海洋安全保障情報旬報 2024年12月1日-12月10日

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12月2日「2023年世界の防衛産業は売上を増加させる:SIPRI報告―米国防関連メディア報道」(Breaking Defense, December 2, 2024)

 12月2日付の米国防関連デジタル誌Breaking Defense は、“Global defense revenues grew in 2023 amid Ukraine, Middle East conflicts: SIPRI report”と題する記事を掲載し、Stockholm International Peace Research Instituteが公開した世界の防衛産業に関する報告書をまとめ、全体として世界の防衛産業が売上を増やしているとして、要旨以下のように報じている。
(1) Stockholm International Peace Research Institute(以下、SIPRIと言う)によると、2023年、世界の防衛企業の上位100社は合わせて6,320億ドルを売り上げた。年間の増加率は4%を超えており、ウクライナや中東での紛争が兵器需要を高めているためである。その需要は、まだしばらくは減りそうにないと見られている。SIPRI研究員によれば、多くの企業はなお人員募集を進めているが、それは将来の経営に対して楽観的であることを示している。
(2) 上位100社のうち41社が米企業で、売上の半分を占める。他方で最も高い増加率を示したのはロシアの兵器産業で、2022年より40%も増加している。ロシア国営企業Ростех社やОбъединённая судостроительная корпорация(統一造船会社)による生産力拡大運動によるものである。報告書によればこの増加の背景には、いくつかの戦略的方針がある。たとえば、国からの発注が増えたこと、生産を成し遂げるための新たな行政機構の創設などである。
(3) 上位100社内にある米国兵器産業全体で2.5%の売上増加を示したが、2大防衛産業であるLockheed Martin社とRTX社は若干の減少を示した。特殊な部品やサブシステムの供給が追いつかなかったことが要因である。Lockheed Martin社は前年度比1.6%減(608億ドル)、RTX社は1.3%減(407億ドル)であった。他方、米国第3位のNorthrop Grumman社は5.8%の増加率を示している。
(4) 中国の防衛企業の売上増加率は停滞しており、2023年は0.7%の上昇、2019年以来最低の伸び率であった。
(5) それに対して米国の同盟国である韓国と日本の伸びは顕著である。韓国は全体で110億ドルを売り上げ、37%の増加を記録した。日本防衛産業も全体で100億ドルの売上を計上しており、35%の増加率である。三菱重工が24%増、川崎重工が16%増である。
(6) ロシアに次いで増加率が高かったのが中東である。上位100社内にあるイスラエルとトルコの企業6社が、合わせて18%の増加率と196億ドルの売上を見せた。
(7) 世界の上位100社の中にヨーロッパの企業は27社あるが、全体として昨年とほぼ変わっていない。最大の増加率を示したのはウクライナのJSC Ukrainian Defense Industry 社であり、69%もの増加率だった。ドイツの4社も全体で7.5%増加、英国の7社も売上を増やしたが、他方でフランスの5社は全体で8.5%売上を減らしており、イタリアの兵器産業も同様に売上を減らしている。
記事参照:Global defense revenues grew in 2023 amid Ukraine, Middle East conflicts: SIPRI report

12月2日「NATO緊急対応部隊、刷新の必要性―米専門家論説」(The Atlantic Council, December 2, 2024)

 12月2日付の米シンクタンクAtlantic Councilのウエブサイトは、同Council非常勤上席研究員Dr. Richard D. Hooker, Jr.のA NATO Rapid Reaction Force”と題する論説を掲載し、ここでRichard D. Hooker, Jr.はNATOが長年配備してきた、「即応展開部隊(NATO Response Force)」について、時代に対応した新たな編成の即応部隊を復活させる必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) NATOは長年、「NATO即応展開部隊(NATO Response Force:以下、NRFと言う)」を配備しており、2014年には先鋒部隊として「高高度即応統合任務部隊(Very High Readiness Joint Task Force:以下、VJTFと言う)」を編成してきた。NRFは加盟各国が輪番で部隊を派遣するが、危機に当たって迅速な展開と運用という任務を果たせるようなものではなかった。現在のウクライナ危機に至るロシアの侵略的行動によって、同盟国の安全を保証するとともに、NATO領土に対するロシアの奇襲的攻撃行動を抑止するために、迅速に展開でき、かつ信頼できるNATO戦闘部隊の重要性が高まっている。当然ながら、この種の部隊は、10日以内に所要の地点に到着し、作戦開始可能な空輸部隊でなければならず、したがって、鉄道や道路で到着する機甲部隊や機械化部隊ではない。NATOは何十年にもわたって、「連合軍ヨーロッパ機動部隊(the Allied Command Europe Mobile Force:以下、AMFと言う)」としてこの能力を維持してきた。AMFは、2002年に廃止されたが、現在の安全保障環境で必要とされる多くの機能を備えていた。ロシアが欧州の安全保障環境における力の均衡を脅かしている今日、新たな編成のAMF、「NATO緊急対応部隊(NATO Rapid Reaction Force、NRRF)」を復活させる時が来ている。
(2) 1960年から2002年まで存在したAMFは、14ヵ国の大隊戦闘群から編成され、少将と司令部によって指揮された、対戦車、防空、砲兵、工兵、通信、兵站、化学及び医療支援を有機的に統合した部隊組織で、空輸可能な軽歩兵であり、通常、空挺部隊であった。AMFは、実戦には投入されなかったが、概念的には、侵略抑止のために脅威地域に迅速に展開することで、抑止に失敗した場合、同盟全体からの集団的対応を確実にすることを狙いとしていた。
(3) 新たに編成される「NATO緊急対応部隊(NRRF)」は、多くの点でAMFに似た編成になるであろう。多くの同盟国は、NATOの責任戦域(AOR)内の何処にでも迅速な空輸展開可能な、質の高い大隊規模の即応部隊を維持しており、これら部隊は通常、空挺部隊で編成され、主隊である旅団に隷属する支援部隊と連携し、容易に任務部隊を編成することが可能である。既に存在するこうした部隊に必要なのは、定期的な演習と適切な指揮系統である。また、最適な戦闘効果を得るために、弾薬と重要物資を展開想定戦域に事前集積することができる。「NATO大西洋打撃部隊(STRIKEFORNATO)」と同様に、NRRFは欧州連合軍最高司令官(SACEUR)に直属すべきである。
(4) NRRFは、即応能力に劣るVJTFとNRFに付随する問題の多くを相殺できるであろう。完全に空輸可能な部隊は既に存在しており、高度に訓練され、即応態勢にあり、質の高い兵士で構成されており、そして大隊規模の部隊が非常に短い事前通告で展開できる。しかも、これらはNATOの強力な加盟国からの部隊で構成されており、その抑止力は明確である。この混成部隊は、軽歩兵ではあるが、相当な対装甲能力を持ち、固有の砲兵、兵站および工兵支援を有する。これらの部隊は完全な有人部隊のために、初期費用はほとんど、あるいは全く必要ない。さらに、NATO加盟国の空挺部隊は、頻繁に交流し、同じ概念で組織され、装備されているため、NATOで最も相互運用可能な部隊の1つであるという利点もある。以前のAMFと同様に、半年ごとの指揮処演習とより大規模なNATO年次野外演習への参加により、新編されるNRRFは練度を向上し、即応態勢を維持できよう。
(5) 今日、NATOは挑発的で危険な敵対勢力に直面しており、抑止力はかつてないほど重要となっている。現在NATOに欠けている戦略的な選択肢を提供するために、迅速かつ強力に行動する能力、現に保有する対応部隊よりもはるかに速い能力が明らかに必要である。幸運にも、こうした能力の溝に対処するに当たって、NRRFを新編するための人的、物的資源は既に存在している。今こそ、NATOが次の危機が直面する前に行動を起こす時である。
記事参照:A NATO Rapid Reaction Force

12月2日「フィリピンによるタイフォン・ミサイルシステム配備について中国が口を出す権利なし―香港英字紙報道」(South China Morning Post, December 2, 2024)

