海洋情報旬報 2016年2月11日~20日

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2月16日「中国、西沙諸島の永興島に対空ミサイル配備」(Fox News.com, February 16, 2016)

米FOXニュースは2月16日、ImageSat International (ISI)の画像から、中国が西沙諸島の永興島 (Woody Island) に、地対空ミサイルランチャー8基からなる2個中隊をレーダーシステムとともに配備したことが分かった、と報じた。画像によれば、2月3日から14日までの間に、2個中隊が配備されたと見られる。西沙諸島では米海軍が1月末に「航行の自由 (FON)」作戦を実施したばかりで、その際、中国は対応措置をとると言明していた。永興島 (Woody Island) には、台湾とベトナムも領有権を主張している。

米政府当局者は、衛星画像から、配備ミサイルはHQ-9(紅旗9)対空ミサイルシステムと見られると語った。HQ-9対空ミサイルは、ロシアのS-300対空ミサイルに酷似しており、射程は約200キロである。

記事参照:
Exclusive: China sends surface-to-air missiles to contested island in provocative move
Satellite Image: Images of the Woody Island beach on Feb. 14 (left) and Feb. 3.
Satellite Image: Suspected missile deployment on Woody Island. February 14, 2016

【関連記事1】「中国の永興島への対空ミサイル配備、中国による南シナ海軍事化の始まり―米専門家論評」(The National Interest, Blog, February 17, 2016)

米誌、The National Interestの防衛担当編集長、Dave Majumdar は、2月17日付のThe National Interestのブログに"Look Out, America: China's Missile Deployment Is Only the Beginning"と題する論説を寄稿し、中国のWoody Island(永興島)へのHQ-9(紅旗9)対空ミサイルの配備は南シナ海支配に向けての北京の努力を新たなレベルに引き上げるものであるとして、要旨以下のように述べている。

(1) Woody Island(永興島)には1956年から約1,000人の中国人が居住しているが、ベトナムと台湾も領有権を主張している。2月16日にFOXニュースが初めて報じた、HQ-9(紅旗9)対空ミサイルの永興島への新たな配備は、この地域における中国軍の防空能力を大幅に増強するものとなろう。ロシアの S-300防空システムに酷似した、HQ-9は、広大な空域を事実上飛行禁止空域する能力を持っている。米空軍のF-22 Raptor、F-35統合攻撃戦闘機そしてB-2ステルス爆撃機だけが、それぞれ滞空時間は異なるがHQ-9対空ミサイルの覆域内で安全に飛行することができよう。

(2) HQ-9対空ミサイルは、ロシアのS-300Pと同様に(部分的にはこのミサイルを基にしている)、射程約200キロ、高度3万メートルまでの飛行目標を攻撃できる。しかしながら、ロシアと中国のシステムには、大きな相違がある。The Claremont and George C. Marshall Institute's Missile Threat project*によれば、中国のシステムは、米軍のPatriotミサイル防衛システムからの技術を取り込んでいる。更に、米ロのミサイルシステムとは違って、HQ-9はアクティブの電子捜査の位相配列レーダー技術を使用しているとの情報もある。前出のMissile Threat projectによれば、中国は、イスラエルから取得したPatriotシステムを基に、HQ-9の技術の多くを開発したという。そうだとすれば、HQ-9の誘導システムはPatriotシステムをモデルとしている可能性がある。従って、HQ-9がPatriotシステムの"track-via-missile" による誘導方式を採用しているとすれば、HQ-9の迎撃体は突入してくるミサイルを直撃するように飛翔することになる。Patriotシステムと同様に、HQ-9は、目標に近接して弾頭が作動するか、あるいは目標に直撃するかのいずれかであろう。いずれの方法でも、突入してくる目標は破壊されるか、その軌道から外れる。

(3) 中国の永興島へのミサイル配備ニュースは、南シナ海の軍事化の中止を求めるオバマ米大統領に速報された。オバマ大統領は2月16日の米・ASEAN首脳会談後の記者会見で、「我々は、係争海域における更なる埋め立て、新しい建造物の構築そして軍事化の中止を含む、南シナ海における緊張緩和の具体的措置を検討した。航行の自由は守らなければならない。また合法な通商活動が妨害されてはならない」と強調した。南シナ海の軍事化の中止を求めるオバマ大統領の主張を無視した、北京のHQ-9の配備は、恐らく(北京による南シナ海の軍事化の)始まりに過ぎないと見られる。中国は、南シナ海における領有権主張を強化するために、そして西太平洋の外側に米軍を押し出すという目標を達成するために、南シナ海に散在する海洋地勢の軍事化を推進していく意図を持っているようである。それらは、中国の現出しつつある接近阻止/領域拒否 (A2/AD) 戦略を構成するものである。

記事参照:
Look Out, America: China's Missile Deployment Is Only the Beginning
備考*:The Claremont and George C. Marshall Institute's Missile Threat project

【関連記事2】「永興島へのミサイル配備、中国外交部記者会見」(中国外交部、2016年2月18日)

中国外交部の洪磊報道官は2月18日の会見で、永興島へのミサイル配備について、要旨以下のように述べた。

Q. ケリー米国務長官は2月17日、永興島へのミサイル配備について、中国側に真剣な対話を求めると言ったが、どう思うか。

A. まず強調しておきたいのは、西沙諸島は中国の固有の領土であるということである。中国は数十年来、西沙諸島に各種の国土防衛施設を配備してきた。今回のミサイル配備は、何も新しいことではないし、いわゆる南シナ海の軍事化とも何ら関係がない。

Q. 中国国防部は2月17日、何年も前から永興島に海空防御施設を設置してきたと述べた。中国は、永興島に紅旗9 (HQ-9) ミサイルを配備したのか。

A. 先に言ったように、中国は数十年来、西沙諸島に国土防御施設を設置してきた。これは、中国の主権の範囲内のことであり、道理に適っており、合法である。

Q. 最近のワシントンでのセミナーで、米国防省高官やEU代表部の高官が中国はフィリピン提訴の仲裁裁判所の判決を尊重すべきであると発言しているが、これについてどう思うか。

A. 彼らは国連海洋法条約 (UNCLOS) を読んだことがあるのだろうか。フィリピンが一方的に提訴した仲裁裁判を受け入れないという中国の立場は、十分な国際法上の根拠がある。中国は、2006年にUNCLOSに加盟して以来、UNCLOS第298条に基づき、領土主権、及び海洋権限と海洋権益の問題に関する如何なる仲裁手続きも受け入れないという、除外宣言(中国語:排除声明)*を提出している(2006年8月)。我々はこの立場を堅持する。実際、世界で30余カ国は、除外宣言を提出している。

