海洋安全保障情報旬報 2024年10月1日-10月10日
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10月1日「中国の軍事、情報での侵入に対抗して台湾を防衛する―台湾安全保障専門家論説」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, October 1, 2024)
10月1日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのPacific Forumが発行するPacNetは、台湾の安全保障専門家Emerson Tsuiの“Defending Taiwan by countering PRC military and information incursions”と題する論説を掲載し、ここでEmerson Tsuiはインド太平洋地域の国家や台湾に対する中国のグレーゾーン戦術に対抗するためには、「集団の力による平和」が解決策となるべきであり、多国間枠組みで中国に対して戦争の対価を課すことができるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年8月26日、中国軍のY-9偵察機が男女諸島の東方の日本の領空に初めて侵入した。台湾外交部と日本の外務省は、この行為に抗議し、中国政府が他国の主権を侵害し、地域の平和を不安定化させていると非難した。今回の領空侵犯は中国のグレーゾーン戦術の1つである。グレーゾーン戦術には行動を変える行為や敵対的な当事者間の均衡を変更することが含まれる。2016年、習近平国家主席の1期目に中国は台湾と近隣諸国を威圧するためにグレーゾーン戦術の使用を拡大させており、その戦術は軍事、情報要素、外交、金融、情報、法律、開発戦略を網羅している。これらの行為は、台湾海峡における法に基づく海洋秩序を侵害し、インド太平洋の安全保障の均衡を脅かすものである。2020年9月以降、台湾国防部は中国の侵入を体系的に追跡し公表してきた。中国の侵入のピークは2023年9月18日で、中国軍の航空機103機が台湾防空識別圏(以下、台湾ADIZと言う)に侵入している。2022年、中国の航空機が台湾ADIZに侵入した回数は79%増加した。台湾国防部が公開したデータによると、2024年8月、中国軍は台湾のADIZに侵入し、1日平均19機の航空機と9隻の中国の海軍艦艇、公船が侵入した。中国軍機による侵入は台湾海峡の中央線を頻繁に越え、現状を不安定化させている。
(2) 2024年6月25日、台湾海岸巡防署は金門島沖の台湾海域に侵入した海警船4隻を退去させた。これに対応して、Center for Strategic and International StudiesのJude Blanchetteを含む専門家は、このような海上紛争により死傷者が出た場合の中国による台湾に対する挑発の可能性について懸念を強めている。2024年6月17日、中国とフィリピンの間で衝突が発生し、米国とフィリピンの安全保障条約の発動寸前となった。2024年8月31日に南シナ海で中国とフィリピンが海上衝突した最近の衝突は、意図的な侵入の危険とその結果を強く示している。領海侵犯と領空侵犯に加えて、サイバー攻撃と選挙干渉が、長年、中国のグレーゾーン戦術として取り上げられてきた。台湾の邱国正国防部長は、台湾は毎日500万件のサイバー攻撃を受けていると述べている。中国は、選挙干渉を通じて台湾の民主主義と事実上の自治を標的にしている。1996年以降、中国は台湾の選挙に日常的に干渉し、民進党など独立系政党が台湾を支配することを防ごうとしている。中国は、LINE、TikTok、Facebookなどのメディアを利用して、台湾の世論に影響を与えるための偽情報運動を行っている。Deep Fakeなどの公開情報の内容は、統一の方向で意見を述べ、ビデオやテキストベースの伝達内容を通じて、国民の支持を「頑固な台湾分離主義者」から中国のお気に入りの候補者に変えることを目的としている。台湾の基幹施設に対するサイバー攻撃と相まって、台湾の選挙への干渉は、台湾の一般市民と指導部が中国政府に包括的に対応するように動機付けることを目的としている。
(3) 中国政府の戦略的な考え方は、戦わずして勝つことである。中国の優先事項は、最終的には、直接的な紛争を起こすことなく台湾に本土との平和統一を強要することである。中国は、各国に外交的認識の転換を促し、台湾を外交的に孤立させることであり、両岸問題を内政として国内化することを提唱している。中国は台湾に両者間の力の非対称性を納得させ、台湾に中国の利益に従って行動するよう強制し、最終的に統一を受け入れさせることを意図している。これらの取り組みの成功は、これまでのところ限定的であった。中国政府は、台湾を孤立させることで外交面ではささやかな成功を収めているが、台湾の世論は自治権の維持を概ね支持しており、これは台湾の民主主義が中国の強要に反対していることを反映している。軍事と情報領域にまたがる違反行為は、台湾に対する中国の認知戦における氷山の一角に過ぎない。中国は台湾を外交的に孤立させ、軍事的に威嚇し、経済的に封じ込め、情報を操作している。このような強要や非平和的な手段は、1992年の合意のような両岸関係を律する法的な枠組みに基づく慣行と矛盾する。グレーゾーン戦術は、米中間の3つの共同声明の戦略的目標、特に台湾問題を脅かしている。
(4) 結論として、中国は台湾に心理的対価を課し、統一には強要と恐怖に基づく統制が必要であるとの認識により、戦略的目標の達成に努めている。国際社会は、台湾に対する外交的支持を表明する合意が高まっている。しかし、政治的な対価をかけて中国を抑止するだけでは、グレーゾーン戦術を抑制するには不十分である。台湾の安全保障を守るためには、軍事力に基づく統合抑止力、情報戦の勝利、経済の抗堪性が必要であり、集団行動の重要性が強調される。中国に戦略的な意図を送るために、中国の分割統治戦術に対する対抗策を作るべきである。過去45年間、両岸関係に関する米国の外交政策は戦略的なあいまいさが支配的であった。かつては、この取り組みにより、米国は台湾の独立を明示的に支持することを避けながら、1つの中国政策の下での「中国」の概念の広範な解釈を維持することができた。しかし、現在、インド太平洋地域の国家や台湾に対する中国の行動に対抗するためには、「集団の力による平和」が両岸の安全保障上のジレンマの解決策となるべきである。多国間枠組み、特にAUKUSは高度な能力を共有することで、中国に対して認識された戦争の対価を課すことができる。たとえば、バージニア級原子力潜水艦と量子技術は台湾の抑止力を強化することができる。志を同じくする同盟国によるこのような構想を活用することで、台湾は情報・監視・偵察(ISR)の全体的な優位性を強化し、信頼性のある抑止力を強化することができる。
記事参照:Defending Taiwan by countering PRC military and information incursions
(1) 2024年8月26日、中国軍のY-9偵察機が男女諸島の東方の日本の領空に初めて侵入した。台湾外交部と日本の外務省は、この行為に抗議し、中国政府が他国の主権を侵害し、地域の平和を不安定化させていると非難した。今回の領空侵犯は中国のグレーゾーン戦術の1つである。グレーゾーン戦術には行動を変える行為や敵対的な当事者間の均衡を変更することが含まれる。2016年、習近平国家主席の1期目に中国は台湾と近隣諸国を威圧するためにグレーゾーン戦術の使用を拡大させており、その戦術は軍事、情報要素、外交、金融、情報、法律、開発戦略を網羅している。これらの行為は、台湾海峡における法に基づく海洋秩序を侵害し、インド太平洋の安全保障の均衡を脅かすものである。2020年9月以降、台湾国防部は中国の侵入を体系的に追跡し公表してきた。中国の侵入のピークは2023年9月18日で、中国軍の航空機103機が台湾防空識別圏(以下、台湾ADIZと言う)に侵入している。2022年、中国の航空機が台湾ADIZに侵入した回数は79%増加した。台湾国防部が公開したデータによると、2024年8月、中国軍は台湾のADIZに侵入し、1日平均19機の航空機と9隻の中国の海軍艦艇、公船が侵入した。中国軍機による侵入は台湾海峡の中央線を頻繁に越え、現状を不安定化させている。
(2) 2024年6月25日、台湾海岸巡防署は金門島沖の台湾海域に侵入した海警船4隻を退去させた。これに対応して、Center for Strategic and International StudiesのJude Blanchetteを含む専門家は、このような海上紛争により死傷者が出た場合の中国による台湾に対する挑発の可能性について懸念を強めている。2024年6月17日、中国とフィリピンの間で衝突が発生し、米国とフィリピンの安全保障条約の発動寸前となった。2024年8月31日に南シナ海で中国とフィリピンが海上衝突した最近の衝突は、意図的な侵入の危険とその結果を強く示している。領海侵犯と領空侵犯に加えて、サイバー攻撃と選挙干渉が、長年、中国のグレーゾーン戦術として取り上げられてきた。台湾の邱国正国防部長は、台湾は毎日500万件のサイバー攻撃を受けていると述べている。中国は、選挙干渉を通じて台湾の民主主義と事実上の自治を標的にしている。1996年以降、中国は台湾の選挙に日常的に干渉し、民進党など独立系政党が台湾を支配することを防ごうとしている。中国は、LINE、TikTok、Facebookなどのメディアを利用して、台湾の世論に影響を与えるための偽情報運動を行っている。Deep Fakeなどの公開情報の内容は、統一の方向で意見を述べ、ビデオやテキストベースの伝達内容を通じて、国民の支持を「頑固な台湾分離主義者」から中国のお気に入りの候補者に変えることを目的としている。台湾の基幹施設に対するサイバー攻撃と相まって、台湾の選挙への干渉は、台湾の一般市民と指導部が中国政府に包括的に対応するように動機付けることを目的としている。
(3) 中国政府の戦略的な考え方は、戦わずして勝つことである。中国の優先事項は、最終的には、直接的な紛争を起こすことなく台湾に本土との平和統一を強要することである。中国は、各国に外交的認識の転換を促し、台湾を外交的に孤立させることであり、両岸問題を内政として国内化することを提唱している。中国は台湾に両者間の力の非対称性を納得させ、台湾に中国の利益に従って行動するよう強制し、最終的に統一を受け入れさせることを意図している。これらの取り組みの成功は、これまでのところ限定的であった。中国政府は、台湾を孤立させることで外交面ではささやかな成功を収めているが、台湾の世論は自治権の維持を概ね支持しており、これは台湾の民主主義が中国の強要に反対していることを反映している。軍事と情報領域にまたがる違反行為は、台湾に対する中国の認知戦における氷山の一角に過ぎない。中国は台湾を外交的に孤立させ、軍事的に威嚇し、経済的に封じ込め、情報を操作している。このような強要や非平和的な手段は、1992年の合意のような両岸関係を律する法的な枠組みに基づく慣行と矛盾する。グレーゾーン戦術は、米中間の3つの共同声明の戦略的目標、特に台湾問題を脅かしている。
(4) 結論として、中国は台湾に心理的対価を課し、統一には強要と恐怖に基づく統制が必要であるとの認識により、戦略的目標の達成に努めている。国際社会は、台湾に対する外交的支持を表明する合意が高まっている。しかし、政治的な対価をかけて中国を抑止するだけでは、グレーゾーン戦術を抑制するには不十分である。台湾の安全保障を守るためには、軍事力に基づく統合抑止力、情報戦の勝利、経済の抗堪性が必要であり、集団行動の重要性が強調される。中国に戦略的な意図を送るために、中国の分割統治戦術に対する対抗策を作るべきである。過去45年間、両岸関係に関する米国の外交政策は戦略的なあいまいさが支配的であった。かつては、この取り組みにより、米国は台湾の独立を明示的に支持することを避けながら、1つの中国政策の下での「中国」の概念の広範な解釈を維持することができた。しかし、現在、インド太平洋地域の国家や台湾に対する中国の行動に対抗するためには、「集団の力による平和」が両岸の安全保障上のジレンマの解決策となるべきである。多国間枠組み、特にAUKUSは高度な能力を共有することで、中国に対して認識された戦争の対価を課すことができる。たとえば、バージニア級原子力潜水艦と量子技術は台湾の抑止力を強化することができる。志を同じくする同盟国によるこのような構想を活用することで、台湾は情報・監視・偵察(ISR)の全体的な優位性を強化し、信頼性のある抑止力を強化することができる。
記事参照:Defending Taiwan by countering PRC military and information incursions
10月1日「中国軍改革は米国様式を目指している―韓国専門家論説」(RSIS Commentary, October 1, 2024)
10月1日付、シンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトRSIS Commentariesは、The Korea Institute, for Military Affairs(韓国軍事問題研究所)上席研究員で韓国海軍退役大佐Sukjoon Yoonの“An Analysis of Chinese Military Reform – Towards the US Model?”と題する論説を掲載し、ここでSukjoon Yoonは習近平国家主席が汚職を減らし、統制を中央に集中させるために人民解放軍を改革した結果、現在の人民解放軍の指揮統制構造は米国のそれと類似したものとなっているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 習近平が前任者から引き継いだ人民解放軍(以下、PLAと言う)は、主に防衛を目的とした非効率的な軍事組織であり、軍区司令員と中国共産党との間の指揮命令系統や責任の所在が明確に区別されていないことが多かった。また、PLAは民間経済への物資や役務の提供を含む商業活動に従事しており、汚職の温床にもなっていた。習近平は、第1列島線の内側で、米国の前方展開可能な遠征部隊に対抗するためのPLA能力強化に重点的に取り組んだ。そして、PLAの改革が基本的に完了する年として2035年を示し、2049年までに世界最高水準の中国軍の実現を目指し、旧態依然としたPLAの指揮統制構造を統合作戦能力に優れた機敏で柔軟なシステムに置き換える取り組みを開始した。
(2) 2015年後半、習近平は中国軍の最高司令官として野心的な改革案を発表した。中央軍事委員会の4総部と呼ばれた総参謀部、総政治部、総後勤部、総装備部は、15の委員会と事務局に再編された。この改革では、たとえば戦略企画部、合同参謀部、科学技術委員会の設置など、米国の地域軍司令部の様式の一部が採用された。しかし、政治工作部は維持され、中央軍事委員会に規律・監査委員会が新設されたため、PLAのソ連型からの転換は不完全なものだった。さらに、7つの軍区を解散し、米国の6つの地域統合軍司令部に類似した5つの戦区司令部を設置した。その任務は、米国の地域統合軍司令部の作戦地域(以下、AORと言う)に類似している。
a. 中央戦区は北京およびその周辺地域をAORとする。
b. 北部戦区はロシアおよび朝鮮半島方面の有事に備える。
c. 西部戦区は新疆およびチベットをAORとし、インドに対する防衛を担当する。
d. 東部および南部戦区は、東シナ海、台湾海峡、南シナ海における中国の戦略的利益を守る。
(3) 同時に、習近平はネットワーク戦、サイバー戦、宇宙作戦を担当する人民解放軍戦略支援部隊(以下、PLASSFと言う)を新設した。しかし、PLASSFは現在、解散されている。これは、組織構造は異なるものの、機能的には米国のサイバー軍、宇宙軍、戦略軍に相当するものであった。さらに、米国の輸送軍が6つの地域統合軍に対して行っているのと同様の任務支援業務を5つの戦区に提供する人民解放軍統合後方支援部隊(PLAJLSF)も新設している。中国の海外における利益が拡大する中、最終的には世界規模のAORを保有することをPLAは目指していると思われる。
(4) また、習近平はそれまで中国の地方自治体の政治指導部と密接なつながりを持っていたPLAの18コ集団軍を再編し、13に削減して名称も変更した。そして、集団軍の重装備師団は、より機敏で有機的、かつ迅速な対応が可能な旅団規模の6コ統合兵団に再編成された。これらの旅団は、重・中・軽の陸上戦闘能力に分けられ、各大隊には適切な規模の戦闘、業務、および支援の中隊が配属されている。この結果生まれた構造は、最近米国陸軍が設立した多領域作戦任務部隊に類似しており、その目的は、潜在的な対ロシア、および中国への軍事的挑発行為への対応を同期化し、新たな運用概念、技術、および兵器を通じて多領域での戦闘準備態勢を整えることである。
(5) 2024年4月、習近平はさらなる改革を実施し、PLASSFをPLA宇宙軍、PLAサイバー軍、PLA情報支援軍に置き換え、米国の組織構造にさらに近づけた。現在、PLAは陸軍、海軍、空軍、ロケット軍の4軍種と宇宙軍、サイバー軍、合同後方支援部隊、情報支援部隊の4兵種で構成されている。これらの兵種は、戦略および作戦段階の指揮統制と中央軍事委員会の階層とを結びつけている。各戦区司令員は、そのAOR内の集団軍、艦隊、航空基地、旅団、合同後方支援センターなどを含む軍部隊を指揮する。これらの改革は、軍の統合戦闘概念、作戦経験、戦闘準備態勢を改善するために、PLAの内部における作戦指揮の慣行と戦略的思考を変化させることを目的としている。以前は、監督不足と汚職により、その役割と任務が損なわれていたが、新しい構造では、戦区軍の任務と機能がより明確に理解されるはずである。
(6) 以前のPLAの司令員達は、他の先進的な軍隊の司令官たちと比較すると、専門の能力が不足しており、政治色が強すぎた。この新しい構造は、中国軍が自らの役割と機能に、より専門的に集中することを可能にするであろう。こうした組織改革に加え、習近平の「軍民融合」戦略に沿って、科学技術研究集団の支援による兵器システムの開発にも新たな重点が置かれている。習近平は、人民解放軍をU.S. Armed Forces型に作り変えつつある。
記事参照:An Analysis of Chinese Military Reform – Towards the US Model?
