海洋情報旬報 2014年7月21日~31日

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7月21日「中国の弱点を突くアメリカの対中政策、5つの選択肢―米専門家提言」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, July 21, 2014)

米George Washington UniversityのRobert Sutter教授は、7月21日付けのPacNetに、“Dealing with America’s China Problem in Asia-Targeting China’s Vulnerabilities”と題する論評を寄稿し、アジアにおける中国の威嚇的行動を抑止するために、中国の弱点を突くべしとして、要旨以下のように提言している。

(1) 中国は最近、東シナ海と南シナ海における領有権紛争で優位に立つために、直接軍事力に訴えている訳ではないが、国力を背景に威嚇的な行動に出ている。このことは、アメリカにとって大きな問題となっている。中国の「サラミ・スライシング(salami-slicing)」戦術(少しずつ現状を切り崩し、その積み重ねによって戦略環境を徐々に変えていく戦術)は、地域的安全保障の担い手としてのアメリカの信頼性を損ねつつある。オバマ政権は、中国の行動に対して強硬な態度をとり、中国の挑発に脅かされている同盟国やその他の友好国との安全保障関係を強化してきた。これらの措置は、中国周辺におけるアメリカのプレゼンスを切り崩そうとする中国の長期目標に代償を強いるものであるが、現在までのところ、中国の行動そのものを阻止するには至っていない。

(2) 中国の軍事力に訴えない威嚇的な行動は、非軍事的脅威に対処する上でのアメリカの弱点を突くものである。従って、アメリカも、中国の弱点や欠点に焦点を当てた対抗策を打ち出すべきである。以下に述べる5つの選択肢は、そのほとんどが米政府の政策決定者によって現有予算内で容易に実行できるものである。しかも、これらの選択肢の多くは多分、中国との公然たる対決なしに実行できるであろう。以下は、5つの選択肢である。

a.中国の対潜能力の弱点を突いて東シナ海と南シナ海の紛争海域で米海軍の攻撃型原潜とミサイル搭載原潜を遊弋させ、中国の展開艦艇を圧倒する攻撃能力を誇示する。できれば日本とオーストラリアの潜水艦と協同して、東シナ海と南シナ海の紛争海域において攻撃型原潜を頻繁に浮上させれば、中国に自らの対潜能力の深刻な限界を思い知らせることになろう。中国の対潜能力の強化は長期間と多大の投資を必要とし、中国の指導者は、予算の優先順位の判断に苦慮することになろう。

b.台湾は中国にとって過敏な痛点であり、アメリカにとって中国に過大な代償を強いることができる選択肢の1つである。例えば、台湾当局が長年要望してきたF-16戦闘機66機の売却を認可することで、中国の防衛計画と台湾に対する全体戦略を難しくさせるのも1案である。もう1つの案は、いわゆる「太陽花學運」に代表されるような、国民党政権の親中姿勢に反対する勢力への支持を表明することである。

c.中国指導部にとってもう1つの過敏な問題である香港において、表現の自由などを求める反中抗議運動に対するより強い支持を明示することによって、中国が直面する代償を高めることができよう。

d.北朝鮮問題がアジア太平洋地域の脅威となっている主たる外的要因は、中国が北朝鮮の無謀な政権を支援し続けていることにある。北朝鮮支援に対するアメリカの対中非難を強めることで、東シナ海と南シナ海の紛争海域における拡張主義的行動に対して中国が直面する代償を相乗的に高めることができよう。

e.アメリカは、過去20年以上に亘ってアジア太平洋地域の米軍基地や部隊そして同盟国を標的として中国が配備してきた非核弾頭の弾道ミサイルに対抗手段をとる。アメリカの対抗手段には、米本土に配備された、あるいは域内に展開する攻撃型原潜やミサイル原潜に搭載された、非核の複数弾頭搭載弾道ミサイルが考えられる。これらのミサイルは、もし中国が米軍部隊に対してミサイルを発射すれば、複数弾頭による迅速な反撃ができよう。中国の弾道ミサイル防衛能力が弱体であるために、北京は、新たな威嚇的行動に対する極めて大きな代償を覚悟しなければならないであろう。

(3) 中国の最近の紛争海域における高圧的政策は、アメリカにとって深刻な問題であるのみならず、アジア太平洋地域におけるアメリカのリーダーシップの維持にとっても根源的な挑戦となっている。従って、以上のような中国の弱点を突く政策選択肢は、アメリカの利害を脅かす中国の行動による脅威に対応して、注意深く展開されるべきである。

記事参照:
Dealing with America’s China Problem in Asia-Targeting China’s Vulnerabilities

7月21日「エクソン・モービル、ロシア領北極海に石油掘削リグ移動開始」(gCaptain.com, Reuters, July 21, 2014)

