海洋安全保障情報旬報 2023年05月01日-05月10日

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5月1日「AUKUSへのニュージーランドの参加は双方の利益になる―ニュージーランド対外関係論専門家」(The Interpreter, May 1, 2023)

 5月1日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、ニュージーランドのUniversity of Waikato上席講師Reuben Steffの“AUKUS + NZ = win-win”と題する論説を掲載し、Reuben SteffはニュージーランドがAUKUSに参加すべきかどうかの議論について、参加することが妥当であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ニュージーランドでは、対外政策に関する現実的な議論がされるという珍しいことが起きている。それは、同国がAUKUSのハイテク技術等の共有に関する第    2の柱に参加するべきかというものである。これは大臣級の議論で確認され、公式に議論が俎上に載せられた。
(2) こうした可能性に対し、政治評論家、元首相、野党政治家らの大方の反応は、AUKUSへの参加に反対であった。しかし筆者は、ニュージーランドが第2の柱に参加することには戦略的な妥当性があると考える。この時、なぜオーストラリアがそれを不安に感じるのか、ニュージーランドが何を提供できるのかという問題について4点、検討する。
(3) 第1に、ニュージーランドの参加によって、オーストラリアとニュージーランドのハイテク技術に関する技術的枠組みが確立する。ニュージーランドがAUKUSに提供できるような軍事的能力を持つ産業基幹施設はないが、既存のハイテク資源を開放し、AUKUSの発展に貢献はできる。また、ニュージーランドには様々な分野の専門家がいるが、世界の多くの地域から離れたニュージーランドにいるために、既成概念に捕らわれずに考える傾向がある。適切な投資を受ければ、彼らは他の西洋諸国の企業に比べて相対的に低いコストで革新的な解決策を提示できるだろう。
(4) 第2には、New Zealand Defence Forceの規模が関係している。同国の兵員は約9,200名程度で、オーストラリアの6分の1にすぎない。労働党政権は今後防衛費を増額する必要があると理解しており、また対空能力を復活させるという噂もあり、軍隊を平和維持活動のみに特化させる時代は終わりを迎えるであろう。このとき、New Zealand Defence ForceがAustralian Defence Forceとの相互運用性を維持するためには、AUKUSの第2の柱への加入を確保する必要が生まれる。そうでなければ同盟国との通信すらままならなくなるだろう。
(5) 第3に、AUKUSへの参加なしに、ニュージーランドは、オーストラリアや英米との戦略的な紐帯や情報に関する連係を弱めていくだろう。第4に、中国の急速な軍事力拡大により、インド太平洋の勢力均衡が変化しており、国家間戦争の可能性が高まっている現状に対応する必要がある。
(6) AUKUSは、中国による軍事力の行使の対価と危険性を高めるものであり、抑止効果を持つものでもある。ニュージーランドは自分たちがインド太平洋の小国だと自覚しているが、それでも、地域の平和と安定を維持するための集合的な試みにいくぶんの重みを加えることができる。ニュージーランドによるAUKUSの第2の柱への参入は、したがって、オーストラリアの安全も高めるものでもある。
記事参照:AUKUS + NZ = win-win

5月1日「南シナ海の情勢はBBNJ条約の効力を弱める―米専門家論説」(The Strategist, May 1, 2023)

 5月1日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、2006年から2020年まで米国務省で南極外交を主導し、現米Polar Institute of the Woodrow Wilson International Center for Scholars上席研究員Evan T. Bloomの” Might the politics of the South China Sea weaken the high seas treaty?”と題する論説を掲載し、ここでEvan T. Bloomは、国連で各国が合意したBBNJ条約は、発効前であるが中国が主張したとされる条項が含まれており、これによりこの条約が南シナ海に適用された場合に運用不能となる可能性があるだけでなく、南極大陸における適用について大きな議論となるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 10年以上にわたる交渉の末、3月4日に国連で、公海の保全に焦点を当てた国家管轄権を超える地域における海洋生物多様性の保全と持続可能な利用に関する協定(以下、BBNJ条約と言う)案に各国が合意した。まだ総会で承認されておらず、発効までには時間を要するが、これは海洋法においてここ数年で最も重要な進展である。この条約は、海洋保護区の設定、環境影響評価の実施、海洋遺伝資源に関する権利の管理に関する新たな規則を定めている。
(2) BBNJ条約は、UNCLOSと互換性を持つように策定されているが、UNCLOSには含まれていないか、あるいはほとんど含まれていない多くの内容を詳細に網羅している。BBNJ条約は、乱獲や人間が海に与える影響に関する現在の懸念に応えるもので、既存の地域の機構が存在しないか、またはその課題に対応できない場合に、新しい海洋保護区(以下、「MPA」と言う)を作るための機構を提供する。この意味で、この条約は、2022年の国連生物多様性会議で定められた、2030年までに陸地と海域の30%を保護するという、30×30目標の達成に大きく拍車をかける。
(3) 30×30目標を達成するためには、南氷洋が重要な役割を果たす。南極大陸を囲む海域は公海MPAの最有力候補であり、2016年に南極海洋生物資源保全委員会(以下、「CCAMLR」という)がロス海に創設した世界最大のMPAも含まれている。近年、南極MPAの追加を求める圧倒的な支持があるにもかかわらず、各国の合意により運営されるCCAMLRは、中国とロシアの反対により行き詰まっている。公海上で、何らかの理由で管轄権を持つ地域諸国等が行動できない場所に、MPAの設置を推進できる締約国会議(以下、「COP」と言う)を含む国連条約の登場は、環境運動の大きな目的の一つであった。
(4) BBNJ条約は、大きな権限を持つ締約国会議を創設することになる。保護区を設定するためにCOPの手続きは比較的複雑だが、このCOPはCCAMLRのような組織が採用するものと互換性のあるMPAを公海上に設定することを勧告できる。COPは原則として合意によって決定を下すが、最終的には4分の3の多数決でMPAを設置することができる。しかし、それは長い困難な道のりでもある。
(5) BBNJ条約の最終文書には、中国が主張したとされる条項が含まれており、この条約が南シナ海に適用された場合、運用不能になる可能性がある。それは、主権に対する主張と関連する紛争に関する条項で、南シナ海のように海洋紛争の対象となっている地域では、保護区の設定、海洋遺伝資源を対象にできない。たとえば、南氷洋の大部分、すなわち大陸から200海里以内の海域は、主権をめぐる紛争の対象になっている。それはアルゼンチン、オーストラリア、チリ、フランス、ニュージーランド、ノルウェー、イギリスの7ヵ国が南極大陸の領有権を主張しているからである。南極の陸地や棚氷の近くには活発な生物多様性があることから、多くのMPA提案の最も重要な部分は、主権争いの対象となる水域内になる。したがって、中国が主張するBBNJ条約の追加条項は、南極のこれらの地域に条約を適用する上で強い障壁となり得る。
(6) 南シナ海を切り分けるという中国の主張は、南極の領有権主張者と非主張者の間で、南氷洋のどの部分がBBNJ条約の対象となるかという議論を、おそらく北京が意図していない形で終わらせることになるかもしれない。この議論は、南極に影響力を持つ少数の国と、南氷洋全域に条約が適用されることを望む発展途上国を含む他の様々な国との間の難しい議論に発展する可能性がある。BBNJ条約は、南極MPAの問題をCCAMLRに大きく委ねる形で提案されたようだが、この新しい多国間協定は、CCAMLRを説得する上で重要となる政治的な力を持っている。この条約の成功は、国際社会がMPAの進展と30×30目標に向けた進展を望んでいることを示している。中国やロシアを含むCAMLR委員会のメンバーは、この現実を無視することは難しいと考えているであろう。
記事参照:Might the politics of the South China Sea weaken the high seas treaty?

