海洋安全保障情報旬報 2025年3月1日-3月10日

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3月1日「中国は米国を囲む島嶼列を構築か―米専門家論説」(The National Interest, March 1, 2025)

 3月1日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、U.S. Naval War College教授James Holmesの“China Could Build an “Island Chain” Around America”と題する論説を掲載し、ここでJames Holmesは、U.S. Southern Command司令官が議会に提出した、「中国がカリブ海沿岸地域に軍事的拠点の構築を模索している可能性がある」という警鐘に議会とTrump政権は耳を傾けるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2週間前、U.S. Southern Command司令官Alvin Holsey海軍大将は、中国がカリブ海沿岸地域に軍事的拠点の構築を模索している可能性があることを警告する証言書をSenate Armed Services Committee(上院軍事委員会)に提出し、この中で次のように記している。
a. 過去10年間、米国は主にインド太平洋地域に焦点を当ててきたが、中国は世界規模の取り組みを採ってきた。
b. 中国はグローバル化を進めることで、ラテンアメリカとカリブ海地域を決定的かつ緊急の対立の最前線と位置づけた。
c. 中国はあらゆる方面、あらゆる領域で米国の利益を攻撃しており、カリブ海諸島でもますます攻撃を強めている。
d. カリブ海諸島は目障りな島嶼列となる可能性がある。
(2) 中国共産党指導部は30年前に海洋構想に着手して以来、賢明な取り組みを採ってきた。その取り組みは、シーパワーの提唱者であるAlfred Thayer Mahanの考え方を反映している。
a. 中国は外交によって促進される通商を追求した。
b. 40年以上も前、最高指導者であった鄧小平は、中国経済の改革と世界への開放に着手し、自国の繁栄を目指して中国政府は海洋権力の鎖を築き始めた。
c. 国内で工業生産を発展させ、世界最大の工場となり、他に類を見ない造船能力を蓄積し、外国の貿易港の利用権を求めた。
d. 長期間にわたって次世代のミサイル駆逐艦のいくつかの型式をそれぞれ数隻ずつ建造し、これを中国人民解放軍海軍(以下、「中国海軍」と言う)が運用して強点・弱点を調べ、造船技師たちは最良の特徴を大量生産用の最終設計に組み込み、造船所はそれらを大量に建造した。この造船哲学は中国に大きな利益をもたらした。
(3) 中国海軍は、米国の海上優勢のおかげで、緩やかな取り組みを採ることができた。
a. 第2次世界大戦以来、U.S. Navyは中国を含むすべての海洋国家に対して、海上安全保障という国際公共財を提供してきた。米艦艇が海上交通路を見張っている限り、中国の商船が世界の海洋を航行する際に、敵対国家や非国家の犯罪者による妨害を恐れる必要はほとんどなかった。
b. 中国政府はマハン主義のシーパワーにおける軍事的要素、すなわち自国の商業を保護し、遠方の港の商業的・外交的利用を保証する自国の海軍の展開を先延ばしにする余裕ができた。
c. 今になって、中国のシーパワーが域外海域で武力的な色合いを帯び、艦艇数で中国海軍は世界最大となった。中国海軍は、中国近海や西太平洋を巡航しながら、陸上基地の航空機やミサイルの圧倒的な数によって支えられている。
d. 接近阻止・領域拒否(A2/AD)の精密誘導ミサイルの射程距離が海上に拡大することで、中国海軍の水上艦部隊は機動性を高めることができる。
e. 中国海軍の司令員は、自国の戦略的位置を失うことを過度に恐れることなく、遠隔の海域に部隊を派遣することができる。
(4) 中国は台湾海峡、南シナ海、東シナ海といった近海におけるジレンマを解決できていない。しかし、党指導部はこうした問題を乗り越えることに自信を深めている。中国海軍は遠征的な傾向を強めている。そして、中国政府が遠く離れた海港の商業的および外交的な利用を軍事的利用に転換することができれば、マハン主義者が提唱したシーパワーの連鎖を完成させることになる。中国の海外での存在感は長続きするだろう。
(5) 中国海軍は深刻な問題を引き起こす可能性がある。中国海軍のカリブ海における基地の候補地としてキューバとベネズエラが挙げられる。キューバは共産主義国であり、常に貧困に苦しんでいる。そのため、イデオロギー上の連帯感と自国の経済を活性化させるという両方の理由から、中国共産党が要望すれば、中国海軍の艦船の受け入れに前向きになる可能性が高い。ベネズエラは左派政権によって統治されており、同様に中国海軍にとって友好的な受け入れ先となる可能性がある。
(6) パナマ運河開通の何十年も前から、Alfred Thayer Mahanはこの新しい人工水路に通じる、あるいはそこから出る航路を支配するために、U.S. Navyがカリブ海のどこに拠点を築く必要があるかを考えていた。Alfred Thayer Mahanは、ジャマイカがすべての重要な航路を遮るため、最高の立地条件を備えていると結論付けた。しかし、その島は英国領であり、U.S. Navyにとっては選択肢になり得なかった。
(7) 2番目に適していたのがキューバであった。キューバは羨望の的となるような戦略的位置を占めていただけでなく、資源に恵まれた小大陸であった。艦隊に必要な物資を供給する海軍基地を維持することができ、島内の居住者は、敵対する海軍の封鎖を回避して島内の移動を行うのに十分な広さがあった。現在も当時も、キューバは太平洋との間を行き来する船舶の航路に影響を与えようとする海軍部隊の拠点となり得る。極端な場合では、キューバ政府は中国政府に、車載型の弾道ミサイルDF-26のような兵器の展開を許可するかもしれない。このミサイルは、有効射程距離が2,000海里以上とされており、カリブ海とメキシコ湾全体を射程内に収めることができる。
(8) 同様の論理は、ベネズエラにも当てはまる。Alfred Thayer Mahanが選んだ海上交通路はベネズエラの近くで交差し、中国政府の立場からすれば、ベネズエラもまた理想的な戦略的位置となる。そして、もしベネズエラ政府がベネズエラ領内にDF-26を配備することを許可すれば、中国の軍事力は、カリブ海から運河への接近路だけでなく、太平洋から運河への接近路も射程内に入れることになる。
(9) キューバ政府やベネズエラがそのようなシステムの配備を許可するかどうかは疑わしい。米国は依然としてこの地域における圧倒的な覇権国であり、過去にキューバにミサイルを配備しようとした大国による最後の試みは、核戦争寸前の事態にまで発展した。しかし、これらのいずれかの国が、中国海軍の艦隊を交代制または常駐制で受け入れる可能性はある。カリブ海における中国海軍の存在が、米政府からどのような反応を引き起こすかを考えた場合、次のような可能性が考えられる。
a. 長く安全な聖域とみなされてきた自国水域に、米国指導者の戦略的視線を向けさせることになる。
b. 無視されがちだった海域の管理に力を注ぐことは、東アジアのような地域に割ける政策エネルギーを減少させることになる。
c. ユーラシア全域の安全保障上の責務を管理しようと努力している米国の海軍および軍事力をさらに逼迫させることになる。
d. U.S. Navyは、冷戦後にそれらの港から撤退して以来初めて、戦闘艦隊を1つまたは複数をメキシコ湾岸の港に配備せざるを得なくなる。
e. U.S. Navyに新たな、戦域を課すことになり、手薄な戦闘部隊への要求をさらに増大させることになる。
(10) 米国の裏庭に常駐部隊を配備することは、ささやかな中国の投資に大きな見返りをもたらす可能性がある。議会とTrump政権は、U.S. Southern Command司令官の警鐘に耳を傾けるべきである。
記事参照:China Could Build an “Island Chain” Around America

3月4日「海洋法における実弾射撃訓練―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, March 4, 2025)

 3月4日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、Australian National UniversityのCollege of Law教授Donald R Rothwellの“The live-fire loophole in the law of the sea”と題する論説を掲載し、ここでDonald R Rothwellはタスマン海で行われた中国海軍の実弾射撃訓練に対する適切な外交的対応は、International Maritime OrganizationやInternational Civil Aviation Organizationなどの関連国際機関を通じて、実弾射撃訓練の最低通知要件について合意することであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国人民解放軍(以下、PLAと言う)に対するオーストラリアの一般的な批判は、その行動が危険かつ非専門的というものである。これは、2月にタスマン海で行われた人民解放軍海軍(以下、PLANと言う)の実弾射撃訓練に対するオーストラリアの外交および公的な反発の核心でもあった。2月21日から22日にかけて行われたPLANの実弾射撃訓練は、オーストラリアとニュージーランドのEEZの外側の公海上で行われた。オーストラリアのRichard Marles国防相は、実弾射撃訓練を行う際には24~48時間前に通知するというオーストラリアの慣行を引き合いに出した。21日にヨハネスブルグで行われた会合で、 Penny Wongオーストラリア外相が中国の王毅外相に直接伝えた正式な外交抗議は、中国がタスマン海における計画について適時に通知しなかったことに焦点を当てたものだった。
(2) 実弾射撃訓練後に行われた公開討論では、関係閣僚や政府高官がPLAの実弾射撃訓練を行う権利を否定することはなかった。1982年のUNCLOSは、公海における自由の1つとして航行の自由を明確に規定している。UNCLOSは一般的に、公海上で軍艦が合法的に実施できる活動については言及していないが、実弾射撃訓練の実施は公海の自由の法的側面であると認める国家間の慣行が広く存在する。タスマン海事件の当事国であるオーストラリア、中国、ニュージーランドの3ヵ国は、いずれもこの点に異論を唱えてはいない。
(3) 航行の自由を拡大解釈し、外国のEEZ内での実弾射撃訓練やその他の軍事演習の実施を主張する国もある。したがって、PLANがオーストラリアとニュージーランドのEEZ内で実弾射撃訓練を行わなかったことは、EEZ内での外国の軍事活動に対する中国の保守的な取り組みと一致している。
(4) 公海上での実弾射撃訓練に関して、国際法には溝が存在する。これが、「中国の演習は本質的に危険で通常の慣行に一致しない。」というオーストラリアによる主張の核心である。軍艦は外国の法律から絶対的な免責を享受しており、軍艦が従うべき法律は旗国の法律である。したがって、平時における軍事演習や実弾射撃訓練を含む訓練に関する「船員への通知」(NOTMAN)や「航空従事者への通知」(NOTAM)を規定するオーストラリアの関連法は適用されない。この点において、各国の慣例や海軍が海上でいかに専門的かつ安全に活動するかが重要となる。軍艦は法の及ばない領域で活動しているわけではない。政治的、外交的な影響に加え、実弾射撃訓練中に民間航空機や船舶が被弾した場合、国際法上の重大な影響がもたらされることになる。したがって、海洋法上の法的要件が存在しなかったとしても、実弾射撃訓練の通知は適時に実施されることがすべての当事者にとって望ましい。
(5) この実弾演習の際、PLAは自らの基準に則った行動を採り、関連の緊急無線周波数で、実弾射撃訓練に伴う立ち入り禁止海空域近傍にある航空機と船舶放送を流している。タスマン海上空を飛行中のVirgin Australia Airlinesのジェット機が最初にこの警告を耳にし、これをAirservices Australia(オーストラリア航空局)に伝え、同局は当該地域を飛行中の全便に危険情報を発信した。PLAと中国政府が、いずれもオーストラリアに実弾射撃訓練を公式に通知しなかったことは注目に値する。中国は当然、そのような通知を行う法的義務はないと主張するだろう。一方で、航空および海運業界には通常の方法で関連する警告を発していた。
(6) この事件からオーストラリアとニュージーランドが抱える疑問は、UNCLOS上の公海の抜け穴を塞ぐ必要があるかどうかである。中国は明らかに、近傍の公海で実弾射撃訓練を行う意図と能力を示しており、同様の行動が今後起こることも予想される。適切な外交的対応としては、International Maritime Organization(国際海事機関)やInternational Civil Aviation Organization(国際民間航空機関)などの関連国際機関を通じて、実弾射撃訓練の最低通知要件について合意することが考えられる。また、実弾射撃訓練が行われている公海に近接するEEZを管轄する指定海上安全当局が、民間航空機のパイロットからその活動について最初に知らされるのではなく、通知を受けることを明確にするという措置も考えられる。
記事参照:The live-fire loophole in the law of the sea

