海洋情報旬報 2014年11月1日~10日

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11月2日「中国潜水艦、再びスリランカに寄港」(The Maritime Executive.com, Reuters, November 2, 2014)

ロイター通信は11月2 日付で、要旨以下のように報じている。

(1) スリランカ当局は11月2日、インドが中国のインド洋諸国に対する関係強化への懸念を表明しているのにも関わらず、首都コロンボの港に中国の潜水艦と艦船の寄港を許可したことを明らかにした。中国の長征2型潜水艦と潜水艦救難艦、「長興島」が10月31日にコロンボ港に到着した。これは、中国の別の潜水艦が長距離航海の後、習近平国家主席の南アジア歴訪の直前というタイミンで同港に寄港してから7週間後のことである。この件についてスリランカ海軍の報道官は11月2日、「中国の潜水艦と軍艦がコロンボ港に停泊中である。両艦は10月31日に接岸し、乗務員の休養と燃料補給のため5日間ほど停泊する予定である。これは何も特別な出来事ではない。2010年以降、様々な国に属する230隻もの艦船が親善訪問のためコロンボ港に寄港し、乗務員の休養と燃料補給を行なっている」と述べた。しかしながら、インド当局者はロイター通信に対して、度重なる中国艦船のスリランカ寄港がニューデリーの懸念材料となっていると指摘した。また、別のインド当局者は、「インドはこの件に対する懸念を深めているが、何か積極的な対応を取るということはしない」と述べた。

(2) 近年、中国はスリランカへの投資を積極的に増加させており、空港・道路・鉄道・港湾などのインフラ開発に関しては、それまでスリランカの2,100万人の島民と伝統的に最も近い経済関係にあったインドに取って代わっている。インドは既に、自国の国家安全保障上の重要地点と見なしている港湾都市、スリランカのトリンコマリーに建設されたと見られる航空機整備施設に懸念を表明している。1987年にインドとスリランカとの間で締結された「インド・スリランカ和平協定 (Indo-Sri Lanka Peace Accord)」では、双方が自国領土(トリンコマリーを含む)を、相手国の統一、領土保全及び安全保障に対して害を与えるような活動に供しないと規定している。また、インド陸軍退役大佐でChennai Centre for China Studiesの研究員は、「中国の潜水艦が初めて、アデン湾での海賊対処作戦に従事する人民解放軍のインド洋作戦艦隊の構成戦力になっている。これは異常なことである」と指摘している。

記事参照:
Chinese Submarine in Sri Lanka; India Concerned

【関連記事】「中国原潜、再びスリランカに寄港―インド紙論評」(The Times of India, November 2, 2014)

インド紙、The Times of India(電子版)は11月2 日、“Sri Lanka snubs India, opens port to Chinese submarine again”と題する論説を掲載し、要旨以下のように論じている。

(1) インドの強い懸念表明にも関わらず、スリランカは再び、中国の攻撃型潜水艦の寄港を許可した。9月にポーク海峡を通峡してコロンボ港に寄港した中国潜水艦のプレゼンスに対して、インド政府は、スリランカ当局に対して強い不快感を伝えた。中国潜水艦がスリランカへ2度目の寄港をするというニュースは、ベトナムのグエン・タン・ズン首相がインド訪問を終えた後に流れた。再度の寄港は、11月初めにインド政府からスリランカのラージャパクサ国防相に対して出されたメッセージを完全に無視したものである。中国の潜水艦戦力は通常動力潜水艦と原子力潜水艦(その内、3隻は弾道ミサイル搭載原潜)からなり、北京の軍事力の最も攻撃的な側面を代表する戦力である。この内の1隻が、2014年初めに、ペルシャ湾への道を開くため、初めてインド洋海域を航行した時、世界各国のメディアの注目を集めた。そして、中国の潜水艦がスリランカの港に姿を見せるということは、ニューデリーにとって、インド周辺における中国の軍事的拡張に対する最悪の脅威となる。中国はスリランカに何らの軍事的プレゼンスも有していないという、スリランカの最高レベルからの保証は、信頼出来るものではない。

