海洋安全保障情報旬報 2023年8月01日-8月10日

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8月1日「新しい原子力潜水艦の次に現れる軍艦―米専門家論説」(Center for International Maritime Security, August 1, 2023)

 8月1日付の米シンクタンクCenter for International Maritime Security (CIMSEC)のウエブサイトは、NATO Supreme Headquarters Allied Powers Europe勤務の米海軍中佐でCIMSEC副代表Chris O’Connorの” THE DREADNOUGHT AFTER NEXT”と題する論説を掲載し、ここでChris O’Connorは、新しい原子力潜水艦には新しい技術が搭載されるが、その後は多数の小型の乗組員が配置されたシステムを持つ艦艇が、大型艦に取って代わる時代になるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 1906年にRoyal Navyの戦艦「ドレッドノート」が就役した。当時としては驚異的な技術を駆使したこの戦艦は、海戦の舞台を一変させ、それまでの戦艦や装甲巡洋艦を一夜にして時代遅れなものにした。その利点は、新しい技術ではなく、これまでになかった新しい組み合わせで技術を使用したことである。この戦艦「ドレッドノート」は軍艦の設計に画期的な変化をもたらした。今後数年のうちに、「ドレッドノート」と言う艦名を継承した潜水艦が就役する。そこには、戦艦「ドレッドノート」当時にはSFの世界であった技術、すなわち、原子力により電力を供給し、兵器を搭載し、AIを駆使して行動し、音波や電波を利用して目に見えない標的を探知する技術が搭載される。
(2) Jackie Fisher 卿が1906年に建造した戦艦「ドレッドノート」と、その2世代後に建造された潜水艦「ドレッドノート」の技術は、軍艦を時代遅れにしたのではなく、むしろ軍艦とは何かという認識を完全に変えた。Fisherがポーツマス司令長官として潜水艦の実験を行った20世紀初頭、英国海軍の多くの人々は潜水艦を軍艦とは考えていなかった。「フィッシャーのおもちゃ」と切り捨てられ、「非人間的、非倫理的、非英国的」と見なされていた。今日の戦艦は博物館であり、国家の主力艦ではない。それは新しい技術と運用構想によって克服されたからである。軍艦はまだ存在しているが、その姿は著しく異なっている。このような海戦を革新する歴史的視点は、「軍艦は時代遅れになるのか」ではなく、「何が現在の軍艦を時代遅れにするのか」と自問すべきである。そうすれば、今まさに前面に出ようとしている技術を検証し、軍艦がどのように進化するかについて考え始めることができる。
(3) 最新のミサイルや指向性エネルギー兵器(以下、DEWと言う)だけでは、この進化は起こらない。より長い射程、より賢いシーカーヘッド、極超音速を持つ新しい対艦ミサイルは、確実に運用の変更を余儀なくされ、水面上(そして最終的には水面下)の軍艦に新たな対抗策を必要とする。レーザー兵器やマイクロ波兵器は、人工衛星から地上の海兵隊員まで、あらゆる場所から使用されるようになる。これらの兵器は、新しいミサイル用の弾薬庫と発射装置を追加し、DEWのための発電量を増加させるために、軍艦の設計を進化させることにつながる。これらの考え方はすべて、2015年に公表された「ドレッドノート2050」構想に盛り込まれているが、それから現在までの間に、軍艦の概念を抜本的に見直すことになる新たな機能が出現した。
(4) 海戦を見るあらたな視点は、もはやどんな大きさの軍艦も海面に隠れることができなくなるという単純な事実によって引き起こされる。軍事衛星や商業衛星による宇宙からのマルチスペクトル・センシングにより毎日撮影される基地や港湾の画像は、海軍の即応態勢や展開予定をこれまで以上に明瞭に見分けることができる。さらに、これらの衛星群はディープラーニング・アルゴリズムによって支援され、海上の軍艦の位置を毎日提供できるようにまでなっている。この1年で、クレムリンのウクライナ侵攻を支援するロシアの軍事機器と中国のスパイ気球が、いずれもこうした革命的な手段で追跡された。営利企業Planet社の衛星が、画像セットを生成人工知能に提供したからである。
(5) 水上にある軍艦がこの方法で追跡できるようになれば、常に標的とされ、奇襲の要素を失う可能性が高い。潜水艦は今のところ、この技術からは安全である。仮に艦船が何らかの対抗策を開発し、自らを隠すことができ、航跡を含むその様々な識別特性を隠すことができたとしても、現代の艦船は主機関の燃料、システムの部品、乗組員の食料に依存している。このため空母打撃群(Carrier Strike Group)や水上行動群(Surface Action Group)は、その活動に必要な補給艦によって、位置を知られてしまう。このような環境での戦いに勝つためには、軍艦は数十人の乗員を乗せた100メートル以上の長さの船ではなく、まったく別のものとならなければならない。
(6) 軍艦とは、戦闘のために協調して働く能力の集合体にほかならない。センサー、兵器、推進力、指揮統制、通信、意思決定プロセスなど、すべてが共通の任務で連携している。現代の軍艦は、これらの機能のほとんどが物理的に1つの船体に配置されているが、そうである必要はない。いずれ空母のような武器やセンサーを積んだ大型艦の代わりに、多数の小型の乗組員が配置されたシステムを持つ艦艇が、取って代わるだろう。
(7) このような小規模な分散型艦船は、人間を配置しながらも、戦闘の多くを自律性に頼らざるを得ない戦闘単位へと発展していくだろう。そうすることで、海軍は一人の指揮官を擁する飛行隊に近い部隊で構成されることになり、その指揮官は多くの小規模な部隊を掌握することになる。システムは過去の作戦や敵の活動から学習し、異なる弾頭を装着したものと交換する。進化する能力は、戦艦「ドレッドノート」の砲塔を任務行動ごとに取り換えるようなものである。このモデルには2つの利点がある。1つは、「分散された戦力が膨大な数の火力を連動させることで、どの要素が最も差し迫った脅威をもたらすのかを敵対者にわからなくする」ことであり、もう1つは、「敵対者が管理すべきキルチェーンが増える」ことである。
記事参照:THE DREADNOUGHT AFTER NEXT

8月3日「新技術がインド太平洋諸国の海洋状況認識能力構築を可能にする―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, August 3, 2023)

