海洋安全保障情報旬報 2016年3月1日~10日

Contents

3月1日「南シナ海の『軍事化』、注目すべきは南沙諸島―米専門家論評」(The Diplomat, March 1, 2016)

Web誌、The Diplomat編集主幹、Shannon Tiezziは、3月1日付のThe Diplomatに、"South China Sea Militarization: Not All Islands Are Created Equal"と題する論説を発表し、最近の西沙諸島のWoody Island(永興島)へのミサイル配備が南シナ海における「軍事化」の証左として注目されたが、むしろ注目すべきは南沙諸島の「軍事化」であるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 米政府当局者が非難する、中国による南シナ海の「軍事化」は、西沙諸島のWoody Island(永興島)にHQ-9地対空ミサイル部隊とJ-11ジェット戦闘機が配備されたことで、新たな段階を迎えた。確かに、これらは南シナ海の「軍事化」の十分な証拠といえるが、「軍事化」が現状の変更を意味するのであれば、Woody Island(永興島)への軍事装備の配備と、例えば南沙諸島のFiery Cross Reef(永暑礁)への建造物の構築や軍事装備の配備とは、大きな違いがある。

(2) Woody Island(永興島)は自然に形成された、面積が2平方キロ以上の西沙諸島最大の島で、1956年以降、中国軍によって占拠されている。これは、中国が南沙諸島に軍を派遣する30年以上も前のことである。中国は2012年に、西沙諸島と南沙諸島に加えて、中沙岩礁群 (Macclesfield Bank) とScarborough Shoal(黄岩島)を管轄する三沙市を設置し、Woody Island(永興島)に市庁舎を置いた。南沙諸島の多くの海洋地勢とは異なり、Woody Island(永興島)には、かなりの住民が住んでいる。新華社によれば、2012年に三沙市が設置された時点の居住者は613人で、大部分は漁師であった。現在では、駐留将兵を含め、1,000人以上の居住者がいると見られる。同島には、居住者のために、行政官庁に加えて、病院、学校、博物館、銀行、スーパーマーケットがある。同島の既存の空港は、軍事的役割に加えて、海南省の美蘭国際空港との間を往復する民間機が運航されている。最近、滑走路が拡張され、ボーイング737の運用が可能になった。

(3) Woody Island(永興島)には、長年に亘って軍事施設が存在する。最近、HQ-9地対空ミサイルとJ-11ジェット戦闘機が配備されたが、米太平洋艦隊のスウィフト司令官によれば、以前にも少なくとも2回、軍事演習に伴って同島にHQ-9地対空ミサイルが配備されたことがある。J-11ジェット戦闘機も、数カ月前の2015年11月に同島に展開したことがある。しかしながら、スウィフト司令官は、今回の配備について、「本当の疑問は、配備の狙いは何か、今回はどのくらいの期間、配備されるのか、あるいは恒久的な前方展開なのか、といった点にある」と指摘している。米戦略国際問題研究所 (CSIS) の専門家は、これらのミサイルや戦闘機の配備を、南シナ海における中国の接近阻止能力と関連づけて、恒久的な前方展開と見ている。更に、CSISの専門家は、「重要なことは、Woody Island(永興島)がこれまで、南沙諸島の、特にFiery Cross(永暑礁)、Mischief Reef(美済礁)、そしてSubi Reef(渚碧礁)における中国の開発モデルの役割を果たしてきたことだ」と指摘している。

(4) 西沙諸島と南沙諸島における「軍事化」の違いを見過ごすべきではない。CSISの上級顧問、Bonnie Glaserは、「西沙諸島の多くの地勢においては、中国は相当以前から軍事化を進めており、現在、より最新の軍備に更新されつつあるというのが実態である。他方、南沙諸島では、中国は現在、多くの軍民両用目的の施設を構築しており、これらは公共財として供されるもので、軍事施設はそれらを護るためだけのものと外部に信じさせようとしている」と指摘している。習近平主席は「中国は、軍事化を進めるつもりはない」と言明したが、これは特に南沙諸島の「軍事化」に言及したもので、従って、南シナ海に対する中国の真の意図が検証されるべきは、南沙諸島の「軍事化」である。南沙諸島と西沙諸島のもう1つの重要な違いは、中国は西沙諸島の領有権については如何なる議論も認めていないことである。南沙諸島とは異なり、西沙諸島の全ての地勢に対しては、(1974年に当時のベトナム共和国との短期戦で中国が勝利した結果として)中国が領有権を主張し、占拠している。ベトナムは依然、西沙諸島に対する領有権を主張しているが、中国はそれを認めないばかりか、(日本が尖閣諸島を巡る領有権紛争の存在を公式に否認しているように)領有権紛争の存在そのものを認めていない。従って、Woody Island(永興島)への最新の軍装備の配備について、中国外交部報道官は、「西沙諸島は、議論の余地のない中国の固有の領土の一部であり、従って、地域の平和と安定に影響を及ぼす行動の自制を求めた、2002年の南シナ海に関する行動宣言 (DOC) とは無関係である」と主張している。

(5) 中国は、南沙諸島についても、議論の余地のない領有権を主張している。従って、北京は、DOCの有無に関係なく、南沙諸島にも軍装備を配備するであろう。最近、中国国防部報道官は、南沙諸島にミサイルやその他の軍装備を配備するかどうかを問われて、「中国は、過去もそして現在も、自国領土に一時的あるいは恒久的に兵器を配備する、そしてどのような兵器を配備するかを決める、合法的な権利を有している」と強調している。CSISのThe Asia Maritime Transparency Initiative (AMTI) の担当責任者、Gregory Polingは、南沙諸島の人工島へのレーダー施設の配備を重視し、「Woody Island(永興島)へのHQ-9地対空ミサイルの配備は重要な出来事だが、南シナ海の軍事バランスを変えるものではない。一方、南沙諸島の人工島に配備された新しいレーダー施設は、南シナ海における軍事活動の様相を大きく変える可能性がある」と強調している。

