海洋安全保障情報旬報 2016年5月1日~10日

Contents

5月2日「中国によるスカボロー礁の占有、埋め立て阻止、米の決意を試すリトマス試験紙―米専門家論評」(War on The Rocks.com, May 2, 2016)

米シンクタンク、戦略国際問題研究センター(CSIS) のZack Cooper研究員とJake Douglas研究アシスタントは、5月2日付のWeb誌、War on The Rocksに、"Successful Signaling at Scarborough Shoal?"と題する論説を寄稿し、中国によるスカボロー礁(黄岩島)の占有と占拠と埋め立てを阻止するアメリカの対応について、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海での3度目となる「航行の自由作戦」が遅すぎるとして、オバマ政権の弱さを指摘する批判が相次いでいる。しかしながら、オバマ政権の決意を示す、より大きな戦略的駆け引きが試みられている。アメリカが同時に実施している他の手段が中国によるスカボロー礁の占有と埋め立てを抑止するかもしれない。この仮説が正しければ、オバマ政権は、中国によるエスカレーションを阻止する効果的な措置をとったと称賛されるかもしれない。

(2)その理由を説明する前に、何故、中国によるスカボロー礁の占有あるいは埋め立てが挑発的なのかということを考えてみよう。

第1に、スカボロー礁は大部分が水面下にあるが、その地理的位置に大きな価値があることである。スカボロー礁は、南沙諸島や西沙諸島から離れた南シナ海の北東部にある。もし中国がスカボローに南沙諸島と同様の施設を建造すれば、中国のレーダー、航空機そして巡航ミサイルは、マニラと在フィリピンのいくつかの米軍のアクセス拠点を覆域に収めることができる。しかもスカボロー礁の中国の軍事施設は、南シナ海における滑走路を有する拠点を結ぶ「戦略的トライアングル」を形成することになる。

第2に、スカボロー礁に基地を建設すれば、無人の海洋地勢の占有を禁じた2002年のASEANと中国の「行動宣言 (DOC)」に対する明確な違反となるからである。中国は2012年にフィリピンからスカボロー礁の管轄権を奪ったが、それまではいずれの国にも占有されていなかった。中国によるスカボロー礁の占有は、中国がASEANとの間で法的拘束力を持つ「行動規範 (COC)」を締結する意図がないことを示すことになろう。

第3に、南シナ海仲裁裁判所の裁定が公表される前に、もし中国がスカボロー礁を占有し、埋め立てを強行すれば、それは法に基づく秩序に対する慎重に計算された挑戦ということになろう。

(3)上記のように、スカボロー礁は他の岩礁や環礁とは違った戦略的意味を持っている。域内の多くの国は、中国によるスカボロー礁埋め立て阻止を、アメリカの決意を試すリトマス試験紙とみている。それでも、オバマ政権の最近の発言や行動はチグハグであるとの見方が多い。2016年初め、リチャードソン米海軍作戦部長は「スカボロー礁が中国による次の埋め立て地となる可能性がある」と懸念を示した。その懸念表明の直後であるにもかかわらず、オバマ大統領は習近平主席との共同声明で南シナ海における人工島の造成についての言及を避けた。一方で、カーター米国防長官は訪中を延期し、南シナ海を航行中の米空母、USS Stennisをフィリピンのカズミン国防相と共に訪問している。また、この当時、ワシントンでは、ミスチーフ環礁(美済礁)に対する「航行の自由作戦」を取り止めたとの報道があったが、現場では、米太平洋空軍がスカボロー礁の周辺でA-10攻撃機による哨戒飛行を実施している。しかし、カーター国防長官は議会でその事実確認を拒否した。こうした中、ホワイトハウスが軍高官に対して南シナ海における中国の行動に対する発言を慎むよう求めたとの報道があったが、ハリス太平洋軍司令官は直ちにこれを否定した。これらの理解困難でチグハグな発言と行動をどのように解釈すればよいのだろうか。

