海洋情報旬報 2014年6月11日~20日

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6月11日「新冷戦か―シンガポールの視点から」(RSIS Commentaries, June 11, 2014)

シンガポールのS. Rajaratnam School of International Studies (RSIS)のBarry Desker学部長は、6月11日付けのRSIS Commentariesに掲載された、“A New Cold War?”と題する論説で、東アジアと東南アジアを含む世界中で見られる緊張の激化はかつての大国間のパワー・プレーを思い起こさせる、我々は新たな冷戦に向かっているのだろうかとして、要旨以下のように述べている。(この論説の初出はシンガポール紙、The Straits Times

(1) 5月末にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で、東シナ海における領有権問題を巡って、アメリカ、日本の代表と中国との間で鋭い意見の応酬が見られた。ベトナム、フィリピン及びアメリカの参加者は、南シナ海における中国の強固な領有権主張を批判した。一方で、ヨーロッパの代表は、ロシアのクリミア併合とウクライナ東部の分離グループに対する支援を巡って激しくやり合った。会議のムードは、特に小人数の非公式な議論の場では対立的であった。レトリックは冷戦時代のもので、筆者は、世界が新たな冷戦に向かっているのか、あるいは敵対行為の勃発さえ予想される状況にあるのか、と疑った。シンガポールは領有権紛争の当事国ではないが、全ての主要国との関係強化に努めてきた。益々グローバル化する貿易と経済的利益のハブとしてのシンガポールの役割は、シンガポールがこうした動向に警鐘を鳴らし続けることを求めている。世界中のほとんどの人々と同じように、シンガポール人は、政策決定者が対立を管理でき、紛争が生起した場合には、最悪の事態を回避しようとするであろうと考えている。

(2) 2014年のアジアは、1914年のヨーロッパに似た状況に直面しているのではないだろうか。1914年には、ヨーロッパのほとんどの政府が、バルカン諸国の紛争を管理することができ、1815年のナポレオン追放以来続いた大国の間の平和が継続されるであろうと考えていた。オーストリア・ハンガリー皇太子夫妻がサラエボで暗殺された後に戦争が起こった時でさえ、各国の政府は、戦争は短時間で終わると予想した。誰も、次の4年間が塹壕戦になるとは予想していなかった。

(3) 最も大きな脅威は、東シナ海における中国と日本の間の領有権紛争である。この脅威は、日中間の歴史認識を巡る論争、そしてアメリカの同盟国、日本に対する支援によって、大規模な紛争へのリスクを内包している。今日の中国は西側と近隣諸国との間で強い経済関係を維持しているが、経済的な相互依存関係が、激化する安全保障上の紛争を緩和すると考えるべきではない。南シナ海で自らが主張する広範な管轄海域において管轄権を強化しようとする如何なる中国の決定も、何よりもまず東南アジア諸国の反発に遭うであろう。ASEANは南シナ海で行動規範 (COC) の迅速な締結を求めているが、中国を含む領有権主張国は、島嶼を占拠し、環礁を埋め立て、係争海域において石油・天然ガスを掘削するなど、現状を変更し続けている。

(4) シンガポールは領有権紛争の当事国ではないが、海運と航空のハブとして、航行の自由と飛行の自由は重大な問題である。マレーシアとシンガポールがPedra Brancaを巡る領有権問題*を解決したように、シンガポールの関心は、これらの紛争の国際的な法廷を通じた平和的解決を支援することである。

記事参照:
A New Cold War?
RSIS Commentaries, June 11, 2014

備考*:Pedra Brancaはシンガポール海峡の東に入り口に位置する小さな島で、この島と周辺の岩 (Middle Rocks) と低潮高地の岩礁 (South Lege) の帰属を巡って、シンガポールとマレーシアは国際司法裁判所に共同提訴し、2008年5月23日の判決で、Pedra Brancaはシンガポールに、Middle Rocksはマレーシアに、South Legeについてはこの所在する海域を領海とする国に、それぞれ属することになった。

2008年5月23日の判決全文は以下を参照;
http://www.icj-cij.org/docket/files/130/14492.pdf?PHPSESSID=51b96e51dc89c081db981736eb3d576d

6月11日「ロシア最新SSBN、海上公試開始」(Barents Observer, June 11, 2014)

ロシアの最新のBorey級SSBNの3番艦、Vladimir Monomakhは6月11日、セヴェロドヴィンスクのSevmash造船所を離れ、白海での海上公試に向かった。ロシアは、Borey級SSBNを2020年までに8隻建造する計画である。海上公試は約2週間実施され、同艦からのBulava SLBMの発射実験は7月から8月にかけて予定されている。同艦は全長170メートル、潜航速度は29ノット、乗員は107人で、16基(各核弾頭10個搭載)のBulava SLBMを搭載する。

記事参照:
“Vladimir Monomakh” starts sea trials
Photo: Vladimir Monomakh outside Sevmash shipyard in Severodvinsk

6月12日「アメリカは南シナ海での中国の高圧的姿勢にどう対応する―ホームズ論評」(The National Bureau of Asian Research, June 12, 2014)

米海軍大学のJames R. Holmes教授は、6月12日付けのThe National Bureau of Asian Researchに、“Responding to China’s Assertiveness in the South China Sea”と題する論説を寄稿し、アメリカは、南シナ海における北京の高圧的姿勢にどう対応すべきかについて、要旨以下のように論じている。

