海洋情報旬報 2014年5月21日~31日

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5月21日「ロシア北洋艦隊、今夏の北極海巡航計画」(RIA Novosti, May 21, 2014)

ロシア北洋艦隊報道官が5月21日に明らかにしたところによれば、同艦隊は今夏、新たな北極海巡航を計画している。それによれば、艦隊は、フランツヨーゼフランド諸島、セーヴェルナヤゼムリア諸島、ノヴォシビルスク諸島、そしてウランゲリ島まで巡航する計画である。報道官は、「我々は、耐氷型船舶でなくても航行可能な航路帯を探索するとともに、北極海における科学調査、気象観測、そして航法や潮流の調査を継続する」と語った。これらの調査は、ロシア軍の軍事的関心からばかりでなく、北方航路を国家管理の輸送路として維持し、ロシア北極海における海洋経済活動にも資する狙いから実施されるものである。更に、ロシア軍は、北極海のほとんど全ての諸島に軍事インフラと空、水上及び海中の状況をモニターする統合システムの設置を計画している。

記事参照:
Russian Navy Plans New Expeditions to Arctic

5月22日「EEZ内における軍事的活動の是非を巡る米中の対立―米専門家論評」(The National Interest, May 22, 2014)

米ワシントンのThe American Foreign Policy Council (AFPC) のJeff M. Smith、Joshua Eisenman 両上席研究員は、5月22日付けの米誌、The National Interest に、“China and America Clash on the High Seas: The EEZ Challenge”と題する論説を寄稿し、他国のEEZ内における軍事的活動の是非を巡る米中の対立について、要旨以下のように述べている。

(1) 中国の青島で開催された、「西太平洋海軍シンポジウム (The Western Pacific Naval Symposium: WPNS) 」において、参加国は4月22日に「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準 (The Code for Unplanned Encounters at Sea: CUES) 」を全会一致で承認した。不幸なことに、CUESには法的拘束力がない。洋上で海軍部隊が不慮の遭遇をした場合の通信方法を規定しただけで、領海における事故に対処できないし、漁船や政府公船にも適用されない。そして、恐らく最も重要なことは、CUESが、米中関係における基本的な不安定要因、即ち、EEZ内における国家の権利に関する双方の基本的に相反する解釈の相違に対応できないということである。この解釈の相違は、危険性を内包しており、これまで米中両国の海軍艦艇の間で十数件の衝突事案を引き起こしている。

(2) 歴史的に、世界の海洋は、2つのカテゴリーに類別される。即ち、国家の主権が及ぶ海岸線から3カイリ幅の「領海」、そして全ての国が無制限に航行できる「公海」である。国連海洋法条約 (UNCLOS) では、「領海」の3カイリから12カイリへの延伸、海岸線から200カイリのEEZの創設に合意した。EEZでは、沿岸国は、経済開発活動や海洋科学調査などについて排他的権利を有する。アメリカは、UNCLOSに未加盟だが、海洋に関する規定を尊重している。

(3) 時間が経つにつれ、EEZにおける沿岸国の権利についての解釈の相違が大きくなってきた。アメリカとその他の多くの国は、EEZを公海と同じように扱い、外国軍隊が監視活動を実施する場合、沿岸国の許可を必要としないとしている。これに対して中国は、EEZを領海と同様に扱い、EEZで監視活動を実施する外国軍隊は沿岸国の許可を得なければならない、と主張する。こうした主張は中国だけではない。他に16カ国が中国と同じ立場に立っており、このうち、7カ国はUNCLOSの規定する12カイリを超える領海幅を主張し、3カ国は接続水域を含めた24カイリに対する領海主権を主張している。これらの国には、バングラデシュ、ミャンマー、カンボジア、インド、マレーシア、モルディブ、タイ及びベトナムが含まれている。これらの国の中には、自国のEEZ内における無許可の米海軍艦艇による活動に対して外交上の抗議をする国もあるが、米海軍艦艇に対して妨害行為を行うのは、最近では2013年12月の米海軍誘導ミサイル巡洋艦、USS Cowpensに対する妨害事案に見られるように、中国だけである。

(4) 中国は、米軍のソナー探査のような監視活動は軍事目的にも科学的目的にも利用可能であり、従って、EEZにおいて沿岸国のみに許されている海洋科学調査と見なされると主張し、米艦艇に対する妨害行為を正当化している。しかしながら、米海軍大学准教授、Raul Pedrozo退役大佐は、UNCLOSの下では、EEZにおける水路測量と軍事的海洋調査を含む監視活動に関しては当該沿岸国の許可を必要としない、と主張する。中国はまた、UNCLOSの下ではEEZ内における一般的な軍事情報収集活動も禁止される、と主張する。しかしながら、UNCLOSは、第19条で、領海内における「沿岸国の安全を害する」情報収集活動の禁止を規定しているだけである。更に、中国は、アメリカのEEZ内において中国艦艇が同じような行動をとることをワシントンは許容しないであろうと論じ、アメリカがダブル・スタンダードをとっていると主張している。この主張は真実ではない。特に、中国が日本のEEZ内やその周辺で定期的に軍事的監視活動を実施していることを考えれば、この主張は無意味である。

(5) これまで、アメリカは、EEZ内での監視活動に対する中国の警告を無視してきた。中国は定期的に、民間船あるいは海軍艦艇よる挑発的で無謀な行動をもって対抗してきた。これに対して、米艦艇は、時に妨害行為を無視し、あるいは一旦EEZを出て、護衛艦艇を伴って再び戻ってくるといった対応をとってきた。こうした事案の大半は東シナ海か南シナ海で発生しており、海洋調査、水中監視、水路調査、ミサイル追跡、音響調査といった特別な任務に従事する、米海軍の特殊任務艦船が関わっている。また、米海軍は、中国が主張するEEZ内やその周辺海域において、「航行の自由のための作戦」を実施している。この作戦は、アメリカが国際法規に反すると見なす、海洋権益主張に対する挑戦が狙いである。これらの作戦には、「こうした違法な海洋権益主張を国際社会が受け入れる前例としないために、米艦艇が係争海域を通航すること」が含まれる。

(6) 2009年以降の中国のより挑戦的な対外姿勢の特徴は、対決のレッドラインを瀬踏みし、新たな現状を確定することである。フィリピンがスカボロー礁で示したように、アメリカやその他の国が中国の挑戦に直面して対決を避ける時、中国は、首尾良く目的を達成できた。しかしながら、アメリカが決意を示した時、北京は、対決を回避してきたのである。ワシントンは、監視活動、哨戒活動そして航行の自由のための作戦を積極的に継続して行かなければならない。こうした姿勢は、アメリカの国益に適うだけでなく、国内法や国際法に裏付けられたものである。アメリカがUNCLOSに関する中国の解釈を受け入れれば、米海軍艦艇は、世界の海洋の約3分の1を占める他国のEEZから閉め出されることになろう(世界の海洋、3億3,500万平方キロの内、EEZは1億200万平方キロを占める)。これは、アメリカにとっても、また同盟国とっても受け入れることはできないし、UNCLOSの起草者立も決して想定していなかったであろう。

記事参照:
China and America Clash on the High Seas: The EEZ Challenge

5月22日「南シナ海での石油掘削、中国の意図―オースリン論評」(The Wall Street Journal, May 22, 2014)

米シンクタンク、AEIのオースリン (Michael Auslin) 日本研究部長は、5月22日付けの米紙、The Wall Street Journalに、“China Drills for Territory”と題する論説を寄稿し、北京は石油掘削リグの設置によって軍事行動をとることなく戦略的目標を達成しつつあるとして、要旨以下のように論じている。