(4)1つの仮説として、そこには統一された戦略があると見ることができる。2016年初め、米政府高官は、中国によるスカボロー礁埋め立ての可能性を示唆した。その頃、マスコミは、ハリス太平洋軍司令官がワシントンを訪れ、安全保障担当の高官とスカボロー礁に対する中国の動きを阻止するための作戦立案について議論したと報じた。この作戦計画とは、アメリカがスカボロー礁の埋め立て阻止のためにある程度の軍事的エスカレーションのリスクを受け入れる決意を示すとともに、中国に対する公然たる圧力を避け、北京が面子を失わないような形でエスカレーションラダーを降りられるようにする、というものだったのではないか。アメリカの意図は秘密裏に中国に伝えられたようである。この仮説が正しければ、それまでのチグハグと思われた発言や行動に納得がいく。事実、「航行の自由作戦」それ自体は人工島の建設を思い止まらせるものではなく、一方で、戦闘機などによる軍事的行動はアメリカのシグナルを的確に伝えるものと見られるからである。A-10攻撃機による哨戒飛行についての報道は「航行の自由作戦」に比べて少なかった。これは、公式の場で中国の顔に泥を塗るような批判や行動を避けることによって、中国を怒らせずにスカボロー礁の埋め立てを思い止まらせることができると考えてのことであろう。

(5)この読みが正しいとすれば、オバマ政権は、最近の失敗から重要な教訓を学んだといえよう。第1に、このことは、中国が行動を起こし既成事実を積み上げる前に、アメリカの関心を正確に伝えることになるからである。第2に、このことは、これまでのあまり効果的ではない全般的な抑止力に頼るのではなく、「特定の行動には特定の代価を強いられる」ことを伝える直接的な抑止力の行使となるからである。第3に、そして最も重要なのは、ワシントンが、スカボロー礁周辺に米軍部隊を配備し、この地域の何処ででも作戦を継続的に遂行することによって、一定のリスクを受け入れる意志を誇示することになるからである。第4に、ワシントンは、公然と「レッドライン」を引くよりも、ある程度の柔軟性を維持しながら、静かに―大きな棍棒を持って、穏やかに話す―その意図を伝えられるからである。しかしながら、こうした作戦によって中国がスカボロー礁の占有や埋め立てを諦めるかどうかは、時が経ってみなければ分からない。

記事参照:
Successful Signaling at Scarborough Shoal?

5月3日「インド洋におけるインドの安全保障政策―インド人専門家論評」(The National Bureau of Asian Research for the Senate India, May 3, 2016)

インドのシンクタンク、The Observer Research FoundationのAbhijit Singh上級研究員は、5月3日付のThe National Bureau of Asian Research のサイトに、"India's Maritime Stakes in the South Asian Littoral"と題する論説を寄稿し、インド洋における最近のインドの海洋安全保障に関する取り組みについて、要旨以下のように述べている。

(1)インド海軍は最近、誘導ミサイルフリゲート、INS Karmukをアンダマン・ニコバル諸島沖に配備したが、このことは、ニューデリーがインド洋東部の制海権を確保するための計画を実行しているとの憶測を呼んだ。シンガポール紙、The Straits Timesは、インドは中国の潜水艦がインド洋沿岸地域に寄港するのを阻止するためベンガル湾を要塞化していると報じた。その後、カーター米国防長官の訪印中、米印両国は、アジアの広範な海域での米印合同海洋作戦の遂行に不可欠な補給品の交換協定に、今後数カ月以内に署名することに合意した。この合意については、一部の政治コメンテーターは、ニューデリーが中国に対抗することを狙ってワシントンとの海洋コアリションに同意したと見なした。2016年1月に、中国の潜水艦母艦が戦略的に重要なアンダマン・ニコバル諸島付近を横切ったと報じられ、それに続いて、ニューデリーが2機のP-8Iネプチューン海上偵察機を同諸島に配置した。それ以来、インドは明らかに、インド洋東部の海洋空間を管制するために積極的な行動を取り始めた。4月には、インド海軍は、監視任務と対海賊哨戒活動のために、新たにP-8Iネプチューン海上偵察機1機をセイシェルに配備した。専門家は、この配備も、中国の潜水艦母艦がアンダマン・ニコバル諸島に接近したこと―つまり、この事実はこの海域に中国の潜水艦が存在していることを示唆するもの―が引き金になったと見ている。