5月2日「フィリピン大統領、南シナ海での他国の軍事活動の『拠点』化を拒否―フィリピン日刊紙報道」(Philippine Daily Inquirer, May 2, 2023)

 5月2日付のフィリピン日刊英字紙Philippine Daily Inquirer電子版は、“PH not ‘staging post’ for foreign powers – Marcos”と題する記事を掲載し、フィリピンのFerdinand Marcos Jr.大統領が、フィリピンを南シナ海での軍事活動の拠点にさせないことを強調し、「直接対話の機構」を設置するという合意を遂行するよう中国に促したことについて、要旨以下のように報じている。
(1) フィリピンのMarcos Jr.大統領は、米国の首都に向かう機内で記者団に、中国船とPhilippine Coast Guardの巡視船が衝突しそうになったことを受け、フィリピンDepartment of Foreign AffairsとPhilippine Coast Guardにフィリピンの漁場の地図を作成するよう指示したことを明らかにした。彼は、西フィリピン海での中国によるフィリピン船への相次ぐ威嚇の最新例である、セカンド・トーマス礁(フィリピン名;アユンギン礁)付近での4月23日の事件に関して、ある中国当局者とすでに話をしたと述べている。Marcos Jr.大統領は、ホワイトハウスで行われたJoe Biden米大統領との会談の前夜に、「我々は、フィリピンを巻き込むような、いかなる国のいかなる挑発的な行動も助長するつもりはない・・・フィリピンがあらゆる軍事行動のための拠点として利用されることを認めない」と記者団に語った。米国はそれより先に、最近の4月23日の衝突寸前の事件を受けて、中国に対し、係争中の南シナ海での「挑発的で安全でない行為」を止めるよう求めている。
(2) 中国の黄溪連駐フィリピン大使は以前に、「台湾海峡の情勢に干渉する」ために、米国はフィリピンとの防衛協力強化協定(以下、EDCAと言う)に基づく新しい拠点を利用するだろうと主張した。しかし、Marcos Jr.はEDCAの下で米軍がフィリピンで利用できる4つの新しい場所は、「我々の領土の防衛 」のためにのみ使用されると述べていた。フィリピンは台湾の軍事的緊張によって避難する可能性のある国民の安全だけを考えていると繰り返した。黄溪連は以前、フィリピンが台湾の独立に「明確に反対」することを拒否すれば、台湾にいる15万人以上のフィリピン人出稼ぎ労働者の幸福が危険に晒される可能性があると警告した。「台湾の平和を維持すること、それが我々にできる最善の役割だ・・・と思う」とMarcos Jr.は語っている。
(3) Philippine Coast Guardの巡視船が4月23日に中国海警船と接近したのは危機一髪であり、Marcos Jr. 大統領によれば「より危険」だった。「彼らは本当に衝突しそうになり、双方に死傷者が出る可能性がある。・・・だからこそ、(両国間の)私は高官級の意思疎通の構築を要求した」と述べている。
(4) Marcos Jr.大統領は、2023年初めに北京で習近平国家主席と交わした、南シナ海で権利の主張が重なる問題に関する「直接対話の機構」を設置するという合意を遂行するよう中国に促した。Marcos Jr.大統領によると、フィリピンは交渉の場に中国が交渉団を送り込むのをまだ待っている状態だという。Marcos Jr.大統領は、「フィリピン側はすでにそれをやっている。我々はすでに交渉団を持っている。我々はすでに、それらの人々の名前、電話番号まで提出した。我々は依然として中国からの交渉相手を待っている状態である」と指摘した。さらに、係争中の南シナ海で同国の370kmの排他的経済水域(EEZ)内にある西フィリピン海の漁場の問題についても議論したとして、「もちろん、全体的な優先順位は、我々の海洋領土を守ることである。しかし、細部にまで踏み込むと、最大の優先事項、言うなれば懸念は漁業権である」と述べている。Marcos Jr.大統領によると、中国政府高官は、将来の会談でこの問題を話し合うことに同意したという。
記事参照:PH not ‘staging post’ for foreign powers – Marcos

5月2日「海上におけるチキンゲームがもたらす危険性―シンガポール専門家論説」(RSIS Commentary, May 2, 2023)