米石油最大手、エクソン・モービルは7月21日、石油掘削リグ、West Alphaをノルウェーからロシア領カラ海に向け移動を開始した。エクソンは、ロシア国営石油会社、ロスネフチとの共同事業で、カラ海での石油掘削探査作業を行う。アメリカは、ウクライナ問題によりロスネフチを含めたロシアへの制裁措置を実施している。両者による共同掘削探査作業は制裁違反には当たらないが、米最大手企業がロシア政府を支援していると見られることになろう。エクソンは、制裁の影響を評価中であると述べている。掘削リグ、West Alphaは世界最大のノルウェーの海洋掘削企業、Seadrillの所有で、エクソンは2016年第3四半期まで同リグと契約している。掘削探査は2014年第3四半期中に開始される予定である。

記事参照:
ExxonMobil-Contracted Rig Enters Uncharted Waters of Russian Political Storm

7月22日「韓国、北方航路による石油輸送のハブとして期待」(Bloomberg, July 22, 2014)

(1) 北極海の海氷の融解によってヨーロッパとアジア間の石油輸送の可能性が高まるにつれ、韓国は、域内の貯蔵と輸送のハブとなることを期待している。中国、ロシア、日本に囲まれている韓国は、北極海を経由して到着する石油輸送の理想的な経由地を目指して、2020年までに約6,000万バレル規模の原油と石油精製品の貯蔵能力の整備を計画しており、この能力はシンガポールの現有能力に相当する。韓国産業通商資源部エネルギー資源室長によれば、韓国はまた、北東アジアの石油ハブになるために、5カ所の製油所の建設を含む、エネルギー・インフラの構築を目指している。北極海の海氷の融解が進むにつれ、毎年7月から10月の夏期における北方航路の通航が可能になっている。2020年頃には6カ月間もの北極海のアイスフリーが予想される中、ヨーロッパからの貨物を他のアジア諸国に輸送する経由地として韓国の潜在的な魅力が注目されている。韓国の経済規模はアジアで4番目だが、資源が乏しいためGDPの半分以上を輸出に依存している。韓国は、エネルギー貿易を促進するために、12カ所の石油貯蔵施設を自由貿易ゾーンに指定した。産業通商資源部の金次官は、石油ハブ施設が完成すれば、貯蔵と第3国への輸送によって年間250億ドル以上の収入が期待される、と見ている。

(2) 韓国は、EUとの自由貿易協定の締結より、3%の輸入税を免除した。このような措置は、北方航路経由の輸送量を増大させる効果が期待される。スウェーデンの船社、Stena Bulkは、北極海の航行が可能なアイスクラス・タンカー15隻を保有するが、2013年10月に、韓国の船社、Hyundai Glovis と提携して、ロシアのサンクトペテルブルクに近い、フィンランドのウスチルーガ港から韓国の麗水まで、MT Stena Polaris で4万4,000トン(39万6,000バレル相当量)のナフサを輸送した。MT Stena Polarisの航海は35日間であった。同じ経路をスエズ運河経由で航行すれば、通常7週間かかる。IHS Maritimeによれば、韓国は2013年、北方航路を経由した少なくとも3隻の船舶の仕向地となった。2012年には6隻が仕向地であった。いずれもタンカーで、ナフサとコンデンセート(超軽質原油)を輸送した。IHS Maritimeの上席分析者によれば、海氷による減速航行を勘案しても、北方航路は、欧州やロシアから北東アジア市場へ向かうエネルギー輸送の航行日数をかなり短縮できると予想されるという。韓国エネルギー経済研究所は、地球の気温が上昇するにつれ、ロシアのシベリア沿岸に沿った北方航路は2030年頃にはアイスフリーなる、と予測している。北方航路は、アジアとヨーロッパを結ぶ最短航路である。

(3) 韓国は、1日当たり、約290万バレルの原油精製能力を保有しており、これはシンガポールの140万バレルの倍である。産業通商資源部の金次官は韓国が石油ハブに「最も相応し位置」にあると言うが、タンカーだけでは、韓国がアジアの石油取引のセンターを標榜するには不十分である。英国のコンサルタント、Wood Mackenzie Ltdの石油産業下流部門の調査部長は、「最大の課題」は余剰の精製品を他のアジア市場に売り込むことであろうとした上で、韓国の能力拡張と同時に、マレーシアとシンガポールも、東南アジア諸国にとっての利点を維持するために、設備の拡充を図っている、と指摘している。シンガポール政府の推計によれば、シンガポールは現在630万バレル近い貯蔵能力を有しており、アジアの原油と石油精製品の価格センターとしての役割を担っている。また、ロイヤル・ダッチ・シェル所有の最大の製油所がシンガポールにあり、エクソン・モービル社が運営する化学・石油プラントも所在している。マレーシアのナジブ首相は6月、ジョホール州にある複合貯蔵施設の第1期施設を稼働させた。この施設は、世界最大の独立系の液体化学製品物流販売会社、Royal Vopakが部分的に所有する。