(2) ニューデリーを怒らせたのは、大統領の弟であるラージャパクサ国防相に対して、9月15日の中国潜水艦のコロンボ港への寄港に対して強い懸念を伝えたのにも関わらず、別の中国の原子力潜水艦が再びスリランカに寄港することを許可したためである。この9月の寄港は、インドのムカジー大統領のベトナム訪問中に行なわれたものであり、インド軍部隊と中国軍部隊が、中印国境のラダック地方南東部のチュマルで対峙した時でもあった。中国は後に、潜水艦のコロンボ港への寄港はアデン湾へ向かう途中に立ち寄ったものであると表明している。

記事参照:
Sri Lanka snubs India, opens port to Chinese submarine again

113日「米国防省、アラスカ軍を北方軍隷下に」(U.S. Air Force News, November 3, 2014)

ヘーゲル米国防長官は11月3日、アラスカ軍 (Alaskan Command) を、北米と北極圏を担当範囲とする北方軍 (U.S. Northern Command: USNORTHCOM) 隷下に移管することを承認した。アラスカ軍はこれまで、太平洋軍 (U.S. Pacific Command) 隷下にあった。この移管は、アラスカ軍の戦力規模や予算には影響しない。カナダとの合同軍である北米航空宇宙防衛軍 (NORAD) 司令官を兼務する、北方軍のジャコビー (Gen. Charles Jacoby) 司令官は、この移管は北米防衛における指揮機構の改善に繋がり、北米全域における防衛能力を統合する上で重要な措置であると評価している。この措置は、米本土防衛におけるアラスカを含む北極圏の重要性が高まったことを反映している。USNORTHCOMは、9.11以降の対応措置の一環として、2002年に創設され、コロラド州コロラド・スプリングスに司令部を置き、米本土防衛に責任を持つ。アラスカ軍は、アラスカ州駐留部隊の即応態勢維持と同州及び州外への部隊派遣に責任を持つ。アラスカ軍は、NORADアラスカ地区、第11空軍及びアラスカ陸軍と司令部機能を統合する。アラスカ駐留部隊には、2万2,000人を超える空軍、陸軍、海軍及び海兵隊要員に加えて、4,700人の州兵及び予備役が含まれる。

記事参照:
Alaskan Command joins U.S. Northern Command

11月3日「米海軍F-35C戦闘機、空母に初着艦」(gCaptain.com, November 4, 2014)

米海軍の新型戦闘機、F-35C Lightening IIテスト機は11月3日、サンディエゴ沖の空母、USS Nimitz (CVN 68) の飛行甲板に初めて着艦した。このテストは、F-35Cを空母で運用するための環境データの収集が狙いである。米海軍の空母搭載航空団は2020年までに、F-35C、F/A-18E/F Super Hornet、EA-18G Growler電子戦機、E-2D Hawkeye 戦闘管制機、MH-60R/S ヘリ及び艦載補給機から構成されることになろう。今回のF-35Cの空母への着艦成功は、海軍の次世代戦闘機の開発と2018年の実戦配備に向けた大きな前進である。

記事参照:
U.S. Navy Lands First F-35 Fighter Jet Aboard Aircraft Carrier – Video
Photo: An F-35C Lightening II carrier variant Joint Strike Fighter conducts its first arrested landing aboard the aircraft carrier USS Nimitz (CVN 68).
Video: Check out the video of the first landing

114日「米海軍作部長、海軍戦略を語る」(The Brookings, November 5, 2014)

米海軍作戦部長、グリナート (Jonathan W. Greenert) 大将は11月4日、米シンクタンク、The Brookingsで、海軍戦略について講演し、「問題がある所と時期における、戦力投射、海洋支配、海洋安全保障そして海洋へのアクセスといった機能を持つ、海軍、海兵隊及び沿岸警備隊によるシーパワーのプレゼンスの重要性」を強調して、要旨以下のように述べた。

