海洋情報旬報 2015年1月11日~20日

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1月12日「ロシア、北極圏での飛行場建設加速」(HIS Jane’s 360, January 12, 2015)

英Web誌、IHS Jane’s 360が1月12日付で報じるところによれば、ロシアは2015年末までに、北極圏に14カ所の飛行場を稼働させる。ロシアのブルガコフ国防次官によれば、ロシアは既に、北極圏において4カ所の飛行場を稼働させており、2015年末までに10カ所が建設される。しかし、飛行場の位置についても、また旧ソ連時代の飛行場を再開するのか、それとも新設するのかについても、言及がなかった。ロシアはまた、北極圏における特殊部隊の増強も続けており、ノルウェー国境から16キロ、フィンランド国境から65キロのペチェンガのSputnik基地に増強された第61独立海軍歩兵連隊と再編された第200独立歩兵旅団を配備した。2014年12月1日には北方艦隊を基幹に、セヴェロドヴィンスクに北極コマンドが創設され、現在、装備の増強と西部、中央及び南部軍管区からの人員の移動が実施されている。

記事参照:
Russia to build more Arctic airfields

114日「『9段線』に対する米の誤解中国人研究者反論」(RSIS Commentaries, January 14, 2015)

中国の南海研究院の2人の研究者、Ye QiangとJiang Zong-qiangは、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の1月14日付の RSIS Commentariesに、“China’s ‘Nine-dash Line’ Claim: US Misunderstands”と題する論説を寄稿し、米国務省が2014年12月5日に公表した、南シナ海における中国の「9段線」主張に関する報告書に対して、要旨以下のように反論した。

(1) 南シナ海における中国の「9段線」主張は長年、アメリカに誤解されてきた。この誤解は、基本的に中国と西側諸国との間に存在する領土と海洋を巡る法的問題に対する思考の違いに由来する。こうした誤解は、2014年12月5日に公表された米国務省の報告書*にも見られる。中国の「9段線」を理解するためには、1930~40年代当時の中国の状況と今日のグローバルな視点の2つの次元で考察することが必要である。

(2) 1930~1940年代当時、そしてそれ以前には、中国の伝統的な考えでは、海洋は誰かに占有されるものでなく、全ての国と人々に開かれたものであった。20世紀になるまで、中国は海洋主権など主張したことがなかった。これは西欧列強とは全く異なっている。13世紀から、ヨーロッパ諸国は海洋に対する影響力拡大を巡って抗争してきた。これらの国々は、確立された海洋秩序を壊し、自国が管轄する海域において課税したり、外国人による漁業や航行を禁じたりした。こうした状況は、当時海上貿易大国であったオランダにとって、明らかに不利益なものであった。そのため、オランダの法学者、グロティウスは1609年に、海洋の自由に関する有名な概念を提示した、『自由海論 (Mare Liberum)』を発刊した。しかながら、グロティウスは、海洋主権の防衛を主張した、『閉鎖海論 (Mare clausum)』を出版した、セルデンを始めとする、多くのイギリスの学者から反論された。そして17世紀になって、セルデンの主張が優勢となり、ヨーロッパ諸国は積極的に海洋主権防衛政策に乗り出したのである。

(3) この1世紀に及ぶ海洋論争の間、中国は常に開かれた海洋政策を維持してきた。過去の数千年の間、中国は、南シナ海で漁業などの経済活動を続け、その海洋の利用と開発の過程において周辺諸国と平和的に共存してきた。2000年以上前から、中国は、海洋シルクロードを開設し、西アジアとヨーロッパ諸国との間で、海洋交易による繁栄を共有してきた。明時代に鄭和の艦隊が海洋活動の頂点を記録した時でさえ、中国は、南シナ海におけるシーレーンを支配したり、航行の自由を阻害したりしたことは決してなかった。

