海洋安全保障情報旬報 2024年1月11日-1月20日
Contents
1月8日「問題水域での石油輸送―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, January 18, 2024)
1月8日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、同Instituteの上席研究員David Urenの” Shipping oil through troubled waters”と題する論説を掲載し、ここでDavid Urenは、紅海を航行する船舶に対するロケット攻撃は原油市場にほとんど影響を及ぼしていないが、ガザ紛争がイランを巻き込んだ地域戦争に発展し、ペルシャ湾を脅かすことになれば、各国政府は危機管理を見直すことになるかもしれないとして、要旨以下のように述べている。
(1) ウクライナ戦争の影響で、紅海を経由する石油輸送量は過去2年間で80%急増したにもかかわらず、紅海の海運に対する攻撃は石油価格にほとんど影響を与えていない。過去2年間、石油市場は細分化され、ロシアは主に中国とインドに供給し、ヨーロッパにはロシアに代わって中東と米国が供給するようになった。スエズ運河を南下するロシアの石油は、2020年の日量約70万バレルから2023年前半には360万バレルに増加した。一方で、スエズ運河を北上する中東産原油の流量は、同期間に日量200万バレルから350万バレルに増加した。合計すると、2023年上半期に紅海を往復した石油タンカーは1日約920万バレルで、2021年の1日510万バレルから大きく増加している。一方で原油価格にはほとんど動きがない。ブレント原油の指標価格は、11月初めには1バレル81.63米ドルだったが、ここ2ヵ月はほとんど80米ドルを下回っている。
(2) 11月以降、イエメンを拠点とするフーシ派武装勢力が、紅海の南側入り口である幅25kmのバブ・エル・マンデブ海峡を通過する船舶を攻撃し始めたことにより、石油タンカーのアフリカ南部への迂回が見られるようになった。しかし、石油タンカー事業は、膨大な数の運航会社による激しい競争下にあり、上位30社が半分弱を支配している。タンカー運航会社は、保険料とアフリカ南部を航行することで航海日数が増えることなどを比較検討し、航路を決めている。船舶追跡サービスMari-Traceによる評価では、12月に紅海南部とアデン湾で1日平均76隻の石油タンカーが確認されたが、これは今年最初の11ヶ月の平均よりわずか3隻少ないだけであった。
(3) 石油業界は、世界的な供給にとって紅海よりも重要なペルシャ湾において、これまで何度も攻撃を受けながらも原油輸送を続けてきた。紅海は通過するだけの航路であるが、ペルシャ湾は1日約2,100万バレルの石油を供給する国々があり、さらに船舶は幅40kmの脆弱なホルムズ海峡を通峡しなければならない。1984年から1988年にかけてのイラク・イラン戦争は、石油タンカーを巻き込み、239隻が攻撃され、55隻が沈没したが、ペルシャ湾から世界市場への石油供給の途絶は2%未満であった。石油タンカーは船体が巨大なため一般貨物船やばら積み船、軍艦などよりもミサイル被弾に対して強かったのである。
(4) ドイツ金融保険会社Allianzの分析によると、超大型石油タンカーは200万バレルの原油を運び、2019年には1億3,500万米ドルの価値があった。船齢5年の船体価格は約7,000万ドルであった。追加の戦争保険は船体価格の0.2%から0.5%で、140,000ドルから350,000ドルとなる。これは貨物価値の0.1%から0.25%に過ぎず、原油の供給側や顧客が容易に吸収できる金額である。Mari-Traceによると、バブ・エル・マンデブ海峡と南紅海の船舶の保険料は、12月上旬の船体価格の0.07%から、1月上旬には0.5%から0.7%に上昇した。
(5) 石油市場が地政学的な好材料として知られるようになったのは、1973年のヨム・キプール戦争がきっかけである。OPECはイスラエルを支援する国々への石油供給を約半年にわたって禁輸したため、石油価格は3倍の1バレル60米ドルに上昇し、世界的なインフレを引き起こした。1979年のイラン革命により、石油価格は150米ドルまで急上昇したが、その後6年間で、ゆっくりと下落していった。それ以来、地政学的な出来事が原油市場に与える影響はほとんどなくなった。1990年にイラクがクウェートに侵攻した際には、数カ月という短期間の急騰があったが、2001年の9.11同時多発テロや2019年のホルムズ海峡での船舶攻撃に原油市場はまったく反応しなかった。原油価格は2022年のロシアのウクライナ侵攻には反応し、3月には一時1バレル129米ドルに達したが、昨年8月には100米ドルを割り込み、それ以降は平均83米ドル程度となっている。
(6) 地政学的な出来事に対する石油市場の感応度が低下しているのは、米国の石油生産量が2010年の日量500万バレルから2023年末には1,300万バレルへと大幅に増加したこともある。これにより、米国は中東産原油への依存をほぼ解消し、輸出国に転じた。米国が供給側になることで、欧州がロシア産原油の購入を削減した影響を最小限に抑えることができた。また、米国経済が中東の不安定な情勢に反応しなくなったことも大きい。世界経済も石油への依存度が低くなっており、エネルギー供給全体に占める石油の割合は、1973年の約50%から現在は30%に低下している。
(7) 今のところ、船舶へのロケット攻撃は市場にほとんど影響を及ぼしていない。ガザ紛争がイランを巻き込んだ地域戦争に発展し、ペルシャ湾を脅かすことになれば、各国政府は1973年の危機管理を見直すことになるかもしれない。
記事参照:Shipping oil through troubled waters
(1) ウクライナ戦争の影響で、紅海を経由する石油輸送量は過去2年間で80%急増したにもかかわらず、紅海の海運に対する攻撃は石油価格にほとんど影響を与えていない。過去2年間、石油市場は細分化され、ロシアは主に中国とインドに供給し、ヨーロッパにはロシアに代わって中東と米国が供給するようになった。スエズ運河を南下するロシアの石油は、2020年の日量約70万バレルから2023年前半には360万バレルに増加した。一方で、スエズ運河を北上する中東産原油の流量は、同期間に日量200万バレルから350万バレルに増加した。合計すると、2023年上半期に紅海を往復した石油タンカーは1日約920万バレルで、2021年の1日510万バレルから大きく増加している。一方で原油価格にはほとんど動きがない。ブレント原油の指標価格は、11月初めには1バレル81.63米ドルだったが、ここ2ヵ月はほとんど80米ドルを下回っている。
(2) 11月以降、イエメンを拠点とするフーシ派武装勢力が、紅海の南側入り口である幅25kmのバブ・エル・マンデブ海峡を通過する船舶を攻撃し始めたことにより、石油タンカーのアフリカ南部への迂回が見られるようになった。しかし、石油タンカー事業は、膨大な数の運航会社による激しい競争下にあり、上位30社が半分弱を支配している。タンカー運航会社は、保険料とアフリカ南部を航行することで航海日数が増えることなどを比較検討し、航路を決めている。船舶追跡サービスMari-Traceによる評価では、12月に紅海南部とアデン湾で1日平均76隻の石油タンカーが確認されたが、これは今年最初の11ヶ月の平均よりわずか3隻少ないだけであった。
(3) 石油業界は、世界的な供給にとって紅海よりも重要なペルシャ湾において、これまで何度も攻撃を受けながらも原油輸送を続けてきた。紅海は通過するだけの航路であるが、ペルシャ湾は1日約2,100万バレルの石油を供給する国々があり、さらに船舶は幅40kmの脆弱なホルムズ海峡を通峡しなければならない。1984年から1988年にかけてのイラク・イラン戦争は、石油タンカーを巻き込み、239隻が攻撃され、55隻が沈没したが、ペルシャ湾から世界市場への石油供給の途絶は2%未満であった。石油タンカーは船体が巨大なため一般貨物船やばら積み船、軍艦などよりもミサイル被弾に対して強かったのである。
(4) ドイツ金融保険会社Allianzの分析によると、超大型石油タンカーは200万バレルの原油を運び、2019年には1億3,500万米ドルの価値があった。船齢5年の船体価格は約7,000万ドルであった。追加の戦争保険は船体価格の0.2%から0.5%で、140,000ドルから350,000ドルとなる。これは貨物価値の0.1%から0.25%に過ぎず、原油の供給側や顧客が容易に吸収できる金額である。Mari-Traceによると、バブ・エル・マンデブ海峡と南紅海の船舶の保険料は、12月上旬の船体価格の0.07%から、1月上旬には0.5%から0.7%に上昇した。
(5) 石油市場が地政学的な好材料として知られるようになったのは、1973年のヨム・キプール戦争がきっかけである。OPECはイスラエルを支援する国々への石油供給を約半年にわたって禁輸したため、石油価格は3倍の1バレル60米ドルに上昇し、世界的なインフレを引き起こした。1979年のイラン革命により、石油価格は150米ドルまで急上昇したが、その後6年間で、ゆっくりと下落していった。それ以来、地政学的な出来事が原油市場に与える影響はほとんどなくなった。1990年にイラクがクウェートに侵攻した際には、数カ月という短期間の急騰があったが、2001年の9.11同時多発テロや2019年のホルムズ海峡での船舶攻撃に原油市場はまったく反応しなかった。原油価格は2022年のロシアのウクライナ侵攻には反応し、3月には一時1バレル129米ドルに達したが、昨年8月には100米ドルを割り込み、それ以降は平均83米ドル程度となっている。
(6) 地政学的な出来事に対する石油市場の感応度が低下しているのは、米国の石油生産量が2010年の日量500万バレルから2023年末には1,300万バレルへと大幅に増加したこともある。これにより、米国は中東産原油への依存をほぼ解消し、輸出国に転じた。米国が供給側になることで、欧州がロシア産原油の購入を削減した影響を最小限に抑えることができた。また、米国経済が中東の不安定な情勢に反応しなくなったことも大きい。世界経済も石油への依存度が低くなっており、エネルギー供給全体に占める石油の割合は、1973年の約50%から現在は30%に低下している。
(7) 今のところ、船舶へのロケット攻撃は市場にほとんど影響を及ぼしていない。ガザ紛争がイランを巻き込んだ地域戦争に発展し、ペルシャ湾を脅かすことになれば、各国政府は1973年の危機管理を見直すことになるかもしれない。
記事参照:Shipping oil through troubled waters
1月12日「米国はアジアの同盟国の海軍力を必要としている―韓国専門家論説」(War on the Rocks, January 12, 2024)
1月12日付の米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockは、韓国Asan Institute for Policy Studies所長Choi Kangおよび同Institute研究員Peter K. Leeの” WHY U.S. NAVAL POWER NEEDS ASIAN ALLIES”と題する論説を掲載し、ここで両氏は米国が中国に対する艦艇建造に関わるジレンマを解決するには、インド太平洋の同盟国や友好国の未開発の潜在力を活用すべきで、韓国のような同盟国の造船分野への支援を歓迎すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国は現在、世界最多の海軍艦艇を保有しており、その数は米国の291隻に対し、370隻以上である。そして今後10年で435隻まで増加すると予想されている。一方でU.S. Navyの規模に変化はないだろう。中国は、ほとんどの艦艇を西太平洋に置き、ここで非対称的な軍事的優位を保っている。米国は中国に対抗する目的で、同盟国や友好国とともに海軍の建艦や保守整備に集団的な取り組みを取り入れることには消極的なようである。数十年来の保護主義的な法律と技術移転の制限が、同盟国との有意義な産業協力を制限し続けている。米国がこの艦艇建造に係わるジレンマを解決するかどうか、またどのように解決するかによって、米中の海軍競争、ひいてはインド太平洋における米国の将来が決まるだろう。
(2) これまで造船は、国力の要の1つとされ、ヨーロッパの帝国主義国家は、船で力の均衡を測っていた。そして、鉄鋼生産、港湾施設、産業労働力、技術特許などはすべて、国力と密接に結びついていた。米国は第2次世界大戦で勝利し、世界の「民主主義の兵器庫」となり、冷戦期を通じて航行と海上輸送の自由を確保してきた。そして、兵力投射とオフショア・バランシング*が、優れた艦隊によって可能となった米国の戦略的優位性の特徴である。
(3) 中国は自国の商業・防衛産業基盤を活用することで、海軍大国への道をたどっている。海軍の建艦事業は、活気ある商業造船部門があって初めて可能となる。しかし、U.S. Department of Defenseが計画している355隻の海軍艦船は、韓国、日本、中国といった世界の造船大国に比べて、能力が著しく低い国内の造船業界に頼らざるを得ない。北東アジアは、商業造船の世界受注量の95%を占め、2022年の中国の受注は1794隻(50.3%)、韓国は734隻(29%)、日本は587隻(15.1%)、ヨーロッパは319隻であった。一方、米国が2022年に建造した新造船はわずか5隻である。
(4) 造船市場の支配は国家安全保障に影響を及ぼす。たとえば、U.S. Armed Forceが運用している10隻の商業タンカーのうち3隻、ばら積船12隻のうち7隻は中国製である。それはまた、強力な商業造船部門が存在しないため、艦艇建造に必要な熟練労働力が不足していることを意味する。海軍と商業船舶を建造する主要造船所が1つしかない米国とは異なり、中国の造船所の多くは、労働力の相乗効果を確保するために地理的に併設されている。中国は20年足らずの間に、この商業造船能力の急速な伸びにより海軍を世界最大へと押し上げた。
(5) 米国は造船の面で中国に対応しようとしている。議会は、造船所の能力向上、労働力の拡大、ブロック購入や複数年にわたる艦船の調達を許可する一連の法案を制定した。国防関連企業や商船会社は、無人船、自律航行、人工知能、ロボット工学など、中国の数的優位に打ち勝つのに役立つ新技術を紹介している。U.S. Navyはこれらの技術の移行を受け入れ、たとえば2045年までに大小150隻以上の無人艦艇を実戦配備する計画を進めている。しかし、こうした努力だけでは中国との差を埋めることはできないだろう。
