海洋安全保障情報旬報 2016年4月1日~10日

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4月4日「南シナ海における中国への対応、米太平洋軍とホワイトハウスの温度差」(Navy Times, April 4, 2016)

米紙、Navy Times(電子版)は、4月4日付の"4-star admiral wants to confront China. White House says not so fast"と題する記事で、南シナ海における中国への対応を巡って、太平洋軍とホワイトハウスと間に見られる温度差について、要旨以下のように報じている。

(1)太平洋における米軍の最高司令官が、南シナ海における中国の戦略的成果に挑戦し、それを覆すためにより対決的なアプローチを主張しているが、ほぼ毎回ホワイトハウスからの反対に遭っているといわれる。消息筋によれば、ハリス太平洋軍司令官は、彼のいう「砂の長城(the "Great Wall of Sand")」がマニラから140カイリ足らずのところ(Scarborough Shoal)にまで延びてくる前に、これを阻止する取り組みの一環として、人工島の12カイリ以内の海域でのヘリの発進などを含む軍事作戦の実施など、中国の人工島造成に対するアメリカの強力な対応を求めている。しかしながら、専門家によれば、残りの任期が9カ月しかないオバマ政権は、多くの問題で中国と協力することに目を向け、南シナ海で波風を立てないようハリス司令官や他の軍事高官に口封じを求めているという。新アメリカ安全保障センター(CNAS)のJerry Hendrix(退役海軍大佐)は、「オバマ大統領は、中国との騒動を最小限に、協力を最大限にして政権を去りたいと望んでいる」と見ている。

(2)米指導部は、米中対決を引き起こすことなく、中国の人工島造成を阻止する効果的なアプローチを見出すことに苦慮している。中国の大々的な人工島造成活動の継続によって、オバマ政権の南シナ海問題に対する「静観する(wait and see)」アプローチは失敗した、と批判されてきた。上院軍事委員会のマケイン委員長は、「ホワイトハウスのリスクを避ける対応は優柔不断な政策となり、中国の海洋覇権の追求を抑止することに失敗し、一方で域内の同盟国やパートナー諸国を混乱させた」「法に基づく国際秩序に対する中国の益々高圧的な挑戦に対しては、アメリカの決意を誇示し、この地域に対する我々のコミットメントを再保証する、断固たる対応をしていかなければならない」と主張している。

(3)最近、マニラから140カイリ足らずのフィリピンのEEZ内にある環礁、Scarborough Shoal(黄岩島)で、中国が新たな人工島を造成しようとしているとの証拠が次々と明るみに出ている。中国がここにミサイルや対空レーダーを設置するようなことになれば、フィリピン国内の米軍部隊に対するリスクが高まろう。ハリス司令官と太平洋軍司令部は、近隣諸国に対する継続的な威嚇を容認できないとの明確なメッセージを発信するため、国家安全保障会議、連邦議会そして国防省に対してロビー活動を行ってきた。メッセージには、中国の人工島に近接した海域におけるより威圧的で頻繁な哨戒活動が含まれている。南シナ海の問題に詳しいある上院議員のスタッフは、「南シナ海の現状は明確に変更されつつある。Scarborough Shoal(黄岩島)が軍事化されれば、中国海軍は、沿岸防衛用の巡航ミサイルの配備や、フィリピン北部の海域を飛行する航空機を追跡する施設を設置することで、スービック湾、マニラ湾そしてルソン海峡を脅かす能力を確保することになろう。フィリピンとの間で米軍のローテーション配備交渉が進んでいるが、政府はまだ、Scarborough Shoal(黄岩島)の人工島造成などといった、戦略レベルの問題を押し進めることがその成果に見合わない代価を強いられることになると、北京に思い込ませるだけの一括した抑止手段を見出していない」と指摘している。より積極的な対応の欠如は、中国によるScarborough Shoal(黄岩島)における新たな人工島造成などを促すだけ、と一部の専門家は批判する。2015年10月の駆逐艦、USS Lassenによる「航行の自由(FON)」作戦以降、何回かのFON作戦が実施されてきたが、これらのFON作戦の目的が中国による人工島造成を阻止することにあったとすれば、それは明らかに失敗に終わっている。