(1) 我々は、南シナ海を巡る紛争をどのように分類すればよいのか。この紛争は、中国が一方的な決断でアメリカ主導の国際秩序を変更できるかどうかを決める、中国、対立するアジアの海洋国家、そしてアメリカとの間の長期にわたる平時の戦略的抗争という形をとりつつある。もし成功すれば、北京は、国連海洋法条約 (UNCLOS) によって沿岸国に認められた海域を占拠し、中国が適当と思えば海洋の自由を制限するという前例を確立することになろう。中国は、第1列島線によって囲まれた海域を、中国の国内法によって管轄する閉鎖海に変えることになろう。そして、その過程で、アメリカの同盟関係は弱体化することになろう。

(2) なぜ、この戦略的抗争は長引くのか。どう見ても、中国は、陸上だけでなく海洋も中国が支配する領域と定義している。中国の解説者は、南シナ海の大部分を含む「9段線」の内側を「藍色国土」と呼び、そこでは中国は「議論の余地のない」主権を合法的に行使できるとしている。もし効果的な抵抗に遭えば中国の指導者はその計画を延期することはあるかもしれないが、例えば海洋における行動規範のために、中国が領有権主張を完全に思い止まると想像するのは極めて困難である。

(3) 中国は、何を達成しようとしているのか。中国は、アジアの対立国とアメリカの両方に対して、一種のハブ・アンド・スポーク戦略抗争 (a sort of hub-and-spoke strategic competition) を仕掛けている。中国の外交官は、敵対的な同盟の形成を未然に防ぎながら、1対1の対決では相手を圧倒できるようにするため、個々の対立を切り離しておくことに努めている。アメリカに対しては、中国は、戦時にアジアにおいて作戦する米軍部隊に重大な損害を強要する能力のある航空機、対艦ミサイル及び艦艇を配備することで、アクセス拒否戦略を追求している。要するに、北京は、アメリカの同盟国に対するコミットメントの信憑性を低下させるとともに、ワシントンの介入意思を削ぐことを望んでいる。アジアの対立国に対しては、中国は、島嶼、海域そして空域の支配を望んでいる。中国は、係争海域において冷静な海上警備行動を始めている。北京は、南シナ海における領有権や管轄権主張を確固としたものにする手段として、海軍部隊という大きな杖を手にするよりも、むしろ中国海警局の公船やその他の非軍事船舶などの小さな杖を振り回す方を好んでいる。今までのところ、このアプローチは上手くいっている。

(4) アメリカは何処まで決断すべきか。中国の多面的戦略に直面して、アメリカはまず、同盟体制と海洋の自由の守護者であることを重視するかどうかを決断しなければならない。この2つを護るためには、多くの資源を投入する絶えざる努力を要するからである。主要な貿易相手国であり、同じ核保有国との対決は惨禍と不確実性を伴うものであり、中国の漸進的な拡張主義を阻止するためのコストは極めて高いものになりそうである。アメリカの指導者がアジアにおけるアメリカの戦略的立場と国際システムの守護者であることに極めて高い価値を置かない限り、多くの戦略家は、このような危険な試みに乗り出すことに反対するであろう。

(5) ワシントンがどうすべきか、考えてみよう。中国が追求している戦略をどのようにして打破するのか。

第1に、南沙諸島、西沙諸島を巡る武力紛争に巻き込まれることを拒否することである。その代わり、小さな島嶼に対する領有権争いの曖昧さを考えれば、ワシントンは、「法律戦」を展開すべきである。島とは何かについては、UNCLOSの「島の制度」(第121条)で規定されている。例えば、固有の清水がない島は、人間の居住や独自の経済活動を維持することができず、法的にはそれは島ではない。この種の島の領有国は、周囲に200カイリのEEZではなく、12カイリの領海を主張できるだけである。台湾は、南シナ海で真の意味で唯一の島(太平島)を占拠している。そうだとすれば、残りの膨大な海域は、全ての国に開かれた公海ということになる。海洋国家は、中国の「9段線」を無視して、航行の自由を最大限に行使すべきである。ワシントンは、アジア諸国政府に対して、島嶼、環礁及び岩礁の法的地位の確認を求めて、国際仲裁法廷に提訴するよう、慫慂すべきである。

第2に、ある点で、中国の定義に従って抗争することである。南シナ海を領土と考えれば、問題をはっきりさせることができる。そう考えれば、例えば、パラワン島沖200カイリ内で操業する中国漁民は、彼らが島に上陸してフィリピンの天然資源を盗んでいるということになる。漁船に同行している中国海警局の公船は、盗人を守っている侵入者と同じと見ることができる。このように事態を規定すれば、中国を守勢に追い込むことになる。

第3に、米海軍と沿岸警備隊が通常の訓練を超えてアジアへコミットし、アジアの同盟国と合同の海軍部隊と海洋法令執行部隊を創設することを検討すべきである。例えば、フィリピンは、中国による自国のEEZへの侵害を独自で防止することはできないであろう。フィリピンの海洋戦力はあまりに貧弱である。米海軍の強力な攻撃力を背景に、米沿岸警備隊が東南アジアに前方展開すれば、域内諸国による自国の合法的権利の執行を支援することできよう。

