海洋安全保障情報旬報 2012年9月21日〜9月30日

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9月24日「ソマリアの海賊、活動再開」(The Independent, September 28, 2012)

ソマリア沿岸での海賊活動をモニターしている英国の警備会社によれば、24日にオマーンのサラーラ港近くのアラビア海で、オマーンのダウ船が海賊に襲撃された。同社によれば、この襲撃はモンスーンの季節が終わってから初めてのもので、気象条件が良くなるにつれ、更に増えることが予想されるという。同社の情報部長は、海賊ビジネスを取り巻く状況は厳しくなってきているが、海賊の脅威がなくなったわけではない、と海運業界に警告している。

記事参照:
Fresh attack as pirate season off coast of Somalia begins

9月26日「他の手段による戦争、中国シーパワーの政治的活用—T.ヨシハラ」(The Diplomat, September 26, 2012)

米海軍大学のヨシハラ(Toshi Yoshihara)教授は、26日付のWeb誌、The Diplomatに、”War By Other Means: China’s Political Uses of Seapower”と題する論説を寄稿している。この論説は、9月12日に米議会下院外交委員会で行った証言の改訂版である。ヨシハラは、中国の台頭と、その海軍力と非海軍・非軍事のシーパワーの活用が、この地域の均衡を変え得る要因になり得るとして、要旨以下のように論じている。

(1) 中国の海軍力と海事部門の強化は、北京にその野心を追求するために必要な力をもたらしている。中国海軍の近代化プロセスの速度と規模は、中国の海洋における適性に対する楽観的でやや見下したような見方をしていた、西側における大方の予言を覆すものであった。しかし、シーパワーは、単に海軍力だけを意味するのではなく、むしろ、北京に広範な選択肢を与える、連結した総合力である。中国のシーパワーでは、非海軍・非軍事能力やシステムがかなりの部分を占めている。中国の海上監視能力と海洋法令執行能力の強化は、目覚ましいものであった。北京は、南シナ海ではフィリピンと、東シナ海では日本と対峙するために、中国のシーパワーの非軍事部門から非軍事監視船を派遣することができた。非軍事部門の船舶でも、中国の海洋における目的を果たすための海上警察力となり得る。要するに、北京は、海洋における権益を護るための多様な要素からなるシーパワーを保有しているのである。

(2) 急成長を遂げた中国のシーパワーは、南シナ海における弱い相手国に対して、シーパワーの軍事部門と非軍事部門を政治的に活用するという戦略の展開を可能にした。こうした戦略は、計算された力の誇示と戦闘能力とを巧みに組み合わせることで、相手の対抗意志を徐々に挫き、長期的な政治・軍事抗争における中国の力を強化することになる。2012年春のスカボロー礁で見られたように、領土を巡る紛争に非海軍船舶を投入することで、海洋における領有権主張に当たっての中国の巧妙で組織的な戦略が明らかになった。非軍事手段の活用は、事態の局地化を図り、エスカレーションを回避するとともに、特に米国やその他の外部勢力が介入する口実を与えないことにある。同時に、中国は、非戦闘船舶を用いて、南シナ海の島嶼と海域を巡る領有権主張国に対して、強力ではないが持続的な圧力をかけ続けることができる。常続的な哨戒活動は、沿岸国の政治的決意を試しながら、これら諸国の海上監視能力の弱点を探ることもできる。しかも、紛争を低レベルに抑えておくことで、中国は、戦略環境の変化に応じて、圧力を強めたり弱めたりする外交的主導権を保持できる。そして北京は、これらの非軍事手段が効果を発揮できなければ、非軍事部門の後ろ盾として、海軍力と沿岸基地の攻撃戦力を動員できる。平時の哨戒活動はそれ自体、無害であるが、実際に火力に裏打ちされたものであれば、相当の威力を持つ。中国の軍事力と非軍事能力の相互作用は、北京の戦略的威力を強めている。

(3) 膠着状態を継続的に作為することで、戦略的消耗を累積させる効果を生み、そのことが中国の狙いを促進させることになる。実際の武力行使を伴わない中国の挑発行為は、米国が軍事介入するには敷居が高すぎる。エスカレーションラダーを低く抑えておくことで、中国は、米国の決意を試す余地を残しながら、一方で自己の主張を強められる。中国が揺さぶりをかける度に、米国が何かすべきだとの地域の期待が必然的に高まることになろう。米国の直接介入がほとんど望めないような対峙状態が継続することは、東南アジア諸国にとって重圧となり得る。忍耐と自制を強いられる、こうした消耗戦略は、域内諸国の自信を徐々に低下させ、政治的抵抗意志を弱体化させることになりかねない。