 12月2日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“China has ‘no right’ to demand Philippines to remove US Typhon missile system”と題する論説を掲載し、2024年4月以降フィリピンに配備され続けるタイフォン・ミサイルシステムに関する論争を整理しつつ、フィリピンによる安全保障強化の動きを支持する専門家の意見を引用して、要旨以下のように報じている。
(1) フィリピンへの米国製タイフォン・ミサイルシステムの配備をめぐって議論が起きている。中国はその撤去を要求する一方、フィリピン専門家は中国にそうしたことを要求する権利はなく、フィリピンだけがそれを決定する主権を持つということである。
(2) 中距離攻撃能力を持つミサイルを発射可能なランチャーは、2024年4月から5月にかけて実施された第39回バリカタン共同演習のために、フィリピン北部のラオアグに搬入されている。演習後に撤去されると思われたが、それ以来ラオアグに配備されたままである。中国による撤去の要求に対し、Armed Forces of the Philippinesの共同演習報道官は「中国にそのようなことを言う権利はない」と怒りを表明している。
(3) 中国国防部の報道官は、フィリピンが「即座に」それを撤去しないのであれば、中国は断固たる措置を採る」と発言し、また、「歴史と現実が繰り返し示しているのは、米国の兵器が配備される時はいつでも戦争と紛争の危険性が高まり、地域の人びとが戦争により不当な害を被るということである」と述べている。
(4) タイフォン・ミサイルシステムは、最大射程300海里の標準型SM-6ミサイルや、最大射程870海里のトマホーク・ミサイルを発射可能である。ラオアグに配備されたタイフォン・ミサイルシステムから発射されるミサイルの射程内に台湾が入るため、フィリピン北部へのその配備はきわめて重要だと軍内部の情報源は言う。
(5)シンガポールのシンクタンクS. Rajaratnam School of International StudiesのInstitute of Defence and Strategic Studies上席研究員Collin Kohは、自国の防衛のための手段を採ることは、いかなる国にも認められた権利であるとし、タイフォン・ミサイルシステムが中国に脅威を突きつけているという主張は、そもそも中国による脅威がフィリピンのタイフォン・ミサイルシステム配備につながっていることを考えれば空虚であると批判した。タイフォン・ミサイルシステムの配備は、中国による南シナ海か台湾における有事シナリオの立案を困難にするだろうとCollin Kohは考えている。
(6) フィリピンの行動はASEANの精神に反しているという懸念もある。しかしCollin Kohは、ASEANは必ずしも今回のような問題に関して、加盟国との事前協議を要求してはいないと指摘する。むしろ、事前協議の目的が単なる事前通知か合意の追求かがはっきりしない中、事前協議にこだわれば、将来に禍根を残すとCollin Kohは指摘する。
(7) Stanford Universityの安全保障問題専門家Raymond PowellもCollin Kohに同意し、中国が一貫して、フィリピンによる安全保障強化の動きを批判してきたと指摘する。Raymond Powellによれば、フィリピンはASEANを無視する方が賢明だということである。南シナ海に関する行動規範をめぐる交渉が20年も停滞しているのは、ASEANが安全保障機関として一致して行動することの難しさを示しているという。Raymond Powellは、タイフォン・ミサイルシステム配備によってフィリピンは中国との関係においてある程度の優位を得られるとする。「中国はハードパワーを重視しており、それゆえに中国はフィリピンにそれを持ってほしくないのである」。
記事参照:China has ‘no right’ to demand Philippines to remove US Typhon missile system

12月3日「ロシアが使用するシリアの海軍基地の動向―フランスメディア報道」(Naval News, December 3, 2024)

 12月3日付のフランス海軍関連ウエブサイトNaval Newsは、海軍事情に詳しいH I Suttonの“First Signs Russia Is Evacuating Navy Ships From Syria”と題する記事を掲載し、シリアのタルトゥスにあるロシア海軍基地から艦艇が退避していることについて、要旨以下のように報じている。
(1) シリアのタルトゥスにあるロシア海軍基地は、Assad政権に不利に展開しつつある内戦の中で、差し迫った脅威にさらされているようである。現在、ロシアはタルトゥスに水上艦艇5隻と潜水艦1隻を配備している。
(2) これらの艦艇のうち、補助艦は2024年12月2日朝にタルトゥスを出港していることが確認された。情報によると、他の艦艇も一部または全てが出港した可能性がある。この予想外の動きは、現在進行中のシリアの内戦状況が急変して数日後に発生したものである。ロシアの主要な同盟国であるAssad政権は劣勢に立たされ、反政府勢力が首都に急速に迫っている。未確認ではあるが、この艦艇の動きは地上の状況に直接関連していると考えられている。もしそうであれば、ロシアが貴重な資産を国外に移動させていることを示す最初の明確な兆候となる。情報によれば、潜水艦、フリゲート、およびもう1隻の補助艦もタルトゥスを出港したとされている。
(3) シリアの地中海沿岸に位置するタルトゥス海軍基地は、ロシアにとって戦略的な資産だが、ソ連崩壊後は使用頻度が減少していた。2012年にシリア内戦が始まって以降、利用が再び増加し、2022年にウクライナへの全面侵攻が始まってからは、さらに重要性を増している。ロシアは侵攻に先立ち、NATOの直接的な関与、特に地中海での空母に対抗し、これを抑止するため、タルトゥスにおける軍事力の配備を強化した。また、タルトゥスは黒海での戦闘に参加する予定の主要艦艇の中継拠点としても機能している。結局、追加されたスラヴァ級巡洋艦2隻を含むこれらの艦艇のほとんどは、侵攻開始後、黒海に入るのをトルコに阻まれ、これらの艦艇は地中海に留まり、支援を行うことになった。
(4) このままでは、タルトゥス港が最終的に攻撃されるか、放棄される可能性があるようである。少なくとも、この港からロシアの艦艇が退避していることは確実と思われる。これらの艦艇は地中海からバルト海に向けて航行することが予想されている。もしタルトゥスがロシアの支配下にあれば、ロシアの重装備の増援に使われる可能性が高い。しかし、その到着には数週間を要するため、当初の動きは空路によるものが主になると見られる。2024年2月までは、ロシアは「シリアン・エクスプレス」と呼ばれる定期的な黒海への艦艇輸送を維持していた。しかし、これらは停止している。これは、恐らく黒海におけるウクライナの水上ドローンの脅威が増大したためだと考えられる。現在では、ロシアの艦艇はヨーロッパを回り、バルト海に向かう必要がある。もしロシアがシリアに必死で増援を送る、または重装備を撤収させる場合、再び黒海航路を試みる可能性がある。
(5) さらに、海底ケーブル付近で遊弋していることが確認されているロシアのスパイ船も地中海にいる。シリア情勢がこの船にどのような影響を及ぼすかは、まだ明らかではない。
記事参照:First Signs Russia Is Evacuating Navy Ships From Syria

12月4日「バルト海でのロシアの悪行―米専門家論説」(Foreign Policy, December 4, 2024)

