海洋情報旬報 2014年9月21日~30日
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9月22日「米、ReCAAP加盟」(ReCAAP ISC, Press Release, September 22, 2014)
アメリカは9月22日、「アジア海賊対策地域協力協定 (Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia)」(ReCAAP) の20番目の加盟国となった。米沿岸警備隊のThe Assistant Commandant for prevention policyのRear Adm. Paul Thomasがアメリカ代表として、ReCAAP会議に参加する。アメリカのFocal Pointは沿岸警備隊のRescue Coordination Center Alameda (RCC Alameda) となる。アメリカのReCAAP加盟は、ReCAAPネットワークの拡充に繋がり、アジアの効果的な海賊対策における国際的協力の重要性を表徴するものである。ReCAAP ISCのテオ次長は、ワシントンの米沿岸警備隊のFocal Pointを訪問し、The Information Network System (IFN) の運用開始式典に臨んだ。
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United States of America joins the ReCAAP
9月22日「中国海軍戦闘艦、イラン友好訪問」(The Maritime Executive.com, Reuters, September 22, 2014)
ロイター通信が9月22日付けで報じるところによれば、中国海軍の2隻の戦闘艦、誘導ミサイル駆逐艦「長春」と誘導ミサイル・フリゲート「常州」は、イランのバンダレアッバース港に入港し、5日間の日程で友好訪問する。中国海軍戦闘艦艇がペルシャ湾に入り、イランに寄港するのは初めてである。中国にとって、イランへの寄港は、中東からホルムズ海峡、インド洋、マラッカ・シンガポール海峡を経由して南シナ海に至る、自国の石油消費量の20%以上を輸送する長く脆弱なシーレーンを防衛することを狙いとした包括的な戦略の一環である。中国海軍は現在のところ、第1列島線内の海域における作戦行動が主体だが、近年、アデン湾の海賊対処に見られるように、インド洋にも小規模な戦力を展開している。しかしながら、中国にとって、長いシーレーンに沿って十分な戦力を展開するまでには、長い道のりを要しよう。
記事参照:
In Search for Security, China Enters Strait of Hormuz
9月23日「国際海運による温室効果ガス排出量、2007~2012年までに20%削減」(Ship&Bunker.com, September 25, 2014)
国際海運会議所 (The International Chamber of Shipping: ICS) は9月23日、ニューヨークで開催された国連気候サミットで、世界の海運は2007年から2012年までに温室効果ガスの排出量を20%削減したと報告した。それによれば、2007年には全世界の排出量に占める国際海運の割合は2.8%だったが、2012年は2.2%であった。このデータは国際海事機関 (IMO) による衛星追跡を用いた最新の調査結果で、ICSのヒンチリフ事務局長は、調査結果について、低速航行や燃料効率の高い船舶建造などを含む、海運業界の効率化対策の成果と指摘している。
記事参照:
ICS: Global Shipping’s Emissions 20% Lower
9月25日「ロシア海洋調査船、福島原発事故の影響調査」(gCaptain.com, September 25, 2014)
ロシアの海洋調査船、Professor Hlyustinは9月25日、海洋における福島原発事故の影響調査のために、科学者グループを乗せて、ウラジオストクを出港した。該船は、日本海、津軽海峡経由で、カムチャツカ沖まで28日間にわたって、最大深度、6,000メートルまでの海洋調査を実施する。調査海域で収集した海水、空気、海底土壌、海洋植物及び海洋生物は船上で調査した後、サンクトペテルブルクのThe V. G. Khlopin Radium Institute に送られ、セシウム137、ストロンチウム90及びその他の放射性物資の残留の有無が分析される。
記事参照:
Russian Ship Departs Vladivostok to Study Deep Water Effects of Fukushima Incident
Photo: Russia’s marine research ship “Professor Hlyustin”