 8月3日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、Australian National UniversityのNational Security College上席研究員David Brewsterの“New technologies will allow Indo-Pacific states to build ‘sovereign maritime domain awareness’”と題する論説を掲載し、David Brewsterは国家が海洋を管轄するためには海洋状況把握(maritime domain awareness : MDA)が不可欠であるが、従来の軍用監視システムは高額で複雑なため、小国にとって重荷であったが、最近の衛星からのデータ、低価格の商用ドローン、人工知能、さらには監視のクラウドソーシングなどの新技術の利用によって無料あるいは低価格で海洋を監視することができ、インド太平洋諸国も独自の海洋状況把握が可能になるとして、要旨以下のように述べている
(1) 海洋状況認識(以下、MDAと言う)は、海域を管理したい国にとって不可欠な要素である。しかし、インド太平洋地域では、多くの国が高価な軍用監視システムを購入するのに苦労している。しかし、新しい技術は、情報利用の一般化し、インド太平洋諸国が海洋をより適切に監視するための独自の能力を持つ機会を提供している。
(2) ここ数十年で、世界中の多くの国が海の広大な地域に対する管轄権と、水と海底の資源に対する独占的権利を主張しており、現在、多くのインド太平洋島嶼国は、陸地の何倍もの海洋管轄権を有している。海洋ガバナンスを行使する上での最初の、そして間違いなく最も重要な段階は、海洋で何が起こっているのかを理解することである。多くの国は、海岸から遠く離れた海域で何が起こっているのかについてほとんど考えておらず、監視されていない空間は統治されていない空間であることを意味する。
(3) 広大な海域の状況を適切に把握するためには、費用がかかる。MDAは伝統的に、艦船、航空機からの視認情報、大型軍事衛星からのデータ、船舶自動識別装置(以下、AISと言う)からのデータに依拠している。これらのトップダウン監視システムの経費と複雑さのため、多くの貧困国が苦労している。
(4) しかし、多面的な技術革命により、MDAは最小の国でも手の届くところにあり、達成可能な価格で自国の海洋の状況を理解し、管理するための手段を提供する可能性がある。これらの技術には、衛星からのデータ、低価格の商用ドローン、人工知能、さらには監視のクラウドソーシングが含まる。
(5) 第1に、使用経費が廉価な商用衛星やその他の非軍事衛星の急増により、海洋の多く部分が定期的に監視されている。これらの衛星システムは、光学観測、船舶が発信する電波の周波数検出、反射光の検出など、さまざまな技術を使用して船舶を探知している。
(6) インド太平洋諸国では、AISと衛星データを重ね合わせるいくつかのインターネットを使用するウエブベースのプラットフォームが無料または低コストで利用できるようになりました。これにより、ユーザーはいわゆるダークシップを特定して、違法漁業や麻薬密輸などの違法行為に従事している間に検出される可能性を減らすことができます。そのようなプラットフォームの1つが、QUADの海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップの一環として米国が提供するSeaVisionである。EUのIORISシステムや英国のSOLARTAシステムなども利用可能である。重要なことは、利用者が複数の情報源から複数のプラットフォームにアクセスできるため、情報提供者が情報を差し控える機能が低下することである。現在、複数のデータの出所が米国のSkylightシステムのようなAIシステムによって補完されており、船舶の行動を分析してその活動や意図を予測し、当局が精査を行うための注意喚起を行っている。
(7) 小国はまた、視覚的監視の鍵となる空と海の船艇、航空機を購入する余裕がないことがよくある。現在、日米豪印はそれぞれ、一部の地域の提携国に対し、巡視艇、海上哨戒機、ドローンを提供している。ただし、これらの軍用の船艇、航空機は、維持と運用に依然として費用がかかる可能性があり、継続的な外部支援が必要である。しかし、低価格の商用ドローンの普及により、有人哨戒機や軍用ドローンの数分の一の経費で海上監視が可能になりつつある。それらの多くは地上無線リンクを介して制御されているため、沿岸基地または巡視船から比較的短い距離内の監視にのみ適している。しかし、衛星連動型の商用ドローンが利用可能になれば、排他的経済水域やそれ以遠の海域の監視も可能になる。
(8) 別の取り組みは、海洋を利用している人々を海上法執行機関の目と耳にすることで、MDAを効果的にクラウドソーシングすることである。モルディブ政府が海上安全を強化するために補助金付きで衛星電話を漁民に提供したとき、同国の海域にいる外国のトロール船に関する即時の報告をする権限も与えられ、漁業を取り締まる重要な手段となっている。
フィリピンで使用されているSeaWatchは、漁師が携帯電話を使用して、違法漁業やその他の違法行為に従事している疑いのある船舶の写真、その他の関連情報を提供することができる。地理的位置を付した報告は、すべてのアプリ使用者が利用できるようになる。モバイル通信範囲外で作成された報告は、覆域に入ると自動的にアップロードされるため、遅延が発生する可能性はある。また、漁民がスマートフォンを利用できるかどうかにも依存しているが、貧しい国でもかなりの割合でスマートフォンが利用されている。
(9) まとめると、これらの技術は高性能の軍用の海上監視システムの購入、運用、保守に苦労しているオーストラリアの近隣諸国にとって潜在的に革命的である。それらは、無料または低価格で複数の新しいデータと分析ソースを提供している。これらの使用により、多くのインド太平洋諸国は、海洋管轄権に対して高度な独自のMDAを達成することが可能である。
記事参照:New technologies will allow Indo-Pacific states to build ‘sovereign maritime domain awareness’

8月3日「南シナ海行動規範交渉、見通し立たず―インド専門家論説」(9Dasyline, August 3, 2023)

 8月3日付のインド太平洋関連インターネットメディア9Dashlineは、インドのシンクタンク、The National Maritime Foundation連携研究員Dr Apila Sangtam の “NO LAND IN SIGHT: PROSPECTS OF A SOUTH CHINA SEA CODE OF CONDUCT”と題する論説を掲載し、ここでDr Apila Sangtamは南シナ海行動規範を巡る交渉の先行きが見えていないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国とASEAN加盟国は、7月13日にジャカルタで開催された中国・ASEAN閣僚会議で、南シナ海行動規範(以下、COCと言う)交渉を今後3年以内に終えることで合意した。しかしながら、COCの法的性格と係争海域での中国の行動に対する、中国とASEANの相反する見解は、交渉の前途における重大な障害となっており、3年以内という設定された時間枠内での実質的な進展には疑問が残る。中国とASEANは2002年に「南シナ海における行動宣言(DOC)」に署名したが、これは単に「原則的な政治文書」に過ぎず、拘束力もなく、南シナ海での紛争の事態拡大を防ぐものではなかった。これに対してCOCは、南シナ海での緊張を緩和し、武力紛争への拡大を防ぐことを目的とした拘束力のある文書を目指すものであった。
(2) シンガポールのISEAS-Yusof Ishak Institute研究員Dr. Ian Storeyによれば、COC交渉は2002年以来全く進展していない。2016年の南シナ海仲裁裁判所の裁定が中国の9段線主張を無効とし、中国はこれを拒否したが、一方で、中国は国際法を遵守する責任ある大国としての自国の立場を印象付ける思惑もあって、COCの交渉を促進しようとした。それ故、ASEANと中国は2017年8月に、今後のCOC交渉のための枠組み合意に達した。そして2018年までに、ASEANと中国はCOC交渉の合同草案に合意した。2018年末のシンガポールでの演説で、当時の中国の李克強首相は2021年までの3年間でCOCを締結するよう主張した。しかしながら、Covid-19の世界的感染拡大など種々の理由からCOC交渉で実質的な進展がないまま、3年間の期限が過ぎた。
(3) 南シナ海における平和と安定の重要性については、全ての関係当事国の認識が一致するところである。また、これら諸国は海洋の安全、安全保障そして国際法に従った航行の自由を守ることの重要性についても認識を共有している。さらに、海洋環境の保護、科学調査、海洋の安全、国境を越えた犯罪との闘い、そして海洋資源の保護など、様々な分野での協力を積極的に促進することについても合意がある。しかしながら、他の分野では依然、深刻な見解の相違がある。中国の究極の目標は、南シナ海に対する完全な主権と支配の実現にあると見られる。一方、インドネシア、マレーシア、ベトナムおよびフィリピンも南シナ海の係争海域に対する主権を主張しているが、これら諸国は何よりも海洋の自由を確保する必要性を強調している。もう1つの難問は中国が2016年の仲裁裁定を認めなかったことであり、これはUNCLOSに基づく海洋のガバナンスメカニズムにとって有害である。UNCLOSの規定と裁定に従わないことは、南シナ海の効果的な紛争解決を妨げる最初の障害である。
(4) 見解の相違を生み出すもう1つの要因は、COCの下で禁止されることになる行動に関連するものである。たとえば、中国は東南アジア諸国が南シナ海で域外国の海軍と合同軍事演習を行うことを望んでいないが、ほとんどのASEAN加盟国はこの規定に反しており、また外国企業との共同事業を行う権利を含む、UNCLOSに基づく海洋権益を重視している。さらに、ベトナムは人工島の造成禁止、占拠海洋自然地形の非軍事化そして漁船などに対する妨害行為の禁止など、紛争当事国の自制を求めている。また、中国が設定を仄めかしている南シナ海上空における防空識別圏設定の禁止も求めている。ベトナムはまた、依然自国領と主張する中国が1974年に占領した西沙諸島を含む、南シナ海の全ての係争中の海洋自然地形にCOCが適用されることを望んでいるが、中国政府は西沙諸島を巡るベトナム政府との紛争を認めていない。こうした見解の不一致は、COCの交渉過程が将来的に合意に至ることを難しくしている。
(5) COCにおける関係当事国の相反する見解を調整することは困難な課題である。上記3年の期限は達成できなかった。現在、ASEANと中国は、COCの締結に向けての新たな3年という明確な期限に固執しているが、実現の可能性は疑わしい。COC交渉は2つの主要な障害に直面している。
a. 第1の障害は、COCを法的拘束力のある文書とすべきかどうかについての見解の相違である。ベトナムなど一部のASEAN諸国は、中国に対して違反の責任を問い、国際司法裁判所や法廷を通じて賠償を請求できる、法的拘束力のあるCOCを提唱しているが、2016年の仲裁裁定の拒否にも明らかなように、中国は一貫してこれに抵抗している。
b. 第2の障害は、中国がこの海域、特にインドネシア、マレーシア、フィリピンおよびベトナムのEEZで「グレーゾーン」戦術を駆使していることである。たとえば、フィリピンは2022年に、中国船による自国EEZ侵入に抗議する覚書を193回送付した。また、フィリピンのEEZに48隻の中国漁船が集結したことやベトナムが自国EEZで28日間の妨害行為を行った中国調査船の退去を要求したことなどの最近の事案は、ASEAN諸国が海洋権益を行使する際に直面する緊張と課題を浮き彫りにしている。
(6) これらの現実と双方の見解の不一致を考えれば、COCが設定された新たな3年の期限内に実質的な進展を達成することには疑問がある。COCの法的性格に関する見解の相違と、係争海域における中国の威圧的な行動は、包括的かつ効果的な合意に達する上での重大な障害となっている。これらの根本的な問題が解決されない限り、有意義で強制力のあるCOCの実現の見通しは不透明なままである。
記事参照:NO LAND IN SIGHT: PROSPECTS OF A SOUTH CHINA SEA CODE OF CONDUCT