記事参照:
Arctic Ice Melt Seen Freeing Way for South Korean Oil Hub

7月22日「中国、石油掘削リグ撤収の4つの理由―セイヤー論評」(The Diplomat, July 22, 2014)

オーストラリアのThe University of New South WalesのCarl Thayer名誉教授は、7月 22日付けのWeb誌、The Diplomatに、“4 Reasons China Removed Oil Rig HYSY-981 Sooner Than Planned”と題する論説を寄稿し、中国がベトナムとの係争海域から石油掘削リグ、HYSY981を当初予定よりも1カ月も早く撤収させた理由として4点を挙げ、要旨以下のように述べている。

(1) 掘削リグ、HYSY981の早期撤収の第1の理由としては、通常の商業探査作業の一時停止が挙げられる。

中国の石油産業の関係者は、商業的作業の早期停止とHYSY981の海南島への移動について、その理由を説明している。CNPC(中国石油天然気集団公司)によれば、「掘削(試掘井2本)、探査作業は円滑に行われ、予定通り7月15日に終了した。この作業によって、石油と天然ガスの存在が確認された。」中国南海研究院の呉士存院長は、「8月15日までとされたHYSY981の当初の掘削作業予定は、実際よりも多めに時間を見積もった、いわば控え目な予定表であった」と語った。CNPCはまた、「今回の作業で得られた炭化水素層のデータの評価が今後行われ、次の段階の作業計画はこの評価の結果次第である」と発表している。しかし、2013年に発表された米エネルギー省の報告書によれば、「パラセル諸島周辺海域に、大きな炭化水素層がある可能性はない」と結論付けている。一方、衛星画像にアクセスするルートを有する海洋安全保障アナリストは、「5月下旬にHYSY981から炎が上がっているのが確認できた。このことは、HYSY981は炭化水素層を発見したことを示唆している。しかしながら、商業利用が可能なのはわずか10%程度であろう」と見ている。いずれにせよ、今回の掘削作業の結果について、中国のアナリストたちは、パラセル諸島西部海域の炭化水素埋蔵量について楽観的な評価を下しており、中国南海研究院の専門家は、「莫大な商業的価値を有する大量のエネルギー資源が発見された」と報告している。

(2) 第2の理由は、台風の接近により、安全配慮を優先したことである。

新華社の7月16日付けの記事では、HYSY981の早期撤収について2つ目の理由が説明されている。即ち、中国が掘削リグを早期に撤収したのは、接近しつつあった台風を避けるためであるというのである。新華社の記事は、「7月は台風シーズンの始まりであり、安全上の理由から、直ぐに試掘作業が再開されることはないであろう」と述べている。7月第2週に、気象学者らは台風がフィリピンに向かって進んでいることを確認し、この台風は直ぐにレベル3の強さに発達し、“Rammasun”と名付けられた。この台風は、7月15日から16日かけて、海南島方向へ進路を変える前にフィリピンのルソン島を直撃した。アナリストや評論家の間では、この台風がHYSY981にとって脅威となったか否かについて評価が分かれている。何人かのアナリストは「掘削リグは台風に耐えるように設計されているはずだ」と主張しているが、別の専門家は「この掘削リグは2013年に修理を受けており、7月から9月の台風シーズンに発生する高レベルの台風には耐えられないのかもしれない」と指摘している。

(3) 第3の理由は、アメリカからの政治的、外交的圧力である。

中国が掘削リグの撤収を発表するやいなや、その理由を巡って様々な憶測が飛び交った。一部のアナリストは、撤収の理由として、アメリカからの圧力を指摘している。彼らは、その論拠として、7月9日から10日かけて北京で開催された米中戦略経済対話での米中間の議論、中国に対して掘削リグの撤収と関係船舶の撤退を求めた7月10日の米議会上院での決議採択、フォックス米国務次官補代理が7月11日の戦略国際問題研究所 (CSIS) 主催の南シナ海問題に関するシンポジウムで中国側に挑発的行動の「凍結」を求めたこと、更には、7月14日の習近平国家主席とオバマ大統領との電話会談において、オバマ大統領が建設的な対応を求めたこと、などを挙げている。しかし、中国外交部報道官は、外的要因による影響をきっぱり否定し、「HYSY981の撤収は、掘削プログラムを早期に完了したからであり、いかなる外部要因とも関係がない」と明言した。また、前出の南海研究院の呉士存院長は、環球時報紙で、「掘削作業の早期終了とアメリカの影響は全く関係がない」と語っている。

