海洋安全保障情報旬報 2016年8月11日~20日・8月21日~31日合併号

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8月11日「アジア太平洋地域の潜水艦戦力の動向―米専門家分析」(War on the Rocks.com, August 11, 2016)

米シンクタンク、The Center for Strategic and International Studies (CSIS) のJohn Schaus研究員は、8月11日付のWeb誌、War on the Rocksに"Asia's Looming Subsurface Challenge"と題する長文の論説を寄稿し、アジア太平洋地域の潜水艦戦力の動向について、要旨以下のように述べている。

(1)1950年代から今日まで、大西洋におけるロシアの危険な潜水艦戦力は、水面下の支配を目指す米海軍にとって技術的に引けをとらない脅威となってきた。しかしながら、この傾向は徐々に変わりつつある。海域は大西洋から太平洋に変わり、ここでは米海軍は厳しい試練に晒されることになろう。この傾向は下表に見ることができる。この表は、アジア太平洋地域諸国の通常型潜水艦と攻撃型原潜 (SSN) の現勢力と2030年までに予想される新規配備を示したものである。

アジア太平洋諸国の現有潜水艦戦力と2030年までの新規配備戦力
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(抄訳者注:通常型潜水艦の艦種記号としてSSKは、攻撃型潜水艦の中でも対潜任務を主とするものに付与され、対潜潜水艦と呼ばれることもある。しかし、現在の潜水艦で単一任務に対応するよう建造される潜水艦はなく、ここでは煩雑さを避けるため弾道ミサイルを搭載した通常型潜水艦(SSB)を除き、全て通常型潜水艦とした。)

2アジア太平洋地域の海洋地理は、その全域において潜水艦をどのように運用できるかという視点から、重要な特性を持っている。日本から台湾を経由してフィリピンに至る第1列島線は、中国が自国海軍の「閉じ込め」を恐れる天然の障壁を構成している。同様に、列島線の島嶼群を抜ける比較的少数の接近経路は、中国が外国海軍を邀撃しようとする場合、中国の益々強化されつつあるミサイル部隊にとって恰好の照準点となる。マラッカ海峡、ロンボック海峡そしてスンダ海峡などの重要なチョークポイントは、この地域へのアクセスを一層困難にしている。また、潜水艦は、海洋アジアの様々な海中地理(専門的には測深)の影響を受ける。この地域には、黄海や東シナ海のような浅海域も、またフィリピン海のような大深海も、そしてその両方の特性を持つ沿海域もある。原潜は水深のある開豁な海域において君臨しているが、東南アジア海域の輻輳した浅海域ではその活動は困難である。ここでは、むしろより小型の通常型潜水艦の方が様々な海中地勢の特性を有利に利用できる。この地域のチョークポイントに連接したアジアの沿海域の浅海域は、潜水艦本来の海洋拒否能力を高めることになろう。建造に長期間を要し、複雑な運用上の要求があるにもかかわらず、アジアの国々は2030年までに100隻を超える潜水艦を購入すると見られる。

(3)中国は、攻撃型潜水艦6タイプ、58隻を有する。その内、通常型潜水艦は4タイプ―Type 035(明級)、 Kiloキロ級、 Type 039(宋級)及びType 039A(元級)であり、原子力潜水艦はtype 091(漢級)とtype 093(商級)である。下表は各級潜水艦の隻数と2030年の計画隻数である。

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a.中国の現有攻撃型潜水艦の内、12~20隻(明級、漢級、初期型のキロ級そして恐らく宋級の初期型)は技術的に先進的な敵に対して効果的な作戦遂行が不可能であると見られる。それら潜水艦の艦齢とその能力に疑問があるからである。その結果、現在の潜水艦戦力には、38~46隻の近代的な攻撃型潜水艦(その大部分が通常型)が含まれていると見られる。最新の元級潜水艦は、Project 636キロ級潜水艦から取得した雑音低減技術に加え、非大気依存型推進装置 (AIP) を装備していると見られる。更に、中国はType093商級攻撃型原潜を建造しており、現在2隻が就役し、更に3隻が就役予定である。

b.中国は次の15年間で、改良型商級原潜と長らく噂されてきた第3世代原潜Type 095を含む、32隻前後の潜水艦を建造し、就役させると見られる。公開情報や我々の分析によれば、2030年までに、大部分がAIPを装備した先進的な通常型潜水艦と、攻撃型原潜から構成される、近代的な約60隻の潜水艦戦力が配備されるであろう。これらの潜水艦戦力は、特に第1列島線内と南シナ海で、より長い潜航持続力と改善された音響特性を発揮することになろう。

(4)アジア諸国の潜水艦戦力の動向;

a.ベトナムは、ASEAN諸国で潜水艦を運用する2カ国の内の1国で、現在5隻が就役しており、ロシアから6隻目のProject 636キロ級潜水艦を取得する最終段階にある。これらの潜水艦戦力は、南シナ海における強力な抑止力となろう。もう1カ国はシンガポールで、現在、スウェーデン建造の潜水艦4隻を配備している。シンガポールは、より艦齢の古い、チャレンジャー級2隻の代替として2000トンのType 218SG2隻の購入を計画している。

b.オーストラリアは、コリンズ級潜水艦6隻を運用しているが、老朽化したコリンズ級を、AIPを装備した12隻のショートフィン・バラクーダ級(抄訳者注:仏海軍のシュフラン級原潜は計画段階ではバラクーダ級と呼ばれ、建造するDCNSはシュフラン級原潜の動力システムをディーゼル電気推進に代える案を提示し、これがショートフィン・バラクーダ級と呼ばれる)に代替する計画である。ショートフィン・バラクーダ級は、DCNSとオーストラリアの現地企業 (ASC Pty Ltd) との共同開発で、1番艦は2030年代に就役予定で、米海軍の戦闘システムに加えて、恐らく水中無人機 (UUV) を装備することになろう。ショートフィン・バラクーダ級は、2070年まで運用されると見られる。

c.日本は、オーストラリアへの潜水艦の売り込みには敗れたが、自国の潜水艦戦力への投資を継続し、18隻の攻撃型潜水艦を運用している。海上自衛隊は4隻の「そうりゅう」級潜水艦を追加し、6番目の潜水隊を横須賀に創設する計画である。

d.韓国は、ドイツ設計の14隻の通常型潜水艦を運用している。その内、ごく最近のものはAIPを装備している。新たに9隻の3,000~4,000トン級の潜水艦を2020年半ばから配備する計画であり、恐らく射程の短い弾道ミサイルを搭載すると見られる。

e.台湾でも、年代物のオランダ建造のズヴァールトフィス級、アメリカ建造のテンチ級とバラオ級潜水艦を、4隻から8隻の国産潜水艦に代替する計画である。しかしながら、低迷する防衛予算と技術力の欠乏を考えれば、この計画は実行可能なものというより象徴的なものになるかもしれない。

