海洋情報旬報 2014年12月11日~20日

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12月11日「予測不能な中国の海洋安全保障アクター―豪シンクタンク報告書」(Lowy Institute, December 11, 2014)

豪 Lowy Institute の Linda Jakobson 研究員は12月11日付で、“China’s unpredictable maritime security actors”と題する報告書(55頁)を発表した。以下は、この報告書のExecutive Summaryである。

(1) 中国にとって、国内の政治的安定に死活的な経済発展を維持していくためには、近隣諸国との協調関係を必要としている。その一方で、主権の擁護は、中国周辺での島嶼や海域を巡って対立する近隣の領有権主張国との摩擦を引き起こしている。

(2) 東シナ海と南シナ海における中国の領有権主張は、ここ何十年も変わっていない。変化したのは、海洋に対する領有権主張を支える中国の能力と野望である。更に、習近平国家主席は就任以来、中国の主権防衛を非常に重視してきた。しかしながら、中国の海洋支配を目指す最近の行動が、事前に定められた目的に向かって調整された方法で近隣諸国を威圧していくという、習近平の大戦略の一環であるという証拠は全くない。強力な指導者という習近平のイメージとは裏腹に、中国のばらばらで独自指向の権力機構は、特に南シナ海において、それぞれ独自の組織利益を追求する多くの海洋安全保障アクターを生み出している。これらのアクターには、地方政府、海洋法令執行機関、人民解放軍、資源開発会社、そして漁民が含まれる。

(3) これらのアクターは全て、中国の海洋権益を護ることで利益を得ている。多くのアクターは、海洋権益の擁護に関する習近平の極めて大雑把な指針を口実に、可能な限り自らの縄張りを押し広げようとしている。彼らは、新たな埋め立て計画、漁業基地、救難センター、観光業、より大型でより装備の充実した哨戒艦船、資源開発、そして関係法制の整備などを求めて、あらゆる機会を捉えて政府を説得しようとしている。習近平は、共産党の統一を維持していくために、これらのアクターを頼みとしている。現在のナショナリスティックな政治的環境の下では、習近平は、中国の権益擁護を口実とするあらゆる行動に異を唱えることはできない。

(4) 中央指導部は、特に海洋法令執行機関を統合再編することで、海洋警察行動をより調整されたものにしようとしてきた。しかしながら、2013年3月に公表された、統合された中国海警局の創設計画は未だ完全には実現していない。統合組織の複雑な管理機構は、国家海洋管理部と公安部との未だに解決されない権力争いを引き起こしている。加えて、人民解放軍が必要とした時にのみ前面に出てくる「水平線の向こう側に控えている部隊 (an ‘over the horizon’ force)」という現在の役割に甘んじているかどうかも定かではない。ある中国の消息筋によれば、2014年5月の石油掘削リグHYSY-981を巡る中越両国の哨戒艇同士の対峙では、人民解放軍は調整的役割を果たした。それ以来、軍と海洋法令執行機関などとの統合演習が増加してきていることは、恐らく人民解放軍が海洋法令執行分野でもより積極的な役割を担おうとしていることを示唆している。

(5) 中国の行動を予測不可能なものにしているのは、こうしたアクターとこれらアクター間の複雑な相互作用である。これらのアクターの行動は、大戦略の一部としての体系だったものというよりも、その場その場のアドホックなものであり続けるであろう。しかしながら、こうしたことはまた、近隣諸国を混乱させ、中国の戦略的意図についての懸念を高め続けるであろう。

記事参照:
China’s unpredictable maritime security actors
Full Report: China’s unpredictable maritime security actors

【関連記事】「中国の海洋における行動、戦略の一環か、それとも場当たり的か―豪シンクタンク報告書論評」(The Diplomat, December 18, 2014)

米海軍大学The China Maritime Studies InstituteのRyan D. Martinson研究管理官は12月18日付のWeb誌、The Diplomatに、“Chinese Maritime Activism: Strategy Or Vagary?”と題する論説を発表し、上記の豪 Lowy Institute の Linda Jakobson 研究員が発表した報告書を取り上げ、要旨以下のように述べている。

(1) 一般的には、そして少なくともアメリカでは、中国の最近の東アジア近海における現状変更を試みる動きは調整された国家戦略に基づくものと、受け止められている。中国は、2012年4月のスカボロー礁から2014年5月の石油掘削リグHYSY-981の設置まで、その目標は現状変更である。豪 Lowy Institute の Linda Jakobson 研究員は、最近の報告書で、こうした見方に疑問を投げかけた。Jakobsonは、報告書で、海洋安全保障分野におけるあらゆるアクターを取り上げているが、就中、主導的アクターとして、中国の海上法令執行機関に焦点を当て、最近統合再編された中国海警局に注目した。この報告書は、何年も前に目的を設定し、人間と同じような巧妙さで目的を追求することができる国家と見る、単純な中国観を大いに修正する必要であることを教えてくれる。

