海洋安全保障情報旬報 2016年4月21日~30日

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4月25日「スカボロー礁の人工島造成、危険なレッドライン―比専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, April 25, 2016)

フィリピン大学海事・海洋法研究所所長、Jay L. Batongbacalは、米シンクタンク、戦略国際問題研究所 (CSIS) のWebサイト、Asia Maritime Transparency Initiativeに、4月25日付で、"Scacarborough Shoal: A Red Line?"と題する論説を寄稿し、中国によるスカボロー礁への人工施設建設を阻止すべきとして、要旨以下の通り述べている。

(1)中国がスカボロー礁に新たな人工島を造成する可能性が危惧される中、カーター米国防長官は、米比合同軍事演習、Balikatanの最終日、フィリピンを訪れた。中国によるスカボロー礁への人工島造成の動きは、5月のフィリピンの政権交代を睨んでのことかもしれない。カーター長官は、アメリカがスカボロー礁を中国に奪われないようにフィリピンを支援するとの公的な確約はしなかったが、ガズミン比国防相が南シナ海を航行中の米空母に乗艦訪問したことは、ワシントンの同盟国へのコミットメントを示すものであった。

(2)南シナ海における海洋地勢の領有権紛争に対して中立を守るアメリカの政策は、1930年代の日本による西沙諸島や南沙諸島の併合時にまで遡る。但しスカボロー礁については、西沙諸島や南沙諸島と違って、独立時にアメリカからフィリピンに返還されたものである。フィリピンは、1946年の独立によってスカボロー礁を主権下に置いた。1963年にフィリピン海軍がスカボロー礁の密輸基地を2度にわたって攻撃破壊して以降、同礁に20カイリの海軍作戦海域が設定され、在比米軍の射爆場になった。漁期や科学的調査を除いて、20カイリへの民間人の立ち入りは禁止された。1991年に在比米軍基地が閉鎖まで、スカボロー礁20カイリ海域には米比両軍だけがアクセスできた。中国は、1994年にアマチュア無線愛好家にライセンスを発行したのを皮切りに、長く放置されてきたスカボロー礁に対する領有権を主張するために強固な行動を取り始めた。例えば、中国は、2000年代初頭には、伝統的な漁業権を主張するようになり、それが次第にスカボロー礁に対する歴史的権利や権原主張になり、そして最終的には、2012年以降、フィリピン漁民を同礁から排除し、海洋法令執行活動を実施するようになった。

(3)スカボロー礁は、米比軍事同盟にとってレッドラインになりかねない状況になっている。かつてアメリカからフィリピンへ返還された領土として、スカボロー礁は、フィリピン本土領域と「その管轄下にある島嶼領域」に対するアメリカの防衛援助義務を定めた米比相互防衛条約の対象地域になるとみられる。もしフィリピンがスカボロー礁への人工島造成のための中国船舶の接近阻止を決心したとすれば、マニラは、条約が規定する、南シナ海を含む太平洋において武装攻撃を受けた、フィリピンの「船舶と航空機(軍艦と軍用機のみを意味しない)」を支援するという保証をアメリカに期待することになろう。中国が2014年にベトナムとの間の紛争海域に石油掘削リグを設置し、中国の巡視船や軍艦がベトナムの巡視船との間で小競り合い演じ、中国の大型で軽武装の巡視船が小型で脆弱なベトナムの巡視船に意図的に衝突して沈没させた時のように、中国がスカボロー礁周辺海域で同じような戦術をとった場合、これは武装攻撃とみなされるということができよう。結局のところ、衝突戦法は海軍戦闘で昔から使われてきた古典的な戦術だからである。

