海洋安全保障情報旬報 2023年04月11日-04月20日

Contents

4月11日「南シナ海の行動規範に関してASEAN諸国は妥協が必要―中国研究所研究員論説」(South China Morning Post, April 11, 2023)

 4月11日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、華陽海洋合作与海洋治理研究所の非常勤上席研究員Mark J. Valenciaの“South China Sea: Asean needs to compromise with China to settle protracted code of conduct dispute”と題する論説を掲載し、Mark J. Valenciaは南シナ海の紛争において妥協することが、ASEANの権利主張国が中国の干渉を受けずに資源を獲得するための唯一の現実的な方法であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国とASEANは、2002年に拘束力のない曖昧な宣言を締結して以来、南シナ海における強固な行動規範に合意しようとしてきた。2018年に作成された交渉文書の草案は、矛盾した立場の寄せ集めであり、紛争海域での事件の頻度と深刻さが増すにつれて、行動規範の迅速な合意を求める声が高まっている。明らかに、現実的な妥協が必要である。
(2) 主な問題は、行動規範の地理的範囲と紛争処理の定義、そして行動規範に法的効力をもたせるかどうか、外部の国家が当事国になることができるかどうかである。
(3) 第1に地理的範囲に関して言えば、ベトナムは中国が占領している西沙諸島と彼らが権利を有する海域を規範に含めなくてはならないと主張し、中国政府はこの諸島と周辺海域、大陸棚および200海里の排他的経済水域(EEZ)にある資源に対して「争う余地がない」主権を主張している。この問題については、どちらも譲歩しそうにない。しかし、「南シナ海の紛争区域」のような表現を使うことで、規範の地理的範囲の解釈に余地を残すことが可能である。そうなると、中国は西沙諸島の領有権に争点はないと主張し、ベトナムは領有権に問題があるから規範の対象となると主張することになる。したがって、他の当事国が中立を保つ限り、西沙諸島の紛争は、暫定協定を結ぶべき、中国とベトナムの2国間問題であり続けることが可能である。
(4) 妥協の余地がある第2の分野は、紛争処理である。どのような第3者による過程が合意されても、ほとんどの当事国は相互同意によって権利を得ることを望んでおり、この規定が争いを少なくすることになる。中国がハーグのPermanent Court of Arbitration(常設仲裁裁判所)のような仲裁に同意することはないだろう。また、同じように欧米による処理を警戒するASEAN加盟国もいるだろう。
(5) 行動規範に法的拘束力をもたせることについては、中国と一部のASEAN加盟国は、政治的な操作性を失うことを恐れて同意する可能性は低い。
(6) 中国はまた、米国、オーストラリア、日本などの外部の国が「ちょっかいを出す」機会になるとして、協定を開放して、加盟させることに反対するだろう。米中の争いが地域情勢に及ぼす影響を制限したくて、一部の国はこの件で中国を支持するかもしれない。
(7) 一部の専門家達は、処理過程は成果と同じくらい重要だと主張する。これは当初はそうだったかもしれない。しかし、20年以上にわたって合意が得られなかった今、中国のようなより強力な当事国が一方的に進めることができるため、その遅れがほぼ間違いなくそのような国に恩恵を与える。したがって、この過程は進歩よりも不信を生んでいる。さらに悪いことに、この地域の支配をめぐる中国と米国の争いに影響されるようになってしまった。まだあからさまな敵対行為は起きていないが、これはむしろASEAN諸国間の基本的な結びつきと、ASEANの権利主張国と中国との間の非対称な軍事力によるものである。
(8) 交渉は行き詰っており、妥協が唯一の道である。ASEANの権利主張国にとって、妥協は、中国の干渉を受けずに資源を獲得するための唯一の現実的な方法かもしれない。ASEAN全体を交渉過程に参加させることは、前進する前に合意を必要とするという信念のせいで、進展を遅らせている。2002年の「直接的な関係国による交渉」という宣言に則り、交渉の主導権を握るのは紛争の当事国だけであるべきである。そうでなければ、中国と米国による干渉の機会が増えることになる。
(9) 緩やかな行動規範であっても、適切な行動の指針となりうるので、無いよりはましである。妥協とあいまいな表現は、この地域の国際政治問題におけるASEANの中心性を維持することを可能にする。
(10) また、この地域の新しい国際秩序に向けて具体的な一歩を踏み出すという中国の目的に役立つだろう。これとは異なる道には、無政府状態に近い状態や、「力こそ正義」的な取り組みが続くだろう。
記事参照:South China Sea: Asean needs to compromise with China to settle protracted code of conduct dispute

4月11日「米台会談後の中国軍の反応は前回より短い演習という形をとったが、台湾封鎖の検証には合格したと見られる―香港英字紙報道」(South China Morning Post, April 11, 2023)