8月4日「AUKUSの価値と課題―米専門家論説」(The Ripon Society, August 4, 2023)

 8月4日付の米共和党系政治組織Ripon Societyは、米シンクタンクCenter for a New American SecurityのIndo-Pacific Security Program のLisa Curtisによる、“Proving the Benefits of AUKUS”と題する記事を掲載し、Lisa Curtis はAUKUSがオーストラリアへの原子力潜水艦供与だけでなく、「第2の柱」のための協力を迅速に開始して、その価値を示さなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリアに原子力潜水艦を供与するというAUKUSは、米国のBiden政権の特徴となるインド太平洋構想であり、最も緊密な同盟国と協力して中国を抑止するという米国の関与を示すものである。
(2) AUKUSは、長期的な取り組みである。オーストラリアが自国の原子力攻撃型潜水艦を建造できるようになるまでには15年以上かかるだろう。この間、米国は、今後10年間で3隻から5隻のバージニア級潜水艦をオーストラリアに譲渡すると発表している。
(3) しかし、AUKUSは単に潜水艦技術を共有するだけではない。サイバー、人工知能、量子コンピューティング、極超音速、電子戦、技術革新、情報共有、先進的な海中能力といった8つの分野において、3ヵ国の技術研究と重要な防衛能力へのその応用を共同で利用しようとする包括的な技術・産業協力協定である。このAUKUSのいわゆる「第2の柱」の下で、3ヵ国は特に防衛領域における技術的優位を確立する競争において、中国に対する集団的競争力を強化することになる。
(4) AUKUSに内在する障害としては、以下のようなものがある。
a. AUKUSは、QUAD構成国である日本やインドのような国々からは好意的に受け入れられているが、東南アジア諸国の中には、AUKUSが米中間の軍事的緊張を煽っているのではないかと懸念する国も存在する。インドネシアやマレーシアに関しては、International Atomic Energy Agency(国際原子力機関)のRafael Mariano Gross事務局長が最近、オーストラリアが核不拡散義務を堅持していることに対して信頼を表明しているにもかかわらず、それらの国々は核拡散への懸念を表明している。一方、ベトナムやフィリピンのような国々は、海洋での行動に対する主張を強める中国を押し返すための多国間の取り組みに価値を見出すかもしれない。いずれにせよ、米国とその提携国はこの構想に対する地域の支持を弱めようとする中国の偽情報作戦に警戒しなければならない。
b. 第2の障害は、この取り組みにかかる莫大な費用である。オーストラリアは米国の造船業を拡大するために約30億ドルの投資を公約しており、これは米国の納税者だけでなく、すでにU.S. Navyの所要を満たすのに苦労している米国の造船所に負担をかけることに懸念を表明している米国の議員にとっても、この取り組みが受け入れ易いものになる可能性がある。今後30年間で1,830億ドルから2,500億ドルと見積もられるオーストラリアの原子力潜水艦導入計画の巨額の費用を支えるために必要な増税やその他の支出削減について、国内で激しい議論を巻き起こしている。
c. AUKUS履行の最大の障害は、米国の輸出規制と機密技術の移転に関する規制の複雑なもつれから来るものだろう。国際武器取引規則(International Traffic of Arms Regulations)の一覧表に掲載されている技術を輸入しようとする外国企業は、機密となっている品目の輸入許可を得るために特定の条件を満たさなければならない。米国議会は現在、これらの規制の一部を緩和することを目的とした様々な法案を検討している。
(5) 3ヵ国は、第2の柱である先進的な能力に関する協力を始めるために迅速に行動に移り、AUKUSの価値を速やかに証明しなければならない。
記事参照:Proving the Benefits of AUKUS

8月5日「建軍96年を迎える中国人民解放軍の軍事改革の新たな段階―台湾専門家論説」(Observer Research Foundation, August 5, 2023)