南シナ海問題について、フィリピンが一方的に仲裁裁判に訴えることは、裏切り行為である。何故なら、第1に、国際慣行に従えば、仲裁裁判への提訴は全ての関係当事国の合意によって初めて可能になるものである。第2に、フィリピンは、中国との2国間対話と交渉を通じて関係諸問題を解決することに合意している。第3に、フィリピンも署名した「南シナ海における行動宣言(DOC)」に、南シナ海を巡る紛争は関係主権国家間の直接協議と交渉によって解決すべきと規定されており、フィリピンの提訴はDOCの規定に違反している。第4に、フィリピンは南シナ海問題の平和的解決のためにあらゆる政治的、外交的手段を駆使してきたと主張しているが、事実に反している。フィリピンの一方的提訴は、南シナ海における中国の主権及び海洋権限と海洋権益を否定する狙い以外の何物でもない。

記事参照:2016年2月18日外交部发言人洪磊主持例行记者会
備考*:除外宣言(中国語:排除声明)とは、UNCLOS298条に基づく声明である。第298条に規定する、「選択的適用除外宣言」では、宣言の対象になる紛争事項とは、歴史的湾若しくは歴史的権原に関する紛争、大陸又は島の領土に対する主権その他の権利に関する未解決の紛争、海洋境界画定に係る紛争、軍事的活動あるいは EEZにおける沿岸国の法執行に関する紛争、国連安保理が任務を遂行している場合の紛争がある(第298条第1項)。条約加盟国は、上記紛争のうち1または2以上の紛争について、第三者による調停手続きを受け入れないことを書面によって宣言することができると定めている。

【関連記事3】「永興島への対空ミサイル配備、その戦略的重要性―CSIS専門家論評」(Asia Maritime Transprancy Initiative, CSIS, February 18, 2016)

米シンクタンク、CSISの上席副会長Michael Green、上席顧問Bonnie Glaser、研究員Zack Cooperは、CSISのWebサイト、Asia Maritime Transprancy Initiativeに、2月18日付で、"Seeing the Forest through the SAMs on Woody Island"と題する論説を寄稿し、中国によるWoody Island(永興島)への対空ミサイルの配備は注目すべき戦術的出来事だが、それ以上に重要な戦略的シグナルの発信であるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 戦術的に見れば、永興島に配備されたHQ-9(紅旗9)ミサイル中隊は、200キロの覆域内を飛行する航空機を目標とすることができる。これは、ベトナムや台湾も領有権を主張している、西沙諸島の大半をカバーする。こうした防空システムは、人民解放軍の接近拒否戦略の中核となるものである。衛星画像が示す係争島嶼における中国の対空ミサイルの配備は、西沙諸島の軍事化に向けた注目すべき進展を示している。何故なら、対空ミサイルの配備によって、中国の接近拒否の傘が中国本土から南シナ海に向けて大きく延伸されることになるからである。また、永興島には、防空用に2,700メートルの滑走路、レーダー及び航空機格納掩体が整備されてきた。永興島から発進した人民解放軍の戦闘機はHQ-9ミサイルの射程よりもはるかに大きな行動半径を持つ。更に、戦闘機は、実際の戦闘行為に及ぶことなく、西沙諸島周辺上空を飛行する外国航空機の上空の飛行の自由に挑戦することができるであろう。移動式対空ミサイルシステムは滑走路よりも脆弱ではないが、永興島への対空ミサイルの配備は、地域の軍事バランスを根本的に覆すものではない。

(2) しかしながら、永興島への対空ミサイルの配備は、2つの理由から注目すべき戦略的出来事である。第1に、配備は、中国の指導者が南シナ海の海洋地勢を軍事化しつつあることを示している。そして第2に、最近の歴史は、南沙諸島における係争中の海洋地勢における中国のやり口がしばしば1956年の占拠以降の永興島でのそれを真似ていることを示しており、従って、いずれ戦略的により重要な南沙諸島の海洋地勢でも、同じように軍事化するかもしれないことを示唆しているからである。近年、アメリカは、南シナ海における「埋め立て、建造物の構築そして軍事化」を中止するよう繰り返し求めてきた。しかし、中国当局は、「中国は、自国の領土内に防衛施設を配備する正当性と法的権利を有する」と主張してきた。習近平主席は2015年9月に、南沙諸島を「軍事化する意図はない」と言明した。しかしながら、これまでの衛星画像が示しているように、中国は南シナ海に散在する海洋地勢における埋め立て、建造物の構築そして軍事化を継続している。

(3) 今後、どのような展開が予想されるか。永興島は、南沙諸島の、特にFiery Cross Reef(永暑礁)、Mischief Reef(美済礁)そしてSubi Reef(渚碧礁)における中国の開発モデルとなってきた。永興島への対空ミサイルの配備は、今後これらの海洋地勢にも対空システムが配備されるかもしれないことを示唆している。次の段階としては、抗堪化された航空機格納掩体、探知距離が長い超水平線 (OTH) 能力を持つより先進的なレーダー施設が含まれるかもしれない。更に、専門家が予測するところでは、南シナ海における中国占拠の海洋地勢への航空機、対艦巡航ミサイル部隊、水上艦艇、及び潜水艦による定常的なローテーション展開が始まるかもしれない。加えて中国の主権主張を一層強固なものにするために、北京は、1996年に西沙諸島に設定したのと同じような領海基線を、南沙諸島にも設定するかもしれない。

(4) 中国の行動は、北京の指導部が自国占拠の海洋地勢に接近拒否の傘と兵力投射能力の両方を兼ね備えさせようと意図していることを示唆している。中国占拠の海洋地勢は、紛争時には脆弱であることは確かだが、危機においては他の領有権主張国に対して睨みを効かせるに十分な強さを提供し、更には、不測の事態には伸びきって手薄になった米軍部隊にとって新たな重荷となるであろう。また、海洋地勢の軍事化は、中国がいずれ設定すると見られる南シナ海の防空識別圏 (ADIZ) を管制する上で有益となろう。要するに、永興島への対空ミサイルの配備は、その戦術的重要性よりは、配備が発信している南シナ海における中国の長期戦略に関するシグナルの方がはるかに重要なのである。

記事参照:
Seeing the Forest through the SAMs on Woody Island

2月16日「『中国はより積極的な外交政策をとるべし』、中国の著名学者の新著―インド人専門家書評」(South Asia Analysis Group, February 16, 2016)

インドのシンクタンク、The Chennai Centre for China Studiesの研究員、D. S. Rajanは、シンクタンク、South Asia Analysis GroupのWebサイトに、2月16日付で、"Influential Chinese Scholar: "China should be More Assertive, Build Military Alliances"と題する書評論説を寄稿し、中国清華大学中国現代国際関係研究院長、閻学通の新著、The Transition of World Power: Political Leadership and Strategic Competition(『世界パワーの移動-政治的指導力と戦略競争』)を取り上げて、インド人の視点から、新著に見る閻の主張に対して要旨以下のように論じている。