 4月11日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、台湾の蔡英文総統が米国で米議会下院議長と会談したことに反発する中国が、台湾進攻準備をさらに進めていることについて、要旨次のように報じている。
(1) 4月の台湾周辺での中国軍による演習は、8月に比べれば小規模であったが、台湾を封鎖するための重要な検証を行ったと見られている。
(2) 中国による4月の軍事演習は、台湾の蔡英文総統がカリフォルニアでKevin McCarthy米下院議長に会った直後のことで、台湾が中国政府の警告を無視したことに反発するものであった。台湾国防部によれば、今回の演習では、中国軍航空機の出動回数が過去最多で、4月11日午前6時までの24時間に台湾海峡付近で91回の出撃があり、うち54機が海峡の中央線を越え、台湾の防空識別圏の南西部または南東部に侵入した。さらに、中国のJ-15戦闘機が初めて台湾の東側から防空識別圏に侵入したことが確認された。これまで中国本土に近く防御が厚い西岸側に比べ、東側は自然の防壁とも言える台湾の中央山脈に守られ、比較的安全だと思われてきた。
(3) 艦載戦闘機のJ-15は、台湾の近くに配備された空母「山東」から離陸したと考えられる。台湾の海軍軍官学校元教官の呂禮詩によると、「山東」空母群を使用することで、迅速に軍隊を展開する能力を試すことができたという。呂禮詩は、空母群の編成には複数のType055駆逐艦やType052駆逐艦がいないことから、空母群が台湾付近に配備され、接近阻止や領域拒否の訓練を行っていることがうかがえると述べている。4月3日の週の衛星画像では、空母群は中国南部の海南省付近の南シナ海で訓練を行い、その後台湾の南東に航行する様子が確認されている。
(4) 一方、台湾軍は2022年8月に比べ、今回は準備万端で積極的であった。呂禮詩は、台湾軍は2022年の演習から教訓を得て、すべての人民解放軍(以下、PLAと言う)の艦艇を監視するため2隻の艦艇を配備したと述べている。台湾の通信社は、米国製のパトリオット防空システムによる部隊の訓練も公表した。PLA軍事科学院の趙小卓上級大佐によれば、「PLAの軍隊は戦闘能力を向上させ、台湾をより厳しく包囲する訓練をする中で、情報や諜報活動を重視した」と語った。
(5) 台湾空軍の元中将張延廷は、「「山東」を台湾の東の海域に配備することで、PLAは、台湾海峡紛争が発生した場合に、米国や西太平洋の外国軍艦の台湾来援を阻止し、接近阻止と領域拒否能力を訓練した」と述べた。シンガポールのシンクタンクS. Rajaratnam School of International Studies S. Rajaratnam研究員Collin Kohは、今回の演習は、中国軍の同様の動きを常態化し、台湾と米国の高官が会議を開くたびに中国政府が反応することに鈍感にさせる可能性があると述べている。「いずれにせよ、習近平国家主席や中国共産党に他の選択肢があるのかどうか、分からない。なぜなら、力の誇示をしなければ国内・国外の聴衆には弱みと解釈される。つまり、決意を示すためには、このような合図が不可欠である。しかし、このような訓練が常態化されたとしても、中国の軍事・非軍事能力の拡大や、その意図を不明確にする情報の『ブラックボックス化』によって、台湾は依然として警戒を続ける必要がある」とKoh氏は述べている。
(6) 台湾の最大野党国民党に属するシンクタンク国家政策基金会の安全保障研究者である揭仲は、PLAの空母が台湾東側海域に展開された後、台湾軍は台湾東側の部隊と施設をさらに強化する必要があると述べている。「『山東』が戦備を完了すれば、中国共産党は台湾周辺に少なくとも2個空母戦闘群を持つことになる」と揭仲はこれが台湾にとって深刻な挑戦になると警告している。
(7) Swedish Defence UniversityのSheryn Lee上席講師は、中国政府が過剰反応する可能性は低いが、中国本土の経済に打撃を与えない範囲で台湾に圧力をかける経済関税の選択肢は尽きていると指摘した。「来年は台湾の総統選挙があり、中国は国民党政権誕生を期待しているので、過度に反応することを望まないであろう」と中国に近いとされる国民党について言及している。
記事参照:Chinese military response after Taiwan-US talks shorter this time but seen to clear crucial blockade tests

4月12日「グレーゾーンにおける戦争―中国専門家論説」(China US Focus, April 12, 2023)

 4月12日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトであるChina US Focusは、中国社会科学院ロシア・東欧・中央アジア研究所研究員肖斌(蕭斌)の“ War in the Gray Zone”と題する論説を掲載し、ここで肖斌はロシア・ウクライナ戦争に対して国家間政治がどのように機能するかという点では、どの国も戦争の結果を判断や予測はできないことから、関わらないことが最良の方法かもしれないとして、要旨以下のように述べている。
(1) ウクライナ問題は、冷戦後のロシアと米欧との対立の焦点の1つである。ロシアの大国としての地位を回復する見込みがないとの悲観論が高まるにつれ、ウクライナの支配を失い、同国が西側世界の一部となることは、ロシアの国際的な威信に大きな打撃を与えると考えるロシアの政府関係者が増えている。
(2) ウクライナ社会では、国の発展の方向性をめぐって深刻な分裂が起きている。西部および中部ウクライナの人々は概ね欧州との統合を支持する一方で、ロシア語圏である東部ウクライナの人々はロシアとの緊密な関係を支持している。ウクライナ東部のグレーゾーンは、両国が互いに間接的、非軍事的、準軍事的な手段を選択する場となりつつある。2014年のクリミア危機以降、このグレーゾーンは戦場へと事態が拡大し、より広範な戦争へとつながっている。
(3) ロシア・ウクライナ戦争が勃発する以前から、大西洋をまたぐ関係には構造的な問題があった。たとえば、欧州は米国の覇権を心配しているわけではないが、米国への愛着が強まるほど、世界情勢の方向性に対する影響力を失っていくと考えていた。ロシアは、こうした大西洋をまたぐ問題を利用して、クリミア併合などのようにグレーゾーンにある米欧との駆け引きに勝つことが多かった。
(4) ロシア・ウクライナ戦争が始まって以来、欧州の外交政策は2つの意味で変貌を遂げた。1つは、大西洋横断的な関係が緊密になり、安全保障やエネルギーに関する米国との協力およびNATOやG7などの調整機構が強化され、ウクライナ防衛問題コンタクトグループへの積極的な参加が実現したことである。もう1つは、欧州内の連帯感の高揚であり、EUは初めて多大な損害をもたらす兵器を海外に送り、ロシアに対して10回の制裁を開始した。
(5) ロシアは国際情勢の変化に対して、中国との包括的戦略パートナーシップの深化などあらゆる段階で常に戦略を調整している。国際システムへの圧力が高まり続ければ、ロシアは中国の一帯一路構想やロシア主導のユーラシア経済連合など、変化する国際情勢への対抗手段として、多国間枠組みの進化を推進するよう中国を説得しようとするであろう。
(6) 大西洋の緊密な関係によって国際情勢が変化しても、欧州の中国に対する認識は米国と一体になることはないだろう。なぜなら、欧州は、中国を専らロシアに押し付けることは欧州の安全保障秩序を複雑にし、一方で米国が欧州の安全保障に対してより大きな影響力を持つことになると考えるからである。
(7)中国にとって、ロシアとの関係は国際システムの圧力の均衡を取るための手段となっている。しかし、中国はその手段に行動力を加えることも減らすことができる。それは、戦時中のロシア外交が中ロ関係に縛られることなく、より現実的なものになるからである。国家間政治がどのように機能するかという点では、どの国も戦争の結果を判断したり、予測したりすることはできない。関わらないことが、利益を最大化する最良の方法かもしれない。なぜなら、負けた側は国際システムの反動に直面し、対価を共有、あるいは完全に負担しなければならないからである。
記事参照:War in the Gray Zone

4月13日「ディエゴ・ガルシアの脱植民地化はインドに恩恵をもたらすか―オーストラリア防衛問題専門家論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, April 13, 2023)

