海洋安全保障情報旬報 2024年11月21日-11月30日

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11月21日「制裁とロシアの北極圏への野望と中国の要因の関係―米学生論説」(The Arctic Institute, November 21, 2024)

 11月21日付の米NPO The Arctic Instituteのウエブサイトは、Georgetown UniversityのWalsh School of Foreign Serviceの学生Isha Raoの“Sanction-Proof? Russia's Arctic Ambitions and the China Factor”と題する論説を掲載し、ここでIsha Raoは西側諸国がロシアの侵略に対抗する必要性と地球規模の気候、環境、経済システムにとって重要な対話と協力を維持することを比較検討しなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 西側諸国がウクライナへの全面侵攻を受けてロシアに制裁を課した時、各国政府はロシアの北極圏エネルギー計画は次第に停止すると予想していた。しかし、実際にはロシアの北極圏への野望は生き残っているだけでなく、主に中国との提携の深化のおかげで逆に進化している。このロシアの強靭性は、ロシアが北極圏の資源を戦略的に重要視していることと相互に複雑に接続されている世界経済において制裁の限界が増していることを浮き彫りにしている。
(2) ロシアの北極圏LNG 2液化天然ガス計画は、ロシアの優先事項と適応性を示す完璧な例である。Novatek社は、北極圏での取り組みを牽引しているロシア第2位の天然ガス会社であり、西側の制裁措置によりBaker Hughes社を経由した西側のガスタービン用燃料の輸出が遮断された時、すぐに中国の哈爾浜広瀚燃気輪機有限公司に軸足を移した。Novatek社は、成功したヤマルLNG計画からの利益を使用して北極圏 LNG 2への資金提供を継続し、計画を外部の金融制限から隔離するのに役立つ内部資金調達機構を作り出している。ロシアは西側の制裁により、韓国で製造された耐氷性能Arc7の LNG船の建造と引き渡しが遅れており、北極圏からのLNG輸送が困難になっている。しかし、ロシアはヤマルLNGの既存の貨物船を最適化し、2026年までに計画を完了するために瀬取り輸送を使用する予定である。ロシアは、基幹設備の試運転から海運まで、さまざまなサービスを提供するために、多用途の輸送方法に頼ることができる。
(3) ロシアの北極圏エネルギー戦略の中心はRosatomである。Rosatomは、西側の制裁をほぼ回避し、北極圏のLNG 2計画に支援を提供する基幹施設を委託されている。Rosatomの北極圏のエネルギー開発における役割は、原子力という専門分野をはるかに越えており、北極圏の石油とガスの輸送に不可欠な北極海航路のほぼ完全な支配権が与えられ、北極圏のエネルギー計画を直接支援する方法でその範囲を拡大している。Rosatomは、最近ロシア最大の海運会社の1つであるFescoを買収したことで、エネルギー関連取引の中国人民元での支払いを受け入れることができるようになったため、ドルとユーロの支払いに対する西側の金融制裁を回避できるようになった。Rosatomが制裁に対して免疫を持っていることが、ロシアの北極圏エネルギー開発を抑制しようとする西側の戦略に大きな抜け穴を作り出している。米国は依然としてロシアのウラン燃料の年間最大の買い手であり、ロシアは世界の核燃料市場のほぼ半分を供給している。この依存が、Rosatomに包括的な制裁を課すことを政治的に困難にし、さらにロシアが北極圏のエネルギーに対する野望を支援するための強力な手段を米国は提供してしまっている。Rosatomは、北極圏での事業を多様化し続ける中で、ロシアのエネルギー計画を直接支援する技術と収益の無許可の経路となりつつあり、既存の制裁の有効性が損なわれている。
(4) ロシアは、欧米の技術から切り離されたものの、北極圏対応の独自の技術の開発を倍増させており、長期的には自国の技術的な自立を深める可能性がある。西側の制裁は、課題を生み出す一方で、意図しない結果をもたらした。ロシアと中国を北極圏で緊密に連携させたことである。中ロは以前よりも強固な同盟関係を築く可能性を秘めている。ロシアの北極圏への関与が深まっていることも、ロシアが西側の制裁を乗り切ることに関して重要な要素となっている。欧米企業がロシアの北極圏計画から撤退する中、中国企業が参入し、ロシアが望む投資と技術支援を提供している。この中国の支援は、中国自身の北極圏への野望と一致している。中国は北極圏の国ではないにもかかわらず、自らを「近北極国家」と宣言し、ロシアの孤立を利用してこの地域での足跡を拡大している。中国企業は、ロシアの主要な北極圏エネルギー計画の多額の株式を保有している。北極圏におけるこの中ロの協力は、ロシアが西側の制裁を回避するのに役立っており、ロシアを除くArctic Council(北極評議会)加盟7ヵ国(以下、A7と言う)の間で、中国の影響力の増大と北極圏の安全保障に対する長期的な影響についての懸念が高まっている。
(5) 西側の制裁は、影響力は大きいものの、ロシアの北極圏への野望を頓挫させたわけではなく、単に軌道を変えただけである。そのことは、西側の政策立案者にとっていくつかの重要な問題を提起している。ロシアをさらに中国の軌道に追いやることなく、制裁をより効果的にするにはどうすればよいのか?政策を達成するためには制裁以外の手段を考える必要があるのか?この地域で拡大する中ロ協力に西側諸国はどのように対応すべきか?ロシアにより多くの圧力をかけることが常に正しい戦略なのか?それとも誘因と懲罰的措置を組み合わせる必要があるのか?
(6) 西側諸国は、北極圏で微妙な均衡を取ることに直面している。西側諸国は、ロシアの侵略に対抗する必要性と地球規模の気候、環境、経済システムにとって重要な地域で対話と協力を維持することの重要性を比較検討しなければならない。気候変動がこの地域に新たな機会と課題をもたらし続ける中で、ロシアと中国の侵略に対する制裁やその他の対応を含む多国間統治の有効性は、北極圏開発の未来を形作る上で重要な役割を果たすであろう。A7諸国は、制裁やその他の措置の直接的な影響だけでなく、地域の安定と安全保障上の懸念に対する長期的な影響も考慮して、北極圏戦略を再評価する必要がある。A7諸国の課題は、将来が不透明な地政学的な分断が進む中で、共通の基盤を見つけることである。
記事参照:Sanction-Proof? Russia's Arctic Ambitions and the China Factor

11月21日「中国商船によるバルト海での『ハイブリッド攻撃』の疑い―米専門家論説」(Atlantic Council, November 21, 2024)

 11月21日付の米シンクタンクAtlantic Councilのウエブサイトは、同Council上席研究員Elisabeth Brawの“Suspected sabotage by a Chinese vessel in the Baltic Sea speaks to a wider threat”と題する論説を掲載し、Elisabeth Brawはバルト海において中国商船が海底ケーブルを2本切断したと疑われている事件について、要旨以下のように述べている。
(1) 公式には「伊鵬3」は単なるばら積み貨物船であり、穀物から石炭、アルミニウム、肥料までさまざまな貨物を運ぶ無数の船の1隻に過ぎない。しかし、11月第3週にバルト海にあるロシアのウスチ・ルーガ港を出航した際、この中国国籍船はだいぶ異なる任務を帯びていた可能性がある。各国当局や公開情報を分析する専門家達は、「伊鵬3」がバルト海を航行中に2本の海底ケーブルを切断した可能性に注目しており、ドイツ国防相はすでにこれを「ハイブリッド攻撃」と呼んでいる。
(2) 11月17日、スウェーデンとリトアニアを結ぶ海底ケーブルが切断され、24時間も経たないうちに、フィンランドとドイツをつなぐ唯一の通信ケーブルも切断された。公開情報の分析員達がすぐに推測したように、「伊鵬3」はこの2つの事案で、その現場にいた。スウェーデン、リトアニア、フィンランド、ドイツの当局はまだこのばら積み貨物船を公には非難していないが、この船がバルト海を離れデンマークの大ベルト海峡を経由し、大西洋に向かう航路をたどる中で、その行動は厳しい監視を受けている。
(3) 11月19日、Boris Pistoriusドイツ国防相は多くの評論家が結論づけていたのと同様の見解を示した。Boris Pistoriusドイツ国防相は、これらの事件がハイブリッド型の攻撃であると仮定せざるを得ず、それを「破壊工作」と表現した。実際、海底ケーブルやパイプラインは海図に詳細に記されており、船が1本ではなく2本のケーブルを偶然に切断することはほぼ不可能である。これは中国の商船がバルト海で海底ケーブルを損傷したと見られる、約1年の間で起きた2回目の事例となる。前回は2023年10月、コンテナ船「ニューニュー・ポーラーベア」がガスパイプラインと2本の海底ケーブルが敷設されている海域で錨を引きずって航行した後、現場を急いで離れたと思われる。そして大ベルト海峡を通過してノルウェー沿岸を北上し、そこからロシアの北極海沿岸へと向かった。この被害はスウェーデン、フィンランド、エストニアのEEZ内で発生したが、これらの国々は調査への協力を中国に要請する以外にほとんどできることがなく、中国政府はその要請を拒否している。
(4) 海底ケーブルやパイプラインは、地政学的な目的による危害に対して非常に脆弱であり、そのような攻撃は、公式にはその攻撃を仕掛けた政府と無関係とされる個人や団体によって実行されることがある。世界の海洋はひどく危険にさらされている。それらは国際公共財であり、各国の海軍によって軍事攻撃から守られているが、それ以外では、何世代にもわたって各国が合意してきた条約、協定、規定の集合体によって主に保護されている。「伊鵬3」の事件の結果に関係なく、バルト海やその他の主に西側諸国の海域では、海底基幹設備への破壊工作がさらに頻発する可能性が高い。その度に、西側政府はこのようなグレーゾーン攻撃にどのように対応するべきかというジレンマに直面することになる。
(5) しかし、攻撃はもちろん、脅威について公にすることが第一歩である。ドイツ国防相やデンマークの民間防衛相が行っているように、大衆の関心を集め、市民がハイブリッド攻撃への対応に積極的に協力するように話すことは重要である。市民への話しかけが重要なのは、攻撃は継続されるだろうし、それは海底だけの問題ではないからである。
記事参照:Suspected sabotage by a Chinese vessel in the Baltic Sea speaks to a wider threat