(4)スカボロー礁をミスチーフ礁と同じように人工島に造成し要塞化することは、中国にとって南シナ海の支配を固めるための最終章である。中国が名目上は非軍事の船舶を使って海上で軍事行動に至らない「グレイゾーン」に属する行動をとった場合、フィリピンに限らず、他の沿岸国、アメリカ、日本そしてその他の同盟諸国は、これを阻止することに利害を有している。何故なら、航行船舶や航空機を含む軍事活動を監視し、規制するための(永興島-南沙諸島-スカボロー礁からなる)「戦略的三角形」の構築によって南シナ海が「奪取」されるようなことになれば、これら諸国は、その戦略的優位を無力化するために必要なあらゆる措置をとらざるを得なくなると考えられるからである。大国が介入を躊躇したとしても、東南アジア諸国は、国際法によって保証される主権的権利を黙して放棄することはないであろう。圧倒的な大国に対抗するためには、頼りになる唯一の方法は、外部の大国に緊密に寄り添い、引き摺り込むことである。かくして、中国は、スカボロー礁に人工島の造成を企てることによって、(中国に対する)戦略的封じ込めの最後の引き金を自ら創り出すことになろう。

記事参照:
Scacarborough Shoal: A Red Line?

【関連記事】「スカボロー礁、米の決意を示す絶好の機会―米専門家論評」(The National Interest, Blog, April 25, 2016)

米シンクタンク、The Center for the National Interestの非常勤上席研究員、Harry J. Kazianisは、4月25日付のThe National Interestのブログに、"Scarborough 'Shoaldown': An Opportunity to Push Back Against China"と題する論説を寄稿し、南シナ海での中国の漸進的な侵略に対して、スカボロー礁がそれを食い止める機会を米国に与えるとして、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海における中国の「意図」なるものは、この重要な海域を支配し、マレーシアから台湾沿岸までの海域に対する北京の事実上の主権保持を確実にするという、ただ1つの戦略的目標を追求することである。実際、最近の出来事は、北京がその領有権主張を確実なものにするとともに、南シナ海を思うままに利用できることを示威しようとする狙いが明らかである。例えば、北京は、南シナ海に向けて新型のDF-41大陸間弾道ミサイルの発射実験を行ったが、「自国領土内で科学的な実験を行うことは中国にとって通常なことであり、これらの実験は特定の国や目標を狙ったものではない」と、中国は主張した。このような行動は、1つの小さな行動を積み重ねることで徐々に現状を変更していこうとする、北京の戦略に基づいたものである。それぞれの行動は慎重に練り上げられており、紛争や戦争への道につながる危機を惹起させるようなものではないが、それらの累積的効果は、北京をして南シナ海における地域覇権の確立という道を歩ませる駆動力になっている。

(2)では、北京が挑戦し得る、しかし一方で、北京の威圧的な行動が高い代償を強いられることになり、もはや簡単には現状を変更させないとの意志を北京に認識させることによって、ワシントンと域内のパートナー諸国が形勢を逆転し得る場所はあるのか。それはスカボロー礁(黄岩島)である。スカボロー礁は、フィリピンのEEZ内に所在し、2012年に中国に奪い取られた海洋地勢である。各種の報道から推測すれば、スカボロー礁が次の北京の埋め立て計画の目標と見られる。近年の北京の威嚇的行動に対応する上で、スカボロー礁は南シナ海における危険な傾向を阻止する機会となるかもしれない。アメリカは、すでに強力なA-10 Warthog対地攻撃機をフィリピンに展開させ、海軍のSikorsky HH-60ヘリコプターとともに、海空の状況認識強化のためスカボロー礁付近の国際空域を通過する飛行ミッションを実施した。しかし、次に何をするかが重要である。オバマ政権は、米海軍によるスカボロー礁の周辺海域に1~2隻の駆逐艦を常時プレゼンスさせるといった、強力なシグナルを中国に送ることができるか。このような強力なシグナルは、アメリカがスカボロー礁に対して真剣であり、北京の威圧的行動をこれ以上野放にはしないということを中国に示すことになろう。またワシントンは、アメリカがこの環礁を次の「不沈空母」に簡単には変えさせないという意志を北京に知らしめるために、スカボロー礁の周辺海域を24時間態勢で常続的に監視するために、無人偵察機をフィリピンに展開させるべきである。スカボロー礁は、ワシントンにとって、北京に対してアメリカの決意を知らしめる絶好の機会を提供しよう。問題は、ワシントンが手遅れになる前に行動することができるのかということである。