(6) 米国の不十分な造船能力を補うには、同盟国との協力が不可欠であるが、米国は依然として変化に抵抗している。例えば、ジョーンズ法として知られる1920年商船法は、海外で建造された船舶を取得することをほとんど不可能にしている。米国内で建造され、当該船舶の所有権の75%以上を米国が保有し、乗組員の75%以上が米国人である船舶だけが、米国内の主要航路を航行し、港を利用することができる。このような制限にもかかわらず、米国の商業造船所は長い間、設計作業、鋼鉄メッキ、エンジン、プロペラ、さらには契約労働者などの分野で、ジョーンズ法適用船舶の建造を支援するために外国を頼ってきた。また、1933年に制定されたバイ・アメリカン法は、連邦政府に国産製品の購入を義務付けた大恐慌時代の措置であるが、現代の米国国防調達システムを規制し続けている。Joe Biden大統領が就任第1週目に署名した大統領令は、2029年までに「国産比率の基準」を55%から75%に引き上げるものである。最近の国防費法案の上院修正案では、さらに2033年までにU.S. Navyの艦艇の100%を国産化することが求められている。国際武器取引規則を含む米国の防衛輸出管理体制は、同盟国における最先端の防衛研究との交流をさらに妨げている。
(7) 米国は、中国に対する艦艇建造に係わるジレンマを自力で解決することはできないだろう。中国が自国の商業・海軍造船産業を活用したように、米国もインド太平洋の同盟国や友好国の未開発の潜在力を十分に活用すべきで、次の3つの取り組みは検討に値する。
a.集団的造船に関する野心的な新しい着想を同盟国間で検討すべき。
b.保守整備の多くをインド太平洋の同盟国の造船所で行うことにより、米国の造船所は自国の建造目標の達成に集中できる。c.米国は同盟国との造船協力において、新技術と先端製造に焦点を当てた未来志向の展望を採用すべき。
(8)これらの取り組みは、米国と同盟国の協力への取り組み方を大きく変えることなしには不可能である。しかし、ジョーンズ法や同様の法律を廃止したり、修正したりすることは容易ではない。つまり同盟国は、政府、産業界、特に議会における米国の利害関係者の懸念に対処する準備も整え、併せて、より高い防衛産業協力基準を守るための信頼性と準備態勢を示す必要がある。造船は、韓国のような同盟国がインド太平洋の海洋安全保障を守るために貢献できる分野の1つであり、米国はその支援を歓迎すべきである。
記事参照:WHY U.S. NAVAL POWER NEEDS ASIAN ALLIES
*:Texas A&M University国際関係論教授Christopher Layneは、「『オフショア・バランシング』とは、米国 自らは自己抑制することにより、従前の米国が担当していた同盟国等の安全保障に係る負担を、各国と分担(Burden Sharing)するのではなく、各国に移動 (Burden Shifting)することを企図した戦略」としている。
詳細はChristopher Layne, The Peace of Illusions: American Grand Strategy from 1940 to the Present ,Ithaca, N.Y.; Cornell University Press, 2006, p.160,169.を参照されたい。
(1) 中国は現在、世界最多の海軍艦艇を保有しており、その数は米国の291隻に対し、370隻以上である。そして今後10年で435隻まで増加すると予想されている。一方でU.S. Navyの規模に変化はないだろう。中国は、ほとんどの艦艇を西太平洋に置き、ここで非対称的な軍事的優位を保っている。米国は中国に対抗する目的で、同盟国や友好国とともに海軍の建艦や保守整備に集団的な取り組みを取り入れることには消極的なようである。数十年来の保護主義的な法律と技術移転の制限が、同盟国との有意義な産業協力を制限し続けている。米国がこの艦艇建造に係わるジレンマを解決するかどうか、またどのように解決するかによって、米中の海軍競争、ひいてはインド太平洋における米国の将来が決まるだろう。
(2) これまで造船は、国力の要の1つとされ、ヨーロッパの帝国主義国家は、船で力の均衡を測っていた。そして、鉄鋼生産、港湾施設、産業労働力、技術特許などはすべて、国力と密接に結びついていた。米国は第2次世界大戦で勝利し、世界の「民主主義の兵器庫」となり、冷戦期を通じて航行と海上輸送の自由を確保してきた。そして、兵力投射とオフショア・バランシング*が、優れた艦隊によって可能となった米国の戦略的優位性の特徴である。
(3) 中国は自国の商業・防衛産業基盤を活用することで、海軍大国への道をたどっている。海軍の建艦事業は、活気ある商業造船部門があって初めて可能となる。しかし、U.S. Department of Defenseが計画している355隻の海軍艦船は、韓国、日本、中国といった世界の造船大国に比べて、能力が著しく低い国内の造船業界に頼らざるを得ない。北東アジアは、商業造船の世界受注量の95%を占め、2022年の中国の受注は1794隻(50.3%)、韓国は734隻(29%)、日本は587隻(15.1%)、ヨーロッパは319隻であった。一方、米国が2022年に建造した新造船はわずか5隻である。
(4) 造船市場の支配は国家安全保障に影響を及ぼす。たとえば、U.S. Armed Forceが運用している10隻の商業タンカーのうち3隻、ばら積船12隻のうち7隻は中国製である。それはまた、強力な商業造船部門が存在しないため、艦艇建造に必要な熟練労働力が不足していることを意味する。海軍と商業船舶を建造する主要造船所が1つしかない米国とは異なり、中国の造船所の多くは、労働力の相乗効果を確保するために地理的に併設されている。中国は20年足らずの間に、この商業造船能力の急速な伸びにより海軍を世界最大へと押し上げた。
(5) 米国は造船の面で中国に対応しようとしている。議会は、造船所の能力向上、労働力の拡大、ブロック購入や複数年にわたる艦船の調達を許可する一連の法案を制定した。国防関連企業や商船会社は、無人船、自律航行、人工知能、ロボット工学など、中国の数的優位に打ち勝つのに役立つ新技術を紹介している。U.S. Navyはこれらの技術の移行を受け入れ、たとえば2045年までに大小150隻以上の無人艦艇を実戦配備する計画を進めている。しかし、こうした努力だけでは中国との差を埋めることはできないだろう。
(6) 米国の不十分な造船能力を補うには、同盟国との協力が不可欠であるが、米国は依然として変化に抵抗している。例えば、ジョーンズ法として知られる1920年商船法は、海外で建造された船舶を取得することをほとんど不可能にしている。米国内で建造され、当該船舶の所有権の75%以上を米国が保有し、乗組員の75%以上が米国人である船舶だけが、米国内の主要航路を航行し、港を利用することができる。このような制限にもかかわらず、米国の商業造船所は長い間、設計作業、鋼鉄メッキ、エンジン、プロペラ、さらには契約労働者などの分野で、ジョーンズ法適用船舶の建造を支援するために外国を頼ってきた。また、1933年に制定されたバイ・アメリカン法は、連邦政府に国産製品の購入を義務付けた大恐慌時代の措置であるが、現代の米国国防調達システムを規制し続けている。Joe Biden大統領が就任第1週目に署名した大統領令は、2029年までに「国産比率の基準」を55%から75%に引き上げるものである。最近の国防費法案の上院修正案では、さらに2033年までにU.S. Navyの艦艇の100%を国産化することが求められている。国際武器取引規則を含む米国の防衛輸出管理体制は、同盟国における最先端の防衛研究との交流をさらに妨げている。
(7) 米国は、中国に対する艦艇建造に係わるジレンマを自力で解決することはできないだろう。中国が自国の商業・海軍造船産業を活用したように、米国もインド太平洋の同盟国や友好国の未開発の潜在力を十分に活用すべきで、次の3つの取り組みは検討に値する。
a.集団的造船に関する野心的な新しい着想を同盟国間で検討すべき。
b.保守整備の多くをインド太平洋の同盟国の造船所で行うことにより、米国の造船所は自国の建造目標の達成に集中できる。c.米国は同盟国との造船協力において、新技術と先端製造に焦点を当てた未来志向の展望を採用すべき。
(8)これらの取り組みは、米国と同盟国の協力への取り組み方を大きく変えることなしには不可能である。しかし、ジョーンズ法や同様の法律を廃止したり、修正したりすることは容易ではない。つまり同盟国は、政府、産業界、特に議会における米国の利害関係者の懸念に対処する準備も整え、併せて、より高い防衛産業協力基準を守るための信頼性と準備態勢を示す必要がある。造船は、韓国のような同盟国がインド太平洋の海洋安全保障を守るために貢献できる分野の1つであり、米国はその支援を歓迎すべきである。
記事参照:WHY U.S. NAVAL POWER NEEDS ASIAN ALLIES
*:Texas A&M University国際関係論教授Christopher Layneは、「『オフショア・バランシング』とは、米国 自らは自己抑制することにより、従前の米国が担当していた同盟国等の安全保障に係る負担を、各国と分担(Burden Sharing)するのではなく、各国に移動 (Burden Shifting)することを企図した戦略」としている。
詳細はChristopher Layne, The Peace of Illusions: American Grand Strategy from 1940 to the Present ,Ithaca, N.Y.; Cornell University Press, 2006, p.160,169.を参照されたい。
1月12日「北極圏におけるロシア軍はウクライナ戦争で弱体化しているが、依然として脅威である―ノルウェー紙報道」(High North News, January 12, 2024)
1月12日付のノルウェー国立NORD UniversityのHIGH NORTH CENTERが発行するHigh North Newsの電子版は、ノルウェーのジャーナリストでNord University Business SchoolのアドバイザーAstri Edvardsen の“Russia’s Forces in the High North: Weakened by the War, Yet Still A Multidomain Threat”と題する記事を掲載し、専門家の意見を紹介しつつ、北極圏におけるВооруженные силы Российской Федерации( Armed Forces of the Russian Federation:以下、ロシア軍と言う)は、陸軍の約8割がウクライナとの戦争に動員され、大きな被害を被っているが、海軍と空軍はほぼ無傷であり、北極圏の空軍基地は戦略爆撃機の分散のための基地となり、海軍は多数の潜水艦を保有するとともに原子力推進の水中無人機などの新たな兵器開発を継続しており、引き続き欧州にとって大きな脅威であり、注意深く監視していななければならないとして、要旨以下のように報じている。
(1) Norwegian Institute for Defence StudiesのKatarzyna Zysk教授はHigh North News に「2023年、ロシアのСеверный флот(Northern Fleet:以下、北方艦隊と言う)は、公開情報から評価できる範囲で、おおむね通常の活動状況を維持しており、2023年の1年間、ロシアの軍事力と北朝鮮の内外での活動について、特に2つのことに気づいた。第1は、ウクライナとの戦争は、北極圏のロシア軍に著しく深刻な影響を及ぼしていることである。Сухопутные войска(Ground Forces of the Russian Federation、ロシア陸軍)の約80%がウクライナの前線に派遣され、甚大な損失を被っており、物資面でも大きな損失が出ている。これを再建するには数年はかかるであろう。第2は、北極圏はロシアのウクライナに対する空爆において注目すべき役割を果たしている。つまり、ロシアは戦略爆撃機を北極圏の基地に分散させて残存性を高めている。これはウクライナの無人機による航空機攻撃を避けるためである」と述べている。
(2) Katarzyna Zyskは、無傷の海軍と空軍を擁するロシアの北方艦隊は、その中核的な任務を遂行する能力があると考えている。特に、ロシアの核抑止力と第2撃能力の中核をなす戦略潜水艦の防護に言及している。Katarzyna Zyskは、「北極圏に配備されたロシアの長距離精密兵器は、欧州の標的や北大西洋の通商路に対する脅威であり続けている。北極圏に、ロシアは軍事的にも技術的にも優位なNATOに対する非対称戦争の中心的な資産も持っている。たとえば、水中偵察兵器、電子戦兵器、対衛星兵器などである。これら兵器は、軍事施設、通信システムおよび主要な経済的、政治的、象徴的な意味を持つ重要な基幹施設攻撃に使用できる。その目的は、ロシアがウクライナで行おうとしているように、相手の基本的な統治機能と社会的機能、そして戦う意志を損なうことである。その文脈で重要なのは、Военно-морской флот Российской Федерации(Military Maritime Fleet of the Russian Federation、以下、ロシア海軍と言う)に所属し、主に北極圏において活動する Главное управление глубоководных исследований(Main Directorate of Deep-Sea Research、深海研究総局GUGI)によって開発された攻撃能力である」と説明している。
(3) Katarzyna Zyskは、「また、ロシアは原子力推進のポセイドン水中無人機(以下、UUVと言う)など、いくつかの新兵器計画を開発している。ロシアの防衛産業は、無人潜水機を含むいくつかの新技術を核任務に統合して開発し続けている。ポセイドンUUVは、放射性津波を発生させることで、海上、都市、港湾、その他の基幹施設における価値の高い標的を破壊するために開発されている可能性が高い。ウクライナの戦場では大きな困難に直面しており、国内では大きな経済的障害があるにもかかわらず、ロシアは原子力巡航ミサイル「ブレベストニク」など他の新しい構想にも引き続き取り組んでいる。これらのことは、新兵器の重要な実験台としての北極圏の伝統的な役割を浮き彫りにしている」と述べたている。
(4) Putin大統領は2023年12月末に、間もなく新しいフリゲート「アドミラル・ゴロフコ」が北方艦隊に加わると述べている。Министерство обороны Российской Федерации(Ministry of Defence of the Russian Federation、ロシア国防省)によると、2024年には、ヤーセンM級巡航ミサイル搭載原子力潜水艦の最新鋭艦「アルハンゲリスク」も北方艦隊に配備される予定である。Putin大統領は2023年12月初めにSevmash shipyard(セヴマシュ造船所)を視察した際に「我々は間違いなく、潜水艦と水上艦艇の建造計画のすべてを実現するだろう。ロシア海軍の戦闘準備を量的に強化し、重要な戦略的地域である北極海、極東、黒海、バルト海、カスピ海における海洋戦力を向上させる」と述べた。
