海洋安全保障情報旬報 2024年9月21日-9月30日

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9月22日「フィリピン巡視船『テレサ・マグバヌア』の撤退とその後の状況―フィリピン国営紙報道」(The Manila Times, September 22, 2024)

 9月22日付のフィリピン国営日刊紙The Manila Times電子版は、“AFTER PULLOUT OF BRP TERESA MAGBANUA: 8 Chinese ships move into Escoda”と題する記事を掲載し、エスコダ礁における中国の活動を監視してきたフィリピン巡視船「テレサ・マグバヌア」の撤退後の交代船や中国の動向などについて、要旨以下のように報じている。
(1) フィリピンが1隻の船を、Philippine Coast Guardの巡視船「テレサ・マグバヌア」の交代として、西フィリピン海に位置する係争中の環礁に派遣したことを明らかにした後、中国は9月21日、エスコダ礁(サビナ礁)へ数隻の海上民兵船を展開した。Stanford UniversityにあるGordian Knot Center for National Security Innovationの maritime transparency project(海洋透明性構想)SeaLightの責任者Ray Powell空軍退役大佐によれば、正午ごろ、パガニバン礁(ミスチーフ礁)からエスコダ礁へ向けて追加で8隻の「瓊三沙漁」民兵船が展開される様子が確認されている。
(2) この展開に関して、フィリピンのNational Maritime Council(NMC)報道官Alexander Lopez次官が、「テレサ・マグバヌア」の交代として派遣されたPhilippine Coast Guardの巡視船がエスコダ礁に接近中であることを明らかにした。Alexander Lopez報道官は、西フィリピン海での「運用調整(operation adjustment)」の一環として、この船の正確な位置については公開しないとしている。また、Alexander Lopez報道官は、派遣された巡視船が中国の民兵や他の敵対勢力から嫌がらせを受けたという報告はまだ届いていないと説明している。Alexander Lopez報道官によれば、派遣された巡視船の任務の一部は、区域内に存在する中国船の数を監視し、その情報をRepublic of the Philippines Department of Foreign Affairsに伝達することである。これは、可能性のある外交ルートで抗議の提出を検討するためであり、「なぜなら、中国船がこの礁に存在するだけですでに違法である」と述べている。
(3) 「テレサ・マグバヌア」は、エスコダ礁で5ヵ月以上にわたってこの海域における中国の埋め立て疑惑を監視した後、9月15日に本拠地であるパラワン州プエルト・プリンセサに帰投している。Philippine Coast Guardは、エスコダ礁からの撤退理由について、人道的な観点によるものであると説明している。一方で中国は、「テレサ・マグバヌア」のエスコダ礁からの退去をフィリピンに求めており、その存在が中国の主権を侵害していると主張している。中国外交部は、フィリピン船のエスコダ礁への駐留に対し正式な抗議を提出したと述べている。
(4) これに先立ち、フィリピンの国家安全保障顧問であるEduardo Añoは、エスコダ礁に関してフィリピンと中国が合意を結ぶ必要はないとして、「重要なことはただ1つ……(この海域)で行われている埋め立てを停止させることだ」と語っている。さらにEduardo Añoは、フィリピンがエスコダ礁への進出と配備を維持できることも重要であると指摘した。「エスコダ礁はhigh tide elevationではなく、いかなる国の領土にもなり得ない。しかし、我が国のEEZ内にあるため、我々だけがこの地域の全ての資源を活用する権利を有する。そしてもちろん、漁民を守る責任もある」とEduardo Año は述べた。
記事参照:AFTER PULLOUT OF BRP TERESA MAGBANUA:8 Chinese ships move into Escoda
:high tide elevationという用語はUNCLOSでは用いられておらず、国際法、特に海洋法関係の論文等にも用いられていない。しかし、約900ページに及ぶ2016年の南シナ海仲裁裁定書に1ヵ所だけ中国の主張の中で使用されており、中国は島、あるいは岩という用語を使用するとUNCLOSの解釈をめぐってさらなる論争が起こるのを回避するため新たな用語としてhigh tide elevationを使用したものと推測される。Eduardo Año 国家安全保障顧問も中国に反論するため、high tide elevationという用語を使用したものと思われる。high tide elevationの意味するところは満潮時にも海面上に出ている地物で、島と同じように領海、EEZを形成できると主張しようとするものと考えられる。

9月23日「中国海軍は台湾の防衛能力をさらに低下させる作戦を企てている―台湾専門家論説」(PacNet, Pacific Forum, Center for Strategic and International Studies, September 23, 2024)

 9月23日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのPacific Forum が発行するPacNet Commentary のウエブサイトは、中華民国国防大学大学院中国軍事研究所教授で中国の国防問題に関する研究事業の責任者馬成勲および同事業の研究員K Tristan Tanの“PLA Navy adjusts operations to further undermine Taiwan’s defensive capabilities”と題する論説を掲載し、ここで両名は台湾、日本、フィリピン、米国が決戦のために非対称戦を重視する一方で、台湾の通常戦力にもっと注意を払い、中国の対潜水艦戦活動に対応するため、重要海域における連携を強化すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 台湾国防部は、ここ数年、中国海軍および空軍の活動記録を継続的に公表しており、これにより台湾海峡の軍事情勢を世界が把握することが可能となっている。しかし、中国海軍の演習は比較的注目度が低く、場合によっては見落とされていることがある。台湾周辺の中国海軍の活動を総合的に精査すると、台湾の海上防衛能力をさらに低下させることを目的とした海軍作戦の大幅な企てが明らかになった。
(2) 台湾周辺の中国海軍の艦船が増加し、これに対応するため台湾は艦隊の整備線表に遅れが生じざるを得なくなり、必然的に老朽化した戦闘艦艇の寿命を縮めている。
a. 台湾周辺における中国海軍の艦艇の日別配備数をみると、2023年には、5-9隻が配備された日が168日(46%)、10隻以上が配備された日が24日(6.6%)であったが、2024年は8月25日現在、237日中、5-9隻が177日(74.7%)、10隻以上が26日(11%)となっている。
b. 台湾海軍は現在、駆逐艦4隻とフリゲート22隻、合計26隻の主要戦闘艦を保有し、常時配備できるのは20隻程度となる。中国海軍の艦艇が5~9隻出現した場合、台湾は主要戦闘艦艇の25~50%を投入して対応する。このような事態の発生頻度は増加しており、中国海軍の艦艇が10隻以上活動する場合、台湾は主要戦闘艦艇の半数以上を投入することになる。
c. この状況は、定期整備の線表を乱し、艦艇の耐用年数を短くしている。2023年7月現在、台湾の戦闘艦艇のうち14隻(53.85%)が定期整備を怠っており、2024年はさらなる混乱が予想される。
(3) 中国海軍とその対潜ヘリコプターは、戦時の台湾海軍の戦力保全にとって重要な地域での活動を強化している。台湾国防部は2024年、台湾の東部海域における中国海軍の対潜ヘリコプターの活動が大幅に増加したと発表している。この台湾東部海域での対潜ヘリコプターの活動増加には、いくつかの意味がある。
a. 対潜ヘリコプターは艦載機であるので、中国海軍の艦艇が近くにいることを示唆している。
b. これらの活動は、台湾、米国、または日本の潜水艦を標的にした対潜水艦戦(以下、ASWと言う)の訓練または実行に関与している可能性が高い。
c. ヘリコプターは中国海軍の潜水艦と連携して作戦および訓練を行い、この海域でのASW能力を高めている可能性がある。
(4) 与那国海峡を通過する中国海軍の艦船の頻度が著しく増加している。2021年以降、中国海軍の艦艇はこの海峡を通過するようになり、2024年8月25日現在、18回が記録されている。この海峡で中国海軍の軍艦の活動が活発化したのは、台湾の国産潜水艦が就役し、宜蘭の蘇澳に新たな潜水艦基地が設置される可能性があるからだろう。これまで台湾の唯一の潜水艦基地は高雄の左営にあり、中国大陸と直接対峙していた。
(5) 中国海軍の2024年の作戦の傾向は、台湾に対する軍事作戦の準備を強化する努力を続けていることを示すもので、中国海軍が台湾の海軍戦略と最近の情勢に対応して戦略的な位置付けを図っていることを示唆している。この傾向を踏まえ、2つの提案を行う。
a. 決戦のために非対称戦を重視する一方で、台湾の通常戦力にもっと注意を払うべきである。
b. 中国のASW活動に対応するため、台湾、日本、フィリピン、米国は、これらの重要海域における連携を強化すべきである。
記事参照:PLA Navy adjusts operations to further undermine Taiwan's defensive capabilities

9月24日「中国空母の与那国島近海通過が意味するもの―台湾専門家論説」(The diplomat, September 24, 2024)

