海洋安全保障情報旬報 2016年6月21日~30日

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6月21日「東アジアの海における中国漁民の密漁とその課題―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, June 21, 2016)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)提携研究員Zhang Hongzhouは、6月21日付のRSIS Commentariesに、"Chinese Fishermen at Frontline of Maritime Disputes: An Alternative Explanation"と題する論説を寄稿し、中国の漁民による絶滅危惧種の海洋生物の密漁の現状と課題について、要旨以下のように論じている。

(1)過去数年間、特に係争海域となっている南シナ海と東シナ海において、中国の漁民が関係する漁業紛争が増大している。中国漁民は、係争中の海域で何を捕っているのか。その答えは、必ずしも魚だけとは限らない。それよりむしろ、多くの中国漁民を係争中や外国の海域に出漁させているのは、赤サンゴ、オオシャコガイあるいはウミガメといった、高価値で絶滅危惧種の海洋生物の捕獲のためである。中国では、高い需要と投機によって、赤サンゴとオオシャコガイの価格は近年急騰している。

(2)東シナ海では、中国漁民は20年前から赤サンゴを捕獲してきた。しかしながら、近年の中国における赤サンゴ需要の急増のために、より多くの中国漁民が赤サンゴを不法に捕獲し始めた。その結果、中国の領海とEEZにおける赤サンゴ資源は瞬く間に枯渇した。そのため、中国漁民は、彼らの操業海域を、まず台湾の管轄海域へ、その後尖閣諸島周辺の係争海域へと次第に拡大してきた。中国の沿岸域、尖閣諸島周辺の係争海域そして台湾管轄海域における哨戒活動が強化されたこともあって、益々多くの中国漁船が、高品質の赤サンゴを狙って小笠原諸島周辺海域などの日本管轄海域にまで進出するようになった。

(3)南シナ海では、この数年間、主に海南省から多くの中国漁民が、オオシャコガイとウミガメを大規模に捕獲している。海南省潭門の漁民は、南シナ海で長年に亘って高価格のオイスター、ナマコそして巻き貝などを捕獲してきた。オオシャコガイの加工産業が増えてきたことで、潭門の漁民は生計のために、2012年頃からオオシャコガイやウミガメを捕獲するようになった。オオシャコガイは南シナ海の浅瀬のサンゴ礁で生息しているが、海域によってオオシャコガイの品質も異なり、スカボロー礁のオオシャコガイが最良、次いで南沙諸島と西沙諸島のオオシャコガイが良質とされる。当然ながら、潭門の漁民は上質なオオシャコガイを狙ってスカボロー礁に出漁することになった。スカボロー礁で2012年に中国とフィリピンが対峙したのは、フィリピンの海軍艦艇がオオシャコガイやその他の高価値海洋生物を捕獲する潭門の漁民を逮捕しようとしたことが引き金となった。この事件以来、潭門の漁民は、スカボロー礁周辺海域での操業を禁止された。このため、潭門の漁民は操業海域を拡大せざるを得なくなった。益々多くの潭門の漁民は、中国の「9段線」内で他の領有権主張国が占拠するサンゴ礁周辺海域のみならず、時には「9段線」を越えて、他国のEEZにまで進出している。

(4)絶滅危惧種の海洋生物の密漁は、中国漁民だけではない。フィリピン漁民やベトナム漁民なども、密漁によって当該海域の管轄国の海洋法令執行機関に拘束される事案も増えている。中国は、2014年後半から東シナ海で中国漁民による赤サンゴの密漁取り締まり作戦を開始し、南シナ海では2015年初めから、オオシャコガイとウミガメの密漁取り締まりを開始している。しかしながら、赤サンゴ、ウミガメそしてオオシャコガイ加工製品の需要は引き続き増加していることから、供給サイドの規制が価格の高騰を招き、それが密漁の増大に繋がりかねない。このため、需要サイドの対策も同時に必要である。

記事参照:
Chinese Fishermen at Frontline of Maritime Disputes: An Alternative Explanation

6月21日「中国による南シナ海の軍事化の危険性―RSIS専門家論評」(Asia Times.com, June 21, 2016)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)上席研究員Richard A. Bitzingerは、6月21日付のWeb紙、Asia Timesに、"China's militarization of the South China Sea: Building a strategic strait?"と題する論説を寄稿し、中国による南シナ海の軍事化の危険性について、要旨以下のように論じている。

(1)中国は既に、「議論の余地のない主権」に基づいて南シナ海を「中国の海」とすることを決意しているが、南シナ海における中国の覇権確立にとっての課題は、南シナ海の軍事化である。南シナ海は、中国にとって主たる防衛地帯となりつつある。最近の幾つかの事例から、中国が南シナ海を中国軍のみの活動海域にする意図を持っていることは益々明白になっている。まず、中国の「軍隊化された漁民」、いわゆる海上民兵の南シナ海における活動の増大である。海上民兵の船は、北京から助成金を支給される、事実上のパートタイム準軍事の組織である。これらの船は、情報を収集し、力を誇示し、主権主張を促進するために派遣されている。最近の海上民兵は、「3つのD」で示される南シナ海における中国の戦略目標、即ち(領有権主張の)宣言、(他国の主張の)拒否、そして(中国の主張の)防衛を促進するために、益々活動的でアグレッシブな戦力となってきている。