(5) 2022年3月には、NATOの同盟国と提携国14ヵ国から2万人以上の兵士が集まり、主にノルウェー、フィンランド、スウェーデンの北部で行われる「ノルディック・レスポンス」演習が開始される予定である。Katarzyna Zysk は、演習期間中のロシアの活動について「おおむね以前と変わらないであろう。ロシアは、この演習を綿密に追随し、特に国内の聴衆に向けられた反欧米プロパガンダを煽るために、この演習を利用しようとするだろう。いくつかの批判的な公式声明が出るかもしれないが、そのような出来事の際のロシア側の通常の声明以上のものはないであろう。しかし、これは、ロシアと西側諸国との関係や、ロシア国内の政治的安定をさらに悪化させるような特別なことは何も起こらないことが条件である」と述べている。演習に対するロシアの反応について、Katarzyna Zysk は「ロシア当局が、反欧米の言説をさらに強化するためのプロパガンダ目的で利用する可能性はあるが、その理由は見当たらない。ロシア自身も2007年以降、組織的に規模を拡大し、この地域での演習や訓練の数を増やしてきた」と指摘している。
(6) 北極圏での軍事活動の活発化は、誤解や事故による意図しない事態の拡大の危険性があり、特にそれは人員不足が原因となるであろう。Katarzyna Zysk は「この危険性は2023年よりも大幅に高くなっているようには見えない」としている。Katarzyna Zysk は「ノルウェーとロシアは、誤解や意図しない事態の拡大を防ぐために、Forsvarets operative hovedkvarte(Norwegian Joint Headquarters、ノルウェー統合司令部)と北方艦隊の間にホットラインを維持している。不確実性の要素は、北方艦隊の人員状況と整備能力の方にあり、ロシア側が事故の一因となる可能性がある。これについて我々は注意深く観察する必要がある。2024年は北極圏におけるロシアの軍事活動のいくつかの側面に注意を払う必要がある。理解すべき最も重要な側面は、ロシアが核戦力と通常戦力の両方に関して、どの程度まで正常な活動を維持し、軍事活動の年間周期に従って実施することができるかということである。以下の点も監視することが不可欠である。ロシアは、北極圏で失われた陸軍の再建に投資するか?ロシアは軍の近代化と新兵器の実験を北極圏で続けることができるのか?2024年の国防予算の増額は、北極圏の戦略的状況に影響を与えるのか?そして、ロシアは、欧州北部のNATO拡大に対して、どのような軍事態勢で対応するのか?」と述べた。
(7) 北方艦隊の基地および駐屯地のほとんどはノルウェーとフィンランドとの国境に近いコラ半島にあり、過去10年から12年の間、ノヴァヤ・セムリャ群島、フランツ・ヨーゼフ・ランド、新シベリア諸島などの北極圏の軍事上の基幹施設を改修し、拡張し続けている。
記事参照:Russia’s Forces in the High North: Weakened by the War, Yet Still A Multidomain Threat
(1) Norwegian Institute for Defence StudiesのKatarzyna Zysk教授はHigh North News に「2023年、ロシアのСеверный флот(Northern Fleet:以下、北方艦隊と言う)は、公開情報から評価できる範囲で、おおむね通常の活動状況を維持しており、2023年の1年間、ロシアの軍事力と北朝鮮の内外での活動について、特に2つのことに気づいた。第1は、ウクライナとの戦争は、北極圏のロシア軍に著しく深刻な影響を及ぼしていることである。Сухопутные войска(Ground Forces of the Russian Federation、ロシア陸軍)の約80%がウクライナの前線に派遣され、甚大な損失を被っており、物資面でも大きな損失が出ている。これを再建するには数年はかかるであろう。第2は、北極圏はロシアのウクライナに対する空爆において注目すべき役割を果たしている。つまり、ロシアは戦略爆撃機を北極圏の基地に分散させて残存性を高めている。これはウクライナの無人機による航空機攻撃を避けるためである」と述べている。
(2) Katarzyna Zyskは、無傷の海軍と空軍を擁するロシアの北方艦隊は、その中核的な任務を遂行する能力があると考えている。特に、ロシアの核抑止力と第2撃能力の中核をなす戦略潜水艦の防護に言及している。Katarzyna Zyskは、「北極圏に配備されたロシアの長距離精密兵器は、欧州の標的や北大西洋の通商路に対する脅威であり続けている。北極圏に、ロシアは軍事的にも技術的にも優位なNATOに対する非対称戦争の中心的な資産も持っている。たとえば、水中偵察兵器、電子戦兵器、対衛星兵器などである。これら兵器は、軍事施設、通信システムおよび主要な経済的、政治的、象徴的な意味を持つ重要な基幹施設攻撃に使用できる。その目的は、ロシアがウクライナで行おうとしているように、相手の基本的な統治機能と社会的機能、そして戦う意志を損なうことである。その文脈で重要なのは、Военно-морской флот Российской Федерации(Military Maritime Fleet of the Russian Federation、以下、ロシア海軍と言う)に所属し、主に北極圏において活動する Главное управление глубоководных исследований(Main Directorate of Deep-Sea Research、深海研究総局GUGI)によって開発された攻撃能力である」と説明している。
(3) Katarzyna Zyskは、「また、ロシアは原子力推進のポセイドン水中無人機(以下、UUVと言う)など、いくつかの新兵器計画を開発している。ロシアの防衛産業は、無人潜水機を含むいくつかの新技術を核任務に統合して開発し続けている。ポセイドンUUVは、放射性津波を発生させることで、海上、都市、港湾、その他の基幹施設における価値の高い標的を破壊するために開発されている可能性が高い。ウクライナの戦場では大きな困難に直面しており、国内では大きな経済的障害があるにもかかわらず、ロシアは原子力巡航ミサイル「ブレベストニク」など他の新しい構想にも引き続き取り組んでいる。これらのことは、新兵器の重要な実験台としての北極圏の伝統的な役割を浮き彫りにしている」と述べたている。
(4) Putin大統領は2023年12月末に、間もなく新しいフリゲート「アドミラル・ゴロフコ」が北方艦隊に加わると述べている。Министерство обороны Российской Федерации(Ministry of Defence of the Russian Federation、ロシア国防省)によると、2024年には、ヤーセンM級巡航ミサイル搭載原子力潜水艦の最新鋭艦「アルハンゲリスク」も北方艦隊に配備される予定である。Putin大統領は2023年12月初めにSevmash shipyard(セヴマシュ造船所)を視察した際に「我々は間違いなく、潜水艦と水上艦艇の建造計画のすべてを実現するだろう。ロシア海軍の戦闘準備を量的に強化し、重要な戦略的地域である北極海、極東、黒海、バルト海、カスピ海における海洋戦力を向上させる」と述べた。
(5) 2022年3月には、NATOの同盟国と提携国14ヵ国から2万人以上の兵士が集まり、主にノルウェー、フィンランド、スウェーデンの北部で行われる「ノルディック・レスポンス」演習が開始される予定である。Katarzyna Zysk は、演習期間中のロシアの活動について「おおむね以前と変わらないであろう。ロシアは、この演習を綿密に追随し、特に国内の聴衆に向けられた反欧米プロパガンダを煽るために、この演習を利用しようとするだろう。いくつかの批判的な公式声明が出るかもしれないが、そのような出来事の際のロシア側の通常の声明以上のものはないであろう。しかし、これは、ロシアと西側諸国との関係や、ロシア国内の政治的安定をさらに悪化させるような特別なことは何も起こらないことが条件である」と述べている。演習に対するロシアの反応について、Katarzyna Zysk は「ロシア当局が、反欧米の言説をさらに強化するためのプロパガンダ目的で利用する可能性はあるが、その理由は見当たらない。ロシア自身も2007年以降、組織的に規模を拡大し、この地域での演習や訓練の数を増やしてきた」と指摘している。
(6) 北極圏での軍事活動の活発化は、誤解や事故による意図しない事態の拡大の危険性があり、特にそれは人員不足が原因となるであろう。Katarzyna Zysk は「この危険性は2023年よりも大幅に高くなっているようには見えない」としている。Katarzyna Zysk は「ノルウェーとロシアは、誤解や意図しない事態の拡大を防ぐために、Forsvarets operative hovedkvarte(Norwegian Joint Headquarters、ノルウェー統合司令部)と北方艦隊の間にホットラインを維持している。不確実性の要素は、北方艦隊の人員状況と整備能力の方にあり、ロシア側が事故の一因となる可能性がある。これについて我々は注意深く観察する必要がある。2024年は北極圏におけるロシアの軍事活動のいくつかの側面に注意を払う必要がある。理解すべき最も重要な側面は、ロシアが核戦力と通常戦力の両方に関して、どの程度まで正常な活動を維持し、軍事活動の年間周期に従って実施することができるかということである。以下の点も監視することが不可欠である。ロシアは、北極圏で失われた陸軍の再建に投資するか?ロシアは軍の近代化と新兵器の実験を北極圏で続けることができるのか?2024年の国防予算の増額は、北極圏の戦略的状況に影響を与えるのか?そして、ロシアは、欧州北部のNATO拡大に対して、どのような軍事態勢で対応するのか?」と述べた。
(7) 北方艦隊の基地および駐屯地のほとんどはノルウェーとフィンランドとの国境に近いコラ半島にあり、過去10年から12年の間、ノヴァヤ・セムリャ群島、フランツ・ヨーゼフ・ランド、新シベリア諸島などの北極圏の軍事上の基幹施設を改修し、拡張し続けている。
記事参照:Russia’s Forces in the High North: Weakened by the War, Yet Still A Multidomain Threat
1月12日付「西太平洋の安全保障:AUKUSの時代における将来の能力の構築―米専門家論説」(CSIS, January 12, 2024)
1月12日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies(CSIS)のウエブサイトは、CSISのInternational Security Program上席顧問Mark Cancian元U.S. Marine Corps Reserve大佐の‶Security in the Western Pacific: Building Future Capabilities in the Time of AUKUS ″と題する論説を掲載し、Mark CancianはNATOのような軍事同盟が存在しない西太平洋地域で中国の急激な海軍力増強に対処する上で、AUKUSの効果に大きな期待を寄せられるとした上で、特に中国の海軍力に比較した場合、米国および同盟国の潜水艦の数が不足していることを重大な脅威と認識し、潜水艦の数が回復する見込みの2040年代後半まで様々な技術革新、作戦支援体制の強化によって潜水艦の劣勢を埋める必要があるとして、要旨次のように述べている。
(1) 本報告は、防衛産業と政府が中国からの新たな挑戦に対処するため、将来必要な能力を見極める一助となることを目的としている。AUKUSは、この課題に立ち向かう上で大きな進展をもたらしたが、本報告での考察は、太平洋地域における米国の同盟国や提携国の全てを対象としている。戦略立案に携わる者は潜水艦の数を増やすよう求めているが、米国の潜水艦部隊は2040年代まで現在の規模を超えることはないであろう。この計画では、机上演習とウクライナ戦争を研究し、米国とその提携国が、この潜水艦勢力の劣勢をどう管理するべきかを特定する。
(2) 中国の挑戦に対して、何らかの行動が必要なことは明らかである。中国の軍事力増強はよく知られており、現在も継続中である。その艦隊は今やU.S. Navyを凌駕し、また、地上配備のミサイル戦力も膨大である。米国はこの地域に多くの提携国や同盟国を有するが、NATOのような統合機構が存在しないため中国の侵略に対抗する連合を2国間で構築しなければならない。それには米国の存在感と指導力が必要である。オーストラリア、英国、米国のAUKUSは、西太平洋における大きな進展を象徴する。協定の第1の柱は、オーストラリアの原子力潜水艦能力を開発し、オーストラリアにおける米国の潜水艦の配備を強化することである。第2の柱は、3ヵ国間で新しい技術の共有を目指すもので、本報告中の考察は、特に第2の柱に関するものである。
(3) 戦略に携わる者は、潜水艦の優れた隠密性と攻撃力から、中国との紛争において潜水艦が重要と見ている。彼らは、米国の潜水艦部隊の規模を現在の53隻に対し、66隻から78隻に増やす提案をしている。 しかし、1990年代の潜水艦建造の不足により米国の潜水艦部隊は、2020年代を通じて減少し、2030年には最低の46隻になる。その後、再建されて2030年代後半には現在の水準に戻るが、楽観的に見積もっても、潜水艦部隊が提言されている目標に達するのは、2040年代以降になると思われる。
(4) 今後数十年間にわたる潜水艦数の劣勢を埋めるために、米国と提携国は何をすべきか。中国による台湾侵攻、封鎖、台湾に対するグレーゾーンでの圧迫を想定した机上演習は、必要な能力を明らかにする。また、ウクライナ戦争に関する初期の評価は、さらなる考察の機会となる。
(5) 以下は、テーマ別の実施すべき項目である。短期的に利用可能なものもあれば、長期的に可能なものもある。すべてがうまくいくとは限らないが、その多くは中国の軍備増強との釣り合いを取り、抑止力を強化し、たとえ抑止が失敗した場合でも対処可能な戦闘力を強化する計画に発展する可能性がある。
a.既存の潜水艦の効率を高める
(a) 大型の無人潜水艇(以下、UUVと言う)は、中国の防衛圏内で自律的に行動できる。
(b) 中型UUVは、潜水艦個艦の作戦行動半径を延伸することができる。
(c) 潜水艦の整備能力を強化することで、運用可能な潜水艦の数を増やすことができる。
b.より多くの戦力をより効果的に投入する
(a) 展開可能な指揮・統制・通信・情報(C3I)をひとまとめにすることは、米軍が同盟国や提携国とより効果的に連携することを可能にする。
(b) 民間事業者の力を活用することにより、当該分野へ軍人を流用する必要がなくなり、連合軍の訓練を拡大することができる。
(c) 業者との運用契約は、広大な太平洋地域を包摂するために必要な兵站を提供する上で、限られた軍事兵站部隊を補完することができる。
c. 敵対的環境下での作戦計画
(a) 航空機基地の分散により中国の標的設定を複雑にする。
(b) 堅固な航空機掩体の建設により紛争時に大規模基地に残る航空機を保護することが
できる。
(c) 水上艦艇の防御力を強化することで、中国の防衛圏縦深部における作戦を可能にする。
(d) 台湾が伝統的および非対称的な能力を併せ持つ均衡の取れた兵力開発を行えるよう支援することで、グレーゾーンでの嫌がらせから侵略に至るまで、台湾が直面する様々な脅威に対する回避策となる。
(e) サイバー攻撃に対する抗堪性を高める努力の継続により、たとえサイバー攻撃の完全阻止ができなくても、そのような攻撃が作戦上または戦略上に影響を及ぼすことを防ぐのに役立つ。