(1) オバマ政権のアジアにおける再均衡化戦略については、「一面的なものでもなければ、中国を対象としたものでもない。しかし、中国は再均衡化における重要な考慮要因である。」グリナート作戦部長は、海軍首脳同士の会談、合同訓練、あるいは教育機関での若手幹部の相互交流などを含む、米海軍と中国海軍の多正面での対話と協力について、「我々は、公海上で日常的に遭遇している。そして我々は、例えば、アジア太平洋地域における人道支援、台風や津波などの災害救助、そして世界の公海における海賊対処など、挑戦を共有する領域で相互に協力している。マレーシア航空370便の捜索で米中両国が協力したのはそれほど昔のことではない」と語った。更に、グリナート作戦部長は、中国海軍を含む、世界各国の海軍との間で進めている、6つの構想、即ち、艦隊訓練、CUSE(洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準)の促進、親善訪問の増加、定期的な海軍首脳の対話の確立、学術的交流の増加、人材育成のためのワーキング・グループの創設、そして海賊対処行動の共同訓練を含む事前に承認された訓練、について言及した。

(2) グリナート作戦部長は質問に答えて以下の諸点に言及した。

a.全艦隊の60%を2020年までに西海岸及びアジア・太平洋海域の他の場所で母港化するという海軍の計画は進行中である。

b.海軍の艦隊規模は現在、主要戦闘艦289隻だが、2020年までに308隻、次の10年の後半までに317隻に達することになる。

c.ロシアの国際的海域における活動は最近、活発であるが、その活動は全般的にプロフェッショナルである。

d.国防省が進める、Air-Sea Battle構想は、海軍と空軍だけではなく、米軍全体を巻き込むものであるが、危機や小競り合いにおける早期の先制攻撃やエスカレーションを意図したものではない。

e.アメリカは現在、メーン、コネティカット、バージニア、ミシシッピー及びカリフォルニア各州に5カ所の造船所を保有しており、そこで海軍艦艇を建造している。しかしながら、特に予算削減法によって、艦隊規模をより大きなものに戻そうとする海軍の計画と同様に、造船所の一部が存続の危機に晒されている。また、一部の艦艇がしばしば8カ月あるいはそれ以上の長期にわたる展開を強いられているのも、この予算削減法の結果である。

f.中国海軍の発展は目覚ましいもので、一部懸念すべきものもあるが、その進展は我々がある程度予測可能と考えている範囲内のものである。

g.レーザーを含む指向性兵器は、ミサイル防衛の分野で注目に値する進展を見せている。

記事参照:
The U.S. Navy, China’s Navy, and Future Maritime Strategy: Remarks by CNO Adm. Jonathan Greenert
Listen to the full audio: Charting the Navy’s Future in a Changing Maritime Domain

117日「米北極圏担当特別代表、北極圏における資源開発などについて語る」(Fortune, November 7, 2014)

アメリカの北極圏担当特別代表、元沿岸警備隊司令官のパップ提督 (ADM. Robert Papp Jr) は、米経済誌、Fortuneとのインタビューで、北極圏における資源開発などについて、要旨以下のように語った。

フォーチュン誌(以下、F):新しいポストにおける提督の優先課題は何か。

パップ(以下、P):北極点の上空から地球を見下ろせば、人間が居住する陸地に囲まれた、海氷に覆われた大洋がある。アメリカの他の49州は高度に開発され、発展しているが、アラスカ州はインフラ整備などの面で未開発状態であり、真のフロンティアである。北極海の海氷が減少するにつれ、船舶の航行や海上輸送が増大しており、特にアメリカにとって北極圏でのインフラ整備が必要になっている。アラスカ州ではまだ整備された港湾がなく、優れた航法支援システムや海図も整備されていない。真の偉大な国家は、北極圏の海洋と陸地の環境安全保障に関心を払い、その保全に責任を果たさなければならない。私の最優先課題は海洋ガバナンスと管理であり、2つの課題、即ち、1つは気候変動への対応であり、もう1つは北極圏の人々の経済と福祉の向上である。