3月5日「アジアにおける潜水艦の拡散―シンガポール専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, March 5, 2025)

 3月5日付けのシンガポールS. Rajaratnam School of International StudiesのInstitute of Defence and Strategic Studiesが発行するIDSS Paperは、同Institute上席研究員Collin Kohの“Beyond Numbers: Submarine Proliferation in Asian Waters”と題する論説を掲載し、Collin Kohはアジアの国々で潜水艦部隊の増強、あるいは創設が加速しているが、それは潜水艦の隻数が増加しているという問題だけに目を向けてはならず、その推進システム、搭載装備、兵器の性能向上も忘れてはならないと指摘し、一方、潜水艦事故も増加しており、潜水艦救難体制の構築も必要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 近年、重要な海底基幹設備の安全性に大きな関心が集まっている。しかし、インド太平洋海域における潜水艦の増加傾向は、それほどニュースに取り上げられることのない展開である。2019年から2025年にかけて、アジア太平洋地域の潜水艦隊の数は、インドと日本を除いてほぼ横ばいとなっている。COVID-19の世界的感染拡大後、アジア経済が回復し始め、地域の安全保障環境がますます緊迫する中、軍近代化への新たな関心には、必ずこの海中の領域も含まれるようになった。
(2) 注目すべきは、東南アジアにおける水中戦闘能力の強化への関心が続いているため、海軍は新たな調達に目を向けていることである。インドネシアは2029年までに合計10隻の潜水艦を保有することを目指し、リチウム電池を搭載したスコルペヌ・エボルブ級潜水艦の契約をフランスと結んだ。シンガポールはドイツで建造されたインヴィンシブル級潜水艦1番艦、2番艦が就役し、3番艦、4番艦の2隻は2028年までに納入される予定である。シンガポールのNg Eng Hen国防相がさらに2隻を購入すると発表したことで、将来的には6隻体制の潜水艦部隊が誕生することになる。
(3) マレーシアは、約20年間2隻の潜水艦を運用しており、次の2隻の購入を計画しているが、資金不足のため、この拡張は保留となっている。タイが中国からS26T潜水艦3隻を購入する計画は、推進システムをめぐる契約上の問題で宙に浮いているようである。フィリピン政府も潜水艦の導入を目指しており、少なくとも2隻の潜水艦の導入を計画しているが、資金難のため、調達は保留となっている。
(4) インドとパキスタンが新たな調達計画を持つ南アジアの主要な潜水艦運用海軍である。Bhāratiya Nau Sena(インド海軍)は少なくとも通常型潜水艦18隻、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦4隻、攻撃型原子力潜水艦6隻の保有を計画している。2025年までに、少なくとも18隻の通常型潜水艦を建造するという目標は達成されるが、これには新旧の資産が混在している。Pākistān Bahrí'a(パキスタン海軍)は2023年初頭、ハンゴール級潜水艦計画が着実に進んでいると報告している。
(5) 中国が原子力潜水艦建造計画を推進している。同時に、中国政府は通常型潜水艦建造計画も進めており、2022年7月に、新たなステルス能力を予感させる新しいセイルを備えた最新のType039潜水艦の画像を公開した。台湾海軍は国産防衛潜水艦計画を進めており、1番艦「海鯤」は2025年4月に海上試験を実施する。台湾は資金面や技術面での障害がない限り、最終的には8隻の潜水艦を運用する予定である。
(6) 日本は着実に潜水艦部隊を拡充している。たいげい型潜水艦4番艦が3月6日に就役し、5番艦は2024年10月に進水している。韓国初の弾道ミサイル搭載可能なKSS-III潜水艦「島山安昌湖」は2021年に就役し、2022年に初の哨戒を実施している。韓国は2024年10月に後継のKSS-III第2世代計画に着手している。北朝鮮は最近、「戦術核搭載攻撃型潜水艦」を艦隊序列に加えたが、同艦はソ連製のロメオ級を改造したものと考えられ、弾道ミサイルと巡航ミサイルを搭載できる。
(7) アジア全域で潜水艦隊の拡張計画が本格的に進んでいることは明らかである。しかし、数字への執着は、防衛費の数字への執着と同じく、この現象の質的特徴に関するより深い調査から注意を逸らしてしまうことが多い。一般的に、艦隊の規模だけでなく、インド太平洋の国々の海軍に就役する潜水艦の技術的能力も向上している。ほとんどの潜水艦は、次第に大型化している。大型化は、数多くの直接的な運用上および戦術上の利点をもたらす。最も直接的な利点は、大型の潜水艦は、通常、戦闘システム、武器、およびその他の任務装備の積載量が大きいことである。もう一つの重要な利点は、乗組員の居住性を高めるための空間が拡大することである。
(8) アジアの海軍に就役する新型潜水艦は、積載量と乗組員の居住性の向上に加え、新しい推進システムもますます多く採用している。これまでは、スターリングまたは燃料電池を搭載した非大気依存型推進システム(以下、AIPと言う)により、通常型潜水艦は水中持続力が向上し、スノーケル時間が減少している。日本のそうりゅう型潜水艦やたいげい型潜水艦、インドネシアで計画中のスコルペヌ・エボルブ型潜水艦など、一部の潜水艦はリチウムイオン電池を搭載しており、一般的なAIPとは異なり、水中での急加速能力が高いという追加機能を備えている。少なくとも6つのアジアの潜水艦運用海軍が、すでにこれらの新しい推進技術を運用しているか、取得中である。
(9) 潜水艦の真の戦闘力は、その大きさだけでなく、搭載する積載物の種類にも左右される。従来、潜水艦は魚雷と機雷を搭載していた。対艦巡航ミサイルや対地攻撃巡航ミサイルなどの水中から水上あるいは地上への誘導兵器は、長距離の打ちっぱなしによる攻撃力を発揮する。現代の潜水艦の大型化によってもたらされる余積により、将来的に無人システムなどの新技術を導入することも可能である。
(10) アジアの海軍に就役する現代の潜水艦は、搭載量がより大きく、多様化していることに加え、推進装置の音響放射特性が改善されているだけでなく、流体力学的設計や無反響タイルの使用などにより、ますます「静か」になっている。
(11) アジアの海中領域は、脅威認識と地政学的不確実性に対する保険として機能する「均衡のとれた艦隊」を構築しようとする試みの結果として、多くの地域海軍にとって潜水艦導入は長年関心の対象となっている。就役する潜水艦の数の増加は重要であるが、現在および将来就役する新型潜水艦の質的特徴の変化を見逃さないことが重要である。これらの特徴は、戦略的意図に関する誤解を招き、特に南シナ海などの地政学的な火種をめぐる紛争の多いアジア沿岸地域では潜在的な危険性をもたらす可能性がある。現在の潜水艦の増加は、今のところ容赦のない「水中軍拡競争」ではなく「水中軍備競争」と表現した方が適切だが、この地域における最近の地政学的激変は依然として懸念材料となっている。
(12) さらに心配なのは、海上での事故の潜在的危険性である。2021年後半に南シナ海で起きた米潜水艦「コネチカット」と2022年初頭の日本潜水艦「おやしお」の衝突事故は、こうした危険性をもはや当然視できないことを示唆している。この地域の海軍の大半は、新たな潜水艦緊急対応能力の獲得など、主に危険性軽減策に重点を置いている。しかし、こうした計画は、潜水艦やその他の高額な戦闘資産の取得計画に比べると、はるかに優先順位が低い。一部の海軍は、国家の能力を獲得するまでのつなぎとして、または国家の能力を補完するために、2国間の潜水艦救難協定を結んでいる。地域の地政学がますます対立的になり、政府間の深刻な戦略的信頼の欠如が生じている中、相互干渉の防止や潜水艦行動圏管理の取り組みなどの予防策を真剣に検討する必要がある。
記事参照:Beyond Numbers: Submarine Proliferation in Asian Waters

3月5日「米ロ接近が北極圏にもたらす問題とは―英安全保障問題専門家・英戦争研究専門家論説」(The Conversation, March 5, 2025)