 4月13日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiative は、Australia India Institute の防衛問題研究員Samuel Bashfieldの“DECOLONIZING DIEGO GARCIA: A BOON FOR INDIA?”と題する論説を掲載し、Samuel Bashfieldはチャゴス諸島の主権が英国からモーリシャスに返還される可能性に言及し、そのことがインドのインド洋安全保障政策にどのような影響を及ぼしうるか、要旨以下のように述べている。
(1) インドはこれまでインド洋における存在感を拡大するために多くの資源を投じてきた。たとえば、アンダマン諸島や、モーリシャスのアガレガ諸島である。しかし、チャゴス諸島のディエゴ・ガルシア島に関しては、インド軍の戦略立案者の間で十分な議論がなされていない。
(2) インドの専門家は、ディエゴ・ガルシアはインドにとって「簡単には答えの出ない難題」と述べている。1980年代からモーリシャスと英国は、チャゴス諸島の主権をめぐって激しく争ってきた。今日のディエゴ・ガルシアの基地はインド洋、アフリカ、中東における米軍の展開にとって重要な役割を果たしている。しかし、グローバル・サウスの擁護者を自認するインドは、植民地主義の不正義と関係するディエゴ・ガルシアの基地を利用することを控えてきた。
(3) 2022年11月に、英国とモーリシャスがチャゴス諸島の主権に関する交渉を開始しており、インドの戦略的計算を修正することになるであろう。英国はおそらくチャゴス諸島の主権をモーリシャスに返還するであろうが、それによってインドがディエゴ・ガルシア利用を控えていた理由のひとつが取り除かれるはずだ。
(4) しかし、モーリシャスが米国などの核の持ち込みにどう対処できるのかと行ったまだ多くの不確定要素がある。ただし、こうした不確定要素にもかかわらず、チャゴス問題が解決されれば、インドはインド洋における米国、オーストラリアとの協力をより深めることができる。ディエゴ・ガルシアの滑走路は長いので、インドが数を増やしているP-8I哨戒機の拠点となりうる。また水深の深い港湾ゆえに米軍の大型艦艇や潜水艦を収容できるが、インドがアガレガに建造している施設は、それを支援することが可能である。また、インドはディエゴ・ガルシアの情報収集施設と接続することで、インド洋の監視を効率的に実施できるかもしれない。
(5) インドのディエゴ・ガルシア利用についてはさまざまな可能性があるが、米英との協調には政治的障壁もある。たとえば米英は交換条件として、アンダマン・ニコバル諸島などのインドの施設の利用を求めるかもしれない。また、インドがディエゴ・ガルシアを利用できるようになることで、インドはインド洋での米国の作戦行動とより密接に関わっていくことになるだろう。そのことで、インドの戦略的自立の度合いが弱まったと認識されるかもしれない。
(6) そうした可能性に対し、(シンガポールのシンクタンクInstitute of South Asia Sudiesnの)Yogesh Joshiは、インドのインド洋防衛政策における現実政治的伝統の強さを指摘する。インドは歴史的に実践的であり続けてきた。中国がインド洋での存在感を拡大しているとき、ディエゴ・ガルシアの使用を自制することの利点は、使用することの利点に比べて小さいものであろう。ディエゴ・ガルシアの脱植民地化によって、インドはQUADの他の参加国とともにインド洋を防衛するための多くの機会を提供するものである。
記事参照:DECOLONIZING DIEGO GARCIA: A BOON FOR INDIA?

4月13日「フィリピン、高まる戦略的重要性と台湾への含意―台湾専門家論説」(台湾遠景基金会, April 13, 2023)

 4月13日付の台湾のシンクタンク遠景基金会のウエブサイトは、台湾政治大学東亜所特聘教授、楊昊(Alan H. Yang)の “The Strategic Rise of the Philippines: Unpacking Manila’s Growing Strategic Importance in Indo-Pacific Geopolitics”と題する論説を掲載し、楊昊は台湾から見た、インド太平洋の地政学におけるフィリピンの戦略的重要性の高まりと台湾へのその含意について、要旨以下のように述べている。
(1) 米国は、インド太平洋の地政学に対する影響力を強化し、インド太平洋における安全保障資源を優先しなければならない。最近のフィリピンとの提携の強化はほんの始まりに過ぎない。この観点から、米国の政治指導者の中には、ウクライナ危機における米国の役割と資源配分の再検討を求めるとともに、戦略レベルにおいて米国はインド太平洋における影響力を強化すべきであると主張する人々も出てきている。とりわけ、4月21日の米シンクタンクThe Heritage FoundationのJosh Hawley上院議員(共和党、ミズーリ州選出)の講演*は戦略的に非常に注目されるものであった。
(2) Josh Hawley上院議員の講演は、重大な脅威、すなわち中国に重点を置くという国の防衛政策の優先課題に直接言及したものであった。インド太平洋における米国の影響力強化に関する彼の発言は示唆に富んだもので、彼の命題と注意喚起は以下のように要約できる。
a. 第1に、ウクライナにおける米国の行動は、中国を抑止するために、他の地域、特にインド太平洋における力、あるいは軍事力を投射する米国の能力に直接的な影響を及ぼすであろう。加えて、ウクライナと台湾は同種の兵器システムの調達を巡って競合関係にあるが、米国の兵器製造能力は無限ではなく、したがって近い将来、米国自体の国防需要は言うまでもなく、ウクライナと台湾の両方の防衛需要を同時に満たすことは不可能である。
b. 第2に、米国は世界的な超大国だが、同時に2つの軍事紛争に対処する能力は限られている。台湾併合に熱心な中国を前に、米政府はインド太平洋における抑止力と影響力を強化すべきである。
(3) 米国は、インド太平洋における協力関係と影響力を強化しなければならないし、同時に軍事資源の配分も検討しなければならない。この点では、米比協力の強化は重要な事例である。2月のLloyd Austin 米国防長官の訪比中、米比両国は共同声明を発表し、防衛協力強化協定(以下、EDCAと言う)の完全実施を加速することに合意した。フィリピン政府は、新たにカガヤン州スタアナのカミーロ・オシアス海軍基地とラルロー空港、イサベラ州ガムのキャンプ・メルチョール・デラクルス、およびパラワン島沖のバラバク島の4ヵ所の軍事基地の利用を米軍に認めることに合意した。これによって、米国はフィリピン政府が指定した当初は5ヵ所であった軍事施設を輪番で利用することが許可される。米軍は、EDCAの規定に基づいて、滑走路、燃料貯蔵庫および軍用住宅などの施設を使用することができる。注目されるのは、カガヤン州とイサベラ州の新しく指定された施設は、台湾に近く、地域紛争が生起した場合、最も迅速かつ効果的な展開拠点となることが期待される。
(4) インド太平洋の地政学におけるフィリピンの戦略的重要性は以下の3つのレベルにおいて戦略的意味を持つ。
a. 第1に、米比両国間の協力は中国との紛争の可能性に備えた台湾支援を直接の目的とはしていない。とは言え、提携の強化措置が中国を抑止するという暗黙の目的、あるいは多少とも台湾や南シナ海における中国の軍事侵略の代価を増大させるという暗黙の目的にも役立つことは否定できない。
b. 第2に、海軍力の強化に加えて、新しい戦闘能力と地域紛争への迅速な介入能力とを備えた空軍力が米比協力強化の重点であるように思われる。フィリピン空軍基地の強化改修は、米国がインド太平洋の平和と安定に関与している証左である。米空軍の展開はまた、インド太平洋への米国の軍事資源の配分の強化を示している。
c. 第3に、ハブ・アンド・スポークの提携に加えて、スポーク・アンド・スポーク関係も強化されなければならない。言い換えれば、米国はインド太平洋の地政学と地域の安全保障に対する影響力を強化しつつあり、最近のフィリピンとの提携の強化はその始まりに過ぎない。また、紛争生起時に適切な対応が可能になるように、こうした準備態勢がインド太平洋における米国の同盟国や提携諸国と連携できるようにするためには、さらなる投資が必要である。
(5) 米国が台湾への武器売却手続きを加速しようとしていることは注目に値する。米国は、100基の地上発射ハープーン・ミサイルシステムとこれに付随する400発のハープーン・ミサイルの売却を承認しているが、台湾は全てのハープーン・ミサイルを2029年までに受領することを期待している。さらに、米国は既存の軍事資源配分の見直しに続いて、サウジアラビアと調整して、サウジアラビア向けの装備をより差し迫った所要がある台湾向けに振り替えようとしている。蔡英文総統は4月初旬の訪米での講演で、Reagan元米大統領の言葉を引用して、「正義が十分に勇敢であれば、悪魔は力を失うであろう」と強調したように、インド太平洋の有志諸国が十分に威圧的であれば、台湾と南シナ海に対する中国の一方的な侵略行動の代価は増大し、ことわざに言う、悪魔はその力を失うであろう。
記事参照:The Strategic Rise of the Philippines: Unpacking Manila’s Growing Strategic Importance in Indo-Pacific Geopolitics
備考*:講演テキストは以下を参照(但し、テキストには本稿で述べられているような言及はない。)
https://www.theamericanconservative.com/conservatives-at-a-crossroads/

