海洋安全保障情報旬報 2024年11月1日-11月10日

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11月2日「専制主義国家陣営を支える中国―カナダ専門家論説」(Asia Times, November 2, 2024)

 11月2日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、カナダのUniversity of TorontoのBill Graham Centre for Contemporary History上席研究員George S Takachの“From Cold War 2.0 to World War 3.0”と題する論説を掲載し、George S Takachは現在世界で、民主主義国家と対立している専制主義国家網の中心が中国であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年末、Збройні сили України(以下、ウクライナ軍と言う)は8月に奪還したロシア領土を保持するために攻撃的な戦いを続けており、ロシアは北朝鮮の部隊をこの戦域に投入している。イスラエルは南レバノンのヒズボラを攻撃し、イスラエルとイランは直接、大規模なミサイル攻撃の応酬を行っている。さらに2024年、中国は台湾に対するグレーゾーンの軍事的懲罰戦術を3度にわたり大幅に強化している。私(George S Takach)は18ヵ月前にCold War 2.0という著書を書いたが、残るは北京が台湾に対する攻撃を完全な封鎖にまで拡大することにより、それが“World War 3.0”に拡大するだろう。
(2) 11月の第2週、この緊迫した地政学的状況の中で新たな米国の大統領が選出される。これほど重要な米大統領選挙は私の生涯で見たことがない。Kamala Harrisが勝利した場合、米国は引き続き世界中の安全保障同盟を強化し、Cold War 2.0を引き起こしWorld War 3.0の瀬戸際に世界を追い込んでいるロシア、中国、イラン、北朝鮮という専制主義国家4ヵ国に対抗するだろう。一方で、Donald Trumpが勝利した場合、予測不可能な独裁者志望者が何をするかは誰にも分からない。
(3) 世界で最も危険な専制主義国家の中で、ロシアが最大の脅威のように思える。Putinはその実力以上のことを行っているが、率直にいって、彼は「殴る」ことが大好きなのだ。それでも、専制主義国家網の中心的な存在は中国である。力の源を探るには、その金の流れを追えばよい。
a. 中国はロシアから大量の石油とガスを購入することでロシア経済を支え、その見返りに自動車、機械、技術部品を大量にロシアに輸出している。これらは、モスクワの戦争経済が武器や弾薬を量産し続け、国内の民衆が体制に対して反発するのを防ぐために不可欠なものである。
b. 中国がいなければ、ロシアはずっと以前にウクライナから撤退していただろう。しかし、中国の支援、さらには北朝鮮軍の助けを得て、モスクワはキーウへむき出しの侵略を続け、Trumpというより従順な米大統領の下でウクライナが降伏することを期待している。
c. 中国はまた、イランが輸出する原油のほぼ全てを購入することでテヘランを資金的に支えている。イランはこの資金を、とりわけ、フーシ派、ヒズボラ、ハマスといった中東の代理戦闘員向けの武器や弾薬の製造のために使用している。
d. そして、モスクワはフーシ派に衛星データを提供し、それによって紅海を通過する船舶を標的にできるようにしている。一方、イランは見返りとして、ロシアに無人機や弾道ミサイルを供給し、それがウクライナに大損害を与えている。
e. また、中国は北朝鮮の輸出品の95%を購入しており、のけ者扱いされている北朝鮮を存命させている。北朝鮮はロシアに対し、Збройні сили України(ウクライナ軍)との戦闘に使用する何百万発もの砲弾を供給しており、最近では弾道ミサイルもモスクワに輸出している。その見返りに、北朝鮮はモスクワから高度なミサイル技術を受け取っている可能性が高い。
f. それでもなお、専制主義国家網の原動力は中国であり、民主主義国家が毎年中国と数兆ドル規模の貿易を行うことで、中国の経済力を支えている。
(4) 次期米大統領の主要な任務は、民主主義国家から中国への莫大な経済的富の流れを止めることである。
記事参照:From Cold War 2.0 to World War 3.0

11月4日「『勝利』という概念を再評価する必要性―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, November 4, 2024)

 11月4日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、同Institute上席研究員Mick Ryanの“Victory in 21st century conflict”と題する論説を掲載し、現在の専制主義国家との対立において、民主主義国家は「勝利」という概念を再評価する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ここ数週間、ウクライナのVolodymyr Zelenskyy大統領はヨーロッパや米国を訪問し、ウクライナにとって受け入れ可能な条件で戦争を終わらせるために設計された「勝利計画」について政治指導者たちに説明している。「ロシアを和平首脳会談に参加させ、戦争を終わらせる意思を持たせるために、勝利計画を実行しなければならない」。つまり、この勝利計画は目的を達成するための手段である。Zelenskyyとその顧問たちは、たとえ軍事的勝利が達成されたとしても、この戦争の結果を決定するのは政治であることを理解している。ウクライナにとって、勝利計画の目指す結果は、ロシアを交渉の場に引き出し、Volodymyr Zelenskyy大統領の「平和的な解決策」を実現することである。
(2) したがって、戦争における勝利は単なる軍事的成功を超えたものであるべきである。歴史学者で政治学者であるBeatrice Heuserはその著書Evolution of Strategyの中で、軍事的勝利が戦争目的の持続的な達成につながるとは限らないと述べている。そして、「いかなる戦争においても最も重要な目的は、公正で持続可能な平和を築くことにある。勝利はそのような平和につながらない限り何の意味も持たない」と指摘している。現代戦争における勝利とは、戦争に勝つだけでなく、平和を勝ち取ることでもある。
(3) 勝利という概念、またはその言葉自体は、西側の政治家や学者が避けたがる傾向にある。Beatrice Heuser は「21世紀初頭の多くの西側リベラル派にとって、勝利はそれ自体としてほとんど価値を持たないように思われる。なぜなら、それを得るために支払う代償が利益と不釣り合いに思えるからである」と書いている。
(4) 勝利という言葉は、専制主義国家の指導者たちにはなじみのある概念である。2021年、中国共産党創立100周年の演説で、習近平国家主席は「新民主主義革命の勝利は、中国の半植民地・半封建社会という歴史に終止符を打った」と述べており、一方、ロシアのVladimir Putin大統領も国家の団結と誇りを高めるためにロシアの歴史的な勝利を繰り返し強調してきた。
(5) オーストラリアは現在、専制主義国家との重要かつ長期的な対立になると予想される状況の初期段階にいる。2024年の国家防衛戦略(National Defence Strategy)によれば、この対立は、主張や価値観の激しい争いによって形作られており、軍事的および非軍事的手段、そして、それに含まれる経済的・外交的手段を通じて展開されている」と指摘されている。国家防衛戦略は、この悪化する安全保障環境に対するオーストラリアの軍事的取り組みの要素を提示しているが、この戦略にも、他の政府戦略にも、今後数十年間の成功とはどのようなものかという国家の統一理論が含まれていない。これを実現するためには、専制主義国家の攻勢に直面しながら、どのようにして繁栄と安全を維持し、さらに築いていくのかを示す戦略上の包括的な「勝利の理論」をオーストラリア政府は記述する必要がある。そしてそのためには、政策立案者や指導者たちが勝利という概念を見直す必要がある。
(6) 勝利という概念は、第 2次世界大戦後の秩序を奪おうとする、裕福で技術的に進化した新たな専制主義国家の強大な力と対峙するために、西側諸国が必要とする基本的な知的構成概念でもある。
記事参照:Victory in 21st century conflict

11月4日「アジア版NATOへの反対には歴史がある―インド専門家論説」(Deccan Herald, November 4, 2024)