(4)消息筋によれば、ハリス司令官は、人工島周辺海域が国際水域であると主張して、例えば人工島の12カイリ以内の海域でのヘリの飛行や通信情報の傍受といった軍事活動を含む、より積極的なFON作戦を望んでおり、政府内へのロビー活動を行っているという。外交問題評議会に研究員として出向している、Sean Liedman海軍大佐は、より強硬な対応をとるべきとして、「中国によるScarborough Shoal(黄岩島)の破壊や占拠を阻止できなければ、南シナ海において一層不可逆的な環境破壊を引き起こすことになろう。そしてより重要なことは、国際法の原則に対して不可逆的なダメージを与えることになろう」「このことは、南シナ海における海洋地勢に対する中国による併合と占拠を一層促進させることになり、最終的には、大規模地域紛争以外のあらゆる紛争シナリオを現実的なものにすることになろう」と述べ、海軍は埋め立て活動を阻止する手段として、中国の浚渫船を無力化するといった、軍事行動を検討すべきと主張している。前出のHendrixは、南シナ海における中国の侵略的拡張を阻止できなければ、武力衝突の可能性を高めるだけだと述べ、「オバマ政権は対決回避政策に偏りがちだが、そうすることで、かえって南シナ海において国際規範を再確立するためには強固な措置をとらざるを得ない戦略環境を現出させた。皮肉にも、こうした政策は、紛争の可能性を低めるよりは高める状況を生み出しているのである」と指摘している。

記事参照:
4-star admiral wants to confront China. White House says not so fast

4月4日「巡航ミサイル搭載原潜と接近阻止/領域拒否戦略―RSIS専門家論評」(The National Interest, Blog, April 4, 2016)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際学院 (RSIS) シニア・アナリスト、Ben Ho Wan Bengは、米誌、The National Interest(電子版)に4月4日付で、"Kicking Down the Door: Ohio-Class Subs vs. China's A2/AD"と題する論説を寄稿し、Ohio級巡航ミサイル搭載原潜(SSGN)がほぼ同等の敵との紛争において敵の接近阻止/領域拒否(A2/AD)の「扉」を蹴倒す理想的なプラットフォームになるとして、要旨以下のように述べている。

(1)アメリカは、ほぼ同等の敵との紛争において、敵の接近阻止/領域拒否(A2/AD)の「扉」を上手く蹴倒すことができるであろうか。これは、中国のような戦略的抗争相手のA2/AD能力の強化に伴って、近年、アメリカの国防計画立案者にとって切実な問題となってきた。この問題に対する明確な回答はないように思われる。しかしながら、衆目の一致する現実は、米海軍の中核戦力である空母の攻撃可能範囲が比較的短いことから、空母は敵のA2/AD戦力の覆域内で作戦せざるを得ず、従って空母は敵の攻撃に対して脆弱となるということである。このため、敵のA2/AD戦力が最強状態にある、「戦争の初日」の作戦に空母が参加することはなさそうである。アメリカは、敵のADバリアーを砕く2つの縦深攻撃戦力を保有している。1つは空軍のステルス爆撃機であり、もう1つは海軍の巡洋艦、駆逐艦そして潜水艦に搭載されているトマホーク対地攻撃型巡航ミサイル(TLAM)である。就中、TLAM搭載のOhio級巡航ミサイル搭載原潜(SSGN)が間違いなく米軍の中でA2/ADに対抗する理想的な海軍プラットフォームである。