(1) ベトナムの管轄海域に中国が石油掘削リグを設置したことは、西太平洋地域における北京の高圧的な行動に見る新たな戦術である。中国の狙いは、係争海域に対する管轄権ばかりでなく、中国の領有権主張と海洋境界画定権に関する国際的な認知を獲得することにある。掘削リグの設置は、非軍事的な行動を通じて北京の戦略目的の達成に寄与し得る。同様の状況は、東シナ海において中国と日本の間にも生じている。中国は、尖閣諸島の近くで春暁ガス田に掘削リグを設置している。北京と東京は2008年、春暁ガス田の共同開発に合意したが、その後、交渉は進展していない。

(2) これらの掘削リグは、アジアにおいてリスクを増大させる新しく重大な象徴となっている。中国はより多くの掘削リグを設置し、より広範な油田開発を計画しており、従って、今後も緊張が高まりそうである。もし北京の威圧にベトナムが屈するようなことになれば、それは、将来の中国による係争海域での高圧的な行動モデルになるであろう。

(3) 中国の行動を阻止する如何なる試みも、偶発的な紛争事態を招きかねない。ベトナムがASEAN諸国からほとんど支援を得られないのは、恐らくこうした懸念からであろう。小国は、自国の利益を保護してくれるパートナーを求めている。ベトナムの場合、それは、中国との係争海域における開発鉱区での共同開発に、ロシアの国営、ガスプロム社を引き込むことであった。ハノイは、北京がロシアの関与に警戒心を高めることを期待している。更に、ハノイは、中国による支配が益々強まる地域において、モスクワが影響力を維持する手段として、ベトナムに対する関与を深化させることも期待している。

(4) これは、アメリカに対する中国の挑戦でもある。オバマ大統領の東アジア歴訪後に中国が掘削リグを設置したことは、北京がこの地域における領有権主張を些かも後退させる意図を持っていないことを示している。オバマ政権は、アジアにおけるプレゼンスを徐々に増強し、域内の同盟国との関係を強化する、現在の計画に満足しているかもしれないが、それだけでは、中国の行動に対する影響力はほとんどないであろう。従って、中国の掘削リグ戦略は、成功裏に現状を変更するための策略かもしれない。この成功は、何時、何処に新たな掘削リグを設置するかを決めるに当たって、北京に一層大きな裁量を認めることになろう。アメリカとその同盟国は短期的には、これまでよりはるかに大きなリスクを冒すことなく、こうした状況を変更できるとは思えない。

記事参照:
China Drills for Territory

5月26日「Reed Bank南シナ海における中比間の次の火種になるか」(Institute for Security & Development Policy, Policy Brief, May 26, 2014)

Christopher Lenシンガポール国立大エネルギー研究所研究員は、客員研究員を務めるスウェーデンのInstitute for Security & Development Policyの5月26日付けPolicy Briefに、“Reed Bank: Next Flashpoint for China and The Philippines In The South China Sea?”と題する論説を寄稿し、フィリピンのパラワン島に面した南沙諸島のReed Bank周辺海域における海底資源開発を巡って中国とフィリピンの緊張がエスカレートしかねないとして、要旨以下のように論じている。

(1) 中国の石油掘削リグの設置を巡って中国とベトナムとの緊張が高まっている最中、フィリピンのエネルギー省は5月9日、11の石油・天然ガス開発鉱区の入札手続きを開始した。この内、「第7鉱区」が、南シナ海のReed Bank(フィリピン名:Recto Bank、中国名:礼楽灘)として知られる環礁周辺に位置しており、中国も領有権を主張している。5月21日には、フィリピンのPhilex Petroleum Corpが、Reed Bank周辺海域のSampaguitaガス田で2016年初めに試掘を開始する計画を発表した。この2つの動きは、フィリピンが西フィリピン海と呼称する南シナ海において益々高圧的になる中国に対するフィリピンの最新の対応である。マニラも北京も、領有権問題については妥協しない立場をとっているように見られる。もしフィリピンがReed Bank周辺海域において一方的に開発に着手すれば、両国間の緊張が瀬戸際にまで高まる可能性がある。

(2) Sampaguitaガス田が位置するReed Bank周辺海域において、英国の関連会社、Forum EnergyがService Contract 72 (SC72) に基づいて掘削を計画している。この海域は1970年代に最初に探査されたが、2011年のForum Energyの作業に対する中国船による妨害など、中国の反対によって未開発のまま放置されていた。Forum Energyは、2本の試掘井を掘削するために、2015年8月に期限切れとなるSC72に基づく作業期間の再延長をフィリピン政府に求めている。もし延長が認められれば、掘削リグを動員するのに12カ月から18カ月を要することから、作業開始は早くても2016年3月になろう。Forum Energyによれば、Sampaguitaガス田は、2兆6,000億立方フィートの天然ガス埋蔵量、利用可能な天然ガスコンデンセートを含めれば5兆5,000億立方フィートの埋蔵量になると見積もられている。「第7鉱区」はSC72の対角線上の東方に位置し、入札結果は2015年5月9日に公表されることになっている。この海域では現在まで試掘井が掘削されていないが、1億6,500万バレルの石油、約3兆5,000億立方フィートの天然ガス埋蔵量が見込まれている。

(3) 中国政府が南シナ海における共同開発を繰り返し提唱しており、Philex Petroleum Corpは、過去にSC72の開発支援を求めて、中国国営の中国海洋石油総公司 (CNOOC) に接触したことがあった。しかしながら、中国は、フィリピンとのReed Bank周辺海域における開発には参加しないであろう。これは主として、この海域がフィリピンのEEZ内に位置し、従ってフィリピンの法律に従わなければならないとの認識から、中国の開発参加はフィリピン憲法に基づいて行われるべきとマニラが主張しているためである。そのため、中国は、「第7鉱区」に対する入札手続きを、マニラによる係争海域に対する主権主張の企てと見ている。また、中比間の緊張関係は、国際的大企業に入札申請を思い止まらせる可能性もある。

(4) 中国以外の他の南シナ海における領有権主張国は本来中国のものである海底資源の開発を中国が「自制」していることを悪用してきた、との思いが近年、北京で強まっている。共同開発の計画がなく、しかも特にフィリピンとベトナムが一方的に海底炭化水素開発計画を発表していることから、北京は今や、南シナ海における自国の資源開発生産計画を加速するとともに、他国による係争海域における開発活動を妨害するために、恐らく今後、海洋における取り締まり活動を強化して行くであろう。実際、本稿の筆者は北京で、中国が南シナ海における海底石油・天然ガス資源開発を直ちに始めなければ、これらの資源は他の領有権主張国に開発されてしまうであろう、との意見をしばしば聞いた。フィリピンのReed Bank周辺海域における開発計画に対して、北京がCNOOCによるこの海域での開発計画の発表をもって対抗するかどうかは、短期的には定かではない。しかしながら、中国の艦船が過去にこの海域におけるForum Energyの探査を妨害した事実から見て、探査が再開されれば、恐らく同じことが繰り返されるであろう。習近平の中国指導部は、政府公船の配備と、最近では石油掘削リグ、HD-981の西沙諸島への一方的な設置によって、南シナ海における領有権主張を一層強固に打ち出す決意を誇示してきた。一方、アキノ政権のマニラも、北京との緊張関係をエスカレートさせる用意があるように見える。もし中比両国が対話を通じて緊張関係をうまくコントロールすることに合意できなければ、Reed Bankを巡る両国の緊張は、危険な瀬戸際ゲームにエスカレートするかもしれない。

記事参照:
Reed Bank: Next Flashpoint for China and The Philippines In The South China Sea?