(f) 通信と位置情報の支援システムは、電波妨害やGPSなりすまし(GPS spoofing)に対する回避策となる。
(g) 平時から備えておくことは、戦時において後方支援が多方面から求められる状況において、作戦遂行能力の強化することができる。
d.非従来型の脅威に対する回避策
(a) U.S. Navyが長らく軽視してきた対機雷戦能力を強化することで、古くから広く採用されてきた戦術から身を守ることができる。
(b) UAV(無人航空機)群、USV(無人水上艇)群に対する攻撃能力により、軍艦や民間艦船は、嫌がらせをする敵に対して殺傷力を行使することなく、作戦を継続することができる。
(c) UAS(無人航空機システム)は、中国の嫌がらせに対抗するめに使用することができる。
e.あらゆる形態の航空脅威に対する防御
(a) 巡航ミサイルや弾道ミサイルに対する防御を強化することで、拡大し、絶えず進化する脅威から部隊を守ることができる。
(b) 敵のUASに対抗するシステムの拡張と配備は、敵の偵察や攻撃から友軍を守ることができるが、航空機に対する防御システムは一般的にこの用途には高価すぎる。
f.防衛的であっても攻撃的に考える
(a) ジャミングと対C3Iの強化は、中国の戦力調整能力を混乱させる。
(b) USVは、有人艦艇の目標認知能力と到達範囲を拡大することができる。
(c) UASは、有人航空機には危険過ぎたり、長時間あるいは単調な任務を遂行できる。
(d) 超音速ミサイルは、価値が高く、防御の整った標的を攻撃することで、作戦に貢献できる。
(e) スタンドオフ機能を備えた機雷は、敷設艦艇、航空機への危険性を軽減しながら機雷原を構築できる。
(6) 本報告は、これらの兵器のうちどれを採用すべきかについて勧告するものではない。選択のためには、各機能のコスト、技術的成熟度、運用効率、政治的受容性を詳細に分析する必要がある。本報告は、最も有望なアプローチを明らかにし、産業界がどこに注目し、資源を集中させるべきかについてのシグナルを提供するために、多くの可能性を検討して前進することを推奨している。
記事参照:https://csis-website-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/2024-01/240112_Cancian_Western_Pacific.pdf?VersionId=yU9QO6UPkm7srGMT_IKRC3D.rto2S2oI
報告書全文(42頁)は以下を参照されたい。
“Security in the Western Pacific : Building Future Capability in the Time of AUKUS”
https://www.csis.org/analysis/security-western-pacific-building-future-capabilities-time-aukus
(1) 本報告は、防衛産業と政府が中国からの新たな挑戦に対処するため、将来必要な能力を見極める一助となることを目的としている。AUKUSは、この課題に立ち向かう上で大きな進展をもたらしたが、本報告での考察は、太平洋地域における米国の同盟国や提携国の全てを対象としている。戦略立案に携わる者は潜水艦の数を増やすよう求めているが、米国の潜水艦部隊は2040年代まで現在の規模を超えることはないであろう。この計画では、机上演習とウクライナ戦争を研究し、米国とその提携国が、この潜水艦勢力の劣勢をどう管理するべきかを特定する。
(2) 中国の挑戦に対して、何らかの行動が必要なことは明らかである。中国の軍事力増強はよく知られており、現在も継続中である。その艦隊は今やU.S. Navyを凌駕し、また、地上配備のミサイル戦力も膨大である。米国はこの地域に多くの提携国や同盟国を有するが、NATOのような統合機構が存在しないため中国の侵略に対抗する連合を2国間で構築しなければならない。それには米国の存在感と指導力が必要である。オーストラリア、英国、米国のAUKUSは、西太平洋における大きな進展を象徴する。協定の第1の柱は、オーストラリアの原子力潜水艦能力を開発し、オーストラリアにおける米国の潜水艦の配備を強化することである。第2の柱は、3ヵ国間で新しい技術の共有を目指すもので、本報告中の考察は、特に第2の柱に関するものである。
(3) 戦略に携わる者は、潜水艦の優れた隠密性と攻撃力から、中国との紛争において潜水艦が重要と見ている。彼らは、米国の潜水艦部隊の規模を現在の53隻に対し、66隻から78隻に増やす提案をしている。 しかし、1990年代の潜水艦建造の不足により米国の潜水艦部隊は、2020年代を通じて減少し、2030年には最低の46隻になる。その後、再建されて2030年代後半には現在の水準に戻るが、楽観的に見積もっても、潜水艦部隊が提言されている目標に達するのは、2040年代以降になると思われる。
(4) 今後数十年間にわたる潜水艦数の劣勢を埋めるために、米国と提携国は何をすべきか。中国による台湾侵攻、封鎖、台湾に対するグレーゾーンでの圧迫を想定した机上演習は、必要な能力を明らかにする。また、ウクライナ戦争に関する初期の評価は、さらなる考察の機会となる。
(5) 以下は、テーマ別の実施すべき項目である。短期的に利用可能なものもあれば、長期的に可能なものもある。すべてがうまくいくとは限らないが、その多くは中国の軍備増強との釣り合いを取り、抑止力を強化し、たとえ抑止が失敗した場合でも対処可能な戦闘力を強化する計画に発展する可能性がある。
a.既存の潜水艦の効率を高める
(a) 大型の無人潜水艇(以下、UUVと言う)は、中国の防衛圏内で自律的に行動できる。
(b) 中型UUVは、潜水艦個艦の作戦行動半径を延伸することができる。
(c) 潜水艦の整備能力を強化することで、運用可能な潜水艦の数を増やすことができる。
b.より多くの戦力をより効果的に投入する
(a) 展開可能な指揮・統制・通信・情報(C3I)をひとまとめにすることは、米軍が同盟国や提携国とより効果的に連携することを可能にする。
(b) 民間事業者の力を活用することにより、当該分野へ軍人を流用する必要がなくなり、連合軍の訓練を拡大することができる。
(c) 業者との運用契約は、広大な太平洋地域を包摂するために必要な兵站を提供する上で、限られた軍事兵站部隊を補完することができる。
c. 敵対的環境下での作戦計画
(a) 航空機基地の分散により中国の標的設定を複雑にする。
(b) 堅固な航空機掩体の建設により紛争時に大規模基地に残る航空機を保護することが
できる。
(c) 水上艦艇の防御力を強化することで、中国の防衛圏縦深部における作戦を可能にする。
(d) 台湾が伝統的および非対称的な能力を併せ持つ均衡の取れた兵力開発を行えるよう支援することで、グレーゾーンでの嫌がらせから侵略に至るまで、台湾が直面する様々な脅威に対する回避策となる。
(e) サイバー攻撃に対する抗堪性を高める努力の継続により、たとえサイバー攻撃の完全阻止ができなくても、そのような攻撃が作戦上または戦略上に影響を及ぼすことを防ぐのに役立つ。
(f) 通信と位置情報の支援システムは、電波妨害やGPSなりすまし(GPS spoofing)に対する回避策となる。
(g) 平時から備えておくことは、戦時において後方支援が多方面から求められる状況において、作戦遂行能力の強化することができる。
d.非従来型の脅威に対する回避策
(a) U.S. Navyが長らく軽視してきた対機雷戦能力を強化することで、古くから広く採用されてきた戦術から身を守ることができる。
(b) UAV(無人航空機)群、USV(無人水上艇)群に対する攻撃能力により、軍艦や民間艦船は、嫌がらせをする敵に対して殺傷力を行使することなく、作戦を継続することができる。
(c) UAS(無人航空機システム)は、中国の嫌がらせに対抗するめに使用することができる。
e.あらゆる形態の航空脅威に対する防御
(a) 巡航ミサイルや弾道ミサイルに対する防御を強化することで、拡大し、絶えず進化する脅威から部隊を守ることができる。
(b) 敵のUASに対抗するシステムの拡張と配備は、敵の偵察や攻撃から友軍を守ることができるが、航空機に対する防御システムは一般的にこの用途には高価すぎる。
f.防衛的であっても攻撃的に考える
(a) ジャミングと対C3Iの強化は、中国の戦力調整能力を混乱させる。
(b) USVは、有人艦艇の目標認知能力と到達範囲を拡大することができる。
(c) UASは、有人航空機には危険過ぎたり、長時間あるいは単調な任務を遂行できる。
(d) 超音速ミサイルは、価値が高く、防御の整った標的を攻撃することで、作戦に貢献できる。
(e) スタンドオフ機能を備えた機雷は、敷設艦艇、航空機への危険性を軽減しながら機雷原を構築できる。
(6) 本報告は、これらの兵器のうちどれを採用すべきかについて勧告するものではない。選択のためには、各機能のコスト、技術的成熟度、運用効率、政治的受容性を詳細に分析する必要がある。本報告は、最も有望なアプローチを明らかにし、産業界がどこに注目し、資源を集中させるべきかについてのシグナルを提供するために、多くの可能性を検討して前進することを推奨している。
記事参照:https://csis-website-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/2024-01/240112_Cancian_Western_Pacific.pdf?VersionId=yU9QO6UPkm7srGMT_IKRC3D.rto2S2oI
報告書全文(42頁)は以下を参照されたい。
“Security in the Western Pacific : Building Future Capability in the Time of AUKUS”
https://www.csis.org/analysis/security-western-pacific-building-future-capabilities-time-aukus
1月14日「南シナ海の海洋秩序の構築に向けて―中国専門家論説」(South China Sea Probing Initiative, January 14, 2024)
1月14日付の北京大学の南海戦略態勢感知計画のウエブサイトは、武漢大学中国辺界与海洋研究院の雷筱璐教授と中国南海研究院海洋法律与政策研究所の閻岩所長の “Philippines: Do not Upset the Apple Cart”と題する論説を寄稿し、両名は中国専門家の視点から、フィリピンを非難しながら、南シナ海の海洋秩序に向けた中国の論理を展開し、要旨以下のように述べている。
(1) ASEAN外相会議は2023年12月30日、「東南アジアの海洋領域における安定の維持と促進」と題する6項目の共同声明*を発表し、地域の海洋規範に関する地域諸国の立場と現時点での南シナ海情勢を明らかにした。地域の海洋規範は、中国とASEAN諸国の共通の利益、特に平和、安全、安全保障、安定および繁栄の利益を尊重し、保護すべきである。共同声明は、ASEAN加盟国と中国が20年以上にわたって履行してきた、「南シナ海における関係各国の行動宣言(以下、DOCと言う)**」の重要性を強調し、DOC第4項と第5項に基づく実質的な誓約を再確認している。
(2) DOC第5項は、11の全締約国によって遵守され、将来に亘って遵守される、DOCの本質的かつ基本的な誓約と見なされている。そこでは、締約国は「特に、現に無人の島嶼、岩礁、浅瀬、沙洲およびその他の海洋自然地形に居住する行為」を自制するとしている。この10年間、中国とASEAN加盟国の共同努力によって、南シナ海で新たに人が居住する海洋自然地形は1つも生まれなかった。この事実は、この地域の平和と安定の礎となっている。ところが、フィリピンはセカンド・トーマス礁(フィリピン名:アユンギ礁、中国名:仁愛礁)に恒久的な軍事拠点を建設しようと試み、ここに民間基幹施設を建設して無人の地位を変更することを宣言している。これはDOCの重大な違反である。セカンド・トーマス礁の無人の地位を維持できなければ、地域諸国の共同努力が損なわれ、安定と平和を維持するための地域秩序の基盤が損なわれることになろう。
(3) それにもかかわらず、共同声明はDOCの完全かつ効果的な履行の重要性を強調し、1982年のUNCLOSを含む国際法に準拠した、効果的かつ実質的な「南シナ海における行動規範(以下、COCと言う)」の早期締結に向けての取組みに関与している。DOCの完全かつ効果的な履行は地域諸国の合意であり、COC協議の基礎である。したがって、セカンド・トーマス礁の無人の地位の変更によるDOC違反は、COC協議の良好な環境を確実に壊すことになろう。
(4) 要するに、地域規範と海洋秩序は不明確で差別的ないわゆる「法に基づく秩序」に依拠するものではなく、「UNCLOSを含む普遍的に認められた国際法の諸原則」、DOCや将来のCOCなどの平和と安定を維持するための地域的手段、2国間の信頼醸成措置、そして海洋紛争を管理するための当事者間の適正な行為に依存しているのである。地域規範と海洋秩序は、いかなる大国によって作られるものではなく、中国とASEAN加盟国の共通の利益に基づいて作られ、これら当事国によって決定され、解釈されるものである。DOCの締結は地域秩序を確立するための最初の成功した段階であり、ASEAN加盟国と中国が将来、地域規範の改善と最適化のためにこの取り組みに従うことが期待される。フィリピンは何度も、ベトナムとマレーシアとの間で、別の行動規範を策定することを提案してきたが、ベトナムとマレーシアがCOCと切り離してフィリピンと協議する可能性は低く、ASEANが既に分断の危機に陥っていることは注目に値する。
(5) COCは、南シナ海における規範と秩序の確立を目的としており、ASEANと中国の全11ヵ国を拘束するものである。一部の国、特に世界的な大国はいかなる規則にも縛られたくないために、条約に「署名するが批准しない」あるいは「署名するがその後脱退する」ことがよくある。しかし、中国は、COC交渉に常に積極的に参加してきており、地域の規範に拘束される南シナ海の重要な沿岸国として、これまで中国の善意と責任を示してきた。COCに関する協議が2013年9月に再開されて以来、長年にわたって画期的な進展が示されてきた。そして、2023年7月31日の中国・ASEAN共同声明は、今後3年間でCOCを実現するという目標を掲げた。その後、10月には、21回目の中国・ASEAN高級実務者会合は、「単一化されたCOC交渉草案(SDNT)」の第3回読会の開始を発表した。多くのASEAN加盟国は、現在の進展に非常に満足しており、早期の結論を期待していると繰り返し表明してきた。
(6) 基本的に、南シナ海紛争の核心は南シナ海の海洋自然地形に対する領有権と海洋管轄権にあり、歴史、法律、安全保障および地政学に関わる紛争である。これは世界で最も複雑な海洋紛争となっている。フィリピンがベトナムとマレーシアに個別のCOC策定を持ちかけたり、ASEANが共同声明で中国を明示的に批判したり、さらにはASEANを梃子に中国に圧力をかけたりすることは、ASEANを分断の危機に陥れるだけであろう。相互に非難し合っても現在の問題を解決できないし、また全ての非難を中国に向けるだけでは、ますます問題は解決しないであろう。南シナ海沿岸諸国は、南シナ海の明るい未来のために、地域に適した規範と秩序をともに構築しなければならない。