 12月4日付の米シンクタンクForeign Policy Research Instituteのウエブサイトは、米シンクタンクAtlantic Council上席研究員Elisabeth Brawの“The Baltic Sea’s Bad Actors”と題する記事を掲載し、ここでElisabeth Brawはバルト海での航行システムへの妨害は、ロシアによる黒海での試みにも注目すべきで、利害関係を持つ他の国々にも広がる可能性があり、国際的な海上秩序にとって非常に危険であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 11月にバルト海で発生したケーブル切断事件では、中国の貨物船「伊鵬3」に容疑がかかっている。さらに、他の船舶も、スカンジナビア諸国の政府に頭痛の種をもたらしている。Finnish Coast Guardの Pekka Niittylaはロイター通信に対し、ここ数週間、フィンランド湾を航行する船舶が自動船舶識別装置(以下、AISと言う)を切っていると語っている。フィンランド運輸通信大臣Lulu Ranneは、ロシアが航行システムに干渉している可能性が高いと述べている。フィンランド湾やバルト海の他の海域は、狭く混雑した航路があるため、船舶の往来が激しい海域である。
(2) 船舶の乗組員が自船の位置や他船の位置を知るのに役立つ全地球航法衛星システム(以下、GNSSと言う)は、現代の船舶や現代の経済にとって不可欠である。そして船舶は、自船の位置を知らせるAISの使用が義務付けられている。しかし現在、ロシアが信号を送信する衛星と一部の船舶から送信されるAIS信号の両方に干渉を試みている。バルト海で業務を行っている船舶にとっては、全く別の場所にいるはずの他の船舶が、システム上非常に近くにいるように見える可能性があるという。Søværnet(デンマーク海軍)の元司令官で退役海軍大将Nils Wangは、「2022年2月以降、この状況は間違いなく増加している。ロシアのAIS信号欺瞞や関連妨害能力は高まっており、それは黒海で行っていることの結果のようで、彼らの技量は非常に高くなっている」と述べている。
(3) 黒海はAIS欺瞞の実験場として利用されているようである。2017年、黒海を航行する商船が、自らの位置に関する不可解な異常を報告し始めた。船は概ね自らの位置を把握していたが、システムには全く異なる場所、多くの場合は陸地に位置しているように表示されていた。それ以来、ロシアに関連するAISの事件は加速している。2022年5月、米非営利団体C4ADSは、2016年2月以来、10ヵ所で1,311隻の民間船舶の航行システムに影響を与える干渉の疑いのある事例を9,883件確認している。
(4) 現在、GNSSとAISへの妨害はバルト海で増加している。加えて航行システムのデータに干渉が加えられれば、大きな混乱が生じることになる。2022年、デンマーク当局は、スウェーデンの南東に位置するデンマークのボーンホルム島と本土を結ぶフェリーで発生していた不可解なGPSの機能不全が、2台のトラックに搭載された妨害装置によるものだったことを発見した。「GNSSと全地球測位システム(以下、GPSと言う)の妨害は、ロシアが非常に得意とする分野の1つで、AIS欺瞞も彼らの利益にかなう行為」と、元Svenska marinen(スウェーデン海軍)の元司令官Anders Grenstad退役海軍大将は語っている。
(5) さらにNils Wang退役大将は「これは、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟と、人々が『NATO湖』と呼ぶものの設立に対するロシアの抗議の手段であり、彼らはNATOがバルト海を支配していても破壊活動ができるという合図を送っている」と述べている。船舶の実際の位置がレーダー上の表示と異なるため、衝突事故につながる可能性がある。事故が起こるのは時間の問題である。AISに対しての妨害はすべての船舶の航行を困難にするが、虚偽の情報を表示するAIS欺瞞は、他の船舶にとって真の危険をもたらす。
(6) 衝突は、すでに弱体化しているバルト海の海洋環境に被害をもたらすことになり、AIS欺瞞は、海洋の安全性を低下させることを目的としているとAnders Grenstad退役大将は言い、さらに「フェリーやクルーズ船が衝突すれば、人命が失われることにもなりかねない」と付け加えている。一方でNils Wang退役大将は次のように述べている。
a. 船長は熟練した専門家であり、他の船舶のレーダー位置に疑わしい点があることに気づくことが多い。
b. デンマーク海峡やバルト海のような交通量の多い海域では、GPSが機能しなかったり、レーダーや肉眼では確認できないAISの航跡が見えたりした場合、船長が混乱する危険性がある。
c. 何が起こっているのかを確認するために減速すれば、船舶の運航に遅延が生じる。
d. 電子機器に頼れない場合、使用せざるを得ない手動装置の操作に慣れている船員は少ない。
(7) GPSやAISに障害が発生すると遅延が発生する危険性が生じ、その後のすべての港で貨物の到着が遅れることになる。その結果、影響は船会社だけでなく、当該国にも経済的な損害が生じることになる。この脅威に対してできることは多くはない。なぜなら、NATOが軍事力を行使して電子妨害を罰することはありえないからである。また、カスピ海あたりにおいて、報復として同じような手段が取られることもない。バルト海での通信妨害は今後も続き、おそらくさらに拡大するだろう。これに海底ケーブルの切断などの破壊活動も加わっている。
(8) Anders Grenstad退役大将は、これらの状況について次のように述べている
a. 航行妨害に関しては、他の国々もロシアによるバルト海と黒海での実験に注目すべきである。
b. ロシアが得意としている分野であり、ロシアが始めたことであるが、中国やイラン、そして自らの活動を偽装することに利害関係を持つ他の国々にも広がるかもしれない。
c. 国際的な海上秩序にとって非常に危険なことである。
記事参照:The Baltic Sea’s Bad Actors

12月4日「米海軍、西太平洋における空母の配備を強化―フランスメディア報道」(Naval News, December 4, 2024)

 12月4日付のフランス海軍関連ウエブサイトNaval Newsは、“U.S. Navy Bolsters Carrier Presence in the West Pacific”と題する記事を掲載し、U.S. Navyが3隻の空母を西太平洋に展開し、空母の配備を強化しているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 米大統領移行期間や注目を浴びる台湾総統頼清徳の米国訪問に伴う懸念を背景に、西太平洋での海軍の展開を米国は強化している。中国はこれまで、米国と台湾の高官による会談に対応して軍事演習を実施しており、これらの行動は米国から激しい非難を受けている。
(2) 抑止力を高め、不測の事態に備えるため、U.S. Navyはニミッツ級空母3隻を西太平洋に配備した。これらの空母は全て、U.S. Navyの「2030年代の艦載航空部隊(2030s air wing)」構想に基づいた「先進的航空団(Advanced Air Wing)」を運用している。「未来の航空団(Air Wing of the Future)」としても知られるこの航空団には、第5世代戦闘機F-35C「ライトニングII」、新たに導入されたCMV-22B「オスプレイ」艦載輸送機、アップグレードされたE-2D「ホークアイ」早期警戒機、そしてEA-18G「グラウラー」電子戦機用に新たに納入された「次世代中間周波数帯域電子妨害(Next Generation Jammer、NGJ-MB)」電子戦ポッドが含まれている。
(3) 米空母「アブラハム・リンカーン」は12月に入って、U.S. Central CommandおよびU.S. Fifth Fleet担当作戦区域を離れ、西太平洋での配備を継続している。11月27日、「リンカーン」は予定されていたマレーシアのポート・クランへの寄港を終えて出港した。現在、「リンカーン」は南シナ海で3隻の護衛艦と1隻の補給艦を随伴して行動している。
(4) 2隻目の空母「カール・ヴィンソン」は、U.S. 7th Fleet担当作戦区域へ未公表の配備のために、11月18日にサンディエゴを出港した。「カール・ヴィンソン」の「第2空母航空団(以下、CVW-2と言う)」は、米海軍で初めてAIM-174B ALC(米国が保有する最長射程の空対空ミサイル)の運用を確認された部隊である。CVW-2は現在、U.S. Navyで最も技術的に進んだ航空団とされている。
(5) 3隻目の空母「ジョージ・ワシントン」は、最近、日本の横須賀への前方展開変更を完了した。ミサイル駆逐艦「ヒギンズ」と「マッキャンベル」が「ジョージ・ワシントン」とともに南米周航を行い、その後3隻全てが横須賀への前方展開変更を完了した。「ジョージ・ワシントン」は、Advanced Air Wingを運用する3隻目で最新のニミッツ級空母であり、第147戦闘攻撃飛行隊(以下、VFA-147と言う)を日本の米海兵隊岩国航空基地に配備している。VFA-147は、U.S. Navyで初の前方展開F-35CライトニングII飛行隊である。横須賀への前方展開変更に伴い、「ジョージ・ワシントン」はこれまでU.S. 7th Fleetの前方展開空母であった「ロナルド・レーガン」と交代した。
(6) これらの3隻の空母は、U.S. Navyで最も優れた空母航空団を運用しており、第5世代戦闘機やU.S. Navyが現在配備している最先端の兵器と技術を運用している。
記事参照:U.S. Navy Bolsters Carrier Presence in the West Pacific

12月5日「ハイブリッド戦争での明確性―シンガポール専門家論説」(Commentary, RSIS, December 5, 2024)