 8月5日付のインドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、台湾の中国の防衛・外交政策を研究しているSuyash Desaiの “PLA at 96: A new phase of continued military reforms”と題する論説を掲載し、ここでSuyash Desaiは中国が人民解放軍関連の予算の増加、兵器の近代化、人事政策改革、地方の防衛動員計画を推進しており、2015年から8年間絶え間なく続いた軍事改革の後も改革に減速の兆候はなく、国家安全保障目標を真剣に達成しようとしているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国人民解放軍(以下、PLAと言う)は2023年8月1日に建軍96周年を迎えた。2015年中央軍事委員会で習近平主席が開始した軍事改革から8年が経過した今日、PLAはすでにインド太平洋地域で最強の軍隊の1つになっている。
(2) 2017年の第19回党大会で、習主席はPLAの3つの重要な目標として、2020年までの機械化、2035年までの情報化、2050年までの世界クラスの軍隊への転換を掲げた。さらに、2021年には、建軍100周年を記念し、中国の軍事近代化運動を軌道に乗せるため、「2027年軍事建設目標100周年目標の達成を確実にする」という短期的な時程表が習近平の重要な目標に追加された。一部の学者は、これを2027年までにPLAによって台湾を併合しようとする習近平の試みと解釈している。
(3) 8年間続いた改革の後、PLAが改革過程の第2段階に入るにつれて、中国の軍事改革の性質は進化し、今日では、組織の変化よりも人間的な側面に重点が置かれている。今後5年から7年の中国の軍事改革には4つの重要な側面がある。それは、予算、兵器、人員、地方である。
(4) 第1に予算について。PLA関連予算は、Covid19の世界的感染拡大以降経済が比較的減速しているにもかかわらず、国防予算は近年、劇的に増加し、2023年の国防予算は対前年比7.2%の増加で、約1兆5,500億元(約2,240億米ドル)で、2013年の2倍になった。対前年比も2022年の7.1%増から若干上昇し、8年連続の増加である。ただし、中国はデータを操作し、差し控えることで定評があり、それは国防費にも反映されている。したがって、防衛データの内訳は非常に不透明である。
(5) 第2に兵器について。相対的な景気減速にもかかわらず、PLAはより近代的な艦艇・航空機・車両とシステムを調達し続けている。それには、高性能の潜水艦、巡洋艦、駆逐艦、ステルス戦闘機、軽戦車、新しい戦略ミサイルが含まれる。
(6) 第3に人員について。兵器の近代化とともに、最近、装備の背後にいる人員にも重点が移っている。これは、中国の先進装備への人材供給が不十分であり、需要と供給の不整合が一因となっている。中国は、最近、徴兵の条件を修正した。大学教育を受けた技術志向の人材を採用し、福利厚生と給与を増やして、中国社会の多様な専門分野から、より有能な新しい要員を軍に入れようとしている。さらに、習近平は、2049年までにPLAを世界クラスの軍隊に変えるための重要な要素の1つとして、人事政策の近代化も強調している。これは、2021年の両年制義務兵制度への切り替え(徴兵期間を従来の3年から2年に変更した制度変更を指す:訳者注)、採用条件の変更、兵士の教育システムの変更、下士官集団の役割と責任の変更、予備軍制度の改革などの近代化を実施している。
(7) 第4に地方について。2021年以降、PLAは地方の防衛動員にも焦点を当て始めている。PLAは、紛争や事態拡大の際に、利用できる地方の人的資源を平時から最大限に開発しておくことは不可欠であると考えている。それには、地方で国防動員事務所を創設して、権限を与えることを考えている。その権限には、事態が拡大していく際に軍隊と資源を動員すること、PLAの兵站を支援し軍と民間機関の間の調整を確立することが含まれる。
(8) 中国は、兵器の近代化、人事政策改革、統合共同作戦能力の達成、地方の動員システムの改革に加えて、戦略兵器、サイバーおよび宇宙能力、戦略的兵站能力、水陸両用戦、国境防衛能力への予算増加を続けており、それらは今後5〜7年間続くと考えられる。建軍96年のPLAは、8年間の絶え間のない軍事改革の後も、改革に減速の兆候はなく、継続的な投資により、中国の国家安全保障目標の達成に真剣に貢献していくであろう。
記事参照:PLA at 96: A new phase of continued military reforms

8月8日「ASEANとの関係を急速に深めるEU―フィリピン研究者論説」(South China Morning Post, August, 8, 2023)

 8月8日付の香港日刊英字紙South China Morning Postは、University of the Philippines の上席研究員Richard Javad Heydarianの“As warming ties with the Philippines show, the EU is quietly building a new golden age with Asean”と題する論説を掲載し、そこでRichard Javad Heydarianは、近年急速に協力を深めるEUとASEANの関係について、その背景と今後の展望を要旨以下のように述べている。
(1) European Commission委員長Ursula von der Leyenが初めてフィリピンを訪問したとき、「ヨーロッパの安全保障とインド太平洋の安全保障は不可分」であり、「海洋安全保障に関してフィリピンと協力を深める準備ができている」ことを強調した。それに加え、Ursula von der Leyen委員長は、フィリピンとのより包括的な提携の追求の意思を表明した。
(2) 戦略的多様化を模索する東南アジア諸国は、EUの関与の深まりを歓迎している。他方EUは、インド太平洋における戦略的足がかりを拡大することで経済的機会を極大化し、世界で最も重要な地域における米中冷戦を鎮めようとしている。
(3) EUとフィリピンの関係は、この10年で激しく動いた。Benigno Aquino III政権下で、両者の関係は頂点に達したが、それは同政権がEU市場の開拓を模索したからであった。しかし、Rodrigo Duterte政権の誕生は両者の関係に大きな打撃を与えた。人権問題に関するEUの批判が高まるなかで、Duterte政権はEUの介入を不当だとして非難したのである。
(4) Ferdinand Marcos Jr.政権の誕生によってフィリピンとEUの関係は再び良好になりつつある。Ferdinand Marcos Jr.はASEAN・EU首脳会談などの出席を含め、複数回ヨーロッパを訪問し、またKamala Harris米副大統領やAntony Blinken米国務長官、Lloyd Austin米国防長官などの訪問を受け入れるなど、西側諸国との関係を強めている。
(5) Ursula von der Leyen委員長は、EUとフィリピンの「新時代の協力」を加速させ、「民主主義の強化」と「法に基づく国際秩序」の維持を進める意思を表明した。Ferdinand Marcos Jr.もまた、「民主主義の価値の共有」を歓迎し、両者の関係をさらなる高みに至らせることを希求した。こうした、EUとフィリピンの戦略的紐帯の強化は、地域における地政学的なすう勢を反映している。
(6) 第1に、EUとASEANの間の経済的関係の深まりである。ASEANはEUにとって、中国と米国に次ぐ第3の貿易相手国で、2022年の貿易総額は2,718億ユーロに達した。ASEANにとってもEUは第3の貿易相手国である。またASEANへの海外直接投資については、2020年にはEUからは3,501億に達し、2番目に大きい数字だ。EUは最近ベトナム、シンガポールと自由貿易協定を締結しており、フィリピン、インドネシア、タイが次の候補である。
(7) こうした経済的関係の深まりによって戦略的関係が深まり、安全保障パートナーシップの強化につながる。2019年にEUはベトナムと特別防衛協定を締結している。ベトナムは、長年の兵器供給国であったロシアと距離をとりつつあり、そうしたなかでこうした軍事協力が深まることで、さらなる発展が期待される。Ursula von der Leyen委員長はフィリピン訪問のあいだ、特に沿岸警備隊の能力強化に焦点を当てたフィリピンへの安全保障支援を提案した。
(8) 第2に、インド太平洋における米中対立の中で、戦略的自立を維持することがEUとASEAN関係強化の背景である。EUはこれまでの戦略文書で、法に基づく国際秩序の擁護に関与してきたが、それは米中対立において米国について行くことを意味しない。特にドイツなどは、アジアの主力国家との経済的、戦略的協力の拡大にかなりの投資をしている。そうしたEUの姿勢がASEANにも魅力的に映っている。東南アジアの政策策定に係わる指導的地位にある人々は、日本やインドではなく、EUを最も望ましい「第3勢力」の提携国とみなしているという調査結果もある。EUは、戦略的利益と展望を共有するASEANとの間に、静かではあるが着実に、新たな黄金時代を築きつつある。
記事参照:As warming ties with the Philippines show, the EU is quietly building a new golden age with Asean

8月8日「中国の自制的姿勢を悪用してはならない―中国政府系紙論説」(Global Times, August 8, 2023)