(4) 第4の理由は、中国の影響圏 (China’s orbit) からのベトナムの離脱を回避するというものである。

HYSY981による掘削作業の早期終了の4つ目の理由として指摘されているのは、ベトナムが法的措置に訴えるだけでなく、対米接近を図るといったところにまで追い込むことで、ハノイとの関係が悪化するのを防ぐためというものである。今回の危機が出来した直後、ベトナムの指導者は、融和的な外交政策を打ち出し、両国指導部間のホットラインによる対話を要求し、中国側に拒否された後も、特使の派遣を提案し、実際にベトナム共産党幹部が訪中している。ベトナムの国防大臣は、5月末から6月初めのシンガポールでのシャングリラ・ダイアローグで、ベトナムは30回以上も中国側に対話を働きかけたが、中国は何の反応を示さなかった、と語った。

中国による外交的引き伸ばし戦術の中で、ズン首相は、中国に対する法的措置を検討していることを明らかにしたが、「タイミングが重要である」と述べている。また、国防大臣も、シャングリラ・ダイアローグで「法的措置は『最後の手段』である」と述べている。この間、ベトナムの専門家によれば、ベトナムの一般的な世論が「中国の影響圏 (China’s orbit)(ベトナム語でthoát Trung)からの離脱」を要求し始めた。言い換えれば、ベトナム世論はアメリカとの連携を望み始めたわけである。5月21日には、ミン副首相兼外相がケリー米国務長官と電話会談を行い、南シナ海での緊張状態について協議している。ミン外相は、米越両国間の包括的なパートナーシップを発展させることを提案した。ケリー長官は両国間の協議をより進めるために外相の訪米を招請したが、ベトナム政府は、中国の楊潔篪国務委員の訪越の結果を見極めるため、外相訪米を延期した。ベトナム政府関係者によれば、「外相のこのタイミングでの訪米はあまりにも刺激的な問題となる」ことを配慮したとのことである。

楊潔篪は6月18日、中越2国間の年次協議に出席するためハノイに到着した。楊潔篪とミン外相との会談では、掘削リグを巡る危機が会談の大半を占めていたことは想像に難くない。楊潔篪は、「ベトナムが法的手段を取らないように求めた。それが、中越両国関係の修復という利益につながる」と述べた。楊潔篪はまた、ズン首相とチョン共産党書記長とも会談したが、特に後者との会談は重要であった。何故なら、非公式にではあるものの、現在の外交的な行き詰まりを打開するために、中越両国が受け入れ可能な方策を見つけ出す必要があるとの認識に達したからである。そして、相互訪問対話への道筋として、中越両共産党の外交担当者による継続した交流を行うことで一致した。ベトナム共産党指導部は、南シナ海での紛争や中国に対する法的措置などについて議論するための特別に中央委員会総会を開催することを決定した。党内やベトナム国内での反中意見の高まりや、「中国の影響圏からの離脱」を求める世論に配慮して、党中央委員会は、中国に対して法的措置を取ることを承認するだけでなく、アメリカとより密接な連携を構築するという方針も承認することになろう。また、ミン外相の訪米は承認されており、9月にワシントンを訪れることになっている。

こうした情勢の推移の中で、中国は、予定を前倒ししてHYSY981を現場海域から撤収させたのである。あるベトナムの退役将官は、「中国が掘削リグを意図的に早期撤収したのは、来るべきベトナム共産党中央委員会総会に影響を及ぼすためである。台風の接近と撤収時期が一致したのは、台風を口実にするためである。もし中国当局が台風の接近を気にしているのであれば、台風の進路に当たる海南島に掘削リグを移動させるはずはない」と指摘している。掘削リグと護衛艦船の撤収は、ベトナム共産党内部の「親中派」や「妥協派」を力づけることになろう。一般的に、ベトナム共産党の保守派は、リスクを犯すことに反対であり、慎重である。中国が先に掘削リグを撤収したことは、党対党の関係強化によって中越関係を良好に維持できると信じている、ベトナム共産党内の「親中派」や「妥協派」にとっては朗報であろう。党内のその他の勢力は、社会主義イデオロギーよりも国益を重視している。彼らは、ベトナムの対外政策のヒエラルキーを、「包括的戦略協力パートナー」である中国を頂点に据え、ベトナムの主権維持のためにロシア以上の支援してくれたアメリカを「包括的戦略協力パートナー」として2番目に位置づけている。

(5) 中国が緊張を緩和し、海上での直接対立から外交へと舵を切ったのは、8月に予定されているASEAN地域フォーラム (ARF) の大臣級会合において、国際法を遵守すべきとの予想されるアメリカの強い圧力を躱すためであろう。中国の方針転換は、中国の最近の高圧的行動に神経を尖らせてはいるが、直接的な対立を避けたいASEAN諸国には歓迎されることになろう