(2) しかしながら、この報告書には、取り上げられている海洋での行動が個々の機関によって主導されているとの検証がない。この報告書は、個々の機関が互いに反目し合い、それが事態を複雑にしているとしているが、こうした反目がスカボロー礁、石油掘削リグHYSY 981の設置、あるいは東シナ海のADIZの設定とどのように結び付いているのかということについては、説明していない。相互に反目し合っているアクターを説明しても、個々の機関が最近の高圧的姿勢に責任を有しているということを証明するものではない。大戦略はまだ効力を発揮しているのかもしれない。もちろん、最終的にはそれをどう定義するかによるであろう。戦略という用語を、特定の目的達成のために国家が行う広範な努力と定義するのであれば、個々の機関同士の競争関係は、こうした努力の推進役ではなく、一致した行動の障害として正しく観察しなければならない。言い換えれば、「調整された威圧的行動 (“tailored coercion”)」という見方もあまりにも極端すぎるかもしれないが、さりとて、Jakobsonのいうカオスもその対極にあって誤っている。

(3) 更に、中国海警局の統合再編は困難であるかしれないが、2013年以来、海洋法令執行分野における調整は劇的に改善されたことを示す多くの証拠がある。Jakobsonは見逃しているが、例えば、『南方週末』の記事で、中国漁政の幹部、Zhao Jiangtaoは、「上から任務が下されたら、我々は24時間以内に海に出ている必要がある。命令は中国海警局から各分局の個々の船艇に直接下される。任務と時程表は特に明確である」と述べている。海上権益擁護の行動が、2013年6月に統合再編で設置され、2014年初めに活動し始めた、北京の海警総隊司令部から発出されていることはほぼ間違いない。

(4) それでも、Jakobsonの報告書は依然、価値の高いものである。例えこの報告書で古い中国観に代わる刺激的な見方を提示できなかったとしても、少なくともJakobsonは、中国が(大戦略の下で既成事実を少しずつ積み上げることで現状変更を狙う)「サラミ・スライシング (“salami-slicing”)」戦術を進めていると主張する論者達に挑戦状を突き付けたことになった。これら論者達は、自らの解釈が妥当であるというならば、北京における対談相手の発言や関係紙誌の記事を引用する必要がある。中国にはマスタープランがあると言うだけでは最早十分ではない、その証拠を示さなければならない。中国の国家としての行動に関する見方について論争は学者間だけのものではない。政治家は、自らの胸中にある思考の枠組に沿って政策を決定する。中国が狡猾な拡張主義的戦略を策定し、実行できるだけの統制された政体であると見るならば、それは特異な政策を打ち出すことに繋がろう。それは中国に対する暗い見方ではあるが、そうした中国を抑止することは可能であり、従って、その政策は対抗戦略を策定することを意味する。他方、中国の行動が増大するハードパワーに駆り立てられた国内的イニシアティブの結果に過ぎないと見るならば、海外の戦略家達は異なった政策処方の策定を強いられよう。海外の戦略家達は、中国の逸脱的行為を大目に見るかもしれないし、あるいは中国の指導者とは話ができないと結論付けるかもしれない。その場合には、アドホックな海洋における拡張主義的行動に対してその都度対応していくだけということになろう。

記事参照:
Chinese Maritime Activism: Strategy Or Vagary?

12月15日「米海軍次期小型水上戦闘艦、水上艦と潜水艦による脅威対処重視へ」(US Naval Institute News, December 15, 2014)

US Naval InstituteのUSNI Onlineの編集長、Sam LaGroneは、12月15日付の同誌に、“Navy: Fleet Put LCS Follow-on Focus on Surface and Sub Threats, Not Air”と題する論説を掲載し、米海軍の次期小型水上戦闘艦について、要旨以下のように述べている。

(1) 米海軍の沿岸戦闘艦 (LCS) 後継艦について、海軍の担当者は、次期小型水上戦闘艦 (SSC) は遠距離から敵水上戦闘艦と戦い、また潜水艦を探知、撃沈する機能を最優先すべきで、戦闘機と戦ったり、遠距離から地上目標を攻撃したり、あるいは弾道ミサイル防衛 (BMD) を遂行したりすることではない、と述べた。SSCは、Lockheed MartinのFreedom級とAustal USA のIndependence級の2つの現有設計に、対潜戦 (ASW) と対水上艦戦 (ASuW) 用の兵装とセンサーを増強したものになるが、対空脅威対処はほとんど無視されている。スタックレイ研究開発及び取得担当海軍次官補は、「艦隊が重視する能力は、『遠距離から対水上艦戦と対潜戦の2つの任務を遂行できるとともに、個艦としてまた水上戦闘艦群の戦闘艦艇として行動できる程度の個艦防御能力を持つ、多用途任務艦』である」、「対空戦闘やBMD、また攻撃任務はより大型の水上戦闘艦に割り当てられ、別に、SSCの典型的な任務である、対機雷戦任務は32隻建造のLCSの一部によって遂行されることになろう」と語っている。