4月14日「U.S. Department of Defense、中国を抑止し、ウクライナで戦争に勝つための組織改編に関するロードマップ―米国家安全保障専門家論説」(Defense News, April 14, 2023)

 4月14日付の米国防関連誌Defense Newsのウエブサイトは、Stanford大学のGordian Knot Center for National Security Innovation Gordian KnoのJoe FelterおよびSteve BlankとU.S. Army’s Rapid Equipping Forceの元指揮官Pete Newellの “An organizational road map for Pentagon to deter China, win in Ukraine”と題する論説を掲載し、ここで3名は米国が中国を抑止し、ウクライナ戦争で勝利するためには、U.S. Department of Defenseは民間資本と民間向け技術革新という外部資源を受け入れるための戦略と再編成された組織の両方を、議会主導で今すぐに作る必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 今日、米国はロシアと戦っているウクライナを支援しながら、台湾海峡を越えてくる中国の台湾侵攻を阻止しようとしている。どちらの事象に関しても、現代の戦争における勝利と抑止は、従来の兵器システムを同時に使用し、ドローン、衛星、ターゲティングソフトウェアなどの民需用技術製品を迅速に調達、配備し、あらゆる段階での運用に統合させる国家の能力によって決定されるということの警鐘と言うことができる。
(2) ウクライナ軍は、U.S. Department of Defenseの数十年にわたる兵器調達の過程と20世紀の運用概念とは関係なく行動している。ウクライナ軍はその場で学び、適応している。中国軍は、国家全体の取り組みによって民間資本と民需用技術の統合を可能とし、その統合が南シナ海の支配と台湾侵攻に備えるための兵力を強化させるものとして使用されている。
(3) U.S. Department of Defenseは、そのいずれも行っていない。U.S. Department of Defenseは、現在でも、伝統的な兵器システムを調達し、伝統的な兵器関連企業や研究センターとの運用概念を実行するために組織され、方向付けられており、民需用技術と民間資本を大規模に統合する準備は嘆かわしいほどできていない。中国は、軍民融合に従事してきた。さら、中国は今後ウクライナでのロシアの失敗から教訓を学びとり、その教訓を活用するであろう。
(4) しかし、米国は最大の戦略的対立相手である中国とは異なり、無人システム(atttritable systems)、自律システム、密集(swarms)理論、その他の新しい防衛基盤などの新しいシステムモデルや既存の供給業者、組織、文化を脅かしながらその先を見据えた運用概念を軍に適用する意思もなく、また適用させることもできなかった。U.S. Department of Defenseの予算外に数千億ドルを追加すれば、兵力を大きく増大させることができる。それなのに、米国は、彼らの既存の防衛産業やロビイストの妨害が原因で将来の紛争において壊滅的な失敗を経験することになる道筋にある。議会だけがこの状況を変えることができる。
(5) 米国が中国を抑止し勝利するためには、U.S. Department of Defenseは民間資本と商用の技術革新というまだ開発されていない外部資源を受け入れるための戦略と再編成された組織の両方を作る必要がある。再編成され、焦点を絞ったU.S. Department of Defenseは、従来の兵器システムを調達すると同時に、商用技術を迅速に調達、展開、統合することができるであろう。
(6) 議会は、U.S. Department of Defenseを変革するために行動しなければならない。それには以下の事項が含まれる。
a. 外部の民間革新収益協調システムと民間資本を力を増強させる根源として使用し、新しい防衛産業における企業や組織が相互に関連し合うことのできるシステムを作成する。先端技術と複雑なシステムの統合するものとして元請業者の専門知識を活用する。そして、米連邦政府が資金提供する研究開発センターを、商用技術でカバーされていない分野に集中させる。
b. U.S. Department of Defenseの研究部門と技術開発部門を再編する。予算と資源を従来の技術開発部門、技術開発と資本の新しい商業的部門の間で均等に配分する。国防長官室の研究および技術関連組織を半分に分割する。現在の組織は現状に集中させ続ける。そして同等の規模の組織、つまり「商業技術開発と民間資本のための国防次官」を設置する。
c. 新しいOffice of Strategic Capital(戦略的資源局)とDefense Innovation Unitを拡大して、新しい組織の主要な機関にする。彼らに予算と権限を与え、軍に民間資本の活用と商用の技術革新を受け入れることのできる手段を提供させる。
d. U.S. Department of Defenseの調達と維持を再編する。予算と資源を、従来の生産源と21世紀の兵器庫からの新しい供給源(新しい造船所、ドローン製作企業など)との間で均等に割り当てる。それにより、数千もの低コストで連係可能なシステムを作成できる。
e. 同盟国と調整する。国家安全保障イノベーション基盤を同盟安全保障イノベーション拠点に拡大する。同盟国から商用技術を調達する。
(7) 国力は、場合によってはすぐに消えてしまう。国家は、同盟国、経済力、世界情勢への関心を失ったり、内戦を経験したり、極めて激しい技術革新や新しい運用概念を見逃したりしたときに衰退する。そのようなことが米国に起こっていると主張することができる今日、議会は、ウクライナでの紛争と南シナ海での中国の行動を米国が行動を起こすべき契機として考えなければならない。我々は、米国が将来の戦争を戦い、勝利することを確実にするためにはどのような改革と変化が必要かを決定するための委員会を設立するよう要請する。
(8) U.S. Department of Defenseの一部の人々は我々が危機に瀕していることを理解しているが、U.S. Department of Defense全体はほとんど緊急性を示さず、重要な問題を見逃している。我々は、今行動する必要がある。もし今我々が行動を起こさなければ、我々と生き残るために米国の安全保障に依存しているすべての人々が危険にさらされるであろう。
記事参照:An organizational road map for Pentagon to deter China, win in Ukraine