(4) 17世紀の後半において、海洋の自由の原則は一般的に受け入れられるようになり、ヨーロッパ諸国にとって、国際貿易の拡大と海外市場の開拓の必要性から不可欠の原則となった。ほとんどの国の船舶が世界の公海において航行の自由を享受している時代にあって、中国は依然として、土地を経済の柱と見なし、沿岸の防衛には無関心であった。清朝後半以降、中国は、島嶼を含む領土主権の概念の前に、常に犠牲者であった。20世紀半ば以降、中国は、徐々に民族解放と独立を達成し、それによって対等のアクターとして国際問題に参画できるようになった。第2次世界大戦後、中国は徐々に失われた主権を回復し、南シナ海での主要な島嶼に対する管轄権を維持してきた。それ故に、1948年2月に、当時の中国政府が、戦後の国際秩序の下における中国の固有の領土主権を明確にすることを主眼として、南シナ海における島嶼の位置を明記した地図を発表したことは、容易に理解できることである。従って、「段線」地図を発刊することで、中国は、管轄海域を明示したというより、南シナ海の全ての島嶼に対する主権を主張したのである。

(5) 一方、グローバルな視点から見れば、中国は、近代の海洋法に従って、中国の主権に照らして一定の海域における海洋管轄権を主張することができる。従って、中国が2009年に国連に提出した口上書において、「南シナ海における島嶼とそれらの周辺海域に対する主権」、そして「海底及び下層土を含む関連海域に対する主権的権利と管轄権」を主張したのは、この故であった。皮肉にも、こうした海洋における権利や管轄権は中国の創案ではない。これらの新しい概念は、西洋が定めてきた海洋法に由来する。中国は、1958年の第1次国連海洋法会議で採択された4つの議定書と1982年の海洋法条約 (UNCLOS) に従って、海洋における管轄権を主張し、行使してきた。現在中国が主張する海洋管轄権は、国際社会、特に西洋諸国の主張と慣行に従ったものであり、決して国際社会の主流を逸脱したものではなかった。更に、中国の主張は、海洋に関する近代法の原則と規則の発展に沿ってきた。例えば、海洋の自由については、時代の経過とともに、海洋における行動は、益々多くの規制に縛られるようになってきた。こうした趨勢は、海洋の安全と持続的な開発を促進するとともに、人類の共通の利益に資する上で役に立つ。このことは、特に閉鎖海や半閉鎖海について言えることである。従って、中国は一方において、南シナ海の島嶼に対する領土主権に加えて、「段線」内の海域においてUNCLOSや国際慣習法によって決められた、あらゆる種類の権利を享受しているのである。他方において、中国は、それぞれの特定の権利を行使するかどうかに当たっては、その権利の範囲や行使の態様について慎重に検討してきた。こうしたことが、中国が未だに「段線」内における権利の内容や「段線」を繋ぐ正確な境界を示すことで特定の海洋における権利を明確にしない理由なのである。

記事参照:
China’s “Nine-dash Line” Claim: US Misunderstands
RSIS Commentaries, January 14, 2015
備考*:CHINA MARITIME CLAIMS IN THE SOUTH CHINA SEA, Office of Ocean and Polar Affairs, Bureau of Oceans and International Environmental and Scientific Affairs, U.S. Department of State, December 5, 2014

1月16日「インドネシアの海洋政策とインド―インド人専門家論評」(National Maritime Foundation, January 16, 2015)

インドのシンクタンク、The National Maritime FoundationのGurpreet S. Khurana会長は、1月16日付の同シンクタンクのWeb上に、“The Maritime ‘Rise’ of Indonesia: Indicators, Intentions and Inferences”と題する長文の論説を発表した。筆者は本稿で、インドネシアが海洋パワーの強化に重点を置きつつあることを示す重要事象を精査し、その背景にあるジャカルタの意図などを考察し、インドもこれに学ぶべきであるとして、要旨以下のように述べている。

