海洋安全保障情報旬報 2024年9月1日-9月10日

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9月2日「ベトナムとフィリピンが海上安全保障協力強化に合意―デジタル誌報道」(The Diplomat, September 2, 2024)

 9月2日付のデジタル誌The Diplomatは、同誌東南アジア担当編集者Sebastian Strangio の“Vietnam, Philippines Agree to Bolster Maritime Security Cooperation”と題する記事を掲載し、ベトナムとフィリピン間の防衛協定の締結は、中国に対抗する緊密な協力であり、これが両国間の未解決の紛争により妨げられることはないとして、要旨以下のように報じている。
(1) 8月30日、マニラにおいて、ベトナム国防相Phan Van Giang上将とGilberto Teodoroフィリピン国防相の会談が行われ、両国は2024年末までに防衛協力に関する覚書に署名することを目指すと発表した。そして、フィリピンDepartment of National Defense(国防省)は、「両国の国防相は、あらゆる段階での継続的な交流と関与を通じて、国防および軍事協力の深化に揺るぎない決意を表明した」と発表した。さらに、両国防相は、災害対応と軍事医療における関与の強化を目的とした「同意書」にも署名し、国際法、特にUNCLOSに従い、平和的手段によってすべての紛争を解決することも合意した。
(2) Phan Van Giang国防相はFerdinand Marcos Jr.大統領を表敬訪問し、「フィリピンとベトナムの2国間関係の強化」について話し合った。Phan Van Giang国防相のマニラ訪問は、2021年に国防相に任命されてから初めてのことで、1月にハノイを公式訪問したMarcos Jr.大統領との「共通理解を具体化」することが目的であった。
(3) 共同記者会見でGilberto Teodoro 国防相は、「両国は2024年中に防衛協力に関する覚書に署名する。」と述べている。これは12月22日のQuân đội Nhân dân Việt Nam(軍隊越南人民、ベトナム人民軍)創設80周年記念式典に間に合うことを期待しているという。このような合意があれば、南シナ海における中国の主張の高まりを前に、ベトナムとフィリピンが海上での協力を強化できる可能性がある。さらにGilberto Teodoro国防相は、中国を暗に指して「両国は共通の脅威に直面している。両国はASEANの連帯の精神に則り、これらの脅威に共に立ち向かう。」と述べている。
(4) Gilberto Teodoro 国防相の言及した脅威は、この2年間でますます明らかになってきた。それは、中国海警総隊(以下、CCGと言う)がフィリピンの排他的経済水域内への侵入を強化しているためである。最近まで、中国政府による一連の圧力はセカンド・トーマス礁に焦点を当て、Philippine Coast Guard(以下、PCGと言う)とPhilippine Navyが、同礁に座礁した軍艦に駐留する海兵隊員への補給を阻止することを目的としていた。6月17日にCCG職員との乱闘でフィリピン人船員が親指を失うという事件が起きて以来、セカンド・トーマス礁の情勢は落ち着き、その後、双方が暫定的な取り決めに合意し、同礁のフィリピン守備隊への平和的な補給が許可された。
(5) 中国による圧力は、セカンド・トーマス礁の東約60km、フィリピン最西端のパラワン島から約140km西に離れたサビナ礁へ移った。マニラでPhan Van Giang国防相とGilberto Teodoro 国防相が合意文書に署名した翌日、サビナ礁付近で中国とフィリピンの船が衝突したことを受け、中比両国は再び非難の応酬を繰り広げた。PCGの広報担当官は、CCGの海警第5205号が「故意に衝突した」と主張している。衝突されたとされる船は、PCG最大の巡視船の1隻で、全長97mのBRP「テレサ・マグバヌア」であった。負傷者は報告されていない。CCGの報道官は、すぐさまこの非難に対抗して、岩礁に不法に滞留したフィリピン船が、中国の船に故意に衝突したと主張し、「挑発行為、迷惑行為、侵害行為を断固として阻止し、断固として国の領土主権と海洋権益を守るために必要な措置を講じる」と表明した。
(6) この中国の圧力の高まりにより、フィリピンとベトナム間の戦略的結束が強まっている。これは、南シナ海における両国の未解決の紛争により、長い間妨げられていたことである。8月、Cảnh sát biển Việt Nam(警察㴜越南:ベトナム海上警察)の船舶が4日間の予定でフィリピンを訪問し、共同訓練を行った。2024年6月には、ベトナムは南シナ海の大陸棚に対する重複する領有権の主張を解決するために、フィリピンと協議を行う用意があることを表明した。
(7) ベトナムとフィリピンは、中国との海洋紛争に対して、異なる取り組みを継続している。フィリピン政府は中国の圧力作戦に抵抗し、安全保障上の同盟国である米国およびオーストラリアや日本を含むその他の緊密な提携国との関係を強化することを選択した。ベトナムは、政治的、地理的、文化的に中国とより近い関係にあるが、中国の行動のうち自国の主権を侵害するとみなされるものには反対の意を表明する一方で、中国との関係における経済的および政治的重要性を踏まえ、平和的な意図を中国に伝えるという対応を行っている。その結果、中国は、フィリピンによる些細な行動に対して過剰な武力で反応する一方で、ベトナムによる西沙諸島での施設面の大幅な拡張には目をつぶっているように見える。
(8) 海洋紛争が未解決であることや南シナ海に対する取り組みが異なるにもかかわらず、ベトナムとフィリピンは海洋協力の緊密化から共に利益を得ることができる。年内の防衛協定の締結は、フィリピンとベトナムの未解決の紛争が中国の積極性に対抗する上でより緊密な協力の妨げにならないことの証左となるだろう。
記事参照:Vietnam, Philippines Agree to Bolster Maritime Security Cooperation

9月3日「中国の砕氷船の北極圏への派遣は中国の野望の明確な合図である―U.S. Naval Institute報道」(USNI News, September 3, 2024)