 3月5日付のオーストラリアニュースサイトThe Conversationは、英Loughborough University上席講師Duncan Depledgeと同大学教授Caroline Kennedy-Pipeの“Growing Trump-Putin detente could spell trouble for the Arctic”と題する論説を掲載し、そこで両名はTrump大統領とPutin大統領の接近が、これまでの北極圏をめぐる秩序の構造を激変させる可能性があり、ヨーロッパ諸国がそれに対処しなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 3月4日の議会での演説で、Trump大統領はグリーンランド獲得の決意を新たにした。グリーンランドとその豊富な鉱物資源に対するTrump大統領の野心は、第2期政権におけるさまざまな問題群の1つに過ぎない。他方で米政府はウクライナの鉱物資源の利用権を認めさせようとしつつ、Putin大統領との取り引きも進めようとしている。それは米ロの経済上の提携の可能性の土台を築くものである。
(2) 北極圏においては、いかなる取り引きも、「環極地協力(circumpolar cooperation)」の原則を終わらせるだろう。これは、冷戦終結後の1996年にArctic Council(北極評議会)が設立されて以降、A8と呼ばれる北極圏8ヵ国の地域における優越を支えてきた協力関係である。気候変動が急速に進展する中、この協調は決定的に重要である。Arctic Councilはさまざまな条約交渉において重要な役割を担ってきた。
(3) Arctic Councilとそれに基づく環極地協力は、ロシアのクリミア獲得などの余波に耐えてきたが、2022年のロシアによるウクライナ侵略により危機に瀕した。ヨーロッパと北米の加盟国はロシアを孤立させる選択を採り、米欧はロシアに対する経済制裁を科したが、それにはロシアの北極圏エネルギー計画も含まれている。
(4) 米欧の経済制裁に対しロシアは、ブラジルやインドなどの国々と関係強化を進め、北極圏での商業および科学的活動に従事している。こうした動向による、北極圏におけるロシアの存在感の拡大に対し、NATOは懸念を強めている。しかしTrump政権の登場により、A8の優越ではなく、新たな米ロ関係に基づいて北極圏秩序が形成されるのではないかという不安が高まっている。
(5)Trump政権は国際機関との関わりを薄めており、その姿勢はArctic Councilにも適用されるかもしれない。A8による環極地協力への関与、さらにはカナダ、デンマーク、ロシア、ノルウェー、米国という北極海の沿岸国による優越という見方すら、Trump政権は軽視するかもしれない。ただでさえロシアなしにArctic Councilは生き残れないと言われる中、米国が撤退すればその死は確実である。
(6) 北極圏とその資源を米ロが分割するという将来像が現実味を帯びている。グリーンランドに関してTrump大統領が強硬を貫けば、デンマークは北極圏問題から排除されることになるかもしれない。ヨーロッパ諸国にとって問題なのは、ロシアによる北極圏の優越が米ロの協調と利益をもたらす時、米国がロシアの優越を懸念するのかということである。Trump政権は、1920年のスピッツベルゲン条約を再検討しようというロシアの試みさえ支持するのではないだろうか。
(7) 最近の状況から学ぶことがあるとすれば、ヨーロッパ諸国がこの状況に対して個別、ないし集団的に頑張っていることである。気候科学、環境保護、持続的成長、地元の人びとの自決権が損なわれるかもしれない状況において、ヨーロッパ諸国は北極圏の利害を守るためにできることを考えなければならない。
記事参照:Growing Trump-Putin detente could spell trouble for the Arctic

3月6日「オーストラリアは原潜調達計画を放棄せよ―米安全保障問題専門家論説」(Breaking Defense, March 6, 2025)

 3月6日付の米国防関連誌Defense Newsのウエブサイトは、米シンクタンクNonproliferation Policy Education Center 事務局長Henry Sokolskiの“It’s time to ditch Virginia subs for AUKUS and go to Plan B”と題する論説を掲載し、そこでHenry SokolskiはオーストラリアによるAUKUSを通じた原潜調達についてさまざまな制約があることを指摘し、それを放棄して先端防衛技術への投資を中心とした抑止力強化を目指すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 3月初めオーストラリア政府は、AUKUSの下での攻撃型原子力潜水艦(以下、SSNと言う)調達に向けた第一歩として、5億ドルの支払いを行なった。しかしオーストラリアのSSN調達とその維持にはさまざまな制約があるため、この支払いが最後となるべきである。その代わりに、オーストラリアは、AUKUS第2の柱を軸としたプランBに移行すべきである。
(2) AUKUSによるSSN調達はオーストラリアにとって困難であると考えられている。オーストラリアの防衛予算は2025年が350億米ドル、これから10年かけて630億ドルにまで増える予定である。そしてSSNは1隻あたり30億ドルの費用がかかる。その調達を優先することで、水上艦部隊や地上部隊が影響を受ける可能性がある。
(3) 人員の問題もある。U.S. Navyでは、核推進力プログラムに8,000名が関わっている。他方、Australian Submarine Agencyには680人しか勤務していない。米国から自立した潜水艦部隊を維持するためには、民間の熟練労働者を数千人も必要とする。また、Royal Australian Navy(以下、RANと言う)には16,000名の将兵が所属するが、ヴァージニア級SSNの乗組員は1隻あたり130人、整備員などさまざまな要員をほかに400人必要とする。すでに人材不足のRANが新たな人材を見つけるのは難しいだろう。
(4) それではAUKUS協定は暗礁に乗り上げたのかといえば、そうではない。AUKUSは、第1の柱の一部と第2の柱を軸としたプランBに進むべきである。第1の柱は英米のどちらかがオーストラリアにSSNを提供するというものだが、プランBはまずこれを破棄する。その代わり、英米のSSNがオーストラリアから出撃し、RAN兵士が同乗し、オーストラリアの労働者によって維持されるというだけで、オーストラリアは十分な抑止力を獲得できる。これはすでに、英米のSSNがスターリング海軍基地へ輪番で展開していることで、実践されている。そしてこれは潜水艦部隊の設立と整備施設の建設によって継続されていくだろう。
(5) SSN調達に使われる費用は、現行のコリンズ級潜水艦の維持、そして第2の柱である先端防衛技術への投資と実戦配備に投じられるほうが良い。無人システムや量子コンピュータ科学などさまざまな技術は、SSNが提供するものの大部分を提供できるだろう。たとえば、オーストラリアに中国による空の脅威はないので、長距離ドローンがあれば周辺海域で活動する中国の潜水艦や水上艦艇を監視できる。また、さまざまな無人海中装置はSSNによる攻撃の一部を代替できる。南シナ海の人工島などに対する攻撃能力は、中国を抑止させることができるだろう。
(6) 先端防衛技術への投資は米国とオーストラリアの産業にとっての利益にもなるだろう。両国のスタートアップ企業は、そうした基盤が整っていない日本などに新技術を売却できる。また第2の柱はカナダや韓国にまで範囲を広げることができる。それによって市場が拡大すれば経費も削減できる。以上の点から、オーストラリアはSSN調達計画を放棄し、プランBを追求すべきである。
記事参照:It’s time to ditch Virginia subs for AUKUS and go to Plan B

3月6日「カナダが支援する米沿岸警備隊砕氷船の建造―米国防関連誌報道」(Defense News, March 6, 2025)

 3月6日付の米国防関連誌Defense Newsのウエブサイトは、“Scorned by Trump, Canadian shipbuilders flash their icebreaker skills”と題する記事を掲載し、Donald Trump米大統領が米国内で40隻の新型砕氷船を建造しようとする野心にカナダが関与しているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 1月24日の記者会見で、Trump大統領は「我々はU.S. Coast Guard向けの大型砕氷船を約40隻発注する予定である。大型のものだ。そして突然、カナダがその案件に関わりたがってきた…」と、Trump大統領は記者たちに語っている。
(2) 3月4日、米政府は大統領令を再発動し、カナダに対して一律25%の関税、さらにカナダ産エネルギーには10%の関税を課した。これにより、北米大陸での貿易戦争が勃発した。これに対し、カナダ政府は同率の報復関税を米国製品の一部に適用して応じた。
(3) Canadian Coast Guard向けに新型の大型極地砕氷船2隻を建造している造船会社Seaspanによれば、カナダの海軍産業はすでにTrump大統領の計画を実現するために必要なノウハウを有しているという。「40隻の砕氷船というのは素晴らしいが、かなり野心的だ…現時点で米国の造船業界は相当な負荷を抱えており、非常に多忙である…(今のところ)そのような計画を実行できる態勢にはないと言っていいだろう」と、Seaspan社の事業開発担当上席副社長David Hargreavesは、Defense Newsに語っている。David Hargreavesはまた、「カナダもそれに関与しようとしている。私たちがしようとしているのは、隣国として貢献し、彼らを助けることだ」とも付け加えている。両国間の経済的な不和は、今のところ造船業界には悪影響を与えていないようだ。ケベック州の造船会社Davieは、2025年初めにDefense Newsに対し、迫る貿易戦争の脅威があるにもかかわらず、米国の造船所の買収計画を進めていると明かした。
(4) カナダとフィンランド両国の政府関係者は2月4日のメール声明で、最近のカナダと米国の緊迫した関係にもかかわらず、3国間の「砕氷船協力協定(Icebreaker Collaboration Effort)」における協力は損なわれていないとの見解を示している。この協定は2024年夏に締結され、“ICE Pact”として知られている。フィンランド、カナダ、米国の専門知識を結集させて、最高水準の砕氷船を建造し、他分野でも協力することを目的としている。David Hargreavesは、この協定により知識を得ることで最も恩恵を受けるのは米国であると指摘している。フィンランドとカナダは、長年にわたる砕氷船建造の歴史がある一方で、米国は大きく後れを取っている。
(5) 米国の法律では、これまで軍用艦船は国内で建造することが義務づけられてきたが、2月に提案された2つの新法案は、この慣行を修正し、米国の艦艇数を迅速に増やすことを目的として、NATO加盟国や信頼できるインド太平洋諸国の造船所での建造を重視している。これらの法案が可決されるかどうかにかかわらず、カナダのSeaspan社はすでに支援の準備を進めている。
記事参照:Scorned by Trump, Canadian shipbuilders flash their icebreaker skills

3月6日「ロシアがウクライナに侵攻した本当の理由は何か。それはNATOの拡大ではない―米専門家論説」(19FortyFive, March 6, 2025)