記事参照:
Responding to China’s Assertiveness in the South China Sea

6月12日「最新の半潜没式重量物運搬用RoRo船就航へ、オランダの船社」(gCaptain, June 12, 2014)

 

オランダの重量物運搬船社、RollDock B.V.はこのほど、ドイツのFlensburger-Schiffbau-Gesellschaft (FSG)から、最新の半潜没式重量物運搬用RoRo 船、MV Rolldock Stormを引き渡された。MV Rolldock Stormは、全長151.5メートルのSTクラスとして知られる、Lift on / Lift off、Roll on / Roll off及びFloat in / Float outの3つの機能を備えた、多機能特殊建造物運搬船で、同シリーズの2隻目である。該船は、2014年1月に就航した1隻目のMV Rolldock Starと同様に、つり上げ荷重350トンのLiebherr heavy liftクレーン2基、高さ調整可能なRoRoランプを備え、最大4,000トンの搭載が可能である。該船はまた、最大8,000トンまでの浚渫船、潜水艦及び各種海軍艦艇を運搬可能な半潜没式運搬能力を備えている。MV Rolldock Starは既に、アムステルダムからジブラルタルまで浮体式パビリオンを、フォス(スペイン)からボルドーまで河川遊覧船を、カリーニングラードからベトナムまで潜水艦(Kilo級潜水艦)をそれぞれ運搬している。

記事参照:
RollDock Takes Delivery of Interesting New Semi-Submersible Heavy Lift Ro-Ro
Photo 1: MV Rolldock Storm
Photo 2: MV Rolldock Storm

6月13日「台湾、『太平島』を中立化し、域内各国の共同管理にすべし―在台北ジャーナリスト提言」(The Diplomat, June 13, 2014)

台北を拠点とする、ジャーナリスト、J. Michael Cole は、6月13日付けのWeb誌、The Diplomatに、“Neutralizing Contention: A New Policy for Taiping Island and the South China Sea”と題する論説を寄稿し、台湾は、実効支配する「太平島」を中立化し、域内各国の共同管理に委ねるべきであるとして、要旨以下のように論じている。

(1) 南シナ海における中国と他の領有権主張国との緊張の激化と、それに伴う領有権紛争の軍事化によって、「9段線」に基づく台湾の主権主張を維持することが難しくなっている。北京はこれまで以上に、台湾と中国が「共有する」領土と域内における利益を護るために協力している印象を広める宣伝攻勢を強化していることから、台北は、北京が推し進めるものとは明白に異なる、自らの狙いと手段を示す政策を展開しなければならない。では、何をするか。不明瞭な曖昧な政策は、もはや役に立たない。台湾が1947年の中華民国の遺産である、「9段線」に基づく主権主張を完全に放棄できるまでには暫く時間を要するが、現在の領有権紛争の解決への決意を示す当座の措置を取ることができる。最初の措置は、実効支配する「太平島」を中立化することであろう。以下、本稿では、中立化政策の論拠、そのために必要な措置、及びそれによって得られる利点を説明する。

(2) 台湾が実効支配する「太平島」は、南沙諸島で最大の島で、2008年に完成した全長1,150メートルの滑走路を備えており、C-130輸送機の離発着に十分な長さである。台湾の立法院では、滑走路を1,500メーターに延長する計画が提案されている。また、海岸巡防署に加えて、海軍の大型艦船も接岸できる埠頭を建設するために、合計33億7,000万台湾ドル(1億650万米ドル)の特別予算が承認された。「太平島」には、計器着陸を可能にする高さ7メートルの戦術用航空航法 (TACAN) 設備とその防衛用に対空砲と迫撃砲部隊(2000年以降、海岸巡防署管轄下)が駐留している。一部の専門家によれば、「太平島」の占拠は、台湾に交渉参加の権利を保証するが、台湾とベトナム及びフィリピンとの関係へのインパクトという面では占拠のコストは高く、更に台北のより大きな戦略目的にとっても恐らく有害であろう。台湾の長年にわたる占拠は、他の領有権主張国との関係を害しており、また同島を再軍事化する新たな動きは馬英九政権の漸進的な政策であるが、南シナ海の緊張を高めるだけである。加えて、この島が事実上防衛不可能であることから、「太平島」を占拠することは軍事的に意味がない。この島は海、空及び弾道ミサイルの攻撃に対して無防備であり、更に、1,600キロ離れた台湾本土との通信網は有事には維持することができないであろう。

