海洋情報旬報 2014年5月1日~10日

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5月2日「米比新軍事協定の内容―セイヤー解説」(The Diplomat, May 2, 2014)

オーストラリアのニューサウスウェールズ大学のセイヤー (Carl Thayer) 名誉教授は、5月2日付けのWeb誌、The Diplomatに、“Analyzing the US-Philippines Enhanced Defense Cooperation Agreement”と題する論説を掲載し、4月28日に米比間で調印された新軍事協力協定について逐条解説をしているが、以下はその要旨である。

(1) アメリカとフィリピンとの間で4月28日に調印された、Enhanced Defense Cooperation Agreement (EDCA) は、正式な条約ではなく、米比両国間の行政協定であることが特徴である。従って、EDCAは、両国議会上院での批准承認を必要としない。EDCAは、2013年8月から継続されてきた、米比両国間の8回に及ぶ交渉の成果である。フィリピンのデルロサリオ外相によれば、EDCAは当初、Increased Rotational Presence Framework Agreementと称されていたが、名称の変更は、より広範囲な防衛協力に関する包括的な合意を望んだ、米比両国の意向を反映したものである。

(2) フィリピン大統領府は4月29日にEDCAの全文を公表した。EDCAは、前文と12カ条からなる、10ページに及ぶ文書である。政府報道官は、EDCAを、1951年米比相互防衛条約 (The 1951 Mutual Defense Treaty: MDT) に基づく枠組み合意であることを強調している。EDCAの前文は、国際紛争の平和的手段による解決、武力による威嚇や使用の自制といった、国連憲章とMDTに基づく米比両国の義務に言及している。こうした文言は、EDCAが中国封じ込めを狙いとした攻勢的な協定であるとの、中国の批判を躱す狙いであると見られる。重要なことは、前文が、両国が「アメリカがフィリピン領土に恒久的な軍事プレゼンスあるいは恒久的な軍事基地を設けないとの理解を共有した」と述べていることである。それに続けて、前文は、「全てのアメリカによるフィリピン内の施設、区域へのアクセスや利用は、フィリピン側の要請に基づくものであり、フィリピン憲法と国内法を遵守するものとする」と明記している。

(4) 第1条では、両国間の防衛協力の深化が謳われている。両国軍間のインターオペラビリティーの強化を目標として、フィリピン軍の短期的な能力の強化、長期的な近代化の促進、海洋安全保障の維持と発展、及び海洋における状況識別能力の強化などが挙げられている。EDCAはまた、ローテーション配備される米軍部隊に対して、米比両国間で合意されたフィリピン領内の施設、区域へのアクセスを認めている。

(5) 以下、第2条は、1998年の「訪問米軍に関する地位協定 (Visiting Forces Agreement: : VFA)」を含む、EDCAで使用されている重要語句の定義である。第3条は、フィリピン軍施設にアクセスする、米軍部隊と米軍契約業者、及び使用車両、船舶、航空機の定義や条件などを定めている。第4条は、米軍部隊が使用する機材、補給物資などの範囲が網羅されており、米軍は「人道的支援や災害復旧活動に利用する機材や補給物資」などをフィリピン軍施設に保管することができるが、核兵器の持ち込みなどは許されていない。第5条は所有権に関する規定で、フィリピンは、米軍によって増改築されたものを含め、アクセスを認めた全ての施設、区域に対する所有権を有する。また、米軍は、EDCAの規定に従って、不必要になった提供施設、区域の全部または一部を返還しなければならない。第6条は、提供された施設、区域、及び米軍の資材や個人の保全措置に関する、両国単独の、また連帯による責任を規定している。第7条は、駐留する米軍人に対するフィリピン側の電気や水の供給義務などを規定している。第8条は契約手順で、米軍は規制なしに資材、補給物資やサービスなどの契約締結を認められている。第9条は、環境、健康問題、及び保安措置などを定めている。第10条は、提供施設、区域におけるEDCAの合意事項の履行、及び財政措置に関する両国間の協議規定である。第11条は、両国間の紛争事案解決のための直接的協議規定である。

(6) そして第12条は、EDCAの効力や改正方法、期間などの規定である。EDCAは口上書の交換によって発効する。追加される付属規定はEDCAの不可分の1部となる。協定本文と追加規定は、両国の文書による合意によって修正できる。EDCAは当初10年間を有効期間とし、その後自動更新となる。いずれの調印国も、EDCA終了の意向を、1年前に文書で通告することができる。

(7) EDCA調印の日にマニラに到着した、オバマ大統領は、アキノ大統領との首脳会談を行い、その後の共同記者会見を行った。アキノ大統領は会見で、EDCAについて「防衛協力をより高いレベルに深化させることになろう」と強調した。オバマ大統領は、以下のように述べた。「EDCAの調印によって、フィリピンでの目標はより広範囲なものとなった。アメリカは、これまで数十年間、フィリピンとの同盟関係を維持してきたが、21世紀には、その関係をさらに良いものに強化していかなければならない。EDCAの目的は、フィリピン軍の能力強化を図ることであり、海洋安全保障への対処だけでなく、訓練や連携の強化も促進する。EDCAは、フィリピンにおける米軍部隊のローテーションによるプレゼンスを強化する法的枠組みである。米軍のローテーションの時期、態様、展開場所などについては、今後協議されることになっている。これは、東南アジアにおける米軍部隊を再編するテストケースとなるであろう。」

(8) 重要なことは、米比同盟の要が依然、1951年のMDTであるということである。この点について、フィリピンのデルロサリオ外相は4月30日、「もしフィリピン領土が攻撃されたり、太平洋地域 (the Pacific area) においてフィリピン軍が攻撃されたりした場合、アメリカは、MDTに基づいて、フィリピンに対して軍事支援を行うことになる」と言明した。アメリカは、1999年の外交文書で、南シナ海を「太平洋地域」の一部と見なすことを確認している。しかし、なお未解決で不明瞭な点は、EDCAが、例えば、セカンド・トーマス礁(フィリピン名:アユンギン礁、中国名:仁愛礁)周辺海域における中国海警局巡視船による新たな不法侵入行為などに対して、抑止力となるかどうかということである。中国海警局の巡視船はこれまでに2度、同礁に座礁させたBRP Sierra Madreに駐在するフィリピン海兵隊への補給行為を妨害している。BRP Sierra Madreは、現在もフィリピン海軍の現役艦である。それにも関わらず、中国の報道官は、同艦を同礁から曳航して引き離すと脅迫している。