 3月6日付の米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトは、米シンクタンクAtlantic CouncilのScowcroft Center for Strategy and Security上席研究員Andrew A. Michta博士の“The Real Reason Russia Invaded Ukraine (Hint: Not NATO Expansion)”と題する論説を掲載し、ここでAndrew A. Michtaはロシアが冷戦終結以降、常に冷戦の結果を修正しようとする政策を採っており、ウクライナ戦争もその1つであり、米国が今、軍事力を伴う抑止力を明確に行使しなければ、その結果は欧州だけでなく、中東、朝鮮半島、インド太平洋にも波及するとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシア・ウクライナ戦争の終盤戦がますます深刻化しており、米国の政策策定集団の中ではこの紛争の最終的な責任は誰にあるのかという議論が進行中である。Trump大統領は、戦争が起こったのは主にBiden政権の無能さによると主張してきた。何人かの評論家が進み出て、「ロシアのウクライナ侵攻の最終的な責任は米国にある、なぜなら、もしソ連がドイツの統一に同意すれば、ドイツ国境の東にNATOが駐留することはなくなるという冷戦衰退期に米国がロシアに与えた約束を米国が破ったからだ」と述べている。この論理に従えば、ポーランド、チェコ、ハンガリーを同盟に引き入れた1999年のNATO拡大の第一弾でさえ、その後のロシアのウクライナ侵攻の原因と見なすべきである。ウクライナでの戦争をめぐる多くの議論は、ますます現実から離れている。侵略と大虐殺の責任は、明らかにVladimir Putinにある。この単純な事実が、紛争を終わらせるためのあらゆる合理的な道筋の出発点となる。
(2) 1991年、ソ連は冷戦に敗北し、西側は優勢となり、冷戦後の秩序を自国の利益に有利な方法で形成する立場にあった。この単純な事実には、不適当なもの、不道徳なもの、「裏切り」的なものは何もない。もし逆のことが起こっていたら、ロシアは同じことをしたであろう。もちろん、1999年以降の現実とソ連が勝利したとの仮定に基づく情勢との比較における重要な違いは、NATOの拡大が、ソ連のくびきの下から解放された国々の願望を反映していたことである。戦争の勝利には結果が伴う。それが国際問題における現実である。簡単に言えば、冷戦後に起こったことは、Boris Yeltsinと彼の後継者を裏切るための米国の狡猾な陰謀ではなく、ソ連の敗北の単純な結果であった。そして、Yeltsin元大統領とPutin大統領は、この論理を完全に理解していた。米国は、同盟国とともに、中欧とバルト諸国というソ連崩壊後の空間を安定させ、米国と欧州の同盟国の利益に資する方法でその空間を構築するために、勝者の特権を行使した。これが、NATOとEUの拡大の全てである。 
(3) では、ロシアのウクライナ侵攻の引き金となったとされる我々の責任について、今日、手をこまねいている理由は何か?起こったことに我々も部分的に責任があることは認める。我々が責任を負っているのは、我々が欧州の歴史的な紛争地域の安全保障構造を、我々の利益と地域の安定と安全を有利な方法で再定義しようとしたからではなく、むしろ、新たな安全保障構造を軍事力というハードパワーで支えるという基本的な一歩を踏み出せなかったからである。第2次世界大戦後、米国が欧州を安定させ、ソ連の自由世界に対する侵略の試みを阻止するために大量の軍事力を使用したこととは異なり、冷戦後の解決は、西側諸国全体において当惑するほどの軍備縮小を伴った。NATO拡大は、NATOの旗と少数の連絡将校がその過程を完了するというような政治的演習のようなものになっていた。そして、冷戦終結を「歴史の終わり」と受け取った群衆は左傾化し、新自由主義的な世界経済を目指した。そして、欧州が迅速かつ大規模に武装解除した一方で、米国は9.11以後に世界的な対テロ戦争を開始し、成功の見込みがほとんどない地域での民主主義構築に数兆ドルを費やした。 
(4) 要するに、西側が反ロシア政策を積極的に追求したことではなく、冷戦後のあらゆる場面での弱さと戦略の不明確さが、ロシアの修正主義を助長したのである。最初は2008年にグルジアで、次に2014年にウクライナで、2015年にシリアで、そして最後には2022年に再びウクライナでPutin大統領が領土を占領するために軍事力を行使するたびに、我々の臆病さが現れた。 もし西側がロシアのウクライナ侵攻に責任があるとすれば、それは現在、西側諸国の批評家が主張している理由、つまり、我々が攻撃的とされる行動を採ったためではない。我々が権力政治の基本を把握できず、我々が世界の実際の仕組みとは似ても似つかない自分たちが作り出したイデオロギーに捕らわれてしまったためである。我々は、再び我々の弱さを伝えようとする態勢を整えている。もしウクライナに関する最終的な和平合意が、単に戦場の現状を追認するだけのものであれば、Trump政権はロシアに大きな勝利をもたらし、事実上、冷戦における欧米の勝利の結果を帳消しにすることになる。そのような和平合意は、ロシアが東欧における支配圏を意のままに構築できること、そして、欧州全体の未来を形作る帝国主義大国としての役割を、ロシアが受け入れることを、はっきりと伝えてしまうであろう。 ウクライナの悲劇が終焉を迎えるにつれ、ウクライナでの敗北、つまり20世紀に西側が得た成果を逆転させてしまう敗北の責任は、Biden政権が追求したウクライナでの実現困難であった「事態拡大の管理」政策を通じて、部分的に米国にかかっている。また、米国の同盟国である欧州、特にドイツにもウクライナでの敗北の責任の一端がある。ドイツは、鉄のカーテン崩壊以来最も恩恵を受けてきたのに、悪質なノルド・ストリーム・エネルギー協定や、米国の警告とは無関係にロシアと関与するという政策を通じて、ロシアを欧州政治に引き戻すために、他のどの欧州の大国よりも多くのことをしてきたのである。
(5) 敗北というものは、地域および世界の権力配分に関して、常に構造的な変化を伴う。過去20年間、ロシアは冷戦終結の結果を再度検証するという目標を掲げて、その結果を修正しようとする政策を追求してきた。ウクライナ紛争において、ロシアは、ウクライナだけでなく、すべての西側の国々と戦ってきた。ロシアは今、文明面での明白な勝利を収めようとしており、その結果は欧州だけでなく、中東、朝鮮半島、インド太平洋にも波及するであろう。事実上、ロシアの領土獲得を確認し、ウクライナの今後の組織的変革を形作る権利を主張することを可能にする「ウクライナに関する取引」は、1991年の冷戦終結時とは逆となり、ロシアが新たな権力配分と中国との同盟を自国の利益に利用できるようになるであろう。それに加えて、欧州の主要政治家たちの戦略的近視眼が、自分たちの弱さが何をもたらしたのかを認識する代わりに、「米国に見捨てられた」と嵐のように語っている。抑止とは、軍事力とそれを行使する意欲の両方からなる。その両方がない場合、それは、正しくは「宥和」というべきであり、今後、そのようなことが起きる可能性が高いであろう。
記事参照:The Real Reason Russia Invaded Ukraine (Hint: Not NATO Expansion)

3月6日「中国水上艦部隊、オーストラリアを周航―香港紙報道」(South China Morning Post, March 6, 2025)

 3月6日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Chinese navy ships round out Australian circuit with sail near base hosting US submarine”と題する記事を掲載し、オーストラリアを周航した中国水上艦部隊の動向について、要旨以下のように報じている。
(1) Ausralian Defence Forceは、Type055駆逐艦「遵義」を旗艦とする部隊がU.S. Navyの攻撃型原子力潜水艦「ミネソタ」が停泊中のパース北西海域にいると発表した。この中国海軍の部隊は、オーストラリアを周航する前例のない航海の完了に近づいている。この周航行動中に、西オーストラリアにある戦略的に重要な防衛施設の沖合を航過している。専門家らは、中国水上艦艇部隊がまもなくスンダ海峡を通過し、南シナ海へ戻る可能性があると指摘している。一部の専門家は、「遵義」任務隊のオーストラリア近海の航行は、単なる軍事力の誇示にとどまらず、情報収集活動的な意味合いがあると述べている。
(2) 「遵義」任務隊は、Ausralian Defence Forceの艦艇・航空機によって注意深く監視されている。中国の任務隊がパース近海を航行しているのは、オーストラリアと米国がAUKUS防衛協定の下で協力を続けている中での事象である。米攻撃型原子力潜水艦「ミネソタ」は2月からスターリング海軍基地に停泊しており、恐らく原子力潜水艦に関する訓練や米豪両国の作戦調整を目的としている。
(3) 中国任務隊の派遣は、オーストラリア近海で行われた中国海軍の作戦としては最も重要なものの1つであり、これまで以上にオーストラリアの海岸線に接近した行動であった。海軍の専門家たちは、海水温度、塩分濃度、海流、海底地図の作製などの詳細な海洋データが、潜水艦の運用および対潜戦にとって極めて重要であると指摘している。水中の環境条件の変化は音の伝播に影響を与え、それが潜水艦の隠密性に直接影響する。この中国任務隊によるオーストラリア周回航海は緊張を高めており、特に2月末にタスマン海で実施された中国任務隊による2度の実弾射撃訓練の後、その傾向が強まっている。
(4) 中国の駆逐艦がオーストラリア近海に出現するのは極めて稀である。最後に大型の中国駆逐艦がオーストラリアの港を訪れたのは2019年のシドニーへの親善訪問であった。これまで、中国のオーストラリア近海での海軍の行動は主に情報収集艦に限られており、それらは2023年および2024年に近隣の国際海域で確認されたが、オーストラリア政府からの大きな抗議はなかった。一部の海洋安全保障の専門家は、このような作戦は合法であるものの、中国が発信しようとする意図を含んでおり、中国政府がインド太平洋地域の奥深くまで戦力を投射する能力を有していること示していると指摘している。U.S. Armed Forcesに関する情報を発信するウエブサイトMilitary.comによれば、中国政府はこの水上艦部隊の動向について、オーストラリアの北に位置する太平洋の島国パプアニューギニアには数週間前に通知していたという。一方、オーストラリア政府はこの計画について把握していなかったと述べている。
(5) 2024年にオーストラリアのシンクタンクLowy Instituteが実施した世論調査によれば、オーストラリア人の71%が、中国が今後20年以内に軍事的脅威となる可能性があると考えている。この継続中の海軍展開は、特にオーストラリアの西方接近経路における海洋及び航空監視能力を強化するための防衛予算の増額を求める声を一層高めている。
記事参照:Chinese navy ships round out Australian circuit with sail near base hosting US submarine

3月6日「南シナ海におけるフィリピンの『透明化戦略』、グレーゾーン戦術に対する抑止効果―カナダ専門家論説」(War on the Rocks, March 6, 2025)