(3) 「太平島」の占拠が軍事的に有効でないのであれば、台北は、同島に対する主権主張を直ちに放棄して、中立化を宣言し、多国間の共同管理に委ねるべきである。更に、台北は、同島に駐留する海岸巡防署の要員と軍事支援要員が民政目的に役立たないのであれば、これら要員全てを島から引き上げ、軍事施設や装備も撤去すべきである。「太平島」に対する主権はほとんどの台湾人にとって重大な問題ではないので、こうした措置は、恐らく台湾内部で憤激を招くことなく、与野党ともそれを妨害することはないであろう。この提言は、台湾が単に荷造りして直ちに島を去るべきということではない。台湾の「太平島」に対する主権と実効支配は、台北が域内の他の領有権主張国から完全に排除されないことを保証している。それ故、「太平島」に対する統治を放棄する台北の如何なる決定も、台北が域内で引き続き役割を果たし続けられることを、域内の他の諸国が保証できるかどうかにかかっていよう。台湾が国連加盟国でないため、世界規模の国際機構はこうした保証には最適とはいえない。より実現可能な選択肢としては、アメリカ、日本、カナダ、オーストラリア及びインドを含む、太平洋地域において利害関係を有する諸国と、「太平島」に対する全ての領有権主張国とで構成される、地域的多国間機構を設立することである。筆者は、これを、“The Taiping Initiative”と名付ける。「太平島」の中立化と同島に駐留する台湾の防衛部隊の退去後、同島とその周辺海域の防衛は、この多国間機構に引き継がれることになろう。“The Taiping Initiative”参加国の均等資金負担によって「太平島」に設立される、“Taiping Initiative Center (TIC)”は、領有権紛争の解決、海洋資源の持続可能な開発、環境保護及び海賊対策について、調査研究を行なう。TICはまた、南シナ海の炭化水素の埋蔵量を評価するための詳細な調査を行なう国際的な専門家を集めることもできよう。こうした調査によって、一部の領有権主張国が大幅に水増しした埋蔵量の評価を修正することができる。こうした調査研究の推進のために、既存の滑走路を延長し、埠頭を建設する現在の台北の計画は役立つであろうが、これらは多国間機構の文民の管轄下に置かれることになろう。

(4) 「太平島」の中立化は、同島の漸進的な軍備化という台北の現在の政策を放棄することを意味し、更に「9段線」に基づいて中国と台湾が「共有する」主権主張を支えるために、台湾が中国軍と協力しようとしているとの印象を払拭することにもなろう。実際、この平和的なアプローチは、領有権紛争に対する北京の益々好戦的になるアプローチとは対照をなすことになろう。他の領有権主張国が“The Taiping Initiative”への参加に合意する保証はないが、これら諸国はこうした役割を果たす台湾を「容認 (“allow”) 」するばかりでなく、最近の中国の高圧的な振る舞いによって、東アジア諸国は、台北の平和イニシアチブを受け入れ易くなっていることは明らかで、台湾との協力に合意することで、これまで以上に中国を「怒らす (“angering”) 」リスクを負う気になるのではないか。中国も、対等な立場でという理解の下で、“The Taiping Initiative”に招請されるべきである。もっとも、中国は、域内の領有権紛争に対する多国間機構の関与に反対し、弱い相手に強い立場で臨める2国間交渉を好んでおり、特にTICにおける台湾の役割から、参加することはないであろう。しかしながら、中国は領有権主張国であり、紛争の最終的な解決のためには、中国の参加は不可欠である。しかしながら、中国の参加の有無はTIC創設における決定的要因ではなく、TICは、中国の参加がなくても、域内の平和と協力に実質的な貢献ができるであろう。

(5) 台湾は、国際的に孤立しており、域内において存在感を保つためには、「ソフトパワー」によるイニシアチブを追求すべきである。他の国が考えつかないような創造的で大胆なイニシアチブ―即ち、南沙諸島における最大の島に対する主権を放棄することによって、台北は、平和の使徒として自らを位置づけるとともに、近年北京が推し進める軍事的アプローチから距離を置くことになろう。万一これが成功することになれば、TICは、南シナ海の他の海域における領有権紛争解決のモデルとなり、これによって、台湾は真の調停者になろう。

記事参照:
Neutralizing Contention: A New Policy for Taiping Island and the South China Sea

6月14日「タンカー積荷抜き取り事案―南シナ海」(The New Saba Times, June 16, and ReCAAP Incident Alert, June 20, 2014)

マレーシア海洋法令執行庁 (MMEA) によれば、ホンジュラス籍船の精製品タンカー、MT Ai Maru(1,520トン)は6月14日夜、マレーシア東岸沖の約31カイリの南シナ海で、3隻の高速ボートに乗った7人の武装強盗に乗り込まれ、積荷のディーゼル油、約70万リットル(140万リンギット相当)が抜き取られた。該船はその後、MMEAの巡視船に保護された。該船の乗組員は、タイ人13人とインドネシア人の船長である。該船は、シンガポールからタイ湾に向けて航行中であった。MMEAの運用部長代理は16日、乗組員の話によれば、約3時間かけて別の船に積荷が抜き取られており、現在、「内部犯行」の可能性について乗組員から調査中である、と語った。

記事参照:
Pirates seize diesel off Johor
Incident Update Product Tanker, Ai Maru
Photo: MT Ai Maru with Malaysian MMEA vessel alongside

617日「オーストラリア、太平洋島嶼国家の現有哨戒艦隊の更新計画公表」(IHS Jane’s Navy International, June 24, 2014)