(4) 確かに、中国は現状では、南シナ海を「中国の湖」にするために十分な軍事的手段を欠いている。これらの海域から恒常的に敵対する海軍力を排除する制海権の確立は、例えそれが究極的目標だとしても、実現には至っていない。それでも、中国のシーパワーの着実な増強によって、米海軍が関与しない平時の偶発的事案では、北京は、地域的な力の均衡において明確な優位に立つことができよう。一部の紛争当事国、特にベトナムは、海軍の近代化計画に着手しているが、中国の近代化ペースには遙かに及ばない。米国、日本あるいはオーストラリアなどの強力な域外国が傍観したまま時間が経過すれば、東南アジア諸国の海軍力を上回る、中国の海洋戦力の小規模な誇示によってさえ、北京は、その外交政策の狙いを強要させ始めることができるかもしれない。例え不承不承とはいえ北京の狙いを受け入れることは、地域秩序の基盤に深刻な打撃を与えることになろう。

(5) 以上の分析は、多くの東南アジア諸国が中国と単独で向きあった場合の困難な状況を示したものである。当然ながら、多くの域内諸国が、中国の進出に対する防波堤として米国に期待している。ワシントンは、アジア海域における利害について明確な公的見解を伝えてきた。オバマ政権のアジア「回帰」や「再均衡」は、米国が長年にわたって果たしてきた安定化の役割を放棄しないことを、域内各国に再保証するものである。幸いなことに、効果的な対応をとる時間はまだある。中国は、南シナ海から米国を締め出すことができる程、圧倒的なシーパワーを構築するには少なくとも10年を要する。この間、ワシントンは、この地域が中国の意向に従うことが当然の運命ではないことをはっきりさせるために、幾つかの対応措置をとることができる。

  1. 第1に、ワシントンとその同盟国は、東南アジア諸国の自助努力を積極的に支援できる。域内各国は、海洋における中国の侵略的行為に、ある程度自力で対抗できる能力を保持しなければならない。米国が1960年代の巡視船をフィリピンに譲渡したのは、現地国家支援への第1歩である。しかしながら、中古巡視船は、マニラの所要を満たすには十分ではない。中国の艦船に対抗するには、より近代的で能力のあるプラットフォームが必要である。日本が最近、フィリピンに対して12隻の新造巡視艇の供与をオファーしたことは、域外国が地域バランスの維持を求めている、もう1つの心強い兆候である。
  2. 第2に、米国は、海洋に展開する中国の戦力を追跡するための、地域的な取組みを促進すべきである。例えば、無人航空機システムは、南シナ海沿岸国に対して、ほぼ継続的に海洋環境を識別する共通の画像を提供することができる。アジアの海域における透明性を強化するこうした情報共有態勢は、地域の信頼と抑止力を強化することにつながる。この点、東京が中国海軍の国際海峡の通過や日本周辺海域におけるその他の活動に関する詳細な内容をその都度公表してきたことは、注目に値する。
  3. 第3に、米国は、対艦巡航ミサイルなどの海洋攻撃能力を持つ部隊を、友好国あるいは同盟国の国土に迅速に展開できるような計画を策定する必要がある。こうした計画は、危機に当たって効果的に行動する米国の能力を大いに強化するとともに、平時には米国の同盟国を安心させることになる。米国はまた、同盟国と友好国に対して、自ら海上打撃能力を開発し、強化することを慫慂すべきである。
  4. 最後に、米海軍は、グローバル・コモンズを統制する自らの能力について、その依って立つ前提を見直さなければならない。冷戦の終焉に安堵した数年間で、制海権は所与のものという、安易な自信が蔓延した。米海軍が手強い敵と戦った最後の海戦は、間違いなく1944年のレイテ湾であった。中国が海洋に進出するにつれて、前途には一層厳しい海洋環境が待ち構えている。真の敵がいない海域に長い間慣れ親しんできた海軍にとって、艦隊へのリスクが予想される環境に向き合うことは、緊急の優先課題となろう。

 