 3月6日付の米University of Texasのデジタル出版物War on the Rocksは、カナダのシンクタンクDefence Research and Development Canadaの Centre for Operational Research and Analysis上席研究員Kurtis H. Simpson, Ph.D.と研究生Raphael Racicot およびJacob Benjamin の“Below-the-Threshold Deterrence, Philippine Style”と題する論説を掲載し、ここで3名は南シナ海における中国のグレーゾーン戦術に対して、フィリピンが仕掛ける透明化戦略の抑止効果について、要旨以下のように述べている。
(1) フィリピン政府は、南シナ海における中国のグレーゾーン戦術に対して、中国海警総隊と海上民兵の海上での「違法で威圧的な」危険行動の生映像を公開し、報道させる透明化戦略(transparency strategy)を通じて中国の評判を貶める抑止態勢を採っている。グレーゾーン戦術という用語は、「通常戦闘と平時の抗争の間において機能する戦略的取り組み」と定義される。フィリピンの透明性戦略は紛争生起に至る閾値以下(below-the-threshold”)」の取り組みで、フィリピン政府はこの取り組みを2024年1月に策定した包括的群島防衛構想(Comprehensive Archipelagic Defense Concept)の一部として統合しているといわれる。
(2) フィリピン政府の透明化戦略は、UNCLOSに基づく主権保護を目的として、南シナ海におけるフィリピンの対中国姿勢への国内外の支持を集めることを狙いとしている。中国人民解放軍、海警総隊そして海上民兵の危険な行動を記録するために、ジャーナリストを自国船舶に乗り込ませたのはフィリピン政府が初めてではないが、フィリピンがメディアの報道を組織的に活用する、明確に定義され、一貫して実施される戦略として採用しているのは斬新な試みである。南シナ海問題に関するフィリピンの公的立場は、ジャーナリズムの中立性に裏付けられた入手可能な多くの画像やビデオの証拠を通じて、信頼性を獲得するというものである。フィリピンの戦略は、事案に関する中国外交部の言説の信用を失墜させるとともに、南シナ海紛争における中国側の非を明らかにして、中国政府の国際的な評判に代償を強いることにある。フィリピンの透明化戦略の顕著な成功例は、セカンド・トーマス礁(中国名:仁愛礁)に座礁させたフィリピンの「シエラ・マドレ」に居住する海兵隊員への補給任務に対する中国海警船による何度かの妨害事案である。たとえば、Philippine Coast Guardは2024年8月、フィリピン船舶に直接体当たりするなどの、中国海警船の危険な行動を否定し得ない映像を通じて公開した。
(3) 「グレーゾーン」の概念については、種々の論議がある。たとえば、この概念を放棄すべきとする論考もある*。別の論考では、中国の「武力行使の範囲」の概念における「平時における軍事力行使」に言及し、中国には「グレーゾーン」の軍事戦略はないと強調している**。しかしながら、U.S. Department of Defenseは、中国の敵対国に対する戦略的取り組みを理解するために、この用語に依拠している。この用語は一般的に、戦争に至る閾値以下の事案を説明する際の概念として使用される。この概念を精査することは重要であるが、基本的には、南シナ海における中国の行動は、この概念に言う、戦争と平和の間のあいまいな領域において慎重に遂行されている。したがって、概念を巡る論議は別として、対処すべき中心的な政策課題は、閾値以下で生起する中国との軍事的衝突を如何に抑止するかということである。
(4) グレーゾーン戦術の狙いは、相手国が国の防衛のための行動を採ることを回避することであるため、効果的である。全ての国家が侵略に対する自衛を宣言しているが、国家が紛争を開始する正確な「越えてはならない一線」については不明確な溝がある。こうした溝が侵略者によって利用され、防衛側が対応しない場合、そのような行動は罰せられないままになるという前例を残すことになり、国防に対する誓約は損なわれる。中国のグレーゾーン戦術は、その破壊力にもかかわらず、グレーゾーン戦術が干戈を交える事態に至る閾値以下の特性を有するため、相手国あるいは国際社会からの罰を逃れることができたため、中国はグレーゾーン戦術に対する対応にほとんど直面することはなかった。フィリピン政府の透明化戦略は、直接的な対応によって、外交政策の目標を達成するためにグレーゾーン戦術の使用を検討する際の中国政府の戦略的計算に影響を与えることで、こうした欠陥を是正することを狙いとしている。したがって、フィリピン政府の取り組みは、抑止力を生み出すために代償を賦課するという巧妙な手段である。
(5) これまで、フィリピンの抑止力を強化するための提案は、軍事能力の強化や同盟国の関与の強化等の通常の取り組みを重視してきた。実際、米国に対して、米比相互防衛条約第5条に基づく同盟国防衛への誓約の再確認を求める意見もある。Derek Grossmanは、グレーゾーン侵略が第5条発動の引き金になるように条約を改正する選択肢を提案している***。また、「グレーゾーン戦術に安心して依存することができるとの中国の自信を砕く****」ことを狙いとした、フィリピンの「シエラ・マドレ」への補給任務に対する米国による支援の強化を求める意見も多く、中には、セカンド・トーマス礁に統合前進作戦拠点の設置を主張する意見*****もある。これらの提案は、グレーゾーン戦術が予め回避するように意図している通常抑止態勢の強化である。米比同盟が通常の軍事攻撃を阻止するとともに、中国政府による使用手段の烈度に上限を課していることは間違いない。しかしながら、中国がグレーゾーン戦術に訴えているのは、正に、これらの戦術が同盟と軍事的抑止力の上限をわずかに下回っているからである。これが、閾値を下回る活動に代償を賦課する透明化戦略が効果的である所以である。
(6) フィリピンの透明化戦略は、グレーゾーン戦術を標的とした抑止力を確立するための典型である。フィリピン政府の戦略は、中国政府の国際的な評判と中国の外交姿勢の信頼性に挑戦することによって、中国の戦術を抑止しようとするものである。長期的に見れば、フィリピンの戦略は、中国政府の政策決定者に対して、フィリピンに対するグレーゾーン戦術の烈度に上限設定を迫ることになり得るであろう。フィリピンの透明化戦略の根底にある論理は、グレーゾーン戦術に効果的に対応しようとする政策決定者や戦略家にとって、着想の源となるべきであろう。
記事参照:Below-the-Threshold Deterrence, Philippine Style
*Abandon All Hope, Ye Who Enter Here: You Cannot Save the Gray Zone Concept
War on the Rocks, December 30, 2015
**Don’t Call It a Gray Zone: China’s Use-of-Force Spectrum
War on the Rocks, May 9, 2022
***How to Respond to China’s Tactics in the South China Sea
Foreign Policy, May 29, 2024
****The Puzzle of Chinese Escalation vs Restraint in the South China Sea
War on the Rocks, July 26, 2024
*****It’s Time to Build Combined Forward Operating Base Sierra Madre
War on the Rocks, September 11, 2023

3月6日「米ロ中関係がインド太平洋に与える影響―米専門家論説」(Foreign Policy, March 6, 2025)

 3月6日付の米政策・外交関連オンライン紙Foreign Policyは、米シンクタンクRAND Corporation上席防衛問題研究員Derek Grossmanの“How U.S.-Russia-China Ties Would Impact the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここでDerek Grossmanは米国の長年の主要な敵対者に対するTrump政権の取り組みは初期段階にあり、前政権の政策からの移行が実現した場合、インド太平洋地域の大部分の国々は、地域の安定性が高まることに楽観的になるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国とロシアおよび中国との関係改善が迫っている。Trump政権はロシア・ウクライナ戦争の終結を目指してロシア政府と直接交渉を行っており、Vladimir Putinロシア大統領との会談が実現して、両国関係全体が再設定される可能性がある。Trump大統領は、摩擦の大きい分野、すなわち大幅な貿易不均衡に関する交渉を再開するため、習近平国家主席と会談する意向である。世界は、この潜在的な地政学的変化に対応、適応しようとしているが、インド太平洋地域の反応は様々である。
(2) 北東アジアにおける米国の同盟国である日本と韓国は、米国の新たな戦略と思われるものに対して強い懸念を表明するだろう。
a. ロシアとウクライナの戦争が始まって以来、日本は米国主導の対ロ制裁を実施することでBiden政権の立場を強く支持してきた。日本が主に懸念しているのは、米中関係の改善により、尖閣諸島などの係争中の島々を奪取したり、台湾を攻撃したりするなど、中国が大胆な行動に出るのではないかという点である。
b. 韓国は北朝鮮からの脅威に焦点を当てており、もし米国が中国、ロシア、あるいはその両国との関係を改善した場合、戦略上重大な影響を受ける可能性がある。米国が韓国よりもこの2国との連携を優先した場合、北朝鮮に対処する上で韓国が持つ大きな影響力が失われる可能性がある。また、米国は北朝鮮によるロシアへの軍事支援を黙認しており、北朝鮮が朝鮮半島での潜在的な戦争に備えて軍をさらに強化することを許す可能性もある。さらに、中国政府もロシア政府も、米国の同意があれば国連の制裁を緩和することも可能であり、北朝鮮の非核化を推進する圧力はそれほど感じなくなるだろう。
(3) 最も損失を被る可能性が高いアジアの国は台湾である。Biden米大統領は4回にわたって、U.S. Armed Forcesが台湾を支援することを公に表明し、米国の「戦略的曖昧性」という立場を事実上、戦略的明確性へと転換させた。しかし、米中関係が改善した場合、台湾はBidenの公約がまだ有効なのかどうか疑問に思うであろう。
(4) 東南アジアでは、米国が中国やロシアとの緊張緩和に動けば、ほぼすべての国が大国間の対立や戦争に巻き込まれることを回避しようとしているため、肯定的な反応が返ってくるであろう。
a. 米国の主要な戦略的提携国であるインドネシア、シンガポール、ベトナムは、すでに特定の大国を選ばない厳格な非同盟外交政策を維持している。これらの国々の戦略は、大国との間で釣り合いを取りながら自国を守るというものである。
b. カンボジアとラオスはすでに中国の戦略圏に組み込まれており、米国と中国がうまくやっていけば、さらに大きな利益が期待できるかもしれない。
c. 内戦が続いているミャンマーでは、軍事政権が中国とロシアの両国と緊密な安全保障上の関係を維持しているため、米国の戦略転換は同国でも歓迎される可能性が高い。
d. タイは米国の同盟国であるが、中国脅威論に対する米国の緊急性を共有していないので、米中の関係改善を支持する可能性が高い。
e. 米国の安全保障同盟国であるフィリピンだけは、米国の対中・対ロ戦略の大きな転換によって確実に損失を被ることになるであろう。フィリピン政府は数十年にわたり、南シナ海のEEZにおける中国の侵害行為、特に南沙諸島やスカボロー礁における侵害行為に直面せざるを得なかった。米国とフィリピンは抑止力を強化するために同盟関係を強化する多くの措置を講じてきた。もし、米政府と中国政府の関係が緊密化すれば、マニラは同盟関係への影響を懸念するだろう。
(5) 南アジアにおいて、インドは米ロ関係の改善を歓迎するであろう。ただし、米中関係の緊密化には懸念を示す可能性もある。米国とインドの関係における摩擦の1つは、ウクライナへのロシアの侵攻以来、インドとロシアの戦略的提携の強固さである。2024年、モスクワでNarendra Modiインド首相とPutin大統領が署名した新たな安全保障協定もその1つである。米ロ関係が改善すれば、この摩擦の種は無くなる。中国に対してインドは、より警戒心を抱いている。10月には、インドと中国は平和的に国境紛争を解決し、関係悪化の過程を停止した。しかし、2月中旬にModi首相がホワイトハウスを訪問した際に防衛協力が強調されたことは、インドが米国を中国との均衡を取る上で主要な国と見なしていることを強く示唆している。したがって、米国が中国との関係を緊密化することは、インド政府ーでは疑いの目で見られるであろう。
(6) アフガニスタン、バングラデシュ、ブータン、モルディブ、ネパール、パキスタン、スリランカは、大国間の関係改善を大いに歓迎する可能性が高い。2024年8月の政変以来、インドとの関係が緊張しているバングラデシュは、ここ数ヶ月間、中国からの支援にますます頼るようになっており、パキスタンは数十年にわたり中国と「鉄の兄弟関係」を維持していることから、他の国よりも満足すると考えられる
(7) オセアニアでは、大国同士が急に仲良くなれば、ソロモン諸島が交渉上の優位性を失う可能性がある。しかし、オセアニア全体としては、米国と中国およびロシアとの関係改善は概ね歓迎されるだろう。なぜなら、太平洋の小島国は大国間の対立激化にますます警戒感を強めているからである。例外は米国の安全保障上の同盟国オーストラリア、および米国の緊密な提携国ニュージーランドである。
a. 近年、オーストラリア政府は中国を地政学上の最大の脅威と位置づけ、特にQUADを通じた関与の深化や、オーストラリア・英国・米国の安全保障協定の締結などにより、米国との同盟関係を強化している。
b. ニュージーランドの懸念も高まっている。たとえば、2月にクック諸島は周辺海域における中国の展開を強化するための新たな協定を中国と締結することを決定した。
c. 中国の艦艇は最近、オーストラリアとニュージーランドの間にあるタスマン海で実弾演習を実施した。これにより、中国政府がオセアニア地域における前進的な存在を戦略的に必要不可欠と見なしているのではないかという懸念が高まっている。
(8) モンゴルと北朝鮮は、それぞれ異なる理由から、米ロ間または米中の緊張緩和に反対し、それを妨害する可能性が高い。
a. モンゴルは地理的にロシアと中国の間に挟まれ、常に両国との間で均衡を取りながら生き残りを図っているため、米国は常に両国を均衡させる上で非常に有益な「第三の隣国」であった。米国がなければ、モンゴル政府は重要な影響力を失うことになる。
b. 北朝鮮は、米国に対抗するには中国とロシアの支援が必要だが、より友好的な大国間の力学がこの戦略を深刻に脅かす可能性がある。
(9) 米国の長年の主要な敵対者に対するTrump政権の取り組みは、まだ初期段階にある。実際、移行はまったく実現しない可能性もある。しかし、移行が実現すると仮定した場合、インド太平洋地域では米国の緊密な同盟国や提携国を除く大部分の国々は、自分たちの地域の安定性が高まることに広く楽観的になるだろう。
記事参照:How U.S.-Russia-China Ties Would Impact the Indo-Pacific