 9月3日付のU.S. Naval InstituteのウエブサイトUSNI Newsは、“Chinese Icebreaker Mission to Arctic‘Clear Signal’of Beijing’s Polar Ambitions, Says Expert”と題する記事を掲載し、ここで中国が3隻の砕氷船を初めて北極海に送り込んだことは、中国が北極圏で大国として商業的、科学的、外交的、軍事的な野望を追求しようとしていることを示す明確な合図であると中国専門家がインタビューで述べたとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国が砕氷船3隻を初めて北極海に派遣したことは、中国が北極圏で商業的、科学的、外交的、軍事的に大国の野望を追求することに真剣に取り組んでいることを示す「明確な合図」であると、中国の戦略的目標の研究報告の共著者はUSNI Newsとのインタビューで述べている。Center for Strategic and International Studies(CSIS)で中国分析の研究助手Aidan Powers-Riggsは、同Centerの研究者達が「この地域の物理的・地政学的状況に大きな変化が進行中である」と見ており、中国がその状況の変化を活用できる立ち位置に立とうとしていると述べている。2024年の夏、U.S. Coast Guardの砕氷船「ヒーリー」は、電気系統故障のため母港のシアトルに戻ったため、北極圏における米巡視船の展開が3日間短縮された隙に中国は砕氷船の展開を強化している。Aidan Powers-Riggsは、中国は自らを「近北極国家」と表現し、「商業的および科学的活動を通じて物理的な存在感を着実に構築している」とし、これらの動きは、「影響力を維持し、中国の利益を守るための鍵」であり、これには鉱物やエネルギーの探査と開発も含まれると指摘している。Aidan Powers-Riggsによると、中国政府は、北極圏のNATO加盟7ヵ国が中国を地域から排除しようとする試みを警戒しており、北極圏に「海運、天然資源採掘、軍事作戦の新たな機会」を見ているという。
(2) 2024年7月上旬、U.S. Coast Guardはベーリング海で複数の中国艦艇に遭遇した。U.S. Coast Guardの記者発表によると、U.S. Coast Guard巡視艇「キンボール」は、アリューシャン列島のアムチトカ峠の北約124海里で3隻の艦船を発見し、U.S. Coast GuardのHC-130J搭乗員は、アムクタ峠の北約84海里で追加の船舶を発見した。第17海警区司令官Megan Dean少将は「中国海軍の展開は、国際的な法と規範に従って運用されていた。我々は、アラスカ周辺の海洋環境における米国の利益に支障がないように、中国海軍部隊の展開に対して部隊を配備して対抗した」と述べている。
(3) 海事ニュースを専門とする報道機関は、中国が原油輸送路としてフーシ派の無人機やミサイル攻撃の危険性のある紅海を経由する航路を避け、より安全で航行期間を短縮できる代替航路として、北極海航路に目を向けたと報じている。この航路はロシアに最も近いため、通常6月下旬から11月中旬まで結氷しない。中国がロシアからの石油を輸入する場合、スエズ運河経由で45日、アフリカ回りは55日かかるのに対し、北極海航路を利用すると33日または35日に短縮される。Aidan Powers-Riggs は、ロシアと中国が北極圏の役割と可能性について「より緊密に調整するための政治的および官僚的な障害を減らす」ために取り組んでいると述べている。またAidan Powers-Riggsは、「最近、中国の李強首相はロシアのMikhail Mishustin首相と会談し、海運や極地船技術などの北極圏の問題に関する調整を引き続き拡大することで合意した。習金平主席とPutin大統領は、2023年を含め、何度もこのことについて話し合ってきた」と述べている。
(4) 中ロの首相はどちらも、さまざまな北極圏での運用のために新しい船舶技術への関与を示している。ロシアの最新の砕氷船「イワン・パパニン」が海上公試を開始した。米軍事関連誌The War Zoneのウエブサイトは、ロシアのウクライナ侵攻後に課された制裁によって延期されたこの船は、巡航ミサイルやその他の兵器も搭載できると報告している。これは、Project 23550という戦闘砕氷船クラスの計画であり、海上公試のために造船所を離れる最初のものである。中国は4隻目の砕氷船の建造を急いでおり、2025年には着工される予定だと環球時報が報じている。同船の設計者は環球時報に対し、大型砕氷船が運用可能になれば、「中国は極地で一年中詳細な科学研究を遂行し、全域において常時行動する能力を得ることができるようになる」と語っている。
(5) 米国は、ミシシッピ州のボリンジャー造船所において2024年末までにU.S. Coast Guardの北極圏用の巡視船の建造を開始する予定である。この計画は、設計の遅延と経費超過に悩まされており、議会の精査下に置かれている。最新のCongressional Budget Office(議会予算局)の報告書によると、U.S. Coast Guardの32億ドルの大型砕氷船の建造費が、現在、検討されている。米国の要求は、砕氷能力2m以上の大型砕氷船3隻と砕氷能力1.5mの中型砕氷船3隻である。1隻目は、米国が現在、唯一運用可能な大型砕氷船「ポーラースター」に代わるものであった。「ポーラースター」は、耐用年数延長プログラムの第4段階を完了し、2024年8月25日に母港シアトルに帰還した。今後の南極支援任務に利用可能になるであろう。記者会見で、砕氷船の新しい船長Jeff Rasnake大佐は、「すべての利害関係者が示した献身とチームワークは、ディープフリーズ作戦の継続的な成功を確保するためのU.S. Coast Guardの柔軟性と関与を示している」と述べている。太平洋地域の広報担当官であるJeannie Shaye少佐は、砕氷船「ヒーリー」は2024年秋と2025年の夏の科学任務の準備ができていると述べている。Aidan Powers-Riggsは、「北極圏で活動する中国の科学者は、確かに彼らの発見を発表し、この地域で活動する国際的な科学組織と協力している。中国の科学的な調査のすべてについて懸念を持つべきではない」と述べている。
(6) 砕氷船「ヒーリー」の修理のため中止されたAmerican National Science Foundation(米国立科学財団:以下、NSFと言う)の2024年の研究計画は、「温暖化気候における北極圏西部の海流の監視」と「大気と海洋の研究」であった。早期の帰国にもかかわらず、NSFの広報担当者Cassandra Eichnerは、Woods Hole Oceanographic Institutionの上席科学者Robert Pickartが率いる2024年の航海は「参加者に教育訓練を提供するための最初の勉強会を実施することができた」と述べている。しかし、Aidan Powers-Riggsは研究には複数の用途があるとし、「中国が優先的に進めている極地科学研究の多くは、明確な軍民両用の用途がある。たとえば、海氷評価に使用される合成開口レーダーは、ターゲティングや情報収集の目的に使用することができる。海洋調査は、海軍の作戦、特に潜水艦の海中環境に関する重要な知識を提供することができる。また、衛星地上局により、中国は軍事衛星を含む自国の衛星に情報を提供できるようになる」と付け加えている。
記事参照:Chinese Icebreaker Mission to Arctic ‘Clear Signal’ of Beijing’s Polar Ambitions, Says Expert

9月3日「中国の野望ː砕氷船3隻の北極圏への展開とロシアとの団結―香港紙報道」(South China Morning Post, September 5, 2024)

 9月3日付の香港日刊英字紙South Chine Morning Post電子版は、“Arctic ambition’: 3 Chinese icebreakers forge polar presence and unity with Russia”と題する記事を掲載し、ここで中国が砕氷船3隻を北極圏に派遣したという決定は、NATOの北極圏への展開に対抗してロシアとの協力を重視していることを示す「明確な合図」であるとして要旨以下のように報じている。
(1) 中国が砕氷船3隻を北極圏に派遣したという決定は、NATO各国の北極圏への展開に対抗してロシアとの協力をますます重要視していることを示す「明確な合図」であると、米国の分析者は述べている。ニューズウィーク誌によると、2024年7月以降、中国は3隻の砕氷船を初めて北極海に派遣した。そのうちの1隻「雪龍2」は、2024年7月5日に山東省の青島を出港し、7月13日から17日にかけてベーリング海を通過して北極海に入り、ムルマンスクに到着した。「雪龍2」は2024年8月30日にムルマンスクを出港し、公開情報に基づく船舶の追跡ウエブサイトMarine Trafficによると、現在はバレンツ海にいる。中国の次世代砕氷船と伝えられ、2024年に6月に就役した「極地」は、2024年8月6日に青島を出港し、ロシアのチュクチ半島とアラスカの北西海岸との国境近くの北極海を航行している。「中山大学極地」は、7月27日に中国南部の広東省の広州を出港し、同じくチュクチ海を航行している。
(2) 米シンクタンクCenter for Strategic and International Studiesの中国専門家Aidan Powers-Riggsは、中国政府が北極圏を航行することで、中国政府が商業的、科学的、外交的、軍事的に大国の野望を真剣に追求しているという「明確な合図」を送っており、北極圏の物理的および地政学的状況には、中国が追求しようとしている「進行中の大きな変化」があり、中国が鉱物やエネルギーの探査・開発など「商業的・科学的活動を通じて物理的な展開を徐々に構築」し、それが「影響力を維持し中国の利益を守るための鍵」となっていると述べている。
(3) 北極圏は米国とロシアの間の引火点としてだけでなく、気候変動によって北極の氷が溶ける中で、アジア太平洋地域とヨーロッパをつなぐ海上の連接環としても戦略的重要性が注目されている。その結果、北太平洋のアラスカとベーリング海は、北極海への重要な玄関口となっている。中国が2018年に発表した北極白書以来、中国は自らを「近北極国家」と表現しており、近年活動を増やし、より大きな役割を果たすことを計画している。その活動は、U.S. Coast Guardが2024年7月にアリューシャン列島周辺海域で中国艦艇4隻が発見された時に明らかになった。U.S. Coast Guardは、中国船4隻すべてが「国際的な規則と規範に従って」国際水域を航行しており、U.S. Coast Guard巡視船と航空機が「アラスカ周辺の海洋環境における米国の利益に支障がない」ことを確認するために監視を実施したと述べた。
(4) 環球時報によると、中国は2025年初めまでに4隻目の砕氷船の建造を開始する予定であり、「極地環境で一年中詳細な科学研究任務を運用し、全域および全期間の行動能力を獲得する」ことを目指している。北極圏への関心が高まる中、中国は同地域におけるロシアとの協力を強化している。Aidan Powers-Riggsは、ロシアと中国が北極圏の役割と可能性について「より緊密に調整するための政治的及び官僚的な障害を減らす」ために取り組んでいると述べ、中国の李強首相が2024年8月ロシアのMikhail Mishustin首相と会談したことを引き合いに出した。モスクワでの会議で、両首相は、北極圏での航路開発と砕氷船建造の技術協力に合意する共同声明に署名した。この合意はVladimir Putin大統領が2024年5月の首脳会談で行った合意に基づくものであり、両国は石油、天然ガス、エネルギー輸送、科学研究などの分野でのさらなる協力に合意した。中国はロシアからの石油と天然ガスの最大の輸入国である。北極海航路は、輸送時間を短縮できる。米シンクタンクHudson Institute上席研究員Liselotte Odgaardは、中国は北極圏におけるロシアの「緊密な戦略的提携国」であり、「中国は北極圏で独立して活動するための機器を開発しており、独自の地域的利益を追求しようとしている」と述べている。
(5) Aidan Powers-Riggsは、「中国はNATOの北極圏7ヵ国が中国を地域から排除しようとする試みを警戒している」と述べている。2024年7月のNATO首脳会議で、米国、カナダ、フィンランドは砕氷船建造に関する協力構想を発表したが、これは中国の支配的な造船能力に対する封じ込め措置と見なされた。米国は、中国に対する北極圏の技術力を強化するためのこの地域の戦略を更新した。北極圏における中ロの協力は「米国と同盟国・提携国の安全保障に影響を与える」と、U.S. Department of Defenseは2024年7月に戦略を発表した際に述べた。Arctic University of Norway政治学准教授Marc Lanteigneは、砕氷船は「北極圏の科学研究の発展の鍵」であり、「中国は、この地域における科学的・経済的利益の高まりに基づき、北極圏の利害関係者としてより広く受け入れられることを求めてきた。新たな砕氷船の建造は、科学能力を育成するという中国の政策を強調している。中国は、特にロシアとNATOが北極圏で権益を拡大する中で、北極圏が戦略的に重要であると認識しており、そのため中国もこの地域から締め出されるのを避けようとしている・・・(中国は)北極圏の利用についてロシアにかなり依存している」と述べた上で、ロシアは中国や他のBRICS諸国を北極圏のグループに引き込もうとしているが、「中国とロシアが北極圏の利益に関してどの程度互いを信頼しているのかは疑問である」と述べている。
記事参照:‘Arctic ambition’: 3 Chinese icebreakers forge polar presence and unity with Russia