5月26日「西沙諸島を巡る主権問題―ベートマンへの疑問」(RSIS Commentaries, May 26, 2014)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の5月26日付けの RSIS Commentariesに、英国在住のITコンサルタント、Huy DuongとオーストラリアのThe University of New South WalesのTuan Pham准教授は、“Sovereignty over Paracels: Article Lets Off Beijing Lightly”と題する論説を寄稿している。(ベトナム人と見られる)筆者らはこの論説で、RSISのベートマン上席研究員が寄稿した、5月14日付けの RSIS Commentariesの、“New Tensions in the South China Sea: Whose Sovereignty over Paracels ?”と題する論説に疑義を呈し、要旨以下のように述べている。(ベートマン論説は、旬報5月11日-20日号参照。)

(1) ベートマンは、5月14日付けの RSIS Commentariesの論説で、「石油掘削リグは、中国が領有権を主張する西沙諸島の小島(注:Triton島、中国名:中建島)から約14カイリ、そして中国が実効支配を続ける、面積500ヘクタールのWoody Island(中国名:永興島、三沙市役所所在)から80カイリしか離れていない」と指摘している。この文章には、中国寄りの偏見に基づいた、幾つかの間違いと見落としがある。掘削リグから最も近い島は、17カイリ離れたTriton島である。14カイリと17カイリの差異は小さく思われるかもしれないが、14カイリだとTriton島の領海(12カイリ)からたった2カイリしか離れていない海域に掘削リグが存在することを意味する。また、Woody Islandは、掘削リグ設置海域から80カイリではなく、130カイリ離れており、しかも同島の面積は200ヘクタールと報じられており、グーグル地図とも一致する。ベートマンはまた、西沙諸島に対するベトナムの領有権主張に言及していない。

(2) ベートマンは、「この海域に関する海洋境界の画定交渉では、恐らく掘削リグの設置場所は中国のEEZの範囲内に含まれることになろう」と述べている。しかし慎重に分析すれば、これと正反対の結論に導かれる。ベトナムと中国はともに西沙諸島の領有権を主張しており、従って、境界画定交渉や仲裁裁判において、西沙諸島やそれを基線とするEEZが自動的に中国に帰属することになろうとする見方は正しくない。ベトナムが西沙諸島に対する領有権主張を放棄することはあり得ない。仲裁裁判所は恐らく、掘削リグ設置海域まで、ベトナム本土沿岸からの距離が120カイリで、Woody Islandからの距離、103カイリよりわずかに遠いだけであることから、設置海域がベトナムの管轄海域に属すると判断するであろう。何故なら、最近の海洋境界画定交渉や仲裁裁判では、西沙諸島の島嶼よりも遙かに大きい島嶼でも、当該国本土沿岸からの距離に比して、島嶼からの距離の比重は3分の1かそれ以下しか認められていないからである。例えば、2012年のトンキン湾海洋境界画定協定では、ベトナムのBach Long Vy島の比重は4分の1であった。また、2012年のニカラグアとコロンビアの海洋境界画定に関する国際司法裁判所の判決では、コロンビアの島嶼からの距離の比重は、ニカラグア本土からの距離の4分の1であった。

(3) Triton島は掘削リグから近くにあるが、国連海洋法条約(UNCLOS)第121条が規定するEEZの発生要件を満たしてない。ベートマンは、「ベトナムは、掘削リグの設置場所が中国海南島沿岸からよりもベトナム沿岸からの方が近いことに加えて、ベトナム沿岸から200カイリ以内にあることを理由に、この掘削リグの設備場所はベトナムのEEZと大陸棚の範囲にあると主張している。 ....物理的な近接性だけでは、主権や主権的権利を主張するための十分な根拠にはならない」と指摘している。これは、ベトナムの領有権主張の根拠に対する誤った見方である。このような理解の混乱は、ベートマンが主権 (sovereignty) や主権的権利 (sovereign rights) の概念を混同しているからである。中国とベトナムの間の主権を巡る紛争は、掘削リグ設置海域を対象としたものではなく、西沙諸島全体を対象としたものである。ベトナムの西沙諸島に対する主権主張は、地理的近接性に基づいたものではない。従って、他国のEEZ内の島嶼に対する主権が別の国に帰属するとのベートマンの議論は、全く見当違いである。また、前述の過去の交渉事例や判決は、島嶼からの距離より本土沿岸(この場合、ベトナム)からの距離を重視している。

(4) ベートマンは西沙諸島に対するベトナムの主張を否定しているが、これは論拠が薄弱である。ベートマンが引用している1958年の口上書で、当時の北ベトナムのファン・バン・ドン首相は、西沙諸島や南沙諸島に言及していない。一方、当時の南ベトナムは、常に西沙諸島の領有権を主張し、護ってきた。ベートマンは、アメリカが西沙諸島の一部、または全部に対する中国の主権を明示的に、あるいは暗黙に認めてきたと述べているが、明確な論拠を提示していない。実際には、アメリカは、1979年まで中国本土に対する人民共和国の主権さえ認めていないのである。ベートマンが提示した唯一の「証拠」は、北ベトナムがWoody Islandを実効支配していたとすれば、ベトナム戦争中のアメリカの行動が違ったものになったかもしれない、という記述である。しかし、例えそうだとしても、ベートマンは、どのように、何故違ったものになったかを説明しておらず、占拠と主権を混同している。

(5) 結論として、ベートマン論説には、多くの間違い、見落とし、支持できない主張やバランスの取れていない見解が多い。現在の海域に掘削リグを設置するのは中国の権利の範囲内である、あるいはベトナムが一方的に西沙諸島に対する主権主張を放棄すべしとする、ベートマンの論旨は支持できない。掘削リグ、Haiyang 981の設置を巡る対立は、関係国のEEZの主張が重複している海域に関わる事例である。UNCLOS第74条はこうした場合の紛争当事国間での対処方法を規定しており、この条項は、2007年のガイアナとスリナム間の紛争に関する常設仲裁裁判所の判決にも適用されている。ベートマンは、この問題を、UNCLOSに規定された紛争解決手続きに委ねるよう、中国を慫慂することで、域内の平和と協力により積極的な貢献を行うことができるであろう。

記事参照:
Sovereignty over Paracels: Article Lets Off Beijing Lightly

【関連記事】「西沙諸島を巡る主の問題―ベートマンの反論」(RSIS Commentaries, May 26, 2014)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) 海洋安全保障問題プログラムのベートマン (Sam Bateman) 上席研究員は、5月26日付けの RSIS Commentariesに、“Whose Sovereignty over the Paracels?”と題する論説を寄稿した。これは、5月26日付けの RSIS Commentariesに、英国在住のITコンサルタント、Huy DuongとオーストラリアのThe University of New South WalesのTuan Pham准教授が寄稿した、“Sovereignty over Paracels: Article Lets Off Beijing Lightly”と題する論説に対する反論である。ベートマンは、細部事項について非生産的な議論に入るよりも、南シナ海とその資源を管理する上で主権主張への拘泥がもたらす有害な影響を指摘して、要旨以下のように述べている。

(1) Huy DuongとTuan Pham の論説は、南シナ海を巡る紛争で一般化された2つの基本的な問題を強調している。1つは、これらの紛争と海洋境界画定問題は複雑で、近い将来に解決される可能性が低いということである。このような見方は、南シナ海における効果的なガバナンスを創出する上で大きな障害になっている。もう1つは、主権主張に拘泥することは、南シナ海とその資源を管理するために必要なレジームを構築する上で何の役にも立たないということである。南シナ海では、漁業資源の乱獲が続いており、海洋生物の生息環境が破壊され、海洋秩序がなく、そして海洋資源開発に必要な海洋科学知識も十分ではない。