記事参照:Philippines: Do not Upset the Apple Cart
備考*:2023年12月30日付ASEAN外相声明全文は以下のURL参照
https://asean.org/wp-content/uploads/2023/12/Final-Draft-ASEAN-FMs-Statement-on-Maintaining-and-Promoting-Stability-in-the-Maritime-Sphere-in-SEA.pdf
備考**:2012年5月14日付のDECLARATION ON THE CONDUCT OF PARTIES IN THE SOUTH CHINA SEA(DOC)は以下のURL参照
https://asean.org/declaration-on-the-conduct-of-parties-in-the-south-china-sea-2/
(1) ASEAN外相会議は2023年12月30日、「東南アジアの海洋領域における安定の維持と促進」と題する6項目の共同声明*を発表し、地域の海洋規範に関する地域諸国の立場と現時点での南シナ海情勢を明らかにした。地域の海洋規範は、中国とASEAN諸国の共通の利益、特に平和、安全、安全保障、安定および繁栄の利益を尊重し、保護すべきである。共同声明は、ASEAN加盟国と中国が20年以上にわたって履行してきた、「南シナ海における関係各国の行動宣言(以下、DOCと言う)**」の重要性を強調し、DOC第4項と第5項に基づく実質的な誓約を再確認している。
(2) DOC第5項は、11の全締約国によって遵守され、将来に亘って遵守される、DOCの本質的かつ基本的な誓約と見なされている。そこでは、締約国は「特に、現に無人の島嶼、岩礁、浅瀬、沙洲およびその他の海洋自然地形に居住する行為」を自制するとしている。この10年間、中国とASEAN加盟国の共同努力によって、南シナ海で新たに人が居住する海洋自然地形は1つも生まれなかった。この事実は、この地域の平和と安定の礎となっている。ところが、フィリピンはセカンド・トーマス礁(フィリピン名:アユンギ礁、中国名:仁愛礁)に恒久的な軍事拠点を建設しようと試み、ここに民間基幹施設を建設して無人の地位を変更することを宣言している。これはDOCの重大な違反である。セカンド・トーマス礁の無人の地位を維持できなければ、地域諸国の共同努力が損なわれ、安定と平和を維持するための地域秩序の基盤が損なわれることになろう。
(3) それにもかかわらず、共同声明はDOCの完全かつ効果的な履行の重要性を強調し、1982年のUNCLOSを含む国際法に準拠した、効果的かつ実質的な「南シナ海における行動規範(以下、COCと言う)」の早期締結に向けての取組みに関与している。DOCの完全かつ効果的な履行は地域諸国の合意であり、COC協議の基礎である。したがって、セカンド・トーマス礁の無人の地位の変更によるDOC違反は、COC協議の良好な環境を確実に壊すことになろう。
(4) 要するに、地域規範と海洋秩序は不明確で差別的ないわゆる「法に基づく秩序」に依拠するものではなく、「UNCLOSを含む普遍的に認められた国際法の諸原則」、DOCや将来のCOCなどの平和と安定を維持するための地域的手段、2国間の信頼醸成措置、そして海洋紛争を管理するための当事者間の適正な行為に依存しているのである。地域規範と海洋秩序は、いかなる大国によって作られるものではなく、中国とASEAN加盟国の共通の利益に基づいて作られ、これら当事国によって決定され、解釈されるものである。DOCの締結は地域秩序を確立するための最初の成功した段階であり、ASEAN加盟国と中国が将来、地域規範の改善と最適化のためにこの取り組みに従うことが期待される。フィリピンは何度も、ベトナムとマレーシアとの間で、別の行動規範を策定することを提案してきたが、ベトナムとマレーシアがCOCと切り離してフィリピンと協議する可能性は低く、ASEANが既に分断の危機に陥っていることは注目に値する。
(5) COCは、南シナ海における規範と秩序の確立を目的としており、ASEANと中国の全11ヵ国を拘束するものである。一部の国、特に世界的な大国はいかなる規則にも縛られたくないために、条約に「署名するが批准しない」あるいは「署名するがその後脱退する」ことがよくある。しかし、中国は、COC交渉に常に積極的に参加してきており、地域の規範に拘束される南シナ海の重要な沿岸国として、これまで中国の善意と責任を示してきた。COCに関する協議が2013年9月に再開されて以来、長年にわたって画期的な進展が示されてきた。そして、2023年7月31日の中国・ASEAN共同声明は、今後3年間でCOCを実現するという目標を掲げた。その後、10月には、21回目の中国・ASEAN高級実務者会合は、「単一化されたCOC交渉草案(SDNT)」の第3回読会の開始を発表した。多くのASEAN加盟国は、現在の進展に非常に満足しており、早期の結論を期待していると繰り返し表明してきた。
(6) 基本的に、南シナ海紛争の核心は南シナ海の海洋自然地形に対する領有権と海洋管轄権にあり、歴史、法律、安全保障および地政学に関わる紛争である。これは世界で最も複雑な海洋紛争となっている。フィリピンがベトナムとマレーシアに個別のCOC策定を持ちかけたり、ASEANが共同声明で中国を明示的に批判したり、さらにはASEANを梃子に中国に圧力をかけたりすることは、ASEANを分断の危機に陥れるだけであろう。相互に非難し合っても現在の問題を解決できないし、また全ての非難を中国に向けるだけでは、ますます問題は解決しないであろう。南シナ海沿岸諸国は、南シナ海の明るい未来のために、地域に適した規範と秩序をともに構築しなければならない。
記事参照:Philippines: Do not Upset the Apple Cart
備考*:2023年12月30日付ASEAN外相声明全文は以下のURL参照
https://asean.org/wp-content/uploads/2023/12/Final-Draft-ASEAN-FMs-Statement-on-Maintaining-and-Promoting-Stability-in-the-Maritime-Sphere-in-SEA.pdf
備考**:2012年5月14日付のDECLARATION ON THE CONDUCT OF PARTIES IN THE SOUTH CHINA SEA(DOC)は以下のURL参照
https://asean.org/declaration-on-the-conduct-of-parties-in-the-south-china-sea-2/
1月17日「台湾防衛のためにU.S. Navyは海洋で有利な位置を獲得せよ―米専門家論説」(The Messenger, January 17, 2024)
1月17日付の米ニュースサイトThe Messengerは、米Ocean STL Consulting, LLCのCEO Tim Gallaudet海軍少将(退役)の“To Defend Taiwan, the US Navy Must Retake the Ocean High Ground”と題する論説を掲載し、そこでTim Gallaudetは、U.S. Navyは台湾防衛のために海洋での優位な立場を維持せねばならず、そのためには米National Oceanic and Atmospheric Administration(米海洋大気庁)などとの連携を強化して海洋調査能力を高めるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 地上戦では高地を占領すれば敵に対し優位に立てるとしばしば言われるが、それは海中でも同じことが言える。海底の地形や、3次元に時々刻々と変化する海水の水温、密度などの特性の分布が、敵を探知する音響センサーや光学センサーの性能に影響を及ぼす。そうしたことを知ることによって、どこで活動するのが有益かを理解することができるのである。
(2) U.S. Navyは、海洋調査船や水中ドローンだけでなく、さまざまな省庁が運用する衛星、世界中にはりめぐらされた海底や海面のセンサーをもって、海における「高地」を地図化している。それでも海底や海中については観察されていない場所のほうが多く、我々は海底よりも火星や月の表面のほうがよくわかっている。
(3) 中国がインド太平洋において海洋調査活動を活発化させている事実が、事態を複雑にしている。ある報告によれば中国はこの4年間で何十万時間を海洋調査に費やし、U.S. Navyの海洋調査船の保有隻数が11隻のみであるのに対し、中国は64隻もの調査船を保有しているという。このことは学問上で遅れを取るというだけではない。海洋環境に関する正確な理解は、潜水艦作戦や上陸作戦、海軍の特殊戦闘を効率的に進める要因だからである。海洋科学の優越を取り戻すために、U.S. Navyはすぐに以下の行動を採る必要がある。
(4) まず、U.S. NavyのTask Force Ocean(以下、TFOと言う)への助成を増やし、活動の範囲を広げることである。TFOは著者が2017年にOffice of Naval Research(海軍研究局)に創設した組織で、学術機関や民間団体との連携強化によって海洋研究を促進するためのものである。現在は米国東海岸が研究分野であるが、中国との交戦が想定される南シナ海や東シナ海でも研究を進める時が来ている。第2に、National Oceanic and Atmospheric Administration(米海洋大気庁、以下、NOAAと言う)の調査船をもっと多くインド太平洋での活動に割り当てるべきである。NOAAは2022年から23年にかけて太平洋での調査作戦を実施したが、U.S. NavyはNOAAとインド太平洋において連携を深め、同様の調査を進めるべきである。
(5) 第3に、U.S. Department of Defenseが現在進めている構想を活用し、海軍の海洋調査無人機部隊を急拡大することである。U.S. Department of Defense は全領域自立型システムの大量配備によって中国の軍事的物量に対抗しようとしている。この構想はU.S. Navyに調査船の不足を克服する機会を提供するであろう。またU.S. Navyは水中の海洋調査無人機部隊の質と量を向上させる必要もある。最後に、多くの商業用データを蓄積し、U.S. Navyの海洋予測モデルを改善することである。あまたある商業用の海洋データを利用することで、U.S. NavyはAIの潜在能力を活用することができるだろう、
(6) 2023年に米シンクタンクCenter for Strategic and International Studiesが行った台湾をめぐる米中戦争の机上演習は、U.S. Navyは勝てたとしても潜水艦の4分の1と1,000人の兵士を失うと予測した。死者は1人でも多すぎるくらいである。我々は海洋で地上戦における「高地」に匹敵する有利な位置を得て、あらゆる優位を確保しなければならない。
記事参照:To Defend Taiwan, the US Navy Must Retake the Ocean High Ground
※Media Innovationによれば、The Messengerは閉鎖された模様で、記事参照に示すハイパーリンクにアクセスできないので、留意されたい。
(1) 地上戦では高地を占領すれば敵に対し優位に立てるとしばしば言われるが、それは海中でも同じことが言える。海底の地形や、3次元に時々刻々と変化する海水の水温、密度などの特性の分布が、敵を探知する音響センサーや光学センサーの性能に影響を及ぼす。そうしたことを知ることによって、どこで活動するのが有益かを理解することができるのである。
(2) U.S. Navyは、海洋調査船や水中ドローンだけでなく、さまざまな省庁が運用する衛星、世界中にはりめぐらされた海底や海面のセンサーをもって、海における「高地」を地図化している。それでも海底や海中については観察されていない場所のほうが多く、我々は海底よりも火星や月の表面のほうがよくわかっている。
(3) 中国がインド太平洋において海洋調査活動を活発化させている事実が、事態を複雑にしている。ある報告によれば中国はこの4年間で何十万時間を海洋調査に費やし、U.S. Navyの海洋調査船の保有隻数が11隻のみであるのに対し、中国は64隻もの調査船を保有しているという。このことは学問上で遅れを取るというだけではない。海洋環境に関する正確な理解は、潜水艦作戦や上陸作戦、海軍の特殊戦闘を効率的に進める要因だからである。海洋科学の優越を取り戻すために、U.S. Navyはすぐに以下の行動を採る必要がある。
(4) まず、U.S. NavyのTask Force Ocean(以下、TFOと言う)への助成を増やし、活動の範囲を広げることである。TFOは著者が2017年にOffice of Naval Research(海軍研究局)に創設した組織で、学術機関や民間団体との連携強化によって海洋研究を促進するためのものである。現在は米国東海岸が研究分野であるが、中国との交戦が想定される南シナ海や東シナ海でも研究を進める時が来ている。第2に、National Oceanic and Atmospheric Administration(米海洋大気庁、以下、NOAAと言う)の調査船をもっと多くインド太平洋での活動に割り当てるべきである。NOAAは2022年から23年にかけて太平洋での調査作戦を実施したが、U.S. NavyはNOAAとインド太平洋において連携を深め、同様の調査を進めるべきである。
(5) 第3に、U.S. Department of Defenseが現在進めている構想を活用し、海軍の海洋調査無人機部隊を急拡大することである。U.S. Department of Defense は全領域自立型システムの大量配備によって中国の軍事的物量に対抗しようとしている。この構想はU.S. Navyに調査船の不足を克服する機会を提供するであろう。またU.S. Navyは水中の海洋調査無人機部隊の質と量を向上させる必要もある。最後に、多くの商業用データを蓄積し、U.S. Navyの海洋予測モデルを改善することである。あまたある商業用の海洋データを利用することで、U.S. NavyはAIの潜在能力を活用することができるだろう、
(6) 2023年に米シンクタンクCenter for Strategic and International Studiesが行った台湾をめぐる米中戦争の机上演習は、U.S. Navyは勝てたとしても潜水艦の4分の1と1,000人の兵士を失うと予測した。死者は1人でも多すぎるくらいである。我々は海洋で地上戦における「高地」に匹敵する有利な位置を得て、あらゆる優位を確保しなければならない。
記事参照:To Defend Taiwan, the US Navy Must Retake the Ocean High Ground
※Media Innovationによれば、The Messengerは閉鎖された模様で、記事参照に示すハイパーリンクにアクセスできないので、留意されたい。
