海洋情報旬報 2014年1月1日~10日

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1月2日「プラスチックごみ調査船構想―ノルウェー船級協会・世界自然保護基金」(gCaptain, January 2, 2014)

ノルウェー船級協会と世界自然保護基金 (WWF) は、世界の海洋におけるプラスチックごみ対策のために、調査船、Spindriftの設計構想を開発した。この船は、長さ85メートルで、38人の調査要員を乗せ、90日間航行でき、プラスチックごみの調査と回収実験のためのプラットホームとして機能する。この船が実用化されても、そのインパクトは大海の一滴にしか過ぎず、ノルウェー船級協会によれば、「5つの大きな海流の表層部分をすくい取るには、調査船1,000隻を動員しても、およそ80年かかるであろう。」Spindriftは、例えば、ごみ回収努力の重点を海中のどの程度の水深に置くか、どの程度の大きさのごみを回収するか、あるいはどのようにして海中生物資源の吸収を最小限に抑えるか、といった問題に対処する上で役立つであろう。

記事参照:
Spindrift – A Plastic Debris Research Concept Vessel
Graphic: the time it takes for items to decompose in the environment
Image: Spindrift

1月2日「米中間の海・空域の安全に関する規則作成における困難―キャンベル論評」(The Financial Times, January 2, 2014)

元米国務省アジア・太平洋担当次官補のキャンベル (Kurt Campbell) は、1月2日付けの英紙、The Financial Timesに、“How China and American can keep a Pacific peace” と題する論説を寄稿し、米中間の海・空域の安全に関する規則作りが進まない理由として、米中間の戦略文化の相違を挙げ、要旨以下のように述べている。

(1) 2013年12月、米海軍の誘導ミサイル巡洋艦、USS Cowpens (CG-63) が南シナ海で中国の空母、「遼寧」の随伴艦と一触即発の状態となった。国防省と訪中したバイデン副大統領は、北京に将来の誤解とエスカレーションの危険を避けるための効果的な意思疎通手段と危機防止メカニズムの構築を呼びかけた。中国の反応はいつもながら不明瞭であった。このような海・空域における米中間の軍事的一触即発状態は、中国の海・空軍が領空、領海を越えて展開されるようになるにつれ増加している。

(2) それでも、中国は依然、この種の事件に関する「航路規則 (The “rules of the road”)」を定める協定を結ぶことを躊躇している。それには、幾つかの理由がある。

a.まず何よりも自信の問題である。中国は、アメリカの海・空軍力が、軍事能力や運用実績の面で、依然世界標準であると認識している。中国は、特に潜在的な危機において、自らの脆弱性をさらけ出したくないと望んでいる。

b.次に「航路規則」の目的に対する見解の相違である。中国は、こうしたメカニズムを、高速運転者に対するシートベルトのようなものと見なしている。中国は、異常接近事案が平和的に解決できることを確実にするよりも、むしろアメリカが中国の領域の近くでの軍事活動を自制することを望んでいる。

c.主権に対する解釈の相違ある。中国は、例え限定された範囲での軍事活動に関する合意であっても、それが南シナ海のほとんどをカバーする「9段線」の正統性についての自らの主張を弱めることになりかねない、と懸念している。

d.世界政治的な観点も介在している。アメリカの要求している軍事活動に関する規則は、冷戦期のそれと同じようなものである。北京は外交上、ソ連がアメリカの敵対国であったように、アメリカから中国が世界的なアメリカの敵対国であると見なされるようになることを避けようとしている。

e.最後に米中両国は、抑止に就いての考え方が大きく異なっている。アメリカはしばしば、潜在敵国あるいは競争国の胸中に不安感をかき立てるために、圧倒的な軍事力を誇示し、ショックと畏怖を与えようとする。他方、中国の考えでは、抑止―あるいは疑念 (doubt) と言った方がいいかもしれないが―とは、圧倒的な力の誇示によってではなく、中国に関する不確実性 (uncertainty) を他国に感じさせることで達成しようとするものである。従って、中国人民解放軍の軍事活動に対する理解が低ければ低いほど、抑止効果が高まるというわけである。

(3) 要するに、米中両国の戦略文化は著しく異なり、双方の軍事活動の目的が異なっているので、双方に受け入れ可能なパラダイムを見出すことは容易でない。しかしながら、世界の安定が米中両国の軍事衝突を回避することにかかっており、両国はそれを見出さなければならない。

記事参照:
How China and American can keep a Pacific peace

1月3日「ロシア海軍、北極圏空中哨戒範囲拡大」(RIA Novosti, January 3, 2014)

ロシア海軍北洋艦隊広報官が1月3日に明らかにしたところによれば、北洋艦隊の哨戒機は2014年から、再開した旧ソ連時代の北極圏所在の飛行場ネットワークを活用して、哨戒飛行範囲を拡大する。広報官は、「北洋艦隊航空部隊は2014年に、ノヴォシビルスク諸島のテンプ飛行場の活用を含め、北極圏における哨戒活動の地理的範囲を拡大する。2013年には、北洋艦隊のTu-142偵察機とIl-38対潜哨戒機が30回以上の北極圏哨戒飛行を実施した」と語った。プーチン大統領は2013年12月に、北極圏におけるプレゼンスを強化するとともに、北極圏の軍事インフラの建設整備を2014年に完了するよう命じた。また、ロシア国防省は、2015年までに北極圏に統合軍を配備する計画を発表している。軍事インフラの建設整備計画の一環として、ロシア軍は、1993年に防錆閉鎖された北極圏のロシア沿岸側の少なくとも7カ所の飛行場の再開とともに、ノヴォシビルスク諸島とフランツヨーゼフランド諸島における飛行場と港湾を再開する計画である。北極圏には膨大な未開発の石油・天然ガス資源があると見られており、ロシアは、北極圏の大陸棚の一部の領有権を主張しており、国連に領有申請を行う計画である。