F:北極海における掘削を支持するか。

P:私は、内務省によって規定されたガイドライン、事前調査そして政策に従って、環境に配慮した方法で行われる掘削については、これを支持する。私は8月にアラスカを訪問し、アラスカの原住民、NGO、環境保護論者、そして科学者の意見に耳を傾けた。同時に、私はShell、ConocoPhillips及びBPの担当者と会い、彼らの関心についても知る機会も得た。私は、企業も環境保護の必要性を十分に理解していることを確認できた。北極海は、世界の他の地域で行われている掘削プロジェクトとは異なる課題を有している。これらは克服できないものではないが、非常に慎重な環境に配慮した方法で行う必要がある。私は、石油企業も多くの監督を受けながら作業を進めていると信じている。従って、私は掘削を支持するが、それは先住民の権利を維持、保証するような方法で行われるべきだと考えている。アラスカ州北部のノーススロープ沖合に沿って、ホッキョククジラの移動経路が存在する。クジラの伝統的な移動経路があるため、その海域では掘削は行われていない。これは、科学知識とアラスカ先住民の伝統的な知識との協力が導いた結論である。このように、私はすべての当事者が集まり互いの意見を尊重し、バランスのとれたアプローチを考え出すことができると思う。

F:北極海は手付かずの自然が残る遠隔の地であるとする、環境保護論者の主張にどう対応するか。

P:北極海は確かに原始の自然のままである。海洋の自然環境の保護については十分気を付けなければならないが、同時に商業、ビジネスや事業を遂行する正当な法的権利も考慮しなければならない。これらの活動は、規制や将来への見通し、そして安全な方法を模索しながら推進すべきである。こうした配慮は十分実現可能であり、例えば、ノルウェーは、長年に亘って北極海で掘削を行ってきた。ロシアも既に行っている。

F:アメリカは、2015年にロシアも加盟する北極評議会の議長国となる。ウクライナ危機のような地政学的緊張が北極評議会での議論に影響を及ぼすであろうか。

P:現時点において、我々は、ウクライナの問題を、北極問題とは切り離して考えている。アメリカは、国際社会と連携してウクライナで発生した出来事を批判している。他方で、我々は、アメリカにとって北極圏が戦略的に重要であると考えている。そして、ロシアが北極圏に最も大きな領土を有する国家であることから、この分野におけるロシアとの協力を継続することの重要性も認識している。北極評議会での如何なる問題も、ロシアを含む加盟8カ国のコンセンサスなしには対応できないであろう。

F:これまで北極海を巡ってロシアやカナダと境界画定紛争があったのか。そして、この問題はどのように扱われるのか。

P:この問題は、依然上院で加盟承認されない、国連海洋法条約 (UNCLOS) に関わっている。実際、カナダのユーコンテリトリーとアラスカ州、そしてボーフォート海では、カナダとの間で特にEEZの境界画定を巡って対立する海域がある。それは非常に小さい海域であるが、カナダと交渉するためにもUNCLOSに加盟する必要がある。ロシアとの間では明確な境界があるが、大陸棚外縁の延伸に関しては紛争や交渉の余地がある。カナダとロシアは、大陸棚外縁の延伸を認めてもらうため、海底の調査活動を続けている。アメリカも、自国の管轄海域と考える海域での調査活動を実施しているが、UNCLOS未加盟のため大陸棚外縁の延伸申請ができない。エネルギー資源への需要が高まれば、関係各国は大陸棚外縁での資源開発に期待するようになろう。ロシアやカナダは、大陸棚外縁での管轄権を主張し、掘削のための投資を進めるであろう。UNCLOSに加盟しない限り、アメリカが主張する大陸棚外縁の海域において資源開発に投資する企業は現れないであろう。