11月21日「中比両国、南シナ海領有権主張を明確化―米専門家論説」(CSIS, November 21, 2024)

 11月21日付けの米シンクタンクThe Center for Strategic and International Studies(CSIS)のウエブサイトは、同CenterのThe Asia Maritime Transparency Initiative担当副主任Harrison Prétatと同主任Gregory B. Polingの“Manila and Beijing Clarify Select South China Sea Claims”と題する論説を掲載し、ここで両名はMarcos jr.フィリピン大統領が11月8日に署名した、「フィリピン海域法(The Philippine Maritime Zones Act)」と「フィリピン群島航路法(The Philippine Archipelagic Sea Lanes Act)」、そして中国政府が直ちにこれらの法令を非難し、対抗措置としてスカボロー礁(中国名:黃岩島、フィリピン名:パナタグ礁)周辺の領海基線を公表したことについて、これらの出来事は南シナ海紛争の将来に重要な意味を持つとして、Q&A形式で要旨以下のように述べている。
Q1:フィリピンの新たな海洋法令は、南シナ海におけるフィリピンの立場に如何なる影響を及ぼすか。
A1:(1)「 フィリピン海域法」は、南シナ海におけるフィリピンの領有権主張を変更するものではないが、UNCLOSの規定や2016年の南シナ海仲裁裁判所の裁定内容を国内法に盛り込みながら、南シナ海におけるフィリピンの領有権主張を明確化している。この法律によって、裁定内容が法制化され、将来の政権がこれを棚上げすることを阻止するとともに、他の領有権主張国がフィリピンとの海上境界を交渉し、画定するための基礎を提供することになる。
(2)「フィリピン群島航路法」は、外国船舶がフィリピン群島水域を航行するための3本の指定航路を定めている。UNCLOSは、フィリピンのような群島国は、領海通航で認められるより限定的な「無害通航」ではなく、「通常、国際航行に使用される航路帯」を通過する通常の権利と同等の「群島航路帯の通航」を外国船舶に対して許可しなければならないと規定している。フィリピンはこれまで群島航路帯を指定しなかったため、航路帯の決定を外国船舶に委ねていた。このため、フィリピン海域でU.S. Navyの艦艇による航行の自由作戦が定期的に行われるなど、米国との間でもしばしば意見の相違があった。この新法は、こうした意見の相違を解消するとともに、近年、無許可で繰り返し群島内に滞留している中国艦艇に対するフィリピンによる法執行を可能にする。しかしながら、群島航路帯を3本に限定したことはこれまで利用されてきた航路帯の本数を大幅に減らすことになり、国際海事機関(IMO)から反発を招く可能性が高く、法施行開始の前に見直さなければならないかもしれない。
Q2:中国によるスカボロー礁周辺の領海基線の公表は、どのような意義があるか。
A2:(1)中国は11月10日にスカボロー礁周辺の領海基線を公表したが、これは、2012年に中国政府がフィリピンから支配権を奪ったスカボロー礁に対して自国の領有権を主張する中国の決意表明である。中国は1996年以来、最終的には、南沙諸島、東沙諸島およびスカボロー礁とマクセルフィールド・バンクを含む低潮高地の海洋自然地形から成る中沙諸島と呼ばれる海域全体に領海基線を宣言するとしてきた。注目すべきは、新しい領海基線がスカボロー礁周辺に限定され、ほぼ国際的な慣行に沿って引かれていることである。これは、中国が1996年に西沙諸島周辺に大きく過剰な領海基線を引いたのとは対照的である。
(2)中国法曹界は、過去数年間、「オフショア群島(“offshore archipelagos”)」という斬新な概念に基づいて、領有権主張を正当化してきた。彼らは、中国が南シナ海で領有権を主張する「四沙(東沙、西沙、南沙および中沙)」について、それぞれの群島が、以下の3つの主要な特徴を有する単一の集合体として扱われるべきだと主張している。その第1は、各群島内の島嶼と岩礁は直線基線によって結ばれるべきであり、UNCLOSに規定された制限に従う必要はない。第2に、これらの基線内の低潮高地は主権領土として主張することができる。第3に、海洋自然地形が200海里のEEZと大陸棚を生成する重要な要件であり、「人間の居住を維持する」島嶼群の能力は個々の島嶼ではなく島嶼群全体に基づいて判断されるべきである。U.S. Department of Stateの報告書*が指摘するとおり、これらの特徴は全て、UNCLOSと2016年の仲裁裁定に違反している。
(3)中国政府は、この概念の正当化を国際社会に売り込むことに成功していない。もし中国政府が中沙諸島を単一の「島礁群」として全体を囲むことを選択していれば、スカボロー礁はマクセルフィールド・バンクとその他の低潮高地を囲む直線基線の東端になる。新たに公表された基線は、中国政府が低潮高地を基点として使用するのは行き過ぎと結論付けたことを示唆している。
(4)スカボロー礁の基点そのものは、領有権紛争の状況を大きく変えるわけではない。スカボロー礁に対する主権は2016年の仲裁裁定の管轄外であったために、それを巡って中国とフィリピンおよび台湾が係争中である。中国政府はスカボロー礁から12海里の領海と200海里のEEZと大陸棚を依然主張しているが、2016年の仲裁裁定によれば、同環礁は人間の居住を維持できないため、EEZと大陸棚を生成しない。仲裁裁定によれば、中比両当事国は同環礁での伝統的な漁業権を有しているが、中国政府はこれを認めておらず。フィリピン漁民に嫌がらせを続けている。UNCLOSは領海での伝統的な漁業権のみを認めているが、内水域では認めていないために、基線はこの問題を複雑にする可能性がある。中国は、新しい基線の内側を全て内水であると宣言することで、フィリピン人をスカボロー礁のラグーンから追い出し、同礁から遠く離れた場所での漁業を強制するかもしれない。
Q3:他の領有権主張国や国際社会からの反応如何。
A3:U.S. Department of Stateは11月8日、フィリピンの新しい海事法を公に支持し、他の領有権主張国にも、フィリピン政府に倣ってUNCLOSと2016年の仲裁裁定に自国の主張を適合させるよう求めた。他の領有権主張国や外部の利害関係国は、スカボロー礁の主権を争っているのはフィリピンのみであり、(全体を取り囲む)パラセル諸島(西沙諸島)の基線のように航行の自由を阻害するものではないため、スカボロー礁周辺の中国の基線については沈黙を守る可能性が高い。
Q4:領有権紛争の今後の見通し
A4:南シナ海における領有権主張の明確化が境界画定と管理の前提条件である限り、フィリピンの新法は正しい方向への歓迎すべき一歩である。しかしながら、短期的には、係争海域の緊張緩和にはほとんど役立たないであろう。中国は、UNCLOSと相容れない「九段線」で囲い込んだ全海域に対する領有権主張に関して、全く妥協する意思を示していないからである。
記事参照:Manila and Beijing Clarify Select South China Sea Claims
備考*:Limits in the Seas No. 150 People’s Republic of China: Maritime Claims in the South China Sea, State Practice Supplement

11月21日「南シナ海行動規範に対するASEANのあいまいな姿勢―フィリピン安全保障専門家論説」(East Asia Forum, November 21, 2024)

