈な勢いで建造され、それに伴って港湾が拡張され、更に海軍は、海軍戦闘の遂行に変革をもたらす新しいミサイルを保有している。中国の軍事力の拡充は、域内のインドネシア、マレーシア、フィリピン、台湾そしてベトナムにある種の軍備拡張競争を引き起こした。しかしながら、ベトナムの新しいKilo級潜水艦は別として、中国海軍に比べればスクリーン上に現れた小さな輝点みたいなものである。台湾の回収という北京の絶えざる目標を忘れるべきではない。中国海軍は、中国が建設している島嶼基地によって、自ら望めば何時でも、例えば北京が台湾に侵攻した場合、台湾支援のためにインド洋から移動してくる米艦隊を阻止するために、南シナ海を封鎖することができるかもしれない。習近平総書記の下、中国共産党はまた、南シナ海は中国の主権下にある領域であるとの公言しており、今や北京は、もし中国がこの地域に対して主権を行使できなければ、「祖先に顔向けできない」し、しかもこの海は「祖先が我々に残してくれたものである」という表現を使っている。先祖崇拝の長い歴史を持つ中国で、習近平が妥協する余地はほとんどない。

Q:10月末は、米海軍の「航海の自由」作戦、そしてフィリピンが提訴した中国との南シナ海における紛争について、常設仲裁裁判所が一部についてフィリピンを支持する判断を下すなど、南シナ海にとって重要な出来事があった。また、日米両国が南シナ海で海軍演習を実施した。これらの事象が南シナ海における係争全体の方向を変えるものと見るか。

A:アメリカの「航海の自由」作戦の実施は遅すぎた。USS LassenのSubi Reef(渚碧礁)周辺海域の航行が、中国が主張する12カイリの領海を黙諾することのない公海における自由な行動ではなく、「無害通航」に基づく航行であるという報道が正しいとすれば、アメリカは、不手際なやり方で、事態を良くするよりはより危険な方に向かわせている。しかし、合同演習は、中国を押し返す数少ない手段の1つである。フィリピンは、法的手段で対抗しているが、習近平が中国を「政権は銃口から」との毛沢東の金言に回帰させていることから、如何なる判決が出ても撥ね除けられるだけであろう

Q:貴方は、本誌、The Diplomatに、南シナ海における中国の埋め立て活動を示す商業衛星画像を使用した一連の記事を定期的に寄稿されている。これらの記事はどのようにして書いているのか。

A:「埋め立て」という言葉は広く誤って使われている。この言葉は対象となる土地が以前からそこにあったことを示している。中国は、土地を埋め立てているわけではなく、珊瑚礁の上に、浚渫した大量の土砂や珊瑚を流し込み、人工島を造成しているのである。以前、私は航空写真を撮っていた。この間、フィリピンで、南沙諸島とScarborough Shoal上空を飛んでくれるパイロットを探していた。しかし、パイロット達はすごく臆病だった。ほんの数年前のことだ。要するに、中国軍が怖かったわけだ。そこで私は衛星画像に変えた。幸運なことに、米政府は2014年に、高画質衛星画像の個人的使用に関する規制を緩和した。しかも、商業ベースの良いプロバイダーが幾つかあった。米国家地球空間情報局の担当者と話した時、彼らも同じ情報源に如何に依存しているかを知って驚いた。南シナ海の衛星画像についてもう1つ言えることは、幾つかの主要メディアが自らの記事に、定期的に古い画像を添付していることである。これら古い画像は、若干の浚渫船、土砂を送るパイプ、珊瑚礁の外環に積み上げた土砂を示している。これらは、現在の規模と中国の人工島の造成の規模を過小に見せている。

Q:貴方は、ナトゥナ諸島の問題を巡って、インドネシアは南シナ海紛争に引き釣り出された、と書いている。ナトゥナ諸島に対しては、インドネシアと中国が領有を主張している。インドネシアはこの地域の均衡を変える潜在力を持つと見ているか。