4月14日「台湾有事の際のオーストラリアの選択肢は何か―オーストラリア中国専門家論説」(The Strategist, April 14, 2023)

 4月14日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategist は、University of Tasmania上席講師Mark Harrisonの“What are Australia’s options in a Taiwan contingency?”と題する論説を掲載し、そこでMark Harrisonは、台湾問題に関してオーストラリアはより現実的な議論を進めるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 台湾の蔡英文総統が4月5日、カリフォルニアを訪れ、米下院議長Kevin McCarthyと会談をした。それに対し、中国は台湾を包囲する3日間の軍事演習で応じた。これは、台湾周辺の軍事的展開を日常化するという中国の長期的戦術の新たな一歩であった。オーストラリアでも、同国がAUKUSを締結した後、中国が強硬に非難するなど同様のことが起っている。
(2) 一連の動きは、台湾をめぐる戦争が起きた場合に自分たちは米国側について参加すべきかどうかというオーストラリアで長年問われ続けた問題に再び焦点を当てている。それに加えて、中国による軍事演習は、オーストラリアでのこうした論争において、実際の台湾の人々の意見がほとんど考慮されていないことを思い起こさせるものであった。これは、オーストラリアの対外政策に特徴的なことであり続けた。Australian National Universityの創設者のひとりであるLeicester Webbは、1956年にすでにそのことを指摘していた。彼は、オーストラリアが台湾を、冷戦というグローバルなチェスにおいて(将棋の歩に当たる)ポーンとしてしか見ていないと述べている。
(3) 冷戦期と変わらず、台湾は米国の代理人とみなされがちである。そうした認識において、タカ派と呼ばれる人々は、中国が台湾に軍事行動を起こせば、オーストラリアは米国とともにその戦争に参加することをほぼ当然視する。逆の立場では、米国との同盟に反対なのだから台湾防衛にも反対ということになる。
(4) 言うまでもなく台湾は単なる米国の代理ではなく、実在の場所なのである。中国が台湾を攻めた場合、オーストラリアの選択肢は米国との同盟への関与だけではなく、数多くの複雑であいまいなものがある。台湾は第4位の輸出相手国であり、戦争が起きた場合のオーストラリアへの経済的影響は深刻になる。また、中国に貿易制裁を課すかどうかも検討しなければならない。また、台湾から数多くの難民が発生するだろうが、国際社会からは多くを受け入れるよう言われるだろうが、中国からは受け入れないよう圧力がかけられるだろう。そしてもちろん、戦争の場合に米国とともに台湾を助けるかを選択しなければならない。現在の米台関係を考慮すれば、おそらく米国の参戦は不可避である。それに対し中国はあらゆる手段をとって、オーストラリアが参戦しないように働きかけるだろう。
(5) われわれが考えるべきは、単に米国とともに戦うかだけではない。むしろ、中国の動きに対し受動的に待つのかどうか、あるいは地域において積極的に行動する手段を強化するかどうかを検討しなければならない。AUKUSの締結は、後者に関する答えの1つだろう。いずれにしても、中国の動きからわれわれの決定を切り離すことはできない。
記事参照:What are Australia’s options in a Taiwan contingency?

4月15日「人民解放軍海軍の台湾に対する『蚕食』戦略―米専門家論説」(The Diplomat, April 15, 2023)

 4月15日付のデジタル誌The Diplomatは、U.S. Navyの情報将校でJoint Reserve Intelligence Center New Orleans責任者Andrew Orchardの“China’s Naval ‘Silkworm Eating’ Strategy for Taiwan”と題する論説を掲載し、Andrew Orchardは台湾周辺海域に常続的に展開する平均4隻の人民解放軍海軍艦艇についてはほとんど報道されることのないが、これに対応する台湾海軍の体力を消耗させ、「蚕食」戦略の効果を発揮しているとして、要旨以下のように述べている
(1) 中国は今日、台湾に対して蚕食戦略を採用している。蚕食の本質は、ゆっくりと侵入し、何かをかじることによって成功を収めていくことにある。ほぼ毎日のように実施される人民解放軍による台湾防空識別圏(以下、TADIZと言う)へ繰り返される侵入は、それに対応する台湾のパイロットの疲労、航空機の保守整備の遅れ等台湾空軍の体力の消耗を余儀なくさせている一方、TADIZへの侵入や注目された政治的出来事への対応した演習等は報道されてきているが、蚕食戦略の重要な要素でもある台湾周辺での毎日の水上艦部隊の行動に対する報道はほとんどない。
(2) 2022年5月4日以降、台湾国防部は台湾周辺での人民解放軍海軍の水上艦部隊の行動について公に報告している。そのデータに基づけば、人民解放軍海軍は2023年4月11日までに台湾周辺で平均4隻強の水上艦艇の展開を維持してきた。台湾国防部が人民解放軍海軍の艦艇1隻に台湾海軍の艦艇1隻を張り付くように指示すると仮定すると、台湾海軍は人民解放軍海軍艦艇への対応だけで、駆逐艦とフリゲートの少なくとも15%を配備しなければならない。この運用によって生じる燃料の消費、乗組員の疲労、訓練機会の減少などによって台湾海軍を消耗させることは、台湾の空軍に対する中国の定期的なTADIZ侵攻の影響と同様に、台湾の海軍に効果をもたらします。
(3) 台湾海軍が近代化し、人民解放軍海軍がその水上部隊を再編成することから、これらの作戦は継続されるようである。台湾海軍は、今後1年間で6隻の康定級フリゲートの能力を向上するために13.7億ドルを費やす予定である。
(4) 一方、人民解放軍海軍は、より小型水上艦艇をより能力の高い艦艇に置き換えることにより、フリゲート部隊を強化しており、「沖合海域で戦闘任務を遂行する能力の実際的な改善」を行っている。PLANは、新しくて大型のType054Bフリゲートと新造の駆逐艦が就役するにつれて、古いType054フリゲートの一部を駆逐艦支隊からフリゲート分遣隊にと編成替えしている。この編成替えにより、駆逐艦支隊とフリゲートの分遣隊は多くの領域での作戦能力が向上し、主要な海軍施設の桟橋に余裕が生じる可能性がある。
(5) 編成替えによって、東部戦区はフリゲートを福建省に配備したが、台湾のSLOCから数時間以内の所に根拠地を置くフリゲートは、「配備海域内またはその近傍において最大数ヵ月にわたって長期運用が可能になる」能力を備えることになる。さらに、フリゲートは、敏捷性と即応性を通じて意思決定の空間を拡大して、海軍部隊を運用することを可能にする。長期滞洋力と水上艦艇部隊の即応性の改善は、東部戦区海軍が蚕食戦略の採用を促進する鍵となる可能性がある。東部戦区海軍は現在、これらのフリゲートを運用して、台湾海峡の通過に即事に対応し、台湾のSLOCでの存在感を急速に高め、台湾に対応を強いる可能性がある。
(6) 福建省に配備されたフリゲート部隊はまた、台湾での不測の事態の際に沖合および外洋における任務に兵力を割り当てる際に東部戦区海軍に運用上の柔軟性を提供する可能性がある。今後数年間で新造のType054Aフリゲートおよび新型のType054Bフリゲートが就役するため、フリゲート分遣隊へのType054Aフリゲートのさらなる割り当てが可能である。これらの任務は、たとえ一時的であっても、兵力を集中し、状況を迅速に利用するETNの能力を高めることになる。中国国防部が軍の近代化を進めようとしており、福建省での水上艦部隊の増強は、台湾正面における海軍力のさらなる展開と台湾海軍の疲弊をもたらす可能性がある。
記事参照:China’s Naval ‘Silkworm Eating’ Strategy for Taiwan