9月25日「北極評議会オブザーバー国としての中国―英専門家論評」(China Brief, September 25, 2014)
英国のThe Royal United Services Instituteで北極問題を研究する、Matthew Willis客員研究員は、米シンクタンク、The Jamestown FoundationのWeb誌、China Brief、9月25日号に、 “Chinese Designs on the Arctic? Chill Out”と題する長文の論説を寄稿し、中国が北極評議会の常任オブザーバー国になったことの意味について、要旨以下のように述べている。
(1) 今日、北極圏に対する中国の関心を軽視することは、実状を直視していないことを意味する。北極圏に対する北京の関心は、以下の3つのカテゴリーに分類できる。1つは、北極圏の気候変動が中国の食糧生産と気象に如何なる影響を及ぼすかについて科学的に理解すること。2つ目は、北方航路が既存の海上輸送路に替わる航路になり得るかどうかを判断すること。そして、3つ目は、北極圏の炭化水素資源や水産資源に対するアクセスを確保すること。これらの関心に対する中国の政策形成はまだ初期段階にあるが、中国の関心は、日本や韓国、そしてシンガポールとインドなど、他のアジアの非北極圏諸国の関心とほとんど変わるところがないようである。中国としては、もし北方航路が代替輸送路となれば、貿易やエネルギー輸送のマラッカ海峡依存を減らすことが可能になる。しかしながら、北方航路に関しては、幾つかの最近の研究は、航路の短縮による経済効果が、これまで見積もられてきたよりも、はるかに少ないと推測している。従って、北方航路の商業的利点に対する中国の熱意は、時間の経過とともに減退していく可能性がある。
(2) 中国は、2013年5月に北極評議会の常任オブザーバー国となった。しかし、その見返りは、小さく、高いものになった。北京が常任オブザーバーの地位を得るために重要な譲歩、特に北極圏諸国による「北極海に対する主権、主権的権利及び管轄権」を認めるとともに、北極海に対する国連海洋法条約 (UNCLOS) の適用を承認したため、その見返りは高いものになった。中国の当局はこれに乗り気ではなかったが、結局は同意することになったといわれる。従って、中国がいずれ北極圏の既存のガバナンス機構に挑戦したいと望むなら、合法的と認めた既存の枠組みの中でそうしなければならないであろう。得たものが小さかったというのは、1つには、北極評議会が北極圏のガバナンスを議論する場であって、規則を決める機構ではないためであり、もう1つは、オブザーバー国の地位は北極圏に参入するための前提条件ではないことによる。中国は、オブザーバー国として承認される前に、アイスランドとデンマークを含む、北極圏諸国との個別の協定を締結している。また、北極評議会では、オブザーバーの役割はかなり制約されたものである。オブザーバー国は、加盟国を通さなければプロジェクトを提案できず、また、プロジェクトに対して国力に応じた資金提供を求められるが、その額は加盟国を上回ってはならない。更に、オブザーバー国の地位は再審査され、評議会の運営に関する投票権を持たない。それにもかかわらず、中国が得たものは貴重である。オブザーバー国は評議会の議事録へのアクセスが認められており、従って、このことは、北極圏全体と加盟国の北極政策に関する各種情報へのアクセスが可能であり、また各種北極プロジェクトに参画する機会を得ることを意味する。
(3) 中国がオブザーバー国を申請した背景には、北極評議会からの教唆があったことは、案外知られていない事実である。2000年代初め、評議会の組織が未成熟であった時期に、加盟国は、より広範な気候変動研究に北極圏が関わっているとの認識を深め、重要な措置として中国を取り込もうとしたのである。評議会のメッセージは、「北極気候影響アセスメント (The Arctic Climate Impact Assessment: ACIA)」が公表される直前の2004年に、当時の評議会議長国により北京に伝えられた。北京がその3年後にオブザーバー国を申請したのは、このメッセージがきっかけであった。事の始まりは北極評議会で、他の誰でもない。要は、ドアが開いている間に組織のメンバーになることで、2回目のチャンスは手に入れるのが難しいということである。