 5月2日付のシンガポールS. Rajaratnam School of International Studies (RSIS)のウエブサイト RSIS Commentaryは、シンガポールNanyang Technological UniversityのS. Rajaratnam School of International Studies海洋安全保障課程教授兼顧問Geoffrey Tillの〝The Risks of Playing a Maritime Game of Chicken″と題する論説を掲載し、ここでGeoffrey Tillは、海洋権益をめぐる競争が戦争につながるのを防止するために首脳同士の意思疎通を維持することが重要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 南シナ海および東シナ海は、航行中の事故や、海賊行為、麻薬や人の密輸に至るまで、さまざまな犯罪行為に加え、大国間・小国間の対立の舞台でもある。国家間の競合と対立は、世界の海洋に関わる社会が脅威に効果的に対応することを困難にしており、海上における安全と安心だけでなく、海上貿易の円滑な流れにも、また経済効果の面でも悪影響を及ぼしている。
(2) ほぼ毎日、様々な遭遇によって事件が発生し、誰も望まないが、誰もが損害を被るような紛争につながる可能性がある。このような紛争は、特に大国間においては、2つのレベルで進行する。第1のレベルは、具体的な争点があるもので、南シナ海や東シナ海では、管轄権の問題が主で、誰が何を所有し、得られる権利は何かということに関するものである。
(3) 第2のレベルは、さらに深刻で、特に、台湾の現状と将来をめぐる中国と米国等の緊迫した関係において顕著である。管轄権そのもの以上に、これがどのように管理され、いつ解決されるかということで、軍事力行使の可能性が大きな問題である。南シナ海でも東シナ海でも、そして台湾海峡でも、誰がどの島や海域を所有しているかという問題以上に、このような紛争をどのように処理するかが、世界秩序全体の将来、さらにはその存続さえも左右するかもしれない。
(4) 武力行使に踏み切った場合の危険性や対価を予測するのは難しいため、当事者は当然ながら紛争になることを警戒している。その一方で、自分たちの重要な利益を守るため、強制的で威圧的な武力の行使に踏み切る姿勢を強めている。人間には間違いもあり、危険を冒す危険な競争になることも多い。
(5)この国際的なチキンゲームを紛争にさせない方法はあるだろうか。よくある工夫のひとつは、近接する海域での行動に制約を設けることである。これは、海事法の制約や国際海事機関が国際的に合意した安全規則を守ることで、2014年に西太平洋海軍シンポジウムで合意された「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準」(Code for Unplanned Encounters at Sea)などもある。また、台湾と大陸の中間線を挟んだ反対側では、双方が敵対的な接近をしないという暗黙の了解もある。もう1つの安全策は、事件が起きた時に事態が拡大しないようにするため、双方のホットラインのようなものを設置・維持することである。 
(6) 相互の意思疎通を維持することは、極めて重要である。相手の考えを知った上で何らかの和解点を見出すことができれば、効果的に対応することができる。ロシアとウクライナは、悲惨な戦争の最中であっても、双方に有益で現実的な捕虜交換が可能であることに気づいた。
(7) 海洋安全保障に対する全体的な取り組みを開発するとともに、その実施を困難にする「自己中心的な」意思決定から脱却することが重要である。そうすることは少なくとも、対立する国と国との間を引き裂くそれぞれの利益と同時に共通する利益を持っているという基本点を見出すからである。だからこそ、International Maritime Security Conference(国際海洋安全保障会議)のような会合で、海軍、沿岸警備隊、業界代表、政府機関の首脳が、行動様式、最善の実施、経験等について意見を交換することは非常に価値がある。シェイクスピアは「我々の運命はすべて海にある」と言ったが、この会議が最大限の成功を収めることを祈りたい。
記事参照:The Risks of Playing a Maritime Game of Chicken

5月4日「インドと米国の防衛関係は再考の時―シンガポール専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, May 4, 2023)

 5月4日付のシンガポールのシンクタンクS. Rajaratnam School of International Studiesが発行するIDSS Paperは、同研究所南アジアプログラムの上席研究員Rajesh BasrurおよびRSISの大学院生Mriganika Singh Tanwarの” INDIA-US DEFENCE RELATIONS: TIME FOR A RETHINK”と題する論説を掲載し、ここで両名はインドがインド洋に戦略を集中することができる好機であり、乗り遅れないように進めるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) インドの戦略的思考は、過去からのしがらみによって不当に抑制されている。インド政府の主要な関心事は、戦略的自律性に対する永続的な憧れである。Nehruvian時代の弱小インドにとって、この言葉は植民地支配の過去から逃れたいという願望を強調するものであった。独立後のインドは、自らを大国と思い込んでいたが、中国との戦争もあり、まだ十分に学んでいない。それゆえ、インドの指導者たちは、インドが他国を牽引する役割になることを望む一方で、自力でそれを実現する能力がなく、費用対効果の高い道を歩むことに慎重になり過ぎている。むしろ、インドの消極性と戦略的絆の強化の遅れが、米政府に大西洋とインド太平洋の同盟をAUKUSにまとめるという選択肢を広げさせた。一方でQUADは、インドが強い軍事関係を築くことに慎重なため、戦略的重みを欠いている。
(2) 軍事関係強化の障害となり得るものとして、インドは米国から制裁を受けた苦い思い出がある。それは、秘密裏に行われていた核開発計画をめぐっての制裁で、インドが比較的弱かった時代の話であり、今はそうとは言い切れない。1998年のインドの核実験後に課された制裁はすぐに解除され、2008年までに米国は自国の国内法を変更し、核不拡散体制を説得して、インドの核武装を認めている。米中間の紛争に巻き込まれる、あるいは米国の第三国への介入に巻き込まれるといったインドの懸念が、同盟に消極的なもう1つの理由である。このような懸念は、インドの弱い過去に根ざした不安の反映でもあるが、2003年の米国主導のイラク戦争において、米国の同盟国フランスは巻き込まれてはいない。
(3) 冷戦時代の印米間の相違は、変化する世界の中で消滅、あるいは解消されつつある。インドはもはやディエゴガルシアの巨大な米軍基地に異議を唱えたり、インド洋を国連による平和ゾーンに指定するよう求めたりすることはない。かつて、インド政府と米政府はイスラエルについて激しく対立していたが、今日では防衛協力の緊密な結びつきを形成している。中東の情勢を変えつつあるインド、イスラエル、アラブ首長国連邦、米国から成るI2U2は、今のところ非軍事協力に留まっているが、長期戦略的パートナーシップ を構築することになるであろう。パキスタンは長い間、インドと米国の緊張の種であったが、米国がインドを優先するようになってから、問題は沈静化した。インドと米国の軍事戦略的な連携が大幅に強化されることに、深刻な障害はない。インドはロシアから石油を大量に購入しているが、それにより石油価格が比較的安定し、ロシアの利益が低く抑えられるため、米国や欧州にとって耐え難いことではない。
(4) 中国との関係は、インドと米国の双方にとって問題であるが、誰も戦争を望んでいるわけではない。しかし、インドと米国は、アプローチを調整することによって、利益を得ることができる。インド政府は、中国との国境に関する米国の情報から大きな恩恵を受けている。より緊密な戦略的連携から得られる将来の利益は、グレーゾーンまたは間接戦略の紛争に関連するもので、情報の共有、軍事サイバー能力に関する技術協力、兵站の強化、および関連する適切な行動である。強力な軍事関係は、インドによる高度な軍事装備の獲得を促進する。米国企業は技術移転の弊害を心配する必要はない。
(5) 海上における先端技術に基づく協調的な領域認識も、開発する価値がある。武器開発、哨戒、情報共有の統合体制は、海上ケーブルの切断防止や自律型軍用水上艇/水中機の配備などは、インドの海上安全保障をさらに強化する。また、深海で活動する潜水艦を探知する技術も格段に向上している。中国はこれを迅速に進めており、インドは米国と協力しなければ太刀打ちできないだろう。
(6) 米国は依然として優勢な国であるが、長期的には衰退している。世界のGDPに占める米国の割合は2000年の28.42%から2021年には23.62%に低下し、同じ年の中国の割合は5.73%から18.19%に上昇した。インドは成長加速の可能性を秘めているが、世界のGDPに占める割合はそれぞれ1.65%、3.13%と大きく遅れている。米国の軍事費は他国を大きく引き離している。現在、米国の防衛予算は、米中ロ印独の世界の5大防衛予算の64.5%を占めているが、この一見した優位性は、2つの要因によって相殺される。それは核兵器が戦争遂行を制約する場合、軍事力の均衡には重大な限界があること、および米国の支出は世界中に分散されているという要因である。
(7) 米国は対価を合理化するために、成長するインドとの連携を強化する必要がある。インドは、上記のような軍事技術における能力を高めるために、米国を必要としている。このため、より深い安全保障の約束と、それに伴う信頼が不可欠である。将来的には、インド太平洋の秩序を維持するための負担を、徐々に分業化することが合理的である。米国は主に太平洋に、インドはインド洋に集中することができる。今がその好機であり、もっと早くつかむべきであった。
記事参照:INDIA-US DEFENCE RELATIONS: TIME FOR A RETHINK