(5)アジア太平洋地域における海軍戦力、特に潜水艦への投資は、水上と水中の両面で危険な状況を招来しつつある。潜水艦を運用する国の増加は、水面下の支配を巡る抗争を激化させるであろう。アメリカの潜水艦戦力の減勢傾向が変わることがないとすれば、以下の4つの明白な趨勢がアメリカの水面下における支配を蝕んでいくことになろう。

a.第1に、潜水艦を運用する国が増えることは、水面下での事故が予測不能な事態拡大の可能性を伴う運用上のリスクを増大させる。

b.第2に、比較的急速な最新の通常型潜水艦の拡散は、水面下におけるアメリカの優越に対する直接的な挑戦となっている。どの国も、かつて旧ソ連海軍が追求したように相手を圧倒する海軍力を整備する必要はない。代わりに、水面下の海洋地理を活用した、局所的な海域支配のみを追求すれば十分対抗できるからである。

c.第3に、米潜水艦戦力の減勢(とその結果として潜水艦要員の減少)傾向は、全世界で、そして特に潜水艦戦力が未だ初期段階にあるアジア太平洋地域で、潜水艦戦力の動向に対するアメリカの影響力を低下させることになろう。

d.第4に、米潜水艦戦力の減勢傾向は、共有する挑戦に対処するための多国間の戦力糾合する戦域対潜戦枠組みの創設を阻害することになろう。

(出典についての筆者 (John Schaus) 注:本稿の2つの表は、米海軍情報部のThe PLA Navy: New Capabilities and Missions for the 21st Century、米政府の公刊報告書、国際戦略研究所 (IISS) のMilitary Balance、域内各国の報道機関や研究所の公開資料、筆者(John Schaus) の分析など、多くの資料のデータに基づき作成したものである。)

記事参照:
Asia's Looming Subsurface Challenge

8月12日「南シナ海仲裁裁判所裁定、中国外交の分岐点となるか―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, August 12, 2016)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) 准教授Li Mingjiangは、8月12日付のRSIS Commentariesに、"The South China Sea Arbitration: Turning Point in Chinese Foreign Policy?"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定が中国外交の分岐点になるとして、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定は、中国の外交政策の分岐点になりそうである。過去10年余の間、中国は、いわゆる3つの「T」問題、即ち、台湾、チベットそして貿易問題に上手く対応してきた。確かに、台湾の独立、人権に関する国際的圧力そして貿易関連問題は依然として中国の外交政策エリートの主たる関心事ではあるが、これらの問題はもはや中国を揺さぶる程の問題ではない。中国の国力の増大と、北京が3つの「T」に対処する経験を積むに従って、中国の意思決定者は今やより多くの政策の選択肢を持つようになっていることから、これらの問題は次第に中国の外交関係における突出した問題ではなくなりつつある。これら3つの「T」問題の重圧が減少してきたことで、北京は近年、東シナ海と南シナ海における領有権紛争や境界画定紛争に対処する上で、より高圧的なアプローチをとることができるようになった、と言えるかもしれない。過去数年間の南シナ海における緊張と紛争の源泉は、例えば他の領有権主張国や外部勢力の介入などが相まって、複雑である。しかし、多くの専門家が考えるところでは、北京の過剰反応と南シナ海における北京に有利な方向への現状変更とが南シナ海問題の悪循環をもたらしたということであろう。北京が好むと好まざるとに関わらず、南シナ海問題は、アジア太平洋地域における中国の外交関係に深刻なインパクトを及ぼしつつある、新たな重大問題となってきた。

(2)仲裁裁判所の裁定は、中国の外交関係における4つ目の「T」―即ち南シナ海における領有権紛争―の出現に繋がりそうである。裁定、そしてより広義には南シナ海問題が中国の外交政策の分岐点となるかもしれない、と考える所以である。7月12日の裁定公表前後に、世界の60カ国以上から象徴的な外交的支援を得ようした北京の努力は、この見方を裏付けている。そのような分岐点が既に現れつつあると見なす、幾つかの理由がある。

a.第1に、裁定の有効性とその効果は、今後数年間、北京と一部の領有権主張国との摩擦の元になりそうである。北京は裁定を無視したいと思っているかもしれないが、国際的には多くの国が、中国と南シナ海問題に対処するに当たって、この裁定を政策ツールとして利用することを簡単に諦めないことはほぼ確実である。また、外部の期待に反して、中国が南シナ海問題と裁定に対して非妥協的な態度をとり続けることも、ほぼ確実である。

b.第2に、南シナ海における将来のどんな紛争も、必然的に裁定と関連づけられ、裁定に照らして吟味されることになろう。今のところ、中国自身も、また他の領有権主張国も、紛争生起を効果的に阻止するための包括的な政策を持っているようには見られない。裁定は中国の大衆ナショナリズムを高揚させた。中国のエリート層は、中国が南シナ海で直面する全ての問題の背後にワシントンが居ると本当に思っているようである。多くの中国の専門家は、中国の国力の増大が南シナ海問題の最終的な解決に寄与するという考えに同調し勝ちである。より穏健な政策を支持する少数派は抑圧されるか、自制し、場合によっては、裁定を客観的に分析しようとする試みさえ、愛国心に欠けるとして非難される。現在、中国では、北京は南シナ海問題の法律面により多くの関心を払うべきとする認識が高まっているが、いずれ法律専門家が北京の意思決定過程でより大きな役割を演ずることができるかどうかは定かではない。

c.第3に、域内の多くの政治指導者が南シナ海問題と地域の諸問題を管理する上での法の重要性を強調するにつれて、中国と他の領有権主張国との見解と政策の相違が益々顕著になるかもしれない。一般的に、中国が法に基づく地域秩序に反対しているとは思われないが、中国は、多くの既存の規則や規範がこの地域におけるアメリカの卓越という環境の中で構築されてきたという事実を、快く思っていない。また北京は、他の領有権主張国が南シナ海に適用したいと望んでいるかもしれない規則が南シナ海問題における中国の目的に反するものであることを認識している。地域の海洋問題における規則を巡るこの対立は、中国の外交関係に広範な影響を及ぼすかもしれない。中国の急速な台頭に伴って、この甦る世界的大国が既存の国際規範を維持するのか、あるいは変更しようとするのか、国際社会は注視している。南シナ海は、この点において、益々中国にとってのリトマス試験になってきている。

(3)仲裁裁判所の裁定は、南シナ海における中国の態度や政策を和らげることはなさそうである。現在の北京の態度や政策から、北京は、裁定や他の領有権主張国の懸念を無視して、我が道を行くことになりそうである。当然ながら、域内と域外のプレーヤーは、成功するかどうかは定かではないが、絶えず中国の行動を抑制したり、必要なら押し返したりするであろう。その結果、南シナ海問題は、中国の近隣外交における大きな課題であり、その外交政策全体にとっての新たな重大問題であり続けよう。南シナ海問題が過去数年間の中国の地域の戦略的安全保障利益に如何なる損害を及ぼしてきたかを精査することは、中国の意思決定者にとって賢明なことであろう。南シナ海問題の対処に当たってどの程度力を行使することができるか、あるいは南シナ海問題が中国の外交関係にもたらす好ましくない結果を回避するために何ができるか、その選択肢は北京の指導者にある。

記事参照:
The South China Sea Arbitration: Turning Point in Chinese Foreign Policy?