(6) こうした対応は、域内各国と共に、多層的かつ相互に連携された防衛態勢を構築するに役立つであろう。域内各国は最前線国家として、中国の海洋における行動に最初に対応できる能力を持たなければならない。沿岸諸国間の情報共有は、集団的行動を促進するとともに、海洋コモンズに対する利害の共有を強めることになろう。北京の行動を警戒する域内各国のネットワークは、中国の行動を抑止し、それに失敗した場合には、迅速な対応を可能にするチャンスを高める。一方、米国は、この地域に対する米国のコミットメントの効果的なシンボルとなる目立たない小規模の軍事力によって、東南アジアのパートナーに対する戦略的防壁を提供することになろう。南シナ海における中国の攻勢的な行動の代価を引き上げることによって、中国の指導者達が行動する前に考え直すよう仕向けるとともに、北京の計算を複雑なものにすることになろう。その上、中国への警戒心が域内に広まることによって、北京の海洋における攻勢にブレーキをかけ、この地域における均衡を回復し、戦略的イニシアチブを取り戻す可能性が高まる。

記事参照:
War By Other Means: China’s Political Uses of Seapower

9月27日「インドネシア、『行動規範』の草案回覧」(The Jakarta Post, September 29, 2012)

インドネシアは、ASEAN各国外相に対して、南シナ海における「行動規範」(COC)の草案を回覧した。マルティ外相は27日、国連総会出席時にニューヨークで開かれたASEANの非公式会談後、「ASEAN各国外相がCOCの草案を受け取ったのは、これが初めてである。我々は、南シナ海問題の解決に向けて大きく前進しつつある」と語った。COCの内容については、7月のプノンペンでのASEAN閣僚会議で議論された。インドネシアは、万一南シナ海で紛争や偶発事故が生起した場合にも、最悪の事態に発展することを阻止するため、信頼醸成と紛争阻止措置、及び紛争管理措置を盛り込んだ、COCを促進するためのイニシアチブをとってきた。マルティ外相によれば、ASEAN10カ国外相は草案を受け取ったばかりで、未だどの国からも反応はないという。ASEAN各国外相は、11月のASEAN首脳会談前に、草案について議論することになっている。

記事参照:
RI circulates draft code of conduct on South China Sea

9月25日「中国空母、『遼寧』就役」(Xinhua net.com, September 25, 2012)

(1) 中国初の空母が、数年にわたる再改装と海上公試の後、25日に海軍に引き渡され、就役した。中央軍事委員会(CMC)の胡錦濤主席は就役式典で、中国初の空母、「遼寧」の艦長、張崢上級大佐に対して人民解放軍旗と命名証明書を授与した。張艦長は、「今日は、中国海軍が空母の時代に入ったとして永遠に記憶されるだろう。私は国家主席から人民解放軍旗を受け取った時、義務と責任の強い感覚が私の心に溢れた。『遼寧』の引渡しと就役は、中国の空母計画のほんの小さな一歩であり、我々が強力な海軍を持つまでには長い道のりを要する」と語った。「遼寧」は、その乗組士官の98%以上が学士の学位を、その内、50%以上が修士又は博士の学位を保持しており、十分な教育を受け、訓練された乗組員によって運用されるという。「遼寧」の士官及び下士官のほとんどは、海軍の他の水上艦艇から厳しい競争を経て選抜された。女性の将兵も様々な配置で勤務している。

(2) 「遼寧」の就役によって、中国は空母を持つ10番目の国となり、国連安保理常任理事国としては5カ国中の最後の1国となった。空母は、領海及び海外の海洋権益を護るために、長年にわたりその保有が期待されてきた。温家宝首相は式典で、中国初の現役空母は、「愛国心と人民精神を鼓舞し、国防技術を躍進させる上で、大いなる意義がある。人民解放軍の軍総装備部、海軍及び空母計画に参加してきた全ての同志は、中国の兵器構築を促進し、国家主権、安全保障と領土保全を護るために新たな貢献を行った。この国と人民は、この空母計画の全ての参加者に感謝している」と語った。更に、温首相は、「空母の開発は、中国共産党中央委員会、国務院と中央軍事委員会によって為された重要な戦略的決定であった。空母は、国防力と国の総合力を高めるに大きな意義をなすであろう。この最初の空母の引渡しと就役は、人民解放軍の歴史の中で画期的な出来事であり、中国の兵器や機器開発の偉大なる成果としてだけでなく、その国防の近代化を具現化するものである」と述べた。就役式の後、胡錦濤主席らは、満艦飾の「遼寧」に乗り込み、海軍儀仗隊を閲兵した。胡主席らは、空母の飛行甲板と幾つかの船室を訪れ、乗組員将兵、空母の開発に関わった科学者やエンジニア達と会話を交わした。

