海洋安全保障情報旬報 2023年07月21日-07月31日

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7月21日「Macron大統領の太平洋諸国訪問は前向きな関与の一歩となるか―フランス・太平洋問題専門家論説」(The Diplomat, July 21, 2023)

 7月21日付のデジタル誌The Diplomatは、Institut français des relations internationales(French Institute of International Relations)研究員Céline Pajonの“President Macron’s Historic Pacific Visit: A Signal of France’s Regional Step-Up”と題する論説を掲載し、そこでCéline Pajonは南太平洋に海外領土を持つフランスの太平洋に対するこれまでの関与のあり方が不十分であり、より信頼を取り戻せるような関わり方を模索すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 7月24日から29日にかけ、Macronフランス大統領は太平洋島嶼諸国を歴訪する。フランス領ではないバヌアツやパプアニューギニアも訪問予定であり、フランス大統領としては初めてのことである。この事実は、南太平洋におけるフランス領の存在や広大な排他的経済水域(EEZ)の保有にもかかわらず、この地域におけるフランスの存在感の小ささを際立たせている。Macron大統領の歴訪の目的は、地域におけるフランスの揺らぎつつある正当性を再確立することにあるのだろう。
(2) フランス領ニューカレドニアは、2021年に住民投票が行われるなど、独立運動に揺れている。独立派は1988年のマティニョン合意に基づく独立過程からの脱退を模索している一方、フランス当局による同島の脱植民地化への誓約の強さが疑問視されている。1966年から96年まで仏領ポリネシアで実施された核実験も、フランスの立場の弱体化に寄与し、2023年5月には、地方政府において独立派政党が権力を掌握するに至り、仏領ポリネシアの自治に関する議論が再燃した。
(3) フランス領ポリネシア議会の報告書が述べたように、環境問題を含む太平洋島嶼諸国の関心と、本国のインド太平洋戦略の間には大きな隔たりがある。フランスは信頼回復のためにはそれを埋めなければならない。他方フランス領海外領土は、インド太平洋という概念を自国の利益擁護のために積極的に取り入れてきてもいる。フランスはここ10年、善隣政策を進め、フランスの利益をPacific Islands Forumなど地域機関に経由させようと試みてきた。このように、インド太平洋戦略を正当なものとし、地域に根づかせるためには海外領土に関与することが重要なのである。
(4) AUKUSは、太平洋におけるフランスの役割の矛盾と限界を突き付けた。すなわち、地域の調整役として米中対立以外の選択肢を提供しようとしてきたフランスが、その軍事的能力も外交的な重みも欠いていることをAUKUSは明らかにした。実際、フランスのこうした方針はあまりうまくいっていない。たとえば、フランスは米国主導の「ブルーパシフィックにおけるパートナー」には参加していない。「ブルーパシフィックにおけるパートナー」が中国に対して否定的な信号を送っているというのが根拠である。しかしドイツや韓国の参加が予測されているなか、こうしたフランスの姿勢は単に孤立の危険性を冒しているようにしか見えない。
(5) フランスは太平洋地域における主権的利益を有しているにもかかわらず、米国やオーストラリアなどと異なり、地域戦略を持っていない。Macronはこの地域の優先順位をはっきりさせ、気候変動や海洋安全保障など、地域の国々の主要関心事に関与する姿勢を打ち出すべきだ。そのための手段はある。Agence Française de Développement (フランス開発庁)は、地域の生物多様性の維持や気候変動対策にとって最前線の機関であり、キワ・イニシアチブという太平洋地域の環境システムや経済的弾力性を強化する旗艦構想もある。これにはインドや日本、韓国なども参加する可能性がある。
(6) また、地域におけるフランス軍の経験の価値も大きい。1992年からオーストラリアやニュージーランドと共同し、軍事協力や人道支援などの活動を展開してきた。米国とともに太平洋島嶼諸国の広大なEEZの監視なども行っている。またフランスは2021年から太平洋島嶼諸国の沿岸警備隊の訓練も実施している。
(7) 以上の方向性により、フランスはインド太平洋における建設的な利害関係者として位置づけられるだろう。太平洋島嶼諸国における持続可能な開発、人間の安全保障、海洋安全保障の所要に対する具体的な行動は、一方的で誤解を招きかねない戦略よりも、はるかに大きな地政学的影響を与えるだろう。
記事参照:President Macron’s Historic Pacific Visit: A Signal of France’s Regional Step-Up

7月21日「米中関係の動向、東南アジア諸国の懸念―フィリピン専門家論説」(China US Focus, June 29, 2023)