記事参照:
Russian Navy to Expand Air Patrols in Arctic
Infographics: Russian oil and gas fields in the Arctic

1月3日「東南アジア諸国の通常型潜水艦整備―セイヤー論評」(The Diplomat, January 3, 2014)

オーストラリアのThe University of New South Walesのセイヤー (Carl Thayer) 名誉教授は、1月3日付のWeb誌、The Diplomatに、“Southeast Asian States Deploy Conventional Submarines” と題する論説を寄稿し、近年の東南アジア諸国による通常型潜水艦配備競争とその影響について、要旨以下のように述べている。

(1) ベトナムのメディアは2013年12月31日、ベトナムがロシアから取得した、Project 636 Varshavyanka級(Kilo改級)潜水艦の1番艦がカムラン湾に配備されたと報じた。1番艦は、オランダの重量物運搬船、MV Rolldock Sea によってサンクトペテルブルグから移送され、HQ 182 Hanoiと命名される。残りの5隻は、2016年までに配備されることになっている。これに先だって、11月後半のベトナムのグエン・フー・チョン共産党書記長の訪印時、インドがベトナムとの防衛協力の一環として最大500人までの潜水艦要員を訓練すると発表された。訓練は、ビシャカパトナムのINS Satavahanaにあるインド海軍の最新の潜水艦要員訓練センターで実施される。HQ 182 Hanoiの配備は、通常型潜水艦の取得を含め、域内各国が進める海軍力近代化計画の象徴である。

(2) 遡れば、1967年、インドネシアがソ連からWhiskey級潜水艦を取得して、東南アジアで最初の潜水艦配備国となった。その後、この潜水艦は1978年に、西ドイツ製の2隻のディーゼル潜水艦に更新された。2012年に、インドネシア国防省は、潜水艦戦力を2020年までに12隻に増強する計画である、と発表した。12隻は、インドネシア群島水域のチョーク・ポイントを抑えるための最小限の隻数とされる。現在、インドネシアは、3隻のU-209潜水艦を、自国のPT PAL Indonesiaと協同で、韓国の大宇造船海洋で建造し、2015年から2016年に配備する計画である。更に、インドネシアは、2つの選択肢を検討中である。1つは、ロシアのKilo級潜水艦を購入し、改装することである。インドネシア筋によれば、Kilo級は、超音速巡航ミサイル、YakhontあるいはKlub-S を搭載できることから魅力的という。特に、Klub-Sは最大射程400キロで、潜航したままで発射が可能である。もう1つの選択肢は、韓国から新型潜水艦を購入することで、新型潜水艦が既存の港湾施設を利用できることから魅力的とされる。インドネシアの報道によれば、新型潜水艦は、最近建設されたスラウェッシ島中部のパル海軍基地に繋留される。これらの潜水艦は、インドネシア東部の群島周辺の深水海域で運用できるであろう。

(3) シンガポールは2013年11月後半、ドイツのThyssenKrupp Marine Systemsから2隻の新型Type 218SG潜水艦を購入する契約に調印したと発表した。この契約には、ドイツにおける役務の提供と要員訓練が含まれている。この潜水艦は、非大気依存推進 (AIP) システムを装備し、2020年までに配備される。新型潜水艦は、4隻の現有旧式潜水艦、Challenger級を代替し、スウェーデンから購入した2隻の改造型Archer級潜水艦とともに運用される。

(4) マレーシアはフランスから2隻のScorpène級潜水艦を取得し、RMN Tunku Abdul Rahmanが2007年に、RMN Tun Abdul Razak が2009年にそれぞれ配備された。2隻は、サバ州のSepanggarに基地を置く。マレーシアは2012年5月に、財政が許せば、更なる潜水艦取得の意向を示唆していたが、この年には、シンガポールで建造される潜水艦救難艦を取得する契約に調印した。

(5) ミャンマーは2013年6月、ロシアとの間で2隻のKilo級潜水艦を購入する交渉を行った。同時期に、20人の将兵がパキスタンで基本的な潜水艦訓練を始めたと報じられた。これらは、ミャンマーが2015年までに潜水艦を取得する意向であるとの報道を裏付けるものである。

(6) タイは2011年4月に、ドイツで退役した6隻のType 206A潜水艦(排水量500トンで、世界最小の攻撃型潜水艦)の内、2隻を購入する意向を示したが、2011年7月の政変で結局、棚上げになった。2013年10月に、タイ海軍は今後10年間の装備取得計画に3隻の潜水艦の購入を計上すると報じられた。一方、タイは、サタヒップ海軍基地に潜水艦訓練センターと潜水艦基地を建設しており、2014年3月に完了すると見られる。海軍は2013年に、18人の士官をドイツでの32週間の潜水艦要員訓練コースに、10人の士官を韓国での8週間の訓練コースに、それぞれ派遣している。

