海洋安全保障情報旬報 2023年3月21日-3月31日

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3月21日「インドネシアはAUKUSの原子力潜水艦の通航を合法的に停止できるか?―シンガポール専門家論説」(The Interpreter, March 21, 2023)

 3月21日付オーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、National University of Singapore (NUS) 国際法センター海洋法・政策研究員 Dita Liliansa の"Could Indonesia legally stop transit by nuclear-powered AUKUS subs?”と題する論説を掲載し、ここでDita LiliansaはインドネシアがAUKUS構成国の原子力潜水艦の領海内通航を拒否するか、または認めるかが、国際関係に大きな影響を与えるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 海上交通の要衝を占めるインドネシアは、地政学的な状況の震源地にいる。米国と中国の対立が強まる中、オーストラリア、英国、米国の間に結ばれた協定であるAUKUSの艦艇を含めてインドネシア海域を通過する原子力潜水艦が増加する見込みであり、法的問題が大きく注目されている。
(2) 潜水艦を含むすべての船舶は、インドネシアも加盟している1982年のUNCLOSによって、「無害通航権」または「群島航路帯通航権」が保証されている。潜水艦は、「群島航路帯通行権」を行使する場合、通常の航行方法として潜水して航行することができ、この権利は、いかなる目的であれ、群島国によって「妨げられたり、停止されたりすることはない」。群島国は、その群島海域を通る航路帯を指定することができるが、国際航海に使用されるすべての通常の航路が含まれていなければならない。群島航路帯以外では、すべての船舶は、群島水域および領海を通過する無害通航権を有する。無害通航権を行使する潜水艦は、水面を航行し、自国の旗を表示しなければならず、沿岸国の平和、秩序または安全を害する活動に従事しないなど、無害通航に関するその他の規則を順守しなければならない。群島国は、その安全保障を守るために不可欠な場合、正当な通知の後、群島水域および領海の特定区域において外国船舶の「無害通航権を一時的に停止」することができる。
(3) AUKUS成立後、インドネシアの政府関係者が戦争や戦争準備に関連する活動等に従事している場合、外国潜水艦の領海通過を禁止することを検討すべきだと述べている。UNCLOSは海や海洋の平和利用を促進する一方で、群島領海を通過する群島航路帯の権利を停止することを認めていない。むしろ、群島領海の通航権を停止してはならないと定めている。無害通航権を行使する外国の原子力艦船は、適切な書類の携帯や国際協定で定められた特別な予防措置の遵守など、UNCLOSより厳しい要件を課せられているが、その意図は通航を制限するのではなく、危険な活動が国際基準に沿って管理されていることを保証することである。
(4) UNCLOSは、潜水艦の通航権について、その目的や用途に基づく例外を設けていない。ただ、潜水艦の通航がUNCLOSの規定に適合していることを要求しているに過ぎない。戦争が続いていても、群島国は外国の潜水艦の群島航路帯通過の権利を尊重する義務がある。国際的な武力紛争中にUNCLOSの規定が適用されるかどうかについては、全く適用されないというものから、引き続き適用されるというものまで、見解はさまざまである。穏健な立場では、国家が平時に享受する海上の権利と義務は、武力紛争中もわずかな例外を除いて継続するとしている。
(5) 海戦について規定する海戦法は、交戦当事国にとってUNCLOSに優先する特別な制度であると考えられている。しかし、UNCLOSは、中立国と交戦国の間、および中立国間の行動を引き続き支配している。この原則は、特に、群島航路帯の通航権や群島水域の無害通航権を含む外国船舶の通航権に適用される。このように、海戦法は中立国と交戦国の関係をある程度修正し、中立国が紛争によって損害を受けないようにし、紛争が拡大しないようにするものである。海戦法は時代とともに発展し、主に国際慣習法に基づいている。法律と海軍の専門家グループによって作成されたサンレモ・マニュアルは、海戦に関する最も詳細で最新の規則を提供している。非公式なものではあるが、慣習法を反映したものとして広く受け入れられている。サンレモ・マニュアルは、平時に群島領海に適用される通航権は、武力紛争中も適用されると定めている。中立の群島国は、交戦国の軍艦および補助艦船による中立水域への入域または通過を、非差別的に「群島航路帯を通過する場合を除き」、条件付け、制限または禁止することができるとしている。
(6) 群島海域を通過するAUKUS潜水艦に対するインドネシアの政策は、国際関係や国際法を守る取り組みに大きな影響を与えるであろう。もしUNCLOSに基づく権利や義務と矛盾する方法で外国潜水艦の通過を禁止または制限しようとすれば、その影響は重大である。政策決定に際し、法的原則と枠組みが重要であることは間違いない。
記事参照:Could Indonesia legally stop transit by nuclear-powered AUKUS subs?

3月23日「AUKUSに対する太平洋諸国のさまざまな反応―米メディア報道」(Benar News, March 23, 2023)

 3月23日付の米オンライン5ヵ国語ニュースサイトBenarNews は、“AUKUS subs deal draws mixed reactions in region baffled by ‘Indo-Pacific’ label”と題する記事を掲載し、英米豪安全保障協定に基づくオーストラリアの原子力潜水艦調達に関する具体的計画の発表が、太平洋諸国のさまざまな反応を惹起したとして、要旨以下のように報じている。
(1) サモアのFiame首相は、自国が「インド太平洋」という地域の一部としてまとめあげられていることに困惑している。Fiame首相はキャンベラで開催された行事で演説を行い、「みな、私たちに『インド太平洋』について話してくるが、彼らは、それが何を意味するか我々が知っていると想定している。しかし実際にはあまりよくわかっていない」と述べている。
(2) Fiame首相がその行事に出席した少し前、AUKUSついて、英米によるオーストラリアへの攻撃型原子力潜水艦(以下、SSNと言う)の提供に関する計画の詳細が発表されていた。AUKUSはインド太平洋という枠組みにおいて、アメリカが中国を封じ込めることを目的とした組分けの1つである。
(3) オーストラリアによるSSN調達の計画が最初に発表されたのは2021年末のことで、それは東南アジアや太平洋の諸国の不安を惹起した。3月13日の発表では、オーストラリアは今後10年の間に米国からSSNを5隻購入し、さらに英米の技術供与を受けて国産のSSNを建造する。
(4) その計画に対する太平洋島嶼諸国の対応は、それに対する支持や諦めなどが混ざりあったものだった。そのことは、広大な太平洋における多様な利害を反映している。たとえばミクロネシア連邦はAUKUSに対して信頼を寄せるコメントを出した。上述のFiame首相も、オーストラリアのSSN調達には理解を示したが、米中対立の中で多くの太平洋諸国が困難に直面していることを指摘した。太平洋諸国のいくつかは経済援助や基幹施設整備の支援などを中国から獲得しつつ、西側諸国からの支援も期待している。
(5) Fiame首相は、インド太平洋という地理的概念が持つ含意について太平洋諸国はあまり理解していないが、それは開発の提携諸国がきちんと説明していないせいだと指摘する。また、提携諸国は太平洋諸国が有している指導的立ち位置や責任をしっかり理解していないと不満を述べた。
(6) AUKUSの発表以降、英米はSSN交渉による不安を和らげようとしてきた。匿名の太平洋諸国の政府関係者によれば、彼の政府はAUKUSについて6度の説明を受けたという。11の太平洋諸国とオーストラリア、ニュージーランドは、南太平洋を非核地帯とすることを約した1986年のラロトンガ条約の締約国である。それを背景として、たとえばツバルはAUKUSを批判している。パプアニューギニアはAUKUSについて直接はコメントをしていないが、1996年の包括的核実験禁止条約の履行に向けて努力をしていることを強調した。
記事参照:AUKUS subs deal draws mixed reactions in region baffled by ‘Indo-Pacific’ label

3月23日「ロシア艦隊へのUSV攻撃に関する中国の専門家による分析―米専門家論説」(The Diplomat, March 23, 2023)