(1) 閻の著書は、中国共産党や中国政府の考え方を反映するものではないものの、中国国営メデイアが閻の著書について好意的なコメントをしたことから見れば、閻氏の見解が指導部内にも一定の支持があることを示唆している。また、閻が習近平政権の新外交政策の強力な支持者であることから、閻の見解は、単なる学者としての考えではなく、政権の指導者の意思がその背後にあることが窺える。

(2) 最も率直な閻の主張は、中国がもっと積極的な外交政策をとるべきであるという点にある。閻によれば、現在の中国の南シナ海政策は積極的なものではなく、中国の国益を護ることのみを意図している。閻は、フィリピンとベトナムだけが南シナ海において中国と対立しており、その他の国、例えばアメリカの長年の同盟国であるシンガポールやタイなどは近年中国に近寄ってきている、と見ている。更に、閻は、「中国はアメリカに倣って軍事同盟関係を構築すべきである」とし、現在、世界第2位の大国になった中国にとって、1982年から採用している非同盟主義は、もはや中国の利益を護る上で相応しいものではなくなっていると主張している。しかし、閻によれば、中国が非同盟主義を放棄するためには、同盟関係を冷戦時代の産物であるとして批判してきた長年のプロバガンダが主たる障害となっている。では、中国がどのようにして同盟関係を構築すべきかについて、閻は次のように述べている。「経済援助や元借款だけでは、中国と他国との関係を変えることは不可能である。ユーラシア大陸を跨ぐ経済開発を目指す『一帯一路』構想も他国との関係を根本的に変えることができない。中国が提供している経済援助の額が中国の能力を上回っており、その額を年間の外貨収入の1%(2015年の外貨収入の1%は約350億ドル)までに減らすべきである。中国は、経済援助を縮小して、軍事援助に変えるべきである。軍事援助は、戦略的協力を強化し、政治的支援を確保するために、友好国に対して供与されるべきである。中国はより多くの同盟国を作れば作る程、アメリカとの関係もよりバランスのとれたより安定した関係になるであろう。反対に、中国が同盟国作りを避ければ避ける程、アメリカは中国を封じ込めるチャンスが増え、従って、中米関係が不安定になりかねない。」 更に、閻によれば、中国は国益のために、中国が同盟国と見なす国に軍事基地をもつべきであるが、現在中国にとって真の同盟国といえるのはパキスタンだけであり、このような基地をどの国に持つことができるかについては、特定の国名を挙げるのは時期尚早であるという。北朝鮮について、閻は、「北朝鮮は、中国との間で1961年に中朝友好協力相互援助条約を結んでいるが、中国の同盟国ではない。中国は2013年に、北朝鮮とは通常の2国関係であり、同盟関係ではないと公式に明言した。また、北朝鮮が非核化の状態に戻ってくれれば、中国とアメリカは北朝鮮に対して、安全保障を提供すべきである」と述べている。

(3) 著書に見る閻の主張は、2009年から始まった中国の安全保障主体の外交政策の展開という文脈の中で分析する必要がある。中国は2009年に、「核心利益」を外交政策の戦略的重点と位置付けた。この外交政策は、国家が「核心利益」については如何なる妥協も拒否し、その保護に当たっては軍事的手段も辞さないという前提に基づくものである。2009年7月に当時の戴秉国・国務委員が明らかにしたところによれば、「核心利益」とは以下の3つである。第1の核心利益は、中国の基本的体制と国家安全保障の維持である。第2は、国家主権と領土保全である。第3は、経済社会の持続的かつ安定的な発展である。また、チベット、新疆、台湾そして南シナ海も核心利益として挙げられている。2013年1月28日に開かれた中国共産党中央政治局の集団学習において、習近平国家主席は、こうした外交政策の背景について、「中国は、他国の国益を犠牲にして、自らの発展を追求することはない。(中略)我々は、自らの合法的権利を決して放棄しないし、また我々の核心利益を犠牲にすることもない。如何なる国も、我々が自らの核心利益について妥協すると考えるべきではない」と強調した。要するに、中国の外交政策は、鄧小平時代の「韜光養晦」政策から確実に転換したのである。更に、2014年11月の中央外事工作会議において、習近平主席は、平和、発展、協力とウィン・ウィン関係を強調し、「中国の全般的な国内利益と国外利益と、中国の発展と安全保障の優先課題とを、バランスのとれた方法で追求する。平和的発展と民族復興が主要路線であり、国家の主権、安全保障、発展利益を維持し、平和的発展のために有利な国際環境を促進する。これらはすべて、『2つの世紀に跨がる目標』と中華民族の偉大な復興である『中国の夢』の実現のためである」と主張した。

(4) 上記の背景から見れば、経済援助を縮小して軍事援助に変えること、そして軍事同盟関係を構築し、それら同盟国に海外基地を設けることなど、中国はより積極的な外交政策を採用すべしとする閻の主張は、今後、中国の対外行動がより積極的なものになって行くことを示唆していると見られる。閻の主張が現実となれば、中国との領有権紛争を抱える近隣諸国にとって、領土紛争の戦略的意味合いがより深刻なものとなり、その結果、地域の緊張が一層高まりかねない。地域の平和と繁栄を維持していくためには、全ての利害関係国が、一堂に会し、このような緊張の激化を阻止することについて合意すべきである。

記事参照:
Influential Chinese Scholar: "China should be More Assertive, Build Military Alliances"
参考記事:Q. and A.: Yan Xuetong Urges China to Adopt a More Assertive Foreign Policy
New York Times, February 10, 2016

2月17日「中国は南シナ海の軍事化を止めない―米専門家論評」(The National Interest, Blog, February 17, 2016)

米誌The National Interestの元編集長Harry J. Kazianisは、2月17日付のThe National InterestのBlogに、"China's Genius Strategy in the South China Sea: Keep Calm, and Build On"と題する論説を寄稿し、アメリカが南シナ海で航行の自由作戦を継続しても、中国はそれに抗議しつつ、一方で南シナ海の軍事化を止めることはないであろうとして、要旨以下のように述べている。

(1) 米国防当局は、そしてオバマ大統領も、南シナ海におけるアメリカの行動に言及する際、「我々は、国際法が許すあらゆる場所において、飛行し、航行し、作戦行動をする。それには領空通過飛行も含まれる」と主張するのが常である。ここでの問題は、中国が(アメリカの言動に)無関心を装い、南シナ海での活動を継続することである。もし中国が賢明なら、そうするであろう。筆者 (Kazianis) は、これを、"Keep Calm, and Build on Doctrine" と呼ぶ。