5月4日「スーダンからの退避:水陸両用戦戦力のギャップと失われた機会―米海軍退役大将論説」(Defense News, May 4, 2023)

 5月4日付の米国防関連誌Defense Newsのウエブサイトは、米Navy Leagueの Center for Maritime Strategyセンター長で米海軍退役大将James G. Foggoの“Evacuating Sudan: An amphibious gap and missed opportunity”と題する論説を掲載し、James G. Foggo元大将はスーダンからのNEOについては遠征高速輸送艦によって無事実施されたが、本来、大型水陸両用戦艦3隻から成る遠征打撃群が投入されるべきであるが、現状は水陸両用戦艦艇の不足によって即応態勢が維持されておらず、その根本的原因は水陸両用戦艦艇の重要性を理解しない国防長官室にあるとした上で、解決策として遠征打撃群を太平洋戦域やU.S. Europe Command、U.S. Africa Command、U.S. Central Commandの担任海域に1年365日、1日24時間休むことなくESGを展開することであるとして、要旨以下のように述べている
(1) NEOはnoncombatant evacuation operation(非戦闘員退避作戦)の略語である。米遠征高速輸送艦「ブランズウィック」がスーダン港にあり、さらに米国民をサウジアラビアのジェッダを経由して安全場所へ輸送するのを見て勇気づけられた。今回NEOが実施された海域は危険な海域であり、遠征機動基地「ハーシェル・ウッディ・ウィリアムズ」と駆逐艦「トラクストン」が支援に当たっていた。
(2) スーダンからの民間人の避難に利用できる手段が存在することは望ましいことである。しかし、通常NEOのような作戦には、大型水陸両用戦艦艇3隻から成る遠征打撃群(以下、ESGと言う)が投入される。ESGは、沖合を遊弋し、米大統領と戦闘部隊司令官に複数の選択肢を提供している。人道的輸送作戦は、空路、陸路、または海路で行うことができる。敵対行為が発生した場合、ESGが保有する装備には、許容することのできない状況や敵対的な環境において砲火を抑制し、人々を救出し、安全な場所に輸送することのできる武装固定翼機や回転翼機が含まれている。
(3) スーダンでの事案では、これらの選択肢は利用できなかった。問題は、準備と保有隻数の両方である。U.S. NavyとU.S. Marine Corpsは数年前から水陸両用戦艦艇の適正な保有隻数に関する問題を研究しており、適正な保有隻数は31隻の大型水陸両用戦艦であるという合意がU.S. NavyとU.S. Marine Corpsの間にあるようである。その保有隻数に到達し、維持することの問題は、U.S. NavyとU.S. Marine Corpsの内部にあるのではなく、21世紀の戦争における水陸両用戦艦艇の価値を受け入れない国防長官室にある。
(4) 近い将来、または遠い将来に硫黄島や仁川のような水陸両用戦が見られる可能性は低いということには同意する。しかし、遠征打撃群と水陸両用戦艦艇は、前方展開と米国の存在感の誇示を含め、人道支援、災害救援、NEO、大規模な海上輸送と空輸能力を必要とする地上戦において多くを提供することができる。現在編成されているような臨時の部隊ではこのような選択肢を提供することはできない。
(5) 2018年のトライデント・ジャンクチャー演習中、想定によるロシアの攻撃に対応して、ノースカロライナ州キャンプ・レジューヌからノルウェーのフィヨルドへの海兵隊遠征部隊の輸送は、米海軍の「イオー・ジマ」ESGによって可能になり、北大西洋条約第5条に対応する同盟国と提携国を増強した。
(6) 4月28日に実施された下院軍事委員会でU.S. Marine Corps司令官は、U. S. Africa Command司令官の「U.S. NavyとU.S. Marine Corpsは過去6ヶ月間にトルコとシリアにおける地震救援、スーダンでの砲火に荒らされた米国市民の救出といった複数の任務を遂行するため海兵隊遠征部隊が乗り組んだESGを編成することができなかった」との発言を引用している。
(7) 簡単な解決策がある。それは、遠征打撃群を太平洋戦域やU.S. Europe Command、U.S. Africa Command、U.S. Central Commandの担任海域に1年365日、1日24時間休むことなくESGを展開することである。そうすることで、戦闘地帯のまっただ中をハルツームからポートスーダンまでの約7キロを米国市民の輸送をする必要はない。ESG搭載の海兵隊遠征部隊と組織的な輸送手段がこの任務を遂行することができる。今回は弾丸をかわすことができたかもしれないが、紛争はまだ終わっていない。そして予見しうる将来、アフガニスタンのように争いに巻き込まれている米国市民と二重国籍人々の窮状を聞き続けることになるだろう。
記事参照:Evacuating Sudan: An amphibious gap and missed opportunity

5月4日「中国の攻勢に対する米比同盟の強化―香港紙報道」(South China Morning Post, May 4, 2023)