3月7日「中国監視のためにQUADとの連携を強化せよ―オーストラリア安全保障問題専門家論説」(The Strategist, March 7, 2025)

 3月7日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategist は、同Institute客員研究員Rajeswari Pillai Rajagopalanの“The Quad can help Australia monitor China’s naval behaviour”と題する論説を掲載し、そこでRajeswari Pillai Rajagopalanはインド太平洋海域での中国海軍の活動の活発化に対して、オーストラリアは他のQUAD構成国との協力を通じて、海洋状況把握能力を高め、中国に対する監視活動を強化すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリアはQUADの他の構成国とともに、インド太平洋における中国の攻撃的姿勢に対し、海洋状況把握の協力を進めて監視を強めるべきである。2月19日に中国艦艇がシドニー沖で発見され、21日にタスマン海で実弾射撃訓練を実施した。それは、中国と親密になっているクック諸島を含め、地域の警戒感を高めた。中国の行動は国際法に反してはいないが、彼らが危険性のある行動を採る意図があることを示したものである。
(2) 中国は、オーストラリアやニュージーランドの近くで行動できることを示している。オーストラリア、ニュージーランド両国が台湾海峡へ艦船を派遣するなどの動きに対抗したもので、中国によるそうした行動はより日常的になっている。オーストラリアDepartment of Defenceは各国軍隊に透明性と安全性を伴う行動を求めた。しかし中国の活動が増えていることにより、実施しなければならないことが増えていくだろう。さらに、中国の最新空母が完全に運用可能になれば、最新空母を南太平洋での哨戒に用いることは疑いがない。そして中国の空母建造計画は順調に進んでいる。
(3) 問題は、インド太平洋における中国海軍の展開拡大に対し、地域の国々がどう対応すべきかである。オーストラリアは中国艦船が自国近辺を通航する場合には監視をし、またニュージーランドと共同している。しかし今後、中国の行動が増大した場合、これだけで十分だとは言えないし、間違いなく中国の行動は増大していくだろう。
(4) したがって、オーストラリアは今後、単独ないしニュージーランドとだけでなく、志向を同じくする提携国とともに、中国海軍のインド太平洋での動きに対する監視活動を促進すべきである。おそらくインドの姿勢が原因で、QUADは安全保障協力には及び腰ではあるが、海洋状況把握における協力はその議題の1つである。それに焦点を絞った協力により、QUADは限定的な資源を共同利用でき、自国周辺海域だけでなく地域全体を見渡すことができるようになるだろう。
(5) QUADのなかで米国以外の国々は、自国周辺から遠く離れた海域を監視する能力が限定されている。米国はインド洋南部や太平洋の大部分において、その能力を持つが、それでもすべての領域を包摂することはできない。したがって、地域の安全確保のためには負担の共有が必要となる。そしてこうした活動には、地域の他の国々も参加ができる。韓国や東南アジアのいくつかの国々が参加する可能性がある。こうして、QUADは安全保障においてより大きな役割を担っていくことができるだろう。
記事参照:The Quad can help Australia monitor China’s naval behaviour

3月8日「米国は空洞化した海洋大国になりつつあるのか?―デジタル誌編集委員論説」(The Diplomat, March 8, 2025)