記事参照:
Analyzing the US-Philippines Enhanced Defense Cooperation Agreement

【関連記事】「フィリピン、米に5カ所の基地へのアクセス容認を計画」(Channel News Asia, May 2, 2014)

フィリピンは現在、4月28日にアメリカとの間で調印された期間10年の、The Enhanced Defense Cooperation Agreement (EDCA) の下で、米軍のアクセスを認める国内基地の選定作業をアメリカとの間で進めている。フィリピン側の代表を努める、バチノ国防次官は5月2日、フィリピンは3~5カ所の基地へのアクセスを米軍に認める計画である、と語った。それによれば、フィリピンは、マニア北方約100キロにあるFort Magsaysayを提示している。この基地は、大規模な米比年次演習を受け入れている。バチノ次官は、スービック湾の一部地区へのアクセスも提示していることを認めたが、検討中の他の3カ所については特定しなかった。同次官によれば、両国間の協議は9月末までに終了する予定である。

記事参照:
Philippines to offer renewed US military use of Subic Bay

5月2日「北極圏におけるロシアの意図―デンマーク紙論評」(The Copenhagen Post, May 2, 2014)

デンマーク紙、The Copenhagen Postは、5月2日付けで、北極圏の戦略的価値が高まり、ロシアが積極的な進出を図っていることから、北極圏に対するプーチン大統領の意図を巡って疑念が高まりつつあるとして、要旨以下のように論じている。

(1) ウクライナ危機が勃発する以前から グリーンランドを含む北極海沿岸諸国は、ロシアの意図に疑念を抱いていた。ロシア海軍は2013年9月、原子力巡洋艦と数隻の砕氷船を含む、10隻編成の艦船で軍事演習を行い、北極海の最も遠隔にある諸島の1つ、ノヴォシビルスク諸島まで航行した。その際、1990年代に閉鎖された同諸島の軍用空港再開に必要な資材を搬入した。ロシア紙の報道によれば、バーキン第1国防次官は、「我々は、ノヴォシビルスク諸島に着いた。そしてここに居住する。これは、長い旅程の始まりである」と語ったという。また、プーチン大統領は2013年12月、北極圏における軍事プレゼンスを、ロシア軍の最優先課題の1つとすると言明し、1991年のソ連崩壊後、放置されてきた北極圏の多くの空軍基地を復旧する計画を明らかにした。

(2) 北極海の海氷の融解が進むにつれ、沿岸諸国間の紛争の可能性が高まっている。北極圏に利害関係を持つ沿岸諸国間の最大の課題の1つは、ロシア沿岸の北西航路を含む、北極海の航路の管制問題である。プーチン大統領は、北西航路が商業貨物輸送においてスエズ運河経由よりも重要な航路になる可能性がある、と主張する。また、北極海の海氷の融解は、海底の石油・天然ガス資源の開発という観点からも重要な意味を持つ。ノルウェーで開催された、2014年北極圏石油・天然ガス会議で、北極海には推定440億バレルの石油埋蔵量があるとの報告がなされた。グリーンランドのように人口が少ない地域は、中東などより開発リスクが少なく、既に開発圧力が高まっている。

(3) ロシアの北極海石油が4月に初めて積み出されたが、これを受けて、プーチン大統領は、石油・天然ガス開発会社に対して、生産施設を護るために、民間武装警備部隊の保有を認可する法案に署名した。プーチン大統領はロシア安全保障会議で、石油・天然ガス生産施設をテロリストやその他の潜在的な脅威から護る必要性を強調した。デンマークは2012年に自国の広大な北極圏領土を防衛するために特別軍事司令部を設置したが、これは、益々重要になってきた北極圏領土における防衛・安全保障戦略を発展させることを狙いとしたものであった。

(4) しかしながら、ストックホルム国際平和研究所 (SIPRI) のウエズマン研究員は、北極圏を巡る軍事力増強は今のところは駆け引きに過ぎないとして、「現在、全ての北極圏諸国は、艦艇による哨戒や航空機による哨戒飛行を通じて、自国の軍事プレゼンスを強化することに関心を持っている。グリーンランドを領有するデンマークは、この地域での哨戒活動を常に強化してきた」と語っている。ウエズマンは、北極海沿岸諸国間に紛争が勃発する可能性は比較的低いとしながらも、「いかなる対立も全面戦争を招くようことはないであろうが、極めて不快な外交問題へ発展する可能性はある」と警告した。北極圏における軍備競争はまだ顕著ではないが、沿岸各国で北極圏周辺の軍事基地の改善、砕氷船隊の拡充、更には北極軍事部隊の再建などが進んでいる。特にロシアが最も活発で、ロシアの北海艦隊には、新しいMistral級両用揚陸艦と世界最大の170メートル級砕氷船6隻が配備されることになっている。新型の空母も建造中である。北極海の温暖化と北極海における海軍力の優位によって、ロシアは既に、1発の弾丸を撃つこともなく、北極圏のドライバーの座を占拠している。

記事参照:
Greenland and the Arctic: The next Ukraine?

53日「中国、セカンド・トーマス礁周辺に艦船5隻を展開」(Philstar.com, May 4, 2014)

フィリピン軍のNomad機は5月3日、西フィリピン海(南シナ海)のアユンギン礁(Second Thomas Shoal、中国名:仁愛礁)に、江滬V級フリゲートと2隻の監視船を含む、中国艦船5隻が展開しているのを視認した。この哨戒飛行は、同礁の浅瀬に座礁させた海軍戦闘艦、BRP Sierra Madre(以前の米海軍戦車揚陸艦)に配備されている少数の海兵隊員に対する、補給品の空中投下に伴って実施された。中国の2隻の監視船は3月に、アユンギン礁に対するフィリピンの補給船を阻止したが、今回視認された2隻は別の監視船であった。中国は2013年来、アユンギン礁の占拠を試みており、座礁船の撤去を要求している。アユンギン礁は、フィリピンのパラワン島沖合わずか105カイリに位置にあるが、最も近い中国の海南省からは700カイリ以上も離れている。しかしながら、この海域は、海洋支配を狙う中国の高圧的な政策によって、新たな発火点となっている。

