海洋安全保障情報旬報 2023年2月21日-2月28日

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2月21日「中国を囲む米日比間の安全保障―フィリピン専門家論説」(Think China, February 21, 2023)

 2月21日付のシンガポールの英字eマガジンThink Chinaは、フィリピンDe La Salle UniversityのDepartment of International Studies特任教授Renato Cruz De Castroの” The US-Japan-Philippines triad: Part of the US's trilateral security networks around China”と題する論説を掲載し、ここでRenato Cruz De Castroは中国の脅威から日米比の安全保障協力の構築が望まれ、条約に至らないまでも日本と米国がフィリピンとの戦略的提携関係の基盤を強化し、同盟関係を強化することで可能となる事実上の安全保障網によって3ヵ国は協力することができるとして、要旨以下のように述べている。
(1) フィリピンFerdinand Marcos Jr.大統領は、5日間の日本公式訪問の最後に、フィリピン政府が米国および日本との3ヵ国の安全保障条約を検討しており、訪問中に岸田首相と協議したことを明らかにした。これは中国との緊張が高まり、フィリピンが中国と台湾の紛争に巻き込まれる可能性があることに直面したものである。ただし、それは構想段階であり、詳細は決まっていないと強調している。Marcos Jr.大統領は、まず3ヵ国が腰を据えて交渉し、安全保障グループの設立と強化において何を達成したいかを決めるべきだと示唆し、さらに、これはより強固な協力関係や同盟を構築するための過程の一部と述べている。
(2) 日本、米国、フィリピンの3ヵ国による安全保障協力の構想は、最近の約10年間の協力実績からすれば、目新しいものではない。中国による東シナ海と南シナ海への海洋進出、人工島基地の建設、南シナ海の島礁の軍事化、およびフィリピンや日本に対するグレーゾーン作戦の継続は、3ヵ国が安全保障上の関係を強化することを促進している。2011年のObama政権発足後、米政府は米国の同盟国間の2国間安全保障協力、特にオーストラリアと日本、日本とフィリピン、そして日本、オーストラリア、米国の3ヵ国間協力の強化を支持してきた。
(3) 近年、日米は第三国との協力を加速させ、非公式な3ヵ国連携網を形成している。例としては、日米韓の安全保障対話、日米豪の密接な関係、そして南シナ海紛争に関連してフィリピンの海軍能力を高めるための日米の共同作業などがある。これらの過程は、フィリピンと日本の安全保障協力の強化にもつながった。日本政府は、南シナ海における中国の海洋活動に対抗するため、マニラの海上監視能力の向上を支援している。
(4) 2022年2月24日、ロシアがウクライナへの本格的な武力侵攻を開始した。この出来事により、多くの東南アジア諸国は、中国が台湾海峡や南シナ海、東シナ海で追随し、地域全体が巻き添えとなる懸念を露わにするようになった。台湾海峡では、Putinがウクライナに侵攻したように、中国が台湾に武力侵攻し、中国から離脱した地方を奪還する可能性がある。南シナ海では、中国は、スプラトリー諸島と南シナ海の他の島礁を守るために、他の主張国に対する防衛作戦の必要性を口実に、米国への明白な攻撃を仕掛け、その結果米国が海洋紛争に介入するかもしれない。
(5) 日米比の各政府は、中国政府が台湾を侵略・占領すれば、中国海軍がフィリピン海でのU.S. 7th Fleetの海・空作戦を阻害することができ、中国の戦略的地位を大幅に向上させると認識している。さらに、中国が台湾を支配することで、攻撃型潜水艦と核ミサイル搭載潜水艦を台湾に配備することが可能になり、第1列島線における中国海軍の展開を核戦力で強化しながら、北東および東南アジアの航路に脅威を与えることが可能になると認識するようになった。
(6) Center for Strategic and International Studiesの報告書によれば、米国にとっての日本やフィリピンとの同盟関係は、東シナ海や南シナ海で起こりうる武力衝突や台湾戦略上の不測の事態に備えて、重要な両国の基地の利用を提供し、戦力増強の役割を果たすために、安全保障協力が強化されたとされる。2022年半ば、中国と台湾の緊張が高まることが予想され、日米政府は、起こりうる危機、最悪の場合、台湾海峡での衝突を想定した防衛計画の調整が不可欠になった。
(7) 2023年2月初旬、フィリピンと米国は、台湾と係争中の南シナ海に対する中国の激化する攻撃的な行動を抑止しようと4つのフィリピン軍基地の米軍による利用を可能とし、米国の戦略的範囲を拡大する計画を発表した。また、前述のように、Marcos Jr.大統領と岸田首相は、先日の日本公式訪問の際、戦略的相互寄港や航空機の訪問、より多くの防衛装備や技術の移転、以前に移転した防衛装備に関する継続的協力、能力開発を通じて両国の安全保障協力関係強化に合意した。
(8) ウクライナ・ロシア戦争は、中国がロシアの後を追って台湾に軍事侵攻し、アジアの戦略的均衡をさまざまな形で変化させる可能性があるという見通しを煽った。このため、日米両政府は台湾をめぐる武力衝突の可能性に備え、フィリピンとの安全保障関係の基盤を強化し、日・米・フィリピンの安全保障関係を構築することになった。
(9) 3ヵ国間の正式な安全保障協定の締結は、まだ視野に入ってはいない。それは同盟の調整、戦略的展望の共有、それぞれの軍隊の相互運用性、さらに、南シナ海や台湾での大規模な武力衝突に直面した場合に協定がどのように運用されるかという現実的な問題を話し合う必要があるためである。しかし、東京とワシントンがマニラとの戦略的提携関係の基盤を強化し、同盟関係を強化することで、事実上の安全保障網となり、3ヵ国は協力することができる。
記事参照:The US-Japan-Philippines triad: Part of the US's trilateral security networks around China