A:北京は、ナトゥナ諸島海域周辺の海洋境界(「9段線」主張の南端)の主張については、曖昧なままにしている。しかし、インドネシアは十分警戒し始めており、国防相は9月に、ナトゥナ島のラナイにある空軍基地をジェット戦闘機が運用できるように拡張するとともに、海軍基地も改修されるであろうと語った。南シナ海の問題ではほとんど沈黙を保ってきたマレーシア政府も姿勢を変え、懸念を表明した。マレーシアのサラワク州漁民は、ナトゥナ諸島周辺海域で中国の艦艇に追い掛けられたと語っている。しかしながら、これまで、こうしたことは外交的であれ、何であれ、中国に対する大きな圧力にはなっていない。この地域の諸国による一致した共同努力というようなことがなければ、将来とも、ナトゥナ諸島海域周辺で大きな出来事が起こることはないであろう。

Q:現在、モスクワと北京の間にはかなり温かい空気があるにもかかわらず、中央アジアは、ロシア(主として軍事面で)と、中国(主として経済面で)にとって影響力を競う地域になりつつある。この地域で繰り広げられるグレート・ゲームをどのよう見るか。

A:短期的には、ソ連の遺産と言語の類似性が中央アジア5カ国をロシアに結びつけている。それにもかかわらず、カザフスタンは広大な国内に多くのロシア市民を抱えているが、プーチン化を望んではいない。長期的に見れば、キルギスと中国との国境を越える長いトラックの車列や、中国からカザフスタンに至る開発が進む道路を見れば、局地的な抵抗はあるかもしれないが、中国の影響力の増大に賭けなければならないであろう。アメリカと日本は、10月末の安倍総理やケリー米国務長官の中央アジア5カ国訪問に見られたように、一時的な訪問だけで、この地域に持続的は力を維持することは決してないであろう。

Q:最後に、今後の見通しを。

A:世界にとって最も良いことは、習近平が帝国的野望を放棄し、南シナ海が平穏になることであるが、そうはならないであろう。

記事参照:
Interview: Victor Robert Lee

11月6日「アメリカの『航行の自由』作戦、その意図するメッセージ―米専門家論評」(The National Interest, Blog, November 6, 2015)


米シンクタンク、CSISの上級顧問、Bonnie Glaser と、米海軍大学のThe China Maritime Studies Institute所長、Peter Duttonは、11月6日付のThe National Interstのブログに、"The U.S. Navy's Freedom of Navigation Operation around Subi Reef: Deciphering U.S. Signaling"と題する論説を寄稿し、「航行の自由」作戦におけるアメリカの意図するメッセージについて、要旨以下のように述べている。

(1) 中国が巨大な人工島に造り替えた、原初形状が「低潮高地」であるSubi Reef(渚碧礁)周辺海域において、アメリカが「航行の自由」作戦を実施して以来、一部の専門家は、本来領海を主張できない「低潮高地」周辺の12カイリを「無害通航」したことで、アメリカは暗黙裏にSubi Reef(渚碧礁)の領海を中国に認めるという失敗を犯した、と非難した。しかしながら、この非難は妥当ではないし、国連海洋法条約 (UNCLOS) が明らかに内包する複雑な要素についての不完全な理解を反映している。批評者達は、Subi Reef(渚碧礁)は領海を有しないとのメッセージを中国に知らしめるためには、UNCLOSで認められる範囲を超えた、過剰な海洋主張に対して明確に異議を唱えるような方法で、「航行の自由」作戦を実行すべきであった、と主張した。言い換えれば、「無害通航」でない航行である。しかしながら、120を超える島、小島、浅瀬、環礁、岩礁、暗礁などが相互に近接して点在する南沙群島の地理的特徴が、米海軍の「航行の自由」作戦の性格を理解する鍵である。