記事参照:
5 Chinese vessels deployed near shoal

5月4日「中国、ベトナム沖合に石油掘削リグを設置、ベトナム、抗議、撤去を要求」(Reuters, May 5, Thanh Nien News.com, May5, and Bloomberg, May 5, 2014)

ベトナム外務省は5月4日、中国国営の中国海洋石油総公司 (CNOOC) がベトナムのEEZ内に深海石油掘削リグを違法に設置したことに抗議し、ベトナムの主権が及ぶ管轄海域内における如何なる活動にも強く反対する、と表明した。外務省は声明で、「ベトナムの管轄海域内における外国による全ての活動は、ベトナム政府の事前許可を必要とする」と強調した。ベトナム国営石油会社、PetroVietnamも同日、CNOOCに宛てた書簡で、CNOOCが5月2日にベトナム沿岸から約120カイリ沖合に設置した掘削リグ、Haiyang Shiyou(海洋石油)981の撤去を求めたが、CNOOCからは回答がなかった。

これに先立って、中国交通運輸部海事局 (MSAC) は5月3日、掘削リグは北緯15度29分58秒、東経111度12分6秒の位置で5月2日から8月15日まで間、掘削作業を実施する、掘削リグの周辺1カイリにおけるあらゆる船舶の立ち入りを禁止する、と発表した。更に、MSACは5日、立ち入り禁止海域を周辺3カイリに拡大した。また、中国外交部報道官は、ベトナムの抗議に対して、掘削リグは「完全に中国の西沙諸島における管轄海域の中にある」と指摘した。

PetroVietnamは、CNOOCの掘削リグの設置場所を地図で明らかにしている(地図参照)。それによれば、掘削リグは、ベトナムが設定している開発鉱区、ブロック118と119の東側に設置されている。米石油会社、Exxon Mobil Corp. (XOM) は、2011年と2012年にブロック118を、2011年にブロック119を、それぞれ掘削しており、有望な発見があったとされる。PetroVietnamが2013年11月に明らかにしたところによれば、天然ガスの推定埋蔵量は6兆~8兆立方フィートと見られ、ベトナム最大のガス田の1つとされる。

記事参照:
Vietnam says Chinese offshore rig is illegal; China disagrees
Vietnam demands China withdraw oil rig from its water
Vietnam Protests China Rig Placement in Disputed Waters
Map: Map showing the Chinese rig as in an area east of exploration blocks Vietnam has designated as blocks 118 and 119.
Photo: Haiyang Shiyou 981 semi-submersible drilling rig

備考:CNOOC 981は、中国船舶工業集団公司 (CSSC) によって、総額60億元(9億5,200万米ドル)、3年以上の歳月をかけて建造された。CNOOCは、この掘削リグを、「動く領土」であり、中国の海洋石油産業の発展にとっての「戦略兵器」と称している。CNOOC 981は、全長114メートル、全幅90メートル、高さ137.8メートル、総重量3万1,000トンである。CSSCによれば、デッキは標準的なサッカー場1面ほどの広さがあり、掘削可能深度は1万2,000メートルで、操業可能最大深度は3,000メートルである。CNOOC 981は、第3世代のGPSを装備し、「2世紀に1度クラスの嵐」による波浪にも耐えられる。また、石油漏洩事故に効果的に対処できる装置も備えている。
(記事参照:China begins deep-water drilling in South China Sea, Xinhua, May 9, 2012

なお、この半没式深海石油掘削リグの名称については、Haiyang Shiyou(海洋石油)981、HD-981、CNOOC 981など、記事によって表記が異なるが、以下の各記事では統一表記に改めることなく、当該記事の表記をそのまま記載した。

【関連記事1「中国の石油掘削リグ設置、中越間の緊張、新たな段階に―米専門家解説」(CSIS, May 7, 2014)

米シンクタンク、戦略国際問題研究所 (CSIS) のErnest Z. Bower 上級顧問とGregory B. Poling研究員は、“China-Vietnam Tensions High over Drilling Rig in Disputed Waters”と題する5月7日付けの論説で、冒頭、以下の諸点を指摘している。

① 南シナ海における中越両国の緊張は、中国国営中国海洋石油総公司 (CNOOC) が5月2日に深海石油掘削リグ、HD-981を西沙諸島の南の係争海域に設置したことで、最高潮に達した。ベトナムは、掘削リグがベトナムの大陸棚の上にあるとして、撤去を要求した。

② 以来、中国は、7隻の海軍戦闘艦艇を含む、約80隻の艦船を航空機とともに周辺に展開させ、一方、ハノイは、掘削リグの設置と運用を妨害するために、29隻の船舶を派遣した。5月7日に事態は劇的にエスカレートした。ベトナムは、中国船がベトナム船に向かって高圧水銃を使用し、何隻かが体当たりしてきたと告発し、これを裏付ける写真や映像を公開した。

③ このような事態の拡大の意味するところは重大である。オバマ大統領のアジア4カ国歴訪直後に、中国がこうした行動に出た背景には、ベトナム、ASEAN 諸国、そしてワシントンの決意を試そうとする北京の意図が窺われる。北京は、ワシントンがロシアのウクライナ侵攻、ナイジェリアやシリアの動向に気を取られている間に、海洋の現状を実質的に変更しておきたいと狙っているのかも知れない。

④ ワシントンは益々内向きで孤立主義的な気分にあり、日本とフィリピンに対するオバマ大統領の歴訪中の比較的強い安全保障コミットメントも支えていく気がないと、もし中国が信じているとすれば、今回の出来事は、地域的にもグローバルにも長期的な影響を与えるものとなり得る。

以下、Q&A形式で要旨以下のように解説している。

Q1:掘削リグは、実際には何処にあるのか。

A1:北京とハノイの言葉の応酬そのものが、掘削リグ、HD-981の設置場所を象徴している。ベトナム当局は、掘削リグは国連海洋法条約 (UNCLOS) に基づく自国の大陸棚の上にあり、ベトナムが全ての鉱物資源、炭化水素資源に対して排他的権利を有している、と主張している。掘削リグは、ハノイが設定済みの2カ所の炭化水素開発鉱区(外国の石油、天然ガス会社には未開放)の縁に近いところにあり、また2011年と2012年に米石油会社、Exxon Mobil Corp. (XOM) が相当量の石油・天然ガスの埋蔵量を発見した開発鉱区、ブロック118と119にも近い。2013 年には、XOMとベトナム国営石油会社、PetroVietnamは、これらブロックから産出される石油・天然ガスを燃料とする、200 億ドルの発電所建設計画を発表している。こうした事実は、CNOOC がこれらの近くにHD-981 を設置した理由を良く説明している。