記事参照:
Scarborough 'Shoaldown': An Opportunity to Push Back Against China

4月26日「アメリカを本気にさせた南シナ海における中国の侵略的行動―印専門家論評」(South Asia Analysis Group, April 26, 2016)

インドのシンクタンク、South Asia Analysis Groupのアナリスト、Dr. Subhash Kapilaは、4月26日付のSouth Asia Analysis GroupのWebサイトに、"South China Sea: United States Stiffens its Stances on China's Conflict Escalation"と題する論説を寄稿し、南シナ海における中国の侵略的行動に対して、アメリカはやっと本格的に対応し始めたとして、要旨以下のように述べている。

(1)中国は、アメリカが20世紀の2つの大戦に遅れて参戦した教訓を忘れているようだ。アメリカが2つの大戦に遅れて参戦した最大の教訓は、軍国主義の侵略国家がグローバルな安全保障と安定を危険に陥れる受け入れ難い「レッドライン」を越えつつあるとアメリカが認識した時、参戦したということである。アメリカは、南シナ海における中国の遮られることにないエスカレーション行為によって、政治的、財政的そして戦略的圧力を以て軍事拡張主義的中国を抑制する以外に他の選択肢がないと感じるところまで―即ち、アメリカが卓越した利害関係国としてインド太平洋地域とグローバルな安全保障を防衛するために、最後の不可避的な軍事的選択肢に頼らざるを得ないところまで―追い込まれていると見られる。中国は、この地域や世界の安全保障を犠牲にした中国による南シナ海の海洋「グローバル・コモンズ」の全面的な軍事支配を確実にするために、南シナ海における人工島造成に対するアメリカの姿勢と対応を読み誤って、軍事的に強く出過ぎたとみられる。

(2)アメリカは2016年に、南シナ海における係争海洋地勢の主権問題については依然その立場を明確にしていないが、南シナ海におけるアメリカの意図を中国に明確に示すべきであるとようやく決心した。アメリカの意図は、オバマ大統領を含む米政府の各高官から発信された。カーター国防長官は、最近の訪越中のBBCとの会見で、アメリカは「この地域における基軸的な軍事力 (the pivotal military power) であることを今後も維持する。アメリカの軍事作戦を阻止できるものは何もない」と言明した。迅速な対応とは言い難いが、南シナ海における中国による紛争へのエスカレーションに屈しないという、アメリカによる暗黙の厳しいメッセージである。この主張に秘められているアメリカの重要な意図は、「航行の自由」作戦の頻繁な実施というよりも、許容の限界を超えた中国による南シナ海における紛争へのエスカレーションを抑制することをも暗に含んだ、アジアにおけるアメリカの「基軸的な軍事的な役割 ('pivotal military role')」を維持するという、より包括的なものである。中国はアメリカの意図を誤解するかもしれないが、米国防省は、南シナ海で起こり得るあらゆる不測の事態に対処するため、緊急事態対応軍事作戦計画の作成を命じられたといわれている。アメリカは、西太平洋への7個空母打撃群の集中を含め、長年に亘って作戦計画を練ってきたが、ここ数年、この地域における戦略的態勢の再均衡化と軍事力再配備の完了を待っていたのかもしれない。