記事参照:
South China Sea Militarization: Not All Islands Are Created Equal

3月1日「中国、南沙諸島の環礁を制圧下に―比紙報道」(Philippine Star.com, March 1 and 2, 2016)

比紙、Philippine Star(電子版)が3月1日と2日付で報じるところによれば、中国政府公船が南沙諸島におけるフィリピンの伝統的漁場となっている環礁を制圧下に置いているとして、要旨以下のように報じている。

(1) 南沙諸島でフィリピンが領有権を主張する海洋地勢、Jackson Atoll(比名、Quirino、中国名、五方礁)が中国の制圧下に置かれたようである。フィリピン漁民の話しによれば、5隻前後のグレー塗装とホワイト塗装の中国の艦船が環礁周辺を取り巻いており、フィリピン漁民の伝統的漁場へのアクセスを阻止されているという。

(2) Jackson Atollは、パラワン島西方140カイリ、フィリピンが占拠するLawak Island(比名、Nashan Island、中国名、馬歓島、この島は真水が出る)南方数キロにあり、中国が占拠するMischief Reef(中国名、美済礁、比名、Panaganiban Reef)の北方に位置し、パラワン島などからのフィリピン漁民の伝統的な漁場になっている。この環礁は、5つの環礁群からなり(これが中国名の由来)、ラグーンの水深は25~46メートルで、4つの開口部がある。

記事参照:
China takes Philippine atoll
What we know about Jackson Atoll in disputed sea

【関連記事】「南シナ海の環礁実効支配、仲裁裁判所判決前の中国の強引な戦術」(World Press.com, March 5, 2016)

フリーランスのジャーナリスト、Gordon G. Changは、World Press(電子版)に3月5日付で、"U.S. Sends Aircraft Carrier and Warships to 'China's Crimea' -- Philippine Mayor Labeled the Chinese Military a 'Menacing Presence' -- 'The Chinese are trying to choke us'"と題する論説を寄稿し、南シナ海における仲裁裁判所判決前の中国の強引な戦術について、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海における最近の中国の挑発的な行動は、Jackson Atoll(比名、Quirino、中国名、五方礁)と呼ばれる海洋地勢に対するものであった。中国の巡視船と海軍戦闘艦は、フィリピンの漁民がJackson Atoll周辺の彼らの昔からの漁場に入らないようにするため、周辺海域に数週間、集結していた。北京が南沙諸島にあるこの環礁を支配しようとしていることはほとんど疑いがない。中国の公式地図は、南シナ海の約85%を挑発的な「9段線」で取り囲み、「9段線」内にある全ての島、環礁、砂州、岩は中国のものと主張している。従って、北京は、フィリピンの領有権主張を問題にせず、Jackson Atollは中国のものであると主張する。中国はそこを五方礁と呼んでいる。

(2) 中国外交部の3月2日の会見によれば、放棄された船が航行の障害になり、また海洋環境汚染の恐れもあったことから、この放棄船を撤去するため、交通運輸部が派遣した中国船が五方礁周辺に進入禁止境界を設定した。外交部報道官は、「中国船は、撤去作業期間中、航行の安全と作業の安全のため、漁船に対し周辺海域から離れているように警告していた」と述べた。一方、1978年以来、フィリピンが占拠する南沙諸島で2番目に大きな島、Pag-asa Island(英語名、Thitu Island、中国名、中業島)の市長、Eugenio Bito-onon Jr.は中国船が環礁周辺に1カ月以上に亘って居座っていたと苦情を述べ、また、フィリピン漁民は「我々はその周辺海域に全く入ることができない」と比紙、Philippine Starに語っている。グレー塗装(海軍艦艇)とホワイト塗装(海警局巡視船)の中国の艦船が進入禁止の排他的海域を設定しているという。Philippine Starは中国艦船の展開を単なる一時的なプレゼンスとは見ていないようだが、Bito-onon市長は、「これは非常に警戒すべき事態だ。Quirino(比名)環礁は、我々がパラワン島からPag-asa Islandに行く途上にある。環礁はその中間にあり、通常、休憩のためそこに立ち寄っている」と語った。更に市長は、「中国人は、この環礁に仮想のチェックポイントを設けて、我々を閉め出そうとしている。これは明らかに我々の移動の権利を侵害するものであり、航行の自由を阻害するものだ」と非難した。

(3) 中国は、これまでフィリピンに対して強引な戦術を用いてきた。例えば、1995年には、中国は、Jackson Atoll南方のMischief Reef(中国名、美済礁、比名、Panaganiban Reef)を占拠し、前哨拠点として強化してきた(現在、人工島に造成されている)。2012年4月には、Scarborough Shoal(中国名、黄岩島、比名、Panatag Shoal)周辺海域での中国漁民の密漁を巡って両国の政府公船が対峙したが、ワシントンは6月に双方の船舶引き上合意を斡旋した。しかし、フィリピン側が合意に応じて引き上げたが、中国船は居残り、以来、実効支配している。これに対して、オバマ政権は実質的に何もしなかった。次に北京が狙いを定めたのはSecond Thomas Shoal(中国名、仁愛礁、比名、Ayungin Shoal)で、マニラは1999年に第2次大戦当時の病院船、Sierra Madreを座礁させ、領有権主張のために小規模の海兵隊守備隊を駐留させいる。これに対して、中国は継続的にフィリピンによる同船守備隊への補給活動を妨害してきた。