(2) 筆者の私見では、現在までのところ、ワシントンと同盟国が懸念すべき危険なパターンが、この重要な海域―年間5兆ドルに上る海運が通航し、その内1兆ドルがアメリカ向けである―に現出してきている。米海軍は半ば公然と、南シナ海で新たに造成された人工島周辺海域において「航行の自由 (FON)」作戦や上空飛行を実施している。このFON作戦の狙いは、南シナ海やその上空の国際空域における航行と上空飛行の自由に挑戦する中国の如何なる試みも、アメリカは受け入れないという態度を明示することである。しかしながら、The Heritage FoundationのDean Chengが指摘するように、こうしたFON作戦は、「より重要な問題、即ち、環礁を完全な人工島に作り替え、その上でこれら人工島の周辺に領海とEEZの海洋権限を主張することを、新しい慣習として確立しようとしている中国の試みに対処」するものではない。実際、北京は、新しい慣習の確立に向けて、アメリカの戦略における重要な欠陥を利用している。ワシントンは、海洋における航行の自由と上空飛行の自由という、伝統的な国際的原則を守護してきているが、オバマ政権は、支配的な大国を目指し、南シナ海を事実上領有しようとする、中国の目標を押し返そうとはしていない。一見すると、FON作戦の実行は、南シナ海における中国の強圧的姿勢を押し返しているように見えるかもしれないが、それは全く間違いである。米Hofstra UniversityのJulian Kuは、「米海軍のFON作戦の明示された法的目的は、軍艦の無害通航は事前通報を要求されないという、国際法に対するアメリカの(そして他の多くの国の)見解を認知させること」であり、南シナ海における中国の覇権的目標に直接対抗するものではない。その上で、Julian Kuは、「これらFON作戦の秘かな戦略的目的は、域内の近隣諸国から中国を孤立させることにある」と正しく指摘している。この目的は価値あるものだが、ASEAN諸国が受け入れなければ、有効ではない。

(3) 今や、我々は、ワシントンが積極的に南シナ海における中国の支配を阻止しようとしていないことを知っている。航行の自由を護ると主張しているだけである。では、FON作戦が実施された場合、中国はどう対応しているか。確かに、中国は、声高に非難はするが、その一方で、埋め立てを継続し、建造物の構築を続けている。北京は、南シナ海は中国の領域であるとしばしば声高に誇らしく宣言する一方で、新しく造成した人工島の軍事化を押し進め、中国の南シナ海に対する領有権主張の強化を目指している。その最近の明白な事例が、西沙諸島の永興島へのHQ-9対空ミサイルの配備である。

(4) では、アメリカは何をすべきか。まずはFON作戦を継続することである。しかしながら、アメリカがしていない、そしてできていないことは、南シナ海における威圧的な行動に対する代価を中国に強要する戦略を早急に開発することである。とはいえ、オバマ政権も終わりに近づきつつある現在、中国の耳に届く、新たな外交課題に取り組む政治的余裕がない。実際、もし北京が賢明であれば、南シナ海に対する領有権主張を強化するチャンスは、特により積極的な政権が登場する前の、今をおいてない。事実、我々は、最近の中国の動向にそうした兆候を見て取れる。筆者の見るところ、少なくとも今後数カ月間、アメリカはFON作戦を継続し、中国はそれに抗議する。しかし、北京は南シナ海の軍事化を続ける。今後1年間の筆者の予測では、南シナ海における中国の防空識別圏 (ADIZ) の設定がある。こうした状況が、筆者の言う、"Keep Calm, and Build on Doctrine" である。

記事参照:
China's Genius Strategy in the South China Sea: Keep Calm, and Build On

2月18日「南シナ海において予想される2016年の動向―CSIS専門家論評」(Cogitasia.com, CSIS, February 18, 2012)

米シンクタンク、CSIS研究員、Gregory B. Poling は、2月18日付のCSISのBlog、CogitASIA に、"A Tumultuous 2016 in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、南シナ海紛争における領有権主張国とその他の利害関係諸国にとって、2016年が重大な年になるとして、要旨以下のように述べている。

(1) まず、フィリピンが中国を提訴した仲裁裁判所の行方である。フィリピンは2015年11月、ハーグの常設仲裁裁判所の仲裁法廷で、南シナ海における中国の領有権主張に対する提訴理由を説明した。仲裁裁判所の5人の裁判官は、慎重な審議を経て、2016年半ば頃に判決を下すことが見込まれている。北京は仲裁過程への参加を拒否し、また仲裁裁判所の管轄権を認めていないが、仲裁裁判所の判決は最終的なもので、両当事国に対して法的拘束力を持つ。最終判決の内容は窺い知れないが、仲裁裁判所は、中国の「9段線」は有効な海洋権利主張ではなく、また中国は、国連海洋法条約 (UNCLOS) に規定された領海、EEZそして大陸棚という法的レジームを超えた、如何なる歴史的権原も請求できない、との判決を下すことがほぼ確実視されている。しかし、こうした判決は、南シナ海の係争海洋地勢に対する中国の領有権主張には何ら影響を及ぼさないであろうし、また、北京が南シナ海の海底と水域に対するより大きな管轄権を主張できないということを必ずしも意味しないであろう。しかしながら、こうした判決は、中国は地図上の曖昧な断線に基づくのではなく、陸上由来の海洋権限に基づく海洋権限主張を明確にすべし、との命令に等しいものであろう。

(2) 仲裁裁判所の判決によって、北京は、南シナ海におけるその領有権主張を直ちに明確するようなことはしないであろう。中国政府は、如何なる判決も認めないと繰り返し表明してきた。フィリピンが2013年1月に提訴して以来、中国は、それを取り下げるようフィリピン政府に熱心に働きかけてきた。何故なら、北京にとって、国際的な無法者との烙印を押されることは、大きな代価を伴うことになるからである。そうした烙印は、責任ある大国という中国の台頭説話を台なしにし、中国のコミットメントに対する他国の疑念を高め、そして域内諸国をして東京とワシントンとの一層の関係緊密化に走らせることになろう。北京が強いられるこうした代価を考えれば、中国は、最終的には政治的妥協を受け入れ、歴史的権原よりも、むしろUNCLOSに基づいて「9段線」を再定義し、更にフィリピンが訴訟を取り下げ(両当事国が判決に従う可能性もある)、共同開発に合意することと引き換えに、領有権問題の真剣な交渉に臨むことに同意するかもしれない。こうした政治的妥協を押し進めるためには、マニラとワシントンは、判決に対する国際的な支援を獲得するために、持続的なキャンペーンに着手する必要があろう。こうした国際的支援は、オーストラリア、日本、フィリピン及び欧州諸国のような友好国だけでなく、東南アジアの近隣諸国からも得る必要があろう。

(3) 次に、南沙諸島における中国の埋め立て活動である。中国は2016年初め、Fiery Cross Reef(永暑礁)で初めて民間機によるテスト飛行を実施し、南沙諸島における中国初の滑走路の実用化を誇示した。Subi Reef(渚碧礁)とMischief Reef(美済礁)にも新たに滑走路が建設されており、2016年半ば頃までには、これらの滑走路への軍用機のテスト飛行も見込まれている。一方、中国は、南沙諸島のこれら3カ所の海洋地勢に加えて、別に4カ所の海洋地勢への相当規模の空軍、海軍及び海警局部隊のローテーション配備を支援するために、人工島に作り替えたこれら海洋地勢において港湾施設、支援建造物、そしてレーダー施設を構築している。滑走路が延伸され、最近移動式地対空ミサイルが配備されて、軍事化が進むWoody Island(永興島)に加えて、2016年は南シナ海における中国の軍事能力の大幅な強化が見込まれる。