9月3日「日本南方に位置する第1列島線の航路を注視する中国―香港紙報道」(South China Morning Post, September 3, 2024)

 9月3日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“China’s military prods southern Japan with eye on first island chain route: analysts”と題する記事を掲載し、中国は第1列島線を通る航路を探るため、日本周辺での軍事活動を活発化させ、米国とその同盟国の防衛力を試そうとしているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 日本政府はここ数か月、日本付近での中国軍の軍事活動の増加を報告しており、最近では8月31日に日本外務省が、中国の海軍測量艦が8月31日午前、日本の南方沖のトカラ海峡に入ったと発表した。日本はこの艦が日本の領海に侵入したと主張し、中国はこの海峡は国際航路だと主張している。8月31日、中国のY9偵察機が日本の南、九州の西にある男女群島の上空の日本の領空を約2分間飛行した。日本の南方諸島は第1列島線の一部であり、米国の同盟国が支配する東アジア沖の一連の島々は、軍事的影響力を誇示するために使われている。8月、空母「山東」やType075強襲揚陸艦を含む中国艦艇が、日本の沖縄本島付近にある第一列島線の別の海域付近を航行したことが報告されている。中国海警の船艇はまた尖閣諸島付近を、台風がその活動を中断させた7月まで、215日間連続で哨戒していた。
(2) シンガポールのS. Rajaratnam School of International Studiesの上席研究員Collin Kohは、過去10年間、中国は「航行と上空飛行の自由について独自の見解を示す」ことを試みてきたとし、「彼らは、中国軍、特に海軍が第1列島線を突破するために使用する可能性のあるさまざまな航路を偵察し、米軍やその同盟軍が第1列島線を越えて中国の沿海部に接近する可能性を予測することを目的としている」と述べている。
(3) 日本は6月にドイツ、フランス、スペインの空軍と共同演習を行ったが、これは「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて、ヨーロッパ諸国との協力を深めるためのものだと防衛省は発表した。7月、日本の海上保安庁が50年以上ぶりに台湾との共同救難訓練に参加したことで、中国政府は日本政府に抗議した。東シナ海や南シナ海での中国の軍事行動に対する懸念が共有される中、日本政府はまた、7月にフィリピン政府との防衛協定に調印し、お互いの領域内に相手国の部隊が展開することが可能になった。
(4) 香港を拠点とする軍事評論家の宋忠平は、米国や日本などは、中国の領海付近で絶えず「厳重な監視」を行っていると指摘した上で、「なぜ我々が同じことをできないのか?日本の領海に入ることなく、日本周辺を監視することは非常に正当なことである」と宋忠平は付け加えている。
(5) 国際基督教大学の国際関係論教授Stephen Nagyは、南シナ海での米国の活動の活発化、日本とフィリピンの協力、そして台湾に関する外交的協調の高まりによって、中国政府は「日米にとって敏感な地域の一部で中国が活動を拡大することができ、また拡大するつもりであることを日米両政府に伝えている」と述べており、また、「それは、彼らが紛争を望んでいるという意味ではなく、勝利するための研究をしているという意味であり、・・・中国は、米国と日米同盟の対応能力および動員能力を試すために、東シナ海、台湾周辺、南シナ海で軍事的挑発を拡大し続ける可能性が高い」と語っている。
記事参照:China’s military prods southern Japan with eye on first island chain route: analysts

9月3日「北極圏での中ロの軍事協力の様相―ノルウェー専門家論説」(The Prospect Foundation(遠景基金會), September 3, 202)

 9月3日付の台湾シンクタンクThe Prospect Foundation(遠景基金會)のウエブサイトは、ノルウェーのUniversity of Tromsø政治学教授でUniversity of Greenland非常勤講師Marc Lanteigneの“Sino-Russian Military Cooperation: Scenes from the Arctic”と題する論説を掲載し、ここでMarc Lanteigneは極北地域における中ロ軍事協力は、両政府が北極圏地域における戦略的能力の増強という欧米の動きを相殺しようとする傾向が強まっていることを示唆しており、これが継続する場合には、北極圏をはるかに超えた影響を及ぼす可能性が高いとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアと西側諸国、特にNATO加盟国との間の政治的・戦略的対立が深まる中、それが北極圏に波及するかどうかという問題に関連して、この地域における中国の存在という問題がある。中国は、15年ほど前に自らを「近北極国家」と称して以来、2013年に北極評議会のオブザーバーとなり、北極圏における主要な利害関係者でありたいと継続的に強調している。5年前には、中国が「氷上シルクロード」を拡大できるのではないかと期待されていた。氷上シルクロードは、一帯一路構想の事実上の北方路線であり、多くの極北諸国との科学・経済協力を通じて、北極海全体に広げることができると考えられていた。
(2) 米国、カナダ、デンマーク、スウェーデンを含む北極圏の複数の政府からの政治的な反発、Covid19の世界的感染拡大による中国国内の経済的打撃、そして2022年初頭のロシアによるウクライナ侵攻に対する北京の中立的な立場が相まって、中国の北極圏戦略は大幅に縮小されている。中国政府はウクライナ侵攻を公然と容認したわけではなく、またロシアへの露骨な軍事支援も提供していないが、中ロ間の経済・外交協力の継続により、北極圏の多くの政府は、その地域における中国の戦略的利益に対してより警戒感を強めている。
(3) この新たな現実を前に、中国政府は現在、この地域に対してより保守的な取り組みを採らざるを得なくなっている。その理由は、2つの重要な展開にある。1つは、北極圏の地政学的状況により、中国はロシアと北極圏戦略の調整においてより緊密に協力せざるを得なくなったことで、もう1つは、中国政府は北方における新たな軍事的関心を、特にВооруженные силы Российской Федерации(ロシア連邦軍)とのより明白な協力関係を通じて示すことに警戒心を弱めていることである。中国政府は、極北地域に戦略的意図を抱いているという非難に対しては繰り返し反論し、その代わりに、北極圏の軍事化を実際に目指しているのはNATOであると頻繁に指摘してきた。同時に、中国政府は自国にも正当な北極圏への関心があり、将来的な地域統治にも関心があることを強調しようとしてきた。
(4) 過去10年間、中国とロシアの艦艇は、ロシアが主催する2022年の多国間演習「ボストーク」の一部として、また2017年のバルト海での海上演習、2022年と2023年のアラスカ近海での共同航行など、北極圏および北極圏近海で共同演習をより頻繁に実施している。2023年4月には、中国海警局が海上法執行の分野でより緊密に協力するために、Федеральная служба безопасности Российской Федерации(ロシア連邦保安庁)と覚書を締結した。
(5) 2024年7月、アラスカ沿岸から約320kmの地点で、中ロ両国による空軍共同作戦が実施され、中ロ両国の北極圏における協力の深さに関する状況が変化したように見受けられた。この演習には初めて爆撃機が参加した。North American Aerospace Defense Command指揮下のU.S. Air ForceとRoyal Canadian Air Forceの空軍機が、Военно-воздушные силы Российской Федерации(ロシア空軍)の戦闘機が護衛する中国のH-6 爆撃機2機とTu-95 爆撃機2機を追尾した。中国とロシアの軍事報道官は、この作戦を両軍の協力関係の深化を示すものとし、第三国に対するものではないと主張した。しかし、この飛行がアラスカ沿岸近くで行われたこと、また、両国の爆撃機がチュコトカ地方のアナディリにあるロシアの空軍基地を離陸したことは、中ロの軍事協力が拡大しているだけでなく、中国が北極圏における自国の戦略的利益を主張する意思があることを示唆している。
(6) これらの出来事はまた、両大国が北極海におけるNATO主導の新たな関心への対抗策として、太平洋と北極海を2国間の戦略的協力関係の拡大に開放しようとしていることを示している。北極圏における中ロの軍事協力強化の可能性については、2024年7月に発表された米国政府の最新北極圏戦略などの文書でも指摘されている。また、NATO諸国間でも、砕氷船の数を増やすことで自国の軍隊の北極圏での存在感を高めることについて、多くの議論が行われている。ロシアは、原子力砕氷船を含む40隻以上の砕氷船を保有しており、中国は砕氷船4隻を保有し、5隻目が2025年に竣工する予定である。米国は、近代的な砕氷船を建造し、老朽化した2隻と置き換えることを発表している。
(7) 北極圏における中ロの軍事協力の発展について論じる際には、いくつかの注意点がある。
a. クリミア併合とそれに続くウクライナへの全面侵攻に始まる過去10年間のロシアに対する欧米の制裁により、経済的孤立が進むにつれ、ロシア政府はロシアの経済成長の鍵を握るものとして北極圏を指摘し、エネルギー分野における提携の多様化を模索してきた。同様に、中国政府は依然としてロシア以外の国々とのより多様な北極圏における提携に期待を寄せている。
b. 北極圏がNATO、中国、ロシアの軍事的優位を巡る直接的な対立の舞台となる可能性は低いものの、北極圏地域における中国とロシアの軍事協力は、両政府が極北地域における戦略的能力の増強という欧米の動きを相殺しようとする傾向が強まっていることを示唆しており、これが継続する場合には、北極圏そのものをはるかに超えた影響を及ぼす可能性が高い。
記事参照:Sino-Russian Military Cooperation: Scenes from the Arctic