 7月21日付の香港のシンクタンクChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは、Polytechnic University of the PhilippinesのRichard J. Heydarianの “The Asian Tinderbox: Challenges for a Stable Sino-American Détente”と題する論説を掲載し、ここでRichard J. Heydarianは予見し得る将来、米中2国間関係における大きな行き詰まりを打破できないと見られることから、東南アジア諸国の懸念が高まっているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 6月のBlinken米国務長官そして7月のYellen米財務長官、2人の米高官の訪中の最終的な目的は、米中間の「健全な」関係、即ち競争と協力関係の併存を実現することであった。しかし、2人の訪中は、2022年8月のPelosi米下院議長(当時)の台湾訪問によって悪化した米中関係を打開する、「外交的な行き詰まりの打破」をもたらすには至らなかった。米中関係は依然、根本的な相違によって分裂しているために、アジアは依然として紛争の可能性を孕んだ地域となっている。特に、中国は中国の工場から重要産業を切り離す、経済的「リスク回避」と中国の台頭に対するU.S. Department of Defenseの基地網と海上安全保障協力を拡大する「統合抑止」というBiden政権の二重の封じ込め戦略に苦慮している。
(2) 東南アジアなどの地域では、米中関係の方向性を巡る懸念は、抽象的な戦略談義の問題ではない。東南アジアは、西太平洋における係争海域を含む大国間対立の新たな戦域として、今や事実上の地政学的最前線となっている。中でも、フィリピンほど米中競争の将来に対する懸念が高まっている国はない。フィリピンでは、外交政策問題を巡って政治指導層間で激しい議論が行われている。注目されるのは娘が現副大統領であるDuterte前大統領で、Duterte前大統領はフィリピンを「墓場」にしかねない超大国間の核対決の可能性について公然と警告し、米国との防衛協力強化協定(以下、EDCAと言う)を拡大するMarcos Jr.大統領の決定を非難した。Duterte前大統領は最近のテレビ番組で、「米国はこれらの基地に核弾頭を持ち込むであろう」と確言し、米国がフィリピンの施設に大量破壊兵器を秘密裏に持ち込まないと推測するのは「かなり素朴で愚かなこと」と主張している。ただし、EDCAは米国がフィリピンの同意を得た上で、軍艦と基本的な軍事装備品を事前配備することしか認めていない。他方、Marcos Jr.大統領は米国がEDCAに基づく基地を潜在的な対中拠点化することに繰り返し反対してきた。しかし、フィリピンの対中強固派は、大統領を反対の方向に動かそうとしている。たとえば、2023年初め、前大統領の政治顧問を務めたTolentino上院議員は、中国に対抗するフィリピン、オーストラリア、米国そして日本で構成される4ヵ国枠組み「新QUAD」の結成を公然と提唱した。Tolentino上院議員はまた、多くの無所属や野党の上院議員と共に、中国との海洋紛争を国連総会に持ち込むよう求める最近の呼びかけを支持した。こうしたフィリピンの政治指導層間での激しい議論は、東南アジアの小国の外交政策を形作る、米中間の戦略的対立の方向性に対する懸念の深まりを反映している。
(3) 一方、米中間の構造的な緊張について、Yellen財務長官は、International Monetary Fund(国際通貨基金)とWorld Bank(世界銀行)の春季会合で、重要な演説を行った。長官は、Biden政権が「米中間の紛争がますます不可避になりつつある」との説明を否定していると明言した。その上で長官は、米国は「依然、世界で最も活力のある繁栄した経済大国であり」、したがって、全面的な封じ込め戦略と世界経済を2つの陣営に切り離すデカップリングを採用することによって、中国の経済的、技術的近代化を抑制する必要はないと楽観的な見方を示した。しかしながら、長官演説の最も重要な部分は米政府がその覇権を維持する決意していることを認めたことで、長官は「中国の経済成長は必ずしも米国の経済的指導的立場と共存できないわけではない」と指摘することで、「米国の経済的指導的地位」が事実上の戦略的な越えてはならない一線となっていることを示唆した。興味深いことに、Biden政権の外交政策も同様に、覇権維持の態度を示している。U.S. Department of Defenseがインド太平洋地域における軍事同盟国と連携して取り組む、いわゆる「統合抑止」戦略の背後にある要点は、中国が事実上の地域覇権国である米国を完全に排除することを確実に防止することにある。実際、米政府高官は最近数週間、フィリピンなどの条約同盟国と協力して、隣接海域における中国の戦略的展開の拡大に対抗するとの誓約を繰り返し表明してきた。
(4) 米国内世論の動向も懸念材料である。米The Pew Research Centerの最近の調査によれば、米有権者の間で反中国感情が高まっている。それによれば、米有権者の3分の2がアジアの超大国である中国を「重大な脅威」と見ており、したがって、有権者の5人の内4人が中国に対して好意的でないということになる。驚いたことに、今日の中国に対する米国人の懐疑的な見方は、冷戦初期のソ連に対する当時の米国人の敵意とほぼ同じである。その結果、1年後に大統領選挙を迎えるBiden政権が、中国に対して大幅な譲歩をするような気分、あるいは政治的立場には程遠い状況にある。
(5) 米中両国の軍隊間を含む制度化された米中対話の再開は米国による誠実な善意の表明に大きく依存すると、中国政府が繰り返し表明しているため、米中関係の現状は極めて厄介である。その結果、域内諸国を含む全ての関係当事国は、予見し得る将来、米中2国間関係における大きな行き詰まりを打破できないと見られることから、米中間の望ましくない対立を防止するための努力を倍加する必要がある。
記事参照: The Asian Tinderbox: Challenges for a Stable Sino-American Détente

7月24日「気候変動による『損失と被害』を理解せよ―オーストラリア気候・エネルギー問題専門家論説」(The Interpreter, July 24, 2023)

 7月24日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、同研究員Melanie Pillの“Understanding “loss and damage” from climate change across the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、そこでMelanie Pillは気候変動の影響の概念としての「損失と被害」に理解を深め、オーストラリアがもっと気候変動対策に本腰を入れ、特に太平洋島嶼諸国の信頼を勝ち取るようにすべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 東南アジアの洪水や太平洋での台風の頻発、海面上昇による住民の退去など、気候変動の影響はますます深刻になっている。そのため、気候変動による「損失と被害(loss and damage)」という概念がパリ協定に導入された。しかし、これに対処するための基金設立に対する合意がなされたのは2022年になってのことである。
(2)「損失と被害」の概念は、まだ十分に理解されておらず、はっきりした定義も存在しない。他方、気候変動による影響は、もはや回避できず、深刻さにおいて前例がないことについては、合意がある。たとえば、太平洋においてカテゴリー5レベルの台風は稀なことであったが、2014年以降はほぼ毎年発生している。海面上昇のように、ゆっくり進行する現象も「損失と被害」によって理解されるべきである。フィジーの2つの村の住民は実際に内陸への移動を余儀なくされている。また「損失と被害」は経済的なものだけでなく、文化的、環境的なものにも適用される。
(3) 損失と被害の概念は、公正さをめぐる疑問を提起する。インド太平洋の多くの国が排出削減に貢献しながらも、なお多くの人びとに犠牲をもたらしているためである。2015年時点に比べて気候変動に関する訴訟が倍増したことがそれを反映している。訴訟は、政府の気候変動対策への関与について疑問を提起する手段である。
(4) オーストラリアにおいても、連邦および州に対して128の訴訟が起こされており、米国に次いで2番目の多さである。政府や企業にとって、損失と被害の主張を回避するための唯一の方法は、大規模な排出削減である。しかしその動きは不十分で、オーストラリアは2050年までに温室効果ガス排出ゼロを目指しているが、疑問の余地がある。その計画にはガス排出の相殺をもたらすものも含まれているが、それは産業界にさらなる排出を認めることと同義である。
(5) こうした動きは、オーストラリアがClimate Clubへの加盟とは逆行するものである。Climate Clubは野心的な気候変動政策に関与する団体である。オーストラリアはさらにChampions Group on Adaptation FinanceやTransitional Committeeといった気候変動対策を行う団体も参加している。これは、損失と被害が日常化するインド太平洋各国にとって望ましい変化だが、そうした機構に参加するだけでは、政策の不適切さを埋め合わせることはできない。それによってオーストラリアは地域の外交関係に重荷を負うことになるだろう。
記事参照:Understanding “loss and damage” from climate change across the Indo-Pacific

7月25日「フランスの太平洋諸島における主権強化―フランス専門家論説」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, July 25, 2023)