 3月23日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクDefense Prioritiesアジア担当部長Nathan Waechterの” China’s Naval Strategists Dissect Ukraine’s USV Strike on Russia’s Black Sea Fleet Base”と題する論説を掲載し、ここでNathan Waechterはウクライナの無人水上艇によるロシア艦隊への攻撃を分析した中国海軍の雑誌の記事が、防衛的な方向性を持っていることは心強いとしながらも、中国自身がドローン攻撃へ多額の投資と試験を行っていることは考慮すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2022年10月下旬、ウクライナ海軍はクリミア半島のセヴァストーポリにあるロシアBlack Sea Fleetに対して大胆な攻撃を行った。この攻撃は、多数のロシア艦艇を撃沈することはなかったが、革新的な技術を採用したことから、世界中の海軍戦略家たちの注目を集めている。この攻撃の先陣を切ったのは、海戦で初めて採用された無人水上艇(以下、USVと言う)である。中国海軍の雑誌『現代艦船』2022年12月号は、このUSV攻撃とその影響について詳しく調査している。
(2) ウクライナ海軍によるセヴァストーポリ攻撃の約1年前、中国の大連近くにできた新しい施設は、中国海軍が武装無人システムの開発に重点を置いていることを示すものとされ、舷側に魚雷発射管用の開口部らしきものを持つ70フィートのUSVが話題となった。この船は2022年半ばに海上試運転を実施したことが確認されており、中国は海上武装ドローン配備の最先端にある。このため、ロシア・ウクライナの戦争で起きた革命的な海戦について、中国海軍の雑誌に掲載された記事を分析することには価値がある。
a.中国の評価では、ウクライナ海軍のUSVは、滑らかな形状により高度なステルス性を持ち、船体の大部分が水面下にある浸洗状態であることから、USVのレーダー反射信号は海面反射に紛れ、艦船搭載の対水レーダーによる探知が困難とされている。
b.このUSVは、船体そのものが小さく、またその形状から従来のアクティブ・ソナーでは探知が困難な可能性があり、さらに、停泊中の艦艇がアクティブ・ソナーを運用することはほとんどないので、港湾での攻撃には理想的としている。
c.一般的な艦載対空砲は、小型高速の目標への対処は困難である。それは目標からのレーダー反射信号が海面反射に紛れ、識別が困難となるためで、ロシア海軍は対処に苦労したようだとしている。
(3) USVが水上艦船に脅威を与える可能性が高まっていると結論づけながらも、中国の分析は、このステルス性の高い無人半潜水艇の脅威を誇張しているわけではない。実際、この兵器は魚雷や対艦ミサイルとは比較にならないと明言している。魚雷は、船のキールの下で爆発して、バブル・ジェット効果により敵艦船の船体を破壊することができる。対艦ミサイルは、運動エネルギーにより船体を貫通し、敵艦船の内部で爆発して大きな損害を船に与えることができる。USVにはこのような特性がないため、軍艦を撃沈できる可能性は低い。
(4) 注目すべきは、ウクライナのセヴァストーポリ攻撃に対する中国の見解が、これを模倣すべき戦術と考えていないことである。この記事は、港に係留されている艦船が、特に弱小国の海軍やテロ集団から重大な危険にさらされていると結論付けている。世界の港湾や水路における中国の役割が大きくなっていることを考慮すれば、『現代艦船』の記事の著者が世界の海上貿易にとっての危険性を強調し、「世界の海運システムは前例のない脅威に直面している」と指摘したことは驚くことではない。この著者は、半潜水型ドローンによるこの種の攻撃から港湾をいかに守るかという重要な問題に目を向け、防御網や特殊な警告用機雷を推奨している。小型哨戒艇についても言及しているが、哨戒艇は武器を使用するには不安定で、USVを破壊することが困難として、対戦車ミサイルの使用を推奨している。 
(5) 加えて注目すべきは、セヴァストーポリ攻撃に関する中国の評価に衝撃的な内容がないことである。記事では、ロシア艦隊は情報の準備が不十分で、ウクライナ側に接近を許したと批判している。また、Black Sea Fleetに屈辱を与えたとことを、ウクライナの政治的勝利のように述べている。中国政府が巡洋艦や空母、新型のフリゲートや水陸両用艦を次々と就役させた今、中国の海軍戦略家が水上艦艇に対する隠密裏の攻撃に神経質になるのも無理はない。特に、中国が高度な海軍特殊部隊の能力を有するとされる相手と対峙する可能性がある場合には、その傾向が顕著になるであろう。
(6) 中国の専門家による評価は明らかに防衛的な方向性を持っており、それは心強いことである。しかし同時に、中国は海軍特殊部隊に多額の投資を行い、水陸両用攻撃や港湾を含む敵の拠点に対する奇襲を支援するために、さまざまな方法でドローンを使用する方法を実験している。
記事参照:China’s Naval Strategists Dissect Ukraine’s USV Strike on Russia’s Black Sea Fleet Base

3月24日「フィリピン大統領による米軍受入基地の拡大、国内の反対論誘発―フィリピン専門家論説」(China US Focus.com, March 24, 2023)

 3月24日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは、フィリピンのシンクタンクThe Asia-Pacific Pathways to Progress Foundation 調査研究員Lucio Blanco Pitlo IIIの “Questions Raised as the U.S. Expands Military Access in the Philippines”と題する論説を掲載し、Lucio Blanco Pitlo IIIはMarcos Jr.フィリピン大統領による米軍受入基地の拡大が国内の一部の反撥を誘発しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国でさえも、旧植民地であり、アジア最古の同盟国でもあるフィリピンでの事態の展開の早さに驚かされたかもしれない。米軍に対して新たに4ヵ所の軍事施設の利用が認められたことに加えて、現在、南シナ海での共同哨戒活動と米国、日本およびフィリピン間のハブ・アンド・スポークス3国間の安全保障枠組みについての議論も進んでいる。そして締めくくりとして、4月には台湾に面するルソン島北部で、最大の年次軍事演習の1つが開催されることになっている。米国は、Duterte前政権の6年間で得られなかったものを、Marcos Jr.現大統領就任後、わずか8ヵ月で手中にしたことになる。
(2) フィリピンとの防衛協力拡大協定(以下、EDCAと言う)によって、米国はフィリピンに長期期間部隊を展開し、装備を事前集積し、そしてフィリピン国内に軍事施設を建設し、運用することができる。期限10年間のこの協定は2024年に満了予定であり、その更新は、2022年10月に公表された米国の国家安全保障戦略で概説されているように、米中対立の決定的な10年と一致する。この協定は、同盟国や提携国との統合抑止における不可欠の歯車となっている。EDCAは単独で評価すべきではない。米国は、パラオとの間で、2024年に終了予定の自由連合盟約(以下、COFAと言う)の更新を交渉中で、隣接するマーシャル諸島とミクロネシア連邦とも、2023年に期限切となるCOFAの更新を交渉中である。米軍は、COFAを通じて、経済援助条項と引き換えに、中部太平洋島嶼諸国の港湾等を利用できる。したがって、大国間対立の重要な10年間、安全保障はインド太平洋における米国の全体的な戦略にとって最優先課題である。
(3) EDCAは、フィリピンの国内政治と外交関係に深く関わっている。当該地元の首長と何人かの議員は、EDCAの実施とその拡大の急速な展開に深刻な懸念を表明している。たとえば、Recto下院副議長は、EDCAの(利用が認められた)9ヵ所の基地が「我々の脅威評価の総和」を示すものかどうかに疑問を提起した。また、Hontiveros上院議員は、EDCAの拡大を急ぐことに警告し、防衛計画立案者に対して、新たな利用基地を検討する前に、既存の基地施設を強化するよう求めた。EDCAに関する上院公聴会で、大統領の姉で上院外交委員会委員長の"Imee" Marcosは、マニラの主たる関心海域である西フィリピン海から遠く離れた、台湾に面したルソン島北部に益々重点が置かれることに疑問を呈した。
(4) 報道によれば、いずれも北部のカガヤン州で2ヵ所、イサベラ州の1ヵ所の候補地が提案されている。4月に実施される米比両軍による大規模演習バリカタンは、大統領の故郷である(ルソン島北西部の)イロコスノルテ州と台湾に近接する(ルソン海峡の)島嶼群、フーガ島、カラヤン島およびバタン諸島で実施される。カガヤン州のMamba知事は、台湾有事の場合、EDCA基地施設が確実に攻撃されるために、自州にEDCA施設が置かれることを非常に懸念しているが、本件については未だ協議に与っていないと述べている。関係地方自治体からの受け入れ同意の欠如は、追加基地施設名の開示延期の理由かもしれない。フィリピンの指導者たちは、自国の重要性を、戦略的な位置にあり、しかも煮えたぎる地政学的な断層線に位置しているということだけで評価することに憤慨している。たとえば、Rosa上院議員は、中国による急迫する挑戦に直面して、初めて米国はフィリピンを思い出していると述べている。
(5) 外国軍による基地施設利用の増大は安全保障を超えた反響を呼ぶが故に、Tolentino上院議員はMinistry of Foreign AffairsとDepartment of National Defenseに対してEDCAの軍事的側面だけでなく、その経済的、政治的、外交的及び戦略的影響についても説明するよう求めている。政府は、EDCAに伴う全ての長所と短所を十分に考慮し、有害な影響を排除するために必要な措置を具体化する必要がある。当該地元の首長は中国からの貿易、観光そして投資を失うことを懸念しており、したがって、受け入れ州で起こり得る損失を相殺する財政的または一括投資の提供を検討する必要がある。太平洋島嶼諸国が自国の主権領土へ米軍が出入りする条件を再交渉しているように、マニラは、他の関係諸国と同様の厳しい条件交渉を行うべきであろう。
(6) パラワン島の南沙諸島の反対側にある既存のEDCA基地施設に加えて、新たに追加されるEDCA基地施設の内、2ヵ所は南シナ海に面する位置になろう。EDCAが半閉鎖海の南シナ海を含む大国同士のチェスゲームの一環であるとすれば、中国は、次の一手として、リーム海軍基地の利用を確保し、基地施設の整備を加速するよう、カンボジアに圧力をかける可能性がある。中国以外の他の南シナ海沿岸諸国も、フィリピンに共感しない可能性もある。実際、フィリピン政府の動きはASEANのどの国も危険を避けようとしている時に、一方の側に与した行為と見なされかねない。係争海域において米中の航空機や艦艇の展開が高まれば、域内諸国の懸念を誘発し、事故の危険性を高める。さらに、フィリピン、米国および日本との安全保障枠組みのような、ミニラテラルな枠組みも、ASEANの中心性を損なうと見なされる可能性がある。したがって、フィリピン政府の措置は他のASEAN諸国に対して、抗争関係にある大国との独自の取引を行うことにゴーサインを与えかねないとの懸念がある。3月初めにマニラを訪問した、マレーシアのAnwar首相は、係争海域について、「問題の複雑さと敏感さの故に、我々は包括的な取り組みを持ち、この未解決の問題に対する友好的な解決を実現するために、ASEAN諸国間の多国間レベルで関与し、一致した立場を採るように努めるべきである」と述べている。このことは、隣国(フィリピン)の方向性についての微妙な懸念の表現かもしれない。
(7) 最後に、EDCAの拡大の軌跡は、比米同盟の基盤に対する疑問も露呈した。上院少数党院内総務のPimentel III議員は、条約相手国が自らに防衛義務を課した領土を防衛することはもはや相互防衛条約の範囲内にあるわけではないと述べている。このような発言は、不安の高まりだけでなく、特にフィリピンがますます強力になる隣国中国との最前線に立っていることから、同盟の将来を展望する上でより大きな発言権を持ちたいという立場の低いものの願望をも示している。
記事参照:Questions Raised as the U.S. Expands Military Access in the Philippines