 11月4日付のインドの英字紙Deccan Heraldは、インドのシンクタンクObserver Research Foundation 戦略研究担当Abhishek Sharmaの“There’s a history to opposition towards an Asian NATO”と題する論説を掲載し、ここでAbhishek Sharmaは石破新首相が提唱しているアジア版NATOについて、かつてこの地域に存在したSEATOの歴史を知る各国は、加盟国以外を排除することになりかねないアジア版NATOのような組織を歓迎しないだろうとして、要旨以下のように述べている。
(1) 日本では、アジア版NATO構想を提唱した石破茂が、10月初め総理大臣に指名され、この地域の外交政策関係者の多くが警戒している。石破茂は米国のシンクタンクHudson Instituteに寄稿した論文で、「西側同盟国から中国を抑止するためには、アジア版NATOが不可欠である」と述べている。しかし、オーストラリアやインドなど日本と親密な友好国でさえ距離を置くなど、冷ややかな目で見られている。石破茂は引き下がらず、10月中旬の記者会見で、「この構想は、以前から考えていたもので、具体化するために自民党内で議論が行われることを期待している」と述べている。最近のASEAN首脳会議での石破首相の議論にこの構想がなかったのは、自民党内で議論が後回しにされていることを示しているが、中国の軍事的台頭の中、アジア版NATOに関する議論が再燃してきた。
(2) アジア版NATOへの疑問に対する答えの多くは、1954年9月8日の東南アジア条約機構(以下、SEATOと言う)に遡る。SEATOは、アジア太平洋地域における戦後初の多国間安全保障機構であったが、その欠陥を振り返ると、アジア版NATOに関していくつかの問題を挙げることができる。第1に、こうした組織は米国の決定した外交政策に従うことになると予想される。第2に、多国間安全保障機構に米国が存在することで、加盟国は自国と米国の利益が乖離した場合、自国の利益に反する米国主導の戦争に巻き込まれる危険性がある。台湾はその典型である。第3に、この地域の植民地支配後の国々は、自国の戦略的自立と主権を神聖視しており、多国間安全保障体制の一員となるのは、独立意識を奪うことになる。さらに、フィリピンとタイを除き、多くの東南アジア諸国がSEATOに参加していなかったことも、アジア版NATOに賛同し難い要因である。1960~1963年のラオス危機に際してSEATOは行動を起こせず、最悪の状態に陥った。
(3) 今日、アジア版NATOを求める声は東南アジアではごくわずかであり、安全保障面での利害の違いが浮き彫りになっている。これは、ほとんどの国が、多国間安全保障体制は地域の不安定性を高め、大国間の争いに従属させるものと確信しているからである。しかし、これはこの地域にいかなる種類の安全保障協力の枠組みも存在しないことを意味するのではなく、すでに、QUAD、AUKUS、米国と日本、韓国、フィリピンの3ヵ国による安全保障協力のような新しい枠組みが見られる。米国が主導する米日韓3ヵ国の枠組みであれ、QUADのような柔軟な枠組みであれ、新興国が地域均衡を通じて関与し、より大きな安全保障の責任を共有することになる。インド太平洋地域でアジア版NATOが誕生する可能性は低いが、課題に応じた連携に焦点を当てた少数国間主義が拡大すると思われる。
(4) インドにとって、アジア版NATO構想は新しい提案ではなく、第2次世界大戦の終結以来、インドは常に、集団としてのアジアの安全保障という考えに反対してきた。Nehru首相の下、インドはSEATOが結成される以前から太平洋条約の構想に反対していた。たとえば、1950年のバギオ会議では、インドは共産主義中国を承認し、不干渉政策を採っていたため、共産勢力に対抗する西側への軍事協力に反対した主要国であった。インドがSEATOに反対したことに続き、スリランカとビルマが条約加盟に反対する重要な契機となった。
(5) インドのJaishankar外務大臣は、QUADをアジア版NATOと見られることを、「いい加減な類推」と否定し、石破首相のアジア版NATO構想にも距離を置き、「我々はどの国とも同盟条約を結んでいない。そのような戦略的枠組みを念頭に置いていない」と述べている。インドのModi首相は、2018年のアジア安全保障会議で、「インドはインド太平洋地域を戦略として、あるいは限られた会員からなる会として見ていないし、支配を目指す集団とも見ていない。また、決してどの国にも敵対するものとは考えていない」と述べ、インドのインド太平洋展望が「自由」で「開かれたもの」であることを強調している。インド以外にも、オーストラリアや東南アジア諸国でさえ、アジア版NATOの構想を支持していない。オーストラリアのAlbanese首相は、ASEAN首脳会議の際、日本の首相と会談した後の記者会見で、「われわれには安全保障上の取り決めをしっかり実行している。問題は封じ込めでなく、国際法が確実に適用されるよう確認することである。」と述べている。同様に、東南アジアの学者たちも、この構想に反対し、「ASEAN加盟10ヵ国に対する攻撃」と呼んでいる。
(6) インドは、国際法に基づく秩序を維持し、海洋安全保障と防衛協力を強化するために、この地域の同志国と協力していくが、それはアジア版NATOのような排他的な反中組織に参加する意思があること示すものではない。地域の安全保障環境はこの10年で悪化し、ほとんどの国が中国の軍事力の脅威を認識しているが、それでもアジア版NATOに加盟してこの地域を再び大国政治の舞台にするより、自国の利益を守る別の方法を選ぶであろう。
記事参照:https://www.deccanherald.com/opinion/theres-a-history-to-opposition-towards-an-asian-nato-3260921

11月4日「インドネシアとロシアの海軍演習は形式重視―香港紙報道」(Asia Times, November 4, 2024)

 11月4日付、香港のデジタル紙Asia Timesは、フリージャーナリストJoseph Rachmanの“Indonesia-Russia naval exercises more surface than substance”と題する記事を掲載し、インドネシアとロシアが初めて実施した2国間海軍演習オルーダ2024の持つ意味について、要旨以下のように報じている。
(1) インドネシアとロシアの初の2国間海軍演習オルーダ2024が11月4日から始まった。11月8日までのこの訓練には、ロシアのコルベット3隻と支援艦が参加する。これは、インドネシアの新大統領Prabowo Subiantoが米国とその同盟国から離れ、ロシア・中国へ接近しようとしていると一部では解釈されている。しかし、ジャカルタではこの演習を過度に解釈することに反対する意見が大勢を占めている。すなわち、この演習は単にインドネシアが非同盟中立政策を継続するという意思表示であり、米国およびその同盟国とのより重要な安全保障上の関係がある中で、ロシアへの配慮を示したものに過ぎないという見方である。
(2) 大統領就任前で当時、国防大臣であったPrabowo Subiantoが7月にモスクワを訪問し、Vladimir Putin大統領と会談した。その際、Prabowo Subiantoはロシアを偉大な友人と称賛し、両国関係のさらなる改善に期待を表明した。10月25日、インドネシアのSugiono外相は、ロシアのカザンで開催された拡大BRICS首脳会談に出席し、インドネシアがBRICSへの参加を希望していることを表明した。これは、前Joko Widodo政権の態度を明確に転換するものである。
(3) インドネシアがロシアと海軍演習を行うのは、初めてではない。2014年から4回、直近では2023年に実施された多国間演習「コモド演習」には、インドネシアとロシアが参加しており、加えて米国、日本、中国なども参加していた。ロシアとの2国間での小規模な演習の実施は注目に値する動きかもしれないが、大きな変化とは言えない。スーパー・ガルーダ・シールドと呼ばれる年次軍事演習は、8月26日から9月26日までの1か月間実施され、インドネシア、米国、日本、シンガポール、英国、オーストラリア、カナダ、フランス、ブラジル、ブルネイ、インド、韓国、ニュージーランド、タイから約5,500名の兵士が参加した。それに比べるとオルーダ2024の規模ははるかに小さく、期間も4日間と短く、参加兵士も数百名に過ぎない。ある専門家は、「ガルーダ・シールドと比較すると哀れな演習で、ガルーダ・シールドという素晴らしいレストランで食事をした後に、乞食に施しをするようなもの」と述べている。
(4) Tentara Nasional Indonesia(インドネシア国軍)に関する公開情報を提供するJATOSINTの一員で防衛問題専門家Fauzan Maluftiは、「艦艇数や演習の規模から考えて、単なる象徴的なものではない」と述べたが、欧米諸国との演習と比較した場合、オルーダ2024は明らかに規模が小さく、複雑性も低いという点には同意した。大局的に見れば、ロシアとの友好関係を維持し、軍事協力の拡大を望むPrabowo Subiantoの姿勢は、インドネシアが伝統的に非同盟路線を好んできたことの一環と見ることができる。
(5) Australian Strategic Policy Institute上席研究員Fitriani Bintang Timurによれば、「Prabowo SubiantoはインドのNarendra Modi首相のやり方を真似したいと思っている。Narendra Modi首相はインドをQUADの一員として位置づけながらも、Putin大統領とも会談している」と述べ、加えて2023年にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議首脳会談で、Prabowo Subiantoがウクライナの和平案を提案したことは、インドネシアを世界的な影響力を持つ中堅国にしたいという彼の願望の表れであると指摘している。
(6) Center for Strategic and International Studies副所長Shafiah Muhibatは、BRICSへの参加表明のような決定に、Shafiah Muhibat自身を含めインドネシアの外交政策関係者の間では多くの者が驚いたが、それが本当にどれほど重要な意味を持つのかはわからないと認め、「Prabowo Subiantoは国際舞台に立つことを好み、できるだけ注目を集める必要がある」と語ったが、これらの動きが首尾一貫した明確な戦略的構想につながるかどうかは不透明であり、2025年中には状況が明確になる可能性があると付け加えている。
(7) インドネシア国立Airlangga University講師でインドネシア・ロシア関係の専門家であるRadityo Dharmaputraは、この演習は米国がロシアを外交的に孤立させようとしているにもかかわらず、ロシアが依然として重要な中堅国との強力な外交関係を維持していることを示すための手段であると述べ、この演習はさらに大きなものになる可能性があり、「ロシアは、Prabowo Subiantoが世界的な舞台でその能力を示すことを望んでいることも理解している。もしロシアがそれを与え、西側諸国がPrabowo Subiantoを過度に批判すれば、Prabowo Subiantoはロシアにより傾倒する」との予測を述べている。
記事参照:Indonesia-Russia naval exercises more surface than substance

11月4日「南極海に関わる中国の胡散臭い行動に鑑み、南極政策を再考せよ―オーストラリア国防問題専門家論説」(The Strategist, November 4, 2024)