8月17日「中国の接近阻止/領域拒否戦略における宇宙の活用、アメリカにとっての戦略的含意―米専門家論評」(The national Interest, August 17, 2016)

米シンクタンク、戦略国際問題研究所 (CSIS) 研究員Anthony H. CordesmanとJoseph Kendallは、The National Interest (電子版)に8月17日付で、"How China Plans to Utilize Space for A2/AD in the Pacific"と題する長文の論説を寄稿し、アジア太平洋地域の多くの専門家の見るところ、中国の接近阻止/領域拒否 (A2/AD) はアジア太平洋地域における戦力構成と配備を決定するに当たってアメリカが直面している最も深刻な問題であるとして、中国のA2/AD戦略とそれに関連する宇宙能力について、要旨以下のように述べている。

(1)A2/ADは、簡単に言えば、接近する敵部隊を照準とする通常戦力による邀撃である。接近阻止のために、中国は、遠距離にある敵の戦闘艦艇、空母、ジェット戦闘機、潜水艦、情報拠点及びミサイル配備地点に対する「目標の探知、弾薬の投射、武器の誘導、損害評価そして再攻撃の可能性」から、敵を撃破する「キル・チェーン (a kill-chain)」を開始できなければならない。このためには、高度な追尾能力とC4ISR―指揮(command)、統制(control)、通信(communication)、コンピューター(computer)、情報(intelligence)、監視(surveillance)、偵察(reconnaissance)―能力が必要である。そして、これら能力は宇宙に配備されたシステムに依存している。更に、必要な先進的な宇宙配備の追尾能力は、太平洋という広大な戦域を対象としなければならない。中国が監視し、管制する近傍海域は約87万5,000平方カイリであり、戦略的に重要なフィリピン海(日本、台湾、フィリピン、マリアナ諸島、パラオ諸島等で区切られた太平洋の付属海)までも対象とすれば、更に150万平方カイリにまで拡大される。加えて、中国沿岸近傍の海上交通路は、民間船の航行が世界でも最も多い海域の1つであり、追尾と識別はさらに困難である。

(2)A2/ADに必要とされる十分な追尾能力には、統合化されたシステムの構築が必要である。このためには、「信頼性のある国産衛星測位システムとともに、高品質のリアルタイムな画像、目標位置データそしてそれらの融合」が必要である。そのために、中国は、衛星計画を大幅に強化し、2000年には僅か10基であった衛星が、現在では181基になっている(因みに、アメリカは576基、ロシアは140基である)。中国当局者によれば、8月10日に打ち上げられた高分3衛星は「中国の海上権益を擁護するのに極めて有益なものになろう。」中国が衛星打ち上げペースをスローダウンさせる如何なる兆候もない。中国は今日、電気光学(EO)、合成開口レーダー(SAR)、電子偵察(ELINT)などの多くの能力を持つ衛星を配備している。このように、移動目標を追尾するために多くの衛星技術を維持することは最も重要なことである。加えて、中国のA2/AD戦略は、宇宙におけるミサイル誘導能力を必要とする。この目的のため、中国は、何年にも亘って北斗と名付けた独自の衛星測位システム(GPS)を開発してきた。現在、北斗は19基の衛星からなり、2020年までに35個の衛星で全世界を覆域とするよう拡大される計画である。

(3)大部分のミサイルは、目標照準のためにGPSか、あるいは類似のシステムを利用する。ミサイル開発は、中国軍近代化の重点であった。米国家航空宇宙情報センターによれば、中国は、世界で最も活発で多様な弾道ミサイル開発計画を有している。米国防省によれば、中国は現在、約1,200基の短射程弾道ミサイル(SRBM)に加えて、400基の対地攻撃巡航ミサイル(LACM)を保有している。これらのミサイルは、潜在的に日本、韓国及びグアムに所在する米軍基地などの、第1及び第2列島線内にある目標を攻撃することができる。A2/AD環境下で、人民解放軍の戦略家は、敵のミサイル防衛網を飽和させ、混乱させるために、多数の弾道ミサイルと巡航ミサイルによる多方向同時発射を想定している。最新ミサイルの長射程と精密攻撃能力を有効活用するためには宇宙空間における能力が不可欠であり、従って中国の大量のミサイル保有と衛星能力の拡大は連動している。世界初の対艦弾道ミサイル(ASBM)、DF-21D と DF-26はA2/ADを念頭に開発された。ASBMの開発は、米空母の将来の有効性についての論議を引き起こした。太平洋に前方展開する米空母と戦闘艦艇に脅威を及ぼす能力は、A2/ADを実行可能なもっともらしいものに見せる。 しかしながら、問題は追尾と目標照準能力である。事実、米海軍大学のエリクソン教授は、最近の中国の能力について、「C4ISR技術は依然、戦闘環境下で米空母をリアルタイムで識別し、追尾するために必要な能力において立ち後れている」と指摘している。超水平線(OTH)レーダー(水平線以遠の目標探知レーダー)、海上配備レーダー(半潜水型の石油掘削用プラットフォームの上部にXバンドレーダーを装備)及び無人機に搭載した合成開口レーダーによって、これらの問題は中国の近海域ではある程度解決できよう。しかしながら、より高速のデータ処理、より多くの画像そしてデータ融合が可能な宇宙配備型の効果的なC4ISRは、ASBMがアジア太平洋海域を跨ぐ目標に対して全面的な能力を発揮し得るためには不可欠である。従って、A2/ADのためには、中国の継続的で意欲的な宇宙能力の拡大が極めて重要である。

(4)A2/ADシナリオにおいて、中国は、自らの宇宙能力を活用することだけでなく、「情報における優越("information superiority")」を実現するために、敵の宇宙能力を拒否することも計画している。アメリカは自国の宇宙能力への依存度が極めて高いことから、人民解放軍の戦略家は、それを利用可能な弱点と見なしている。このため、中国は、ダイレクト・アセント(衛星を直接軌道に投入する)方式の共有軌道で指向性エネルギーによるサイバー対衛星攻撃(ASAT)兵器を含む、多くのASAT兵器を開発してきた。今のところ、宇宙における抑止には、核抑止における「戦略的安定(the "strategic stability")」に相当するものが欠けているが故に、こうした攻撃能力は特に重要である。従って、宇宙における先制第1撃の成功は弱者の側に不釣り合いな程有利になるという、懸念がある。しかも、先制第1撃は、攻撃された側の反撃能力を厳しく阻害することになろう。攻撃に対する反撃能力は抑止の鍵であるが、これが人民解放軍によるASAT兵器開発と実験の狙いであり、人民解放軍は、先制ASAT攻撃を発動するシナリオを想定しているようである。先制ASAT攻撃に成功すれば、人民解放軍は、A2/AD環境下で主導権を握り、情報における優越を実現できる可能性がある。しかしながら、中国のASAT能力とその態勢は、中国が自ら宇宙大国になるにつれ、次第に逆効果を招くかも知れない。宇宙における先制第1撃の発動が非対称的な価値を生むとしても、中国は、アメリカの宇宙能力に対する全面的な無力化攻撃を発動することは不可能であろう。第1撃に続く宇宙戦争と破壊は、中国に如何なる優位ももたらさないかもしれない。米空軍宇宙軍司令官ヘイテン大将は、宇宙能力の破壊について、「(宇宙に依存しない)第2次大戦当時の工業化時代の戦闘に戻ることになる」と指摘している。中国の国防政策や研究からは、中国がこのことを認識しているかどうかは定かではない。中国はしばしば、情報化戦闘の否定的側面を無視したり、過小評価したりしている。その結果、中国の計画はA2/ADのために宇宙での軍事的基盤に大きく依存しているので、アメリカとの宇宙での戦いは、アメリカにとってと同様に、中国にとっても戦略的被害をもたらすことになろう。