(2)Ohio級SSGNは、弾道ミサイル搭載原潜(SSBN)の改造型で、24基あった弾道ミサイル発射筒の内、22基がTLAM発射筒に改造され、他の2基は少なくとも66人の海軍特殊部隊(SEAL)による特殊作戦遂行用に改造された。この改造によって、Ohio級SSGNは154基のTLAMを搭載でき、6分そこそこで全てのTLAMを発射できる。このため、Ohio級SSGNは、対A2/AD作戦の当初段階における理想的なプラットフォームとなっている。しかも、Ohio級SSGNは、そのTLAM搭載基数から見て、他の水上戦闘艦や攻撃型原潜(SSN)を圧倒している。Virginia級SSNとLos Angeles改級SSNのTLAM搭載基数は僅かに12基である。典型的な米空母打撃群では1隻のTiconderoga級イージス巡洋艦と2隻のArleigh Burke級イージス駆逐艦が随伴するが、これらの随伴艦が搭載するTLAMの全基数は1隻のOhio級SSGNのそれに及ばない。確かに、Ohio級SSGNは全てのTLAMを発射してしまえば、補給のため帰投しなければならない。しかしながら、ミサイルの補給の問題は他の水上艦も同じである。アメリカは、水上戦闘艦の垂直発射管(VLS)への洋上における再装填問題を未だ解決していない。他方、空母支持派は空母の艦載航空戦力の打撃力は4,000基のTLAMに相当すると主張するが、これは、前述の空母がA2/AD戦力の覆域内で作戦しなければならないという事実を無視している。敵のADバリアーを砕くOhio級SSGNの巨大な打撃力は、その隠密性によって一層強化される。これによって、敵のA2/ADの覆域海域に進入してTLAMを発射できる。TLAMを発射すれば、Ohio級SSGNの隠密性の優位がなくなると批判することは可能である。TLAMの水中発射は雑音を伴うからである。それによって、「発射位置」は潜水艦の位置を知らしめることになり、敵の攻撃を受けやすくなる。しかしながら、Ohio級SSGNは、TLAM発射後、「データム(最後に敵潜水艦が存在したと思われる位置)をクリア」し、静粛な行動に戻り、再び海中に隠れることが可能である。

(3)Ohio級SSGNはその特性と攻撃力から、ほぼ同等の敵との「戦争初日」の作戦に投入できる強力なプラットフォームだが、米海軍の現有の4隻のOhio級SSGNは、2023年から2026年にかけて同等の代替艦なしに除籍される予定である。このため、米海軍は、戦力投射能力における重要な戦力を失うことになろう。Ohio級SSGNは、VPM(Virginia Payload Module:Virginia級SSNのTLAM搭載基数を12基から40基に増強するための装置)搭載SSNによって代替されると見られる。Virginia級SSNは静粛性に優れているが、打撃力という点ではOhio級SSGNに及ばない。もし議会が明日、2隻のOhio級SSBN(艦番号SSBN-730とSSBN-731)をSSGNに改造することを承認しても、改造工事に2~3年を要することから、再就役は2018年から2019年になる。しかし両艦は2026年と2027年に除籍が予定されており、従って、両艦がSSGNとしての任務遂行期間は10年以下となろう。1隻当たり8億9,000万ドルの改造費を要することから、10年にもならない現役任務のために10億ドル近い予算を投入するのは無駄である。一方で、2028年から2029年に退役予定のSSBNをSSGNに改造するとすれば、Ohio級SSBNの後継艦の就役が2029年以降であることから、アメリカは、SSBNギャップに直面することになる。実際、米海軍首脳は、SSBNの現有14隻は戦略任務に最低限必要な10隻を維持するのにかろうじて足りるものであると主張している。近い将来、ワシントンが新たにSSGNの建造を決定する可能性は控えめに言ってもほとんどない。

記事参照:
Kicking Down the Door: Ohio-Class Subs vs. China's A2/AD

4月5日「中国、南沙諸島の人工島の灯台運用開始」(Reuters, April 6, 2016)

中国の新華社通信によれば、中国は4月5日、南沙諸島のSubi Reef(渚碧礁)に造成した人工島に2015年10月から建設していた、高さ55メートルの灯台の運用を開始した。当日、運輸部は点灯式典を行った。中国は、人工島造成の目的を、海洋保全、捜索救難、科学調査などの国際的義務を果たすためと主張してきた。外交部報道官は、灯台建設の目的について、航行の安全と自由を確保するために南シナ海において公共サービスを提供することで、南シナ海の商業航行に資するため、と述べた。