 11月4日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategist は、同Institute上席研究員Elizabeth Buchananの“China’s fishy behaviour demands a rethink on Southern Ocean”と題する論説を掲載し、そこで南極の海洋生物資源の保存に関する委員会会合が開かれたものの、資源保護について何も合意に至らなかったこと、海洋資源の活用を進める中国がそうした動きに反対をつづけていることを指摘し、オーストラリアはAUKUSなどの枠組みを利用して対策を講じるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 今日、オーストラリアの裏庭である南極海で、新たな戦略的対立が展開され始めている。中国が南極海における漁業活動を拡大しようとしているのである。それに対し、オーストラリアは行動能力を強化しつつ、今日の戦略的現実に適合する合意を更新する必要がある。
(2) 10月25日、Commission for the Conservation of Antarctic Marine Living Resources(南極海洋生物資源保存委員会:以下、CCAMLRと言う)の第43回会合が閉幕した。そこでは、漁業に関する合意も、南極海における新たな海洋保護区域の設定に関する合意もなされなかった。また、すでに発効している資源管理の協定を更新することもできなかった。CCAMLRは、南極と南極海の海洋生物の保護を目的として1982年に設立され、オーストラリアはそこで中心的な役割を担ってきた。
(3) しかし、中国において食糧安全保障が優先事項になりつつある中、中国は南極海の資源活用の最大化を模索している。中国の長期的な安全保障戦略において遠洋漁業は中心的な役割を担っており、政府は遠洋漁業に助成金を支給している。2022年の「遠洋漁業の発展」に関する白書によれば、中国は177の事業を承認し、2,551隻の船舶を操業させている。また、中国は海洋資源の「持続的活用」を進めていると広報し、資源がある海域を地図化するための調査船を派遣している。こうした活動が資源保護の努力なのか、資源量の戦略なのかを峻別するのは難しい。
(4) 南極の資源問題の中心にあるのは、オキアミである。食物連鎖で重要な役割を果たすだけでなく、近年、サプリメントのブームのためにその経済的価値が再発見されている。
(5) 今回のCCAMLRの会合は、2024年6月に中国の新海警法が施行してから初めての会合であった。同法は、海警局が「中国の司法権の下にある海域で違法活動」に従事した外国船を裁判なしで逮捕し、2ヵ月勾留できることを定めている。「司法権の下にある海域」がどの海域を指すのか新海警法は定めていないが、南極海はそこに含まれるのだろうか。また同法は、中国による海の軍事利用のため、「一時的海洋保護区域」の設定を要請している。何十年もの間、中国は南シナ海における主張を正当化するための根拠を築こうとしてきた。中国がこの海警法を南極海に適用する可能性があることは明らかである。
(6) 中国は海洋生物資源の活用と保護の間の境界線をあいまいにしている。一貫して中国は、CCAMLRの新たな海洋保護努力に関して、さらなる調査が必要だとして反対を続けている。南極海ですでに活動中の中国の遠洋漁船の乗組員が誰であるかという問題もある。海警局はこうした活動を保護する任務を与えられてはいるが、漁師たちが軍服を着る可能性があるのだろうか。あり得ないことではない。
(7) CCAMLRのような合意に基づく国際機関は成果を残せないでいる。設立当時の1980年代よりも国際情勢が複雑化しているためである。我々の考え方もそれに合わせて展開しなければならない。AUKUSの提携国が南極海における戦略的利益を繰り返し主張していることを考慮すれば、AUKUSにおける「極地の柱」を計画すべきなのかもしれない。中国による「一時的海洋安全保障区域」が南極海に出現する前に、実現可能な解決策を講じるべきである。
記事参照:China’s fishy behaviour demands a rethink on Southern Ocean

11月5日「中国造船所における潜水艦沈没事故に対する『開放されたままのハッチ』が原因とする西側の主張を考える―インドジャーナリスト論説」(The EurAsian Times, November 5, 2024)

 11月5日付けのインド英字ニュースサイトThe EurAsian Timesは、インドのジャーナリストSumit Ahlawatの“China, India Submarine Accident: Navy Officials Decode Western Claims Of “Open Hatch” Sinking Theory”と題する論説を掲載し、Sumit Ahlawatは6月に生起した中国の新型原子力潜水艦の水没事故に関し、西側メディアは「作業上のミス」とハッチが開いたままであったことが重なった事故であるとの論調であるが、潜水艦勤務経験者あるいは関係者はこの論調の同意することに慎重である一方、インドの原子力潜水艦「アリハント」の浸水事故に対する報道で見られたインドあるいは中国を一段低く見ようとする姿勢もあるとして、要旨以下のように述べている。
(1) もしこれが事実なら、非難に値するが、西側諸国の観察者はすべてを語っているのか、それとも中国政府をあざ笑うためだけに根拠のない主張をしているのだろうか?潜水艦事故後にインドに対してなされた同様の主張が事実ではないことが判明したため、この疑問は検討する価値がある。
(2) 衛生画像では2024年6月、武漢の港で部分的に水没した新型の原子力潜水艦Type041潜水艦の引き揚げ作業を少なくとも4台の大型クレーンが試みている様子が映っており、人民解放軍海軍(PLAN)の潜水艦部隊にとって大きな後退を示している。この事故を引き起こしたとされる「作業上のミス」は、人民解放軍海軍が従っている訓練と安全手順について深刻な疑問を提起している。
(3) 米当局者は、こうした事態について議論する一方で、Type041潜水艦の事故についても知見を提供した。この事故は「作業員のミス」が原因とされた。当局者は、浸水の主原因は「開いたままのハッチ」だったと確認した。今回の事故は中国の潜水艦建造慣行におけるより幅の広い組織的失敗を示すものとして解釈されるべきではないと付け加えている。
(4) 元米潜水艦艦長Thomas Shugartは、ハッチを開けたままにするという過誤が報告された件について、状況はもっと複雑だろうと推測して、おそらくは修理や試験の一環として行われた潜水艦のトリムや喫水の調整の際にハッチの位置が水面近くになり、浸水につながった可能性があると示唆している。
(5) Thomas Shugartはまた、こうした事故が決して珍しいことではないことを強調し、1969年5月15日に発生したメア・アイランド海軍工廠で建造中だったスタージョン級攻撃型原子力潜水艦「ギターロ」が沈没した事件を振り返っている。「ギターロ」の事故は、作業に従事した2つの作業班が相互の連携のないまま前部および後部タンクに注排水を実施したため、「ギターロ」は前傾姿勢となり、前部ハッチが水面下に入ったため、大量に海水が流入、沈没した。
(6) Thomas Shugartは、Type041潜水艦の事故に同様の事象が関係していたとすれば、根本的な体系的問題を調査することが不可欠だと強調している。「ギターロ」の場合、この事件をきっかけに議会委員会が設立され、何が問題だったのかを概説し、解決策を提案した包括的な報告書が作成された。Thomas Shugartは、同様の詳細な調査は、中国の潜水艦事件の全容を明らかにする上で非常に有益である可能性があるが、そのような詳細は公表されない可能性があると指摘している。しかし軍事専門家達は、中国海軍がこのような単純だが重大で高くつく過誤を犯す可能性は低いと指摘している。
(7) 2017年の潜水艦事故後にBhāratiya Nau Sena(以下、インド海軍と言う)に対して同様の疑惑がかけられたが、後にそれが事実ではないことが判明した。インド海軍の退役軍人で原子力潜水艦「アリハント」と関係のある人物は、匿名を条件にユーラシアン・タイムズに対し、「同時に何か他の活動が進行していたはずであり、ハッチを開けたままにしておくことで港内の潜水艦が沈没するということは極めて考えにくい」と指摘している。しかし、元インド海軍当局者は、「もしこれが事実であるならば、確かに、中国人民解放軍海軍は、経験不足の乗組員による不適切かつ危険な手順や過誤で非難される可能性がある」と付け加えている。
(8) 米国防当局は、中国のType041潜水艦の沈没がハッチを開放のままにしたことによる「運用上のミス」が原因としているが、これは2017年に人為的ミスが原因で被害を受けたインド国産原子力潜水艦「アリハント」に関する同様の事故を思い起こさせる。
(9) 2018年、インド英字紙ヒンドゥー紙は、「アリハント」が停泊中に後部のハッチが誤って開いたままになったため、機械室に浸水し、損傷が発生したと報じた。しかし、この報道は後に誤りであることが判明し、安全保障問題を議論する際にはセンセーショナリズムの危険性と正確な情報の重要性が明らかになった。機械室区画には外部ハッチがないため、通常の状態では潜水艦内に海水が侵入することは事実上不可能である。さらに、報告書は、現代の潜水艦に組み込まれた技術的進歩を強調しており、潜水艦には、開いたハッチなどの潜在的な危険を乗組員に警告するように設計された多数のセンサーと警告システムが搭載されている。
(10) 現在、中国海軍は、一見似たような人為的過誤で非難されている。しかし、決定的な証拠が提示されるまで、この理論に従うのは賢明ではないだろう。一部の西側軍事評論家は、インドと中国の海軍が、目覚ましい拡張と近代化の努力にもかかわらず、単に「ハッチを開けたまま」にしておくだけで高価な潜水艦を破壊するほど愚かであると信じさせようとしている。確かに、これはインドと中国の海軍の専門性に対する意識に関する非常に悲しい評論である。とはいえ、これらの事件の影響は単なる作業上の失敗に留まらないため、公平な調査が必要ないということではない。これらの事件は、厳格な訓練、安全守則の継続的な評価、海軍作戦における強固な説明責任文化の必要性を改めて思い起こさせる重要な教訓となっている。
記事参照:China, India Submarine Accident: Navy Officials Decode Western Claims Of “Open Hatch” Sinking Theory
:フランスのNaval Newsが報じている「アリハント」の区画図では機械室上部にはハッチが描かれている。