(2)同時に、この数年間の南沙諸島における中国の侵略的な(そして国連海洋法条約に違反した違法な)人工島造成計画は、今や第2段階、即ち人工島の全面的な軍事化段階に入っている。これには、ファイアリークロス礁(永暑礁)、スービ礁(渚碧礁)及びミスチーフ環礁(美済礁)の滑走路建設とこれら人工島への火砲などの軍事装備の配備が含まれる。より重要なのはウッディ島(永興島)で、近年大幅に拡張され、2,700メートルの滑走路はほとんどの中国軍ジェット戦闘機の運用が可能である。また、港湾も改修され、2016年始めには長射程地対空ミサイルの配備も報じられた。

(3)加えて、中国は、空母艦隊を整備しつつある。現在、中国が保有する空母は遼寧」のみである。「遼寧」は基本的には訓練艦で、実際の軍事作戦には使用されていないが、重要な先導艦である。中国は既に2隻目の空母を国産しつつあるが、この空母は基本的に「遼寧」の改良型と見られ、艦載機の発艦は米空母のようなカタパルト方式ではなく、スキージャンプ甲板であり、従って空母自体の戦闘戦力には限界がある。しかしながら、3隻目以降の空母はより大型で、米海軍の最新空母、USS Gerald R. Fordで採用された電磁式の発艦システムが装備される可能性さえある。多くの専門家の見るところでは、中国は最終的には少なくとも3個、恐らく最大6個の空母艦隊の保有を目指しているようである。中国が例え1個空母艦隊でも保有することになれば、アジア太平洋地域における勢力均衡を大きく変える可能性があろう。潜水艦、駆逐艦及びフリゲートを随伴させた空母打撃群 (CVBG) は、中国軍の遠距離攻撃戦力の象徴となろう。更に、こうした空母艦隊の一部は、南シナ海に面した海南省の基地を母港とすることになろう。

(4)米海軍大学の専門家が指摘するように、西端は海南島とウッディ島そして東端は造成された人工島に中国の軍事力が配備されることになれば、それは、中国が基本的に南シナ海を「海峡」に変えようとしていることを意味する。言い換えれば、北京は、南シナ海を、国際的なシーレーンから中国によって管理される海域に、そして他国にとっては戦略的なチョークポイントに変えようとしているのである。中国による南シナ海の「藍色国土の軍事化」は、東南アジアの海洋における「開かれた窓」を閉ざすだけでなく、南シナ海が紛争にエスカレートするフラッシュポイントになる可能性を高める。中国は南シナ海を軍事化しているだけでなく、それによって、南シナ海は北京にとって失うにはあまりに大きな海域となりつつある。このことは、中国がその領有権主張を貫くために、他の領有権主張国に対して先制攻撃を行う誘因を高めている。中国は、益々危険になるキチンゲームをしているが、一方でその行動の重大な潜在的結果を意識しているようには思えない。

記事参照:
China's militarization of the South China Sea: Building a strategic strait?

6月21日「中国の『歴史的権利』主張の由来―英専門家論評」(The Diplomat, June 21, 2016)

英シンクタンク、Chatham House連携研究員で南シナ海問題の専門家Bill Haytonは、6月21日付のWeb誌、The Diplomatに、"China's 'Historic Rights' in the South China Sea: Made in America?"と題する長文の論説を寄稿し、フィリピン提訴の南シナ海仲裁裁判所の訴因の1つである、中国が主張する「U字型線 ("U-shaped line")」(「9段線」と同義)内における「歴史的権利」の由来について、要旨以下のように論じている。

(1)大方の見方に反して、中国はこれまで、「U字型線」内の全ての水域に対して公式には「歴史的主張 ("historic claim")」をしてきたわけではない。中国は、環礁や島嶼と、その「周辺」あるいは「関連」水域に対する権利を主張してきたが、その正確な範囲については説明していない。中国は2009年5月に、国連大陸棚限界委員会に「U字型線」地図を公式に提出したが、その内容については説明しなかった。中国の国立南海研究院の呉士存院長は「U字型線」の意味について言及しているが、これが最も明快な説明といえる。呉院長によれば、「U字型線」は以下の3つの要素を含んでいる。即ち、①線内の海洋地勢に対する主権、②国連海洋法条約 (UNCLOS) によって定義される水域に対する主権的権利と管轄権、③漁業、航行及び資源開発に対する「歴史的権利 ("historic rights")」。最初の2つの要素については、呉院長がいう海洋地勢を「低潮高地」ではなく、岩礁や島嶼と見なせば、それらに対する主権主張とそれらの周辺水域に対するUNCLOSに基づく権利は、あまり論議を呼ぶものではない。中国の隣国はそれらの主張の範囲に異議を唱えているが、その論拠は、少なくとも国際法に対する共通の理解に基づいているからである。問題は3つ目の要素である。中国の法律専門家は、懸命に努力してはいるが、議論の余地のない中国本土領域から最大で1,500キロも離れた水域に対する「歴史的権利」を中国が享受しているとする正当な論拠を未だ見出していない。