 7月25日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International Studiesの Pacific Forumが発行するPacNet Commentaryのウエブサイトは、フランスの財団Foundation for Strategic ResearchのObservatory of Multilateralism in the Indo-Pacific所長Antoine Bondazの”France as an’enhancer of sovereignty’ in the Pacific Islands”と題する論説を掲載し、ここでAntoine Bondazは、インド太平洋地域においてフランスが責任ある国と強化された主権者であることを目指し、環境と人間の安全保障の問題を解決するため「太平洋諸島安全保障フォーラム」の創設を提案すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) Emmanuel Macronは、フランス大統領として初めて太平洋島嶼国を訪問する準備を進めている。2017年の当選以来2度目のニューカレドニア訪問に続き、今回はバヌアツとパプアニューギニアを訪問することは、この地域へのフランスの関与の高まりと、これまでハイレベルの訪問がなかったことの矛盾に対処するものである。この機会を捉え、フランスはこの地域への関与と、独自の役割を担う意欲を概念化し、自らを積極的な大国、解決策の提供者、主権の強化者であることを示さなければならない。
(2) フランスの妥協を排し、最大限の要求をする人々の考え方によれば、インド太平洋地域はジブチからパペーテまで、プレトリアから東京まで、全部で52カ国から成る。宗主国であるフランスは、13の海外領土のうち7つをこの地域に保有し、大きな存在感を誇っている。太平洋にはニューカレドニア、フランス領ポリネシア、ワリス・フツナ、クリッパートンの4個所がある。これらの領土はフランスの排他的経済水域の90%以上を占め、これによりフランスは世界で2番目に大きな海洋国家となっている。フランス領内には160万人以上のフランス国民が居住し、2021年には19万人の駐在員がこの地域内の国々で正式に登録され、アラブ首長国連邦、中国、オーストラリア、マダガスカルに大きな共同体を形成している。2022年、インド太平洋地域はEU諸国との貿易を除き、フランスの対外貿易の35%以上を占めた。
(3) フランスはインド太平洋地域に緻密で多様なネットワークを構築している。外交面では、36の大使館がこの地域のすべての国を担任している。さらに、7,000人以上の軍人が駐留し、フランス領に3つの駐留軍、ジブチとアラブ首長国連邦にそれぞれ駐留軍がある。ニューカレドニアの軍隊は、南太平洋の漁業監視に定期的に参加している。また軍事演習は定期的に行われている。
(4) 文化面では、34のフランス研究機関が研究会等を開催し、芸術家の滞在を支援している。さらにAgence Française de Développement(フランス開発庁:以下、AFDと言う)は、2022年の資源の25%をインド太平洋地域の計画に割り当て、南太平洋の気候変動への適応と緩和、生物多様性に関する地域の取り組みも任務に含むようになった。
(5) このようなフランスの貢献は、官庁に専門家を派遣するExpertise Franceのような国家機関の関与に反映されている。オセアニア・ボランティア・サービス・プログラムからは、すでに200人以上の若者が恩恵を受けている。フランスはまた、30周年を迎えるオーストラリアおよびニュージーランドとのFRANZ機構に見られるように、自然災害に直面した際の人道援助に対する関わりを示してきた。この機構は最近、2023年にバヌアツ、2022年にトンガ、2021年にパプアニューギニアの住民への援助を促進した。
(6) インド太平洋における米中対立の激化が世界中で感じられる中、フランスはこの地域の国々にさらなる選択肢を提供するつもりである。それは、フランスが自国を適切に位置づけ、効果的な意思疎通を図ることが基本で、この地域におけるフランスの行動は次の2つの概念により説明することができる。
a.積極的な大国として、また解決策を提供する国として、フランスは多国間の枠組みにおいて独自の動員力と推進力を持つ責任ある国になることを目指している。この国際的な積極性は、住民の利益と世界的な不均衡の緩和のために、世界的な問題の解決に貢献する構想の実施に反映される。
b.フランスは主権の強化者であることも目指している。その行動と協力を通じて、フランスは、制約のない意思決定を可能にすることを目的とした、フランスとヨーロッパ独自の提案を提示することで、提携国の主権の発現を促進する。
(7) フランスは“Pacific Islands Security Forum(太平洋諸島安全保障フォーラム)”の創設を提案すべきである。このフォーラムは、この地域の市民、専門家、政府関係者を集め、主に太平洋島嶼国にとって優先事項である環境と人間の安全保障の問題に取り組むものである。この協力機構は、South Pacific Defense Minister Meeting(SPDMM)やIndo-Pacific Environment Security Forum(IPESF)のような既存のフォーラムを補完し、防衛、外交、開発の結節点に自らを位置づけることで、真価を発揮する。
(8) Pacific Islands Security Forum年次首脳会談は、まず2024年にニューカレドニアで開催され、その後、2025年のポートビラを皮切りに、ヌメアと太平洋島嶼国のいずれかの首都で交互に開催される。このフォーラムは、統一されたテーマのもとに地域諸国を集め、適切な規模の具体的な計画を実施する。他の取り組みの中でも、このフォーラムは、地域の提携国との協力に対するフランスの献身と決意の象徴となるだろう。
記事参照:France as an “enhancer of sovereignty” in the Pacific Islands

7月25日「西側の制裁と不信は北極圏で中国とロシアを接近させている―香港紙報道」(South China Morning Post, July 25, 2023)

 7月25日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は“Western sanctions and distrust draw China, Russia closer in the Arctic”と題する記事を掲載し、北極圏が米中対立の新たな戦線に加わる中、中国とロシアは共通の利益を見出し、中ロの協力関係がエネルギー、科学、防衛面へ拡大しているので、米国は中国を警戒しているとして要旨以下のように報じている。
(1) 気候変動によって北極海航路に通航可能な見通しが出てきており、北極圏が米中対立の新しい戦線となるにつれて、中国とロシアはエネルギーと科学から防衛まで、北極圏での両国の協力関係を強化している。ロシアは、ウクライナでの戦争によるEUからの制裁により原油の新しい市場を探すことを余儀なくされ、その輸出の大部分は現在、スエズ運河を通る費用のかかる航路を経由して中国とインドに送られている。しかし、海氷の融解は潜在的により有利な航路を開き、ロシアは北極海を横断する原油を積載した船で検証しており、同船は2023年8月12日に中国東部の山東省に到着する予定である。成功すれば、この事業はスエズを経由する航路と比較して、ヨーロッパと北東アジアの間の海上距離を30%短縮し、運賃を大幅に削減する。
(2) 2030年までに「極地の大国(polar great power)」になるという野心を持っている中国も、近年、北極圏諸国、特にロシアを通じて、この地域に足場を築いている。プーチン大統領は2023年3月の習近平との会談で「北極海航路を開発する上での提携国としての中国との協力は有望であり、我々は北極海航路開発のための共同作業機関を設立する準備ができている」と述べている。
(3) ワシントンに本拠を置くシンクタンクArctic Instituteの上席共同研究者Pavel Devyatkinは、ロシアの北極圏から中国への石油輸出の増加は、「両国間のエネルギー協力が強化されている最新の兆候に過ぎない。中国は科学協力に積極的であり、北極圏諸国の科学者との国際的な北極の研究活動に参加している」と述べている。ロシアと中国の提携は、Arctic Councilの混乱によってさらに強化された。ロシアを除くArctic Council加盟7ヵ国は、会議のボイコットを継続している。専門家によると、Arctic Councilとロシアとの間の亀裂により、ロシアはこの地域に関連する活動において中国との関係を強化するようになった。2022年9月、U.S. Coast Guardはアラスカ近傍で共同行動を行っている中ロ艦艇に遭遇した。2023年7月中旬、中ロ両国は「戦略的水路の安全を守る」ことを目的として、日本海で海空軍の共同演習を実施している。
(4) 2023年4月、ロシアは中国とBRICSのメンバーであるブラジル、インド、南アフリカと協力して、ノルウェーのスバールバル諸島に国際北極科学ステーションを開発する計画を発表した。Arctic University of Norway准教授Marc Lanteigneは、中国は「北極政策を再編成している」過程にあり、「他の北極圏政府を疎外することなくロシアを支援しようとしているが、近年、それらのいくつかとの関係は悪化し、中国のロシアとの協力を主に推進している」と述べている。Norwegian Institute for Defence Studies教授Liselotte Odgaardは、北極圏における中国とロシアとの緊密な戦略的提携は「両刃の剣」であり、「中国は、多くの科学および環境協力機関や天文台に参加し、地域外の国々にも開かれた多くの多国間の科学的調査活動に参加しているが、これらの資産は、情報収集、諜報活動などの軍事戦略目的にも使用できるという認識が高まっている」と指摘した。中国のロシアへの関与と、軍事利用の可能性のある資産の購入・建設を試みているという中国の北極圏での戦略的展開の追求により、ヨーロッパと北米の国々は中国の投資に対し、以前より警戒するようになっている。
(5) 米シンクタンクCentre for Strategic and International StudiesのChina Power Project研究院Brian Hartは、「中国の透明性の欠如は、その科学的研究が軍事活動や諜報活動への扉を開く可能性があるという懸念を繰り返し提起している。研究に関して、民間と軍の境界線が曖昧になることがよくあるが、中国の場合はまさにそうである。しかし、ロシア自身も、ロシアが最も機密性の高い軍事資産を運用している戦略的な裏庭と見なしている北極圏での中国の軍事活動に警戒している可能性が高い」と述べた。Liselotte Odgaard教授は「中国は単独で北極圏の軍事大国になることを目指しているのではなく、この地域でのロシアの存在を支援することによってロシアとの戦略的関係を強化しようとしている。中国にはロシアに欠けている経済的および技術的資源があり、それによってロシアを支援しようとしている」と述べている。Marc Lanteigneは、「中国は引き続きこの地域の利害関係者としての地位を保持するであろう。米国の空母が65年ぶりにノルウェーを訪問したことは、この地域がもはや『軍事活動のない地域』ではないことを示している」と述べている。
(6) Marc Lanteigneは「最近、北京から出てきた話に『北極圏を実際に軍事化しているのはNATOである』というものがあるが、ロシアについては言及していない。中国は、北極圏への取り組みに関して、より保守的になる必要があるだろう。なぜなら、北極圏をめぐる安全保障状況は、以前よりもはるかに複雑になっているからである」と述べている。
記事参照:Western sanctions and distrust draw China, Russia closer in the Arctic