11月7日「南シナ海でのマレーシアの行動についてベトナムが沈黙していることが微妙な外交的意思表示である理由―香港紙報道」(South China Morning Post, November 7, 2024)

 11月7日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Why Vietnam’s silence on South China Sea row with Malaysia is a ‘nuanced diplomatic gesture’”と題する記事を掲載し、ここでマレーシアがベトナムに南シナ海のサンゴ礁の埋め立て疑惑について苦情の書簡を送ったが、ベトナムはそれについて沈黙していることは隣国との関係を危険にさらすことを避けるための慎重な外交戦略である可能性があるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 2024年11月5日、マレーシアがベトナムに、両国が自国のものだと主張する南シナ海のサンゴ礁の埋め立て拡大疑惑について苦情の書簡を送ったという報道が浮上した。これは中国が関与していない珍しい2国間の事態拡大である。マレーシアの書簡は2024年10月初旬にベトナムBộ Ngoại giao(ベトナム外務省)に送られたが、これまでのところベトナムからの返答はない。ベトナムが反応を示さないのは、行動規範をめぐるASEANの分裂の中で2国間関係を危険にさらしたくないという兆候かもしれないと専門家は指摘している。専門家によると、南シナ海の岩礁拡大をめぐるマレーシアからの苦情に対してベトナムが沈黙を続けているのは、隣国との関係を危険にさらすことを避けるための慎重な外交戦略を反映している。ASEAN内の分裂は地域協定を遅らせる上で中国に優位性を与えている。2024年5月、中国のシンクタンクは、ベトナムが過去3年間で南シナ海の島々の土地を埋め立てた回数が過去40年間よりも多かったと主張しており、このベトナムの活動が南シナ海の紛争を「複雑にして拡大」する可能性があると警告している。
(2) 中国のシンクタンクGrandview Institution(国観智庫)は、ベトナムの島々の埋め立てにより、3平方キロメートルの土地が追加されたと述べており、オーストラリアのシンクタンクLowy Instituteの南アジア研究班研究員Abdul Rahman Yaacobは、ベトナムが返答を遅らせていることには多くの要因がある可能性があり、2024年11月半ばのAnwar Ibrahim首相の訪中の結果を待ちたいとマレーシアが考えている可能性があると述べている。Anwar Ibrahimマレーシア首相の4日間の訪中は、主にマレーシア経済を後押しするための潜在的な投資家に会うことを目的としている。Abdul Rahman Yaacobは「マレーシアはASEAN加盟国であり、ベトナムがマレーシアとの2国間関係を危険にさらしたくないことを考えると、ベトナムは慎重に官僚的な対応過程を行っているためかもしれない。2024年10月、中国の抗議にもかかわらず、国営エネルギー会社Petronasにより南シナ海のマレーシアのEEZで石油とガスの探査活動を継続するとAnwar Ibrahimマレーシア首相はすでに述べている。したがって、ベトナムへの抗議行動は、南シナ海の紛争海域に関連する問題に対してマレーシアが公平であると中国に示すためのマレーシアの戦略である可能性がある」と指摘している。
(3) Anwar Ibrahimマレーシア首相は、マレーシアは「いかなる国とも協議の扉を閉ざさない」と付け加えている。マレーシアの政治解析を専門とするSingapore’s Institute of International Affairs上席研究員Oh Ei Sunは、これまでのベトナムの沈黙を「微妙な外交的意思表示」と呼び、紛争に対するベトナムの立場を繰り返す可能性が高い正式な返答はASEAN加盟国との関係を「一時的に悪化させる」可能性があると述べている。Oh Ei Sunは「そのため、ベトナムは、現場での活動が進行中の間は返信しないか、おそらく無期限に返答を遅延することを検討している可能性が高い。マレーシアと中国は南シナ海の一部をめぐって2国間の主権紛争を抱えているため、苦情への返答の書簡を出すことは『諸刃の剣』になる可能性がある」と指摘している。中国は南シナ海のほぼ全域の領有権を主張し、マレーシア、ブルネイ、フィリピン、ベトナムのEEZを含む南シナ海の奥深くに海警総隊を配備している。Philippine Navyの防衛解析官Vincent Kyle Paradaは、ベトナムの沈黙はそれ自体が答えであり、その沈黙はベトナムが正当な所有者として自らの立場を示し、適切と思われる方法でサンゴ礁を開発する権限を行使していることを示していると述べている。
(4) 専門家達は、南シナ海紛争をめぐるASEAN内の意見の相違も、ベトナムが沈黙を続ける一因である可能性があると述べている。統一戦線の欠如が、係争中の海域での紛争を緩和するためのASEANと中国との間の行動規範に関する交渉の遅延につながっていると指摘している。Abdul Rahman Yaacobは、行動規範の対象となる責任範囲に関するASEAN加盟国間の意見の相違が、中国が分裂を「利用」して「自国の利益を追求し、交渉を遅らせる」ことを可能にしたと述べている。ASEAN事務総長Kim Hournは、中国との交渉を加速し、2026年までに結論を出すことを期待していると述べているが、Oh Ei Sunは、そのような議論は行動規範についての共通の立場に関する「ASEAN首脳会議声明の発表がほぼ毎年困難である」ことを考えると「短期的にはせいぜい加盟国を鼓舞するものに留まる」と述べている。Vincent Kyle Paradaは、カンボジアが議長国だった2012年に中国がASEANの共同声明で紛争への言及を一切禁止したなど、長年にわたる意見の相違が「南シナ海における中国の一方的な冒険主義に対抗する」ためのまとまりのある対応の試みを損なってきたと指摘している。そのことが、フィリピンなどの国々がオーストラリア、日本、米国などの域外関係国と提携して紛争の国際化に取り組んだ理由の1つでもあると彼は付け加えている。2024年7月、フィリピンは日本と円滑化協定を締結し、互いの国での共同戦闘訓練のための部隊参加を認めた。フィリピンの戦闘機パイロットは、ダーウィンで隔年に実施されているオーストラリア主導のピッチ・ブラック演習にも参加している。2024年10月、フィリピンと主要な同盟国は、台湾や南シナ海に面した地域を含む国内のいくつかの地域で大規模な合同演習を実施した。Vincent Kyle Paradaは「それらの演習参加は、東南アジアにおける中国の不均衡な影響力に対する対抗力として効果的に機能した」と付け加えている。
記事参照:Why Vietnam’s silence on South China Sea row with Malaysia is a ‘nuanced diplomatic gesture’

11月8日「ドナルド・トランプの勝利が米軍に与える影響―米専門家論説」(The National Interest, November 8, 2024)