(2) 中国の石油掘削リグがベトナムのEEZ内に設置されているかどうかは、どの国が西沙諸島の主権を持っているかに大きく左右される。筆者ら(Huy DuongとTuan Pham)は、ベトナムの主権主張の弱点についての私(ベートマン)の意見を批判した。そこでは、筆者らは、Woody Islandが第2次世界大戦直後から中国によって継続的に占拠されてきた事実を省略した。筆者らは恐らく、この事実を「占拠と主権を混同している」と言いたかったのであろうが、ほとんど有効な異議申し立てなしに占拠してきた期間が60年以上に及ぶというのは長い期間である。また、著者らは、地理的近接性のみが主権 (sovereignty)や主権的権利 (sovereign rights) を主張するための明確な根拠ではないという、私のコメントを読み違えている。この問題に関して、私は主権と主権的権利の概念を混同しているのでない。むしろ、私のコメントは、ベトナム本土沿岸からの近接性を根拠にすれば、中国の掘削リグは間違いなくベトナムのEEZ内にあるという、繰り返されてきた単純な主張に焦点を当てたものであった。もちろん、この文脈における「主権的権利」とは、国家は自国のEEZ内において海洋資源に対する排他的権利を行使することができるという事実に基づいており、これは主権ではない。

(3) ベトナムは、西沙諸島における主権主張を支える適切な論議を展開できるが、これらは単なる議論に過ぎない。中国も同じような議論ができる。それぞれの主張は、最終的には2国間交渉の過程を通じて、あるいは国際法廷で判断されなければならない。それまでの間、南シナ海には合意された境界が存在せず、我々が今見ているような紛争がより頻繁になりつつある。主権に関する主張は近年、より耳障りになってきた。国境を接する国々は、自国の主張が損なわれるのを恐れ、協力を控えてきた。南シナ海を巡る紛争解決に関しては、インドネシアが主催するワークショップが主導しており、南シナ海沿岸諸国は、1990年代と2000年代初頭においては効果的な協力のプロセスが進展しているように思われた。協力の具体的な分野を列挙した、2002年の南シナ海に関する行動宣言 (DOC) がその証拠である。しかし最近では、このプロセスは、主権に対するナショナリスティックな主張に縛られている。これらの主権主張は、当該国の国内世論に煽られて、勢いを増している。ベトナムの学者から新たな抗議の嵐を招くリスクを冒しても、私は、沿岸国の中で、ベトナムが中国と同じように、その主権に対する執拗な主張を繰り返し、国際法、就中、国連海洋法条約 (UNCLOS) 第9部に規定される義務(注:閉鎖海または半閉鎖海における沿岸国の義務)に中途半端な態度を取っていることを、あえて指摘しておきたい。少なくとも中国は、協力のプロセスを促進するために、中国・ASEAN海上協力基金を提案している。

(4) 私は、異なる数字を示す2次的な情報源に依存することによって、幾つかの不正確な距離を提示した可能性があることを認める。しかし、これは周辺的な問題であり、私の基本的な考え方に何ら影響を及ぼすものではない。些細な事項に関する論議は、「木を見て森を見ず」ということになろう。この場合、効果的な協力のレジームを構築することが「森」に当たるであろう。また、Woody Islandの実際の面積も重要なことではない。この島はUNCLOSの「島」の基準を満たす十分な大きさを持っており、海洋境界画定における基線として考慮されるであろう。南シナ海に沿って長い海岸線を持つベトナムは、境界画定交渉において考慮要因にならないようにするために、南シナ海にはUNCLOSの基準を満たす「島」は存在しないという立場に立っている。

(5) 南シナ海の状況は、沿岸諸国が各国の主権、海洋資源の単独所有、そして「海の中のフェンスを立てる(近隣諸国との海洋境界を画定すること)」ことを追求する姿勢から、機能的な協力や協力的な管理を追求する姿勢に変換できて、初めて解決できるであろう。このことは、UNCLOS第9部の義務と2002年の DOCの精神に、ともに従うことを意味する。著者らは、私がUNCLOSによる紛争解決手続きに従うよう中国を慫慂することによって、域内の平和と協力により積極的な貢献を行うことができるであろう、と結んでいる。私も、ベトナムに対しても同じことが言える。私の域内の平和と協力への貢献は、前述のような関係各国の姿勢の変換を主張することである。長期的には、海洋資源の管理、海洋科学の研究、海洋環境の保護、この海域における通航船舶の安全の確保、そして海上での違法行為の防止などに対する効果的な管理体制がない状態が続けば、苦しむのは全ての関係当事国である。究極的には、こうした協力は、全ての関係当事国の国益に適うのである。

記事参照:
Whose Sovereignty over the Paracels? A Response

5月27日「中国、石油掘削リグ移動」(Tuoi Tre News, May 27, 2014)

中国の新華社通信が報じるところによれば、中国は5月27日、ベトナムの管轄海域に設置した石油掘削リグ、HD-981を新たな位置に移動させた。それによれば、新たな位置は、ベトナムが自国のEEZ内にあるとしている西沙諸島のTriton 島(中国名:中建島)から約25カイリ離れた北緯15度33分38秒、東経111度34分26秒(備考:5月2日に設置された位置は北緯15度29分58秒、東経111度12分6秒)である。中国交通運輸部海事局 (MSAC) は、当初位置での掘削作業は終了し、作業は第2段階に入ったとして、掘削リグの新たな位置周辺を航行する船舶に航行警報を出している。

記事参照:
China moves illegal oil rig to new area, still in Vietnam’s waters

5月27日「中国、南沙諸島環礁で軍用人口島建設を計画」(Philstar.com, May 27, 2014)

比紙、The Philippine Star(電子版)が5月27日、中国のオンライン・ニュースサイト、Qianzhan.comの記事として報じるところによれば、中国国営、中国船舶工業集団公司は、南シナ海のJohnson South Reef(中国名:赤瓜礁、フィリピン名:Mabini Reef)南方の中国が占拠するFiery Cross Reef(中国名:永暑礁)の埋め立てによる人口島のデザインを公表した。中国は現在、Fiery Cross Reef付近で海抜3メートル、面積5平方キロの軍事基地を建設中である。記事によれば、建設費は推定50億ドルで、完成まで10年を要するという。これは、原子力空母の建造費にほぼ等しい。また記事によれば、中国軍は1994年に占拠したパラワン島に近い、Mischief Reef(中国名:美済礁、フィリピン名:Panganiban Reef)でも人口島の建設を計画している。記事は、「Mischief ReefとFiery Cross Reefにおける2つの人口島の建設は、2隻の空母を建造するに等しく、極めて大きな戦略的価値を有する。Fiery Cross Reefの人口島は、その位置と規模から極めて大きな戦略的価値を持つ、他を以て代え難い軍事基地となろう」と報じている。また、また記事によれば、Mischief Reefは、軍事目的とは別に、南シナ海における漁業センターになり、漁業と養殖からの収入が建設費を賄うことができる、と見ている。

記事参照:
Chinese military building artificial island

5月27日「中国対ベトナムの世論戦―中国南海研究院研究員論評」(Global Times, May 27, 2014

中国南海研究院の洪農・海洋法政策研究所副所長は、5月27日付けの人民日報系の国際紙、環球時報(英語版:Global Times)に、“China vs Vietnam: A campaign for public relations”と題する論説を発表し、中国企業が石油掘削作業を開始した海域は中国の主権の範囲内であり、紛争解決のためにも2国間交渉を行うべきだとして、中国側の主張を要旨以下のように述べている。