7月26日「インド太平洋の能力格差を埋める日本の先駆的政策―オーストラリア博士課程院生論説」(The Strategist, July 26, 2023)

 7月26日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、オーストラリアMacquarie University博士課程院生の花田龍亮の“Japan’s pioneering policy to bridge the Indo-Pacific’s capacity gap”と題する論説を掲載し、花田龍亮はインド太平洋諸国の能力格差を埋めるため、「政府安全保障能力強化支援」を立ち上げている。この能力強化支援は、開発途上国を対象とし、防衛技術移転三原則の範囲内といった制約があり、予算規模も小さいものではあるが、日本が地域の安全保障において効果的で積極的な役割を果たす可能性を秘めているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 日本政府は、外国の軍隊に能力構築支援を提供するための新しいプログラムを開始した。日本による「政府安全保障能力強化支援(official security assistance)」(以下、OSAと言う)の提供は、日本を地域の安全保障においてより効果的で積極的な行為者にする可能性を秘めている。
(2) OSAの概念は、2022年12月に政府が更新した国家安全保障戦略に最初に登場し、「同志国の安全保障上の能力、抑止力の向上を目的として、軍等が裨益者となる新たな協力の枠組みを設ける」と述べられている。4月、日本の閣議はOSA実施方針を打ち出した。OSAに基づく支援は無償による資金協力であることから、原則として開発途上国を対象としている。OSAは、日本の提携国が海洋状況認識、監視、偵察能力の強化を支援するように設計されている。実行方針は、OSAを「平和」のための政策として慎重に表現しているが、OSAは外国の軍隊に対する日本の能力構築努力の一歩前進である。
(3) 2014年、安倍内閣は「武器輸出3原則」を、やや緩和された「防衛装備移転3原則」(以下、DETと言う)に置き換え、使用済みの装備品を日本の提携国に提供できるように自衛隊法を改正した。これらの改革を受けて、日本政府はこれまでに14ヵ国の提携国とDET協定を締結しており、将来の軍事力の共同開発努力などは少し前には考えられないことであった。日本はまた、グレーゾーンの強制に直面している地域の沿岸警備隊に巡視船、訓練、技術支援を提供してきている。
(4) しかし、DETはほとんど成功していない。OSAは、警察や軍隊の能力開発に広く利用されたが、その利用は厳密に非軍事的使用に限定されているため矛盾を生み出し、DETに制約を課している。
(5) OSAは、正式なDET協定なしに外国の軍隊に民需資材、軍民両用資材、および軍事資材を提供することにより、この格差を埋めることができる。これまでとは異なり、提携国の軍は、情報開示、評価と監視、目的外使用の禁止、および国連憲章への準拠に関連する条件を遵守する限り、OSAにより供与機資材を防衛および軍事目的で使用することができる。
(6) OSAの持続可能性と影響については不確実性がある。OSAはDETの3つの原則によって制約されており、殺傷を目的としない装備の提供にのみ使用可能である。それは変わるかもしれない。連立与党では、機関銃を装備した掃海艇などの殺傷を目的とした装備を搭載する資材の輸出を許可するDET原則の改革について議論が続いている。
(7) OSAのために資源を動員することは別の課題である。OSAの年間予算はわずか2億円で、これは防衛移転の総予算の0.4%である。良いニュースもある。7月11日、外務省がOSAに専念する新しい部門を設立すると発表した。
(8) 最後にOSAを成功させるには、特に供与する装備の操法訓練と供与後の支援の提供において、取り組みの重複を回避するために、外務省、防衛省、自衛隊の間の調整が必要である。自衛隊の強化に対する国民の強い支持を考えると、政府はOSAを利用して、現在絶滅の危機に瀕している日本の防衛産業を関与させる必要がある。
(9) これらの課題にもかかわらず、OSAは地域の提携国の能力構築のための日豪協力の新たな分野となり得る。政治会議、伝統的な大使館外交、非公式の交流など、さまざまな段階での意思疎通が不可欠である。これは、重複を回避し、各政府の能力開発努力を最大化するのに役立つ。日本の一部のリベラル派は最近、OSAを中国に対して敵対的であると批判しているが、その議論は中国のグレーゾーンの強制に直面している地域の提携国を犠牲にして中国政府の利益に役立つだけである。OSAは、日本が平和主義の立場から脱却し、自由で開かれた「安全な」インド太平洋地域を確保するための現実的な平和構築者であり、積極的な貢献者となることができるかどうかのリトマス試験紙となるだろう。
記事参照:Japan’s pioneering policy to bridge the Indo-Pacific’s capacity gap