 12月5日付、シンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトRSIS Commentarayは、S. Rajaratnam School of International Studies (RSIS)のInstitute of Defence and Strategic Studies (IDSS)軍事研究プログラム研究員Ian Liの“Finding Clarity in the Fog of Hybrid Warfare”と題する論説を掲載し、ここでIan Liはハイブリッド戦争への対処は、ウイルス感染への対応に似ており、発見次第、積極的に封じ込める必要があるが、国家の健康を長期的に保証するには、脆弱性が確認された領域での免疫力を高めるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ハイブリッド戦争という用語は、2014年のロシアによるクリミア併合後に広く注目されるようになった。最近、バルト海で2本の海底光ファイバー通信ケーブルが切断された事件を受け、ロシアは再び欧米諸国に対してハイブリッド戦争を仕掛けていると非難されている。しかし、ハイブリッド戦争の詳細についてはあいまいな部分があるため、しばしば「グレーゾーン紛争」、すなわち戦争の引き金となる強制行動など、他の用語や概念と混同して使用されることがある。ハイブリッド戦をよりよく理解するためには、その特徴を特定する必要がある。
(2) ハイブリッド戦争という用語は2007年に、U.S. Marine Corpsの退役士官で元国防総省分析官Frank Hoffmanによって初めて広められた。Frank Hoffmanは、2006年のレバノン戦争におけるヒズボラの戦いぶりから、ヒズボラがIsrael Defense Forces(イスラエル国防軍)を妨害できたのは、ヒズボラの伝統的な非正規戦術とイランから供給された国軍に見られる戦闘能力が融合した相乗効果によるものと結論付けた。
(3) ロシアによるクリミア併合時の行動は、欧米の分析者からハイブリッド戦争と分類されることが多いが、ロシア自身はそうではなく、紛争の全領域にわたる様々な活動を包摂する「新世代戦争」(New Generation Warfare:以下、NGWと言う)という枠組みで活動している。NGWは直接的な軍事行動を排除するものではないが、非軍事的手段の使用に重点が置かれている。ハイブリッド戦は「軍事的および非軍事的、通常および非通常的な要素を効果的に、時には意外な形で組み合わせたもの」とNATOでは定義されており、サイバー作戦や情報作戦など、あらゆる手段を含む可能性がある。時を経て、この定義は修正され、通常戦力行使よりもグレーゾーンにおける閾値未満の行動の重要性をより重視するものへと変化した。この用語のあいまいな性質を踏まえると、ハイブリッド戦争には唯一決定的な解釈があるわけではないので、ハイブリッド戦争の適用については、それぞれの具体的な状況を考慮することが重要である。
(4) ハイブリッド戦争の最も特徴的な属性は、そのハイブリッド性である。ハイブリッド戦略は、さまざまな手段を組み合わせることで相乗効果を生み出すことを目指している。たとえば、情報戦により住民の防衛への関与を狙うことで、間接的に軍の戦場での能力を妨害できる可能性が発生する。ハイブリッド戦争においてハイブリッド性を強力にしているのは、今日の技術と世界的な相互接続性により、個々の手段間の連携が速度、規模、強度の面でかつてないほどに調整されるようになったことである。たとえば、ソーシャルメディアは、従来の通信手段よりも短期間でより幅広い大衆に情報を届けることを可能にするなど、大きな変革をもたらしている。したがって、ハイブリッド戦略は立案者の創造性によってのみ制限され、利用可能な手段の多様性によってその組み合わせの可能性は広がる。
(5) ハイブリッド戦争とは「戦わずして勝つこと」と言われる。確かに、ハイブリッド戦争と一般的に関連付けられる手段の多くは、戦争の基準値を下回る傾向にあり、軍事的な適用が不足しているという印象を与える。そのような主張は魅力的であるが、脅威の深刻さをあいまいにしてしまう。ハイブリッド戦争は戦争と平和の境界線をあいまいにするが、それはその境界線が厳格に引かれているからに他ならない。ロシアの戦略思想においては、戦争と平和の間に区別はないため、あらゆる行動が軍事化される可能性がある。したがって、その意図を理解することが重要となる。
(6) 現在のロシア・ウクライナ戦争が示すように、ハイブリッド戦争では従来の軍事力の行使が排除されるわけではない。ハイブリッド戦争の枠組みが非軍事的手段の影響の増大を浮き彫りにする一方で、軍事力は依然として弓の弦のように重要なものであることも示している。ハイブリッド戦略において軍の存在が目立たないとしても、それは意図的なものであり、軍が不在であることを意味するものではない。ハイブリッドによる戦争は、ハイブリッドな脅威に対して、軍が不可欠な最後の砦であることを我々に思い起こさせる。
(7) ハイブリッド戦争をその正体として認識することが常に可能とは限りらない。ハイブリッド戦争は氷山に例えられ、通常、影響が迫り、軍事力などの明白で決定的な手段が最終的に用いられる段階になって初めて認識される。しかし、その前に、グレーゾーンのあいまいな領域で水面下に活動するため、気づかれないまま、大規模で重要な秘密工作が展開されている可能性もある。したがって、ハイブリッド戦争への対処は、ウイルス感染への対処に似ている。その構成要素は、発見次第、積極的に対処して、封じ込める必要がある。そして国家の健康を長期的に保証するには、脆弱性が確認された領域で免疫力を高める必要がある。ウイルスが絶えず変異を繰り返すように、新たな脅威の媒介や新たな脆弱性に対しては、それに対応する免疫力を開発するために、絶え間なく監視する必要がある。さらに、ハイブリッド戦の手段が多様であることを踏まえると、対応は政府だけでなく、社会全体による手段に基づくものでなければならない。
記事参照:Finding Clarity in the Fog of Hybrid Warfare

12月5日「危険性が山積みのAUKUS、オーストラリアはフランスのSSNを代替として建造準備をすべし―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, December 5, 2024)

 12月5日付けのAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、退役した潜水艦専門家で元Submarine Institute of Australia会長Peter Briggsの“AUKUS risks are piling up. Australia must prepare to build French SSNs instead”と題する論説を掲載し、Peter BriggsはSSN - AUKUSは性能要目的にも、工期的にも問題があり、英断をもってフランスのシュフラン級SSNの導入に踏み切るべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリアの攻撃型原子力潜水艦(以下、SSNと言う)8隻を調達する現在の計画には常に欠陥があり、現在その危険性は積み重なっている。オーストラリアに展開する米英潜水艦の支援など、AUKUS計画のSSN運用面については計画を進めていくべきである。しかし調達については、AUKUSの下でSSN8隻を購入する計画を断念する覚悟が必要である。その代わりに、Marine nationale(フランス海軍)ですでに運用されているシュフラン級SSNをより多く導入するフランス・オーストラリア共同建造計画(joint Franco-Australian construction program)を開始すべきである。導入が2038年にも開始できるようにするためにシュフラン級SSNに切り替えるかどうかを2026年に決定する必要がある。
(2) AUKUS取得計画が成功したとしても、その能力は疑問視されるだろう。取得されるSSNは、2種類の改型バージニア級SSNと設計もされていないAUKUSに基づき建造されるSSN(以下、SSN-AUKUSと言う)を組み合わせたものになる。さらに、SSN-AUKUSは、業績不振の英国の潜水艦建造企業によってその一部が建造されることになる。
(3) 排水量が1万トンを超えるSSN-AUKUSは、オーストラリアの所要には大き過ぎる。その大きさのため、非探知の可能性が高くなり、建造・維持経費、乗組員数が増加する。
Royal Australian Navyはすでに、将来の所要を満たすために艦艇乗組員を確保できず、増員もできない。米バージニア級SSNや英国のアスチュート級SSNと同じような規模の乗組員を確保することはSSN-AUKUSでは非常に困難になるだろう。
(4) 英国の設計線表はまだ発表されておらず、合同設計チームも設立されていないようである。SSN-AUKUS計画はアスチュート計画と同様に遅れる可能性が非常に高い。
(5) SSNが8隻では、常時1隻か2隻の配備を維持するのには十分であっても、効果的な抑止力には不十分である。型式の異なる3艦種を運用することは乗組員の訓練の複雑となり、保守整備に関わる造船所の工員の技能の習熟にも時間を要し、サプライチェーンの課題をさらに増大させる。そして、この不十分な能力さえも実現する可能性はますます低くなっている。
(6) 最近のU.S. Navy Submarine League Symposium(米海軍潜水艦連盟シンポジウム)の報告によると、米国は潜水艦建造率の向上に失敗し続けている。8年以内にオーストラリアに引き渡されるバージニア級SSNブロックⅣの建造は、未だ契約が結ばれていない
(7) 米国の最優先の造船計画であるコロンビア級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦は、引き続き遅延に見舞われている。この状況は、U.S. Navyが最大限の努力を払ったにもかかわらず、オーストラリアへの売却用にバージニア級SSNを割愛することができない可能性が高まっていることを示している。当時の大統領は、法律で義務付けられているように、譲渡の270日前に米国の潜水艦戦力が低下しないことを認定することはできないだろう。一方、英国の潜水艦支援組織は、SSNを海上に出すのに困難を抱えている。
(8) フランスのシュフラン級SSNは、オーストラリアがSSNに切り替える前に購入しようとしていた通常型潜水艦設計の基となったものである。これは、オーストラリアのAUKUS問題に対する解決策を提供する。シュフラン級SSNは3隻がすでにフランス海軍に就役している。
(9) 水中排水量5,300トン、滞洋日数70日、魚雷またはミサイル24発、魚雷発射管4基、乗組員60名というこの潜水艦は、AUKUS潜水艦よりも建造および保守整備経費が安く、乗組員も少なくて済む。設計は柔軟で、対潜水艦戦に最適化されているが、対潜水艦および対水上艦攻撃の両方に使用できる魚雷と対艦巡航ミサイルによる優れた対水上艦戦能力も備えている。また、対地攻撃巡航ミサイル、機雷も搭載可能で、特殊戦部隊を乗艦させることもできる。シュフラン級は低濃縮ウラン燃料を使用し、10年ごとに燃料交換が必要であるが、燃料交換を簡素化するよう設計されている。
(10) 確かに、シュフランの設計には、バージニア級SSNやおそらくSSN-AUKUSのような兵器搭載量、ミサイル垂直発射システム、滞洋日数90日間はない。しかし、SSN-AUKUSが目指すものよりも、コリンズ級SSの後継艦として当初オーストラリアが求めていた要件にかなり近い。12隻のシュフラン級SSNを運用しても、AUKUS計画よりも少ない乗組員で済む。
(11) シュフランSSNに移行するとしても、U.S. NavyおよびRoyal Navyと取り決めたSSN訓練計画を継続すべきである。また、オーストラリアのSSNだけでなく西オーストラリアに輪番で展開してくる米英のSSNを支援する中間修理施設の設立を進めなければならない。
(12) AUKUS 取得計画に関しては、フランスと共同でシュフランSSNを建造する準備を今から始める必要がある。オーストラリアは、米国が最終的にバージニア級SSNを調達できないと言うのを待つことはできない。設計の変更が必要な場合は、アタック級SSで行った作業、特に米国の戦闘システムとオーストラリアの基準の組み込みに戻ることができる。
(13) 困難で、挑戦的で、政治的に勇気がいる?確かにそうだ。しかし、AUKUSの下でSSN を時間どおりに取得することは、それほど不可能なことではない。
記事参照:AUKUS risks are piling up. Australia must prepare to build French SSNs instead