 8月8日付の中国政府系紙環球時報英語版Global Timesの電子版は、“Don't take China's restraint at Ren'ai Reef as a chance to exploit: Global Times editorial”と題する社説を掲載し、フィリピンが仁爱礁(セカンド・トーマス礁)に建築物資を運搬していたことに言及し、これまでのものを含めた中国側の対応が自制的で正当なものであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国の繰り返しの警告にもかかわらず、フィリピンは8月4日、南沙諸島に位置する仁爱礁(セカンド・トーマス礁)に船団を派遣し、違法な建築物資を運び入れようとした。中国側は法律に則ってその船団を放水銃を使って退去させた。それに対し、フィリピンが批判し、米国は同盟国フィリピンを支持する旨、表明した。
(2) 事実ははっきりしている。1999年にフィリピンの軍艦が仁爱礁に座礁した後、中国は即座に抗議した。フィリピンは座礁した軍艦をそこから退去させると約束してきたが、今もそこにあるままである。それどころかフィリピンはそれを修復、補強し、仁爱礁の恒久的な占領を目論んでいる。そして今回フィリピンは、建築物資の搬入を試みたということである。
(3) フィリピンと米国は状況をよく理解しているにもかかわらず、西側メディアは中国が放水銃を使ったことのみを報じている。事実は、海警船がフィリピン船と衝突したら後者が沈没する可能性があったこと、フィリピン船が警告を無視して前進してきたので、中国側が放水銃を使ったに過ぎない。自国の司法権が及ぶ範囲で違法行為を認める主権国家など存在せず、中国側の行為は合法である。強調すべきは、中国側が強く自制の姿勢を見せているということである。座礁した軍艦への食料などの搬入については、中国は特別な措置を採ってきた。フィリピン側は中国の親善を裏切り続けている。
(4) 2023年初め、座礁した軍艦を堅固にする野心をフィリピンは明らかにした。2月からPhilippine Coast Guardは南シナ海の哨戒を強化し、4月には中国に対する挑発のために現場にメディアを招待し、6月に仁爱礁に許可なく侵入した。緊張の高まりの責任がどちらにあるかは明らかである。
(5) フィリピンがそのように行動する理由は2つある。第1に、フィリピンは米中の戦略対立を利用し、南シナ海論争で多くの利益を得ようとしている。第2に、米国が最近フィリピンとの間で軍事協力を進め、フィリピン防衛の誓約を繰り返し表明していることである。それによってフィリピンは自信を深め、冒険的行動に向かうのである。
(6) 座礁した軍艦が24年間も仁爱礁にあり続けることが、中国側の自制の証拠である。中国は最大限の寛容と親善の姿勢を見せてきた。軍艦はもはや修復不可能であり、自然に朽ちるのに任せることが最も平和的な解決策だ。しかしフィリピンは、米国の後押しを受けて誤った幻想を持ち、危険性を高めている。フィリピンは早く幻想から覚めることだ。そうすればフィリピンは多くの利益と、南シナ海における平和と安定を享受できるだろう。
記事参照:Don't take China's restraint at Ren'ai Reef as a chance to exploit: Global Times editorial

8月9日「共同演習で中国はロシアから何を学んでいるか―台湾安全保障戦略専門家論説」(The Diplomat, August 9, 2023)

 8月9日付のデジタル誌The Diplomatは、淡江大学国際事務輿戦略研究所助理教授の林穎佑の“What Is Russia Teaching China in Military Drills?”と題する論説を掲載し、そこで林穎佑は7月末に実施された中ロ共同演習に言及し、中ロの協力が深まる中で、中国が台湾侵攻に備えてロシアから多くの教訓を学ぶ可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2023年7月末に中ロは日本海で共同演習を実施した。中国人民解放軍(以下、PLAと言う)はこの機会を利用し、ロシアがウクライナ戦争から得た教訓を学び、それを実践に移すかもしれない。それはつまり、米国の偵察機などにどう対処するかである。
(2) PLAは2022年8月と23年4月に、台湾海峡において大規模な演習を実施した。この2つの演習で、PLAはP-8Aを含むさまざまな米軍機による近接偵察を受けた。ウクライナの状況もこれと似ており、米国とNATOの電子哨戒機などが戦場周辺を飛行し、ウクライナ軍にデジタル情報を提供している。
(3) ウクライナも戦争の前から、米国による軍事支援を得ていたが、台湾は長期にわたり米国制兵器を使用しており、新たな兵器システムを既存のものに統合することに慣れている。台湾海峡で軍事衝突が起きれば、台湾軍と米軍の相互運用性は、1996年の台湾海峡危機時より相当程度改善されているであろう。また、台湾海峡で戦争が起きたとしても、米軍は直接関わるのではなく、電子偵察のために航空機、あるいは艦艇を台湾周辺に派遣し、台湾軍を支援することに集中するかもしれない。この場合、PLAが最も知りたいのは、ウクライナの戦場でロシア軍がそれにどう対処したのかである。
(4) ウクライナ戦争の主戦場は地上であるが、黒海も重要な戦場の1つである。ウクライナ軍は黒海では顕著な成功を収め、ロシアの艦隊に大打撃を与えた。そこでは船同士の戦闘はなく、米国から提供された地上発射の兵器やドローンによって戦果は達成された。これは重要な教訓である。したがって、中国側の台湾侵攻に対して台湾軍が準備することは、海岸に設置するミサイルや無人水上艇、無人潜水艇、無人航空機を増強することである。それによって、ロシア軍が黒海で直面したことを、PLAにも味わわせることができるだろう。こうしたことを踏まえれば、PLAはウクライナ戦争におけるロシアの経験を学ぶことが重要なのである。
(5) 中国はロシアにとって重要な提携国で、制裁を受けるロシアに大量の物資や予備品を供給している。ドローンが重要な資産である現在、中国製ドローンがロシアに提供されるかどうかは大きな問題である。またロシアが中国製航法衛星システムの利用権を手に入れるかどうかも注目である。中ロの協力が深まれば、ロシアが冷戦期に蓄積してきた対弾道ミサイル技術について、中国がロシアから多くのことを学ぶ可能性も出てくるだろう。
記事参照:What Is Russia Teaching China in Military Drills?

8月10日「マラバール演習とオースラリアの海軍外交―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, August 10, 2023)