(5)例えそうであっても、中国のA2/AD能力と宇宙能力の強化は、明らかにアメリカにとって重大な意味を持っている。何故なら、それは、アメリカの戦力組成と戦略の形成に当たって、アメリカの従来の軍事常識に対する挑戦となっているからである。

a.戦力組成に関して、アメリカは、何十年にも及ぶ空母への依存の再検討を強いられることになるかもしれない。将来的には、中国の攻撃型潜水艦や水上戦闘艦などに搭載された長射程精密攻撃能力にそれほど脅かされない、ステルス性能が高くかつより安価なプラットフォームを選択することがアメリカにとって賢明かもしれない。更に、アメリカは、F-35戦闘機などの航続距離の短い航空機よりも、より航続距離の長い爆撃機の取得を検討すべきである。航続距離の長い爆撃機は、A2/ADの鍵となる中国のミサイル配備基地、情報拠点そして陸上配備レーダー拠点を攻撃する長距離任務を遂行し得るからである。

b.戦略的側面に関して、アメリカは、もはやこれまでの一方的な宇宙での優越は保持しておらず、しかも有事において不可欠の宇宙能力を失う可能性もあるという事実に、十分備えておかなければならない。宇宙能力に対する先制第1撃によって生じる非対称的な優位を中和することが、アメリカの主たる関心事でなければならない。衛星の抗堪化、技術的により堅固なサイバー防衛、ASAT防衛兵器の開発、そして他のプラットフォームが宇宙能力を代替できるようにすること、などが可能な選択肢である。また、ASAT禁止や宇宙利用に関する行動規範などについて、中国と合意を模索することも可能かもしれない。しかしながら、より大きく見れば、中国は着実にアジア太平洋地域における対等の競争者になりつつあり、従って、アメリカは、この事実を認識し、それに備えていかなければならない。

記事参照:
How China Plans to Utilize Space for A2/AD in the Pacific
参考:Future warfare in the Western Pacific
International Security, Summer 2016

8月18日「比EEZ内での合同漁業監視活動、南シナ海仲裁裁判所裁定履行の穏健な措置―米専門家論評」(The Diplomat, August 18, 2016)

ハワイのThe Asia-Pacific Center for Security Studies准教授Kerry Lynn Nankivellは、8月18日付のWeb誌、The Diplomatに"South China Sea: Fishing in Troubled Waters"と題する論説を寄稿し、違法操業に対する合同監視活動が南シナ海仲裁裁判所の裁定を履行する穏健な手段となり得るとして、要旨以下のように述べている。

(1)現在、アメリカの海軍と沿岸警備隊は、「オセアニア海洋安全保障構想(The Oceania Maritime Security Initiative: OMSI)」に基づき、パートナー諸国の要員を米海軍戦闘艦に乗せて、アメリカ以外の国のEEZ内における違法漁業に対する海洋法令執行活動を定期的に実施している。この画期的な海軍と沿岸警備隊の合同による多国間の漁業監視活動はあまり知られていないが、7月12日の南シナ海仲裁裁判所の裁定に対する、ローリスクで、ハイインパクトな対応モデルとして適切かもしれない。フィリピンのEEZ内での合同の漁業監視活動は、裁定の履行を確かなものにするとともに、法の支配に対するマニラとワシントンのコミットメントを具体的かつ効果的な方法で誇示することができるかもしれない。

(2)南シナ海仲裁裁判所の裁定公表後、中国を除いて、関係国の多くは沈黙を保っている。ベトナムは、南沙諸島で実効支配する幾つかの海洋地勢にロケット砲を設置するなどして、南シナ海における既成事実を受け入れない姿勢を示してきた。フィリピンのドゥテルテ大統領は、裁定を確認しながらも、対話を続ける姿勢を示している。インドネシア政府は、インドネシアのとるべき政策を検討するための法律タスクフォースを立ち上げるに止まり、マレーシアは沈黙を続け、ASANは首脳会談での共同宣言に南シナ海や裁定に言及することはなかった。こうした状況は危険でさえある。全ての当事国がエスカレーションの危険性を認識していることは理解できるが、中国の行動に対して黙認する姿勢は不安定化を増大させる。地域の安定を公然と無視する中国に対する沈黙は、北京をして、法の支配を損ねる合法的な前例を確立できると確信させることになりかねないからである。

(3)全ての当事国による適切な対応は、沈黙することではなく、できる限り非挑発的な手段によって、裁定の主旨を浸透させていくことであろう。これまでのところ、裁定に対するコメントの多くは、この問題の軍事的あるいは法的側面に焦点を当てたものであった。残念ながら、エスカレーションを煽るような論議や法的な論議ばかりでは建設的な政策は生まれず、従って、北京に対する圧力にはなっていない。2つの論議の間には、忘れられている方策がある。それは、海洋警察力によるEEZとして確認された海域における漁業監視活動である。留意すべきは、南シナ海仲裁裁判所の裁定後も、多くの未解決の問題が残されていることである。就中、最も重要な問題は、南沙諸島の海洋地勢に対する最終的な主権問題である。判断が示された事項でも、例えば、中国の「9段線」の合法性に対する判断や、ミスチーフ環礁(美済礁)における建設活動の違法性に関して、中国に履行を強要することは極めて難しい。しかしながら、裁定は2つ事項を疑問の余地なく確認した。即ち、1つは、ミスチーフ環礁が管轄海域を設定できない「低潮高地」であり、しかもフィリピンのEEZ内に位置すること、2つ目は、スカボロー礁(黄岩島)は12カイリの領海しか設定できず、しかもフィリピンのEEZ内に位置することである。要するに、これら2つの事項に関する裁定は、原則として、フィリピンのEEZとして確認された海域における海洋法令執行活動によって容易に履行できるということである。しかしながら、現状では多数の中国の漁船が後方から中国海警局の巡視船に護られてフィリピンのEEZ内で操業しており、フィリピン沿岸警備隊や海軍の能力では単独で対抗することが難しい状態にある。そこで、状況に適したパートナー協定の下でアメリカと協働することは、一考に値する選択肢である。