(7) 今後5年から10年以内に、東南アジア海域、特に南シナ海では、域内各国の通常型潜水艦の配備が大幅に増えるであろう。このことは、南シナ海を一層混迷させる。潜水艦の取得は、域内各国の戦闘能力に、空、陸、海上に加えて4番目の次元を持ち込むことになる。潜水艦は、偵察、情報収集、機雷敷設、対水上艦戦闘及び長距離攻撃作戦を遂行できる。潜水艦の取得が意味することについて、ASEAN各国の海軍首脳はほとんど議論しない。最も基本的なレベルでは、ASEAN各国は潜水艦救難能力をほとんど持っていない。シンガポールとマレーシアは例外で、シンガポールは2008年後半に、2隻の深海捜索救難艇を搭載した、潜水艦支援艦、MV Swift Rescueを進水させた。シンガポールは、域内の潜水艦救難協力の中心的存在で、オーストラリア、インドネシア及びベトナムと救難協定を結んでいる。

記事参照:
Southeast Asian States Deploy Conventional Submarines

1月3日「3,000トン級巡視船進水、台湾海岸巡防署」(The China Post, January 4, 2014)

台湾海岸巡防署は1月3日、3,000トン級巡視船の進水式典を高雄で実施した。王進旺署長は、この巡防署最大の巡視船を、「宜蘭」(CG-128) と命名した。同船は、今後数日間、洋上で一連の公試を行った後、2014年6月に正式に就役し、尖閣諸島を含む、台湾の領海と漁業権を護る任務に就く。同船は長さ117.61メートル、幅15.2メートルで、公海での巡視活動範囲を拡大するために必要な場合にヘリを着艦させるためのヘリ甲板を装備している。2番船、「高雄」(CG-129) は3月に進水する予定である。「高雄」は、就役後、台湾が領有する南シナ海の東沙諸島と南沙諸島の太平島への補給物資の輸送に当たる。同船は、巡防署が実施している太平島の埠頭改修工事が終われば、この埠頭に停泊することができる。この2隻は、台湾の海洋法令執行能力を強化し、捜索救難活動を実施し、そして漁業権を護るために、巡防署が進めている予算240万7,000台湾元で10年間に37隻の巡視船を配備するという計画の一環である。既に、2013年3月には、2,000トン級の巡視船、「新北」と1,000級の巡視船、「巡護8號」が就役している。この計画が完了すれば、海岸巡防署の巡視船隊は、173隻、3万6,000トンになる。

記事参照:
Coast Guard unveils new ship in Kaohsiung
Photo:「宜蘭」(CG-128)

1月6日「東アジアにおける偶発的紛争要因―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, January 6, 2014)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)のEvan N. Resnick准教授は、1月6日付けのRSIS Commentariesに、“The East Asian Tinderbox: No Rules of the Game?” と題する論説を寄稿し、中国とアメリカの最近の外交、軍事行動が東アジアにおける緊張を高めており、幾つかの要因がこの地域で偶発的紛争の危険を高めているとして、要旨以下のように論じている。

(1) 東アジアの地域的緊張は、ここ数週間相当に高いものになった。2013年11月23日に、中国の政府は、東シナ海で防空識別圏 (ADIZ) の設定を発表し、尖閣諸島がその中に含まれていた。1週間後、アメリカのオバマ政権は、北京に事前通知せず2機の非武装のB-52爆撃機が中国のADIZを飛行することを許可した。12月5日、米海軍誘導ミサイル巡洋艦、USS Cowpensは、中国海軍空母、「遼寧」に随伴していた中国海軍戦闘艦と衝突しそうになった。過去数週間に生起した事案は、今後も再発し、偶発的紛争の危険が固まると見られる。この不吉な予測は、相互に関連する5つの要因に基づいている。

(2) 第1の要因は、中国の台頭である。台頭する大国が、隣接する地域に対して、そして多くの場合、隣接地域を遙かに超えて、その影響力と支配を拡大しようとすることによって、自らの安全保障を極限まで高めようとするのは、国際政治における自明の理である。中国の拡張主義的な主権主張と域内諸国にその受け入れを強要する鉄面皮な行為は、この文脈の中で理解しなければならない。

(3) 第2の要因は、オバマ政権が、「再均衡化」政策の下、東アジアに対するより積極的な政策を打ち出したことである。この政策の下、オバマ政権は、オーストラリア、韓国、フィリピン及びシンガポールへの軍事力展開を強化するとともに、インド、ニュージーランド、インドネシア、マレーシア、ベトナム、カンボジア及びミャンマーを含む、多くの地域パートナーとの防衛関係を強化してきた。また、オバマ政権は、南シナ海の南沙諸島と西沙諸島に関する中国と関係国との間の領有権紛争に対してより強硬な立場をとるとともに、尖閣諸島が日米同盟の適用対象であることを明確に宣言した。アメリカに軍事的に支配されているばかりでなく、アメリカの同盟国と戦略的パートナー諸国に囲まれた地域で、大国に伸し上がろうとする中国にとって、例え再均衡化政策がなくても、安全でないと感じるのは当然であろう。再均衡化政策は、中国の不安感を高めるだけであろう。

(4) 第3に、域内の同盟国に対するアメリカの安全保障コミットメントは、北京に対する同盟国の立場を強固にし、勇気づけていることである。尖閣諸島を巡る最近の危機は、2012年9月に日本が尖閣諸島の3つ島を「国有化する」と決定したことに端を発している。その間、南シナ海では、フィリピンがこれまでに先例のない国連海洋法条約に基づく国際仲裁裁判所に北京との紛争を提訴することで、中国に対する強い対立姿勢を示した。

(5) 第4に、東アジアの軍事バランスは圧倒的にアメリカ優位だが、域内における利害のバランスは中国の方が大きいことである。一方、アメリカは、世界でも最強の戦闘部隊を配備することで、東アジアの空域、シーレーンそして宇宙においても支配的地位を維持している。他方で、東アジアにおける外交的対立あるいは領有権紛争は、アメリカと違って域内国である中国にとって、こうした紛争の結果が自国の国家安全保障により密接に関わっているので、アメリカよりはるかに関心が高い。