9月4日「米中の緊張: 現代の『グレート・ゲーム』―カナダ専門家論説」(Backgrounders, Geopolitical Monitor, September 4, 2024)

 9月4日付カナダの情報誌Geopolitical Monitorのウエブサイトは、経済専門家で中国研究者でもあるAntonio Graceffoの“US-China Tensions: A Modern ‘Great Game’”と題する論説を掲載し、ここでAntonio Graceffoは現在の米中の覇権争いを19世紀の大英帝国とロシア帝国の間の争いを指す「グレート・ゲーム」に通ずるとして、現代の「グレート・ゲーム」と位置付け、米中の激しい対立の行方を注視すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 現代の米中間の緊張関係は、しばしば冷戦時代の米ソ間の競争になぞらえられるが、この対立は、19世紀に中央アジアで繰り広げられた大英帝国とロシア帝国の激しい争いである「グレート・ゲーム」に似ている。両帝国は、この地域を戦略的に極めて重要と考えていた。英国はインドにおける植民地権益を守ることを目的とし、ロシアは南方への拡大を目指して英国領インドを脅かした。この「ゲーム」には、アフガニスタン、ペルシャ、チベットでの覇権を争う両国の外交工作、スパイ活動、時には軍事衝突等が含まれ、現地支配者との同盟関係構築、宣伝工作など巧妙な戦術を組み合わせたものであった。
(2) 米中間の新たな「グレート・ゲーム」は、英ロの例と同様、戦略的な領土と影響力の支配を目的としている。しかし、今日の対象範囲ははるかに広く、経済、技術、軍事力の分野にまで波及し、米中両国がインド太平洋やアフリカなどの主要地域で影響力を競っている。中国は一帯一路構想(BRI)、上海協力機構(SCO)、BRICSなどの枠組みを通じて経済同盟を形成し、一方、米国はインド太平洋やヨーロッパの国々と数え切れないほどの2国間貿易協定や防衛協定を結び、NATO、North American Aerospace Defense Command(北米航空宇宙防衛司令部:NORAD)協定、QUAD、Five Eyes、AUKUSなどの枠組みも主導している。
(3) 米国は世界80ヵ国に750の軍事基地や軍事施設を設置しているのに対し、中国が公式に海外に持つ基地はジブチの1ヵ所とカンボジアの恒久的な海軍施設1つのみである。しかし、中国人民解放軍(以下、PLAと言う)はキューバとミャンマーに情報収集基地、アルゼンチンに宇宙基地を運営し、PLA海軍の艦艇はバングラデシュ、スリランカ、パキスタンなどに頻繁に寄港している。中国政府は現在、約13ヵ国にPLA基地の受け入れを働きかけているが、ほとんどの国はまだ同意していない。さらに、PLA海軍と中国海警総隊は南シナ海でますます攻撃的になっており、係争中の地域や島嶼を軍事化し、領有権を主張する等、世界の航行の自由を脅かしている。
(4) 英ロ間の「グレート・ゲーム」は、しばしば代理人同士の間で戦われた。1905~1911年のペルシャ立憲革命の間、英国とロシアはペルシャ国内で代理戦争を行い、直接軍事的な関与をせずに対立する派閥を支援した。ロシアはカージャール王朝と独裁的支配を維持しようとする保守勢力を支持し、英国は改革を推進する立憲主義者を支持した。現代では、中国とロシアの「無制限」の友好関係がウクライナ戦争を代理戦争に変えた。Збройні сили України(ウクライナ軍)とВооруженные силы Российской Федерации(ロシア連邦軍)は戦場で直接交戦中であるが、より広い意味で広範な地政学的闘争を浮き彫りにしている。NATO、EU、日本やオーストラリアなどのインド太平洋地域の同盟国を含む米国主導の西側は、ウクライナを支持している。これに対抗するのは、ロシアに軍事装備や資金を提供するイランや北朝鮮の支援を受ける新興の中ロ枢軸国である。ウクライナ戦争は、インド太平洋からヨーロッパへと米中対立の場を拡大している。
(5) 米中緊張の経済的側面は、新「グレート・ゲーム」の中心で、両国は技術的覇権、世界貿易上の地位、国際金融機関への影響力を争っている。G7とOECDを主導する米国は、日本やオーストラリアと提携して、国際基準を満たす事業を認証するブルードット・ネットワークを立ち上げた。これは、中国の「一帯一路」に代わる選択肢を提供し、発展途上国で質の高い社会基盤投資を促進することを目指している。米中間の経済競争は、5G技術、人工知能、重要な供給網の管理等の分野で特に顕著である。中国は通信機器会社の華為(ファーウェイ)を通じ、世界中で5G通信網の構築を積極的に推し進めているが、米国は安全保障上の懸念から、ファーウェイの技術を禁止するよう同盟国や提携国に圧力をかけている。さらに両国は、AI、量子コンピューティング、サイバーセキュリティなど先端技術の世界標準設定を競い合っている。International Telecommunication Union(国際電気通信連合、ITU)などの国際機関に影響力を持とうとする中国の努力は、世界的技術標準を主導するための広範な戦略の一環であり、米国は同盟国と協力してこうした動きに対抗している。
(6) 競争は開発銀行にも及び、中国が主導する亜洲基礎設施投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank:以下、AIIBと言う)は、米国主導の世界銀行や日本主導のアジア開発銀行(ADB)の対抗組織として浮上している。AIIBはアジア全域の社会基盤整備事業に資金を提供しており、多くの場合、欧米が支援する機関が資金を提供する事業と並行または競合している。アフリカでは、中国は一帯一路構想のような取り組みを通じて社会基盤整備事業、資源採掘、製造業に多額の投資を行い、主要な資源と市場への関与手段を確保している。中国の影響力に対抗するため、米国は貿易投資構想として「繁栄するアフリカ(Prosper Africa)」を立ち上げ、アフリカ大陸への米国の投資を促進し、貿易・投資関係を強化することを目指している。さらに、米国はインド太平洋戦略を強化し、インド、日本、オーストラリア、東南アジア諸国などとの経済・安全保障の協力関係を重視している。この戦略には、この地域で影響力を強める中国に対抗するためのIndo-Pacific Economic Framework(インド太平洋経済枠組み、IPEF)のような構想も含まれている。一方、中国は太平洋島嶼国における経済的関与を拡大し、社会基盤、漁業、その他の主要分野に投資している。
(7) 現代の「グレート・ゲーム」において、中国は手強い挑戦者であったロシアの役割を演じ、米国は世界的に大きな優位性を持った英国の立場を占めている。英国が世界の銀行、通貨、貿易、外交を支配し、広大な同盟関係と強力な海軍を有していたように、今日の米国も同様の強みを有している。米国は世界の金融を主導し、世界で最も広く使われている通貨を支配し、NATO、QUAD、AUKUSを含む同盟関係を維持している。世界中に広範な基地網を持つU.S. Armed Forcesと、どこでも行動できる真の外洋部隊であるU.S. Navyは、中国のPLA海軍に対し戦略的優位性を有しており、中国海軍はまだ世界的規模の行動を展開するには至らない。
(8) 英ロの「グレート・ゲーム」では、英国はアフガニスタンを緩衝国として譲歩しながらも、自国の利益を確保し、植民地であるインドの支配権を維持することに成功した。米国は英国と同様、中国に対して大きな優位性を持ち、最終的に米国有利に傾く可能性がある。しかし、今後の見とおしは不確実で、賭け金は高い。
記事参照:https://www.geopoliticalmonitor.com/us-china-tensions-a-modern-great-game/

9月4日「米中は破滅的戦争を回避できるか―米専門家論説」(The Interpreter, September 4, 2024)