(2) 批判に答える前に、南沙群島の地理的特徴とUNCLOSとの関係について、理解しておかなければならない。


  1. 第1に、軍艦を含むあらゆる船舶が他国沿岸から12カイリ以内を通航する場合、それは「無害通航」でなければならない。これらの海域は当該沿岸国の領海であり、しかも、例えこれら船舶が当該沿岸国の許可を得ることなく通航する権利を持っているとしても、当該沿岸国は、尊重されるべき重要な安全保障上の利益を有している。では、周辺が領海になり得る領土を構成するものは何か。島、岩そして環礁について見れば、その大小に関係なく、満潮時に海面上にあり、主権国家によって占拠もしくは管理されている、自然に形成された如何なる地勢も、当該国家の領土である。最終的な領有権は争点になるかもしれないが、それは、安全保障上の権利を生む地勢の管理を巡るものである。領海の通航は、継続的で迅速、そして沿岸国に対して脅威を及ぼさないものであれば、「無害通航」である。UNCLOS第19条は、「無害通航」の詳細な意味について規定している。「無害通航」は全ての船舶が享受する権利であり、沿岸国は通常事前通知を要求することができないということを、ここで改めて強調しておきたい。

  2. 第2に、幾つかの地勢は、満潮時に水没しており、従って領土を構成しない。これらの地勢は、一般的に「低潮高地」と呼ばれている。これらは領土を構成しないため、その周辺に領海の権利を有せず、従って、その周辺の公海における航行の自由には制限はない。もしこれらの地勢の1つが沿岸諸国の大陸棚の上にある場合、当該国家はその上に構築物を構築できるが、それによって新しい海洋権限は発生しない。要するに、原初形状が「低潮高地」であった地勢は、それが如何に大きくなろうが、「低潮高地」であることに変わりはないのである。UNCLOSが当該沿岸国に認める最大の権利は、その周辺500メートルに安全水域を設定することだけである。従って、全ての船舶は、その周辺500メートルまでの公海の自由を行使する権利を保持する。

  3. 第3の可能性として、もし沿岸国が占拠する島や岩の12カイリ以内にある「低潮高地」を補強した場合はどうか。これらの島や岩は、完全な12カイリの領海を有する。更に、UNCLOS第13条によれば、「低潮高地」が他の島や岩の12カイリ領海内に位置している場合、当該「低潮高地」は、これら地勢の領海の幅を「拡大する」ための基線として用いることができる。従って、公海の自由は、この補強された「低潮高地」周辺には適用されない。500メートルの安全水域と同様に、「無害通航」が適用される。


(3) では、Subi Reef(渚碧礁)周辺における「航行の自由」は、以上3つのどれに当たるのか。Subi Reef(渚碧礁)は、Sandy Cay(鉄線礁)(筆者注:ベトナムが占拠し、Subi Reef(渚碧礁)の12カイリ以内には位置しない、Sand Cay(敦謙砂州)と混同しないように)の12カイリ以内に位置しており、従って、Sandy Cay(鉄線礁)の領海を「増幅する」ための基線として用いることができる(下掲地図参照)。Sandy Cay(鉄線礁)は中国、フィリピン、ベトナム及び台湾が領有権を主張しているが、どの国も占拠していない。領有権の如何にかかわらず、Subi Reef(渚碧礁)周辺には、Sandy Cay(鉄線礁)が有する12カイリの領海がある。この領海がどの国に帰属するかは関係ない。これは、前述の3番目の可能性、即ち、「無害通航」が適用される「低潮高地」を基線として増幅された領海である。

(4) アメリカは、Subi Reef(渚碧礁)が合法的な領海内にあると認識している。多くの専門家の主張に反して、米海軍イージス駆逐艦、USS Lassen (DDG-82) の航行は、アメリカがSubi Reef(渚碧礁)周辺の領海の存在に異議を唱えることを意図したものではなかった。むしろ、この航行は、国際法に従った「航行の自由」を実施するとともに、中国の人工島の造成によっても、南シナ海の海空域におけるアメリカの軍事行動が変わらないことを誇示する意図があった。更に、国際法に反して、中国の国内法は、「無害通航」を行う軍艦に対して事前通知を要求している。アメリカは、Subi Reef(渚碧礁)とSandy Cay(鉄線礁)周辺海域におけるUSS Lassenの「無害通航」の実施に関して、どの領有権主張国に対しも公式な事前通知を行わなかった。従って、アメリカが軍艦の行動に対して違法な制限を課そうとする中国の企図に異議を唱えたということから、今回のこのような「無害通航」は「航行の自由」作戦としての航行であった。