(2)カナダの研究者、Christopher Chung (PhD student at the University of Toronto) の先駆的研究*によれば、1946~47年に当時の中華民国が引いた「U字型線」は線内の水域に対する歴史的主張ではなく、南シナ海で中国がどの島嶼に対する領有権を要求するか、あるいはしないかを示す単なる地図作成上の工夫であった。Chungは線を引いた中華民国委員会の公文書を調べた最初の研究者で、彼はそこで、「1946年9月25日に、南シナ海の島嶼に関係する幾つかの問題を解決するために、外交部、内務部、国防部及び中華民国海軍總司令部の代表が内務部で会合した」事実を発見した。この日の会合で、委員会は、内務部の地図製作者によって作成された「南海諸島位置略圖」**に基づいて、中華民国がどの島嶼に対する領有権を要求するかを決定した。「南海諸島位置略圖」は「U字型線」を示す最初の中華民国政府の文書であり、その意味するところは、前記委員会が「南シナ海でどの島嶼を接収するかを決める範囲(接收南海各島應如何劃定接收範圍案)」を定めたものであった。委員会の関心は島嶼だけであり、その周辺水域、歴史的要求あるいはその他に対する言及はなかった。この地図が1年半後に公表された時にも、何も変わってなかった。1948年2月に公表された中華民国の行政区分を示す地図には、南シナ海の新しい公式地図が含まれていた。この地図は、「U字型線」を示した最初の公式地図であるが、島嶼について言及しているだけで、「歴史的権利」については触れていない。

(3)1949年の中華人民共和国成立後も、その主張に変化はなかった。当時の周恩来首相が1951年にサンフランシスコ平和条約の草案を非難した時にも、島嶼には言及したが、水域には言及しなかった。1958年の「領海宣言」では、12カイリの領海を宣言したが、島嶼については「公海」によって中国本土から切り離されることを明記し、「歴史的権利」については言及していない。1974年1月12日に、人民日報は、「これら島嶼とその周辺水域の資源は完全に中国に属している」と宣言したが、これは「歴史的権利」の主張ではなかった。中国は、1973年から82年までのUNCLOS 交渉に参加した。採択されたUNCLOSは、当該沿岸国に近接した「歴史的湾」という限定的な定義を除いて、「歴史的権利」については言及がない。中国は1996年に、「歴史的権利」に言及することなく、UNCLOSに加盟した。それに先立つ、1992年の「領海及び接続水域法」でも言及しなかった。しかしながら、1998年6月に「排他的経済水域及び大陸棚法」を制定する頃までに、中国当局は、「この法律の規定は、中華人民共和国によって享受される歴史的権利に影響を及ぼさない」との文言を挿入する必要性を感じていた。「歴史的権利」という概念は、1990年代の終わりになって初めて中国の公式な語彙となったのである。何故か。

(4)ここでアメリカ人が登場する。米コロラド州デンバーの石油業者、Randall C. Thompsonは1991年4月、中国広州の The South China Sea Institute of Oceanographyを訪問した。彼には、元国務省勤務の境界問題専門家、Daniel J. Dzurekが同行していた。ここで、彼らは、1987年に同研究所が実施した南沙諸島周辺での地震探査による調査結果を調べた。Thompsonはその後、1992年2月に中国海洋石油総公司 (CNOOC) の役員会に対して南シナ海での石油開発を提案した。ThompsonはDzurekと共に、中国から数百カイリ離れたベトナム南部沖合での石油開発を進めるための法的論拠を提示できると中国人を説得した。Dzurekは後に発表した論文***で、「U字型線」という中国の用語を「伝統的海洋境界線 ("traditional sea boundary line")」と解釈するのが適切かもしれない、と指摘している。Dzurekは、UNCLOSの規定を超えて中国が南シナ海に「歴史的権利」を有することを受け入れたと思われる。同時に、台湾の法律家も、「歴史的権利」の概念を打ち出そうとしていた。台湾政府は1993年に公表した「南シナ海に関する政策指針」で、「歴史的水域内の南シナ海域は中華民国の管轄下にある海域であり、この海域内において中華民国は全ての権利と利益を有している」と言明している。この文言は、台湾の領海法の草案にはあったが、立法院での第2読会提出案ではなくなっている。「U字型線」内で「歴史的権利」を主張するかどうかについては、台湾の海洋法専門家の間で意見が分かれている。