(3)明らかに、アメリカは、南シナ海における紛争へのエスカレーションを高める、中国の侵略的な軍事的瀬戸際政策によって生じた軍事的混乱に対処するため、政治的、経済的、戦略的そして軍事的戦略を総合した対応策を実施し始めた。

a.政治的には、紛争へのエスカレーションの結果としてアジアにおいて中国によって引き起こされた戦略的分極化は、アメリカにとって好都合であった。南シナ海問題に対するASEANの曖昧な態度は目に見えて変わった。最近のオバマ大統領が主催した、米ASEAN首脳会議は、その効果の現れであった。長年、アメリカ外交が達成できなかった、アメリカに好意を寄せるASEANの戦略的分極化が、南シナ海における紛争へのエスカレーションを通して中国によって進呈されたわけである。

b.政治戦略的な動向について見れば、アメリカは、この地域における既存の2国間軍事同盟を強化してきたばかりでなく、インドやベトナムといった新しい戦略的パートナーや協力的国家を結集してきた。アメリカはまた、ローテーション展開によるフィリピンへの相当規模の米軍の再配備と合同訓練について、フィリピンと合意した。更に、アメリカは、軍事全般に亘るベトナムへの軍事的関与を明らかにした。

c.アメリカによる軍事的対応について見れば、米海軍は、中国の主権に異議を唱えるために、南シナ海において中国が造成した人工島周辺海域において「航行の自由」作戦を強化してきた。南シナ海におけるアメリカの軍事プレゼンスを印象付けるとともに、日本、オーストラリア及びインドなどとの合同演習を実施するために、米空母打撃群は南シナ海に定期的に展開している。

d.アメリカは、日本に対して、南シナ海への海自護衛艦の派遣、合同演習、更にはベトナムの港湾への寄港といった形で、南シナ海により積極的に関与するよう慫慂している。

e.経済的には、アメリカによるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の推進は、域内諸国の中国への経済的依存を減少させるという観点から見る必要がある。

(4)アメリカは、自ら直接的に、また同盟国やパートナー諸国を通じて、中国の侵略的な軍事的瀬戸際政策に対抗してきた。危機が頂点に達した時、中国は、アメリカの力に、そしてその同盟国や戦略的パートナー諸国と併せた力に、対抗できるであろうか。その時までに、中国は、南シナ海紛争のエスカレーションを煽りすぎたとの思いを巡らすことさえないであろう。かつてのドイツのように、中国は、破滅的な結末に至るまでアメリカと戦い抜くか、あるいは降伏するかしかないであろう。いずれの結果になっても、中国にとって深刻な屈辱となろう。要するに、中国は、20世紀の軍事史―即ち、軍国主義的侵略国ドイツに対して、グローバルな安全を護るために連合国を結集したアメリカのグローバルな努力―の教訓を学ばなければならない。21世紀は、習近平主席の「中国の夢」とか「「一帯一路」構想といった大言壮語にもかかわらず、「中国の時代 (the "China Moment")」が出現することはなさそうである。

記事参照:
South China Sea: United States Stiffens its Stances on China's Conflict Escalation

4月26日「中国、『平和的崛起』を言動で示せ、米中共存への道―米専門家論評」(South China Morning Post, April 26, 2016)

米ハーバード大学シニアフェロー、Patrick Mendisと、防衛アナリスト、Joey Wangは、4月26日付の香港紙、South China Morning Post(電子版)に、"Why the US will gain nothing from seeking to contain China"と題する論説を寄稿し、米中両国は、相互の関係を共通する経済利益の追求に戻るべきであるとの主張を挙げている。要旨以下のように述べている。

1)米中間の緊張が特に東シナ海と南シナ海においてエスカレートしている状況下で、この地域の将来の平和、安全そして繁栄に対する重大な懸念が顕著になりつつである。今こそ、米中両国にとって互恵的な繁栄をもたらしてきた原則に立ち返る必要がある。中国は、「平和的崛起」を唱えながら、軍事力の近代化を進め、高圧的な姿勢を強めてきた。このことは、中国の意図に対する近隣諸国の懸念を高めた。