(4) 中国によるこうした挑発的行動に対して、マニラは、常設仲裁裁判所に中国を提訴した。北京は、この提訴を無視してきた。仲裁裁判所の判決は2016年中に出されると見られるが、多くの専門家はフィリピンの勝利を予想している。中国の主張の大半は拡張主義的であり、国際慣習法や国連海洋法条約などの現行法の原則の下では正当化することはできない。フィリピン下院のNeri Colmenares議員は、「中国の今の戦略は、常設仲裁裁判所の判決が出る前に、西フィリピン海(南シナ海のフィリピン呼称)において可能な限り多くの海洋地勢の奪取を狙いとしていると見られる。従って、他の領有権主張国は、自国が主張する管轄海域から、台頭する大国を追い払うのは困難になるであろう」と語り、判決が出るまでは、中国の敵対的行動が増え続け、まず既成事実を積み上げることによって、中国は予想される(中国に)不利な判決を無効にしたいと考えている、と指摘している。Jackson Atollに対する実効支配の試みの後も、中国は、その圧倒的な力を行使する強引な戦術を行使し続けることは明らかである。中国指導部は明らかに、南シナ海の環礁、砂州あるいは岩を、時には力の行使や威嚇などによって、奪取できるところは全て奪取する積もりである。

記事参照:
U.S. Sends Aircraft Carrier and Warships to "China's Crimea" -- Philippine Mayor Labeled the Chinese Military a "Menacing Presence" -- "The Chinese are trying to choke us"

3月1日「豪防衛白書が発信するメッセージ―ベイトマン論評」(RSIS Commentaries, March 1, 2016)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) 顧問、Sam Batemanは、3月1日付のRSIS Commentariesに、"Australia's New Defence White Paper: Is It Achievable?"と題する論説を発表し、2月25日に公表されたオーストラリア防衛白書について、要旨以下のように述べている。

(1) オーストラリアの新防衛白書は、オーストラリア防衛の包括的な長期計画を提示している。この長期計画における最大の勝者ともいうべきは海軍で、12隻の外洋型潜水艦、9隻の新型フリゲートと12隻の外洋哨戒艦を取得する。また、航空戦力では、現行の72機のF-35A統合攻撃戦闘機取得計画に加えて、15機のP-8A海上哨戒機、12機のEA-18G電子攻撃機及び7機Triton無人偵察機が増強される。陸軍は、新型装甲戦闘車輌、河川戦闘能力及び新型武装偵察ヘリを取得する。国防軍の定員は5,000人増員される。白書は、こうした能力取得のために、新たに299億豪ドルを増額した新10年予算計画を提示しており、この計画の下、2020~2021年度には国防予算が424億豪ドルに増大し、GDPの2%に達する。

(2) 白書は、米中関係がインド太平洋地域で最も戦略的に重要な関係であるとの認識を示し、2035年までの長期展望の中で、現在の地政学的環境にはほとんど変化がないであろうと見ている。即ち、2035年までアメリカは依然、卓越した世界的軍事大国であり続けるとしているが、一方で、この間における中国の国防支出がアメリカのそれを凌駕し、日本のそれを大きく上回るとの見通しも示している。もし見通し通りなら、アメリカは、特に世界の他の地域でもコミットメントを維持しているが故に、この地域で支配的な軍事大国であり続けることは難しいであろう。白書は、米中間の抗争と協調について若干の言及があるが、最大の問題、即ち、もしアメリカがアジアにおける現在の再均衡化政策を維持できなくなれば、米中関係がどうなるかということについては言及がない。白書は、オーストラリアの安全保障と国防計画の要として、アメリカとの同盟関係を深化させていくとし、この地域の安全保障に不可欠のアメリカの役割を支援していくとしている。また、オーストラリアの防衛装備取得費の約60%が米国製装備の調達に充てられることから、アメリカとのインターオペラビリティの重要性を強調している。

(3) 東シナ海と南シナ海に関する白書の記述は、中国の反発を買った。白書は、オーストラリアは南シナ海の人工島の軍事利用に反対するとともに、国際法に基づかない領有権主張と海洋権限の主張に反対する、と述べた。しかしながら、白書は、中国に対してそれほど強い脅威認識を示しているわけではない。むしろ、白書によれば、オーストラリアは、人的交流、軍事演習、そして人道支援や災害救助、更には海賊対処活動のような、相互の関心のある分野における実務的協力を強化することで、中国との防衛関係の発展を継続していくとしている。

(4) 白書に見る最も大きな疑問は、特にオーストラリアの鉱物輸出価格の崩壊に起因するオーストラリア国家予算における歳入と支出危機に鑑みて、白書で提示された国防計画が達成できるかどうかである。経済成長鈍化の中で、対GDP比2%までの国防支出の増大が可能というのは驚きだが、これは人件費と装備調達経費の実質増が経済成長より早いということを理解していない。例えば、現在の防空駆逐艦プロジェクトは、少なくとも5億豪ドルの予算超過になっている。また、これまでの防衛白書で提示された如何なる国防計画も計画通りに達成されたことがないということも、留意すべきである。白書に提示された国防計画の実現可能性に対するこうした疑問は、白書は達成すべき計画を提示するというよりも、政治的メッセージを発信することに狙いがあるのかという思いを強くする。当然ながら、こうしたメッセージは国内向けと国外向けであろう。国内向けとしては、特に海軍の建艦計画による雇用促進であろう。そして国外向けには、東シナ海と南シナ海における中国の高圧的な行動に対するオーストラリアの懸念を中国に明示するとともに、オーストラリアが同盟関係における負担を高めていることをアメリカに誇示することである。また、域内の友好国や同盟国に対する、より安全な地域の構築に向けた、オーストラリアのコミットメントの明確な誇示でもあろう。