記事参照:
4 Reasons China Removed Oil Rig HYSY-981 Sooner Than Planned

【関連記事】「中国の石油掘削リグ早期撤収、3つの説明―米専門家論評」(The National Interest, July 27, 2014)

米ホノルルのThe Asia-Pacific Center for Security StudiesのAlexander Vuving准教授は、7月27日付け米誌、The National Interestに、“Did China Blink in the South China Sea?”と題する論説を寄稿し、中国がベトナムのEEZ内の海域に設置した石油掘削リグ、HYSY-981を8月15日の当初予定より1カ月も早い7月15日に撤収したことについて、最も説得力のある説明として以下の3つを取り上げ、要旨以下のように検証している。

(1) 掘削リグ早期撤収の最も単純で、しかも一見したところ最も説得力のある説明は、悪天候である。撤収の前日、7月14日には現場の天気は嵐になっており、台風、Rammasun の接近警報が出ており、この台風は「スーパー台風」に分類され、7月18日には海南島に接近すると予測されていた。掘削リグの設置海域は台風の直撃コースに当たると予測されてはいなかったが、猛烈な台風が掘削リグの構造物、護衛船舶そして作業要員に被害を及ぼすことが懸念された。HYSY-981は強力な台風にも耐えられるといわれていたが、悪天候の海洋に護衛船舶と共に留るのはあまりに危険である。そこで、中国は、2つの選択に直面した。1つの選択は、台風の進路を避けるため、掘削リグを大きく南方に移動させることであった。南方へ移動は、ベトナムのEEZにより深く侵入することになり、ベトナムとの対峙をエスカレートさせることになり、また護衛船舶に対する補給上のリスクが大きくなろう。もう1つの選択は、中国本土沿岸により近い海域に掘削リグを移動させ、ベトナムが主張する管轄海域から遠ざかることである。中国は、より危険が少ない2つ目の選択肢を選び、掘削リグの探査作業が完了したと発表した。この発表は、中国にとって都合の良い選択でもあった。掘削リグの一時的な撤退を宣言すれば、台風の後に再び戻ってこなければならない。台風の後に戻ってくれば、ベトナムの多くの艦船に取り囲まれる可能性があり、一方で、元の位置に掘削リグを再設置できなければ、中国は面目を失う危険があった。

(2) しかしながら、「悪天候」説では、少なくとも1つの関連した事象の説明ができない。中国は、掘削リグ撤収と同じ7月15日に、拘束していた13人のベトナム人漁師を全て釈放した。このことは、両国間の裏面取引の結果なのか、それとも危機が限界に達したという中国の認識の現れなのか。裏面取引があったかどうかは分からないが、表面に現れた事実はその可能性を示唆している。ハノイの指導部は、危機の間、北京との交渉を模索してきた。これに対して、北京は、対話実現のための4つの前提条件を提示した。第1に、ベトナムは中国の掘削リグと護衛船舶に対する妨害を中止すること。第2に、ベトナムは西沙諸島に対する中国の領有権に異議を唱えないこと。 第3に、ベトナムは南シナ海における中国の領有権主張と行動に対して法的手段に訴えないこと。そして第4に、ベトナムは、2国間問題に、第3者、特にアメリカと西側諸国を関与させないこと。最初の2つの条件は、ハノイのどのような政権でも受け入れることは政治的に不可能であった。しかし、ハノイは、残りの2つの条件の受け入れを示唆する2つの決定をした。即ち、ベトナムの集団指導体制は、中国に対する法的措置を取らないことに決めた。また、当初6月に予定されていたミン外相の訪米を延期した。中国の掘削リグの撤収とベトナム漁師の釈放は、事態のエスカレーションを望まない相互行為と解釈することができる。中国の行動を、「サラミ・スライシング」戦術の視点から見ると理解しやすい。「サラミ・スライシング」戦術は、南シナ海と東シナ海における領有権主張を少しずつ具体化することで、現状を変更していく北京の特有な戦術である。この戦術の要点は、自らの行動が実態を変更するには十分だが、相手の決定的な対応を誘発しない程度に、高圧的行動と自制の微妙なバランスを保つことにある。この微妙なバランスが限界に達したところに、台風、Rammasunが襲来し、それが中国にとって面目を失うことなく緊張を緩和する絶好の口実となったと考えれば、十分納得がいく。