(6) 第5に、米中両国は現在まで、相互の地政学的抗争を緩和するのに資する、一連の明示的あるいは暗黙のゲームのルールを作り上げることに成功していないことである。対照的に、冷戦期のアメリカとソ連は、一連の暗黙あるいは明示の相互自制の規範を発展させ、相互抗争が第3次世界大戦にエスカレートすることを抑止した。

(7) これらの要因は、それぞれ1つの要因が他の要因を一層悪化させるために、特に有害である。例えば、中国の台頭はアメリカに再均衡化を促し、そのことがアメリカの同盟国を大胆にし、この地域のアメリカの軍事能力を強化し、それによって、中国の不安感を煽り、一方で領有権紛争において優位に立とうとする中国の決意を強めさせる。ゲームに関する明確なルールがないために、予測不可能性という要素がこの危険な力学構造に加わることから、状況が一層揮発性の高いものになる。アメリカが長年にわたって支配的であった地域における中国の台頭は、どうしても不安定と緊張を相当程度高めることになる。北京とワシントンの政策決定者は、双方がある種の好ましからざる現実を受け入れない限り、こうした不安定と緊張をともに軽減することはできないであろう。北京の政策決定者は、域内の軍事バランスが引き続き中国にとって不利であり、そしてそのことは、武力の誇示による対抗が引き起こすかもしれないあらゆる戦争で、中国の方が不釣り合いに被害を受けることを意味する、ということを理解しなければならない。同時に、アメリカの政策決定者は、中国の台頭とその敏感な不安感が、この地域におけるアメリカの真の死活的利害を反映した、より慎重であまり高圧的でないアメリカのアプローチを必要としていることを理解しなければならない。 

記事参照:
The East Asian Tinderbox: No Rules of the Game?

1月7日「中国海南省、外国漁船の操業規制実施―米専門家論評」(The Washington Freebeacon.com, January 7, 2014)

米Webサイト、The Washington Freebeaconの上席編集長で安全保障問題専門の著名ジャーナリスト、Bill Gertzは、“China Orders Foreign Fishing Vessels Out of Most of the South China Sea” と題する1月7日付けの同サイトのブログで、中国の海南省政府が1月1日から実施した、外国漁船の操業規制について、要旨以下のように述べている。

(1) 中国は、南シナ海の3分の2をカバーする海域で操業する外国漁船に対して、海南省政府の事前許可を義務付けると発表した。この規制は、2013年11月29日に海南省政府によって制定され、1月1日から施行された。この規則によれば、南シナ海の3分の2をカバーする海南省管轄海域に入る全ての外国漁船は、海南省政府の事前許可を求められる。この規則によれば、規則に従わない外国漁船は当該海域から退去させられ、漁獲を没収され、更に上限8万2,600ドルの罰金を課せられることになる。場合によっては、中国の法律によって漁船が没収され、乗組員が拘束されることもある。ベトナム、ピリフィン、マレーシア、ブルネイ及び域内の他の諸国が漁業権を主張する海域に対して、中国が明確な法的措置をとるのは今回が初めてである。ベトナム国営メディアによれば、新規則が発効してから初めて、中国の巡視船が1月3日、西砂諸島周辺でベトナム漁船を襲い、漁民を強打して、5トンの漁獲を没収する事案が発生した。この新規則の内容については、中国以外では公表されていない。

(2) 元米国務省の中国専門家は、海南省の新しい漁業規制海域宣言は中国が当該海域の支配を漸進的に強化する施策の一環と見なしている。北京は以前から、自国のEEZと主張する海域をカバーする「9段線」を設定し、南シナ海のほぼ全域を自国領域と宣言している。この中国専門家は、今回の措置により、中国は「9段線」の法的性格について、これまでの曖昧さから一歩踏み出したと見ている。また海南省の漁業規制海域の設定は、東南アジア諸国、日本そしてアメリカに対して、中国の海洋領域浸食政策の容認を強要するという狙いもあると見られる。ベトナムと中国は、今回の漁業規制海域に含まれる西沙諸島を巡って、過去30年の間に何回も軍事衝突を繰り返した。更に、中国海軍艦艇は、同じように今回の漁業規制海域に含まれる南沙諸島の領有権を巡って、フィリピンと対峙している。今回の漁業規制海域に含まれるその他の紛争島嶼には、西沙諸島の東に位置する中沙諸島、フィリピンのルソン島に近いスカボロー礁が含まれている。

(3) 中国は過去数年間、南シナ海においてアメリカ海軍の情報収集船の活動を妨害してきた。南シナ海は、中国海軍揚陸艦が12月5日にアメリカの誘導ミサイル巡洋艦、USS Cowpens の100ヤード前方で停止し、進路を妨害した事案が生起し、米中間の軍事的対峙の場ともなっている。

(4) 前出の元米国務省の中国専門家は、「中国は今回の措置によって国連海洋法条約 (UNCLOS) を明らかに無視している」として、東南アジア諸国はUNCLOSを持ち出すことで漁業規制措置に対抗することができる、と指摘している。北京は、今回の規制措置が地方政府によって公布されたものであり、従って中国政府の国策の一環ではない主張することで、漁業規制措置に対する国際社会の批難を免れようとするであろう。しかしながら、中国は、この規則を無効にしようとしていないばかりか、東シナ海でも同じような漁業規制を設定する可能性さえある。