(4) 2016年に見込まれる中国の軍事能力強化によって直接的な影響を受けるのは、東南アジアの領有権主張国の海軍、沿岸警備隊そして民間船舶であろう。中国が南シナ海における哨戒能力を強化し、北京が自国の主権空間と見なす領域を航行する船舶を阻止しようとすれば、単純に計算しても、2016年は、フィリピン、マレーシア及びベトナムの漁船や石油天然ガス探査船、更には軍艦艇や軍用機に対する妨害行為や衝突事案が頻発するであろう。既に、南シナ海における増強された中国の海、空軍能力は、東南アジアの領有権主張国からの域外大国による一層の関与を求める声を大きくさせている。こうした声は、2016年には一層大きくなると見られ、それに応じて南沙諸島の中国の軍事施設も強化されよう。アメリカが南沙諸島周辺海域における航行の自由作戦の頻度を高めており、またオーストラリアは既に、東南アジアの海、空域における哨戒活動を行っている。日本は、新しい防衛ガイドラインの下で、特にオーストラリアとフィリピンなどの域内のパートナーとの防衛協力を強化しており、また南シナ海の哨戒活動における大きな役割に関する熱い論議が見られる。そして、インドは、ベトナムに対する兵器装備の主要な供給国となりつつあり、またオーストラリア、日本及びアメリカにとって益々重要な安全保障パートナーになっており、同時にインド海軍の南シナ海での活動も増えている。更に、フィリピン最高裁判所がアメリカとの防衛協力強化協定 (The Enhanced Defense Cooperation Agreement) を合憲と判断したことで、アメリカの南シナ海における情報収集、監視、偵察及び哨戒能力、そしてフィリピンや域内のパートナーへの脅威が顕在化した場合の対応能力は、大幅に強化されるであろう。今後数カ月以内に、マニラとワシントンは、アメリカが、米軍部隊がアクセスできるフィリピンの軍事施設と、軍事インフラの改善のためにアメリカが投資するフィリピン軍の施設とについて、公式なリストを作成することになろう。

(5) 以上のような動向から見て、2016年は、南シナ海において一層緊張が高まり、それに対応して、中国の更なる侵出を抑止し、自らの領有権擁護を求める東南アジアの当事国を支援し、そして紛争を管理するための最終的な政治的妥協の実現を目指す、持続的な多国間キャンペーンを展開する基盤が構築される年になるかもしれない。

記事参照:
A Tumultuous 2016 in the South China Sea

2月18日「南シナ海問題の仲裁裁判手続き、紛争解決には繋がらない―中国人専門家論説」(China US Focus.com, February 18, 2016)

中国南海研究院研究員で、ワシントンのThe Institute for China-America Studies (ICAS) 所長、Nong HONG(洪農)は、Web誌、China US Focusに2月18日付けで、"Reconsidering the Role of Arbitration in South China Sea"と題する長文の論説を寄稿し、2016年中に予想されるフィリピン提訴案件に対する常設仲裁裁判所の判決は紛争解決に繋がるものではなく、南シナ海の緊張状態を高めることになるとして、中国人専門家の視点から、要旨以下のように述べている。

(1) フィリピンと中国の仲裁裁判に関して、常設仲裁裁判所は2015年10月29日、仲裁裁判は国連海洋法条約 (UNCLOS) に基づいた「公正なものであり」、中国の「不参加」は同裁判所の管轄権行使を妨げないとの判断を下した。11月30日、同裁判所は、フィリピンの提訴項目と先送りされた管轄権問題に関する公聴会(口頭弁論)を終了した。最近の仲裁手続きの進展状況を勘案し、圧倒的多数のメディアやアナリストらは、今回のケースでは中国が負けると評価している。しかしながら、「法的・道徳的勝利」を喜ぶ一方で、多くのアナリストは、仲裁裁判の重要な法的・政治的な意味合いを見落としているのではないか。仲裁手続きに参加しないという中国の選択の理論的根拠を読み解くことは、仲裁裁判終了後に予想される南シナ海の動向を客観的に評価するために有益である。

(2) 中国は、2006年の宣言を通じて、領土主権問題やそれに付随する海洋境界確定問題はUNCLOSの規定により第三者機関による解決から除外される、という態度を鮮明にしている。しかしながら、アメリカの経験豊富な法律顧問チームの支援を受けているフィリピンは、提訴理由から「領土」「海洋境界確定」「歴史的権原」といった用語を巧妙に外している。このことは、中国が仲裁裁判手続きに参加しておらず、従って法律専門家による中国の立場を説明する機会がない、今回の仲裁裁判手続きに大きな影響を与えたかもしれない。更に、中国は、中国の意見書が"amicus curiae"(法定助言人)を通じて5人の裁判官に実際に届けられたかどうかも、また意見書がフィリピンの提訴理由書に対する効果的な「反論」としてどの程度考慮されたかも、知る術がない。中国が仲裁裁判に参加しなかったことは、フィリピンによって一方的に仲裁裁判手続きへの(中国の)「受け入れ拒否」と「不参加」を喧伝させることになった。中国の不参加は、常設仲裁裁判所や国際法を遵守しないことを意味するものでもなければ、中国が国際紛争の平和的解決という義務を果たすことができないということも意味しない。中国は、常設仲裁裁判所を含む、国家間の紛争解決メカニズムに当初から参加している国の一つである。

(3) UNCLOSを含む多くの国際条約は、紛争解決メカニズムとして訴訟や仲裁裁判手続きを導入してきた。しかし、その結果は目論見通りにはなっていない。1994年の設立以降、国際司法裁判所には約20件の海洋に関する紛争が持ち込まれたが、その一方で仲裁裁判手続きは10件しか行われていない。それは、UNCLOSの規定が非常に複雑で、解釈に関する議論や抜け穴が存在しているからである。仲裁裁判手続きを受け入れない国は、不当にも紛争相手国から一方的に開始された仲裁裁判手続きにおいて、「国際法を支持しない国」とされてしまう。常設仲裁裁判所は、自らの管轄権を拡大するのではなく、取り扱う紛争範囲に制限を設けるべきである。仲裁裁判手続きの目的は、特定の紛争の解決であり、境界問題を取り上げるものではないとされている。今回の南シナ海問題に関する仲裁裁判手続きの場合、中国が一貫して領土問題や海洋権益問題は二国間の協議によって解決するという立場を示しているのにもかかわらず、常設仲裁裁判所は自らに管轄権があると判断した。また同様に、裁判所は、中国が一連の仲裁裁判手続きへの参加を望まず、仲裁判決も受け入れず、従って、フィリピンの提訴に応じた判決が下されても、紛争解決には無意味であることを理解すべきである。中国の話し合いで解決するという意志が不当に無視されている。