 9月24日付のデジタル誌The Diplomatは、中華民国国防大学大学院中国軍事研究所教授で中国の国防問題に関する研究事業責任者馬成勲および同事業研究員K.Tristan Tanの“The Hidden Significance of China’s Aircraft Carrier Passage Near Japan’s Yonaguni Island”と題する論説を掲載し、ここで両名は中国の空母が日本に接近して行動していることへの対応は、日本の南西諸島や台湾東部周辺における中国海軍の活動の変化を監視することが不可欠で、台湾海軍と日本の海上自衛隊は、与那国海峡における部隊配備を衝突することなく高めるために、より広範な調整機構を確立する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 9月18日、中国海軍の空母「遼寧」が日本の与那国島と西表島の間の海域を通過し、大きな注目を集めたが、それ以前の与那国島に関連する中国海軍の3つの重要な軍事的傾向は長い間見過ごされてきた。その第1の傾向とは、与那国島周辺海域における活動である。かつて中国海軍は主に宮古海峡を通過してフィリピン海に進入していたが、近年は、日本の与那国島近海を通過する作戦を拡大し、与那国島の西側と台湾東部の宜蘭を結ぶ与那国海峡を通過する頻度を大幅に増やしている。2018年から2023年まで、宮古水道を通過する中国海軍の艦船は、日本の南西諸島の間の海域を通過する中国海軍の全通過の54.8%~100%であった。しかし、2024年は、8月31日現在で、宮古水道の通過は43%で、与那国海峡と東方海域の通過は、2020年以前の0%から今年26.6%へと増加した。台湾と日本の与那国島を結ぶ与那国海峡の通過数は、2020年の0件から2024年は18件に増加し、それはすべて、駆逐艦やフリゲートなどの主要な戦闘艦艇であった。これは中国が与那国海峡を作戦訓練のための重要な海域としている可能性を示唆している。
(2) 第2の傾向は、与那国海峡を通過する中国の海洋調査船の活動である。2024年に台湾の宜蘭沖を航行する海洋調査船の数は、2023年に比べて顕著に増加している。2023年と2024年8月末までの台湾周辺における海洋調査船の動きを比較すると、4つの明確な傾向が見られる。
a. 活動の活発化:2023年の通過は18回であり、2024年1月から8月にかけては、すでに16回の通過している。
b. 活動の中心が東部海域に移行:バシー海峡付近では、2023年に11回(61.1%)の通過が記録され、2024年時点では5回(31.3%)である。与那国海峡では、2023年に2回(11.1%)であったが、2024年には10回(62.5%)と大幅に増加した。
c. 台湾の海岸線に近接:2023年、海洋調査船が台湾の24海里内に侵入したケースは5件で、2024年には11件に増加し、そのうち6件が与那国海峡で発生している。
d. 綿密な調査行動:2024年に台湾と日本の与那国島の間の海域で3回にわたって、当該海域を綿密に調査する行動様式を繰り返している。
(3) 第3の傾向は、与那国島南方の海域で、艦載対潜ヘリコプターの活動が活発化していることで、今年は台湾の東側でより頻繁に活動している。2023年には合計90回の出撃があったが、2024年は8月までにすでに68回出撃している。
(4) 見過ごされてきたこのような3つの傾向と中国の海洋調査船の活動から、中国が与那国島周辺の対潜能力を強化していることは明らかで、中国空母が将来、与那国島東方海域または与那国海峡を航行する頻度が高まる可能性がある。空母とそれに付随する海軍艦隊は極めて重要な戦略的資産で、防空と対艦能力を艦隊に依存することに加え、対潜能力も極めて重要となる。与那国島周辺海域での海洋調査と対潜水艦戦の強化は、中国の空母と原子力潜水艦にとって不可欠である。これらの傾向は、日本だけでなく、米国や台湾にとってもいくつかの政策的含意を提起している。
a. 中国の潜水艦や空母群は、西太平洋に進出するために、第一列島線に沿った日米の海中監視網をさらに回避することを目指すかもしれない。与那国海峡が台湾と日本の管轄下にあることを考えると、長期的な軍事用海中監視システムの確立を調整するのは難しい。
b. 台湾海軍にとって、中国海軍の新たな作戦動向が大きな消耗的脅威となる。与那国海峡は、台湾海軍にとって重要な拠点である蘇澳港の近くにあり、台湾海軍最大の駆逐艦と老朽化したフリゲートが配備されている。これらの艦艇が主に与那国海峡を通過する中国海軍艦船に対応することになるが、この活動が活発化すれば、これらの艦艇の活動頻度も高くなり、整備への負担が大きくなり、顕著な影響を及ぼす可能性がある。
c. 南西諸島における日本の主要な海軍基地は沖縄の那覇にあり、福建省の三都澳にある中国海軍の基地よりも与那国海峡から離れている。このことは、与那国海峡における中国海軍艦艇の増大に海上自衛隊が継続的に対応する場合、日本の艦艇展開の困難さと後方支援の経費が中国よりもかなり高くなる可能性があることを意味する。
(4) 中国の空母が日本に接近して行動していることに世界の注目が集まっているが、日本の南西諸島や台湾東部周辺における中国海軍の広範な活動の大きな変化を注意深く監視することが不可欠である。同時に、台湾海軍と日本の海上自衛隊は、与那国海峡における部隊配備を衝突することなく高めるために、より広範な調整機構を確立する必要があるかもしれない。
記事参照:The Hidden Significance of China’s Aircraft Carrier Passage Near Japan’s Yonaguni Island

9月25日「国連は台湾加盟を検討せよ―台湾外交部長論説」(The Strategist, September 25, 2024)

 9月25日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategist は、台湾外交部長の林佳龍による“With growing tension in the strait, Taiwan needs to be in the UN”と題する論説を掲載し、そこで林佳龍は台湾海峡における緊張が高まる中、世界の安全とサプライチェーン維持のために、国連は台湾を加盟させるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 台湾は国際連合に加盟を認められるべきである。理由は2つある。台湾の経済的重要性と高まる軍事的緊張に対処する必要があることである。台湾の経済的重要性については、それが世界の高性能半導体の9割を製造し、世界的なサプライチェーンにおいて極めて重要な役割を担っていることがある。高まる軍事的緊張について、中国が台湾への攻勢を強め、インド太平洋全体に専制主義的なイデオロギーを押しつけようとしている。それは世界全体にとって脅威である。
(2) この数年間、世界の指導者はG7やNATO、ASEANなどの2国間あるいは多国間枠組みを用いて、台湾の平和と安定の重要性を強調している。Pacific Islands Forumなどは、台湾をオブザーバーの地位に据えるなどして、台湾を世界や地域と関わらせようとしている。他方、国連だけはその問題に取り組んでいない。国連は、中国が台湾かどちらかを選ばねばならないという考えを維持している。
(3) 国連はまずもって、中国による1971年の国連総会の歪曲を拒絶するべきである。1971年、その歪曲によって中華人民共和国が国連に加盟した。中国は決議2758号を意図的に誤解し、それと自分たちが唱える「一つの中国」原則を1つに合体させた。それにより中国は、台湾が国連その他国際機関に参加する正当な権限を抑圧した。それにより台湾市民やジャーナリストは、国連施設への出入りを認められず、国際的な会合への出席を妨害されている。実際のところ、決議2758号は中国の代表権問題に関わるもので、台湾に言及もなければ、それを中国の一部だとも言っていない。
(4) この事態は、国際舞台における中国の攻撃的姿勢の強まりを示している。もし放置されれば、中国は台湾海峡の現状を変更し、世界の安全を脅かすだろう。今年、米国政府関係者が、台湾をめぐる自説を正当化するために中国が決議2758号を歪曲していることを非難したことが何度かあった。
(5) 中国の膨張主義的姿勢が台湾で止まることはないだろう。中国海警は最近新たな規則を導入したが、それは中国の真っ当ではない領土的主張を強めるためのものである。そして国際的海域への支配を強め、国際規範に挑戦することを狙っている。すべての人びとがそうした動きを防止するために協働すべきである。
(6) 歴史は、民主的な決意を声高に示さねばならないことを証明してきた。第79期国連総会はその絶好の場である。これまで台湾は国際的に信頼できる提携国であることを示し続けてきた。今後もそうであろう。志向を同じくする国々と健全で抗堪性のあるサプライチェーンを維持するために、台湾はこれから数十年先の世界に活力を与えることに貢献する強い決意を持っている。
記事参照:With growing tension in the strait, Taiwan needs to be in the UN

9月26日「QUADには強固な土台がある―オーストラリア豪防衛専門家論説」(The Interpreter, September 26, 2024)