 11月21日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物East Asia Forumは、University of the Philippines Diliman 助教Jaime Navalの“ASEAN’s elusive code of conduct for the South China Sea”と題する論説を掲載し、そこでJaime Navalは延々と続く南シナ海論争が解決する兆しを見せず、南シナ海における行動規範の完成が見えない中、ASEANとして結束した対応が必要であるとして、要旨以下のとおり述べている。
(1) 近年、南シナ海論争へのASEAN諸国の介入の度合いが強まっており、域内外からの懸念が高まっている。1990年から2002年、インドネシアはカナダの資金提供を受けつつ、南シナ海の潜在的対立の調整に関する作業部会を開催してきた。非公式なものではあったが、「ASEANの雰囲気」をまとったものであった。1980年代末ごろから南シナ海における中国の攻撃的姿勢が目立つようになり、ASEAN加盟国のうち4ヵ国が南シナ海論争に関わっているため、ASEANもその問題を避けては通れない。
(2) 1988年には中国とベトナムの衝突により、ベトナム側に64名の死者が出た。1992年に中国は、南シナ海の大部分の主権を主張する法律を成立させ、同年ASEANも「南シナ海に関する宣言」を発し、地域の平和と安定の重要性を強調した。1995年、中国がミスチーフ礁に施設を建設していることが明らかにあった。それに対しASEANは、同様に、UNCLOSなどを通じた地域の安定と平和の維持を訴えた。中国による行動は拡大を続け、2010年代には南シナ海に軍事施設を建設するようになった。こうした状況を受けて、ASEANと中国との間で、南シナ海問題は公開の議論における中心的争点となっていった。
(3) それでも、2002年末に中国とASEANが、南シナ海における関係各国の行動宣言(以下、DOCと言う)に署名したとき、楽観的な空気が広がった。これは、南シナ海論争の関係国が攻撃的姿勢を採ることを止めたことを示していた。相互不信はあったが、領有権を主張する諸国の協調の可能性が前面に出され、それ以降の合意の可能性の道を開いたと期待された。つまり、南シナ海における行動規範(以下、COCと言う)である。しかしそれは今なお完成しておらず、そのことで、領有権主張諸国は地域の要塞化や威嚇的行動を強め、生態環境の悪化すら引き起こしている。
(4) 南シナ海論争の背景には米中の地政学的対立が横たわっている。そうした域外の利害関係国を排除することは困難である。こうした大国間の対立の中で、ASEAN諸国における南シナ海論争への距離の取り方はバラバラである。たとえば、2012年のスカボロー礁での対峙に対し、ASEANは一致した対応を示すことができなかった。当時議長国であったカンボジアと中国の関係の近さが関係しているとされる。2016年の、国際仲裁裁判所の南シナ海論争に関する裁定に対しても、ASEANは公的な声明を発していない。
(5) DOCから20年経っても、COC完成にとっての障害がいくつも残されている。たとえば、COCが包摂する範囲は、本質的な問題ではあるが論争を招く問題で、中国はCOCが包摂する範囲を中国の支配が及ばない範囲に限定しようとし、他方フィリピンやベトナムは係争中の地形を含む広い範囲に設定しようとしている。また中国は柔軟で拘束力のないCOCを望み、ASEANはそうではない。ただ、COCに拘束力がなかったとしても、南シナ海における軍事行動の予防において、それは大きな意味をなすだろう。
(6) フィリピンやベトナムにとって、中国と均衡を取るために、米国などの域外国の介入は必要であるが、中国は域外国が関与し、提携を結んだり、軍事演習を共同で行ったりすることを認めていない。ASEANはUNCLOSに基づきあらゆる国の航行の自由を主張する。中国も表向きは法令遵守の姿勢を見せているが、実際にはそうではない。
(7) 2026年に期限が設定されたにもかかわらず、COCをめぐる議論はほとんど進んでいない。中国は現状、軍事的展開を強化することで利益を得ている。ASEANは、係争海域の定期的かつ不気味な変化に対応しなければならない。
記事参照:ASEAN’s elusive code of conduct for the South China Sea

11月22日「インド太平洋海洋イニシアチブを再活性化させるときが来た―インド戦略研究専門家論説」(Observer Research Foundation, November 22, 2024)

 11月22日付のインドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、同Foundation研究助手Sayantan Haldarの“Time to reset the Indo-Pacific Oceans Initiative”と題する論説を掲載し、そこでSayantan Haldarはインドがインド太平洋での提携構築を進め、その影響力を強化するために、2019年の東アジアサミットで打ち出したインド太平洋海洋イニシアチブを活用すべきだとして、現在勢いを失っているその構想の復活を提案し、要旨以下のように述べている。
(1) 2019年、東アジアサミットにおいて、インドによるインド太平洋戦略の枠組みとして、インド太平洋海洋イニシアチブ(以下、IPOIと言う)が打ち出された。また2018年には、Modi首相がインド太平洋に関するインドの構想を「自由で開かれた、包摂的な地域」と明示し、Ministry of External Affairsはインド太平洋に関する独立した部門を創設した。
(2) IPOIの発表はこの文脈に位置付けられる。これは、インド太平洋において志向を同じくする国々との協力を強化するものとして構想され、以下の7つの柱に関する協力が目指される。すなわち、海洋生態系、海洋安全保障、海洋資源、能力開発および資源共有、災害の危険性削減、科学・技術協力、海上貿易と連接性である。
(3) しかし、この構想が打ち出されてから5年、地域全体を跨ぐインドの複雑な提携構築において、IPOIはいまだ周縁的な役割のままである。インドのインド太平洋戦略は、2国間ないし少数国間の協調枠組みが中心となっており、この点においてインドは成功を収めている。そして、インド洋沿岸国のインドネシアとタンザニアなどを「海洋の隣人」として提携の輪郭を拡大させている。またQUADも、インドのインド太平洋関与にとって重要な舞台となっている。2020年に指導者級の会談が始まってから特にその勢いが増した。
(4) インド太平洋における戦略的構造の急速な変化は、新しい地政学的協力のための道を開いているようである。米国大統領選挙でDonard Trumpが当選したことは、インド太平洋における将来の予測を刺激した。そしてまたTrump次期大統領の「米国第一」により、戦略的同盟や提携を不安定にしている。それでもインドは米国と良好な2国間関係を続けるだろうが、その一方で、インドにはインドなりの野心があり、インド太平洋における地政学的機構において重要な役割を果たそうとしている。
(5) インドはインド洋地域における突出した大国であり、災害などが起きた場合には真っ先に対応する。そして沿岸諸国との間に決定的な政治的影響力を維持しようとしている。そのために、IPOIは役立つかもしれない。したがって、IPOIの再設定が今必要である。IPOIを通じ、海洋生態系危機、科学・技術の協調など、IPOIの7つの柱など重要領域での協力を進める勢いを維持する必要がある。インドは、地域の進歩と繁栄のために、志向を同じくする国々との協力を強化する必要がある。現在周縁的でしかないIPOIを、提携関係構築のために効果的に活用し直す時が来ている。
記事参照:Time to reset the Indo-Pacific Oceans Initiative

11月22日「台湾はトランプ次期政権に備える必要がある―米専門家論説」(Asia Times, November 22, 2024)