(2)一部の専門家は、アンダマン・ニコバル諸島での最近の海軍力の強化を、より広いインド洋東部沿岸域でのより大規模な戦略的計画の一部と見ている。例えば、インドの空母、INS Vikramadityaが1月にスリランカのコロンボ港とモルジブのマレー港を訪問したのは、インド洋沿岸域の近隣諸国に対する軍事援助とともに、インドの安全保障におけるこれら海洋の近隣諸国の重要性を示すものである。インド洋西部海域におけるインド海軍の活動に空母の展開が含まれていることは、この海域における海軍力を強化しようとするインドの明快な意志を示すものである。増大する中国海軍のインド洋への進出に対抗するため、インドはアンダマン・ニコバル軍を強化している。4月に実施した水陸両用演習で、戦略的に重要な位置にある同諸島防衛任務を訓練するために、インド軍の3軍種がシームレスな統合演習を行った。インド海軍は、2012年に同諸島南端に航空基地を開設したが、現在、同諸島とラクシャドウィープ諸島の小規模な海軍施設を、より大規模な海洋ハブに強化するために、"Maritime Infrastructure Perspective Plan"を検討している。またインドは、モーリシャスのアガレガ島とセイシェルのアサンプション島の開発計画協定に署名した。インドは、インド洋沿岸域諸国の軍事能力を強化するために、インフラ開発に力を入れている。

(3)インドはインド洋における影響力の強化に積極的だが、インド海軍の運用は非常に協調的で、重要な海上交通路とチョークポイント防衛において、域内の海軍や海洋機関との戦術的な連携を強化している。インド海軍の運用ドクトリンにおける重要な要素は、域内の海洋任務における外交的側面である。インド海軍は、地域安全保障の負担を引き受けるために必要な運用能力を育成するために、域内の友好的な海軍や海洋機関と責任を共有しなければならないことを認識している。またインドは、より広範なアジアの沿岸地域における安全保障の役割を演じるための自らの能力を強化するとともに、南アジアにおけるその地政学的関心を強調しなければならないことを理解している。これらの戦略目的を達成するために、インドは、インド洋とそれ以外の地域で友好国と協調していななければならない。

記事参照:
India's Maritime Stakes in the South Asian Littoral

5月3日「揺らぐ南シナ海に対する米政策の信憑性―米専門家論評」(The Diplomat, May 3, 2016)

米Connecticut CollegeのWilliam G. Frasure教授は、5月3日付のWeb誌、The Diplomatに"U.S. Credibility in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、南シナ海で高まる中国のプレゼンスはアメリカの南シナ海に対する政策の信憑性を揺るがせているとして、要旨以下のように述べている。

(1)中国は、南シナ海における軍事化を継続している。更に、中国はこれまで、他の領有権主張国との如何なる形での多国間交渉も拒否してきた。他の係争国は、南シナ海における中国の益々強化される軍事態勢に如何に対応するかということを放置してきた。今や、フィリピン、ベトナムそしてその他の係争国は、南シナ海における中国の主権を受け入れるか、それとも自らの国益を護るために戦うか、いずれかを選択しなければならない。二者択一の選択肢であれば、いずれの係争国も中国の軍事力に対抗できないので、これらの国は南シナ海を中国に譲らざるを得ないが、ベトナムとフィリピンは、もう1つの選択肢、アメリカとの軍事関係を強化する道を選んだ。

(2)ベトナムとフィリピンは、アメリカにより接近することによって、この地域に一定のバランスを確保し、そうすることで、中国がその主張を軍事力で強制するのを抑止することを期待している。両国は、明示的で積極的なアメリカの軍事プレゼンスが中国を抑止することを望んでいる。アメリカが今後も、中国が南シナ海に投入できる軍事力を上回る十分な軍事力を維持していくことは疑いない。抑止力の基本的要素は信憑性である。軍事力を展開させることも重要だが、敵対国に軍事力を使用する意志を確信させるとともに、友好国に対して彼らに代わって軍事力を行使してくれると確信させることが重要である。更に、友好国に対して、彼らの敵対国がアメリカの軍事力によって脅かされていると信じさせることも重要である。そして最後に、こうした信憑性が南シナ海で実際に目に見えていることが重要である。アメリカは、自身の関与を強化することによって、中国をより合理的でより協調的な政策に向かわせるとともに、真剣な多国間交渉を通して紛争を解決する必要性を受け入れさせようとしていることを、フィリピンとベトナムそして他の係争国に保証しようとしている。