 9月26日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、メルボルンの国際戦略コンサルタント企業Dragoman社の防衛および先端製造・技術部門長Kieran Thomsonの“The Quad has solid foundations”と題する論説を掲載し、そこでKieran ThomsonはQUAD首脳会談が開催されたことに言及し、QUADの将来について悲観的な論評が多くなされていることに対してそれを否定し、要旨以下のように述べている。
(1) 9月21日、QUADの第4回首脳会談が米国デラウェア州で開催されたが、その枠組に対する悲観的な観測が広まっている。共通するのは、出席者の半分が死に体だということである。そして、指導者の交代やTrump政権が再び誕生する可能性のために、QUADの土台が揺らいでいると主張される。事実、今回の首脳会談では目に見えた成果はなかったと言える。
(2) しかし、インドで開催される予定だった前の首脳会談が中止されたことを考えると、4人の指導者が米国に集まったというという事実自体に、まだ大きな意味がある。QUADの土台はこれまで、首脳会談以外の会合によって固められてきた。外相による閣僚級会談が実施されるようになったのは2019年からである。7月にはインド太平洋の海底ケーブルの連結性と抗堪性に関するQUADの提携が表明されている。また、4ヵ国の高級官僚による定期的な会合が「戦略的評価を交換し、実践的な協調を進めている」。
(3) こうした種々の階層での会合を通じてQUADは制度化していったのであり、今後もQUADの土台が固められるという楽観的な予測は可能である。第2期Trump政権を不安視する声もあるが、そもそもQUAD閣僚級会談が実施されるようになったのは第1期Trump政権の時である。明示はされていないが、QUADの主要目的は中国への対抗であり、それは第2期Trump政権の目標とも一致するため、第2期Trump政権がQUADを軽視するとは考え難い。同様に、Biden政権の政策を引き継ぐであろうHarrisが、QUADへの関与の深化の方針を転換するとも考え難い。
(4) インドの立場も重要である。同国は長い間、同盟関係や提携の構築には慎重な姿勢を貫いてきた。そのインドがQUADには関与しているのであり、したがってQUADはインドと接近する機会を、ほかの3ヵ国に提供する。インドとしても、中国を押し返そうという目的を持つQUADから、少なくとも中期的には、距離を取ることはなさそうである。
(5) インドは、米国との協調をより積極的に進めるようなことはないであろうが、QUADへの関与は続けるであろう。インドがその枠組の中におり、そして、首脳、閣僚、高官級での会合が続いていることを考えれば、今後もQUADの土台は強固になっていくだろう。
記事参照:The Quad has solid foundations

9月27日「フィリピン、今後10年の地政学的発火点―香港専門家論説」(China US Focus.com, September 27, 2024)

 9月27日付の香港のシンクタンクChina-US Exchange Foundation のウエブサイトChina US Focusは、The University of Hong Kong研究員Sebastian Contin Trillo-Figueroaの“The Philippines, Geopolitical Flashpoint of the Decade”と題する論説を掲載し、ここでSebastian Contin Trillo-Figueroaはフィリピンが今後10年の地政学的発火点になるとして、要旨以下のように述べている。
(1) フィリピンは、今後10年の世界の地政学的な震源地になる環境にあり、急速に大国間の力学における重要な要石になりつつある。フィリピンに対する米国の影響力は歴史的絆の故に支配的であると見られがちだが、その内実にはより微妙な差異がある。フィリピンの戦略を導いているのは、個人的および政治的経験によって形成されたMarcos Jr.大統領の外交的洞察力である。Marcos Jr.大統領は、国際関係に対処する独特の取り組みを編み出し、自国を新たな情勢を左右する重要な国家(swing state)として位置付けている。すなわち、フィリピンは、米中対立の狭間で柔軟性と強靭性の均衡を取る「竹のような外交(bamboo diplomacy)」を、強固な安全保障要素と結合させることで強化してきた。Marcos Jr.大統領は2022年の就任以来、南シナ海における中国の高圧的行動に対抗するために「バンブーのような軍事外交」を展開している。この戦略は、中国政府に対するフィリピン政府の交渉力を強化することで、この地域での中国の活動を喧伝するだけの「透明性構想」を超えたものである。
(2) Marcos Jr.大統領は、米国との軍事同盟関係を強化する一方で、台湾に最も近いフィリピン北部にバタネス諸島にある施設の米軍の利用を拒否することでフィリピンの主権を守っている。この二重取り組みは、協力と抑制の均衡を取り、米国の関与の限界を規定している。Marcos Jr.大統領は、補給任務への即時支援を拒否しながら、事態が拡大した場合の将来の支援の扉を開いたままにしておくことで、中国に対して計算されたあいまいさを維持し、フィリピン政府が単なる米政府の代理人ではないことを示し、不当な挑発を避けている。全体として、Marcos Jr.大統領は「大国間対立でいずれかに与することを強いる通例に従う」ことを拒否している。とは言え、この安全保障外交戦略の長期的な実行可能性は依然不透明である。同盟国の正式な関与がなければ、フィリピン政府はうわべだけのそぶりを超えて自衛能力を強化しなければならない。南シナ海の海洋自然地形を巡る中国との世界的な紛争へ米国が介入するか否かを予測することが不可能であることは2012年のスカボロー礁での対峙が証明している。中国は今日、スカボロー礁に対する「議論の余地のない主権」を主張している。
(3) 中国政府は、インド洋全域に戦術的港湾施設と軍事前哨拠点の網状の組織を構築する海洋シルクロードとそれに続く「真珠の数珠つなぎ(“String of Pearls”)」戦略の成功によって自信過剰になっている。しかしながら、中国の商船団の最初で最後の泊地となる南シナ海の支配がなければ、これらの努力は無駄になるであろう。南シナ海ではフィリピンの地理的位置は極めて重要であり、台湾からわずか190kmしか離れていないため、台湾有事の際、米軍の戦略的拠点にもなりかねず、安全保障上の懸念が高まっている。在比米軍基地が米国の戦力投射にとって依然重要であり、中国はこれを相殺せざるを得ないと感じている。中国は、1953年に公表した「9段線」や台湾を含む2023年に拡大された「10段線」などの独自の地図解釈に基づいて、南シナ海のほぼ全域に対する歴史的権利を主張している。南シナ海仲裁裁判所は2016年、南シナ海に対する中国の主張はUNCLOSに基づく他の沿岸国のEEZと矛盾すると全会一致で裁定した。中国政府はこの裁定を「無効」と見なしたが、現在の大国の政治的現実主義による取り組みは小国にとって、国際法を無視する超大国に対して、小国はどこまで国際法に頼ることができるのかという重大な問題を提起している。
(4) 本稿の狙いは、台湾「併合」を追求し、マレーシア、ベトナムおよびフィリピンに影響を及ぼす海洋権益を主張し、さらには実効支配線に沿ってインドと衝突するなど、アジア太平洋地域の複数の地政学的戦線において、失敗の危険性を冒すことなく同時に対処する中国政府の戦略的考え方とその能力を徹底検証することにある。インド太平洋地域におけるフィリピンの中心的な役割は、地域の地政学を複雑にしている。第1に、米国との軍事協力の強化によって、米政府はこの地域において中国政府に対する対抗勢力としての地位を確立することができる。第2に、フィリピン政府の対中政策は他のASEAN諸国が個別に追随する端緒となる可能性がある。特にASEANが(南シナ海の)緊張に関与しておらず、また1992年に中国と「紛争の平和的解決のための南シナ海における締約国の行動に関する宣言(行動宣言)」に署名しているからである。さらには、領有権主張、貿易路、そしてエネルギー資源を守ることは、他の地域関係国間の安全保障同盟の強化を促しかねず、意図しない結果を招く危険性がある。
(5) それにもかかわらず、米国の安全保障上の誓約に対する懸念の高まりは、中国に機会をもたらしている。11月の米大統領選挙後の米国の保証を巡る不確実性、特にTrump候補が勝利した場合、インド太平洋諸国は伝統的な同盟関係の変化に直面する可能性がある。こうした事態は、戦略的提携関係を混乱させ、同盟国に自国の立場の再評価を迫る可能性がある。こうした力学的状況を想定すれば、中国は挑発よりも説得が優先されるソフトパワーを通じて、より大きな成功を収めることができるであろう。米中間の緊張が高まるにつれ、外交的・経済的関与を梃子に、東南アジアにおける中国の影響力を強化し、域内各国を米国側に追いやる危険性を軽減する、非対立的な道筋を提供することができるであろう。
記事参照:The Philippines, Geopolitical Flashpoint of the Decade

9月27日「中国シンクタンク報告書『南シナ海での中国軍は安全かつ高い専門性に基づく』―香港紙報道」(South China Morning Post, September 27, 2024)