 8月10日付けのAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、Australian Strategic Policy Instituteの防衛部門の副部長Jennifer Parkerの“Not just another naval exercise: Malabar’s vital messaging”と題する論説を掲載し、Jennifer Parkerは抑止力を支える意思疎通、能力および信頼性という文脈において、Royal Australian Navyが参加するマラバール演習では、海軍外交が前面に出てくるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2007年、Royal Australian Navyのミサイル駆逐艦「アデレード」は、インド空母「ヴィラート」と米空母「キティホーク」とともにインド洋北西部で演習を行った。「アデレード」がインドと米国の艦艇とともに演習を行ったことは、オーストラリアがマラバール演習に初めて参加したことを意味する。
(2) オーストラリアの最近の「国防戦略見直し」では、拒否による抑止戦略が明確に示された。この構想が、オーストラリアにとって適切な海洋戦略として大規模に実現可能かどうかについては、真摯な議論が必要であり、一部の専門家は、オーストラリアにとってシー・ディナイアル(sea denial)は十分な海洋戦略となる可能性が低いと主張している。
(3) しかし、Royal Australian Navyはこの国の抑止戦略において重要な役割を果たしている。効果的な抑止は、しばしば 3つの C(意思疎通(communication)、能力(capability)、信頼性(credibility))に支えられていると考えられている。海洋での任務は、一般的に軍事、警察、外交の3つの分野に大別される。8月11日にオーストラリア沖で開始されるマラバールのような海軍演習は、海軍外交任務の重要な要素である。このような抑止力の意思疎通、能力および信頼性という文脈の中で、マラバール演習では海軍外交が前面に出てくる。
(4) 2007年の第1回QUADの後、マラバール演習はベンガル湾に移り、シンガポール、日本、オーストラリアが参加した。インドが主導した多国間演習「ミラン演習」への参加を踏まえ、2007年のマラバール演習に参加したRoyal Australian Navyは、インド洋の隣国である2国間の海洋問題への関心が高まっていることを示した。2007年のマラバール演習では、演習海域や発展に関して中国から反発が噴出した。2008年、当時のKevin Ruddオーストラリア首相は中国外交部長との会談後、オーストラリアの演習参加を中止し、QUADの重要な一面であるこの演習からオーストラリアが離脱したことは、明らかにインドの神経を逆なでした。オーストラリアは何年もかけて演習への再参加を目指したが、その取り組みはインドによって必ず拒絶されていたと伝えられている。2015年、インドを訪問した当時のオーストラリア国防相Kevin Andrewsは、オーストラリアが演習に再び参加する意思があることを何度も表明した。しかし、招待はなかった。2015年に豪印2国間演習AUSINDEXが創設され、オーストラリア主導の大規模な多国間演習カカドゥにインドが参加しているにもかかわらず、オーストラリアのマラバール参加への取り組みは一貫して拒否された。
(5) 8月11日からオーストラリアの海域でマラバール演習が初めて開始されるが、この演習の歴史は重要である。この演習は単なる海軍演習ではない。オーストラリアがこの演習から脱退し、その後インドが再参加を認めなかったのは、中国がこの演習とQUADに対して抱いている認識と明らかに関係があった。2020年、オーストラリアは、中国からの経済的威圧が長く続いた時期に演習に再び参加し、以来3回にわたって毎年参加している。重要なのは、2020年の演習がベンガル湾で実施されたことである。これは、中国が最初に異議を申し立てる直前に開催された場所である。その後、フィリピン海、東シナ海、そして現在はオーストラリア沖で実施されている。
(6) 場所といい、オーストラリアが参加するという事実といい、どちらも重要である。これはQUAD諸国が能力を持っており、演習の規則性と複雑性を経て、一致協力する信頼性を持っているという明確な合図を伝えるものである。これは、国防戦略見直しの抑止戦略にとって不可欠なものである。これを支えるのは、海軍外交と信頼できるRoyal Australian Navyである。
記事参照:Not just another naval exercise: Malabar’s vital messaging

8月10日「中国は北極への進出を決意している―米専門家論説」(19FortyFive, August 10, 2023)

 8月10日付の米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトは、The Heritage FoundationのMargaret Thatcher Center for Freedom欧州問題担当上席政策分析官Daniel Kochisの‶China Is Determined To Push Its Way Into The Arctic″と題する論説を掲載し、ここでDaniel Kochisは中国が北極圏から遠く離れているにもかかわらず、北極評議会にオブザーバー参加しているほか、北極圏に聴音装置を設置して情報収集に努める等、北極圏に進出しようとしている。Margaret Thatcher Center はこれを数年前から警告したが、米国の政権は耳を貸そうとしなかったとして、要旨以下のように述べている。
(1) 8月4日、中国とロシアの海軍艦艇11隻がアラスカのアリューシャン列島付近を航行したことに対応し、U.S. Navyは駆逐艦4隻とP-8哨戒機を派遣して中ロの艦艇部隊の監視を行った。「これは米国にとって前例のないことである」とアラスカ州選出共和党のDan Sullivan上院議員は述べている。米国は大西洋や太平洋と同時に北極圏の国家でもあり、政策立案者は北極圏における米国の主権を守るために、安全保障上の脅威に対する国民の意識を高めるとともに米国が国家主権を守るための資源を確保する努力をしなければならない。有効な措置としては、中国共産党に関する特別委員会が、北極圏における中国の脅威についての公聴会を開くことである。
(2) 7月、中国極地研究中心は「北極海に大規模に」聴音装置を配備するための技術試験に成功したという驚くべき発表を行った。中国は長い間、北極圏での「科学的」な活動を、軍事的活用の煙幕にしており、深刻な懸念材料である。2018年、中国極地研究中心はフィンランドのラップランド地方にあるケミヤルヴィ空港を購入、または借り上げしようとしたが、これは地元当局がMinistry of Defence of Finlandに見解を確認し、却下された。中国の計画では、北極への調査飛行のために滑走路を延長することになっていた。ケミヤルヴィの市長は「飛行ルートは中国、ロシアの双方が関心を有する北極海と北東航路の観測が可能なことに加え、フィンランドにあるヨーロッパ最大のロヴァヤルヴィ射撃場上空を通過するものであったと説明している。
(3) 2019年、U.S. Department of Defenseは 「民間の研究が北極海における中国の軍事的展開強化を助長する可能性がある 」こと、「核攻撃に対する抑止力として中国が潜水艦をこの海域に配備する可能性がある 」と警告している。これは、中国の学術誌に発表された北極海での潜水艦作戦に関する研究を反映したもので、その中には "Peridynamic Model for Submarine Surfacing through Ice"(潜水艦の氷海浮上に関するペリダイナミック・モデル:ペリダイナミックとは複雑な破壊現象の模擬化を得意とする分析手法:訳者注)と題された論文も含まれている。中国の新たな聴音装置がこれほど警戒されるのは、米国や同盟国の潜水艦の追跡に使われるためである。かつて冷戦時代に、米国とその同盟国に決定的な優位性をもたらしたソ連潜水艦を追跡するための水中音響監視システムが、「民間の海洋調査を隠れ蓑として構築された」と言われるのを中国も参考にしているようである。
(4) 中国は何年も前から北極圏進出を図ってきた。2022年秋、中国の偵察気球がアラスカ上空で偵察を行ったのとほぼ同時期に、カナダは北極海域で中国の偵察ブイ4基を発見した。これらのブイは、海底図作成、氷の厚さや潜水艦の行動の監視に利用されていた可能性がある。Margaret Thatcher Center for Freedomは当時、北極圏における中国の野心について懸念を表明したが、Biden政権は耳を貸さなかった。米国の消極的姿勢と中国・ロシアと米国の間の溝を見て、習近平は北極圏での中国の存在感を高める機が熟したと確信しているようである。
(5) しかし、中国が北極圏に最も近い地点からでも800海里以上離れているという事実は変わらない。中国は「近北極国家」であると無茶苦茶な主張をしているが、北極圏の国ではないという単純な事実によって自ずと制限がある。このため、中国政府は科学的協力や2013年のArctic Council(北極評議会)のオブザーバー参加、北極圏への投資や新しい砕氷船の建造(中国はすでに米国の2倍の砕氷船を保有している)まで、あらゆることを試みてきた。しかしロシアによる2度目のウクライナ侵攻後、Arctic Councilもその未来は不透明である。フィンランドとスウェーデンは最近、北方地域における中国との科学協力を打ち切り、また、グリーンランドに衛星アンテナ地上局を建設するという2017年の中国の提案も頓挫した。2020年、カナダ政府は安全保障上の懸念から、ヌナブト準州ホープベイ金鉱の中国による買収計画を中止させた。中国による北極圏諸国への投資は、ほぼすべて失敗に終わっている。
(6) 例外は、ロシア北極圏への投資である。中国政府にとって、北極圏への影響力を得るためのすべての道はモスクワを通っており、過去10年間、北極圏の資源採掘に900億ドル近くを投資してきた。しかし、北極圏はロシアが「中国との取引で優位に立つ」ことができた地域の一つで、「国家安全保障にとって重要な地域へ中国が不当に立ち入ることを警戒」している。しかし、ウクライナとの戦争が長引くにつれ、ロシアの立場は日に日に悪化しており、西側企業との提携を阻まれたロシアは、北極圏でエネルギーや鉱業計画を開発するための技術や資金を中国に頼らざるを得なくなっている。中国政府は、安価なエネルギーの安定供給、ロシアへの政治的影響力、中国企業に有利な建設契約など、多くの見返りを得ている。これらはすべて、中国政府にとって北極圏での貴重な足掛かりとなる。
(7) アリューシャン列島での今回の事件と、中国極地研究中心の聴音装置設置計画は、すでに分かっていたことを強調したものである。この灼熱の8月、米国の政策立案者たちは氷に閉ざされた北極圏で何が起きているのか、目を覚まして注目すべきであろう。
記事参照:China Is Determined To Push Its Way Into The Arctic