4月15日「米比共同軍事演習は2国間関係強化のさらなる兆候か―台湾・中国問題専門家論説」(South China Morning Post, April 15, 2023)

 4月15日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、台湾のNational Chengchi University客員研究員Lucio Blanco Pitlo IIIの“What are Australia’s options in a Taiwan contingency?”と題する論説を掲載し、そこでLucio Blanco Pitlo IIIはバリカタン米比共同演習が過去最大規模で実施されていることに言及し、米比の協力強化が東南アジアにどのような影響を及ぼすかについて、要旨以下のように述べている。
(1) 4月11日から28日にかけて、バリカタン米比共同演習が実施される。参加人員は1万8,000人前後であり、昨年の2倍になる。その規模は、南シナ海と台湾海峡の緊張の高まりに加え、フィリピンの対外政策における方針転換を背景としている。つまり、米中対立においてフィリピンは米国寄りを選択したということである。
(2) バリカタン演習は、中国による台湾周辺での軍事演習が終わった翌日に開始された。また、この日には米比間で2+2会談が実施され、さらにその前の4月3日の週には防衛協力強化協定(以下、EDCAと言う)の拡大により、米国がフィリピン国内で利用できる軍事施設が4ヵ所追加された。うち3ヵ所は台湾に近接するルソン島北部、もうひとつは西フィリピン海に面するバラバク島である。いずれも台湾と南シナ海での緊張の高まりを背景としており、大胆な決定であろう。バリカタン演習が実施されている場所も、台湾や西フィリピン海に近い。
(3) 演習では海上安全保障、上陸・航空作戦、実弾射撃とサイバー防衛が含まれている。パラワンでは敵に奪われた島嶼部の再奪取を想定した演習が行われる。使用される兵器には、パトリオット対空ミサイルシステム、高軌道ロケット砲システム(HIMARS)があり、もしルソン北部に配備されれば台湾南部を射程に収めることになる。こうした兵器がEDCAで追加された施設に配備されるのではと推測されている。
(4) 以上のように、Marcos Jr.大統領のもとでの米比関係強化が進められており、南シナ海での共同哨戒や日米比の安全保障協定も検討されている。ただし、それはASEANの反響を生むかもしれない。たとえば、中国によるカンボジアのリアム海軍基地拡張に対するASEANの抵抗が弱まるかもしれない。共同哨戒についてもASEANはいい顔をしないだろう。特に共同哨戒は、米国による対中国抑止戦略に統合されると解釈されうるし、自国の海域の主権をめぐる問題でもある。
(5) これまでも、QUADやAUKUSは、東南アジアに不安をもたらした。その文脈において、最近のフィリピンの動きは、フィリピンが米国に白紙小切手を渡しているのではないかという疑念を生んでいる。EDCAの拡大は、台湾海峡での紛争の際にフィリピンが日本に次ぐ米国の同盟国になったことを意味する。対照的に、オーストラリアは、AUKUSの締結が、台湾有事において同国が米国の側に立つことを意味するものではないと明言している。米国との協働を中国が越えてはならない一線とみなした場合に起こりうる経済的な影響も重要な要因である。
(6) 中国の反応は、EDCA拡大の結果、および南シナ海での共同哨戒がもたらす結果によってさまざまであろう。大胆な決定を下す際、最悪の結果を考慮して準備しつつ、最良の結果を期待するものである。これがフィリピンに当てはまっているかどうかはまだわからない。
記事参照:US-Philippine drills a further sign Manila may be picking sides amid South China Sea, Taiwan tensions

4月18日「AUKUSは台湾海峡の緊張を高める―フィリピン専門家論説」(China US Focus, Apr 18, 2023)