 5月4日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“US, Philippines establish ground rules to counter China in South China Sea and Taiwan Strait”と題する記事を掲載し、米国防長官とフィリピン大統領の会談について言及し、米中対立が強まるなか米比関係が強化されつつあるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 5月3日、Lloyd Austin米国防長官とMarcos Jr.フィリピン大統領がワシントンで会談を実施し、米比防衛協力に関する指針を公表した。
(2) 会合に関するファクトシートによれば、米比の平和と安全保障に対する「主要な脅威と問題に関する情報共有」を拡大し、「有事の際の共同行動に対して全政府的取り組み」を採ることが合意された。こうした試みの狙いは、「地域の主要な安全保障上の懸念」に焦点を当てつつ、「世界的な安全保障上の課題に対処」することである。
(3) フィリピン政府は、南シナ海の係争海域において中国がフィリピン漁船に対して「攻撃的な戦術」を採っていることに懸念を示している。U.S. Department of Stateも、中国がフィリピンの「排他的経済水域で定期的に哨戒を行っているフィリピン艦船を威嚇している」と非難し、「南シナ海を含む太平洋における武力攻撃」が発生した場合に、米国はフィリピンを防衛するという誓約を再確認し、3日の会談とほぼ同じ内容を含み、中国に合図を発した。
(4) フィリピンは台湾から800海里しか離れておらず、台湾有事はフィリピンの安全保障に影響を及ぼすことになる。したがって1996年には台湾海峡問題が米比同盟の大きな懸念になった。フィリピンのDe La Salle UniversityのRenato Cruz De Castroによれば、2023年2月、米国が利用できるフィリピン基地を増やす決定は、東南アジアとインド太平洋で米国の地歩を固めようという同盟の努力を高めるものであった。
(5) 中国は以前から、台湾は最終的に本土に統一されるべきであり、必要とあれば武力行使も辞さないと述べてきた。米国のJoe Biden大統領は就任以来、中国が台湾に対して武力を行使した場合、米国が軍事介入することを約束していると何度か発言している。中国との緊張が高まるにつれて、Biden政権はアジアの同盟国との関係強化に乗り出してきた。
(6) 5月1日、Biden大統領はMarcos Jr.大統領とホワイトハウスで会談を行った。その前週には、韓国のYoon Suk-yeol(尹錫悦)大統領とも会談を行い、北朝鮮の脅威が議題となった。2023年1月には岸田首相と会談を行っている。
記事参照:US, Philippines establish ground rules to counter China in South China Sea and Taiwan Strait

5月5日「安全な海洋安全保障提携を模索するベトナム―オーストラリア南シナ海問題専門家」(East Asia Forum, May 5, 2023)

 5月5日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物EAST ASIA FORUM は、同大学Coral Bell School of Asia Pacific Affairs博士課程院生Minh Phuong Vuの“Vietnam seeks safer maritime security partnerships”と題する論説を掲載し、そこでMinh Phuong Vuは米中対立が深まるなか、ベトナムは海洋安全保障に関する協力を日印と進めてきたこと、今後もそれが進展する見通しだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2023年3月に中国とASEANは南シナ海に関する行動規範の交渉を再開したが、それによって地域の緊張が和らぐ兆しはない。2月の中国海警船によるPhilippine Coast Guard巡視船へのレーザー照射は、フィリピン側の強烈な抗議を招いた。ベトナムは南シナ海論争において比較的静穏であったが、中国海警船とベトナムの哨戒艇が接近するなどの事件が生起し、このような緊張の高まりを背景に、ベトナムやフィリピンは域外の提携国による支援を求めるようになっている。
(2) たとえば、フィリピンは3月には日米との3ヵ国安全保障枠組みに参加を決定している。他方ベトナムにとっては外国との安全保障協力の拡大は、その非同盟主義の原則ゆえに、そこまで簡単なことではない。ベトナムも、米国や日本、インドなどとの協力拡大の必要性を認識はしているが、それがフィリピンと同じように発展していくことはないだろう。
(3) 2014年に生起したベトナムの排他的経済水域における中国と対立をきっかけに、ベトナムは米国との関係強化に乗り出した。2018年にベトナムは初めてRIMPAC共同演習に参加し、米国の空母の寄港を認めた。しかし、米中対立が激化するなか、ベトナムは、中国との地理的な近さと中国への経済的依存を考慮して、米国とのさらなる関係強化には慎重姿勢である。たとえば、2022年にベトナムはRIMPACには参加しなかった。こうした姿勢の背景には、ベトナムの米国に対する不信感もある。米国がインド太平洋戦略で民主主義の推進を主張していることが、ベトナムを苛立たせているかもしれないし、Trump政権がTPPを脱退したことも不信感を醸成した。
(4) 消極的な対米姿勢と比較して、ベトナムは日本やインドとの海洋協力の推進には前向きである。この両国との関係強化によって、ベトナムは米国と適度に距離をとりつつ、海洋安全保障を維持しながらも中国を怒らせるのを回避できる。日印に対するベトナムの信頼感も強い。インドとは非同盟主義を共有し、日本はベトナムの経済発展における重要な提携国であった。実際日印との協力はこの10年で劇的に深まった。インドは、船舶調達のための資金をベトナムに提供し、また日本は船舶や技術をベトナムに移転している。それに加え、海軍演習や艦艇の寄港なども盛んになっている。インドは定期的にベトナムの港に寄港し、日本とも共同演習を行ってきた。
(5) ベトナムと日印との関係がこうして深まり続けるなか、米国との関係はますます選択的になっている。米国は最近ベトナムへの働きかけを再開し、両国間の海洋協力が進む兆しを見せた。しかしベトナムは、中国との関係を念頭に、また米国への不信感を背景に、なお米国との協力を限定的にし続けるだろう。他方、日本とインドとの関係はこれからも深まっていくものと思われる。
記事参照:Vietnam seeks safer maritime security partnerships

5月7日「中国が東南アジア全域で軍事関係を構築しているとき、1つの要因が立ちはだかる―パキスタン専門家論説」(South China Morning Post, May 7, 2023)