 9月4日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、米国防関連シンクタンクDefense Priority研究員Daniel R. DePetrisの“Can the US and China avoid a catastrophic clash?”と題する論説を掲載し、Daniel R. DePetrisは8月27日から29日に行われたJake Sullivan大統領補佐官の訪中は米中の破滅的衝突を回避するという意味では時間は有効に使用されたが、米中当局者の間で問題を解決できる余地はほとんどないと指摘した上で、米中の緊張を緩和する重要な要素は、誰が米大統領に就任しようと長期にわたって持続する対面対話であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) Jake Sullivanの北京訪問は緊張を管理することが目的であり、それが期待できる最善の結果である。
(2) Jake Sullivanは中央軍事委員会副主席の張又侠上将との会談の機会を得ることに成功した。軍当局者との通信が2年間凍結された後にこの特定の会談が行われたという事実自体が、習近平国家主席がBiden政権と同様に今後数ヵ月間の安定維持に関心を持っていることを示している。
(3) Sullivan-張又侠会談における米国側の鍵となる言葉は「責任」であった。つまり、両大国は、互いの対立が紛争に発展しないようにする責任があるというのである。台湾や南シナ海の係争中の浅瀬をめぐって、あるいはまったくの誤算によって米中が直接衝突した場合の結果は計り知れない。制度的な対立はさておき、米国と中国はこのような破滅的な状況に手を染めるつもりはない。Jake Sullivanの会談がこの主題を強めた限り、その時間は有効に活用されたと言える。しかし、現時点では米国と中国の当局者の間で問題解決の余地もあまりない。
(4) 実際、Jake Sullivanは責任ある関係管理の緊急性を強調すると同時に、米政府が対中政策の方向を転換するつもりはないことを明確にした。Jake Sullivanは、中国がサビナ礁とセカンド・トーマス礁周辺で、フィリピンの補給活動を妨害するために、いわゆる「グレーゾーン」戦術を繰り返し使用していると非難している。台湾は最大の争点であり続けるだろうが、Jake Sullivanは、中国が武力で問題を解決しようとするいかなる動きも改めて非難した。
(5) 王毅外交部長はJake Sullivanとの会談で、米国は中国を制度上の対立相手ではなく、対等な相手として扱うべきだと主張した。実際、中国当局は米国と中国が対立相手であると同時に提携国でもあるという考え方に完全に反対している。南シナ海に関しては、中国政府は米国が一切介入しないことを望んでいる。習主席は、米国の輸出規制は人民解放軍を抑制するのと同じくらい、中国の経済発展を阻止するためのものだと強調し続けている。米国が中国の要求に全面的に屈服しない限り、米政府がこれらの問題で中国政府をなだめるためにできることはほとんどない。
(6) Jake Sullivanの訪問にもかかわらず、制度段階での米中関係が劇的に改善することはないだろう。その理由は個人の性格ではなく、むしろ政治に関係している。構造的に言えば、米国と中国は、世界におけるそれぞれの立場から、今後数十年間、本質的に対立関係になる可能性がある。米国は可能な限り国際関係における優位性を維持しようとしているが、中国はその富と軍事力を国際システムにおけるさらなる力に変えようとしている。中国は明らかに米国と衝突し、簡単には修正できない2国間の緊張関係が生じることになる。統治イデオロギーが全く異なることなども加わり、関係の長期的な軌道は最も楽観的な観察者にとっても不吉なものに見える。
(7) したがって、米国と中国は、おそらく、存在する相互の緊張を制御することを目的として、境界上の意見の相違に取り組むことに追いやられている。こうした細かいやり取りで外交官や指導者が歴史に名を残すことはないだろうが、これが米政府と中国政府が現時点でできる最善のことである。この緊張緩和戦略の重要な要素は、大統領執務室に誰が座っているかに関係なく、長期にわたって続く対面対話である。Biden政権が、当初からこれを理解していたことは評価に値する。
(8) 米国の対中強硬派は、こうした会談を、せいぜい無意味、最悪の場合は宥和政策の境界線上と一蹴し続けるだろう。彼らは、唯一の成果がさらなる会談しかないのに、会談を催す意味があるのか​​と問うかもしれない。しかし、あまりにも頻繁に避けられてしまう別の疑問がある。外交的孤立という形は実行可能な代替案なのか?
記事参照:Can the US and China avoid a catastrophic clash?

9月5日「米比同盟、南シナ海紛争拡大の要因ともなり得る―米専門家論説」(The Diplomat, August 3, 2024)

 9月5日付の米Council on Foreign Relations(米外交問題評議会:CRF)のウエブサイトは、CRF 研究員Abigail McGowanの“Why Tensions in the South China Sea Are Bolstering the U.S.-Philippines Alliance”と題する論説を掲載し、ここでAbigail McGowanは南シナ海でますます危険性を高める中国との対峙状況にあって、フィリピン政府が米政府との全面的な同盟関係にあることがより広範な戦争の可能性を高めているとして、幾つかの設問に答える形で、要旨以下のように述べている。
(1) 中比間の最近の緊張激化の要因は何か。中国との間で南シナ海領有権紛争を穏やかに解決しようとする他の領有権主張国とは異なり、フィリピンは、米国との防衛協力を公然と強化し、南シナ海における中国の重複する領有権主張に毅然として対抗している。米政府とフィリピン政府は7月下旬、Armed Forces of the PhilippinesとPhilippine Coast Guardの近代化のために5億ドル相当の新たな防衛援助を含む協定に調印した。フィリピンはまた、ドイツや日本などの他の主要民主主義国や、南シナ海で中国船との小競り合いを繰り返しているベトナムなどの一部の域内諸国とも、より緊密な防衛関係を構築してきた。こうした措置は中国を苛立たせ、フィリピン船に対する嫌がらせ行為を強めてきた。係争地点も拡大し、6月のセカンド・トーマス礁(中国名:仁愛礁、フィリピン名:アユンギ礁)に加えて、8月中旬には初めてサビナ礁(中国名:仙濱礁、フィリピン名:エスコダ礁)周辺海域でも中国海警船とフィリピン船舶が衝突した。こうした状況に対して、Marcos Jr.フィリピン大統領は、フィリピンは中国の「違法行為」に対抗するために「もっと努力すべき」と強調している。
(2) 最近の中比間の「暫定合意」は緊張緩和をもたらすか。恐らく、そうはならない。中比両国は最近、セカンド・トーマス礁の座礁艦に駐留するArmed Forces of the Philippinesの兵士に対するフィリピンの補給を認める「暫定合意」とされるものに合意した。また、この合意によって、海上危機の際に双方が話し合う首脳間ホットラインも開設される。しかし、この比較的限定された合意が紛争を減らす可能性は低い。
(3) 海洋での紛争が生起の場合、米国は条約同盟国のフィリピンに対して如何なる義務を負っているのか。米国は1951年以来フィリピンと相互防衛条約を締結しており、Austin米国防長官は2024年3月、米国の対比防衛の誓約を再確認し、同盟条約が南シナ海における両国の軍隊、公船および航空機にも適用されると言明した。この発言は、海洋で中国との紛争が拡大した場合、米国がフィリピンに対して防衛義務を有することを意味する。その際、以下のような事態が拡大する情勢が含まれる。
a. フィリピン艦船に対して、中国が海警船ではなく海軍艦艇を使用する。
b. 中国がArmed Forces of the Philippinesを直接攻撃し、殺傷する。
c. 中比双方の偶発的な衝突から始まった事態が拡大し、殺傷力の高い武力で中国がPhilippine NavyとPhilippine Coast Guardの艦船を攻撃する。
10年前まではワシントンで対中政策について多様な意見があったが、現在では、全般的に共和党も民主党も、いずれも中国に対する超党派のタカ派的な取り組みで一致しており、これは習近平政権の政策の反映でもある。
(4) 米国、フィリピンそして中国は、将来の紛争勃発の可能性を軽減するために、どのような措置をとってきたのか。前出の最近の「暫定合意」以外に、紛争生起を阻止し、より広範な地域紛争に発展するのを防ぐための努力はほとんどなく、これらの努力があったとしても、成功したという兆候はほとんどない。Biden米大統領は4月の習近平主席との電話会談で、「南シナ海における法の支配と航行の自由の重要性」を改めて表明し、その数日後に米中両軍は海上における安全に関する協議を行った。しかも、南シナ海紛争当事国が中国の力の誇示に懸念を抱き、米中両国から距離を置く取り組みが維持できないと考えれば、フィリピンと同様に、武器購入や軍の近代化を促進させる可能性がある。そして、一部の国は、この地域で中国が経済的優位に立っているにもかかわらず、米国や日本などの他の大国と提携したり、より多くの武器を購入したりすることで、より積極的に中国に立ち向かうことを選択することもあり得る。一方では、タイのように、領有権紛争の当事国ではないが、公然と中国に与し、中国の軍事援助に頼る国もある。実際、東南アジアは世界で最も急速に防衛支出を増加させている地域の1つで、海洋における紛争に直面しているインドネシアやベトナムなどは最近数年間で防衛支出を600%以上増強した。
(5) これらの緊張が直ちに緩和される可能性はほとんどないように思われる。中国の好戦的な態度と域内の加速された軍備競争は、致命的な対立や事故の危険性を高めている。米国がフィリピンに対する防衛の誓約を宣言し、対立がより大きな戦闘に発展した場合の危険性の管理の措置がほとんどないことを考えれば、1つの事案がより大きな紛争に発展することは想像に難くない。しかしながら、地域紛争の専門家Oriana Skylar Mastroが指摘するように、南シナ海における中国の立場は台湾周辺における程強力ではなく、米国が海域警備を強化し、域内各国との防衛関係を強化し、そうすることで中国との紛争に立ち向かうことを明確にすれば、恐らく中国政府はその侵略的行為の一部から手を引くであろう。そして、そのこと自体が、少なくとも暫くの間、紛争を防止することになり得るかもしれない。
記事参照:Why Tensions in the South China Sea Are Bolstering the U.S.-Philippines Alliance

9月6日「2025年米国の対外政策について―米国際関係論専門家論説」(China US Focus, September 6, 2024)