(2) 海軍は、最新の戦力組成評価の一部として、退役しつつある誘導ミサイル・フリゲート (FFG)、LCS、Avenger級対機雷戦艦 (MCM)、及びCyclone級哨戒艇 (PC) をSSCとして類別し、一方、Arleigh Burke級誘導ミサイル駆逐艦 (DDG-51)、Ticonderoga級誘導ミサイル巡洋艦 (CG-47)、及び計画中のZumwalt級誘導ミサイル駆逐艦 (DDG-1000) を大型水上戦闘艦 (LSC) に類別している。SSCは、いわゆるPhase 0、Phase 1の最も低いレベルの紛争で、沿岸域に近い海域で運用される。グリナート海軍作戦部長は、「海軍は、SSCを必要としている。我々は現在約32隻のSSCを保有しているが、将来的には任務遂行に必要な隻数は52隻で、次世代SSCはこの所要を満たす。次世代SSCが艦隊に配属されれば、新たな能力が艦隊に加わる」と述べた。

(3) 当時のヘーゲル国防長官が現在建造中のFlight 0 LCSを32隻までとし、海軍に対して「フリゲートの能力に相当する」戦闘艦を検討するよう指示してから今日までの10カ月間、SSC検討タスクフォースが次期SSCの設計概念を検討してきたが、海軍によれば、「LCS後継艦の最優先事項は、新たに出現しつつある脅威環境、海軍の戦力組成、艦隊戦力の強化、及び紛争の全態様におけるSSCの能力と任務の所要と整合していることである。」LCSに導入されているモジュール方式については、スタックレイ次官補は、「全32隻のLCSについてはモジュール方式が採用される。モジュール方式の利点の1つは、艦を造修所やドックに入れたり、大掛りなオーバーホールをしたりすることなく、脅威の変化に応じて任務対応パッケージの能力強化を継続することができることだ」と指摘し、「新しい設計概念では、ASWとASuWの任務パッケージを重要度に応じてスイングできることになろう。ASWについては、LCS後継艦は、海軍の他のどのプラットフォームもできない、潜水艦の探知、攻撃能力を持つことになろう」と述べた。

(4) 後継艦20隻は、現在建造中のLCS搭載のASW任務パッケージとして開発中の可変深度ソナーによって補強された、固定多機能曳航式ソナーアレーを装備することになろう。 スタックレイ次官補は、「可変深度ソナーと多機能曳航式ソナーを装備すれば、後継艦は、米海軍でも最も効果的なASWセンサー・プラットフォームとなろう。更に、魚雷搭載ヘリを加えれば、海軍現有のどのプラットフォームとも違った、潜水艦の探知、攻撃能力を持つことになろう」と述べた。ASuW能力強化の鍵は超地平線対艦ミサイルの搭載で、より短い射程のLongbow Hellfire AGM-114Lミサイルと艦載砲との組み合わせとなろう。スタックレイ次官補は、「我々は、現有のHarpoon Block II対艦ミサイルに匹敵する他の艦対艦ミサイルに注目している。それは、超水平線攻撃システムである。Hellfire AGM-114L搭載ヘリが水平線近辺で、Longbowミサイルが水平線の内側でそれぞれ対応し、これに57mm砲、連装式30mm機銃及び連装式25mm機銃を加えれば、極めて致死能力の高い水上戦闘システムとなる」と語った。またスタックレイ次官補によれば、後継艦のASuW任務パッケージには、「特殊任務」用に11メートル級の2隻の複合艇 (RHIB) の搭載能力がある。また、海軍は、強化したASWとASuWの任務パッケージに加えて、現有LCSの個別システムに変えて、共通の戦闘管理システムを後継艦に搭載することになろう。海軍は現在、後継艦の取得戦略の策定と設計概念の最終決定に向けた作業に取り組んでいる。

記事参照:
Navy: Fleet Put LCS Follow-on Focus on Surface and Sub Threats, Not Air
Image: A modified Littoral Combat Ship design based on the Austal USA Independence-class
A modified Littoral Combat Ship design based on the Lockheed Martin Freedom-class
An artist’s concept of the Multi-Mission Combatant offering based on the Independence-class Littoral Combat Ship design

12月15日「中国の『9段線』に対する米、インドネシア、ベトナムの異議-米専門家論評」(US Naval Institute, December 15, 2014)