(5)他方、中国本土では、自国の海洋権限を最大限に主張することに熱心な、呉士存のような専門家によって、「歴史的権利」概念は新たな命を吹き込まれた。もはや単なるアカデミックな議論ではなく、「歴史的権利」の主張は、中国が2012年6月にベトナム沿岸沖での石油開発鉱区を競売にかけるに当たって、唯一の可能な論拠となった。この権利主張海域は、中国が領有を主張する海洋地勢からの線引きが可能な如何なるEEZの限界をも超えたものである。インドネシア領ナトゥナ諸島沖のインドネシアのEEZ内で、中国漁民が自国の「伝統的な漁場」で操業していると主張するのは、「歴史的権利」の主張がその背後にある。更に、この「歴史的権利」の主張は、「U字型線」内における航行を規制する、そして他国の船舶による「航行の自由」を妨害する権利を有するとの中国の主張の論拠ともなっているのである。このことは、この地域における米中間の抗争の根源的な要因であり、最も軍事紛争を誘引し易い要因でもある。

(6)皮肉なことに、中国は、アメリカの専門家によって20年近く前に最初に提示された「歴史的権利」主張を擁護するために、紛争のリスクを冒す用意があるようである。一部の専門家は、中国に対して南シナ海におけるその主張を明確にするよう求めている。しかし、筆者 (Hayton) は反対である。もし北京が「U字型線」は境界線であり、線内の全ての水域が歴史的に中国のものであると、世界に向けてその主張を明確にしたらどうなるかを想像してみよう。中国は、法的にも、歴史的にも根拠がないにもかかわらず、その主張を掲げて、擁護して行かざるを得なくなろう。中国は最近、新しい海洋法を作成するには5年を要すると言い始めた。中国の当局者や研究者は個人的には、中国が南シナ海で何を主張すべきか、そしてそれは何故かということについて、依然多くの混乱があることを認めている。例えば巨大な漁業産業を抱える海南省などは、最大限の権利主張を望んでいる。しかし、こうした主張は、国際法にも、また中国自身の歴史にも何ら根拠を持たない無意味なものであり、隣国やアメリカとの対立の誘因となるだけであろう。中国がその主張を曖昧なままにし、その間、時間をかけて中国の主張を国際法の共通の理解に沿ったものに静かに導いていくのが良策であろう。法的に敵対的な方法で中国をコーナーに追い詰めることは、魅力的に聞こえるかもしれないが、中国以外の諸国にとって最も望ましくない結果を招来するリスクがある。

記事参照:
China's 'Historic Rights' in the South China Sea: Made in America?
備考*:Chris P.C. Chung, Drawing the U-Shaped Line: China's Claim in the South China Sea, 1946-1974, Modern China 1-35 (2015)
備考**:「南海諸島位置略圖」
備考***:Daniel J. Dzurek, The Spratly Islands Dispute: Who's On First?, Maritime Briefing Vol. 2 No. 1, International Boundaries Research Unit, University of Durham, UK. 1996

6月23日「米は中国の海上民兵に対処すべし―米海大専門家論評」(Snapshot, Foreign Affairs .com, June 23, 2016)

米海軍大学教授Andrew S. Erickson と同研究助手Conor M. Kennedyは、6月23日付の米誌Foreign AffairsのBlogに、"China's Maritime Militia: What It Is and How to Deal With It"と題する論説を寄稿し、米政府は東アジアの海で活動が拡大している中国の海上民兵に対処すべきであるとして、要旨以下のように述べている。

(1)中国は、南シナ海における領有権主張を強化するために、海上民兵と呼ばれる非正規戦力への依存を高めている。実際、近年、海上民兵部隊は、国際水域における多くの遭遇事案や小競り合いにおいて重要な役割を果たしており、武力衝突に至ることなく領有権主張を誇示する中国の行動計画において、有用なツールであることを実証してきた。何故なら、多くの場合、外見上海上民兵が非軍事の民間船舶であることから、例えば、米海軍の艦艇が民間船舶に対して取る得る行動を規制する交戦規則を利用することができるからである。中国の海上民兵は、その有用性にもかかわらず、中国の海洋戦力としてはほとんど認識されておらず、これまでのところ米政府の公式の報告書などでは、その存在が認識されていない。これは是正されなければならない。

(2)多くの国は、海洋法令執行や災害復旧、地域的な安全確保などの任務に従事する海上民兵を保有している。例えば、アメリカは、沿岸海域における緊急事態に対処したり、米軍に予備兵士を提供したりする適正規模の海軍民兵を保有している。しかしながら、中国の海上民兵は異なる。中国の海上民兵は、数十万人の勢力で世界最大であり、合法的に活動している外国船舶に対して嫌がらせを行うための派遣されるエリート非正規部隊であり、この種の部隊を有しているのは、中国とベトナムだけである。

