海洋安全保障情報旬報 2017年4月1日-4月10日
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4月2日「アメリカは中国の潜水艦建造能力の強化に注目すべし―米海大専門家論評」(The National Interest, April 2, 2017)
米海軍大学准教授Lyle J. Goldsteinは、米誌、The National Interest(電子版)に、4月2日付で、"China Prepares to Ramp Up its Shipbuilding Process"と題する論説を寄稿し、アメリカは中国の潜水艦建造能力の強化に注目すべしとして、要旨以下のように述べている。
(1)10年前、中国海軍を巡って幾つかの疑問があった。当時、中国海軍が迅速に建造可能と見られていた唯一の近代的艦艇は沿岸域高速攻撃艇だけであり、国際的水準の艦隊にはほど遠いものであった。しかし今日では、中国は駆逐艦とフリゲート(そして巡洋艦や哨戒艇)の同時建造を進めており、世界の羨望の的になっているだけでなく、大型空母を運用するという北京の野望も最早笑いごとではなくなった。南シナ海の人工島の滑走路や空母建造計画にメディアの関心が集まっている中で、中国の潜水艦部隊は隅に追いやられているようである。しかしながら、中国海軍の潜水艦部隊は数年後には脚光を浴びることになるであろう、明白な兆候がある。第1に、『中国戦略新興産業』(電子版)の記事によれば、中国は恐らく世界最大の原子力潜水艦建造施設を完成させつつある。第2に、『艦船知識』2017年2月号は、北京がパキスタンのグワダル港に何隻かの潜水艦を前進配備するかもしれないと報じている。また、同記事によれば、アデン湾で継続している商船護衛任務では、2016年12月までType 093(「商」級)原子力潜水艦1隻が活動していたことを報じている。
(2)『中国戦略新興産業』(電子版)の記事によれば、「多くの報道が、渤海造船有限公司が新しい大規模な工場施設を建設したと報じている。」葫蘆島の新しい施設は「超級工程」とされ、この施設は世界最大で、「西側のほとんどの生産ラインは年に1隻の潜水艦しか建造できず、アメリカだけが同時に2隻を建造できる。しかし、今や中国は4隻を建造する能力がある。」この記事によれば、中国は既にType 094/094A(「晋」級及びその改良型)弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を少なくとも4隻、Type 093/093G(「商」級及びその改良型)攻撃型原子力潜水艦を少なくとも5隻保有しており、従って、新しい施設はそれらの後継の第三世代のType 096(「唐」級)弾道ミサイル搭載原子力潜水艦と、Type 095攻撃型原子力潜水艦の建造用と推測される。新しい潜水艦はモジュール化された建造技術を使用して建造され、原子力潜水艦の建造能力は2~3年の内に倍増されるであろう。全天候型の新しい建造施設の利点として、米偵察衛星から潜水艦の建造を秘匿できるとされている。この記事の筆者は、中国海軍部内では、空母、大型水上戦闘艦あるいは原子力潜水艦のいずれの建造を優先するかが「争論的焦点」になっていたが、原子力潜水艦も主要な柱となる「平衡発展」についてコンセンサスができた、と結論づけている。
(3)他の最近の2つの中国語の情報源も重要と思われる。両方とも『艦船知識』2017年2月号の小さな記事である。見出しは、「中国、グワダル港防衛に潜水艦を派遣(「中国或潜艇守衛瓜德尔港」)」である。この記事によれば、これら潜水艦は、パキスタン海軍と合同で、同港と海上交易路の防衛に当たるであろう。更に、中国海軍は同港に基地施設を建設し、「インド洋における艦隊の活動を支援するために」使用すると述べている。この記事の情報源がパキスタン海軍であると明かにされているが、もしそのことに根拠がないのであれば、中国海軍が関与している雑誌がこのような記事を掲載することは通常あり得ない。しかも、次の記事の見出しは「海軍Type 093攻撃型原子力潜水艦、アデン湾で護衛」(「海軍093 型核潜艇亜丁湾護航」)とあり、アデン湾における商船護衛任務にType 093(「商」級)原子力潜水艦がどのように貢献したかについて記述することで、前の記事に対する一種の論拠を示していると見られる。記事に添付された写真には、浮上した潜水艦が商船の前程におり、2隻の水上戦闘艦が後衛の位置にある。それ以上の情報は提供されていないが、北京がインド洋における原子力潜水艦の哨戒を常態化させつつあることを示す他の記事が続いている。商船の護衛と海賊の抑止に原子力潜水艦を投入するという海軍の弁解は噴飯物である。