(3)しかしながら、このアプローチが機能していることを示す確証はほとんどない。南シナ海における人工島の造成、地対空ミサイルの導入あるいは滑走路の建設などの一連の多くの小さな措置を辛抱強く積み上げることによって、中国は、より大きな成果、即ち、「9段線」内に事実上の主権を確立できることを確信しているようである。更に、中国は、こうした小さな措置がアメリカの妨害を招く要因になるとは見ていない。埠頭や滑走路の建設、あるいは地対空ミサイル部隊の展開がアメリカとの軍事紛争の引き金になるとは想像し難い。他方、中国が、アメリカの艦船や飛行機を攻撃したり、アメリカとの明らかな戦争行為に踏み切ったりすることは、ほとんどあり得ない。かくして、中国は、砂の長城を作り続けることができる。

(4)抑止力の信憑性における核心的問題は、中国と他の係争国との間の武力衝突事態に、アメリカがどのように対応するかである。米比相互防衛条約は65年前に調印され、2011年に再確認されたが、アメリカは同条約の下、中国がフィリピンを攻撃した場合、フィリピンを支援する一定の責任を有する。しかしながら、その責任の範囲は、「憲法上の手続きに従って共通の危険に対処する」、そして国連安保理に問題を付託すると規定されているだけである。更に、アメリカがこの条約によって、係争中の環礁や暗礁に対する中国の侵略に対応するよう義務付けられているかどうかはまったく明確ではないし、疑問である。ベトナムに対しても、アメリカは、公的な義務を全く有していない。要するに、南シナ海における中国と、フィリピンとベトナムのいずれか、あるいは両国との間の実際の軍事紛争に如何に対応するかの決定において、アメリカの裁量の幅は大きいのである。中国が南シナ海における軍事力の強化を継続していることから判断して、中国は、アメリカが中国の野望を物理的に阻止しようとすることはないと確信しているようである。南シナ海におけるアメリカの行動は、フィリピンやベトナムの領有権主張を支援するためではなく、海洋の自由という一般的原則を主張するために行われてきた。領有権を主張したり、それを護ったりする如何なる行動も、領有権主張国自身に委ねられてきた。領有権主張国だけによる如何なる行動も、中国によって簡単に素早く跳ね返されるだけであろう。従って、アメリカによる具体的な軍事的支援の事前保証なしには、このような行動はとれないであろう。しかし、アメリカのこうした事前保証が得られると確信できる根拠は全くない。

(5)アメリカの国内政治に目を向ければ、ほとんどのアメリカ人にとって無関心な世界の片隅にある小さな岩礁や環礁を巡る中国との軍事対決に国民の支持を喚起することが米政府にとって如何に困難なことかを、中国と他の領有権主張国は気付くに違いない。現在、アメリカの世論調査では、アメリカ人が懸念している問題として南シナ海紛争はリストに挙げられてすらいない。世論調査における中国についての懸念は、主に貿易問題である。重要なことは、現政権は南シナ海問題に対する米国民の注意を喚起させる如何なる努力もしておらず、また次期政権もそうしたことを行う如何なる兆候もないことである。南シナ海における中国の威圧的なプレゼンスの持続的な増強は、意図しているかどうかは関係なく、南シナ海におけるアメリカの政策に対する疑念を高める効果を発揮している。実際、アメリカは南シナ海に対する中国の軍事的支配を阻止するためには何もできないという状況が、次第に明確になりつつある。特に中国がアメリカに屈辱を与える明らかな挑発を回避しつつ、小さな措置を積み上げていく自制的な忍耐力を続けていけば、こうした状況が続いて行くであろう。

記事参照:
U.S. Credibility in the South China Sea

5月3日「周辺諸国を巻き込む南シナ海での米中覇権争い―インド人専門家論評」(China US Focus, May 3, 2016)

シンガポール国立大学リークアンユー公共政策大学院のSajjad Ashraf客員教授は、Web誌、China US Focusに5月3日付で、"Counting India, the Philippines and Others to Maintain U.S. Hegemony in South China Sea"と題する論説を寄稿し、南シナ海における以下のように、東シナ海で展開されている米中対立は、米中だけではなくフィリピンを含む東南アジア諸国にも大きな影響を与えていると主張する。