記事参照:
Australia's New Defence White Paper: Is It Achievable?
Full report: Australia Defence White Paper 2016

【関連記事】「豪防衛白書、ASEANと南シナ海―インドネシア人専門家論評」(RSIS Commentaries, March 8, 2016)

豪国防大学のインドネシア派遣研究員、Ristian Atriandi Supriyantoは、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) のRSIS Commentariesに3月1日付で、"Australia's 2016 Defence White Paper: ASEAN and the South China Sea"と題する論説を発表し、オーストラリアの2016年防衛白書について、中国を視野に入れた東南アジアの安全保障の視点から、要旨以下のように述べている。

(1) オーストラリアの2016年防衛白書 (DWP) は、オーストラリアの戦略的な関心が海洋東南アジアに向いていることを再確認している。2009年版と2013年版のDWPよりも、2016年版DWPの方が、南シナ海に対するオーストラリアの懸念をより明確に表明している。2016年DWPは、以下の3つの主要分野で、前2回のDWPに示された認識を継続している。

a.第1に、オーストラリアの「戦略的な防衛上の関心領域」は、①オーストラリア北部領域と周辺の海上交通路の安全、②東南アジアと南太平洋に拡がる周辺地域の安全、③安定したインド太平洋地域と法に基づく世界秩序、の3つである。この順序は、前2回のDWPと同じである。

b.第2に、前2回のDWPと同様に、2016年DWPは、海洋戦略の重点を、オーストラリア北部領域に沿った海空域に置いている。この戦略の中核は海洋能力の強化で、特に「監視と海洋からの進入路の防衛に戦略的利点」を有する潜水艦が重視されている。

c.第3に、前2回のDWPと同様に、2016年DWPも、「オーストラリアに対するあらゆる通常軍事力による脅威の通路」になると見られる、「海洋東南アジア」が常にオーストラリアの安全保障にとって特に重要である、と強調している。

(2) 一方、2016年DWPの記述が前2回のDWPと異なるのは、オーストラリアの「戦略的な防衛上の関心領域」は同じでも、その強調の度合いに差があることである。

a.2016年DWPで強調されているのは前記の3つの内の2番目で、DWPは、「南東アジアとの、そしてこの地域を通じた海洋貿易へのオーストラリアの依存は、東南アジアへの我々の海洋進出路と貿易ルートの安全が、国際水域での海洋貿易の自由な流通を保障する航行の自由とともに、護られなければならないことを意味する」と述べている。

b.2つ目の相違点は、2013年DWPは南シナ海紛争をオーストラリアの戦略的関心事としたが、2016年DWPでは率直な記述が特徴である。「オーストラリアは、南シナ海における領有権紛争でいずれにも与しないが、我々は、領有権主張国による埋め立て活動、特に中国の先例のない速さと規模の活動が域内の緊張を増大させていることを懸念している。」

c.こうした率直な記述が2016年DWPの3つ目の相違点、即ち、南シナ海における中国の過剰な海洋権限主張に対する「航行の自由作戦」の実行を含むオーストラリアの強固な対応と、中国の大規模な軍事力近代化努力に対する予防的措置とに繋がっている。このことは、12隻の潜水艦の取得、3隻の防空駆逐艦の増強そして9隻の新型対潜フリゲートの取得を含む、ターンブル政権のオーストラリア海軍能力の「歴史的な近代化」を、完全ではないにしても、部分的に理由付けている。

(3) 2016年DWPが北京の強い批判を招いたことは、必ずしも悪いニュースではない。より強いオーストラリアは、南シナ海紛争において中国と対峙する東南アジアに、より大きな梃子を与えることができる。東南アジアに対するオーストラリアの戦略的な関心は、防衛協力のためのより多くの機会を生む。「中級国家」としてのオーストラリアは、東南アジアにとって、アメリカのような超大国との関係よりも、あまり神経質になる必要のない防衛パートナーになり得るといえる。しかしながら、一方で、東南アジアは、オーストラリアの強固な対応が招来しかねない危険に気付いていなければならない。一部のASEAN加盟国の戦略的関心がオーストラリアのそれと一致しているとしても、ASEAN全体としては、その団結を徐々に蝕むことになりかねない米中間の戦略的抗争に、より深く引き摺り込まれることには引き続き注意する必要がある。運用レベルにおいても、オーストラリアの強固な対応は、東南アジアの海洋安全保障に影響を及ぼしかねない。東南アジアは、オーストラリアと中国の間に挟まれて、南シナ海における中国とオーストラリアの海洋戦力間の致命的な誤算や偶発事案の影響を受ける、最初の地域となる可能性が高い。ASEANは、オーストラリアの強固な対応に関して、航行の自由作戦に対する中国の予想される対応のシナリオを含め、それが紛争解決の手段であり続けるには、ASEANとして許容できる最大範囲が何処までかについて、オーストラリアと話し合うべきである。

記事参照:
Australia's 2016 Defence White Paper: ASEAN and the South China Sea

3月3日「米海軍潜水艦、北極海での演習開始」(Naval Technology.com, March 3, 2016)