(4)もう1つの当惑させられる記事が、これも中国海軍が関わる雑誌の1つである、『艦載武器』2016年10月号にある。その見出しは「中国海軍の地上攻撃能力の開発」である。この記事には、多数の垂直発射装置(VLS)を装備したType 052(「旅洋」級)駆逐艦と開発中のType 055計画の写真が掲載されている。また、同号は、Type 093B原子力攻撃型潜水艦の珍しい写真を特集しており、同艦は「セイル後部に比較的大きな突起物が有り、海外の観察者は垂直発射装置の区画と考えている。(其指揮台囲殻后面有一個比較大的突起、被外界認為是導弾垂直発射装置)」と説明されている。射程1,500キロの対地攻撃巡航ミサイルを搭載していると仮定した場合、これらの潜水艦部隊によって、「中国海軍は、空母を含まない戦闘群による極めて効率的で、戦闘における飛躍的な攻撃能力を持つことになる。」
(5)こうした動向は、ワシントンやニューデリーはもちろん、何処においても人々を驚かすであろう。しかし、こうした動向は予想されたいたものであり、過度の警戒心を持つ必要はない。中国と西側の多くの海軍分析者はいずれも、早くからインド洋を横断する中国の海上補給路の脆弱性を認めてきたからである。他方、アメリカの海軍戦略家は、グワダル港に配備された中国海軍の潜水艦が米本土近傍海域にどれだけ接近できるかということを想定して、むしろ不安感を抱いているかもしれない。パキスタンと米東岸の間における唯一の潜在的な潜水艦バリアーは、数千マイルの距離だけだからである。アフリカ南部(そしてアゾレス諸島さえ)は、新たな(米中)冷戦において、ホットな戦域になるかもしれない。これは、北京が長らく待ち望んだアメリカの「アジアへの軸足移動」に対する反撃の重要な一撃なのか。少なくとも、ワシントンの戦略研究家グループは、(南シナ海の)環礁の衛星画像を精査することから、渤海湾の極めて大規模な建屋周辺での工業活動の検証に、彼らの関心の一部を振り向けようとするかもしれない。
記事参照:
China Prepares to its Shipbuilding Process
4月3日「南シナ海における中国の動向への対応、トランプ政権の選択肢―豪専門家論評」(The Strategist, April 3, 2017)
オーストラリアのThe Strategic ForumのCEOで、アメリカThe Center for Strategic and Budgetary Assessments客員上級研究員Ross Babbageは、豪Web誌、The Strategistに4月3日付で、"Countering Beijing's manoeuvres in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、南シナ海における中国の動向への対応、トランプ政権の選択肢について、要旨以下のように述べている。
(1)中国の地方政府当局は2月、中国メディアに対し、フィリピンのスービック湾の西方140カイリのフィリピンのEEZ内にあるスカボロー礁で、間もなく「環境監視ステーション」建設作業を開始すると述べた。ゴレス前フィリピン国家安全保障顧問は、中国は小さなサンゴ礁に滑走路、レーダー施設、行政センター、宿舎及びリゾート施設の建設を計画していると説明した。マニラの玄関口にある環礁における中国の建設工事に対して、フィリピンのドゥテルテ大統領は「我々は中国の行動を止めさせることができない」と発言したが、自らの無力に対するフラストレーションに満ちたものであった。
(2)この10年間で、中国は南シナ海の80%を事実上手中に収めた。その面積は、ポーランドの東部国境から英仏海峡までの西ヨーロッパのそれにほぼ匹敵する。そして、この5年間で、中国は、南シナ海に12の軍事的に重要な施設を建設し、その中には各24機の戦闘爆撃機を格納できる3カ所の戦闘機基地が含まれている。これらの施設は、スカボロー礁に建設されるレーダー施設と連接することによって、スービック海軍基地を含むフィリピンの戦略的な中心部分をその覆域内に収めることができる。北京は、南シナ海の支配海域に中国の国内法を適用し、多くの外国の漁船やその他の船舶を拿捕したり、その活動を妨害したりしている。北京は南シナ海の大部分を内海化しようとしている。中国に対する警戒感が高まる中、中国政府報道官は突飛に、スカボロー礁における施設建設計画を否定した。ところが同じ時期に、台湾メディアによれば、中国南海艦隊の幹部は人民解放軍の内部雑誌に、「中国は南シナ海における主導的役割を確立し、他国はこの地域における中国の軍事的優位に対抗することはできないであろう」との見解を示すとともに、「人民解放軍は、戦略的優位を維持するために、忍耐と長期計画を必要とする、『持久戦』を戦う用意がなければならない」と述べたという。