2)北京は、自らの意図について明確に説明しなかった。それどころか、習近平主席は、南シナ海において「軍事化を追求しない」と明言しながら、西沙諸島のウッディー島(永興島)に地対空ミサイル部隊を配備し、無人機を撃墜する演習を実施し、状況を混乱させた。このことは、習近平主席に対する信頼問題だけではなく、軍に対する習近平主席の統制能力に対する懸念を高めることになった。アメリカは、中国の台頭に対して、かつての旧ソ連に対する封じ込め政策の埃を払い、それに経済的関与政策を加えて修正した政策を以て対応してきた。この(封じ込めと関与からなる)「コンゲージメント ("congagement")」政策は、中国に対して経済的に関与しながら、一方で軍事的に封じ込めようとするものである。中国は、域内の平和と繁栄を求めている。しかしながら、中国の行動は、まったく逆の状況を生み出している。

3)ワシントンは、中国の平和的崛起を歓迎すると述べながら、中国を、アメリカ主導の国際秩序に馴染まない成り上がり者のように扱っている。ワシントンはこの地域の平和と繁栄を真に望むのであれば、言動の一致が必要である。冷戦期の「相互確証破壊」のような考え方は、現在の米中関係には相応しくないであろう。中国は、植民地時代のアメリカから、経済的関与による相互繁栄を経験してきた。アメリカと中国との貿易関係は中国の建国の時代に遡る。そして、1979年から鄧小平政権の下で改革・開放政策がスタートしてから、国際経済における中国の重要度が高くなってきた。中国による南シナ海、インド洋におけるシーレーンに対する執着は、理由のない行動ではない。これらのシーレーンは中国の輸出経済の要となる貿易ルートである。これらの海上ルートが破壊されると、中国経済だけではなく、世界経済も打撃を受ける。従って、米経済への潜在的な脅威を考えれば、ワシントンは、健全な貿易関係を維持するために北京を支援すべきであり、また信頼関係を構築し、公平な競争を促進し、規範に基づく機構への参加を中国に慫慂し、そして「相互確証繁栄」に向けた道を切り拓くべきであろう。米中間には、現在、80を越える2国間対話が行われている。両国関係をゼロサム的な関係と見るべきではない。

4)中国の台頭は既成事実である。アメリカは中国を封じ込めるべきであり、戦争は不可避であると見ることは、危険であり、間違いである。中国は新しいソ連ではない。中国の「平和的崛起」の本質が地域覇権を目指すものか、あるいは一党独裁政権の下で国内の矛盾や摩擦、抗争の現れなのかは明らかではない。誰が中国を封じ込めできるのかという問いには、中国人のみが自ら答え得る問題である。この間、アメリカは、警戒しながら、関与を続ける必要がある。中国は、儒教精神と文化遺産をもって、「ソフトパワー」を生かしていくべきである。北京は、近隣諸国との平和的関係を促進し、潜在的な同盟国にたいして影響力を及ぼし、「平和的崛起」という国策を、明白な言葉と一貫性のある行動によって遂行すべきである。これこそ中国のやり方、つまり、道教の教えである調和の中で生きるという考え方である。

記事参照:
Why the US will gain nothing from seeking to contain China

4月27日「米中関係における『恐怖』と『名誉』、『トゥキディデスの罠』を回避するために―中国人専門家論評」(The Diplomat, April 27, 2016)

マカオ大学助教、陳定定は、Web誌、The Diplomatに4月27日付で、"Fear and Honor: The Other Side of the US-China 'Thucydides Trap'"と題する論説を寄稿し、米中関係が「トゥキディデスの罠」を回避するためには、「恐怖」(fear)と「名誉」(honor)が外交政策決定過程に及ぼす影響を正しく理解する必要があると主張し、要旨以下のように述べている。