(4) 南シナ海問題に関する仲裁裁判手続きは、Mare Clausum(閉鎖海)とMare Librium(自由な海)という、海洋システムに関する2つの重要なドクトリンのバランスを崩してしまうのではないかという、疑念を提起している。これら2つの海洋ドクトリンは、「土地が海を支配する(抄訳者注:海洋権限は陸上由来によるとの意)」と「公海の自由」という海洋法における2つの原則を導き出している。UNCLOSは、これら2つの原則の組み合わせと妥協の産物である。UNCLOSは、EEZや大陸棚といった沿岸国の海洋に関する様々な権利を含むだけでなく、公海の自由の維持、そしてEEZにおける沿岸国の経済的活動の権利の限界も規定している。南沙諸島における係争中の海洋地勢の法的地位に関する常設仲裁裁判所の判断は、これら2つの原則のバランスを崩してしまう可能性がある。UNCLOSでは、第121条だけが「島の制度」を規定している。しかしながら、南沙諸島には、様々な海洋地勢(島、岩、低潮高地、環礁など)が存在しており、その各々が法的地位やそれに付随する海洋権限を有し、海洋境界を確定する上で異なった意味を有している。これらの問題は、条約の一つの条項だけで調整できるものではない。例えば、島と岩、あるいは環礁と低潮高地を区別することは困難である。南シナ海に関しては、島あるいはその他の海洋地勢に付与される海洋管轄範囲についても問題がある。南シナ海の海洋地勢に対して、UNCLOS第121条3項(岩に関する規定)を適用することは極めて困難である。何故なら、海洋地勢の法的地位が時間の経過によって変わる可能性があることから、それらが同条項に当てはまるかどうかも変わってくるからである。例えば、低潮高地に対しては領有権を主張できないが、その法的地位の判断は、領土・領海の拡張や縮小に繋がる国家主権に直接影響を与える。このことは、海洋地勢の法的地位がその後の結果を左右する上で最も重要であることを示している。

(5) 南シナ海問題に関する限り、国際的な仲裁裁判手続きの介入は、この海域における海洋秩序を確立する上で、国家の権限を弱めるものとなっている。仲裁裁判手続きのメカニズムが次第に強化され、拡大していることは明らかである。常設仲裁裁判所は、2016年中に最終判決を下し、中国が南シナ海に引く「9段線」とその内側の海域に関する権利を否定するであろう。常設仲裁裁判所が自己の管轄権を拡大し、沿岸国の合法かつ合理的な主張を無視することによって、UNCLOS加盟国間の緊張状態は高まるであろう。UNCLOSの紛争解決メカニズムの存在価値を過小評価してはならないが、一方で、主権と海洋境界確定問題に関わる紛争の複雑な性格を考えれば、地域の安全保障に関わる今回の仲裁裁判の判決のインパクトも見逃してはならない。短期的には、今回の判決は、南シナ海の緊張を高め、「南シナ海行動規範 (COC)」の合意成立を遅らせることになるであろう。中長期的には、幾つかの法的問題が明確化されるかもしれないが、このことは国際的な紛争解決プロセスを損なうリスクもある。UNCLOS第298条は、いずれの国に対しても、特に主権問題、海洋境界確定、軍事的活動に関する紛争については紛争解決メカニズムを受け入れないことが可能であることを認めている。この条項は、第三者の関与による紛争解決を望まない複数の国の要求を満たすための妥協案として、長い議論を経て定められたものである。明らかに主権問題や海洋境界確定問題が含まれる今回の南シナ海問題に関する仲裁手続きに対して、UNCLOS第287条を適用することは、UNCLOSの紛争解決メカニズムの真の精神を損なう先例となる。

記事参照:
Reconsidering the Role of Arbitration in South China Sea

2月18日「アジア諸国はハイテク戦争を遂行できるか―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, February 18, 2016)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) 准教授、Ahmed S Hashimは、2月18日付のRSIS Commentariesに、"Can Asians Fight?"と題する論説を寄稿し、アジア諸国は最新世代の兵器取得に多大の投資をしてきたが、果たして複雑な現代戦闘を戦えるであろうか、その答えはまだ出ていないとして、要旨以下のように述べている。

(1) 19世紀半ば以降、西欧の軍隊は先進的な軍事技術を整備し、アジアの国々はそれらに対抗できなかった。清朝中国による軍隊の近代化努力は、ほとんど解決不能な財政問題と官僚主義的怠慢の犠牲となった。清朝の事例は、明らかに社会の発展のレベルと軍事力の相関関係を示している。アジアでは日本だけが、西側を範とする軍事能力の整備に成功した。日本は、この能力を以て、清朝中国と帝政ロシアを打ち破った。アジア人は、より強い敵に直面した時、恐るべきゲリラ戦士となった。20世紀の前半においてほとんど抗し難い西欧の軍事力に直面して、アジア人は正面から対抗すれば確実に敗北することを理解した。そこで、他の方法を見つけなければならなかった。植民地からの独立を実現するための現代アジアの戦争方式の偉大な実践者は、中国の毛沢東と林彪、ベトナムのホー・チミン、グエン・ザップ及びチュオン・チン、そしてインドネシアのナスチオンで、彼らは新しい戦争方式、即ち、人民革命戦争を創造した。革命戦争は、以下の前提に立っている。

a.扇動的なイデオロギーを中核とした人民の総動員。アジア人は、組織力不足のために、19世紀にはこれを実施できなかった。

b.敵には強さと弱さがあり、そして弱者側にも強さと弱さがある。弱者は、強者の弱さに対して自らの強さをぶつけ、どんなことがあっても敵の強さを避けなければならない。

c.敵は短期間で戦争を終わらせたいと望んでいるので、先端的戦力を集中する戦争を遂行する。弱者は、戦争を長引かせ、敵を疲弊させなければならない。

d.ゲリラ戦は、敵を打ち破るための常備軍や通常戦力部隊を編成する努力と並行して実施される戦闘方式である。人民革命戦争の理論家と実践家の誰もが、ゲリラ戦だけで強者を打ち負かすことができるとは主張していない。

(2) 独立達成後、一部のアジア諸国は、相互に通常兵器による戦争を戦った。それらには、印パ戦争、中印戦争あるいは中越戦争などの大規模な戦闘もあった。1950年代には、これら諸国は、第2次大戦当時の余剰兵器の処分に熱心だった西側諸国やソ連の単純な通常兵器で武装していた。これらの戦闘では、アジア諸国は戦術的に小部隊の運用には習熟していたが、大部隊の複雑な運動を伴う戦域レベルでの兵力運用には慣れていなかった。1960年代と1970年代には、より先進的な兵器の取得によって、運用面での技能の更なる弱点が明らかになった。運用面での技能の不十分さに、戦力の統合運用の欠如が重なった。戦力の統合は、戦場で戦闘戦力を総合的に運用する能力であり、歩兵、機甲部隊及び砲兵部隊の個々の能力の単純合計よりも、戦場でより大きい効果を発揮するための統合化の手段である。統合運用の失敗には、多くの理由があった。各戦闘兵種は、合同訓練や演習を行っていなかった。指揮官は、統合戦力の運用について教育も訓練も受けていなかった。歩兵が戦力の主力で、他の兵種の整備が十分ではなかった。また、中印間の国境地帯の山岳地形では、諸兵種統合の効果が発揮できなかった。