 9月6日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトであるChina US Focus は、Harvard University教授Joseph S. Nyeの“U.S. Foreign Policy in 2025”と題する論説を掲載し、そこでJoseph S. Nyeは大統領選挙が終わった後の米国の対外政策の予測は困難であると述べ、両候補者の相違点と共通点を列挙しつつ、現在の対外政策の中で変わる可能性があるものと継続する可能性があるものについて、要旨以下のように述べている。
(1) 米国大統領選挙が迫っている。選挙後、米国の対外政策がどうなるか、その予測は難しい。第1に、どちらの候補者が勝利するかがわからない。夏の初めにはDonald TrumpがJoe Bidenに対して優位に立っていたが、民主党候補者がKamala Harris副大統領になり、状況は変わった。第2に、外国の指導者や行為者が、米国の対外政策に影響を及ぼしうる点において、彼らも「有権者」のようなものである。たとえば、2000年の大統領選挙運動においてGeorge W. Bushは穏当な対外政策を示したが、9・11テロにより政権の政策はまったく別物になった。今回も同じようなことが起きないとは限らない。
(2) 運動期間中の発言はわずかながら糸口を提供する。がKamala Harris副大統領が勝てば、若干の違いはあるだろうが、Biden大統領の方針が維持されるであろう。すなわち、米国の同盟関係の強化、多国間協調主義の促進である。Donald Trumpの外交方針はもっと予測し難い。単独行動主義や、多国間組織に対する軽視の姿勢がその発言からは読み取れるが、彼に関しては発言したことが政策になるとは限らない点で、ほかの政治家よりも名高い。
(3) 側近に着目することで将来の政策の予測精度をあげようとする評論家もいる。Kamala Harris副大統領の対外政策の側近はPhilip Gordonである。彼は過去の民主党政権で顧問などを歴任し、実用主義的な中道派である。Trump陣営におけるGordonを特定することは難しいが、メディアはしばしば、Trump政権時代最後の安全保障担当顧問のRobert O’Brienに言及する。
(4) 2人の候補者には共通点もある。最も重要なのは中国に対する姿勢である。貿易などにおける中国の不公正な態度、南シナ海における中国の攻撃的姿勢については、超党派的な合意がある。中国は武力による台湾再統一の可能性を否定していない。Biden大統領はDonald Trumpの対中政策を概ね引き継いでおり、Kamala Harris副大統領もそうするであろう。また2人とも、新自由主義的な経済政策を否定している。Donald Trumpは関税を引き上げ、WTOへの関わり度合いを引き下げた。TPPからの離脱も決定したが、Biden大統領もまたTPPへの復帰について何もせず、中国からの輸入品に対するTrump時代の関税を下げず、最新技術に対する輸出規制を敷いた。カリフォルニア出身のKamala Harris副大統領も、その方針を引き継ぐだろう。さらに2人は、米国の軍事力と経済力強化を誓約している。
(5) 両者の大きな違いはヨーロッパに対する姿勢である。Trump陣営はウクライナ支援にほとんど関心を持っておらず、選挙に勝利すれば交渉によりすぐに戦争を終わらせると発言している。中東において、イランを敵視し、イスラエルを支持する姿勢において両者は共通しているが、Kamala Harris副大統領はパレスチナの自治権に言及している。またDonald Trumpはアフリカや中南米にあまり関心を払わないが、Kamala Harris副大統領はそうではない。
(6) 最大の違いは、米国のソフトパワーに関わる。Donald Trumpは大統領時代に「米国第一主義」を掲げ、多国間協調主義を公然と否定した。Biden大統領はこの方向を変えたが、Donald Trumpはまた元に戻すだろう。他方Kamala Harris副大統領はBiden政権の方針を継承するだろう。
(7) 要するに、選挙でどちらが勝利しても、米国の対外政策は多くの点で継続していく。しかし、同盟関係や多国間協調主義に対する姿勢は大きく異なり、それによる政策の差が大きなものになる可能性もある。
記事参照:U.S. Foreign Policy in 2025

9月6日「インド太平洋におけるグアムの戦略的重要性―米専門家論説」(Council on Foreign Relations, September 6, 2024)

 9月6日付のシンクタンクを含む米超党派組織Council on Foreign Relations(外交問題評議会)のウエブサイトは、同Councilのアジア・気候変動担当Clara Fongおよびラテンアメリカ・移民担当Diana Royの“Guam’s Strategic Importance in the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここで両名はインド太平洋地域における米国の最西端の領土であるグアムは、数十年にわたって貴重な戦略的資産であり、南シナ海、台湾海峡、朝鮮半島における緊張の高まりの中、米国が軍事力を展開する上で理想的な場所となっているとして、要旨以下のように述べている。
(1) インド太平洋地域における米国の最西端の領土であるグアムは、ハワイよりも北京に近いという地理的条件から、南シナ海、台湾海峡、朝鮮半島における緊張の高まりの中、米国が軍事力を展開する上で理想的な場所となり、この軍事力の存在はグアムの経済、政治、環境に対する米政府の影響力が過剰であるという議論を巻き起こしている。近年、米中間の緊張が高まり、米政府が南シナ海における中国の侵略行為や台湾に対する中国の攻撃の可能性を懸念するにつれ、グアムの重要性はさらに高まってきた。U.S. Department of Defenseの2022年国防戦略では、インド太平洋における米国の戦略的抑止力にとってグアムが極めて重要であることが強調されている。この島には、空軍基地、海軍基地が置かれ、長距離爆撃機、核兵器搭載潜水艦が配備されている。
(2) グアムは、1898年の米西戦争の終結時に米国に割譲され、米海軍の管理下となり、1899年に海軍基地が設置された。その後数十年にわたり、グアムの地政学的重要性は高まり、第2次世界大戦中には、米軍と日本軍の間で激しい争奪戦が繰り広げられた。米国大統領Harry Trumanが1950年のグアム基本法に署名し、管轄権が海軍から内務省に移管されて、米国政府は、グアム住民に米国市民権を与えた。米国の領土であるため、この島の住民は米ドルを使用し、連邦税を支払い、連邦からの資金援助を受けている。しかし、グアムは米国の州ではないため、グアム住民には大統領選挙を含む投票権がなく、代わりに選出された知事と投票権を持たない代議士が米国下院で代表を務めている。この島が時折独立を主張することがあっても、成功したことはない。
(3) U.S. Armed Forcesはグアムに大きな影響力を維持している。U.S. Department of Defenseはグアムの土地の約25%を所有し、冷戦最盛期にはU.S. Armed Forces2万6,000人が駐留していた。2000年代初頭に約2,500人まで減少したが、現在では再び増加し、約9,700人が駐留している。これらの軍人とその家族は、島の人口の約14%を占める。さらに、2022年度のU.S. Department of Defenseによるグアムでの総支出額(PDF)は25億ドルで、これは同島の国内総生産(GDP)のおよそ41%に相当する。軍の建設計画は、熟練労働者の雇用を多く生み出しており、労働者不足を補うために、主にフィリピンからの労働者を雇用し、タイ、トルコ、韓国からの外国人労働者も受け入れている。2024年には、ミサイル防衛システムの改善を含む複数の新規軍事計画により、外国人労働者数は過去最高の5,500人に達した。
(4) グアムでは、連邦政府からの資金提供にもかかわらず、およそ17%の世帯が貧困層である。一方で、軍事基地の拡張はグアムの生態系や絶滅危惧種に悪影響を及ぼしている。最近、軍が残弾などの有害廃棄物を焼却や爆破によって処理していることが明らかになり、環境保護団体と先住民族チャモロ族の活動家は、国の環境政策に準拠していないとして、連邦裁判所で軍を訴えている。
(5) 2023年、U.S. Department of Defenseはグアムの軍事施設建設計画として5年間で73億ドルを投じる計画を発表した。この中には、統合ミサイル防衛システムに17億ドルを追加する内容も含まれている。U.S. Department of Defenseはまた、太平洋抑止構想(PDI)やその他の連邦政府の資金援助計画の下で、グアムへのさらなる資金投入を推進している。その理由の1つは、12月から沖縄のU.S. Marine Corps約4,000人をグアムの新しい海兵隊基地に移転させる計画である。この移転は、沖縄の米軍基地を縮小するという米国と日本の合意に従うものである。
(6) 専門家は、台湾をめぐる潜在的な紛争において、グアムは重要な後方支援拠点となる可能性があると指摘している。しかし、グアムの戦略的価値、つまり中国や北朝鮮に近いという地理的条件は、攻撃を受け易いという側面も持ち合わせている。2017年には北朝鮮がグアムの米軍基地を攻撃すると威嚇し、2019年には中国が「グアムキラー」として知られる弾道ミサイルの存在を発表した。中国もまた、グアムが米国の地域における影響力にとって極めて重要であることを認識している。
(7) グアムに対する米国の他の資金援助は、グアムの環境問題への取り組みを目的とし、沿岸保全への取り組みへの資金援助やクリーンエネルギー分野での雇用創出など、グアムの気候危機による継続的な費用の一部を軽減することを目的としている。
記事参照:Guam’s Strategic Importance in the Indo-Pacific