(1) ベトナムが5月7日に西沙諸島近海における中国の石油掘削作業を中止させようとして両国船舶が衝突したことで、両国間の緊張が高まった。5月16日以降、現場海域には60隻を越えるベトナムの船舶が集結し、石油掘削リグが同海域に移動した5月2日以降、合計で500回以上も中国船舶に衝突している。そしてベトナムは、自らの主張を正当化しようと、強力な外交活動や宣伝作戦を開始している。シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) のベートマン上席研究員は、「ベトナムは、中国の石油掘削作業は違法であり、中国の攻撃性を示すものだという主張を支持してもらうための世論戦で勝利している」と指摘している。しかし彼は、「状況を詳しく検証すると、中国の石油掘削リグの設置は、自国の権利に基づくものである」とも語っている。現在、中国企業が石油掘削作業を行っている海域は、中国の領土である西沙諸島の1つである中建島から17カイリしか離れておらず、一方、ベトナムの海岸線からは150カイリも離れている。中国は、1996年に西沙諸島の基線を定めており、国連海洋法条約(UNCLOS)の下で、同諸島から200カイリのEEZと大陸棚を有している。中建島は西沙諸島の基線を構成する島の1つであって、今回の石油掘削リグの位置は西沙諸島の接続水域内にあることから、中国は、同海域の海洋資源に対する主権的管轄権を有しているのである。

(2) 現在、石油掘削作業を行っている中国企業は、これまで少なくとも10年間以上に亘ってこの海域で作業を行っており、既に石油掘削に必要な3次元探査や試掘を終えている。中国は、南シナ海の領有権を争う国家の中で唯一、これまで南沙諸島に石油掘削リグを持ち込まなかった国家である。これとは対照的にベトナムは、係争海域において、7カ所の石油・天然ガス生産設備と37基の掘削リグの設置を含む、57カ所もの石油・天然ガス田を設定していると推測される。中越2国間関係や南シナ海の平和と安定のため、中国はこれまで、ベトナムの行動に自制的な対応をとってきた。反中国デモを含めた今回のベトナムの対応は、中国にとって許容できるものではない。残念ながら、今回のベトナム南部でのデモは、すぐさま中国人や中国企業に対する暴動へと過激化してしまった。これらの暴動は、中国人の身体、財産に損害を生じさせたばかりか、中越両国間の信頼関係を損ね、将来的な協力関係も損なうことになろう。

(3) 現在、ベトナムはジレンマに直面している。この問題は西欧諸国のメディアで数多く取り上げられたが、暴動を抑えられなかったという事実も数多く報道されたことで、ベトナムの宣伝作戦がダメージを受けたからである。一方、中国のメディアや世論は冷静で抑制的であるが、中国は、海洋問題に関する世論戦に勝利するためのより良い戦略が必要である。結局のところ、2国間交渉という海洋安全保障における伝統的な解決方法に習い、中越両国が交渉の席につくことが、結果として両国にとっての利益となるであろう。

記事参照:
China vs Vietnam: A campaign for public relations

5月27日「中国、南シナ海の台湾占拠の『太平島』のインフラ整備を問題視せず」(Taipei Times, May 27, 2014)

台湾は現在、南シナ海で台湾が占拠する太平島で1億米ドルをかけて港湾と滑走路の整備を行っている。完成は2015年後半か、あるいはそれより早まると見込まれている。完成すれば、3,000トン級の海軍のフリゲートや海岸巡防署の巡視船の接岸が可能になり、また1,200メートルの滑走路が改修されれば、C-130輸送機の安全な離発着が可能になる。同島は、台湾南西約1,600キロにあり、台湾空軍の米国製F-16戦闘機の行動半径外にある。同島は真水が出る。

5月27日付けの台湾紙、Taipei Timesは、中国は、台湾による太平島のインフラ整備を問題視しないであろうと報じている。それによれば、上海国際問題研究所の台湾問題専門家、張哲馨研究員は、「北京は、太平島における台湾のインフラ整備を問題としない。台湾自体が如何なる意味でも中国の領土であり、もちろんこれには太平島も含まれる」と語っている。台湾は、北京とは違って、南シナ海に領有権問題については低姿勢を維持しており、北京のいう「9段線」の南端にまで海軍艦艇や政府公船を派遣していない。立法院の林郁方議員は、「我々は、他国が占拠している島嶼には決して侵攻しないが、自ら領有している島は積極的に防衛する」と語っている。ハワイの東西センターのDenny Roy上席研究員は、「台湾は、中国と対立していない唯一の領有権主張国であり、従って太平島におけるインフラ整備も自由にできることを承知している。中国は、必要なら、同島の駐留要員を護るであろう」と見ている。

記事参照:
Itu Aba upgrades raise no Chinese concern: experts

5月28日「ベトナム、経済関係よりも南シナ海の領有権重視―中国の石油掘削リグ設置を巡る中越紛争」(Bloomberg News, May 28, 2014)

経済・金融情報を配信する米通信社、Bloomberg Newsは、5月28日付け配信の“Vietnam Weighs Sea Rights Against China Business”と題する記事で、中国の石油掘削リグ設置を巡る両国の軋轢について、要旨以下のように報じている。

(1) ベトナムの指導者は、領有権問題で中国を相手取り国際的な司法の場に提訴するよう求める圧力の高まりに直面しており、最大の貿易相手国との経済関係にひびが入る恐れがある。中国の石油掘削リグ設置を巡る両国の軋轢で、ベトナムの指導者が持ち合わせている数少ない選択肢の1つが法的措置である。但し、ベトナムが国際法廷や国連機関に提訴すれば、隣接する共産主義国同士の経済的結びつきを損ないかねない。在ベトナムの米商工会議所のスティコフ事務局長は、インタビューに対して、法的措置を含めた紛争の過熱化は経済的リスクを生じさせるとし、「中国は、自国の政策を押し進めるためには経済力を活用することを躊躇わない。確かに、中越両国の政府高官は、これ以上の紛争のエスカレーションがもたらす危険性を認識している。しかしこのままでは、両国ともに経済的なダメージを免れない」と述べた。そしてスティコフ事務局長は、ベトナムと中国は世界のサプライチェーンにおける重要な存在であることから、「緊張の激化によって、中越両国間の物流や生産が妨げられるようなことになれば、世界経済にも影響が及ぶことになるであろう」と指摘している。

(2) ベトナム株式市場の5月28日午前のVN指数終値は0.3%の上昇であったが、この数値は2014年の最高値を記録した3月24日に比べて8.7%下落している。一方、ベトナム通貨のドンは、5月28日現在、1ドルあたり2万1,145ドンで安定している。ベトナム統計局の発表によれば、中国はベトナムにとって最大の貿易相手国であり、2012年から2013年にかけての両国間の貿易額は502億ドルで、対前年度比22%の伸びを見せている。ベトナムの4月14日付け発表によると、ベトナムと中国は、2015年までに貿易額を600億ドルにすることを目指している。ベトナム統計局によれば、2013年の中国からの輸入額は360億ドルである。ハワイのアジア太平洋安全保障研究センターのヴーヴィング研究員は電話インタビューで、「ベトナムの指導者は、中国がこれほどまでに強硬な手段に出てくると予想していなかったと見られる。彼らは、中国が経済的な報復措置に出てくることを望んでいない」と語った。