米海軍潜水艦隊 (COMSUBFOR) は3月3日、北極海での米海軍氷上キャンプ、Ice Camp SARGOの建設に続いて、5週間に及ぶ北極海での演習、The Ice Exercise (ICEX) 2016を開始した。この演習にはカナダ、ノルウェー及び英国を含め4カ国から200人以上の要員が参加し、北極海域における作戦運用の可能範囲を評価し、テストする。この演習は、米海軍北極海潜水艦実験所 (ASL) が立案し、実施する。Ice Camp SARGOは、演習を支援するプラットフォームで、シェルター、指揮センター及び関連インフラから構成され、70人以上の要員が居住できる。

記事参照:
US Navy begins Ice Exercise (ICEX) 2016 in Artic Ocean

3月3日「南シナ海問題、米中とも妥協の意志なし―米専門家論評」(The Foreign Policy Research Institute, Blog, March 3, 2016)

米シンクタンク、Foreign Policy Research Institute (FPRI) 上級研究員、Felix K. Changは、3月3日付の同シンクタンクのBlogに、"South China Sea Escalation: Relations between China and the United States"と題する論説を寄稿し、米中両国とも南シナ海問題で妥協するつもりはないとして、要旨以下のように述べている。

(1) 最近数カ月間で、中国は、南沙諸島で占拠する海洋地勢の幾つかで軍用級の飛行場の建設を終え、それらにレーダー設備を設置し始めた。また、西沙諸島の永興島には、HQ-9地対空ミサイルシステムと戦闘機を配備した。一方、アメリカは、中国が造成した人工島の周辺海域で航行の自由を主張するために、ミサイル駆逐艦を2回に亘って航行させるとともに、2機編隊のB-52 爆撃機を飛行させた。また、P-8A対潜哨戒機による哨戒監視活動を始めた。これら以上に中国にとって気がかりなのは、アメリカが、中国と領有権を巡って争っているフィリピンとだけでなく、アジアでの中国の競争相手の1つ、インドとの間でも、南シナ海における合同哨戒活動の実施について議論し始めたことである。更に、米太平洋軍は3月2日、アジアにおける中国のもう1つの競争相手、日本との間で、2016年後半に南シナ海北部で合同海軍演習を実施すると発表した。

(2) 南シナ海を巡る米中間の言行のエスカレートは数年前に始まった。多くの中国人は、2010年を転換点と見ている。2010年7月のASEAN地域フォーラムにおける当時のクリントン国務長官の発言から、中国は、アメリカが南シナ海紛争ではいずれの側にも与せず、また介入もしないとする、長年に亘る立場を放棄した、と結論づけた。確かに、アメリカは、2014年後半頃までに、中国の行動に対応していくことを決定した。一方、中国は、2002年のASEANとの行動宣言 (DOC) の精神に違反し、一層高圧的になってきた。米中双方がリスクを冒して断固たる態度で臨むにはそれ相応の理由がある。

a.第1に、そして最も重要なのは、北京が南シナ海における海洋地勢(そして恐らくその周辺海域)を自国のものと考えていることである。また、北京は、東南アジアのいずれの国も、アメリカの支援なしでは、これら海洋地勢と周辺海域に対する中国の支配を阻止できないことを承知している。更に、中国の専門家がアメリカの支援の本気度を疑う理由がある。過去5年余り、アメリカは、中東から東欧まで、国際的危機に直面した時は何時も気後れした態度を示してきた。北京は、中国が一歩踏み出せば、アメリカは引き下がると考えるかもしれない。

b.一方で、ワシントンは、国際的規範のためだけではなく、アジアにおける安全保障コミットメントの信頼性を高めるためにも、南シナ海における航行の自由を確保しなければならない、と考えている。アメリカのコミットメントは、中国が時折挑戦する、現行の国際秩序を維持する支えとなっている。しかし、多くのアメリカの専門家は、中国が大きな恩恵を受けている現行の国際秩序に本気で挑戦するかどうかを疑問視している。実際、権力維持を至高の利益とする現在の中国の指導部は、南シナ海よりも中国の国内不安により大きな関心を持っている。中国は対決を辞さないように見えるが、ワシントンは、アメリカが対応姿勢を推し進めれば、中国は引き下がると考えているかもしれない。

(3) もし米中間に他の分野、例えば国連による対北朝鮮制裁などの協力関係がなければ、こうした米中の姿勢は、一層憂慮すべきことになろう。長期に亘る言行のエスカレーションが続けば、突発的事態が生起した場合、双方にとってリスクは大きくなる。その場合、米中両国にとって、実質的な代価なしでは、引き下がることが難しいであろう。しかしながら、これまでのところ、どちらも妥協するつもりはないように思われる。

記事参照:
South China Sea Escalation: Relations between China and the United States

3月3日「古代コリント人と似通った現代アメリカのタカ派の対中強硬論―米専門家論評」(China US Focus, March 3, 2016)

米シンクタンク、The Center for the National Interest研究員、Jared McKinneyは、3月3日付のWeb誌、China US Focusに、"Hawks as Corinthians: Thucydides and the "Stand Up to China" Argument"と題する長文の興味深い論説を寄稿し、アメリカのタカ派の南シナ海を巡る対中強硬論は古代コリント人のスパルタに対する議論と似通っているとして、そこから何を学ぶかということについて、要旨以下のように述べている。

(1) アメリカがリーダーシップを発揮し、中国にアメリカの強さを見せ付けるべしとする、現代アメリカのタカ派の議論は、紀元前432年にスパルタの同盟国、特にコリント人がアテネ人の不正と侵略を非難し、アテネに対する戦争の決断をスパルタに求めた、古代ギリシャの政治集会を彷彿させる。こうした比喩は、この間の歴史を著述したトゥキュディデスを喜ばせることになろう。歴史アナロジーの援用には慎重でなければならず、また、古代ギリシャの小規模な紛争を分析することだけで現代の外交政策を判断することは明らかに不合理であろう。しかしながら、実際に紀元前432年のスパルタの政治集会を吟味してみれば、アメリカのタカ派が好戦的なコリント人に相当似通っていることが分かる。この古代の紛争から、我々は、「トゥキュディデスの罠」という歴史に無関係な寓話を超えた、何らかの教訓を引き出せるかもしれない。