記事参照:
China switches on lighthouse on artificial island in South China Sea

4月5日「2015年の世界の軍事支出、推定1兆6,760億ドル―SIPRI年次報告書」(SIPRI Fact Sheet, April 2016)

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所 (SIPRI) は4月5日、2015年の世界の軍実支出に関する報告書を公表した。以下は、SIPRI Fact Sheetによるその概要である。

(1)2015年の世界の軍事支出は、推定1兆6,760億ドルで、2014年比実質約1%増であった。2015年の支出額は、世界の総GDPの2.3%に相当する。世界の軍事支出は、1998年から2011年まで13年間に亘って増加し、2011年から2014年まで微減が続いていたが、2015年に増加に転じた。

(2)地域別の傾向を見れば、アジア・オセアニアでは、2015年の軍事支出は、前年比5.4%増、2006年から2015年までの間に64%増となり、2015年の総軍事支出は4,360億時価ドルとなった。この地域では、中国の軍事支出が推定2,150億ドル、前年比7.4%増で、地域全体の49%を占め、突出している。これは、2位のインドの4倍以上である。この地域のほとんどの国は2006年から2015年の間、軍事支出を増やしてきたが、その幅は各国によって大きく異なる。アフガニスタン、ニュージーランド及びシンガポールは約9%増であったが、中国は132%増、インドネシアは150%増であった。一方、この間、フィジーのみは23%の大幅減となり、日本は0.5%の減少であった。南シナ海における中国との対立を反映して、アジアでは中国周辺国家の軍事支出が増えている。インドネシアの軍事支出が前年比実質16%増の76億ドル、フィリピンが同25.5%増の39億ドル、ベトナムが同7.6%増の46億ドル、タイが同6.5%増の57億ドル、マレーシアが同7.7%増の46億ドル、そしてシンガポールが同5.6%増94億ドルであった。また、台湾は前年比0.7%増の98億ドルであった。日本も、長期の減少傾向から、中国と北朝鮮からの脅威認識を反映して2015年には増勢に転じた。インドの2015年の軍事支出は513億ドルで、前年比0.4%増となった。インドは、現在進行中と計画中の装備調達のために、2016年には前年比実質約8%の増額を計画している。

(3)ロシアの2015年の軍事支出は66億ドルで、前年比7.5%増で、2006年比では91%増となる。西側による経済制裁に加えて、石油、天然ガス価格の下落による経済不振は、ロシアの政府収入の大幅減をもたらしている。ロシア政府は、2015年初めに全省庁の予算削減を余儀なくされたが、軍事支出も2015年当初計画より3%減となった。もっとも、他省庁の予算削減が10%近いものであった。石油価格の下落に伴って、2016年の計画国防予算も2015年比実質約9%減となっている。

(4)アメリカの軍事支出は5,960億ドルで、前年比2.4%減だが、世界最大で、2位の中国の3倍近い。2016年の計画では、実質ほぼ現状維持になると見られる。アメリカの軍事支出は、直近の最高額であった2010年と比べれば、アフガニスタンとイラクからの部隊撤収に加えて、2011年の予算管理法の影響によって、21%減となった。

(5)下表は、2015年の世界の軍事支出上位15カ国を示したものである。上位15カ国は2014年と変動はなかったが、順位に変動があった。1位のアメリカと2位の中国は変動がなかったが、サウジアラビアがロシアに替わって3位となった。これはルーブルの対ドル価格の下落によるもので、一方サウジアラビアはイエメンに軍事介入したために軍事支出が増大した。英国がフランスに替わって5位になったのも、ユーロの対ドル価格の下落によるもので、フランスはインドにも抜かれて7位となった。また、日本は、ドイツを抜いて8位となった。

表:2015年軍事支出の世界上位15カ国

国名*

2015年軍事支出額(億ドル)

2006~2015 年の増減(%)

2015年対世界シェア(%)

当該国対GDP比(%)

2015年

2006年

1.米国

5,960

-3.9

36

3.3

3.8

2.中国

[2,150]**

132

[13]

[1.9]

[2.0]

3.サウジアラビア(4)

872

97

5.2

13.7

7.8

4.ロシア(3)