(3) 中国の習近平国家主席は、1947年の「9段線」地図を基に、南シナ海への海軍力の進出を拡大している。「9段線」で囲まれるエリアは、海南島から数百マイル南方の赤道近くのボルネオ島の海岸線近くまで伸びている。ホーチミン市のベトナム国立大学のレ・ホン・ヒエプ講師は、「ベトナムが中国に対して、何時、どのような法的措置をとるかを決定するのは、まだ先になるかもしれない。もしベトナムが法的措置をとった場合、中国は動揺するであろう」と電話で答えた。また、豪The University of New South Walesのセイヤー名誉教授は、「ベトナムにとってのもう1つの選択肢は、合同海洋哨戒や監視を始めるために、フィリピンや日本との新たな提携関係を築くことである。そうなれば、中国は、アメリカとの条約による同盟関係にある日本とフィリピンを含む、これら3国の提携による活動への攻撃を躊躇せざるを得ないであろう」と指摘している。シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) のリ・ミンジャン准教授は、ベトナムは国際的な世論戦で勝利したのではないかと見、「これは、ベトナムで発生した暴動の負の後遺症を沈静化させることにつながる。今回のような(掘削リグ周辺海域における船舶の)衝突事故について、中国がどのような主張を展開しようとも、国際社会の世論は、ベトナムにより同情的になるであろう」と語った。

記事参照:
Vietnam Weighs Sea Rights Against China Business

5月28日「対中抑止に必要なベトナムの戦略―セイヤー論評」(The Diplomat, May 28, 2014)

オーストラリアのThe University of New South Walesのセイヤー (Carl Thayer) 名誉教授は、5月28日付のWeb誌、The Diplomat に、“Vietnam Mulling New Strategies to Deter China” と題する論説を寄稿し、ベトナムが中国に対抗するために長期的な戦略を検討しているとして、要旨以下のように述べている。

(1) 北京が巨大石油掘削リグを設置したことに伴う中国とベトナムの対立はあまり報道されなくなったが、現在も続いている。ベトナム政府筋は、掘削リグがさらにベトナム寄りに設置されることを懸念している。同筋によれば、このような懸念の背景には、中国もベトナムも、中国の「9段線」が何処に引かれているか正確には分からないからである。中国は、ベトナムに一方的な「消耗戦」を仕掛けている。中国の戦術は、2 倍から4 倍も小型のベトナム船に衝突することにより、それらに修復を必要とする程の損傷を与えることである。ベトナムの一部専門家は、現在のペースで損傷が続けば、ベトナムには中国の掘削リグ周辺に送り込める十分な船舶がなくなると見ている。中国の圧力に対し、ベトナムは、掘削リグを取り巻く中国艦船の外側に継続的に沿岸警備隊の巡視船を送り込み、中国側に対してベトナム水域から撤退するよう呼び掛けている。ベトナムは、海軍水上戦闘艦や潜水艦の関係水域への投入を控え、中国側に対し繰り返し対話を呼び掛けている。更に、ベトナムは、高官レベルのホットラインの再開、ベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長の受け入れ要請など、中国側に対し繰り返し働きかけを行っているが、中国側は拒否している。また、ベトナムは、中国に対し新たな法的措置を検討している。

(2) ベトナムの何名かの政府当局者や安全保障専門家との非公式の意見交換によれば、ベトナムは、将来における中国による同様の侵略的行為を抑止するために、より長期的な戦略を検討している。現在のところベトナム政府の公式に承認された政策になっているわけではないが、議論されている幾つかの政策案には以下のようなものがある。議論されているベトナムの新たな戦略の核心は、ベトナムのEEZから中国の掘削リグや海軍艦艇を強制排除するために、中国と直接対決することではない。むしろ、ベトナムの戦略家達は、中国が将来、同様の行動に出ることを阻止することを目指している。現時点で、ベトナムは、中国を抑止するために2つの戦略、即ち、アメリカの日本とフィリピンとの同盟関係を梃子とすること、そして武力衝突が生起した場合における「相互確証破壊 (“mutually assured destruction”) 」、を考えているようである。ベトナム政府当局者は、中国による誤算を最小限に抑えるために、新しい戦略に基づいて実施されるベトナムの全ての活動は完全な透明性を維持することになろう、と本稿の筆者に語った。

(3) ベトナムの新しい戦略の主たる狙いは、中国と対決することではなく、中国が現状維持を受け入れるか、あるいは事態をエスカレートさせるかの選択を迫られるような状況を作為することによって、中国を抑止することである。ベトナム軍がアメリカの2つの同盟国と平和目的の演習を行っているような状況下では、事態のエスカレートは、中国にとってリスクが大きいであろう。掘削リグを巡る危機が起こる前に、ベトナムは、日米両国に対して、3国間戦略対話を提案したことがある。その時には日本は慎重な対応を示したようであるが、この提案はまだ生きている。現在の状況下で、3国間の戦略的合意ができれば、中国を抑止するための多国間の戦略的枠組を検討する場となり得よう。ベトナムは、日本とフィリピンに対して、沿岸警備隊と海軍を含む海洋戦力の交流強化を呼び掛けている。ベトナムは、南シナ海における合同訓練や合同哨戒活動を希望しているようである。このような活動は、現在の紛争海域からは遠く離れた海域で行われることになろうが、公海や中国の9段線を跨いだベトナムのEEZ 内でも実施できよう。

(4) ベトナムは、アメリカへの働きかけも検討している。提案の1つは、両国の沿岸警備隊間の協力協定を結ぶことである。これによって、米沿岸警備隊は、合同訓練のためにベトナムの管轄海域に展開できるし、また相互の艦船へのオブザーバーの派遣もできよう。ベトナムは最近、「拡散に対する安全保障構想 (PSI) 」に参加した。これによって、アメリカは、ベトナムの海洋監視能力の強化を支援できることになろう。アメリカは、フィリピンとの最近の協定に基づいて同国に派遣される米海軍の非武装海洋監視機を、随時ベトナムに派遣し、合同訓練を行うこともできるであろう。ベトナムの政府当局者や専門家は、中国が毎年5 月から8 月にかけて、南シナ海において、威嚇的な海軍力の示威行動を実施すると見ている。日米両国は、このような機会を捉えて、中国海軍艦艇の到着の直前から、5 月から8 月までの全期間を通じて、ベトナム側との一連の断続的な海軍合同演習や海洋哨戒飛行を実施することもできる。これらの活動の詳細は、中国を含む全ての域内諸国に対して完全な透明性を維持すべきである。ベトナムのこのような間接戦略は、領有権紛争の解決手段としての武力による威嚇とその行使に反対するという政策を、アメリカが自ら実際に誇示して見せる機会となろう。この間接戦略は、アメリカが中国と直接対決することを求めていない。この戦略は、アメリカの同盟国であるフィリピンや日本あるいは米軍と合同演習を実施している、ベトナムの艦艇や航空機を攻撃するリスクを冒すかどうかの判断を、中国側に負わせるものである。

(5) ベトナムのもう1つの戦略は、「相互確証破壊」である。この戦略は、中国との関係が戦争の瀬戸際にまで悪化した場合に初めて発動される。ベトナムの戦略家によれば、この戦略の狙いは、中国を打ち負かすことではなく、ロイズの保険料が急上昇したり、外国の投資家がパニックになり逃げ出したりするような、十分な損害を与え、心理的不安感を高めるような状況を作為することである。武力紛争が生起した場合、ベトナムはこの戦略に基づいて、南シナ海の最南部を航行する中国籍船の商船、タンカーそしてコンテナ船を優先的に攻撃する。ベトナムは現在、海南島や永興島の中国海軍基地を射程内に収める沿岸配備の弾道ミサイルを保有している。また、ベトナムの一部戦略家は、ベトナムは上海や香港をも攻撃できる大量の弾道ミサイルを早急に獲得すべきである、と論じている。武力紛争が生起した場合、これらの船舶や都市が破壊されれば、中国の経済は大混乱となろう。そしてその影響はグローバルなものとなり、域外の大国が中国の侵略に対抗するために介入することを、ベトナムの戦略家は期待している。