(5) 前出の元米国務省の中国専門家は、アメリカの政策決定者たちはUNCLOSに加盟していなくても、従来の国際法の下で、海軍がアメリカの海洋権益を維持し護ることができると考えている、と述べている。この専門家は、「中国海軍が増強され、一方でアメリカの海軍力の衰退が続けば、アメリカの選択肢は今後数年の内になくなってしまうであろう。国務省でも国防省でも、ワシントンの誰がこの中国海軍の挑戦を長期的視野で考えているかは知らないが、今や現実的視点を持った海洋戦略家がいないことがアメリカの不幸である」と指摘している。

記事参照:
China Orders Foreign Fishing Vessels Out of Most of the South China Sea
Map: China imposes fishing curbs: New regulations imposed Jan. 1 limit all foreign vessels from fishing in a zone covering two-thirds of the South China Sea.

【関連記事1】「米、中国の漁業規制批判」(Philstar.com, AP, January 10 and Taipei Times, Reuters, January 11, 2014)

米国務省報道官は1月9日、中国の新たな漁業規制を「挑発的で、潜在的に危険」と批判した。報道官は、この規制は中国政府から如何なる説明もなされておらず、また国際法規にも基づいていない領有権主張を押し付けているように思われる、と語った。

一方、ベトナムの政府所管の漁業団体とフィリピンも、この漁業規制を批判している。フィリピン外務省報道官は、「この規制は、公海における航行の自由と漁業権に対する重大な侵害であり、中国政府に対してこの漁業規制の内容について明示するよう求める」と語った。

記事参照:
US: China rules for disputed seas ‘provocative’
China hits back at US criticism of new fishing rules

【関連記事2】「中国、米の批判に反論」(Taipei Times, Reuters, January 11, 2014)

中国は1月10日、新たな漁業規制は国際法に準拠したものだとして、アメリカの批判に反論した。外交部報道官は、中国政府は国内法規と国際法規に従って、非生物資源とともに、自国の島嶼や環礁における漁業資源や環境を護る権利と責任を有する、と強調した。

記事参照:
China hits back at US criticism of new fishing rules

【関連記事3】「南シナ海における中国の小さな棍棒外交―ホームズ論評」(The Diplomat, January 9, 2014)

米海軍大学のJames R. Holmes教授は、1月9日付のWeb紙、The Diplomatに、“The Return of China’s Small-Stick Diplomacy in South China Sea” と題する論説を寄稿し、中国が1月1日より南シナ海で施行し始めた漁業規制について、警察権 (“police powers”) によって領有権主張を押し付けようとする、中国の小さな棍棒外交 (“small-stick diplomacy”) の一環であるとして、要旨以下のように論じている。

(1) 中国海南省が南シナ海の約3 分の2 に当たる海域で操業する外国漁船に対して、1月1日から規制措置を施行し始めたが、これについては、幾つかのポイントがある。第1に、地域内外のウオッチャーは、これにあまり驚くべきではない。例えば、「9断線」に見るように、中国の南シナ海に対する領有権主張はここ数十年間続いている。1974 年には西沙諸島において、中国軍が当時の南ベトナムの小艦隊を撃破した。更に、スカボロー礁の事例もあるように、こうした中国の行動は今日でも続いている。

(2) 第2に、法律専門家の定義によれば、「警察権 (“police powers”)」には、国土における秩序維持のための強制力と、国民の健康、福祉及びモラルを支えるという2 つの意味がある。中国の新たな漁業規制の施行は前者の意味での警察権である。中国は、主権を主張する海域と島嶼において、法令執行権を行使しようとしている。しかも、中国は、法令執行に当たって、自国の管轄権に対する非合法な挑戦であるというメッセージを強調するために、人民解放軍ではなく、非軍事アセットを活用している。筆者は、これを「小さな棍棒外交(small-stick diplomacy)」と呼んでいる。「小さな棍棒」とは海警(沿岸警備隊)やその他の海洋法令行機関のことで、中国の海洋法令執行機関は、東南アジア諸国のどの国の軍隊よりも強力である。その上、これらの海洋法令執行機関は、人民解放軍という「大きな棍棒 (the big stick)」の後ろ盾を受けて活動できる。もしどの国もこうした行動を効果的に押し返すことができなければ、時間が経つにつれて新たな既成事実が出来上がってしまうことになろう。

(3) 第3に、海南省の一方的な規制は、アメリカがこの地域における国益とする「航行の自由」に対する直接的な挑戦というわけではない。中国外交部報道官もこれを否定している。中国にとって、「航行」とは通り過ぎることで、それ以上の意味合いはない。外国漁船を当該海域から閉め出す行為は、当該海域において中国の国内法の遵守を強要することを意味する。中国は、自国の管轄海域と見なす海域におけるアクセスを規制しようとしているので、これは「選択的アクセス拒否 (“Selective access denial”)」*と、筆者が言うものなのである。

(4) 第4に、南シナ海は、警察権を行使するには広大な海域である。新たな漁業規制の適用海域は南シナ海の3 分の2、135万平方マイルにも及ぶとされ、米テキサス州の5倍にもなる広大な海域である。中国の海洋法令執行機関は、この広大な海域で起こる全ての事象を監視し、違反者を取り締まることができるであろうか。これは疑問である。東南アジア諸国が北京の押し付けを受け入れるとは、考えられない。中国の施行した規則を誰も遵守しないとすれば、何が起こるか。今後を注視するしかない。