(4)この際、OMSIに基づく太平洋島嶼国とのワシントンの既存の漁業監視パートナーシップ協定が枠組モデルとなるかもしれない。(ミスチーフ環礁周辺海域とスカボロー礁近接海域を含む)フィリピンのEEZ内における定期的な漁業監視パトロールは、仲裁裁判所の裁定の中でも、上記2つのほとんど論議にならない部分を履行することになろう。アメリカにとって、フィリピン沿岸警備隊との漁業監視協定は、東南アジア海域における法の支配というアメリカのコミットメントに従って、マニラとの同盟関係に基づく自然で非挑発的な活動ということになるであろう。その上、米海軍は既に、フィリピン海域にほぼ恒常的なプレゼンスを維持しており、またOMSIに基づく活動経験があることから、活動開始の準備ができている。OMSIでは、米海軍と沿岸警備隊との運用協定と、アメリカとパートナー諸国との2国間の要員乗船協定があり、その結果、現在では、米沿岸警備隊要員とパートナー諸国の要員を乗艦させた米海軍戦闘艦は、パートナー諸国のEEZ内で違法操業する外国船舶を停船、臨検、押収、そして拿捕することができる。この省庁間協力と国際的枠組は過去5年間、太平洋で成功裏に実行されてきた。これが、米比パートナーシップのモデルとなるのではないか。

(5)これには否定的な問題もある。「9段線」内で操業する中国の漁民は恐らく中国政府当局と連携しているか、その指示を受けている可能性がある。従って、こうした漁民の取り締りは、ある程度のリスクを伴う。しかも、当然ながら、米海軍は、東南アジア海域で長期間漁業監視活動を続けることはできない。こうした任務は域内諸国が担うべきだが、米海軍戦闘艦の限定的使用は当面の即応措置となろう。自国の管轄海域を護るフィリピンの主権的権利は不可侵の権利であり、従って、米比パートナーシップによる漁業監視活動は、東南アジア海域、特に小国の主権的管轄海域において、中国の自由にさせないとする北京に対するメッセージとなろう。それはまた、フィリピンのEEZ内における中国の活動を減少させることになるかもしれず、それによって南沙諸島周辺海域における危険な偶発的遭遇事案の減少に繋がるかもしれない。更に、漁業監視活動は、ミスチーフ環礁とその周辺における中国の人工構造物の建造に対する一定の抑止力ともなろう。要するに、こうした理由から、合同漁業監視活動の強化は、地域の安定に対するリスクを最小限に抑えながら、仲裁裁判所の裁定の履行を実現する最良の方法かもしれない。しかも、米海軍はそのためのノーハウを既に持っており、それがフィリピンのEEZ内で必要とされているのである。軍事的対応や、中国の行動を事実上黙認することは、遠からずリスキーな選択肢であることが証明されることになるかもしれない。

記事参照:
"South China Sea: Fishing in Troubled Waters"

8月19日「中国初の海外軍事拠点、ジブチの戦略的意義―米紙報道」(The Wall Street Journal.com, August 19, 2016)

米紙The Wall Street Journal(電子版)は、8月19日付で "China Builds First Overseas Military Outpost"と題する北京支局記者の記事を掲載し、中国がジブチで建造中の海軍施設はグローバルな海洋国家を目指し、拡大する海外利益を護る北京の野心の現れであるとして、要旨以下のように論じている。

(1)中国は、東アフリカの小国ジブチで、アフリカ最大の米軍基地から約8マイル離れた場所にある広さ90エーカーの土地に、初めての海外軍事拠点を建設している。建設の進展状況を監視している他国の将校や専門家によれば、2017年の完成を目指すこの海軍前進拠点は、武器庫や、艦船とヘリコプターの整備施設に加えて、恐らく小規模な海兵隊か特殊部隊が駐留すると見られる。この拠点は、インド洋とそれ以遠への軍事活動の範囲拡大を目指す中国の戦略の兆候を最も良く現している。そうすることによって、中国は、孤立主義的な大陸国家からグローバルな海洋国家への変貌を加速している。これは、1945年以降の世界秩序を支えてきた、西側の安全保障パートナーシップ網に対する挑戦となり得る動きである。現時点では、ほんの一握りの国家だけが自国の国境を越えて海外基地を有している。アメリカが最も多く42カ国に在外基地を持っている。イギリス、フランス及びロシアがそれぞれ10余カ国と海外領土に基地を持っている。中国当局はアメリカ型の大規模な基地建設計画を否定し、ジブチの前進拠点を「支援施設」と称しているが、一方で彼らは、中国の利益が必要とする場所により多くの海外前進拠点を持つために当該国と交渉する用意があると公然と語っている。米国防省は、中国は今後10年間において更に幾つかの在外前進拠点を建設すると予測している。専門家の見立てでは、有力場所の1つは、中国海軍の艦船が休息と補給のために頻繁に停泊している、オマーンのサラーラ港である。他の候補地には、セイシェルとパキスタンのカラチ港がある。もっとも、これらの国の当局者は、基地建設について何ら言及していないし、中国もそうである。習近平国家主席が「漸進的な海外前進拠点の建設」をその外交政策における優先事項の1つとしている理論的根拠は、中国は拡大する海外利益を護る必要があるというものである。

(2)アメリカの軍事行動とかちあう、ジブチにおける中国の長期の軍事プレゼンスは、新たな潜在的な軋轢要因となり得る。アメリカは、特に中国の監視活動によって機密度の高い防衛技術が漏洩することを懸念している。ジブチの米軍基地、Camp Lemonnierには約4,000人の兵士が駐留しており、この地域のイスラム過激派グループに対する特殊部隊の投入や無人偵察機を運用している。この基地はジブチ国際空港に隣接し、米軍の攻撃ヘリや他の軍用機が滑走路でしばしば目撃される。アメリカは、中国の無人偵察機を含む軍用機がこの施設周辺を飛行することを望んでいない。中国が中国軍要員に支援されるターボプロップ機をジブチ空軍に供与したことについても、アメリカは快く思っていない。ジブチ空軍は7月に、中国から新たに2機の軽輸送機を受領した。ワシントンは2014年に、年間7,000万ドルでCamp Lemonnierのリース期間を20年間延長した。