(6) ベトナムの政府当局者や戦略家は、現在の緊張を中国が南シナ海だけでなく、東シナ海でも支配権を獲得するための長期戦略の一環であると見ている。そして彼らは、透明性を確保し、非侵略的なベトナムの間接戦略の提唱は、日本、フィリピンそしてアメリカに対して、中国の現在の戦略を阻止する手段を提供することになる、と期待している。

記事参照:
Vietnam Mulling New Strategies to Deter China

5月29日「習近平の『モンロー・ドクトリン』、中華秩序の再建を目指す―韓国人専門家論評」(RSIS Commentaries, May 29, 2014)

韓国のThe Korea Institute for Maritime StrategyのSukjoon Yoon上席研究員(韓国海軍退役大佐)は、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の5月29日付けRSIS Commentariesに、“Xi Jinping’s ‘Monroe Doctrine’: Rebuilding the Middle Kingdom Order?”と題する論説を発表し、中国の習近平国家主席の「真の海洋強国」を目指すという宣言は中国版「モンロー・ドクトリン」あるいはかつての「中華秩序」を思い起こさせるものがあり、最近の東シナ海と南シナ海での出来事は地域における支配的な海洋強国になるという野心を追求する中国の行動の表れであるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 習近平の演説から判断して、習近平は前任者以上に長期的な海洋戦略に深くコミットしているようである。習近平は、基本的に4本の矢(推力)によって、かつての中華帝国による地域秩序の再興を目論んでいる。第1の矢は、海洋政策と海洋戦略を担当する新たな上部組織、特に「国家安全委員会」の創設である。第2の矢は、アメリカの「アジアへの軸足移動」戦略に対抗するための中国海軍力の増強と政府公船による海上法令執行能力の強化である。第3の矢は、東シナ海と南シナ海に関わる諸問題を、国際法に基づく問題から、中国が歴史的な権利と見なす問題にすり替えることである。第4の矢は、域内の国際会議や多国間演習への参加を通じて中国の表面上の善意を喧伝することである。

(2) 中国が現在追求している海洋政策は明らかに、特にアメリカに対して、東シナ海と南シナ海のいずれにおいても中国の問題に介入しないよう警告することを意図している。習近平はまた、この地域におけるアメリカの影響力が弱体化し続けることを期待している。最近の中国の政策は、「モンロー・ドクトリン」の中国版と容易に見て取れる(アメリカは1823年、自らの自然の影響圏と見なす海域へのヨーロッパ大国の介入を阻止すると宣言した)。これは、中国が支配したかつての中華帝国による地域秩序の現代版となり得るのか。中国は、インド太平洋地域の保護者を自認する、ワシントンが進める集団的防衛態勢に挑戦していることは明らかである。中国に接する脆弱な小国の懸念は、容易に理解できる。これら小国は、周囲の海が全て圧倒的な中国の力と影響力を投射する媒体であった時代に、中華帝国の朝貢国として生きて来た辛い記憶を持っているからである。習近平は、こうした朝貢体制を現代中国において再構築するまで満足することはないであろう。しかしながら、中国の「核心利益」の防衛は声高に言明しているが、習近平は、中国の海洋戦力がその隣国とどう関わるべきか、そして究極的には隣国を護るべきことまで意図しているのかについて、詳細なドクトリンを未だ明らかにしていない。

(3) 習近平は、漸進戦略によって中国を海洋強国にすることを決心しているようである。中国は、東シナ海と南シナ海で圧倒的な支配力を確保するまで、アメリカからの強力な反撃を回避しながら、これらの海域で次第に高圧的になっていく政策を推し進めて行くであろう。域内諸国は、習近平の「真の海洋強国」政策の真意が中国による伝統的な海洋秩序の再構築以外の何物でもないことを理解しなければならない。時と状況は習近平の味方である。戦争に疲弊したアメリカは、中国と海上において深刻な対立を招きたくないと思っている。米軍はアジア太平洋地域への海軍力の再配備を計画しているが、財政的制約によって、迅速かつ効果的に進められないでいる。米軍部隊はまた、中東などの他の地域に依然関与している。他方、中国は、長期的視点から、係争海域において機会があれば何時でも、サラミ・スライシング戦略(抄訳者注:1つ1つ既成事実を積み重ね、現状変更を目指す戦略)によって紛争当事国に圧力をかけることができる。地域の2つの大国、米中間の抗争が益々顕在化する状況下で、地域のその他の諸国、特にASEAN、インド、オーストラリア、カナダ、日本及び韓国は、相互の戦略的協調関係を確立しようとしている。しかしながら、これまでのところ、そのような努力は実を結んでいないし、これら諸国が中国に対抗するためにどの程度効果的に協調できるかも明らかではない。実際、この地域の全ての国は、中国の軍事力に対抗するだけの軍事力を持っていないために、習近平が押し進める中国の海洋強国化を恐れている。

(4) 域内を通じて、習近平は実際には中国を海洋における平和と安定を維持する責任ある国にしようと望んでいると信じたい、強い願望がある。そうであれば、域内諸国は、東シナ海と南シナ海における中国の強引で高圧的な領有権主張における中国の大いなる自制を期待できるからである。少なくとも現在のところ、係争海域における海洋法令執行活動に海軍艦艇の投入を避けるだけの自制的政策が中国にはある。アジア太平洋地域における中国の隣国は単独では中国の海洋力に対抗できないが、これら諸国は、「モンロー・ドクトリン」の中国版ともいうべき中国の長期的政策に対抗するために協働することはできるであろう。これら諸国は、中国が中華帝国による地域秩序の再構築という既成事実を作り上げるのを阻止するために、海洋における緊張を高めることなく、習近平のサラミ・スライシング戦略を抑止するために、できることを全て行わなければならない。

記事参照:
Xi Jinping’s ‘Monroe Doctrine’: Rebuilding the Middle Kingdom Order?

5月31日「南シナ海の緊張状態、戦争にエスカレートするか-米専門家論評」(The National Interest, May 31, 2014)

米シンクタンク、The National Bureau of Asian Researchの政治・安全保障部門副代表を務めるAbraham M. Denmarkは、5月 31日付けの米誌(電子版)、The National Interestに、“Could Tensions in the South China Sea Spark a War?”と題する長文の論説を寄稿し、先般、自身が中国、フィリピン及びベトナムを訪れ各国関係者と議論してきた成果として、中国は自国の行動について防衛的とか受動的などと説明するが、実際には事態をエスカレートさせてきており、このままでいくと戦争へと発展する恐れもあるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 中国が「9段線」という野心的な領有権を主張する、南シナ海における最近数週間の動向は、関係当事国間の関係を極めて冷たいものに変化させてしまった。中国の怒りの矛先はフィリピンとベトナムに向けられており、危機や紛争の可能性が現実化している。各国が態度を硬化させており、妥協する意思も低く、加えて、フィリピンがアメリカの同盟国であるという事実は、深刻な危機と米中紛争の潜在的可能性を高めている。オバマ米大統領のアジア歴訪後の中国の石油掘削リグ設置を巡るベトナムとの衝突は、これまで以上に多くの注目を集めることになった。最近数カ月、中国とフィリピンとの間でも同様の事案が発生している。2012年に中国がスカボロー礁(中国名:黄岩島)の実効支配を確立して以降、北京は、次の狙いをセカンド・トーマス礁(中国語:仁愛礁)に移したようである。ここはフィリピンから105カイリの距離にあるにも関わらず、中国も領有権を主張している。フィリピンは、領有権主張を裏付けるために、1999年に同礁近くに揚陸艦、BRP Sierra Madreを意図的に着底させ、同艦に少数の海兵隊員を駐留させている。最近、フィリピン当局は、絶滅危惧種に指定されている貴重なウミガメを満載した中国の漁船を拿捕した。部外者から見れば、このような小さな岩礁や石油掘削リグそしてウミガメなどを巡って、どうしてこんなに大騒ぎするのかと思うであろう。しかし、この問題は、歴史的にも、軍事的にもそして国家主権にとっても、極めて重要な問題なのである。