 9月27日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“PLA encounters in South China Sea mostly ‘safe’, interceptions triggered by ‘4 breaches’”と題する記事を掲載し、北京大学の南海戦略態勢感知計画(SCSPI)が、係争中の海域における航行および飛行状況に関する報告書を発表したことについて、要旨以下のように報じている。
(1) 北京大学の南海戦略態勢感知計画(以下、SCSPIと言う)は9月23日、資源が豊富で広大な海域における航行および飛行状況に関する報告書を公表した。南シナ海において中国軍が外国艦艇、軍用機と遭遇した場合の対応は、概ね「安全かつ専門性の高い対応」であり、中国軍は特定の4条件下でのみ、係争海域において外国軍を妨害すると中国の有力なシンクタンクが述べている。
(2) この報告書によれば、この海域では毎日10件以上、年間では数千件に及ぶ遭遇が発生している。軋轢が主に発生するのは、外国軍が中国本土やその領海、領空に接近した場合、または「南沙諸島やスカボロー礁の中国が支配する地勢の12海里(約22km)以内に侵入した場合」であると報告書には書かれている。また、報告書では、「米軍が『航行の自由作戦』と称して西沙諸島の領海及び領空に侵入した際に、中国軍が警告を発し、排除するための行動を採る」ことが明記されている。軋轢が起こる最後の条件として、外国軍が「中国軍の実弾演習を含めた軍事演習に過度に接近または演習海域に進入した場合」が挙げられている。報告書を北京で発表したSCSPIの主任である胡波は、「これら4条件を除き、係争海域や中国のEEZ内であっても、[中国軍が]外国の艦艇や軍用機の行動を妨害した事例はない」と述べている。
(3) 胡波によれば、中国軍は国際的な慣例に従い、自国の海域および空域付近での外国の行動を追跡・監視しているとされる。しかし、「[外国メディアの多くが報じる]中国が『九段線』内の全域を支配しているという見解は事実ではない」と述べた。
(4) 米国は2021年以降、中国軍による「国際空域での強制的かつ危険な作戦行動」が増加していると主張している。また、カナダとオーストラリアは南シナ海上空での安全ではない妨害を報告している。SCSPIの報告書によれば、2023年、南シナ海での外国軍による航空機の出撃や艦艇の行動日数の約4分の1を米軍が占めていたという。2023年10月、U.S. Indo-Pacific Commandは、中国のJ-11戦闘機のパイロットが、米国のB-52戦略爆撃機を「制御不能な過度の速度」で妨害し、機体から約3mの距離まで接近し、衝突の危険を招いたと発表した。このような妨害行動は、2024年に入ってからは米中2国間の緊張緩和に伴い減少しているとされる。さらに、軍の段階におけるやり取りも再開されている。これは2022年、当時の米国下院議長Nancy Pelosiの台湾訪問に対する中国の激しい反発により中断されていた。
(5) SCSPIの報告書によれば、「米国のような西側諸国の政治家やメディアは、中国の南シナ海における主張や政策を誇張して解釈する傾向があるものの、中国軍との交流が概ね安全で洗練された専門性に基づくものであることも彼らは認めている」としている。
記事参照:PLA encounters in South China Sea mostly ‘safe’, interceptions triggered by ‘4 breaches’

9月27日「展望から行動へ:地域の抗堪性向上のためのQUADとASEANの提携構想―シンガポール専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, September 27, 2024)

 9月27日付のシンガポールのS. Rajaratnam School of International Studies(RSIS) のInstitute of Defence and Strategic Studies が発行する IDSS Paperは、RSIS のCentre for Non-Traditional Security Studies準研究員Keith Paolo C. Landicho の“FROM VISION TO ACTION: ENVISIONING QUAD-ASEAN PARTNERSHIP FOR REGIONAL RESILIENCE”と題する論説を掲載し、ここでKeith Paolo C. Landichoは人道支援・災害救援のためのASEANとQUADの協力関係強化がアジア太平洋地域の災害その他の危険に対する抗堪性を向上させ、安定をもたらす鍵になるとして、要旨以下のように述べている。
(1) インド太平洋地域における人道支援・災害救援(以下、HADRと言う)協力の拡大は、2024年9月21日に開催されたQUAD首脳会議の主要議題の1つであった。QUADのHADRの目的をASEANの災害対策の目的と一致させることは、相互に有益であり、地域の災害への備えを大幅に強化することになる。災害対策に関するASEANのビジョン2025は、集団的かつ協調的な緊急対応能力を備えた災害に強い地域を目指している。しかし、HADR関係者の多様性と数の増加に伴い、この構想の達成はますます複雑になっている。地域の抗堪性向上への動きが再燃し、共同出資基金などの新たな援助資金調達方式の重要性が増している。
(2) QUADは、HADRを重要な協力分野としてますます重視するようになっている。ASEANとQUADは、人道的課題への取り組みに関し、協力のための強固な基盤を持っており、2016年に署名された「1つのASEAN、1つの対応に関する宣言」は、域内外における結束力のある地域災害対応のための基礎を築いた。2022年9月23日に発効した「インド太平洋地域におけるHADRに関する提携のためのQUADの指針」は、ASEANの長年の構想、特に制度化と意思疎通、資金と資源の動員、協力と革新を通じて災害対策能力の強化を重視する「ビジョン2025」に沿ったものである。さらに、2024年のQUAD首脳会議では、積極的なHADR確立の緊急性と気候変動という現実的な脅威が認識された。これらの枠組みは、気候変動、災害対策、協力戦略に関連する取り組みを優先し、変化する人道状況に対する共通の理解と取り組みへの関与を示している。
(3) ASEANによる域外での協調的な対応はまだ見られないが、QUADはより広範なインド太平洋全体でのHADRの調整への取組みを通じて、ASEANを支援し、補完できる可能性がある。QUADのHADR目標を、ASEANの災害対策目標と整合させることは、相互に有益な成果を生み出すであろう。このような協力により、QUADとASEANは、「ASEAN防災展望」に述べられているように、仙台防災枠組(以下、SFDRRと言う)と持続可能な開発目標(以下、SDGsと言う)に貢献することができる。インド太平洋地域の共通の危険や気候変動、感染爆発など新たな戦略を必要とする人道的状況の変化を考えれば、HADRはQUADとASEANの協力関係の重要な要素である。
(4) 2024年のQUAD首脳会議では、2024年5月に発生した地滑り後のパプアニューギニアや台風Yagiの被害を受けたベトナムへの支援など、同盟の積極的な姿勢が強調された。今後予定されている机上演習と対応態勢の確保は、引き続き地域の抗堪性に対するQUADの関与を強化するものである。これらはASEANについて明確に言及しているわけではないが、特にASEANビジョン2025の下でのASEANの防災目標に沿ったものであり、HADRの取り組みにおけるQUADとASEANの協力を深めることができる。
(5) QUADとASEANの協力関係は、ASEANの目標やSFDRRやSDGsといった世界的目標に沿いながら、新たな援助資金方式の採用、人道支援主体の多様化への対応、新たな脅威への対処など、既存の仕組みや取組みを強化する可能性を秘めている。ASEANの構想は、災害対策のための資金調達と資源動員のための持続可能で革新的な方法を模索することを強調している。一般的に、共同出資金の仕組みを採用することで、緊急時の援助をより柔軟かつ迅速に支出することができる。これを土台として、QUADは重要技術への共同投資を促進するQUAD投資家連絡網に似たHADRに焦点を当てた投資家・慈善団体連絡網を確立することで、災害救援活動を強化することができる。このような連絡網は、HADRへの支援の迅速性と災害関連の取組みへの資金提供において、民間部門や慈善団体を積極的に関与させることができる。
(6) 軍と民間人が参加し、対応の調整を図るExercise Coordinated Response(以下、Ex COORESと言う)や、ASEANとインドネシアの関係省庁の多部門の働きを試みた最近のASEAN地域災害緊急対応演習(ARDEX)は、大規模災害模擬訓練の重要性を示している。こうした演習では、災害対応に大きく貢献できる市民組織、民間部門、宗教団体、慈善団体等の多様な関係者の役割が増大していることを認識すべきで、これらの関係者を形だけではなく、有意義な方法で、統合すべきである。QUAD諸国が長年Ex COORESに参加していることは、このような演習への参加拡大の可能性を明らかにしており、ARDEXへのASEAN関係組織以外からの参加を拡大することも、災害対策における世界的指導者になるというASEANの目標に沿っている。
(7) QUADはまた、早期警報の組織体系開発を支援し、ASEANやインド太平洋地域全体の情報共有を進めることもできる。その好例が、2022年に東京で開催されたQUAD首脳会議で、気候変動や災害への対応に、衛星情報を活用する海洋状況把握のためのインド太平洋協力体制(IPMDA)が発足した。日本の地震早期警報組織、インドの津波早期警報組織、米国のPacific Disaster Center-Global of the United States(太平洋災害センター・グローバル)による災害警報(DisasterAWARE)を活用することで、地域の備えを大幅に強化することができる。さらに、国連が開始した「万人のための早期警報(Early Warnings for All)」の取組みは、2027年までに地球上のすべての人が早期警報組織によって保護されるようにすることを目指しており、脆弱な人々に対する格差是正を目指している。これらの面で協力することにより、ASEANとQUADは、地域全体の災害への備えを大幅に強化することができる。
(8) ASEAN内でのQUADに対する見方は国によって異なり、QUADがASEAN主導の仕組みと競合しているとの認識から、協力を妨げる場合がある。地政学的緊張が高まる中、QUADがこの地域の分裂勢力と受け取られないよう、その役割を注意深く舵取りする必要がある。QUADは共同演習や防衛協力等の軍事的側面を持つが、HADR協力を優先させることでQUADへの懸念を緩和することができる。「ビジョン2025」のようなASEAN主導のHADRの仕組みを補完し、透明性のある多国間援助を提供するとともに、多様な関係者の参加と早期警戒情報網の統合を通じて協力関係を推進することで、QUADへの信頼を構築して相互の関係を競争から協調へと転じ、地域の強靭性向上により、地域の安定への関与を示すことができる。
(9) 結論として、QUADとASEANの協力は、変化する人道的状況に対処し、それに備える上で、相互に有益である。ASEANがビジョン2025と仙台枠組の目標達成に努め、QUADが災害対応、早期警報情報網や抗堪性構築への取り組みにより緊密な協力関係を築くことで、地域の抗堪性を大幅に強化することができる。この提携は、インド太平洋地域におけるASEANとQUADにとって、より効果的かつ包括的なHADR戦略を約束するものである。
記事参照:FROM VISION TO ACTION: ENVISIONING QUAD-ASEAN PARTNERSHIP FOR REGIONAL RESILIENCE