F:アラスカ州の北極圏地域の開発についてどう考えるか。

P:アラスカ州北部のノーススロープ地域には水深の深い港がない。最寄りの港はアリューシャン列島にあり、約800〜1,000カイリも離れている。北極圏地域の発展と経済的繁栄を支援するためには、北部における港湾開発が喫緊の課題である。通信施設も必要である。アラスカ州には、都市間を結ぶ光ケーブル設備がまだなく、全ての情報通信は人工衛星経由で、時に通信状況が不安定なこともある。再生可能エネルギーも大きな課題であり、多くの居住地が24時間稼働のディーゼル発電器に頼っている。

F:砕氷船や衛星ネットワークに対する予算は必要なのか。

P:アメリカは現在、砕氷船艦隊については不十分な状態にある。我々は2隻の稼働砕氷船を持っているが、大型は1隻だけである。アメリカは長年、砕氷船艦隊整備に投資してこなかった。海洋国家として、そして北極圏国家として、我々は、1年中、何時でも、如何なる環境下でも、北極圏に確実にアクセスができる態勢が必要である。

F:2015年からの議長国として、北極評議会ではどのような目標が挙げるのか。

P:北極評議会はこれまでいくつかの良い成果を挙げてきた。しかし、北極圏への関心が高まり、北極海における船舶航行も増加していることから、今や北極評議会の機能を強化する時期が到来した。同時に、今後2年間、アメリカ国内における北極圏に対する意識を高めるための施策にも注力する予定である。アラスカ州には約75万人のアメリカ国民が居住している。もちろん他の49州は北極圏ではないが、これらの州の住民もアメリカ人として北極圏に対する理解を共有する必要がある。アラスカ州の北極圏地域に住む約5万人のアメリカ国民も、他地域の人々と同じように安全と繁栄を享受する資格がある。

記事参照:
America’s man in the Arctic supports ‘environmentally sound’ drilling

11月10日「アジアにおける米中戦略の比較検討―米専門家論説」(The National Interest, November 10, 2014

米シンクタンク、The American Enterprise Institute (AEI) のアジア研究部長、Dan BlumenthalはAEI研究員補佐、Eddie Linczerと共に、11月10日付けの米誌、The National Interest(電子版)に、“Tale of the tape: Comparing Chinese and American strategies in Asia”と題する長文の論説を発表した。ブルメンソールは、①アメリカの対アジア政策は進展していない、②何故なら、ワシントンと北京が、それぞれ中国の台頭を過大評価し、その一方でアメリカの能力を過小評価しているからである、③現実に、幾つかの根拠ある危険な徴候が認識されつつあり、ワシントンから見れば、もし米中両国ともバランス・オブ・パワーが中国に有利な状態であると認識していれば、米中関係は非生産的なものとなろう、④鍵となる問題は、米中双方が何を目指しているのか、米中双方の戦略はどのようなものか、米中双方がどのように自らの戦略を遂行し、そして双方にとってその遂行過程において何が障害となっているのか、ということであるとし、要旨以下のように論じている。(抄訳者注:以下の小見出しは基本的に原文に準拠している。)

(1) アメリカの戦略
第2次大戦以降、アメリカは、頂上戦略 (a strategy of primacy) を追求してきた。歴代の大統領は、「力の優位 (a “preponderance of power”)」がアジアにおけるアメリカの国益に最も資すると考えてきた。アジアにおけるアメリカの国益には、以下のものが含まれる。

a.遠隔の前方拠点で米本土を防衛する。アメリカは戦後、「周辺防衛ライン (the “defense perimeter”)」(抄訳者注:いわゆる「アチソンライン」)と呼ばれるものを設定していた。これは、現在の「第1列島線」に重なる。

b.いかなるパワーもユーラシア大陸を制覇できないようにするため、ユーラシア大陸における望ましいバランス・オブ・パワーを維持する。

c.アジアの海洋と大陸に対する、自由な軍事的、商業的アクセスを確保する。

d.アメリカの冷戦戦略立案者が追求してきた、「アメリカン・ウエイ・オブ・ライフ」に適った、リベラルな国際秩序を維持し、更新していく。

e.かかる国際秩序を補強するために、同盟のネットワークを維持する。

これまで、アメリカの頂上戦略は成功してきた。この大戦略は、アジアにおける歴史的ライバル間の抗争を抑え、アジア全体に経済成長と民主主義への平和的移行をもたらした。歴代の大統領は、アジアにおける頂点を維持するために努力してきた。