(1) 習近平が前任者から引き継いだ人民解放軍(以下、PLAと言う)は、主に防衛を目的とした非効率的な軍事組織であり、軍区司令員と中国共産党との間の指揮命令系統や責任の所在が明確に区別されていないことが多かった。また、PLAは民間経済への物資や役務の提供を含む商業活動に従事しており、汚職の温床にもなっていた。習近平は、第1列島線の内側で、米国の前方展開可能な遠征部隊に対抗するためのPLA能力強化に重点的に取り組んだ。そして、PLAの改革が基本的に完了する年として2035年を示し、2049年までに世界最高水準の中国軍の実現を目指し、旧態依然としたPLAの指揮統制構造を統合作戦能力に優れた機敏で柔軟なシステムに置き換える取り組みを開始した。
(2) 2015年後半、習近平は中国軍の最高司令官として野心的な改革案を発表した。中央軍事委員会の4総部と呼ばれた総参謀部、総政治部、総後勤部、総装備部は、15の委員会と事務局に再編された。この改革では、たとえば戦略企画部、合同参謀部、科学技術委員会の設置など、米国の地域軍司令部の様式の一部が採用された。しかし、政治工作部は維持され、中央軍事委員会に規律・監査委員会が新設されたため、PLAのソ連型からの転換は不完全なものだった。さらに、7つの軍区を解散し、米国の6つの地域統合軍司令部に類似した5つの戦区司令部を設置した。その任務は、米国の地域統合軍司令部の作戦地域(以下、AORと言う)に類似している。
a. 中央戦区は北京およびその周辺地域をAORとする。
b. 北部戦区はロシアおよび朝鮮半島方面の有事に備える。
c. 西部戦区は新疆およびチベットをAORとし、インドに対する防衛を担当する。
d. 東部および南部戦区は、東シナ海、台湾海峡、南シナ海における中国の戦略的利益を守る。
(3) 同時に、習近平はネットワーク戦、サイバー戦、宇宙作戦を担当する人民解放軍戦略支援部隊(以下、PLASSFと言う)を新設した。しかし、PLASSFは現在、解散されている。これは、組織構造は異なるものの、機能的には米国のサイバー軍、宇宙軍、戦略軍に相当するものであった。さらに、米国の輸送軍が6つの地域統合軍に対して行っているのと同様の任務支援業務を5つの戦区に提供する人民解放軍統合後方支援部隊(PLAJLSF)も新設している。中国の海外における利益が拡大する中、最終的には世界規模のAORを保有することをPLAは目指していると思われる。
(4) また、習近平はそれまで中国の地方自治体の政治指導部と密接なつながりを持っていたPLAの18コ集団軍を再編し、13に削減して名称も変更した。そして、集団軍の重装備師団は、より機敏で有機的、かつ迅速な対応が可能な旅団規模の6コ統合兵団に再編成された。これらの旅団は、重・中・軽の陸上戦闘能力に分けられ、各大隊には適切な規模の戦闘、業務、および支援の中隊が配属されている。この結果生まれた構造は、最近米国陸軍が設立した多領域作戦任務部隊に類似しており、その目的は、潜在的な対ロシア、および中国への軍事的挑発行為への対応を同期化し、新たな運用概念、技術、および兵器を通じて多領域での戦闘準備態勢を整えることである。
(5) 2024年4月、習近平はさらなる改革を実施し、PLASSFをPLA宇宙軍、PLAサイバー軍、PLA情報支援軍に置き換え、米国の組織構造にさらに近づけた。現在、PLAは陸軍、海軍、空軍、ロケット軍の4軍種と宇宙軍、サイバー軍、合同後方支援部隊、情報支援部隊の4兵種で構成されている。これらの兵種は、戦略および作戦段階の指揮統制と中央軍事委員会の階層とを結びつけている。各戦区司令員は、そのAOR内の集団軍、艦隊、航空基地、旅団、合同後方支援センターなどを含む軍部隊を指揮する。これらの改革は、軍の統合戦闘概念、作戦経験、戦闘準備態勢を改善するために、PLAの内部における作戦指揮の慣行と戦略的思考を変化させることを目的としている。以前は、監督不足と汚職により、その役割と任務が損なわれていたが、新しい構造では、戦区軍の任務と機能がより明確に理解されるはずである。
(6) 以前のPLAの司令員達は、他の先進的な軍隊の司令官たちと比較すると、専門の能力が不足しており、政治色が強すぎた。この新しい構造は、中国軍が自らの役割と機能に、より専門的に集中することを可能にするであろう。こうした組織改革に加え、習近平の「軍民融合」戦略に沿って、科学技術研究集団の支援による兵器システムの開発にも新たな重点が置かれている。習近平は、人民解放軍をU.S. Armed Forces型に作り変えつつある。
記事参照:An Analysis of Chinese Military Reform – Towards the US Model?
10月2日「ロシアがウクライナで核兵器を使用する可能性―米専門家論説」(Bulletin of the Atomic Scientists, October 2, 2024)
10月2日付の核兵器、気候変動問題等を取り上げる米科学雑誌Bulletin of The Atomic Scientistsのウエブサイトは、米Harvard Kennedy SchoolのBelfer Center原子力管理プロジェクト(MTA)上席研究員Mariana Budjerynの“Why Russia is more likely to go nuclear in Ukraine if it’s winning”と題する論説を掲載し、ここでMariana Budjerynはロシアがウクライナにおいて軍事的優位を獲得することは、核兵器が使用される危険性を高める可能性があることを念頭に置くべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアによるウクライナへの戦争は、通常型の紛争ではあるが、同時に核危機でもある。ロシアは核兵器による威嚇を政治的に利用しているが、ウクライナで実際に核兵器を使用する危険性は常に存在している。侵攻の初期段階から、ロシアが限定的核使用を行う可能性が最も高い筋書きは、差し迫った軍事的敗北を覆すか、あるいはウクライナにおける苦境の打開であるというのが定説である。2022年10月にウクライナがハリコフおよびヘルソン地方の解放で急速な進展を見せた際、ロシアの軍事・政治指導部はウクライナの進撃を阻止するために核兵器を使用することを検討したとされる。米国の情報機関は、2022年秋におけるロシアの核使用の可能性を50%と推定しており、これはおそらく史上最高の数値であった。
(2) 核戦争の懸念は依然として現実であり、ウクライナの西側の提携諸国はウクライナにどの兵器システムを供与するか、その使用目的をどのように規定するのかについて、慎重に検討している。ウクライナが西側諸国から供与された兵器でロシア本土を攻撃することを、現時点では控えているのはその一例である。その背景には、ウクライナの抵抗があまり大胆になり過ぎると、ロシアの核の怒りを買うという基本的な前提がある。
(3) しかし、その逆の筋書き、つまりウクライナにおける通常戦闘がロシア優勢に決定的に傾いた場合の核の危険性についてはどうだろうか。過去の武力紛争における核兵器の使用は、勝利を確実なものとしている核保有国によって行われた。米国は1945年8月、日本が通常戦力で敗北寸前であったにもかかわらず、抵抗を諦めず、降伏条件を拒否していたため、広島と長崎に原爆を投下することを決定した。この原爆投下には少なくとも3つの目的があった。それは、日本との戦争をより早く終結させること、日本本土への侵攻という多大な犠牲を伴う作戦を回避すること、そして、無条件降伏と日本への米軍による占領を課すことである。ウクライナで勝利を目前にしたロシアが核使用に訴える動機は、1945年の米国の決断を動機づけたものとは大きく異ならないだろう。
(4) ロシアがウクライナの防衛線を突破し、ウクライナの抵抗勢力が必死に抵抗している頑強な拠点を徐々に追い詰めていると想像した時、勝利は目前だが、まだ手にしていない状況で、ロシアがウクライナの第2の都市に核ミサイルを発射し、ウクライナに即時かつ無条件降伏を要求することは非常に魅力的である。キーウからの抵抗が続けば、それは無謀な行為、あるいは自殺行為と見なされるだろう。この筋書きでは、ロシア政府は犠牲者を最小限に抑え、ロシアに有利な条件で、より迅速に戦争を終結させることができる。ウクライナに無条件降伏を強要し、占領し、長期にわたる対価の大きかった戦争の後に当然の権利として感じる厳しい条件を課すことができる。
(5) ロシアは、核兵器の使用に踏み切れば国際政治的な代償を払うことになるが、それは敗北したロシアよりも勝利したロシアの方が、よりうまく軽減できる可能性がある。ウクライナが救いようのない状況に見える場合、米国とNATOの同盟国は、ロシアの核攻撃に対して厳しい軍事的代償を課すという脅しを実行に移さないかもしれない。中国からの非難は、ヨーロッパでの戦争に勝利したロシアにとってはさほど問題ではないだろう。また、NATO加盟国に強い衝撃を与えることになり、ロシアはヨーロッパにおける戦後のより広範な和解を自国に有利な形で進めることができるだろう。
(6) 2022年2月以来、ロシア政府が政治的強制のために核の威嚇に大きく依存していることは、ウクライナの戦場においてロシアが実際に核攻撃に訴えるかもしれないという現実の危険性を覆い隠してはならない。ロシアにウクライナで軍事的優位を獲得させることは、ロシアの撤退よりも核兵器が使用される危険性を高める可能性があることを念頭に置くべきである。
記事参照:Why Russia is more likely to go nuclear in Ukraine if it’s winning
(1) ロシアによるウクライナへの戦争は、通常型の紛争ではあるが、同時に核危機でもある。ロシアは核兵器による威嚇を政治的に利用しているが、ウクライナで実際に核兵器を使用する危険性は常に存在している。侵攻の初期段階から、ロシアが限定的核使用を行う可能性が最も高い筋書きは、差し迫った軍事的敗北を覆すか、あるいはウクライナにおける苦境の打開であるというのが定説である。2022年10月にウクライナがハリコフおよびヘルソン地方の解放で急速な進展を見せた際、ロシアの軍事・政治指導部はウクライナの進撃を阻止するために核兵器を使用することを検討したとされる。米国の情報機関は、2022年秋におけるロシアの核使用の可能性を50%と推定しており、これはおそらく史上最高の数値であった。
(2) 核戦争の懸念は依然として現実であり、ウクライナの西側の提携諸国はウクライナにどの兵器システムを供与するか、その使用目的をどのように規定するのかについて、慎重に検討している。ウクライナが西側諸国から供与された兵器でロシア本土を攻撃することを、現時点では控えているのはその一例である。その背景には、ウクライナの抵抗があまり大胆になり過ぎると、ロシアの核の怒りを買うという基本的な前提がある。
(3) しかし、その逆の筋書き、つまりウクライナにおける通常戦闘がロシア優勢に決定的に傾いた場合の核の危険性についてはどうだろうか。過去の武力紛争における核兵器の使用は、勝利を確実なものとしている核保有国によって行われた。米国は1945年8月、日本が通常戦力で敗北寸前であったにもかかわらず、抵抗を諦めず、降伏条件を拒否していたため、広島と長崎に原爆を投下することを決定した。この原爆投下には少なくとも3つの目的があった。それは、日本との戦争をより早く終結させること、日本本土への侵攻という多大な犠牲を伴う作戦を回避すること、そして、無条件降伏と日本への米軍による占領を課すことである。ウクライナで勝利を目前にしたロシアが核使用に訴える動機は、1945年の米国の決断を動機づけたものとは大きく異ならないだろう。
(4) ロシアがウクライナの防衛線を突破し、ウクライナの抵抗勢力が必死に抵抗している頑強な拠点を徐々に追い詰めていると想像した時、勝利は目前だが、まだ手にしていない状況で、ロシアがウクライナの第2の都市に核ミサイルを発射し、ウクライナに即時かつ無条件降伏を要求することは非常に魅力的である。キーウからの抵抗が続けば、それは無謀な行為、あるいは自殺行為と見なされるだろう。この筋書きでは、ロシア政府は犠牲者を最小限に抑え、ロシアに有利な条件で、より迅速に戦争を終結させることができる。ウクライナに無条件降伏を強要し、占領し、長期にわたる対価の大きかった戦争の後に当然の権利として感じる厳しい条件を課すことができる。
(5) ロシアは、核兵器の使用に踏み切れば国際政治的な代償を払うことになるが、それは敗北したロシアよりも勝利したロシアの方が、よりうまく軽減できる可能性がある。ウクライナが救いようのない状況に見える場合、米国とNATOの同盟国は、ロシアの核攻撃に対して厳しい軍事的代償を課すという脅しを実行に移さないかもしれない。中国からの非難は、ヨーロッパでの戦争に勝利したロシアにとってはさほど問題ではないだろう。また、NATO加盟国に強い衝撃を与えることになり、ロシアはヨーロッパにおける戦後のより広範な和解を自国に有利な形で進めることができるだろう。
(6) 2022年2月以来、ロシア政府が政治的強制のために核の威嚇に大きく依存していることは、ウクライナの戦場においてロシアが実際に核攻撃に訴えるかもしれないという現実の危険性を覆い隠してはならない。ロシアにウクライナで軍事的優位を獲得させることは、ロシアの撤退よりも核兵器が使用される危険性を高める可能性があることを念頭に置くべきである。
記事参照:Why Russia is more likely to go nuclear in Ukraine if it’s winning
10月2日「戦略的意図を欠くQUADの海洋構想―インド元海軍士官論説」(Observer Research Foundation, October 2, 2024)
10月2日付のインドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、同Foundation上席研究員で元海軍士官のAbhijit Singhの“Quad’s maritime vision short on strategic intent”と題する論説を掲載し、そこでAbhijit SinghはQUAD第4回首脳会談に言及し、QUAD諸国によるさまざまな協力の構想が提示されてはいるが、それらは戦略的意図を欠くものも多く、実際的な効果を上げることはまだ期待できないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国で、QUADの第4回首脳会談が開催された。その雰囲気は楽観的なものであった。首脳会談では、南シナ海における係争海域の軍事化や、南シナ海での威圧的行動に対する懸念が表明された。名指しこそされなかったが、中国について述べているのは明らかである。
(2) 首脳会談で出された宣言は詳細かつ包括的で、さまざまな協調のための構想を列挙している。しかし、そうした構想から明確さを求めようとするのであれば、それはうまくいかないかもしれない。その言葉使いにもかかわらず、QUADの軍事的目標の多くはあいまいなままである。たとえば、QUADのインド太平洋海上状況把握に関する構想を見てみると、太平洋はともかく、インド洋においてそれはほとんど実際的な成果をあげられていない。それは非常に微妙な情報共有を目指すものだが、地域の国々はそれに躊躇している。躊躇は外国の衛星サービスに対する懸念からくるもので、それが自国の国家主権を脅かすのではないかという不安がある。
(3) QUADのさまざまな宣言や提案された構想は、実際の遂行を考慮したというより、政治的動機によるものが多く、運用上の現実にそぐわないものが多い。典型的なのが、QUADの海上船舶監視任務である。沿岸警備隊は、海軍ほどには各国相互の統合は必要ではない。この任務から得られるものはそう多くはなさそうである。沿岸警備隊間の協力に意味がないと言っているのではなく、QUADの安全保障構想に、明確な戦略的方向性が欠落していることが問題だと言っているのである。アジア海賊対策地域協定(ReCAAP)のような既存の機構における情報共有には意味があるが、さらなる追加の構想にどれほどの意味があるのだろうか。
(4) 同じように、人道支援・災害救難や流通網に関するQUADの協力はあいまいなままである。重要な問題は、統合された指揮系統や協調枠組みが欠如していることである。それぞれの国は独自の災害対応手続きに沿って行動するので、統合的な指揮系統がないままに、新たな協力枠組みがどのような成果をあげられるかを見通すのは難しい。相互運用性の問題もある。海軍にとって相互運用性は必須であるが、沿岸警備隊にとってはさほどではない。情報共有を強調しても、それを実行に移すための機構がなければ、その長期的な効果には疑問符がつく。
(5) QUADが軍事的に何ら有益ではないということではない。QUADが提示する構想は、未完成であっても、中国の野心の高まりなどに対し、諸国が団結しているという政治的合図として機能し得る。いくつかの構想はなお明確な様式を欠いているかもしれないが、時間をかけて議論をすれば発展していくはずである。しかしそれでも、海事専門家は、こうした構想の持つ効果について冷静に分析し、政治的な合図の発出と現実的な実施の間に溝があることを認識すべきである。
記事参照:Quad’s maritime vision short on strategic intent