(3)今やパワーバランスは中国に傾いている。アメリカとその同盟国は、こうした動向に如何に対処すべきか。南シナ海における中国の目標は変わることはないが、戦術としては、緊張がエスカレートすることは避けたいところである。アメリカ政府には、3つの選択肢があると思われる。
a.第1の選択肢は、トランプ大統領が従来路線を殆ど変えないアプローチをとることである。紛争の平和的解決と国際法の順守を唱えたオバマ前政権の主張を継続し、フィリピンに対する防衛コミットメントに目を瞑ることである。しかしながら、アメリカ政府高官の多くがフィリピン政府の機能不全に不満を持っていたとしても、この選択肢はないように思われる。フィリピを見放すことは、世界的に同盟国の信頼を損ねることになり、また政権の中核をなす高官達のよく知られた戦略スタンスに反することになるからである。
b.第2の選択肢として、トランプ大統領は、フィリピンの主権と同盟の信頼を同時に護る立場を堅持することである。例えば、トランプ大統領は、習近平主席に対して中国の建設計画に対する懸念を伝えるとともに、オバマ大統領が任期最終年の始めに命じたと同様の方法で、この地域における米軍機と艦艇による哨戒活動を続けることも可能である。加えて、トランプ大統領は、米比同盟条約にはスカボロー礁が含まれること、そして米軍はフィリピン軍と共にフィリピンの領土主権の保全を維持することを確約することもできる。しかしながら、この選択肢は、北朝鮮の核ミサイル計画の阻止など、協力を必要とする分野において中国との関係を阻害する恐れがある。
c.第3の選択肢は、中国の継続的な拡張主義と競争的振る舞いに対抗するには対中競争戦略を構築する以外にないと、ワシントンが覚醒することである。この競争戦略は、外交、情報、経済、地政戦略、移民、法律、軍事等々、様々な面から中国に対抗し、それによって中国の高圧的姿勢を抑制し、責任ある国際的行動を促し、アメリカと同盟国の核心的な利益を護るものである。
(5)中国の行動はトランプ政権に難しい選択を迫っている。アメリカの選択は、西太平洋の全ての諸国の命運を左右する重大なものである。
記事参照:
Countering Beijing's manoeuvres in the South China Sea
4月5日「中国海警局巡視船、マレーシア・サラワク沖に居座る」(Asia Maritime Transprancy Initiative, CSIS, April 5, 2017)
米シンクタンク、CSISのThe Asia Maritime Transparency Initiative(AMTI)は4月5日、中国海警局巡視船がマレーシア・サラワク州沖のルコニア暗沙(南北康暗沙)でほぼ恒常的なプレセンスを維持しているとして、要旨以下のように述べている。
(1)この事実は、マレーシア国内や海外のプレスがあまり注目していないが、「9段線」全域に対する管轄権を確立しようとする、北京の決意を物語るものである。この暗沙は南北2つの暗沙に分かれ、北の南沙諸島と、中国がしばしば最南端の中国領と呼ぶ南のジェームズ暗沙(曽母暗沙)との間に位置する。ジェームズ暗沙と同様に、ルコニア暗沙も満潮時には水面下に没する「低潮高地」であり、従って、マレーシアの領土としても、またマレーシアの大陸棚の一部としても主張できない。
(2)中国海警局巡視船は2013年9月、南ルコニア暗沙に錨泊し、マレーシアが2015年のASEANと東アジア・サミットを主催する直前の2015年11月下旬まで居座ったといわれる。この間、海警局巡視船の居座りはマレーシア議会で論議となったが、クアラルンプールでのASEAN会議の直前に巡視船が錨を上げたことから、マレーシアでの論議は下火になった。しかし、海警局巡視船の退去はわずかの間であった。AMTIは、ワシントンのThe Center for Advanced Defense Studies(C4ADS)と協力して、C4ADSの独自のデータと解析を用いて、2016年12月末から2017年2月下旬までの60日間のルコニア暗沙周辺の船舶の動きをモニターしてきた。