2月22日「U.S. Coast Guardの増強計画について―米国防関連メディア報道」(Defense One, February 22, 2023)

 2月22日付の米国防関連ウエブサイトDefense One は、“Coast Guard to Triple Western-Pacific Deployments, Policy Chief Says”と題する記事を掲載し、U.S. Coast Guardが西太平洋での展開を拡大しようとしていることなど、2024年度の計画について副司令官にインタビューを実施し、要旨以下のように報じている。
(1) U.S. Coast Guardは現在、米海軍と同じようにインド太平洋における展開を模索している。それに加えて軍種を超えたデータの利用を可能にし、海上での連接性向上を目指している。
(2) Michael Ryan少将はU.S. Coast Guardの作戦政策・能力開発担当副司令官であるが、彼は2月22日の国防産業の会合に参加した。彼の部局は米国の港湾や航路以外の場所での作戦立案と戦術的必要性を満たす支援を行う。Michael Ryan少将によれば、U.S. Coast Guardは2023年、西太平洋での展開を3倍増する計画であるという。また2024会計年度において、U.S. Coast Guardは乗組員100名、全長270ftの中期滞洋型巡視船を配備し、中国に対抗を試みる。われわれはMichael Ryan少将にいくつかの質問を行い、U.S. Coast Guardの優先順位について詳しい話を聞いた。
(3)まず、U.S. Coast Guard全体でのデータ分析の利用拡大のための活動について、U.S. Coast Guard司令官Linda Fagan大将はいまがその時機だということを理解しており、そのため新たにデータ分析室が設置された。また、政策面での障害や不足している点について聞くと、Michael Ryan少将は、自分たちにとって重要なことが何かを理解できるようにする環境作りが重要であり、Linda Fagan大将もそれを理解していると述べている。もう1つ重要なのが効果的な技術の活用であり、その点でデータ分析室の任務は重大である。
(4) Linda Fagan大将が述べた巡視船における連接性向上については、主任情報将校がその責任者であるとMichael Ryan少将は述べており、ここ数年の間に、船上での処理能力は3倍に増加するという成果を挙げている。時間のかかる作業であるが、着実に進歩しているという。Michael Ryan少将の部局の目標を聞くと、11隻の大型巡視船の整備について彼は述べ、また、65隻の建造を目指す即応巡視船は、53隻まで完成したという。また、近海哨戒巡視船は情勢を一転させるものになりうるが、今年はその1隻目が進水する予定とのことである。
(5) 2024年度の予算でわれわれが何を期待できるのかという問いには、次のように答えた。目標の達成や諸々の活動には相当の投資が必要である。U.S. Coast Guardが保有する資源を見ると、重要なことは準備の問題、つまり保有する資源をどう準備万端にするかが基本的な問題だという。われわれは予算の大部分をその問題に振り分けることになるだろう。歴史的傾向から、120億ドルから140億ドル程度であろう。今後もそうしたことに投資し続ける必要がある。そして、わずかではあるが、現在および将来の敵対国に対抗するための新たな投資を行うこともできるかもしれない。大統領による予算の発表と議会の支持に期待したい。
記事参照:Coast Guard to Triple Western-Pacific Deployments, Policy Chief Says