(1) 米国で、QUADの第4回首脳会談が開催された。その雰囲気は楽観的なものであった。首脳会談では、南シナ海における係争海域の軍事化や、南シナ海での威圧的行動に対する懸念が表明された。名指しこそされなかったが、中国について述べているのは明らかである。
(2) 首脳会談で出された宣言は詳細かつ包括的で、さまざまな協調のための構想を列挙している。しかし、そうした構想から明確さを求めようとするのであれば、それはうまくいかないかもしれない。その言葉使いにもかかわらず、QUADの軍事的目標の多くはあいまいなままである。たとえば、QUADのインド太平洋海上状況把握に関する構想を見てみると、太平洋はともかく、インド洋においてそれはほとんど実際的な成果をあげられていない。それは非常に微妙な情報共有を目指すものだが、地域の国々はそれに躊躇している。躊躇は外国の衛星サービスに対する懸念からくるもので、それが自国の国家主権を脅かすのではないかという不安がある。
(3) QUADのさまざまな宣言や提案された構想は、実際の遂行を考慮したというより、政治的動機によるものが多く、運用上の現実にそぐわないものが多い。典型的なのが、QUADの海上船舶監視任務である。沿岸警備隊は、海軍ほどには各国相互の統合は必要ではない。この任務から得られるものはそう多くはなさそうである。沿岸警備隊間の協力に意味がないと言っているのではなく、QUADの安全保障構想に、明確な戦略的方向性が欠落していることが問題だと言っているのである。アジア海賊対策地域協定(ReCAAP)のような既存の機構における情報共有には意味があるが、さらなる追加の構想にどれほどの意味があるのだろうか。
(4) 同じように、人道支援・災害救難や流通網に関するQUADの協力はあいまいなままである。重要な問題は、統合された指揮系統や協調枠組みが欠如していることである。それぞれの国は独自の災害対応手続きに沿って行動するので、統合的な指揮系統がないままに、新たな協力枠組みがどのような成果をあげられるかを見通すのは難しい。相互運用性の問題もある。海軍にとって相互運用性は必須であるが、沿岸警備隊にとってはさほどではない。情報共有を強調しても、それを実行に移すための機構がなければ、その長期的な効果には疑問符がつく。
(5) QUADが軍事的に何ら有益ではないということではない。QUADが提示する構想は、未完成であっても、中国の野心の高まりなどに対し、諸国が団結しているという政治的合図として機能し得る。いくつかの構想はなお明確な様式を欠いているかもしれないが、時間をかけて議論をすれば発展していくはずである。しかしそれでも、海事専門家は、こうした構想の持つ効果について冷静に分析し、政治的な合図の発出と現実的な実施の間に溝があることを認識すべきである。
記事参照:Quad’s maritime vision short on strategic intent
10月3日「黒海に封じ込められたロシアは野望を妨げられている―米専門家論説」(The Conversation, October 3, 2024)
10月3日付のオーストラリアのニュースサイトThe Conversationは、米Utah State University政治学部特任教授Colin Flintの“Bottled up in the Black Sea: Russia is having a dreadful naval war, hindering its great power ambitions”と題する論説を掲載し、ここでColin Flintはウクライナでの戦争の結果、黒海付近の海域で足止めされているロシアにとって、海軍力を発揮できる唯一の手段は、中国との提携によりアフリカやインド洋の遠洋に進出することであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアは、ウクライナとの戦争において、陸上や空中での戦いでいくつかの成功を収めているが、黒海では衝撃的な敗北を喫している。この敗北により、ロシアはウクライナ沿岸からの撤退を余儀なくされ、戦場から自国の艦隊を遠ざけている。
(2) 海洋国家は、自国の海岸線に比較的近い海域、すなわち「近海」を支配しようとする一方で、能力と意思を持つ国は大洋を越えた他国の近海である「遠海」にまで影響力を及ぼそうとする。黒海は、南にトルコ、西にブルガリアとルーマニア、東にグルジア、北にウクライナとロシアが面しており、閉ざされた比較的小さな海域である。黒海の近海の支配権は、何世紀にもわたって争われており、現在のロシア・ウクライナ戦争にも影響を与えている。ロシアは2014年にクリミア半島を占領し、セワストーポリの海軍基地を支配下に置いた。これによりウクライナの近海は、事実上ロシアの近海となった。この近海を支配することで、ロシアはウクライナの貿易、特にアフリカへの穀物輸出を妨害することが可能となったが、ルーマニア、ブルガリア、トルコが協力し、自国の近海を通過してボスポラス海峡から地中海への貨物船の航行を許可したことで、ロシアの企ては阻止された。
(3) ウクライナはこれらの近海を利用し、2024年第1四半期には毎月520万~580万トンの穀物を輸出することが可能になった。これは戦争前のウクライナの月間約650万トンの輸出量からは減少しているが、ロシアの攻撃と脅威により、2023年夏にはわずか200万トンまで落ち込んだところからの復活である。黒海沿岸のウクライナ近海におけるロシアの支配を抑制する努力とNATO諸国の近海で船舶を攻撃した場合に生じる結果をロシアが恐れ、ウクライナは依然として遠洋への進出を確保し、経済的利益を得ることができ、経済を浮揚させることができた。
(4)ウクライナの輸出を混乱させることが妨害されたことに加え、ロシアはウクライナから海軍艦船へ攻撃を受けることになった。2022年2月以来、攻撃型ドローンを使用して、ウクライナはロシア艦船を沈没または損傷させ、Черноморский флот(黒海艦隊)を徐々に弱体化させた。ロシアは、戦前の艦船約36隻のうち、約15隻が沈没し、その他多数に損傷を受けた。このためロシアは、セワストーポリの利用を制限せざるを得なくなり、艦隊を黒海東部に駐留させることとなった。クリミア併合によって手に入れた近海では、ロシアは効果的に機能することができない状況にある。
(5) Военно-морской флот Российской Федерации(ロシア海軍)は、歴史的に制約を受け続けてきた。第1次世界大戦では、Royal Navyと協力し、バルト海におけるドイツの商船活動や、黒海におけるトルコの貿易および軍事行動を制限した。第2次世界大戦では、連合国からの物資支援に頼り、バルト海と黒海の港はほぼ封鎖された。冷戦中、ソビエト連邦は高速ミサイル艇や空母を建造したが、遠洋への影響力は潜水艦に頼らざるを得なかった。ソビエト時代のСредиземнорский Флот(地中海艦隊)の主な目的は、NATOの黒海進出を阻止することであった。そして今、ロシアは黒海の支配力を失い、かつては安全だった近海で活動することができなくなった。この損失により、黒海から地中海に海軍力を投射する能力が低下した。
(6) 自国のすぐ近くで明白な損失を被り、近海で弱い立場に置かれたロシアは、結果として、遠海での海軍力投射が中国との協力なしにはできなくなった。2024年7月に南シナ海で行われた中ロ海軍の共同演習は、この協力関係の証である。中国南部戦区海軍の王光正は「中ロ共同哨戒は、両国の多方面にわたる実質的な協力関係を深めるのに役立ち、海洋安全保障上の脅威に共同で対応する能力を高めたと」と述べている。この協力関係は、軍事的観点から見ると、ロシアにとって理にかなったものであり、海洋進出という双方に利益をもたらす計画である。しかし、その恩恵を最も受けるのは中国である。ロシアは、中国が北極海を通って遠洋への進出を確保するのを助けることになる。地球規模の気候変動により海氷が減少しているため、北極海はますます重要な海域となっている。ロシアは依然として明らかに劣勢である。
(7) ロシアの戦略的利益は、それが中国の利益と一致する場合のみ支持される。さらに言えば、シーパワーとは経済的利益を得るための軍事力の投射である。中国は、アフリカ、太平洋、ヨーロッパ、南米の遠洋における自国の経済的影響力を維持するために、ロシアを利用する可能性が高い。しかし、ロシアのためにこれらの利益を危険にさらすことはないだろう。ウクライナでの戦争の結果、黒海付近の海域で足止めされているロシアにとって、海軍力を発揮できる唯一の手段が、中国との提携によりアフリカやインド洋に進出することとなった。たとえロシアがウクライナとの戦争で陸地での勝利を収めたとしても、単独で海洋に軍事力を発揮できないという現状を補うことはできない。
記事参照:Bottled up in the Black Sea: Russia is having a dreadful naval war, hindering its great power ambitions
(1) ロシアは、ウクライナとの戦争において、陸上や空中での戦いでいくつかの成功を収めているが、黒海では衝撃的な敗北を喫している。この敗北により、ロシアはウクライナ沿岸からの撤退を余儀なくされ、戦場から自国の艦隊を遠ざけている。
(2) 海洋国家は、自国の海岸線に比較的近い海域、すなわち「近海」を支配しようとする一方で、能力と意思を持つ国は大洋を越えた他国の近海である「遠海」にまで影響力を及ぼそうとする。黒海は、南にトルコ、西にブルガリアとルーマニア、東にグルジア、北にウクライナとロシアが面しており、閉ざされた比較的小さな海域である。黒海の近海の支配権は、何世紀にもわたって争われており、現在のロシア・ウクライナ戦争にも影響を与えている。ロシアは2014年にクリミア半島を占領し、セワストーポリの海軍基地を支配下に置いた。これによりウクライナの近海は、事実上ロシアの近海となった。この近海を支配することで、ロシアはウクライナの貿易、特にアフリカへの穀物輸出を妨害することが可能となったが、ルーマニア、ブルガリア、トルコが協力し、自国の近海を通過してボスポラス海峡から地中海への貨物船の航行を許可したことで、ロシアの企ては阻止された。
(3) ウクライナはこれらの近海を利用し、2024年第1四半期には毎月520万~580万トンの穀物を輸出することが可能になった。これは戦争前のウクライナの月間約650万トンの輸出量からは減少しているが、ロシアの攻撃と脅威により、2023年夏にはわずか200万トンまで落ち込んだところからの復活である。黒海沿岸のウクライナ近海におけるロシアの支配を抑制する努力とNATO諸国の近海で船舶を攻撃した場合に生じる結果をロシアが恐れ、ウクライナは依然として遠洋への進出を確保し、経済的利益を得ることができ、経済を浮揚させることができた。
(4)ウクライナの輸出を混乱させることが妨害されたことに加え、ロシアはウクライナから海軍艦船へ攻撃を受けることになった。2022年2月以来、攻撃型ドローンを使用して、ウクライナはロシア艦船を沈没または損傷させ、Черноморский флот(黒海艦隊)を徐々に弱体化させた。ロシアは、戦前の艦船約36隻のうち、約15隻が沈没し、その他多数に損傷を受けた。このためロシアは、セワストーポリの利用を制限せざるを得なくなり、艦隊を黒海東部に駐留させることとなった。クリミア併合によって手に入れた近海では、ロシアは効果的に機能することができない状況にある。
(5) Военно-морской флот Российской Федерации(ロシア海軍)は、歴史的に制約を受け続けてきた。第1次世界大戦では、Royal Navyと協力し、バルト海におけるドイツの商船活動や、黒海におけるトルコの貿易および軍事行動を制限した。第2次世界大戦では、連合国からの物資支援に頼り、バルト海と黒海の港はほぼ封鎖された。冷戦中、ソビエト連邦は高速ミサイル艇や空母を建造したが、遠洋への影響力は潜水艦に頼らざるを得なかった。ソビエト時代のСредиземнорский Флот(地中海艦隊)の主な目的は、NATOの黒海進出を阻止することであった。そして今、ロシアは黒海の支配力を失い、かつては安全だった近海で活動することができなくなった。この損失により、黒海から地中海に海軍力を投射する能力が低下した。
(6) 自国のすぐ近くで明白な損失を被り、近海で弱い立場に置かれたロシアは、結果として、遠海での海軍力投射が中国との協力なしにはできなくなった。2024年7月に南シナ海で行われた中ロ海軍の共同演習は、この協力関係の証である。中国南部戦区海軍の王光正は「中ロ共同哨戒は、両国の多方面にわたる実質的な協力関係を深めるのに役立ち、海洋安全保障上の脅威に共同で対応する能力を高めたと」と述べている。この協力関係は、軍事的観点から見ると、ロシアにとって理にかなったものであり、海洋進出という双方に利益をもたらす計画である。しかし、その恩恵を最も受けるのは中国である。ロシアは、中国が北極海を通って遠洋への進出を確保するのを助けることになる。地球規模の気候変動により海氷が減少しているため、北極海はますます重要な海域となっている。ロシアは依然として明らかに劣勢である。
(7) ロシアの戦略的利益は、それが中国の利益と一致する場合のみ支持される。さらに言えば、シーパワーとは経済的利益を得るための軍事力の投射である。中国は、アフリカ、太平洋、ヨーロッパ、南米の遠洋における自国の経済的影響力を維持するために、ロシアを利用する可能性が高い。しかし、ロシアのためにこれらの利益を危険にさらすことはないだろう。ウクライナでの戦争の結果、黒海付近の海域で足止めされているロシアにとって、海軍力を発揮できる唯一の手段が、中国との提携によりアフリカやインド洋に進出することとなった。たとえロシアがウクライナとの戦争で陸地での勝利を収めたとしても、単独で海洋に軍事力を発揮できないという現状を補うことはできない。
記事参照:Bottled up in the Black Sea: Russia is having a dreadful naval war, hindering its great power ambitions
10月3日「第3の核時代における核抑止を巡るジレンマ―インド専門家論説」(The Diplomat.com, October 3, 2024)
10月3日付のデジタル誌The Diplomatは、元インド軍縮・核不拡散問題特使で現インドのシンクタンクThe Council for Strategic and Defense Research研究員Rakesh Soodの“Nuclear Stability in the 21st Century”と題する論説を掲載し、ここでRakesh Soodは2020年以降の核保有国が多極化した第3の核時代において、世界の戦略家は新たな核抑止を巡るジレンマに直面しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 1945年に始まった核時代は、科学者の間で2つの相反する感情を生み出した。1つは未知の領域を解明したという達成感、もう1つは人類を滅ぼしかねない破壊的な爆弾を創り出したという不安であった。ソ連が1949年に原子爆弾を爆発させ、核の2極化世界が出現して以来、このジレンマの核心は「核抑止」にあった。核抑止が機能するためには、核兵器が実際に使用されるべきではないことを確実にすると同時に、一方で核使用の脅威を信頼できるものにしなければならない。
(2) 核抑止論を巡って2つの学派が現れた。1つはBernard Brodieの主導による抑止論であり、核攻撃を開始した側が敵の核戦力を全て排除したとの確信が持てないために、自動的に敵の報復攻撃を招き、したがって抑止が保証されるというものであった。もう1つの学派はAlbert Wohlstetterの主導による抑止論で、信頼できる核抑止には確実な第2撃能力が必要であり、したがって核奇襲を阻止するためには、大規模で残存性の高い核戦力が必要であるというものであった。要するに、Bernard Brodieの抑止論では報復の危険性だけでも十分な抑止力となるが、Wohlstetterの抑止論では、確実な大量報復戦力が必要であった。Albert Wohlstetterの抑止論が、その後の米ソ両国による相互確証破壊(MAD: Mutually Assured Destruction)戦力を導いた。
(3) 1962年のキューバ・ミサイル危機を通じて、米ソ両国の指導者は、核戦争の瀬戸際に近づいていることを実感した。米ソ両国は、抗争関係にあったが、第1の核時代を特徴付けた2つの問題、即ち戦略的安定の必要性と核兵器の拡散防止の重要性について認識を共有していた。戦略的安定の必要性は核軍備管理と危機管理に、そして拡散防止の重要性は核拡散防止条約(The Nuclear Non-Proliferation Treaty:以下、NPTと言う)に繋がった。