7月26日「中国海軍が民間フェリーを軍事作戦に利用―香港紙報道」(South China Morning Post, July 26, 2023

 7月26日付けの香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“China’s navy includes civilian ferry in military transport drill”と題する記事を掲載し、中国軍は前線に効率的に物資や部隊を運ぶために、民間フェリーを利用する訓練を行っているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国海軍は、台湾攻撃のカギと見られる上陸戦能力の検証として、兵員やトラックの輸送のために民間フェリーを展開した。国営放送中央電視台(以下、CCTVと言う)は7月22日に、フェリー「東山道」が渤海の旅順新港と大連港の間で装備品と兵員を輸送し、部隊の海上物資輸送能力を発展させたと報じた。上陸戦は、北京が自国領土と主張する台湾への攻撃の中心となると見られる。中国軍は、より効率的に前線に物資を運ぶために、「軍事・現地兵站機構」を開発している。国営の運航会社である中国遠洋海運集団フェリーによれば、「東山道」は排水量2万3,000トンで1,400人を乗船させ、総延長2kmの車両甲板を有する。中国軍は、国有企業が建造した民間フェリーを過去の訓練で物資輸送に利用したことがある。2011年、中国軍はフェリー「渤海珍珠」を使い、訓練で部隊や装備を移動させたが、このような演習に排水量1万トン以上の民間船が投入されたのは初めてだったと、軍関係者は国営メディアに語っている。この船は、国が直接所有する渤海輪渡集団が運航していた。中国軍は、部隊、装備、物資の長距離の移動のためにも民間フェリーを利用している。MarineTrafficというウエブサイトが提供する船舶の位置と動き、港湾内の現在位置に関する即時情報によると、フェリー「渤海晶珠」は2022年9月、渤海の通常航路から迂回し、山東半島南部の連雲港から内陸部の南京港に向かった。CCTVの報道によると、渤海フェリー「吉龍島」は2022年8月、台湾を標的にした大規模な実弾演習で軍用車両の積み込みにも参加した。この演習は、当時の米下院議長Nancy Pelosiの台湾訪問に続くものであった。
(2) 退役米海軍中佐Michael Dahmによると、2022年7月から8月にかけて行われた5週間の訓練では、12隻の民間フェリーや貨物船が11の港の間を82回航行している。これらの訓練では、8,500台以上の軍用車両と5万8,000人以上の兵士が輸送されたという。しかし、元台湾海軍軍官学校教官の呂禮詩によれば、中国軍による民間フェリーの利用は必ずしも台湾を狙ったものではないという。なぜなら、中国政府は南シナ海で多くの人工島の権利を主張しているが、それらは物流の拡大から恩恵を受ける可能性があるからで、「これらの訓練は中国軍の軍隊を訓練するだけでなく、ロールオン/ロールオフ船の民間人の乗組員も訓練している」と呂禮詩は述べている。これらの船舶は装輪車を運ぶために設計されたものだと呂禮詩は述べている。ロールオン/ロールオフのフェリーは、中国軍によって軍事行動に駆り出された場合、すでに相応できる体制にあるため、作戦をより迅速に開始することができるという。
記事参照:China’s navy includes civilian ferry in military transport drill

7月27日「中国、カンボジアに空母基地建設の疑い―香港デジタル紙報道」(Asia Times, July 27, 2023)

 7月27日付の香港デジタル紙Asia Timesは、“China suspected of building aircraft carrier base in Cambodia”と題する記事を掲載し、中国がカンボジアに海軍基地を、ミャンマーには滑走路や軍事用通信施設を建設する等、インド太平洋地域への軍事進出を進めていると紹介し、その一方で、受け入れ国は過度の中国依存を警戒する等複雑な事情があること、中国の海外基地に対する米国とその同盟国の対応の難しさ等について、要旨次のとおり述べている。
(1) 2023年7月、日本経済新聞は米国の衛星画像によって、中国がカンボジアのリアム海軍基地に建設中の空母が接岸可能な桟橋が完成間近と判明したと報じている。ジブチに続く2つ目の海外軍事施設で、「マラッカのジレンマ」の解決につながるものである。2023年4月、Asia Timesは、中国がカンボジアのリアム海軍基地近くに防空センターを建設し、レーダーシステムを拡張していると報じた。2022年にカンボジアのHun Sen首相はこの計画に必要な区画を割り当てている。
(2) リアム海軍基地が南シナ海における中国の監視拠点として、またインド太平洋地域における初の海外軍事基地として開発されているとの疑惑の中、カンボジアのMinistry of National Defence関係者は、これらの施設に中国の資金提供等はないと述べている。2022年1月にAsia Timesが、中国はリアム海軍基地で大型船舶の接岸を可能にするための浚渫計画を推進中と報じた際、カンボジア政府関係者は、中国が資金を提供したと認めている。リアムとジブチの桟橋はどちらも335mあり、空母の接岸が可能である。日経の報道では、米中が対立した場合、米国は南シナ海の中国軍事施設を爆撃できるが、リアムへの攻撃はカンボジアへの攻撃になると指摘している。在米中国大使館関係者は、カンボジアは憲法で自国領土に外国の軍事基地を置くことを禁じており、リアム海軍基地建設はカンボジアの能力強化のためと述べている。
(3) 中国は、ミャンマーでも同様の計画を推進していると思われる。マラッカ海峡への過度な依存は、米国とその同盟国による海上封鎖の影響を受け易いという長年の戦略的難問を解決するため、中国はアンダマン海に足場を確保しようとしている。4月、Asia Timesは、ミャンマーのグレート・ココ島での新たな建設活動について報じた。衛星画像によると、滑走路が2,300mに延長され、格納庫や無線局の建設などの兆候が見られた。2014年以来、アンダマン海にはマナウン、ココ諸島等に中国の信号情報(SIGINT)施設の存在が報告されており、中国の技術者がヤンゴン、モーラミャイン等近郊のレーダー基地や海軍基地で働いている。
(4) 中国はリアムから、マラッカ海峡のチョークポイントにおけるU.S. Navyの展開に対抗してタイ湾に新たな権益を確保し、南シナ海における南の側面を掌握しようとしている。カンボジアは経済的な生命線として中国に依存し、また、軍事的に強力な隣国であるタイやベトナムに対する安全保障上の保険として中国を頼っている。ミャンマーのグレート・ココ島にある中国のSIGINT施設は、中国雲南省の南で終わる中国・ミャンマー経済回廊(CMEC)の海上終着点であるチャウピュ港の前方防衛陣地として機能するかもしれない。また、ミャンマーはグレート・ココ島からアンダマン・ニコバル諸島への偵察飛行を行い、インドの作戦を監視することができる。中国はミャンマーへの経済的・政治的支援と引き換えに、偵察飛行の情報を共有することができる。
(5) しかし、マラッカ海峡、南シナ海、インド洋付近に足がかりを築こうとする中国の動きは、まだ完了したとは言い難い。信頼性の低い相互関係、受け入れ国の政情が不安定なこと、インド洋における中国の海軍力の限界から、中国は軍事衝突の際に海上交通路を確保するための信頼できる海軍基地網を確立できていない。今やカンボジアは、中国の「イエスマン」ではないかもしれない。3月のシンガポールYusof Ishak Instituteが発行する東南アジア専門デジタル誌FULCRUMの記事でMelinda Martinus とChhay Limは、2022年1月のHun Senのミャンマー訪問は、カンボジアが中国に従っていると思われたが、2022年7月のミャンマー政府による民主化活動家の処刑が転機となり、カンボジアはASEAN諸国との関係を再構築し、ASEAN議長国であった期間中ASEANの会議からミャンマーの軍事政権を排除したと報告している。また、カンボジアが2022年2月のロシアのウクライナ侵攻を非難し、ウクライナに人道支援を提供したことも、ロシアとの友好関係を考慮する中国の立場に従うと予想されていただけに、驚きであった。Melinda Martinus とChhay Limによれば、カンボジアは中国への依存を減らすため、国際関係を多様化している。カンボジアがロシアのウクライナ侵攻を非難する西側諸国に同調したことは、Hun Manet次期内閣が西側諸国との関係を再構築するための準備と見られる。カンボジアは2022年、韓国と自由貿易協定を結んだが、これは過度の中国への経済的依存を軽減するものと指摘している。
(6) ミャンマーについて、6月にインドのジャーナリストSudha Ramachandranが米シンクタンクThe Jamestown Foundationに寄稿した記事で、ミャンマーの抵抗勢力が中国国民や中国の計画を標的にするので、軍事政権を支持するという中国の決定は危険性があるとしている。Sudha Ramachandranは、ミャンマーにおける2021年2月のクーデター以来、国内で記録された7,800件の衝突のうち、400件は中国の主要計画がある地域か中国の石油・天然ガスのパイプラインが通る19の郡区で起きたことを挙げている。Sudha Ramachandranはまた、ミャンマーの軍隊は以前考えられていたよりずっと小規模ではないかと言う。Sudha Ramachandranは、中国が軍事政権に武器を提供するのは、抵抗勢力による反中国的な敵意を深め、ミャンマーにおける中国の計画と中国の国民をより危険にさらすだけだと指摘する。また、ミャンマーの内戦は膠着状態にあり、軍事政権の権力掌握は希薄で、この地域での軍の支配力は低下していくだろうと述べている。
記事参照:https://asiatimes.com/2023/07/china-suspected-of-building-aircraft-carrier-base-in-cambodia/