(3) ベトナムのEEZ内へのHYSY-981の配備は、冷戦終焉後、東南アジアで最大の国際的危機を引き起こした。中国のより小さな隣国に対する長期の威嚇的行動によって、中国に対する世界の認識は悪化した。ベトナム議会の議員が中国を敵と呼んだが、そのようなことは今回の危機以前には考えられなかった。ベトナムは今や、アメリカを事実上の同盟国とし、北京に対するアプローチを大きく変えた。一方、アメリカ議会上院は7月10日、中国の威嚇的行動を非難し、掘削リグと護衛船舶の撤収を求める決議を満場一致で可決した。また、アメリカの政策決定に影響力を持つ一部の人々は、中国に対するより厳しいアプローチを要求し始めた。更に、今回の中国の行動は、日本、フィリピン、オーストラリア、インド及びベトナムを含む、多くの国を刺激し、これら諸国は、中国の威嚇的な行動により効果的に対処するため、軍事態勢と外交政策の再調整に着手した。こうした状況や対中認識の変化を見れば、中国は、自らの威嚇的行動が自身の戦略と評判に大きな代償を強いる状況になっていることを、認識しているに違いない。

(4) 長い間、ベトナムやアメリカなどの中国の抗争相手は、巨大な竜を刺激することを恐れて抑制的な政策を取ってきた。一方、中国は、「サラミ・スライシング」戦術で、この恐怖心を機敏に利用した。相手側が自らの自己規制から自由になるという決意がない限り、「サラミ・スライシング」戦術は機能し、相手側のエスカレーションの恐怖によって継続するのである。従って、「サラミ・スライシング」戦術に対抗する手段は、自己規制を捨てる決意を明らかにすることである。中国の掘削リグの撤収は、「サラミ・スライシング」戦術の長いプロセスの頂点であった。しかし、それはまた、中国の抗争相手に、自らの行動抑制の上限を破る機会ともなった。この危機の結果が示唆していることは、中国自身もエスカレーションの恐怖を抱いているという意味で、他の諸国と大きく違ったアクターではないということである。

記事参照:
Did China Blink in the South China Sea?

7月25日「ミサイル、航空機の『射程』を巡る米中の戦い―米専門家論評」(The National Interest, July 25, 2014)

U.S. Special Operations Commandのindependent contractor、Robert Haddickは、7月25日付け米誌、The National Interestに、“The Real U.S.-China War Asia Should Worry About: The ‘Range War’”と題する長文の論説を寄稿し、米中両国は西太平洋において「射程を巡る戦い (a “range war”)」、即ちミサイルや航空機が敵を攻撃できる距離を巡って競争しているとして、要旨以下のように論じている。(筆者は、9月に、Fire on the Water: China, America, and the Future of the Pacificを刊行予定。)

(1) 1991年の湾岸戦争において示されたアメリカの驚異的な戦術戦闘能力は、中国の指導部をして、「(外部からの)介入に対抗できる (“counterintervention”)」海、空軍力とミサイル能力の建設を主眼とした、中国軍事力の劇的な改革に乗り出させる契機となった。20年近く続けられているこの計画の到達目標は、中国が支配する縦深性のある安全保障戦域を西太平洋に構築することであり、そこでは、将来紛争が生起した場合、敵対勢力の部隊運用が極めて危険なものとなろう。2007年のRAND研究所の米空軍委託研究報告書は、将来紛争が生起した場合、米軍は人民解放軍とその「介入対抗」戦力に敗北する可能性があると結論づけている。

(2) 太平洋に展開する米軍は、中国のミサイルや航空機に対して、射程や航続距離において実際に凌駕されているのか。中国の水上戦闘艦艇や潜水艦発射の、YJ-83(射程160キロ)、SS-N-22 Sunburn(同250キロ以上)、SS-N-27 Sizzler(同300キロ)などの対艦巡航ミサイル (ASCM) の射程は、米海軍のHarpoon ASCMの射程(124キロ)を上回っている。水上打撃戦では、米海軍戦闘艦艇は、生き残って反撃できる射程内に進出する前に、中国のミサイルの斉射に耐えなければならない。アメリカの計画立案者は、敵対勢力の戦闘艦艇を圧倒する、米海軍の潜水艦の性能や水中作戦能力における比較優位を頼りにするかもしれない。しかし、中国の陸上基地航空機や地上配備ミサイルは、域内における米軍や同盟国軍にとってもう1つの懸念の種となっている。中国は、前記の海軍保有ミサイルと同様に、陸上基地航空機や地上配備ミサイルでもその航続距離と射程で優位に立っている。中国は、戦闘行動半径1,500キロのロシア設計のSu-30戦闘機の幾つかの派生型を運用している。近い将来、Su-30戦闘機は、射程400キロYJ-12対艦巡航ミサイル (ASCM) を搭載すると見られ、従って、中国から1,900キロ以上の遠隔目標に脅威を及ぼすことになろう。YJ-12搭載のSu-30戦闘機は、米海軍の空母艦載機、F/A 18 E/FやF-35C攻撃機の戦闘行動半径(約1,300キロ)、そしてTomahawk ASCMの射程(1,600キロ)を上回ることになろう。また、中国は、西太平洋所在の米軍基地を制圧できる能力を持つ、多数の地上配備対地攻撃弾道ミサイルと巡航ミサイルを保有している。更に、中国は、空中発射巡航ミサイルで本土から(グアムやマラッカ海峡を超える)3,300キロ以上離れた地上の固定目標を攻撃する能力を有している。最後に、よく知られた中国のDF-21D対艦弾道ミサイルは射程1,500キロで、誘導機動弾頭を搭載しており、いずれは西太平洋で行動する米空母やその他の水上戦闘艦艇にとって新たな難題になろう。アメリカが対応しなければ、中国の軍部や政策立案者は、西太平洋にある米空軍基地を制圧し、中国の目標を射程圏内に収める距離に進出する前に、米空母や水上戦闘艦艇を脅かす、軍事的手段を手に入れたと信じるようになるかもしれない。そのような認識は、将来域内で紛争が生起した場合に、極めて危険なものとなろう。