(4) 第1の核時代は、1991年のソ連の崩壊で終わった。ロシアは、ソ連の核戦力を継承したが、米ソの政治的抗争関係は消滅した。20年間続いた米国の一極支配体制は、核兵器備蓄の削減をもたらした。米ロ両国は、核関連軍民両用技術の輸出管理の強化、非国家主体による脅威の重視、さらには当初の条約期限は25年間であったNPTの恒久化などで協調した。敵対的核保有国がなくなった米国にとって、核抑止論は後景に退き、2009年には、当時のObama大統領は「核兵器なき世界」にさえ言及し、米政府では核先制不使用政策への移行について論議された。しかしながら、この第2の核時代は核抑止論の空白期であったことが明らかとなる。新たな技術開発は紛争の性質を変え、ネットワーク化されたハイブリッド紛争領域という概念は通常紛争と核戦争の障壁をあいまいにした。通常弾頭も核弾頭も搭載可能な両用兵器が導入され、核戦争の懸念が高まった。1998年には印パ両国が核武装した。米国の通常型全地球精密攻撃能力とミサイル防衛網の拡大は、ロシア政府と中国政府に自国の核抑止力に対する懸念を高めさせた。北朝鮮がNPTから脱退し、核保有に踏み出した。それにもかかわらず、概ね、核不拡散の合意は維持され、主要国は連携して行動した。しかしながら、地政学的な対立が復活するにつれ、ロシアと中国は核近代化の手順に着手した。第2の核時代を特徴づけた核抑止論の空白期は、21世紀の最初の20年間で終焉を迎えつつあった。
(5) 第3の核時代は、戦略家に新たな核多極化世界における核抑止力を巡るジレンマに取り組むことを求めた。米国は冷戦後初めて、直面する核の脅威を類別し、ロシアを「欧州と中東の安全保障と経済構造を自国に有利に」再編成しようとする「破壊的な大国」、そして中国を短期的にはインド太平洋地域の地域覇権を求め、将来的には世界的な卓越性を達成し「米国に取って代わる」ことを追求する「現在進行形の挑戦」と表現した。核の非対称性――即ち、核兵器、ドクトリンそして将来的な対峙における利害の非対称性を特徴とする、多極的な核時代にあっては、2つ合理的な行為者間の核抑止の信頼性はもはや通用しないように思われる。今日の核の非対称性は、中国は受け入れを拒否している旧ソ連と米国による核軍備管理の基礎をなす「対等性(“parity”)」と「相互脆弱性(“mutual vulnerability”)」の概念に挑戦している。米国は3月に、中国とロシアを同時に抑止し、(抑止に失敗した場合)紛争に勝つ能力を持つべきであるという議会の勧告を受けて、新たな核運用政策を発表した。
(6) 世界各地の新たな紛争と対立は、核不拡散の合意も脅かしている。アジアでは、日本と韓国では安心感の低下から、選択肢に関する内部議論が進行中である。中東では、イランが核の閾値に近づいている。もしイランが核保有すれば、サウジアラビアは、そして恐らくエジプトとトルコも少なくとも核物資の濃縮と再処理に踏み出す可能性がある。AIとサイバー、宇宙能力の向上により、戦略的安定性はあまりに複雑化し、核の安定性のみに限定できなくなっているが、核不使用という核のタブーを守るという目的自体はより明確になっている。第3の核の時代における核抑止力は、複数の対峙が存在するが、核戦争の連鎖に連接されている多極化した非対称的な核世界において機能するように再設計されなければならない。核兵器の存在を無視することはできない。このため、核の導火線を長くする必要がある。核先制不使用ドクトリンへの転換と警戒態勢解除に向けた技術的措置は、増大する核の危険性を軽減するための最初の一歩となり得る。
記事参照:Nuclear Stability in the 21st Century
(1) 1945年に始まった核時代は、科学者の間で2つの相反する感情を生み出した。1つは未知の領域を解明したという達成感、もう1つは人類を滅ぼしかねない破壊的な爆弾を創り出したという不安であった。ソ連が1949年に原子爆弾を爆発させ、核の2極化世界が出現して以来、このジレンマの核心は「核抑止」にあった。核抑止が機能するためには、核兵器が実際に使用されるべきではないことを確実にすると同時に、一方で核使用の脅威を信頼できるものにしなければならない。
(2) 核抑止論を巡って2つの学派が現れた。1つはBernard Brodieの主導による抑止論であり、核攻撃を開始した側が敵の核戦力を全て排除したとの確信が持てないために、自動的に敵の報復攻撃を招き、したがって抑止が保証されるというものであった。もう1つの学派はAlbert Wohlstetterの主導による抑止論で、信頼できる核抑止には確実な第2撃能力が必要であり、したがって核奇襲を阻止するためには、大規模で残存性の高い核戦力が必要であるというものであった。要するに、Bernard Brodieの抑止論では報復の危険性だけでも十分な抑止力となるが、Wohlstetterの抑止論では、確実な大量報復戦力が必要であった。Albert Wohlstetterの抑止論が、その後の米ソ両国による相互確証破壊(MAD: Mutually Assured Destruction)戦力を導いた。
(3) 1962年のキューバ・ミサイル危機を通じて、米ソ両国の指導者は、核戦争の瀬戸際に近づいていることを実感した。米ソ両国は、抗争関係にあったが、第1の核時代を特徴付けた2つの問題、即ち戦略的安定の必要性と核兵器の拡散防止の重要性について認識を共有していた。戦略的安定の必要性は核軍備管理と危機管理に、そして拡散防止の重要性は核拡散防止条約(The Nuclear Non-Proliferation Treaty:以下、NPTと言う)に繋がった。
(4) 第1の核時代は、1991年のソ連の崩壊で終わった。ロシアは、ソ連の核戦力を継承したが、米ソの政治的抗争関係は消滅した。20年間続いた米国の一極支配体制は、核兵器備蓄の削減をもたらした。米ロ両国は、核関連軍民両用技術の輸出管理の強化、非国家主体による脅威の重視、さらには当初の条約期限は25年間であったNPTの恒久化などで協調した。敵対的核保有国がなくなった米国にとって、核抑止論は後景に退き、2009年には、当時のObama大統領は「核兵器なき世界」にさえ言及し、米政府では核先制不使用政策への移行について論議された。しかしながら、この第2の核時代は核抑止論の空白期であったことが明らかとなる。新たな技術開発は紛争の性質を変え、ネットワーク化されたハイブリッド紛争領域という概念は通常紛争と核戦争の障壁をあいまいにした。通常弾頭も核弾頭も搭載可能な両用兵器が導入され、核戦争の懸念が高まった。1998年には印パ両国が核武装した。米国の通常型全地球精密攻撃能力とミサイル防衛網の拡大は、ロシア政府と中国政府に自国の核抑止力に対する懸念を高めさせた。北朝鮮がNPTから脱退し、核保有に踏み出した。それにもかかわらず、概ね、核不拡散の合意は維持され、主要国は連携して行動した。しかしながら、地政学的な対立が復活するにつれ、ロシアと中国は核近代化の手順に着手した。第2の核時代を特徴づけた核抑止論の空白期は、21世紀の最初の20年間で終焉を迎えつつあった。
(5) 第3の核時代は、戦略家に新たな核多極化世界における核抑止力を巡るジレンマに取り組むことを求めた。米国は冷戦後初めて、直面する核の脅威を類別し、ロシアを「欧州と中東の安全保障と経済構造を自国に有利に」再編成しようとする「破壊的な大国」、そして中国を短期的にはインド太平洋地域の地域覇権を求め、将来的には世界的な卓越性を達成し「米国に取って代わる」ことを追求する「現在進行形の挑戦」と表現した。核の非対称性――即ち、核兵器、ドクトリンそして将来的な対峙における利害の非対称性を特徴とする、多極的な核時代にあっては、2つ合理的な行為者間の核抑止の信頼性はもはや通用しないように思われる。今日の核の非対称性は、中国は受け入れを拒否している旧ソ連と米国による核軍備管理の基礎をなす「対等性(“parity”)」と「相互脆弱性(“mutual vulnerability”)」の概念に挑戦している。米国は3月に、中国とロシアを同時に抑止し、(抑止に失敗した場合)紛争に勝つ能力を持つべきであるという議会の勧告を受けて、新たな核運用政策を発表した。
(6) 世界各地の新たな紛争と対立は、核不拡散の合意も脅かしている。アジアでは、日本と韓国では安心感の低下から、選択肢に関する内部議論が進行中である。中東では、イランが核の閾値に近づいている。もしイランが核保有すれば、サウジアラビアは、そして恐らくエジプトとトルコも少なくとも核物資の濃縮と再処理に踏み出す可能性がある。AIとサイバー、宇宙能力の向上により、戦略的安定性はあまりに複雑化し、核の安定性のみに限定できなくなっているが、核不使用という核のタブーを守るという目的自体はより明確になっている。第3の核の時代における核抑止力は、複数の対峙が存在するが、核戦争の連鎖に連接されている多極化した非対称的な核世界において機能するように再設計されなければならない。核兵器の存在を無視することはできない。このため、核の導火線を長くする必要がある。核先制不使用ドクトリンへの転換と警戒態勢解除に向けた技術的措置は、増大する核の危険性を軽減するための最初の一歩となり得る。
記事参照:Nuclear Stability in the 21st Century
10月4日「英、チャゴス諸島を返還:ただし米軍基地は維持―The Diplomat編集長論説」(The Diplomat, October 4, 2024)
10月4日付のデジタル誌The Diplomatは、同誌編集長Shannon Tiezziの“UK to Cede Chagos Islands to Mauritius, But US Base Will Remain”と題する論説を掲載し、そこでShannon Tiezziは英国とモーリシャスの間でチャゴス諸島の主権移譲に関する協定が結ばれたことに言及し、チャゴス諸島やディエゴ・ガルシアをめぐる議論の背景とその意義について、要旨以下のように述べている。
(1) 10月3日、英国統治下にあったインド洋のチャゴス諸島を、モーリシャスの主権下に戻すという協定が英国政府とモーリシャス政府の間で結ばれた。モーリシャスとチャゴス諸島はどちらも英国植民地であったが、1965年にモーリシャスが独立した時、英国はチャゴスを英国インド洋領土としてモーリシャスから分離し、その統治を続けた。チャゴス諸島が戦略的に重要な場所であったからである。
(2) モーリシャスはそれ以降抗議をし続け、2019年、英国によるチャゴス支配が「不法」だとする国際司法裁判所の判決、チャゴス諸島の速やかな返還を要請する国連総会決議を勝ち取った。英国は5年経ってようやく、国連総会決議を受け入れることになったのである。さらに英国はモーリシャスに対する財政一括支援も提供することになる。それは基幹施設整備や海洋安全保障支援に加え、故郷を追われたチャゴスの元住民の帰還を支援するためのものである。
(3) チャゴス諸島をめぐる問題の核心は、ディエゴ・ガルシア島にある。ディエゴ・ガルシア島はチャゴス諸島最大の島で、戦略的に重要な米国の軍事基地が置かれている。Island of Shameの著者David Vineは、2019年に本誌に掲載した論稿で、ディエゴ・ガルシアを「事実上、インド洋の中心に浮かぶ米国領土」とした。イラク、アフガニスタン、リビアに対する軍事作戦にその基地は用いられてきた。
(4) 米国によるディエゴ・ガルシアの基地化はとてつもない犠牲を伴った。その全住民が強制退去させられたのである。しかも彼らに対する経済的支援はなにもなされず、移住先のモーリシャスでチャゴス人が「悲惨なまでの貧困状態」にあることは、メディアでも報じられてきた。数千ドルや家屋の援助を受けた者もいたが、セーシェルに移住したチャゴス人に対してはなんの支援も与えられなかった。こうした扱いの背景に、英米の人種主義的な視線があったことは否定できないとDavid Vineは述べている。
(5) 新たな合意によると、ディエゴ・ガルシアはなお、99年間の貸借という形で事実上の英国支配下に置かれたままになる。チャゴス諸島の主権をモーリシャスに譲ったことについて国内で批判を受けている英国政府だが、ディエゴ・ガルシアの維持を勝利と位置づけている。英政府によれば、「この50年で初めて、その基地の地位が反論の余地のない」ものになるとのことである。
(6) 共同声明が、「われわれは米国とインドという、それぞれの緊密な提携国からの全面的な支持と支援を受けた」と述べたことは、複雑な地政学が働いていることの表れである。米国もインドも今回の合意を歓迎する声明を発表した。インドはモーリシャスと強固な提携を結んでおり、モーリシャスの北アガレガ島にはBhāratiya Nau Sena(インド海軍)の基地があり、インドはインド洋の中心に足がかりを得ているのである。
記事参照:UK to Cede Chagos Islands to Mauritius, But US Base Will Remain
(1) 10月3日、英国統治下にあったインド洋のチャゴス諸島を、モーリシャスの主権下に戻すという協定が英国政府とモーリシャス政府の間で結ばれた。モーリシャスとチャゴス諸島はどちらも英国植民地であったが、1965年にモーリシャスが独立した時、英国はチャゴスを英国インド洋領土としてモーリシャスから分離し、その統治を続けた。チャゴス諸島が戦略的に重要な場所であったからである。
(2) モーリシャスはそれ以降抗議をし続け、2019年、英国によるチャゴス支配が「不法」だとする国際司法裁判所の判決、チャゴス諸島の速やかな返還を要請する国連総会決議を勝ち取った。英国は5年経ってようやく、国連総会決議を受け入れることになったのである。さらに英国はモーリシャスに対する財政一括支援も提供することになる。それは基幹施設整備や海洋安全保障支援に加え、故郷を追われたチャゴスの元住民の帰還を支援するためのものである。
(3) チャゴス諸島をめぐる問題の核心は、ディエゴ・ガルシア島にある。ディエゴ・ガルシア島はチャゴス諸島最大の島で、戦略的に重要な米国の軍事基地が置かれている。Island of Shameの著者David Vineは、2019年に本誌に掲載した論稿で、ディエゴ・ガルシアを「事実上、インド洋の中心に浮かぶ米国領土」とした。イラク、アフガニスタン、リビアに対する軍事作戦にその基地は用いられてきた。
(4) 米国によるディエゴ・ガルシアの基地化はとてつもない犠牲を伴った。その全住民が強制退去させられたのである。しかも彼らに対する経済的支援はなにもなされず、移住先のモーリシャスでチャゴス人が「悲惨なまでの貧困状態」にあることは、メディアでも報じられてきた。数千ドルや家屋の援助を受けた者もいたが、セーシェルに移住したチャゴス人に対してはなんの支援も与えられなかった。こうした扱いの背景に、英米の人種主義的な視線があったことは否定できないとDavid Vineは述べている。
(5) 新たな合意によると、ディエゴ・ガルシアはなお、99年間の貸借という形で事実上の英国支配下に置かれたままになる。チャゴス諸島の主権をモーリシャスに譲ったことについて国内で批判を受けている英国政府だが、ディエゴ・ガルシアの維持を勝利と位置づけている。英政府によれば、「この50年で初めて、その基地の地位が反論の余地のない」ものになるとのことである。
(6) 共同声明が、「われわれは米国とインドという、それぞれの緊密な提携国からの全面的な支持と支援を受けた」と述べたことは、複雑な地政学が働いていることの表れである。米国もインドも今回の合意を歓迎する声明を発表した。インドはモーリシャスと強固な提携を結んでおり、モーリシャスの北アガレガ島にはBhāratiya Nau Sena(インド海軍)の基地があり、インドはインド洋の中心に足がかりを得ているのである。
記事参照:UK to Cede Chagos Islands to Mauritius, But US Base Will Remain
10月4日「中国の法執行機関がベトナムの漁師を襲撃―AP通信報道」(AP, October 4, 2024)
10月4日付の米通信社APのニュースサイトは、“Vietnam condemns China for assault on its fishermen in the disputed South China Sea”と題する記事を掲載し、中国の法執行機関が西沙諸島付近でベトナムの漁師を襲撃した事件について、要旨以下のように報じている。
(1) ベトナムは10月3日、中国の法執行機関の人員が南シナ海の係争中の西沙諸島近くで、ベトナム人漁師10名に暴行を加え、漁具を破壊し、約4トンの漁獲物を強奪したとして、中国を非難した。漁師たちは9月29日に無線で中国が支配する諸島付近での襲撃を報告したが、加害者を特定するには至らなかった。ベトナムの国営メディアによれば、漁師のうち3名は手足などを骨折し、他の者も負傷している。数名は9月30日の夜にクアンガイ省に帰還した後、担架で病院に搬送された。
(2) ベトナムのBộ Ngoại giao(以下、ベトナム外務省と言う)は10月3日、中国の法執行機関の人員が公海で襲撃したとして非難し、これが「西沙諸島におけるベトナムの主権、国際法、そして両国指導者間の領土紛争をより適切に管理するための合意を深刻に侵害した」と述べている。中国当局からの即時の反応はなかった。ベトナムは中国大使に対し、襲撃に関する抗議と懸念を伝えた。ベトナム外務省の報道官Pham Thu Hangは声明で、中国に対し西沙諸島におけるベトナムの主権を尊重し、襲撃について調査を行い、その結果をベトナムに提供するよう要求したと述べている。
(3) U.S. Department of State報道官Matthew Millerは10月3日、ソーシャル・メディア・プラットフォーム「X」において声明を発表し、「9月29日に西沙諸島付近でベトナム漁船に対して(中国の)法執行船が採ったとされる危険な行動について深い懸念を抱いている。(中国に対し、)南シナ海での危険で不安定化を招く行動を止めるよう求める」と述べている。