9月27日「要塞は溶けつつある:北極圏は米国とカナダにとって時間との戦いである―米国専門家論説」(Breaking Defense, September 27, 2024)

 9月27日付の米国防関連デジタル誌Breaking Defenseは、米シンクタンクCenter for a New American Securityのエネルギー、経済、安全保障研究計画管理者Andrew Spaffordと米Georgetown University修士課程院生Samantha Olsonの“The melting fortress: The United States, Canada, and the race against time in the Arctic”と題する論説を掲載し、ここで両名は北極圏が1年間のうち数ヶ月間も氷がなくなるという状況になるという見通しが高まっているため、米国とカナダは迅速に予算を増加し、北極圏に共同の基地を作り、砕氷艦を増勢し、ロシアのグレーゾーン活動に対処すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアは、長年にわたり北極圏を国家安全保障の重要な柱として優先し、50以上の軍事基地を新設または改修し、軍事作戦を拡大してきた。一方、米国は、北極圏の安全保障を同盟国や提携国に大きく委ねてきた。問題は、これらの主要な提携国の1つであるカナダが、自ら認めているように北極圏の課題に直面する準備ができていないことである。米国はその溝を埋めるために迅速に行動しない限り、北極圏における米国の国益は今後危険にさらされるであろう。米国は今まで極寒という作戦上の難題によって守られてきた。しかし、北極圏は1年のうち数ヶ月間氷のない状態となるという見通しが高まっているため、米国の敵が歴史上初めて米国の裏庭で兵力を配置する可能性がある。すでに、前例のない隻数のロシアと中国の艦艇がアラスカ沖で共同哨戒を実施しているのが目撃されている。米国の元北極圏最高指揮官であるU.S. Northern Command元司令官で North American Aerospace Defense Command元司令官Terrence J. O’Shaughnessy退役空軍大将が言ったように、「北極圏はもはや要塞の壁ではない」のであり、我々はそれを守る準備をしなければならない。
(2) ロシアは、兵力増強の速度ではすでに米国をはるかに上回っている。ロシアは北極海沿岸の約53%を支配しており、この地域全体に無数の基地を建設している。一方、米国は6ヵ所の基地しか維持しておらず、その内の5基地はアラスカ南部にあり北極圏の外にある。2023年現在、U.S. Coast Guardは、北極圏への配備を維持するために不可欠な砕氷船と耐氷性のある哨戒船を5隻しか保有していない。一方、ロシアは57隻の砕氷船、耐氷船を保有している。米国の砕氷船部隊が、大規模な作戦を効果的に支援するのに十分な大きさになるまでには、何年もかかる。ロシアは、北極海航路(NSR)のような北極圏を通る新たに拡大した航路に対する支配権を主張し始めており、この航路の一部をロシアの内水(internal Russian waters)と宣言し、通過する船舶を規制しようと考えている。将来的には、ロシアは米国に近いところまで北極海に対する支配を拡大することを考えており、米国本土やヨーロッパやインド太平洋における米国の作戦に直接的な脅威をもたらす可能性がある。U.S. Fleet Forces Command司令官兼U.S. Naval Forces Northern Command司令官Daryl Caudle大将は、ロシアが独自の「北極点を囲む『九段線』」を作ろうとしているかもしれない」と懸念している。
(3) 米国は、単独で北極圏の課題に立ち向かう準備ができていない。U.S. Department of Defenseは、安全保障と安定を維持するために「U.S. Department of Defense の北極圏戦略の中核」として地域の同盟国と提携国の役割をますます強調している。カナダは依然として一覧表の最上位にあるが、カナダがその機会に立ち向かう能力は専門家から疑問視されている。Mark Norman元中将は、カナダの軍事的即応性を「最低の境界線上にある」と表現している。カナダの軍事的苦境は、提携国との協力に大きく依存している北極圏における米国の国家安全保障戦略の根本的な弱点を浮き彫りにしている。カナダは現在、4隻の運用可能な北極海用の巡視船(AOPS)を保有しており、さらに2隻が2024年末までに引き渡される予定である。Canadian Armed Forcesは、ユーコン準州とノースウェスト準州を拠点とする専任の300名の軍人を維持している。これらの部隊は、共同の長距離哨戒を実施し、後方支援を提供し、氷上での潜水活動を訓練している。毎年実施されるナヌーク作戦は、カナダが北極圏での作戦能力を披露する機会を提供し、Canadian Armed Forcesが北極圏を監視および保護する能力を強調し、カナダと米国の能力を強化する重要な機会を提供している。
(4) しかし、本当に必要な時にカナダは対応できるのであろうか。2023年12月現在、カナダ国防相は、NATO同盟国を支援するために要請された場合、Canadian Armed Forcesは軍全体の58%しか対応できないと報告している。一部の推定によると、カナダの空軍、海軍、陸軍は、それぞれ45%、46%、54%の最善の能力を持っているとは言えない兵士によって運用されている。採用不足、性犯罪の不適切な取り扱い、その結果としての人員不足は、これらの最善ではない運用能力を悪化させている。Canadian Armed Forcesは、2023年に約16,000人の募集目標を達成できなかったが、2024年にも同様の結果が予想される。最近では、Canadian Armed Forces を去った者の数が入隊者数よりも多くなっている。カナダは状況が悲惨であることを認識しており、2017年に年間国防費を189億カナダドル(140億米ドル)から2026年から2027年までに327億ドルに増やす計画を発表した。2017年から軍隊の活性化を長い間求めてきたが、カナダのDepartment of National Defenceは近年、市民からの多くの支持を得て、これらの取り組みを倍増させている。
(5) カナダ政府の2024年の防衛政策は、Canadian Armed Forcesが直面する最も喫緊の課題として北極圏におけるカナダの主権の主張を強調している。大胆で野心的で意欲的なこの戦略は、2029年までに国防費を1.76%、今後5年間で81億ドルの追加資金、今後20年間で730億ドルを防衛に費やすという高い目標を設定している。これらの措置は正しい方向への重要な一歩であるが、カナダはまだ苦しい戦いを続けている。新しく調達した機器は、それを操作し、保守するのに十分な人員がいなければ役に立たない。さらに、前述の国防費の62%は、2027年から2037年の間に支出される。カナダと米国が、この地域におけるロシアの支配に対抗するために、北極圏の近代的な能力を開発する頃には、作戦の状況は全く違った様相を呈しているかもしれない。ロシアが当面の間、ウクライナにしっかりと焦点を当てていることから、米国とカナダは失われた時間を取り戻すまたとない機会を得ている。North American Aerospace Defense Command(NORAD)の近代化に加えて、ロシアが行うグレーゾーン活動に対抗するために、さらに多くのことを行う必要がある。
(6) 第1に、米国とカナダは北極圏に新たな共同の基地を建設すべきである。共同の基地ができれば、米国とカナダが協力してロシアのグレーゾーン活動を監視し、迅速に対応することができる。これらの基地に駐留する部隊は、北極圏の状況で互いに並んで訓練を行うという重要な経験を積むことができる。新しい砕氷船やその他の耐氷能力のある艦艇が引き渡されれば、それらの艦船部隊は、地域全体のロシアの挑発を無力化するために幅広く配備することができる。第2に、米国とカナダは、それぞれの沿岸警備隊への予算を増やすべきである。これらの組織は、グレーゾーンの活動に対する防御において重要な役割を果たしており、現在、ロシアの挑発に効果的に対応するための兵力が不足している。沿岸警備隊の装備が充実していれば、米国とカナダは短期的にも長期的にも、さまざまな種類のロシアのグレーゾーン作戦に対応するための柔軟性と信頼性を高めることができる。現在、カナダは北極圏の安全保障の防波堤になっていないし、米国の北極戦略の要にもなれていない。Canadian Armed Forcesの能力が強化されるまで、米国は北極圏で単独で守っていかなくてはならないことを真剣に考えなければならない。
記事参照:The melting fortress: The United States, Canada, and the race against time in the Arctic