(4) 北極圏は固有の地域であり、そこでの国家関係は、他の地域の情勢によって常に影響されているわけではない。中国の北極圏に対する関心はやがて、北極圏の諸国の利害と相容れないものになる可能性を排除できない。しかし、北京の現在の姿勢に将来の脅威を見出すことは時期尚早である。中国は、特に科学的な領域では北極政策を持っているが、しかし首尾一貫した戦略はない。中国の北極圏に対する関心は、目新しいものではなく、地政学的な野心より国内的優先度を反映したものである。他方、北極圏諸国は総じて、中国企業の関心を引き付けたがっており、従って、北極圏の資源と他の商機に対する中国の「期待」との相互取引関係になっている。そして、オブザーバー国という中国の地位は、評議会加盟国が奨励したものであり、従って、中国は、北極圏に「乱入する (“break into”)」雄羊ではない。むしろ反対に、中国の参加は長期的には利点になるかもしれない。北極圏の政治、気候、環境そして住民に関する中国の理解が進めば進むほど、中国は、北極圏諸国と同じ視点でこの地域に関わっていく可能性が高まっていくことになろう。
記事参照:
Chinese Designs on the Arctic? Chill Out
9月26日「他国のEEZ内における軍事活動、米中の異なる視点」(The Straits Times, September 26, 2014)
シンガポールのThe National University of Singapore Centre for International LawのRobert Beckman所長は、9月26日付のシンガポール紙、The Straits Timesに、“South China Sea: US and China’s different views ”と題する論説を寄稿している。Beckmanは、9月19日付の同紙に掲載された、“Separating fact from fiction in South China Sea conundrum”と題する、中国南海研究院のMark Valencia客員研究員の論説*を踏まえて、米中両国の他国のEEZ内における軍事活動に対する見解の相違がもたらす問題について、要旨以下のように論じている。
(1) Valenciaの論説は南シナ海問題を考える上で有益だが、まず、彼の幾つかの見解に対して付言しておきたい。
第1に、Valenciaは、アメリカが南シナ海の領有権問題について中立の立場を取っていることに同意しているように見受けられる、と述べている。このことは正しい。アメリカの立場は、南シナ海の島嶼に対するどの国の主権主張も国際法に準拠しなければならないというものである。国際法では、「島」の定義を満たす島嶼に対してのみ、主権主張ができる。
第2に、Valenciaは、南シナ海における中国の領有権主張に対しては、アメリカは中立ではない、と論じている。その理由として、彼は、アメリカは南シナ海の海洋管轄権に対する如何なる主張も陸上由来のものでなければならない主張していること、そしてこのことは中国の「9段線」内における管轄権に対する中国の如何なる主張も根拠がないこと意味する、と指摘している。南シナ海に海洋管轄権を主張するどの国もその根拠を明確にしていないために、アメリカはこうした立場を打ち出しているようである。例えば、どの国も、南シナ海の海洋管轄権がどの島嶼に由来するのかについて、明らかにしていない。
第3に、Valenciaの論説で最も論議となるのは、南シナ海におけるアメリカの軍事活動、特に中国が自国のEEZと主張する海域における海洋監視活動に関する部分である。Valenciaは、「中国はこれまで、商業上の航海の自由に挑戦したことはない」とした上で、「中国は、国連憲章や国連海洋法条約 (UNCLOS) 違反の疑いがある、アメリカによるこの権利(航行の自由)の乱用と、武力行使の脅威と見なす活動とに対して、言論と実際の行動で抗議しているのである」と述べている。Valenciaは、米海軍のP-8哨戒機、海洋調査船、USNS Bowditch、 USNS Impeccable、USS Cowpensなどによる海洋調査活動を、海洋における科学的調査についての合意された枠組みの乱用、UNCLOSで認められた権利の乱用、そして国連憲章違反の疑いがある「武力行使の脅威」と見なしている。ValenciaはアメリカがUNCLOSの加盟国ではないと指摘しているが、アメリカはUNCLOSを国際慣習法の成文化と見なしてきたことに留意しなければならない。
(2) EEZはUNCLOSで規定された海洋区画である。EEZ内では、UNCLOSの加盟国、非加盟国を問わず、他国は、航行及び上空飛行の自由、海底電線及び海底パイプラインの敷設の自由、そしてこれらの自由に関連した国際的に適法な海洋の利用の自由を享受する。他国は、こうした自由の行使に当たっては、当該沿岸国の権利と義務に妥当な考慮を払わなければならない。一方、当該沿岸国は、他国の権利及び義務に妥当な考慮を払わなければならない。実際、1998年に制定された中国の「排他的経済水域及び大陸棚法」第11条では、UNCLOS第58条第1項の規定にあるように、如何なる国も中国のEEZにおける航行及び上空飛行の自由を享受できると定められている。