12月5日「中国はリアム海軍基地を必ずしも必要としていない―オーストラリア東南アジア専門家論説」(The Interpreter, December 5, 2024)

 12月5日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、同Institute東南アジア研究班研究員Abdul Rahman Yaacobの“Location, location, location: Why Ream Naval Base is not the real estate China needed”と題する論説を掲載し、Abdul Rahman Yaacobはカンボジアのリアム海軍基地の改修を中国が進めていることについて、従来言われている南シナ海への戦力投射や台湾有事における足がかりという目的は疑わしいとして、要旨以下のように述べている。
(1) ある海軍基地が戦力投射のために有用かどうかを決定付けるのは、その地理的位置である。南シナ海など戦略的な航路に近いのが理想的である。それでは、カンボジアのリアム海軍基地はどうだろうか。
(2) リアム海軍基地は、2019年7月、カンボジア政府が中国にその基地の排他的使用権を与えたという報道があってから、論争の的となっている場所である。2020年に、リアム基地に存在した米国が建設した基地を破棄し、中国が同基地の改修作業を始めたことで、その疑惑は深まった。
(3) リアム海軍基地を取り巻く中国の意図についてさまざまな推測がなされた。1つの見方は、その基地が南シナ海を扼し、南シナ海に戦力を投射するための足場を与えるというものである。台湾有事において、リアム海軍基地が活用される可能性も指摘されている。実際にどちらの可能性もある。衛星写真によれば、リアム海軍基地に新たに建設された桟橋は、ジブチの中国海軍基地の桟橋に似ており、空母を収容するためではないかという憶測もある。
(4) 筆者(Abdul Rahman Yaacob)は5月、リアム海軍基地に関する研究のためにカンボジアで現地調査を行い、カンボジアおよびタイやベトナムなど周辺諸国のさまざまな関係者達から聞き取り調査を行った。その研究はPartnership of convenience: Ream Naval Base and the Cambodia–China convergenceとしてLowy Instituteから公開されている。調査の結果、リアム海軍基地は、東南アジアに戦力を投射するという中国の目的にとって、あまり有用ではないと結論付けた。
(5) 根拠は、その地理的位置にある。タイ湾に位置するリアム海軍基地は、マラッカ海峡から南シナ海へと至る航路から離れている。また周辺の海域は浅く、しゅんせつ工事をした後でも8m~11mの深さしかない。したがって、空母や駆逐艦などの収容にはさらなる工事を進め、水深を維持する必要がある。
(6) 東南アジアへの戦力投射という意味では、中国が南シナ海に建設してきた人工島のほうがずっと有用である。実際に、リアム海軍基地の改修工事が始まる前から、中国はこの目的のために人工島を活用してきた。また米専門家Gregory Pollingは、2020年に人工島の方がリアム海軍基地よりも大きな脅威と見ており、これはベトナム政府関係者の意見とも一致する。
(7) 台湾侵攻の足がかりとしてリアム海軍基地が利用されるという主張も、同様に説得力を欠く。台湾はリアム海軍基地からかなり離れているため、部隊を早急に配備し、補給と増強を維持するための基地としては、海南島などのほうが有用であろう。それでは、中国がリアム海軍基地を改修する動機はなにかというのが、上述した論考の主題である。
記事参照:Location, location, location: Why Ream Naval Base is not the real estate China needed

12月5日「U.S. Department of Defenseの新しい逆さ北極地図―米国専門家論説」(The Arctic Institute, December 5, 2024)

 12月5日付の米NPO The Arctic Instituteのウエブサイトは、米University of ConnecticutのDepartment of Geography 調査研究員でInstitute of the North北極圏の安全保障担当上席研究員Barry Scott Zellen博士の“The Pentagon’s New (Upside Down) Arctic Map”と題する論説を掲載し、ここでBarry Scott ZellenはU.S. Department of Defenseの新たな北極戦略は、事実上、北極圏を米欧と中ロという2つの競合する陣営に分断する危険なものであり、紛争の利益よりも協力と安定の利益の方がはるかに大きいため、米国の北極戦略は従来の国際協調を基調とするものに戻るべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年6月21日に発表されたU.S. Department of Defenseの北極戦略2024年版において、北極における協力に対する米国の再調整された取り組みは継続しているようである。2016年以降、北極圏における国際関係がさらに二極化しており、特に欧州ではロシアとウクライナの戦争が3年目に突入し、収束の兆しがほとんど見られず、NATOとロシアの間で冷戦が再燃し、激化し続ける中、北極圏における協力に対する米国の取り組みはますます同盟中心のレンズを通して捉えられるようになっていると我々には見える。U.S. Department of Defenseの北極戦略は、「気候変動と地政学的環境の変化」によって共同で推進される「新たな戦略的アプローチ」と自称している。しかし、実際には、U.S. Department of Defenseは、1991年以降のソフトパワー・アプローチから2016年以降のウェストファリア体制のようなハードパワーの勢力均衡の状態の復活という戦略的な転換を図り、2022年の北極地域国家戦略(以下、NSARと言う)で示された軌道を進んでいる。
(2) 一方、中国が2018年に独自の北極戦略を発表して以来、新たな展開が続いている。ロシアの復活に関する米国の10年にわたる明確な懸念と並んで、U.S. Department of Defenseの新たな北極戦略では、中国の北極圏への野心、能力、存在感に対する懸念が高まり、今や中国に関する事項が新たな北極戦略の主題に躍り出ている。中国は、これまでも、そしておそらく将来も決して北極圏の国にはならないであろう。北極戦略の2024年版の要約で明確に述べられているように、これらの懸念の高まりは、北極圏政策よりも一般的に中国が世界の大国として台頭していることを反映している。その要約には「この戦略を実施することで、U.S. Department of Defenseは、国土防衛を強化し、米国の利益を保護し、北極圏の同盟国や提携国との相互運用性を向上させる取り組みと連携しながら、U.S. Armed Forcesの兵力組成、ドクトリン、戦略等を決定する世界規模での要因としての中国に焦点を当て続けることで、この地域の望ましい最終状態を達成できるようになる」と書かれている。
(3) 米国の北極戦略2024年版における中国の位置付けは、2013年のNSARで米国の優先事項の首位であった気候変動の危険性への対処と軽減などの米国の北極政策の伝統的な(そして多くの北極圏の住民にとってはより差し迫った)課題よりも上位にある。それは問題である。なぜなら、それらの伝統的課題は北極に関する研究者のMihaela Davidが2013年のNSARに関してInstitute of the Northのウエブサイトで指摘したように、2009年の北極戦略の改訂後、古い東西の分断を越えた北極圏の統一という以前の思考によって、北極圏の友人や同盟国との協力的な提携を通じて、特に熱意を持って検討されてきた重要な課題だからである。一応、2024年の北極戦略でも「領域認識と北極圏の能力を強化することにより、北極圏における米国の利益に対する危険性を効果的に管理し、統合抑止を構築する米国の能力を強化する」ことを目的とし、「同盟国、提携国、主要な利害関係者との関与、そして、秩序正しく整った存在感を発揮する」と書かれており、以前の米国の北極圏戦略と同様に、この多様な利害関係者には「提携国、米連邦、州、地方、部族、準州の機関・政府、産業・政府間組織、そして非政府組織」が含まれるとは書かれている。
(4) 米北極戦略2024年版は、北極圏の同盟国との協力に対する米国の継続的な関与を改めて表明する一方で、北極圏を事実上、2つの新しく競合する陣営に分断するものである。この長い間統一をめざした北極圏戦略からの分岐は、最大の危険をもたらすであろう。北極圏の地政学専門家であるLassi Heininenが最近、北極圏ジャーナルへの「北極圏の平和と安定の再考:憶測からコミットメントの再確認への移行」という論説において、「(NATOと同盟関係にある)北極圏の7ヵ国が、ロシアはもはや信頼できる提携国ではないという考えを共有しているかもしれないが、それでもなお協力と安定の利益は紛争の利益よりもはるかに大きいという否定できない認識をロシアと共有している。その結果、北極圏は世界の他の多くの地域とは異なり、まだ武力紛争、戦争、蜂起が起きていない」と述べている。我々は、中国についてもロシアと全く同様に「協力と安定の利益は紛争と対立の利益よりもはるかに大きい」と認識する必要がある。
(5) 西側諸国は、気候変動、環境リスク、その他近代化世界の多くの脅威から北極圏(及び人類)を救うという重要で包括的かつ協力的な事業に戻ることができる。それらの事業は、U.S. Department of Defenseの再調整された北極戦略の最新版で完全に無視されたわけではないが、ますます優先順位が下がっている。西側諸国は、誇張された脅威から自国の利益を守るためのウェストファリア体制のようなハードパワーの勢力均衡を図るような取り組みにより、現実的で複雑な課題から、過度に単純化され、誇張された脅威へと注意が向けるようになってしまった。これを逆転させるには、多くの努力が必要であり、より微妙で柔軟で創造的な外交的取り組みが必要になる。北極圏の環境と気候の専門家であるEd StruzikもInstitute of the Northのウエブサイトで「北極圏は長い間、楽観主義と国際協力のひな型であった。その状態を維持するためには多くのことを行う必要がある」と述べている。
記事参照:The Pentagon’s New (Upside Down) Arctic Map