9月30日「インドの北極戦略におけるロシアへの接近を再考せよ―米北極圏専門家論説」(The Diplomat, September 30, 2024)

 9月30日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクThe Arctic Institute の研究員Nima Khorramiの“India’s Arctic Challenge: Aligning Strategic Interests With Regional Realities”と題する論説を掲載し、そこでNima Khorramiはインドの北極戦略において、ロシアとの関係強化が重視されている点を指摘しつつ、インドはより開かれた北極圏統治構築を目指して日本や韓国などの国々とも協働すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) インドの北極戦略は未成熟な段階である。それでも、北極圏への関与をインドが深めることによって、地域および世界全体において拡大しているインドの利益を防衛できるだろうと繰り返し主張されている。
(2) 北極圏におけるインドの利益は主に、科学的協力、環境調査、資源安全保障にある。北極圏はインドの季節風の有り様に、ひいてはインドの農業や食料安全保障に影響を与える。北極圏への出入りが容易になったことは、インドが増大するエネルギー需要を満たし、戦略的資源であるレアアースを確保する機会を提供する。
(3) 最近、インドの戦略家たちは、北極圏における、そしてロシアに対する中国の影響力の拡大に対抗するため、ロシアへの関与を深めるべきだと主張している。インドはしばしば中国に対する釣り合いを保つための錘と位置付けられるが、インドはロシアに国際的孤立と中国への過度の依存を回避する手段を提供する。北極圏におけるロシアとの提携は、インドのエネルギー問題や、中国の影響力拡大への対処の手段となり、インドの西側提携諸国の戦略的利益も満たすことになる。
(4) 中央アジアでも同様の展開が見られる。この地域でインドは中国の影響力拡大に対するロシアの懸念を利用し、それに対抗しようとしている。しかし、北極圏においてロシアとの協調を深めるという取り組みは、中央アジアの場合と同じ様にうまくいかないかもしれない。インドのやり方は、北極圏の特定の動きに対してというより、中国への対抗により焦点を当てた、反動的なもののように見える。インドが見過ごしているのは、北極圏7ヵ国(A7)が中国の影響力拡大を懸念する一方で、それが地域での協調にとって切迫した脅威とはみなしていないことである。むしろ最大の懸念は、インドが接近しようとするロシアなのである。
(5) ロシアは北極圏における拡大BRICSの関与を広げるよう提案をし、インドはそれを支援し、ロシアとの関係を深めようとしている。しかしインドの西側の提携諸国は、そうした提案が北極圏統治の多極化を促進するとして、それを拒絶するだろう。大抵の北極圏国家は、北極圏の統治に関しては地域の国々のみが関わる排他的なシステムを維持することを望んでいる。ロシアにしても、最近まではそうだった。
(6) 以上のことから、インドとしては、ロシアに接近するのではなく、日本や韓国など志向を同じくする域外の国々とともに取り組むことを検討すべきである。たとえば、その3ヵ国で、Arctic Council(北極評議会)のオブザーバーとしての参加を提唱するなどし、より包摂的で釣り合いの取れた機構の構築を目指すのが良いだろう。この目的のために2つの方策がある、1つは、商業活動のために北極圏を開かれたものにするよう、米国やカナダだけでなくスカンジナビア諸国を説得することである。第2に、Arctic Councilの改革を進め、地域の統治の分極化や分裂を回避することである。
記事参照:India’s Arctic Challenge: Aligning Strategic Interests With Regional Realities 

9月30日「ウクライナ戦争は重要であるが、台湾戦争がオーストラリアにとって最大の懸念事項である―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, September 30, 2024)

 9月30日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、The Australian National University名誉教授Paul Dibb の“As important as Ukraine is, a Taiwan war must be Australia’s biggest worry”と題する論説を掲載し、ここでPaul Dibbは台湾に戦略的な圧力が迫ってきた時には、地理的に離れているウクライナとは異なり、台湾がオーストラリアの防衛において最も重要となることを認識する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ウクライナと台湾をめぐって、欧州と東アジアで2つの大きな戦争が激化する可能性がある。オーストラリアはこれらの戦争のいずれについても心配しなければならないが、台湾が中国に奪われる可能性の方が我が国にとって最重要課題となり得る。ロシアの場合、Putin大統領は、核兵器の使用に関する脅威を増大させている。ウクライナが最近、クルスク州のロシア領土を占領したことに関して、Putin大統領の顧問の一人であるSergei Karaganovは「我々の領土に対するいかなる攻撃も、核による反撃を受けなければならない」と述べている。
(2) ウクライナと台湾の間には明らかな違いがいくつかある。第1に、ウクライナは国際的に認められた独立国家であり、ソ連崩壊後、ロシアが1994年のミンスク合意でそれを承認したことを忘れてはならない。台湾の場合、世界のほぼすべての主要国は台湾を独立した国家として承認していない。それでも、台湾人の70%以上が、自分は中国人ではなく台湾人であると認識している。これは、もう1つの重要な違いにつながる。ウクライナは汚職がなく、独立した司法制度を持つ完全な民主主義国としては認められていない。ウクライナが独立国になった後、オリガルヒの台頭と犯罪組織が関与する広範な汚職により、長期にわたり不安定と暴力に苦しんだ。それに比べて、台湾は民主主義が確立されているだけでなく、汚職に関する調査でもはるかに良い結果を出している。台湾では、過去37年間にわたり平和的な政権交代が行われ、活気に満ちた民主主義が行われている。
(3) このことは、オーストラリアに対する両国の異なる戦略的意味合いという重大な問題に我々を導く。ウクライナの場合、問題はロシアとウクライナの戦争がロシアとNATOの全面的な軍事衝突に発展した場合、オーストラリアがどのように対応するかである。道徳的および国際的な法的観点から、我々にある種の貢献をするように圧力がかかるであろう。しかし、ウクライナは、アジア太平洋地域という我々の地域には存在しない。さらに、欧州での戦争が拡大すれば、Ausralian Defence Forceは対応を予期していない高烈度の陸上戦闘に巻き込まれることになるであろう。そして、我々は限られた軍事的貢献しかできないであろう。このような欧州の戦争の激化は、中国が台湾を攻撃する機会を生み出す可能性がある。ロシアがNATO諸国との戦争を拡大するのと同時に、中国が台湾を攻撃する可能性がある。台湾自体は、東南アジアと南太平洋というオーストラリアの当面の戦略的利益地域には存在しないが、中国の台湾の征服が成功し、中国が米国を敗北させれば、以下の理由から、我が国の生存が脅かされることになるであろう。
(4) 第1に、もし中国がこの戦争で米国を決定的に打ち負かしたならば、中国の勢力が南方に拡大し、我が国のすぐ近くに軍事基地を建設するかもしれない。そして、敗北した米国は孤立主義に後退するかもしれない。そうなれば、オーストラリアは戦略的に孤立する。東南アジアと南太平洋が、事実上、中国の勢力圏に入ることになる。第2に、このような米国の衝撃的な敗北は、日本と韓国にとっても深刻な結果をもたらす。彼らは東シナ海と南シナ海の海と空の支配権を中国に譲り渡してしまうであろう。台湾を支配する中国は、南シナ海と東南アジアを軍事的に支配することになる。そうなれば、中国中心の新たな地政学的秩序が東アジア全体に広がる可能性が高い。このような危機は、日本と韓国が報復的な核攻撃能力を獲得するように合理的に駆り立てるかもしれない。第3に、オーストラリアは中国の支配の下で、その未来がどこにあるのかを考えなければならない。米国との同盟と米国の情報、監視、ターゲティング、兵器システム、そして世界を圧倒する軍事的基板の重要な利用がなければ、米国はもはや信頼できる軍事的な能力を持っているとは言えないであろう。その時、我々は軍事力の哀れな残骸だけを残して中立的な姿勢に後退するのであろうか?第4に、本当に悪夢のような筋書きは、バルト三国やポーランドのようなNATO加盟国に対するロシアの軍事的成功と、台湾戦争での中国の勝利と米国の敗北、その結果としての中国による日本と韓国の支配が組み合わさることである。この最悪の組み合わせは、全面核戦争という究極の不測の事態に繋がる可能性がある。
(5) 米国の時代が終り、中国は必然的にアジア太平洋地域全体を支配するであろう、オーストラリアが生き残るのはANZUSの提携から抜け出すことであると軽々しく述べるオーストラリア人は考え直す必要がある。そのような人々の世界は価値観のない世界であり、オーストラリアは共産主義中国の支配を受ける側になってしまうであろう。では、台湾をめぐって米国が中国と戦争を始めた場合、オーストラリアはどのような貢献できるのであろうか?我が国の防衛力は控えめな規模であるが、AUKUSによる潜水艦をただ待つのではなく、射程2,000km以上の長距離対艦ミサイルを速やかに獲得すれば、自衛する可能性はかなり大きくなる。しかし、我々にとって重要な軍事上の任務は、東南アジアのチョークポイントであるマラッカ海峡、スンダ海峡、ロンボク海峡から中国向け石油輸送の80%を含む中国の海上輸送を排除することであろう。台湾に戦略的な圧力が迫ってきた時には、ウクライナとは異なり、台湾がオーストラリアの防衛計画の優先事項において直接的に最重要になる可能性があることを認識する必要がある。もちろん、その場合でもオーストラリアはウクライナがロシアの侵略から解放されることに大きな国益を持っており、それを実現するためにできることをするべきである。
記事参照:As important as Ukraine is, a Taiwan war must be Australia’s biggest worry