 3月8日付のデジタル誌The Diplomatは、米国の調査・経営顧問会社Gartner の元分析担当者Tyler Bray の“Is the United States Becoming a Hollow Maritime Power ?”と題する論説を掲載し、ここでTyler Bray はTrump政権が進める政策の統合を図らない分離政策や人員削減計画等で、米国の同盟管理体制、官僚機構等海洋国家を支える重要な制度が崩壊しつつあり、アジア太平洋地域の米国の同盟国、友好国は、首尾一貫しない米国の政策に安全保障政策の転換を迫られ、中国に傾く国もあるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 海洋大国である米国は、それを維持するための制度的機敏さを欠いたまま、強さを誇示する危険性を高めている。「文明は自殺によって滅びるのであって、殺人によって滅びるのではない」との歴史家Arnold Toynbeeの見解は、米国がインド太平洋で直面している戦略的危険性を言い表している。外見上は艦船やその配備が立派でも、内部的には意思決定の仕組み、外交、装備品を戦略的効果につなぐ同盟管理能力が弱体化しており、空洞化した海洋大国としか言いようのないものを生み出している。この変容を見守るインド太平洋の同盟国にとって、問題は米艦船が危機に立ち会うかどうかではなく、米政府の機関が、首尾一貫した行動を採れるかどうかである。
(2) U.S. Naval War College教授Sarah C. M. Paine博士は、2022年の講演で、海洋大国は大陸大国とは根本的に異なる安全保障の枠組みに従っており、制度的な強さがその成功の基礎となると述べている。海洋大国は、領土支配に重点を置く陸上帝国とは異なり、通商や同盟を可能にする安定した制度によってその力を発揮する。インド太平洋地域は、海洋力投射の究極の試金石である。距離は広大で、同盟国は多様で、敵は手強い。米国が航行の自由を維持し、危機に対応できるかどうかは、Sarah C. M. Paineが言うところの軍事力と制度的能力との「結合」、つまり迅速な意思決定、同盟国との連携、そして複数の国家的手段を協調して展開する能力にかかっている。これが、インド太平洋の安全保障にとってTrump政権が進める現在の政策が非常に危険な理由である。米国の力を支えてきた調整の仕組みや外交関係、政策の一貫性がなければ、最新鋭の空母戦闘群でさえ、高価であるが戦略的に効果のない象徴になってしまう危険性がある。
(3) 米国はこれまで、軍備増強と制度改革の時期を経験してきたが、現在の状況は前例がなく、軍事的関与の意図的拡大とその維持に必要な制度の組織的な解体という戦略的矛盾を生んでいる。インド太平洋において米国の軍事的展開は衰えることなく続き、Biden政権はフィリピンの基地利用を拡大し、U.S. Armed Forcesを潜在的な紛争地点に近づけた。日本やオーストラリアなどの同盟国は、米国の武器を購入している。Pete Hegseth国防長官は指名承認公聴会の席上、中国を米国の主要な戦略的競争相手と位置づけ強力な存在感を維持することを誓ったが、軍事展開を支える制度的基盤は、かつてない混乱に直面している。政府効率化省(以下、DOGEと言う)は、正式な政府機関ではないが、連邦政府機関を抜本的に再編成することを目的とした指令を出している。対外援助契約の90%に当たる総額600億ドルの廃止が計画されており、軍事展開を補完する文化等による影響力という手段を骨抜きにするものである。米保守系シンクタンクの政策案プロジェクト2025の青写真は、明確に外交団を標的にしており、Trump政権に対し、「省庁を大統領に奉仕する、無駄のない機能的な外交機関に作り変える」よう求めている。この分離政策に前例がないのは、その意図的性質にあり、内部の空洞化を覆い隠した海洋大国を生もうとしている。
(4) 米国が空洞化した海洋大国となる危険性には、3つの重大な脆弱性が顕在化している。外交手段の崩壊、戦略計画の麻痺、同盟の枠組みの崩壊である。外交能力は、それが最も必要とされるときに低下している。U.S. Department of Stateの Bureau of East Asian and Pacific Affairsは伝統的に、この地域における米国の危機管理の第一線として機能してきた。現在、Bureau of East Asian and Pacific AffairsはDOGEの効率化指令の中で上級職員の流出に直面している。中国、日本、フィリピン政府の担当者と直接連絡を取り合っていた経験豊富な外交官たちが、過去の危機に関する組織的な記憶や数十年にわたって築いてきた対外関係を持ちながら外交の場から去りつつある。このような専門知識の喪失は、米国の危機対応能力に危険な溝を生む。熟練の外交官がいなければ、米国政府は紛争を鎮静化し、同盟国と効果的に協調し、誤算を防ぐ方法で抑止力を示すことはできないであろう。さらに、軍事計画能力も危険な劣化に直面している。U.S. Indo-Pacific Commandは、地域の緊急時対応計画の策定にあたり、省庁間の複雑な調整に依存している。この計画手順は、情報評価、外交上の制約、軍事能力を統合して、首尾一貫した対応の選択肢を作成するものである。しかし、国防計画室や情報融合センターから公務員が大量に流出したことで、この手順に危険な隙間が生じている。影の政府(deep state)の専門家の粛清は、中国海軍の動きを追跡する分析官、対応要領を練る計画者、軍事作戦と外交方針を整合させる調整機構の減少を意味する。
(5) 同盟の仕組みにもほころびが生じている。アジアにおける米国の安全保障は、軍事力の展開と制度化された協議体制に依存している。日米2+2安全保障協議委員会、韓国との拡大抑止対話、米比相互防衛条約に基づくさまざまな作業部会はいずれも、深い制度的知識と一貫した参加を必要としている。しかし、プロジェクト2025は、同盟の維持よりも2国間取引の優先を明示しており、地域的な専門知識を持たない政治任命者が、対話の要員だった熟練官僚に取って代わっている。Trump大統領の復帰によって、同盟国は公式な安全保障上の約束が守られるかどうか疑問視している。同盟国の軍事力強化を目的とした「太平洋抑止構想」を効果的に実施するには、複数の機関にまたがる複雑な調整が必要である。こうした調整の仕組みが弱まるにつれ、米国の軍事力の前方展開は、その目的とする同盟の枠組みからますます切り離されていく。制度の崩壊はすぐには目に見えず、艦船は停泊を続け、演習は継続され、軍事装備は印象的に見える。しかし、このような表面的な見かけの下で、米国はめまぐるしく変化する危機に結束して対応する能力を失いつつある。
(6) 空洞化した海洋大国としての米国の出現は、インド太平洋地域に重大な戦略的変化をもたらす。地域大国の間で即座に再調整の引き金となる明確な軍事的撤退とは異なり、制度の空洞化はより陰険で危険な力学を生み出す。中国にとって、米国の制度の衰退は、ここ数十年で類を見ない戦略的好機となる。中国政府は長い間、「サラミ・スライシング」という手法で米国の同盟関係を弱体化させようとしてきた。今、中国の戦略家たちは、米国の軍事的ハードウエアと制度的ソフトウエアとの間に広がる溝を利用することができる。中国は米艦艇と直接対峙するのではなく、複雑なグレーゾーン作戦、小国に対する外交的威嚇、経済的威圧など、制度的対応が必要とされる分野を探るであろう。軍艦が停泊したままでも、米国の制度が機能不全に陥れば、中国に付け入る隙を与える。台湾海峡はこの危険を最も端的に示している。台湾に対する中国の侵略を抑止するためには、軍事力以上の明確な政治的意思表示、日本やオーストラリアとの協調的な外交展開、複数の機関にまたがる統合的な計画が必要である。こうした仕組みが機能しなくなれば、空母の配備にかかわらず抑止力は空虚なものとなる。中国政府は、米国政府の制度的混乱が、軍事介入を成功させる機会を作り出すと計算するであろう。
(7) 米国の同盟国にとって、米国の海上戦力の空洞化は耐え難い焦りをもたらす。日本とオーストラリアは、米国の首尾一貫した指導力を前提に安全保障戦略を構築してきた。今、彼らは制度の崩壊と米軍事力の展開の継続を目の当たりにし、どちらの現実を優先して安全保障を計画すべきかがわからなくなっている。このあいまいさが、危険回避行動に駆り立てている。日本は軍備増強を加速させ、韓国は核兵器開発を検討し、東南アジア諸国は中国政府との融和に傾いている。フィリピンは、最も深刻な脆弱性に直面している。Ferdinand Marcos Jr.大統領は、フィリピン政府と米国政府の関係を再構築し、U.S. Armed Forcesに基地を開放し、南シナ海の紛争に対して強硬な姿勢を採っている。しかし、この政策は米政府の制度的な継続性を前提としているが、こうした前提に疑問符がつくにつれ、フィリピンの指導者たちは、最も必要とされるときに米国の支援が得られないことが判明した場合、中国の海上民兵船と対峙する危険を冒すことが見合うかどうかを検討しなければならなくなる。
(8) 問題を特に困難にしているのは、時間的な側面である。制度の崩壊は、軍の撤退のように即座に危機を引き起こすわけではない。その代わり、決定的な瞬間まで明らかにならないような、ゆっくりとした脆弱化が進む。その時には、制度的能力を再構築する機会は過ぎているであろう。より広範なインド太平洋の安全保障構造にとって、米国の空洞化した海洋力は、何十年にもわたる周到な構築を台無しにする恐れがある。この地域の秩序は、米国の軍事的優位性だけに依存してきたわけでは決してなく、航行の自由の原則、同盟協議の仕組み、経済的枠組みといった制度の正当性に依存してきたのである。こうした制度が弱まるにつれ、地域安全保障の規範的基盤は侵食され、各国が自国の利益と同盟関係を再計算するなかで、不安定性が連鎖する。その意味するところは、この地域の将来を支配するのは規則に基づく秩序か、それとも権力政治かという根本的な問題に及ぶ。
(9) 米国は、軍事的展開が地域の安定を脅かす制度的空洞化を覆い隠しているという重大な岐路に立たされている。官僚組織の再編成として始まったことは、今や戦略的な矛盾として現れ、軍事的関与を意味のあるものにするために必要な外交、計画、同盟の枠組みを解体しつつある。インド太平洋諸国はすでに再検討を行っており、日本とオーストラリアは、危険回避の戦略を模索しながら防衛投資を加速させ、東南アジア諸国は中国に傾いている。フィリピンは、米国の支援が実質的なものより象徴的なものになるかもしれないとの見通しに直面し、台湾は、継続的な米国による武器売却の下で抑止力の制度的基盤が侵食されるのを注視している。米国の制度的な強度が低下する中で、規則に基づく秩序がどれだけ効果的に適応できるかが勝負の分かれ目となる。中国はこの転換点を認識し、中国の優位を中心とした独自の地域秩序構想で空白を埋めようとしている。米国の海洋力は、それを維持するための制度的敏捷性なしに強さを誇示する危険性をますます高めている。今や問題は、この空洞化を覆せるかどうかではなく、地域大国がどの程度迅速に適応し、長期的な安定にどの程度の代償を払うかである。
記事参照:Is the United States Becoming a Hollow Maritime Power?

3月10日「米国企業による香港所有の港湾ターミナルの買収は、パナマ運河をはるかに超えた意味を持つ―米専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, March 10, 2025)

 3月10日付のシンガポールのS. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のInstitute of Defence and Strategic Studiesが発行するIDSS Paperは、RSISのMaritime Security Programme非常勤上席研究員John BradfordとCarnegie Endowment for International Peace中国研究上席研究員兼Johns Hopkins UniversityのSchool of Advanced International Studies非常勤教授Isaac Kardon の“American Consortium’s Purchase of Hong Kong-Owned Port Terminals Has Implications Far Beyond Panama”と題する論説を掲載し、ここで両名は米国の共同企業体BlackRockが香港CK Hutchisonの港湾運営事業を買収したことは世界の海洋事業の基盤を再編成し、米中対立の大きな変化を引き起こし、他の小国にとっては悲惨な前例となるため、その影響はパナマ運河の例よりもはるかに広範であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2025年3月4日、米国の共同企業体BlackRockは、香港のCK Hutchisonが所有・運営する海外港湾事業を買収する契約を発表した。しかし、この日の見出しを飾ったのは、パナマ運河の太平洋側と大西洋側の港湾ターミナルの買収であった。すべての注目はDonald Trump米大統領に向けられていた。Trump大統領は就任演説で運河について「我々はそれを取り戻しつつある」と述べている。しかし、BlackRockによるCK Hutchison買収の影響は南北アメリカをはるかに超えている。この買収は、世界の海運業の状況を根本的に変え、米中対立に大きな影響を与えるであろう。パナマ運河は決して中国の支配下になかったし、その買収を通じて米国の支配に戻ったわけでもない。1997年からCK Hutchisonが保有しているパナマのバルボア港とクリストバル港は、23ヵ国に点在する43の港と199の桟橋のうちの2つに過ぎず、新しい所有者に移管される。この取引により、中国の海外港湾網のほぼ3分の1が取り除かれ、外国の港湾資産の巨大で戦略的なネットワークの支配権益としての米国企業が設立されることになる。
(2) 米国は、過去40年間で、米国企業は世界の海運・港湾事業から着実に撤退してきた。対照的に、中国は、利益率が低いけれども影響力の大きい港湾セクターで、世界市場シェアの獲得に体系的に投資してきた。CK Hutchisonの海外港湾保有額は中国企業の中で最大規模であったため、今回の買収により、世界中の中国の港湾面積を示す地図が大幅に改訂される予定である。CK Hutchisonは、バハマ、メキシコ、オマーン、パナマ、ポーランド、スウェーデン、英国で唯一の中国港湾運営会社であった。しかし、海運業と港湾管理は複雑なビジネスであり、取引が勝者総取りになることはめったにない。BlackRockによる買収の提案は、スイスに本社を置くイタリアの民間家族経営企業であるMediterranean Shipping Company(以下、MSCと言う)と提携して行われた。MSCの子会社であるTerminal Investment Limited(TiL)は、おそらくCK Hutchisonの港湾管理業を引き継ぎ、世界最大の港湾企業になるであろう。
(3) 企業の港湾管理者と国家の力との関連性については、長年の議論がある。港湾使用権は、港湾という重要な基幹施設に対するさまざまな段階での運用管理を提供するが、港湾施設に対する主権を認めるものではない。また、商業契約は、受け入れ国政府による艦艇の港湾使用を保証するものではない。それでも、港湾の所有と運営は、大きな戦略的問題を提起する。企業の港湾管理者が港の使用を妨害したり、監視したり、その他の方法で港湾使用を侵害したりする機会は確かに存在するが、他の利害関係者も同様の利用権を享受している。紛争状況において港湾事業を国有化する効率性は、区域や事態によって異なる。港湾管理に関連する地経学的な利点は確かにかなり大きい。関与する資本の合計と経済的成功に対する港湾の重要な性質を考えると、港湾への戦略的投資は外国政府に対する経済的および政治的影響力を与える。さらに、港湾運営者は一部の荷主を他の荷主よりも優遇し、重要なサプライチェーンへの優先的かつ特権的な利用を得る場合がある。BlackRockの取引は、政治を超越するには大き過ぎ、知名度が高過ぎ、地経学的に影響力が強過ぎるが、関係する企業にとっては商業的にも理にかなっている。CK Hutchisonの港湾保有に対していくつかの競争入札があったという報告は、この機会に対する市場の関心を反映している。MSCにとって、BlackRockによる買収は海運および港湾管理事業の垂直統合を拡大する機会である。Trump大統領は、この「米国の大企業」に公式の祝辞を述べ、彼らが「他のいくつかの運河」も購入することを期待していると表明した。Trump政権は、彼らが取引を仲介し、重要な基幹施設取引に民間資本を誘導し続けるという認識を助長している。売り手側では、CK HutchisonのオーナーであるLi Ka-shing(李嘉誠)は、190億米ドルで売却することに満足しているように見える。この売却は、中国が投資する港湾の軍民両用の使用の可能性について長年にわたる歓迎されない監視に対する不快感を反映している。また、国際紛争が海運網を混乱させ、関税障壁の引き上げが世界貿易の見通しを悪化させ、中国の経済的逆風が将来の成長に対する期待を弱めている時期には、港湾保有はCK Hutchisonにとって魅力的ではない可能性がある。この取引に対する中国政府の評価は不明であるが、世界的な港湾の地位を維持・強化することは、中国のさまざまな利益に資するものである。中国の中央政府と地方政府は、自国の企業が国内外で港湾を建設し、取得するためのさまざまな誘因を提供してきた。中国の国有港湾大手2社、COSCOとChina Merchantsは、CK Hutchisonの株式を40億米ドルで売却するという提案に関心を示していた。中国の規制当局が、法的手続きを通じて取引を阻止する余地はまだある。また、中国政府は、CK Hutchisonをより良い提案にするために資本を投入するかもしれないし、あるいは、拒否できない提案にするために政治的圧力をかけるかもしれない。
(4) 各国政府や海運業界、貿易業界は、この分野を注意深く見守っている。この取引はまだ成立しておらず、失敗する可能性もある。まだ合意された145日間の交渉期間の開始段階にある。パナマは政府として取引を承認しなければならない。核心的な詳細がどうであれ、これらすべてから得られる最も重要なことは、Trump大統領のパナマ運河に関する公の発言が、BlackRockとCK Hutchisonの間の取引に確実に影響を与えたということに違いない。小国は、大国から公的な脅威を受けることがより多いと予想するかもしれない。小国は重要な基幹施設やおそらくは主権領土に対する支配力を失う危険性があるが、その資産は米中競争で自分たちが有利になるように駆け引きを行うための強力な手札にもなるかもしれない。
記事参照:American Consortium’s Purchase of Hong Kong-Owned Port Terminals Has Implications Far Beyond Panama