 11月8日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、American Enterprise Institute上席研究員Mackenzie Eaglenの“What a Donald Trump Victory Could Mean for the U.S. Military”と題する論説を掲載し、ここでMackenzie EaglenはTrump政権の続投が実現した場合、国防政策の大幅な変更だけでなく、予算の再配分と改革努力も含まれることになるとして、要旨以下のように述べている。
(1) Trump政権の続投が実現した場合、戦略的な溝に対処するために国防支出と優先事項の再編成を目指すことになるであろう。そこには、効率性を高めるための軍の最適化、入隊と定着率の向上、海軍衰退の反転、経費のかかる空軍の旧式機の退役、大量の軍需品の生産への投資、第4権力機関と呼ばれる軍事部門に属さないU.S. Department of Defense内の機関・組織への予算の再配分などが含まれる。それは国防政策の大幅な変更だけでなく、予算の再配分と改革努力も含まれる。2024年夏、Reagan Institute Strategy Group(RISG)の討論会では、2025年1月以降の国防予算と政策の将来について、いくつかの重要な優先事項が浮上した。国防予算の配分は戦闘の優先事項と一致していないとの考えがあり、第1期Trump政権下の陸軍長官Ryan McCarthyは、国防関連の可能性のある項目を列挙している。
(2) 国家防衛戦略の下でU.S. Armed Forcesは、その広範な任務に適した規模に至っていない。軍は3つの地域で敵対勢力を抑止し、国土を守り、非国家主体やテロの脅威を阻止し続けている。しかし、軍はここ数十年で能力と戦力が減少している。艦艇、航空機、戦闘車両が老朽化し、現役部隊が縮小する中、増え続ける任務を達成するために、すべての人員がより一層努力しなければならない。Ryan McCarthyは、この問題の典型例としてU.S. Armyを挙げ、「陸軍は戦闘司令部が必要とする物資の最大60%を提供しているにもかかわらず、その予算は過去4年間で実質25%以上も減少している。需要は急増しており、減少の兆しは見えない。」と述べている。その解決策の一つとして、戦闘部隊の規模を適正化することが考えられる。
(3) 入隊者数の減少が続いていることは、軍にとって悩みの種となっている。新たな取り組みにより、この傾向を覆す可能性が見えてきたが、持続的な改善を実現するには、まだ多くの作業が残っている。国家への奉仕に対する信頼を回復し、次世代の軍人を惹きつけ、やる気を引き出すには、上層部による継続的な指導力が必要である。
(4) 造船は、国防予算の分野の中でも、過去10年間で支出が大幅に増加した数少ない分野である。2025年度の造船予算要求額は324億ドルで、2015年度の要求額124億ドルの2倍以上になっている。しかし、2015年度は新規建造8隻が求められていたが、2025年度の要求では同等のクラス9隻の建造に留まっている。海軍は依然として、退役が常に新規の建造を上回り、艦隊規模が縮小するという悪循環にある。Ryan McCarthyは、この予算分野の非効率性を洗い直すだけでなく、積み残しを解消するための新たな大規模な資金調達がなければ、海軍の「近代化計画と展望」について妥協が必要と強調している。
(5) Ryan McCarthyをはじめとする人々は、経費のかかる旧式航空機の退役を早めることを主張している。この考えには一理あるが、次期政権にとって重要なのは、退役した能力を補う規模で、開発計画を加速し、そのための調達資金を増加することである。また、一部の旧式システムを再利用して新たな命を吹き込むことについても議論すべきで、旧式化した装備の全てを廃棄すべきではない。
(6) 2つの消耗戦とも呼べる激しい戦争で、同盟国を支援するために戦ったことにより、軍需品産業基盤の脆弱性と、支出率に関する戦争計画の想定が楽観的であったことが露呈した。Ryan McCarthyは1980年代以来見られなかったような、大量かつ高率の兵器生産の復活を呼びかけている。これにより、30年にわたる衰退に歯止めをかけ、ミサイル生産への新規参入企業を特定し、現在の戦争が終結した後も複数年にわたる購入を拡大して在庫を再構築し、一部の臨時増員能力を回復することが可能になる。
(7) U.S. Department of Defenseの第4権力機関の資金プールは、特殊作戦や情報収集から機密研究やミサイル防衛まで、幅広い役割と責任を担うさまざまな機関や組織を対象としている。Ryan McCarthyは、この1,400億ドルの予算の10~15%を統合軍の増員、訓練、装備の充実のために再配分できると提案した。
(8)Trump大統領の1期目には、大統領在任中の4年間で2,250億ドルと予測を上回る国防費の増加が見られたものの、上記の多くの問題は依然として対処されなければならない。軍の即応性やその他の問題は、予算管理法の時代に生じたものであり、Trump大統領が望む軍の再建は、緊急の修復が必要なために妨げられていた。現在、国防費はわずか3%で、冷戦終結以来最低の水準に留まっている。もしTrump大統領が軍の修復および再建を目指しているのなら、彼の任期全体を通じてインフレ率を上回る予算の増加が必要となるであろう。官僚機構全体で節約や効率化は可能であるが、軍は戦略的な債務超過を回避するためにより多くの資源を必要としている。
記事参照:What a Donald Trump Victory Could Mean for the U.S. Military

11月8日「危機に瀕する南極条約の精神―オーストラリア海洋・南極問題専門家論説」(The Interpreter, November 8, 2024)

 11月8日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、Institute for Marine and Antarctic Studies 研究員Lyn Goldsworthy、同非常勤教授Tony Pressおよび同非常勤教授Evan T. Bloomの“Is a fundamental governing principle of the Antarctic Treaty System under threat?”と題する論説を掲載し、そこで3名は南極海洋生物資源保存委員会第43回会合がほとんど何の成果も挙げられなかったことに言及し、同委員会が満場一致の議決方式を採っているため、中国とロシアの資源保護への反対が足かせになっているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 10月末、Commission for the Conservation of Antarctic Marine Living Resources(南極海洋生物資源保存委員会:以下、CCAMLRと言う)の第43回会合が閉会したが、重要な問題に関する進展はなかった。それは、7月にインチョン(仁川)で開催されたオキアミに関する「調和シンポジウム」の後であったので、会合参加者は楽観的な気持ちでいた。しかし、海洋保護区域の設定や漁業管理規則の強化などの問題について、なんの前進もなく、むしろ会議の結果、CCAMLRの取り組みであった予防的な漁業管理からの後退が見られたのである。中国とロシアは、オキアミに関する予防的管理の失効を確実にしようとしている。
(2) CCAMLRの議決方式は満場一致方式である。科学的情報の最大限の活用と予防的措置が採用されている。つまり、情報が不確実な時、資源の保護あるいは漁獲禁止の措置が採られなければならない。
(3) CCAMLRは、参加国に南極の保護区域におけるあらゆる海洋生物の保護を求めている。そのために漁獲の管理、保護区域の設定、「予防的取り組み」の採用が求められている。2009年にCCAMLRは、海洋保護区域を広く設定することで合意し、これまでに2ヵ所が設定された。南極半島その他4ヵ所の提案については、中国とロシアの反対意見があり、まだ議論中である。
(4) 大西洋におけるオキアミ漁業に関しては、1991年以後、予防的取り組みにより年間合計62万トンと上限が定められた。その後、2009年に、その62万トンを分割された海区に分配する措置が採られるようになった。オキアミの漁獲の地理的集中、それによる生態系への悪影響を回避するためである。近年、中国がこの保護措置の撤廃を進めようとしている。今回の年次会合では、2009年の保護措置の更新に反対意見を投じた。これにより、62万トンの漁獲が一ヵ所で起こり得ることになる。
(5) 参加国の大部分は、2009年の措置の延長を妥当な予防措置と考えていたので、今回の失効は、予防的取り組みからの後退を示唆している。中国の5ヵ年計画は遠洋漁業の拡大を含んでおり、それに南極海も含まれるのは明らかである。この会議を含め、中国は公式に、既存の海洋保護区域に関する見直しを要求している。ロシアもこうした動きに同調している。両国ともに、南極で確立された合意形成の手法に対し、協調するよりも、自分たちの気に入らない提案に拒否権を発動する傾向がある。
(6) 第43回会合の結果は、CCAMLRが依って立つ諸原則への誓約を新たに確認するといった断固とした参加国による対応を必要とする。つまり、協力に基づき人間の活動を管理し、最新の科学情報を活用しつつ、予防的取り組みに従って行動するという原則である。CCAMLRは中国やロシアの行動を退け、すべての参加国が協調して、持続可能な保護を目指す断固とした対応をすべきである。協力体制が再確立されるまで、オキアミを含め、新たな漁業は認められるべきではない。中国とロシアはそもそもCCAMLRの精神に則っているのか。彼らの取り組みに異議を唱える必要がある。
記事参照:Is a fundamental governing principle of the Antarctic Treaty System under threat?

11月8日「新たな冷戦のための新戦略―米専門家論説」(The Heritage Foundation, November 8, 2024)