(2) コリント人は、スパルタが何故アテネに立ち向かわなければならないかについて、以下の4つの議論を提起した。現在の米中関係を分析する人にとって、不気味な類似性を見出すかもしれない。

a.第1に、コリント人のレトリックは、スパルタを、アテネが一線を越えないようにしておく責任を負う、保安官として位置づける。「全ての責任を負うのはあなた方」であり、アテネのパワーの拡大を許したのは「何よりもあなた方であった」とコリント人は激しく非難した。その上で、「我々は、アテネの傲慢な侵略に対して、更には、我々の助言を無視したスパルタに対して、抗議しなければならない」と主張した。スパルタの不作為は、アテネに対する強固な対応を妨げ、スパルタの同盟国を失望させた。これは、今日、オバマ大統領を批判する人々の最も基本的な議論である。

b.第2に、アテネの「サラミ・スライシング」はこの地域を脅かした。「アテネ人に関して、我々は、彼らのやり口と、彼らが如何にして近隣諸国を徐々に侵食していったかを承知している。彼らは、こうした状況に対するあなた方の鈍感さによって、人目を引くことなく自らのやり口を押し進めることができると確信しているが故に、漸進的に事を押し進めている。あなた方は、何が起きているかを認識せず、それを阻止するために何もしないであろうと彼らが確信すれば、彼らは全力で侵出してくるであろうことを気付かされることになろう」とコリント人は主張した。要するに、敵対的行為はある時点で阻止されなければならず、しかもそれは早ければ早い程良い。この議論は、南シナ海での中国の活動に関して今日頻繁に行われているものである。

c.第3に、侵略を阻止する方法は、抑止と積極的なシグナルの伝達によるということである。コリント人は言う。「平和を確保するための最も可能性のある方法は、正義のために自らの力を行使することだけでなく、侵略を容認しない決意を相手に完全に確信させるようにすることである。」平和は、力をよるだけでなく、侵略を絶対に容認しない外交政策によっても、実現する。今日、これは正に、抑止力に信頼を置く人々に支持されている議論である。

d.最後に、地域の地殻変動は、国家の歴史的なリーダーシップを脅かす。コリント人は最後に、「ペロポネソス半島のリーダーシップは、あなた方の父祖から受け継いできたものだ。この偉大なリーダーシップを維持せよ」との緊急の請願を行ってこの議論を終わらせた。言い換えれば、真のリーダーシップとは、近隣諸国の争いの間に割って入り、これら諸国から偉大と見なされる、覇権的存在であることが求められるのである。

(3) この時空を超えた議論から何が引き出せるか。

a.まず、抑止と戦争との間は紙一重ということである。侵略に対する不寛容は、「平和を確保する最も可能性のある方法」であるが、スパルタの政治集会が理解していたように、それは「戦争を引き起こす最も可能性のある方法」でもある。抑止とは、いずれの側にも引き下がる意思がない場合は機能しない。アテネはスパルタに対する如何なる譲歩をも拒否したが故に、1年後の紀元前431年に戦争が勃発した。

b.アメリカのタカ派は、アメリカの抑止力とそれが発信するシグナルに対応して中国が引き下がると想定し勝ちであるが故に、今日、抑止と戦争の連関が重要である。一般的に、この想定を正当化する人々は、アメリカの力(とそれとの抗争)の迫真性と、経済的孤立の脅威との故に、中国は屈するはずだと主張する。この想定の難点は、トゥキュディデスがまったく言及しなかった、名誉や正義のバランスという問題を考えていないことである。アメリカ人が「侵略」と見なすことは、中国人が正義と見なしていることである。即ち、中国は、数世紀に亘ってその沿海域を支配する第三国によって侮辱されてきた、そして現在、これら数世紀に及ぶ侵略に対抗して、先祖の海を取り戻しているというのが、中国人の主張である。

c.この想定の2つ目の難点は、中国が、アメリカとその同盟国の強さと抗争して打ち負かされるか、あるいは引き下がってアメリカ主導の秩序に従うか、という2つの選択肢しか持っていないと想定していることである。しかし、実際には、ロシアとの同盟関係の深化は、「一帯一路」構想による「西進」戦略と相まって、戦略的そして経済的景観を大きく変える可能性がある。中国は、少なくとも長期的には、2つ以上の選択肢を持っているといえる。

d.この想定の最後の難点は、アメリカとその同盟国の軍事的、イデオロギー的な覇権によって支配された地域に生きることは中国人にとって戦略的に我慢できることである、との想定に立っていることである。この地域の安定したリーダーの役割を指向する、中国の独特の歴史的性癖を抜きにしても、こうした想定は、歴史と地政学的現実を無視するものである。