中国外交部は、ハノイの告発に対して、掘削リグは「完全に中国の西沙諸島海域域の中に」設置されている、と主張している。これは、西沙諸島の200 カイリのEEZや中国が占拠している島嶼―しかし、ベトナムも領有権を主張している―の大陸棚の中にあるとの主張と見られる。

HD-981は、北緯15度29分58秒、東経111度12分06秒にある。この位置は、ベトナムのLy Son島の東約120カイリ、そして中国の海南島の南180カイリにあり、この距離的特質は疑いもなく大陸棚の構成を示すものである。その結果、掘削リグは、ベトナムの主張する大陸棚の上にあるだけでなく、中越の大陸棚の中間線をとってもベトナム側に入る。

Q2:どちらが正しいのか。

A2:中国の外交部は、HD-981の北方17カイリにある、西沙諸島のTriton 島、あるいは西沙諸島の他の島嶼がUNCLOS が規定する居住要件を有する島嶼であり、従って大陸棚を構成する*との前提に立っているようである。もしこの前提が正しいとすれば、HD-981は、西沙諸島の島嶼の大陸棚にあるということになろう。これは最大の争点である。何故なら、西沙諸島の小さな島嶼が、大陸棚の境界を決める上で、対峙する長大なベトナムの海岸線と同等の価値を持つと考えるのはほとんど不条理に近いからである。中国は根拠薄弱でも大陸棚の領有権を主張する権利を持つが、この海域は係争海域であることは確かである。UNCLOSは、紛争当事国に対し「協調と協力の精神の下で暫定的な措置に合意するよう努力する」ことを勧告し、「最終的合意の成立を危うくしたり阻害したりすべきでない」と勧告している。中国が一方的に掘削を開始することは、この勧告に違反する。中国の行動は、2002 年のASEAN諸国との「南シナ海における行動宣言 (DOC) 」にも反する。DOCは、対立をエスカレートさせるような行為の自制を求めている。他方、ハノイは、ブロック118、119 のように、係争海域の外縁から離れた海域にのみ石油・天然ガス開発を限定している。

備考*:UNCLOS第121条は以下のように規定している。1.島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。2.3に定める場合を除くほか、島の領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚は、他の領土に適用されるこの条約の規定に従って決定される。3.人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない。

Q3:今後の見通しについて。

A3:北京はHD-981を8月15日まで同海域に置くとしているが、HD-981の設置は、中越間の緊張を新しい段階に押し上げた。ハノイは、掘削リグの運用を妨害する決意のようである。フィリピンと違って、ハノイは、ロシア製のKilo級潜水艦や旧式ながら大型の艦艇や航空戦力を保有しているので、妨害する能力を持っている。従って、最近のベトナム船への衝突など、危険な行動が急速に事態をエスカレートさせるという、現実の脅威が存在する。ベトナムの隣国や、アメリカなどの域外国は、あらゆるチャンネルを活用して、双方に自制を求めるべきであろう。

他方、ベトナムがそれなりの海軍力を保有していることは、中国の強引な行動を抑制する効果もある。HD-981 の近辺には中国海軍の艦艇も配置されているが、掘削リグ周辺海域に入ろうとするベトナムの船舶を妨害しているのは、中国海警局の監視船だけのようである。中越両国の指導層はお互いを良く知っており、海軍の高官レベルのホットラインを含め、緊密な連絡が取れる体制にある。このことは、より大きな危機の回避に役立つであろう。

ベトナムは既に、海外の支持を獲得し、中国を侵略者とするための外交的キャンペーンを始めている。中国の最近のその他の挑発的な行動を見れば、このキャンペーンは功を奏するであろう。ベトナムの首相は、近日開催のASEAN 首脳会議に参加する。今回の中国による掘削リグ設置は、2014年初めの中国艦隊によるマレーシアのJames礁巡回、3 月のSecond Thomas礁のフィリピン軍への補給妨害とともに、首脳会談の中心的話題を南シナ海問題とすることは確かであろう。1つ確かなことは、中国の挑発行動がASEAN 諸国の危機意識を高め、域内の結束を促し、そして域外国、特に日本やアメリカとの関係強化に向かうことになろう。

記事参照: China-Vietnam Tensions High over Drilling Rig in Disputed Waters(なお、この記事には、地図画像が2枚添付されている)

【関連記事2「中国の石油掘削リグ設置を巡る中越対立―米専門家とのQ&A」(The New York Times, May 8, 2014)

南シナ海の西沙諸島を巡る中国とベトナムの領有権紛争は、中国国営の中国海洋石油総公司 (CNOOC) がベトナム沿岸から120カイリ沖合に深海石油掘削リグ、CNOOC 981を設置したことから、再び爆発した。中国軍は1974年に、西沙諸島南部を当時の南ベトナム軍との戦闘で奪取し、その後中国か占拠しているが、無人のままであった。米国務省報道官は5月8日、「南シナ海における対立緊張の経緯から見れば、係争海域に石油掘削リグを設置するという中国の決定は、挑発的で、地域の平和と安定の維持に有害である」と非難した。この問題について、中国の領土問題に詳しい、米MITのM. Taylor Fravel準教授は、The New York TimesとのQ&Aで、要旨以下のように語った。