2月23日 「COC交渉の再開と妥結の見通し―デジタル誌編集員論説」(The Diplomat, February 23, 2023)

 2月23日付のデジタル誌The Diplomatは、同誌東南アジア担当編集員Sebastian Strangioの“China, ASEAN to ‘Accelerate Consultations’ on South China Sea Code”と題する論説を掲載し、そこでSebastian Strangioは2023年3月に南シナ海における行動規範(以下、COCと言う)の交渉が再開する予定であるが、その早期妥結の可能性は低いとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国の新外交部部長の秦剛がインドネシア外相Retno Marsudiと会談を実施した。それを受けて両者は、2023年、中国とASEANとの間でCOCの交渉が活性化するだろうと述べている。
(2) 中国とベトナム、マレーシア、ブルネイ、フィリピンのASEAN4ヵ国は、南シナ海の主権をめぐって論争を続けている。そのような中、COCの目的は南シナ海での紛争の危険性を減らすことにある。インドネシアは南シナ海論争の当事者ではないが、ASEANの議長国として調整の役割を担う。COCの交渉は今年3月に開始する予定である。
(3) COCに関する交渉は、2002年に「南シナ海における関係各国の行動に関する宣言(以下、DOCと言う)」が署名されて以降、妥結を見ていない。DOCには拘束力がないが、COCは航行と上空飛行の自由の原則の遵守について、拘束力を持たせるものである。しかしこの交渉は、南シナ海の緊張が高まっているなかで実施されるだろう。特にフィリピンは、南シナ海におけるPhilippine Coast Guardの哨戒を強化することを宣言し、西側諸国とのつながりを強めている。
(4) 以上の点を考慮すると、COCの交渉が劇的に進展するとは考えにくい。2月6日に中国船がPhilippine Coast Guard巡視船にレーザー照射を行うなど、こうした行動は論争の克服に必要な信頼を損ねているだけだという指摘がある。また、中国自身、拘束力のあるCOCの妥結よりも現状維持のほうが良いと考えているだろう。中国は概して2国間交渉による論争の解決を望んでいるが、2国間交渉において、中国は経済的・軍事的力を最大限に活用できるからである。こうしたことから、COCが今年どころか、10年後に完成したとしても、それは驚くべきことではないだろう。
記事参照:China, ASEAN to ‘Accelerate Consultations’ on South China Sea Code

2月23日「南シナ海で米豪との共同パトロールを視野に入れるフィリピン―デジタル誌報道」(The Diplomat, February 23, 2023)

 2月23日付のデジタル誌The Diplomatは、AP通信が配信の“Philippines Eyes South China Sea Patrols With US, Australia”と題する記事を掲載し、中国が南シナ海においてますます攻撃的な行動を採るようになったため、フィリピンは米国およびオーストラリアと共同で南シナ海を哨戒することを検討しているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国が係争海域においてますます攻撃的な行動を採るため、フィリピンは懸念を募らせ、南シナ海における将来の共同哨戒について、米国およびオーストラリアと協議中であると3ヵ国の国防当局者が2月22日に述べている。Lloyd Austin米国防長官は、フィリピン国防相Carlito Galvez Jr.に電話し、中国海警が係争中のセカンド・トーマス礁付近でPhilippine Coast Guardの巡視船に対して軍事用レーザーを照射した後、アジアで最も古い条約の同盟国を守ることについて、米政府が支援し、約束することを再度表明した。
(2) 2月6日のセカンド・トーマス礁沖の事件では、フィリピン人乗組員の一部が一時的に視力を失い、それに対しフィリピン政府は強い言葉で外交的抗議を申し立てた。また、Ferdinand Marcos Jr.大統領は、中国の大使を呼び出し、懸念を表明した。U.S. Department of Defense報道官Pat Ryder空軍准将が提供した電話会談の詳細によると、「両首脳は、南シナ海での共同海洋活動を再開するという最近の決定を含め、作戦協力を深め、米国とフィリピンが共有する安全保障を強化するための提案について議論した」。2月にLloyd Austin米国防長官がマニラを訪問した際、Carlito Galvez Jr.フィリピン国防相と米政府関係者は、この同盟国らは共同哨戒を実施することに合意したと述べている。
(3) これとは別に、Carlito Galvez Jr.フィリピン国防相と訪問中のオーストラリアのRichard Marles国防相は2月22日の記者会見で、豪比両軍が、交通量の多い航路で共同哨戒を実施する可能性を検討していると述べている。Carlito Galvez Jr.フィリピン国防相は、豪比両軍は過去にフィリピン南部沖でテロの脅威に対抗するための共同哨戒を実施したことがあると述べ、「再びそれを行うことが可能である」と付け加えている。米国を除けば、フィリピンで共同戦闘演習を行うために、フィリピンと防衛協定を取り決めたのは、オーストラリアだけである。フィリピン憲法は、外国軍の恒久的な駐屯と地域の戦闘への参加を禁じている。
(4) 2月2日、Lloyd Austin米国防長官はMarcos Jr.大統領との会談後、フィリピンが米軍の展開拡大を承認し、これまでの5つのフィリピン軍駐屯地に加え、さらに4つの駐屯地に米軍の交代制による展開を許可したことを発表した。Lloyd Austin米国防長官は2月22日にCarlito Galvez Jr.フィリピン国防相との会談で、U.S. Department of Defenseの「同盟国が安全保障分野の支援道程表を策定する中で、フィリピンの防衛能力と強制に抵抗する能力を強化するという約束」を再確認した。相互安全保障計画の詳細については、すぐには明らかにされなかった。
(5) ジャカルタでは、訪問中の中国の秦剛外交部長が2月22日に、中国は現在インドネシアが主導するASEANと協力して、南シナ海での武力衝突を回避するための不可侵条約案についての交渉を急ぐと述べている。
記事参照:Philippines Eyes South China Sea Patrols With US, Australia