(3) アメリカは、米軍により長い攻撃射程を付与するために、幾つかの措置を取りつつある。米空軍は、ステルス性能を有し射程900キロを超える空中発射巡航ミサイル、射程延伸型統合空対地スタンドオフミサイル (JASSM-ER) を取得しつつある。JASSM-ERは、飛翔中に目標に関する最新情報を受信でき、特定の目標を自立的に探査するようプログラムすることが可能で、固定目標や移動目標を精確に攻撃できる。米海軍は、Harpoon ASCMの射程が中国の幾つかのミサイルの射程に及ばないことから、JASSM-ERを長射程対艦ミサイル (LRASM) として装備しつつある。JASSM-ERの射程はHarpoon ASCMの7倍以上であり、ASCMの射程を巡る競争で中国を凌駕できる。長射程のJASSM-ERやLRASMを搭載した米軍の航空機や戦闘艦艇は、中国軍部の計画立案者に、これまでの前提条件の再検討を強いることになろう。米海軍はまた、航空攻撃やミサイル攻撃から空母打撃群を防護するために、防衛範囲と防衛能力を強化する対策を講じつつある。こうした対策にもかかわらず、国防省当局者や政策立案者は、最も堅固に防御された空母打撃群でも如何なる海域においても自由に行動できるとは考えていない。そのため、国防省や議会の中では、海軍の空母発進無人偵察・攻撃機 (UCLASS) 開発計画に関する議論が高まっている。UCLASSは、敵のミサイルの射程外から発進させることができ、堅固に防衛された空域を非常に長い距離を飛行し、自立的に選択された目標を発見し、攻撃することができる。もし開発に成功すれば、UCLASSは、空母搭載航空部隊の戦闘行動半径を大きく超えて、敵のミサイルの射程外に空母打撃群を留めておくことができ、米空母打撃群維持の妥当性を証明できるであろう。しかしながら、UCLASSの開発に伴う技術的問題とコストは、計画の遅れとコスト高に直面しているF-35統合攻撃戦闘機計画との兼ね合いで、難しい課題となろう。

(4) 「射程を巡る戦い」は、アメリカにとって非常に高価な戦いとなろう。中国は、本土沿岸域に攻撃機が発進できる多くの基地を持っている。他方、アメリカは、西太平洋に少数の基地を有しているに過ぎず、しかもこれらの基地は全てミサイル攻撃に対して脆弱である。中国の本土基地航空機は、戦力規模、戦闘行動半径及び搭載兵装において、米空母艦載機より優れている。米空軍は、新型の長距離爆撃機の取得を最優先としてきた。これは、太平洋に前方展開した戦術戦闘機の脆弱性を考えれば妥当だが、新型爆撃機の予算は550億ドルと見積もられており、決して安いものではない。しかしながら、爆弾搭載量や攻撃目標の1ポンド当たりの価格は海軍のUCLASSと比較すれば安いものとなろう。中国は、相対的に安価な戦域弾道ミサイルと巡航ミサイルの設計と大量生産能力から見て、価格競争では大幅な優位を享受している。中国は、1987年の米ソ間の中距離核兵器全面禁止条約(INF条約)には全く拘束されない。INF条約が有効である限り、アメリカは、アジア太平洋地域における抑止力を維持するために、最も安価で直接的な対応手段を封じられており、新型爆撃機やUCLASSのような高価な対応策を検討せざるを得ない。こうした価格面の不利な状況から、アメリカの政策立案者は、太平洋における「射程を巡る戦い」の放棄を検討すべきか。降伏は責任ある選択肢ではない。ロシアを除く全ての域内諸国はINF条約の加盟国ではないことから、ミサイル拡散の敷居は相対的に高くない。もしアメリカがこの地域に見切りを付ければ、中国の隣国が安価で効果的な攻撃ミサイルを取得しようとする誘因は非常に高くなる。結果として起こる多国間のミサイル競争は、軍備管理の支持者にとっては悪夢となるであろう。アメリカの政策立案者は、太平洋で進行しつつある「射程を巡る戦い」を前提とし、「戦い」に取り組む何らかの新しい、そしてより良い方策を検討する必要がある。