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) Making AUKUS work: The case for an Indo-Pacific defense innovation consortium
https://www.atlanticcouncil.org/in-depth-research-reports/issue-brief/making-aukus-work-the-case-for-an-indo-pacific-defense-innovation-consortium/
Atlantic Council, March 4, 2025
By Elliot Silverberg is the Director of Research at the Defense Innovation Board (DIB) in the US Department of Defense.
Jacob Sharpe is a Project Lead at the Defense Innovation Board (DIB) in the US Department of Defense.
Rob Murray is a nonresident senior fellow in the Forward Defense program and the Transatlantic Security Initiative within the Atlantic Council’s Scowcroft Center for Strategy and Security.
 2025年3月4日、U.S. Department of DefenseのResearch at the Defense Innovation Board (DIB)部長Elliot Silverbergと米シンクタンクAtlantic Council のScowcroft Center for Strategy and Security のForward Defense program and the Transatlantic Security Initiative非常勤上席研究員Jacob Sharpeは、米シンクタンクAtlantic Councilのウエブサイトに“Making AUKUS work: The case for an Indo-Pacific defense innovation consortium”と題する論説を寄稿した。その中で両名はAUKUSがインド太平洋地域での防衛協力を強化するために設立され、特に技術共有と軍事革新の推進が課題となっているが、米国の防衛輸出管理規則は依然として技術協力を妨げる障害となっており、AUKUSの実効性を高めるためには新たな枠組みが必要となっているとした上で、その解決策となるのが「Indo-Pacific Strategic Partnership for Accelerated Research and Knowledge in Defense:以下、SPARKと言う)」であるが、このSPARKは、NATOの成功事例を参考に設計され、軍と民間企業を結びつける役割を果たすことを目的としていると説明している。そして両名は、2025年のAUKUSの技術革新予算は約7,980万ドルであるのに対し、米国の防衛技術ベンチャー投資は2021年以来すでに1,300億ドルに達しており、この溝を埋めるためには、SPARKが長期的な投資戦略を確立し、政府・民間の共同投資による持続的な成長を促すことが必要であるほか、SPARKの成功には迅速な技術移転と生産能力の強化が不可欠であり、インド太平洋地域の安全保障環境が急速に変化する中、AUKUSが単なる潜水艦調達計画にとどまらず、先端技術を活用した実効的な防衛協力へと進化するためには、SPARKのような新たな枠組みが重要な役割を果たすと主張している。
 
(2) On Wider Seas: Italian Naval Deployments and Maritime Outreach to the Indo-Pacific
https://cimsec.org/on-wider-seas-italian-naval-deployments-and-maritime-outreach-to-the-indo-pacific/
Center for International Maritime Security, March 5, 2025
By Dr. David Scott is an associate member of the Corbett Centre for Maritime Policy Studies.
 2025年3月5日、英Corbett Centre for Maritime Policy Studies のアソシエイトメンバーDavid Scottは、米シンクタンクAtlantic Councilのウエブサイトに“On Wider Seas: Italian Naval Deployments and Maritime Outreach to the Indo-Pacific”と題する論説を寄稿した。その中でDavid Scott は、Marina Militare Italiana(以下、イタリア海軍と言う)は2024年後半、インド太平洋地域への本格的な展開を開始し、空母「カヴール」を中心とする空母打撃群やフリゲート「アルピノ」などを派遣したが、この展開は、Meloni政権が地中海を超えた戦略的関与を推進する一環であり、特に米国、インド、日本、オーストラリアとの協力を強化するものとなったと指摘した上で、イタリアは中国の一帯一路から離脱し、インド・中東・欧州経済回廊(India-Middle East-Europe Economic Corridor:IMEC)に転換するなど、対中政策を再調整していると述べている。そしてDavid Scottは、海軍展開の一例として、2023年にはフリゲート「フランチェスコ・モロシーニ」が南シナ海を通航し、日本や東南アジア諸国と合同演習を実施したほか、2024年にはより大規模な展開が行われ、イタリア海軍はU.S. Navyとインド太平洋の各海域で空母部隊演習を実施し、中国に対する抑止力を示すなど、イタリアのインド太平洋展開は技術協力や防衛産業の発展にも貢献しており、今後もこの地域での影響力を拡大することが予想されると主張している。
 
(3) Forward Deployment of Non-Strategic Nuclear Weapons Is Needed to Deter Adversary Aggression
https://www.heritage.org/sites/default/files/2025-03/IB5375.pdf
The Heritage Foundation, March 6, 2025 
By Robert Peters, Research Fellow for Nuclear Deterrence and Missile Defense in the Douglas and Sarah Allison Center for National Security at The Heritage Foundation
Eli Glickman, a senior at the University of California, Berkeley
 2025年3月6日、米シンクタンクHeritage Foundation のDouglas and Sarah Allison Center for National SecurityにおけるNuclear Deterrence and Missile Defense研究員Robert Petersと米University of California, Berkeley の学部生Eli Glickmanは、米シンクタンクHeritage Foundationのウエブサイトに“Forward Deployment of Non-Strategic Nuclear Weapons Is Needed to Deter Adversary Aggression”と題する論説を寄稿した。その中で両名は米国がロシア、中国、北朝鮮の増大する戦術核戦力に対抗するため、非戦略核兵器(以下、NSNWと言う)の前方配備を再検討すべきであるとした上で、冷戦終結以降、米国は戦術核を大幅に削減し、現在は欧州に約200発を残すのみで、インド太平洋地域には配備されていない一方で、ロシアは1,000~2,000発のNSNWを保有し、中国はDF-26ミサイルを含む戦域核戦力を急拡大しているなどとその理由を述べ、米国の現行の大陸間弾道ミサイル、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦、戦略爆撃機から成る戦略核三本柱は、敵の低出力戦術核攻撃に対抗するには適しておらず、報復の信憑性を低下させていると指摘している。そして両名は、戦略核による報復は事態の拡大を誘発する恐れがあるため、中国やロシアは限定的な核攻撃を行っても米国が反撃しないと計算する可能性があり、この「抑止の空白」を埋めるため、米国は戦域核の開発・配備を進めるべきであるとした上で、提案される措置として、核弾頭搭載可能な空中発射巡航ミサイル(ALCM)および海上発射巡航ミサイル(SLCM-N)、ならびに極超音速ミサイルの開発・配備が挙げられるが、これにより敵の限定核攻撃を抑止し、地域ごとの抑止戦略を強化できるため、米国はNATOのように、インド太平洋地域でも同盟国と協力し、非戦略核兵器の前方配備を含む抑止態勢の強化を進めるべきであると主張している。
 
(4) Potential European mission in Ukraine: key military factors
https://www.iiss.org/online-analysis/military-balance/2025/03/potential-european-mission-in-ukraine-key-military-factors/
Military Balance Blog, IISS, March 7, 2025
By Ben Barry, Senior Fellow for Land Warfare at IISS
 2025年3月7日、英シンクタンクThe International Institute for Strategic Studiesの陸戦を専門とする研究者Ben Barryは、同InstituteのウエブサイトMilitary Balance Blogに、“Potential European mission in Ukraine: key military factors”と題する論説を寄稿した。その中で、①2月24日、英首相Keir Starmerは、和平合意後にウクライナへ派遣する「再保証軍(reassurance force)」の必要性を訴え、その後、Starmer首相は英仏が有志連合を構築し、「地上部隊と航空機を含む形で」和平を保証する考えを表明した。②ロシアはすでにNATO加盟国がそのような任務に参加することを受け入れないと繰り返し表明している。③いかなる和平合意であれ、和平合意を「擁護」し、「保証」するには、Вооруженные силы Российской Федерации(ロシア連邦軍)を抑止し、ウクライナに対して再度の攻撃がないことを安心させる能力を持つ国際部隊が必要となる。④そのためには、部隊およびその任務の安全を米国が保証することが極めて重要になる可能性がある。⑤欧州諸国は、ポーランドやルーマニアといったウクライナおよび黒海に隣接する国々において、空軍部隊を編成することが可能である。⑥欧州諸国は、NATO部隊のひな型や欧州連合軍司令官(Supreme Allied Commander, Europe)の抑止および防衛計画に基づく即応体制を満たす部隊を編成できるはずである。⑦米国は、欧州諸国の軍隊には再現できない重要な軍事能力を保有している。⑧米国による「非常時における軍事支援」が確約されない限り、多くの欧州諸国は部隊派遣に消極的になる可能性が高い。⑨1994年から1995年にかけては、英仏はボスニアにおける国連保護軍(United Nations Protection Force:以下、UNPROFORと言う)任務で主要な役割を果たした。⑩UNPROFORの問題と弱点は、多国籍でかつ困難な作戦において、首尾一貫した戦略的指導力がいかに重要であるかを示しているといった主張を述べている。