Q. 何故、中国は、この時期に、そしてこの場所に掘削リグを設置しようとしたのか。

A. 最も考えられる理由は、政治的な理由で、経済的理由ではない。経済的には、掘削リグが設置された海域には、炭化水素資源の埋蔵がほとんど確認されていないし、またその可能性もほとんどない。しかも、建造費に10億ドルも要した掘削リグは、1日当たりの運用費用も非常に高価である。では何故、CNOOCがこのような海域に掘削リグを設置したのか。中国は恐らく、南シナ海において領有権を主張する海域に対する管轄権を誇示し、それを行使するために、掘削リグを利用しようとしていると見られる。更に、中国は、南シナ海で領有権を主張するマレーシアとフィリピンを含む、オバマ米大統領の最近のアジア諸国歴訪を通じて再確認された、アジアへの「軸足移動」に対するアメリカの決意を試そうとしているのかもしれない。しかしそうだとしても、ミャンマーで開催されるASEAN年次首脳会議を翌週に控えた、このタイミングでの中国の行動には当惑させられる。中国の行動は、南シナ海における中国の振る舞いが首脳会談での主要議題になるばかりか、南シナ海における中国の領有権主張に対して一層大きな国際的関心を集めることを保証するようなものであるからである。この数年間、中国とベトナムは、全般的には両国関係を改善し、海洋紛争を平和裏に管理してきた。両国は、2011年10月には海洋紛争を解決するための基本原則について合意し、ホットラインを設け、更に海洋境界の画定と共同開発に関する作業部会を設置してきた。

Q. 中国による今回の掘削リグの設置と西沙諸島を巡る中越両国の紛争の歴史的経緯から見て、この状況は、より激しい、あるいはより大きな紛争にエスカレートするか。

A. エスカレーションの危険はある。海底石油と天然ガスは、ベトナム経済における重要な役割を果たしている。この事実は、例え中国が掘削リグを設置した海域に大きな資源がないとしても、ハノイにとって、自国の200カイリEEZ内における中国の掘削を阻止しようとする、強いインセンチブとなり得る。この海域は両国に近接しており、現場海域への両国の海軍艦艇と政府公船の展開が容易である。狭い海域の制圧を目指して多くの艦船が集結すれば、武力紛争にエスカレートしかねない誤算や衝突の危険が増える。この数年間、ベトナムは、自国の海洋権益を脅かす中国の高圧的な振る舞いに対抗するため、政府公船を使用する意志を示してきた。2007年には、ベトナムは、今回掘削リグが設置された海域の北方の西沙諸島に近い海域での中国の地震探査を阻止しようとした。2010年には、ベトナムの政府公船は、係争海域における中国の漁業監視船を取り囲んだ。今回は、ベトナムにとって一層深刻である。従って、ベトナムは、中国の掘削リグが掘削を開始するのを阻止し続けようとするかもしれない。

Q. 中国が掘削リグの設置を合法的と主張する論拠は何か。

A. 中国は、西沙諸島全域に主権を主張している。尖閣諸島に対する日本の主張と同じに、中国は、西沙諸島に関してベトナムとの間に領有権紛争はないと主張している。中国は、1950年代半ばから西沙諸島の北側部分を、そして南ベトナム軍と衝突した1974年以来、南側部分を占拠してきた。中国外交部によれば、掘削リグの稼働は「中国の西沙諸島沖合の海域内」で行なわれている。掘削リグ自体は、西沙諸島の最南西端にあるTriton島の約17カイリ南に設置されている。中国は1996年に、西沙諸島全体を取り囲む基線を引き、1998年の法律に基づいて、これら基線から200カイリのEEZを主張している。国連海洋法条約は、200カイリEEZにおける海洋資源に対する排他的管轄権を認めている。掘削リグの位置は、西沙諸島に対する中国の主権主張に基づいた200カイリEEZ内にある。

Q. ベトナムは、中国の掘削リグの設置がベトナムの領土主権を侵害していると主張する法的論拠を有しているのか。あるいは、西沙諸島が係争海域であることから見て、中国の行為は不誠実なものと言えるのか。

A. ベトナムは、2つの理由から掘削リグの設置位置について異議を唱えることができる。まず第1に、掘削リグは、ベトナムのLy Son島からおよそ120カイリの大陸棚にあり、従って、ベトナムの200カイリEEZ内に位置する。第2に、ベトナムは、西沙諸島(ベトナム名、Hoang Sa)全体に主権を主張しており、領有権紛争は存在しないとする中国と対立している。ベトナムは、西沙諸島周辺に基線を引いてないが、西沙諸島全域の主権と周辺海域の管轄権に対する中国の主張を拒否している。ベトナムの視点では、中国の掘削リグは、ベトナムの管轄海域に位置し、中国はこの海域で掘削する如何なる法的根拠も持っていないということになる。

Q. 南シナ海の領有権紛争に対して、アメリカはどのような立場をとってきたのか。そして、アメリカは今回の事案にどう対応すべきか。

A. アメリカの政策は、西沙諸島と南沙諸島を含む、南シナ海の領有権紛争に対しては、いずれの側にも与しないというものである。同時に、アメリカは、航行の自由、紛争の平和的解決、そして武力による威嚇の回避を含め、この地域におけるアメリカの主要な関心を明示してきた。アメリカは、平和的解決を支援するために、中国とASEAN諸国に対して、法的拘束力のある行動規範に合意するとともに、フィリピンに倣って、紛争を国際的仲裁に委ねるよう慫慂している。今回の事案に対しては、アメリカは、係争海域において一方的な行動をとらないよう、全ての関係当事国に強く要求するべきである。アメリカは、今回の事案が、紛争のエスカレーションの可能性を制御するとともに、将来的な再発を回避するための行動規範の必要性を高めている、と強調すべきである。更に、アメリカは、今回のような事案の将来的な再発を防ぐことにもなる、共同開発のためのメカニズムを構築するよう、全ての関係当事国に要請することもできよう。

Q. 南シナ海における領有権を主張する他の東南アジア諸国は、こうした中国の行動にどう対応すべきか。

A. 中国の行動は、中国が侵略的な意図を持ち、一方的な行動を取りたがるという認識を、これら諸国の間に植え付けるだけである。特に、中国の掘削リグの設置は、自国の主権を護るために最善を尽くすという、これら諸国の決意を一層強めさせることになろう。これら諸国は、海軍力と海洋法令執行能力の強化により大きな投資を行うとともに、特にアメリカ及び日本との、そして恐らくこれら諸国相互間でも、海洋安全保障協力を強化しようとするであろう。