(1) インドネシアのウィドド大統領は2014年10月の就任式典で、「インドネシアを海洋国家に生まれ変わらせるために、全力を尽くす」よう国民に呼び掛けた。その1カ月後の東アジア首脳会議で、ウィドド大統領は、海洋がインドネシアにとって計り知れないほどの可能性を持っているとして、インドネシアを「世界の海洋の枢軸 (“global maritime axis”)」にするという構想を打ち出した。ウィドド大統領は、インド・太平洋地域 (PACINDO) における安全保障秩序の形成に向けてインドネシアが中核的役割を担うことを想定している。ウィドド大統領は、新たな海洋ドクトリンによるインドネシアの海洋国家へのロードマップを発表している。海洋ドクトリンには、国家戦略レベルの5つの重要な要素が含まれている。即ち、① インドネシアの海洋文化の再構築、② 海洋資源の活用、③ 海洋インフラの開発による(国内各地域の)経済的結び付きの強化、④ 海洋外交を通じた各国との協調、⑤ 海洋治安維持部門のキャパシティ・ビルディング。インドネシアの「海洋問題」に対する現在の方針が維持されていくとすれば、インドネシアがインド・太平洋地域 (PACINDO) における海洋大国として台頭するのは遠い将来のことではないであろう。

(2) インドネシアは、1万7,508の島々から構成される世界最大の群島国家である。インドネシアは、戦略地政学的観点から見れば、台頭するアジアの海洋通商上の交差点に位置している。しかしながら、インドネシアの広く分散した群島は、経済的な結び付きを欠き、また往来が困難であるため、それぞれが孤立した状態にある。そのため、遠隔の群島地域は、国内の生産活動や物流に貢献できていない。要するに、インドネシアの地理的な位置や戦略地政学上の優位性が最大限に活かされていないのである。そのため、ジャカルタは、遠隔の群島との結び付きの強化や港湾の整備などのため、24カ所に港湾を整備し、最大2,500隻の船舶を導入する計画である。インドネシアは、海洋インフラの整備を促進するために、外資の導入を推奨するようになった。既に、シンガポールや日本企業がコンテナターミナルの建設や運営に参加することになっており、また、インドネシアは、中国の新たな「海洋シルクロード (MSR)」構想を、インドネシアの「世界の海洋の枢軸」構想を補完するものと見、強力にバックアップしている。中国の習近平主席が2014年9月にジャカルタで初めてMSR構想を発表した背景には、インドネシアの支持を取り付けられるとの北京の自信があったのである。

(3) 最近になって、ジャカルタは、自国領の70%を占める海洋に膨大な資源が眠っていることに気付き始めた。海洋資源は、ジャカルタの開発計画を実現するためには不可欠である。自国の海洋資源の活用ニーズが高まったことで、インドネシアは、海洋における自国の主権主張を認識することになった。フィリピンとの海洋境界画定紛争を解決するという政治的意志の表明や、中国との主張が重複する、南シナ海のナトゥナ諸島海域に対する積極的な海洋権益の主張など、こうした文脈から理解されるべきである。

(4) 地理的拡散という群島国家の宿命から、インドネシアにとって領土の一体性保全は常に安全保障上の大きな課題であった。しかし、財政的事情や国内の治安情勢などにより、インドネシアは、信頼できる海洋治安維持能力と海軍力の整備ができていない。1万7,000余もの群島を取り巻く広大な海域を哨戒するためには300隻以上の艦艇が必要とされているにもかかわらず、冷戦時代からの保有117隻の艦艇の内、その多くが老朽化し、稼働しているのはわずか30隻に過ぎない。2024年までに274隻の艦艇を整備する2005年の “Green-Water Navy” 構想や2008年のPresidential MEF (Minimum Essential Force) は、それほど進展していない。ジャカルタにおける国家政策の策定に当たっては、インドネシアの経済や国内治安が依然重視されているが、外部の安全保障環境にも目を向けることで、双方のバランスを取ることに配慮しているようである。インドネシア指導部は最近、2本柱のアプローチを採用している。1つは、現在GDPの0.9%に相当する国防予算を、今後5年間で対GDP比1.5%にまで増強することである。これによって、海洋戦力に割り当てられる予算の割合は過去最大になると見られる。2つ目は、インドネシアの国内防衛産業を発展させるために外国からの投資を促進させることである。主な外資導入先としては、アメリカ、ロシア、中国及び韓国が予想される。