(4) ベトナム紙Tien Phongは、襲撃された漁師の1人の証言を引用し、2隻の外国船が後方から接近し、それらの船から人員が彼らの漁船に乗り込んできて、長さ1mの鉄製と思われる棒で漁師たちを殴り始めたと報じている。ベトナム人漁師達はパニック状態に陥り、推定40人の攻撃者に圧倒されて抵抗しなかったという。
(5) 2023年、衛星写真により、中国が西沙諸島のトリトン島に滑走路を建設しているとみられる様子が確認されている。当時、この滑走路はターボプロップ機や無人機を収容できる規模と考えられており、戦闘機や爆撃機には対応していないように見えた。中国はまた、この島に数年前から小規模な港湾施設や建物、ヘリポート、レーダー装置を設置している。中国は島での建設作業の詳細について、世界的な航行の安全を促進するためのものだと説明する以外の情報提供を拒否している。また、米国を含む国々からの「海路の軍事化」という非難を否定している。
記事参照:Vietnam condemns China for assault on its fishermen in the disputed South China Sea
(1) ベトナムは10月3日、中国の法執行機関の人員が南シナ海の係争中の西沙諸島近くで、ベトナム人漁師10名に暴行を加え、漁具を破壊し、約4トンの漁獲物を強奪したとして、中国を非難した。漁師たちは9月29日に無線で中国が支配する諸島付近での襲撃を報告したが、加害者を特定するには至らなかった。ベトナムの国営メディアによれば、漁師のうち3名は手足などを骨折し、他の者も負傷している。数名は9月30日の夜にクアンガイ省に帰還した後、担架で病院に搬送された。
(2) ベトナムのBộ Ngoại giao(以下、ベトナム外務省と言う)は10月3日、中国の法執行機関の人員が公海で襲撃したとして非難し、これが「西沙諸島におけるベトナムの主権、国際法、そして両国指導者間の領土紛争をより適切に管理するための合意を深刻に侵害した」と述べている。中国当局からの即時の反応はなかった。ベトナムは中国大使に対し、襲撃に関する抗議と懸念を伝えた。ベトナム外務省の報道官Pham Thu Hangは声明で、中国に対し西沙諸島におけるベトナムの主権を尊重し、襲撃について調査を行い、その結果をベトナムに提供するよう要求したと述べている。
(3) U.S. Department of State報道官Matthew Millerは10月3日、ソーシャル・メディア・プラットフォーム「X」において声明を発表し、「9月29日に西沙諸島付近でベトナム漁船に対して(中国の)法執行船が採ったとされる危険な行動について深い懸念を抱いている。(中国に対し、)南シナ海での危険で不安定化を招く行動を止めるよう求める」と述べている。
(4) ベトナム紙Tien Phongは、襲撃された漁師の1人の証言を引用し、2隻の外国船が後方から接近し、それらの船から人員が彼らの漁船に乗り込んできて、長さ1mの鉄製と思われる棒で漁師たちを殴り始めたと報じている。ベトナム人漁師達はパニック状態に陥り、推定40人の攻撃者に圧倒されて抵抗しなかったという。
(5) 2023年、衛星写真により、中国が西沙諸島のトリトン島に滑走路を建設しているとみられる様子が確認されている。当時、この滑走路はターボプロップ機や無人機を収容できる規模と考えられており、戦闘機や爆撃機には対応していないように見えた。中国はまた、この島に数年前から小規模な港湾施設や建物、ヘリポート、レーダー装置を設置している。中国は島での建設作業の詳細について、世界的な航行の安全を促進するためのものだと説明する以外の情報提供を拒否している。また、米国を含む国々からの「海路の軍事化」という非難を否定している。
記事参照:Vietnam condemns China for assault on its fishermen in the disputed South China Sea
10月6日「中国初のロシアとの北極海における沿岸警備隊の哨戒はその野望について何を明らかにしているのか?―香港紙報道」(South China Morning Post, October 6, 2024)
10月6日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“What does China’s first Arctic coastguard patrol with Russia reveal about its ambitions?”と題する記事を掲載し、ここで、中国海警局の船舶がロシアとの共同演習で初めて北極海に進出したことは、海警船が中国沿岸から遠く離れた場所で行動する能力とモスクワとの協力関係が高まったことを示しているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国中央電視台(以下、CCTVと言う)によると、2隻の中国海警船とПограничная служба Федеральной службы безопасности Российской Федерации(ロシア連邦保安庁国境警備局)所属の2隻が北太平洋から北極圏に向かった。これは中ロの沿岸警備部隊による初の共同演習となった。中国海警局によると、この演習は「外洋作戦の範囲を大幅に拡大し、不慣れな海域で任務を遂行する船舶の能力を徹底的に検証し、国際的および地域の海洋統治に積極的に参加するための強力な支援を提供した」。U.S. Coast Guardは、2024年9月28日にベーリング海で共同哨戒を行っている中ロの沿岸警備隊の4隻の船舶を発見したと述べている。CCTVは船舶はロシアのEEZ内を約5海里航行し、北東に向かっていると報じている。U.S. Coast Guardによると、これは中国海警船が観測された最北端の場所であり、ロシアとアラスカの間のセントローレンス島付近で中国海警船を監視するために航空機を派遣した。専門家達によると、中国海警船がロシアとの共同演習で初めて北極海に進出したことは、中国沿岸から遠く離れた場所で行動する能力とモスクワとの協力関係が高まったことを示している。
(2) 中国海警総隊は最近、係争中の南シナ海でPhilippine Coast Guardと繰り返し対立している。北極海での行動は、海洋法執行機関の行動範囲が近隣の海岸に限定されるだけでなく、中国がその存在感を示そうとする他の国際海域にも及ぶ可能性があることを示唆している。Carnegie Endowment for International Peaceの中国研究上席研究員Isaac Kardonは、「中国海警総隊は中国を北極圏の大国として確立するという中央指導部の明確な野望に沿って行動している。中国海警総隊が北極圏での定期的な展開を維持する可能性は短期的には低いが、この演習がロシアとの一連の定期的な共同作戦の最初のものになる可能性が高い。中国海警総隊の哨戒であったことは重要である。この海域には真の法執行機関の任務がないことはほぼ確実であり、おそらく中国は北極圏でより広範囲に行動するためロシアの許可を確保した。そしてこれは中国が新興の輸送回廊と膨大な天然資源へのアクセスを拡大することの始まりである」と述べている。
(3) 中国海警総隊は、世界最大の海上法執行機関の1つとして行動している。中国海警総隊の正確な兵力は不明であるが、2023年発表されたU.S. Department of Defenseの報告書によると、中国海警総隊は1,000トン以上の沿岸用の海警船と外洋型海警船を150隻以上保有している。その中には海軍から移管されたコルベット20隻以上が含まれ、一部にはヘリ甲板、大容量の放水砲、複数の阻止用舟艇、大砲も装備されている。米シンクタンクRAND Corporation上席国際防衛問題研究者Timothy Heathは「中国が海軍ではなく海警総隊を派遣することを選んだのは、法執行機関の船舶が政治的に敏感な地域で活動する際に海軍艦艇よりも挑発的ではないからである。ロシアとアメリカは、北極圏における中国の存在に敏感である。しかし、中国海警総隊は『北太平洋』での漁業取締りという任務として行動しており、それが中国海警総隊局の関与の理由となっている。中国海警総隊の船舶を選択したことは、国際的な統治に対する中国の関心の表れでもある」と述べている。Hudson Institute上席研究員Liselotte Odgaardは、「中国は北極圏全体で活動する能力を示している。これは、中国が『近北極国家』であり、中国が中国本土から遠く離れた地域を含む北極圏で行動する正当な権利を追求するつもりであることを示す方法である。こうした全ての行動が、北極圏における中国の存在感強化に貢献しており、これは軍民両用の存在であり、そのため北極圏のNATO加盟国にとってこの地域における中ロ協力の強化に対する懸念を増大させている」と述べている。
(4) 北極圏は、米国とロシアの間の引火点としてだけでなく、気候変動によって北極の氷が溶ける中で、アジア太平洋地域とヨーロッパをつなぐ海上連絡路としても戦略上注目されている。中国が2018年に北極圏に関する白書を発表して以来、中国は自らを「近北極国家」と表現してきた。U.S Navyは、極北での活動も増加させている。2024年7月、U.S. Coast Guardは、アラスカ州アリューシャン列島の南西端にあるアムチトカ水道の北約200kmで3隻の中国艦艇を発見し、同じ島のアムクタ水道の北約135kmで4隻目の艦艇を発見した。2024年9月には、中ロは中国沿岸から北極圏へ向かう主要な航路である日本海とオホーツク海で共同演習を実施しており、中ロ両海軍は北太平洋でも哨戒を行っている。Arctic University of Norwayの政治学教授Marc Lanteigneは、「中国とロシアの沿岸警備隊の共同哨戒には戦略的な意味合いがある。これには、北極圏の海事問題でより緊密に協力するという両国の利益を強調することが含まれている」と述べている。
(5) 北極圏における中国の存在感の高まりに対応して、U.S. Department of Defenseは2024年7月に中国に対する北極圏の技術力を強化するための戦略を更新し、これを「北極圏への進出と影響力の拡大を追求している中国は米国がその軍事力の態勢は兵力組成などを決定する上で対象となる脅威」と表現している。米国の新たな北極戦略報告書によると、中国は「長期計画にこの地域での影響力と行動を強化しようとしている」と言う。Isaac Kardonは、「時間の経過とともに進化する可能性のあるもう1つの恒久的な米国の任務は、北極圏で大規模な活動を開始した中国の遠洋漁船団を監視することである。また、北極海航路がロシアやヨーロッパとの中国貿易の主要な商業航路になった場合には、航路が開かれた安全なものであることを保つ任務も含まれる」と述べている。
記事参照:What does China’s first Arctic coastguard patrol with Russia reveal about its ambitions?
(1) 中国中央電視台(以下、CCTVと言う)によると、2隻の中国海警船とПограничная служба Федеральной службы безопасности Российской Федерации(ロシア連邦保安庁国境警備局)所属の2隻が北太平洋から北極圏に向かった。これは中ロの沿岸警備部隊による初の共同演習となった。中国海警局によると、この演習は「外洋作戦の範囲を大幅に拡大し、不慣れな海域で任務を遂行する船舶の能力を徹底的に検証し、国際的および地域の海洋統治に積極的に参加するための強力な支援を提供した」。U.S. Coast Guardは、2024年9月28日にベーリング海で共同哨戒を行っている中ロの沿岸警備隊の4隻の船舶を発見したと述べている。CCTVは船舶はロシアのEEZ内を約5海里航行し、北東に向かっていると報じている。U.S. Coast Guardによると、これは中国海警船が観測された最北端の場所であり、ロシアとアラスカの間のセントローレンス島付近で中国海警船を監視するために航空機を派遣した。専門家達によると、中国海警船がロシアとの共同演習で初めて北極海に進出したことは、中国沿岸から遠く離れた場所で行動する能力とモスクワとの協力関係が高まったことを示している。
(2) 中国海警総隊は最近、係争中の南シナ海でPhilippine Coast Guardと繰り返し対立している。北極海での行動は、海洋法執行機関の行動範囲が近隣の海岸に限定されるだけでなく、中国がその存在感を示そうとする他の国際海域にも及ぶ可能性があることを示唆している。Carnegie Endowment for International Peaceの中国研究上席研究員Isaac Kardonは、「中国海警総隊は中国を北極圏の大国として確立するという中央指導部の明確な野望に沿って行動している。中国海警総隊が北極圏での定期的な展開を維持する可能性は短期的には低いが、この演習がロシアとの一連の定期的な共同作戦の最初のものになる可能性が高い。中国海警総隊の哨戒であったことは重要である。この海域には真の法執行機関の任務がないことはほぼ確実であり、おそらく中国は北極圏でより広範囲に行動するためロシアの許可を確保した。そしてこれは中国が新興の輸送回廊と膨大な天然資源へのアクセスを拡大することの始まりである」と述べている。
(3) 中国海警総隊は、世界最大の海上法執行機関の1つとして行動している。中国海警総隊の正確な兵力は不明であるが、2023年発表されたU.S. Department of Defenseの報告書によると、中国海警総隊は1,000トン以上の沿岸用の海警船と外洋型海警船を150隻以上保有している。その中には海軍から移管されたコルベット20隻以上が含まれ、一部にはヘリ甲板、大容量の放水砲、複数の阻止用舟艇、大砲も装備されている。米シンクタンクRAND Corporation上席国際防衛問題研究者Timothy Heathは「中国が海軍ではなく海警総隊を派遣することを選んだのは、法執行機関の船舶が政治的に敏感な地域で活動する際に海軍艦艇よりも挑発的ではないからである。ロシアとアメリカは、北極圏における中国の存在に敏感である。しかし、中国海警総隊は『北太平洋』での漁業取締りという任務として行動しており、それが中国海警総隊局の関与の理由となっている。中国海警総隊の船舶を選択したことは、国際的な統治に対する中国の関心の表れでもある」と述べている。Hudson Institute上席研究員Liselotte Odgaardは、「中国は北極圏全体で活動する能力を示している。これは、中国が『近北極国家』であり、中国が中国本土から遠く離れた地域を含む北極圏で行動する正当な権利を追求するつもりであることを示す方法である。こうした全ての行動が、北極圏における中国の存在感強化に貢献しており、これは軍民両用の存在であり、そのため北極圏のNATO加盟国にとってこの地域における中ロ協力の強化に対する懸念を増大させている」と述べている。
(4) 北極圏は、米国とロシアの間の引火点としてだけでなく、気候変動によって北極の氷が溶ける中で、アジア太平洋地域とヨーロッパをつなぐ海上連絡路としても戦略上注目されている。中国が2018年に北極圏に関する白書を発表して以来、中国は自らを「近北極国家」と表現してきた。U.S Navyは、極北での活動も増加させている。2024年7月、U.S. Coast Guardは、アラスカ州アリューシャン列島の南西端にあるアムチトカ水道の北約200kmで3隻の中国艦艇を発見し、同じ島のアムクタ水道の北約135kmで4隻目の艦艇を発見した。2024年9月には、中ロは中国沿岸から北極圏へ向かう主要な航路である日本海とオホーツク海で共同演習を実施しており、中ロ両海軍は北太平洋でも哨戒を行っている。Arctic University of Norwayの政治学教授Marc Lanteigneは、「中国とロシアの沿岸警備隊の共同哨戒には戦略的な意味合いがある。これには、北極圏の海事問題でより緊密に協力するという両国の利益を強調することが含まれている」と述べている。
(5) 北極圏における中国の存在感の高まりに対応して、U.S. Department of Defenseは2024年7月に中国に対する北極圏の技術力を強化するための戦略を更新し、これを「北極圏への進出と影響力の拡大を追求している中国は米国がその軍事力の態勢は兵力組成などを決定する上で対象となる脅威」と表現している。米国の新たな北極戦略報告書によると、中国は「長期計画にこの地域での影響力と行動を強化しようとしている」と言う。Isaac Kardonは、「時間の経過とともに進化する可能性のあるもう1つの恒久的な米国の任務は、北極圏で大規模な活動を開始した中国の遠洋漁船団を監視することである。また、北極海航路がロシアやヨーロッパとの中国貿易の主要な商業航路になった場合には、航路が開かれた安全なものであることを保つ任務も含まれる」と述べている。
記事参照:What does China’s first Arctic coastguard patrol with Russia reveal about its ambitions?