米海軍予備役中佐、Scott Cheney-Petersは12月15日、US Naval Instituteのブログで、“Opinion: The Expanding Assault on China’s South China Sea Claims”と題する論説を発表し、最近のアメリカ、インドネシア、ベトナムが中国の「9段線」に対して異議を唱えていることについて、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海に対する中国の領有権主張は「9段線」と呼ばれる線引きが特徴だが、最近、その曖昧さに対して異議を唱える関係国が増えてきた。アメリカからの異議は特段驚くべきことではないが、インドネシアとベトナムからの異議は、その内容とタイミングから予想外のものであった。米国務省は12月5日、「9段線」と国際法との整合性に関する分析結果を公表した*。この報告書は、主権問題を別にして、「『9段線』主張に対する幾つかの可能な解釈を検討し、それらの解釈が国際法に整合するかどうか」を考察したものである。報告書は、「9段線」を、段線内の島嶼とその周辺管轄海域に対する主権の境界線として解釈するとすれば、それは国際法に整合するが、主権問題は最終的には他の主権主張国との間での解決に委ねられる問題であると、繰り返し指摘している。また報告書は、国境線としては、「9段線」は、その一方的な性質と海洋管轄権が陸地由来ではないため、「国連海洋法条約 (UNCLOS) の下では適切な法的根拠を有しない」と指摘している。多くの専門家は、中国は「9段線」主張を1982年のUNCLOSよりも以前の「歴史的権原」を根拠としていると指摘しているが、報告書は、中国のいう歴史はUNCLOSで記述されている厳密な「歴史的権原が認められる範疇」(備考:第10条、15条参照)には合致しない、と指摘している。最後に、同報告は、中国が「9段線」に基づく正式な領有権主張を提示していないことから、「9段線」の性格と段線の位置が国際法から見て曖昧であることは、「9段線」によって囲まれた海域に対する海洋管轄権を有するとの中国の主張を損ねる結果となっている、と述べている。その上で、報告書は、「こうした理由から、『9段線』が段線内の島嶼に対する主権と(UNCLOSのいう陸地由来の)その周辺海域に対する管轄権を示すものであると中国が証明しない限り、『9段線』はUNCLOSと整合したものではない」と結論づけている。

(2) このような分析はアメリカの政策を反映したものであるが、予想外だったのはインドネシアからの異議であった。インドネシアはこれまで、中国に対するASEAN諸国の仲介者としての立場を確立し、南シナ海のナトゥナ諸島基点の自国のEEZと「9段線」が重複することをあまり強調することはなかった。インドネシア大統領顧問、Panjaitanは12月11日、米シンクタンク、CSISで、南シナ海問題の平和的管理のための対話の重要性を強調する一方で、「自国の主権を交渉対象にはしない」との「断固とした姿勢」を強調した。更に、同顧問は、聴衆からの質問に答えて、Chevron社と共同開発しているナトゥナ諸島沖の天然ガス田開発は「中国に対するシグナル、即ち、アメリカのプレゼンスがあるが故に、あなた方(中国)はここではゲームができないとのシグナルである」と述べた。一方、インドネシアのPudjiastuti海洋問題漁業相によれば、インドネシアはウィドド政権になってから、不法操業の廉でインドネシア海軍艦艇がベトナム漁船を撃沈して以降、これまでに5隻のタイ漁船を撃沈し、22隻の中国漁船を拘束している。インドネシアはバランスのとれた行動をとっている。即ち、インドネシアは、自国の主権を護ると同時に、海洋国家を目指す、いわゆるウィドド構想を中国の習近平国家主席の「海洋シルクロード戦略」と連携させ、中国主導のアジア・インフラ投資銀行において重要な役割を担おうと試みている。

(3) ベトナムもまた、意外なタイミングで、「9段線」に対して予期せぬ行動をとった。ベトナム外務省は12月11日に、フィリピンの提訴を審議するハーグの仲裁裁判所に対して、自国の権利と利益に「妥当な配慮」を求めた意見書を提出したことを明らかにした。ベトナムは、中国の「9段線」主張を「法的根拠がない」と主張するフィリピンの立場を支持している。12月12日付の香港紙、The South China Morning Postは、この行動を「フィリピンと向かい合うベトナムの利益を護るとともに、中国をも狙いとしたものである」と報じた。また、豪The University of New South WalesのCarl Thayer名誉教授は、ベトナムの行動を、「フィリピンとの共闘関係を顕在化させることなく、裏口からこの問題に口を挟む上手いやり方だ」と指摘し、「今回のベトナムの行動によって、仲裁裁判所に対する注目が高まることになろう」と見ている***。