Q. 中国は南シナ海における領有権主張の根拠として中華民国時代からの「9段線」地図を使っているが、これについてどう考えるか。

A. 「9段線」は数十年に亘って中国の地図に記載されてきたが、中国は、「段線」が何を意味するのかについて、沈黙してきた。「段線」は、それが取り囲む島嶼に対する主権主張を意味しているのか、あるいは、もっと拡大してEEZを主張しているのか、歴史的権原を主張しているのか。中国内では、「段線」の定義を巡って一致しているわけではない。しかしながら、ここ数年に見られる中国の措置、例えば南シナ海の南端海域における中国漁民の保護、あるいはベトナム沖合に設定した開発鉱区に対する外国石油会社の投資の誘致といった措置は、中国が「段線」の拡大定義に立っていることを示している。

記事参照:
Q & A: M. Taylor Fravel on China’s Dispute With Vietnam

【関連記事3「深海石油掘削リグ設置、中国の狙い―米紙論評」(The New York Times, May 9, 2014)

5月9日付けの米紙、The New York Times は、中国が深海石油掘削リグ、HD 981をベトナム沖に設置した狙いについて、要旨以下のように論じている。

(1) 中国は、最近数年間で少なくとも2度、今回の設置海域の探査を試みており、ベトナムの抗議で断念した経緯がある。6カ月前には、中国首相のハノイ訪問中に、両国は、石油・天然ガスの共同開発の方法を検討していると発表した。今回の掘削リグの設置で、こうした努力は雲散霧消してしまった。今回の中越両国の対決は、経済発展が顕著なこの地域を、軍事衝突に向かわせかねない。中国は、掘削リグを係争海域に設置することによって、まず行動し、その後に外交努力を求める意図をあからさまにしているように見える。その結果、この地域の係争当事国、そして最終的にはアメリカが中国の行動を受け入れるか、あるいはそれと対決するかを決断しなければならない、「事態」を係争海域に作為することになる。

(2) ベトナムとの領有権を巡る対決において、中国は、新たな潜在的に強力なツールを持ち出してきた。この掘削リグは、中国国営の中国海洋石油総公司 (CNOOC) が「我々の動く領土」と称するものである。石油探査には相当な投資と、そしてしばしば掘削リグの防衛措置―中国の場合、それは海軍艦艇を含む政府公船によって提供されることになろう―が必要であり、従って、掘削リグの設置は、南シナ海を支配しようとする中国の決意における、ゲームチェンジャーになり得る。ブッシュ前政権の国家安全保障会議スタッフであった、ハーバード大学のモロー (Holly Morrow) 研究員は、「中国は、漸進主義的な方法で、南シナ海におけるプレゼンスを拡大してきた。しかし、中国は今や、一線を越えつつある」と指摘している。

(3) 中国の今回の賭けが指導部の期待に沿うことになるかどうかは、不明である。 中国は2年前に、アメリカが傍観者に留まったことで、係争中の環礁から戦闘することなくフィリピンを排除することができた。フィリピンは約束通り退去したが、中国はそうしなかった。それ以来、中国は、この環礁、スカボロー礁とその周辺の豊かな漁場を支配している。これに対して、ベトナムは、中国の艦船派遣に対抗するため、自らも艦船を派遣して、手強い相手であることを見せつけた。中国政府の主張によれば、ベトナムの船は4日間で171回も中国の船に衝突してきたという。

(4) この地域の一部専門家は、今回の中国の行動のタイミングを、はるかに強大な北の巨人に立ち向かう東南アジア諸国の能力に対するテストであるのみならず、1カ月足らず前に、強大な中国に対抗するアジアのアメリカの同盟国を支援すると約束したばかりのオバマ大統領の決意をも試すもの、と見ている。中国の行動は、深海用掘削リグの運用には何カ月もの事前準備を必要とすることから、長期的な計画であったことはほぼ間違いない。しかしながら、アジアのある上級外交官によれば、この地域の一部当局者は、オバマ大統領のアジア歴訪について、アメリカが南シナ海の領有権問題を巡って中国との直接的な対立を避けたがっているという印象を残したと見ている。オバマ大統領は、マニラでの記者会見で、中国との領有権紛争が武力紛争になった場合、ワシントンはフィリピンを護るかという質問を躱して、「我々は、武力による威嚇や脅迫が領有権紛争に対処する方法とは思わない」と答えただけであった。その数日前には、中国との海洋紛争について、日本に対するより強い支持表明を行ったばかりであった。ロードス国家安全保障問題担当大統領副補佐官は、アメリカは中国による一方的な行動や武力による威嚇に反対するとともに、フィリピンを含む同盟国との軍事関係を強化してきたとし、「我々は、この地域の同盟国との相互防衛条約に対する支持を再確認するとともに、海洋紛争を解決するために国際的仲裁に委ねるとするフィリピンの努力を支持してきた」と断言した。

(5) 今回のCNOOCによる深海石油掘削リグ、HD 981の設置を、エネルギー資源の発見が主目的と見ている専門家はあまりいない。前出のモロー研究員は、「CNOOCは、企業でもあるが、政治的アクターでもある。CNOOCの行動は、エネルギー開発が全てではなく、海洋主権も視野に入れている」と指摘している。とはいえ、中国国営新華社通信の報道によれば、この海域での掘削に対するCNOOCの熱意は、2013年5月と6月に行なわれた3次元地震探査に触発されたものかもしれない。掘削のもう1つの誘因は、掘削リグの設置現場が、2011年と2012年にExxon Mobilが相当な石油と天然ガスの埋蔵量を発見した2つの開発鉱区に近いということである。米海軍大学のダットン (Peter Dutton) 教授は、「この海域に中国が掘削リグを設置したことは、単に挑発だけが誘因とは言えない」と指摘している。 ベトナム国内では、中国の今回の行動は、国内の強い反中国感情と、アメリカにあまり接近したくないとの思惑との間で、政府の微妙な舵取りを難しくしている。

記事参照:
In High Seas, China Moves Unilaterally

【関連記事4「中越対立、米の対応―ホームズ論評」(The Diplomat, May 10, 2014)

米海軍大学のホームズ (James R. Holmes) 教授は、5月10日付けのWeb誌、The Diplomatに、“China Abandons Small-Stick Diplomacy?”と題する論説を掲載し、南シナ海における中国の高圧的な態度に対抗するために、関係諸国は、フィリピンが司法の場に持ち込んだように、「法律戦」を仕掛けるべきだとして、要旨以下のように論じている。