 11月22日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、米シンクタンクCenter for Security Policy上席研究員Grant Newshamの“Taiwan needs to get ready for Trump 2.0”と題する論説を掲載し、ここでGrant Newshamは、台湾は自由を断固として守ることを示すために、あらゆることを行うべきで、そうすれば、米国や世界の自由主義国が台湾を守ろうという気持ちになるとして、要旨以下のように述べている。
(1) Donald Trumpの大統領としての1期目においては、Obama大統領の中国に対しても、台湾に対しても弱腰とされた政策に比べ、台湾への武器売却は大幅に拡大した。また、米国が台湾により関心を寄せるようになったことで、台湾の孤立は緩和された。さらに、現職および元職の米国高官が台湾を訪問している。重要なのは、第1期Trump政権はNixonが中国に門戸を開いて以来、中国に立ち向かい、自由世界の利益のために立ち上がった初めての政権ということである。中国共産党はTrump政権を嫌い、特に中国政策を担当する顧問たちを嫌っている。
(2) 台湾問題に最も深く関わっている閣僚は、上院議員のMarco Rubioと下院議員のMike Waltzで、それぞれ次期国務長官と国家安全保障担当大統領補佐官に指名されている。両者とも中国共産党の方針に強く反発しており、中国共産党の侵略や悪行に抵抗し、それを押し戻すための具体的な立法努力の実績がある。さらに両者とも、自由世界にとって台湾がどれほど重要であるかをよく理解している。彼らは台湾を守り、台湾が自らを守れるようにするべく、強い努力を傾けるだろう。ただし、台湾がその意思を持っていることが前提となる。
(3) Trump次期大統領は、台湾が自国の防衛に十分な費用を費やしていないと指摘している。過去30年間、そうしたことは行われていない。Trump次期大統領は、台湾が自国を守るために全力を尽くしていない一方で、米国民が台湾のために死ぬことを米国民のほとんどが容認しないことも理解している。これが昨今の米国政治の現実である。台湾政府も、このことを理解する必要がある。これは台湾だけでなく、ヨーロッパ諸国、日本、オーストラリア、カナダにも当てはまる。
(4) 防衛費に関するTrump次期大統領の圧力は、台湾の防衛力向上にある。そして、台湾は以下のことを行うべきである。これらを行うことで、米国の支援が得られる可能性がはるかに高くなる。
a. 台湾国民に戦争の可能性を認識させる。台湾国民は近隣の中国からの脅威に対してほとんど懸念を示していない。
b. 国防費を大幅に増額する。
c. 台湾軍とその運用概念を再編成し、多数の上級士官を退役させ、より柔軟な考え方を持つ若い士官に台湾軍の改革と戦い方を任せる。
d. 予備役制度を整備する。現状は本来在るべき姿にはほど遠い。
e. 台湾全土を対象に、国民を直接国防活動に関与させる真の民間防衛計画を策定する。
f. 中国の政治戦に対抗し、台湾においてスパイ活動等を行う秘密組織である中国の第五列を積極的に標的とする。
g. 長距離精密兵器、スマート機雷、攻撃的サイバー能力、台湾の通信網の強化に多額の投資を行う。
h. 台湾における再生可能エネルギーへの移行を中止し、エネルギー基幹施設を強化する。
i. 台湾が自国を守ろうとしていること、そして自国を守ることができると米国に示せるよう、あらゆることを行う。
(5) Trump次期大統領は、しばしば孤立主義者と呼ばれることがあるが、第1期目のTrump大統領の実績からすると、そうとは言い切れない。その理由は次のとおりである。
a. 米国は世界から撤退していない。
b. アジア太平洋地域やヨーロッパに前方展開されているU.S. Armed Forcesの常備軍のうち、本国に帰還したものはない。
c. 同盟国との同盟関係で解消されたものはない。
d. 外国の戦争に介入すること、そして米国の若者を死なせることについて、米国が慎重になることを望むことは、孤立主義者ではない。
e. 同盟国や友好国が自国の資金や若者を自国のために犠牲にするべきと米国が主張することは常識である。
(6) 米国は世界の警察官になることはできない、なるべきでもない。米国経済を他国の不当な貿易慣行から守ることは孤立主義ではない。何十年もの間、米国は友好国も含めた他国に有利な貿易慣行によって生じる損害を吸収できると想定していた。今、米国の製造業を回復させたいと望むことは孤立主義ではない。孤立主義者という言葉は、実際の証拠を考慮することなく、ただ思いつきでTrump次期大統領に浴びせられた侮辱の1つに過ぎない。
(7) 台湾は自由を断固として守ることを示すために、あらゆることを、そしてそれ以上のことを行うべきである。そうすれば、中国は躊躇するであろうし、米国や世界の自由主義国が台湾を守ろうという気持ちになる。ウクライナがこれほどまでに支援を受けたのはそのためであり、ウクライナは勇敢に自国を守るために戦った。台湾も今から準備を整える必要がある。
記事参照:Taiwan needs to get ready for Trump 2.0

11月22日「中国は台湾を奪取するための法的基盤を整えている―米専門家論説」(The Hill, November 22, 2024)

 11月22日付の米政治専門紙The Hill電子版は、米Yale Law SchoolのPaul Tsai China Center上席研究員Peter A. DuttonとGerman Marshall Fund of the United StatesのIndo-Pacific Program責任者Bonnie S. Glaserの“China is laying the legal groundwork to seize Taiwan”と題する論説を掲載し、ここで両名は台湾がすでに中国の主権下にあると認めることは抑止力を弱め、大規模な紛争を招く可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国による台湾の軍事占領を阻止することは、Trump次期政権にとって最優先事項となるべきである。中国は長年にわたり台湾を自国領、そして統一は歴史的な必然であると主張してきた。中国人民解放軍は最近、台湾を中国海警総隊とともに大規模な演習において台湾を包囲して、その主権の主張を誇示し、台湾の蔡英文総統に対して独立を追求しないよう警告してきた。このような軍事行動は台湾の人々を威嚇することを目的としている。2022年8月に米国のNancy Pelosi元下院議長が台湾を訪問して以来、台湾は中国による圧力に直面している。同時に、中国政府は台湾に対する主権の主張を政治的に受け入れさせるために、国連や外交関係を通じて政治運動を強化し、台湾へ武力を行使するための法的基盤を固めつつある。
(2) 10月、中国が台湾海峡で軍事力を誇示した際、中国国防部は中国海警総隊が「台湾周辺の海域で法執行のための哨戒を実施した」と発表した。ここで、外国船の臨検などの法執行訓練が実施されたが、それは本来台湾の海巡署の権限に属している。この訓練の意図は、中国が台湾の主権を主張していることを示すことであった。
(3) 中国政府は長い間、中国は1つであり、台湾は中国の領土の一部で、中華人民共和国が中国全土の唯一の合法政府であると主張してきた。一方で米国は1950年以降、台湾の主権の帰属は未確定という立場を採り、最終的な主権の解決は台湾海峡の両岸の人々に委ね、強制や武力の威嚇なしに平和的に決定すべきと主張している。米議会は、1979年の台湾関係法で、米国は台湾に防衛兵器を提供すべきと促した。そして、台湾の将来を平和的手段以外の方法で決定するいかなる試みも、地域の平和と安全に対する脅威であり、米国にとって重大な懸念事項であると主張している。
(4) 台湾の領海における統治権を脅かす中国海警総隊の最近の行動は、米国の政策に直接的な挑戦を突きつけ、台湾の地位が平和的に、かつ強制なく解決されることを望むすべての国々にとってジレンマを生み出している。中国海警総隊の行動を合法的と認めることは、台湾が中国の主権下にあるという中国の主張を認めることになる。さらに、台湾が中国の主権下にあると認めることは、将来の武力行使は純粋に国内問題であるという中国政府の主張を受け入れることになる。しかし、一方で中国海警総隊の行動に反対することは中国への公然たる挑戦であり、不安定化を招く危険性がある。
(5) 米国は、中国政府の最近の行動が地域の平和と安定を不安定化させるものとして非難すべきであり、台湾の自衛能力と米国の台湾防衛支援能力を強化することで、平和的解決への米国の決意を強化すべきである。同様に、米国は1971年に採択された国連総会決議2758号の意味を歪曲する中国政府の政治運動に、国連やその他の場で反論すべきである。この決議2758号では、国連総会および安全保障理事会における中国の議席を中華民国から中華人民共和国に移行させることのみが意図されていた。中国の主張する、この決議が国際法として1つの中国を確立しているという根拠は存在しない。事実、1971年当時の中国首相周恩来は、決議文の文言を踏まえ、「台湾の地位は未決定である」と述べている。
(6) 軍事演習と同様に、国連の声明に自国の主張を織り込むという中国政府の執拗な努力は、台湾は中国の一部であり、国際法上は解決済みの問題であるという主張を認めさせることを目的としている。Trump次期政権は、こうした誤った表現や中国外交官の欠陥ある主張を反駁するために積極的な役割を果たすべきである。中国の軍事的・外交的行動に断固として対抗しなければ、米国が台湾への中国による支配を受け入れざるを得ない未来を容認するとの合図を送ることになりかねない。台湾がすでに中国の主権下にあると認めることは、意図せざる結果として抑止力を弱め、大規模な紛争を招く可能性がある。
記事参照:China is laying the legal groundwork to seize Taiwan

11月22日「北極海航路で海氷と格闘するロシア海軍―ノルウェー紙報道」(The Barents Observer, November 22, 2024)