Valenciaは、海洋調査船、USNS Bowditch のような事案(注:2001年3月24日、中国のEEZ内で米海洋調査船USS Bowditchが中国のフリゲート「黄石」と衝突した事案)のような、米海軍艦艇によるある種の活動について、海洋における科学的調査についての合意された枠組みの乱用と指摘している。この指摘は、他国のEEZ内でのこの種の活動がUNCLOSの下では当該国の同意なしでは実施できない、ということを意味している。残念ながら、「海洋科学調査」という用語はUNCLOSでは定義されていない。海洋科学調査に関する米中両国の理解にギャップがあることは、深刻な問題である。このギャップが埋められないままであれば、中国海軍の艦艇が自国のEEZ内における米海軍艦艇の調査活動を阻止しようとした場合、重大な事態が生起する可能性がある。Valenciaはまた、アメリカによる中国の原子力潜水艦の追尾を、「ターゲッティング(“targeting”)」が狙いと述べている。もし艦艇がターゲッティングされたら、それは攻撃目標として照準されたことになる。しかしながら、中国の潜水艦を識別し、その行動を監視しているだけであれば、それは攻撃目標として照準された状態にまでは至っていないのである。潜水艦の追尾や電子通信の傍受は、UNCLOSと国連憲章第2条第4項によって禁止された武力による威嚇に該当しない。むしろ、それらは、沿岸国の領土主権が及ぶ領域外で実施される限り、通常の合法的な軍事活動なのである。
(3) Valenciaは、アメリカの偵察活動の詳細が明らかにされ、中立機関によって、それらの活動が「合法的」あるいは「友好的」であるか否かを慎重に検証されなければならない、と述べている。そのような活動の合法性は、米中両国が国際司法裁判所や仲裁裁判所に提訴することに同意した場合、司法機関によって検証されるべき問題である。米中いずれも、こうした選択肢を検討するとは思えない。中立機関に対して、米中両国がこのような行動が「友好的」であるかどうかの検証を依頼する可能性は、ほとんどない。海上における事故管理手続きを策定するとともに、両国の軍用機や艦船がいずれかの国のEEZにおいて遭遇した場合に衝突あるいは砲火を交えるリスクを局限するために、米中両国が交渉を始めることの方が、よほど有用である。
記事参照:
South China Sea: US and China’s different views
備考*:“Separating fact from fiction in South China Sea conundrum,”by Mark Valencia
9月29日「ロシアの北極圏掌握、遅れる米の対応―米誌論評」(CQ Weekly, September 29, 2014)
米議会関係のWeb誌、CQ Weeklyは9月29日付で、“Russia’s Arctic Grab”と題する長文の記事を掲載し、北極圏に対するロシアの軍事的、経済的進出に対して、アメリカは後れをとっているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 北極評議会加盟国、カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン及びアメリカは、急激に変化しつつある北極圏に対する新たな青写真を描かなければならなくなっている。もちろん、北極圏で軍事衝突が起きる可能性があると主張するものは誰一人いない。それにもかかわらず、北極圏におけるロシアの軍事プレゼンスの増大に加えて、ロシアとの関係悪化によって、一部の専門家が冷戦終結後、慢性的に放置され、ほとんど投資も行なわれてこなかったと見なす、北極圏におけるアメリカの安全保障とそれに対する備えが改めて注目を集めている。北極圏での資源開発は、新たな船舶、輸送機、通信装置などへの投資を増加させたものの、港湾、航空機格納庫そして滑走路といったコストの掛かるインフラにまでは手が回っていない。これらを一夜で完成させることはできない。予算上の制約下にある国防省にとって、北極圏向けの装備やインフラ整備は数年先あるいは数十年先の話であろう。国防省にとって、北極圏は優先課題ではあるが、最優先課題ではない。国防省のある高官は、もしアメリカが北極圏で積極的に動き過ぎれば、北極圏での軍拡競争を誘発するのでは、との懸念を示している。国防省の戦略は、北極圏の動向を注意深くモニターするとともに、必要になれば何時でも強固な対応がとれる準備をしておくことである。しかし、北極圏の環境、及び政治的、戦略的変化に直接的な利害を持つ関係者は、そのような成り行き任せのアプローチに批判的である。アラスカ州選出のマーコウスキー上院議員(共和党)やその他の人々は、アメリカが北極圏で不意打ちを食らうことを懸念している。マーコウスキー上院議員は、「ベーリング海峡の米領小ダイオミード島とロシア領大ダイオミード島を隔てる距離はわずか2.5カイリしかない」とし、ロシアとの関係悪化によって、アメリカが北極圏に資源を投資し、関心を高めるべき時が来ている、と主張している。