1月18日「クラ・ランドブリッジ構想再び―シンガポール東南アジア専門家論説」(FULCRUM, January 18, 2023)
1月18日付のシンガポールのシンクタンクThe ISEAS -Yusof Ishak Instituteが発行するウエブサイトFULCRUMは、同シInstitute上席研究員Ian Storeyの“The Kra Land Bridge: Thailand’s White Elephant Comes Charging Back”と題する論説を掲載し、そこでIan Storeyはタイの新首相Srettha Thavisinが打ち出したクラ・ランドブリッジ構想について、その実現可能性が低いとして、要旨以下のように述べている。
(1) タイでは17世紀末から、南部に位置し、国を東西に貫くクラ地峡に運河建設についてずっと議論がなされてきたが、これまで着工に至っていない。建造費の高さと技術的困難さ、経済的合理性の問題があるためである。しかし、2023年8月新たに首相に就任したSrettha Thavisinが、この構想の最新版を打ち出した。
(2) Srettha Thavisin首相の焦点はタイ経済の回復にある。そのためSrettha Thavisin首相は自由貿易協定の締結を模索し、国外投資を熱心に進めた。またバンコクをシンガポールのようなグローバル・サプライチェーンの中心地にしたいと考えている。その計画の一部として打ち出されたのが、クラ地峡をまたぐランドブリッジの建設である。
(3) 計画は以下のとおりである。地峡のタイ湾側に位置するチュンポーン県と、アンダマン海側のラノーン県側に大深水港を建設し、高速道路や鉄道、パイプラインで連結する。それぞれの港で到着した貨物船は積荷をトラックや列車に積替え向かい側に輸送し、再び船に積み替えて出港するというものである。ランドブリッジ建設の提案は2005年に最初に提案されたが、時の首相が軍事クーデタで失脚した後に放棄され、2020年に軍部が再びその案を打ち出したが、Covid 19の世界的感染拡大が実現を妨げた。そして今回の提案に至っている。
(4) クラ運河構想と同様に、ランドブリッジ建設の提唱者は、マラッカ海峡の迂回による航行日数とコストの削減、建設による経済効果と雇用などの経済的利益を主張する。それに対し、批判者は建設の技術的実現可能性を疑問視し、また、陸路の移動や積み荷の積替えを考慮すれば航行日数の削減にはならないのではないかと訴えている。しかしSrettha Thavisin首相は以下のような予定表すら披露した。2025年半ばまでに契約が終わり、2025年末には建設が始まり、2030年に完成する。総費用は300億ドルにのぼるだろう。
(5) Srettha Thavisin首相が口をつぐんでいるのは、誰がその金を払うのかという点についてである。Srettha Thavisin首相は米国や中国、日本に売り込みをしているが、反応は芳しくない。おそらく中国はこれを一帯一路構想に組み込むことはないだろう。経済成長が停滞している中で海外投資に慎重になっているからである。また、世界の主要海運企業もSrettha Thavisin首相の提案にあまり関心を示していない。この構想が実現したら経済的に打撃を受けるであろうシンガポールの対応も、落ち着いたものである。
(6) そもそもSrettha Thavisin首相の政治的将来が不確かだという問題がある。もし彼が数年以内に退陣することになれば、ランドブリッジ構想はともに葬られるだろう。ただし、クラ運河ないしクラ・ランドブリッジ建設構想は、今後も再び浮上を繰り返すであろう。
記事参照:The Kra Land Bridge: Thailand’s White Elephant Comes Charging Back
(1) タイでは17世紀末から、南部に位置し、国を東西に貫くクラ地峡に運河建設についてずっと議論がなされてきたが、これまで着工に至っていない。建造費の高さと技術的困難さ、経済的合理性の問題があるためである。しかし、2023年8月新たに首相に就任したSrettha Thavisinが、この構想の最新版を打ち出した。
(2) Srettha Thavisin首相の焦点はタイ経済の回復にある。そのためSrettha Thavisin首相は自由貿易協定の締結を模索し、国外投資を熱心に進めた。またバンコクをシンガポールのようなグローバル・サプライチェーンの中心地にしたいと考えている。その計画の一部として打ち出されたのが、クラ地峡をまたぐランドブリッジの建設である。
(3) 計画は以下のとおりである。地峡のタイ湾側に位置するチュンポーン県と、アンダマン海側のラノーン県側に大深水港を建設し、高速道路や鉄道、パイプラインで連結する。それぞれの港で到着した貨物船は積荷をトラックや列車に積替え向かい側に輸送し、再び船に積み替えて出港するというものである。ランドブリッジ建設の提案は2005年に最初に提案されたが、時の首相が軍事クーデタで失脚した後に放棄され、2020年に軍部が再びその案を打ち出したが、Covid 19の世界的感染拡大が実現を妨げた。そして今回の提案に至っている。
(4) クラ運河構想と同様に、ランドブリッジ建設の提唱者は、マラッカ海峡の迂回による航行日数とコストの削減、建設による経済効果と雇用などの経済的利益を主張する。それに対し、批判者は建設の技術的実現可能性を疑問視し、また、陸路の移動や積み荷の積替えを考慮すれば航行日数の削減にはならないのではないかと訴えている。しかしSrettha Thavisin首相は以下のような予定表すら披露した。2025年半ばまでに契約が終わり、2025年末には建設が始まり、2030年に完成する。総費用は300億ドルにのぼるだろう。
(5) Srettha Thavisin首相が口をつぐんでいるのは、誰がその金を払うのかという点についてである。Srettha Thavisin首相は米国や中国、日本に売り込みをしているが、反応は芳しくない。おそらく中国はこれを一帯一路構想に組み込むことはないだろう。経済成長が停滞している中で海外投資に慎重になっているからである。また、世界の主要海運企業もSrettha Thavisin首相の提案にあまり関心を示していない。この構想が実現したら経済的に打撃を受けるであろうシンガポールの対応も、落ち着いたものである。
(6) そもそもSrettha Thavisin首相の政治的将来が不確かだという問題がある。もし彼が数年以内に退陣することになれば、ランドブリッジ構想はともに葬られるだろう。ただし、クラ運河ないしクラ・ランドブリッジ建設構想は、今後も再び浮上を繰り返すであろう。
記事参照:The Kra Land Bridge: Thailand’s White Elephant Comes Charging Back
1月18日「干ばつと戦略的競合がチョークポイントにあたえる影響―ニュージーランド・アジア太平洋専門家論説」(The Interpreter, January 18, 2024)
1月18日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、ニュージーランドのジャーナリストSelwyn Parkerの“Drought and war hit the choke points”と題する論説を掲載し、そこでSelwyn Parkerはパナマ運河や紅海というチョークポイントにおいて、天候やテロ活動によって問題が起きていることに加え、パナマ運河をめぐる戦略的対立が世界経済に大きな影響を与え得るとして、要旨以下のように述べている。
(1) パナマ運河の干ばつと、紅海におけるテロの活発化は世界の貿易に甚大な影響を及ぼす。パナマ運河は、通常であれば毎月約1,000隻、4,000万トンの物資がそこを通過する。これは世界貿易全体の6%に相当する。しかしそのパナマ運河が今、季節外れの乾燥に悩まされている。
(2) 干ばつによってパナマ運河の水位が下がり、船舶の通航が著しく困難になっているのである。執筆時点の通行量は、1日で24隻に限定されているが、これは通常の3分の2程度である。利用を強く求める一部の船会社は通常よりはるかに高額の使用料を支払っているという報道もあるが、当然こうした経費はサプライチェーンに転嫁される。
(3) オセアニアの貿易にとってより重要なのはスエズ運河であるが、パナマ運河も重要である。またアジアの主要海運業者もその運河に依存している。しかし運河の通航可能な量が減ればその影響は大きい。通れない船は迂回するか、鉄道によって積荷を運ばねばならない。
(4) 一方で、多くの海運業者にとってスエズ運河を通航するリスクも大きい。紅海におけるフーシ派の活動が活発なためである。スエズ運河は繁忙期には世界貿易の12%、1年に1兆ドル相当の物資がそこを通過する。MaerskやHapag Lloyd and MSCは、アフリカの喜望峰まわりでの航路を選択しているが、航海日数は2日から数週間伸びる。燃料費と運航料もかさみ、遅延が起こり易くなるため、保険料も高くなる。
(5) 以上の問題から、燃料タンカーの輸送費が高騰している。こうした船舶はアジアと米国での貿易にパナマ運河を利用しており、こうした混乱が続けば、それら船舶に対するスポットレートは、12月中旬には4.8万ドルだったものが20万ドルにまで跳ね上がると見積もられている。幸運なことに、パナマ運河に関しては干ばつの問題が繁忙期と重なっていない。輸送費や燃料費も現段階では比較的安めに抑えられている。
(6)こうした問題とは別に、パナマ運河は地政学的な焦点になりつつある。その3大利用国は米国、中国、日本である。米国がパナマ運河を返還したとき、政治的に中立を維持するという条件をつけた。しかし最近中国が一帯一路構想を通じて運河への支配を強めている。パナマの前政権は、台湾に対する中国の主権を認めた。その後中国関連企業が運河の両端で重要な港湾利権を保有している。Center for Strategic and International Studiesの専門家は、こうした動きに対し、「遅すぎることになる前に」米国は中国の影響力に対抗する必要があると警告した。そして、より包括的な対中米政策にパナマ運河を統合することが重要だと主張している。
記事参照:Drought and war hit the choke points
(1) パナマ運河の干ばつと、紅海におけるテロの活発化は世界の貿易に甚大な影響を及ぼす。パナマ運河は、通常であれば毎月約1,000隻、4,000万トンの物資がそこを通過する。これは世界貿易全体の6%に相当する。しかしそのパナマ運河が今、季節外れの乾燥に悩まされている。
(2) 干ばつによってパナマ運河の水位が下がり、船舶の通航が著しく困難になっているのである。執筆時点の通行量は、1日で24隻に限定されているが、これは通常の3分の2程度である。利用を強く求める一部の船会社は通常よりはるかに高額の使用料を支払っているという報道もあるが、当然こうした経費はサプライチェーンに転嫁される。
(3) オセアニアの貿易にとってより重要なのはスエズ運河であるが、パナマ運河も重要である。またアジアの主要海運業者もその運河に依存している。しかし運河の通航可能な量が減ればその影響は大きい。通れない船は迂回するか、鉄道によって積荷を運ばねばならない。
(4) 一方で、多くの海運業者にとってスエズ運河を通航するリスクも大きい。紅海におけるフーシ派の活動が活発なためである。スエズ運河は繁忙期には世界貿易の12%、1年に1兆ドル相当の物資がそこを通過する。MaerskやHapag Lloyd and MSCは、アフリカの喜望峰まわりでの航路を選択しているが、航海日数は2日から数週間伸びる。燃料費と運航料もかさみ、遅延が起こり易くなるため、保険料も高くなる。
(5) 以上の問題から、燃料タンカーの輸送費が高騰している。こうした船舶はアジアと米国での貿易にパナマ運河を利用しており、こうした混乱が続けば、それら船舶に対するスポットレートは、12月中旬には4.8万ドルだったものが20万ドルにまで跳ね上がると見積もられている。幸運なことに、パナマ運河に関しては干ばつの問題が繁忙期と重なっていない。輸送費や燃料費も現段階では比較的安めに抑えられている。
(6)こうした問題とは別に、パナマ運河は地政学的な焦点になりつつある。その3大利用国は米国、中国、日本である。米国がパナマ運河を返還したとき、政治的に中立を維持するという条件をつけた。しかし最近中国が一帯一路構想を通じて運河への支配を強めている。パナマの前政権は、台湾に対する中国の主権を認めた。その後中国関連企業が運河の両端で重要な港湾利権を保有している。Center for Strategic and International Studiesの専門家は、こうした動きに対し、「遅すぎることになる前に」米国は中国の影響力に対抗する必要があると警告した。そして、より包括的な対中米政策にパナマ運河を統合することが重要だと主張している。
記事参照:Drought and war hit the choke points
1月20日「U.S. Navyにとって戦闘と戦闘即応がすべて―米専門家論評」(The National Interest, January 20, 2024)
1月20日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、U.S. Naval War College教授Dr. James Holmesの“The U.S. Navy Is All About Warfighting and Combat Readiness”と題する論評を掲載し、James Holmesは新海軍作戦部長Lisa Franchetti大将がシンポジウムでの講演に際し、U.S. Navyが今後優先すべき事項を明らかにしたことを受け、James Holmesは賢明な挑戦者は勝利しても戦う姿勢を保ち続けなければならないのであり、新作戦部長の言葉は至言であるとする一方、問題点として次の2点を挙げている1つは、現代の海洋における戦いにおいて艦艇・航空機の保有数はそれほど問題ではないとはいえ、規模を嘲笑すれば災厄を招くことになり、また、海軍首脳が議会証言するに当たっては議員に誤解を与えないようその説明に十分注意する必要があると主張する。第2に、James Holmesは海洋軍種を含むU.S. Department of Defenseは「戦闘」という用語を即座に放棄し、米軍関係者には戦争以外の戦争に近い軍の相互作用の範囲全体にわたって戦闘精神を教え込まなければならず、また、海洋軍種の指揮官は「任務指揮(mission command)」という言葉を控え、部下達に行動の自由を与えるようにしなければならない指摘した上で、新作戦部長の船出は概ね良好であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 新たに海軍作戦部長に就任したLisa Franchetti大将は1月9日から11日にかけて開催された Surface Navy Association (SNA) National Symposiumで講演し、海軍に対する優先事項を明らかにした。 Franchetti作戦部長の発言には“America’s Warfighting Navy.”と題された1ページの解説が添えられていた。 その中でFranchetti作戦部長は物理的能力に重点を置き、「世界クラスの訓練と教育」を通じて海事力の人間的要素を豊かにすることによって「海軍チームを強化」するため、および「世界で最も強力な海軍とそれを維持する基幹施設を配備し、維持する」という海軍の能力に対する「アメリカ国民の信頼を獲得し、強化する」ために「決定的な戦闘力を発揮する」と誓っている。