 11月22日付のノルウェーのオンライン紙The Barents Observerは、“Sea-ice caused trouble for Russian warships”と題する記事を掲載し、ロシア海軍が砕氷船なしで北極海航路を航海した際の様子について、要旨以下のように報じている。
(1) 8月初旬、ロシアСеверный флот(以下、北方艦隊と言う)の3隻の艦艇がコラ湾を出航し、氷に覆われた北極海を目指して航行を開始した。2隻の駆逐艦と1隻の給油艦は、北極海航路全体を横断して1万1,000海里以上を航行し、約2ヵ月半後に基地に帰投した。北方艦隊の副司令官Oleg Golubyev海軍中将は、軍事新聞“Na Strazhe Zapolyarya”のインタビューで、これが北方艦隊にとって今までで最も長く、かつ広範囲な北極海における行動であったと述べている。
(2) これらの艦艇はベーリング海沿岸のエグヴェキノトまで到達しており、航海中に80回以上の演習が行われ、その一部はТихоокеанский Флот(太平洋艦隊)と合同で実施された「オケアン24」演習の一環として行われた。これは北方艦隊による13回目の北極遠征であり、Oleg Golubyev中将は全ての遠征に参加している。経験豊富な海軍幹部によれば、2024年の遠征で最も困難だったのは広範囲な訓練ではなく、海氷だったという。「氷の状況が任務を複雑にした」と彼は認めている。 
(3) ロシアは海軍用砕氷船の船隊を建造中であり、すでに2隻の強力な船が運用されている。しかし、砕氷船「イリヤー・ムーロメツ」や「エヴパーチー・コロヴラート」は今回の遠征には参加していなかった。さらに2隻、「イワン・パパニン」と「ニコライ・ズボフ」が2025年と2026年に就役する予定である。その結果、北方艦隊のこの3隻の艦艇は砕氷船の支援なしで航行することになり、ある時点で、Oleg Golubyev中将と各艦艇長たちは、核砕氷船運営会社Rosatomに支援を要請せざるを得なかった。
(4) 北方艦隊の乗組員たちは、まずウランゲリ島とロシア本土の間にあるロング海峡で厚い海氷に遭遇した。その氷床はベーリング海峡まで広がっていた。「夜間に断片化した海氷にさらされる危険を避けるため、2024年は新しい取り組みを採用した。それは翌日まで漂泊状態を維持することであった・・・その後、海氷偵察を利用して安全な航路を特定し、そこを進むことができた」とOleg Golubyev中将は説明している。当該艦艇部隊は2機のヘリコプターを使用可能であり、これらは海氷の偵察に積極的に活用された。北極海航路沿いの大部分の海域は既に地図に描かれているが、さらなる調査が必要な区域も残っている。Oleg Golubyev中将によれば、海氷の形成や融解に関連する過程は水深にも影響を与えるという。
(5) Oleg Golubyev中将は、Военно-морской флот Российской Федерации(ロシア海軍)が現在、北極海域での航行のために艦長や航海士を積極的に訓練していることを強調し、Rosatom社やArctic and Antarctic Research Institute(AARI)との協力を称賛している。 
記事参照:Sea-ice caused trouble for Russian warships

11月23日「日米豪によるインド太平洋での集団抑止力の形成―日専門家論説」(The Diplomat, November 23, 2024)

 11月23日付のデジタル誌The Diplomatは、元RAND Corporation客員研究員で航空自衛隊3等空佐中谷寛士の“The Australia-Japan-US Trilateral: Forming Collective Deterrence in the Indo-Pacific”と題する記事を掲載し、ここで中谷寛士はインド太平洋地域では、新たな戦争を阻止することが重要になっており、効果的な抑止には、より多くの地域諸国による協調的取り組みが必要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアによるウクライナ侵攻と中東での激しい紛争は、世界に戦争が例外ではなく、むしろ常態であることを思い起こさせた。特に複数の火種を抱えるインド太平洋地域では、新たな戦争を阻止することがかつてないほど重要になっている。Lloyd Austin米国防長官が示唆したように、域内諸国の継続的な共同の取り組みが適切に管理されれば、インド太平洋における抑止は達成できる可能性が高い。この抑止に向けた共同取り組みは、日本、米国、オーストラリアの3ヵ国間の取り組みによって実現可能となる。これらの国々は、地域防衛と抑止のため協力することへの団結を強くし、さらにはその義務を負うようになっている。インド太平洋地域の各国が、中国による同地域での強圧的な行為にますます懸念を強めていることは明らかであり、各国はさまざまな方法でこの課題に取り組もうとし始めている。AUKUSや最近推進されている米国、日本、オーストラリア、フィリピンの4ヵ国によるSQUADなどは、その顕著な例である。もう1つの重要な傾向は戦略的連携であり、日米同盟と米国の地域同盟国との間の防衛協力の深化である。
(2) 日本政府が2022年12月に発表した3つの戦略文書、すなわち国家安全保障戦略、国家防衛戦略および防衛力整備計画によって、日本政府は地域の安全保障の方向性を定めた。このうち国家防衛戦略において日本は、第2次世界大戦後「最も深刻かつ複雑な安全保障環境」に直面しているとの認識を明らかにした。この安全保障環境に対処するため、日本は地域的な抑止力を念頭に置きながら、相互に補強し合う以下の3つの異なる取り組みを採用している。これらは、日本の防衛政策にとって大きな転換であり、歴史的な防衛費の増額を伴うものである。
a. 長距離攻撃能力の獲得を含む防衛能力の強化により自国の防衛に力を入れる。
b. 米国との連携をこれまで以上に緊密化する。
c. 日本の外交構想「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想を支持する国々など、志を同じくする国々との安全保障上の連携を深めることを目指す。
(3) オーストラリアも同様の戦略的方向性を示している。拒否戦略を基盤とする一方で、2024年4月に発表されたオーストラリアの国防戦略は、抑止のための地域安全保障パートナーシップを優先している。さらに2022年10月には、日豪両国が戦略的パートナーシップを正式に確認し、インド太平洋地域における戦略的連携を強化し、平和と安定を促進するための「安全保障パートナーシップに関する共同宣言」に署名した。日本とオーストラリアの例が示すように、地域の安全保障上の課題は、ますます多くの国々を結びつけている。
(4) 抑止は不可欠であり、その達成には緊密な防衛協力が必要である。抑止の目的は、敵対者に敵対的な行動を採れば悲惨な結果を招くことを確信させ、行動を起こさせないようにすることであり、効果的な集団抑止は次の3つの条件を満たす必要がある。
a. 敵対者にとって現実的で実行可能なもの。
b. 敵対行為に対しては集団的な対応が採られると確信させることで、敵対者に何らかの利益や優位性を得ることを否定する。
c. 敵対者に、集団的な主体が平時において危険性を負うという難しい選択をすることで、その決意を示す用意があることを示す。
(5) 集団抑止力に関しては、「前方展開」と「戦力増強」という2つの重要な概念を考慮する必要がある。
a. 前方展開とは、前方基地への軍隊の定期的、交代的、または恒久的な展開を指す。また、施設利用および防衛資材保管協定、共同軍事演習、寄港、安全保障支援などの形態もある。日本が中国に近いという地理的条件によってミサイルの脅威にさらされているからこそ、日本における米軍の前方展開は、米国が危険性を受け入れるという決意を示す上で重要な役割を果たす。オーストラリアは、2022年1月に日豪が円滑化協定を締結して以来、同地域での共同軍事演習や訓練を通じてその能力を示してきた。これにより、両国の軍隊は互いの国への出入りが可能となった。今後は、係争海域の近くで2国間、3国間、多国間演習が実施されることが予想される。こうした演習がより頻繁かつ定期的に実施されるようになれば、係争海域で多国籍軍が常時活動する状況が生まれることになる。全体として、目に見える軍事力の展開は、侵略の対価を高める効果を生み出す可能性がある。
b. 「戦力増強」という概念も検討に値する。同盟国を持つことの大きな利点の1つは、能力の結集である。米国の能力を地域の同盟国の能力と組み合わせることで、同盟国の軍事力の総合的な戦闘能力を大幅に向上させることができる。そのためには、より多くの装備や兵器の備蓄を前もって配置する必要がある。前進地域に共同弾薬庫や燃料基地を設置することが1つの可能性である。また、必要に応じて相互に補完し合えるよう、同じ種類のシステムを保有し、活用することで相互運用性を向上させることも考えられる。
(6) オーストラリアと日本は、敵の迅速な作戦成功を阻止することを目的とした運用能力(長距離ミサイル、潜水艦、無人機)の取得を開始している。将来的には、日本、米国、オーストラリアが協力し、このような作戦の共同計画に取り組むことも想像に難くない。米国とオーストラリアの指導者は、「3ヵ国の相互運用性を高めることは、信頼性が高く、効果的な抑止力への重要な投資」と指摘している。米国の同盟国間の防衛産業の協力拡大も戦力増強につながる。現在、日米豪3ヵ国は次世代軍用無人機の共同開発で合意している。無人機開発が成功すれば、3ヵ国は同様の能力を獲得する大きな機会が得られる。そして、同じ装備品を保有することで、共同火力が大幅に向上する。汎用輸送機であるC-130は、そのような装備品の1つである。U.S. Air Forceは、C-130が通常物資を空中投下するのと同様の方法で、長距離パレット弾を投下できるミサイルシステムプログラムRapid Dragonを開発している。Rapid Dragonの大きな利点の1つは、オーストラリアや日本を含む数十ヵ国がC-130を運用しており、航空機の改造なしにミサイルシステムを導入できることである。
(7) これらの取り組みは、前述の集団抑止の3つの条件を強化するだろう。しかし、これらはこの問題をさらに掘り下げるための出発点に過ぎない。集団抑止を形成する主要国は日本、米国、オーストラリアであるが、この任務に携わるのはこの3ヵ国だけではない。たとえば、外国の基地や領空への進出をさらに拡大することは、将来的に追求する価値がある。より効果的な抑止には、より多くの地域諸国による、より協調的で一貫した取り組みが必要である。
記事参照:The Australia-Japan-US Trilateral: Forming Collective Deterrence in the Indo-Pacific