2月24日「ウクライナでの12ヵ月の戦争は世界の海運業にどのような影響を与えたか―シンガポールニュースサイト報道」(Splash247, February 24, 2023)

 2月24日付のシンガポールの海運業ニュースサイトSplash247は、“How shipping navigated its way through 12 months of war in Ukraine”と題する記事を掲載し、1年前に始まったウクライナ戦争によって、世界の海運業は大きな打撃を受けたが、反面、石油タンカーとLNG船は戦争が始まってから非常に堅実な収益を上げており、ロシアが欧米の制裁によりヨーロッパ向けの石油などの輸出をアジア向けに振り替えることで世界の船主が利益を受けている側面もあり、戦争が終結した場合、世界経済の成長が復活するというわけでもないとして要旨以下のように述べている。
(1) 1年前のキエフ時間の午前3時40分、ウクライナでの戦争は空、陸、海から始まった。世界貿易はただちに混乱に見舞われ、その後12ヵ月にわたって混乱は増大し、ウクライナとロシアの間の戦闘には終わりが見えない。黒海周辺の集中砲火で貨物船の船員が死亡し、ウクライナでは多くの船員が陸で働かざるを得なくなっている。老朽化したタンカーが急成長しているダーク・フリート(dark fleet)*に加えられて、それらが安全を懸念されつつも気づかれないように運航されているので、世界の海運業界は海運事故が起こるかもしれないことを覚悟している。それにもかかわらず、それらの船は貨物を輸送し続けており、多くの場合以前よりもはるかに遠くまで運航している。それらの船による輸送は効率が悪いため、LNG、原油、石油タンカーを含む多くの分野で、価格が上昇している。
(2) コロナ感染拡大の間、海運業は業界として柔軟かつ協力的でなければならないことを学び、ウクライナで戦争が勃発した後も、その有効な教訓は受け継がれた。International Chamber of Shipping(国際海運会議所)のGuy Platten事務局長は、2023年2月24日、スプラッシュに「ウクライナでの戦争が始まったとき、その教訓により、我々の業界が直面した課題に取り組むために、多くの人、物、資金を迅速に結集することができた。それには、戦争の影響を受けた船員が給料の支払いを受けられるようにすること、ロシアへの経済制裁が船主を不適切に標的にしないこと、穀物回廊を作ることを支援するために最高レベルで関与することが含まれていた」と語った。世界で最も有名な海事経済学者であるMartin Stopford博士にとっても戦争はそれ自体が海運において状況を一変させるものではなかった。Martin Stopfordは「ウクライナでの戦争は、コロナ感染拡大とその余波によって引き起こされた多くの混乱に、さらに追加されたものである」と述べている。
(3) 石油タンカーとLNG船は、戦争が始まってから非常に堅実な収益を享受してきた。戦争が始まる直前の2022年1月、原油収入は1日5,000ドルに急落した。しかし、戦争が始まると、それは急増し、2022年の第2四半期と第4四半期に力強い増加を示して、最近12ヵ月の収益は1日平均40,000ドルを超えた。Martin Stopfordの弟子であるNorwegian School of Economics教授Roar Adlandは「これはほとんどもっぱらタンカー市場の話であった。過去12ヵ月間は、船主の視点から見れば、混乱がいかに得になるかを再認識した。自主的または政治的制裁のいずれかの制約を導入することによって非常に効率的な市場が台無しになると、結果として生じる供給側の非効率性と運賃の引き上げが相当なものになる可能性がある」とコメントしている。
(4) 欧米の制裁の嵐の中で、ロシアの石油輸出を続けるために、石油タンカーの価格が急上昇した。2022年、Clarkson Researchの中古の石油タンカー価格指数は過去最高の急激な上昇を記録し、2008年以来の最高水準となった。ノルウェーのFearnleys社の調査責任者のDag Kilenは「ロシアの原油生産と海上輸出は非常に回復力があることが証明されている」と述べている。Fearnleys社のデータによると、最大の変化はアジアに向かう量で、最近の12ヵ月間の日量平均193万バレルであったのに対し、その前の12ヵ月間は日量104万バレルであった。バルト海と黒海の日量約88万バレルがタンカーの平均航続距離を押し上げている。
(5) インドはロシアからの石油の最も熱心な買い手であり、ウクライナ戦争が勃発する前の12ヵ月の日量はわずか31,000バレルであったのに対し、最近1年間の日量829,000バレルである。中国は、2021年はロシアの港で日量70万バレルの石油を積み込んでいるのに対して、2022年は99万4,000バレル積み込んでおり、かなり多くの石油をロシアから輸入している。