(2) 現在、作戦部長 の仕事は艦隊に「人員を配置し、訓練し、装備」し、地域の戦闘指揮官に戦闘に耐える海軍力を供給することである。各地域を担任する司令官が米国の軍事戦略の真の執行者であるが、各軍種の首脳はその後に続く軍種の品質または性格を確立する人であり、資材と人間の卓越性に対する責任とともに文化を形成する責任を有する。 戦闘志向は海軍勤務において精神、心、行動にまず設定されなければならない習慣であるべきである。 他のすべては海軍精神の下流にある。 Franchetti 作戦部長はそれを理解している。
(3) Franchetti 作戦部長の海軍に対する構想は非難されるべきものはほとんどない。ここには善良さがあふれているが、いくつかの悪い側面、少なくとも疑問の余地がある側面もある。
(4) まず評価できる点。 Franchetti 作戦部長の言葉を借りればU.S. Navyはもはや、「我々を脅かすことができない競争相手に対して海上の聖域から」活動するという安心感のある想定にふけることはできない。 戦術的、作戦的、戦略的環境は敵対的なものになった。 Franchetti 作戦部長は海軍将兵に、1度の紛争で勝利を収めれば、制海権をかけて戦うという海軍将兵の本来の役割が永久になくなるなどと考え違いをしないよう警告している。
(5) 冷戦において戦わずして完全な勝利を収めたことにより、海軍の歴史は終わったという幻想が生じた。ソ連崩壊後、新たな挑戦者は目前にいなかった。したがって、冷戦後初めて策定された戦略“・・・From the Sea”の言葉から判断すると他の海軍と戦うために必要な技量や装備は明らかに永遠に後回しにされたように見える。あなたが海を支配しているのに、なぜわざわざ海を管理するために戦う準備をする必要があるのかというわけである。
(6) 冷戦の勝利の余韻が、海戦は時折小康状態を迎えるかもしれないが、必ず再発するという厳しい現実を覆い隠したのである。U.S. Navy は戦闘でВоенно-морской флот СССР(Soviet Navy:ソ連海軍)を打ち負かしたことはなく、ソ連が戦わずして戦場を放棄したことで不戦勝となった。 その意味では西側の海洋覇権は幻想であり、少なくとも、西側の海洋覇権は試練を受けていない。
(7) たとえ、西側の無敵艦隊が戦って大勝利を収めたとしても、一度の戦闘での勝利が海上での人類の対立と争いに終止符を打つと考える理由にはならない。世界政治が現状である以上、遅かれ早かれ次の挑戦者が現れるだろう。新たな挑戦者は前回よりも手強い存在になる可能性がある。 実際、過去の惨禍を研究し、勝者にとって何がうまくいき、敗者にとって何が間違っていたかを識別すれば、そうなるだろう。歴史から学ぶことは、まさに中国海軍が海洋界での名声を確立し始めて以来、過去四半世紀にわたって行ってきたことである。 中国に対するアメリカの現在の苦境は予見可能であり、回避可能だった。
(8) これらすべてを念頭に置いて、賢明な挑戦者は勝利しても戦う姿勢を保ち続けている。これが、“America’s Warfighting Navy.”と Surface Navy Association (SNA) の年次総会におけるFranchetti作戦部長の発言から得られる主要な教訓である。賢者の言葉である。
(9) 次に問題点、あるいは疑問の残る点についてである。まず、Surface Navy Association の総会においてFranchetti作戦部長がU.S. Navyの艦艇数を軽視しているようである。U.S. Navyは艦艇の保有数を355隻以上に増強するという議会と大統領の命令にもかかわらず、長年300隻弱で停滞している。 その代わりにFranchetti作戦部長は戦闘の時と場所で優れた戦闘力を提供し、米国の海上戦力が敵対勢力を圧倒できるように支援する「戦闘エコシステム」を構築すると誓った。そして実際、行動の場面と時間において相手よりも多くの力を発揮することが作戦術の目標である。それが勝つための方程式である。
(10) この格言は戦闘力を発揮するものが何であるかについては何も語っていない。海上では、水上艦艇、潜水艦、空母艦載機が発揮している可能性がある。また、地上の航空部隊やミサイル部隊、あるいは電子戦やサイバー攻撃などの「破壊を伴わない」各種戦からもたらされる可能性もある。海と陸の力を融合して海上における事象に対応することは、中国の接近阻止および領域拒否戦略と軍事力の背後にある特質を形勢している。したがって、Franchetti作戦部長が主張するように、艦艇の保有数はそれほど重要ではない。
(11) ここには危険がある。現代の海戦では数がすべてではないかもしれないが、質量はこれまでと同様に重要である。そして、大部分の質量は軍が作戦行動の場に投入できる艦船、戦闘機、弾薬の数など数の関数である。 Carl von Clausewitzは、新奇な戦術や奇抜な兵器ではなく、数が多かれ少なかれ対称的な軍隊間の競争を決定づける傾向があると意見している。数で劣る兵力が、艦艇、航空機の数という規模を嘲ければ、災厄を招くことになる。
(12) 米国の海軍、海兵隊などの海洋軍種が数的劣勢にもかかわらず、注視している敵を上回ることができると主張するために、米国の人員や兵器システムの質、あるいは対潜戦等の各種戦能力の利点を引用することに対して 、Carl von Clausewitzは警告するだろう。U.S. Navyの有力者は、特に議会で建艦予算の増額を要求する際には、保有する艦艇、航空機の規模について説明する調子を和らげる前に注意しなければならない。海軍指導者らが数字はもはや重要ではないと証言すれば、議員らは財布のひもを緩めることに躊躇する可能性がある。資源の争奪戦で無理な失敗をしたり、海上での勝利の見通しを誤ったりしないように。
(13) 使用する用語がもう1つの問題点である。まず、海洋軍種を含むU.S. Department of Defenseは「戦闘」という用語を即座に放棄すべきである。海軍や他の統合軍が直面している状況に適合するには「戦闘」という用語が意味する範囲は狭すぎる。地政学的な対立には戦争以上のものがある。実際、「U.S. Armed forcesが目指すべき能力、兵力組成、体制を規定する脅威」である中国は、武力紛争による対価や危険を回避し、戦わずして勝つことを望んでいる。南シナ海、台湾海峡、東シナ海で「砲火を交えない戦争」を24時間365日行っている。そしてそれは成功するかもしれない。あるいは、実際にミサイルや爆弾が飛び交うが、戦争とは別の軍事作戦である紅海における事象を見てみよ。戦争がなくても勝つことも負けることも有り得る。荒れ狂う海を航行する者を含め、米軍関係者には戦争以外の戦争に近い軍の相互作用の範囲全体にわたって戦闘精神を教え込む義務がある。艦艇と艦艇乗組員が戦うことは、単なる戦争だけでなく、戦争に近い軍の相互作用全般で血なまぐさい状況をもたらすことになる。戦争をやめて、軍事問題への視野を広げるべきである。
(14) もう1つは、海洋軍種の指揮官は「任務指揮(mission command)」という言葉を使わないようにするべきである。すべてのトップリーダーが言いたいのは、上級指揮官は現場にいて、上層部が設定した目標を達成するために何をすべきかを上官よりもよく知っている部下を細かく管理するのはやめるべきだということである。行動の自由」が鍵である。我々は健全な指揮の哲学を体現している。
(14) つまり、Franchetti作戦部長は全体的に良いスタートを切ったと言えよう。星3つではなく、星2つを送る。
記事参照:The U.S. Navy Is All About Warfighting and Combat Readiness
Franchetti 作戦部長のメモ“America’s Warfighting Navy”は以下を参照されたい。
https://media.defense.gov/2024/Jan/09/2003372761/-1/-1/1/AMERICAS%20WARFIGHTING%20NAVY.PDF
(1) 新たに海軍作戦部長に就任したLisa Franchetti大将は1月9日から11日にかけて開催された Surface Navy Association (SNA) National Symposiumで講演し、海軍に対する優先事項を明らかにした。 Franchetti作戦部長の発言には“America’s Warfighting Navy.”と題された1ページの解説が添えられていた。 その中でFranchetti作戦部長は物理的能力に重点を置き、「世界クラスの訓練と教育」を通じて海事力の人間的要素を豊かにすることによって「海軍チームを強化」するため、および「世界で最も強力な海軍とそれを維持する基幹施設を配備し、維持する」という海軍の能力に対する「アメリカ国民の信頼を獲得し、強化する」ために「決定的な戦闘力を発揮する」と誓っている。
(2) 現在、作戦部長 の仕事は艦隊に「人員を配置し、訓練し、装備」し、地域の戦闘指揮官に戦闘に耐える海軍力を供給することである。各地域を担任する司令官が米国の軍事戦略の真の執行者であるが、各軍種の首脳はその後に続く軍種の品質または性格を確立する人であり、資材と人間の卓越性に対する責任とともに文化を形成する責任を有する。 戦闘志向は海軍勤務において精神、心、行動にまず設定されなければならない習慣であるべきである。 他のすべては海軍精神の下流にある。 Franchetti 作戦部長はそれを理解している。
(3) Franchetti 作戦部長の海軍に対する構想は非難されるべきものはほとんどない。ここには善良さがあふれているが、いくつかの悪い側面、少なくとも疑問の余地がある側面もある。
(4) まず評価できる点。 Franchetti 作戦部長の言葉を借りればU.S. Navyはもはや、「我々を脅かすことができない競争相手に対して海上の聖域から」活動するという安心感のある想定にふけることはできない。 戦術的、作戦的、戦略的環境は敵対的なものになった。 Franchetti 作戦部長は海軍将兵に、1度の紛争で勝利を収めれば、制海権をかけて戦うという海軍将兵の本来の役割が永久になくなるなどと考え違いをしないよう警告している。
(5) 冷戦において戦わずして完全な勝利を収めたことにより、海軍の歴史は終わったという幻想が生じた。ソ連崩壊後、新たな挑戦者は目前にいなかった。したがって、冷戦後初めて策定された戦略“・・・From the Sea”の言葉から判断すると他の海軍と戦うために必要な技量や装備は明らかに永遠に後回しにされたように見える。あなたが海を支配しているのに、なぜわざわざ海を管理するために戦う準備をする必要があるのかというわけである。
(6) 冷戦の勝利の余韻が、海戦は時折小康状態を迎えるかもしれないが、必ず再発するという厳しい現実を覆い隠したのである。U.S. Navy は戦闘でВоенно-морской флот СССР(Soviet Navy:ソ連海軍)を打ち負かしたことはなく、ソ連が戦わずして戦場を放棄したことで不戦勝となった。 その意味では西側の海洋覇権は幻想であり、少なくとも、西側の海洋覇権は試練を受けていない。
(7) たとえ、西側の無敵艦隊が戦って大勝利を収めたとしても、一度の戦闘での勝利が海上での人類の対立と争いに終止符を打つと考える理由にはならない。世界政治が現状である以上、遅かれ早かれ次の挑戦者が現れるだろう。新たな挑戦者は前回よりも手強い存在になる可能性がある。 実際、過去の惨禍を研究し、勝者にとって何がうまくいき、敗者にとって何が間違っていたかを識別すれば、そうなるだろう。歴史から学ぶことは、まさに中国海軍が海洋界での名声を確立し始めて以来、過去四半世紀にわたって行ってきたことである。 中国に対するアメリカの現在の苦境は予見可能であり、回避可能だった。
(8) これらすべてを念頭に置いて、賢明な挑戦者は勝利しても戦う姿勢を保ち続けている。これが、“America’s Warfighting Navy.”と Surface Navy Association (SNA) の年次総会におけるFranchetti作戦部長の発言から得られる主要な教訓である。賢者の言葉である。
(9) 次に問題点、あるいは疑問の残る点についてである。まず、Surface Navy Association の総会においてFranchetti作戦部長がU.S. Navyの艦艇数を軽視しているようである。U.S. Navyは艦艇の保有数を355隻以上に増強するという議会と大統領の命令にもかかわらず、長年300隻弱で停滞している。 その代わりにFranchetti作戦部長は戦闘の時と場所で優れた戦闘力を提供し、米国の海上戦力が敵対勢力を圧倒できるように支援する「戦闘エコシステム」を構築すると誓った。そして実際、行動の場面と時間において相手よりも多くの力を発揮することが作戦術の目標である。それが勝つための方程式である。
(10) この格言は戦闘力を発揮するものが何であるかについては何も語っていない。海上では、水上艦艇、潜水艦、空母艦載機が発揮している可能性がある。また、地上の航空部隊やミサイル部隊、あるいは電子戦やサイバー攻撃などの「破壊を伴わない」各種戦からもたらされる可能性もある。海と陸の力を融合して海上における事象に対応することは、中国の接近阻止および領域拒否戦略と軍事力の背後にある特質を形勢している。したがって、Franchetti作戦部長が主張するように、艦艇の保有数はそれほど重要ではない。
(11) ここには危険がある。現代の海戦では数がすべてではないかもしれないが、質量はこれまでと同様に重要である。そして、大部分の質量は軍が作戦行動の場に投入できる艦船、戦闘機、弾薬の数など数の関数である。 Carl von Clausewitzは、新奇な戦術や奇抜な兵器ではなく、数が多かれ少なかれ対称的な軍隊間の競争を決定づける傾向があると意見している。数で劣る兵力が、艦艇、航空機の数という規模を嘲ければ、災厄を招くことになる。
(12) 米国の海軍、海兵隊などの海洋軍種が数的劣勢にもかかわらず、注視している敵を上回ることができると主張するために、米国の人員や兵器システムの質、あるいは対潜戦等の各種戦能力の利点を引用することに対して 、Carl von Clausewitzは警告するだろう。U.S. Navyの有力者は、特に議会で建艦予算の増額を要求する際には、保有する艦艇、航空機の規模について説明する調子を和らげる前に注意しなければならない。海軍指導者らが数字はもはや重要ではないと証言すれば、議員らは財布のひもを緩めることに躊躇する可能性がある。資源の争奪戦で無理な失敗をしたり、海上での勝利の見通しを誤ったりしないように。