(3)ジブチは、米バーモント州よりわずかに小さい旧フランス植民地で、紅海の出入り口にある20カイリのバブエルマンデブ海峡を見渡す。世界貿易のほぼ20%と中国の輸入石油の半分は、アデン湾近くを通過する。また、ジブチは、陸封国家エチオピアと他のアフリカ内陸部の貿易の窓口ともなっている。1977年のジブチの独立以降も、フランスは基地を維持してきた。ジブチはまた、主として海賊対処の哨戒活動を遂行する、ドイツ、スペイン、イタリア及び日本の部隊に対しても拠点を提供している。米軍は対テロ戦争の支援のために2003年にジブチに展開し、それ以来、14億ドルを投入して基地を約570エーカーに拡張中である。中国は、3つの港、2つの空港、水とガスのパイプラインそしてエチオペアまでの鉄道線路を含む、インフラ整備への融資や建設を始めた2010年頃から、ジブチに進出した。北京は、ジブチを貿易ハブに変えようとしている。2013年には、中国の国営企業の港湾部門は、ジブチ港の運営に参画し、2014年にはDoraleh多目的港新設に5億9,000何ドルを投資することに合意した。ジブチ当局者は2015年に、中国との間で海軍前進拠点の建設について討議したと語った。中国は、2016年2月に拠点建設に着手したことを正式に発表した。中国の前進拠点は、ジブチに駐留する他国の軍隊や海賊対処の哨戒飛行に向かう偵察機によって熱心に監視されている。ジブチの外務大臣は、駐留中国兵の数に厳密な制約はないが、この前進拠点には2,000人を越える要員を収容する建屋の建設は不可能で、300人程度になる可能性が高いと述べた。外務大臣によれば、中国の前進拠点は、艦船停泊用の1本の埠頭と、滑走路はないがヘリパッドを有するものになると見られる。この前進拠点は、年間2,000万ドルの経費で10年間リースだが、更に10年間の追加リースのオプションが付いており、ジブチにおける北京の唯一の軍事施設になる。

(4)「宦官提督」鄭和が東アフリカに航行した15世紀以来、中国は最近まで、これ程の遠隔地にまで戦力投射を必要としていなかった。しかし現在では、米シンクタンク、The American Enterprise Institute (AEI)によれば、主として石油、天然ガスを対象とする、ジブチの近隣諸国に対する実際にそして公約された中国の投資額は、南スーダンで26億ドル、イラクで160億ドル、そしてサウジアラビアで260億ドルに達している。中国の拡大する在外経済プレゼンスは、国外在住の民間人を護れとする国内的圧力と、多国間の安全保障への支援を求める国際的圧力を誘発した。中国は、2008年にアデン湾での海賊対処活動に初めて戦闘艦を派遣し、また2013年以来、南スーダンやマリに数百人規模のPKO部隊を派遣している。北京は、2011年にはリビアから3万5,000人の中国人を、そして2015年には600人をイエメンから撤退させた。中国当局者によれば、中国海軍は、こうした任務を通じて、戦闘艦の補給や修理、そして乗組員の食糧確保や休養などの面で、多くの困難を経験した。北京はまた、米仏が専用埠頭を持つジブチ旧港が他国海軍の使用を優先していることに不満を持っていた。中国の戦略研究家などによれば、中国海軍は以前、ミャンマー、バングラデシュ、スリランカ及びパキスタンなどで、中国企業によって建設され、あるいは運営される商業港を便宜的に利用することを計画していた。しかし、商業港は、使用料が割高であり、また安全で専門的な施設を必要とする軍事作戦期間中の使用は制約される。

(5)他国の専門家の分析によれば、現在の中国の戦略は、アフリカと中東を重点として、兵員が配置された小規模な軍事拠点あるいは軍民両用施設を建設することである。中国はまた、南シナ海で造成した人工島に軍事施設を建設している。中国軍のタカ派の将校は、長年に亘って海外基地を求めてきた。ようやく最近になって、こうしたタカ派の要求は、人民解放軍軍事情報科学アカデミーから刊行された2013年の書籍など、戦略に関する公式刊行物に取り込まれるようになった。これらは、中国の海外の海上交通路を護るために、「必要な海外の補給拠点と限定的な兵力のプレゼンス」を構築し、そして「当該地域に対する政治的、軍事的影響力を発揮する」ことを求めている。ジブチにおける西側軍事当局者の懸念は、この地域の多くの国と同じように、ジブチが北京の気前の良さにより大きく依存するにつれて、中国の利益を優先するようになることである。ジブチの経済大臣によれば、ジブチは既に、中国に対してより多くの融資と投資を求めている。経済大臣は、その見返りに北京に基地拡張を認めることを否定したが、中国は他国と同様の権利を持つと述べた。

記事参照:
China Builds First Overseas Military Outpost
Map: China's Strategic Port Network and Voyage of Zheng He, 1405-1433

8月22日「アジア太平洋地域における米海洋政策、前海軍CNOインタビュー」(The National Bureau of Asian Research, August 22, 2016)

前米海軍作戦部長Admiral Jonathan Greenert (ret.)は、8月22日付のThe National Bureau of Asian Research (NBR) のHPでNBR研究員Jessica Drunとのインタビューを行い、アジア太平洋地域におけるアメリアの海洋政策について、要旨以下のように述べている。

Q:アジア太平洋地域における優先課題とは何か。

A:この地域には3つの優先すべき安全保障問題があり、重要度の順に、①北朝鮮の核プログラム、②東シナ海における領有権問題、そして③南シナ海における領有権問題である。北朝鮮政権が不安定で予測不能であることは、東シナ海と南シナ海の海洋を巡る紛争よりも大きな戦略的脅威となっている。東シナ海における潜在的な紛争の可能性は南シナ海より大きい。東シナ海問題は、感情的ナショナリズムに煽られやすい傾向があるからである。

Q:これらの課題が海洋安全保障に及ぼす影響を軽減するため、アメリカは何ができるか。

A:我々は、戦略的展望の方向付け、将来の紛争に対する適切な対応を決めるに当たって、より広範なアプローチをとるべきである。戦略的な環境を形成するための取り組みとして、1つにはRIMPACがある。RIMPACには中国と他の十数カ国の海軍が参加し、各種の関連演習でアドホックなコアリションが形成される。我々は、潜在的なパートナー諸国と同盟国を支援すると同時に、一貫した関与政策を堅持していく必要がある。要するに、我々は、継続性、決意そして広範で首尾一貫した戦略が必要である。このことは、次期政権の国家安全保障における優先事項であるべきである。

Q:グリナート提督は海軍作戦部長在任中、中国海軍の呉勝利司令と何度も会談し、両国海軍の協力分野について議論された。どのような方法で、アメリカは中国軍との軍対軍の関係を更に深化させることができるか。

A:我々は、何処までの軍対軍の関係を期待しているかを明確にしておかなければならない。中国は、軍と軍の関係そのものをより好む傾向にある。我々は、中国軍の各カウンターパートと会合を持ち、我々が何処までの軍対軍の関係を望んでいるのかを明確に決める必要があると思う。政治的思惑を抜きにし、戦術的問題(例えば海や空における事件など)が生起した場合、それぞれの課題に現実的に取り組むべきである。

Q:2015年に環太平洋地域の海軍が、米中主導の下、「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(Code for Unplanned Encounters at Sea: CUES)」に合意した。CUESには、危険な接近事案を減少させるための空対空の遭遇事案も含まれているが、最近の中国のJ-11戦闘機とアメリカの偵察機の異常接近事案に鑑み、現行CUESで十分だと思うか。