7月27日「中国が支援するカンボジアの海軍基地の改修が完了―Diplomat誌報道」(The Diplomat, July 27, 2023)

 7月27日付のデジタル誌The Diplomatは、“Cambodian Naval Base to Test Hun Manet’s Relations With Washington”と題する記事を掲載し、中国が支援するカンボジアのリアム海軍基地の改修がほぼ完了したとして、要旨以下のように報じている。
(1) カンボジアと米国の関係は、カンボジア政府が2012年にASEAN外相会議を主催した際に、中国政府およびその外交的野心への支持を公表して以来、着実に悪化している。これは、Hun Manet次期首相が対処しなければならない主要な問題の1つである。民主主義基準の低下、反体制派の投獄、退陣するHun Sen首相による、自分を追い落とそうとする野党の陰謀を米国が支援したという根拠のない主張など、痛い所が多くある。また、「自由でも公正でもない」と米国に冷笑された7月23日に行われた国政選挙に関して、中国の習近平国家主席が首相の勝利を祝福した後、米中両国の姿勢の違いはあまりにも明白になった。
(2) そして、U.S. Department of Stateがカンボジアに対してビザ制限と「一定の対外援助計画の一時停止」を発表する中、商業画像企業BlackSkyは中国によるリアム海軍基地の改修における2年間の進展に焦点を当てた衛星写真を公開した。それらの画像は、基地の改修がほぼ完了したことを示している。リアム基地自体は190エーカーの広さがある。しかし、リアムとその周辺地域における中国の大規模な改修によって、その面積は拡大し、U.S. Department of Stateは、それがアジア太平洋における中国初の海軍基地であり、ジブチに次いで地球上で2番目の海軍基地になると主張している。カンボジアは、シアヌークビルから南東20km、タイランド湾に面したこの基地が、外国の勢力に利用されるために建設されているとか、最近363mに拡張された埠頭が空母を停泊させるために建設されたといった抗議を却下している。米シンクタンクFoundation for Defense of Democracies中国研究課程副部長で上席研究員Craig Singletonは「カンボジアが中国の2番目の海外軍港を受け入れることは、インド洋に軍事力を投射する中国の戦略的能力を高めることになる」と述べている。BlackSkyは、リアム基地の西岸にある角度のついた深水埠頭と、同じように長さが363mある、ジブチの中国軍の埠頭には類似点があり、どちらもType003空母「福建」を含む中国海軍の全艦艇が横付けすることができるとCraig Singletonは指摘している。専門家によれば、その南岸には3万8千m2の人工半島が開発され、「司令部施設、兵舎、燃料貯蔵所とされる場所」を含む、建築的に明確なカンボジアと中国の軍事建造物が確認されたという。
(3) カンボジアは基地がほぼ完成したことを認めており、それは艦艇がまもなく停泊することを意味する。8月22日に父親の後を継ぐHun Manetにとって、どこから、どんな種類の、どれだけの数の軍艦が入港するかは、早期の外交的試金石となるだろう。
記事参照:Cambodian Naval Base to Test Hun Manet’s Relations With Washington

7月28日「AUKUSに対する太平洋の島々の感情の変遷―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, July 28, 2023)