(3) 近年、多くのアジア諸国は、ハイテク兵器で再軍備を進めてきた。これら諸国の最新兵器の取得は、専門家がアジアにおける軍備競争と称する程の規模である。多くのアジア諸国間の対立は深刻なものである。これらアジア諸国は、対立が紛争にエスカレートした場合、ハイテク戦争を遂行できるであろうか。この質問に対する答えは簡単ではない。何故なら、第1に、相互の能力を推測させるハイテク戦争は現在のところ生起していない。第2に、ハイテク戦争は、必要な人員を供給するために、そして最先端の武器の供給国への依存を回避するために、社会経済的発展が高いレベルにあることが必要である。第3に、アジア諸国のハイテク兵器の取得は、海軍と空軍の兵器が主体となっている。アジア諸国の多くが海軍と空軍の戦闘を習得しているかどうかは定かではない。米太平洋艦隊を除いて、アジアで最も恐るべき海軍力は日本の海軍力だけである。第4に、ハイテク通常戦争は、効果的に戦闘を遂行するためには、戦力の統合が必要である。アジアの主要国は統合の必要性を認識しているが、それが達成されているがどうかは定かではない。インドは統合の必要性について語るが、その軍隊は統合化されていない。中国人民解放軍は、驚異的な増強振りを示してきたが、重大な弱点に苦慮している。人民解放軍は、過去数年間、統合軍事演習を実施してきたが、この種の演習はしばしば事前に周到に準備されたもので、こうした演習が果たして本当に統合演習であるかどうかは疑問である。

(4) アジア諸国の多くは戦闘能力を持っていることは確かだが、より高性能な最先端の軍事技術は、効果的な戦闘遂行能力を示す最良の指標でもなければ、それを保証するものでもない。

記事参照:
Can Asians Fight?

2月19日「インド洋地域における新たな抗争の予兆―インド人専門家論説」(South Asia Analysis Group, February 19, 2016)

インドのシンクタンク、The Chennai Centre of China Studies所長、RS Vasan准将(退役)は、シンクタンク、South Asia Analysis Group のWebサイトに2月19日付で、"New Capability and Reach of PLA Navy- Strategic and Tactical Implications in South China Sea and the Indian Ocean Region"と題する長文の論説を寄稿し、ジブチにおける海軍基地建設計画に見られる中国のインド洋への常続的プレゼンスや、経済援助やODAを通じた日本のインド地域への参入は、インド洋地域における新たな抗争とパワープレイの予兆と見られるとして、インド人の視点から要旨以下のように述べている。

(1) 最近中国は、ウクライナに2009年に発注したZubr級エアクッション揚陸艇 (LCAC) 4隻を取得し、またギリシャからも同型のLCAC 4隻を即金で購入し、特に南シナ海の紛争海域での中国海軍の作戦遂行能力を強化した。ウクライナからの4隻の内、2隻は中国の黄浦造船所でライセンス生産され、2番艇は2015年12月21日に就役したと報じられた。中国の技術力やリバースエンジニアリングの実績を勘案すれば、中国がいずれ同型LCACを自前で建造したとしても驚くことではない。報道によれば、中国は既に同型LCACの設計図を提供されているという。Zubr級LCACは、通常型舟艇では輸送できないかもしれない一部島嶼に対して、兵員、戦車及びその他の装備を輸送できる能力があり、南シナ海における中国海軍の行動能力に新たな側面を付与するものである。公開情報によれば、Zubr級LCACは、主力戦車なら3両(最大150トン)、装甲兵員輸送車なら8両(最大115トン)、あるいは歩兵のみなら最大500人(貨物混載で360人)を積載できる。また、海況4(波高1.25~2.5メートル)までの海上を最大速度60ノットで航行できる。兵装はAK-630艦載機関砲システム2基、ロケット・ランチャー2基を備える重装備で、機雷敷設能力も有する。Zubr級LCACの配備によって、中国海軍は、通常型舟艇を使用できない地域への部隊の揚陸が可能になる。他方、インド海軍は、エアクッション艇を保有していないが、両用揚陸艦を持っている。インド洋の津波から学んだインド海軍は、米海軍のドック型揚陸輸送艦USS Trentonを購入し、INS Jalashwaとして運用している。しかし今こそ、インド海軍は、アンダマン・ニコバル諸島とラカディヴ諸島などの自国の島嶼防衛のために、高性能のエアクッション型揚陸艇の導入を真剣に検討すべきである。現時点では、インド沿岸警備隊が、沿岸哨戒やその他の沿岸警備任務のために小型のエアクッション艇を保有しているだけである。保有する6隻の内、1番艇は、筆者 (RS Vasan) が沿岸警備隊東部地区司令官を務めていた2002年に導入された。更に8隻がGriffin UKに発注されており、沿岸警備隊に配備されることになっている。

(2) 中国海軍は、2005年から2009年にかけて猖獗を極めたソマリア沖の海賊被害に迅速な対応振りを示した。中国海軍は、海賊被害からシーレーンを護ることに加えて、インド洋全域、特にアフリカ沖の海洋環境に習熟する機会として十分に活用した。中国海軍が2008年以来、常時2隻の戦闘艦を派遣しているという事実は、海賊対処作戦におけるリーダーシップへの決意の表れである。海賊対処作戦への参加を通じて、中国海軍は、派遣海域の海洋環境に習熟するとともに、船舶の航行パターン、他国海軍の行動、海底地形や海洋気象、更に電磁場の状況などに関するデータの蓄積といった面で、最大限の利益を引き出してきた。中国海軍将兵は、南シナ海に出入りするマラッカ海峡やその他のチョークポイントを通航する航海によって、インド洋に習熟してきた。また、中国海軍の潜水艦が、習近平国家主席のニューデリー訪問の前夜にスリランカのコロンボ港に寄港したことで、インド海軍関係者が大騒ぎしたことも記憶に新しい。中国は実際に潜水艦を海賊対処作戦に使っていることを仄めかしたが、これは理解し難く、納得できない。潜水艦は、海賊の高速ボートに対処するには潜航時の速度、通信能力あるいはその他の制約があり、海賊対処作戦に最も相応しくない戦闘艦である。中国海軍の原子力潜水艦がベンガル湾に新たに出現したというニュースは、この海域で原潜の運用テストを行うという中国海軍の意図を示している。