(6) 主にディーゼル//軽油とナフサなどのクリーンオイル製品も回復力があり、最近2ヵ月では日量190万バレルとなり、2023年2月5日に石油製品の価格上限に達した。ヨーロッパ向けクリーンオイル製品は、ウクライナ戦争が勃発してから価格上限となるまでの期間の平均日量は90万8,000バレルであった。ヨーロッパはそれらの調達の多くをロシアからスエズ以東の供給源に移したが、ロシアのクリーンオイル製品は現在、主にアジアとアフリカに新しい買い手を求めている。クリーンではない石油製品、主に燃料油については、戦争が勃発してからの12ヵ月の日量は約87万バレルと減少し、戦争が勃発してからの12ヵ月間のヨーロッパ向け積み荷は49%から31%に、米国向けは30%から4%に減少した。Fearnleys社によると、アジアに出荷された戦争前後で12%から42%へ、中東向けは4.6%から15.4%に増加している。
(7) LPGについては、ヨーロッパがロシアからのパイプライン経由の輸入量を前年比55%減少させたため、それをヨーロッパはカバーする必要があった。Fearnleysによると、ヨーロッパへのLNGフローは前年比70%増加した。米国のLNG貨物の約61%がヨーロッパに向けられ、2021年に米国からヨーロッパに出荷された貨物の約25%から増加したため、主にヨーロッパを助けたのは主に米国のLNGであった。北極海航路の期間中に、ヤマルLNG貨物にも同様の傾向が見られた。FearnleysのKilenは、「中国とアジアの需要の低迷がヨーロッパを救ったと言えるであろう。中国がLNG関連事業を再開し、ヨーロッパは2023年さらに多くのLNGが不足し、新しい液化能力は3年連続で制限されている。ヨーロッパのバイヤーはアジアのバイヤーとより競争しなければならないため、2023年の秋には、LNGの入手がまた厳しくなる可能性がある。フリーポートLNGの再始動が役に立つかもしれないが」とコメントした。
(8)アンモニアの貿易では、ウクライナからの輸出の損失は、世界の海上運輸の構図に大きな変化をもたらした。ウクライナのユージニー港は、戦前は世界市場へのアンモニアの最上位の積出港の1つであり、2021年の海上貿易量の約11%を占めていた。ウクライナ戦争が勃発後、出荷が行われていないことによる不足分の多くは他の供給源によって賄われており、海上運輸によるアンモニアの取引量は2021年と比較して2022年にはマイナス2.1%と緩やかに減少している。ドライバルクについては、石炭および穀物がウクライナ戦争の12ヵ月の間における主な変化であった。ヨーロッパがロシア産の石炭を禁止したためオーストラリアと南アフリカからの輸入が2022年に少なくとも過去10年間で最も高い水準に達した。かつてはヨーロッパに輸出されていたロシアの石炭は、中国、インド、韓国、トルコに輸出されるようになった。Fearnleys社によると、航行距離が長く、年間出荷量が過去2番目に多いため、石炭のトンタイムは2022年、史上最高に達した。
(9) 穀物については、通常ウクライナから買っていた買い手は他の国から調達しなければならなかった。しかし、それはほとんど不可能であり、それは量が失われることを除けば、貿易の流れに大きな変化がなかったことを意味した。The Baltic and International maritime 
Council(ボルチック国際海運協議会:以下、BIMCOと言う)のデータによると、ウクライナのドライバルク輸出は、2022年に77.8%急落した。BIMCOの主任海運分析員Niels Rasmussenは「戦争の終結が世界の成長の復活につながるという兆候はない」と警告している。Niels Rasmussenは「したがって、2022年以降の以前の予想よりも低い成長は、海運市場の成長にも永続的な影響を与えるだろう。さらに、ウクライナ戦争はエネルギー供給の問題を、特にEUにおいて、国家安全保障の問題に再び高めた。これは、石炭と石油の輸出入に永続的な影響を与える脱炭素化を加速するという新たな約束につながった」と述べている。
(10) Martin Stopford博士は、ウクライナ戦争の1周年とそれが海運に与える影響について、いつもの控えめな表現で最後に「1年過ぎてみると、ウクライナ戦争は戦いに疲れた船主が今日も変わらず蒐集に従軍記章の加えるようなものに見える」と述べている。
記事参照:How shipping navigated its way through 12 months of war in Ukraine
*ダーク・フリート:2012年頃、国際的な制裁を受けたイランのタンカーが船舶自動識別装置の電源を「切」としたことに始まるとされており、正式な定義はないが、船齢が15年以上、便宜置籍船に登録、真の所有者が不明、船名や船籍を頻繁に変更などがその要件とされ、ウクライナ戦争後、ロシア船もダーク・フリートに数えられるようになった。