記事参照:
The Return of China’s Small-Stick Diplomacy in South China Sea

備考:「選択的アクセス拒否 (“Selective access denial”)」については、「海洋情報旬報」2013年12月1日-10日号の以下の記事を参照されたし。{12月3日「中国の『選択的アクセス拒否』戦略とアメリカの対応―ホームズ論評」(The national Interest, December 3, 2013)}

1月7日「中国海軍、中東・北アフリカで存在感を増す―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, January 7, 2014)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)のKoh Swee Lean Collin 客員研究員は、1月7日付けのRSIS Commentariesに、“Westward Ho: Expanding Global Role for China’s Navy?” と題する論説を寄稿し、近年、中国海軍が中東、北アフリカで存在感を増していることについて、要旨以下のように述べている。

(1) 中国は最近、多国間によるシリアの化学兵器の解体、破棄を支援するために、フリゲート1隻を派遣した。この派遣は、2008年にアデン湾に海賊対処艦隊を派遣して以来、中国海軍の西進における新たな一里塚である。2011年以降、主として多国間枠組みの中での中国海軍の中東、北アフリカへの進出が増加している。2011年2月、リビア内戦から自国民を救出し保護するために、フリゲート、「徐州」が派遣された。これは、中国軍の初めての海外における人道支援任務であった。その1ヶ月後、ソマリアの難民に対する国連世界食糧計画の海上輸送船を護衛するために、フリゲート、「馬鞍山」が派遣された。

(2) 中国海軍が国際安全保障活動への参加を拡大させてきた淵源には、1990年代に北京が出した「新安全保障観」がある。「新安全保障観」は、① 共通の安全保障、② 総合安全保障、③ 協調的安全保障を目指したものである。「新安全保障観」では、インド洋を通る極めて重要なシーレーンに対する安全保障上の利益に関する部分が少なくない割合を占めている。事実、中国は、地政学的に不安定な中東、北アフリカ地域を、戦略的に重要な地域として常に注目してきた。中国海軍の最初のインド洋沿岸国への親善訪問は1985年であった。アフリカへの最初の訪問は2000年であった。中国海軍は最近20年の間に、より遠方へ部隊を派遣する能力を着実に強化してきた。能力の強化は、中東、北アフリカへの部隊派遣の拡大を可能にしている。中東、北アフリカにおいて拡大する中国のプレゼンスは、国際安全保障活動に対する中国軍の増大しつつある全般的な貢献の一環である。

(3) 新たな建艦計画の推進によって、中国海軍は今後、遠海での国際安全保障活動への参加の増大に対応するために必要な外洋海軍としての能力を獲得するであろう。「江凱Ⅱ」級誘導ミサイル・フリゲート (Type-054A) は、特に最近の中東・北アフリカ方面での任務を通じ、その有用性を証明してきた。同級は、中国海軍が国際安全保障活動に関与していくための主力艦となろう。2013年末までの既に16隻が就役しており、更に建造中である。中国海軍は依然、遠海で行動する艦艇に対する後方支援を提供する補給艦が不足している。しかしながら、この問題も、2万3,000トンの「福地」級 (Type-903) 総合補給艦2隻の就役によって徐々に改善されつつある。現在の中国海軍建設の軌跡から判断すると、将来の建艦計画には、中国海軍が長期に渡る遠海における作戦遂行を可能にする、より能力の高い補給艦の建造計画が含まれることになろう。

(4) 安全保障利益がグローバルに拡大しているという戦略的視点から、北京は、海軍力の到達範囲を拡大するために、海軍の戦力投射能力を着実に増強しつつある。その狙いは、中国海軍が国際安全保障活動への関与の度合いを現状レベルで維持しながら、グローバルな役割を拡大することにあると見ることができる。海軍力は北京にとって外交の最も重要な代替手段であり、海軍力の開発は、地域及び国際社会の秩序を維持する積極的な関与者としての中国の役割を強化するであろう。中国海軍は、国際安全保障活動への物理的なコミットメントを拡大するだけでなく、その拡大は、中東、北アフリカ諸国の海軍との既存の2国間あるいは多国間協力の中で進められるであろう。多国間の枠組みにおける中国海軍のグローバルな役割の拡大は、中国の急速な海軍力の近代化に対するマイナス・イメージを払拭するのに役立つであろう。

記事参照:Westward Ho: Expanding Global Role for China’s Navy?

1月9日「インド海軍空母、ロシアから回航、インドに到着」(The Times of India, January 9, 2014)

インド海軍空母、INS Vikramadityaは1月9日、ロシアでの改装を終え、インド西岸のカルワル沖に到着し、その後、母港、INS Kadamba海軍基地に配備される。消息筋によれば、3隻の国産、50-T BPタグボートの支援で母港に接岸することになっている。INS Vikramadityaは2013年11月半ばに、ロシアでアントニー国防相によって正式にインド海軍に編入された。同艦は、今後数年以内に退役予定の空母、INS Viraatと2018年に就役予定の国産空母、INS Vikrantとの交代期を繋ぎ、2隻の稼働空母態勢整備というインド海軍の中期目標を支える戦力となろう。

INS Vikramadityaの乗組員は1,600人を超え、搭載燃料8,000トン余り、航続距離は7,000カイリ強である。同艦は、45機のMiG-29Kに加え、Kamov 31とKamov 28対潜・哨戒ヘリを搭載し、今後4カ月以内に戦力化される。長距離対空監視レーダーや最新の電子戦闘機器などを搭載し、その監視範囲は空母周辺500キロを超える。同艦は、MiG 29K/Sea Harrierに加え、Kamov 31、Kamov 28、Sea King、ALH-Dhruv及びChetak各ヘリからなる計30機以上の航空戦力も混載可能である。