(1) 中国国営の中国海洋石油総公司 (CNOOC) は西沙諸島のベトナムとの係争海域に石油掘削リグを設置したが、周辺海域には中国海軍の艦艇も派遣されている。現場海域では、中越両国の政府公船が高圧放水銃による放水や衝突を繰り返している。幸いなことに、砲弾が飛び交う事態には至っていないが、この状態がいつまで続くかはわからない。今回の事態では、特異なことが1つあった。それは、中国海軍の艦艇が、海警局の巡視船などの公船と一緒に行動していたことである。北京は、最近数年間多用してきた「小さな棍棒外交 (the small-stick diplomacy) 」を放棄したのか。しかしながら、今回のケースでは、中国は、不手際というより、むしろベトナムに対して底意地の悪い敬意を表したのかもしれない。中国は、孫子のいう「覇王」の如く、隣国を畏怖させる振る舞いを好む。しかし、中国の指導部は、過去の陸上と海上での中越軍事衝突を間違いなく記憶しており、手強く毅然とした相手には、しばしば酷い目にあったことも思い出していよう。中国の指導部は、海警局の巡視船だけではベトナム側の船隊を圧倒できない、と判断したのかもしれない。海軍は紛争相手と戦うが、海警局の巡視船は、国内法に基づき非国家的な犯罪行為者に対して法令を執行する。北京は、海軍艦艇を派遣することで、フィリピンとは異なり、相当な海軍力や沿岸警備隊を有するベトナムを、侮り難い相手として暗に認めたということかもしれない。

(2) 領海とEEZを合わせた、“offshore waters” が、中国の表現を借りれば、「藍色」国土を意味するという概念を受け入れる時が来たのかもしれない。南シナ海沿岸国の“offshore waters” にある岩礁を支配するために、政府公船を派遣することは、他国の国境地帯に前哨基地を構築するのと同じである。また、自国の漁船に他国のEEZ内での操業を慫慂することは、密猟者に他国の領土に侵入して資源を密漁することを慫慂するのと同じである。要するに、海洋も「藍色」国土であるという中国の主張を受け入れれば、この問題の所在がはっきりする。そうすれば、フィリピンのスカボロー礁(中国語名:黄岩島)やミスチーフ環礁(中国名:美済礁)での行為、あるいはまた2012年にベトナムのEEZの一部を開発鉱区として公開入札にかけたことなどは、北京が越境侵略行為の罪を犯したということになるのである。しかも、越境侵略行為を防止することは、国連憲章のような普遍的な法規とともに、多くの相互防衛条約の主目的になっているのである。

(3) では、アメリカはこの事態にどう対応すべきか。アメリカによる支援は、疑問の余地なき沿岸国の領土である陸地を基点とする海域だけに差し伸べられるべきである。つまり、1例として、ルソン島沖合に、あるいはベトナム中部沖合に帯状に延びる200カイリの海域防衛に対する支援である。南シナ海中央部の状況は錯綜している。国際的な司法の場で西沙諸島や南沙諸島の島嶼の領有権問題が最終的に解決されない限り、アメリカが西沙諸島や南沙諸島の島嶼を巡って戦うなどということは、考えられない。もし域内のアメリカのパートナー諸国が米海軍の助けを当てにしているとすれば、彼ら諸国の期待は、多分裏切られることになろう。

(4) 「自然に形成された陸地で、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあり、人間が居住することができ、かつ経済活動を行うことができる」というのが、国連海洋法条約(UNCLOS)の定める島の定義である。中国が実効支配する西沙諸島のWoody Island(中国名:永興島、三沙市市役所所在)を除いて、南沙諸島や西沙諸島の岩礁は、上記UNCLOSの島の定義を満たすには程遠い。しかし、Woody Islandは、他の小島や岩礁と異なり新鮮な真水があり、UNCLOSの島の定義を満たしている。UNCLOSはまた、「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない」と規定している。即ち、このような岩礁は12カイリの領海を構成するが、これら岩礁を基点にEEZを主張することは認められていないのである。

(5) 中国の「9段線」はどうか。島とは言えない岩礁群を繋いで、「藍色」国土と主張するのは困難である。西沙諸島や南沙諸島の一部の島嶼は領海の基点になり得るかもしれないが、部分的に水没している岩礁は領海の基点になり得ないかもしれない。マニラは最近、国際海洋法裁判所に提訴するという、「法律戦」に打って出た。恐らく、法律専門家は、北京の「9段線」が、特にフィリピン中央部に面するEEZ内の海域までも囲い込んでおり、法的根拠がないことに同意するであろう。南シナ海の中央部の空白海域*については、全ての領有権主張国は、裁判所の見解に失望しそうである。島の基準を満たす陸地はほとんどなく、例え陸地に主権を認められても、排他的な経済権は狭隘な海域に及ぶだけであろう。従って、効果的な判決は、この空白海域の大部分を、全ての海洋国の自由な利用を可能にする、国際公共財と認定することであろう。

(6) このような判決に対する中国の反応は、恐らく「超人ハルク」(アメリカン・コミックのスーパーマン)を呼び寄せるような衝撃的なものとなろう。結局のところ、中国は大国であって、領有権を争うその他の国々は小国である。小国は、この関係に適応しなければならない。しかしもし中国がこの裁判結果に公然と反抗するならば、北京は、自ら無法者であることを暴露することになろう。そして、そのことは、アジア太平洋のシーパワー諸国に対して、中国に対抗して結集するための口実を与えることになろう。我々の方から「法律戦」を仕掛けようではないか。

記事参照:
China Abandons Small-Stick Diplomacy?