12月6日「バルト海での事件から海底ケーブルの安全に関する注意喚起―インド専門家論説」(Observer Research Foundation, December 6, 2024)

 12月6日付のインドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、同Foundation上席研究員で元海軍士官のAbhijit Singhの“A Reminder from the Baltic on securing undersea cables”と題する論説を掲載し、ここでAbhijit Singh は最近バルト海で海底ケーブルが切断されるという事件が起きたが、インドのとっても海底ケーブルの安全は極めて重要な課題であり、その保護のためには法改正、技術投資、国際協力を組み合わせた多面的な取り組みを早急に確立することが必要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 最近のバルト海の事件で海底ケーブルの安全が脚光を浴びている。2024年11月末、フィンランドとドイツを結ぶ光ファイバーケーブルとリトアニアとスウェーデンを結ぶ光ファイバーケーブルが切断され、重大な通信障害を引き起こした。フィンランドとドイツは、共同声明でこの事件を認め、破壊工作の可能性を示唆した。フィンランドとドイツとのケーブルに損傷を与えたのは中国籍船と考えられて、展開する物語に陰謀の要素が付け加えられた。また、ロシアの調査船がアイリッシュ海の海底ケーブルやパイプラインの近くで発見されて、意図的なハイブリッド攻撃の懸念が高まった。ロシアがウクライナで戦争を続け、地政学的な緊張が高まるなか、大西洋両岸の国々の戦略に携わる集団の懸念はもっともである。海底ケーブルは世界の通信の目に見えないライフラインであり、インターネットのバックボーンであるが、その重要性にもかかわらず、大部分が保護されておらず、偶発的な損傷や意図的な破壊工作に対して脆弱である。バルト海の事件は、その脆弱性をはっきりと思い起こさせ、この不可欠な公共基幹設備に対する危険性が増大していることを浮き彫りにした。
(2) これらの事件が広範なハイブリッド戦略の一部かもしれないという疑惑の裏付けには綿密な調査が必要である。海底ケーブルを切断することは、決して容易なことではない。浅瀬ではケーブルは偶発的な損傷から保護するために海底の下に埋められているが、深海ではケーブルには容易に到達することはできない。ケーブルを意図的に切断するには、特殊な機器、ケーブルのルートに関する正確な知識、深海の過酷な条件下での運用能力が必要である。それは、巨大な水圧と完全な暗闇の中で機器を運用することを意味し、高度で高価な技術を必要とする作業である。ロシアや中国のような国家は、そのような作戦を実行するための専門知識と装置を持っているが、重大な挑発に直面し、明確な戦略的見返りが保証されない限り、そのような手段に頼る可能性は低いであろう。
(3) 国家によるケーブル切断の可能性は、特に影響を受ける国が交戦国でない場合、潜在的な報酬があまりにも不確かであるため、しばしば誇張されている。海底ケーブルの切断は、露見や報復などの重大な危険性を伴う作戦である。そのような行為に関与した場合の影響は、潜在的な利益を上回ることがよくある。さらに、非交戦国の通信ネットワークを混乱させることは、世界の経済システムを不安定化させる危険性があり、破壊工作者自身の利益を損なう可能性もある。当然のことながら、近年の海底ケーブル切断の最も一般的な原因は、錨を引きずることや漁業活動である。2024年3月、紅海で起きた事件は、当初、イエメンのフーシ派のせいにされていたが、商船への攻撃で引きずられた錨が原因だったことが判明した。重要なのは、最も意図的なケーブル切断事故のほとんどが、意図を証明することが課題であるということである。偶発的な損害とは異なり、破壊工作は決定的な痕跡をほとんど残さないため、直接的な証拠がなければ原因を特定することは困難である。これは、破壊工作の可能性を軽視しているのではなく、決定的な結論を導き出す前に慎重な調査が重要であることを強調しているのである。
(4) バルト海の事件はインドに重要な教訓をもたらしている。広大な海岸線を持ち、インド洋の戦略的な位置にあるインドは、海底ケーブルに大きく依存している。しかし、それらの資産を保護するための国の取り組みは、心配なほど杜撰である。法律や規制の緩さに加え、管轄権のあいまいさが相まって、インドの周辺海域の海底ケーブルは脆弱なままになっている。2023年6月にTelecom Regulatory Authority of India(インド電気通信規制庁)が勧告したにもかかわらず、海底ケーブルは未だに重要基幹設備として正式に指定されておらず、インドの領海や排他的経済水域におけるこの件に関する法執行組織は依然としてぜい弱である。ケーブル保護の責任を引き受けることに消極的なのはインドだけではない。アジアとアフリカの多くの沿岸国は、海底ケーブルの保護に同様の自由放任主義の取り組みを採用している。この態度は、多くの場合、システムの問題に起因しており、地方の政府機関は重要な海底基幹設備を保護するための経費と複雑さを回避し、安全と修理を民間の業者に任せる傾向がある。しかし、このような自由放任主義で干渉しない取り組みには長期的な視野はない。主要なケーブルが失われた場合、インターネットサービス、金融システム、さらには軍事通信に深刻な混乱が生じる可能性がある。中国がインド洋での力の展開を拡大し、重要な基幹施設を調査するなか、インドは自己満足している余裕はない。調査船団を含む中国海軍および海警総隊の艦船の活動の増加は、ヨーロッパ海域で観察された様式と呼応している。これらの艦船は、科学調査船として考えられていることが多いが、重要な基幹設備の位置を特定し、破壊工作を準備している可能性があると広く疑われている。ヨーロッパの海で起きた事故との類似性を見過ごしてはならない。
(5) 最後に、海底ケーブルの保護には、法改正、技術投資、国際協力を組み合わせた多面的な取り組みが必要であることを認識しなければならない。インドは、海底ケーブルを重要な基幹設備として正式に認めるだけでなく、国際基準に合わせて国内法を改正しなければならない。また、高度な監視システムに投資し、ケーブルルート付近の異常な活動を検知する提携国の能力を活用すべきである。インドにとって、このことの重要性は極めて高い。インドがデジタル大国、海洋大国としての地位を確立することを目指すためには、世界に跨がる通信の動脈を保護することは国家の優先事項として扱われなければならない。問題は、ケーブルが切断されるかどうかではなく、そのような事件が起こったときに我々がその対応の準備ができているかどうかである。
記事参照:A Reminder from the Baltic on securing undersea cables

12月6日「金門島と馬祖島周辺における中国海警総隊の新たな常態―米専門誌報道」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, December 6, 2024)