3月27日「東南アジア諸国で最もAUKUSに好意的なフィリピン―フィリピン専門家論説」(The Interpreter, March 27, 2023)

 3月27日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、University of the Philippines上席講師Richard J. Heydarianの“Philippines: The best friend for AUKUS in Southeast Asia”と題する論説を掲載し、Richard J. Heydarianは東南アジア諸国の中でAUKUSを積極的に支持しているフィリピンの姿勢とその理由について、要旨以下のように述べている。
(1) フィリピン政府はオーストラリアの原子力潜水艦交渉について、中国との均衡を取ろうとする同調的な民主主義国家として際立っている。最初の発表から2年近くが経過した、AUKUSの潜水艦の交渉は、東南アジア全域であまり好意的に受け止められてはいない。マレーシアは、「軍拡競争を引き起こし、この地域の平和と安全保障に影響を与える可能性のあるいかなる挑発行為」に対しても警告を発し、ASEANの現議長であるインドネシアは、AUKUSが「地域の平和と安定」を損なう可能性があることを示唆した。中国への懸念から西側諸国と強固な防衛関係を築いてきたASEANの重要国であるベトナムとシンガポールも、戦略的に曖昧な表現や悩める中立的立場を採るという組み合わせに落ち着いている。オーストラリアでの国内では、労働党のPaul Keating元首相や自由党のMalcolm Turnbull元首相までもが、3,680億ドルという巨額の潜水艦契約の価値と実行可能性に懸念を示していることはいうまでもない。無党派の専門家達でさえ、オーストラリアが「シドニーから7,000km以上離れた」台北をめぐる紛争に巻き込まれるという終わりの見えない可能性を警告している。
(2) しかし、AUKUSに対する敵意はないにせよ、一般的に生ぬるい対応の中で、1国だけ注目すべき例外が、つい最近まで恥ずかしげもなく親北京のポピュリストだったRodrigo Duterteの支配下にあったフィリピンである。先ごろカリフォルニアで開催されたAUKUS3ヵ国首脳が集まった協議の直後、フィリピンDepartment of Foreign Affairsは声明を発表し、AUKUSが「インド太平洋地域における提携や取り決め」の重要な構成要素であり、「より深い地域協力と持続的な経済活力および抗堪性の追求を支える」ものであると賞賛した。フィリピン政府は、AUKUSを「我が国の国家発展と地域の安全保障に不可欠」と公然と位置づけている。興味深いことに、Duterte本人ではないものの、前政権さえも2021年9月に初めてAUKUSが発表された際に支持していた。当時の外務大臣Teodoro Locsin Jr.は、中国の海洋への野望を抑止するために、この地域の勢力の均衡を「回復させ、維持する」ための不可欠な一歩としてこの協定を熱心に支持した。
(3) AUKUSにおける姿勢に関して、ASEAN内では「フィリピンは例外である」というように見えるのには、主に3つの要因が重なっているためである。
a. 先ず、フィリピンはその民主主義に深い問題があるにもかかわらず、西側諸国とかなりのイデオロギー的親和性を持っている。フィリピンの政治システムは、米国の植民地時代の遺産をもとに構築されており、東南アジアでは最もリベラルな民主主義に近いものである。フィリピンはこの1年間、ロシアのウクライナ侵攻以来、国連の全ての主要な投票において、東南アジア諸国の中で唯一、一貫してウクライナを支持する投票をしている。
b. 第2に、フィリピンは東南アジアで唯一、ワシントンと相互防衛条約を結んでいるだけでなく、オーストラリアとも訪問軍地位協定(Status of Visiting Forces Agreement)を結んでいる国である。さらに過去10年間、フィリピンは米国、オーストラリア、そして次第に日本とともに、大規模な演習を開催してきた。そして、Marcos Jr.の下、フィリピンは日本との訪問軍地位協定型の協定を追求している。特に、中国の隣国台湾への侵略の可能性に対する懸念が高まる中、より広くは、日比米(JAPHUS)3国間の安全保障パートナーシップを追求している。フィリピン政府では、AUKUSを新たに登場したJAPHUSを補完する可能性があるものとして捉えている。
c. 最後に、フィリピンが米国主導の対中「統合抑止」戦略を支持するのは、フィリピン特有の脆弱性とASEANに残る不満に基づくものである。フィリピン政府は、特に台湾や南シナ海といった主要な紛争地に近いにもかかわらず、数十年にわたる国内紛争、官僚の腐敗、米国の支援への過度の依存のために、最低限の信頼できる防衛態勢を構築できていない。一方、フィリピンは、隣接する海域での紛争が悪化する中、ASEANが中国との間で法的拘束力のある行動規範を統一してまとめることができず、深く失望している。また、UNCLOSに基づくフィリピンの中国に対する画期的な仲裁裁定の勝利も、ASEANは支持していない。
記事参照:Philippines: The best friend for AUKUS in Southeast Asia

3月28日「ロシア問題の最中に、中国は北極圏でより大きな役割を果たす―ユーラシア問題専門家論説」(Eurasia Daily Monitor, The Jamestown Foundation, March 28, 2023)