9月30日「中国、Trump、そしてQUADの不透明な未来―フィリピン専門家論説」(China US Focus, September 30, 2024)

 9月30日付、香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは、フィリピンPolytechnic University 地政学担任教員Richard Javad Heydarianの“Strategic Uncertainty: China, Trump and the Quad’s Cloudy Future”と題する論説を掲載し、ここでRichard Javad Heydarianは第2期Trump政権が誕生すれば、大国間の対立を加速させ、インドなどの台頭する大国を疎外し、より多極化した世界秩序を不用意に到来させるかもしれないとして、要旨以下のように述べている。
(1) Biden米大統領は、デラウェア州ウィルミントンで、QUADの構成国首脳をもてなし、もはや再選にこだわることなく、中国を公然と批判した。一方で、Anthony Albaneseオーストラリア首相、岸田文雄首相、Narendra Modiインド首相は、共同声明で慎重な姿勢を示し、反中同盟を表明するのではなく、共通の利益と協力を強調した。しかし、今回のQUAD首脳会議で発表された主な構想は、明らかに中国を標的にしたものであった。特に中国の一帯一路構想(BRI)を視野に入れた最先端技術や重要インフラ整備での協力を拡大する計画を発表し、さらに、隣接海域で海軍を拡大する中国を視野に入れ、共同海上演習を開始する計画を発表している。
(2) Biden政権がQUADを制度化しようと試みたことで、前途は不確実性に満ちている。もし、2025年にTrump大統領が誕生すれば、主要な同盟国との関係が著しく損なわれ、中国を含む対立国との緊張が高まる恐れがある。さらに、インドは何十年もの間、戦略的傍観者として過ごしており、自国の戦略的自主性と国益を最大化する能力を制限するような陣営化を避けようとするであろう。
(3) QUADは発足当初から中国を視野に入れていた。日本の故安倍晋三首相は、中国を脅威とみなすアジアの志を同じくする大国による「安全保障のダイヤモンド」同盟の主唱者であった。そして、長期政権時代を通じて、「インド太平洋」という地政学用語とドクトリンをほぼ独力で主流化した。当初、インドもオーストラリアも反中同盟のようなものに参加することには消極的であった。インドは、中国政府との安定した関係を維持することに全力を注いでいたし、Kevin Rudd政権下のオーストラリアは、中国政府との商業的に活発で外交的に実りある関係を追求していた。しかし、インドではNarendra Modiが、米国ではDonald Trumpというポピュリスト・ナショナリストの指導者が台頭し、QUAD協力の機運がかつてないほど高まった。
(4) Trump政権は、安倍首相に触発された「自由で開かれたインド太平洋」ドクトリンを信奉し、中国を自由主義的な国際秩序に対する主要な脅威として特徴づけた。しかし、米政府は自らの保護主義的で一国主義的な政策により、インド太平洋全体の基本的な自由を損なった。そして、Biden政権は、多国間協力、経済協力、そして特にアジアの同盟国とのより協調的な国際外交取り組みを強調することで、米国の外交政策の再調整にいち早く取り組んだ。そして、QUAD首脳会談を発足させ、「民主主義的価値観の共有」を強調することで、QUADにイデオロギー的色合いを強めるなど、QUADの制度化に取り組んだ。QUADの長期的な持続可能性を確保するために、重要基幹施設開発、半導体や人工知能などの次世代技術、サイバーセキュリティ、さらには海洋安全保障に焦点を当てた一連の協力構想を立ち上げた。その結果、3ヵ国は2022年のインド太平洋パートナーシップに基づく戦略的協力を拡大することを誓い、2025年には初の沿岸警備隊合同訓練を開始することを明らかにした。
(5)これに対し、中国の専門家たちは、QUADが地域の安全保障を犠牲にして、陣営対立の考え方を助長していると批判した。米国、日本、オーストラリアが、台頭するインドとの包括的戦略協力を倍増させたことは、中国が懸念する理由にもなっている。しかし、QUADの長期的な存続可能性と内部の一貫性を揺るがしかねない課題もある。2022年、S. Jaishankarインド外相は、ドイツで開催されたミュンヘン安全保障会議で、最終的にインドは独自の道を歩み、いかなる同盟構造にも縛られないと主張した。今後2年間、インドは西側の対ロシア制裁を拒否するだけでなく、ロシアとの貿易関係を拡大し、ロシアからの主要兵器システムの購入を進めることによって、米政府に公然と反抗するだろう。
(6) インドが、多極化する世界における「グローバル・サウス」の指導者としての新たな地位を手に入れるにつれ、米政府が支配するいかなる集団からも距離を置くようになるだろう。Biden政権は、韓国、フィリピン、日本、オーストラリア、さらには英国といった主要な同盟国との間で、3国間および2国間の安全保障に関する代替的な取り決めを発展させることで、インド政府との関係がより険悪になることを予期している。この傾向は、2025年にBidenの後任が誰になろうとも続くだろう。
(7) もしTrump大統領が復活したならば、保護主義、一国主義、孤立主義という三悪を受け入れることになり、QUADの将来に多大な不確実性をもたらすことになる。そして、大国間の対立を加速させ、インドなどの台頭する大国を疎外し、より多極化した世界秩序を不用意に到来させるかもしれない。
記事参照:Strategic Uncertainty: China, Trump and the Quad’s Cloudy Future

9月30日「U.S. Navyは中国の潜水艦の失敗を喜ぶべきではない―米専門家論説」(The National Interest, September 30, 2024)