 7月28日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、同分析員Blake Johnsonおよび調査実習生Luisa Gyhnの” Tracking the evolution of Pacific island sentiment towards AUKUS”と題する論説を掲載し、ここで両名はAUKUSの提携国が噂を否定し偽情報に対抗するために、ソロモン諸島とサモアの人々に合意に関するさらなる説明を提供することを優先すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2021年9月、中国共産党はAUKUS協定の締結とオーストラリアの原子力潜水艦計画を利用して、太平洋島嶼国とAUKUS3ヵ国との強い結びつきを弱めようとした。中国共産党の意図は、中国国営メディア、中国共産党幹部による地元メディアやソーシャル・メディアでの記事や発言、党国家の公式フェイスブックなど、広範な情報手段で拡散された。Australian Strategic Policy Institute の調査によると、このキャンペーンは短期的にはオーストラリアとその提携国に対する太平洋諸島の感情を変化させることはできなかった。しかし、情報作戦が影響を与えるには時間がかかる場合があることは考慮すべきとされ、さらにソロモン諸島をはじめとする一部の太平洋諸国では、AUKUSに対する諸外国や地元政府に対するネット上の感情に変化が見られたとされている。
(2) 2023年3月、米英の潜水艦がオーストラリアを追加訪問する時期や、2030年代からオーストラリアが原子力潜水艦を取得する道筋など、AUKUSのさらなる詳細が発表された。これらの発表に対する中国共産党の反応は、2021年よりも控えめであったが、中国の外交官や国営メディアは引き続き協定の意図に疑問を呈し、AUKUSを太平洋の安定に対する脅威と示した。中国共産党がどのように太平洋の出来事を利用してプロパガンダや偽情報を広めているかを定期的に調査することは、その努力、取り組み、効果の変化を検出するのに役立つ。また、ネット上の感情分析により、さまざまな出来事が太平洋の島々の人々にどのように受け止められているかについての考察を得ることもできる。
(3) 太平洋諸島の情報環境における中国共産党の影響力を調査する研究では、潜水艦の発表があった3月14日から4週間、太平洋全域のAUKUSに関するオンライン上の議論を追跡した。太平洋のオンライン記事、各国政府や政府高官による報道声明やオピニオン記事、大使館公式ページや太平洋最大の50以上のフェイスブックへの投稿から、AUKUSや原子力潜水艦に関する記述を探した。そこで判明したのは、中国共産党は、オーストラリアの潜水艦取得がラロトンガ条約(南太平洋非核地帯条約とも呼ばれる)に違反し、地域の安全と繁栄を脅かすというデマを含む、明確な筋書きと偽情報を押し通した。さらに、AUKUS協定が核安全保障に及ぼす影響を誇張し、太平洋における核軍拡競争の引き金になると主張することで、AUKUS諸国の太平洋パートナーシップを弱体化させようとした。加えて、AUKUSを、日本が福島原発の廃水を太平洋に放出する計画に対する太平洋の懸念と絡め、処理水問題で日本政府を弱体化させようとした。
(4) 3月14日の発表から1ヶ月間、中国国営メディアはAUKUSを批判し続けた。AUKUSと太平洋について言及した発表記事の数は、2021年の9本から2023年には16本に増加した。ソロモン諸島の中国大使館のフェイスブックページが、AUKUSの発表に関する内容を表示した唯一の中国大使館のページだった。ソロモン・スター・ニュースがオンラインで発表した、太平洋地域のメディアにおける中国共産党当局者の唯一の声明は、ホニアラの中国大使館の報道官による、日本と米国の当局者の発言に対する回答であった。この回答で中国共産党は、日米との原子力安全に関する懸念を提起することで、中国がソロモン諸島と最近締結した安全保障協定に関する懸念から焦点をそらそうとした。
(5) 2021年と同様、中国国営メディアの太平洋諸島のオンライン情報環境への浸透と関与は限られていた。しかし、国営メディアは依然として、この地域全体で紙媒体として発行されていた。中国は、太平洋地域のさまざまなメディアとコンテンツ共有の取り決めをしており、情報活動のさらなる手段として機能している。そして、太平洋地域の人々からのオンラインでの反応は限られていた。サンプリングされたすべてのデータから、直接のコメントは157件しか見つからず、そのうち67件が感情分析に関連するものだった。
(6) ソロモン諸島とサモアの人々が、AUKUSの問題に最も関心を寄せていた。ソロモン諸島のコメント欄のリアクション数は、メディア報道全体におけるソロモン諸島のシェアを考えると、不釣り合いなほど多かった。ソロモン諸島は、オンライン上の反応や感情に最も劇的な変化が見られた場所でもある。2021年9月、ソロモン諸島のグループにおけるコメントの大半は、主に中国に焦点を当てたもので、中国による支援の表明を歓迎するか、中国がこの地域に存在することを批判し、オーストラリアにとってAUKUSは必要な戦力増強であると擁護するものであった。2023年3月には、中国共産党の外交官と同じような表現で、西側諸国を「冷戦メンタリティ」と表現するなど、オーストラリアや米国に対する批判的なコメントが目立った。ソロモン諸島とサモアでは、ラロトンガ条約への懸念が否定的なコメントで頻繁に提起された。
(7) 2021年11月のホニアラ暴動や2022年3月の中国との安全保障協定など、ソロモン諸島で重要な出来事が起こる前に実施された2021年の調査と比較すると、ソロモン諸島政府に対する否定的なコメントが大幅に増加していることがわかった。それらは主に、中国との安全保障協定締結における政府の透明性の欠如に焦点を当てたもので、中国共産党の事なかれ主義的な取り組みが、継続的な懸念からすべての国民の目をそらせなかったことを示している。また、中国大使館の投稿に対するコメントでは、同大使館を悪く評価するようなコメントが削除されたことを非難しており、サンプルを中国寄りに偏らせた可能性がある。
(8) この研究は特に小規模なデータセットについて検討したものだが、それでも時系列での比較は有用である。我々の調査結果は、AUKUSの提携国が、噂を否定し偽情報に対抗するために、ソロモン諸島とサモアの人々に合意に関するさらなる説明を提供することを優先すべきことを示唆している。また、オンラインでの情報発信のほとんどが地元メディアのページを通じて行われていることから、オーストラリア、米国、英国は、太平洋地域のジャーナリストと直接関わり、追加情報を提供し、この問題に関する太平洋地域の報道を支援するよう努めるべきである。
記事参照:Tracking the evolution of Pacific island sentiment towards AUKUS

7月31日「NATO首脳会談がインド太平洋およびASEANに与えた示唆―シンガポール・地域安全保障問題専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, July 31, 2023)

 7月31日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のInstitute of Defence and Strategic Studiesが発行するIDSS Paperは、RSIS準研究員Sarah Sohの“NATO’s Vilnius Summit: Implications for the Indo-Pacific and ASEAN”と題する論説を掲載し、そこでSarah Sohは、7月半ばに開催されたNATO首脳会談において、中ロに対して強硬な姿勢が示されたことを受け、ASEANはそれに対し、より融和的で包摂的な姿勢をもって地域の平和と安定を模索すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) NATO首脳会談がリトアニアのヴィリニュスで実施され、昨年のマドリッドでの首脳会談に続き、インド太平洋の4ヵ国の首脳も招かれた。日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの4ヵ国は、非公式にではあるがIP4と呼ばれている。議題はウクライナ戦争とそれに関連するものであった。
(2) 同会議で、IP4は国別適合パートナーシップ計画(Individually Tailored Partnership Programme:以下、ITPPと言う)を通じて、各国それぞれがNATOとの協力を強化することになった。協力分野は幅広く、気候変動、サイバーセキュリティ、宇宙の安全保障などが含まれる。これは、IP4が2012年から14年にかけてNATOとそれぞれ締結した、個別パートナーシップ協力計画(IPCP)の強化版のようなものである。
(3) ITPPはインド太平洋諸国とNATOの関係の深まりを反映している。NATOは、ヨーロッパの出来事がインド太平洋に影響を与え、逆も同様という考えに基づき、インド太平洋諸国との関係強化を目指すことを2022年の「戦略概念」に表明した。そして「戦略概念」と今回の首脳会談の共同声明において、ロシアが「最も大きな直接的脅威」であり、中国もNATOの利益や安全に対して挑戦を付きつけていると述べた。ロシアと中国の結びつきの強まりゆえに、NATOもインド太平洋諸国との関係を強化しなければならないと考えるようになったのである。
(4) 中国はNATO首脳会談の共同声明を批判し、「国境を超えて問題をかき乱している」とした。IP4の首脳会談招待、日本での連絡事務所開設などNATOの最近の動きを受けて、中国はNATOがインド太平洋に「東進」しているという認識を強めている。ITPPはNATOとIP4との非軍事分野での協力を促進するものだが、地政学的な目的も当然ある。中国の攻勢に直面しながら、インド太平洋諸国の状況はますます二極化しており、IP4などのように米国や西側諸国との連携で自国の利益を守ろうという動きも強まっている。米国とその同盟国は、中国の動きに抵抗し、インド太平洋における外交・安全保障上の連携網拡大を意図している。
(5) NATO首脳会談と同じ2日間の日程で、ジャカルタでは年次ASEAN外相会談が実施されており、その週の後半には、東アジア首脳会議外相会議とASEAN地域フォーラム(ARF)が開催されている。ASEAN会議と並行して、中国の王毅外交部長が個別にロシア外相や米国務長官と会談をしている。ASEAN外相達は、南シナ海に関する行動規範(COC)の交渉を進めるためのガイドラインについて中国と合意した。ASEANが関わったこうした会議や会談は、米中関係や南シナ海問題に関する大きな変化を意味しないが、それでも、NATO首脳会談における中ロに対する強硬姿勢とは対象的に、融和的かつ包摂的な雰囲気があった。ASEANはこれからもこうした姿勢で、意見の相違を平和的に解決する方法を模索するべきであろう。
(6) しかし、ASEANの中心性という概念がある一方で、NATOとIP4の紐帯強化、AUKUSやQUADなどの少数国間協調枠組みの登場は、米国とその同盟国がASEANの中心性の外側で、インド太平洋に関与する方法を模索していることを意味する。こうしたなかでASEANは、地域の機構による「付加価値」を考慮しなければならない。
(7) ASEANは、インド太平洋に関するASEAN・アウトルック(ASEAN Outlook on the Indo-Pacific :以下、AOIPと言う)を発表した。それは地域の「平和と安定、繁栄」を目指すものであり、ASEANはAOIP実現に向けてASEAN諸国およびIP4など対話の相手国と協力を進めるべきである。AOIPにおいては、優先して対処すべき4つの問題が提示されたが、それらは新しいものではないので、既存ないし継続中の構想との重複を避け、AIOPと調和させる必要がある。たとえば東アジア首脳会談に関しては、AOIPの優先分野を東アジア首脳会談の議題に組み込む方法を検討できよう。IP4との協力について、4ヵ国すべてがAOIPへの支持を表明したわけだが、その関係を継続し、協力の進捗状況を常に確認し続けるべきである。インド太平洋における緊張が高まるなか、ASEANはその信頼性と有用性を主張するために断固とした態度で一致団結した行動を取る必要がある。
記事参照:NATO’s Vilnius Summit: Implications for the Indo-Pacific and ASEAN