 3月28日付の米シンクタンクThe Jamestown Foundationが発行するEurasia Daily Monitorのウエブサイトは、ユーラシアの民族宗教問題についての長年の研究者であるPaul Gobleの“Amid Russia’s Problems, China Assumes a Larger Role in the Arctic”と題する論説を掲載し、ここでPaul GobleはPutin大統領が習近平との最近の首脳会談で、北極海航路を開発するための中ロの合同作業部会を設立する準備ができていると発表したが、このことはロシアの北極圏政策のアジア(特に中国)への転換と中国がロシアの動きを利用しようとしていることの兆候である。中国の台頭を恐れるロシアの一部の人々は、中国がロシアの一部を吸収合併することを計画しているという長年のロシアの恐れを利用する可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) Vladimir Putin大統領は、中国の習近平国家主席との最近の首脳会談で、北極海航路(以下、NSRと言う)を開発するための中国とロシアの合同作業部会を設立する準備ができていると発表した。しかし、この申し出は、クレムリンの指導者が明らかに期待していたように、より多くのロシアの石油を中国が購入するという新しい中国との契約に結びつくことはない。むしろ、ロシア連邦の中で、中国がNSRだけでなく、より一般的に北極圏をさらに越えてロシアを押しのける立場にあるという懸念を引き起こした。実際、Telegramチャンネル「キャプテン・アークティック」への投稿において、あるロシアの専門家は、Putinの誤った行動が習近平に北極圏への「鍵」を与え、ロシアを地雷原に押し込み、ロシア政府が常に独占的に自国と見なしていた北極圏が今や外国勢力との交渉の対象となるだろうと警告している。この専門家によると、ウクライナをめぐる西側との紛争は最終的に終わるが、ロシアと中国の不和は続き、ロシアは中国に与えてしまった利点を後悔するようになるだろうとしている。
(2) 最近の10年のほとんどの期間、中国は北極圏において経済的にも地理的にも主要な役割を果たすために懸命に努力してきた。中国は、砕氷船と氷海においても運航可能な船舶を建造してきており、ますます苦境に立たされているロシア政府がそうする余裕がなかったロシア北部でのインフラ開発を促進している。しかし、Putin大統領がNSRの共同開発に中国を関与させる用意があることは、特に見返りを何も受け取っていないことを考えると、北極圏におけるロシアの弱さと中国の強さの増大を浮き彫りにする大きな転換点を表している。
(3) Putinは、中国にこの北極圏開発の開始を与えることで、ロシアは必要な短期的な支援を受け、西側の市場を失ったGazpromにとって重要なより多くのロシア天然ガスの購入に同意するよう中国を説得することさえできると明確に信じている。一部のロシアの専門家はPutinのこの行動に同意している。しかし、Putinは過信していると言う専門家たちもいる。さらに、彼らはPutinがこの問題をNSRの開発と関係づけたという事実を考えると、それははるかに深刻で、ロシアの観点からは否定的な発展を表していると指摘している。中国当局者は、中国はNSRだけに関心があるわけではないと言う。
(4) ロシアPlekhanov University of Economicsの専門家Vasily Koltashovは、これらの懐疑論者の1人である。彼は、ロシアが北極問題への中国の参加を制御できれば、すべてがうまくいくだろうと言う。しかし、ロシア自身の立場がさらに悪化したり、ロシア政府が状況をうまく管理できなかったりした場合、中国は状況を利用し、ロシアは「中国の周辺となってしまう」というPutinが明らかに欲しないが避けられない結果となるかもしれない。その場合、ロシアはNSRに対する支配以上のもの、北極圏での今までの地位を失うであろう。
(5) ロシアがアジア、特に北極圏の中国に近づくことは、Putinと習近平の交流の議論が示唆するものよりも影響が大きいかもしれない。ここ数十年、ロシアは過去2年間議長を務めてきた北極評議会に力を注いできた。北極評議会に代わるものを作り、中国や他のアジア諸国を巻き込んで、西側のボイコットの標的にならないようにしようとしている。
(6) ロシアは、ロシア語の頭字語からRAKAIで知られるロシアとアジアの北極研究者の共同企業体の設立を主導し、ロシアと中国だけでなく、北朝鮮、韓国、インド、ベトナム、シンガポール、香港からの学者も集めた。これは、北極圏に関する限り、ロシアのアジアへの転換と、特に地域に影響を与えるプログラムや政策に関しては、中国がロシアの動きを利用しようとしていることのさらに別の兆候である。
(7) Putinが習近平に「北極への鍵」を贈呈したとするのは、現時点では、言い過ぎかもしれない。それにもかかわらず、一部のロシア人がその専門家と同じように考えているという事実から、北極圏で今どれほど大きな変化が起きつつあるかということに注意が向けられている。さらに、Putinが習近平に行ったことに関するこれらの評価は、何らかの結果をもたらすであろう。そして、これは、ロシアに対する中国の台頭を恐れる一部の人々を表舞台に導き、中国がロシア連邦の一部を吸収合併することを計画しているという長年のロシアの恐れを利用する可能性がある。これらのことのいずれかが起こった場合、中国の台頭を恐れる人々は、中ロのサミット会議から出てくる最も重要な進展の中で、NSRを開発するための合同作業部会でPutinが習近平に申し出たことを強調するかもしれない。
記事参照:Amid Russia’s Problems, China Assumes a Larger Role in the Arctic

3月29日「英国の統合レビュー(IR2023)と統合抑止力―オーストラリア専門家論説」(PacNet, Pacific Forum, Center for Strategic and International Studies, March 29, 2023)

 3月29日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International Studiesの Pacific Forumが発行するPacNet Commentaryのウエブサイトは、元European Union Naval Force(欧州連合海軍部隊)参謀長兼U.S. Indo-Pacific Command司令部安全保障協力担当部長で現在はオーストラリアBondi Partners上席顧問Brig Rory Copinger-Symesの” The UK integrated review and integrated deterrence”と題する論説を掲載し、ここでBrig Rory Copinger-Symesは、英国のインド太平洋地域における戦略は同じ志を持つ提携国を集めてこの地域全体の安全保障を向上させることにあるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 英国「統合レビュー」(IR2021)が更新され、2023年3月13日IR2023が発表された。これにより欧州大西洋地域とインド太平洋地域の多くの人々が、この地域における英国の意図と能力を評価しようとしている。インド太平洋地域は、欧州大西洋の安全保障と切っても切れない関係にあるとされ、この戦略的論理は説得力があるものの、運用面にあっては若干の吟味が必要である。
(2)「国際公共財と法に基づく国際秩序」という広範な枠組みの一部として、欧州大西洋とインド太平洋が連携するという考え方には、優れた戦略的論理がある。この枠組みは、2つの地域と、それらの地域を不安定化し、支配しようとするロシアと中国の努力がより広い地政学的闘争の一部であるという考えを助長している。ロシアと中国の権威主義体制という共通項も、政治的・軍事的な連携を強め、自分たちの観念で秩序を作り変えるという意図と同様に、この概念化を再確認させる。この枠組みは、2022年米国国家安全保障戦略や2022年日本国家安全保障戦略にも同様に見られる。
(3) この論理と少し異なるのは、ロシアの欧州侵攻に伴う欧州での資源調達と作戦上の懸念に関する議論である。米国および英国には、英政府の焦点は欧州であるべきで、インド太平洋は副次的と考える専門家がいる。たとえば、Lloyd Austin米国防長官が2021年7月に述べた「アジアにもう少し集中すれば、世界の他の地域で英国がもっと役に立つことができる分野がある」という見解に対して、労働党の影の国防長官John Healeyは、「インド太平洋で志を同じくする国との同盟は重要であるが、軍事的関与については、現実主義を貫く必要がある。英国がどこでも何でもできるかのように装う指導者たちでは、我が軍の役には立たない。」と反対の立場をとっている。そしてIR2021とIR2023のいずれも、英国の優先順位を英国の利益にとって主要かつ重要な地域としており、それはNATOを通じて努力する欧州大西洋地域と明らかにしている。
(4) Lloyd Austin米国防長官の見解は、英国がすでにインド太平洋で行っているような外交、経済、技術、安全保障上の協力を排除するものではない。注目すべきは、米国は2021年インド太平洋戦略で、戦略的手段の一つとして、欧州の関与を求め、AUKUSを含む斬新な方法で、インド太平洋と欧州の提携国を引き合わせるとしていることである。その核心は、2つの異なる舞台と2つの異なる型の脅威の断絶であり、異なる作戦上の課題を提起している。ヨーロッパでの脅威の大部分は、ロシアによる国土の併合とNATO加盟国の領土に飛び火する可能性のあるウクライナ戦争であって、欧州の将来の構造に関わるものと考えている人はほとんどいない。それに比べると、インド太平洋における国際システムに対する重要性についての方が重要である。2021年10月にU.S. Indo-Pacific Command司令官John Aquilino海軍大将が英国を訪問し、インド太平洋を「21世紀を定義する安全保障環境」と明確にした。そして、全世界のコンテナ貨物の半分と、船舶によるエネルギー供給の70%がこの地域を流れており、ヨーロッパの将来の繁栄と安全、そして全世界にとってもインド太平洋は不可欠と述べている。
(5) 英国は2隻の哨戒艦など、インド太平洋地域における軍事力の展開を緩やかに増加しており、AUKUS/GCAP協定は、この地域における数十年の関与を見ることになる。IR2023は、同盟国や提携国との関係強化やソフトパワーを通じた英国によるこの地域での関与を強調している。英国は過去10年間、インド太平洋全域で安全保障と防衛の提携網を広げてきたが、現在はこの提携網をさらに深めようとしているように見える。それは2023年6月以降に発表される防衛政策文書(Defence Command Paper)により明らかにされるであろう。
(6) ウクライナ戦争が続く間、英国はインド太平洋地域に膨大な数の軍隊、船舶、航空機を派遣することはない。しかし、英国はインド太平洋地域の他の同盟国や提携国との協調的な抑止計画を支援することができる。フランスと英国はすでに空母群の配備を調整する計画に合意しているが、これは英国がもたらす統合的な効果を示す兆候となり得るだろう。AUKUSの発表により、米英豪3ヵ国間の潜水艦任務部隊の設立を含め、この地域への潜水艦の配備が増える可能性がある。この地域に欠けているのは、同盟国や提携国が問題を議論し、対応を調整したり、戦力を提供したりできるような、何らかの形の安全保障の機構である。統合された安全保障機構を構築することで、同盟国や提携国が共に強くなり、より優れた統合抑止効果が構築されることは明らかである。
(7) 英国は、アラビア湾、インド洋、マラッカ海峡で成功を収めた海上統合任務部隊(以下、CTFと言う)設立の経験を拡大できる。これらCTFは、いずれも国際的な提携国を交え、違法行為の抑止、海上保安の強化、地域や国際社会への安心感を与えることに成功した。英政府は、インド太平洋地域でも同様のものを設立することができれば、提携国が集まって、ますます錯綜する不安定な海空域を取り締まることができるかもしれない。英国は、この地域にこのような組織の設立を手助けできる。しかし、英国が主導するべきではない。重要なのは、同じ志を持つ提携国を集めてこの地域全体の安全保障を向上させることである。
記事参照:The UK integrated review and integrated deterrence