(2) 頂上戦略における軍事組成
アジアにおけるアメリカの頂上戦略は、アジアにおける戦力投射のための多数の作戦戦闘機、攻撃型原潜 (SSN)、戦略ミサイル原潜 (SSBN) そして空母攻撃群からなる、前方展開戦力態勢を必要としてきた。こうした軍事態勢は、紛争に対する継続的な抑止力となってきた。弾道ミサイル搭載のSSBNは、潜航しながら、アメリカが外部からの脅威に直面した場合に備えている。空母攻撃群は、目に見える形での米軍事力のシンボルとして、潜在的なアメリカの挑戦者に対する抑止力となっている。グローバルな戦略環境にもよるが、米海軍は、日本及び太平洋海域に最大5個の空母攻撃群を配備している。アメリカは、アジアにおける第1人者であり続けるためには、アジアにおけるコモンズを管制できる能力 (the ability to command Asia’s commons) を維持できなければならない。このことは、同盟関係を維持し、新たなパートナーを確保し、そして米軍戦力の迅速な展開を可能にするインフラの整備を必要とする。

(3) 中国の戦略
中国の富と力が増大するにつれ、アジア太平洋地域における中国の影響力と野心も増大してきている。地域的覇権の実現を目指す中国共産党 (CCP) の動向は、権力の掌握を維持するというCCPの至上目標によって駆り立てられている。北京は、一筋縄ではいかない国内問題に直面しているが、権力の掌握を維持するためには、更に以下のような一層の努力が必要である。

a.専制国家にとって「安全」な世界を追求する。そのためには、最小限、中国の民主化を推し進めようとするアメリカの如何なる試みも阻止するとともに、アジアにおける民主国家群の形成を防がなければならない。

b.国家の活性化 (national rejuvenation) を図る。CCPは、アジアにおける政治的ヒエラルキーの頂点の地位を回復し、これまで耐え忍んできた「一世紀にわたる国家的屈辱」を覆すための中国人の努力の先導者である、と主張している。CCPは、一党独裁体制に対する中国大衆の支持を高めるため、この国家の傷に塩を塗って忘れないようにしているのである。

c.中国の経済成長を今後も維持する。このことは今や、増大する中国の国際経済利益を護ることを意味する。中国では、沿岸地域が同国の製造業と財政のほとんどを担っている。ソ連の崩壊とそれに伴って中国の陸上国境に対する最大の脅威が取り除かれたことから、人民解放軍 (PLA) は、南東の海洋国境方面に展開することが可能になった。中国は、拡大した経済的利益を護るため、太平洋やインド洋に至る航路とともに、海洋におけるより大きな戦略的縦深を求めている。

(4) 覇権への野望のための軍事戦略:威嚇と介入阻止 (Coercion and Counter-intervention)
地域覇権を目指すCCPの軍事戦略は、東アジア海域における威嚇的な戦闘戦力と介入阻止否能力(A2/AD能力)の展開であった。1990年代から2000年代初めまで続いたアメリカの軍事的行動は、PLAの地域安全保障戦略の形成に大きな影響を及ぼした。2度に亘る湾岸戦争で、アメリカは、比類のない精密攻撃能力を誇示した。アメリカは、自らの時間に従って、大規模な戦力をこの地域に展開できる。1996年の台湾海峡危機の際、CCPは、沖合に展開する2個空母攻撃群を含むアメリカの軍事的プレゼンスに太刀打ちできないことに恐怖した。また、1999年末には、中国軍当局者は、空母と陸上からの78日間に及ぶ米軍のユーゴ空爆作戦を見せつけられた。CCPは、長期的な海軍力近代化計画の遂行とともに、湾岸やバルカンで見せつけられた米軍の軍事行動を中国沖合から繰り返されることを阻止する、介入阻止能力を開発する必要があることを認識したのである。PLAは、中国に近接するコモンズの一部に対するアメリカのアクセスを拒否することができる、中国の「近海」において戦闘区域 (contested zone) を設定した。PLAは今や、米軍の長い兵站補給ラインと在日米軍基地の使用を脅かすこともできれば、戦闘区域を宇宙やサイバー空間に拡大することもできる。過去20年に及ぶ米軍の戦争から学んだ、この軍事戦略は、第1列島線内や中国本土に対する米軍の如何なる戦力投射の試みに対しても、深刻な打撃を与えることを狙いとしている。