11月25日「プラスチック規制条約は太平洋島嶼にとって最後の希望―クック諸島副首相論説」(The Diplomat, November 25, 2024)

 11月25日付のデジタル誌The Diplomatは、クック諸島環境大臣兼副首相Albert Taaviri Kaitaraの“Global Plastic Treaty Talks Offer Final Hope to Protect Pacific Island Oceans ”と題する論説を掲載し、そこでAlbert Taaviri Kaitaraは11月末に始まったプラスチック規制条約の交渉ラウンドに言及し、世界的なプラスチック生産規制および汚染管理に関する、拘束力のある強力な条約が作らなければ、太平洋島嶼国の今後の生存が危ういとして、要旨以下のように述べている。
(1) クック諸島をはじめとする太平洋島嶼国は、美しい海や海洋生物多様性で知られており、海の保護およびその持続的活用をきわめて重要な課題とする。11月25日に175ヵ国の代表が釜山に集まり、グローバル・プラスチック条約に関する5度目の交渉ラウンドに入った。太平洋島嶼国にとって、グローバル・プラスチック条約によりプラスチック生産を減らし、汚染を低減するため、拘束力ある条約にすることが重要である。
(2) プラスチック生産と汚染の影響は、太平洋島嶼国の人々の生存に脅威を突きつけている。このままいけば、我々はこれまでどおりの生活ができなくなる。クック諸島はプラスチック条約の締結に向けて先頭を走ってきたが、我々だけではこの問題は解決し得ず、世界の仲間達による意味のある関与が必要である。
(3) この20年でプラスチック生産は2倍に増え、その汚染の深刻度も劇的に増している。そしてその影響を最も強く受けるのが太平洋島嶼国である。海岸にはプラスチックごみが漂着し、海中にはマイクロプラスチックが充満している。後者は目に見えないが、人間や海の生物に害をなす。食物連鎖に入り込んでいるため、人間1人が1年で身体に取り込むマイクロプラスチック粒子は、平均で21万1,000粒にのぼるという研究結果もある。
(4) これだけでも行動を起こすに十分だが、プラスチック問題が気候変動に与える影響もあるため、世界中の指導者たちは立ち上がらなければならない。太平洋島嶼国は炭素排出やプラスチック利用にはほとんど貢献していないが、その影響を最も強く受けている。プラスチックのほとんどすべては化石燃料由来の化学物質から造られるので、その生産の削減、管理が切実に必要である。プラスチック製造業者に行動を義務づけ、世界的な不平等が是正されなければならない。
(5) 自発的な誓約だけでは不十分であり、拘束力のある条約が必要である。数種類の高分子ポリマーを制限、ないし禁止すれば、2025年から50年にかけて、47.6ギガトンの二酸化炭素を削減できるという試算がある。
(6) 長い間、太平洋の国々はほかの国の行動によるツケを払ってきた。われわれの声はかき消されてきた。釜山でその流れが止められねばならない。拘束力のある規制、意味のある目標数値、適切な履行手段を備えた条約が締結されなければならない。
記事参照:Global Plastic Treaty Talks Offer Final Hope to Protect Pacific Island Oceans 

11月25日「翼を広げ始めた中国空母―英専門家論説」(Military Balance Blog, IISS, November 25, 2024)

 11月25日付けの英シンクタンクInternational Institute for Strategic StudiesのMilitary Balance Blogは、同Institute研究管理者Louis Bearnと海軍および海洋安全保障担当上席研究員Nick Childsの“China’s aircraft carriers begin to spread their wings”と題する論説を掲載し、両名は中国海軍が同一海域で2個空母戦闘群を運用する訓練を実施する一方、空母「福建」の海上公試を進めるなど、空母部隊の育成に尽力しており、今後の問題は中国が外洋作戦を実施可能な空母部隊として育成できるかどうかではなく、いつ完成してくるかであるとして、要旨以下のように述べている
(1) 2024年10月、中国は空母「遼寧」と「山東」を随伴する護衛隊とともに同一海域に集結させ、訓練を実施した。中国人民解放軍海軍が、3隻のType 055巡洋艦、多数のType 052D駆逐艦、2隻のType 901総合補給艦などの護衛艦を伴う空母2隻を同一海域にはじめて集結させたことは、少なくとも象徴的な意味を持つ瞬間であった。不明なのは、提供された画像が複雑な複数空母を運用する作戦を遂行する能力を実際にどの程度表しているかである。中国海軍が10年以上にわたって空母作戦を段階的に発展させてきたことは、中国がそのような能力を発展させようとしている明確な意図を示している。
(2) 空母搭載航空部隊には、カタパルトにより射出可能なJ-15T戦闘機と電子戦型のJ-15Dも含まれるようである。J-15TおよびJ-15Dは、現在飛行試験中のKJ-600早期警戒管制機と合わせて、少なくとも表面的にはU.S. Navyの艦載航空部隊に似た航空部隊を展開する能力を中国海軍に与えることになる。将来的には無人航空システムも導入される可能性がある。しかし、能力開発にはまだ時間がかかる。中国海軍の最初の2隻の空母はサイズが比較的限られており、運用できる航空機の機数と機種が制限される。中国の3番目の国産空母「福建」は別の問題である
(3) 空母「福建」も、2024年5月1日以降、連続して海上公試を行っており、しかし、最近の開発の演出にもかかわらず、中国の空母部隊の将来の軌道と運用効率については疑問が残る。「福建」は大型で、カタパルトによる航空機の発艦および降着装置による着艦(以下、CATOBARと言う)が可能で、より多数の多様な航空機を搭載可能である。また、カタパルトによる発艦の場合、航空機のペイロードも大きくなる。「福建」は電磁カタパルト3基を採用するなど、米国の空母設計に似ている
(4) 「福建」の公試はまだ、艦の能力、採用されている技術に乗組員を習熟させる段階にあるようである。公試が続く中、中国海軍が電磁カタパルトを採用する際に米海軍が経験したのと同様の課題に直面するかどうかが疑問となっている。公試では海上での飛行試験は実施されていないようである。中国は、米国が電磁カタパルトで経験した初期トラブルを回避できるかもしれない。しかし、CATOBARによる航空機の運用の複雑さや海上での運用のための新しい航空機設計の導入にも取り組まなければならない。
(5)「福建」を全面的に運用し始める頃には、U.S. Navyのフォード級空母の後継艦である「ジョン・F・ケネディ」と「エンタープライズ」が少なくとも初期海上試験を開始している可能性も否定できない。
(6) 「福建」の運用経験は、中国海軍の将来の航空母艦に関する考え方を形作るのに役立つだろう。中国が大型艦用の陸上型原子炉の試作機を建造したという報道は、中国海軍が原子力推進によるさらに大型の後継艦の設計に取り組んでいるという確信を強めるだろう。中国海軍はまた、包括的な空母運用を支援するために必要なその他の能力にも投資している。
(7) 艦隊補給艦の保有数は2014年以降2倍以上に増え、空母群の形成を支援するためにType  055巡洋艦とType 052D駆逐艦を相当数建造している。これまでの空母作戦は比較的慎重で近距離作戦であったが、より野心的になり、作戦距離も伸びている。空母開発の継続は、将来的に外洋作戦がより重要になる可能性を示唆し続けている。問題は、おそらく、もしそうなったらではなく、いつになるかだ。
記事参照:China’s aircraft carriers begin to spread their wings

11月26日「ロシアは北極圏東部で艦船が安全に航行するために必要な数の砕氷船を保有できていない―米国専門家論説」(Eurasia Daily Monitor, The Jamestown Foundation, November 26, 2024)