664

91

4.0

5.4

3.5

5.英国(6)

555

-7.2

3.3

2.0

2.2

6.インド(7)

513

43

3.1

2.3

2.5

7.フランス(5)

509

-5.9

3.0

2.1

2.3

8.日本(9)

409

-0.5

2.4

1.0

1.0

9.ドイツ(8)

394

2.8

2.4

1.2

1.3

10.韓国

364

37

2.2

2.6

2.5

11.ブラジル

246

38

1.5

1.4

1.5

12.イタリア

238

-30

1.4

1.3

1.7

13.オーストラリア

236

32

1.4

1.9

1.8

14.UAE

[228]

136

[1.4]

[5.7]

[3.2]

15.イスラエル

161

2.6

1.0

5.4

7.5

上位15カ国合計

1兆3,500

81

世界総計

1兆6,760

19

100

2.3

2.3

備考*:国名の後の数字は2,014年の順位。他は2014年と同順位

備考**:[]はSIPRIの推定値

備考***:UAEはアラブ首長国連邦

記事参照:
TRENDS IN WORLD MILITARY EXPENDITURE, 2015

4月6日「中国は中距離核戦力全廃条約に加盟すべき―欧州専門家論評」(East Asia Forum, April 6, 2016)

チェコ共和国マサリク大学社会学部国際関係・欧州研究学部長、Petr Suchý教授とアイスランド大学政治学部Bradley A. Thaye教授は、Web誌、East Asia Forumに4月6日付で、"Why China should join the INF Treaty"と題する論説を寄稿し、中国は中距離核戦力全廃条約(Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty:INF条約)に加盟すべきであると論じている。 INF条約は、中射程の陸上配備弾道ミサイルと巡航ミサイルを全廃するもので、1987年12月8日にアメリカとソ連の間で調印され、現在も効力を有している。INF条約は、ソ連のSS-20とアメリカのパーシングⅡの配備によって欧州正面の戦力バランスが変化することへの危惧から交渉が始まったものであったが、話し合い過程で、日本の中曽根総理が撤去されたミサイルの極東方面への配備を強く牽制したことから、全世界を対象とするものとなった。東・南アジアの諸国では、中国による軍事力増強と力による現状変更を企図する動きに対抗して、野放し的な軍拡が進んでおり、地域の軍備管理の必要性が問われる時期に来ている。INF条約は陸上配備のミサイルを対象とするものであるが、更なる軍備管理を促進することになるとの本論説の主張は、地域の安全保障環境の安定化のための対策として考察に値するものであろう。以下はその要旨である。

(1) 近年のロシアによるINF条約への明白な違反は、本条約を、中国を含む多国間条約に拡大すべき時期に来ていることを示唆している。米ソ(現、ロシア)間で、中距離(500~5,500キロ)の陸上発射弾道ミサイルと巡航ミサイルの製造及び配備を禁止する1987年のINF条約は、軍備管理の大きな成功例であり、米ソ関係の大幅な改善をもたらした。両超大国は、該当する全ての兵器を地球規模で廃棄することに合意し、確固たる検証手段によって条約の信頼性を確保した。ほぼ30年後の今、暗雲を醸し出してはいるものの、条約は効力を保っている。暗雲は、ロシアによる明白な条約違反である。ロシアは2015年に、条約が禁止する射程を持つ陸上発射巡航ミサイルの発射試験を実施した。

(2) ロシアの違反に対し、アメリカには3つの選択肢があろう。1つは、INF条約の維持のために敢えてロシアの違反を無視することであり、2つ目は条約から離脱することであり、そして3つ目は条約を多国間条約にするよう働き掛けることである。3つの中では、条約の多国間条約化がベストの選択肢である。条約が禁止する射程を持つ陸上発射中距離ミサイルを保有する全ての国は条約加盟を歓迎されるであろうが、ここでの中核となるアクターは中国である。何故なら、ロシアによる条約違反は1つには中国に対する懸念が要因となっており、中国のINF条約加盟は、中国の中距離弾道ミサイルの拡散を阻止するとともに、中国に対するロシアの懸念を軽減することになろう。これにより、ロシアはINF条約を遵守する動きをみせるであろう。