 11月8日付の米シンクタンクThe Heritage FoundationのニュースサイトDaily Signalは、The Heritage FoundationのDouglas and Sarah Allison Center for National Security所長Robert Greenwayの“A New Strategic Service for a New Cold War”と題する論説を掲載し、ここでRobert Greenwayは中国との新たな冷戦に打ち勝つために、米国は特殊作戦および機密活動を統合し、Office of Strategic Services(戦略事務局、OSS)を再建する時が来たとして、要旨以下のように述べている。
(1) Office of Strategic Services(戦略事務局:以下、OSSと言う)は、第2次世界大戦を優位に戦うために米国政府全体に分散していた能力を集約する目的で、1941年7月11日にFranklin Roosevelt大統領によって設立された。戦後、1947年の国家安全保障法によってOSSは解散となり、その構成要素は各省庁や機関に分配され、ソ連との冷戦の間には、さまざまな結果をもたらした。中国共産党との新たな冷戦の課題に対応するためには、U.S. Department of Defenseは、紛争を阻止し、米国の利益を脅かす脅威を排除する世界規模の手段を実施できる独自の能力、権限、基幹施設を統合し、さらにこれらを拡大する必要がある。
(2) 米国は、冷戦に勝利して以来、軍事力を軽視してきたため、通常戦闘の危険性を軽減し、軍事力と戦略的抑止力を再編成するために必要な時間を稼ぐことができる新たな戦略的部門を創設する必要が生じている。これは、より効果的な抑止力を確保することで、紛争の可能性を低減させるものである。米国は優れた能力を有しているが、その能力は異なる組織に分散しているため、その有効性は制限され、既存の権限を十分に活用できていない。
(3) 冷戦の間、米国はソ連と競い合うのに苦戦し、ベトナムやキューバといった代理国を舞台にソ連に対抗して非対称的な優位性により、「熱い」戦争がしばしば生じた。U.S. Department of Defenseは1950年代に特殊作戦能力を復活させたが、その範囲は主に武力紛争における通常作戦への直接支援に限定されていた。ベトナム戦争は、U.S. Department of Defenseの非正規戦を支援する能力の範囲を拡大し、無法状態や反乱から身を守るための提携国の能力を向上させた。1980年代までに、アフガニスタンにおけるソ連に対する非正規戦への派遣では、相当な軍事資源が投入され、ソ連の撤退と最終的な崩壊に貢献した。
(4) イランにおける国王の失脚、ソ連のアフガニスタン侵攻とその崩壊、パキスタンと北朝鮮による核兵器の獲得など、米国の利益に対する重大な脅威を予測し、阻止できなかった一連の失敗は対処されなかった。1986年のゴールドウォーター・ニコルズ国防総省再編法およびナン・コーエン修正条項は、イランにおける米人人質救出作戦「イーグル・クロウ作戦」の失敗、および1983年10月のグレナダ侵攻作戦後のU.S. Department of Defense内部の評価を経て、U.S. Department of Defense内の結束の欠如に対処することを目的としたものであった。統合特殊作戦司令部は統合戦闘部隊司令部として設立され、1947年のOSS解散後にU.S. Department of Defense全体に分散していた多くの能力が集約された。しかし、機密情報収集など、多くの能力は依然として統合特殊作戦司令部の管轄外であった。
(5) 2001年9月11日の同時多発テロ(以下、「9.11」と言う)の後、2004年の情報改革およびテロ防止法(IRTPA)により、国防および情報機関の間でより緊密な連携が義務付けられたが、資源や権限の調整は成功しなかった。このため、膨大な能力が十分に活用されず、優先順位の低いものに集中し、サイバーや宇宙といった新たな能力との統合も行われなかった。その結果、中国、ロシア、イラン、北朝鮮からの危険性や広範な脅威に効果的に対処できていない。9.11委員会の報告書は、この溝を指摘し、準軍事的機能をU.S. Department of Defenseに戻し、U.S. Department of Defense内に統合することを勧告したが、その実施は見送られた。現在我々が直面する課題は、勧告につながった範囲をすでに上回っている。勧告の内容も見直しが必要である。
(6) OSSは、Joint Chiefs of Staffのために情報を収集・分析し、他の機関に割り当てられていない特殊作戦を遂行することを目的としていた。この方式では、OSSの活動の範囲と規模が他のすべての省庁や機関を上回るものであり、戦時下の軍事目標を支援するために多大な支援と調整が必要であることが認識されていた。世界規模の戦役を支援、維持し、効果的に実施する能力に秀でていたOSSは、「心理戦のための軍事計画の立案、開発、調整、実行」と「軍事作戦に必要な政治、心理、社会学、経済に関する情報の収集」を担当した。そして、OSSは「敵国が占領または支配する地域における破壊活動、スパイ活動、防諜活動、ゲリラ戦、敵国が占領または支配する地域における地下組織、米国における外国籍のグループ」の分野で活動する権限を与えられていた。
(7) 中国共産党との新たな冷戦に突入する中、直面する脅威の様相に応じてテロ対策に重点を置きつつ、核拡散や非正規戦争への実用的な資源配分を検討すべきである。戦力を統合すれば重複が減り、効率的な運用が可能になる。これには、宇宙およびサイバー領域における、発展中の能力も含まれる。これにより、新たな紛争の最前線における既存の特殊作戦や機微な活動との統合や革新が可能になる。その結果として、作戦や活動は、必要に応じてU.S. Department of State、U.S. Department of Commerce、U.S. Department of the Treasuryなど他省庁や機関と調整しながら実施され、その活動を全面的に支援することになる。
(8) 中国共産党と台頭しつつある「悪の枢軸」からの挑戦に対処するためには、特殊作戦や機微な活動をより効果的に実施し、紛争を阻止し、中国との新たな冷戦に打ち勝つために競争をうまく管理できるよう、独自の能力を強化し、拡大する必要がある。OSSが解体されたことで、その構成要素は省庁や機関に再配分されたため、階層間の競合する議題や優先事項に対処する際は、多くの調整が必要となった。脅威は進化しており、前回の冷戦時と同様に、国家の安全保障機構も進化すべきである。
(9) 1986年のゴールドウォーター・ニコルズ法は重要な一歩を踏み出したが、まだ完全ではない。たとえば、特殊作戦・低強度紛争担当次官補(ASD SOLIC)は特殊作戦の資源や人員を管理しておらず、監督する立場にある将軍たちに異議を唱えることもできない。同様に、2004年の情報改革およびテロ防止法は、9.11同時多発テロを引き起こした重大な欠陥に対処したが、このテロの調査のために設立された委員会の勧告には及ばなかった。いずれの立法努力も、第2次世界大戦後に戦略的能力が分散されたことによって生じた欠陥を是正しようとするものであったが、まだやるべきことは残っている。特殊作戦および機密活動の統合を完了し、中国との新たな冷戦に打ち勝つために、それらに再び焦点を当てる時が来た。絶え間なく進化する紛争の性質と、OSS解体後の経験に基づいて、今あるべき姿としてOSSを再建する時が来たのである。
記事参照:A New Strategic Service for a New Cold War

11月8日「日中両国は尖閣諸島をめぐる紛争をうまく管理できるか?―オーストラリア専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, November 8, 2024)

 11月8日付のシンガポールのS. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のInstitute of Defence and Strategic Studiesが発行するIDSS Paperは、S. Rajaratnam School of International Studies国際関係学修士課程院生Wang Yuchenと同School国際関係論准教授Li Mingjiang の“China-Japan Thaw: Can the Two Countries Better Manage the Diaoyu/Senkaku Islands Dispute?”と題する論説を掲載し、ここで両名は尖閣諸島において、インドと中国が紛争地域において異なる時間に時差哨戒を行う、緩衝地帯を設定するなどの協定を策定したことが日中両国間の関係改善に大いに役立つであろうとして、要旨以下のように述べている。
(1) ここ数カ月で日中関係の改善の兆しが現れているように見えた。たとえば、福島第一原発の処理水の海洋放出をめぐる紛争など、論争の的となっている問題に対する何らかの解決が見られた。過去10年ほどの日中関係は、主に領土紛争をめぐる緊張、歴史的な不満、地政学的な調整、部分的な経済的および技術的切り離しによって特徴付けられてきた。日中にとっての大きな課題は、尖閣諸島の紛争である。近年、双方からの軍事的配備の増加、海上での対立、ナショナリズム的な主張を引き起こしている。適切に対処されなければ、この紛争は依然として大きな摩擦の原因となり、日中関係に大きな混乱をもたらし、2国間関係を改善する努力を停滞させる可能性がある。
(2) 尖閣諸島は、東シナ海に浮かぶ総面積6.3km2の小さな無人島群である。これらの島々の主権は、長い間、日中の間で論争の的となってきた。ここ数ヶ月、係争海域をめぐる対立や事件が著しく増加している。2024年4月、中国海警局の船舶は、係争中の島々を視察していた稲田智美元防衛大臣が率いる日本の議員団と対峙した。2024年6月、中国は新海警法を制定し、中国当局が不法に中国領海に侵入した疑いのある外国船舶や個人を最大30日間拘留することを認めた。この規制により、中国海警総隊は立ち入り禁止区域の設定、より厳格な監視の実施、紛争海域周辺へのドローンやその他の監視機器の配備が可能になった。これらの規則は、日本では大きな懸念を引き起こした。2024年10月、中国海警総隊は、日本の漁船が尖閣諸島周辺の中国領海に不法侵入したと報告し、同船に退去を呼びかけた。
(3) これらの対立は、中国の国内政治と日中の地政学的な対立の文脈で理解することができる。2023年12月に行われた中国海警局東シナ海管区の視察において習近平国家主席は、効果的な海上法執行と中国の領土主権と海洋権益の断固たる保護の必要性を強調した。その結果、中国は尖閣諸島周辺での存在感を増しており、過去1年間でこの地域での活動は活発化した。島々に対する中国の断定的な姿勢は、ナショナリストの感情と歴史的な不満、特に「屈辱の世紀」に関連するものに根ざしている。中国によると、1985年の下関条約により、尖閣諸島は日本に割譲された。中国政府にとって、島の主権は過去の屈辱を乗り越えることを象徴している。この紛争は、地域の地政学、特に日中間の「安全保障のジレンマ」にも深く影響されている。日本は中国の強硬な姿勢に警戒感を強めている。日本は、中国との緊張が高まる中、2022年12月東シナ海における中国の脅威の高まりに明確に対処するため、ほぼ10年ぶりに国家安全保障戦略(以下、NSSと言う)を改訂した。改訂されたNSSでは、中国が日本の直面している最大の安全保障上の課題と定義されている。さらに、日本の2024年防衛白書では、尖閣諸島周辺での中国の頻繁な活動に対抗するために、日本の海上保安庁と海上自衛隊の能力を強化することの重要性を強調している。この緊張が続いていることで、日本は米国との安全保障同盟への依存度が深まっている。たとえば、2024年4月に当時の岸田首相が米国を公式訪問した際、日米は防衛協力について70以上の合意に達した。その合意には、自衛隊とU.S. Armed Forcesの統合を深め、新たな防衛技術を開発し、合同演習を強化するという誓約が含まれている。今後、日本と中国は、戦略的な信頼関係が欠如する中、防衛力の継続的な向上というサイクルに陥る可能性がある。
(4) 長年にわたり、日本と中国は「東シナ海平和協力友好イニシアチブ」の下で、東シナ海と尖閣諸島をめぐる海洋紛争を管理するためにいくつかの措置を試みてきた。しかし、島の主権への懸念がこれらの協力目標に影を落とすことが多く、進展は限定的であった。日中両国にとって最も困難な問題は、紛争地域における海上保安庁と海警総隊の活動である。両国は、係争海域での海上保安庁/海警総隊の哨戒を強化している。中国は尖閣諸島付近の海域に定期的に海警船を派遣しており、日本の海上保安庁も監視活動を続けている。これらの哨戒により緊張は定期的に急上昇しているが、これまでのところ双方は直接的な軍事的衝突を防ぐことに成功している。日本と中国が「東シナ海平和協力友好イニシアチブ」の下で交流を続けることは有益であるが、海上保安庁/海警総隊それぞれを規制する努力に焦点を当てることも有益である。両国は、紛争中のヒマラヤ国境沿いでインドと中国が最近締結した撤退合意から着想を得ることができる。それには軍隊の段階的な撤退、哨戒体制の変更、将来の紛争の危険性を減らすための緩衝地帯の設定が含まれる。撤退合意の一環として、インドと中国は、実効支配線(LAC)に沿った対決を避けるために、異なる時間に時差哨戒のシステムを実施することに合意した。この取り決めにより、中印両国の哨戒隊は事前に決められた計画で紛争地域に進出できるようになり、以前は緊張と対立につながっていた双方が遭遇する危険性が軽減された。
(5) 機能的な危機管理機構を確立するという誓約がなければ、日中2国間関係を持続的に改善することは難しいであろう。尖閣諸島付近の海域に関し、中印間の協定は日中両国間の関係改善に大いに役立つであろう。
記事参照:China-Japan Thaw: Can the Two Countries Better Manage the Diaoyu/Senkaku Islands Dispute?