(1)米中関係を考察する際、往々にして中国側の強硬な姿勢に注目が集まりがちである。それ故に、米中間に内在するとみられる潜在的な「トゥキュディデスの罠」を回避するためには、中国に対してより抑制の効いた外交政策を求めることが多い。しかし、「トゥキュディデスの罠」については、払拭すべき共通した誤解がある。通常、「トゥキュディデスの罠」とは、台頭国(この場合、大半の分析者は中国を想定している)が覇権国に取って代わろうとすることで戦争になると説明されることが多い。しかし、この説明では、「トゥキュディデスの罠」シナリオにおける「恐怖」の役割が正確に描かれていない。つまり、覇権国も、その「恐怖」から台頭国を抑制するために予防的戦略を選択し、それが紛争を誘発する可能性を包含している。これは予防戦争戦略といえるかもしれない。当然ながら、ここで想定される覇権国(アメリカ)がこのような戦略を選択するとは考え難いが、このような心的傾向は潜在的に存在しているということを念頭に置く必要は十分にある。

(2)米中関係におけるアメリカの「恐怖」要因は、少なくともアメリカ国内では、ほとんど論議されることはない。しかし、アメリカ国内では中国の台頭に不安を抱く専門家は決して少なくない。アメリカの外交政策は、主として2つの要因、即ち「恐怖」と「名誉」によって駆り立てられている。アメリカは、現在のリベラルな国際秩序に満足しており、台頭する専制国家を含む、あらゆる脅威から如何なる代償を払ってもこれを護る覚悟である。一方、「名誉」も重要な役割を演じている。アメリカは、自らの価値観や制度を世界へ広めることに強い関心を持っている。同時に、アメリカの対中政策は「恐怖」によっても駆り立てられており、アメリカの専門家の中には、中国が南シナ海を手中に収めた暁には、アメリカがアジア地域から追い出されるのではないかという「恐怖」を感じている人もいる。この「恐怖」はアジアインフラ投資銀行(AIIB)創設当初のアメリカの反応からも明らかであった。要するに、中国の外交政策や行動に対する、こうしたアメリカの「恐怖」こそが、米中関係を不安定にしているともいえるのである。

(3)この「恐怖」と「名誉」の両側面は、アメリカに限ったものではなく、中国にも同様に存在する。但し、中国の「名誉」とは、習近平の「中国の夢」に象徴される、アジアにおける卓越した地位に返り咲くことであり、アメリカのように価値観を他国に広げることではない。これに対して中国の「恐怖」とは、西欧諸国が中国の台頭を阻止するべく何らかの陰謀を企てているというものである。

(4)このように双方の外交政策には、心理的な要因が少なからず影響を及ぼしている。それ故に、「恐怖」と「名誉」がどのように政策決定過程に作用するのかを正しく理解する必要があり、この作業こそが米中関係の改善にも寄与するといえるだろう。

記事参照:
Fear and Honor: The Other Side of US-China 'Thucydides Trap'

4月30日「中国の新型ICBMの発射テストと核戦力の増強―インド専門家論評」(Observer Research Foundation, April 30, 2016)

インドのシンクタンク、The Observer Research Foundation (ORF) のThe Nuclear and Space Policy Initiativeの責任者で上席研究員のDr. Rajeswari Pillai Rajagopalanは、ORFのWebサイトに4月30日付で、"Is China's new ICBM a game changer in Asia Pacific?"と題する論説を寄稿し、要旨以下のように述べている。

(1)4月19日付の米Web紙の報道によれば、中国は4月12日、射程が最も長い大陸間弾道ミサイル (ICBM) DF-41の発射テストを実施した。この固体燃料、道路移動式ミサイルは、中国のこれまでのDF-31などのICBM級の弾道ミサイルに比べて、はるかに先進的であり、米本土の大部分を覆域とすることができる射程を有すると報じられている。DF-41の発射テスト報道の2日後、中国国防部は4月12日にテストが実施されたことを確認したが、実施場所は公表しなかった。国防部は「発射テストは国内において科学的調査のために計画された通常のものである。このテストは特定の国あるいは目標を狙ったものではない」と述べた。しかし、後半の主張は、この弾道ミサイルが明らかにアメリカを目標にしていることを暗示したものと見られる。北京の行動は、アメリカとの核軍備競争において明らかに掛け金を吊り上げようとする狙いであろう。