3月29日「海上保安庁を見習うべし:中国の海洋におけるグレーゾーンでの強制的行動に対抗するため、U.S. Coast Guardを改革し、同盟国との提携を促進―米大学院生論説」(Center for International Maritime Security, March 29, 2023)

 3月29日付の米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトは、米Georgetown University院生Jada Fraserの“AN ALLIED COAST GUARD APPROACH TO COUNTERING CCP MARITIME GRAY ZONE COERCION”と題する論説を掲載し、Jada Fraserは中国の海洋におけるグレーゾーンでの強制行動に対応するため、U.S. Coast Guardは海上保安庁が進める改革、革新をひな型として、改革を進め、U.S. Coast Guard のRIMPACへの参加を制度化し、海上保安庁を含めることで、資源効率を最大化し、U.S. Coast Guard とU.S. Navyおよび海上自衛隊と海上保安庁の相互運用性を強化し、地域の沿岸警備隊と海軍の提携を強化することができ、中国の海上におけるグレーゾーンでの強制行動に対抗する日米同盟の能力を強化することになるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国共産党は、東シナ海と南シナ海全域で修正主義的な領有権主張を確保するための強引な行動を弱める気配を見せていない。このため、中国海警総隊の海上におけるグレーゾーン活動は、日米同盟にとって特に深刻な課題である。海上におけるグレーゾーンでの強制的行動では、海警総隊は相応の米国の対抗力に直面していないからである。一方、日本の海上自衛隊と海上保安庁は、新技術の導入、後方支援態勢の更新、およびグレーゾーンでの強制的行動の事例をより効果的に追跡して対応できるようにするための改革を続けている。
(2) 米政権は、インド太平洋における海洋におけるグレーゾーンでの強制的行動に対抗するためのU.S. Coast Guard(以下、USCGと言う)の役割を決定する上で首尾一貫した戦略が策定されていない。海上保安庁における最近の改革の分析は、USCGが構築できるいくつかのひな型を提示している。このような取り組みは、現在の米国の資源の限界を認識し、海警総隊のグレーゾーンにおける活動に対抗する最前線にいる重要な米国の同盟国が、同様の追加の制約の下でさえ、独自の改革をどのように追求したかを説明している。
(3) 日米の海上部隊、特に海上保安庁とUSCGは法に基づく国際秩序を損なうグレーゾーンにおける行動により効果的に対抗するため、同盟国の取り組みを革新する必要がある。USCGの改革は、グレーゾーンでの強制的行動に対抗する部隊の役割を海上保安庁と同等にまで拡大することに集中しなければならない。そのためには、USCGが海上保安庁と共同できるよう能力を強化し、U.S. Navyとの相互運用性を拡大する必要がある。海上保安庁の事例に基づいてUSCGの運用および組織改革をひな型化することで、中国の海上におけるグレーゾーンでの強制的行動に対抗する同盟国の沿岸警備隊の取り組みが可能となり、インド太平洋における日米同盟の全体的な抑止効果を強化することができる。
(4) 中国は「グレーゾーンにおける行動」によって、「紛争の特定の段階、または領域における非対称的な利点」を利用しており、中国が持つ利点の1つは、軍事機能を果たすために非軍事資産を利用することである。米シンクタンクRAND Corporationは2022年の報告書で、中国の軍事、政治、経済、情報活動を最も問題が少ないものから最も問題のあるものまで3つの階層に分類している。海警総隊に依存している、または依存できる活動は、最も問題のある「最上位の階層」に分類されたグレーゾーンにおける軍事的行動7項目の内、3項目に該当している。2021年に可決された海警法は、名目上は文民組織であるが、明らかに軍事力として機能している海警船と交戦する場合に適用させる法を混乱させている。海警総隊のこの特異な性格により、海警総隊は地域の沿岸警備隊が対応に苦慮しているグレーゾーンで行動する素地を与えている。
(5) 中国共産党の安全保障の考え方において、国家主権と領土保全が最高位にあり、主権の行使は海洋における強制行動における海警総隊の役割の中核である。そして実際、東シナ海と南シナ海で中国共産党の主張を執行する海警総隊の攻撃的な姿勢のために、この地域の沿岸警備隊も同様に主権防衛の役割を引き受けなければならなくなっている。一方、米国は、自国の主権を主張するためにUSCGを使用する必要はなく、数千海里も離れた同盟国の主張を直接擁護する必要もない。このため、海警総隊のグレーゾーンにおける強制行動に対抗する同盟国および提携国の直接的な経験と比較して、海洋におけるグレーゾーンでの強制行動への対応を改善するためのUSCG改革への圧力は比較的不足している
(6) 海警総隊の海上におけるグレーゾーン活動に対抗する最前線で、海上保安庁は質、量ともに増強されなければならなかった。巡視船を大型化しただけでなく、日本近海だけでなく、外洋においてもできるようになってきている。2012年以降、海上保安庁の予算と人員は年々増加しており、岸田政権は2027年までに予算を2倍以上にする予定である。海警総隊の主権作戦の結びつきは、係争中の尖閣諸島に焦点を当てている。2016年に海上保安庁は尖閣諸島における領海警備の専従部隊を設立するなど、体制を強化している。また、2015年には海上保安庁と海上自衛隊がグレーゾーンでの活動に特化した珍しい協同演習を実施している。その後、2021年と2022年に各1回、演習が行われており、日本が自国の防衛力を強化するという圧力が加速していることが浮き彫りになっている。過去10年間の改革はすべて、海上におけるグレーゾーンでの活動に対応する海上保安庁の能力を大幅に向上させてきたが、ここ数ヵ月に行われた変更と今後数年間に行われる予定の将来の改革の発表により、海上保安庁の能力が指数関数的に向上し、独立して、協同で、あるいはUSCGと共同で、グレーゾーンでの強制行動に対応することになる。
(7) 重要なことに、これらの改革は、海警総隊の海上におけるグレーゾーンでの強制行動に最も立ち向かう日本の能力を妨げるものとして長い間特定されてきた残りの障害を克服しようとしている。第1に、海上保安庁と海上自衛隊は、2023年度末までに尖閣諸島への武力攻撃を模擬した史上初の協同訓練を実施する予定であり、海上自衛隊と海上保安庁の協力は、物流・法制度の革新と改革により、ますます可能になってきている。海上保安庁の情報、監視、偵察能力は、UAVの運用開始により大幅に向上した。これに合わせて、海上自衛隊と海上保安庁は23年度から即時にデータを共有する計画を発表した。この発表の直後、米国と日本は、「ドローンや船舶などの資産から収集された情報を即事に共有、分析、処理する」情報共有ユニットを立ち上げている。海上保安庁と海上自衛隊の情報共有を合理化する将来の計画を考えると、海上保安庁の諜報機関も新しい日米情報部隊にも組み込まれると考えるのが理にかなっている。第2に、海上保安庁に配備されたUAVは、対潜水艦戦に役立つ攻撃機能も備えている。日本政府は最近、海上保安庁と海上自衛隊の協力の枠組みを確立する計画を報告した。海上保安庁の役割は、日本の新しい戦略文書に顕著に表れている。重要な組織改革として、新しい国家安全保障戦略と国防戦略は、武力攻撃の状況下では、海上保安庁の作戦権限を防衛大臣に移し、有事シナリオにおける米国式の指揮系統に合わせることを明確に述べている。第3に、岸田政権が2027年度までに防衛費を対GDP比2%に引き上げる計画により、防衛予算の項目として海上保安庁への支出が含まれるようになる。これらの改革を総合すると、海上保安庁と海上自衛隊の協同段階、そしてより広く海上保安庁とUSCG、海上自衛隊とUSCGの間の日米同盟の範囲内における相互運用性の大幅な改善につながるであろう。しかし、USCGがこれらの潜在的な協力分野を活用するためにはまだ長い道のりがある。