(4) 「侵略」という問題もまた、注目に値する。紀元前432年、アテネは愚かに振る舞っていたが、厳密にいえば、スパルタとの以前の平和条件に違反してはいなかった。スパルタ人が「条約は破られた、戦争を宣言すべきだ」ということに決した時、これの事実を無視した。今日、中国の南シナ海における埋め立て活動は、二面的行為である。即ち、埋め立て活動自体は国際法に照らして明らかに合法だが、(主権を巡る紛争があるが故に、また他の領有権主張国も小規模ながら埋め立て活動をしてはいるが)中国の行為は侵略とされるのが一般的となってきた。こうした活動や、その他の行為、例えば、石油掘削リグや漁船を係争海域に派遣すること、あるいは放水砲によって領有権主張を護ることなど、これらを侵略と呼ぶのは侵略の定義を拡大している。他国が明らかに合法的に保有している領土に対して、中国が脅かしたり、侵略したりして、新たに領有権を主張すれば、それは非難に値する侵略であり、非合法な行動ということになろう。中国はそうした行為をしてこなかった。紀元前432年に侵略を拡大して定義するのは間違いであったが、現在でも間違いであることには変わりない。

(5) 今日、タカ派は、アメリカが好んで内に引き籠もり、温和しく、かつ意志が弱いと見なしている。彼らは、中国が国際規範を平気で無視するとともに、アメリカのリーダーシップを脅かしている、と見ている。その上で、彼らは、アメリカの偉大さを今一度誇示する方法は、アメリカの力を再強化し、アメリカのビジョンに反対する国と対決することである、と考えている。これは、紀元前5世紀にコリント人が考えていたスパルタである。この時、コリント人はこの議論に勝利した。スパルタは、アテネに対して3項目の過酷な通告を言い渡したが、アテネは譲歩を拒否した。紀元前5世紀のアテネの黄金期を終わらせた27年間に及ぶ戦争は、ギリシャ世界の人口を大幅に減少させ、最終的に何も解決しなかった。我々の現代のコリント人がこの議論に勝利するかどうかは、時の経過だけが語ってくれるであろう。

記事参照:
Hawks as Corinthians: Thucydides and the "Stand Up to China" Argument

3月4日「米中戦争論を考える―米専門家論評」(The National Interest, Blog, March 4, 2016)

米誌、The National Interestの元編集主幹、The Center for the National Interestの客員研究員、Harry J. Kazianisは、The National Interestの2月25 日付Blogに、"Hell Cometh to Earth: Is a U.S.-China War Really Possible?"と題する論説を発表し、米中戦争論について、ある学者の論考を取り上げ、要旨以下のように論じている。

(1) 米中間に戦争の可能性があるのか。この10年程、筆者 (Kazianis) は、この問題に様々な見解を持つ研究者らと一緒に研究を進めてきた。筆者はこの問題に関する幾つかの論考を推薦できるが、その中でも一番は、米ケンタッキー大学のRobert Farley准教授が2014年6月9日付でThe National Interest(電子版)に寄稿した、"Asia's Greatest Fear: A U.S.-China War"*と題する長文の論考である。Farleyの論考は、「どのような一連の出来事が東アジアで戦争を引き起こすのか、そして戦争はどのようなものになるのか」という疑問に答えを出そうとするものである。Farleyは、「本稿で、私は、作戦や戦術の細部に立ち入ることよりも、紛争が生起する前、紛争の最中、そして紛争後における米中双方の戦略目標を重視した」「米中間の戦争は、幾つかの東アジアの地政学的側面を変質させるであろうが、多くの重要な要素は不変であろう。不幸にも、米中間の紛争は、『最初の米中戦争 ("The First Sino-American War")』として記憶されるだけかもしれない」と述べている。以下は、Farleyの論考の幾つかの論点である。

(2) 戦争はどのようにして始まるのか

a.Farleyは、双方の動向とそれに伴う双方の意思決定に関して幾つかの理論的仮説を設定している。「もし第1次大戦の歴史から何らかの示唆を得られるとすれば、中国軍は、先制攻撃を行うか、あるいは恐らく第1撃を凌ぐために、アメリカが総動員をかける暇を与えないであろう。同時に、双方にとって、『青天の霹靂』の如き攻撃もないであろう。その代わり、危機状態が幾つかの予期せぬ出来事を通じて徐々にエスカレートしていき、最終的に、ワシントンが、実際に戦争準備をしていると北京に思い込ませるような、米軍による一連の措置をとることになろう。これらの措置には、空母打撃群の急派、欧州や中東からアジアへの戦力展開のシフト、そして太平洋への戦闘機部隊の移動などが含まれる。この時点で、中国は、対決するか、あるいは引き下がるか、いずれかの判断を迫られるであろう。」

b.中国が「対決する」と仮定した場合、経済がこの紛争における重要な要素となる。「経済面では、北京もワシントンも、双方に制裁を課し(アメリカの制裁は多国間協力による制裁になる可能性がある)、そして双方やその同盟国の資産を凍結することになろう。このことは、環太平洋諸国や他の地域の国々の資本家や消費者にとって経済的痛みとなろう。加えて、米中間に高烈度な戦闘が生起するかもしれないという脅威は、世界の海運を混乱させ、工業生産に深刻な打撃を与えることになろう。」

(3) 米中双方の目標

a.Farleyは、アメリカの予想される狙いと目標を明確に示している。「アメリカは以下の戦争目標、即ち、①中国海軍の積極的な遠征作戦(抄訳者注:Farleyの論説では、海軍による部隊の揚陸や、揚陸部隊に対する増強や補給)の打破、②海軍と空軍の攻撃能力の破壊、③中国共産党政権の不安定化、を追求するであろう。」

b.そして「中国軍は以下の目標、即ち、①海軍の積極的な遠征作戦の実現、②可能な限り多くの米空軍や米海軍の前方展開戦力の破壊、③アメリカによる以後の介入を躊躇させるに十分な程の損害の強要、④東アジアにおけるアメリカ主導の同盟体制の攪乱、を追求するであろう。」