 5月7日付の香港日刊英字紙South Chine Morning Post電子版は、パキスタンのCenter for Regional and Global Connectivity政策助手Riaz Khokharの“As China builds military ties across Southeast Asia, one factor stands in the way”と題する論説を掲載し、ここでRiaz Khokharは中国は東南アジア諸国との軍事的提携を強化しており、ASEANとの強い経済協力関係とASEAN 内部の米中への対応の分裂という2つの要因が中国を有利に働いている一方で、南シナ海についての国際裁判所仲裁判決を中国が拒否したことが克服すべき障害となっているという状況であり、ASEANは軍事的緊張緩和のために、南シナ海における法的拘束力のある行動規範の実施と領有権主張について歩み寄りを図る必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2023年2月、中国とシンガポールは、掃海能力の強化とマラッカ海峡の治安維持を目的とした海上演習を実施した。中国は、カンボジアとも軍事演習を実施し、機雷除去、爆発物処理などの訓練を行なった。これらの訓練は、両国の能力を向上させ南シナ海における中国の軍事力を誇示した。東南アジアにおける中国の強力な経済的、外交的影響力は、米国の軍事的な影響力が及ぶ範囲を相殺し、近隣諸国が中国に対する米国の安全保障面での運動を受け入れることを阻止する防衛提携網となっている。
(2) オーストラリアのシンクタンクLowy Instituteの「2023年版アジアパワーインデックス」によると、中国とカンボジアの防衛関係は東南アジアで最も強く、フィリピン、タイ、シンガポールの3ヵ国は米国の同盟関係のため最も弱い。中国と米国はインドネシア、マレーシア、ブルネイ、ラオス、ベトナム、ミャンマーで軍事的影響力をめぐって激しい競争を繰り広げている。2023年2月に発足した中国のグローバル安全保障イニシアティブは、ブルネイ、カンボジア、ラオスによって支持されており、武器売却、対話の促進等を促進している。
(3) 中国は東南アジア非核兵器地帯条約の議定書に署名する意欲を示している。中国は法執行や海外の労働者や請負業者の保護など、これらの分野で苦労している国々の警察権を強化するための支援を提供している。
(4) 中国は東南アジアでの軍事的提携を強化する態勢を整えているが、2つの要因が中国を有利にしており、1つの克服すべき障害もある。中国を有利にしている要因の1つは、中国の東南アジアとの強い経済関係である。2022年の中国と地域の貿易額は1兆米ドルに近づいている。これは、2021年の米国とASEANの貿易額が4,420億米ドルであることと比較される。中国は、この地域のインフラに多額の投資を行ってきた。中国は、東南アジア諸国、日本、オーストラリアを含む加盟国間で関税引き下げ等が行われる地域包括的経済連携(以下、RCFPと言う)加盟国でもある。対照的に、米国主導のインド太平洋経済枠組み(IPEF)は、東南アジアの輸出品に対する関税引き下げなど実効性をRCFPより欠いているように見える。安全保障上の関与を経済協力で補完しなければ、米国は中国に地盤を奪われる可能性がある。東南アジア諸国は、中国に対する安全保障上の懸念よりもエネルギーと基幹設備の所要を優先する可能性がある。
(5) 中国を有利にしているもう1つの要因は、南シナ海での海洋紛争をめぐる東南アジア諸国間の内部分裂と、ASEANの中心性と米中への対応における合意の欠如である。シンガポールの国防相は最近、将来の原子力潜水艦の寄港を促進するなど、インド太平洋におけるオーストラリアの安全保障上の役割の拡大を歓迎した。他のASEAN加盟国はこれを支持しないかもしれない。インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムはこの地域での核拡散のリスクについて懸念を持っている。一方、17,000人以上の兵士が参加する最近の米国とフィリピンの共同軍事演習は、フィリピンの対米政策の変化を意味する。中国はこれに懸念を表明し、台湾との国内問題に干渉することによって地域の緊張を高めることに対してフィリピンに警告した。
(6) 克服すべき障害は、2016年の南シナ海に関する国際仲裁裁判の判決の受け入れを中国が拒否していることである。それとあわせて、排他的経済水域での中国の行動は東南アジア諸国がそれに不信感を抱き続ける傾向がある。南シナ海での中国の主張が未解決である限り、東南アジア諸国は中国の覇権との釣り合いを取るために米軍を歓迎するであろう。
(7) 東南アジア諸国は、この地域での軍事活動の増加を避けるために、軍事的緊張を緩和するため軍事基地と共同演習に関する取り決めについて合意を形成する必要がある。最善の改善策は、南シナ海における法的拘束力のある行動規範の実施と領有権主張についての歩み寄りである。
記事参照:As China builds military ties across Southeast Asia, one factor stands in the way

5月8日「フィリピン大統領訪米の成果、米比防衛指針の改訂―フィリピン専門家論説」(Asia Times, May 8, 2023)