60日間のモニターで、海警局巡視船がルコニア暗沙周辺海域においてほぼ恒常的なプレセンスを維持していることが判明した。この間、マレーシア海軍外洋哨戒艦、KD Selangorが1月22日から1月29日までルコニア暗沙周辺海域を哨戒し、海警局巡視船舷番号3501から4カイリまで近接した。この60日間が特異事象というわけではなく、AMTIとC4ADSが2016年1月まで遡ってルコニア暗沙周辺海域を解析したところによれば、海警局巡視船がこの海域に定期的にローテーション展開していたことが判明した。従って、海警局巡視船は2015年11月下旬に一旦退去したが、直ぐに引き返したようである。それ以来、少なくとも延べ11隻の海警局巡視船がこの海域に展開しており、そのほとんどが排水量3,980トンのShucha IIで、マレーシア海軍のKD Selangorの2倍以上の大きさである。最小の海警局巡視船でもKD Selangorとほぼ同等大きさで、最大の海警局巡視船は排水量5,000トンの舷番号3501を含む、Shuoshi IIであった。
記事参照:
Tracking China's Coast Guard off Borneo
See Map:
The map shows the movement of CCG and Malaysian government vessels at the shoals over a 60-day period, from the end of December 2016 to late February 2017. The playback can be paused and the slider manually manipulated to explore ship locations on any given date. The map can also be zoomed in or out and individual objects can be hovered over for more information.
4月6日「中国、永興島に闘機配備か」(Reuters.com, April 6, 2017)
米シンクタンク、CSISのThe Asia Maritime Transparency Initiative(AMTI)は4月6日、3月29日に撮影された衛星画像によれば、南シナ海の西沙諸島で中国が占拠するウッディー島(永興島)でJ-11ジェット戦闘機1機が確認された。AMTIによれば、永興島でジェット戦闘機が確認されたのは今回が初めてではないが、トランプ政権になってからは初めてである。衛星画像には、1機のみだが、近くのハンガーには更に何機か駐機していると見られる。AMTIのGreg Polingは、ジェット戦闘機が永興島に何時まで配備されるかは不明だが、中国が南沙諸島で造成した人工島の滑走路が完成していることから、これら人工島へのジェット戦闘機の配備もいずれ予想されると見ている。
記事参照:
China fighter plane spotted on South China Sea island: think tank
Photo:
A Chinese J-11 fighter jet is pictured on the airstrip at Woody Island in the South China Sea in this March 29, 2017 handout satellite photo
4月6日「潜水艦艦隊編成完了によるベトナム海軍の変容―ベトナム専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, April 6, 2017)
ベトナムのThe University of Social Sciences and Humanities国際問題研究所長Truong-Minh Vuは、米シンクタンク、CSISのThe Asia Maritime Transparency Initiativeのサイトに4月6日付で、"The Modernization of the Vietnam People's Navy: Grand Goals and Limited Options"と題する論説を寄稿し、6隻のKilo級潜水艦隊の編成完了によって変容するベトナム海軍について、要旨以下のように述べている。