 4月18日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは、Asia-Pacific Pathways to Progress Foundation研究員Lucio Blanco Pitlo IIIの“AUKUS Warms up the Taiwan Straits”と題する論説を掲載し、ここでLucio Blanco Pitlo IIIはAUKUSがオーストラリアの原子力潜水艦取得を促進したが、台湾も自らの潜水艦開発計画を支援する協力国の恩恵を受けることになり、これにより台湾海峡が危険な状態に近づくかもしれないとして、要旨以下のように述べている。
(1) AUKUSの下で、オーストラリアは攻撃型原子力潜水艦(以下、SSNと言う)を獲得するための3,680億ドル規模の複数年計画を発表した。オーストラリアが注目される一方で、台湾もまた、台湾固有の潜水艦建造計画を支援する海外の協力国により恩恵を受けることになる。AUKUSはインド太平洋の海の緊張を高めるだろうが、狭い台湾海峡はさらに危険な状態に近づくかもしれない
(2) AUKUSは、中国の大規模な海軍増強や再燃する紛争地など、急速に変化する安全保障環境に対応するために成立された小規模な同盟である。Joe Biden米大統領、Rishi Sunak英首相、Anthony Albanese豪首相は3月、米国サンディエゴの海軍基地で会談し、AUKUSの次の段階を話し合った。それはオーストラリアに非核兵器国でありながら初めてSSNを運用させるという野心的な事業である。その実現には時間がかかるが、3首脳が合意した暫定措置は、AUKUSの影響が実感できる。それは、バージニア級SSNのオーストラリア到着は2030年代初頭だが、米国のSSNは2023年からオーストラリアへの寄港回数を増やし始める。2026年には英国のSSNがこれに続く。2027年初頭には、米英両国はパース近郊のHMASスターリングにSSNを輪番で展開させることを目標としている。その際、米国はバージニア級SSNを4隻、英国はアステュート級SSN1隻をSubmarine Rotational Force-West (輪番制前方展開潜水艦部隊)に充てるとされている。
(3) 中国の習近平国家主席の3期目5年の最終年である2027年は、北京が台湾に対して行動を起こす可能性があると、多くの米国高官らが予想している。AUKUSに基づく最初のSSNが英国とオーストラリアの海軍に就役するのは、それぞれ2030年代後半と2040年代前半だが、オーストラリア西部の基地の利用はすでに確保されている。このことは、潜水艦そのものではなく、重要な当面の優先事項となるかもしれない。Richard Marlesオーストラリア国防相は、1隻目のSSNは新造艦ではないと認めたが、20年は運用可能である。これが、急速に進化する安全保障環境において、状況を変えることができるかどうかは、まだわからない。
(4) 台湾海峡に到達するためには、同盟国の潜水艦が南シナ海を含む東南アジアの海域を通過しなければならないため、ここが重要な場所の1つとなっている。ここを通過するには、ASEAN諸国の不安を解消する必要がある。今回の米英豪3ヵ国首脳の会談とその後に発表された共同声明は、AUKUSがこの地域にとって何を意味するのか、すでに緊張状態にある近隣諸国にどのような影響を与えるのかという議論を再燃させた。オーストラリア政府は、積極的に関係国に働きかけようとしているが、懸念は残っており、特にインドネシアとマレーシアが動揺している。
a. 非同盟の伝統を持つインドネシアでは、AUKUSがこの地域の海上勢力図争いの一環とみなされるため、反対運動が起きている。元陸軍大将で与党・闘争民主党(PDI-P)幹部Tubagus Hasanuddin は、同国の群島航路を「戦争や戦争の準備、非平和的な活動に利用することはできない」と主張した。同国議会の外交・防衛・情報委員会の委員でもあるTubagus Hasanuddinは、AUKUSについて「訓練のための枠組みではなく、小規模だがNATOのような防衛協定であり、太平洋における中国の活動に立ち向かうため」のものと述べている。 さらに、インドネシア政府は2022年8月の核不拡散条約の見直しにおいて、核兵器保有国から非核兵器保有国への軍事目的の核物質や技術の移転にも反対を表明している。
b.マレーシアは、自国領海内でのSSNの運用国に対して、国連海洋法条約、東南アジア非核兵器地帯条約、平和・自由・中立地帯に関するASEAN宣言の遵守など、同国の国家体制に配慮するよう注意を促している。
(5) この地域ではすでに海軍の増強が進んでいるが、AUKUSはそれをさらに深化させるだろう。中国に対する米英豪3ヵ国の海中での競争だけでなく、他の地域の海軍の間でも、海中での競争が加速されることになる。南シナ海沿岸では、インドネシア、マレーシア、ベトナムがすでに潜水艦を保有しており、シンガポール、タイ、ミャンマーとその隣国バングラデシュも保有している。フィリピンは、フランスと提携し、新たな潜水艦を開発する可能性がある。AUKUSによって、同盟国がより安価な非対称の無人水中ドローンを入手する道が開けるのであれば、それは検討に値するかもしれない。オーストラリアの例は、水中兵器の能力向上を目指す地域の海軍にも参考になるかもしれない。おそらく、通常型から、より高速でステルス性が高く、数ヵ月間浮上しないことも可能なSSNへの転換を図るだろう。インドネシアや米国の同盟国である日本や韓国がその候補となる可能性がある。
(6) AUKUSは台湾固有の潜水艦近代化計画に弾みをつけるかもしれない。AUKUSの各国首脳がカリフォルニアで会合した際に、2022年、ロイター通信は英国が台湾への潜水艦部品と技術の輸出を強化したと報じている。これは1億6,700万ポンド(2億129万米ドル)に上り、過去6年間の合計よりも多くなっていることから、英国政府が民主主義国家である台湾に重要な防衛能力を移転することへの抑制を解いていることを示唆している。AUKUSに基づくSSNの運用開始が早くても2030年代であるのに対し、台湾はすでに2023年9月に初の自ら開発した潜水艦の試験運用を控えており、2025年までに8隻の就役を見込んでいる。AUKUSは、英国や他の国々に大きな飛躍を促すことになったのかもしれない。AUKUSは、オーストラリア政府のSSN保有の願望を推進する一方で、台湾の潜水艦開発を促進している。
記事参照:AUKUS Warms up the Taiwan Straits

4月19日「米比EDCAに関する論争―香港紙報道」(South China morning Post, April 19, 2023)