 5月8日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、The Polytechnic University of the PhilippinesのRichard J. Heydarianの “US-Philippines deepen defense guidelines on China”と題する論説を掲載し、ここでRichard J. Heydarianは4月30日~5月4日のMarcos Jr.フィリピン大統領の訪米の成果である、米比防衛指針の改訂について、要旨以下のように述べている。
(1) Austin米国防長官は5月3日のMarcos Jr.大統領との会談で、「我々は常に、南シナ海や域内のその他の場所でフィリピンを支援する。米比相互防衛条約は、南シナ海の海域を含む太平洋における、我々の軍隊、沿岸警備隊巡視船、政府公船あるいは航空機に対する武力攻撃に適用されることを改めて確言する」と言明し、南シナ海の紛争海域におけるマニラの北京との継続的な緊張関係と米比同盟の関連性についての疑念を払拭することに努めた。ホワイトハウスでの米比首脳会談も注目を集めたが、Marcos Jr.フィリピン大統領の米国防総省訪問は大統領にとって最重要であったことは間違いない。フィリピン大統領と米国防長官の会談後、米比両国は3日、中国に対する懸念が共有される状況下で、広範な軍事協力の強化を目的とする、6頁の「2国間防衛指針」文書*を公表した。
(2) 新指針の注目点は、フィリピンが領有権を主張する海域における中国の海警と海上民兵による、いわゆる「グレーゾーン」脅威への共同対処の緊急性が強調されていることである。過去数週間、フィリピン政府はU.S. Department of Defenseに対して南シナ海と台湾に面した6ヵ所以上の国内の基地利用を認める防衛協力強化協定(以下、EDCAと言う)の枠組み拡大という意味深長な合図を発信してきた。Marcos Jr.大統領は訪米への機上で、台湾沿岸に近い北部のカガヤン州とイサベラ州にある新しくEDCAで利用が認められる基地に言及し、「中国の秦剛外相が最近マニラを訪問した際、私は彼に、これらの基地を中国や他の国に対する攻撃基地にするつもりはないと話した」と述べている。Marcos Jr.大統領は、特に隣接する台湾を巡る全面的な紛争が生起した場合に、EDCAで利用が認められる基地が中国に対する米国の予想される攻撃作戦のための「発進拠点」として機能することはないと繰り返し言明した。Marcos Jr.大統領によれば、Biden政権はこれまで、中国に対して「(EDCAで利用が認められる基地が)使用される」可能性に言及したことはない。
(3) しかしながら、問題はフィリピン国軍(以下、AFPと言う)が別の思惑を抱いていることである。最近、AFP報道官は、米国がEDCAの下でさらに拡大された利用を享受できると指摘し、「国民が享受すべき海洋資源の保護を含め、主権と領土保全を守るためには、(AFPの)全方位の保護能力が必要である」と述べており、さらに同報道官はフィリピンの防衛能力の近代化のためにフィリピン政府がEDCAを重視していることを強調し、「装備とは別に、近代化は、滑走路、兵舎、および緊急時に備えた装備保管施設などを取得することを意味する」と述べている。また、数週間前、AFPは、台湾や南シナ海に公然と言及することはなかったが、「緊急事態」の際にはEDCAで利用が認められる基地が共同作戦に不可欠であることを明らかにした。Marcos Jr.大統領自身も、「台湾海峡を巡って緊張が高まっている」状況下で、EDCAで利用が認められる基地がいかに「有用であり得るかが実証される」可能性を認めている。また、Marcos Jr.大統領は2月の東京訪問中にも、フィリピンが隣接する台湾での如何なる不測の事態に対しても中立を維持し得るとは「想像し難い」ことを認めている。フィリピンは、米国の条約上の同盟国であることに加えて、台湾の南岸から100海里余に位置するフーガ島とマブリス島にも海軍施設を有している。
(4) あらゆる兆候から見て、Marcos Jr.大統領は、自らの政策に防護手段を作為しており、中国を完全に挑発することなく自国の防衛能力を強化するために、U.S. Department of Defense
との過不足でない中間の程良い状態の軍事協力を熱心に求めている。しかしながら、比米双方にとって明白な分野の1つは、中国の「グレーゾーン」の脅威に対処する必要性であった。この問題は、2019年にフィリピンのEEZ内にある低潮高地リード堆でフィリピン漁船が中国の海上民兵によって沈没させられて以降、比米2国間同盟の中心的な議題となってきた。しかしながら、この分野でのDuterte前政権時代の行き詰まりの故に、比米2国間同盟の更新は、マニラに米国により友好的な政権の出現を待たなければならなかった。当初の予想に反して、後継のMarcos Jr.大統領は、中国の海上野心を制するために米国との強力な軍事同盟を歓迎した。
(5) 新たに公表された「2国間防衛指針」の下で、両国は、「グレーゾーン戦術」だけでなく、宇宙戦争やサイバー戦争を含む他の新たな脅威にも焦点を合わせた。U.S. Department of Defenseは新指針で、「脅威は、陸、海、空、宇宙およびサイバースペースを含む幾つかの領域で発生し、しかも非対称、ハイブリッド、及び非正規戦とグレーゾーン戦術の形をとる可能性があることを認識し、指針は通常の領域と非通常の領域の両方で相互運用性を構築するための指針を提示している」ことを認めている。したがって、比米両同盟国は「統合抑止力と威嚇に抵抗する能力」を強化するために「フィリピンの防衛力近代化について緊密に調整する」こと、様々な2国間構想を通じた「相互運用可能な防衛基盤」の調達を優先すること、そして開発と人道的側面を含む「(教育訓練などの)非物資型防衛能力の構築」への投資を拡大することを誓約した。また、サイバー戦争や、将来の地域紛争における大量破壊兵器の使用の可能性に対する協力も拡大する。
(6) フィリピンと米国の同盟は、インド太平洋における新たな安全保障の脅威に照らして急速に進化しているが、特に厳しい係争海域である南シナ海において、比米両同盟国が中国の準軍事組織の船隊と実際に対決する用意があるかどうかは、未だ不明である。隣接する台湾に対するグレーゾーンの脅威への対処については、言うまでもない。
記事参照:US-Philippines deepen defense guidelines on China
備考*:以下のURL参照
https://www.defense.gov/News/Releases/Release/Article/3383607/fact-sheet-us-philippines-bilateral-defense-guidelines/

5月8日「中ロに対抗するために米国は『政治的手腕』が必要―米専門家論説」(The Heritage Foundation, May 8, 2023)

 5月8日付の米シンクタンクThe Heritage Foundationのウエブサイトは、同シンクタンクのCenter for National Defense上席研究員Brent Sadlerの“Look to Maritime Domain To Revive Failed U.S. Statecraft”と題する記事を掲載し、米国の「統合抑止(integrated deterrence)」はうまくいっていないため、中国とロシアに対抗するための新しい枠組みとして「海軍国政術(Naval Statecraft)」を遂行すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国の政治的手腕(statecraft)は、ロシアのPutin大統領のウクライナ侵攻を阻止することはできなかった。中国が南シナ海に人工島を建設することを止めることも、2022年夏に台湾にミサイルを発射するのを抑止することもできなかった。しかし、米国の外交政策が巧みであれば、こうした事態を抑止することができたはずである。
(2) 我々の指導者たちは、「統合抑止」という曖昧な概念に基づく後手を踏んだ外交政策に陥っている。統合抑止は、機関間の調整を強調するが、外交の機略に不釣り合いなほど依存している。そして、中国やロシアのような不倶戴天の敵を抑えるためには、外交以上のものが必要である。十分なハードパワーと経済的な強さも必要である。
(3) 米国の権力中枢を再建し、制度を再構築し、必要な指導者たちを導き、我が国を脅かす苛烈な影響力を撃退するための新しい枠組みを、我々は切実に必要としている。中国とロシアに対処し、主導権を取るための有望な新しい枠組みは、「海軍力を活用した政治的手腕」と呼ばれている。海軍と海洋力(maritime power)を重視し、敵に戦略的な困難を引き起こすための海洋領域における米国の優位性を活用する一方、多くの人々に繁栄をもたらす米国の資本主義と統治の優位性を実証するものである。
(4) 海洋での力の展開は、莫大な経済的利益を生み出すことが可能である。ジブチが2000年代前半に経済的に成長したのは、9月11日のテロ攻撃の後、U.S. Navyがアルカイダとの戦いを担うために到着したことがきっかけで起こった。海洋安全保障の力の展開の強化により、深海港であるドラレ港は地域の商業の中心地となった。しかし、残念なことに、米国の指導者たちは、海軍の展開と経済的・外交的な取り組みとを組み合わせることができなかった。数年後、中国がその空白を埋め、ジブチは中国の領域になってしまった。
(5) 2020年にも、海軍力を活用した政治的手腕の別の例が示された。マレーシア公認の石油調査船「ウエスト・カペラ」が国際水域で操業していたところ、数ヵ月にわたって中国の嫌がらせを受けていた。米国は慎重だったが、この船の近くに海軍を配備し、外交官たちはマレーシアの経済的権利を守るために国際的な支援を呼びかけた。最終的には、中国はこの船への嫌がらせを止め、この地域は中国の振る舞いに対する反感で結束した。しかし、残念ながら、この成功は計画立案というよりも運が良かったというものである。
(6) 海軍力を活用した政治的手腕は、多くの国が経済的利益と安全保障上の利益の釣り合いを取り、両者を包括的な政策として統合しなければならないという現実を受け入れている。しかし、これは通常、経済と安全保障を別々の取り組みとして扱う米政府にとって問題を引き起こす。
(7) 我々は、中国を主敵とする新たな冷戦に突入した。我々が勝利を得るためには、米国の国力のための全ての機関が共通の戦略目標のために協力することによって、軍事、経済および外交的な行動を採らなければならない。 海軍力を活用した政治的手腕は、平時に敵対国とうまく競争し、彼らの最悪の行動を抑止するための枠組みを提供するものである。
記事参照:Look to Maritime Domain To Revive Failed U.S. Statecraft