(3) ソマリア沖海賊対処作戦への継続的な参加によって、中国海軍は、その長期的所要を満たすために、例えばインド洋における米海軍のディエゴガルシア島基地施設のような、本格的な海軍基地の設置の必要性に迫られた。長年に亘って、中国が自国の海洋権益を護るためにインド洋地域での海軍基地設置を模索している、と憶測されてきた。中国は、スリランカ南部の深水港、ハンバントータ建設に投資した時には、純粋な商業目的と説明した。しかし、インドの海軍専門家の目から見れば、こうした港湾施設が中国艦船の寄港地として、また兵站支援や長期航海後の乗組員の休養施設として、容易に転用できるという事実は隠しようのないものであった。パキスタンのグワダル港は、ホルムズ海峡というチョークポイントに近接したもう1つの根拠地となってきた。中国海軍部隊は、中国向けのエネルギー資源の輸送船や中国から欧州向けの商業船舶を護衛するために、同港から監視任務に出動することができる。パキスタンと中国は相互に無二の友好国と見なしているが、こうした関係によって、中国は、如何なる制約もなく、必要なら何時でも、深水港であるグワダル港を利用することができよう。

(4) 中国は2016年に、ジブチとの間で海軍基地を建設するための契約に調印した。バブエルマンデブ海峡に面したジブチは、欧州、アフリカ、ホルムズ海峡そして極東を結ぶ重要な結節点である。ジブチは、同国の指導層と友好関係を築いてきた中国にとって戦略的に重要な場所である。中国は、自国の長期的な海洋権益を護るための海軍艦艇を展開する海軍施設の新設に間を置かず着手しよう。中国海軍は、ジブチを根拠地として利用することで、アフリカ東岸域に常時展開するようになるであろう。そうすることによって、中国は、アラビア海西部で定期的に活動しているアメリカ、インド及びその他の艦隊派遣国を含む、他国海軍部隊の活動を常時監視することができるであろう。ジブチへの参入は、紅海における足がかりの確保を願う中国にとって、新たな投資機会を得たことになるであろう。商業的には、ジブチは「海洋シルクロード (MSR)」構想と連結され、中国のアフリカとそれ以遠の商業権益を拡大することになろう。ジブチは、2015年から2020年までの間に126億ドルの投資を期待しており、これによりジブチのGDPは6%上昇すると見込まれている。最近数年間、海賊被害は全くないが、多くの国の海軍部隊は、部隊派遣を止めない口実を構えて、この海域でのプレゼンスを維持している。中国海軍にとってジブチは、海賊対処作戦への参加とシーレーンにおける船舶護衛という2つの目的から有用である。中国海軍はジブチから、アフリカ沿岸部やインド洋における出来事に監視の目を光らせることができる。米仏両国もジブチ港に海軍施設を設けている。アメリカの計画立案担当者は、情報収集のためのインフラ建設に多大の投資をしてきたことから、中国のプレセンスによってジブチからの対テロ作戦行動がある程度制約されるのではないかと困惑している。報道によれば、アメリカは、既存の情報収集施設を強化するために約14億ドルを投資しているという。ジブチにあるアフリカ大陸唯一の米軍基地、Camp Lemonnierには約4,500人の将兵が駐屯し、イエメンとソマリアで特殊部隊、戦闘機、無人機などを投入して作戦行動を行っている。

(5) モディ首相が就任後の最初の外遊先として日本を訪問したように、インドは日本との多様な関係強化を望んでいる。インドの狙いは、中国に対抗し得る太平洋国家である日本との協力関係を強化することにある。日印間の貿易の伸びは緩やかだが、両国とも、経済的、文化的そして軍事的関係強化に熱意を示している。2015年のマラバル演習と2016年のベンガル湾での合同の沿岸警備演習への海上自衛隊の参加は、日本がインド洋地域において経済的に、そして戦略的により大きな役割を果たそうとする意欲の表れである。日本はインドに軍事装備を輸出する意向を表明しており、日本から救難飛行艇US-2の導入が実現すれば、両国の軍事的な結び付きが一層強化されるであろう。中国は、日本がインド洋地域でライバルとして登場することを快く思わないであろう。ASEAN諸国やアジア諸国への中国と競合する日本のODAを通じた経済援助は、中国の「一帯一路 (OBOR)」構想やMSR構想といった壮大な計画を邪魔するものになろう。

(6) Zubr級LCACの配備によって、中国は新たな両用揚陸能力を保有することになった。南シナ海や東シナ海において、中国が益々高圧的なることは間違いないであろう。中国の新たな能力は、南シナ海で領有権争いをしている相手国にとって悩みの種となろう。ジブチにおける海軍基地の建設に関しても、今やインド洋だけでなくアフリカ東岸域における中国のプレゼンスは、現実のものとなっている。インドは、支配的な域内海軍大国だが、その海洋能力の比較考量に当たっては、インド洋全域とアラビア海西部における中国海軍のプレゼンスを考慮に入れることが必要になろう。中国の野心的なOBOR構想やMSR構想に関しては、前述したように、経済援助を通じた日本の参入は、中国にとって、計画された期間内に成果を上げる上で、ある程度の障害になるであろう。中国によるジブチでの海軍基地の建設や、経済援助やODAを通じたインド洋地域への日本の参入は、インド洋が「平和海域 (a Zone of Peace)」として維持されることを求める声高な願望にもかかわらず、今後数十年間、インド洋が「抗争海域 (a Zone of Competition)」と新たなパワープレイの場となり続ける予兆であろう。

記事参照:
New Capability and Reach of PLA Navy- Strategic and Tactical Implications in South China Sea and the Indian Ocean Region

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった、主な論調、シンクタンク報告書

1. Satellite Images: China Manufactures Land at New Sites in the Paracel Islands
The Diplomat, February 13, 2016
By Victor Robert Lee, Victor Robert Lee reports on the Asia-Pacific region

2. WASHED AWAY: TYPHOON MELOR SPOTLIGHTS VIETNAMESE ISLAND BUILDING (Satellite Images)
Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, February 17, 2016

3. Chinese Military Strategy
Center For International Maritime Security, February 18, 2016

4. New Capability and Reach of PLA Navy- Strategic and Tactical Implications in South China Sea and the Indian Ocean Region
South Asia Analysis Group, February 19, 2016
By Commodore RS Vasan IN Retd, the Director of Chennai Centre of China Studies and Head of Strategy and Security Studies at the Center for Asia Studies

5. A Glimpse Into China's Military Presence in the South China Sea
Stratfor.com, February 18, 2016

6. Xi Jinping on the Global Stage: Chinese Foreign Policy Under a Powerful but Exposed Leader
Council on Foreign Relations, February, 2016
Authors: Robert D. Blackwill, Henry A. Kissinger Senior Fellow for U.S. Foreign Policy, and Kurt M. Campbell, Chairman, the Asia Group


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・飯田俊明・倉持一・高翔・関根大助・山内敏秀・吉川祐子