(13) 使用する用語がもう1つの問題点である。まず、海洋軍種を含むU.S. Department of Defenseは「戦闘」という用語を即座に放棄すべきである。海軍や他の統合軍が直面している状況に適合するには「戦闘」という用語が意味する範囲は狭すぎる。地政学的な対立には戦争以上のものがある。実際、「U.S. Armed forcesが目指すべき能力、兵力組成、体制を規定する脅威」である中国は、武力紛争による対価や危険を回避し、戦わずして勝つことを望んでいる。南シナ海、台湾海峡、東シナ海で「砲火を交えない戦争」を24時間365日行っている。そしてそれは成功するかもしれない。あるいは、実際にミサイルや爆弾が飛び交うが、戦争とは別の軍事作戦である紅海における事象を見てみよ。戦争がなくても勝つことも負けることも有り得る。荒れ狂う海を航行する者を含め、米軍関係者には戦争以外の戦争に近い軍の相互作用の範囲全体にわたって戦闘精神を教え込む義務がある。艦艇と艦艇乗組員が戦うことは、単なる戦争だけでなく、戦争に近い軍の相互作用全般で血なまぐさい状況をもたらすことになる。戦争をやめて、軍事問題への視野を広げるべきである。
(14) もう1つは、海洋軍種の指揮官は「任務指揮(mission command)」という言葉を使わないようにするべきである。すべてのトップリーダーが言いたいのは、上級指揮官は現場にいて、上層部が設定した目標を達成するために何をすべきかを上官よりもよく知っている部下を細かく管理するのはやめるべきだということである。行動の自由」が鍵である。我々は健全な指揮の哲学を体現している。
(14) つまり、Franchetti作戦部長は全体的に良いスタートを切ったと言えよう。星3つではなく、星2つを送る。
記事参照:The U.S. Navy Is All About Warfighting and Combat Readiness
Franchetti 作戦部長のメモ“America’s Warfighting Navy”は以下を参照されたい。
https://media.defense.gov/2024/Jan/09/2003372761/-1/-1/1/AMERICAS%20WARFIGHTING%20NAVY.PDF
【補遺】
旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Welcome to the new era of global sea power
https://www.economist.com/international/2024/01/11/welcome-to-the-new-era-of-global-sea-power
The Economist, January 11, 2024
2024年1月11日、英週刊紙The Economist電子版は、" Welcome to the new era of global sea power "と題する論説を掲載した。その中では、中東では反政府勢力フーシ派が紅海の海運に脅威を与え、世界貿易を混乱させていること、そして中台関係やウクライナ紛争における海戦の可能性の高まりなどもあり、地政学における海洋の重要性が再認識されているとの認識を示し、海軍力の時代的変化などを様々な角度から考察した上で、シーパワーの時代に競争するには、海軍兵力の大型化とその建造能力の向上だけでなく、様々な地理的条件や同盟関係に対する配慮など、これまでの考え方からの変化も必要となると指摘し、黒海、紅海、南シナ海での危機の高まりに警鐘を鳴らしている。
(2) America Can’t Surpass China’s Power in Asia
https://www.foreignaffairs.com/united-states/america-cant-surpass-chinas-power-asia
Foreign Affairs, January 16, 2024
By KELLY A. GRIECO is a Senior Fellow in the Reimagining U.S. Grand Strategy Program at the Stimson Center, a Nonresident Fellow with the Marine Corps University’s Brute Krulak Center for Innovation and Future Warfare, and an Adjunct Professor at Georgetown University.
JENNIFER KAVANAGH is a Senior Fellow in the American Statecraft Program at the Carnegie Endowment for International Peace.
2024年1月16日、米シンクタンクStimson Centerの上席研究員などを務めるKELLY A. GRIECOと米シンクタンクCarnegie Endowment for International Peaceの上席研究員JENNIFER KAVANAGHは、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月発行誌Foreign Affairsのウエブサイトに" America Can’t Surpass China’s Power in Asia "と題する論説を寄稿した。その中で両名は、Donald Trump前大統領とJoe Biden大統領は、いずれも米国のインド太平洋政策の包括的な目標として軍事的優位を維持することに重点を置いてきたが、Biden大統領は前政権とは異なり、この地域における米国の軍事的優位を維持する対価は、政治的にも実質的にも持続不可能になりつつあることを認識しており、その負担の一部を補うべく、AUKUSなどの同盟国や提携国との連携を構築しようしたと指摘している。そして両名は、米国は中国の脅威への対応の必要性もあり、アジアにおける軍事的優位を追求しなければならないという考え方に固執しているが、今後数十年にわたり、この地域における米国の利益を守るための財政的に持続可能な唯一の方法である均衡を保つことを効果的なものとするためには、AUKUSのような米国主導の同盟や提携に依存するのではなく、インド太平洋の柔軟な地域連携をうまく操る方法を学ぶ必要があると主張している。
(3) Taiwan or South China Sea: which is the riskier flashpoint for US-China ties?
https://www.scmp.com/news/china/military/article/3248289/taiwan-or-south-china-sea-which-riskier-flashpoint-us-china-ties
South China Morning Post, January 16, 2024
1月16日、香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Taiwan or South China Sea: which is the riskier flashpoint for US-China ties?”と題する記事を掲載した。その中で、①台湾が次期総統に頼清徳を選んだことで、米中関係における潜在的な火種としての台湾の運命は決定的になったように見える。②国際基督教大学のStephen Nagy教授は、中国とフィリピンの領有権争いのある南シナ海はもっとも危険性が高いとし、フィリピンは地域の安全保障構造において「最も弱い部分」であると述べている。③米シンクタンクCSISの研究員Brian Hartは、南シナ海の方がより大きな火種になるとしながらも、台湾紛争は悪循環に陥る危険性があると警告した。④シンガポールのS. Rajaratnam School of International Studies の上席研究員Collin Kohは、台湾に対する奇襲攻撃はより多くの計画を必要とするため、その過程で多くの兆候を見せ、その分攻撃の機会は少なくなると主張している。⑤英University of Nottingham のBenjamin Barton准教授は、台湾関係法のようなものがないため、米政府にとって南シナ海での紛争に関与する意欲は弱いかもしれないと述べた。⑥Rand Corporationの上席政治学者Raymond Kuoは、中国にとっては第1に台湾、第2に南シナ海だろうとする一方、「中国は台湾が生産する中間財に大きく依存している」ため「より高くつく」としている。⑦米シンクタンクRand Corporationの上席研究員Timothy Heathは「もしBidenが米大統領に留まれば、米政府は緊張を緩和し、関係を安定させることを望むかもしれない」と述べたといった内容が記されている。
(1) Welcome to the new era of global sea power
https://www.economist.com/international/2024/01/11/welcome-to-the-new-era-of-global-sea-power
The Economist, January 11, 2024
2024年1月11日、英週刊紙The Economist電子版は、" Welcome to the new era of global sea power "と題する論説を掲載した。その中では、中東では反政府勢力フーシ派が紅海の海運に脅威を与え、世界貿易を混乱させていること、そして中台関係やウクライナ紛争における海戦の可能性の高まりなどもあり、地政学における海洋の重要性が再認識されているとの認識を示し、海軍力の時代的変化などを様々な角度から考察した上で、シーパワーの時代に競争するには、海軍兵力の大型化とその建造能力の向上だけでなく、様々な地理的条件や同盟関係に対する配慮など、これまでの考え方からの変化も必要となると指摘し、黒海、紅海、南シナ海での危機の高まりに警鐘を鳴らしている。
(2) America Can’t Surpass China’s Power in Asia
https://www.foreignaffairs.com/united-states/america-cant-surpass-chinas-power-asia
Foreign Affairs, January 16, 2024
By KELLY A. GRIECO is a Senior Fellow in the Reimagining U.S. Grand Strategy Program at the Stimson Center, a Nonresident Fellow with the Marine Corps University’s Brute Krulak Center for Innovation and Future Warfare, and an Adjunct Professor at Georgetown University.
JENNIFER KAVANAGH is a Senior Fellow in the American Statecraft Program at the Carnegie Endowment for International Peace.
2024年1月16日、米シンクタンクStimson Centerの上席研究員などを務めるKELLY A. GRIECOと米シンクタンクCarnegie Endowment for International Peaceの上席研究員JENNIFER KAVANAGHは、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月発行誌Foreign Affairsのウエブサイトに" America Can’t Surpass China’s Power in Asia "と題する論説を寄稿した。その中で両名は、Donald Trump前大統領とJoe Biden大統領は、いずれも米国のインド太平洋政策の包括的な目標として軍事的優位を維持することに重点を置いてきたが、Biden大統領は前政権とは異なり、この地域における米国の軍事的優位を維持する対価は、政治的にも実質的にも持続不可能になりつつあることを認識しており、その負担の一部を補うべく、AUKUSなどの同盟国や提携国との連携を構築しようしたと指摘している。そして両名は、米国は中国の脅威への対応の必要性もあり、アジアにおける軍事的優位を追求しなければならないという考え方に固執しているが、今後数十年にわたり、この地域における米国の利益を守るための財政的に持続可能な唯一の方法である均衡を保つことを効果的なものとするためには、AUKUSのような米国主導の同盟や提携に依存するのではなく、インド太平洋の柔軟な地域連携をうまく操る方法を学ぶ必要があると主張している。
(3) Taiwan or South China Sea: which is the riskier flashpoint for US-China ties?
https://www.scmp.com/news/china/military/article/3248289/taiwan-or-south-china-sea-which-riskier-flashpoint-us-china-ties
South China Morning Post, January 16, 2024
1月16日、香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Taiwan or South China Sea: which is the riskier flashpoint for US-China ties?”と題する記事を掲載した。その中で、①台湾が次期総統に頼清徳を選んだことで、米中関係における潜在的な火種としての台湾の運命は決定的になったように見える。②国際基督教大学のStephen Nagy教授は、中国とフィリピンの領有権争いのある南シナ海はもっとも危険性が高いとし、フィリピンは地域の安全保障構造において「最も弱い部分」であると述べている。③米シンクタンクCSISの研究員Brian Hartは、南シナ海の方がより大きな火種になるとしながらも、台湾紛争は悪循環に陥る危険性があると警告した。④シンガポールのS. Rajaratnam School of International Studies の上席研究員Collin Kohは、台湾に対する奇襲攻撃はより多くの計画を必要とするため、その過程で多くの兆候を見せ、その分攻撃の機会は少なくなると主張している。⑤英University of Nottingham のBenjamin Barton准教授は、台湾関係法のようなものがないため、米政府にとって南シナ海での紛争に関与する意欲は弱いかもしれないと述べた。⑥Rand Corporationの上席政治学者Raymond Kuoは、中国にとっては第1に台湾、第2に南シナ海だろうとする一方、「中国は台湾が生産する中間財に大きく依存している」ため「より高くつく」としている。⑦米シンクタンクRand Corporationの上席研究員Timothy Heathは「もしBidenが米大統領に留まれば、米政府は緊張を緩和し、関係を安定させることを望むかもしれない」と述べたといった内容が記されている。
関連記事