 11月26日付の米シンクタンクThe Jamestown Fondationが発行するEurasia Daily Monitorのウエブサイトは、ユーラシアの民族的・宗教的問題に関する専門家Paul Gobleの“Russia Lacks Icebreakers Its Arctic Fleet Needs to Function in Eastern Arctic”と題する論説を掲載し、ここでPaul Gobleはロシアが多くの要因により北極圏東部に自国の砕氷船を確実に派出することができなくなっていることは大きな地政学的変化の始まりであり、西側政府は時宜にかなった行動を採り、自国の砕氷船船隊も増強してこの変化に対処するべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアは他のどの国よりも多くの砕氷船を保有しており、他のほとんどの国がそのことがこの地域でのロシアの支配を保証していると見なしている。しかし、ロシアの砕氷船のほとんどは、動力源は原子力ではなく小型のディーゼルであり、最先端の電子機器を欠いているため、ロシア沿岸から遠く離れた船を助けることができない。これは、北極海航路(以下、NSRと言う)を通年で運用し続けるモスクワの能力がまだ保証されているとは言い難いことを意味している。ロシアはNSRの東部と北部で特に深刻な困難に直面している。北極圏は、気候変動の不規則な傾向により、現在、温暖化ではなく寒冷化しており、ロシアの対中貿易の能力を低下させている。
(2) 深い海を航行できる砕氷船の不足というロシアの課題は、ますます明らかになってきている。その課題は、大々的に宣伝されている砕氷船建造計画によって強調されている。この砕氷船建造計画は、ロシアの専門家が近い将来に実現する可能性が低いと認めているものである。さらに、ロシアСеверный флот(以下、北方艦隊と言う)副司令官Oleg Golubyov中将は最近、北極圏の東側では。船舶は海氷や調査が不十分な地域で座礁する危険性を避けるために夜間には漂泊することが多いことを認めている。それは、24時間安全に運航するために必要な砕氷船の護衛が不足しているために発生している。その危険性は非常に現実的であり、数年前に多数の民間船舶や海軍艦艇が数週間にわたって氷に閉じ込められたときに浮き彫りになっている。
(3) Oleg Golubyov中将の発言は、ロシアがしばしば無視されがちな、NSR、北極海、そしてその砕氷船船隊の問題を示している。Oleg Golubyov中将は、北方艦隊の新聞とのインタビューで2024年にOleg Golubyov中将の指揮下にある艦艇がウランゲリ島とロシアの間の北極海東部でベーリング海峡に向けて航行しているときに、厚い海氷に遭遇したと述べている。砕氷船の支援がなかったため、それらのロシア海軍艦艇は夜間に漂泊し、搭載する2機のヘリコプターが日中の安全な航路を調査できる場合にのみ航行せざるを得なかった。地球温暖化がその高価な買い物が不要となるという示唆にもかかわらず、ロシアはより多くの砕氷船を建造することでそのような事態を克服したいと願っている。Oleg Golubyov中将は、この地域では海底の大部分が地図に載っておらず、浅瀬が氷を閉じ込める可能性があり、船に特に危険をもたらすことから、このような問題はさらに悪化していると続ける。Oleg Golubyov中将の発言は、無視されがちな北極海の環境問題に対して注意を喚起する。地球温暖化により、北東太平洋の西半分は一年の大半で凍らない状態が続いているが、東半分の状況は大きく異なる。実際、近年気温が下がり、氷が大きな問題になっている。東側の寒冷化に対抗し、NSRを開通させ、中国との貿易を継続し、ロシアが北極圏に戦力を投射できるようにするため、ロシアは砕氷船と氷の海でも航行できる艦船の野心的な建造計画を発表している。しかし、汚職や西側の制裁の影響、ウクライナ戦争による政府資金の削減、造船部門が長年抱えている解決困難な問題などによりロシアが必要な数に近い船舶を建造できる可能性は低いとモスクワの専門家は述べている。NSR沿いの陸上支援施設の開発がほぼ停止しているため、なおさらその可能性は低い。
(4) そのため、砕氷船と北極圏東部に関し新たな地政学的状況が生まれた。ロシアは国際的に支配的な地位を維持しているが、砕氷船に関する限り、その支配はますます見せかけのものとなっている。一方では、ロシアの砕氷船のほとんどは小型で、港湾で使用することはできても、Oleg Golubyov中将が認めているように、外洋航路で使用することはできない。他方で、ロシアは氷が残る北極圏東部を維持することにますます関心を寄せており、中国との貿易を維持し、北極海とその鉱物資源豊富な海底に対するロシアの主張に信憑性を与えるために、より多くの砕氷船を必要としている。しかし、これらの主張と北極圏東部でロシアが直面している困難は、他の国々が自国の砕氷船をさらに建造することを検討し、将来ロシアに挑戦する立場になるように導いている。その中には、カナダ、フィンランド、米国、中国が含まれる。カナダ、フィンランド、米国、中国等は、ロシアが砕氷船計画に過度に投資しており、老齢砕氷船を運用し続けているだけでなく、新しい砕氷船の建造が期限に間に合わないことを理解している。彼らを脅かしていた砕氷船の数に関するロシアの優位は、今や消えつつある。
(5) カナダ、フィンランド、米国、中国等の中で、最も急速な進歩を遂げているのは中国であり、近年、他のどの国よりも多くの砕氷船を建造しただけでなく、さらに重要なことに、1隻あたりの砕氷船の建造に必要な時間を大幅に短縮している。今のところ、ロシアは西側に対抗する同盟国である中国が、北極圏でのロシアの存在感を維持するのを助けてくれることを望んでいる。ロシアは、ある時点で中国が北極圏で支配的な地位を占め、ロシアを蹴散らすようになることを恐れている。モスクワの専門家が、ロシアの造船所は計画どおりには砕氷船を建造することはできないと述べていることを考えると、中国がロシアの支配を脅かすようになる可能性が高い。ロシアが北極圏東部の氷の中に自国の砕氷船を確実に送り込むことができないことは、大きな地政学的変化の始まりの明確な兆候である。西側諸国の政府は、時宜にかなった行動を採り、自国の砕氷船船隊も増強すること以外にこの大きな変化に対処する方法はない。
記事参照:Russia Lacks Icebreakers Its Arctic Fleet Needs to Function in Eastern Arctic

11月27日「英国のチャゴス諸島のモーリシャスへの返還は小国の勝利か―シンガポール大学院生論説」(Commentary, RSIS, November 27, 2024)

 11月27日付のシンガポールのS. Rajaratnam School of International(RSIS)のウエブサイトRSIS Commentary は、RSISの国際関係学修士課程院生Wang Yuchenの“Britain Returns Chagos Islands to Mauritius: A Victory for Small States?”と題する論説を掲載し、ここでWang Yuchenは英国がチャゴス諸島をモーリシャスに返還したことについて、小国でも国際司法裁判に勝訴し、国連等で多数の国の支持を得て大国に圧力をかけることで、領土紛争の解決が可能であることを示したとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年10月3日、英国とモーリシャスの首相は数十年にわたる両国の領土紛争に終止符を打つ共同声明を発表し、英国はついにチャゴス諸島をモーリシャスに返還した。これは、小国にとっての外交的勝利とみなされた。国際法を援用し、国際機関からの支持を得ることで、小国は大国に対して集団的圧力をかけ、大国の強権政治や一方的行動を抑制することができる。
(2) モーリシャスの属領であったチャゴス諸島は、1965年、モーリシャスが英国の植民地支配から独立すると、モーリシャスから切り離され、英国の支配下に置かれた。1967年から1973年まで、ディエゴ・ガルシアでの軍事基地建設のため、島の先住民はモーリシャスとセイシェルに強制移住させられ、モーリシャスは何十年もの間、英国によるチャゴス諸島支配に反対してきたが、英国は一貫してそれを退けてきた。
(3) チャゴス紛争はここ数年で転機を迎え、2019年2月、国際司法裁判所(以下、ICJと言う)は、英国のチャゴス諸島占領継続は違法であるとの勧告的意見を出した。ICJは、英国が「可能な限り速やかにチャゴス諸島の統治を終了する」義務があると裁定した。この判決に法的拘束力はないが、モーリシャスに訴訟のための確固とした道徳的・法的根拠を与えた。ICJの勧告的意見の後、国連総会はチャゴス諸島が「モーリシャスの領土の不可分の一部を形成する」ことを確認する決議を採択し、英国に対し「6ヵ月以内に無条件で植民地統治を撤回する」ことを要求した。総会では、116ヵ国が決議を支持、55ヵ国が棄権し、英国に賛成票を投じたのはわずか5ヵ国で、モーリシャスを支持する強い世界的合意が示された。
(4) この国連決議は、国際司法裁判所の勧告的意見と同様、法的強制力はなかったが、英国は国際的に疎外され、国際規範を遵守するよう圧力が強まった。英国は、モーリシャスと交渉せざるを得なくなり、2年にわたる交渉の末、最終的にチャゴス諸島の主権をモーリシャスに譲ることで合意した。この合意は、ディエゴ・ガルシア島の米軍施設の機能継続を認めているが、モーリシャスにとっては歴史的勝利となった。
(5) モーリシャスはこの裁判にあたり、紛争を2国間紛争から国際法の領域に移し、自らの主張の法的正当性を追求した。それによって国際的な支持を集め、小国であるモーリシャスに対して英国を不利な立場に置いた。モーリシャスは一貫して、「民族自決」と「脱植民地化」という国際法上の原則を持ち出し、国連憲章と「植民地国及び植民地人民の独立の付与に関する宣言」(決議1514)に従い、チャゴス諸島の分離は違法であり、その帰属を回復しなければ脱植民地化の手続きは完了しないと主張した。モーリシャスは、国連やICJ等国際機関の支持を得、国際機関はモーリシャスの主張を支持することを公に表明した。国連安全保障理事会の常任理事国であり、国際社会の重要な一員である英国は、国際法を無視することの代償を天秤にかける必要があった。
(6) チャゴス諸島のモーリシャスへの返還は、単に一小国の勝利というだけでなく、国際関係の大きな変化を象徴している。無秩序な世界では、強大な国家は依然として軍事的、経済的、政治的な優位性に基づき、利己的な行動を採るかもしれない。しかし現在では、法に従わなければ外交的および国際的評価を失う代償を負うことを十分に認識しており、国際法の重要性が増している。一方、ロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ハマス戦争のような例では、強権主義が続き、この変化が不完全で不均等であることを示している。国際社会の将来は、規範的理想と現実の溝を埋める法的枠組みと法執行の仕組みの強化にかかっているのかもしれない。
(7) 英国によるモーリシャスへのチャゴス諸島返還は、国際社会の中で正義と主権を追求する小国にとって、国際関係上の重要な節目となった。国際法と多国間外交は、歴史的不正義と植民地支配後の公平性を是正する上で、ますます重要性を増している。モーリシャスの成功は、大国の抵抗に直面しても、忍耐力、法的措置、国際的連帯によって勝利を収めることができることを示し、小国を鼓舞する道標となっている。長期的には、組織の全構成員の同意と信頼を得て秩序を維持することが最も効果的である。
記事参照:Britain Returns Chagos Islands to Mauritius: A Victory for Small States?