中国のこの介入阻止戦力は、域内諸国に対する威嚇戦略にも援用できる。軍事行動におけるCCPの主たる目標は依然、台湾である。益々精密化するC4ISRシステムに支えられた、巡航ミサイルや弾道ミサイルからなる中国の精密攻撃兵器は、NATO軍のコソボ空爆のように、台湾に致命的な打撃を与えることが可能であろう。中国はかつて西欧諸国の砲艦外交に異を唱えていたが、今や自ら近隣諸国に対して同じような戦略を推し進めているのである。

(5) バランスを評価する:コモンズに対する管制能力vs. 覇権への野望 (Command of the Commons vs. Aspiring Hegemony)
中国の地域覇権への野望を支える軍事戦略は現在、十分に開発されている。PLAは今や、アメリカのコモンズに対する管制に対抗でき、ミサイルや航空機による一斉攻撃で、米軍の前方展開基地や水上戦闘艦艇に対して決定的な第1撃を加えることができる。第1撃に続いて、中国は、第1列島線内において防衛態勢を固めることができる。中国は、第1列島線内において、台湾併合や係争海域における島嶼の占拠といった、軍事的目標を実現するために隣国に対して威嚇戦力を活用することができる。グローバルな視点から見れば、米軍は、より強力な戦力を有していることは明らかである。しかし、アメリカはグローバルな利害関係を持っているが故に、アジアにおける軍事戦略は、長距離に及ぶ空域や海洋を越えて必要な戦力を戦域に投入するために、コモンズの管制に依存している。中国は、アメリカのこうしたアジア軍事戦略のコストを吊り上げた。

(6) 挑戦される頂点 (Primacy):アメリカの対応
アジアの頂点を占めるアメリカに対する中国の挑戦に対応するために、アメリカは、太平洋地域に更なる戦力を移動させるとともに、同盟関係を強化してきた。オバマ政権は、このプロセスを、「アジアへの軸足移動」とか「再均衡化」と表現している。

(7) Air-Sea Battle:頂点を維持するための運用構想となるか
米軍は、中国の威嚇と介入阻止戦略に対応し始めている。2010年2月のQDR (Quadrennial Defense Review) では、地域拒否戦略の打破が、米軍戦略の不可欠の1部とされた。Air-Sea Battle (ASB) 構想の基本的考え方は、中国の戦闘区域における米軍の作戦行動を可能にするとともに、コモンズに対する管制能力を確保するために、海空戦力の連携を一層強化することにある。ASB構想は、頂点を維持するという大戦略を梃子入れする手段である。これが実現すれば、米軍戦力は、中国の戦闘区域で作戦行動が可能になり、中国軍を圧倒する戦力を集中できることになろう。平時における軍事プレゼンスは、侮り難い抑止力として機能するが故に、極めて重要なのである。アメリカがより多くの戦力をアジアに前方展開すればする程、中国にとってアメリカの同盟国や友好国に手をかけた場合のリスクが大きくなるのである。アジアにおける頂点を如何に維持するかを巡る現在の論議に欠けているのは、アメリカの核戦力の将来像である。抑止、再保障そして戦時における戦闘能力はすべて、通常戦力に裏打ちされた核戦略を必要としている。中国は、アメリカが同盟国に対して核の傘を提供している、米空母に対する攻撃が何千人ものアメリカ人を殺害することになる、そして中国がいう第2列島線内にはアメリカ領土が含まれている、ことに留意しておかなければならない。一方、アメリカは、中国もまた確実な第2撃能力を有する移動式弾道ミサイルとSSBNを保有する核保有国であるということを忘れてはならない。米中軍事関係は、エスカレーション・コントロールと危機における安定について、議論できるようにならなければならない。