(5) 海賊行為を除き、インドネシア領海内での不法操業は、ジャカルタにとって常に安全保障上の懸念となっていた。実際、世界中の不法操業の30%は、インドネシア水域内で発生しているとされる。この不法操業は、インドネシアにとって深刻な経済的損失となっている。インドネシアは最近、大統領指令を通じて、自国領海内における不法操業の取り締まりの強化を進めている。漁船を燃やし、沈めるという方針は、国際法の観点から議論を呼ぶものであるが、そのような手段は、抑止力を通じて海洋犯罪を防ぐというジャカルタの積極的なアプローチを示している。また、インドネシア指導部は、インドネシア水域境界の曖昧さや不法侵入行為を防止するために、既に公布されているNorth-South Archipelagic Sea Lanes (ASLs)に加えて、East-West ASLsの指定に関して議論を進めている。これによって、インドネシアの群島の多くで建設中の新しい港湾施設の利用を促す狙いもある。

(6) インドネシアには、海洋治安に関わる国家機関が1ダースほどもあり、その内、5つの機関が実際に海洋における業務を担当している。インドネシア海軍は、本来の軍事任務以外に、領海外のインドネシアの管轄海域における海洋法令執行任務を遂行している。領海内は国家警察海洋局が担当している。2008年のインドネシア海洋法第17条では、新設された運輸省管轄下のインドネシア海上保安庁 (Indonesian Sea and Coast Guard: ISCG) に対して、海運と海洋安全に関する任務を課している。インドネシア海洋漁業省 (Ministry of Maritime Affairs and Fishing: MMAF) は、海洋環境保全と漁業を担当している。財務省税関執行部(Finance Ministry’s Customs and Exercise Directorate) は関税業務を担当している。これら数多くの機関の間の調整問題は、ジャカルタを悩ませる重大な課題であった。その調整主体である、海洋安全保障調整委員会 (The Maritime Security Coordinating Board, Bakorkamla) は2007年に改組されたが、関係機関の縄張り意識のために効果的に機能しているとは言い難い。しかし、今後、各機関の利害を国家目的の下に統合する国内法の導入が検討されている。例えば、ISCGは海運と海洋安全に関する運輸省の一機関だが、報道によれば、導入される国内法では、今後、ISCGは海洋法令執行に関して独立した自己完結型の機関に指定される可能性があるという。このことは、外洋の管轄海域における哨戒任務には海軍を当てることを意味しており、2005年の “Green-Water Navy” 構想の内容とも一致する。

(7) さて、インドネシアのこうした政策からインドが学ぶべきものとして最も重要なことは、インドも国家戦略レベルにおける海洋ドクトリンを構築する必要があるか、ということであろう。こうしたドクトリンは、海洋問題に関わる各種機関のための「ロードマップ」を示すものとなろう。これと同様に重要なのは省庁間の調整のための組織再編であるが、中央政府の明確な監視下における強固なアプローチが、海洋問題に対処する多種機関の間の調整を促進することになろう。中国のMSRへのインドの参加に当たっては、MSR構想の詳細について安全保障上の観点からの検証が必要であろうが、他方で、ニューデリー自身も、海洋インフラの整備を通じて、自国内、及び諸外国との海洋を通じた経済的結び付きを強化していく計画を具体化しておく必要があろう。距離的に離れ、拡散している群島領土は、マイナス要因に見えるかもしれないが、インドネシアは、これをチャンスと捉え、その地理的な課題を克服する計画を進めている。群島間の結び付きを適切に強化することによって、個々の群島の生産力の単純合計よりも多い生産力が発揮できることを、ジャカルタは現実化しつつある。それ故に、アンダマン・ニコバル諸島(ベンガル湾)やラクシャドウィープ諸島(インド洋)と本土との間の良好な経済的、そして観光面での結び付きの強化は、インドの安全保障上の懸念を緩和することに加えて、インド全体の生産力の向上にも貢献することになろう。インドは、その地理的特性にもかかわらず、“Blue Economy” (海洋経済)構想の推進に対して否定的姿勢を示してきた。インドは、海洋観光産業やクルーズ産業面における計り知れない可能性を活用しなければならない。また、インドネシアが近隣諸国からの不法操業に手を焼いているということは、参考にすべきである。実際、インドは、インドネシア漁民によるアンダマン·ニコバル諸島沖での不法操業に悩まされている。しかし、インド漁民の装備は、アジアで最も貧弱だというのも事実である。小規模な漁業業者への支援を含め、インドは漁業産業の発展を促進する必要がある。