(2)MIRV(複数個別再突入弾頭)を装備した新型の弾道ミサイル、DF-41は、アジア太平洋地域における戦略環境を変えるゲームチェンジャーとなるであろうか。この最近のテストは、DF-41の恐らく7回目のテストであった。このミサイルは、アメリカの唯一の現有ICBM、ミニットマンⅢの射程、1万3,000キロよりも長い射程を有する。DF-41の射程は、1万2,000~1万5,000キロである。また、中国は、古い型の単弾頭ミサイル、DF-5をMIRV化しつつあるとの報道もある。ここで注目しておくべき重要なことは、中国の核戦力の大部分が地上配備型弾道ミサイルから構成されているのに対して、アメリカは海洋配備のトライデントⅡ潜水艦発射弾道ミサイル (SLBM) に重点を置いていることである。

(3)中国のミサイル開発は、南シナ海を巡って米中間の緊張が増大しつつある中で継続されている。多くの報道は、中国が核戦力を質量ともに増強しつつあることを示唆しておいる。専門家は、中国の核ミサイルがMIRV化される前の段階で、中国の核弾頭を250発から300発の間と推測している。DF-41は6個から10個のMIRV弾頭を装備するとみられており、実戦配備されれば弾頭総数は大幅に増えるであろう。また、中国が核戦略を見直し、その先制不使用政策を放棄するかどうかについても疑念がある。アメリカ、特にオバマ政権が核軍縮や核兵器重視を軽減する努力をしている状況下で、中国は核戦力の増強を続けているのである。中国の弾道ミサイルの発射テストは、南シナ海におけるその侵略的行動とともに、今後、アジアの大国や小国の抗争を新たな段階に押し上げ、軍事支出の増強に拍車をかけることになろう。

記事参照:
Is China's new ICBM a game changer in Asia Pacific?

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. The Concept of 'Reach' in Grasping China's 'Active-Defence' Strategy: Part I
Bharat Shakti, April 21, 2016
Vice Admiral Pradeep Chauhan (Retd), He retired as Commandant of the Indian Naval Academy at Ezhimala.

The Concept of 'Reach' in Grasping China's 'Active-Defence' Strategy - Part II
Bharat Shakti, April 26, 2016
Vice Admiral Pradeep Chauhan (Retd), He retired as Commandant of the Indian Naval Academy at Ezhimala.

2. The PLA's Forthcoming Fifth-Generation Operational Regulations--The Latest "Revolution in Doctrinal Affairs"?
China Brief, the Jamestown Foundation, April 21, 2016
By: Elsa Kania, a senior at Harvard College and works part-time as a research assistant at the Belfer Center for Science and International Affairs.

3. The halfway point of the U.S. Arctic Council chairmanship: Where do we go from here?
Brookings, April 25, 216
An address from U.S. Special Representative for the Arctic Admiral Robert J. Papp Jr.

4. Review Draft: The Indian Ocean Region: South Asia Subregion
CSIS, April 25, 2016
By Anthony H. Cordesman, Abdullah Toukan, Michael Wang, and Eric P. Jones

5. E.U. Presents New Arctic Policy
The Maritime Executive.com, April 27, 2016

6. Shifting Waters: China's New Passive Assertiveness in Asian Maritime Security
Lowy Institute, April 29, 2016
By Ashley Townshend and Prof Rory Medcalf

7. Xi Jinping's Belt & Road Initiative: How to Win Friends & Influence Europeans
The Asian Forum, April 29, 2016
Theresa Fallon, Senior Associate, European Institute for Asian Studies (EIAS)


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀・吉川祐子
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