記事参照:
Navy’s warhorse INS Vikramaditya berths at home base in Karwar
Photo: INS Vikramaditya

1月9日「2013年の船舶解撤数、1,119隻―仏環境団体報告」(The Express Tribune, AFP, January 10, 2014)

フランスの環境団体、Robin des Boisが1月9日に公表したところによれば、2013年に解撤された船舶は1,119隻であった。この隻数は、2006年に統計をとり始めて以来、2番目に多い年となった。解撤船舶数が最も多かったのはインドで、全体の26%に当たる343隻であった。バングラデシュは3番目に多く、全体の16%に当たる210隻、そしてパキスタンは5番目で、全体の8%に当たる104隻であった。これら南アジア3国で、世界全体の解撤船舶数の50%を占めた。トン数で見れば、南アジア3国が全体の71%を占め、インドが31%に当たる280万トン、バングラデシュが25%で230万トン、パキスタンが15%で140万トンであった。中国は解撤船舶数では2番目で、全体の18%に当たる239隻、トン数では3番目で、全体の19%に当たる170万トンであった。

EUは、EU加盟国籍船の内、大型船の解撤をEUによる認可施設で行うとする規則を承認しているが、同環境団体によれば、該当する船舶の内、EU内の施設で解撤された船舶はわずか8%に過ぎず、EU加盟国籍船の多くが最後の航海のために船主によって便宜置籍国船に転籍される、と指摘している。

記事参照:
Despite hard times, Pakistan remains a top ship breaking destination

以下は、Robin des Boisのプレスリリースからまとめた、2013年の解撤船舶のカテゴリー別内訳である。()内は全体に占める割合。
a140101-1
出典:Robin des Bois, Press Release, January 9, 2014

1月10日「インド洋における中国の狙いと課題―米豪専門家論評」(Asia Times Online, January 10, 2014)

シドニー大学のJohn Lee准教授と米ハドソン研究所のCharles Horner上席研究員は、1月10日付のWeb紙、Asia Times Onlineで、“China faces barriers in the Indian Ocean” と題する長文の論説を寄稿し、アメリカのアジア戦略における「アジアへの軸足移動 (“pivot”)」なる用語はよく知られているが、アメリカ、インド、中国、日本およびオーストラリアが基本的利害を有する海域はインド洋の他になく、西太平洋におけるバランス・オブ・パワーと戦略的に連結された海域として、今やインド洋、特に東インド洋が一種の “pivot” の場となりつつあるとして、そこにおける中国の狙いと課題について、要旨以下のように述べている。

(1) 特に、東インド洋は中国をグローバル・パワーに押し上げる大戦略プロジェクトにおける主要な構成要素であり、既にこの海域は、大陸国家として海洋国家をも目指す中国の発展戦略において極めて重要な役割を果たしつつある。インド洋は今や世界で最も込み合う貿易ルートである。世界の石油輸送の80%以上(世界全体のエネルギー供給の5分の1に相当)がインド洋を経由する。特に、世界の石油輸送の約40%がホルムズ海峡を経由し、その大部分がインド洋を経て、マラッカ海峡を通峡する。中国は、エネルギー需要の90%を国内資源で賄えるにもかかわらず、現在、所要石油の約半分を輸入に頼っている。ハドソン研究所は、中国の新しい西進政策の一環としての中国の中央アジアへの増大する関与を研究してきた。中国は既にかなり投資しており、陸路のみを通って中国に輸送できるエネルギー供給源の開発を狙って、今後更に投資が増えると見られる。現在の中国の陸路による石油輸入は日量500万バレル前後であり、2030年にはこれが約1,300万バレルに達する。西進政策の一環として、中国は、ビルマ沿岸から雲南省に至るパイプラインを完成させた。このパイプラインは、最大で日量約44万バレルを輸送できる。中国はまた、シベリアから中国北部に日量約62万バレルの輸送能力を持つパイプラインの建設を計画している。更に、中国は、カザフスタンのカスピ海油田から中国西部に日量約40万バレルの輸送能力を持つパイプラインも計画している。これらの大規模な大陸横断プロジェクトが計画通りに進んだ場合ですら、海路で運ばれる石油の重要性は現在より増え、ホルムズ海峡を経由する中国向け石油はこれまでないほどの量になろう。

(2) しかし、インド洋-太平洋回廊は、単にエネルギーだけの問題ではない。インド、中東そしてアジア太平洋を結ぶ、新たな「三角貿易」が登場してきた。その結果、中東、南アジアそしてアジア太平洋を結ぶ貿易ルートは、インド洋を一種の広大な「チョーク・ポイント」としている。従って、もし中国が南シナ海で支配的立場になったとしても、インド洋には中国海軍のリーチが及ばず、中国が実質的な戦略的自由を得る立場に近づくことは難しい。将来的には海洋大国というだけではなく、海軍大国をも目指すという中国の意図を理解するためには、我々は視野を広げてみる必要がある。まず、中国への入り口―あるいは裏口と言ってもいい―としての東インド洋の戦略的重要性を、今一度理解する必要がある。「今一度」というのは、この地域は、第2次世界大戦中、孤立した中国を外から支える上で不可欠の役割を果たしたからである。1940~1945年の太平洋戦争の期間中、中華民国は海から遮断され、その政府は内陸部の重慶にあり、中華民国はアメリカやイギリスから東南アジアの陸地を経由する援蒋ルート、南西回廊に依存していた。