(5) 今後、中国が人工島に造り替えている他の「低潮高地」や「岩」の周辺海域における航行が継続される、と米当局は言明している。こうした航行は、Mischief Reef(美済礁)周辺海域で実施される可能性もある。Mischief Reef(美済礁)は中国が占拠しているが、他の地勢の12カイリ以内には位置していない。これは、前述の2番目の状況の例である。Mischief Reef(美済礁)周辺の12カイリ以内を米海軍戦闘艦が航行する場合、中国がこの「低潮高地」周辺に合法的に領海を主張することができないというシグナルを送るために、公海の自由の行使で認められている最大限の軍事活動を実施する可能性が高い。いずれにしても、米国防省は、アメリカが行った、あるいは行おうとしていることについて、中国や他の諸国の理解を確かなものにするために、実施作戦の法的基盤と、それによって意図するメッセージについて、説明しなければならない。

記事参照:
The U.S. Navy's Freedom of Navigation Operation around Subi Reef: Deciphering U.S. Signaling

【関連記事】「米海軍の『航行の自由』作戦、詳細な説明は不要―豪専門家批判」(The Interpreter, November 9, 2015)

豪シンクタンク、Lowy InstituteのDirector of the International Security Program、Euan Grahamは、Lowy Instituteのブログ、The Interpreterに、"USS Lassen and 'innocent passage': The devil in the details"と題する論説を寄稿し、前掲、11月6日付のBonnie Glaser とPeter Duttonの論説について、彼らはアメリカの航行の自由作戦への批判に対して敏感すぎるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 米海軍イージス駆逐艦、USS Lassenが10月27日にSubi Reef(渚碧礁)周辺海域を通航したことは、「航行の自由 (FON)」作戦であったことは間違いないが、本格的なFON作戦ではなかった。前掲のBonnie Glaser とPeter Duttonの論説は、本稿の筆者 (Euan Graham) の論説を引用し、アメリカは「無害通航」したことで最初のFON作戦に失敗した、そしてこれは国連海洋法条約 (UNCLOS) についての不完全な理解を反映している、と非難した。彼らの議論の核心は、Subi Reef(渚碧礁)がSandy Cay(鉄線礁)の領海内に位置する「低潮高地」であることから、USS LassenがSubi Reef(渚碧礁)周辺海域を「無害通航」したことは適切であった、というものである。要するに、Subi Reef(渚碧礁)(「低潮高地」が基線として用いられるためには、陸地から12カイリ以内に位置していなければならない)は、Sandy Cay(鉄線礁)によって発生する領海を「増幅する」ための基線として用いることができる、従って、「無害通航」が適用され、米海軍の艦艇や航空機が制限なしで行動できる、公海の自由ではない、というのである。(下掲地図参照)