(2) ロシアは、クリミヤ併合以前から北極圏に対する関心を持っており、例えば旧ソ連時代の軍事施設の再建、潜水艦による哨戒活動、そして爆撃機の哨戒飛行などを始めていた。そのような活動は大して懸念するような内容ではないかもしれないが、しかし、クリミア以後の情勢は、北極圏に対する関心を高めることになった。アメリカと他の北極圏諸国は、北極評議会や国連海洋法条約 (UNCLOS) を通じて、紛争解決を求めてきた。北極圏における軍事力の強化は、こうした外交努力にとって逆効果となろう。海洋・漁業問題担当のボルトン国務次官補は、北極圏での境界画定紛争やその他の対立問題は、戦艦や戦闘機ではなく、科学者や法律家そして外交官によって解決されてきたし、今後もそうされるであろう、と述べている。しかし、北極圏におけるロシアの積極的な軍事力増強を無視することはできない。過去数年間、オバマ政権が発表してきた北極圏に関する報告書は、国防省、国務省そして国土安全保障省などの主要政府機関が北極圏で担うべき役割などに言及している。これらの報告書はロシアのクリミヤ併合以前に発表されたものであり、当然ながら現在の米ロ関係への対処には言及していない。しかし、戦略・戦力配備担当のチュウ国防次官補は、アメリカには強固な対応策をとる余裕などないと語っている。そして、恐らくより重大なことは、アメリカは北極圏の軍事化という道を進みたくないということである。これまでの報告書で強調されてきたように、アメリカの目的は北極圏の平和を維持するということである。チュウ次官補は、北極海の海氷の融解予測や情報収集を重視することで、軍は状況を掌握でき、必要な時と場所で活動したり投資したりできるようになる、と主張している。しかしながら、北極圏における権益保護はホワイトハウスの優先事項であると、全ての人が納得しているわけではない。マーコウスキー上院議員は、「政権の戦略とその実効性を担保するだけの資金がなければ、それはリップ・サービス以外の何物でもない。私は常に北極圏を平和地帯であると述べている。私は北極圏がそうであって欲しい。しかし、私は、北極圏周辺で何か有事が生じた際には、アメリカはそれに対応すべき立場にあるということも同時に認識している」と強調している。
(3) 現在、400万人もの人々が北極圏で生活しているが、その半分はロシアに居住している。2014年3月に発表された、シンクタンク、CNAS の調査結果によれば、アメリカは北極圏の土地のわずか4%しか占めておらず、北極圏の80%はロシアとカナダに属している。CNASの報告書によれば、「アメリカ人」にとっての北極知識は、チュクチ海に面したアラスカ州の人口4,000人の「バロー」という極めて小さな町に限られているが、バロー市がどれほど遠隔の地にあるかは、ほとんどのアメリカ人は知らない。沿岸警備隊が2013年に発表した報告書 (Arctic Strategy) は、北極海沿岸都市、バローは最も近いコーヒーチェーン店から504マイルも離れており、ガゾリンは同市のガソリンスタンドに年に1回だけ配送される、と書いている。要するに、アラスカ北部は、端的にいうと、ワシントンとは別世界だということである。マーコウスキー上院議員やその他の北極資源開発推進論者にとっての課題は、上下両院議員やアメリカ国民にアメリカが北極圏国家であるということを自覚させることである。マーコウスキー上院議員の戦略は、アラスカのためではなく、アメリカ国家としてアラスカへの資源投資を促進することである。同議員らの要請で、国防省が2015年度国防支出法案に新たな砕氷船の購入などを含む北極関連支出を要求したが、ほとんど承認されなかった。これは、多くの議員が北極問題に関心を持っているものの、優先事項とは見なされなかったためである。アメリカの北極政策に関するもう1つの複雑な要素は、多くの政府機関が政策決定過程や優先事項の決定に関与しているということである。ホワイトハウスが2014年1月に発表した報告書 (Implementation Plan for The National Strategy for The Arctic Region) によれば、北極に関連する様々な任務が、国防省、国務省、国土安全保障省、エネルギー省、運輸省、商務省、EPA(環境保護庁)、NASA(航空宇宙局)、アメリカ国立科学財団、更にはスミソニアン航空宇宙博物館にまで割り振られている。シンクタンク、CSISのConleyが指摘するように、「全員が関わっているが、誰も責任を持っていない」のである。