(1)ベトナム海軍は2月28日、2009年にロシアに発注した6隻のKilo級ディーゼル潜水艦の最後の6番艦を配備して、潜水艦隊の編成を完了した。これによって、ベトナムは東南アジア最大の潜水艦隊保有国となった。東南アジアでは、潜水艦保有国は他に3カ国だけである。インドネシア海軍は、広大な領海を防衛するために、1978年に西ドイツから2隻の209型潜水艦を調達した。インドネシアは2024年までに、韓国の大宇造船海洋から3隻の張保皐級潜水艦と、さらにロシアから3隻のKilo級潜水艦を導入する予定である。 シンガポール海軍は、Challenger級潜水艦2隻を退役させ、2020年までにスウェーデン製の218SG型ディーゼル潜水艦に代替する計画である。マレーシア海軍は、2009年から2隻のScorpène級潜水艦を運用している。他方、中国海軍南海艦隊は現在、16隻のディーゼル攻撃型潜水艦、4隻の原子力弾道ミサイル潜水艦、2隻の原子力攻撃型潜水艦からなる22隻の潜水艦を保有している。原子力潜水艦を除けば、ベトナムの潜水艦は、中国海軍の多くのディーゼル攻撃型潜水艦よりも技術的に進歩していると見られる。しかも、ベトナムの潜水艦には、射程290キロの最新の3M-14E Klub対地巡航ミサイルが装備されている。このミサイルを製造しているロシアは、中国への輸出を今のところ承認していない。北京は、独自の対艦、対地巡航ミサイルYJ-18を開発してきた。
(2)Kilo級潜水艦隊の編成完了は、ベトナム海軍が沿岸(ブラウン)海軍から地域(グリーン)海軍への変容を目指す画期的な出来事であった。シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)研究員Koh Swee Lean Collinが指摘している*ように、この変容には海軍の対潜水艦戦能力の強化が必要で、南シナ海において顕著な水中戦能力における不均衡は、潜水艦の運用と戦術を検討するに当たって、ベトナム海軍に新たな所要と機会をもたらしている。海軍戦闘では質量両面の優位は重要だが、効果的な運用戦術を伴った適正な戦略が不可欠である。ベトナム海軍のような小規模で発展途上の海軍にとって、より大きく技術的にも進歩した敵対勢力と対峙していく上で、海軍戦略を理解することが基本である。水中戦は、強力な海軍が追求すべき、より包括的な戦略の一つの要素に過ぎない。前出のCollinは、ベトナム海軍は、伝統的な海洋拒否戦略から、より積極的だが依然として非対称的な介入阻止戦略へ、そのアプローチを徐々に変えつつある、と指摘している。海洋拒否戦略は、敵対勢力による海洋の使用を拒否することに焦点を当てている。小規模な海軍は、より強力な敵が軍事活動のために特定の作戦戦域に侵入することを阻止するために、この戦略を採用する。これは、技術的に劣る小規模な海軍にとっては、魅力的な防衛的、受動的戦略である。より大きく先進的な海軍にとっては、より多くの選択肢がある。ベトナム海軍は、潜水艦搭載の3M-14E Klub対地巡航ミサイルの奇襲攻撃によって、陸上のインフラや軍事拠点に打撃を与えることができる。この能力は、平時にも戦時にも抑止力として機能する。潜水艦戦闘は複雑だが、より包括的で適切に構成された「介入阻止」戦略における強力な構成要素である。
(3)沿岸域戦闘能力の強化は、ベトナム海軍にとって大きな質的変化を意味する。このためには、当初から、最高指導レベルのリーダーシップによる多大な財政支援と配慮が必要である。潜水艦戦力は、その海軍力の全面的な近代化の先兵であり、効果的な介入阻止戦略を円滑に実行するためには、海軍の各戦力分野の連携が不可欠である。また、将来的に強化すべき分野としては、両用戦能力や、海軍と空軍の航空戦力の統合なども検討されなければならない。
記事参照:
The Modernization of the Vietnam People's Navy: Grand Goals and Limited Options
備考*:海洋安全保障情報季報第17号2.軍事動向「ベトナム、海洋拒否戦略から対中侵略代価強要戦略へ―RSIS専門家論評」(The National Interest, February 16, 2017)参照
4月10日「南シナ海の環境破壊―豪専門家論評」(The Strategist, April 10, 2017)
オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)上級アナリスト兼オーストラリア国立大学The National Security College上級研究員、Anthony Berginは、ASPIのWeb誌、The Strategistに4月10日付で、"The looming environmental disaster in the South China Sea"と題する論説を掲載し、南シナ海では中国の軍事活動のみならず、環境破壊も懸念事項であると指摘して、要旨以下のように述べている。