(4) アメリカ、インドネシアそしてベトナムの異議が意外であったとしても、中国の反応は予想通りであった。中国外交部は12月7日、フィリピンの提訴に関して文書**を発表した。この文書は、2006年に中国がUNCLOSに加盟した際の声明で示された通り、中国の政策は強制的な仲裁手続きから海洋境界確定問題を除外することである、と断言している。そして、この文書は、現在の仲裁裁判が表面的には中国の「9段線」主張と国際法との整合性に関するものであるが、「係争問題の本質」は海洋境界確定と領土主権の問題であり、南シナ海における島嶼の主権問題が包括的に解決されるまでは、中国の主張がどの程度国際法の規定を逸脱したものかを判断することは不可能である、と指摘している。実際、中国は、2国間で行われる主権交渉の場においてのみ、「9段線」主張は論議の対象になるとの立場をとっている。中国外交部の文書は、フィリピンの提訴による仲裁手続は「受け入れられないし、参加もしない」との立場を確認している。同様に、中国外交部報道官は、ベトナムによる仲裁手続の提起についても、「中国は決してそのような提案を受け入れない」と明言している。では、仲裁手続きの行方はどうなるのか。今後、海洋境界確定問題の解決を法的手段に訴える国が増え、そして国際法廷の判決が持つ道義的重みを考えれば、中国は自らが望むように主張し、それを実行することができるとしても、そうした中国の行動が国際法に違反しているということが、益々明らかになっていくことになろう。

記事参照:
Opinion: The Expanding Assault on China’s South China Sea Claims
備考*:CHINA MARITIME CLAIMS IN THE SOUTH CHINA SEA, Office of Ocean and Polar Affairs, Bureau of Oceans and International Environmental and Scientific Affairs, U.S. Department of State, December 5, 2014
備考**:Position Paper of the Government of the People’s Republic of China on the Matter of Jurisdiction in the South China Sea Arbitration Initiated by the Republic of the Philippines, Ministry of Foreign Affairs of the People’s Republic of China, December 7, 2014
備考***:Carl Thayer, “Vietnam Files Statement of Interest with the Permanent Court of Arbitration,” CogitAsia, December 15, 2014

12月15日「インド海軍国産核搭載原潜、海上公試開始」(The Times of India, December 15, 2014)

インド紙、The Times of India(電子版)が2014年12月15日付けで報じるところによれば、インド海軍の最初の核ミサイル搭載国産原潜、INS Arihantは12月15日、ヴィシャカパトナム沖合のベンガル湾で海上公試を始めた。同艦は、排水量6,000トン、83メガワットの軽水型原子炉を推力とする。同艦と現在、建造中の2隻の同型艦は、インドが長年に亘って追求してきた陸、空及び海の核戦力からなる核の3本柱を構成する。インドは既に、Agni陸上発射弾道ミサイルと核搭載戦闘爆撃機からなる2本柱を配備していたが、最も探知が困難で、効果的なもう1本の柱、核弾道ミサイル搭載原潜 (SSBN) の整備に時間がかかった。また、最近では、中国海軍の潜水艦がインド洋で活動を始めたことも、インドの懸念を高めた。INS Arihantの原子炉は2013年8月に臨界状態に達し、現在、出力100%に達しているという。海上公試では、K-15潜水艦発射弾道ミサイル (SLBM) の発射テストも行われる。このミサイルは射程750キロで、これまで十数回、潜水プラットフォームから発射テストが実施されている。INS Arihantには、4本のサイロに12基のK-15 SLBMが搭載されることになっているが、5,000キロ以上の射程を持つSLBMを配備している、アメリカ、中国そしてロシアのSLBM戦力に比べれば、短射程である。国産SSBNの2番艦、INS Aridhamanは間もなく進水予定であり、3番艦は建造が進んでいる。

記事参照:
India’s first indigenous nuclear submarine gears up for maiden sea trials

12月15日「デンマーク、グリーンランドの大陸棚外縁延長を国連委員会に申請」(RT, December 15, 2014)

デンマークは12月15日、グリーンランドの大陸棚外縁延長を国連大陸棚限界委員会 (CLCS) に申請した。デンマークの申請によれば、大陸棚外縁は北極点を含み、約89万5,541平方キロの北極海海底をカバーする。これはデンマーク本国の20倍に相当する。デンマークのリデゴー外相は声明で、「グリーランド北辺の大陸棚外縁の延伸申請は、デンマークにとって歴史的で重要な前進である。この壮大なプロジェクトは、デンマークの大陸棚の外縁を確定するものである」と述べている。報道によれば、デンマークの申請は総費用5,500万米ドルを超える12年間に及ぶ科学調査の成果である。デンマークによれば、この調査で、グリーンランドの大陸棚が北極点を含むロモノソフ海嶺に繋がっていることが確認された。北極点を含む、大陸棚外縁の延伸申請はデンマークが最初である。The Geological Survey of Denmark and Greenlandの上席地理学者、Christian Marcussenは、「ロモノソフ海嶺はグリーンランドの大陸棚の自然延長部分である。北極点はこの延長部分にある象徴的な点である」と語っている。この申請には、ロシアとカナダが異議を申し立てると見られる。