9月6日「南シナ海の支配を目指す中国、何もしないBiden政権―インド地理戦略学専門家論説」(The Hill, September 6, 2024)

 9月6日付の米政治専門紙The Hill電子版は、インドの地理戦略学者Brahma Chellaneyの“China is trying to dominate the South China Sea while Biden’s administration does little”と題する論説を掲載し、そこでBrahma Chellaneyは南シナ海における最近の中国による攻撃的行動の活発化は、南シナ海、ひいてはインド太平洋における支配的な地位確立を目指す野心の一部であるため、米国はこれまでより積極的に対抗措置を採るべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 習近平は、米国がウクライナや中東の戦争に巻き込まれることで、南シナ海を中心とする中国の攻勢を、米国が政治的にも軍事的にも押し返せなくなることを期待しているようである。他方、米国は中国への対応において抑止より外交を優先している。ホワイトハウスによればBiden大統領は近々習近平と電話会談を行う予定だという。また少し前に、国家安全保障問題担当大統領補佐官のJake Sullivanが訪中した。
(2) 中国はフィリピンに対する攻撃的行動の段階を引き上げている。米国は、フィリピンと同盟を結んでおり、その防衛に強く関与している。しかしそのことが、中国の攻撃的姿勢の強化を抑止することはなかった。最新の中国海警船は、意図的な衝突を可能にする設計だという。中国はほかの周辺諸国との間の緊張も高めている。インドとの間ではヒマラヤの国境地帯で領土紛争がある。東シナ海では尖閣諸島の支配を試み、それにより日本は防衛費を倍増させた。先端半導体の生産をほぼ独占している台湾について、中国はその併合を決意し、半導体の供給を完全に支配しようとしている。Jake Sullivan補佐官に対し中国軍の高級幹部は、台湾の「再統一」を進めることは中国軍部の「使命であり、義務」なのだと述べたという。
(3) 南シナ海における中国の攻撃的戦術は、米国に挑戦を突き付けている。中国はこの海域で支配的な立場を確立しようとしており、それによって危険な事案を引き起こしている。もっと根本的なことを言えば、中国は日本からインドへと至る広大な地域に勢力圏を構築しようとしている。それは米国とその同盟国や提携国にとって有害で、地域における支配的国家の立場として、米国に取って代わろうとするためのものである。
(4) Biden政権は、中国が地域全体で支配的な立場に立とうとすることの、長期的な戦略的含意にあまり関心がないようである。それよりもBiden政権は、海上での事案により米中関係がより敵対的になってしまう可能性を懸念している。実際、Jake Sullivan補佐官は、「事態拡大からの脱却」を訴え、中国やフィリピンの関係者とともに緊張を緩和する方法について議論を続けることを求めたが、南シナ海における事態拡大からの脱却に習近平はほとんど関心がない。
(5) 南シナ海を支配しようという中国に対抗するための政策的選択は、ますます困難になっている。それは、Obama、Trump、Bidenの歴代政権が継続的に中国を押し返そうとしてこなかったためである。
(6) 習近平は少しずつ、南シナ海における現実を変え始めた。まずスカボロー礁を支配し、大規模な埋め立てと人工島の建設を進めた。それに対してObama政権はほとんど何もしなかった。2016年の仲裁裁判所の裁定が出された後も、中国の膨張主義的姿勢は止まらなかった。カリフォルニアでの米中首脳会談の後、そうしたいやがらせ行為は一時的に和らぎはしたが、直近では隣国に対するいやがらせの行動を激化させている。
(7) 米国は中国との「競合」は望むが、「対立」は求めていないとBiden大統領は言い続けている。しかし習近平の膨張主義的戦略は、本質的に対立を惹起するものであり、台湾が戦争の原因となる可能性が最も高いが、南シナ海における危険性も軽視してはならない。中国の南シナ海への挑戦は、単に小さな島や岩をめぐる論争に留まらない。それは、インド太平洋地域に中国中心のシステムを押しつけようとする動きなのである。
記事参照:China is trying to dominate the South China Sea while Biden’s administration does little

9月9日「フィリピンの透明性戦略は不十分―フィリピン専門家論説」(The Interpreter, September 9, 2024)

 9月9日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、Polytechnic University of the PhilippinesのRichard Javad Heydarianの“South China Sea: The ‘transparency initiative’success is plain to see”と題する論説を掲載し、Richard Javad Heydarianは、フィリピンが南シナ海で中国の海洋戦力に対抗するために、「透明性戦略(transparency initiative)」より効果的な手段を必要とするとして、要旨以下のように述べている。
(1) 係争中のセカンド・トーマス礁付近で、フィリピン艦艇に嫌がらせをしてから数ヵ月、中国の海洋戦力は現在、サビナ礁付近でPhilippine Coast Guardの船艇を圧迫している。争っている海域でフィリピンが優勢であることを思い出させようと、中国は南沙諸島の海域にこれまで最大規模の艦隊を配備している。その1ヵ月前には、中国空軍もスカボロー礁上空でフィリピンの哨戒機に嫌がらせを行って力を誇示した。フィリピンが無様とは言えないものの脆弱に見える中、米国の同盟国やその他の提携国は、この海域でフィリピンの巡視船を護衛することを含め、公に直接的な支援を提供せざるを得ないと感じている。
(2) 一部の専門家は、フィリピンの有名な「透明性戦略」の有用性を公然と疑問視している。この構想は、係争海域における中国の違法かつ過剰な武力行使を繰り返し暴露してきた。詳しく調べると、フィリピンが、かなり成功を収めていることは明らかである。特に注目すべきは、中国からの絶え間ない嫌がらせや警告に直面しながら、事実上の海軍基地である座礁させた「シエラ・マドレ」の要塞化である。それどころか、サビナ礁付近での中国の最近の行動は、フィリピンによる新たな要塞化の成功を恐れてのことだろう。
(3) より広い文脈では、フィリピンは圧力に屈しない意思を示しており、さらに重要な点として、中国に立ち向かう際には主に自国の資源に頼るという意思を示している。それでもなお、中国がフィリピンの限られた数の高性能巡視船を着実に弱体化させていることによりフィリピンも大きな代償を払っている。
(4) したがって、主要な同盟国、特に日米政府は巡視船、高速艇、最近退役した軍艦など、実用的で効果的な支援を迅速に提供することが急務である。さらに、南シナ海における中国の「グレーゾーン」戦術を抑止できていない米比相互防衛条約を見直すべき時が来ている。
(5) Rodrigo Duterteの後継者が新たなフィリピンの従属的な指導者であると誤解した中国は、2023年、Marcos Jr.大統領が国賓として北京を訪問した際、いかなる譲歩も拒否した。これに対してMarcos Jr.大統領は、主要な安全保障上の提携国、特に米国、オーストラリア、日本との防衛協力を強化し、係争海域でより積極的な姿勢を採った。その結果、透明性戦略が誕生し、隣接海域での中国の不法行為を暴露することで国際世論の回復を図った。この政策は明らかに中国の取り組みを根本的に変えることはできなかったが、国内世論を動かすことに成功した。
(6) 米比両政府は、フィリピン高官の助言に従って、今こそ相互防衛条約に基づく義務の適切な「見直し」を始めるべきである。とりわけ、中国による潜在的に極めて危険なグレーゾーン戦術を包含する「武力攻撃」の閾値の再考である。また、両同盟国は「最後の手段」として、中国の艦隊を追い払うために、激しく争われている海域への共同哨戒や補給任務を検討すべきである。
(7) この先の道は危険であり、2つの大国を巻き込んで望まぬ事態の拡大が起こる可能性は常にある。しかし明らかなのは、フィリピンがその主要な提携国とともに、南シナ海で勢いを維持し、侵略者を撃退するためには、戦術および後方支援について大幅な調整が必要である。
記事参照:South China Sea: The “transparency initiative” success is plain to see

9月9日「地域の安全保障上の力学を反映する日比防衛協定―フィリピン日本専門家論説」(East Asia Forum, September 9, 2024)