8月10日「長びくウクライナ戦争におけるロシアの海洋力―シンガポール専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, August 10, 2023)

 8月10日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトIDSS Paperは、同School客員教授兼Maritime Security Programme特別顧問Geoffrey Tillの” RUSSIAN MARITIME POWER IN A LONG UKRAINE WAR”と題する論説を掲載し、ここでGeoffrey Tillはロシアのウクライナ侵攻は西側諸国に警戒を引き起こし、西側諸国はロシアに確保されている海上での戦略的主導権を回復するために、どの程度まで危険性を冒すことができるのかと疑問を呈して、要旨以下のように述べている。
(1) 最近のドナウ川沿いのウクライナの主要港への攻撃や黒海穀物イニシアティブ(以下、BSGIと言う)の停止など、黒海をめぐるロシアの海洋戦略は、陸上でのロシア・ウクライナ戦争にとって決定的なものになるかもしれない。ロシアが最近、ドナウ川のウクライナの主要港であるレニとイズマイルを攻撃したのは、ウクライナがクリミアへ繋がるケルチ橋を攻撃したことに対する感情的な反応ではない。むしろ、クレムリンの冷徹で合理的な計算を表している。陸上ではどちらかが決定的な突破口を開く可能性は低く、それゆえロシア・ウクライナの戦争は消耗戦で長期化し、見過ごされがちな海上での紛争が、最終的には決定的なものになるかもしれないというロシア側の認識を意味する。
(2) BSGIの停止は、ロシアにとって賭けである。なぜなら黒海産小麦の最大輸入国の1つである中国をはじめ、ロシアが良好な関係を求めている国々に悪影響を及ぼすためである。Putin大統領は、アフリカの主要6ヵ国に無償で穀物を提供するとしているため、BSGIからの撤退がロシアの国際的地位に与える損害を抑える必要がある。
(3) ロシアは、道路や鉄道、さらには河川を利用した代替輸送を検討しなければならないが、大型穀物船が持つ利点は決して得られないことを知っている。10万トンの小麦を運ぶ大型穀物船は、鉄道車両1,000両分に相当する。さらに、ウクライナの鉄道は西ヨーロッパとは異なる軌道で運行されている。そのため、穀物の輸送の両端だけでなく、中間地点でも複雑な積み替えが必要となる。ドナウ川の利用拡大も同様で、交通量が大幅に増えれば、ドナウ川での通常の貿易は深刻な打撃を受ける。米国はそのための資源を提供し、クロアチアは協力的で、EUは穀物をヨーロッパ経由で輸送するための「連帯レーン」の確立を支援すると約束している。ロシアによるウクライナのドナウ河港への攻撃を見ても、このような河川交通に軍事的危険性がないとは言い切れない。これは、ロシアの敵対国すべてに経済的悪影響を及ぼしている。
(4) 仮にBSGIが再開されたとしても、ウクライナは、同等の産業が現在損害を受けていないロシアに比べ、長期的に経済的な利点を享受することはできないだろう。さらに短期的には、小麦の輸出量が減ることで小麦価格の上昇率は現在9%から15%に上昇しており、ロシアの利益はさらに増える。現在、ロシア経済は驚くほど好調である。
(5) この海洋での挑戦が戦争に勝利することを証明するかもしれないという危険性から、多くの対応策が提案されているが、どれも問題を抱えている。Volodymyr Zelensky大統領は、長期にわたる西側の無制限な支援が問題になりかねないことを常に意識し、ロシアの穀物輸送に脅威を与えることにすぐに気付いた。ウクライナがロシアの黒海支配に対抗できる能力は、現状では非常に限られているため、これは作戦上非常に困難である。さらに、このような作戦が成功すれば、モスクワは間違いなく、飢餓に苦しむ何百万人ものアフリカの人々にモスクワが無償で送っている穀物をテロリストが攻撃したとみなすだろう。
(6) Volodymyr Zelensky大統領は、出港するウクライナの穀物船を黒海のNATO水域に通すことで、ロシアの攻撃を抑止するという防衛策も提案している。航行の自由の行使としては合法だが、ルーマニア、ブルガリア、トルコがそのような動きに満足するかどうかは疑わしい。また米国も乗り気ではなかった。トルコがモントルー条約の解釈を変更し、フランス、英国、米国などのNATO海軍による黒海への幅広い進出を認めない限り、護衛任務はルーマニアやブルガリアの限られた海軍、あるいは能力のあるトルコ海軍に委ねられる可能性が高い。そのいずれもが、ロシアとの紛争を拡大させる危険性の増大や、そのような航行を試みる商船の高額な保険料を受け入れる用意があるかどうかは疑わしい。
(7) 一般的に、ウクライナがロシアの穀物輸出を脅かしたり、それに匹敵する損害を与えたりする能力は、限られている。紛争初期にロシアの巡洋艦「モスクワ」が沈没し、ロシアBlack Sea Fleetがウクライナ沿岸を閉鎖することに消極的であったため、ロシアは依然として、制海権を保持している。ロシアは現在、ウクライナをほぼ全面的に封鎖している。最近のオデーサ攻撃で明らかになったように、ロシアは海上を拠点として多方面から沿岸部を攻撃することが可能である。戦略的に重要で、防御が不十分な目標を脅かすことで、すでに緊張状態にあるウクライナの防空システムを複雑にしている。海上でのロシアの作戦支配力は、ウクライナ側が上陸作戦を実施する機会を否定している。
(8) Военно-морской флот(Military Maritime Fleet、以下、ロシア海軍)、特に非常に有能とPutin大統領が宣伝している潜水艦部隊は、ロシアの残存抑止力を示す確かな指標である。Putin大統領は、ロシアの海軍力の積極的な活用、計算された核の曖昧さ、作戦上の危険性を受け入れる傾向を通じて、「事態の拡大の支配」を目指しているのかもしれない。ゲームのルールを決定する能力を獲得することで、敵対国を不利な状況に追い込むのである。
(9) ロシア海軍はまた、国際世論、特にグローバル・サウスと呼ばれる国々におけるシナリオの戦いを支援する上でも役立っている。この点で、アフリカは戦略的重要性を増している地域であることが証明されつつある。ロシア海軍が紅海のスーダンに海軍基地を開設し、South African Navyと最近演習を行ったことで、モスクワがBSGIから脱退したにもかかわらず、アフリカではロシアの大義に対する好ましくないレベルの同情が維持されている。Putin大統領による7月30日の海軍の日にサンクトペテルブルクで行われたBaltic Fleetの視察は、Putin大統領が常に、海洋力・海軍力の発展を通じてロシアの大国復活を強く主張してきたことを思い起こさせる。Putin大統領のBaltic Fleetの視察には何人かのアフリカの首脳が同行している。Putin大統領は海軍の業績を賞賛し、今年中に30隻の新造船を建造することを約束した。この海洋政策は、ロシアの何世紀にもわたる南下と完全に一致しており、2014年のクリミア奪還と2022年2月の侵攻の一因となった。Putin大統領は、これから展開されると思われる長い戦争において、陸上で起こることが海上での出来事に大きく影響され、決定的な影響を受けることを望んでいる。
(10) このような事態が西側諸国に引き起こした警戒は、少なくともPutin大統領が正しいのではないかと心配する声があることを示唆している。もしそうだとすれば、西側諸国は海上での戦略的主導権を回復するために、どの程度まで海上での対抗措置で応じる危険を冒すことができるのだろうか。
記事参照:RUSSIAN MARITIME POWER IN A LONG UKRAINE WAR