(3) 中国海軍の情報専門家である尹卓少将は、この空母は、中国の国防軍の防勢的性質を変えないだろうと語った。また、海軍の軍事学術研究機関の研究者は、「現代の戦争では、中小規模の軍艦だけでは、戦略的な縦深性を以て中国の積極防御を展開するには益々不十分になっている」と指摘している。国防大学のファン・ビング准教授は、「空母は、陸上基地の航空部隊の戦闘行動半径を大幅に超えた海軍防衛力を与えるだろう」と述べた。また、彼は、空母は武器として攻守の両方に使用することができ、さらには人道的な目的のためにも使用することもできる、と指摘している。党中央軍事委員会によれば、「遼寧」は海軍に配属された後、科学研究目的だけでなく、軍事訓練のための任務も遂行する。

記事参照:
China’s first aircraft carrier commissioned

【関連記事1】「中国空母、その戦略的価値—専門家の見方」(The New York Times, September 25, 2012)

(1) 中国の空母、「遼寧」は25日に就役したが、これは、中国と近隣諸国間の近海での島嶼を巡る緊張がエスカレートする中で、軍事力の強化を誇示するシグナルと見られる。しかしながら、「遼寧」は今後、訓練と試験にのみ使用されると見られる。中国内外の軍事専門家によれば、「遼寧」の舷側に記されたマーク16は、それが訓練に限定されていることを示しているという。中国は、空母に着艦可能な航空機を持っておらず、着陸訓練は陸上で代行されているという。例えそうだとしても、この空母を公に出現させたことは、日中間の島嶼を巡る昨今の情勢下において愛国心を掻き立てる好機として利用された。国防省は、この空母は「中国海軍の全体的な運用強度を高める」と述べている。対外的な目的としては、中国の強力な兵力展開能力を印象付け、フィリピンを始め米国の同盟国を含めた南シナ海沿岸の小国にシグナルを送ることを意図しているように見える。

(2) 米国の軍事計画策定者達は、この空母の重要性を軽視してきた。米海軍当局者もかつて、空母建造は金の浪費になるので、中国に独自の空母とそれに付随する艦艇の建造を進めるよう慫慂したいと語っていた。中国以外の軍事専門家達もその評価に同意している。シンガポール国立大学ユー・ジ客員上級研究員は、「実際、中国海軍にとって空母は無用である。もし空母を米国に対して使用したら、残存性はない。もし中国の隣国に対して使うなら、恫喝となる」と語った。彼は、中国と干戈を交えた隣国ベトナムはこの空母に脅威を与える可能性がある陸上基地のロシア製のSu-30を運用しており、「南シナ海で、もしこの空母がベトナムによって被害を与えられれば、面目が丸つぶれであり、まったく価値がない」と指摘している。彼によれば、これまで中国のパイロット達は、約25年前に製造されたソ連製のMiG-23をベースにした中国製のJ-8航空機で、陸上のコンクリート滑走路上で空母への着艦を想定した訓練しかしておらず、まだ適切な艦載機を持っていないため、パイロット達は移動中の空母に着艦する難しい操縦ができないという。彼は、中国が独自の空母打撃群を構築できるかどうかは、空母に着艦できる航空機を開発できるかどうかにかかっており、そのためには相当な時間を要すると見ている。

記事参照:
China Launches Carrier, but Experts Doubt Its Worth

【関連記事2】「中国空母就役、今後の課題—A. エリクソン」(Foreign Policy, September 26, 2012)

米海軍大学のエリクソン(Andrew S. Erickson)教授は、ミシガン大学のコリンズ(Gabriel B. Collins)と共に、26日付の米誌、Foreign Policyに、”The Calm Before the Storm”と題する論文を寄稿した。エリクソンは、「中国は、空母運用の難しさ知ることになる」として、中国の空母が抱える今後の課題について、要旨以下ように述べている。

(1) 中国海軍の空母保有は中国軍部にとって大きな宣伝効果をもたらすとともに、今後、中国外交が東・東南アジア地域で、更にはそれ以遠の地域においても、これまで以上に大きな棍棒に支えられるであろうことを示唆している。しかしながら、この棍棒は、今のところ強力なツールになるには程遠い。実際、「遼寧」は、空母運用に不可欠の艦載機の発着艦能力が実証されていない。