11月9日「台湾は民間防衛を強化せよ―オーストラリア治安維持問題専門家論説」(East Asia Forum, November 9, 2024)

 11月9日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物EAST ASIA FORUM は、オーストラリアのCharles Sturt University上席講師Leo SF Linの“Taiwan needs to strengthen its civil defence”と題する論説を掲載し、そこでLeo SF Linは台湾における民間防衛を増強する必要があるが、現在の制度や予算の下では不十分であるとして、その改善策などについて、要旨以下のように述べている。
(1) 台湾の民間防衛システムは、内政部・警政署の管轄であり、災害救援や公共の安全、軍事作戦などにおいて重要な役割を果たしている。空爆からの避難、防空壕の提供などがその任務の一部である。近年の台湾は民間防衛に関する人員と基幹施設の強化を進めてきた。たとえば現在、台湾には8万3,863ヵ所の防空壕があり、合わせると5,500万人を収容できる。さらに警政署の下部組織である第2特殊警察部隊は、地元の民間団体と共同し、安全確保能力の拡大強化に努めている。地元警察も、心肺蘇生や止血の訓練など、民間防衛訓練を拡充している。地方政府も地域での訓練を強化している。たとえば、台湾電力公司との協力で、原発での事件を想定した訓練を実施している。
(2) こうした努力にもかかわらず、いくつかの重要な問題が民間防衛能力向上の障害となっている。第1に制度上の問題に由来する士気の低さ、第2に不十分な訓練、第3に歴史的に台湾の民間防衛の低い優先度、第4に公開の議論の欠如である。
(3) 現在の民間防衛は、制度的に上意下達であり、これが他の政府機関との調整や協力を制約する。またこうした構造は地方の所要を見過ごす傾向があり、それが柔軟性の欠如につながっている。資金的な制約のために十分な訓練が実施されていないことも問題である。資金や人集めは融資や人的つながりに依存しており、地域社会の所要に基づいていない。規定に定められている民間防衛の訓練時間は16時間の基礎訓練と年間4~8時間の再確認訓練だが、これは空爆の避難や災害救援などに実際に必要な訓練時間を大幅に下回る。
(4) これらの問題の対処には士気の改善から始めるべきである。台湾の市民社会は民間防衛に積極的な役割を果たすことができる。政府は上意下達の構造に依存するのではなく、信頼関係の構築と草の根団体との提携の構築を優先すべきである。すでに市民団体による意識向上運動などが、こうした試みに貢献している。最近では、「全社会的防衛抗堪性委員会」を設立し、社会におけるさまざまな部門との対話強化が試みられている。市民の士気を高め、危機対応における包摂的な取り組みを生み出すのに役立つであろう。
(5) 中央政府による監督と地方自治の間の均衡を取る制度改革を進める必要がある。垂直的には、台湾は民間防衛をもっと上部組織の管轄下に置き、政府内部での機関間の協調を推進すべきである。警政署の下では別の機関との協力が制約されている。水平的には、地方当局にもっと多くの権限を与え、自治体段階の訓練などを管理させることで、危機対応における柔軟性を高めるべきである。現在、年に1回実施されている演習を土台にするとよい。予算を拡充する必要もある。予算的制約があるため、訓練や人集めが十分ではない。包括的訓練を支援し、危機対応に必要な技術を与えるための資金が必要である。
(6) 台湾の民間防衛は岐路にある。前進はしているが、まだまだ改善の余地がある。市民社会をより積極的に関わらせることで、台湾の民間防衛能力は向上し、現在の課題および将来の不安に対してよりよい準備ができるようになる。
記事参照:Taiwan needs to strengthen its civil defence

11月10日「フィリピン海洋関連法、中国抗議、米支持―フィリピン紙報道」(The Manila Times, November 10, 2024)

 11月10日付のフィリピン国営日刊紙The Manila Times電子版は、“China hits, US backs new PH maritime law”と題する記事を掲載し、フィリピンが制定した2本の海洋関連法について、米国は支持を表明したが、中国は抗議を申し立ててきたとして、要旨以下のように報じている。
(1) Marcos Jr.フィリピン大統領は11月8日、フィリピン海域法(Philippine Maritime Zones Act)とフィリピン群島航路法(Philippine Archipelagic Sea Lanes Act)に署名した。これらの法律はフィリピンの管轄海域と群島の境界を規定するもので、Marcos 大統領は署名式典で、この2本の新法は国際法の下での義務を果たしつつ、群島国家としてのフィリピンの権利を主張するものとした上で、「これらの法律は、海洋資源を保護し、豊かな生物多様性を維持し、そして我々の管轄海域が全てのフィリピン人の生命と生活の源であり続けることを保証するという我々の決意を誇示するものである」と述べている。
(2) これらの法律に対して、中国政府は直ちに駐中国フィリピン大使に対して正式な抗議を申し立てた。中国外交部報道官は11月8日の会見で、「いわゆるフィリピン海域法は、中国の黄岩島(英名:スカボロー礁)や中国管轄の南沙諸島のほとんどの海洋自然地形、さらにはそれら海洋自然地形の周辺海域をフィリピンの海域内に違法に取り込んでいる」と述べ、これらの法律は南シナ海に関連する「違法な仲裁裁判所裁定」を正当化しようとするものと指摘した。さらに、同報道官は「南シナ海における中国の領土主権と海洋権益は、明確に歴史的かつ法的根拠に基づいており、フィリピンの法律に影響されない」と述べ、また法律は南シナ海行動宣言(DOC)に違反しており、南シナ海の状況を「より複雑」にするとも主張した上で、中国は必要な全ての措置を講じる権利を留保していると強調している。
(3) 一方、U.S. Department of State報道官は11月8日の会見で、フィリピン海域法について、1982年のUNCLOSと2016年の仲裁裁判所裁定に準拠したフィリピンの国内法として支持を表明し、「この法律は、UNCLOSに準拠して、フィリピンの内水域、群島水域、領海、接続水域、EEZおよび大陸棚を定義している」と述べている。さらに、米報道官は「米国は、特に南シナ海において国際法を遵守するフィリピンの率先性を評価しており、全ての国に対し、自国の海洋権益主張をUNCLOSに表徴される海洋に関する国際法に準拠するよう要請する」と述べている。
(4) フィリピン国内では、University of the PhilippinesのInstitute of Maritime Affairs and Law of SeaのJay Batongbacal所長は、フィリピン海域法は単に南シナ海におけるフィリピンの管轄権が国際法と完全に一致している正確な境界線を明確にしているもので、「もし中国政府が、我々が実際に何を主張し、何のために戦っているのか、そしてそれが何処にあるのかについて、真摯に対話を望むのであれば、彼らはこの法律をその証拠として受け入れるべきである」と述べており、De La Salle University講師Don McLean Gillは、2本の法律は国際法、UNCLOSおよび2016年の仲裁裁判所裁定に従ったもので「挑発的なことは何もない」とし、「インド太平洋の法に基づく海洋領域の積極的な利害関係国として、これらの法律はフィリピンにとって実用的な措置であり、重要な一歩で」あり、中国の継続的な侵略の中で南シナ海のフィリピン管轄海域である西フィリピン海を保護するために企図されたものであると述べている。
(5) 他方、フィリピン群島航路法は、フィリピンの主権と海洋領域の保護を目的とするもので、UNCLOSと国際民間航空条約(シカゴ条約)に従って、外国の軍艦および外国登録航空機の通過に当たって利用できる航路と範囲を規定するものである。Eduardo Año国家安全保障担当大統領補佐官は、この2本の海事法はフィリピン政府に「合法的かつ平和的な海洋活動を推進しながら」、海事関連法と管轄権を効果的に執行する権限を付与するものであるとした上で、「これらの法律は、フィリピンの海洋資源と権益を保護し、管理するための明確で強固な法的枠組みを提供し、フィリピン国民の利益のためにそれらを持続可能な形で利用できるようにするものである」と強調し、さらに「フィリピン海域法によって2016年の仲裁裁判所裁定と国際規範に準拠したフィリピンの法的地位がさらに強化されるとともに、同様に重要なのはフィリピン群島航路法であり、これによって、フィリピン群島水域内での外国船舶や航空機の航行を規制することができる」と述べている。
記事参照:China hits, US backs new PH maritime law
関連記事1:2本の法律の全文は公表されていないが、以下の記事も参照されたい。
South China Sea: new Philippine laws that sparked Beijing’s fury to ‘stress’ foreign ships
South China Morning Post.com, November 11, 2024
関連記事2:中国は11月10日、対応策として、黄岩島の領有権を主張するため、黄岩島周辺の16ヵ所の基点(base point)を公表した。以下の記事を参照されたい。
China maps out claim to Scarborough Shoal amid dispute with Philippines
South China Morning Post.com, November 10, 2024