(8) アメリカの戦略における障害:頂点維持のための資金確保
アジアにおける再均衡化戦略は、多大の資源を必要とする。しかしながら、米軍は、深刻な予算削減に直面している。このため、米軍の資源と宣言戦略の目標との間には危険なギャップが生じている。予算削減は、頂上戦略を支える戦力投射能力の主体である、海軍を脅かしている。各種の分析によれば、海軍戦闘艦艇の望ましい隻数が323隻から346隻であるとされるが、現在の予算レベルでは、海軍戦闘艦艇の隻数が260隻かあるいはそれ以下になるとの見方がある。海軍は、2019年までに太平洋艦隊の戦闘艦艇を50隻から60隻余に増強する計画であるが、現在の予算レベルでは、計画達成は不可能としている。米軍は、アジアに駐留する米軍を縮小するか、それとも太平洋地域に展開する艦艇数を増強するために他の艦隊を縮小するか、という厳しい選択に迫られている。しかしながら、ロシアの動向や中国の東アジアの海洋における侵略的行動を考えれば、いずれの選択肢も不可能である。

(9) 地域覇権国家への戦略における障害
中国は、その戦略ビジョンを達成するに上で、主として3つの障害に直面している。第1に、中国は、自国の政治・経済システムに固有の不安定に対処しなければならない。CCPは、消費主導経済に向けての広範な改革を進められないでいる。第2に、中国は、海外の経済的利益に益々依存するようになっており、海上輸送路の安全確保が必要になっている。2004年に当時の胡錦濤国家主席は、PLAに「新しい歴史的使命」を示した。以来、中国のシーレーン防衛が新たな重要な任務となっている。中国は今や海洋貿易国家であり、拡大するエネルギー輸入を含む、その輸出入には、マラッカ海峡を含む、中国が管制していないチョークポイントを通航しなければならない。遠海域に海洋戦力を投射するには、中国は、水上戦闘艦、グローバルなC4ISR、そしてインド洋沿岸における兵站ハブや給油拠点の整備に多大の投資を必要としよう。これらは、あまりに高価でかつリスキーなものとなろう。CCPは、持続的な経済成長と経済利益の防衛という、その戦略に深刻な課題を抱えている。第3に、CCPは、その正当性に対する国内からの挑戦に対処しなければならない。 中国は、多大な労力を国内の安定維持に投入している。CCPの帝国主義的な統治は次第に困難になってきている。同時に、中間層からの汚職に対する批判が増大しており、また国富の一部が国外に流出している。

(10) 結論:バランス・オブ・パワーの見通し
中国は、域内に対する威嚇戦略と介入阻止戦略を大きく強化してきた。しかしながら、CCPの大戦略には、海洋貿易への依存を益々高めている持続的な経済成長も含まれている。真の海洋国家となるためには非常に多くの費用がかかり、しかも中国はその周辺を敵対的なパワーに取り囲まれている。更に、中国の最大の弱点は、その脆弱な政治的正当性にある。中国は、より多くの自由と正義を渇望する人民に対して、益々強圧的な帝国主義的統治を押し進めている。一方、アメリカは、中国に対して、強大な国富と同盟関係という構造的な優位を持っている。しかしながら、大統領は、このアメリカの優位を、アジアにおけるアメリカの頂点を維持するための十分な資源に裏付けられた戦略に練り上げるために、国内において超党派的団結を築き上げることができるか。それができれば、CCPは、アジアにおける頂点を確実なものとしたアメリカとの厳しい対峙を強いられることになろう。もしワシントンがバランス・オブ・パワーを自らに有利と見なせば、北京に何らかの協力を求める始めることができるかもしれない。

記事参照:
Tale of the tape: Comparing Chinese and American strategies in Asia

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・山内敏秀・吉川祐子