(3)中国の海上民兵部隊は、当該現地の人民解放軍司令部によって統括され、当該現地の省政府から資金が提供される。南シナ海を管轄する海南省は、多くの海上民兵部隊の根拠地となっている。海上民兵部隊は、多くの場合、民間船団に見えるよう意図されているが、必要な場合、彼らが訓練で通常使用する軍服を着用する。2014年1月の軍機関紙、『解放軍報』によれば、「迷彩服を着れば、彼らは兵士としての資格を得る。迷彩服を脱げば、彼らは法を順守する漁民になる。」当然ながら、彼らは普通の漁民ではない。民兵は人民解放軍と他の政府機関の監督下にあるが、彼らの任務は、所在する当該省によって命令され、金銭的に支援されている。更に、中国政府や軍関係の出発物によれば、米軍やその他の外国軍との遭遇事案任務を託されると見られる、中国の最も先進的な海上民兵部隊の一部は、中国海軍の正規将校から訓練を受けている。実際、過去数十年間における多数の国際的な遭遇事案において、海上民兵は、中国海軍艦艇や海警局巡視船と密接に連携した行動をとってきた。恐らく最も有名なエピソード、2009年3月の米海軍調査船、USNS Impeccable事案では、2隻の巡視船やその他の明らかに民間漁船と見られる多くの船が進路を妨害する中、海上民兵が乗り込み民兵組織に登録されているトロール漁船の乗組員が、USNS Impeccableが曳航するソナーアレーを棒で引っ掛けようとした。そして、付近にいた中国海軍戦闘艦が、これら一部始終を監視していた。

(4)USNS Impeccable事案やその他の遭遇事案はよく知られているが、海上民兵は、その活動を上手く偽装している。海上民兵部隊は、外国軍との遭遇事案において、非軍事部隊という非対称的な優位を生かし、遭遇事案における中国の主導権確保を支援する。外国軍艦艇が対応に苦慮している間に、海上民兵部隊は、外国軍艦艇の位置や活動を他の中国軍部隊に報告しながら、外国軍艦艇の活動を妨害することもできる。しかも、この場合、プロパガンダ効果もある。即ち、海上民兵と外国軍艦艇との遭遇事案では、中国は、インターネットを通じて、民間人に見える漁民が不当な犠牲にあったという特別編集の映像を洪水の如く溢れさせることもできる。当然ながら、海上民兵は純粋な民間人ではなく、動員をかけられ、作戦命令に従う、彼らと中国軍の指揮系統との直接的な連関は、彼らが民間人の扱いを受ける資格がないことを意味している。

(5)我々は、海上民兵がいずれその活動を縮小していくであろうと期待すべきではない。南シナ海において近隣諸国を威圧する中国の行動は強まっており、現在進行中の南シナ海での人工島の造成とその要塞化は、海上民兵からの多くの支援を必要としている。同時に、30万人の兵員削減によって人民解放軍を縮小再編する中国の取り組みは、海上民兵に多くの新しい装備とマンパワーをもたらすことになろう。退役軍人は、非常に魅力的な海上民兵の補充要員である。北京からの要請に応えて、中国の沿岸域の各省は、既存の海上民兵部隊を拡充したり、新たな部隊を創設したりしている。例えば、中国南部の広西壮族自治区の北海市では、2013年には2個海上民兵派遣部隊、兵力約200人が根拠地としていたが、2015年には少なくとも10個海上民兵派遣部隊、2,000人以上に増強されている。

(6)中国の海上民兵と米軍艦艇の新たな遭遇事案が発生する前に、アメリカは、海上民兵の問題に取り組む必要がある。まず、海上民兵によって引きおこされる事案の危険性について、例えば、中国の軍事動向に関する2017年の国防省報告書などで、注意喚起すべきである。そして、海上民兵は、アメリカの南シナ海への合法的アクセスを阻止できないことを明確にすべきである。また、中国の海警局巡視船や海上民兵(一部は中国海軍が訓練している)が汚い任務を遂行している一方で、中国海軍がこの地域で米軍海軍と協力して善良な警官を演じるようなことを許すべきではない。むしろ、アメリカは、中国の政府公船と海上民兵に対して、中国海軍と同じ行動規範を順守するよう要求すべきである。同様に、アメリカは、ベトナムの海上民兵に対しても、海軍と同じ行動規範を順守するよう要求すべきである。そうすることで、アメリカは、世界で最も不安定な地域の1つであるこの地域における中国の非正規海洋部隊によってもたらされる深刻な挑戦に立ち向かうことができる。

記事参照:
China's Maritime Militia: What It Is and How to Deal With It

6月23日「南シナ海を巡る中国国内の抗争―豪専門家論評」(Foreign Policy.com, June 23, 2016)

オーストラリア国立大研究員兼中国国立南海研究院連携教授Feng Zhangは、米誌、Foreign Policy(電子版)に、6月23日付けで、"The Fight Inside China Over the South China Sea"と題する長文の論説を寄稿し、南シナ海を巡る中国国内の抗争について、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の判決を控えて域内の緊張が高まってきているが、重要な問題は、関係諸国、そして中国内部でさえ、北京が実際のところ南シナ海において何を達成しようとしているのかということについて、明確な視点を持ってないことである。これは、中国の研究者や政策策定者の間に3つの異なった考え方があり、それぞれ主導権を巡って抗争しているからである。中国内における抗争を観察すれば、中国と、主張が対立している東南アジア諸国及びアメリカとの間で、何故、効果的な意思疎通が欠けているか、そして相互に戦略的不信感が高まっているかを理解するのに役立つ。