(1)北京は、南沙諸島における人工島造成について「グリーンプロジェクト」であり、風雨に運ばれる自然作用によって、やがて海のオアシスになると主張している。しかしながら、米マイアミ大学のJohn McManusは、スカボロー礁、東沙諸島、西沙諸島及び南沙諸島における、海洋自然地形の拡張工事がサンゴ礁に対してほとんど回復不能なまでの影響を与えている、と指摘している。傷ついたサンゴ礁は、上昇する海水位に適応することができないであろう。McManusは2016年、オオジャコ貝の密猟者によって地球上で有数の生物多様性を有する南シナ海のサンゴ礁が40平方マイルにわたって破壊された、と結論付けた。中国は、係争海域における海洋自然地形を人工島に作り替えるとともに、さらに22平方マイルのサンゴ礁を埋め立てた。McManusは、これらの活動によって、海南省南方に至る広大な南沙諸島海域でサンゴ礁の約10パーセント、海南省とベトナムの間に位置する西沙諸島でサンゴ礁の約8パーセントが破壊されたとしている。米ハワイ大学の生物学者Alan Friedlanderは、南シナ海のサンゴ礁における浚渫と建設工事が地球上で最も多様な生態系の1つに修復不能な損傷を与えている、と指摘している。サンゴ礁は砂やコンクリートで固められてしまい、二度と再生することはない。
(2)中国は、埋め立て工事を進めるに当たって、自国も加盟している国連海洋法条約(UNCLOS)を顧みるべきである。UNCLOS第206条は以下のように規定している。 「いずれの国も、自国の管轄又は管埋の下における計画中の活動が実質的な海洋環境の汚染又は海洋環境に対する重大かつ有害な変化をもたらすおそれがあると信ずるに足りる合理的な理由がある場合には、当該活動が海洋環境に及ぼす潜在的な影響を実行可能な限り評価するものとし、前条に規定する方法によりその評価の結果についての報告を公表し又は国際機関に提供する。」また、慣習国際法では、提案された活動が重大な悪影響を広範囲に及ぼすリスクがある場合、環境影響評価―正確な範囲と内容ついては明確に決められていないが―を実施することが求められている。
(3)今や、南シナ海において伝統的な安全保障重視派と環境保護団体間のより強固な連携と協力関係を形成すべき時である。軍事と環境問題の双方に深い知力を備えた人材が必要とされている。アメリカが東南アジアにおいて漁業管理能力の向上に有益な貢献をしていることは注目に値する。環境保護団体とも協力する余地はあるが、これまでのところ環境保護運動はサンゴ礁の埋め立てに対して沈黙を守っている。サンゴ礁の保護を主張することは、中国の石炭使用低減を求めるクリーンエネルギー問題などに比べ、専門的すぎると見なされているためかもしれない。また恐らく、サンゴ礁保護についてアメリカと協力することは、その代理人として利用されているとの非難を受けることについて、懸念があるためかもしれない。あるいは、縮小する海氷に立ち尽くす北極グマ、原油にまみれた鳥、牙を抜かれた像、あるいは漁網にかかった亀のように、サンゴ礁破壊には具体的なイメージがわかないためかもしれない。
(4)理由は何であれ、南シナ海における切迫した自然破壊は中国の軍事活動と同様に懸念されてしかるべきである。そうなれば、軍事派と環境保護派の一層の協調も正当化されるよう。中国が環境問題を政治化したと見なしたり、敵対視したりする危険があるとしても、軍事と環境保護の両分野の専門家は一層の意思疎通を図ることを求められているのである。
記事参照:
A looming environmental disaster in the South China Sea
4月10日「スカボロー礁の現況―ロイター報道」(Reuters.com, April 10, 2017)
南シナ海仲裁裁判所は2016年7月、中国がフィリピンのルソン島西方約230キロにあるスカボロー礁周辺海域でのフィリピン漁民の伝統的漁業活動を不法に妨害していると裁定した。また、裁定によれば、スカボロー礁の国連海洋法条約上の法的地位は「岩」で、12カイリの領海のみを有する。ロイター通信の記者は4月初め、スカボロー礁の周辺海域を視察し、要旨以下のように報じている。