(3) 中華民国の戦時下の経験は、例え敵が中国の沿岸諸港を占領したとしても、もし中国の「裏口」が開いていれば、政府は内陸深くに根拠地を設け、生き残ることができることを示唆している。新たに生まれた中華人民共和国もこの経験から学んだ。アメリカが一度決断すれば、その海洋パワーが新体制に巨大な破壊をもたらしかねないため、毛沢東の新中国は、かつて中華民国も拠点を求めた地域に素早く戦略的プレゼンスを構築しようとした。特に、新中国は、東南アジアの「民族解放戦争」を積極的に支援し、その結果、新たに樹立される体制が中国の戦略的同盟国になることを期待した。フランスがインドシナ半島を支配するようになってから、中国の主要な裏口の1つが、フランスが建設したベトナムのハイフォン港から雲南省の州都、昆明に至る鉄道であった。フランスは、日本の圧力を受け、この鉄道を閉鎖した。第2次世界大戦直後、中華民国は、ベトナムの同盟者を支援して、この鉄道を支配しようとした。従って、新中国が東南アジアに自らの「革命」の輸出を試みても、それは、伝統的に続いてきた戦略的系譜の延長といえる。

(4) 今日、ソ連は消滅したが、インド、中国、日本、インドネシアそしてアメリカのすべての国が、東インド洋に重要な利害を有している。従って、現在は一種のコモンズになっている東インド洋において衝突が起き、それが増加することを予測しておくべきである。インド洋はまた、判然とはしていないが、中国の将来を暗示している点でも重要である。中国の西進政策は、3つの方向に向かっている。最初のルートは、中国の支配する中央アジア、つまり新疆ウイグル自治区から西方のエネルギー資源が豊富なカザフスタン、トルクメニスタンそしてカスピ海沿岸まで西進するルートである。第2のルートは、南西から西に、パキスタンとアフガニスタンを経由して、イランとペルシャ湾の入口に接するパキスタンのバルチスタン州に至るルートである。

(5) 本稿の主題に最も関係するのは、第3のルートである。このルートは、雲南省から始まり、鉄道と高速道路を使って東南アジアに入り、そして昔のシルクロードの南西部分の整備された道路でバングラデシュにも入り、そこからインド北東部に向かいペルシャに至る。雲南省は、チベット自治区と接しており、この西進政策における最も重要な戦略的軸足 (pivot) となる可能性がある。雲南省と沿岸部に比してはるかに遅れた地域である内陸部諸省は、出現しつつあるインド-太平洋経済回廊に直接結びつけられることを望んでいる。東南アジアは、自然な経済圏―The Greater Mekong Sub-Region(アジア開発銀行の用語)の一部として、西進政策の主要な目標である。このSub-Regionには、雲南省、広西壮族自治区、ベトナム、カンボジア、ラオス及びミャンマーが含まれる。この地域が南西方向に結びつきを強めるにつれ、中国内陸部の一部は、沿海部から離れて、経済的に明るい将来を見据えるようになってきている。雲南省だけでは約5,000万人の人口に過ぎないが、広西壮族自治区には5,000万人を超える人口がいる。合わせれば、ロシアを除くどのヨーロッパ諸国よりも多くの人口を有する。2009年7月の雲南省への視察旅行の後、当時の胡錦濤国家主席は雲南省政府に対し、The Greater Mekong Sub-Regionとの経済協力の深化を主導するよう促した。その結果、雲南省は、今や中国における東南アジアとの主要な経済的な架け橋となっている。戦略的に重要な中国西部と南西部が新たな異なった方向を指向し始めたことにより、ベンガル湾とアンダマン海は今や、少なくとも中国の他の省にとっての南シナ海と同じように重要視されるようになってきている。

(6) このように俯瞰して見れば、東シナ海や南シナ海に見るような海軍力の抗争や領有権紛争が、まだ軍事的抗争もなく、比較的管轄海域を巡る紛争のない、マラッカ海峡より西にも波及することは避けられない。インド洋には多くの国の利害が関わっているが、インド洋は今のところ抗争以前の状態で、その海域は、マラッカ海峡の東に見られるような、ある種の伝統的な敵意とか、あるいは関係当事国のEEZの複雑な重複状態といったものがない。それ故に、インド洋は、小さな優位が大きな優位の繋がりかねない海域である。最近の中国の「高圧的な態度」は、日本、韓国、フィリピン、インドネシア、ベトナム、そしてもちろんアメリカの警戒心と敵意を招いている。インド洋はこうした中国の「高圧的な態度」の魅力的な目標となっており、例え中国の南西方面への関心がこの地域の経済的魅力にあるとしても、同時に、それは中国国内の外へ向かおうとする力を強めることになろう。

(7) アメリカについて見れば、インドのような友好国やオーストラリアのような条約上の同盟国との協力は、太平洋におけるアメリカの同盟国とのそれより、あまり込み入ったものではない。実際、このような協力は、インド洋の状況が長らく現実的な関心事であった、インド、オーストラリア両国の戦略的な伝統に自然に適合したものであった。しかし、中国の海軍力が増強は、両国にとって新たな現実的な懸念となっている。もし中国の海軍力が実際に世界的な海軍力に変貌を遂げるとすれば、それは、何らかの形で、南シナ海からマラッカ海峡の西へ、そして中東の重要地域にまで達する海域に存在感を誇示しなければならない。しかしながら、アメリカと違って、中国は、機能不全状態のパキスタンを除いて、インド洋地域に真の同盟国も友好国も持っておらず、中国がインド洋を超えて存在感を誇示しようとすれば、そのコストは高いものになろう。

記事参照:
China faces barriers in the Indian Ocean