記事参照:
The Maritime ‘Rise’ of Indonesia: Indicators, Intentions and Inferences

1月16日「ASEAN議長国、マレーシアの南シナ海問題への取り組み―RSIS研究員論評」(RSIS Commentaries, January 16, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) のOh Ei Sun 上席研究員は、1月16日付の RSIS Commentariesに、“More Nuanced than Just “Hedging”: Malaysia and the South China Sea Disputes”と題する論説を寄稿し、マレーシアは、依然重大な課題である南シナ海問題に対して、2015年のASEAN議長国として、また紛争当事国として、どのように取り組んでいくかが課題であるとし、要旨以下のように述べている。

(1) 最近、一部の研究者は、一方で中国との関係を重視したマレーシアの南シナ海問題に対する取り組みを、「ヘッジ」政策と評した*。マレーシアは、北京との緊密な経済関係を維持するという自国の国益と、中国に対抗するASEANの団結という「地域」利益との間でのバランスをとっているというのである。こうした政策に「ヘッジ」というラベルを貼ることは部分的には適切であるかもしれないが、マレーシアの政策は、より現実的な地域的視点とともに、マレーシアの国際的役割に対するより包括的な視点から見る必要がある。

(2) 第1に、過去の何百年もの間、マレーシア(その前身となる国家を含め)は、地域の活発な貿易ハブであった。急速な工業化を経験してきた、特に最近の50年間はそうであった。従って、マレーシア人の、特に支配エリートの民族心理は、過度なイデオロギーや国家主義的なものには反対するが、貿易や投資の強化といった経済的問題に対しては自然な関心を示すのである。中国とマレーシアとの貿易総額は最近数年間、年間100億ドルを上回っており、マレーシアは、東南アジアにおける中国の最大の貿易相手国となっている。こうした有益で増大しつつある2国間の経済的結び付きが、短期的にもまた中長期的にも何ら解決策が見えない南シナ海の領有権問題より優先されるのは理解できることである。従って、南シナ海問題を巡って、マレーシアがベトナムやフィリピンのような対決的アプローチをとっていないのは、驚くべきことではない。ベトナムは不幸にも、その建国の過程における長年の戦争経験がトラウマになっており、従って、ベトナムが南シナ海問題に対して国家主義的態度をとるのはある程度理解できる。フィリピンは、明らかに国内問題のために、マレーシアのような経済発展に恵まれなかった。

(3) 例え「ヘッジ」という用語が南シナ海問題に対するマレーシアの取り組みを表現したものであるとしても、それは、少なくともより広い文脈において解釈されるべきである。マレーシアが、中国との実り多い貿易関係を維持する一方で、多くの東南アジアの近隣諸国と同じように、アメリカがこの地域の安全保障問題において建設的な役割を果たすことを歓迎しているのは、よく知られている。例えば、合同演習(紛争海域やその近傍における演習を含む)、艦艇の親善訪問そして対テロ協力は、マレーシアとアメリカの安全保障協力の礎石であり続けよう。マレーシアのアメリカに対する友好的な姿勢は、少なくとも安全保障の側面において、ベトナムやフィリピのそれと実質的に異なるところはない。他方で、マレーシアが中国との間で初めての合同軍事演習を2015年後半にも実施するといわれており、注目が集まっている。