 9月30日付けの米隔月刊誌The National Interest電子版は、U.S. Naval War College教授James Holmesの“The U.S. Navy Shouldn't Gloat over China's Submarine Setback”と題する論説を掲載し、James Holmesは人民解放軍海軍の新しいType041原子力潜水艦の1番艦が造船所内で沈没した事故に触れ、Henry Kissingerの抑止力の公式から中国の抑止力は低下せざるを得ないと指摘する一方、米国はそれを喜んでいる場合ではなく、空母打撃群に随番する補給艦が故障のため離脱し、代替艦を得られない状況で米国の紅海、アデン湾における海軍力の展開で縮小せざるを得ないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 9月27日、英通信社ロイターは、2024年5月か6月に武漢市にある武昌造船所において建造中の人民解放軍海軍の新しい攻撃型原子力潜水艦(以下、SSNと言う)Type041SSNの1番艦が沈没したと報じている。今回の沈没でType041潜水艦計画は数年ではなくとも数ヵ月遅れる可能性が高く、中国の外洋進出の野望もそれに伴って後退する。人民解放軍海軍は、接近阻止の海上構成要素としてミサイル搭載の通常型潜水艦と水上哨戒艇に頼っていた。
(2) Type 041潜水艦の惨事を報道陣に明らかにした匿名の米国当局者は、「訓練基準や装備の質に関する明らかな疑問に加え、この事件は、長い間汚職に悩まされてきた中国の防衛産業に対する人民解放軍の内部責任と監督について、より深い疑問を提起している」と述べている。言い換えれば、この事故は人民解放軍海軍の能力に疑問を投げかけている。そして戦闘部隊の能力に対する疑問は、敵を抑止または強制し、困難な状況になったときに味方や友人を安心させる能力を弱める。Henry Kissingerは、抑止力は抑止力の脅威を実行する米国の強さと決意をどれだけ掛け合わせたかの結果であるとしている。これは掛け算であるため、どの要素もゼロであってはならず、そうでなければ抑止力もゼロになる。したがって、武力外交の秘訣は、敵の侵入を阻止する防壁の能力、意志の力、そして信念である。我々が敵の目的を阻止できること、そして阻止するつもりであることを敵が知ったら、我々の脅しを無視するのではなく、身を引くべきである。そうしなければ、絶望的な望みしか残らないだろう。理性的な行為者なら誰も考えない、勝ち目のない選択肢である。
(3) Henry Kissingerの公式は役に立つが、重要な人間的変数をあいまいにしている。能力は、4 番目の重要な変数としてその中に含まれている。敵対者が、米国の軍事力を行使する人々は愚か者の集まりだと結論づければ、世界中のあらゆる能力と政治的意志はほとんど役に立たない。彼らは、米国の言動にひるむことなく、やりたいことをやるだろう。
(4) 中国共産党は、潜水艦沈没のニュースを中国国内で沈黙させるか、少なくとも隠蔽することができたに違いない。しかし、中国の抑止力、強制力、安心感の主な対象は中国国外にある。人民解放軍の失態を世界にさらすことは、中国の軍事外交に損害を与え、中国の敵対者に有利に働くだけである。
(5) 我々は自慢したくなる気持ちを抑えるべきである。U.S. Navyと海洋部門は、過去数年間、その有能さに対する評判に次から次へと打撃を与えられている。先週、Type041潜水艦の事故とほぼ同時期に、新たな打撃を受けた。すなわち、ヘンリー・J・カイザー級艦隊給油艦「ビッグホーン」がアラビア海で座礁したのである。「ビッグホーン」は、「エイブラハム・リンカーン」空母打撃群の主力補給艦だった。空母打撃群は燃料と貴重な補給物資を得られなくなり、それがなければ艦隊は長期間海上で活動できなくなる。十分な積載能力を持つ代替船はないと伝えられている。「エイブラハム・リンカーン」とその護衛艦が燃料と物資を補給するために港に入港しなければならない場合、紅海における海軍の配備は薄れ、この重要な海域での船舶に対するフーシ派の攻撃が容認される状況が生まれる。
(6) 平時の戦略的対立は仮想戦争である。競争相手は、武力衝突が起こった場合、自分たちが勝利すると重要な聴衆を説得しようとする。競争の結果に影響を与えることができる聴衆を動揺させた対立相手は、平時の対決で「勝つ」傾向がある。Henry Kissingerや他の著述家が証言しているように、物質的な能力は抑止力、強制力、および安心感の領域で大きな影響力を持つ。しかし、軍事能力、つまり能力の人的要素も同様に重要である。実際の、および認識上の熟練度がなければU.S. Navyは、戦闘で勝利する可能性が高いと説得する人はほとんどいないだろう。米国の外交政策の見通しを明るくするのにほとんど役立たないだろう。
記事参照:The U.S. Navy Shouldn't Gloat over China's Submarine Setback

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) The U.S. Navy's Paradigm-Shifting Navigation Plan
https://nationalinterest.org/feature/us-navys-paradigm-shifting-navigation-plan-212891
The National Interest, September 22, 2024
By Dr. James Holmes, J. C. Wylie Chair of Maritime Strategy at the Naval War College
2024年9月22日、U.S. Naval War CollegeのJames Holmesは、米隔月刊誌The National Interest電子版に“The U.S. Navy's Paradigm-Shifting Navigation Plan”と題する論説を寄稿した。その中でJames Holmesは、U.S. Navyの新しい「Navigation Plan」は、従来の戦略を見直し、防御を中心とした海戦への取り組みに移行するという大きなパラダイムシフトを示しているとした上で、これまで、U.S. Navyは制海権を自明のものとして扱い、攻撃的な戦略を中心に据えてきたが、中国の軍事力の増強により、こうした戦略はもはや有効ではなくなりつつあるため、この新しい計画では、敵の海洋の自由使用を牽制するシー・デナイアルが重要な能力として位置付けられ、U.S. Navyは防御的戦術に依存することになっていると解説し、これはU.S. Navyにとって大きな文化的変革であり、海戦での伝統的な攻撃志向を再考する必要があると述べている。そして新しいパラダイムは、中国が西太平洋での制海権を主張しようとする中で、米国とその同盟国が戦略的に防御する必要性を強調し、さらに、この新しいアプローチでは、戦争の長期化が前提とされており、迅速な勝利を目指すのではなく、敵の侵攻を遅らせることで最終的な勝利を目指す戦略が採用されているなどと解説している。
 
(2) Taiwan’s search for a grand strategy: Examining the four pillars of Taiwan's emerging approach
https://www.brookings.edu/articles/taiwans-search-for-a-grand-strategy/?utm
Brookings, September 25, 2024
By Ryan Hass, Senior Fellow at Brookings
2024年9月25日、米シンクタンクThe Brookings Institute 上席研究員Ryan Hassは、同Instituteのウエブサイトに“Taiwan’s search for a grand strategy: Examining the four pillars of Taiwan's emerging approach”と題する論説を寄稿した。その中でRyan Hassは、台湾が中国からの併合の脅威に直面し、政治的自立と民主的統治を守るための大戦略を模索しているが、頼清徳新総統は社会全体の抗堪性の強化、他の主要国との積極的な外交、台湾が世界経済における不可欠な存在であることの認識向上、非対称防衛能力の構築という4つの柱を中心に戦略を構築していると指摘している。そしてRyan Hassは、頼清徳政権は台湾の全社会的な自衛意識と災害対応能力を強化し、地域の平和と安定を守るための国際的な提携を構築することに注力し、また、情報通信技術(ICT)分野での優位性を活かし、世界の技術革新に貢献しつつ、中国依存を減らすための貿易多様化を推進していると述べ、さらに、軍事力では、機動性と残存性を高める非対称戦略に基づき、地理的優位性を活かした防衛策を強化していると主張している。​
 
(3) Beijing uses ‘divide and conquer’ tactic with Asean as South China Sea tensions heat up
https://www.scmp.com/news/china/diplomacy/article/3277495/beijing-uses-divide-and-conquer-tactic-asean-south-china-sea-tensions-heat?module=perpetual_scroll_1_RM&pgtype=article
South China Morning Post, September 26, 2024
2024年9月26日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Beijing uses ‘divide and conquer’ tactic with Asean as South China Sea tensions heat up”と題する記事を掲載し、各識者の見解を紹介している。その中で、①南シナ海において中国政府はフィリピンに対する強硬な戦術をさらに強化するとともに、他の東南アジア諸国をフィリピン政府から引き離す取り組みを加速させている。②一方、米国の条約同盟国であるフィリピンは、海洋問題においてますます断固たる姿勢を示している。③中国政府にとって重要なのは、ASEANが少なくとも米国側に立つことなく中立を維持することである。④中国による「分割統治」戦略の目的が、対立する権利主張国やASEAN全体が団結して中国に集団的に抵抗することを防ぐことであるならば、この点について中国は成功している。⑤中国のフィリピンに対する行動は、中国と妥協する方が対立するよりも良いという合図を他の地域諸国に送る狙いも含まれている。⑥ASEAN内ではカンボジアやラオスが一貫して中国の意向に従い、タイ、ブルネイ、マレーシアといった無関心な政府を沈黙させることに成功しているが、中国がインドネシア、ベトナム、シンガポールの意見を大きく変えることができたという証拠は乏しい。⑦中国の現在の計算は、2012年のスカボロー礁での出来事に基づいている可能性が高く、もしそうであるなら、米国とフィリピンがいずれ中国の圧力に屈するだろうと期待しているのかもしれない。⑧南シナ海の争いが他の権利主張国を米国側に追いやる可能性があるため、中国は慎重であり続ける必要があるなどの主張が述べられている。
 
(4) Interview with Derek Grossman: Evaluating Taiwan, the South China Sea and More
https://www.chinausfocus.com/peace-security/interview-with-derek-grossman-evaluating-taiwan-the-south-china-sea-and-more
China US Focus, September 30, 2024
2024年9月30日、香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは“Interview with Derek Grossman: Evaluating Taiwan, the South China Sea and More”と題し、米シンクタンクRAND Corporationの上席研究員Derek Grossmanへのインタビュー記事を掲載した。その中でDerek Grossmanは、米国の対中政策について、民主党と共和党の両方が中国に対して強硬な立場を共有しているが、Trump前大統領が再選された場合、より取引志向の外交が行われ、中国との取引の余地が生じる可能性がある一方で、Harris副大統領が大統領に選ばれた場合、Biden政権のインド太平洋戦略を踏襲し、対中政策が継続されるだろうとの見解を示している。そして、Derek Grossmanは台湾について、中国が2027年までに台湾に対する軍事行動を計画しているという米国の懸念に言及しつつ、軍事衝突が世界規模の戦争に発展する可能性も指摘されているとし、米国が台湾を軍事的に支援する意向を示しているものの、その支援の具体的な内容については明確ではなく、また、米中間の信頼関係の欠如が戦略的対立を助長しているとし、特に台湾問題においては双方の強硬姿勢が戦争を避けるための対話を困難にしていると述べ、南シナ海問題については、中国が国際法の枠組みを無視しつつ、自国の力を拡大しているとして、特に米国とその同盟国がどのように中国に対抗するかが今後の鍵になると指摘している。