 12月6日付けの米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは“A New Normal for the China Coast Guard at Kinmen and Matsu”という記事を掲載し、台湾が金門島および馬祖島周辺における進入制限水域を維持したいのであれば、海巡署を拡充せざるを得ないだろうが、それは意図せぬ形で事態を拡大する可能性も高まるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 金門・馬祖諸島は中国本土に近いため、台湾政府と中国政府の間の摩擦が頻繁に生じる場所となっている。特に緊張感の高まった出来事は、2月14日に起きた台湾が実効支配する金門島周辺の進入が制限される海域に中国側モーターボートが進入した事件である。モーターボートは台湾の海巡署(以下、CGAと言う)の船による検査に応じず、逃走を図り、両船は衝突した後、モーターボートは転覆した。この事件では中国籍の2名が死亡した。そして、中国政府は2月18日、金門島および台湾のその他の海域での中国海警総隊(以下、CCGと言う)による哨戒を強化すると宣言した。それ以来CGAは、CCGの船舶が金門島および馬祖周辺の進入禁止海域に侵入した事例を多数報告している。
(2) 2月14日の事件と中国政府の対応により、台湾の「進入禁止海域」と「進入制限海域」に注目が集まった。1992年に制定された台湾の台湾地区住民と大陸地区住民の関係を規定する「海峡両岸関係条例」第29条では、台湾周辺の禁止海域および制限海域を定義しており、「中国本土の船舶および航空機が許可なく立ち入ることを禁じ、違反者を排除または拘束するためのあらゆる必要な防衛措置」を承認している。これに対応する境界線は、1993年に台湾国防省が発表したもので、その禁止海域と制限海域は、低潮線からそれぞれ12海里と24海里と定められ、これは、UNCLOSで定義された領海と接続水域の範囲に相当する。なお、金門島と馬祖列島(および南シナ海のイトゥアバ島)周辺では、それよりも狭い境界が設定されている。中国本土は、この禁止水域や制限水域を公式に認めたことは一度もないが、台湾の行政院大陸委員会は、両国は境界設定以来、暗黙のうちにその境界を順守してきたと主張している。
(3) Asia Maritime Transparency Initiativeは、2020年5月から2024年9月までの期間に、金門・馬祖諸島周辺の制限海域および禁止海域で活動していたCCGの船舶から発信されたAISデータを分析した。その結果を以下に示すが、これらの数値はあくまでも基礎となる値であり、実際の進入回数はこれよりもはるかに多いと推測される。
a. 位置情報を送信したCCGの船舶は合計156隻で、進入回数は合計2,012回だった。2020年に中程度の値から始まり、2022年に急激に落ち込み、2023年に回復し、2024年に頂点に達している。
b. 最も多くの進入が確認されたのは2024年3月で、これは2月14日の事件を受けて中国が哨戒を強化したという声明と一致している。最も少ない進入は2022年6月で、この期間は、台湾と中国の間の緊張が高まっていたにもかかわらず、中国の哨戒は台湾の離島ではなく、おそらくは台湾の防空識別圏への航空機侵入に重点が置かれていたことを示唆している。
c. CGAは2024年に台湾の島々で平均して週に13回の進入に直面した。これは2022年の3倍以上であるが、2020年の週平均11回をわずかに上回る程度である。
(4) 金門および馬祖島周辺における海警船の現時点での最高値は、おそらく過去最高である。報告によると、CCGの活動の性質も変化している。5月には、過去最多の11隻の中国公船が金門島周辺の海域に同時に進入し、そのうちの何隻かは中国の漁船と海上演習を行なった。また10月には、台湾封鎖を想定した中国軍の演習の一環として、CCGの船が制限水域である馬祖島周辺に進入している。台湾が航行禁止・制限海域の体制を維持したいのであれば、台湾政府はCGAの資源を拡充せざるを得ないだろうが、沿岸警備隊同士の遭遇が頻繁になれば、意図せぬ形で事態が拡大する可能性が高まることは避けられない。
記事参照:A New Normal for the China Coast Guard at Kinmen and Matsu

12月10日「私たちが生きている間に壊滅的海面上昇が起こる可能性がある―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, December 10, 2024)

 12月10日付のAustralian Strategic Policy Instituteのウエブサイトは、同InstituteのClimate and Security Policy Centre気候変動解析員Isabelle Bond の“Catastrophic sea level rise possible within our lifetime? Yes, here’s how”と題する論説を掲載し、ここでIsabelle Bond は全世界が海面上昇による壊滅的危機が迫っていることを認識し、気候専門家の助言に耳を傾け、温暖化による危機対処の戦略計画を策定・実行する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 11月にホバートで開催された第1回Australian Antarctic Research Conference(オーストラリア南極研究会議)において、300人以上の科学者が共同緊急声明で、「急速かつ壊滅的な海面上昇を引き起こす氷の暴走は、我々が生きている間に起こりうる」と発表した。「南極東部の氷床だけでも、世界の海面を約5m上昇させるのに十分な水が蓄えられている」と科学者たちは述べている。Intergovernmental Panel on Climate Change(気候変動に関する政府間委員会:以下、IPCCと言う)が発表した海面上昇予測は、温室ガスの排出削減が最良時の見積りで今世紀末までの平均上昇幅を40cm、最悪では70cmとしているが、これに比べ、共同声明はかなり深刻である。この食い違いは、温暖化の影響を悪化させる結果を自動的に再投入させる循環回路(positive feedback loop:以下、ポジティブ・フィードバック・ループと言う)によるものである。この過程は複雑過ぎて、現在の地球気候のひな型に完全には組み込まれておらず、海面上昇予測に反映されていない。海洋氷床や氷崖の不安定性等、温暖化のポジティブ・フィードバック・ループについて、気候の専門家が政府や関係機関に助言し、危機が適切に管理されなければならない。
(2) オーストラリア国民の約半数が海岸から7km以内に住んでいることを考えると、氷の急激な減少がオーストラリアの安全保障に与える影響は計り知れない。ちなみに、シドニーの平均海抜は53m、メルボルンは49m、パースは2m等である。これらの都市に住めなくなるのは、ほとんどが直接的な浸水によるものであるが、高潮や浸食による海岸線の後退によるものもある。海面が1cm上昇すると海岸線は平均1m後退するため、海面が50m上昇すると海岸線は数キロ後退することになり、オーストラリアで最も人口の多い都市が、深刻な窮地に立たされる。また、アジアには世界最大の沿岸人口がいることを考えれば、その影響は極めて重大である。
(3) IPCCが述べているように、海洋氷床・氷崖の不安定化による急速かつ不可逆的な氷の減少は、「南極氷床の崩壊につながる」可能性がある。海洋氷床の不安定化は、主に氷床と海底が接する接地線の後退によって生じる。氷床の接地線の多くは高い位置にあり、その背後では氷床の重さで盆地状になった陸地が「逆勾配」で下がっている。このような接地線の氷が暖かい海水にさらされ、融解すると2つの重要なことが起こる。第1に接地線が後退斜面を下るにつれて、氷床が海に露出する表面積が大きくなる。第2に、新たに後退した接地線の上にある氷は厚く重いため、より大きな圧力がかかり、氷の融点が下がって、融解が加速される。こうした現象が重なると、氷の融解量が加速するにつれて、ポジティブ・フィードバック・ループが形成されることになる。
(4) 海氷崖の不安定化は、棚氷の崩壊によって引き起こされる。棚氷とは、陸地の氷が海に流れ込んでできる氷床の浮遊延長部で、水面に浮かぶ大きな氷の「舌」を形成する。これらの棚氷は壁の役割を果たし、氷床の海への流れを遅らせているが、温暖化によってこの壁の役割が弱まったり、取り除かれたりすると氷床の海への流出が加速する。さらに、棚氷の後退は、より高い氷の崖を露出させ続け、ポジティブ・フィードバック・ループを引き起こし易い。棚氷の保護効果がなければ、氷床はより大きな波のエネルギーを受け、氷の損失が加速される。
(5) 複雑な氷床の力学を気候のひな型に組み込むことができないために、予測に盲点が生じ、IPCCの海面上昇予測と気候専門家の警告との間に前述のような食い違いが生じている。11月に公表された警告は、ここ数十年間に観測された南極氷床の予期せぬ崩壊とその質量の加速度的な減少に合致している。気候のひな型は、過去との関連で平均的な変化を予測するには適しているが、気候変動に起因する複雑な事象を予測するには役に立たない。気候への備えを、統計的証拠だけに委ねるのは不十分で、危険でもある。また、戦略上の公理の1つである「相互作用の重要性」を無視することになる。
(6) 海面上昇が暴走した場合に適応性と柔軟性を確保するには、気候の専門家による継続的予測が必要である。物理的知識や専門性をないがしろにして統計的証拠に過度に依存すると、海洋氷床や海洋氷崖の不安定化といったポジティブ・フィードバック・ループの過程の閾値を超えても、それを認識・対処しないまま放置する恐れがある。本当に危険なのは、既に閾値を越えてしまった可能性があることである。
記事参照:Catastrophic sea level rise possible within our lifetime? Yes, here’s how