(2)習近平国家主席から王毅外交部長や孫建国上将のような軍指導者に至る、中国の指導者は、①南シナ海の島嶼は何時の時代も中国の領土であり、②中国の行動は自国の主権を護る合法的な手段であり、③中国は合法的な領有権主張を越えて拡張主義的な政策を追求していない、そして④新しく造成した人工島の限定的な軍事施設は防衛目的のためである、という陳腐な台詞を繰り返している。しかしながら、一部のASEAN諸国は、これらの説明を信じておらず、中国の人工島造成に脅威を感じ、従ってアメリカに対して中国の力を抑制することを期待している。実際のところ、中国自身も南シナ海で何を達成したいのか実際に理解しているかどうかは全く明らかではない。大まかに言って、中国の研究者の間には、この地域に対する最も望ましい政策を巡って3つの考え方がある。それらを現実派、強硬派そして穏健派と呼ぼう。これら3つの考え方は中国の見解の多様性を示している。南シナ海政策を巡る中国国内の抗争は、将来の中国の南シナ海政策の方向性を理解する上で極めて重要である。

(3)中国の現実派は、最近の中国の南シナ海政策の基本原則は健全であり、修正する必要はないと考えている。彼らは、外交上あるいは国際世論の面で代価を強要されることを認識してはいるが、それらを軽んじる傾向にある。現実派は、中国の物理的なプレゼンスや資源力を、海外でのイメージよりもはるかに重要視しているからである。彼らの信条は、国際政治に対する粗野な現実主義的理解―即ち、国際的評判、イメージあるいは国際法といった定量的に把握できない要素ではなく、物質的な力が国際政治における決定的要素であるとの理解に裏打ちされている。彼らは、中国の台頭を上手く管理し得る限り、時の利は中国の側にあると考えている。こうした現実主義的思考が、現在の中国の南シナ海に対する政策決定過程を支配している。現実派は、南シナ海における物質的プレゼンスを強化することによって中国の国益を護ることができると考えている。しかしながら、彼らが新しく造成した人工島で何をするかについては、いまのところ明確ではない。

(4)第2の強硬派は、現実派の未回答問題にアラーミングな答えを用意している。強硬派は、ファイアリークロス礁(永暑礁)、スービ礁(渚碧礁)、ミスチーフ礁(美済礁)を含む7つの人工島を既成事実として外部世界に突き付けるだけでなく、南シナ海における領土的拡大と軍事力の到達範囲を更に拡大すべきである、と考えている。これには、占拠島嶼を小規模な基地にすること、現在、どの国も占拠していない海洋地勢の一部を占拠すること、更には、1947年に最初に公表され、現在、南シナ海における北京の領有権主張の法的根拠となっている「9段線」を、領域画定線とし、南シナ海の大部分を中国の領域と主張すること、などが含まれている。強硬派は、外部世界の懸念や不安を意に介さず、中国の利益を最大化することだけを望んでいる。しかしながら、こうした考えは、現在のところ、最高レベルの意思決定において支配的ではない。政府内の強硬派は通常、軍部や海洋法令執行機関内に認められる。また、中国一般大衆の中にも存在している。強硬派の見方も政治的現実主義に基づいているが、強硬派は、過激なナショナリズムに支持され、特に他国との調整を困難にしていることである。強硬派が現在の政策決定過程を支配していないとはいえ、制御不能になり易い大衆ナショナリズムの盛り上がりを恐れて、指導部も安易に彼らを無視することはできない。

(5)第3の穏健派は、南シナ海における中国の目的を明らかにするために、例え遅々たるものであっても、中国は政策を調整する時期にきている、と考えている。穏健派は、領有権主張や戦略計画に対する現在の北京の曖昧さが外部世界の恐怖や不信を招いていることを認識し、これに対して政府を非難している。中国が人工島造成という重要な戦略的決定に当たって、何時もの「ただやればいいんだ」式のやり方は中国自身の利益にとって危険である。今後、どのように人工島造成を正統化しようとも、それは、中国の行動に対する国際的な共感よりも疑念を招くことは確実である。穏健派は、中国は「9段線」の根拠を徐々に明確にする必要があると主張する。穏健派の見解では、「9段線」地図を境界画定線と解釈することは逆効果を招くことになる。そのような解釈は、東南アジアの多くの国やアメリカを中国の敵対者にしてしまう。また、もし中国がそのような解釈を押し通せば、中国自身が最終的には戦略的なオーバーストレッチの危険に直面することになるからである。穏健派の見解では、中国にとって最大の問題は南シナ海に対する明確で効果的な戦略が欠けていることである。