10月8日「フィリピン軍強化の動きに加わる韓国―フィリピン東南アジア専門家論説」(Asia Times, October 8, 2024)
10月8日付の香港のデジタル紙Asia Times は、フィリピンPolytechnic UniversityのRichard Javad Heydarianによる“S Korea piles in with US in arming up the Philippines”と題する論説を掲載し、そこでRichard Javad Heydarian はフィリピンの軍近代化努力の試みについて、韓国の支援強化の動きに言及しつつ、フィリピンの中国抑止のための切り札はなお米国との関係強化であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 韓国のYoon Suk Yeol(尹錫悦)大統領とフィリピンのMarcos Jr.大統領による首脳会談の結果、フィリピンと韓国はその関係を戦略的パートナーシップに格上げした。これは、南シナ海における中国への対抗のために、より多くの兵器を備蓄しようとするフィリピンの最も新しい動きである。今後10年で、フィリピンは軍近代化計画のもとで350億ドルを投資する予定である。また、対外政策が親米的であるという批判を意識して、Marcos Jr.政権は「多面的」対外政策を追求し、インドやニュージーランド、韓国などとの防衛協力の刷新を進めてきた。
(2) この10年間、韓国は主要な兵器輸出国の1つであった。リベラルだったMoon Jae-in(文在寅)前大統領とは違い、Yoon Suk Yeol大統領は、米国や地域において志向を同じくする国々との防衛関係強化を公然と模索してきた。歴史的に韓国は、中国やロシア、イランなどとも良好な関係を維持する、均衡の取れた外交政策を採用してきた。それは北朝鮮を牽制するためのものである。そうした政策は国内の防衛産業の成長と手を取り合いながら進められ、その結果、韓国は「世界的中枢国家(global pivot state)」へと変貌したのである。この10年間で韓国はフィリピンにさまざまな兵器を輸出してきた。
(3) 首脳会談直後、Marcos Jr.大統領は新たな法案に署名した。その法案の目的は、先端兵器の国内および共同生産を強化して、フィリピンの防衛産業を活発にすることである。Marcos Jr.大統領によれば、それは、サイバーセキュリティなど、非伝統的な危険性にも対応する能力を構築するためのものである。「これをもって、われわれは防衛に関する視野を広げる」とMarcos Jr.大統領は述べている。
(4) こうしたさまざまな動きにもかかわらず、フィリピンの切り札は、米国との防衛関係のさらなる深化である。前例のない規模の共同軍事演習の実施に加え、米国は超党派で、数十億ドル規模の防衛一括支援をフィリピンに提供してきた。さらに米国は、この1年で中比間の衝突が絶えないセカンド・トーマス礁における、フィリピンの再補給作戦の護衛を申し出てもいる。
(5) 中でも最も重要なのが、フィリピン北部軍事施設の米軍の利用拡大とフィリピンへのタイフォン・ミサイルシステムの配備の決定である。タイフォン・ミサイルシステムはトマホークなどを発射できる発射装置で、射程は1,600kmである。最近実施された共同演習でフィリピンに配備された後、撤去されずそのままになっている。中国の強い警告にもかかわらず、Marcos Jr.大統領はそれが中国に対する抑止として機能すると信じている。将来的にフィリピンは、新たに発表された「包括的群島防衛構想( Comprehensive Archipelagic Defense Concept )」の下、ミサイルなどの米国製先端兵器の直接調達を模索すると見られている。
(6) 中国のフィリピン専門家は、こうした動きを近視眼的で視野の狭いものと批判する。しかし、こうした中国側の強烈な反応こそが、米国とフィリピンの軍事協力の深まりに対する中国の憂慮の高まりを強調している。
記事参照:S Korea piles in with US in arming up the Philippines
(1) 韓国のYoon Suk Yeol(尹錫悦)大統領とフィリピンのMarcos Jr.大統領による首脳会談の結果、フィリピンと韓国はその関係を戦略的パートナーシップに格上げした。これは、南シナ海における中国への対抗のために、より多くの兵器を備蓄しようとするフィリピンの最も新しい動きである。今後10年で、フィリピンは軍近代化計画のもとで350億ドルを投資する予定である。また、対外政策が親米的であるという批判を意識して、Marcos Jr.政権は「多面的」対外政策を追求し、インドやニュージーランド、韓国などとの防衛協力の刷新を進めてきた。
(2) この10年間、韓国は主要な兵器輸出国の1つであった。リベラルだったMoon Jae-in(文在寅)前大統領とは違い、Yoon Suk Yeol大統領は、米国や地域において志向を同じくする国々との防衛関係強化を公然と模索してきた。歴史的に韓国は、中国やロシア、イランなどとも良好な関係を維持する、均衡の取れた外交政策を採用してきた。それは北朝鮮を牽制するためのものである。そうした政策は国内の防衛産業の成長と手を取り合いながら進められ、その結果、韓国は「世界的中枢国家(global pivot state)」へと変貌したのである。この10年間で韓国はフィリピンにさまざまな兵器を輸出してきた。
(3) 首脳会談直後、Marcos Jr.大統領は新たな法案に署名した。その法案の目的は、先端兵器の国内および共同生産を強化して、フィリピンの防衛産業を活発にすることである。Marcos Jr.大統領によれば、それは、サイバーセキュリティなど、非伝統的な危険性にも対応する能力を構築するためのものである。「これをもって、われわれは防衛に関する視野を広げる」とMarcos Jr.大統領は述べている。
(4) こうしたさまざまな動きにもかかわらず、フィリピンの切り札は、米国との防衛関係のさらなる深化である。前例のない規模の共同軍事演習の実施に加え、米国は超党派で、数十億ドル規模の防衛一括支援をフィリピンに提供してきた。さらに米国は、この1年で中比間の衝突が絶えないセカンド・トーマス礁における、フィリピンの再補給作戦の護衛を申し出てもいる。
(5) 中でも最も重要なのが、フィリピン北部軍事施設の米軍の利用拡大とフィリピンへのタイフォン・ミサイルシステムの配備の決定である。タイフォン・ミサイルシステムはトマホークなどを発射できる発射装置で、射程は1,600kmである。最近実施された共同演習でフィリピンに配備された後、撤去されずそのままになっている。中国の強い警告にもかかわらず、Marcos Jr.大統領はそれが中国に対する抑止として機能すると信じている。将来的にフィリピンは、新たに発表された「包括的群島防衛構想( Comprehensive Archipelagic Defense Concept )」の下、ミサイルなどの米国製先端兵器の直接調達を模索すると見られている。
(6) 中国のフィリピン専門家は、こうした動きを近視眼的で視野の狭いものと批判する。しかし、こうした中国側の強烈な反応こそが、米国とフィリピンの軍事協力の深まりに対する中国の憂慮の高まりを強調している。
記事参照:S Korea piles in with US in arming up the Philippines
10月8日「マレーシア、南シナ海の防衛強化のため海軍基地新設―香港紙報道」(South China Morning Post, October 8, 2024)
10月8日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Malaysia eyes strengthened South China Sea defence with new naval base in Borneo”と題する記事を掲載し、マレーシアが2030年までに運用開始を予定しているビントゥルの海軍基地について、要旨以下のように報じている。
(1) ボルネオ島に新設される海軍基地は、係争中の南シナ海で強まる脅威に対処する上で、マレーシアの能力を強化する重要な役割を果たすと専門家は指摘している。ただし、老朽化した艦隊が抱える課題は依然として残されている。サラワク州ビントゥルにあるこの基地は、南ルコニア礁からちょうど80海里の戦略的な位置に建設される予定である。この海域は中国政府が最南端の領土と主張しているが、マレーシアのEEZ内に位置している。しかし、マレーシアの海洋防衛は老朽化した艦隊の問題によって妨げられている。国の保有する49隻の艦艇の半数は運用可能期間を過ぎており、新造艦の納入遅延が問題をさらに深刻化している。
(2) 6月には、マレーシアのAnwar Ibrahim首相がこの国が広大な海洋領域を効果的に監視するのに苦労していることを認めている。これは東南アジア諸国が、対中国向けのイラン産原油の制裁回避に利用される輸送拠点となっているとの米国の指摘を受けてのものである。
(3) ビントゥルの新基地はマレーシアの海軍能力を向上させる上で重要であるとして、「主要な海域への対応時間を短縮できる、より最適な基地施設を持つことは、運用面でも政策面でも重要である」とInstitute of Strategic and International Studies Malaysia(ISIS Malaysia)の外交安全保障専門家Thomas Danielは述べている。
(4) 現在、Tentera Laut Diraja Malaysia(マレーシア海軍)は南ルコニア礁から北東に215海里以上離れたサバ州セパンガルを拠点としている。ビントゥル基地は、南ルコニア礁やカサワリガス田へ進出が容易であるという戦略的な理由で選定された。マレーシアのMohamad Hasan国防大臣は、「サラワク州北部における防衛能力の向上は、国の沿岸地域、海域、国境、領空が常に備えを整えた状態にあることを確かにするという政府の誓約を示すものである」と述べている。海軍施設とそれに併設される航空基地は、2030年までに運用を開始する予定である。
(5) 米国の専門家達は、中国との貿易関係がマレーシアにとってますます重要性を増しているけれども、海洋権益を守るためにより強硬な姿勢を採るべきであると促している。米シンクタンクCentre for Strategic and Budgetary Assessments上席研究員Toshi Yoshiharaは6月に、中国に迎合することは後になってより大きな代償を払うことであり、こうした代償は経済的な影響、領土保全の喪失、地域の不安定化の進行といった形で現れ、最終的にはマレーシアの国家利益と安全保障を損なうと述べている。
(6) Thomas Danielは、南シナ海における核心的な利益を中国の反応によって左右されることはマレーシアにとって誤りであると指摘し、「むしろ、対応能力や哨戒の継続時間を向上させる施設を持つことは、マレーシアの長年の取り組み、すなわち公に波風を立てることを避けつつ、核心的利益については堅固な立場を取るという方針を補完するものである」と述べている。
記事参照:Malaysia eyes strengthened South China Sea defence with new naval base in Borneo
(1) ボルネオ島に新設される海軍基地は、係争中の南シナ海で強まる脅威に対処する上で、マレーシアの能力を強化する重要な役割を果たすと専門家は指摘している。ただし、老朽化した艦隊が抱える課題は依然として残されている。サラワク州ビントゥルにあるこの基地は、南ルコニア礁からちょうど80海里の戦略的な位置に建設される予定である。この海域は中国政府が最南端の領土と主張しているが、マレーシアのEEZ内に位置している。しかし、マレーシアの海洋防衛は老朽化した艦隊の問題によって妨げられている。国の保有する49隻の艦艇の半数は運用可能期間を過ぎており、新造艦の納入遅延が問題をさらに深刻化している。
(2) 6月には、マレーシアのAnwar Ibrahim首相がこの国が広大な海洋領域を効果的に監視するのに苦労していることを認めている。これは東南アジア諸国が、対中国向けのイラン産原油の制裁回避に利用される輸送拠点となっているとの米国の指摘を受けてのものである。
(3) ビントゥルの新基地はマレーシアの海軍能力を向上させる上で重要であるとして、「主要な海域への対応時間を短縮できる、より最適な基地施設を持つことは、運用面でも政策面でも重要である」とInstitute of Strategic and International Studies Malaysia(ISIS Malaysia)の外交安全保障専門家Thomas Danielは述べている。
(4) 現在、Tentera Laut Diraja Malaysia(マレーシア海軍)は南ルコニア礁から北東に215海里以上離れたサバ州セパンガルを拠点としている。ビントゥル基地は、南ルコニア礁やカサワリガス田へ進出が容易であるという戦略的な理由で選定された。マレーシアのMohamad Hasan国防大臣は、「サラワク州北部における防衛能力の向上は、国の沿岸地域、海域、国境、領空が常に備えを整えた状態にあることを確かにするという政府の誓約を示すものである」と述べている。海軍施設とそれに併設される航空基地は、2030年までに運用を開始する予定である。
(5) 米国の専門家達は、中国との貿易関係がマレーシアにとってますます重要性を増しているけれども、海洋権益を守るためにより強硬な姿勢を採るべきであると促している。米シンクタンクCentre for Strategic and Budgetary Assessments上席研究員Toshi Yoshiharaは6月に、中国に迎合することは後になってより大きな代償を払うことであり、こうした代償は経済的な影響、領土保全の喪失、地域の不安定化の進行といった形で現れ、最終的にはマレーシアの国家利益と安全保障を損なうと述べている。
(6) Thomas Danielは、南シナ海における核心的な利益を中国の反応によって左右されることはマレーシアにとって誤りであると指摘し、「むしろ、対応能力や哨戒の継続時間を向上させる施設を持つことは、マレーシアの長年の取り組み、すなわち公に波風を立てることを避けつつ、核心的利益については堅固な立場を取るという方針を補完するものである」と述べている。
記事参照:Malaysia eyes strengthened South China Sea defence with new naval base in Borneo
10月8日「海洋安全保障における『法的結着』には、法的開始を欠くことが多過ぎる―米専門家論説」(Center for International Maritime Security, October 8, 2024)
10月8日付けの米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトは、海洋および資源安全保障の専門家Ian Ralby博士の“‘Legal Finish’in Maritime Security is Too Often Lacking a Legal Start”と題する論説を掲載し、ここで Ian Ralby博士は海洋安全保障にかかわる犯罪等の法的決着には事案を始めから法的に扱う必要があるが、現実にはかなり努力が必要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 「法的結着」とは、世界の海洋安全保障界で一般的になっている用語である。これは、海事法規執行措置を起訴、行政手続き、その他の裁定など法的な仕組みにかける過程を指し、国内法の下で犯罪を評価し、適切なら加害者に罰則を科す。なぜなら、違法活動を阻止するだけでは、将来の犯罪行為の抑止にほとんど役立たないからで、法的措置の強制により、悪質な行為者の危険と報酬の計算を変えさせることができる。しかし問題は、法的結着に焦点が当てられるあまり、多くの国家や国際機関等が法的な始まりを忘れていることである。
(2) 海事法の執行は直線的手順ではなく、法に始まり法に終わる周期的なものである。法律は、海洋領域評価のための枠組みで、法的枠組みを武器に、海洋監視員は海洋領域を監視し、異常を探すことができる。いったん異常が見つかれば、その情報が確実に理解されるよう、厳密な分析手順が必要となる。その分析過程は、法律の理解に大きく依存しており、重点は以下のとおりである:
a. その異常は望ましいか、望ましくないか?
b. 望ましくない場合、それは合法か違法か?
c. 違法な場合、訴訟可能か否か?
d. 訴訟可能な場合、訴訟目的が達成可能か否か?
e. 仮にそれが望ましくなく、違法で、実行可能で、目的達成可能であったとしても、それを阻止することは賢明か(労力を注ぐ価値があるか、危険を冒す価値があるか、地政学的な反撃を受ける可能性があるか、など)?
これらの質問に対する答えのいずれかが「否」であったとしても、「他に何かできることはないか」検討する必要があり、状況をさらに見守ること、他の機関への通知、船員への通告、近隣の国への連絡などは、阻止を追求する以外に、やる価値があるかもしれないことの一覧表に含まれる。
(3) 分析の結果、水上作戦の必要性が示唆された場合、分析官は適切な意思決定者と情報を共有するための何らかの仕組みを利用できなければならない。機関内であれ、外部であれ、その協力体制は、再現性があり、記録可能で、適切な意思決定者に情報が効率的に届く仕組みになっていなければならない。意思決定者が、異常についての情報を得たら、作戦を実行するかどうかは意思決定者次第で、作戦は法律に準拠して計画、実行されなければならない。海上における証拠の収集と保全は極めて重要であるが、「犯罪現場」を再訪することは、ほとんど不可能である。したがって、法執行官が何をするか、彼らが何に気づき、何を記録するかという意味で、運用段階での法律の理解が不可欠である。しかし、それは通常、法的結着の責任者とはまったく別の人たちの手に委ねられている。
(4) 重要なのは人の逮捕が海上で行われないことで、船舶の逮捕は可能であるが、容疑者自身は海上で拘束され、陸に戻される。容疑者は、陸上当局に引き渡され、当局は収集された証拠を検討して、逮捕または行政手続きを開始する。逮捕は起訴のきっかけとなり、判決が下され、成功すれば事件の罰が科される。行政手続きも同様に、何らかの罰を科すことになる。どちらの場合も、法的結着と見なされるが、その責任者はほとんどの場合、前の段階に関与した者とは異なる。しかし、ほぼ全ての場合、支援、資金提供等のほとんどがこの最終段階に向けられ、他のすべての段階で法律や法律顧問の役割は無視されてきた。法律顧問が、海洋領域の監視・異常の分析、情報の共有、作戦の計画・実行等の過程に加わることは、めったにない。通常、海洋安全保障の一連の流れの中で初めて弁護士が参加するのは、法的結着のためで、法的流れが始まる以前での法律上の間違いや見落としを阻止するのは弁護士に任されている。しかし、手順の最後に修正できることは限られている。もっと早く法的な協議が行われていれば、効果的な運用上の選択肢があったかもしれない。運用者が、法的助言を得られないために、効果的な運用の機会を逃してしまうかもしれない。
(5) 海事法の執行は周期的なもので終わりはない。最終段階は、出発点である法律を再検討し、それが目的に適合していることを確認することである。法律には、悪い行為を抑制し、良い行為を可能にするという2つの主な機能がある。もし法律が海洋領域で起きている望ましくない行為に対処できていなければ、その法律を改正すべきである。その法律が、善良で経済的に生産的な、望ましい活動環境を作り出していなければ、それもまた改正されるべきである。海事法の執行が「悪」に焦点を当てる一方で、海洋領域を統制するには、両者の釣り合いを認識する必要がある。特に、それが国家の経済安全保障に不可欠な場合はなおさらである。
(6) 良い活動を促進し、悪しき活動を阻止する上で効果があるのは、法律を法執行のための手段や資産と見なすことである。法律に影響力を持たせるには、法を安全保障環境に合わせて調整する必要があり、完璧な法律であっても、法律を理解し、使い方を知っている者が海洋安全保障の一連の流れの最初から関与しなければ、無価値なものとなってしまう。法律を法的結着の段階に限ることは、流れ全体における法律の重要性に対する認識の欠如を露呈し、国家の失敗を招く。
(7) 法的結着は重要であるが、法的開始も同様である。もし、始めからすべての段階で弁護士が重要な役割を果たすことが認識されていなければ、各種活動も成功裏に終了する法的決着も、損なわれることになる。検察官や裁判官、沿岸警備隊や海軍の弁護士による訴追や行政手続を支援するため、海洋安全保障の一連の流れ全体を通じ、健全な法的助言を得て、多くのことを行わなければならない。運用者側には法律顧問を歓迎しない傾向があるが、これは、法的問題によって任務や運用を混乱させるのではなく、成功の可能性を確保し、任務や運用を強化するものである。法的結着のためには、始めから法の専門家による関与が必要という現実を見失ってはならない。
記事参照:“Legal Finish” in Maritime Security is Too Often Lacking a Legal Start
(1) 「法的結着」とは、世界の海洋安全保障界で一般的になっている用語である。これは、海事法規執行措置を起訴、行政手続き、その他の裁定など法的な仕組みにかける過程を指し、国内法の下で犯罪を評価し、適切なら加害者に罰則を科す。なぜなら、違法活動を阻止するだけでは、将来の犯罪行為の抑止にほとんど役立たないからで、法的措置の強制により、悪質な行為者の危険と報酬の計算を変えさせることができる。しかし問題は、法的結着に焦点が当てられるあまり、多くの国家や国際機関等が法的な始まりを忘れていることである。
(2) 海事法の執行は直線的手順ではなく、法に始まり法に終わる周期的なものである。法律は、海洋領域評価のための枠組みで、法的枠組みを武器に、海洋監視員は海洋領域を監視し、異常を探すことができる。いったん異常が見つかれば、その情報が確実に理解されるよう、厳密な分析手順が必要となる。その分析過程は、法律の理解に大きく依存しており、重点は以下のとおりである:
a. その異常は望ましいか、望ましくないか?
b. 望ましくない場合、それは合法か違法か?
c. 違法な場合、訴訟可能か否か?
d. 訴訟可能な場合、訴訟目的が達成可能か否か?
e. 仮にそれが望ましくなく、違法で、実行可能で、目的達成可能であったとしても、それを阻止することは賢明か(労力を注ぐ価値があるか、危険を冒す価値があるか、地政学的な反撃を受ける可能性があるか、など)?