(3) 軍備管理の主たる目的は、国家間関係の安定を促進することである。軍備管理条約に加盟することは、現状維持を受け入れることを意味する。ある国家が積極的に特定兵器の規制に取り組めば、他の国にも影響し、結果として戦略的安定性をもたらすことになる。中国は、INF条約に加盟することにより、軍備管理に関わる様々な利益を得ることができるはずである。中国は、INF条約加盟によって、国際社会に対して、国際規範を受け入れ信頼醸成を促進し、力による現状変更を求めず、真に平和的台頭を目指していることを示すことができる。これは、国際平和に重要な安定効果をもたらすものとなろう。中国のINF条約加盟によって、ロシアのみならず、ASEAN諸国、インド、日本そして台湾も、安全を保証されるであろう。中国の加盟は、更なる軍備管理への道を拓き、東アジア、東南アジアそして南アジアの緊張を低減させる可能性がある。

(4) とはいえ、北京にとって、INF条約加盟を躊躇する1つの問題と2つの懸念がある。1つの問題は、現在、台湾やインド、そしてその他の国に向けて配備している多くのミサイルを撤去しなければならないことである。そして、懸念の1つは、仮に中国が加盟したとしてもロシアが違反を続ける可能性であり、2つ目の懸念は、日本、インドそしてベトナムなどが条約に加盟せず、規制対象となるミサイルを配備するかもしれないことである。そのような問題や懸念があったとしても、INF条約に加盟することによって、中国は、国際規範と戦略的安定を受け入れるとともに、現状維持国家であることを示すことができるであろう。軍備管理は、冷戦期の米ソ関係がそうであったように、中国・ロシア・アメリカの3国関係の安定に寄与することができる。核軍備競争よりも、拘束力のある透明性の高い軍備管理協定は、安定した国際秩序をもたらす力がある。

記事参照:
Why China should join the INF Treaty

4月7日「南シナ海問題を巡るアメリカの対中政策―中国人の視点から」(China US Focus, April 7, 2016)

中国国際問題研究基金会研究員、尹承德は、Web誌、China US Focusに4月7日付で、"U.S. Chooses South China Sea as Main Arena to Contain China"と題する論説を寄稿し、南シナ海問題を巡るアメリカの対中政策に対して中国側の視点から、要旨以下のように述べている。

(1)アメリカによる最近の対中政策の地理的中心は、例えば、中国が造成した人工島周辺海域への空母打撃群の派遣などに見られるように、南シナ海に集中してきている。また、アメリカは、仲裁裁判所へのフィリピンの提訴を全面的支持してきた。アメリカとその同盟国は、中国に対して仲裁裁判所が出す判決を受け入れるよう要求している。アメリカは南シナ海での軍事的行動を正当化するために、航行の自由と上空通過の自由を裏付ける、様々な口実を構えてきた。

(2)第1の口実は、中国が南シナ海を「軍事化している」との主張である。人工島への防衛施設を建設する中国の行動は、中国の主権の範囲内での行動であり、国際的慣行とも合致しており、軍事化を目指したものではない。南シナ海を軍事化しているのは、中国ではなく、むしろアメリカである。第2の口実は、南シナ海の海洋地勢が中国本土から地理的に遠隔の位置にあるということである。アメリカによると、これら海洋地勢は中国よりも地理的に近い国に帰属するべきであり、アメリカはこれら渦中の諸国に代わって南シナ海で行動しているだけだという。しかし、南シナ海の海洋地勢を最初に発見し、名前を付け、管理してきたのは中国であり、これら地勢は古来より中国の主権下にあり、1970年代に石油・天然ガス資源が発見されるまで、また一部の国がこれら海洋地勢を不法に占拠するまで、領有権論争すらなかった。そして第3の口実は中国が南シナ海問題に対する仲裁裁判を拒否したということであり、ワシントンは中国が国際法に違反したと主張している。だがこの点もまた誤りである。フィリピンの方が、中国との協定に違反して仲裁裁判所に提訴したのである。また、アメリカは、本件裁判における当事国でないにもかかわらず、中国に対して調停を受け入れるよう圧力をかけた。これは政治的な茶番と言わざるを得ない。