(4) マレーシアはこれまで、2国間あるいは多国間を問わず、直接交渉、調停、共同開発、仲裁あるいは裁定など、領有権紛争を解決するための方法と手段において、柔軟に対応してきた。マレーシアのこうした柔軟な対応は、タイ、インドネシア及びシンガポールなどの近隣諸国との領土紛争を、最終的には解決に導いてきた。この点で、マレーシアは、(中国と東南アジアの領有権主張国を含む)南シナ海での行動規範 (COC) を地域全体で実現することを望んでいる。COCは、主権問題には触れないと見られ、南シナ海問題を最終的に解決するものではないが、それに向けて取り組んでいくための効果的な枠組みとなるであろう。マレーシアは、2015年のASEAN議長国として、COCの実現に高い優先順位を置くと見られる。他方、南シナ海問題についてフィリピンとベトナムが中国に対してとっている強固なアプローチは、両国が望むような結果をもたらしてこなかった。例えば、フィリピンは2012年にスカボロー礁を巡って中国と対立したが、それ以降、北京は事実上、スカボロー礁に対するアクセスを掌握した。同様に、ベトナムは西沙諸島を巡って中国と繰り返し対決しているが、西沙諸島は中国の実効支配下にある。

(5) とはいえ、フィリピンやベトナムも、南シナ海問題において常に中国と決定的に対決していたわけではない。スカボロー礁を巡る対決の最中でも、フィリピンは、中国が資金を投資するダム計画を発足させた。ベトナムは中国と同じイデオロギーを共有しており、両国のハイレベルな政党間交流の後では、南シナ海問題を巡る中国との対立がしばしば沈静化する。こうしたことから考えれば、そして地域的及び国際的なパワー・プレイの実態をより包括的に捉えれば、マレーシアは、南シナ海問題の対応に当たって、単に「ヘッジ」以上のこと、即ち南シナ海問題の最終的な平和的解決に向けたより包括的なアプローチを追求することになるかもしれない。

記事参照:
More Nuanced than Just “Hedging”: Malaysia and the South China Sea Disputes
RSIS Commentaries, January 16, 2015
備考*:Nguyen Huu Tuc, “Malaysia and the South China Sea: Will KL Abandon its Hedging Policy?”
RSIS Commentaries, January 5, 2015(抄訳は旬報15年1月1日-10日号参照)

120日「インドネシアのウィドド大統領の外交政策マレーシアの専門家論評」(RSIS Commentaries, January 20, 2015)

マレーシア国防大学戦略研究所のB. A. Hamzah上席講師は、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の1月20日付の RSIS Commentariesに、“Sinking the Ships: Indonesia’s Foreign Policy under Jokowi”と題する論説を寄稿し、マレーシア人の視点から、インドネシアのウィドド大統領の外交政策について、要旨以下のように述べている。

(1) インドネシアのウィドド大統領は、一部の反対意見にもかかわらず、インドネシアの「自由で積極的な外交政策 (“free and active foreign policy”)」を大幅に変えていない。友好国の漁船を不法操業の廉で燃やし沈めるという、ウィドド大統領の政策は外見上、彼が地域外交に配慮していないような印象を与える。彼の政策は、前任者のユドヨノ大統領の「100万人の友人とゼロの敵」という政策とは際立って対照的である。ユドヨノ大統領は在任10年間、多くの友好国と親善を図ってきた。後継者のウィドド大統領は就任100日足らずで、異なる遺産を残そうとしているようだ。漁船を燃やす行為は基本的に国内問題であるが、このことはまた外交政策としての意味合いも持つ。特に紛争海域(例えばマレーシアとの間での紛争海域)で不法操業する漁師の取り扱いに関して、インドネシアと覚書を取り交わした国との間で、こうした行為は、それが国際的な規範そして恐らく近代外交の道義にもとるものであるが故に、外交的軋轢を引き起こした。