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) More NATO in the Arctic Could Free the United States Up to Focus on China
https://warontherocks.com/2024/11/more-nato-in-the-arctic-could-free-the-united-states-up-to-focus-on-china/
War on the Rocks, November 21, 2024
By Ryan R. Duffy is a retired U.S. Army infantry officer whose most recent assignment was at U.S. Army Europe and Africa where he has worked on campaign and contingency planning.
Jahara ‘FRANKY’ Matisek, Ph.D., is an active-duty U.S. Air Force command pilot serving as a military professor at the U.S. Naval War College and is a fellow at the Payne Institute for Public Policy and the European Resilience Initiative Center. 
Jeremy M. McKenzie is a retired U.S. Coast Guard officer and aviator.
Chad M. Pillai is a senior U.S. Army strategist.
 2024年11月21日、米退役陸軍士官Ryan R. Duffy、U.S. Air Force現役パイロットで米Naval War College教授Jahara ‘FRANKY’ Matisek、米退役海兵隊士官Jeremy M. McKenzie、そしてU.S. Army上席戦略研究家Chad M. Pillaiは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“More NATO in the Arctic Could Free the United States Up to Focus on China ”と題する論説を寄稿した。その中で4名は、北極は地政学的に重要な地域であるが、ロシアは軍事的存在を拡大し、また中国は「近北極国家」として影響力を強めているが、これにより、北極は資源開発や航路利用を巡る国際競争の場となりつつあるとの前提認識を示した上で、米国は北極における活動能力が限られており、特に氷海での軍事行動や輸送力に課題を抱えているが、NATOはカナダや北欧諸国が有する寒冷地戦闘能力を活用し、北極防衛を強化するための枠組みを提供でき、これにより、米国は資源をインド太平洋地域に集中させ、対中戦略を強化することが可能となると指摘し、具体的には、NATOが北欧諸国を中心とした合同遠征部隊を設立し、ロシアや中国による北極での支配的な行動を抑制することを提案している。そして4名は、北極ではロシアが核兵器を含む軍事力を強化し、かつ中国は経済的影響力を行使しており、これに対抗するための国際的な協調が不可欠であり、NATOが北極戦略を強化し、基幹施設、訓練、装備に投資することで、自由で安定した北極地域を維持しつつ、米国が他の地域へ軍事力を転用する基盤が構築されるだろう​と主張している。
 
(2) Does the United States need to update its Taiwan policy?
https://www.brookings.edu/articles/does-the-united-states-need-to-update-its-taiwan-policy/
Brookings, November 22, 2024
By Ryan Hass, Senior Fellow at Brookings
 2024年11月22日、米シンクタンクThe Brookings Institute上席研究員Ryan Hassは、同Instituteのウエブサイトに“Does the United States need to update its Taiwan policy?”と題する論説を寄稿した。その中でRyan Hassは、米国の台湾政策が中国の圧力増大と台湾海峡における緊張の高まりを背景に更新が求められているが、Trump次期政権はこれまでの「戦略的曖昧性」を維持しつつ、台湾の防衛と地域の安定を確保するための新たな取り組みを模索していると指摘した上で、そこでは、台湾の法的地位が未解決であることを主張し続けることで、台湾問題を中国の内政問題ではなく国際問題として位置付ける重要性が強調されると同時に、米国は「一つの中国」政策を緩やかに再定義し、台湾を巡る国際的な支持を広げる努力が継続されていると述べている。そしてRyan Hassは、Trump次期政権は中国による台湾への軍事的・非軍事的圧力に対抗するため、米台共同海上警備訓練や台湾への重要資源供給の支援、地域での軍事力の展開の強化などを提案するのと同時に、台湾が中国に挑発的な行動を採る場合には、米国がその影響を管理する意向も示していると指摘した上で、米国は台湾とウクライナの違いを明確にし、台湾防衛の重要性を強調する必要があるが、米国の台湾政策は平和と安定を最優先にし、台湾の民主主義と安全保障を支援する一方で、戦争回避のための抑止力を維持することが基本方針とされている点を強調している。
 
(3) How to Stop the United States and China from Sliding into War
https://warontherocks.com/2024/11/how-to-stop-the-united-states-and-china-from-sliding-into-war/
War on the Rocks, November 25, 2024
By Michael D. Swaine, a senior research fellow in the East Asia Program of the Quincy Institute for Responsible Statecraft
 2024年11月25日、米シンクタンクQuincy Instituteのオンライン誌Responsible Statecraft 上席調査研究員Michael D. Swaineは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“How to Stop the United States and China from Sliding into War”と題する論説を寄稿した。その中でMichael D. Swaineは、米国と中国の間で政治的・軍事的危機が発生する危険性が高まっており、このままでは偶発的な衝突が大規模な戦争に発展する可能性があるが、特に台湾や南シナ海を巡る緊張は高く、米中双方がこれを「交渉の余地のない脅威」と見なしていることが、危機管理を困難にしていると解説した上で、現在、危機回避のためのホットラインや軍事間の対話は存在するが、それらは不十分であり、信号の解釈や対応の誤りによる事態拡大の可能性を指摘している。そしてMichael D. Swaineは、この問題を解決するためには、米中双方が危機管理と予防において協調的な機構を構築する必要があるが、具体的には、これは民間主導の2層構造の危機対話であり、上層では政策の原因となる問題に焦点を当て、下層では具体的な危機管理の課題に取り組むものだとし、この機構では、危機予防の指針や用語集、危機手順書の作成が推奨され、双方が共通の理解を持つことが目指されると説明した上で、さらに、この機構に加えて首脳段階での危機管理演習を定期的に実施し、危機時の対応力を高めることが重要だと主張し、最後に、この過程は時間を要するが、放置すれば米中間の衝突は避けられないと警鐘を鳴らしている。
 
(4) Finland spent years on icebreaker deal before memorandum with US, Canada
https://www.arctictoday.com/finland-spent-years-on-icebreaker-deal-before-memorandum-with-us-canada/
Arctic Today, November 26, 2024
By Mary McAuliffe
 2024年11月26日の環北極メディア協力組織ARCTIC TODAYのウエブサイトは、“Finland spent years on icebreaker deal before memorandum with US, Canada”と題する記事を掲載した。その中で、①11月にフィンランド、米国、カナダが締結した極地用砕氷船の共同開発に関する覚書(MOU)は、7月に合意したIcebreaker Collaboration Effort(以下、ICE Pactと言う)の立ち上げを基盤としている。②2023年のフィンランドのNATO加盟後に生まれた一連の戦略的パートナーシップの中で、ICE Pactは米国とフィンランドの砕氷船に関する協力を初めて正式化したものである。③フィンランドは、世界の砕氷船の約80%を設計し、60%の砕氷船群を建造したと主張している。④米国の砕氷船団は、過去20年以上にわたりわずか3隻で維持されている。⑤2023年のU.S. Coast Guardによる分析では、今後数年間に極地任務を遂行するため、米国には合計8から9隻の極地砕氷船が必要であるとされている。⑥Obama政権は、2020年までに新しい極地砕氷船の生産活動を開始するため、2017年の予算要求に1億5,000万ドルを計上することを推進した。⑦フィンランドが米国に貸し出すという選択肢は消えたかに思われたが、2020年6月にTrump大統領がこの問題を再び防衛課題の最前線に押し戻した。⑧米造船企業VT Halter社主導の国産造船の試みが少なくとも5年遅れており、価格が当初の20億ドル以下から51億ドルに膨れ上がっている。⑨モスクワは40隻以上の運用可能な砕氷船を保有し、世界唯一の原子力砕氷船群を誇っている。⑩Trumpは既にフィンランドの指導者と電話で話し、砕氷船について議論しているというといった内容が報じられている。