(8) 過去5年間で、USCGはインド太平洋における中国のグレーゾーン活動がもたらす課題に徐々に目覚めてきた。この認識は、U.S. Navy、U.S. Marine CorpsおよびUSCGの海洋3軍種の今後10年間の目標を設定する戦略「Advantage at Sea」に反映されている。この戦略は、中国と効果的に競い合うために、①あらゆる領域における海軍力の統合、②同盟と提携の強化、③日々の競い合いに勝利するためにより積極的に行動、④紛争に発展した場合には敵を拒否し、撃破、⑤部隊の近代化の5つの目標を強調している。3番目の目的は、海上グレーゾーンでの強制行動に対抗する海洋3軍種の役割を明確にしている。さらに、戦略文書は、USCGをこの種の強制行動に対して脆弱な多くの国にとって好ましい海洋安全保障の提携者と認めている。最後に海洋における膠着状況に破壊を伴うことなく事態の拡大を阻止できる機能を通じて、USCGは危機管理のための特別な手段を提供できる唯一の部隊と認められている。これは、海警総隊との紛争を管理する上で特に重要な役割である。
(9) 日本には、海外に2つしかないUSCGの司令部の1つが所在する。USCGの太平洋方面司令官Michael McAllister沿岸警備隊中将は、USCGと海上保安庁との関係を「最も価値のある提携の1つ」と表現している。そして実際、ここ数ヵ月で関係は大幅に改善されており、USCGの最も重要な提携相手になる可能性がある。2022年5月、両国は「歴史的文書」と呼ばれるもので正式な協力を拡大した。すでに12年にわたる提携に基づいて、統合された運用、訓練と能力開発、および情報共有のための標準操作手順を制度化した。これらの改善を総合すると、USCG-海上保安庁の相互運用性が大幅に向上することになる。(Philippine Coast Guardの能力構築支援に向けた日米の海上保安機関の取り組みである)サファイアが開始されて数ヵ月が経過し、この取り組みを推進する根本的な動機と目標が非常に明確になった。USCGと海上保安庁は、覚書の締結以来、Philippine Coast Guardとすでに2回にわたって合同訓練や能力構築活動を実施している。これらの活動に関して、海上保安庁は記者会見で、日本の「自由で開かれたインド太平洋」を実現するための戦略に連接していると発表している。USCGと日本の海上自衛隊との関係も最近、向上してきている。2022年には、物品役務相互調達協定(ACSA)が初めてUSCGに適用された。
(10) これらの向上策は、中国と効果的に競い合うために、技術、運用、戦略段階での同盟協力の更新が必要であるという日米両国の認識を証明している。日本側では、そのような認識は特に顕著な形で展開されている。日本政府による防衛3文書の最近の見直しは、海上保安庁と海上自衛隊の両方とのUSCGの協力に新たな可能性を生み出す可能性も同様に高い。しかし、これらの新しい機会を最大限に活用するために、USCGには独自の改革を実施する責任がある。
(11) 先に述べたように、ホワイトハウスと部隊自体では、海洋におけるグレーゾーンでの強制行動に対抗するためのインド太平洋におけるUSCGの役割を強化する必要があるという認識が高まっている。この日米沿岸警備隊の役割を拡大し、強化するために、特に日米同盟内でできることは多くある。
(12) 第1に、USCGとU.S. Navy、海上保安庁と海上自衛隊が実施しているグレーゾーン演習を視察し、グレーゾーンでの活動に対する共同対応のための独自の運用概念を策定すべきである。これにより、インド太平洋に本拠地を置く現在および将来のUSCGの巡視船が、地域全体のグレーゾーンでの活動に海軍と共同で対応する能力が強化される。しかし、もっと重要なことは、海軍とUSCGの両方が、日本を含む地域の提携相手との定期的な演習および訓練の一環として、特に対象を絞ったグレーゾーンにおける対応活動を組み込むことを可能にすることである。
(13) 第2に、USCGは、既に過剰な資源の投入によって歪みが出始めているこの地域でのUSCG訓練と能力開発の展開の他に地域の沿岸警備隊をハワイに招待し、訓練を実施するための調整にさらに重点を置く必要がある。具体的な機会の1つは、まずRIMPACなどの多国間海軍演習へのUSCGの定期的な参加を制度化し、その後、日本をはじめとする地域の沿岸警備隊の参加を組み込むように徐々に拡大することである。RIMPAC22へのUSCGの参加は、いくつかの最初のものを生み出した。USCGは初めて対潜水艦戦演習に参加し、大型海洋警備巡視船は米海軍との運用統合を可能にするリンク16戦術ネットワークシステムを装備した最初の巡視船であるUSCGと海上保安庁の両方をRIMPACに含めることで、提携国および同盟国の沿岸警備隊と海軍の間の信頼構築と協力の促進に加え、軍種間の協力が強化される。これはまた、提携国軍と同盟国の間に重要な安全保障上のつながりを構築することにより、地域全体の抑止力を高めることになる。
(14) 第3に、そして最後に、海上保安庁と海上自衛隊の相互運用性に対する最近の改革をひな型に、USCG船艇、航空機はより切れ目なく、即事の情報共有と相互運用性を可能にするために、米軍ネットワークおよび通信装備と統合されるべきである。インド太平洋におけるグレーゾーンでの事態拡大に共同で対応し、海上保安庁、海上自衛隊と最も効果的に連携するために、USCGとU.S. Navyは、この現在の場当たり的な通信システムを維持する余裕はない。
(15) 海上保安庁の改革と革新は、USCGがグレーゾーンでの活動により効果的に対抗し、海上保安庁とUSCGおよび海上自衛隊とUSCGの間で急速に拡大している提携を最大限に活用する方法について、いくつかの教訓を提供している。海上保安庁と海上自衛隊の演習から日米韓のグレーゾーン演習をひな型化することにより、日米同盟はこの地域におけるグレーゾーンでの事態の拡大に対する共同対応に備えることができる。さらに、USCGとU.S. Navyの両方が、これらのグレーゾーンの演習と訓練を地域の沿岸警備隊との独自の提携に組み込むことが可能である。USCGの参加を制度化し、海上保安庁をRIMPACに含めることで、資源効率を最大化し、USCGとU.S. Navyおよび海上自衛隊と海上保安庁の相互運用性を強化し、地域の沿岸警備隊と海軍の提携を強化することができる。USCGとU.S. Navy のネットワークと通信装置を接続することで、両軍と同盟が上記の改革を最大限に活用できるようになる。まとめると、海上保安庁の運用と組織の革新に関するUSCG改革のひな型化は、同盟国の沿岸警備隊の取り組みを通じて中国共産党の海上におけるグレーゾーンでの強制行動に対抗する日米同盟の能力を強化することになる。
記事参照:AN ALLIED COAST GUARD APPROACH TO COUNTERING CCP MARITIME GRAY ZONE COERCION