オーストラリアのビショップ外相とジョンストン国防相は6月17日、太平洋の島嶼国家の現有哨戒艦隊を全面的に更新する、総額20億豪ドル(18億8,000万米ドル)の計画、The Pacific Patrol Boat Programを公表した。ビショップ外相は、「この計画は、漁業資源保護や国境を越える海洋犯罪を含む、海洋監視のために域内のパートナー諸国との協力を促進する、オーストラリア政府の政策の重要な柱である」と強調している。ジョンストン国防相によれば、1987年から1997年にかけて12の島嶼国家に供与した、22隻の現有哨戒艇が運用期限を迎えつつある。計画では、20隻以上のスチール製多目的哨戒艇が建造される。これらは全てオーストラリアで建造され、政府は5億9,400万豪ドルに費用を見込んでおり、これに30年以上の運用期間における補修費と人件費として13億8,000万豪ドルが加わる。哨戒艇は、現在この計画に加わっている、パプアニューギニア、トンガ、ソロモン諸島、フィジー、ツバル、キリバス、サモア、バヌアツ、ミクロネシア連邦、パラオ、マーシャル諸島共和国及びクック諸島に供与されることになっているが、東チモールもこの計画に参加する可能性がある。

記事参照:
Australia announces Pacific Patrol Boat Program

6月20日「何故、ロシアは南シナ海問題で中国を支援しないのか」(The Diplomat, June 20, 2014)

北京在住のジャーナリスト、Mu Chunshanは、6月20日付けのWeb誌、The Diplomatに寄稿した、“Why Doesn’t Russia Support China in the South China Sea?”と題する論説で、南シナ海問題にロシアが中国を支持しない理由について、要旨以下のように述べている。

(1) 最近、南シナ海における緊張激化に対して、アメリカは、中国を非難し、ベトナムに対する支持を表明し、フィリピン軍の強化を支援している。しかしながら、ロシアは、中国の「戦略的なパートナー」であるにも関わらず、南シナ海問題で公に中国の立場を支持する姿勢を示していない。何故か。これには、以下の4つの主たる理由を含め、複雑な政治的、戦略的要因が絡んでいる。

(2) 第1に、中ロ関係は、米比関係とは異なるということである。中国とロシアは同盟関係にない。日米関係と同様に、米比間には安全保障条約があるが、中ロ間にはない。従って、相手国に対して、政治的あるいは軍事的支援を提供する条約上の義務もない。長い間、中国の国営メディアは、中ロ関係の肯定的な側面を強調してきた。一方、海外のメディアもしばしば中ロ関係を過大評価し、一部のメディアは、中ロ関係を同盟条約のない「同盟関係」とさえ見なしてきた。しかし、国際関係の現実は、中ロ関係がどれほど良好でも、それによって中国の南シナ海、東シナ海に対する基本政策が影響されることはないことを示している。中ロ関係が基本的に互恵関係にあるのは事実だが、南シナ海は、ロシアがその利益を拡大できる場所ではなく、また、中国との公式の同盟関係もないのに、ロシアがこの地域に干渉する必要もない。中国の人々は、中ロ関係の特性を誤解し、ロシアに大きな期待をかけるべきではない。

(3) 第2に、ロシアは、南シナ海に接する諸国と良好な関係を維持しており、中国の側に立って東南アジアで事を構える必要はないということである。このため、ロシアは、南シナ海問題について公に中国を支持することに熱心ではない。かつての旧ソ連は歴史的に、中国よりベトナムと緊密な関係にあった。ロシアは、ベトナムとの特別な関係を継承している。ベトナムの軍備の多くはロシア製で、Kilo級潜水艦はベトナム海軍の戦力を強化している。更に、2014年後半には、ロシアは、ベトナムに4機のSu-30MK2戦闘機を引き渡すことになっている。これらは、将来の中越対決の可能性に備えた戦力となろう。また、ロシアは、フィリピンとの関係も良好である。例えば、2年前に、3隻のロシア海軍艦艇が3日間マニラを友好訪問した。ロシアによれば、この訪問は、フィリピンとの関係改善に貢献した。

(4) 第3に、ロシアにとって、南シナ海でアメリカと直接対決する理由がないということである。現在、ロシアの関心は、ヨーロッパ、特にウクライナ問題にある。この問題は短期的な解決が困難で、この上、南シナ海でアメリカと対決する意図も能力もロシアにはない。しかも、南シナ海問題の本質は、米中間の対立ではない。この問題は、南シナ海沿岸諸国の海洋権益の歴史と現状に対する認識の相違から生じている。アメリカは、この問題に対して、その将来を左右する存在ではなく、単に影響力を及ぼすだけの存在である。この文脈からすれば、ロシアは、部外者あるいは傍観者であり、中国を支援し、アメリカを非難する動機さえ持たない。

(5) 第4に、中国の台頭は、実際にロシア内部にある程度の懸念を生んでいるということである。西側の一部の人々は、中国と南シナ海沿岸諸国との対立が、中国によるその他の地域への「拡張」を抑制していると見ている。ロシアでは、中国の台頭に対して、ロシア極東の広大な領土がその資源とともに中国の発展の飼料として、中国人に徐々に「浸食」されることになりかねないという懸念が常にあった。ロシア当局は極東における中国との協力の可能性について楽観的ではあるが、中国のいわゆる「領土浸食」に対する警戒を緩めているわけではない。

(6) 中国が、南シナ海問題に対するロシアの姿勢について、疑念を持ったり、失望したりする必要はない。数十年間、中ロ関係における暗黙の合意と相互理解は、互いの腹の探り合いによって維持されてきた。例えば、現在クリミア問題はロシアにとって最も深刻な課題であるが、中国は、公にはロシア支援を控えているが、国連安保理の投票には棄権している。しかしながら、これは、中国がロシアの立場に反対していることを意味しない。同じ論理によって、ロシアの南シナ海問題に対する中立姿勢は、ロシアが中国を支援しないことを意味しない。ロシアは、最近の東シナ海における中ロ合同軍事演習のような、中国を支援する独自の手段を持っている。こうしたやり方は、西側に疑心暗鬼をもたらしている。中国とロシアは、曖昧な政策にも互いに広い選択の余地を残しており、相互に国益を最大限に追求するために必要な行動を可能にしているのである。

記事参照:
Why Doesn’t Russia Support China in the South China Sea?