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) RUSSIA’S GAINS IN THE GREAT ARCTIC RACE
https://warontherocks.com/2023/05/russias-gains-in-the-great-arctic-race/
War on the Rocks, May 4, 2023
By Dr. Elizabeth Buchanan, a non-resident fellow of the Modern War Institute at West Point and a First Sea Lord Five Eyes fellow with the Royal Navy Strategic Studies Centre 
2023年5月4日、米Modern War Institute of U.S. Military Academy at West Point の客員研究員などを務めるElizabeth Buchananは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" RUSSIA’S GAINS IN THE GREAT ARCTIC RACE "と題する論説を寄稿した。その中でElizabeth Buchananは、ロシアのウクライナ侵攻や台湾をめぐる緊張に比べれば、北極を巡る領有権の問題は、一見穏やかなものに見えるかもしれないが、この複雑な問題が地政学的に大きな影響を及ぼしていると話題を切り出し、ロシアのウクライナ侵攻によって状況は一変してしまったが、対話と協調を促進するための枠組みや、モスクワが北極圏の国際的な法体系を遵守し続ける誘因がなければ、この地域はこれまでで最も困難な時代を迎える可能性があると指摘している。そしてElizabeth Buchananは、北極圏の問題には明確な終着点がないため、国際法の複雑さが浮き彫りになっているが、この厳しい状況を克服するためには、機敏な外交と少なくとも環太平洋レベルの対話の枠組みが必要であると主張している。

(2) Sword out of Sheath?: Assessing the Strategic Implications of the PLA’s April Exercises Around Taiwan
https://jamestown.org/program/sword-out-of-sheath-assessing-the-strategic-implications-of-the-plas-april-exercises-around-taiwan/
China Brief, The Jamestown Foundation, May 5, 2023
By Dr. Ying Yu Lin, an Assistant Professor at Graduate Institute of International Affairs and Strategic Studies Tamkang University in New Taipei City, Taiwan and a Research Fellow at Association of Strategic Foresight
5月5日、台湾の淡江大学国際事務與戰略研究所助教林穎佑は、米シンクタンクThe Jamestown FoundationのウエブサイトChina Briefに、“Sword out of Sheath?: Assessing the Strategic Implications of the PLA’s April Exercises Around Taiwan”と題する論説を寄稿した。その中で、①COVID-19の世界的感染拡大により中国経済は打撃を受けたが、それでも中国は国防予算の割り当てや新たな予備役法の施行のような、戦争の準備を進めている気配を見せている。②中国軍は、台湾周辺で大規模な軍事演習を再度行うことで、中国が台湾に対してもつ意図をさらに示している。③新しい中央軍事委員会は、空軍と海軍の共同展開や共同作戦を行うための、中国軍の軍種と部門の効果的な統合という難題を達成することが期待されている。④中国軍は、台湾を奪取するための共同作戦を実行する能力だけでなく、外国の軍隊の介入に対する接近阻止・領域拒否(A2/AD)作戦を実行する能力を獲得することも目指している。⑤2022年8月の演習は、再編後の中国軍の強さを示すためだけでなく、習近平の台湾政策の成果を強調することも目的であった。⑥中国は台湾への威嚇を行うため、2023年4月に台湾周辺で主に空軍と海軍を展開する演習を行い、軍事的教訓を得た。⑦台湾に対する軍事的威嚇だけでなく、中国軍はマスコミによる報道を利用してプロパガンダ効果を最大化し、軍事行動を支援しようとしているといった主張を行っている。

(3) RETHINKING TRADEOFFS BETWEEN EUROPE AND THE INDO-PACIFIC
https://warontherocks.com/2023/05/rethinking-tradeoffs-between-europe-and-the-indo-pacific/
War on the Roks, May 9, 2023
By Luis Simón, director of the Centre for Security, Diplomacy and Strategy at the Brussels School of Governance, and director of the Brussels office of the Royal Elcano Institute
Zack Cooper, a senior fellow at the American Enterprise Institute and a lecturer at Princeton University
2023年5月9日、ベルギーCentre for Security, Diplomacy and Strategy at the Brussels School of GovernanceのLuis Simónと米シンクタンクAmerican Enterprise Institute の上席研究員Zack Cooperは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" RETHINKING TRADEOFFS BETWEEN EUROPE AND THE INDO-PACIFIC "と題する論説を寄稿した。その中で両名は、米国とその同盟国は欧州とインド太平洋地域という2つの重要な地域においてどのように優先順位をつけるべきなのかという問題に関して、確かに優先順位をつけることはあらゆる戦略の中心であるが、今日、あまりにも多くの専門家が、米国の戦略はオール・オア・ナッシングでなければならないかのように考えていると指摘している。そして両名は、米国が優先順位をつけるべきかどうかを議論するのではなく、どのように優先順位をつけるのかを議論すべきだとし、欧州とインド太平洋は別個な存在ではあるが、相互の結びつきが強くなっており、時間、能力、政策分野という3つの側面から優先順位をつける必要があると述べた上で、米国、欧州、インド太平洋の指導者は、この2つの地域間で、時間、能力、政策分野の面でどのように優先順位をつけるのが最良なのかについて共に考えるべきであり、志を同じくする国々が、2正面同時攻撃という、より深刻な危険に直面する前に、今こそこの議論を行うべきであると主張している。