(2) インドネシア人を含む多くの評論家は、新任の大統領が新しい外交政策方針を追求しているのか、それとも単に国内向けに目を引く行動をとっているのかを論議してきた。筆者自身 (Hamzah) は、ウィドド大統領はインドネシアを安定させるであろうと見ている。ウィドド大統領は、インドネシアの外交政策を大きく変更するつもりはなく、長い間インドネシアを導いてきた、「自由で積極的な外交政策」として知られるインドネシアの独立姿勢を維持していくであろう。彼の在任中に変わることがあるとすれば、目的を達成するための政策の重点、方向性そしてそのための戦略である。彼は外交に関心がないように見えるが、果たしてそうか。大統領は国家元首として、多くの問題について議会に対して責任がある。例えば、大統領は、既存の各種機構の枠内で行動しなければならない。インドネシアは、ウィドド大統領の政権下で、ASEAN、イスラム協力機構 (OIC)、国連、世界銀行あるいは国際通貨基金 (IMF) から脱退することはない。反対に、ジャカルタは、アジア太平洋経済協力 (APEC)、東アジア首脳会議、主要20カ国閣僚級会合 (G20)、環インド洋地域協力連合 (IORA)、及びその他のあらゆる多国間機構での役割を強化しようとしている。

(3) 漁船の拿捕は、主権と国家資源の防衛が容易でないということをインドネシア国民に教える、ウィドド流のやり方である。しかし、インドネシア議会は、インドネシアの外交上の信任を一層蝕むことになる自由裁量を、長期に亘ってウィドド大統領に与えることはないであろう。国家主義的感情に訴えることは、短期的な利点があるかもしれないが、グローバル時代の多国間主義とは上手くいかないであろう。ユドヨノ前大統領に対する1つの不満は、在任期間中、優柔不断であったことである。ウィドド大統領は決断力のある人として認められることを望んでいる。相互依存世界にあって、孤立した国家主義者がただ1人で荒海を航海できるかどうか、彼は間もなく気付くことになろう。ウィドド大統領は、域内の不安感を払拭するために、伝統的な外交に従って、ASEAN諸国を歴訪すべきであろう。

(4) 中国との間で、ウィドド大統領は危ない橋を渡っている。ナトゥナ諸島沖でインドネシアのEEZと重なる南シナ海における中国の拡張主義的な主張に対して、ウィドド大統領が中国非難を避けるとは誰も思っていない。それにもかかわらず、経済や現実の政策は、インドネシアと中国が最良の関係であることを必要としている。その上、インドネシアは、南シナ海問題で高圧的な中国と関わり合う上で、最も受け入れ易い当事国と見られている。例えば、ジャカルタは、南シナ海の行動規範 (COC) の締結を促進することができるし、また、この地域での米中の海軍力抗争の緩和にも助力できるであろう。

(5) インドネシアの海洋空間を変革しようとするウィドド大統領の政策は、3本柱からなっている。1つは、国内の強靱性を高めることである。不法操業に対する取締りは、この一貫である。2つ目は、海軍と空軍の能力強化である。3つ目は、海洋部門の支援施設の改良に加えて、群島全域に亘って約24の深水港の建設が含まれている。海軍力を強化するというウィドド大統領の決定は、域内で進行中の海軍軍備競争を加速させ、南シナ海における重複する領有権主張を含め、海洋における域内の安全保障問題の管理をより複雑にするかもしれない。インドネシアの他に、オーストラリア、中国、インド、日本、マレーシア、シンガポール、タイ及びベトナムは、自国の潜水艦隊を拡充している。ウィドド大統領の課題は、域内の友好国を失うことなく、如何に強固な海洋政策を展開していけるかである。

記事参照:
Sinking the Ships: Indonesia’s Foreign Policy under Jokowi
RSIS Commentaries, January 20, 2015

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・山内敏秀・吉川祐子