 9月9日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policyのデジタル出版物EAST ASIA FORUMは、東京大学JF-GJS研究員Maria Thaemar Tanaの“Japan–Philippines defence deal reflects regional security dynamics”と題する論説を掲載し、そこでMaria Thaemar Tanaは7月に日本・フィリピン間で締結された部隊間円滑化協定に言及し、それが地域の安全を高め、日比間の関係を良化するものである一方、中国を刺激して緊張を高めるなどの危険性もあるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年7月8日、マニラで開催された2度目の日本・フィリピン2+2会合において、日比部隊間円滑化協定(以下、RAAと言う)が調印された。その目的は、2国間の防衛協力の強化と、とりわけ中国が突きつける脅威への対処である。
(2) 日本は、2022年にオーストラリアと2023年に英国とRAAを締結しているが、東南アジアの国とRAAを締結するのは初めてである。日比RAAは海洋安全保障と南シナ海のシーレーン防衛に焦点を当てている一方で、英国やオーストラリアとのそれは、インド太平洋全体の戦略的協力に対応するものである。軍事力が相対的に低いフィリピンにとって、日比RAAは同国の安全保障の核心となる。
(3) 日比RAAは、両国関係における重要な転換点でもある。すなわちそれは、第2次世界大戦における敵国から、日本が緊密な安全保障上の提携国へと変容したことを象徴するものである。それはまた米国主導の安全保障枠組みにとっても重大な意義を持つ。従来、地域の安全保障は米国がそれぞれの国々と結ぶハブ&スポーク型の2国間同盟に依存してきた。しかし日比RAAは、多国間協力枠組みがより重大な役割を担うようになっていることを示している。
(4) RAAは、フィリピンにおいて自衛隊の部隊の展開を増加するための法的枠組みを提供する。それは、潜在的な侵略者に対する抑止効果を持ち、フィリピンはそこから大きな利益を得るだろう。RAAが促進する共同演習や訓練はArmed Forces of the Philippinesの能力を高め、防衛技術移転などの可能性が開かれていることで、軍のさらなる近代化が進むかもしれない。またRAAは、南シナ海における中国の攻撃的姿勢の強まりを懸念する両国の戦略の一致をもたらすであろう。それにより地域の安全保障機構の確立が促進される。
(5) 日比RAAに危険性が無い訳ではない。第1に、中国がそれを自国封じ込めの試みと見なし、中国とフィリピンのあいだの緊張が高まる可能性がある。また、日本など外国の軍隊に自国の安全保障を頼ることで、主権が侵害されるという不安が高まる。フィリピンが日本や、その先にある米国の戦略目標に巻き込まれ、自律した安全保障政策や対外政策を策定できなくなる可能性もある。フィリピン国内では、RAAは外国の介入に批判的な勢力から反対されている。それは日本が地域の覇権を目指す野心を復活させたものであるという主張や、従軍慰安婦問題など負の歴史を忘れたのかという声も上がっている。
(6) 日比RAAは、それぞれの領土で作戦を展開するための法的土台を構築し、地域の安全保障枠組みを強化するものである。しかし他方、RAAは地域の安全保障のジレンマを悪化させる可能性もある。こうした危険性を回避するためには、すべての関係各国が、外交努力と信頼構築のための取り組みを継続する必要がある。
記事参照:Japan–Philippines defence deal reflects regional security dynamics

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) Five Lessons From Ukraine’s Kursk Offensive
https://cepa.org/article/five-lessons-from-ukraines-kursk-offensive/
The Center for European Policy Analysis (CEPA), September 3, 2024
Dr. Stephen Blank, a Senior Fellow at the Foreign Policy Research Institute
2024年9月3日、米シンクタンクForeign Policy Research Institute主任研究員Stephen Blankは、米シンクタンクCenter for European Policy Analysisのウエブサイトに“Five Lessons From Ukraine’s Kursk Offensive”と題する論説を寄稿した。その中でStephen Blankは、ウクライナのクルスク攻勢から得られる教訓は、西側諸国がロシアとPutin大統領の動機を十分に理解していないことを浮き彫りにしていると述べている。その上でStephen Blankは、①ウクライナの目標は、占領した領土をロシアとの交渉材料として利用し、クリミアやドンバスを取り戻すことだが、Putin政権はウクライナの意図する交渉に応じる可能性は低い。②ロシアは核兵器使用の脅威を繰り返しているが、その現実性は薄く、ウクライナはロシア国内への攻撃を続け、軍事施設を破壊している。③クルスク攻勢はВооруженные силы Российской Федерации(ロシア連邦軍)の脆弱性を露呈させ、特に訓練不足の兵士の起用や装備の損耗が顕著である。④ウクライナは勝利する能力を示しているが、そのためには戦略的な勝利計画が必要である。⑤この戦争はロシア、中国、北朝鮮、イランなどの「権威主義軸」と西側の新たな冷戦を引き起こしており、ウクライナ支援は国際秩序の維持に不可欠であることを指摘している。
 
(2) America’s‘kryptonite’
https://sundayguardianlive.com/investigation/americas-kryptonite
The Sunday Guardian, September 8, 2024
By Grant Newsham, a retired U.S. Marine officer and former U.S. diplomat, a fellow at the Center for Security Policy and the Yorktown Institute
2024年9月8日、U.S. Marine Corps退役士官で米シンクタンクCenter for Security Policy and the Yorktown Instituteの研究員Grant Newshamは、インドのニュース紙The Sunday Guardianに“America’s‘kryptonite’”と題する論説を寄稿した。その中でGrant Newshamは、米国は依然として世界最強の軍事力を持っているものの、「グレーゾーン」という言葉への対応が麻痺しているとされているが、特に中国の南シナ海での行動やフィリピンへの攻撃はその典型的な例であり、中国は軍事行動を「グレーゾーン」として分類し、米国の反応を抑制してきたとした上で、中国はこのグレーゾーン戦術を利用し、実質的に南シナ海を支配下に置き、米国の同盟国であるフィリピンや日本の安全を脅かしていると指摘している。そしてGrant Newshamは、軍事以外でも、中国はフェンタニルを用いた薬物戦争やサイバー攻撃を展開し、米国に多大な損害を与えているにもかかわらず、米国はほとんど反応を示していないが、このグレーゾーン戦術に対処するためには、米国は中国の行動を「違法で攻撃的な行為」として明確に位置づけ、より強力な制裁や行動を採るべきであり、危険性を恐れずに中国に対抗し、たとえば人民元の国際金融システムからの排除や技術輸出の全面禁止など、実効的な対抗策を講じるべきだと主張している。​
 
(3) DMO and the Firepower Revolution: Evolving the Carrier and Surface Force Relationship
https://cimsec.org/dmo-and-the-firepower-revolution-evolving-the-carrier-and-surface-force-relationship/
Center for International Maritime Security, September 9, 2024
By Captain R. Robinson “Robby” Harris commanded USS Conolly (DD-979) and Destroyer Squadron 32
2024年9月9日、U.S. Navyの駆逐艦「コノリー」艦長などの経歴を持つ Robinson“Robby” Harris海軍大佐は、米シンクタンクCenter for International Maritime Security (CIMSEC)のウエブサイトに“DMO and the Firepower Revolution: Evolving the Carrier and Surface Force Relationship”と題する論説を寄稿した。その中でRobinson Harris大佐は、2024年にU.S. Navyは攻撃力の大きな改革期を迎えており、従来の空母打撃群と水上艦艇部隊との関係を再考する必要があるが、新型長距離対艦ミサイルの導入により、水上艦艇部隊は対水上艦戦において重要な役割を担う可能性が高まっており、これにより、空母は支援的な役割に移行し、艦載機は情報支援や目標の補足・修正といった新たな任務を果たすことになると解説している。そしてRobinson Harris大佐は、F-35などの第5世代戦闘機が対艦ミサイルの効率的な運用を支援し、艦隊全体の攻撃力を高めることにより、空母と水上艦の関係は従来の防御的な支援から攻撃的な役割へと進化し、艦載機は戦場全体での情報優位を確保する役割を担うことになるとした上で、最終的には、U.S. Navyがこの攻撃力革命をどのように活用し、艦隊全体の戦闘力を最大限に引き出すかが重要であり、空母と水上艦の新たな役割分担が求められていると主張している。
 
(4) South China Sea: why Beijing takes a low-key approach to Vietnam but not the Philippines
https://www.scmp.com/news/china/diplomacy/article/3276905/south-china-sea-why-beijing-takes-low-key-approach-vietnam-not-philippines
South China Morning Post, September 10, 2024
2024年9月10日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“South China Sea: why Beijing takes a low-key approach to Vietnam but not the Philippines”と題する記事を掲載し、各識者の見解が紹介されている。その中で、①南沙諸島でのベトナムの埋め立てに対する中国の反応は、現時点では静かであり、中国政府がフィリピンに対してますます積極的になっているのとは対照的である。②2021年以降、ベトナムが支配する島々や岩礁周辺の埋め立てがかつてないペースと規模で進められている。③8月、ベトナムの新指導者To Lamが中国を訪問した際、双方は「友好的な協議」を通じて紛争の解決を図ることで合意した。④フィリピンがより「従順」であれば、中国はベトナムの活動にもっと注意を払っていたかもしれない。⑤他の国々とは異なり、ベトナムは地域外の勢力と結託することを控えめにしてきた。⑥中国政府は他の南シナ海の権利主張国がフィリピンに追随するのを阻止したいのかもしれない。⑦中国がフィリピンとベトナムに同時に厳しい取り組みを採ることは、資源に負担をかけ、手に負えない段階の危険性になりかねない。⑧ベトナムが1970年代から1980年代にかけて支配してきた地勢に形成しているのに対し、中国政府はマニラの取り組みを以前は無人だった地勢や中国の支配下にあった地勢を奪おうとしていると見ている。⑨中国政府はフィリピン政府の行動を「南シナ海行動宣言」に沿っていないと考えているかもしれない。⑩中国政府の取り組みの鍵は「分割統治戦術」であり、権利主張国間の集団的な抵抗を阻止したい。⑪より実質的な軍事力がこれらのベトナムの地勢に定期的に配備されるようになれば、中国政府からの厳しい措置が将来的に排除されることはないといった主張が述べられている。