記事参照:
The Real U.S.-China War Asia Should Worry About: The “Range War”

726日「ロシア、北極圏に軍事基地開設を計画」(The Moscow Times, July 27, 2014)

ロシア国防省は7月26日、北極圏に軍事基地を開設する計画を発表した。国防省高官によれば、北極圏における地上部隊を増強するため、6カ所の新たな軍事基地を開設する。これらの基地網は、’The North Star’ と呼称される。

記事参照:
Russian Defense Ministry to Establish Military Zone in the Arctic

727日「中国、自国漁船に係争海域での操業奨励―ロイター通信ルポ」(Reuters, July 27, 2014)

ロイター通信は7月27日、自国政府に係争海域での操業を奨励される中国漁船の状況について、要旨以下のように報じている。

(1) 中国南部の海南島で出会った、古びた漁船の船長は、船内でハイテク装置を見せてくれた。それは、中国が独自に開発運用している衛星測位システム、北斗衛星導航系統の端末で、中国の沿岸警備隊(海警)に直接リンクしており、悪天候、あるいは南シナ海の係争海域で操業時にフィリピンやベトナムの巡視船に遭遇した時、通報できるようになっている。中国の公式メディアによれば、2013年末までに、北斗衛星導航系統の端末は、5万隻以上の漁船に装備されており、しかもその経費の9割が政府負担である。このことは、新しい漁場を求めて本土からより遠く離れた東南アジア海域に出漁する漁民に対する、中国政府の支援が増大していることを示している。また、海南省政府は、南シナ海の係争海域への出漁を奨励しており、燃料費を助成している。こうした施策を通じて、私有船から会社所属のロール漁船まで、中国漁船団が係争海域におけるプレゼンスを強化しているのである。

(2) 国連食糧農業機関 (FAO) の2014年報告書によれば、中国人1人当たりの魚の消費量は2010年で35.1キロであり、世界平均、18.9キロの倍近い。オーストラリアのThe University of New South Walesのアラン・デュポン教授は、「魚製品は、中国の生活様式で極めて重要な存在である。中国の漁船団が係争海域で操業するよう奨励されていることは、明らかである。これは、日和見主義的なものではなく、明確な方針となっている。中国政府は、経済的、商業的理由からだけでなく、地政学的な理由から係争海域での操業を奨励していると思われる」と指摘している。ある漁民の話では、海南省政府当局は、およそ1,100キロ離れた南沙諸島への出漁を奨励しているという。この漁民は、漁船の定期補修が済めば、すぐに出漁すると語った。500馬力エンジンの漁船の船長は、1日当たり2,000~3,000元(320~480ドル)の燃料助成金を受け取っている。この船長によれば、海南省政府はどの海域に出漁すべきかを指示し、エンジン馬力に応じて燃料助成金が支払われるという。別の船長は、「政府当局は、中国の主権を護るために、我々が南シナ海に出漁することを奨励する」と語った。但し、南シナ海への出漁には、中国沿岸域での漁獲量の減少という別の理由もある。

記事参照:
Satellites and seafood: China keeps fishing fleet connected in disputed waters
Graphic: China catches more fish than any other country

731日「インド海軍、潜水艦との通信施設開設」(The Times of India, July 31, 2014)

インド南部のタミルナドゥ州ティルネルヴェリにある、インド海軍基地、INS Kattabommanで7月31日、インド海軍のドゥワン司令官によって、最新設備の超長波 (VLF) 通信ステーションが開設された。海軍高官は、「この新施設は、暗号化されたVLF電波を受信するアンテナを曳航した潜水艦との通信能力を強化することになろう」と語った。インド海軍は現在、ロシアからリースした原潜、INS Chakraを運用しているが、長距離ミサイルは搭載していない。海軍は最初の国産弾道ミサイル原潜 (SSBN) 3隻を建造中で、これらが就役すれば、インドの核抑止力の3本柱態勢が完成する。1番艦の排水量6,000トンのINS Arihantは、2013年8月に「臨界」状態に達した、搭載する出力84MWの加圧水型原子炉が今後数カ月以内に稼働状態になれば、海上公試を開始することになっている。更に、インド海軍は、6隻の攻撃型原潜 (SSN) を建造する計画である。

記事参照:
Navy gets new facility to communicate with nuclear submarines prowling underwater
Photo: The submarine communication centre at INS Kattabomman

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・山内敏秀・吉川祐子