 4月19日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“US cannot store arms in Philippines to defend Taiwan, Manila says in ‘friends to all’ policy”と題する記事を掲載し、フィリピンと合意した防衛協力強化協定(EDCA)によって米国が、フィリピン国内の合計9ヵ所の軍事拠点を利用できるようになったことについて、フィリピン国内や中比間で論争が起きているとして、要旨以下のように報じている。
(1) フィリピンは、防衛協力強化協定(以下、EDCAと言う)の下で、安全保障上の同盟国である米国が利用できる基地に、台湾防衛のために配備できる兵器を貯蔵することを除外した。フィリピンのEnrique Manalo外務大臣は、ワシントンが2014年の協定に規定されていない活動を行うことは許可されないと述べている。「EDCAはフィリピンのために使用されることを意図したものであり、それ以外の第三国を目的としたものではないというのが我々の見解である」とManaloは4月19日に上院公聴会で語っている。同大臣はまた、フィリピン政府が米軍にEDCAの拠点での給油、修理、再装填を許可しないと述べたと、The Philippine Star紙が報じた。
(2) フィリピンは4月初め、台湾海峡と係争中の南シナ海に近い4つの基地の利用許可を新たに米国に提供すると発表し、それによって米国がフィリピン国内で使用できる軍事拠点は9ヵ所になった。EDCAは、米国に部隊を長期に渡って交代制で駐留させること、その基地内に施設を建設・運営することを認めている。フィリピン国防大臣Carlito Galvez Jr.は、これらの軍事拠点は、この国の「脆弱な」北部と西フィリピン海における海洋権益を守るために選択されたと述べている。
(3) Ferdinand Marcos Jr.フィリピン大統領の姉の上院議員Imee Marcosは、この説明に納得しておらず、自分も北部地域の漁師も危険だとは思っていないと言い返した。彼女はまた、老朽化したフィリピンの軍用装備品を近代化する上でEDCAが果たす役割や、地域の緊張が高まる中で、なぜフィリピンが対外的な保護を「外国」に依存しているのかを知りたがった。Carlito Galvez Jr.はMarcos上院議員に対し、「EDCAによる近代化の取り組みは、同盟国とともに我が国を集団的に防衛するための実践的な準備である」と述べている。フィリピン政府と米政府は、新しい拠点が主に東南アジア諸国の人道的災害や気候関連の災害に対応するためのものだと主張している。
(4) しかし、この説明は中国を満足させるものではなく、中国はこの協定を厳しく批判し、「地政学的な目標のために台湾海峡の情勢に干渉するための」米国によるこれらの基地の利用を非難している。4月の第3週、駐フィリピン中国大使の黄溪連は、フィリピンが米軍の利用拡大を決定したことについて、「中国人民の間に広く、重大な懸念をもたらした」と述べ、黄溪連大使は台湾で働く15万人のフィリピン人を、もし「本当に」気にかけているならば、フィリピンに「台湾独立に明確に反対する」よう助言した。Marcos上院議員は、この大使の発言は「翻訳の段階で大切なものが抜け落ちた(lost in translation)」のだろうと述べている。在マニラ中国大使館はその後、議員からの批判の渦中、大使の発言は誤って引用されたと発表した。
記事参照:US cannot store arms in Philippines to defend Taiwan, Manila says in ‘friends to all’ policy

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) The U.S.-Philippine Alliance’s Very Busy Month
https://www.csis.org/analysis/us-philippine-alliances-very-busy-month
CSIS, April 12, 2023
By Gregory B. Poling, a senior fellow and director for the Southeast Asia Program and the Asia Maritime Transparency Initiative at the Center for Strategic and International Studies in Washington, D.C.
 4月12日、米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies 上席研究員Gregory B. Polingは、同シンクタンクのウエブサイトに、“The U.S.-Philippine Alliance’s Very Busy Month”と題する、4月11日に行われた第3回米比外務・防衛閣僚協議に関する論説を寄稿した。この中で、①防衛協力強化協定(EDCA)は相互運用性の強化を主目的とし、そして、災害救援や海洋安全保障などフィリピンの課題に取り組むためのものである。②米国は、南シナ海でのいかなる攻撃からもフィリピン軍を守るという米国の誓約を繰り返し述べた。③米政府は、2023年末までにEDCAで承認された9施設の基幹施設整備に1億ドル以上の予算を割り当てる見込みである。④米比両国はまた、2国間協力を、特に日豪との多国間枠組みに統合することを公約した。⑤米比の防衛指針は困難な可能性があり、GSOMIAは技術的に難しい。⑥米比両国は経済と開発に関する協力の緊密化に同意した。⑦2023年のバリカタン演習はこの演習の中でも最も大規模なものである。⑧EDCAの新拠点は、カガヤン州のラルロー空港とカミーロ・オシアス海軍基地/サンビセンテ海軍航空駐屯地、イサベラ州のキャンプ・メルチョール・デラクルス陸軍基地、パラワン州南岸のバラバック島の4ヵ所である。⑨強化された能力と共通の利益は、最終的に台湾危機に対する協力にまで及ぶだろうといった主張を述べている。

(2) Why China Should Worry About Asia’s Reaction to AUKUS
https://foreignpolicy.com/2023/04/12/aukus-china-indo-pacific-asia-submarines-geopolitics/
Foreign Policy, April 12, 2023
By Derek Grossman, a senior defense analyst at the Rand Corp.
 2023年4月12日、米シンクタンクRAND Corporation上席分析員であるDerek Grossmanは、米ニュース誌Foreign Policyのウエブサイトに" Why China Should Worry About Asia’s Reaction to AUKUS "と題する論説を寄稿した。その中でDerek Grossmanは、3月、AUKUS首脳会合で原子力潜水艦の配備計画などが合意されたが、これは中国に対抗することを目的としAUKUSの深化の一端を担うものに過ぎず、今後はさらに幅広い分野での協力が見込まれるとした上で、インド太平洋諸国はAUKUSに対して概ね賛意を示しており、このことはAUKUSのさらなる平時の抑止力向上のためにも良い兆候であると評している。そしてDerek Grossmanは、中国、ロシア、北朝鮮といったAUKUSに反対する国が少数派であることは、AUKUSが核拡散の懸念を払拭し続ける限り、インド太平洋地域では、AUKUSが中国の軍事的過剰行為に対する正当な対抗手段であると理解されていることを示していると指摘している。

(3) WHY THE US IS LOSING THE RACE FOR THE ARCTIC AND WHAT TO DO ABOUT IT
https://cimsec.org/why-the-us-is-losing-the-race-for-the-arctic-and-what-to-do-about-it/
Center for International Maritime Security, April 13, 2023
By Josh Caldon is an adjunct professor at the Air University 
 2023年4月13日、U.S. Air University客員教授Josh Caldonは、米ニュース誌Foreign Policyのウエブサイトに" WHY THE US IS LOSING THE RACE FOR THE ARCTIC AND WHAT TO DO ABOUT IT "と題する論説を寄稿した。その中でJosh Caldonは、ここ最近、米国が「北極をめぐる競争」に敗れつつあることを示唆する記事が散見されるが、米国がこの競争に負けているという主張を支持する人々は、①北極の氷解という環境変化によって潜在的な貿易ルートが開かれ、天然資源の開発がより熟していること、②ロシアが北極圏を再軍事化し、中国も北極圏に進出してきていること、などを根拠としていると指摘している。その上でJosh Caldonは、米国は北極圏におけるロシアや中国の行動に対し、人道的、環境的な理由から外交的、軍事的、経済的に対抗し続けるべきであるが、一方で中国やロシアの北極圏における行動には、経済的、ソフトパワー的に高い対価がかかるため、相対的には米国に利益をもたらす可能性があることも認識すべきであり、こうした認識をすることによって、米国はさらに、北極圏における自国の利益を同盟国と共同で守る能力を高め、北極圏よりも重要な領域への関心と資源の優先順位を高めることができると主張している。