(1)中国は依然、仲裁裁判所の裁定受け入れを拒否しているが、スカボロー礁周辺海域の中国漁船の間に操業するフィリピン漁船が点在している情景は、中国が裁定をある程度受け入れていることを示している。このことは、フィリピンのドゥテウルテ大統領が中国からの投資を受け入れようとしていることも、影響しているかもしれない。中国は、2016年10月にフィリピン漁船を追い返すのを止め、この環礁周辺海域での操業を認めた。現在では、更に規制が緩和されているようである。
(2)記者は4月初め、中国が2012年にスカボロー礁を実効支配して以来、外国メディアとしては初めてスカボロー礁周辺海域に入った。そこで記者は、豊かな漁場であるラグーン内で昼夜を分かたず往復する十数隻の小型漁船を目撃した。「現在、我々はラグーン内に入ることができ、それによって私の家族の生活を支えることができる」「私は、中国人がここに居て欲しくない、あまりに多く居すぎて、我々の漁に影響するからである。しかし、私は、追い出されたくないから、中国人が居てもかまわない。少なくとも、私は漁をすることができるから」と、あるフィリピン漁民はダイビング・マスク付け、魚突きのヤスを持ってラグーン内で立ち泳ぎしながら語った。
(3)スカボロー礁は中国が実効支配しているが、フィリピンに加えて、ベトナムと台湾も領有権を主張している。フィリピン漁民の操業を容認しているとはいえ、2016年末の衛星画像によれば、中国はここでの漁船団と海警局巡視船のプレゼンスを強化している。このことは、北京がフィリピンのEEZ内にある南沙諸島の他の人工島と同様に、スカボロー礁を人工島に作り替え、要塞化しようとする野心を持っているかもしれないとの、マニラの疑念を高めている。
(4)今のところ、スカボロー礁でのフィリピン人と中国人の間には、思いやりのある共存関係が見られる。麦わら帽子の中国人が、船から船をジグザグに漕ぎながら、フィリピン人と身振り手振りで、タバコや酒、魚などを物々交換していた。彼らの船は、何世紀もの間、豊富な漁獲と台風からの避難所を漁民に提供した環礁の内外を騒がしく動いている。一方、フィリピンの船は老朽で、定員オーバーで、多くの中国漁船団の存在に不満を持っている。「中国人は我々より漁獲が多い。フィリピン人は彼らと漁獲を共有しなければならない。しかし、彼らは我々を妨害しない。何人かは助けてくれる」と、この環礁で20年間漁をしてきたフィリピン漁船の船長は語った。中国海警局の6隻の巡視船は、仲裁裁判所が沿岸国全ての伝統的漁場と裁定した、この環礁周辺の海域で海洋法令執行活動を行っている。裁定は、スカボロー礁がどの国の主権に属するかについては言及しなかった。フィリピン外務省は、環礁へのアクセスの緩和は「確かに裁定に沿ったものである」と語った。
(5)フィリピン漁民が記者に語るところでは、中国海警局は大型の漁船がラグーン内に入るのを禁じているが、2人乗りの小型船には自由な操業を認めており、「このことは中国人も、フィリピン人も同じである」という。環礁周辺の海域に記者が乗ったような見慣れない船が近づけば、しばしば大型の巡視船から高速の小型ボートが監視のためにやってくる。1隻の巡視船は常にラグーン内にいるが、何をしているかは分からない。フィリピン漁民によれば、ベトナム人もスカボロー礁周辺海域で漁をしているという。ハノイも裁定後の状況を偵察している兆候かもしれない。しかし、記者は、ベトナム漁船を視認しなかった。ベトナムの2つ漁業団体はこの事実を知らないと語った。また、ベトナム政府からは反応がなかった。スカボロー礁の状況は改善されてはいるが、依然、緊張が続いている。
記事参照:
At strategic shoal, China asserts power through control, and concessions
【補遺】 旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
1. Maritime Territorial and Exclusive Economic Zone (EEZ) Disputes Involving China: Issues for Congress
Congressional Research Service, April 10, 2017
Ronald O'Rourke, Specialist in Naval Affairs
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・山内敏秀・関根大助・熊谷直樹
※リンク先URL、タイトル、日付は、当該記事参照時点のものです。
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