備考*:(南シナ海の島嶼の存在を無視して)各国が自国の沿岸基点から200カイリEEZを主張した場合に生じる、いずれの国のEEZにも含まれない海域。

5月7日「インド海軍空母、実戦配備」(DNA, May 7, 2014)

インド海軍のドゥーワン (ADM Robin Kumar Dhowan) 総参謀長は5月7日、空母、INS Vikramadityaが艦載機、MiG 29K戦闘機と共に実戦配備されていることを明らかにした。ドゥーワン総参謀長によれば、インド海軍のパイロットは、MiG 29K戦闘機を同空母から運用している。INS Vikramadityaは、2014年1月にロシアから回航され、西岸のカルナータカ州カルワルを母港としている。海軍筋によれば、同空母は既に、西部艦隊で最近実施された演習に参加した。INS Vikramadityaは現在、対空兵装を搭載しておらず、今後予定されている最初の補修時に搭載されると見られる。ドゥーワン総参謀長は、コーチの造船所で建造中の国産空母、INS Vikrantについて、2017年に海上公試を開始し、2018年末までに配備されることになろう、と語った。

記事参照:
INS Vikramaditya is operationally deployed: Navy Chief

5月8日「インドネシア西カリマンタンの海軍基地、主要基地に格上げへ」(Antara News, May 8, 2014)

インドネシア国軍のモエルドコ司令官は5月8日、西カリマンタン州の州都、ポンティアナにある(南シナ海に面した)海軍基地が主要基地に格上げされるとの見通しを明らかにした。同司令官は、「格上げの時期は不明だが、将来的に南シナ海情勢が不安定になれば、西カリマンタンとリアウ諸島の海軍基地の格上げが必要となろう」と語った。インドネシアの海洋漁業省によれば、西カリマンタン海域は漁業資源と鉱物資源が豊富で、不法操業の盛んな海域である。西カリマンタン海域は、ナトゥナ諸島、カリマタ諸島及び南シナ海とともに、Zone III海域に属し、マグロ、鯖など各種魚類が豊富な海域である。

記事参照:
W. Kalimantan naval base to be promoted to naval main base

5月8日「アメリカは当てになるか―英エコノミスト論評」(The Economist, May 8, 2014)

英誌、The Economistは、5月8日付けの、“What would America fight for?”と題する論説で、アメリカは肝心な時に当てになるか―アメリカへの疑心暗鬼が国際システムを蝕んでいるとして、要旨以下のように論じている。

(1) 何十年にもわたって、アメリカによる安全の保障が日本の外交政策を支えてきたが、オバマ大統領はアジア歴訪の際に、中国が係争中の尖閣諸島を奪取しようとしたら、日本は米国を当てにして良いと、不安に思う日本に再保証しなければならなかった。リビア、マリ及びシリアに関してアメリカが介入に消極的であったことから、イスラエル、サウジアラビア、湾岸諸国は、アメリカが中東の警察官でいてくれるかどうかを懸念している。プーチン大統領がウクライナを分裂させると、東欧諸国は、次は自分達ではないかと心配している。それぞれの状況は異なるが、国際政治の場では、これらの不安や懸念が相互に増幅し合い、アメリカは肝心な時に当てにならないかもしれないという根強い疑念を、友好国にも敵対国にも植え付けてしまった。

(2) 抑止には、常に幾分の不確実性がつきまとう。アメリカの大統領が自国の領土を護ろうとするのは絶対確実であり、一方で、アメリカがウクライナを巡ってロシアと戦わないであろうことも確実といえるが、その間には可能性の組み合わせが無限に存在する。それらは事態の進展如何にかかっているが、そうした曖昧な領域では疑念は急速に拡散し、世界をより危険な場所にしてしまう。既に地域大国は近隣諸国の支配に乗り気になっている。中国は高圧的に領有権を主張しており、ロシアの介入もより露骨になってきている。2013 年にはアジア諸国の軍事費は欧州のそれを越えたが、これは、自国防衛の必要に迫られた周辺諸国が軍備増強に走り始めた証左だ。もし隣国が武装し、超大国が砲艦を派遣してくれないのであれば、自らが武装するしかない。要するに、疑念が疑念を呼んでおり、プーチン大統領を非難する指導者がいる一方、プーチン大統領に倣おうとする指導者もいる。ウクライナや南シナ海から遠い欧州諸国も無関係ではいられない。航行の自由などの国際規範は弱体化し、多数派による少数派の弾圧は増え、その結果、弾圧を逃れようと難民も増えよう。また、自由貿易や公害の抑制といった、グローバルな公共財の維持も難しくなろう。アメリカ人が自国の経済力、外交力そして軍事力にただ乗りする各国の忘恩ぶりに苛立つのは理解できる。しかし、アメリカ自身にしても、概して自国に好都合な世界システムを運営するという途方もない特権を享受してきたのである。

(3) 全ての非難をオバマ大統領に向けるのは間違っている。イラク派兵を決めたのはオバマ大統領ではない。そして重要なことは、ソ連崩壊で頂点に達したアメリカのグローバルな支配力を維持していくのは不可能であり、また、中国が強大化するにつれて、発言力の拡大を要求することは当然の成り行きであったということである。しかし、オバマ大統領の2つの行動が困難な状況をより一層悪化させた。第1に、オバマ大統領は、約束は必ず守るという超大国の抑止の鉄則を破った。オバマ大統領は、シリアのアサド大統領が化学兵器を使用すれば懲罰を加えると言明しながら、そうしなかった。ロシアのウクライナ侵略には厳しい制裁を課すと言いながら、失望させただけであった。オバマ大統領にも、シリアでは英国の協力を得られなかった、欧州諸国がロシアの天然ガスを必要としている、議会が積極的でないなどの言い分はあるにせよ、そうした無作為から発せられるメッセージは弱さだ。第2は、オバマ大統領が気配りの足りない友人であるということである。オバマ大統領は、民主国家の有志連合による国際システムの維持を目指しながら、実際に連合の構築に失敗した。イランやロシアといった、厄介な相手と外交的に対処して譲歩し、同盟国の不安を呼んだ。

(4) 信頼性は容易に失われ、再構築は困難である。プラスの側面としては、シリア以降、弱体化した西側は、思われている以上に依然強力である。アメリカは、軍事支出や国際体験で他を圧している。中国やロシアと異なり、アメリカは、他の追随を許さない、そして拡大されつつある同盟のネットワークを有している。この数年間に、マレーシア、ミャンマー、ベトナムそしてフィリピンは、中国からの保護を求めてアメリカに一層接近している。しかし、欧州諸国は未だに、アメリカが提供する安全保障をただで享受できると考えている。インドやブラジルのような、台頭する民主国家は、彼らが依拠している現システムの維持に、欧州諸国よりも無関心である。そして、アメリカは、対外的な紛糾を避けることに懸命である。世界がアメリカを如何に弱体化させるかに腐心していた時、オバマは大統領に就任した。しかし、今や事情がすっかり変わったことを、オバマ大統領もそしてアメリカも認識する必要がある。

記事参照:
What would America fight for?

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・山内敏秀・吉川祐子