(2) 少なくとも米海軍が想定する空母戦闘は包括的な作戦運用思想である。空母戦闘には、主として以下の要素が含まれる。

  1. 空母打撃群を編成すること
  2. 空母の複雑な海軍システムと艦載機の運用を一体化し、悪天候下でも信頼性の高い運用ができること
  3. 洋上での艦載ジェット機の運用に習熟するに当たっては、パイロットや艦載機の損失を受容する意志があること
  4. 空、水上及び水中の広範な脅威から空母を護衛すること
  5. 流動的な状況下で事態に最大限の影響力を発揮できるように、空母を配備し、運用するためには、政府と軍の指揮系統と意志決定を効果的に統合すること。このことは、恐らく最も困難な要素である

 

(3) 最初の空母打撃群の編成については、中国の次世代指導者達が海軍力の整備にどれほど経費を投入するかにかかっている。米海軍は、11個の空母打撃群を運用している。典型的な空母打撃群の編成には、65〜70機の艦載機からなる航空団を搭載する空母、巡洋艦1隻またはそれ以上、2隻以上の駆逐艦・フリゲートで構成される駆逐戦隊が含まれる。更には、潜水艦と後方支援艦艇及び補給艦艇も空母を支援する。空母打撃群には7,500人の兵員が任務についており、その内、5,000人が空母と艦載機を運用している。米海軍の空母艦載機の規模と能力は、近い将来においても中国が全く到達不可能なレベルであろう。

(4) 2番目の問題は、より高い海軍の訓練頻度が優先される分野である。空母打撃群の訓練は安価ではない。1993年の米会計検査院による研究では、1個空母打撃群を運用するのに年間15億米ドルの費用を要する。今日の原油高の時代では、その費用は2倍かそれ以上であろう。中国の空母打撃群は、能力が低く、小規模なものになると見られ、訓練経費は米海軍より安くなるであろう。しかしながら、中国経済の減速が国防予算の伸びを抑制するようになれば、中国海軍は、既存の艦艇でより多くの訓練を行うか、あるいは提督達が望む新しい艦艇をより多く購入するか、いずれかの選択を余儀なくされるであろう。

(5) 3番目の要素については、中国の指導者達は、海軍を空母の運用に習熟させたいと望むなら、パイロットと艦載機の損失をどの程度までを許容できるかについて、決心しなければならない。1949年に米海軍が大規模に艦載ジェット機を配備し始めてから、1988年に海軍と海兵隊の艦載機の事故率が米空軍のレベルにまで低減した時まで、この間、海軍と海兵隊は、ほぼ1万2,000機の艦載機と8,500人以上の搭乗員を失った。中国は、空母運用能力を確立するためには、相当な予期しないパイロットと艦載機の損失を覚悟しなければなるまい。国家の検閲を巧妙に回避できる情報通信ツールが普及した、圧倒的な一人っ子社会では、失われたパイロットの家族の悲しみは、否定的な形で急速に拡がる可能性があり、そのことが訓練を慎重にし、結果的に中国海軍の艦載航空戦力の戦闘効果を低下させることになりかねない。

(6) 4番目の要素については、中国は今後数年間、対潜水艦戦などの深刻な弱点分野での戦力の調達と訓練に力を入れる必要がある。空母の開発は、海軍の資金調達を困難にする。第1に、経済成長率の低下に伴って益々厳しくなる経済状況下で、海軍予算は国家財源の配分競争の激化に直面している。第2に、空母1隻だけでは常続的な運用能力を確保できず、中国が常に空母1隻を洋上に展開させておくためには、少なくとも3隻の空母を必要とする。従って、更に2隻の空母の建造に加え、空母を護衛する水上戦闘艦や潜水艦が必要で、アジアにおける更なる海軍建艦競争を誘発し、反中国の安全保障態勢を構築させる危険がある。空母航空戦力は、南シナ海における中国の戦略目標を促進させる一助になるかもしれないが、それはまた中国を遠巻きに封じ込めることにもなりかねない。

(7)最後に、北京の指導者達は、米国がほぼ70年間近くにわたって展開してきたゲーム、即ち空母外交の策術に精通するようになるまでには、数多くの失敗を重ねそうである。この地域では既に、ソフトパワーを用いる中国の意志が、軍事力がより強力になるにつれて、急激に減退しつつあるという警戒感が蔓延しており、従って、中国の攻勢的な空母の運用は、日本、ベトナム及びフィリッピンといった近隣諸国との緊張を一層悪化させかねない。

記事参照:
The Calm Before the Storm