これらの質問に対する答えのいずれかが「否」であったとしても、「他に何かできることはないか」検討する必要があり、状況をさらに見守ること、他の機関への通知、船員への通告、近隣の国への連絡などは、阻止を追求する以外に、やる価値があるかもしれないことの一覧表に含まれる。
(3) 分析の結果、水上作戦の必要性が示唆された場合、分析官は適切な意思決定者と情報を共有するための何らかの仕組みを利用できなければならない。機関内であれ、外部であれ、その協力体制は、再現性があり、記録可能で、適切な意思決定者に情報が効率的に届く仕組みになっていなければならない。意思決定者が、異常についての情報を得たら、作戦を実行するかどうかは意思決定者次第で、作戦は法律に準拠して計画、実行されなければならない。海上における証拠の収集と保全は極めて重要であるが、「犯罪現場」を再訪することは、ほとんど不可能である。したがって、法執行官が何をするか、彼らが何に気づき、何を記録するかという意味で、運用段階での法律の理解が不可欠である。しかし、それは通常、法的結着の責任者とはまったく別の人たちの手に委ねられている。
(4) 重要なのは人の逮捕が海上で行われないことで、船舶の逮捕は可能であるが、容疑者自身は海上で拘束され、陸に戻される。容疑者は、陸上当局に引き渡され、当局は収集された証拠を検討して、逮捕または行政手続きを開始する。逮捕は起訴のきっかけとなり、判決が下され、成功すれば事件の罰が科される。行政手続きも同様に、何らかの罰を科すことになる。どちらの場合も、法的結着と見なされるが、その責任者はほとんどの場合、前の段階に関与した者とは異なる。しかし、ほぼ全ての場合、支援、資金提供等のほとんどがこの最終段階に向けられ、他のすべての段階で法律や法律顧問の役割は無視されてきた。法律顧問が、海洋領域の監視・異常の分析、情報の共有、作戦の計画・実行等の過程に加わることは、めったにない。通常、海洋安全保障の一連の流れの中で初めて弁護士が参加するのは、法的結着のためで、法的流れが始まる以前での法律上の間違いや見落としを阻止するのは弁護士に任されている。しかし、手順の最後に修正できることは限られている。もっと早く法的な協議が行われていれば、効果的な運用上の選択肢があったかもしれない。運用者が、法的助言を得られないために、効果的な運用の機会を逃してしまうかもしれない。
(5) 海事法の執行は周期的なもので終わりはない。最終段階は、出発点である法律を再検討し、それが目的に適合していることを確認することである。法律には、悪い行為を抑制し、良い行為を可能にするという2つの主な機能がある。もし法律が海洋領域で起きている望ましくない行為に対処できていなければ、その法律を改正すべきである。その法律が、善良で経済的に生産的な、望ましい活動環境を作り出していなければ、それもまた改正されるべきである。海事法の執行が「悪」に焦点を当てる一方で、海洋領域を統制するには、両者の釣り合いを認識する必要がある。特に、それが国家の経済安全保障に不可欠な場合はなおさらである。
(6) 良い活動を促進し、悪しき活動を阻止する上で効果があるのは、法律を法執行のための手段や資産と見なすことである。法律に影響力を持たせるには、法を安全保障環境に合わせて調整する必要があり、完璧な法律であっても、法律を理解し、使い方を知っている者が海洋安全保障の一連の流れの最初から関与しなければ、無価値なものとなってしまう。法律を法的結着の段階に限ることは、流れ全体における法律の重要性に対する認識の欠如を露呈し、国家の失敗を招く。
(7) 法的結着は重要であるが、法的開始も同様である。もし、始めからすべての段階で弁護士が重要な役割を果たすことが認識されていなければ、各種活動も成功裏に終了する法的決着も、損なわれることになる。検察官や裁判官、沿岸警備隊や海軍の弁護士による訴追や行政手続を支援するため、海洋安全保障の一連の流れ全体を通じ、健全な法的助言を得て、多くのことを行わなければならない。運用者側には法律顧問を歓迎しない傾向があるが、これは、法的問題によって任務や運用を混乱させるのではなく、成功の可能性を確保し、任務や運用を強化するものである。法的結着のためには、始めから法の専門家による関与が必要という現実を見失ってはならない。
記事参照:“Legal Finish” in Maritime Security is Too Often Lacking a Legal Start
10月10日「問題に直面するインドネシアの海軍近代化―オーストラリア院生論説」(RSIS Commentary, RSIS, October 10, 2024)
2024年10月10日付けのシンガポールS. Rajaratnam School of International StudiesのウエブサイトRSIS Commentaryは、Australian National Universityの院生Alfin Febrian Basundoro の“Challenges Faced in Indonesia’s Naval Modernisation”と題する論説を掲載し、Alfin Febrian BasundoroはインドネシアがTentara Nasional Indonesia Angkatan Laut(インドネシア海軍)の近代化に注力しているが、様々な国から艦艇を導入しつつあるため、海軍将兵、造船所関係者が導入元の異なる艦艇それぞれに習熟するために多大の労力を必要とし、経費も嵩むという問題に直面しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2019年にPrabowo Subiantoが国防大臣に就任して以来、インドネシアは特に海軍力に重点を置き、野心的な軍事近代化の道を歩み始めた。これは、潜水艦、フリゲート、哨戒艦など、多種多様な新型艦艇を取得するためにインドネシアが外国の造船会社と締結した数多くの契約からも明らかである。
(2) この最新の近代化の取り組みには、いくつかの要因が関係している。第1に、Tentara Nasional Indonesia Angkatan Laut(以下、インドネシア海軍と言う)艦艇の老朽化である。第2に、南シナ海の安全保障環境がますます不安定化しており、強力な抑止力の緊急の必要性が強調されている。第3に、インドネシアは造船産業を強化するために技術移転を確保することを目指している。
(3) 30万km2の領海と280万km2のEEZを有する世界最大の島嶼国であるインドネシアは、政府の強力な海軍力の構築に対する取り組みが揺らいでいる。インドネシア海軍の近代化に向けた取り組みは、Susilo Bambang Yudhoyono大統領の下で行われ、Purnomo Yusgiantoro国防大臣は2009年に、インドネシア海軍が2024年までに達成すべき最低限の要件として、最小限必須戦力(Minimum Essential Force)の概念を導入した。2011年、インドネシアは韓国のDaewoo Shipping and Marine Engineering(大宇海運海洋)と新型潜水艦3隻の購入契約を締結し、2012年にはオランダのDamen Naval Shipyard社とシグマ級フリゲートの調達契約も締結している。
(4) しかし、Joko Widodoの大統領就任後、近代化の取り組みは鈍化した。これは、Joko Widodo大統領の「世界海洋支点」構想を考えると皮肉なことである。最近まで、インドネシアの海軍力は、違法漁業などの小規模な脅威から領海を守ることしかできなかった。同国の海洋抑止力は、フリゲート7隻とコルベット7隻のみである。インドネシア海軍の対空能力は依然として限られている。艦隊も老朽化しており、外洋において作戦可能な艦艇の約40%は艦齢30年以上である。
(5) インドネシアの海軍近代化の取り組みは、Joko Widodo大統領の2期目にPrabowo Subiantoが国防大臣に就任して以来、再び軌道に乗っている。2020年、Prabowo Subiantoは英国からの新型フリゲート艦の調達を開始し、2021年に契約が締結され、2022年にPT PAL Indonesia社で建造が開始されている。最近、インドネシアはイタリアから次世代多目的哨戒艦(Pattugliatore Polivalente d’Altura、PPA)2隻を購入し、さらに国産の2隻を進水させている。また、インドネシアは海軍力のさらなる拡大に向けてフランスとトルコの代表者と交渉中であると報じられている。
(6) なぜ、Prabowo Subiantoは海軍の近代化を優先したのか。Prabowo Subiantoの確固とした国際情勢の洞察、特に地域の地政学的力学が1つの要因である。たとえば、2023年と2024年のIISSアジア安全保障会議での演説にPrabowo Subiantoの国際情勢の見方を見ることができる。そこでPrabowo Subiantoは、「インド太平洋地域の緊張」がインドネシアに対する差し迫った脅威であると繰り返し強調し、インドネシアの国防を強化する決意を表明している。強力な対艦・対空兵器を搭載し、外用で作戦可能な艦艇の調達は、南シナ海における中国の強硬姿勢に対する海軍の抑止力を強化するために極めて重要である。インドネシア政府は海洋をめぐる紛争において領有権を主張しているわけではないが、中国の強硬姿勢と海上民兵への支援がインドネシアの海洋経済を混乱させ、EEZに対する主権的権利に挑戦していることを深く懸念している。
(7) さらに、さまざまな海外の提携国からの技術移転を確保することで、インドネシアは直面した課題である将来の軍事禁輸の危険性を軽減することができる。高度な海軍技術の供給源を多様化することで、インドネシアは特定の国への依存を減らしている。たとえば、フランスのNaval Group社から潜水艦を調達すれば、PT PAL Indonesia社は潜水艦や対艦ミサイルなどのサブシステムの開発能力を強化することができる。同時に、インドネシアはトルコと潜水艦の調達について交渉している。同様に、英国のArrowhead consortium やイタリアのFincantieriとの協定は、インドネシアにフリゲートの調達に関するより幅広い選択肢とより大きな技術利用を提供する。
(8) 近代化の取り組みには課題がないわけではない。
第1に、さまざまな国から艦艇を導入することで、海軍将兵に運用上の課題をもたらす。複数の国から艦艇、航空機を取得することは、インドネシアの海軍将兵だけでなく修理、整備を担当する企業もさまざまな兵器システムに適応する必要があり、保守整備と訓練の複雑さが増大する。フランス、イタリア、トルコからの最近の調達により、システムの多様性が増し、訓練、保守、運用効率が複雑化することになる。さらに、艦艇、航空機の導入先の多様化が進むと、維持費の上昇につながる可能性が高い。資金が限られているため、多様な艦隊を維持することは財源に大きな負担をかけ、維持管理や作戦即応性に影響を及ぼす可能性がある。
(9) 第2の課題は、外国企業の技術移転への関与である。2012年のシグマ級フリゲート調達計画などの過去の経験は、潜在的な危険性とそのような契約の慎重な計画と管理の必要性を浮き彫りにする教訓となっている。シグマ級フリゲート調達に関わるオランダのDamen Naval Shipyardとの契約では、海軍は造船所から2隻の船を購入し、さらに国内で建造する計画だった。しかし、Damen Naval Shipyardは一方的に契約を打ち切っている。これは、特に技術移転と能力構築において、インドネシアの海軍産業に具体的な利益をもたらすという各企業の売り込みを慎重に評価する必要があることを浮き彫りにしている。
(10) Prabowo Subiantoが大統領に就任し、積極的な外交政策と防衛近代化への強い決意を考えるとインドネシア海軍の近代化の見通しは依然として明るい。しかし、危険性を軽減し、課題に対処するためには、軍事専門家や学者を含む幅広い関係者からの意見を取り入れ、調達過程における説明責任と透明性を高めながら、近代化計画を慎重に管理する必要がある。
記事参照:Challenges Faced in Indonesia’s Naval Modernisation
(1) 2019年にPrabowo Subiantoが国防大臣に就任して以来、インドネシアは特に海軍力に重点を置き、野心的な軍事近代化の道を歩み始めた。これは、潜水艦、フリゲート、哨戒艦など、多種多様な新型艦艇を取得するためにインドネシアが外国の造船会社と締結した数多くの契約からも明らかである。
(2) この最新の近代化の取り組みには、いくつかの要因が関係している。第1に、Tentara Nasional Indonesia Angkatan Laut(以下、インドネシア海軍と言う)艦艇の老朽化である。第2に、南シナ海の安全保障環境がますます不安定化しており、強力な抑止力の緊急の必要性が強調されている。第3に、インドネシアは造船産業を強化するために技術移転を確保することを目指している。
(3) 30万km2の領海と280万km2のEEZを有する世界最大の島嶼国であるインドネシアは、政府の強力な海軍力の構築に対する取り組みが揺らいでいる。インドネシア海軍の近代化に向けた取り組みは、Susilo Bambang Yudhoyono大統領の下で行われ、Purnomo Yusgiantoro国防大臣は2009年に、インドネシア海軍が2024年までに達成すべき最低限の要件として、最小限必須戦力(Minimum Essential Force)の概念を導入した。2011年、インドネシアは韓国のDaewoo Shipping and Marine Engineering(大宇海運海洋)と新型潜水艦3隻の購入契約を締結し、2012年にはオランダのDamen Naval Shipyard社とシグマ級フリゲートの調達契約も締結している。
(4) しかし、Joko Widodoの大統領就任後、近代化の取り組みは鈍化した。これは、Joko Widodo大統領の「世界海洋支点」構想を考えると皮肉なことである。最近まで、インドネシアの海軍力は、違法漁業などの小規模な脅威から領海を守ることしかできなかった。同国の海洋抑止力は、フリゲート7隻とコルベット7隻のみである。インドネシア海軍の対空能力は依然として限られている。艦隊も老朽化しており、外洋において作戦可能な艦艇の約40%は艦齢30年以上である。
(5) インドネシアの海軍近代化の取り組みは、Joko Widodo大統領の2期目にPrabowo Subiantoが国防大臣に就任して以来、再び軌道に乗っている。2020年、Prabowo Subiantoは英国からの新型フリゲート艦の調達を開始し、2021年に契約が締結され、2022年にPT PAL Indonesia社で建造が開始されている。最近、インドネシアはイタリアから次世代多目的哨戒艦(Pattugliatore Polivalente d’Altura、PPA)2隻を購入し、さらに国産の2隻を進水させている。また、インドネシアは海軍力のさらなる拡大に向けてフランスとトルコの代表者と交渉中であると報じられている。
(6) なぜ、Prabowo Subiantoは海軍の近代化を優先したのか。Prabowo Subiantoの確固とした国際情勢の洞察、特に地域の地政学的力学が1つの要因である。たとえば、2023年と2024年のIISSアジア安全保障会議での演説にPrabowo Subiantoの国際情勢の見方を見ることができる。そこでPrabowo Subiantoは、「インド太平洋地域の緊張」がインドネシアに対する差し迫った脅威であると繰り返し強調し、インドネシアの国防を強化する決意を表明している。強力な対艦・対空兵器を搭載し、外用で作戦可能な艦艇の調達は、南シナ海における中国の強硬姿勢に対する海軍の抑止力を強化するために極めて重要である。インドネシア政府は海洋をめぐる紛争において領有権を主張しているわけではないが、中国の強硬姿勢と海上民兵への支援がインドネシアの海洋経済を混乱させ、EEZに対する主権的権利に挑戦していることを深く懸念している。
(7) さらに、さまざまな海外の提携国からの技術移転を確保することで、インドネシアは直面した課題である将来の軍事禁輸の危険性を軽減することができる。高度な海軍技術の供給源を多様化することで、インドネシアは特定の国への依存を減らしている。たとえば、フランスのNaval Group社から潜水艦を調達すれば、PT PAL Indonesia社は潜水艦や対艦ミサイルなどのサブシステムの開発能力を強化することができる。同時に、インドネシアはトルコと潜水艦の調達について交渉している。同様に、英国のArrowhead consortium やイタリアのFincantieriとの協定は、インドネシアにフリゲートの調達に関するより幅広い選択肢とより大きな技術利用を提供する。
(8) 近代化の取り組みには課題がないわけではない。
第1に、さまざまな国から艦艇を導入することで、海軍将兵に運用上の課題をもたらす。複数の国から艦艇、航空機を取得することは、インドネシアの海軍将兵だけでなく修理、整備を担当する企業もさまざまな兵器システムに適応する必要があり、保守整備と訓練の複雑さが増大する。フランス、イタリア、トルコからの最近の調達により、システムの多様性が増し、訓練、保守、運用効率が複雑化することになる。さらに、艦艇、航空機の導入先の多様化が進むと、維持費の上昇につながる可能性が高い。資金が限られているため、多様な艦隊を維持することは財源に大きな負担をかけ、維持管理や作戦即応性に影響を及ぼす可能性がある。
(9) 第2の課題は、外国企業の技術移転への関与である。2012年のシグマ級フリゲート調達計画などの過去の経験は、潜在的な危険性とそのような契約の慎重な計画と管理の必要性を浮き彫りにする教訓となっている。シグマ級フリゲート調達に関わるオランダのDamen Naval Shipyardとの契約では、海軍は造船所から2隻の船を購入し、さらに国内で建造する計画だった。しかし、Damen Naval Shipyardは一方的に契約を打ち切っている。これは、特に技術移転と能力構築において、インドネシアの海軍産業に具体的な利益をもたらすという各企業の売り込みを慎重に評価する必要があることを浮き彫りにしている。
(10) Prabowo Subiantoが大統領に就任し、積極的な外交政策と防衛近代化への強い決意を考えるとインドネシア海軍の近代化の見通しは依然として明るい。しかし、危険性を軽減し、課題に対処するためには、軍事専門家や学者を含む幅広い関係者からの意見を取り入れ、調達過程における説明責任と透明性を高めながら、近代化計画を慎重に管理する必要がある。
記事参照:Challenges Faced in Indonesia’s Naval Modernisation
【補遺】
旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) America’s Strategy of Renewal: Rebuilding Leadership for a New World
https://www.foreignaffairs.com/united-states/antony-blinken-americas-strategy-renewal-leadership-new-world?utm
Foreign Affairs, November/December 2024, October 1, 2024
By Antony J. Blinken, U.S. Secretary of State
2024年10月1日、米国務長官Antony J. Blinkenは、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月発行誌Foreign Affairsのウエブサイトに“America’s Strategy of Renewal: Rebuilding Leadership for a New World”と題する論説を寄稿した。その中でBlinken国務長官は、米国の再生戦略はBiden政権が掲げる国際的指導的位を取り戻すための取り組みであるが、この戦略は、国内での競争力強化と国外での同盟関係の再活性化という2つの柱から成り立っていると説明した上で、Biden大統領とHarris副大統領は、米国の競争力を取り戻すためにインフラや新技術、クリーンエネルギーへの大規模な投資を行うことで経済成長を牽引し、また、欧州やアジアの同盟国と協力し、中国やロシア、イラン、北朝鮮といった「修正主義的」な国々に対抗するための新たな同盟関係を構築していると評価している。そしてBlinken国務長官は、こうした米国の再生戦略は、特にNATOやQUADといった多国間同盟を強化し、自由で開かれた国際秩序を維持するための協調行動を促進し、さらには、半導体やクリーンエネルギー技術など、重要分野でのサプライチェーン強化が進められ、これにより米国は世界最大の外国直接投資先となり、同時に他国への影響力も拡大していると指摘した上で、一方で、ロシアのウクライナ侵攻や中国の国際的な野心に対抗するため、米国は軍事力の強化や外交的圧力を通じてこれらの国々を牽制しているが、特に中国とは対立を管理しつつ、気候変動や核不拡散などでの協力の可能性も模索しており、今後も米国はこの「再生戦略」を通じて、世界的な指導力を強化し、国際秩序の維持に努めることが求められていると主張している。
(2) Explainer | Who is winning the fight for the South China Sea’s resources?