6月20日「西沙諸島に対する中国の主権、何故『議論の余地のない』と主張できるのか―中国人専門家論評」(RSIS Commentaries, June 20, 2014)

中国厦門大学の李徳霞 (Li Dexia) 准教授は、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の6 月20 日付RSIS Commentaries に、“Xisha (Paracel) Islands: Why China’s Sovereignty is ‘Indisputable’”と題する論説を発表し、中国は西沙諸島および南沙諸島に「議論の余地のない」主権を有するとして、要旨以下のように述べている。

(1) 6月9日付けのRSIS Commentaries に、The International Law Faculty of the Diplomatic Academy of Vietnam の副学部長を務めるNguyen Thi Lan Anhが“The Paracels : Forty Years On”と題する論説を寄稿し、中国の石油掘削リグ、HD-981の設置先が、ベトナムも領有権を主張する係争中の海域に位置しているとの主張を行った(備考:海洋情報旬報6月1日-10日参照)。しかし実際には、中国は、同諸島周辺一帯に法的にも歴史的にも裏付けられた「議論の余地のない」主権を有している。まず、国際法や慣習法によれば、本土から遠く離れた島の領有権を主張するための主な条件は、最初に有効な占有を開始することである。中国が保有する数多くの歴史的資料に基づけば、遅くとも北宋時代(960年-1127年)までには、中国は西沙(パラセル)諸島や南沙(スプラトリー)諸島に対する領有権と管轄権を有効的に行使していた。これは、ベトナムが領有権を主張する17世紀よりも(ベトナム政府の主張に問題がないと仮定しても)、数百年以上も前のことである。

(2) 2つ目の理由は、Nguyen Thi Lan Anhは「西欧列強による植民地支配の拡大の流れの中で、パラセル諸島の領有は、当時のベトナムの宗主国であったフランスによって行われていた」と論じているが、実際には、日本が同諸島を占領してフランスを追い出すまでの1938年7月3日から1939年3月1日までという短期間しか、フランスは同諸島を支配していない点である。しかも、1945年の日本の降伏後は、カイロ宣言やポツダム宣言によって、同諸島は中国に返還されているのである。それなのに何故、「1954年のジュネーブ協定によって、同諸島は、フランスから南ベトナムに主権が移った」と言えるのだろうか。

(3) 3つ目の理由は、1954年から1974年までの間、ベトナム政府は、公式に西沙諸島と南沙諸島が中国の固有の領土であることを何度も表明している点である。以下は、その中でも特徴的な3つの史実である。(備考:海洋情報旬報6月1日-10日参照)

① 1956年6月15日、ベトナム民主共和国のUng Van Khiem外務次官は、中国側に対して「ベトナムが有するデータによれば、西沙諸島および南沙諸島は、歴史的に中国の一部である」と指摘している。また、ベトナム外務省アジア局のLe Loc局長代理も「歴史的に判断すれば、それらの島々は、既に宋の時代には中国の一部であった」と付言している。

② 1958年9月4日、中国は領海に関する声明を発表したが、その中で、西沙諸島や南沙諸島が中国の領土に含まれることを宣言している。その10日後、ベトナム民主共和国のPham Van Dong首相は口上書を周恩来総理に送付し、同親書で「ベトナム民主共和国は、中華人民共和国が1958年9月4日に発出した領海に関する声明の内容を確認し、それを支持する」と述べている。

③ 1965年5月9日、ベトナム民主共和国政府は、米政府がベトナムにおける米軍の「戦闘区域」を指定したことに対する声明の中で、「ベトナムの海岸線及び西沙諸島における中華人民共和国の領海の一部を、米軍の『戦闘区域』に指定した。」と述べている。更に、同声明に加えて、ベトナムの新聞、地図、教科書の記述も、上記の立場を反映したものとなっていた。このように、ベトナム政府は一貫して同諸島が中国の一部であることを公式に認めていたのであるから、いまさら同諸島の主権について争うことは理不尽なのである。しかも、これは、国際法の原則、「禁反言 (estoppel)」と国際関係の基本的な規範に対する重大な違反である。

(4) 残念なことに、1970年代に入ってから南ベトナムは同諸島を切望し始めた。南ベトナムは、中国の度重なる警告を無視して、1973年に、中建島(英語名:Triton Island)や琛航島(英語名:Duncan Island)に対して複数回の侵略を図った。Nguyen Thi Lan Anhは言及していないが、1974年1月15日から開始された南ベトナムによる軍事的挑発にもかかわらず、1月19日まで中国は反撃しなかった。反撃を開始したのも、南ベトナムの軍人が多くの中国人の漁民を殺害ないし負傷させ、また、南ベトナムの爆撃機や軍艦が琛航島や中国の巡視船を攻撃したからである。