3月30日「中国の台湾政策における統一戦線工作という選択肢―台湾国際関係専門家論説」(The Diplomat, March 30, 2023)

 3月30日付のデジタル誌The Diplomatは、台湾中央警察大学の副教授游智偉の“China’s Weapon of Choice in Taiwan”と題する論説を掲載し、そこで游智偉は中国による台湾再統一について、中国は軍事侵攻よりも誤情報の拡散などを通じた統一戦線工作を望ましく考えており、中国共産党によるその手法の活用には長い歴史があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国は台湾再統一のための手段として、軍事力の行使という選択肢を放棄していないが、その対価が高いことも理解している。そのため、中国は誤情報やフェイクニュースの拡散を通じて、台湾国内の抵抗を無力化する方針を望ましいと考えているだろう。
(2) 1980年代初頭に中国共産党が台湾工作弁公室を設置した時、その職員に統一戦線工作と情報収集に精通し、台湾につながりや親族を持つ者を採用している。そのため、統一戦線工作が中国の台湾政策において重要であり続けている。最近の報告によれば、現在の中国の台湾政策は、1940年代の中国共産党による情報活動に似ているという。すなわち、当時の共産党は誤情報を活用し、国民党内部の士気阻喪を試みていたのである。
(3) 1970年代末まで、中国は金門島の爆撃を続けるなど、台湾との関係が戦争状態にあると考えていた。その後の中央対台工作指導小組や台湾事務弁公室の設置はそうした取り組みからの変化を反映しているという。問題は、台湾問題や諜報などに精通した職員を見つけることであった。共産党は、外交部や人民解放軍、統一戦線工作部、国家安全部などに所属していた人員から選抜している。たとえば統一戦線工作部副部長を務めた人物が、初期の対台小組の副組長を務めている。
(4) 1979年まで、中国において台湾に関するニュースなどを公的に閲覧できる人物は限られていた。しかし、統一戦線工作部勤務経験者は、中国の対台湾政策において中国の影響力あるいは道具となった台湾政界の上層部との間に個人的関係を築いていたり、血縁者であったりした。こうした人間関係が、中国の台湾政策における有効な道具となってきた背景がある。こうした経験は、今後の中国の台湾政策形成において重要な役割を果たしていくだろう。したがって、台湾やその同盟国は、中国共産党がどのように統一戦線工作を遂行してきたかを理解することが大事である。
(5) 中国共産党によるフェイクニュースの活用は長い歴史を持つ。たとえば1941年の皖南事変(共産党と国民党の武力衝突)では、共産党は国民党に事件の責任があると主張した。しかしその後の歴史研究によって、国民党から共産党の部隊への伝令が意図的に遅らされたことが明らかになった。もう1つ、共産党の工作活動において役割を果たしたのが、工作員周辺にクモの巣のような人的ネットワークをはりめぐらし、協力者を集める秘密活動である。それはたとえば、1940年から45年にかけて国民党で活動した郭沫若による、左翼文学者のための団体創設などが典型であろう。こうした工作活動の目的は、共産党に同調的な組織を発展させ、敵対相手の社会における自信を失わせることにある。内戦中の共産党の工作活動は、国民党内に多くの支持者を集める土台となった。
(6) フェイクニュースや誤情報の活用は、1980年代以降、中国の台湾政策において一般的なものであった。2008年から16年にかけて台湾と中国の間の人的交流が増加した。それによって中国は台湾にあらたなつながりを確立できた。それによってたとえば、フランスの戦争研究機関Institut de Recherche Stratégique de l’ Ecole Militaireの2021年の報告書が指摘したように、台湾のメディア企業は中国の政策に沿うように放送内容の見直しを余儀なくされることもあった。
(7) 最近、アメリカの台湾政策に関する2つの議論が起き、それは台湾人の米国に対する疑念を駆り立てたが、それらは上記の中国の統一戦線工作の文脈で理解する必要がある。1つはBiden大統領が「台湾の破壊に関するわれわれの計画を目にするまで待て」と発言したとされることに関する議論、もう1つが、「壊れた巣:中国による台湾侵略を抑止する」という論文に関する台湾でのフォーラムにおける議論である。これらはつまり、中国の侵略を抑止するため、あるいは中国による台湾侵略後に半導体工場を獲得できないようにするために、米国が台湾の半導体製造能力を破壊する可能性があるという議論であり、それは、台湾積体電路製造がアリゾナに新工場を建設しているなかで、真実味を帯びていた。
(8) しかし、我々はその情報源などを慎重に吟味する必要がある。Bidenの言葉に関しては、Garland Nixonという人物のツイートがきっかけになっているが、彼はロシアのRadio Sputnikのホストを務める人物だという。Taiwan FactCheck Center(台湾事実査核中心)によると、この発言はジョークのようなものであったし、台湾でこれを最初に拡散したのは、親中の政治家として知られる人物だったという。また2つ目の論文は、台湾では一般的ではない簡字体やフレーズが使われていたという。中国共産党による統一戦線工作の長い歴史と合わせて考えれば、この2つの事例は、中国による誤情報作戦の一部と理解すべきであろう。
(9) 1980年代から90年代の台湾事務弁公室の構成員を見てみると、中国は台湾再統一の手法として、軍事侵攻よりも統一戦線工作のほうを望ましいと考えていると思われる。この想定に基づくと、今後のシナリオとしては、フェイクニュースの拡散による台湾政府の正当性を損なわせ、台湾内部に友好的組織を設立し、軍事的圧力を強めつつ「平和的対話」を展開するのではないだろうか。これは、中国による軍事力の行使の可能性を排除するものではないが、対価が安く、はるかに大きな利益をもたらすという点で、中国にとって魅力的な手段であり続けるだろう。
記事参照:China’s Weapon of Choice in Taiwan

3月30日「南シナ海における新たな火種―米海洋問題専門シンクタンク報告」(Asia Maritime Transparency, CSIS, March 30, 2023)

 3月30日付のCenter for Strategic and International StudiesのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、“PERILOUS PROSPECTS: TENSIONS FLARE AT MALAYSIAN, VIETNAMESE OIL AND GAS FIELDS”と題する報告記事を掲載し、中国による南シナ海での哨戒活動が、マレーシアやベトナムによるこれまで以上の反応を引き起こしているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 南シナ海における中国海警船による哨戒活動は、Vietnam Coast GuardやRoyal Malaysian Navyの反応を引き起こしている。3月25日、ヴァンガード堆で中国海警船とベトナムの法執行船が急接近したと報じられた。ベトナムのエネルギー需要の13.5%を供給すると言われるナムコンソンを中国海警船が哨戒しており、ベトナムの漁業監視船がそれを追跡したのである。船舶自動識別システム(以下、AISと言う)によると、海警船はヴァンガード堆の南13海里まで近づいたあたりで、ベトナム船と10メートルほどまで急接近したようである。その後ベトナム船は海警船を追跡し続け、海警船は南西に進路をとってマレーシアの排他的経済水域に入り込んだ。
(2) AISのデータを見ると、中国海警船は2022年秋から定期的にナムコンソン周辺を行動している。ほぼ例外なく、ベトナム船は中国海警船がその海域を離れるまで追跡しているが、これほどにまで接近したのは今回が初めてである。中国海警船は2020年ごろからヴァンガード堆周辺を哨戒するようになったが、ナムコンソンに近づくようになったのは上述したとおり最近になってからである。これは、中国が特定の開発計画に圧力をかけ始めたことを意味している。
(3) 同様の行動様式がマレーシアでも見られる。マレーシアのカサワリでのガス開発計画に対して、中国海警総隊はこれまで以上に関心を強め、この1ヵ月で中国海警船が建設現場近くでの活動を活発化していることがAISのデータなどからわかっている。このとき投入された海警船は「海警5901」で、これは海洋法執行機関船としては世界最大級である。
(4) カサワリはルコニア礁南東25海里に位置し、そこは中国海警船が定期的に哨戒を行っている。「海警5901」は2月17日にルコニア礁にやってきて、2月18日にはカサワリの7海里以内、3月11~12日、17~19日には1.5海里以内にまで接近している。こうした行動にRoyal Malaysian Navyが反応し、沿海域哨戒艦「バディク」が3月19日にカサワリに進出した。「海警5901」がガス採掘用プラットフォームの東側にいる一方で、「バディク」は西側に占位しており、これは直接の接触を回避するためであろう。ただし、両艦船がより接近した可能性は否定できない。2月の記事でも指摘したように、こうした中国海警船の活動の活発化によって、南シナ海に新たな火種が生まれる可能性がある。
記事参照:PERILOUS PROSPECTS: TENSIONS FLARE AT MALAYSIAN, VIETNAMESE OIL AND GAS FIELDS