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) The Voyage of the Meishan and Xiushan: China’s Template for a Blue-Water Coast Guard
https://warontherocks.com/2024/11/the-voyage-of-the-meishan-and-xiushan-chinas-template-for-a-blue-water-coast-guard/
War on the Rocks, November 4, 2024
By Ryan D. Martinson is a researcher in the China Maritime Studies Institute at the U.S. Naval War College. 
2024年11月4日、U.S. U.S. Naval War College のChina Maritime Studies Institute研究員Ryan D. Martinsonは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“The Voyage of the Meishan and Xiushan: China’s Template for a Blue-Water Coast Guard”と題する論説を寄稿した。その中でRyan D. Martinsonは、中国の海警船「梅山(Meishan)」と「秀山(Xiushan)」は、35日間の遠洋航海を終え、帰還したが、この航海はбереговая охрана Пограничная служба Федеральной службы безопасности Российской Федерации(ロシア連邦保安庁国境警備局沿岸警備隊)との共同哨戒の一環として実施され、中国海警総隊が北極海で初めて作戦を行ったものであるが、この任務は公海での漁業秩序の保護とされていたが、実際には中国の海外権益を守るための軍事的色彩を帯びた行動として解釈されると指摘し、その理由として、今回使用された艦船は、人民解放軍海軍の最新鋭Type054Aフリゲートをひな型としたType818海警船であり、艦長には人民解放軍海軍生え抜きの士官が指名され、作戦中の高い機密性が保たれたことなどを挙げている。そしてRyan D. Martinsonは、中国海警局が従来の法執行任務を超えて、海軍の補完的役割を担う「第2の海軍」としての性格を強化しているが、実際、このような遠洋での活動は中国の領土権や漁業権を守る「権益保護」という目標を掲げており、南シナ海や東シナ海での戦略を北太平洋や北極海にまで拡大させる兆候を示していると述べた上で、中国政府は、中国海警総隊を海外での権益保護のための主要な道具として位置付けており、これにより他国との摩擦が今後さらに増大する可能性があると主張している。
 
(2) Chinese Experts on the Situation of the South China Sea
http://www.scspi.org/en/dtfx/chinese-experts-situation-south-china-sea
South China Sea Probing Initiative (SCSPI), November 5, 2024
2024年11月5日、北京大学の南海戦略態勢感知計画のウエブサイトは、呉士存・華陽海洋研究センター理事長兼中国南海研究院学術委員会委員長をはじめとする中国の海洋問題専門家による、“Chinese Experts on the Situation of the South China Sea”と題する論説を公表した。その中で呉士存らは、中国の南シナ海における行動は地域の不安定化と緊張を引き起こしていると指摘されているが、実際には、米国の軍事介入と一部の係争国の行動が主要な原因であり、中国の島嶼埋め立てや海洋活動は、自国の主権と権益を守るための正当な行動であると主張しているほか、中国は2016年の南シナ海仲裁裁判所の判決を「管轄権を超えた違法な判決」として受け入れておらず、この判決が地域の紛争を解決するどころか、対立を深めたとして非難し、南シナ海問題の解決には、国際法だけでなく地域の文化的・歴史的文脈を尊重し、対話と協力を基盤とした軍事的対立を避けるための包括的な取り組みである「アジア的知恵」が必要だと強調している。そして呉士存らは、米国は南シナ海での航行と飛行の自由を掲げ、中国の行動を批判しているが、これは「米国の海洋覇権の典型」であるとして非難し、米国の航行の自由作戦や軍事活動は、地域の平和を脅かし、さらなる対立を引き起こす可能性があると指摘した上で、南シナ海の現状について、短期的には大規模な軍事衝突は起こらないと予測しているが、フィリピンや米国などの外部勢力による挑発が状況をさらに複雑化させる可能性があると警鐘を鳴らしている。
 
(3) China-Russia Relations in the Arctic
https://www.rand.org/pubs/perspectives/PEA2823-1.html
RAND, November 7, 2024
By Abbie Tingstad is an adjunct senior physical scientist at RAND and a professor of policy analysis at the Pardee RAND Graduate School.
Stephanie Pezard is associate research department director, Defense and Political Sciences, and a senior political scientist at RAND. 
Yuliya Shokh is a technical analyst at RAND. 
2024年11月7日、米Pardee RAND Graduate Schoolの Abbie Tingstad教授、米シンクタンクRAND Corporation のStephanie Pezard副部長、RAND CorporationのYuliya Shokh情報分析担当者は、同シンクタンクのウエブサイトに“China-Russia Relations in the Arctic ”と題する論説を寄稿した。その中で3名は、北極における中国とロシアの関係が米国や他の北極諸国にとって重要な戦略的課題となっているとした上で、歴史的に北極は協力が重視されてきた地域であったが、近年は気候変動による海氷の減少が進み、資源開発や航路利用を巡る地政学的な対立が激化しており、特に中国は自らを「近北極国家」と位置付け、経済的・科学的活動を通じて関与を強化し、また、ロシアとの協力も進め、エネルギープロジェクトや北極海航路の利用を通じて北極での存在感を拡大していると解説している。そして、3名は一方、ロシアは広大な北極領域を保有し、軍事的および経済的拠点として重視しているが、ウクライナ侵攻以降、西側諸国からの投資や技術協力を失ったため、中国に依存せざるを得ない状況にあるものの、中ロ間関係には根強い不信感も存在しており、ロシアは中国による北極圏の軍事的利用を制限し、また、中国もロシア依存の危険性を懸念し、他の北極諸国との協力を模索していると指摘し、米国およびNATO諸国は、この関係の脆弱性を利用して、中国とロシアを分断する戦略を採る可能性があるなど、北極における中国とロシアの関係は、地域の将来と国際的な安全保障の文脈で注視され続けるだろうと主張している。​
 
(4) China’s Gray-Zone Offensive Against Taiwan Is Backfiring
https://www.foreignaffairs.com/china/chinas-gray-zone-offensive-against-taiwan-backfiring?utm
Foreign Affairs, November 8, 2024
By David Sacks, Fellow for Asia Studies at the Council on Foreign Relations
2024年11月8️日、米シンクタンクCouncil on Foreign Relations研究員David Sacksは、同Councilが発行する外交・国際政治専門の隔月誌Foreign Affairsのウエブサイトに“China’s Gray-Zone Offensive Against Taiwan Is Backfiring”と題する論説を寄稿した。その中で、①中国による台湾周辺での大規模な軍事演習はこれまで比較的稀だったものが、過去2年間でほぼ常態化している。②しかし、これらの演習は単発的な行動ではなく、台湾に対する「グレーゾーン」作戦の中核を成すものと見なすべきである。③中国が理想とする筋書きでは、台湾の人々がこうしたグレーゾーン活動の累積的な圧力に耐えられなくなり、最終的に屈服することで、中国政府が武力を使わずに台湾の支配を勝ち取ることができる。④しかし、この作戦が裏目に出ていることは明らかで、中国政府がこの目標を達成するためには武力行使に頼らざるを得なくなる可能性を高めている。⑤台湾企業は中国への依存を減らしつつあるが、中国は製造業における台湾の技術製品への依存を続けている。⑥台湾が中国の圧力に対応する中で、封鎖や侵攻への備えに必要な限られた資源を使い果たす危険性がある。⑦台湾は現実の力の不均衡に適応することが重要であり、旧式の装備への投資を減らし、無人システム、機雷、ミサイルに重点を移すべきである。⑧米国は、グレーゾーンによる威圧に対抗するために、台湾への追加の軍事援助を発表し、高度な軍事能力をさらにこの地域に配備し、日本と特に南西諸島での軍事協力を深化させるべきである。⑨米政府と台湾政府の連携は、中国政府に対し、現在の路線を維持することの対価が利益を上回るかどうかを再検討させる可能性があるといった主張を述べている。