記事参照:
Denmark to officially claim piece of Arctic shelf, including North Pole
See also: The Northern Continental Shelf of Greenland, Partial Submission of the Government of the Kingdom of Denmark together with the Government of Greenland to Commission on the Limits and the Continental Shelf
Map: A map of the area Denmark is claiming. Ministry of Foreign Affairs, Denmark

12月18日「インドネシアの不法操業問題対処、ASEANの団結を危うくする可能性―セイヤー論評」(The Diplomat, December 18, 2014)

豪University of New South WalesのCarl Thayer名誉教授は、12月18日付のWeb 誌、The Diplomat に、“Indonesia: Playing With Fire in the South China Sea”と題する論説を寄稿し、インドネシアのウィドド大統領の海洋安全保障政策における「ショック療法」がASEAN諸国との2国関係とASEANの団結を危うくしようとしているとして、要旨以下のように論じている。

(1) インドネシアのウィドド大統領は12月5日、アナンバス諸島付近の海域で不法操業をしていた3隻のベトナム漁船に火をつけて沈めるよう命じた。この事件はメディアで大きく報道された。翌6日、インドネシア当局は、不法操業に対する「ショック療法」方針を公表した。ウィドド大統領は、「我々は密漁者に教訓を教えるため、3隻の漁船を沈めた。これを教訓として、彼らはインドネシア水域内での不法操業を止めるであろう」と語った。ウィドド大統領は、外国報道関係者との一連の会見で、自らの行動の正当性を主張し、「我々の管轄海域には毎日5,400隻以上の外国漁船が操業している。その90% が不法操業である。従って、ショック療法として、我々は不法操業船を沈める」と述べた。政府当局の見積もりでは、インドネシアは、不法操業のために毎年200億ドル以上の経済的損失を被っているという。また、ウィドド大統領は、ベトナムだけでなく、どの国の不法操業漁船も同じ方針で対処すると強調した。インドネシアは、2009年の法律により、適法な許可証なしでインドネシア水域において操業する他国漁船を拘束するか、沈めることができる。

(2) Pudjiastuti海洋問題漁業相は、ベトナム漁船を燃やす1週前に、マレーシア、フィリピン、タイ及びベトナムの駐インドネシア大使に対して、インドネシアが自国水域での不法操業に対して制裁とより厳しい規則に基づく処置を実施する用意があるという警報を出していたことを明らかにした。中国、マレーシア、フィリピン、タイ及びベトナムの5カ国は、インドネシア水域での不法操業漁船の主な出漁国になっている。ウィドド大統領のショック療法方針発表後の5日間で、インドネシアは155隻の外国漁船を拘束した。Pudjiastuti大臣は、インドネシアのショック療法によってナトゥナ諸島周辺海域で不法操業する外国魚船が劇的に減少したと述べ、更に、こうした方針が近隣諸国とインドネシアの関係に何ら影響を与えていないと主張した。しかし、ウィドド大統領のショック療法方針は、インドネシアの長年の政治的、外交的盟友であるベトナムの扱いについて問題を提起している。インドネシアとベトナムは2013年6月27日、2国間関係を戦略的パートナーシップに格上げしたと公表した。戦略的パートナーシップに関する共同声明は、第10項と11項で次のように述べている。

a.第10項では、違法、無登録、未報告の漁業、及びそれらの廉で拘束や逮捕された漁民を返還するための取り決めを含め、海洋と漁業に関する2010年の覚書を履行する、としている。

b.第11項では、両国間の海洋境界の画定協議を促進するとともに、海洋問題と漁業問題について協力を促進にする当面の解決案を模索する、としている。

ベトナム外務省によって公表された個別の注記では、「両国が互いの領海を侵犯する漁民と漁船に関する問題に対処するに当たっては、密接に連携し、人道と友好を基礎とすることに同意する」と表現されている。今回の事案について、ベトナム外務省報道官は12月9日、ベトナム漁船を沈めたことについて、インドネシアに対して国際法と人道的な精神と両国間の友好関係に基づいて、漁民を扱うよう要請したと述べた。

(3) 2013年には、先例のない数の中国漁船がナトゥナ諸島周辺の(中国の9段線とインドネシアのEEZとが近接する)際どい海域で操業していた。外国人アナリストによれば、2014年になって、中国漁船がインドネシアの領海に侵入し、場合によっては小さな島の河口の中にさえ入り込んでいたという。一部の専門家は、ウィドド大統領のショック療法がこうした中国漁船の行動に対する警告シグナルであった、と推測している。中国外務部報道官は12月10日、文書による声明で、両国の関係者がインドネシアによる中国漁船の拘束の詳細を確かめるために作業中であり、注目している、と述べた。またこの声明は、インドネシア当局に対して、「中国漁民の安全と法的権利を保証する」よう求めている。