(2) Subi Reef(渚碧礁)から約9カイリ離れた満潮時に海面上にある地勢、Sandy Cay(鉄線礁)は、近接性の要件を満たしており、潜在的に領海を有する資格を持っている。Subi Reef(渚碧礁)がSandy Cay(鉄線礁)に付随する「低潮高地」であることを受け入れるとしても、占拠されていない地勢として、Sandy Cay(鉄線礁)がいずれの国の実効的管理下にあるかは明確ではなく、またこの事実は、中国がSubi Reef(渚碧礁)に構築した、固有のものでない人工構築物によっても影響を受けないであろう。こうした状況では、中国とその他の領有権主張国との間に、Sandy Cay(鉄線礁)の実効支配を巡って、予期しない抗争を誘発するという、皮肉な結果をもたらす可能性がある。Glaser とDuttonが無視した重要な事実は、Thitu Island(中業島、Pagasa Island)の存在である。何故なら、この島は、Subi Reef(渚碧礁)とSandy Cay(鉄線礁)に近接しているからである。この島は、南沙諸島の大きな地勢の1つで、フィリピンによって占拠されているが、部分的にSubi Reef(渚碧礁)から12カイリ以上離れているように見える。USS LassenがThitu Island(中業島、Pagasa Island)とSubi Reef(渚碧礁)の間を航行したとしても、「無害通航」が適用されるより明確な論拠としてはThitu Island(中業島、Pagasa Island)に言及すべきであったろう。何故なら、それが特定の国に占拠されており、間違いなく12カイリの領海を有しているからである。そうではなく、Sandy Cay(鉄線礁)に着目したことによって、フィリピンと中国が実効的な管理を誇示する重圧を感じるかもしれないという、懸念を生んだ。

(3) 忘れてならないことは、南沙諸島における中国の人工島造成を巡る騒動の中で、北京は西沙諸島南方の南シナ海のいずれの地勢に対しても基線や領海を宣言していない、という事実である。要するに、中国は、習近平主席が「古代からの中国の領土」として南シナ海の地勢に対する主権を繰り返し強調しているにもかかわらず、如何なる地勢に対しても公式にそれらが持つ法的な権限を規定していないのである。また、同じように、南沙諸島に対する他の領有権主張国も、占拠地勢が持つそれぞれの領海を宣言していない。

(4) 我々は、これまでの法的権限を巡る激しい論議をどう考えるべきか。

a.最初の教訓は、USS Lassenの抑制された「航行の自由 (FON)」作戦を正当化するためにアメリカで動員された複雑な事後説明から、南シナ海問題に関しては、意外にも悪魔は細部に宿るということである。中国と他の領有権主張国に対して、国連海洋法条約 (UNCLOS) に合致するよう彼らの主張を明確化することを慫慂する狙いについては反論が難しいが、このような複雑な状況下では、USS Lassenの航行に関する多様な事後分析が明らかにしているように、領有権主張の明確化を求めることは、予期しない結果も招来することは確かである。

b.第2に、シグナルを送るに当たってあまりに怜悧になり過ぎることは効果かないということである。こうしたシグナルがその道の専門家によって「解読」されなければならないようなら、その対象となる受け手の関心を失う危険がある。Glaser とDuttonは、アメリカの政策に対する批判に敏感であり過ぎたように思われる。

(5) USS LassenのFON作戦の海域として当初名前が上がっていた、Mischief Reef(美済礁)は回避された。何故なら、航行を含む軍事行動がより難しく、また、Subi Reef(渚碧礁)よりも強力な中国のプレゼンスが存在しているからである。しかしながら、Mischief Reef(美済礁)は、領海とか、「無害通航」といった法的権限に関係なく、比較的孤立して存在する「低潮高地」であるという希な利点があり、従って、通常の軍事行動スタイルで(できれば上空通過)による外観上のFON作戦を遂行することによって、アメリカの立場の明確にするには理想的な海域であった。今後、アメリカは、「無害通航」を「航行の自由」の主張と組み合わせることによって、そのシグナルを複雑にすることを避けるべきである。南沙諸島に対する領有権主張国によって公式な領海が宣言されるまでは、その事実に従って行動するのが、米海軍とってスマートな唯一の方策であろう。

記事参照:
USS Lassen and 'innocent passage': The devil in the details

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Source: http://cil.nus.edu.sg/wp/wp-content/uploads/2011/06/75967_South-China-Sea-1.pdf

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書


1. 'Just a normal day': USS Lassen CO discusses South China Sea transit
Stars and Stripes.com, November 5, 2015






編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・関根大助・山内敏秀・吉川祐子