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) The Future Battlefield is Melting: An Argument for Why the U.S. Must Adopt a More Proactive Arctic Strategy
https://www.thearcticinstitute.org/future-battlefield-melting-argument-us-must-adopt-more-proactive-arctic-strategy/
The Arctic Institute, December 3, 2024
By Sydney Murkins is a United States Marine and Foreign Area Officer who is currently based out of the U.S. Embassy, Oslo.
 2024年12月3日、在オスロ米国大使館に勤務するU.S. Marine Corps海外地域担当士官Sydney Murkinsは、米NPO The Arctic Instituteのウエブサイトに“The Future Battlefield is Melting: An Argument for Why the U.S. Must Adopt a More Proactive Arctic Strategy”と題する論説を寄稿した。その中でSydney Murkinsは、ロシアはウクライナ侵攻後、北極の軍事力を強化し、また中国も「近北極国家」を自認して、資源開発や海路の利用を通じて影響力を拡大しているが、2024年の「米国北極戦略」では、「監視と対応」という受動的取り組みが採用されており、これでは対応策として不十分であると指摘している。そしてSydney Murkinsは、米国はNATOの支援を進めながら北欧諸国との協力を深める必要があるが、今後は、NATOの統合的な防衛戦略を活用しつつ、北極地域での資源保護、軍事的即応体制の強化、同盟国との協力などをさらに深化させる必要があり、これにより、米国はインド太平洋への注力を損なうことなく、北極でもロシアと中国の覇権を抑制する戦略を実現できると主張している。
 
(2) America is Not Prepared for a Protracted War
https://warontherocks.com/2024/12/america-is-not-prepared-for-a-protracted-war/
War on the Rocks. December 4, 2024
By Lt. Gen. David W. Barno, U.S. Army (ret.), Professors of Practice at the Johns Hopkins School of Advanced International Studies
Dr. Nora Bensahel, Professors of Practice at the Johns Hopkins School of Advanced International Studies
 2024年12月4日、米Johns Hopkins School of Advanced International Studiesの実務家教員 David W. Barno退役米陸軍中将と同じく実務家教員Nora Bensahelは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“America is Not Prepared for a Protracted War”               と題する論説を寄稿した。その中で両名は、ウクライナ戦争を通じて、米国が中国、ロシア、北朝鮮、イランなどの複数の強敵と同時に対峙する可能性が明らかになったが、現行のU.S. Armed Forcesは一度に1つの戦争を想定しており、多正面の紛争が発生した場合、兵力不足の危険性が高いと指摘した上で、具体的理由として、①動員面では、志願制部隊では長期戦に対応できず、予備役の活用や徴兵制の復活が検討されているが、政治的な課題を伴うと同時に、兵士の訓練施設は2ヵ所に減少しており、大規模な戦時動員の支援体制が不十分である。②物流面では、U.S. Armed Forcesはサイバー攻撃に脆弱な商業基幹施設に依存しており、現地調達を支援する計画が提案されているが、抜本的な解決には至っていない。③防衛産業基盤も問題を抱えており、155mm榴弾砲の弾薬供給が不足しているため、これに対し、弾薬の生産能力を増強する努力が続けられているが、長期戦の需要を満たすには不十分であり、同盟国との協力が求められている。④本土防衛では、被害対応の支障が指摘されているほか、北朝鮮の弾道ミサイルや中国の極超音速ミサイルの脅威が増す中で、サイバー攻撃による基幹施設の機能不全の危険性も深刻であることを挙げている。そして、最後に両名は、これらの課題を克服するには、動員計画の更新、物流の強化、防衛産業基盤の改善、本土防衛の強化が必要であり、迅速な改革がなされなければ、将来の戦争における米国の優位性は保証されないと主張している。
 
(3) The Overlooked Trend in China’s Military Violations of Taiwan’s ADIZ
https://thediplomat.com/2024/12/the-overlooked-trend-in-chinas-military-violations-of-taiwans-adiz/
The Diplomat, December 7, 2024
By Dr. Cheng-kun Ma(馬振坤), professor at the Graduate Institute of China Military Affairs Studies, National Defense University, ROC (Taiwan)(台湾国防大学中共軍事事務研究所教授), and the director of the Research Project on China's Defense Affairs (RCDA)
K. Tristan Tang, a research associate at the Research Project on China’s Defense Affairs (RCDA)
 2024年12月7日、台湾国防大学中共軍事事務研究所教授の馬振坤と台湾シンクタンクChina's Defense Affairs研究助手K. Tristan Tangは、デジタル誌The Diplomatに “The Overlooked Trend in China’s Military Violations of Taiwan’s ADIZ”と題する論説を寄稿した。その中で両名は、①中国軍が台湾の防空識別圏(ADIZ)に侵入する事例の政治的意味合いに注目が集まっている一方で、統合戦闘即応哨戒(joint combat readiness patrols)については見過ごされてきた。②中国の公式声明によると、統合戦闘即応哨戒は、複数の軍種間の統合作戦能力を評価することを目的としている。③台湾国防部による統合戦闘即応哨戒の情報を基に、2023年と2024年の6月から11月までの期間を比較すると、いくつかの傾向が明らかになっている。④中国軍の航空機の中間線越えの平均割合は、2023年6月から11月では51.9%だったが。2024年の同期間では73%に上昇している。⑤統合戦闘即応哨戒の実施回数は減少しており、参加する中国軍の艦艇、航空機の平均数は大きく増加していない。⑥しかし、1回の哨戒における中間線を越える中国軍の航空機の平均数は大幅に増加した。⑦2024年の1日の平均出撃数は過去2年間と比較して大幅な増加は見られない。⑧中国軍の航空機が中間線を越える1日の平均出撃回数、中間線を越える航空機の1日の平均割合、そして艦艇の1日の平均数は増加している。⑨中国軍は2023年6月以降、7回の夜間統合戦闘即応哨戒を実施しているが、その時宜が明確な規則性に従っていない。⑩中国軍の台湾周辺での作戦能力が限界に達している可能性がある。⑪それでもなお、中国軍は出撃計画を調整し、台湾への侵入を柔軟に増加させる可能性があるといった主張を述べている。
 
(4) China’s Global Maritime Ambitions 10,000 Miles Beyond Taiwan
https://www.usni.org/magazines/proceedings/2024/december/chinas-global-maritime-ambitions-10000-miles-beyond-taiwan
Proceedings, U. S. Naval Institute, December 2024
 2024年12月、The U.S. Naval Instituteが発行する月刊誌Proceedingsは、ウエブサイト上に" China’s Global Maritime Ambitions 10,000 Miles Beyond Taiwan "と題する論説を公表した。その中では、中国の海洋戦略は、台湾や南シナ海を超えて世界的な海洋支配を目指す長期的な構想を伴うものであるが、中国共産党は、2050年までに「世界一流の軍事力」を構築する目標を掲げ、海軍の世界的展開を積極的に推進し、中国の「一帯一路」構想の一環として、アフリカ、南米、中東の港湾施設における商業的展開を拡大しており、これらの港湾が将来的に軍事拠点に転用される可能性を指摘している。また、中国の海洋戦略は、Alfred Thayer Mahanの海軍戦略理論に基づいており、海外の拠点から作戦を実施する能力を強化し、海上輸送路と要所(チョークポイント)を抑えることを目指しており、このためU.S. Navyは自国の沿岸部で防衛を強いられ、世界に跨がる制海権の喪失が懸念されている。さらに、中国は、孫子の軍事戦略における「正」と「奇」の概念を海洋領域において体現しているとし、対艦弾道ミサイルや南シナ海の人工島を使った「正」の戦術と、世界各地の港湾施設を活用した「奇」の戦術を組み合わせ、米国に対する包括的な戦略的優位を確立しようとしていると分析している。最後に、これに対抗するため米国は、単なる台湾防衛を超えて、地球規模での戦略の見直しが必要であるとし、特に、中国の造船能力が米国の232倍であることを考慮すると、米国は海軍力の増強と同盟国との協力を強化する必要があると主張している。