(4) どちらが勝つか。

a.Farleyは、論説では勝者を明示していないが、読者に対して「戦争は、艦上での降伏宣言への署名では終わらない。その代わりに、それは一方が打ち負かされ、憎しみを内に秘めて終わるが、それは次の戦争を準備することになろう」と説明している。

b.Farleyは、米中にとってそれぞれの勝利の要件について、次のように述べている。「アメリカが勝利する最良のシナリオは、第1次大戦終了時のドイツ帝国の崩壊、あるいはフォークランド紛争後のアルゼンチンのガルチェリ軍事政権の崩壊に類似した事態が起こることであろう。中国海軍や空軍の主力部隊の壊滅を含む、戦争における屈辱的な敗北や、深刻な経済的損害は、中国共産党政権の統治能力を大きく弱体化させる可能性がある。しかしながら、これはかなり不確かな見通しであり、アメリカは、中国に新たな革命をもたらすような勝利を期待すべきではない。」

c.「中国が勝利するのは、どのような事態か。中国は、アメリカに対してその戦争目的の譲歩を強いるか、あるいはアメリカの行動を動機付け、正当化しているアメリカの同盟体制を崩壊させることによって、勝利宣言ができる。もし韓国、日本、台湾そしてフィリピンがこれ以上の戦闘継続を望まないようになれば、アメリカは戦争を継続することができない。これらいずれかの事態が実現するためには、アメリカの軍事力に対して、そして潜在的にはアメリカ経済に対して、深刻な打撃を与えることが必要であろう」。

(5) 以下は、Farley論考の興味深い記述である。「アメリカの敗北による国内政治へのインパクトは、予測し難い。アメリカは過去にも戦争に「負けた ("lost")」ことはあるが、そうした敗北は、概ねアメリカのグローバルな国益にとって特に死活的に重要でない地域における、交渉による紛争の解決によるものであった。アメリカの真の競争相手、特に軍事力も経済力も増大し続ける真の競争相手による大きな軍事的敗北を、アメリカ市民がどのように受け止めるかは定かではない。(中国との)戦争を主導した大統領と政権与党は、少なくとも敗北ショックの直後の世論調査では、支持率の劇的な低下に直面することになろう。」

(6) 真の危険:「戦争の窓 ("The Window for War")」

米中間の将来的な紛争を懸念させる最大の要因は、東シナ海、台湾、南シナ海、北朝鮮、サイバー攻撃やサイバースパイ活動、宇宙空間での軍拡競争、そして経済的競合などの、一連の問題である。これらの問題はいずれも容易に解決できる状況にはなく、Farleyが述べているように、「米中間の戦争の窓は、長期にわたって開いたままである可能性が高い」のである。幸いなことに、そこには楽観視できる余地もある。米中両国とも、グローバルな戦いになるであろう、戦争の結末を見たいとは思っていない。奈落を覗き込めば、対話と苦い妥協の必要性も理解できる。米中両国のリーダーが、緊張関係を長引かせる両国間の抗争には真の「勝者」など存在しないという、長期的な視野を持つことを期待しようではないか。

記事参照:
Hell Cometh to Earth: Is a U.S.-China War Really Possible?
備考*:Robert Farley, "Asia's Greatest Fear: A U.S.-China War", The National Interest, June 9, 2014

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. The Power to Coerce: Countering Adversaries Without Going to War
RAND, March 3, 2016
By David C. Gompert, Hans Binnendijk

2. A Comparative View of the Ancient and 21st Century Maritime Silk Roads
Center for International Maritime Security, March 3, 2016
By Mohid Iftikhar and Dr. Faizullah Abbasi
Mohid Iftikhar is a Deputy Director at Center of Innovation, Research, Creativity, Learning & Entrepreneurship (CIRCLE) at Dawood University of Engineering & Technology Pakistan.
Dr. Faizullah Abbasi is the Vice Chancellor Dawood University of Engineering & Technology Pakistan.

3. Making Good on the Rebalance to Asia
Foreign Affairs.com, March 3, 2016
By Graham Webster is a Senior Fellow at Yale Law School's China Center

4. Great Green Fleet Operates in the South China Sea
US Navy Pacific Fleet, March 4, 2016

5. Satellite Imagery: China Expands Land Filling at North Island in the Paracels
The Diplomat, March 7, 2016
By Victor Robert Lee for The Diplomat

6. Why COSCO's investment in Piraeus is good news for Greece and China
China and Greece.com. March 8, 2016
Lee YingHui, a Research Analyst with the Maritime Security Programme at the S. Rajaratnam School of International Studies (RSIS), Nanyang Technological University, Singapore.

7. Admiral Gorshkov Frigate Reveals Serious Shortcomings in Russia's Naval Modernization Program
CSIS, March 10, 2016
Paul N. Schwartz, a senior associate with the CSIS Russia and Eurasia Program

8. China's South Asia Strategy
The Heritage Foundation, March 10, 2016
Lisa Curtis, Senior Research Fellow at The Heritage Foundation
Testimony Before the U.S.-China Economic and Security Review Commission

9. THE 1974 PARACELS SEA BATTLE: A Campaign Appraisal
Naval War College Review, Spring 2016, Vol. 69, No. 2, pp.41-65
Toshi Yoshihara, Professor of the Strategy and Policy faculty at the Naval War College

10. President Xi Jinping's "Belt and Road" Initiative: A Practical Assessment of the Chinese Communist Party's Roadmap for China's Global Resurgence
CSIS, March, 2016
By Christopher K. Johnson, a senior adviser and holds the Freeman Chair in China Studies at CSIS.


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・飯田俊明・倉持一・高翔・関根大助・山内敏秀・吉川祐子