(2) 南シナ海の全ての紛争に共通する分母は中国である。北京は、これらの紛争において危機やリスクを激化させる触媒となっている。南シナ海の大半の海域を含む北京の「9段線」による主権主張は、その野心や大胆さの象徴である。ラッセル米国務次官補は4月に、「9段線」について、「国際法に照らして如何なる根拠もない」と批判した。中国は、これら海域に対する歴史的な管轄権を「9段線」の根拠としている。しかし、国連海洋法条約 (UNCLOS) は、領海とEEZ、そしてその基線となる陸地について規定しており、歴史に基づく主張を認めていない。更に、歴代の中国の王朝はその時々において南シナ海の島嶼を支配してきたが、中国は、それらの島嶼を一度に全て支配したことは未だかつてなかった。

(3) 南シナ海に対する支配力を強化するという中国の戦略は、その巧妙さで際立っている。高圧的な行動の一方で、中国の指導者は、表面上は自制的で受動的な戦略を主張してきた。北京は常に、自らの行動について、他の領有権主張国による攻勢や事案に対する「対応」に過ぎないと釈明する。しかし、中国の実際の行動は常に、事態をエスカレートさせるとともに、自らの主張を裏付け、その立場を強化するために過剰なまでの力を行使する。この“Reactive Assertiveness(倍返し)”とも言い得るアプローチは、自らは基本的に受動的であり、トラブルを引き起こすのは相手側であると、北京が自らの行動を弁護する時に使われる。ある中国の研究者は本稿の筆者に対して、「ここ(南シナ海)は我々の領海であり、我々は、彼ら(他の領有権主張国)を立ち退かせるために、武力行使を含む必要なあらゆる手段を行使する権利を有している」と断言した。北京のメッセージは明確である。それは、領有権を争う他国は、中国のあらゆる主張を全面的に受け入れるべきであり、そうしないことによって被る物理的被害の責任は彼ら自身にある、というものである。とは言え、中国も戦争を望んでいるわけではない。

(4) フィリピンとベトナムの指導者は、自ら戦略的な綱渡りをしていると考えている。両国は、中国の経済的重要性、地理的近接性そして圧倒的な軍事力を考えれば、中国との良好な関係を維持したいと考えている。しかしながら、その一方で、両国は、南シナ海における中国の領有権主張に対抗して、国家主権と領土保全を護ることを国家の義務と考えている。また、フィリピンとベトナムのエリート層は、自国を、小国で経済的な結び付きが強い隣国との領土紛争に巻き込まれたウクライナに擬えている。ロシアによるウクライナへの介入とクリミア併合は、東南アジア諸国の指導者にとって、経済的依存と軍事力の脆弱性は地政学的な介入の火種になり、21世紀の今日でも領土保全と国家主権は不可侵ではない、ということを見せつけられた思いであろう。これら諸国は、ロシアが紛争地域を支配するために武力を行使する前例を中国に提示したことを恐れている。そのため、これら諸国は、中国への経済依存度を下げるとともに、中国の軍事的優位をある程度相殺するために自国の軍事力を強化しようとしている。しかし、フィリピンもベトナムもまた、中国との戦争を望んでいるわけではない。両国の戦略は、自国の軍事力を増強したり、中国への経済的依存度を減らしたり、国際社会の介入を期待したりして時間を稼ぎながら、自国の領有権主張を脅かす中国の行動に抵抗することに主眼があると見られる。マニラは、中国との領有権紛争を国際仲裁裁判所に提訴しており、2015年末頃に判決が出ると見られる。更に、両国は、法的拘束力を持つ南シナ海における行動規範 (COC) を実現するために、ASEANを巻き込んで中国との交渉に地政学的重みを加えている。

(5) 南シナ海における領有権紛争の今後の見通しは、長期的な平和や安定が望める状況にはない。むしろ、事態のエスカレートや危機的状況が生じる可能性が高い。最も厄介なことは、北京が、事態のエスカレーションを、絶対的な統制と予測可能性をもって行使できる手段と見なしていることである。中国の戦略家や政策決定者は、大国間の地政学的ゲームを熟知しておらず、また冷戦期を通じて米ソ両国が学んだ教訓、即ち、エスカレーションとは、相手側が予測不能な方法で対抗でき、しかも緊張関係が急速に制御不能な状態にまで極限化し得るという、極めて危険な手段であることを学んでいない。短期的に重要な問題の1つは、中国がフィリピンに対して武力を行使するかどうかであろう。例えば、セカンド・トーマス礁付近に着底させているBRP Sierra Madreに駐留しているフィリピン軍部隊を追い払うために、同艦の周囲を封鎖して撤退を強要することが考えられるが、実際に武力が行使されれば、人命が失われることもあり得る。

(6) 中国がフィリピンに対して武力を行使した場合、北京はほぼ確実に、これについて防衛的あるいは受動的行動と言い張るであろう。そしてアメリカは、外交的にも軍事的にも、この危機に巻き込まれるであろう。ウクライナ問題やシリア問題でアメリカの介入意思への信頼感が揺らいでいる状況下で、アメリカは、この危機を傍観することはないであろう。アメリカは南シナ海における領有権紛争の当事国ではないが、武力紛争の生起は、米中関係にとって深刻な打撃となろう。アメリカは、他の領有権主張国との軍事的協力関係を一層強化したり、これら諸国の軍事力強化を支援したり、また多国間での軍事訓練や演習を実施したりすることで、事態のエスカレートに伴う代価を釣り上げることによって、北京に対する抑止力を強めることができよう。加えて、ワシントンは、事態の沈静化を図り、紛争の平和的解決に向けたロードマップを作成するために、全ての当事国の間で誠実な仲介者として行動すべきである。中国と他の領有権主張国はコリジョン・コースにあり、従って、域内全域を紛争に巻き込みかねない将来的な危機の発生を未然に防ぐため、リーダーシップを発揮するのはアメリカに課された義務である。侵略的行為を自制し、事態を沈静化させることが戦略上有効な手段であることを全ての当事国が認識できない限り、北京が武力紛争に至るレッドラインを越えるのは時間の問題である。武力を行使する意思を持ち、かつ絶対的な服従以外に如何なる選択肢も認めないという国家の存在は極めて危険であり、戦争の始まりを予告しているようなものである。

記事参照:
Could Tensions in the South China Sea Spark a War?

5月31日「タイ籍船タンカー、ハイジャック、その後解放」(gCaptain, Reuters, and others, May 31 and June 1, 2014)

クアラルンプールのIMB Piracy Reporting Centerのノエル・チョン所長は5月31日、タイ籍船の精製品タンカー、MT Orapin 4が5月31日にシンガポールからインドネシアの西カリマンタンのポンティアナに向かう途中、ハイジャックされた可能性がある、と語った。該船の乗組員は14人で、積荷は燃料油である。IMBによれば、該船は5月27日にシンガポールを出港した後、インドネシアのビンタン島北東23カイリの海域で消息を絶った。

その後、該船は6月1日、タイのバンコク湾に面した、シリラチャ港に無事入港した。乗組員の話によれば、該船は海賊にハイジャックされ、通信設備を壊され、積荷の燃料油を盗まれた。

記事参照:
Thai Tanker Feared Hijacked – IMB
Live Piracy & Armed Robbery Report 2014
Photo: MT Orapin 4

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・山内敏秀・吉川祐子