(1)南シナ海問題に対するアメリカの関与は、アメリカが中国の南シナ海におけるプレゼンスの増強に同盟諸国とともに対抗していくとのメッセージを示している。しかしその一方で、中国やその他の国の間に、アメリカが中国の台頭を阻止するために軍事的危機を高めているだけとの見方も高まっている。中国は、アメリカの動きを、冷戦思考の具現であり、平和と安定にとって有害であると非難してきた。南シナ海におけるアメリカの支配的地位が中国の台頭によって挑戦されている。それ故、アメリカは、中国に対抗する姿勢を強化してきた。アメリカはこの努力にインドも巻き込み、カーター米国防長官の訪印時、補給品の交換協定に調印した。現在までのところ、インドは南シナ海におけるアメリカ主導の哨戒活動に参加することは拒否しているが、インド海軍のベトナム、オーストラリアそして日本との協力関係は、中国を念頭に置いたものである。アメリカは、西大西洋における軍事プレゼンスを強化しており、2020年までに艦艇と航空機の60%を太平洋地域に展開させる計画を進めている。

(2)米中による地域覇権争いが強まるにつれ、ASEANは、一体として行動するか、あるいは国益に従って個別に行動するかの選択に迫られている。小国にとって、米中間でバランスを維持していくことは困難である。中国は、ASEAN諸国との友好関係が中国自身の長期的な戦略に基づくものであると強調する一方で、南シナ海の海洋地勢に対する領有権主張に固執している。アメリカの圧倒的なパワーに基づく世界秩序が南シナ海の平和を維持してきたことは事実だが、南シナ海は中国の前庭であり、中国の主権主張は当然のことである。しかしそれを認めることは、現状維持を望むアメリカが大きな代償を払うことになる。従って、アメリカは、周辺の東南アジア諸国の間で恐怖と不安を駆り立て、中国を封じ込める戦略目標を達成する連合を形成するために、こうした不安感を利用しようとしている。

(3)他方、中国との関係を危険に曝してまで、アメリカの戦略的利益を満足させようとする国家がどれほど存在するのかという問題もある。東南アジア諸国にとって、米中いずれかの選択を迫られないことが理想である。中国がこの地域や地域を越えて経済的、政治的影響力を高めれば、アメリカの軍事態勢も強化されるであろう。そしてアメリカは自らの軍事プレゼンスを強化することで中国が身を引くことを望んでいると見られるが、中国は、より侵略的なスタンスをとってアメリカに対抗することもあり得る。覇権を争う2つの大国が米中関係のように経済的に相互依存関係にあったことは、これまでなかった。東アジア諸国を含め世界中が米中のこうした相互依存の共存関係が継続することを望んでいる。

記事参照:
Courting India, the Philippines and Others to Maintain U.S. Hegemony in South China Sea

5月8日「カムラン湾基地に対するベトナムの選択肢、南シナ海の動向次第―米人専門家論評」(The National Interest, Blog, May 8, 2016)

米の安全保障問題専門家、Yevgen Sautinは、米誌The National Interestのブログに、"This Vietnamese Base Will Decide the South China Sea's Fate"と題する論説を寄稿し、ベトナムはカムラン湾基地のアクセス権をどの国に認めるかの選択肢を有しているとして、要旨以下のように述べている。

(1)中国による南シナ海の軍事化によって緊張が高まっているが、もし北京が米大統領選挙期間中のこの時期を、南シナ海の支配強化の好機と見なせば、状況は一層悪化するであろう。中国の次の行動が何であろうと、アメリカの政策決定者にとって、中国との領有権問題解決のために東南アジア諸国が何をしようとしているのか、あるいは何をしたくないと考えているのかについて、正確に理解していることが重要である。ベトナムは、領有権主張国の中で最も力があり、南シナ海における中国の主張に異議を申し立てることを決意している。ベトナム海軍は、西沙諸島を巡って中国人民解放軍と何度か流血の衝突を経験してきた。中国は最近一層挑発的になってきているが、ベトナムには、係争海域における権利を主張するために果敢な行動を取ってきた歴史がある。ベトナムの指導者は、中国の圧力に屈して領有権問題を解決するために多国間枠組みを放棄し、中国が容易に支配することのできる2国間の個別対話を行う気はないようである。