A:当面の間は、現行CUESで十分である。我々は、CUESを維持し、遵守していることを中国に示すべきである。我々は、海軍がCUESを活用できるようにしなければならない。同時に、我々は、CUES不履行があれば相互に通告し、説明責任を強く要求すべきである。加えて、我々は、米中両国の沿岸警備隊に適用するようにCUESを拡大し、そしてその後、他の国の沿岸警備隊にも適用するようにすべきである。

Q:アメリカの改訂海洋戦略はアジア太平洋地域を重視し、同盟国軍とのインターオペラビリティを強化するとしている。現在の予算上の制約を考えれば、アメリカは、如何にすれば重要なパートナー諸国への関与を継続し、そのコミットメントを再保証することができるのか。

A:コミットメントの再保証は、何よりも我々の同盟国に対するプレゼンスが一貫した予測可能なものであることによって達成される。艦隊訓練活動やパートナー諸国との演習などの運用予算が海軍予算に占める割合は僅か15%に過ぎない。再保証は、予算ではなく政策である。

Q:最近、国連海洋法条約(UNCLOS)に対する注目が高まっているが、アメリカは未だに未加盟である。これについてどう思うか。

A:UNCLOSの加盟について議会上院の指導層に十分な関心があれば、加盟に向けて進展が期待できる。これは優先事案である。この数十年間、歴代の海軍作戦部長や統参本部議長は、議会でUNCLOS加盟がアメリカにとって価値があり、重要であることを力説してきた。UNCLOS加盟国でないことは、UNCLOSに従って海洋紛争を解決すべきとするアメリカの政策を損ねている。アメリカが加盟していない条約の遵守を中国に求めることは、アメリカの国際的信用を低下させる。

Q:アジアの安全保障政策における次期政権の主要課題は何か。

A:我々は、アジア太平洋地域を超えて、インド洋を含めたより包括的な国家安全保障政策と防衛戦略が必要である。我々はインド・アジア太平洋地域戦略を必要としている。我々が優先すべきは、インド・太平洋地域である。そして、このインド・アジア太平洋地域戦略は、明確で首尾一貫したものであることが重要である。最後に、我々は、この戦略を遂行するための十分な資金と力を通して、コミットメントを誇示する必要がある

記事参照:
Declaring Consistent Commitments: U.S. Maritime Policy in the Asia-Pacific
An Interview with Admiral Jonathan Greenert

8月24日「新たな挑戦に直面するアメリカの卓越の座―米専門家論評」(The National Interest, August 24, 2016)

米ジョンズ・ホプキンス大学ポール・ニッツェ高等国際関係大学院(SAIS)教授Hal Brandsは、8月24日付のThe National Interest(電子版)に"The Era of American Primacy is Far from Over"と題する論説を寄稿し、世界におけるアメリカの卓越の座は依然維持されているが、今やかつてない新たな挑戦に直面しているとして、要旨以下のように述べている。

(1)アメリカの卓越の時代(the era of American primacy)は終わったのか、そうだとすれば、アメリカは根本的な地政学的縮小を図るべきか。現在、この問題に正確に答えるためには、アメリカのパワーについて以下の4点を理解しておく必要がある。

a.第1に、国際的な卓越の保持は、全般的にアメリアに有利な国際秩序の形成を可能にすることで、長年に亘ってアメリカに数多くの利益をもたらしてきた。

b.第2に、今日、論じられることとは反対に、アメリカの卓越の時代は終わったのでもなければ、近い内に終わるというものでもなく、アメリカはグローバル・パワーの最も重要な面で依然他を圧している。

c. しかしながら、第3に、アメリカの卓越は依然変わらないとしても、今日、この卓越の座は、冷戦時代以上に厳しい挑戦を受けている。

d.そして第4に、全世界に跨がる態勢を大幅に縮小することはアメリカにとって賢明ではないが、アメリカは、著しく優位なグローバルな態勢を今後とも維持していくために多大な努力と投資を行う必要がある。

(2)アメリカにとって最も厳しい挑戦は、冷戦期のような大国間の抗争への回帰である。アメリカ主導の冷戦後の世界秩序を実際には決し受け入れてこなかった、中国やロシアといった地域大国が今や、この世界秩序を押し返すためにそのパワーと能力を投入しつつある。中ロは「隣接地域」における優越を目指しており、アメリカのパワーの周辺に位置するアメリアの同盟国を脅かしつつある。実際、アメリカのグローバルな軍事的卓越は変わらないものの、中ロは、東アジアと東欧へのアメリカの戦力投入能力を益々脅かす能力を開発しつつある。従って、地域バランスは悪い方向に変わりつつあり、アメリカは冷戦後かつてない軍事的、地政学的挑戦に直面している。これと並行して、イスラム国や北朝鮮のようなアメリカが進めてきた民主化の促進とは逆行するような主体の台頭と挑戦もある。アメリカ自身の国内政治の混乱と影響も少なくない。

(3)では、アメリカは何をすべきか。冷戦後の世界において、アメリカは、少ない費用で卓越の座を維持できた。この間、アメリカの軍事支出はGDPの3%程度であった。しかし、状況は変化してきており、アメリカは、ロシアや中国からの挑戦に対応して地域バランスを強化するために、中長期的な投資を行う必要があろう。また、抗争が強まっていく環境下で米軍部隊が作戦遂行できるように、革新的な能力や運用構想の開発が必要であろう。更に、アメリカは、(例えば、より効果的な防衛態勢を整備するよう同盟国を慫慂することによって)既存の同盟国体制をより活性化することも必要となろう。そして同時に、アメリカの指導者は、アメリカの卓越を支える政治的基盤を強化する必要がある。そうすることによって、アメリカの指導者は、アメリカのリーダーシップと卓越が安定した国際秩序の構築に寄与してきたのであり、それを維持するコストはそれが失われれば確実に到来するより危険で不安定な世界に対処するコストとは比較にならない程安いものであることを、アメリカ国民に銘記させる必要がある。アメリカが今後いつまでその卓越の座を維持できるかは、国内の支持にかかっているからである。

記事参照:
The Era of American Primacy Is Far from Over

8月30日「南シナ海仲裁裁判所裁定、ベトナムにとっての含意―クラスカ米海大教授論評」(Maritime Awareness Project, August 30, 2016)

米海軍大学教授James Kraskaは、8月30日付のMaritime Awareness Project誌に、"Vietnam Benefits from the South China Sea Arbitration"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定はベトナムに恩恵をもたらすとして、要旨以下のように述べている。