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) Competing without Fighting: China’s Strategy of Political Warfare
https://csis-website-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/2023-08/230802_Jones_CWFExecSum.pdf?VersionId=iOFqLcaC8Uv.esHkL16Z7QFx9uaKFI4N
CSIS, August 2, 2023
By CSIS’s Seth Jones on his report with Emily Harding, Catrina Doxsee, Jake Harrington, and Riley McCabe
2023年8月2日、米シンクタンクCenter for Strategic and International Studiesのウエブサイトは、同シンクタンクの上席副所長Seth Jones、同シンクタンクInternational Security Programの副ディレクター兼上席研究員Emily Harding、同シンクタンクTransnational Threats Projectの参与兼准研究員Catrina Doxsee、同シンクタンクInternational Security Programの諜報活動研究員Jake Harrington、同シンクタンクTransnational Threats Projectの計画調整担当兼研究助手Riley McCabeによる、“Competing without Fighting: China’s Strategy of Political Warfare”の報告書の要旨を掲載した。その中では、①いくつかの結論として、第1に、中国は米国の学術機関、企業、政府機関、NGOに浸透するための攻撃的な作戦を展開している。②第2に、中国最大の標的は米国であり、その対象は広範囲に及び、以下のようになっている:a. 中国の諜報機関は、広範で多様な種類の情報収集に従事している。b. 中国の組織は、米国やその他の国際企業、大学、政府機関、メディア、シンクタンク、NGOなどの標的に対するサイバー作戦に関与している。c. 中国は、意思決定や民衆の支持に影響を与えることを目的とした海外での広範な情報・偽情報活動に従事している。d. 中国共産党は、中国と中国共産党の印象を守り、強化する活動である統一戦線工作を通じて、海外にその勢力の拡大を試みている。e. 中国の軍隊、海上民兵、研究組織、民間警備会社は、武力紛争の閾値以下で中国の影響力の拡大を試みている。f. 中国は米国経済のほぼ全ての部門に浸透しており、また浸透しようとしている。③第3に、中国の政治戦の最も重要な目標は、中国共産党による支配の維持、および中国の影響力を拡大し、米国を弱体化させることである。④今後、中国に対抗するための戦略的要素の1つは、米国の対応を民主主義の原則に立脚させることである。⑤もう1つの要素は、連邦防諜資源の増強、州および地方の防諜活動の拡大、外国代理人登録法と関連する取り組みの強化といった防衛手段の改善である。⑥第3の要素としては、防衛的措置だけでなく、米国や提携国の攻撃的措置も不可欠であり、それには、グレート・ファイアウォールの弱体化や、中国の経済的威圧に対抗する多国間連合の構築、新興技術における民間部門の競争力の向上が挙げられるといった主張が展開されている。

(2) Laying Down the Law Under the Sea: Analyzing the US and Chinese Submarine Cable Governance Regimes
https://jamestown.org/program/laying-down-the-law-under-the-sea-analyzing-the-us-and-chinese-submarine-cable-governance-regimes/
China Brief, The Jamestown foundation, August 4, 2023
By William Yuen Yee is a research assistant with the Columbia-Harvard China and the World Program
2023年8月4日、米Columbia-Harvard China and the World Programの研究助手William Yuen Yeeは、米シンクタンクThe Jamestown FoundationのウエブサイトChina Briefに“ Laying Down the Law Under the Sea: Analyzing the US and Chinese Submarine Cable Governance Regimes ”と題する論説を寄稿した。その中でWilliam Yuen Yeeは近年、政策立案者はますます、海底ケーブルを保護すべき重要な基幹施設とみなすようになっているが、特定のケーブルが中国系企業の影響下にあるかを問うだけでは、国内外の脅威からケーブルの安全を保証するには不十分だと指摘した上で、もう一つの重要な問題は、各国の法制度が自国の海域にある海底通信線を十分に保護しているかどうかであると指摘している。そしてWilliam Yuen Yeeは、米中両国の法的枠組みが海底ケーブルに対する故意の損害を適切に抑止しているか、また、もし損害が発生した場合に迅速な修復を促す柔軟な政策を規定しているかどうかなどを評価した結果、両国とも、理由は異なるものの、やや不十分であると報告している。

(3) When Will Western Naval Powers Return to the Black Sea and on What Conditions?
a. When Will Western Naval Powers Return to the Black Sea and on What Conditions? (Part One)
https://jamestown.org/program/when-will-western-naval-powers-return-to-the-black-sea-and-on-what-conditions-part-one/
Eurasia Daily Monitor, The Jamestown Foundation, August 3, 2023
By Vladimir Socor is a Senior Fellow of the Washington-based Jamestown Foundation

b. When Will Western Naval Powers Return to the Black Sea and on What Conditions? (Part Two)
https://jamestown.org/program/when-will-western-naval-powers-return-to-the-black-sea-and-on-what-conditions-part-two/
Eurasia Daily Monitor, The Jamestown Foundation, August 7, 2023
By Vladimir Socor is a Senior Fellow of the Washington-based Jamestown Foundation

c. When Will Western Naval Powers Return to the Black Sea and on What Conditions? (Part 3)
https://jamestown.org/program/when-will-western-naval-powers-return-to-the-black-sea-and-on-what-conditions-part-three/
Eurasia Daily Monitor, The Jamestown Foundation, August 9, 2023
By Vladimir Socor, a Senior Fellow of the Washington-based Jamestown Foundation 
2023年8月上旬、米シンクタンクThe Jamestown Foundationの上席研究員Vladimir Socorは、同シンクタンクのウエブサイトに" When Will Western Naval Powers Return to the Black Sea and on What Conditions? "と題する題する論説を寄稿し、それは3日、7日、9日の3回に分けて連載された。その中でSocorは、西側の海軍大国は現在黒海から締め出されているが、これは現代史でも極めて稀な異常事態であり、実際、2021年12月以降、非沿岸国の軍艦は黒海に入港できていないし、2021年7月以降、黒海で西側諸国が参加する海軍演習は行われていないと指摘した上で、その結果、ロシアの黒海艦隊は幅広い行動の自由を享受すると同時に、それに見合ったレベルの不自由さを享受していると述べている。また、Socorは、西側諸国が黒海から撤退するのは一時的な措置であることはほぼ間違いないが、その期間は現時点では不確定であるように思われるとした上で、その決断の背景には、ウクライナとの戦争中に黒海でロシアがとった軍事行動によってもたらされた危険な環境、米国とその同盟国がロシア軍との砲火を交える接触を何としてでも避けようとしていること、そして、トルコがボスポラス海峡から黒海への軍艦の通航を禁止しているといった事情があると指摘している。そして、Vladimir Socorは以上のような事情から西側の海軍力が黒海から後退したことで、ロシアは2022年以降、黒海における立場を優位から覇権へと進めることができたと評価した上で、ロシアが黒海でこれ以上の覇権を握ることを阻止するためには西側海軍の存在が不可欠であり、もし現在の離脱が惰性や危険性回避によっていたずらに継続されるならば、黒海のロシア覇権は逆転困難な状態に固定化される可能性があると警鐘を鳴らしている。