https://www.scmp.com/news/china/diplomacy/article/3280575/who-winning-fight-south-china-seas-resources
South China Morning Post, October 1, 2024
2024年10月1日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Explainer | Who is winning the fight for the South China Sea’s resources?”と題する記事を掲載した。その中で、①南シナ海で領有権を主張する各国は、未解決の海上境界と法解釈の相違の中で、魚、石油、天然ガスを巡って争っている。②これらの資源の大部分は南シナ海の浅い海域にあり、その多くは領有権が重複している海域に位置している。③中国は広東省、海南省沖の係争のない地域で長年にわたり資源の掘削を行ってきたが、南シナ海の南部地域は依然として未開発のままである。④数十年にわたり、ベトナムとマレーシアは石油や天然ガスの探査をして豊富な資源の開発を行い、また、フィリピンはリード堆を重視している。⑤中国は過去3年間で他の領有権主張国による石油や天然ガスの開発を阻止できていない。⑥UNCLOSは、法的枠組みを提供しているが、各国はそれに関してしばしば異なる解釈を行っている。⑦南シナ海の争いの核心は、中国の「九段線」主張が他の領有権主張国のEEZと重なっている点にある。⑧中国は、九段線内では中国の許可なしにいかなる行為も認められないとの姿勢を示している。⑨中国はASEAN加盟国同士が行っているような共同提案を行っていない。⑩海底資源の採掘に必要な技術は第2次世界大戦以降に広く普及したものであるため、中国がこの地域の石油・ガス資源に対する歴史的権利を主張することは法的に困難である。⑪中国政府は主権問題が解決されるまでの共同開発を提案しているが、中国には他の領有権主張国のEEZ内の資源を所有する法的権利がないため拒否されている。⑫地政学的な要因を超えて、各国は環境問題にも取り組む必要があるといった主張が述べられている。
(3) Thousands of shipping containers have been lost at sea. What happens when they burst open?
https://apnews.com/article/lost-shipping-containers-dali-baltimore-xpress-pearl-68620037992758a714b010345e1937fa
AP, October 3, 2024
2024年10月3日、米通信社APのニュースサイトは、“Thousands of shipping containers have been lost at sea. What happens when they burst open? ”と題する記事を配信した。その中では、毎年、世界中で何千ものコンテナが海に落下し、その多くは海底に沈み、回収されることはないが、コンテナ内にはプラスチック製品や有害物質が含まれており、これが海洋生態系に甚大な影響を及ぼしている点が問題提起されている。たとえば、2020年に発生した「ONE Apus」の事故では、約2,000個のコンテナが太平洋に投棄され、その中には電池や花火などの危険物も含まれていたが、これにより海洋汚染が発生し、太平洋沿岸やハワイのミッドウェイ環礁など、遠隔地にまで影響が及んでいるし、2021年にスリランカ近海で発生した「X-Press Pearl」の火災によって、1,400個以上のコンテナが破損し、プラスチックペレットや有害化学物質が海に放出され、多くの魚やウミガメが死亡した点が指摘されている。このような事故は、海洋生態系と沿岸地域の経済に深刻な被害を与えているが、報告されていない事故も多く、正確な被害規模は把握されていないだけでなく、回収が義務付けられていないことが問題となっており、今後の対策が求められると主張されている。
(4) Create Temporary Expedient Naval Facilities to Win in the Pacific
https://www.usni.org/magazines/proceedings/2024/october/create-temporary-expedient-naval-facilities-win-pacific
Proceedings, U.S. Naval Institute, October 2024
By Lieutenant Colonel Michael Manning, U.S. Marine Corps, is a ground supply officer and a Marine Air Ground Task Force planner.
Lieutenant Colonel Timothy Warren, U.S. Marine Corps is an aviation logistician.
2024年10月、U.S. Marine CorpsのMichael Manning中佐とTimothy Warren中佐は、The U.S. Naval Instituteが発行する月刊誌Proceedingsのウエブサイトに“Create Temporary Expedient Naval Facilities to Win in the Pacific”と題する論説を寄稿した。その中で両名は、Proceedings 2023年12号に掲載された“War of 2026 scenario presented”の中で、米国は、臨時海軍施設(Temporary Expedient Naval Facilities:以下、TENFsと言う)を構築する必要があると指摘されているが、これは、中国人民解放軍が米国の兵站システムを標的にし、米国の海上輸送や港湾能力を妨害する可能性が高いため、既存の港湾施設だけでは対応が困難であるとの認識に基づいており、このTENFsの構築は、戦時中の船舶の補給、修理、再武装を迅速に行うための重要な手段となるだけでなく、民間港への依存を軽減し、米国経済を維持する役割も果たすと述べている。そして両名は、TENFsは海軍だけでなく、陸軍、海兵隊、および沿岸警備隊と連携して運営する必要があること、また、予備役部隊がTENFsの運営を支援することが検討されているが、このような施設は、海軍の戦略的柔軟性を高め、戦時中に中国の妨害を受けた際にも継続的な作戦を遂行するために重要な役割を果たすであろうと好意的に評した上で、TENFsは米国の海上輸送能力を強化し、対中戦争における決定的な要素となる可能性があると主張している。
(1) America’s Strategy of Renewal: Rebuilding Leadership for a New World
https://www.foreignaffairs.com/united-states/antony-blinken-americas-strategy-renewal-leadership-new-world?utm
Foreign Affairs, November/December 2024, October 1, 2024
By Antony J. Blinken, U.S. Secretary of State
2024年10月1日、米国務長官Antony J. Blinkenは、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月発行誌Foreign Affairsのウエブサイトに“America’s Strategy of Renewal: Rebuilding Leadership for a New World”と題する論説を寄稿した。その中でBlinken国務長官は、米国の再生戦略はBiden政権が掲げる国際的指導的位を取り戻すための取り組みであるが、この戦略は、国内での競争力強化と国外での同盟関係の再活性化という2つの柱から成り立っていると説明した上で、Biden大統領とHarris副大統領は、米国の競争力を取り戻すためにインフラや新技術、クリーンエネルギーへの大規模な投資を行うことで経済成長を牽引し、また、欧州やアジアの同盟国と協力し、中国やロシア、イラン、北朝鮮といった「修正主義的」な国々に対抗するための新たな同盟関係を構築していると評価している。そしてBlinken国務長官は、こうした米国の再生戦略は、特にNATOやQUADといった多国間同盟を強化し、自由で開かれた国際秩序を維持するための協調行動を促進し、さらには、半導体やクリーンエネルギー技術など、重要分野でのサプライチェーン強化が進められ、これにより米国は世界最大の外国直接投資先となり、同時に他国への影響力も拡大していると指摘した上で、一方で、ロシアのウクライナ侵攻や中国の国際的な野心に対抗するため、米国は軍事力の強化や外交的圧力を通じてこれらの国々を牽制しているが、特に中国とは対立を管理しつつ、気候変動や核不拡散などでの協力の可能性も模索しており、今後も米国はこの「再生戦略」を通じて、世界的な指導力を強化し、国際秩序の維持に努めることが求められていると主張している。
(2) Explainer | Who is winning the fight for the South China Sea’s resources?
https://www.scmp.com/news/china/diplomacy/article/3280575/who-winning-fight-south-china-seas-resources
South China Morning Post, October 1, 2024
2024年10月1日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Explainer | Who is winning the fight for the South China Sea’s resources?”と題する記事を掲載した。その中で、①南シナ海で領有権を主張する各国は、未解決の海上境界と法解釈の相違の中で、魚、石油、天然ガスを巡って争っている。②これらの資源の大部分は南シナ海の浅い海域にあり、その多くは領有権が重複している海域に位置している。③中国は広東省、海南省沖の係争のない地域で長年にわたり資源の掘削を行ってきたが、南シナ海の南部地域は依然として未開発のままである。④数十年にわたり、ベトナムとマレーシアは石油や天然ガスの探査をして豊富な資源の開発を行い、また、フィリピンはリード堆を重視している。⑤中国は過去3年間で他の領有権主張国による石油や天然ガスの開発を阻止できていない。⑥UNCLOSは、法的枠組みを提供しているが、各国はそれに関してしばしば異なる解釈を行っている。⑦南シナ海の争いの核心は、中国の「九段線」主張が他の領有権主張国のEEZと重なっている点にある。⑧中国は、九段線内では中国の許可なしにいかなる行為も認められないとの姿勢を示している。⑨中国はASEAN加盟国同士が行っているような共同提案を行っていない。⑩海底資源の採掘に必要な技術は第2次世界大戦以降に広く普及したものであるため、中国がこの地域の石油・ガス資源に対する歴史的権利を主張することは法的に困難である。⑪中国政府は主権問題が解決されるまでの共同開発を提案しているが、中国には他の領有権主張国のEEZ内の資源を所有する法的権利がないため拒否されている。⑫地政学的な要因を超えて、各国は環境問題にも取り組む必要があるといった主張が述べられている。
(3) Thousands of shipping containers have been lost at sea. What happens when they burst open?
https://apnews.com/article/lost-shipping-containers-dali-baltimore-xpress-pearl-68620037992758a714b010345e1937fa
AP, October 3, 2024
2024年10月3日、米通信社APのニュースサイトは、“Thousands of shipping containers have been lost at sea. What happens when they burst open? ”と題する記事を配信した。その中では、毎年、世界中で何千ものコンテナが海に落下し、その多くは海底に沈み、回収されることはないが、コンテナ内にはプラスチック製品や有害物質が含まれており、これが海洋生態系に甚大な影響を及ぼしている点が問題提起されている。たとえば、2020年に発生した「ONE Apus」の事故では、約2,000個のコンテナが太平洋に投棄され、その中には電池や花火などの危険物も含まれていたが、これにより海洋汚染が発生し、太平洋沿岸やハワイのミッドウェイ環礁など、遠隔地にまで影響が及んでいるし、2021年にスリランカ近海で発生した「X-Press Pearl」の火災によって、1,400個以上のコンテナが破損し、プラスチックペレットや有害化学物質が海に放出され、多くの魚やウミガメが死亡した点が指摘されている。このような事故は、海洋生態系と沿岸地域の経済に深刻な被害を与えているが、報告されていない事故も多く、正確な被害規模は把握されていないだけでなく、回収が義務付けられていないことが問題となっており、今後の対策が求められると主張されている。
(4) Create Temporary Expedient Naval Facilities to Win in the Pacific
https://www.usni.org/magazines/proceedings/2024/october/create-temporary-expedient-naval-facilities-win-pacific
Proceedings, U.S. Naval Institute, October 2024
By Lieutenant Colonel Michael Manning, U.S. Marine Corps, is a ground supply officer and a Marine Air Ground Task Force planner.
Lieutenant Colonel Timothy Warren, U.S. Marine Corps is an aviation logistician.
2024年10月、U.S. Marine CorpsのMichael Manning中佐とTimothy Warren中佐は、The U.S. Naval Instituteが発行する月刊誌Proceedingsのウエブサイトに“Create Temporary Expedient Naval Facilities to Win in the Pacific”と題する論説を寄稿した。その中で両名は、Proceedings 2023年12号に掲載された“War of 2026 scenario presented”の中で、米国は、臨時海軍施設(Temporary Expedient Naval Facilities:以下、TENFsと言う)を構築する必要があると指摘されているが、これは、中国人民解放軍が米国の兵站システムを標的にし、米国の海上輸送や港湾能力を妨害する可能性が高いため、既存の港湾施設だけでは対応が困難であるとの認識に基づいており、このTENFsの構築は、戦時中の船舶の補給、修理、再武装を迅速に行うための重要な手段となるだけでなく、民間港への依存を軽減し、米国経済を維持する役割も果たすと述べている。そして両名は、TENFsは海軍だけでなく、陸軍、海兵隊、および沿岸警備隊と連携して運営する必要があること、また、予備役部隊がTENFsの運営を支援することが検討されているが、このような施設は、海軍の戦略的柔軟性を高め、戦時中に中国の妨害を受けた際にも継続的な作戦を遂行するために重要な役割を果たすであろうと好意的に評した上で、TENFsは米国の海上輸送能力を強化し、対中戦争における決定的な要素となる可能性があると主張している。
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