(6)穏健派は現実派とも強硬派ともかなり異なっているが、3つの派とも極めて重要な点で意見を同じくしている。それは人工島造成の必要性である。筆者 (Zhang) がこの1年間の中国の指導的な研究者、政府当局者などとの対話の中で、人工島造成を間違いだと言った者は1人もいなかった。彼らが述べる理由は様々だが、彼ら全員が中国は遅かれ早かれ人工島造成を行わなければならないと考えている。彼ら全員は、中国の台頭という現状を考えれば、北京はその力と威信に相応しい南シナ海におけるプレゼンスを確立すべきであると考えている。国際社会は、繰り返し中国の人工島造成を批判してきた。しかしながら、中国国内に人工島造成について明確なコンセンサスがあること、国連海洋法条約が現存の海洋地勢における建設を厳密に禁止していないことを考えれば、人工島造成批判を繰り返すことは良い政策なのか。この地域における新たな、しかし安定した「現状」を作り出すという、より戦略的な問題に焦点を当てることが関係国全ての利益となるのではないか。

(7)新しい「現状」は、中国にその戦略的意図を明確にすることを求めている。現時点では、中国指導層でさえこの質問への明確な回答を持っていない。前記3つの派の中で、極端の強硬派のみが情勢を極めて不安定化させる回答を持っている。他は、南シナ海に対する中国の戦略は如何にあるべきかを論議している最中である。これは重要な事実であり、中国の南シナ海政策が未だ固まっておらず、従って、修正可能であることを示している。国際社会、特にアメリカとASEANは、中国の政策がより和解的で協調的な方向に向かって形成されるよう、望ましい環境を創出しなければならない。特に、中国の意思決定において穏健派の重要性を高め、穏健派を少数派の見み方から多数のコンセンサスに転換させる手助けをしなければならない。東アジアにおける中国の「覇権」に関する米当局者の一部のレトリックがもたらす不幸な効果は、アメリカが中国を封じ込めることを望んでいるという強硬派の見方を裏付けていることであり、中国国内の議論における穏健派の地位を危うくしている。3つの派の中で、強硬派のみが明らかに何らかの軍事的覇権を追求している。もし米当局者がこの見方を中国の国家政策と見なせば、より穏健な中国の対話者とは話がかみ合わず、もしかすると両者の間の危険な意思疎通のギャップを創り出すことになろう。従って、中国は、その政策目標を明らかにし、隣国とアメリカの不安を取り除く必要がある。中国のベテラン外交官が最近、筆者に語ったところでは、中国外交は現在「青年期 ("adolescence")」にある。しかし、台頭する中国は、地域と世界に責任を有しており、従って大人になるよう迅速な学習が必要である。

記事参照:
The Fight Inside China Over the South China Sea

6月25日「スカボロー礁を巡る動向と米比相互防衛条約―米専門家論評」(The Diplomat, June 25, 2016)

ニューヨークを拠点とするアナリストSteven Stashwickは、6月25日付のWeb誌、The Diplomatに、"Did a US 'Line in the Sand' at Scarborough Shoal Just Wash Away?"と題する論説を寄稿し、スカボロー礁を巡る動向と米比相互防衛条約との関係について、要旨以下のように述べている。

(1)ルソン島西方120カイリに位置するスカボロー礁(黄岩島)については、これまで米中間で紛争の火種になることはなかった。しかし、2012年に中国がフィリピン漁民を周辺海域から追い出して以降、緊張状態にある。2016年3月には、米海軍トップが「中国による次の埋め立て地勢はスカボロー礁になるかもしれない」と懸念を示した。中国がマニラに到達可能なジェット戦闘機やミサイルを配備できる施設を構築することになれば、アメリカの同盟条約国であるフィリピンとの軍事衝突の可能性を高め、引いては米中の紛争を引き起こしかねない。アメリカが裏で中国のスカボロー礁での拡張を阻止し、中比の間で何らかの協定を結ばせようと画策してきた証拠がある。中国によるスカボロー礁での構築物の建造は、例え限定的なものであっても、フィリピンにとっては脅威となる。中国が南沙諸島で建造してきた施設は、軍事利用が可能である。2015年に習近平主席は「南沙諸島を軍事化しない」と明言しているが、スカボロー礁は南沙諸島の一部ではない。スカボロー礁は比較的孤立した位置にあり、反撃に脆弱で、再補給も容易に阻止されるが、ここに配備される中国の戦闘機やミサイルは、マニラのみならず、フィリピン国内の幾つかの主要海空軍基地を攻撃することができよう。アメリカがスカボロー礁の埋め立てに神経質になる所以である。