(2)ベトナムには、東南アジアでも最良の水深港の1つである、カムラン湾海軍基地がある。近傍に大型輸送機や戦略爆撃機が着陸するのに適した飛行場があることで、カムラン湾はその戦略的価値をより高めている。もし主要な海軍国がカムラン湾基地に恒久的にアクセスできるようになれば、他の国が係争海洋地勢の大半を実効支配したとしても、南シナ海の排他的な制海確保は困難であろう。カムラン湾における近代的な基地は、ベトナム戦争中に米海軍によって建設された。戦後、ベトナムは、旧ソ連に対するカムランの施設の25年間の租借に合意した。旧ソ連は急速に基地を拡張し、東欧以外で最大の海外基地にした。カムラン湾基地は、旧ソ連海軍のハブとしての機能に加え、アメリカ、中国に対する通信情報の収集に使用された。ソ連の崩壊後、ロシアは、カムラン湾基地をそれほど必要とはせず、2002年にロシアが撤退した時には、基地はほとんど荒廃するに任されていた。その後、ベトナム政府は港湾を近代化し、一部の国の海軍にカムラン湾地基訪問を認めてきた。

(3)多くの点で、アメリカは、カムラン湾基地へのアクセスを再度手に入れる最有力候補である。1995年のベトナムとの国交正常化以来、米越2国間の経済的、及び安全保障上の結び付きは確実に重要性を増している。アメリカは2014年には、1980年代から継続していた武器禁輸措置を緩和した。戦略的レベルでは、ベトナムは、中国の長期的な意図について依然疑念を抱いており、アメリカを重要な安全保障上のパートナーとして見なしている。カムラン湾基地へのアメリカのアクセスを認めることは、ワシントンとハノイの間で強まりつつある同盟関係を象徴するものとなるであろうし、南シナ海における多くの中国の施設の軍事的価値を低下させるものとなろう。他方で、中越関係の大幅な悪化が予想される。少なくとも、中国は、ベトナム経済に深刻な制裁を科すことができよう。ベトナム指導者は米中関係がより抗争的なものになりつつあると考えているようであり、従って、ベトナムは、アメリカに決定的に傾斜するよりもワシントンと北京を天秤にかけておくことを望むであろう。また、ハノイは、アメリカの南シナ海問題への関与の決意についての疑念を完全には払拭していない。故に、アメリカをカムラン湾基地に受け入れる代償は、現在の米越関係の利得を上回る。

(4)ロシアについてはどうか。ロシアは、カムラン湾基地に復帰したいという明白な願望を持っている。ロシアの専門家は最近の港湾の近代化のために雇用されていたし、ベトナムは、近傍の飛行場をロシア爆撃機の燃料補給に使用することを認めており、米国務省は懸念を強めている。ベトナムにおけるロシアの基地はロシアにとってほとんど象徴的な価値に過ぎないが(ロシア海軍はせいぜい一握りの艦艇しか配備できないであろう)、国際的な威信を回復し、より積極的に国際的な役割を果たすというクレムリンのより広範な戦略には適合するであろう。また、ベトナムとの長年にわたる軍事関係はロシアの利点で、26億ドルのキロ級潜水艦の購入を含め、ベトナム軍の多くの兵器はロシアからの購入である。ベトナムは最近、ロシア海軍のカムラン湾基地への寄港を承認している。ロシアにとって最も不利な点は、南シナ海の問題についてモスクワが北京側に傾斜を強めていることである。ロシアの経済的苦悩、クリミア併合と東部ウクライナでの戦争後の国際的な孤立によって、クレムリンは益々中国を頼るようになっている。その結果、ロシアは、南シナ海問題の「国際化」に反対しており、特に中国の公的立場を反映した関係国間同士の直接対話が望ましいと主張している。このような状況を考えれば、カムラン湾基地施設のロシアによる優先的使用が独占的な基地使用協定に結び付くとは考えにくい。

(5)大穴は日本である。日本はカムラン湾基地に縁がないわけではない。2016年には、海自の2隻の護衛艦がカムラン湾基地に寄港しており、海上自衛隊による南シナ海への関与を一段進めた。後方支援の必要があるにしても、ベトナムがカムラン湾基地への恒久的なアクセスを日本に許可することはほとんど考えられない。そのような動きは、日本の第2次大戦中の占領の遺産(1942年のマレー侵攻作戦にカムラン湾を使用した)の故に、大きな反発を招く危険がある。