(5) Nguyen Thi Lan Anhは、中国の石油掘削リグについて「ベトナムのEEZや大陸棚に深く食い込んだ場所であり、そこはベトナムの島々に近い場所である」と述べている。では、この主張は批判に耐え得るであろうか。筆者(李徳霞)の理解によれば、このリグの位置は、西沙諸島の1つである中建島と西沙諸島の領海基線の両方から17カイリの場所であるが、一方、ベトナム本土の海岸線からは133カイリ~156カイリほど離れている。では、この掘削リグの位置は中国に近いのだろうか、あるいはベトナムに近いのであろうか。確かに、ベトナムはEEZも大陸棚も有しているが、それは中国も同様である。1982年の国連海洋法条約(UNCLOS)によれば、西沙諸島の1つである永興島(英語名:Woody Island)も、EEZや大陸棚を有しており、そして、2国間のEEZが重複する場合には、境界画定交渉を行うことが求められている。それまでは、EEZの一方的な主張は違法とされる。従って、今回のベトナムの「中国の石油掘削リグがベトナムのEEZに深く食い込んでいる」という主張は、不適当である。更に、このリグは正確には中建島の接続水域内に位置しているのだが、同島がUNCLOSの規定から見て「岩」だとされても、24カイリまでの領海と接続水域は認められるのである。よって換言すれば、このリグは十分に中国の主権が及ぶ水域内に位置しているということになる。

(6) ベトナムが西沙諸島や南沙諸島の領有を主張するようにするようになった要因の1つは、1970年代に、同海域に石油や天然ガスといった豊富な海底資源が存在することが明らかになったからである。最近の西沙諸島における中国の活動は、ベトナムの心情的に敏感な部分を刺激したことは間違いない。2014年5月以降、ベトナムは、武装した船を含む多数の船舶を、中国側の掘削作業を妨害するために派遣し、中国公船に対して体当たりなどの危害を加えてきた。2014年6月7日午後5時現在、「ベトナムの船舶がピーク時には63隻も蝟集し、中国公船に対して合計で1,416回もの体当たりを仕掛けてきた」と報じられている。しかも、5月中旬のベトナム政府が黙認した反中国デモでは、4人の中国人が殺害され、300人以上の負傷者が出たほか、様々な国の企業が略奪や放火に遭うなどの甚大な被害が生じている。果たしてベトナムは国際社会の場で責任ある役割を演じているのであろうか。

記事参照:
Xisha (Paracel) Islands: Why China’s Sovereignty is ‘Indisputable’
RSIS Commentaries, June 20, 2014

6月20日「西沙(パラセル)諸島に関する中国側主張への反論―ベトナム人専門家論評」(RSIS Commentaries, June 20, 2014)

ベトナムのThe International Law Faculty of the Diplomatic Academy of Vietnamの副学部長、Nguyen Thi Lan Anhは、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の6 月20 日付RSIS Commentaries に、“Xisha (Paracel) Islands: A Rejoinder”と題する論説を発表し、中国厦門大学の李徳霞 (Li Dexia) 准教授が、6 月20 日付RSIS Commentaries に寄稿した、“Xisha (Paracel) Islands: Why China’s Sovereignty is ‘Indisputable’”と題する論説に対して、不正確な事実に基づく主張であり正当性に欠けるとして、要旨以下のように反論している。

(1) 筆者 (Nguyen Thi Lan Anh) の論評に対する反論で、李徳霞准教授は、主権の所在の問題へと議論を引き戻し、筆者が中国側の行動の大きな問題点だと指摘した、海洋に関する国際法に関わる問題を無視した。筆者は、李徳霞准教授が国際法に関する幾つかの観点に対して筆者と同じ見方をしていることを嬉しく思うが、李准教授の6 月20 日付RSIS Commentariesの論説、“Xisha [Paracel] Islands: Why China’s Sovereignty is ‘Indisputable’”に対しては、幾つかの点について反論をしなければならない。

(2) 李准教授は、面積2平方キロでパラセル諸島(西沙諸島)最大の島であり、石油掘削リグ、Haiyang Shiyou 981の現在地と103カイリ離れた場所にある、Woody Island(中国名:永興島)がEEZと大陸棚を有する、と主張している。しかし、私はそれに賛成できない。国連海洋法条約(UNCLOS)や国際法廷での判例は、Woody Islandのように小さく、かつ遠くに離れた島が持つ海洋境界幅に関して、如何なる決定的な判決も示していない。例え、Woody IslandがEEZを有しているとしても、相対する沿岸国との海上境界画定に際しては、このような島が持つ効果(抄訳者注:本来持つ領海、EEZ幅)を低減させるという法的措置が一般化されている。トンキン湾に位置するBach Long Vi島は、ベトナムと中国とのトンキン湾北部の海上境界画定に際して25% の効果しか認められなかった。非現実的なシナリオだが、Woody Islandが50% 効果と判定されたとしても、同島から103カイリそしてベトナム本土沿岸から130カイリしか離れていない位置にある中国の掘削リグは、ベトナムのEEZと本土沿岸からの大陸棚の奥深くまで入り込んでいると言える。また、李准教授は、このリグがパラセル諸島のTriton Islandの接続水域内に位置していると主張している。これは正しい指摘かもしれないが、UNCLOSの規定では、探査目的の掘削を含め、接続水域における天然資源に関する権利は発生しない。更に、筆者は、「ベトナムによる一方的なEEZの主張は違法である」との李准教授の指摘には同意できない。パラセル諸島の島嶼がEEZを有するかどうかは不確かだが、ベトナムは、UNCLOSの規定に基づいて、200カイリまでのEEZを主張する権利を有している。これらの結論は、海洋に関する国際法によって純粋に導き出されたものであり、主権の問題とは関係がない。