(4) 北極は多くの人々にとって優先事項のリストには入っていないかもしれないが、議員らにとっては、安全保障、経済及び環境といった観点から北極圏に関心を持つべき理由がある。気候変動により、アラスカは過去60年間でアメリカのどの地域よりも2倍も速く温暖化が進んでおり、極冠(氷に覆われた高緯度地域)面積は、1979年に比べ40%も減少している。その結果、北極圏における船舶輸送量が急増しており、ベーリング海峡だけでも2008年から2012年にかけて通航量が118%増大した。また、北極圏には、世界の未採掘石油埋蔵量の13%、天然ガスに関しては30%があると推測されている。その他にも、例えば、亜鉛やニッケルなど、1兆ドル相当の鉱物資源があると見られている。沿岸警備隊によれば、資源量に関して言えば、北極圏はメキシコ湾についで2番目ということである。ロシアや非北極圏国家である中国を含むその他の国家も、天然資源が豊富な北極圏を「新たなフロンティア」と見なし、その潜在的可能性に着目して、砕氷船や北極圏を航行可能な船舶の購入などを計画している。マーコウスキー上院議員によれば、対照的にアメリカは、他の国に比較して、「痛ましいほどの後れを取っている。」沿岸警備隊が保有する3隻の砕氷船の内、2隻は船齢30年の耐用年数を超えており、この内1隻は既に稼働しておらず、北極圏の海上交通が増加しているにもかかわらず、捜索救難能力の不足という危険が高まっている。
(5) 2013年以降、ホワイトハウス、国防省、海軍そして沿岸警備隊は、北極圏への関与について新たな戦略を発表している。これらの報告書は、優先事項を示し、特定の省庁や政府機関に任務を割り当てている。しかし、マーコウスキー上院議員などは、これらの計画を実行できるだけの資金手当をしていないとして、「上出来な文書を発表して戦略を提示することと、資金を用意することとは全くの別問題である」と述べ、オバマ政権を批判している。国防省は、北方軍 (NORTHCOM) を北極圏担当軍とした。北方軍は今後、北極圏で何ができるか、何をすべきか、そしてそれらに要する期間はどの程度かを評価し、近く国防省に報告することになっている。チュウ国防次官補は、「この目的は、単に報告書を出して、それをファイルして終わりというのではなく、国防省の通常業務の一環として北極圏をモニターしていくことにある」と述べている。一方で、国防省は、北極圏向けの戦力やインフラは今日のニーズに十分対応できると見ている。アラスカには、2万2,000人の現役軍と5,000人の予備役部隊が駐屯している。これらに加えて、北極圏向け戦力には、原子力潜水艦や雪原離着陸可能なC-130輸送機なども配備されている。2014年8月初め、空軍は、アラスカのEielson空軍基地に、環境アセスメント終了後、F-35統合攻撃戦闘機を配備する計画を発表した。この決定によって同基地が太平洋地域で初めてのF-35配備基地となるが、この配備は、北極戦略の一環というよりもステルス戦闘機の全体配置計画の一環という側面が強い。とは言え、この決定は、アラスカが戦略的に重要な地理的位置にあることを示している。国防省は変化しつつある北極圏に対する評価を継続していくであろうが、軍がアメリカの北端を防衛するためにアラスカに強力な軍事抑止力を配備する必要性があるか否かは不透明であり、それは北極圏における脅威の度合いに左右されるであろう。
(6) アメリカは2015年4月から、持ち回りで北極評議会の議長国となる。そのための準備として、オバマ政権は、沿岸警備隊の前司令官、Robert J. Papp退役大将を、新設の北極担当特別代表 (Special Representative to the Arctic) に指名した。パップ特別代表やボルトン国務次官補らは、8月に1週間以上に亘ってアラスカに滞在し、地元関係者やアラスカ原住民、その他と面談し、変化しつつある北極圏に影響を及ぼす多くの問題について話し合った。これらの面談で得られた現地の声は、政府機関からの情報に加えて、アメリカが北極評議会で提案する議題に取り入れられることになろう。しかし、マーコウスキー上院議員は、「パップ代表は、沿岸警備隊時代に北極圏で勤務した経験を持つが、国務省内に効果的な業務遂行のための人員や予算などの支援体制が整っていない。率直に言えば、この仕事は1人の人間でやるようなものではない」と述べ、懸念している。それにもかかわらず、北極評議会議長という立場は、オバマ政権にとって、国内的にも、また国際的にも北極圏におけるアジェンダを追求する機会となるであろう。しかし、北極圏を巡る多くの問題がそうであるように、北極評議会が成果を発揮できるかどうかは、北極圏の半分以上を領有する国家、即ちロシアの動向に大きく左右されよう。CSISのConleyは、「ロシアの参加がない限り、北極圏での共同行動は見込めないであろう」と指摘している。
記事参照:
Russia’s Arctic Grab
Graphic: Population Advantage
編集責任者:秋元一峰 編集・抄訳:上野英詞 抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・山内敏秀・吉川祐子 |
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