(2)中国がアメリカの同盟国と島嶼を巡って係争しているのはこれだけではない。東シナ海では、中国は、日本が領有する尖閣諸島周辺海域にほぼ毎日のように海警局の巡視船や航空機を侵入させている。尖閣諸島に対しては、オバマ大統領とカーター国防長官は、アメリカは日米安保条約に基づいて防衛すると公約しているが、スカボロー礁に対する米比相互防衛条約 (MDT) の適用については明言を避けてきた。中国のスカボロー礁での構造物構築に対する米軍の行動と、それが北京に及ぼす抑止の信憑性の根拠は、MDTに基づいている。MDTは、「いずれか一方の締約国の本国領域」「同国の管轄下にある島」あるいは「同国の軍隊、公船もしくは航空機」に対する武力攻撃が合った場合、共通の危険に対処するために行動することを義務付けている。しかしながら、フリピンの法律専門家たちはスカボロー礁を国連海洋法条約に基づく領土としての法的地位を有すると見ているにもかかわらず、ドゥテルテ次期大統領は、スカボロー礁を巡る紛争をフィリピンのEEZ内における権利の遵守に関わる問題と見ている。この見方に従えば、スカボロー礁に対する中国の侵略的行動を、MDTにいう「領域」に対する攻撃と定義する権利を不必要に放棄することになる。またドゥテルテは、この紛争をEEZ内における権利を巡る紛争と定義することで、権利の主張に当たっては、海軍力ではなく沿岸警備隊で対処すると述べている。「公船」たる沿岸警備隊巡視船に対する攻撃もMDTの適用対象であるが、フィリピンの沿岸警備隊の能力は中国のそれ比較して20分の1程度であり、MDTの適用対象となる程の攻撃事態は起こらないであろう。中国の大型巡視船がフィリピの巡視船を追っ払ったとしても、それがMDTの適用対象となる「武力攻撃」の基準を満たすかどうかは明確ではない。

(3)ドゥテルテは、スカボロー礁を巡って「フィリピン人の生命を賭けることはしない」と述べている。ブレアー元米太平洋軍司令官は最近、「スカボロー礁における中国による建設活動は、アメリカにとって介入への『レッドライン』ではないが、『ピンクライン』である」と述べている。しかしながら、フィリピンは、アメリカに行動の正当性を付与するためにも、スカボロー礁を「レッドライン」であると見なす必要があろう。

記事参照:
Did a US 'Line in the Sand' at Scarborough Shoal Just Wash Away?

6月29日「ベトナムの対中、対米政策を巡るディレンマ―インド人専門家論評」(The National Maritime Foundation, June 29, 2016)

インドのThe National Maritime Foundation (NMF) 研究員Shereen Sherifは、NMFのWebサイトに6月29日付で、"Vietnam's Dilemma in Context of South China Sea: United States versus China "と題する論説を寄稿し、ベトナムは中国とアメリカの両国との関係の改善に努めており、海洋政策をめぐる米中の対立がある中で、ベトナムは対中・対米政策を戦略的に展開しようとしていると主張する。

(1)2016年5月にオバマ米大統領が初めてベトナムを訪問した。この訪問の一義的な目的は、米越関係の正常化であったが、一方で中国の「封じ込め」の側面があったことは否定できない。近年、中国は、米越関係の改善と強化に懸念を示しており、ベトナムとの2国間関係を強化する政策に力を入れている。中国による対越政策の方向転換はベトナムの「対中戦略」の成功を物語ってともいえるだろう。実際、米越関係の回復は、中越関係にとっても建設的な影響を及ぼしている。例えば、包括的戦略パートナーシップの強化が進められたり、習近平の訪越時に共同コミュニケが宣言されたり、あるいは海洋政策での協力体制の構築を目指すなど、両国の関係も急速に改善されてきている。

(2)中国とベトナムは、同じ社会主義国として、不均衡な力関係ではあったものの、歴史的にみても友好的な関係を築いてきた。他方、アメリカとベトナムの関係は、相互依存で建設的、そして相互に利益のある関係を漸進的に築いてきた。つまり、ベトナムは、政治経済上の利益を得るために中国と協力する一方で、アメリカのような他の地域大国との協力関係を構築する努力も同時に行ってきており、従って中国に対しては伝統的なヘッジ戦略を選択してきたことになる。

(3)特に対中関係では南シナ海を巡る紛争で、ベトナムは、中国の言動を警戒して、海洋安全保障イニシアチブ (MSI) などを通じて、アメリカとの協調路線を模索してきた。それは、中国の提案する海洋シルクロード (MSR) と必ずしも合致しない政策であるが故に、ベトナムは政策決定上のディレンマを経験している。ベトナムに対するアメリカの安全保障協力は、中国との関係を複雑化させるからである。ベトナムは、中国との良好な関係を維持しつつ、アメリカからは戦略的な補助を確実に得る方策を保つことが重要となる。

(4)現在のベトナムの立場はインドのそれと酷似している。インドは戦略的自立性を公言する一方で、アメリカとは戦略的パートナーシップ関係にある。そしてその上に中国とは経済的相互依存関係にあるため、インドもまたディレンマを経験しているからである。しかしながら、インドは、すでに主要な地域大国であるため、ベトナムの立場とは少し異なり、対米、対中政策はヘッジ戦略ではなく均衡戦略といったほうが正しいであろう。南シナ海を巡る紛争とアメリカの地域における存在感が増す中で、ベトナムが今後もヘッジ戦略を選択していくのか、それともインドのような均衡戦略に転じるのか。そして米越関係が強化される中で、果たして中越関係も同じように強化されていくのか。今後の展開を注視する必要がある。

記事参照:
Vietnam's Dilemma in Context of South China Sea: United States versus China

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. A more-selective US grand strategy
PacNet, Pacific Forum CSIS, June 28, 2016
Denny Roy, a senior fellow at the East-West Center


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀・吉川祐子
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