(3) 中国に向けられたベトナム人の怒りが、工業地帯での暴力行為を扇動し、複数の中国人労働者や海外の投資家に対する不幸な結果につながったことは事実である。しかし、これらの暴動は、少数の非合法な日和見主義者たちがこの状況を利用して引き起こしたものであり、彼ら犯罪者は逮捕され処罰されている。従って、筆者は、今回の暴動をベトナム政府が庇護したかのような李准教授の主張には同意できない。実際には、ベトナム政府は暴動を即座に押さえ込んだ。ベトナムの首相も、公共の秩序を回復するようにと、政府機関や市民に個別に指示を出している。首相はまた、被害を受けた投資家と面会し、税金の還付や減税、土地使用料の減額などを約束している。筆者は、中国政府が、2012年の日本政府の尖閣諸島国有化措置以後の反日暴動によって被害を受けた日本の投資家に対して、同様の対応を実施したか疑問である。それに加え、誰がベトナムの漁船に対して放水したり体当りしたり、暴力的な行動を指揮したりしているのか。世界各国のマスコミ報道は、客観的な事実を既に報じているではないか。ベトナム漁船沈没事故では、周囲にいた仲間のベトナム漁船による救助活動がなかったら、10人の漁民の生命はなかったであろう。

(4) 好むと好まざるとにかかわらず、国際法の下で、中国とベトナムの間には、パラセル諸島に関する主権争いが存在している。李准教授は繰り返し「議論の余地のない」という誤った見解を述べているだけでなく、以下のように、幾つかの誤った引用によって「議論の余地のない」という主張を裏付けている。

① 第1に、フランスは1933年以来、長年にわたってパラセル諸島の主権維持のために数多くの活動をしてきたことや世界に向けて領有を公式に宣言していたのである。フランスは第2次大戦終結までパラセル諸島を支配していたし、1950年10月15日にフランスは公式に、ベトナムに対してパラセル諸島の権利を譲渡したのである。

② 第2に、1943年のカイロ宣言、1945年のポツダム宣言、1951年のサンフランシスコ講和条約、そして1972年の日中共同声明には、日本が中国に返還しなければならないすべての地域(満州、台湾及び澎湖諸島)が列挙されているが、そこにパラセル諸島とスプラトリー諸島は含まれていないことである。カイロとポツダムの両宣言の起草プロセスに参加した蒋介石政権が、両諸島に関して何ら留保しなかったのは、注目に値する事実である。

③ 第3に、サンフランシスコ講和会議において、パラセル諸島とスプラトリー諸島を中国に割譲するように条約の内容を修正するというソ連の提案が、51カ国中、46カ国の圧倒的多数によって否決されていることである。その一方で、ベトナムは、サンフランシスコ講和条約への署名国として、Tran Van Huu首相が、スプラトリー諸島とパラセル諸島に対するベトナムの権利を確認した第7回全体会議に参加し、声明を発表しているが、この声明は、他の参加国から批判されることもなく、普遍的な認識として取り扱われた。その後、南ベトナムは、1974年まで平和裏にパラセル諸島を支配し、維持してきたのである。

④ 第4に、1954年から1975年までの間、ベトナムは1つの国家ではなかったことである。1954年のジュネーブ協定によって、ベトナムは北緯17度線で南北に分割されたが、パラセル諸島とスプラトリー諸島は、ベトナム民主共和国ではなく、ベトナム共和国の管轄下で、支配され続けてきた。ジュネーブ協定の締結国として、中国は、この事実(ベトナム共和国が両諸島の主権を維持していたこと)を十分に認識していたはずである。李准教授は、ベトナム民主共和国の主張に疑義を呈すること気をとられて、この点を見落としている。1976年に南北ベトナムが統一して成立した、ベトナム社会主義共和国は、すぐさまパラセル諸島とスプラトリー諸島に対する主権を継承し、幾多の歴史を経てベトナムの歴代政権が脈々と継承してきた両諸島に対する主権の存在を再確認している。

⑤ 最後に、かつての指導者、鄧小平がそうしたのと同じくらい客観的に、現代の中国人も歴史を客観的に見たほうが賢明かもしれない。鄧小平は、1975年にパラセル諸島に関する主権争いの存在を認め、平和的手段での問題解決のためのベトナムとの建設的な協力を約束している。国際法に従うことで初めて、超大国(中国)は、小さな隣国から敬意と信頼の眼差しで見られるのである。

記事参照:
Xisha (Paracel) Islands: A Rejoinder
RSIS Commentaries, June 20, 2014

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・山内敏秀・吉川祐子