3月31日「博鳌亜州論壇で中国政府関係者が南シナ海での米国の行動を非難―香港紙報道」(South China Morning Post, March 31, 2023)

 3月31日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“US military presence risks conflict in South China Sea, Boao Forum hears”と題する記事を掲載し、博鳌亜州論壇(Boao Forum for Asia)において、中国とフィリピンの政府関係者が南シナ海の紛争に関して発言した内容を要旨以下のように報じている。
(1) 南シナ海における米国の軍事配備は歴史的な高水準にあり、この地域での紛争の危険性を高めていると、中国の専門家や当局者が博鳌亜州論壇の中で警告した。「南シナ海の火薬の匂いはますます強くなっている」と中国南海研究院院長の呉士存は3月30日のパネルディスカッションで指摘し、「米国の駆逐艦は最近、2日間に2回も西沙諸島の領域に入り、歴史的な新記録を樹立した」と述べている。この地域にある米軍基地の数は9ヵ所に増え、南シナ海だけでなく、台湾海峡も明らかに標的にしていると呉士存は付け加えた。
(2) 南海戦略態勢感知計画の報告書によると、2022年、南シナ海地域で米国の大型偵察機による偵察行動が約1,000回あった。またこのシンクタンクは、2022年に米国の空母打撃群と水陸両用警戒群(amphibious alert group)が8回、攻撃型原子力潜水艦(以下、SSNと言う)が少なくとも12回進入したことを突き止めている。2月、米政府とフィリピン政府は追加で4ヵ所のフィリピンの基地を米軍が利用できる協定を発表した。
(3) オーストラリアは、アジア太平洋地域で中国に対抗することを目的とした米国主導のAUKUS条約に基づき、2030年代初頭までに3隻、場合によっては5隻のSSNの保有を希望している。
(4) 南シナ海の大部分に対する中国政府の主張は、2016年に国際法廷によって棄却された。フィリピンが提訴したこの裁判の画期的な裁定は、中国指導者たちによって拒否されたが、米国によって支持された。3月30日のパネルディスカッションで、フィリピンのGloria Arroyo元大統領は、この裁定は地域と世界の法を基盤とした秩序に対するフィリピンの重要な貢献であると述べたが、中国と米国の対立を背景にして、政策を定めることの難しさに直面していることを付け加えた。また、1962年のキューバ・ミサイル危機の歴史的教訓を踏まえ、解決策を見出すことができるとしながらも、関係国がゼロサムゲーム的な考え方をもち続ければ、戦争が勃発する可能性があると警告している。
(5) Johns Hopkins Universityの名誉教授で中国研究部長David Lamptonは、係争中の海域の状況は、管理が難しくなっていると指摘し、米中両国がこの地域に展開する軍事力増大は、事故につながる可能性があると語っている。事実、2022年の年末にかけて、米中間で少なくとも2件の軍事的な遭遇があった。
(6) パネリストとして参加した中国政府関係者たちは、米国が南シナ海の安全保障を不安定にしていると非難し、この地域の国々が協力し、そして外部からの関与を拒否するよう求め、地域諸国が相互信頼性を高め、南シナ海での行動規範の交渉を加速させるよう呼びかけた。
記事参照:US military presence risks conflict in South China Sea, Boao Forum hears

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) The “Indo-Pacificization” of Asia: Implications for the Regional Order
https://www.geopoliticalmonitor.com/the-indo-pacificization-of-asia-implications-for-the-regional-order/
Geopolitical Monitor, March 22, 2023
By Justin Au-Yeung, Geopolitical Monitor article writer / author / contributor
 2023年3月22日、カナダ情報誌 Geopolitical Monitorの執筆者Justin Au-Yeungは、同誌のウエブサイトに" The “Indo-Pacificization” of Asia: Implications for the Regional Order "と題する論説を寄稿した。その中でJustin Au-Yeungは、地政学的な文脈で「Indo-Pacific(インド太平洋)」という言葉が登場し始めたのは2010年代後半であるが、その背景には、1997年のアジア金融危機の発生、9.11同時多発テロ、中東における数々の紛争によって、この地域における米国の立場に大きな変化が生じたことがあると指摘した上で、日本の自由で開かれたインド太平洋や中国の一帯一路といった地域構想は、伝統的な安全保障を超え、繁栄と社会的進歩の価値観にまで踏み込んでおり、インド太平洋は、東西の2つの海の運命を結びつけ、各国が経済・安全保障・外交のつながりを理解するための枠組みを提供するという意味でも重要な役割を担っていると主張している。

(2) SOUTHEAST ASIA’S MARITIME SECURITY CHALLENGES: AN EVOLVING TAPESTRY
https://amti.csis.org/southeast-asias-maritime-security-challenges-an-evolving-tapestry/
Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, March 28, 2023
By Dr. Scott Edwards, a research associate on the Transnational Organised Crime at Sea project at the University of Bristol's School of Sociology, Politics, and International Studies
John Bradford, Senior Fellow in the Maritime Security Programme at the S. Rajaratnam School of International Studies (RSIS), Nanyang Technological University
 3月28日、University of Bristol’s School of Sociology, Politics, and International Studies研究員Scott Edwardsは、米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeに、“SOUTHEAST ASIA’S MARITIME SECURITY CHALLENGES: AN EVOLVING TAPESTRY”と題する論説を掲載した。その中で、①東南アジアの安全保障の展望では、伝統的安全保障と非伝統的安全保障の間の定義が長年調和されていなかった。②国際海洋社会は、各国の対応を強化し、地域協力協定を発足させ、規制手段を用いて、より幅広い利害関係国に海洋安全保障の困難な問題にもっと積極的に貢献するよう働きかけ、広範な脅威がさらけ出す脆弱性の強化に動いた。③海洋は、資源やエネルギーを提供すると同時に、ほとんどの地域国家が依存する貿易およびグローバル化したサプライチェーンを促進し、それ自体がますます活用される空間となっている。④この10年余り、地域の海洋安全保障利害国は、海上テロ、海賊、武装強盗を抑える取り組みに比較的満足する一方で、人々、社会、国家、そして地域全体の抗堪性を失わせる新たな脅威を懸念するようになってきた。⑤気候変動やサイバーセキュリティといった分野への新たな注目は、地域が既存の脅威にうまく取り組んだとしても、他の脅威が出現する可能性があることを示している。⑥多くの問題が相互に関連していることは明らかであり、1つの問題だけを単独で取り組むことは、全体としての海洋安全保障に取り組む上で十分ではないといった主張を述べている。

(3) Why Force Fails: The Dismal Track Record of U.S. Military Interventions
https://www.foreignaffairs.com/united-states/us-military-why-force-fails
Foreign Affairs, March 30, 2023
By Jennifer Kavanagh, Senior Fellow in the American Statecraft Program at the Carnegie Endowment for International Peace
Bryan Frederick, a Senior Political Scientist at the RAND Corporation
 2023年3月30日、米シンクタンクCarnegie Endowment for International Peace上席研究員Jennifer Kavanaghと米シンクタンクRAND CorporationのBryan Frederickは、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月発行誌Foreign Affairsのウエブサイトに" Why Force Fails: The Dismal Track Record of U.S. Military Interventions "と題する論説を寄稿した。その中で両名は、第2次世界大戦後、米軍は間断なく海外に派遣され、多くの作戦に従事してきたが、その中には明らかに失敗したものがあるにも関わらず、それでもなお、米国の意思決定には軍事介入を支持する強い先入観がかかっており、危機が発生すると、何もしないよりは状況を制御しようとする方が良いという理由で、米国の軍事的対応への圧力が高まるが、多くの場合、米国は軍事介入をしなくても目的を達成できた可能性が高いと指摘している。そして両名は、過去の米国の紛争介入に関するデータを検証した上で、米国の軍事介入は今後も続く可能性が高いが、今後は米政府が軍事介入に対する考え方を見直すことが必要であり、軍事介入はあらゆる釘を打つためのハンマーではなく、控えめに、慎重に使うのが最適となる特殊な道具なのだと主張している。