(6)中国はどうか。1979年に中国がベトナムに侵攻し、その後に南シナ海の係争海洋地勢を巡って砲火を交えたにもかかわらず、中国の可能性を完全に排除することはできない。両国は強力な経済的関係を発展させてきており、ベトナム共産党内には親中派がおり、ハノイは過去に中国に基地を貸与する可能性を仄めかしたこともある。1990年代後期に、ベトナムは、カムラン湾基地の使用料についてロシアと再交渉した際、ベトナムの交渉担当者は、使用料を全額支払わないのであれば、アメリカか中国に乗り換えることもできると主張した。ベトナムにはアメリカが認識している以上に中国とのより太い紐帯があるとはいえ、最近の情勢からはそのような動きはほとんどなさそうである。カムラン湾基地に中国がプレゼンスを維持するようなことになれば、南シナ海における中国の態勢を一層強固なものにし、戦略的に重要な国際的海上交通路を事実上の「中国の湖」にしてしまう恐れがある。

(7)そして勝利者は上記のいずれの国でもない。ハノイは、カムラン湾基地の使用について、如何なる国とも軍事的協定を締結することに関心がないことを明らかにしてきた。このことは言葉通りに受け止めるべきであろう。カムラン湾の海軍施設を全ての国の艦船に開放することを認めることによって、ベトナムは、同時に幾つかの国とのより密接な関係を追求することができるだけでなく、ベトナムの長期的選択肢を常に確保しておくことができる。カムラン湾基地に対するベトナムの政策はいずれ変わるであろう。しかし、それは、南シナ海の状況が一段と悪化した場合だけであろう。そして、最近の中国との対立は深刻ではあるが、ベトナムには、両国が短期間であったが戦火を交えた1970年代後半の敵意に近いものはどこにもない。

記事参照:
This Vietnamese Base Will Decide the South China Sea's Fate

5月10日「米、南シナ海で航行の自由作戦実施」(USNI News, May 10, 2016)

米海軍誘導ミサイル駆逐艦、USS William P. Lawrence (DDG-110) は5月10日、南シナ海で中国が造成した人工島、ファイアリークロス礁(永暑礁)周辺12カイリ以内の海域で「航行の自由」(FON)作戦を実施した。FON作戦は、南シナ海における航行の自由を規制しようとする、中国、台湾及びベトナムの「過剰な海洋権限主張に対抗する」ことを狙いとするものである。国防省報道官は、中国、台湾及びベトナムは国際法に反して領海の無害通航に事前許可あるいは事前通報を求めていると非難した。中国もこのFON作戦を非難し、国防部報道官は、アメリカのFON作戦を中国の主権を脅かし、地域の平和と安定を危うくすると述べた。

記事参照:
U.S. Destroyer Passes Near Chinese Artificial Island in South China Sea Freedom of Navigation Operation

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. Beyond Crimea: Hybrid War in Asia?
The Affiliate Network, May 2, 2016
Lino Miani, a retired US Army Special Forces officer, author of The Sulu Arms Market, and Chief Executive Officer at Navisio Global LLC

2. Friends if We Must: Russia and China in the Arctic
War on The Rocks.com, May 6, 2016
Stephanie Pezard is a political scientist at the nonprofit, nonpartisan RAND Corporation.
1st Lt Timothy Smith is a graduate of the U.S. Air Force Academy and a doctoral candidate at the Pardee RAND Graduate School.

3. South China Sea: How We Got to This Stage
The National Interest, May 9, 2016
Fu Ying and Wu Shicun
Ms FU Ying is Chairperson of Foreign Affairs Committee of China's National People's Congress; Chairperson of Academic Committee of China's Institute of International Strategy, CASS; and Specially Invited Vice Chairperson of China Center for International Economic Exchanges.
Mr. WU Shicun is Ph.D Senior Research fellow and President of the National Institute of the South China Sea Studies.

4. Limits of law in the South China Sea
Potter Stewart, Professor of Constitutional Law and Director, Paul Tsai China Center, Yale Law School

5. China's Expanding Ability to Conduct Conventional Missile Strikes on Guam
U.S.-China Economic and Security Commission, May 10, 2016
Staff Research Report

6. How the United States Can Maintain Its Dominance in the Pacific Ocean
Foreign Policy, May 10, 2016
James Holmes, a professor of strategy at the Naval War College


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀・吉川祐子
※リンク先URL、タイトル、日付は、当該記事参照時点のものです。