(1)ベトナムは南シナ海仲裁裁判の当事国ではないが、7月12日の裁定によって、南シナ海における海洋権益を巡る中国との紛争において、事実関係と法的立場に関して正当性を主張できる。南シナ海の紛争要因の内、点在する海洋地勢の領有権については仲裁裁判所に管轄権がない。今回の仲裁裁判の対象となった南沙諸島に同じように、中国が占拠している西沙諸島はベトナムも領有権を主張している。南沙諸島では、ベトナムは全域に対する領有権を主張しており、現在29の海洋地勢を実効支配しており、他にフィリピンが9つ、中国が7つ、マレーシアが5つ、台湾が1つの海洋地勢をそれぞれ実効支配している。ベトナムはフランスからの継承に基づいて南沙諸島に対して最も強く領有権を主張しているが、領有権紛争は未解決のままである。南シナ海仲裁裁判所は、海洋地勢の領有権に対する判断を示したのではなく、個々の海洋地勢が有する海洋権限と、国連海洋法条約(UNCLOS)が加盟国に課す旗国の責任や義務に対する中国の違法性に焦点を当てたものであった。例えば、UNCLOS第94条によれば、中国は、自国を旗国とする船舶の乗組員に対して国際的規則を遵守させる義務がある。この件に関する仲裁裁判所の裁定は、南シナ海におけるベトナムと中国との間の海洋紛争に直接的な影響を及ぼすものであり、結果的に、裁定はベトナムのアプローチを支持するものとなった。

(2)第1に、ベトナムは、裁定から大きな恩恵を受ける。フィリピンは、UNCLOS第15部「紛争の解決」に基づいて仲裁裁判所に提訴した。UNCLOS付属書VII「仲裁」によれば、当事国が紛争解決の手続きに合意できない場合、仲裁裁判所が第3者の立場から拘束力を持つ裁定を下すことができる。今回の仲裁裁判はこのケースに該当し、従って、ベトナムもまた、中国に対して、領有権ではなく、海洋管轄権に関して同様の仲裁裁判を申し立て、今回と同様の裁定を得ることが可能であろう。要するに、ベトナムは、拘束力のある仲裁過程を通じて、明確に結果を期待できる法的道筋を得たことになる。仲裁裁判を申し立てた場合、ベトナムは、南沙諸島にも、そして恐らく西沙諸島にも、EEZと大陸棚を有する海洋地勢はないとの裁定を得ることになろう。一方で、ベトナムは自国本土の長い沿岸線を基点とするEEZと大陸棚を主張できることから、当該海域に対するベトナムの主権的権利と管轄権は、恐らく中国や他の国が占拠する海洋に点在する岩とそれが有する領海を除いて、完璧なものになろう。しかも、中国が仲裁過程に参加しないとしても、UNCLOS加盟国として、中国は仲裁手続きを受け入れていると見なされる。更に、「条約法に関するウイーン条約」に基づき、条約当事国は、加盟条約を誠実に履行する基本的義務を有する。従って、中国は、仲裁裁判所の裁定を履行する法的義務を有する。南シナ海仲裁裁判所の裁定は、中国の「9段線」や「歴史的権利」主張を退け、そして中国(と他の国)によって占拠された南沙諸島の海洋地勢がEEZや大陸棚を有すると主張する可能性を排除した。

(3)第2に、ベトナムは、将来の紛争解決手続きにおいて、中国に比して地理的に優位な立場にある。南シナ海仲裁裁判所の裁定が南沙諸島の全ての島嶼をEEZや大陸棚を主張できない岩と判断した。例え中国が南沙諸島で占拠する全ての海洋地勢の領有権を得たとしても、当該地勢の周辺12カイリの領海しか主権は及ばず、他方、ベトナムの長い海岸線は、南シナ海に向けて200カイリのEEZや、それ以遠に大陸棚を主張できる。要するに、今回の裁定と国際司法裁判所(ICJ)のコロンビア・ニカラグア裁判(2012年11月)の判決によれば、小さな「高潮高地」はUNCLOS第121条3項に規定する「岩」であり、その海洋権限は領海のみに限定されるということになる。従って、これらの「岩」は、沿岸国のEEZ内に「取り囲まれる("enclaved")」ことになろう。言い換えれば、本土海岸線を基点とするベトナムのEEZと大陸棚に対する主張は、法によって保証された議論の余地のないものである。他方、中国はせいぜい、自国が占拠する小さな「高潮高地」周辺に領海を主張できるだけであろう。更に、南シナ海仲裁裁判所の裁定に示された、持続的な人間の居住に関する高い基準に照らせば、ベトナムも、同様に中国も、西沙諸島と南沙諸島の海洋地勢を基点としてEEZを主張する法的根拠は薄弱である。また、例え西沙諸島がベトナムの領有に帰したとしても、西沙諸島を基点とするハノイの海洋権限主張は他国の主張と重複し、従って200カイリまでの完全なEEZを有しないであろう。

(4)結局、ベトナムは、今回の仲裁裁定から恩恵を受ける。南沙諸島や西沙諸島を基点とするベトナムの潜在的なEEZ主張は支持されないが、裁定は、ベトナムの本土海岸線を基点とするEEZのほぼ全域に対するハノイの排他的な主権的権利と管轄権を明確に確認するものである。ベトナムは、海洋地勢を基点とする権限主張の理論的根拠を失うかもしれないが、本土海岸線を基点とするそのEEZと大陸棚主張の合法性は、非常に強固なものになった。更に、中国(と台湾)を除けば、今回の裁定は、ベトナム、フィリピン、ブルネイ及びマレーシアの間における海洋境界を巡る合意や調停の実現可能性を高めたと思われる。南沙諸島の全ての海洋地勢が「低潮高地」か「岩」と判断されたことによって、これら諸国間の海洋管轄権主張が重複する可能性は減少する。海洋地勢の海洋権限が最大で領海のみに限定されれば、その価値は低下する。これら各国は、領有権紛争を解決するために、個々の海洋地勢に対する領有権主張について柔軟な対応を示すことになるかもしれない。従って、今回の裁定が持つ最大のインパクトは、個々の海洋地勢の領有権主張の解決に向けて、これら小国間の交渉を促すかもしれないことである。

記事参照:
Vietnam Benefits from the South China Sea Arbitration

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. The PLA's Latest Strategic Thinking on the Three Warfares
China Brief, The Jamestown Foundation, August 22, 2016
By Elsa Kania, Elsa Kania is currently a senior at Harvard College and works part-time as a research assistant at the Belfer Center for Science and International Affairs.

2. Blinkered Justice at The Hague on the South China Sea
China US Focus.com, August 22, 2016
Sourabh Gupta is a Resident Senior Fellow at the Institute for China-America Studies, a Washington, D.C.-based think-tank.

3. Chinese Views on the South China Sea Arbitration Case between the People's Republic of China and the Philippines
China Leadership Monitor, Carnegie Endowment, August 24, 2016
Michael D. Swaine, Swaine is a senior associate at the Carnegie Endowment for International Peace and one of the most prominent American analysts in Chinese security studies.

4. What Countries Are Taking Sides After the South China Sea Ruling?
Asia Maritime Transprancy Initiative, CSIS, August 25, 2016

5. The US third offsets strategy: Why China should worry Why China Should Fear the US Military's
Asia Times.com, August 27, 2016
Richard A. Bitzinger, Richard A. Bitzinger is a Senior Fellow and Coordinator of the Military Transformations Program at the S.Rajaratnam School of International Studies, Nanyang Technological University, Singapore.


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀・吉川祐子
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