(4) ウィドド大統領のショック療法方針は、大統領が国内のポピュリズムに駆り立てられているためとの見方が出ている。例えば、マレーシア紙、New Straits TimesでシンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) 准教授のFarish Noorは12月15日の寄稿記事*で、3隻のベトナム漁船に火をつけて沈めた事件について、「懸念されることは、それが厳しすぎ、行きすぎで、協力と対話のASEAN精神とは反対の、力の誇示であったことにある」と指摘している。Noorは、2つの問題を指摘した。第1に、今回の事案の公表によって、「インドネシアが不法操業の唯一の犠牲者であるという印象を与えているが、我々はこれが真実でないということを知っている」とし、インドネシアの漁民が同様に近隣諸国の海域で不法操業していると指摘している。第2に、「不法操業はASEAN全体が直面している問題で、インドネシア単独の問題ではない」と指摘し、他国が報復して、インドネシアの漁船を燃やせば、インドネシアはどのように対応するであろうか、と述べている。その上で、Noorは、「インドネシアの行動は、ASEANの精神に反しており、これらが自国の有権者を安心させることを意図したポピュリズム的な行動と見ることができる。しかし、ASEANの全ての加盟国が、ポピュリズムに迎合し、隣国の漁船を燃やすなど、同じことをやり出せば、ASEANはどうなるだろう」と述べている。インドネシアの法律専門家、Winartaも同意見で、ベトナム漁船を沈めたのは力の誇示と国内支持を得るための政治的な策略であったと指摘し、「不法操業漁船を沈めることは、最後であって主要な手段であってはならない」と述べている。

(5) ウィドド大統領は、ショック療法を再考する様子を示していない。ウィドド大統領は就任以来、現在のインドネシアを世界的な海洋国の1つとして再生させることで、海洋国家としてのインドネシアの過去の威厳を復活させるとの目標を掲げてきた。こうした長期ビジョンは、不法操業問題を解決するために大統領がショック療法方針を採用するに当たって、影響を与えたように見える。しかし、この方針はうまくいかないであろう。何故なら、不法操業問題は域内全体の問題であるとともに、インドネシアはこの問題に効果的に対処していくためのアセットを欠いているからである。ウィドド大統領のポピュリズム迎合は、国内では上手くいくかもしれないが、そのために近隣諸国との2国関係とASEANの団結を危うくし、不必要な摩擦を増やす可能性がある。インドネシアが東南アジアにおいて主要な役割を担うことを切望するならば、一方的な対応処置を止め、不法操業問題への域内の共同対応を策定するためにリーダーシップを発揮しなければならない。

記事参照:
Indonesia: Playing With Fire in the South China Sea
備考*:Farish Noor, “Troubling display of populism,”New Straits Times, December 15, 2014

12月19 日「フィリピンでの中国漁民の裁判への対応に見る中国のジレンマ―RSIS 専門家論評」(RSIS Commentaries, December 19, 2014)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) のLim Kheng Swe 研究員とLi Mingjiang准教授は、12月19日付の RSIS Commentaries に、“The Half-Moon Shoal Trials: China’s Half-Hearted Response”と題する論説を寄稿し、自国漁民がハーフムーン礁付近でフィリピン政府に逮捕され有罪判決が下ったのにもかかわらず、日本への対応とは異なり、中国はソフトな対応に終始しているが、これは最近の中国の南シナ海における主張の変化を反映しているとして、要旨以下のように述べている。

(1) フィリピンの裁判所は11月に、南シナ海のハーフムーン礁(中国語名: 半月礁)においてウミガメを不法操業した廉で9人の中国籍漁民に対して有罪判決を下した。マニラは、この不法操業がフィリピンのEEZ内で行われていたと主張している。それに基づき、漁民に対して10万2,000米ドルの罰金の支払いが命ぜられたが、彼らには支払い能力がない見込みであることから、2015年3月まで収監される予定である。中国はハーフムーン礁に対して主権を主張しており、従って、北京からすれば、これら漁民は、中国の「歴史的権原」に基づいて中国領海内で操業していたわけで、フィリピン政府には彼らを逮捕する権利も裁判を受けさせる権利もないということになる。

(2) しかし、今回の件で理解に苦しむのは、これまで中国の指導者が自国の海洋権益を護るという強い意志を示してきたのにもかかわらず、今回のフィリピンの逮捕、司法手続き、判決に対しては目立った反応を示さなかったことである。中国外交部は、この逮捕は中国の主権を侵害するものであり、フィリピン政府に対して漁民と漁船の釈放を求めた。しかし、中国は、マニラに対して彼らを解放させるためのそれ以上の外交的圧力や強硬手段を選択しなかった。中国によるこれらの行動は、現在の中国の南シナ海に対する政策を推察する一つの材料になるのかもしれない。