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) Illegal Fishing in Southeast Asia: Scope, Dimensions, Impacts, and Multilateral Response
https://jamestown.org/program/illegal-fishing-in-southeast-asia-scope-dimensions-impacts-and-multilateral-response/
China Brief, The Jamestown Foundation, July 21, 2023
By Dr. Peter Chalk is a former senior analyst with the RAND Corporation in Santa Monica, CA and is now a full-time consultant based out of Phoenix, AZ.
2023年7月21日、米シンクタンクRAND Corporationの元上席分析学者で現在はアリゾナ州を拠点にコンサルタントとして活動するPeter Chalkは、米The Jamestown FoundationのウエブサイトChina Briefに" Illegal Fishing in Southeast Asia: Scope, Dimensions, Impacts, and Multilateral Response "と題する論説を寄稿した。その中でPeter Chalkは、IUU(違法・無報告・無規制)漁業は、東南アジア沖でますます顕著になっている脅威であるが、同漁業は、①政府歳入の莫大な損失につながる。②食糧安全保障に悪影響を及ぼす。③広範な環境破壊を助長する。④国家間の関係を不安定にする。⑤その他の国際犯罪に拍車をかけるといった多くの悪影響を及ぼす解決困難な課題であるとした上で、中国国内の水産物に対する需要の増大と同国による継続的な領土主張とが相まって、特に南シナ海における違法トロール漁が大規模な国家間対立につながる懸念は、今後も続くだろうと指摘している。

(2) Beijing Is Going Places—and Building Naval Bases
https://foreignpolicy.com/2023/07/27/china-military-naval-bases-plan-infrastructure/
Foreign Policy, July 27, 2023
By Alexander Wooley is a journalist and former officer in the British Royal Navy.
Sheng Zhang is a Research Analyst with AidData's Chinese Development Finance Program
2023年7月27日、元Royal Navy将校で現ジャーナリストであるAlexander Wooleyと米AidData's Chinese Development Finance Programの調査分析担当者であるSheng Zhangは、米ニュース誌Foreign Policyのウエブサイトに" Beijing Is Going Places—and Building Naval Bases "と題する論説を寄稿した。その中で両名は、中国は2017年、人民解放軍海軍初の海外基地をジブチに建設したことで知られているが、では次はどこに建設するのだろうかと問題提起した上で、この疑問に答えるため、我々はAidDataの新しいデータを用いて、低・中所得国において、2000年から2021年の間に中国の国有企業によって融資され、2000年から2023年の間に実施された港湾ないしインフラ建設に焦点を当て調査したと述べている。そしてWooleyとZhangは、調査結果として、①モーリタニアのヌアクショット(Nouakchott)港の拡張、②シエラレオネのフリータウン(Freetown)港の開発、③アンティグア・バーブーダのセントジョンズ(St. John’s)港の拡張など、中国は発展途上国に資金を費やし、将来的な海軍基地化を図っているが、それだけではなく、米欧と対立するロシアの海軍基地に艦隊を駐留させることで、西側諸国により近い地域に基地を確保することも可能になっていると指摘している。

(3) Europe’s Northern Flank Is More Stable Than You Think
https://foreignpolicy.com/2023/07/28/arctic-nato-russia-china-finland-sweden-norway-northern-europe-defense-security-geopolitics-energy/
Foreign Policy, July 28, 2023
By Jo Inge Bekkevold, a senior China fellow at the Norwegian Institute for Defence Studies
 Paal Sigurd Hilde, a professor at the Norwegian Institute for Defence Studies
2023年7月28日、Norwegian Defence University Collegeのシンクタンク、Norwegian Institute for Defence StudiesのJo Inge Bekkevold上席研究員とPaal Sigurd Hilde教授は、米政策・外交関連オンライン紙Foreign Policyに、“Europe’s Northern Flank Is More Stable Than You Think”と題する論説を寄稿した。その中で、①ロシアのウクライナへの侵攻の地政学的影響は、北極地域を含む至る所で感じられている。②戦争の開始以降、中ロの協力が強化され、ヨーロッパ北部にとって非常に警戒すべき展望と見なされている、③ロシアによるウクライナ侵攻後、ヨーロッパの北極地域は5つの主要な地政学的変化に直面している、④第1に、NATOは加盟国が増えることにより強化される、⑤第2に、ウクライナでの戦争は、ロシア政府の軍事戦略においてヨーロッパの北極圏と北極地域の重要性を高める可能性がある。⑥第3に、ヨーロッパ北部での軍事活動が活発化している。⑦第4に、ロシアからヨーロッパへのエネルギー供給がなくなったため、ノルウェーの大陸棚の石油とガス資源の地政学的価値が急激に高まっている。⑧第5に、ウクライナでの戦争は、中ロ関係を強化し、中国政府がその提携国に対してより大きな影響力を持つようになった。⑨これらの変化にもかかわらず、ヨーロッパの北部が安定しているのは、第1にNATO加盟国とロシアとの間の明確な地政学的分断、ロシアとの関係を管理するこの地域の長い経験、そして、第2にこの地域における中国の影響力がまだ限定的であることが主な理由である。⑩ヨーロッパの北部の安定性を乱す可能性のある2つの地政学的筋書きが考えられるが、1つは、米国が中国と東アジア紛争に気を取られている隙をロシアがつくかもしれないことであり、もう1つは、ロシアが著しく弱体化することで、中国政府がロシア政府に対する影響力の拡大を利用して北極圏に軍事的展開を確立することであると主張している。