(3)では何故、アメリカは、中国を封じ込めるためのアジア太平洋戦略の中核に、南シナ海問題を据えたのか。

a.第1に、南シナ海はアメリカとその同盟国にとって海上交通の生命線であり、中国の台頭はこの地域におけるアメリカの覇権対する挑戦となり得るからである。

b.第2に、ワシントンは、北京がASEAN諸国に対する政治的、経済的影響力においてアメリカを凌駕しつつある、と感じているからである。こうした状況を逆転するために、アメリカは、「アジアへの軸足移動 ("pivot to Asia")」の中心を東南アジアに置いたのであり、そしてASEANと中国の間に楔を打ち込むために、域内にいわゆる中国脅威論を吹き込んできたのである。

c.第3に、アメリカは、常にアジア太平洋地域において「東のNATO (an "East NATO")」を形成しようと試みてきたからである。近年、アメリカは、域内に危機感を高め、南シナ海問題を利用して同盟関係やパートナー関係を強化してきた。

d.そして第4に、南シナ海問題を巡るアメリカの対中政策は、台湾の独立機運を高めることを狙いとしているからである。

(4)しかしながら、南シナ海問題の当事国でないアメリカのこのような傲慢な行動は、域内諸国の基本的利益に反するものであり、最終的には失敗するであろう。アメリカは、アジア太平洋地域におけるパワーバランスや国際関係が大きく変貌してきていることに留意すべきである。ASEANを含む、アジア太平洋地域のほとんどの国は、中国との良好な関係を望んでおり、ワシントンの対中強硬政策になびくことはないであろう。

記事参照:
U.S. Chooses South China Sea as Main Arena to Contain China

4月8日「フィリピン、北部ルソン海軍部隊復活」(Business Mirror, April 8, 2016)

比紙、Business Mirror(電子版)が4月8日付で報じるところによれば、フィリピン軍は、中国に占拠されているScarborough Shoal(黄岩島)を巡る動向監視を重視するために、北部ルソン海軍部隊(Naval Forces Northern Luzon: NavForNL)を復活させた。NavForNLは、2年前にパラワン島に司令部を置く西部海軍部隊(Naval Forces West: NavForWest)に統合されていた。NavForNLは、タルラック州に司令部を置くNorthern Luzon Commandの隷下となる。海軍広報官は、「海軍は、現在の海洋環境と管轄海域における海軍作戦行動の所要に鑑み、2つの組織、NavForNLとNavForWestに再編することを決定した」と語った。2つの海軍部隊の統合は2012年の中国によるScarborough Shoal(黄岩島)占拠以降に行われたが、パラワン島に司令部を置くNavForWestが中部ルソン沖合のScarborough Shoal(黄岩島)から離れすぎており、統合が疑問視されていた。Scarborough Shoal(黄岩島)周辺海域では、フィリピン漁民が中国側に屡々妨害されており、仲裁裁判所へのフィリピンの訴因の1つとされている。

記事参照:
Navy unit reactivated as military shifts focus on Scarborough Shoal

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. Maritime Territorial and Exclusive Economic Zone (EEZ) Disputes Involving China: Issues for Congress
Congressional Research Service, April 1, 2016
By Ronald O'Rourke, Specialist in Naval Affairs

2. Australia-Japan-U.S. Maritime Cooperation: Creating Federated Capabilities for the Asia Pacific
CSIS, April 2016
By Andrew Shearer, a distinguished visiting fellow at the Center for Strategic & International Studies (CSIS) in Washington, D.C. Previously Mr. Shearer was national security adviser to Prime Ministers John Howard and Tony Abbott of Australia.

3. Report: Analysis of the FY 2017 Defense Budget
Briefing slides: Analysis of the FY 2017 Defense Budget
CSIS, April, 2016
By Todd Harrison, the director of defense budget analysis and a senior fellow in the International Security Program at CSIS


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀・吉川祐子
※リンク先URL、タイトル、日付は、当該記事参照時点のものです。