(3) 今回の北京の対応は、2010年に発生した日本との事案とは対照的である。日本の海上保安庁は2010年、係争海域である尖閣諸島領海内において中国漁船の船長を逮捕し、起訴した。これに対して、北京は、全てのハイレベル交流を中止し、日本へのレアアース禁輸措置をとった。結果的に、この船長は釈放されることになった。更に、フィリピン海上警察は2014年3月6日、ハーフムーン礁付近において2隻の中国漁船を発見し、漁民9人を逮捕し、パラワンへ移送して裁判を行った。フィリピン側の逮捕に対して、中国は漁民の釈放などを要求するとともに、パラワンの中国人コミュニティ(華僑コミュニティ)に対してフィリピン政府当局に協力しないよう圧力をかけ、裁判での通訳の選定を困難なものにした。その上、中国大使館が証明書発出を拒否したことから国選弁護人の選定が遅れるなど、裁判は進まなかった。このようにして中国は、フィリピン法の管轄を認めようとしなかったのである。このやり方は、2010年の日本に対するやり方とは非常に異なっており、中国の南シナ海における領有権主張と関係している。そして、今回の中国漁民の有罪が決定した後の中国の反応は、ソフトに対応するという印象を更に強めさせた。

(4) 確かに日中両国間の「歴史認識問題」は、日本による中国人船長逮捕への対応に当たって重要な要因となったであろう。他方、中国は、フィリピンとの問題に対してソフトな対応をしても、国内のナショナリズム的反発を誘発することはないだろうと考えたのかもしれない。しかし、その他にも、この時期に中国がソフトな対応をした要因が考えられる。それは、この小さな事象が中国の南シナ海へのアプローチのトーンの変化を示しているということであり、それには以下の4つの理由が考えられる。

a.第1に、中国のソフトな対応は、まだ曖昧な側面はあるものの、南シナ海における中国の領有権主張に弱みがあることに対する、中国の政治エリートらの暗黙の理解が反映されている可能性である。中国は、現在の国際法の主要な解釈の下では、東南アジアの隣国の利益を無視して「9段線」内の全ての海域に対して独占的な主張をすることは現実的には不可能である、と理解している。

b.第1と関連するが第2に、中国は既に強気な態度に出るだけの意欲を持ち合わせていないのではないかということである。

c.第3に、フィリピンが南シナ海における中国の立場に的を絞った国際仲裁手続に着手したことが挙げられる。中国はこれを認めていないものの、それに影響を与えるような国際的な緊張状態を生み出したくないのではないか。中国にとっての最優先事項は、その訴えを取り下げさせることである。北京は、自らが目立つような高圧的な手段を取れば、フィリピンの訴えを手助けするだけではないか、と考えているのかもしれない。

d.最後に、中国は、ASEAN諸国との関係を修復しようとしているということである。中国は、「21世紀海洋シルクロード」といったイニシアティブを提唱しており、今後10年間でASEAN諸国と共に “Diamond Decade” を構築しようと試み、また、2015年をASEAN諸国との “Maritime Cooperation Year” にすることを提案している。従って、中国は、ASEAN諸国との関係構築を図るという前向きな流れを台無しにするような行動は望んでいないであろう、と思われる。

(5) 中国は、「9段線」を取り巻く曖昧性の問題から、南シナ海における権利を明確に定義してこなかった。中国の政治的な発言を精査すれば、中国は、「9段線」内の海域における全ての島嶼に対する主権、あるいは「歴史的権原」を享受している、と解釈しているようである。この海域内で中国市民が漁業資源を利用する権利を持っているということは、「歴史的権原」の重要な要素である。この見解は、中国漁民が歴史的に見て、これまで数百年間にわたって「9段線」内の資源を利用してきたという論議に基づいている。

(6) 中国は、南シナ海における実際の行動においてジレンマに陥っている。もし自国の主張を強く押し出せば、隣国との関係を悪化させてしまい、地域の安定を損なう恐れがある。しかし、そうしなければ、中国は、ハーフムーン礁付近において「歴史的権原」に基づく漁業権を行使した漁民の逮捕に対して、十分な反駁が示せないのである。そのような事情があるが故に、中国は、「歴史的権原」というものを有効に主張できておらず、それが南シナ海における中国の主張を弱めることに繋がっているのである。

記事参照:
The Half-Moon Shoal Trials: China’s Half-Hearted Response
RSIS Commentaries, December 19, 2014

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・山内敏秀・吉川祐子