2月24日「ウクライナ戦争2年目、海戦の果たす役割は小さくなる―米デジタル誌報道」(Breaking Defense, February 24, 2023)

 2月24日付の米国防関連デジタル誌Breaking Defenseは、専門家の所見から今後ウクライナ戦争において海上での戦闘は少なくなり、その役割も減少するとして、要旨以下のように報じている。
(1) ウクライナ戦争は、主に陸と空で戦われているが、海軍の要素もあった。しかし、これまでのウクライナ側による作戦によって、ロシアBlack Sea Fleetが海岸線から自由に攻撃を行うことができなくなったことで、今後海戦の要素は減少すると予測されている。
a.米海軍作戦部長Michael Gilday大将は、「ウクライナ側が、我々の提供した兵器の使い方に長けてきたことで、海上におけるロシアの有効性を低下させている。」と述べている。
b.米海軍の情報分野の高官の一人Mike Studeman少将は、「黒海を巡るこれまでの戦いは、ほとんど終わっており、接近阻止・領域拒否(A2AD)は、ウクライナ人によって達成された。Black Sea Fleetがウクライナに向けて発射する長距離ミサイルもあるが、概して、ロシアがウクライナに対して使おうとしていた能力の多くが無力化された」と述べている。また長期的な影響として、ロシアが陸軍と空軍の再建を決定するたびに、海軍への依存度を高めざるを得なくなる可能性があるという。
(2) Gilday大将とStudeman少将は、その立場から、一般に公開されない情報を入手することができる。そして、本紙のインタビューでは、さまざまな国家安全保障アナリストが、必ずしも同じ理由ではないにせよ、同様の結論を出している。
a. U.S. Department of Defenseに助言を与える連邦政府出資の研究開発機関CNA上席研究員 Dmitry Gorenburgは、「ロシアの Military Maritime Fleetは基本的に、ウクライナのエネルギー基幹施設やその種のものに対して、時折精密誘導ミサイルを発射するにとどまっている。ロシア側のミサイルの在庫に限りがあることで、数カ月前と比べると、ミサイルの重要性はやや低下している」と述べている。
b. Kiel UniversityのInstitute for Security Policy研究員で、U.S. Naval Academy客員教授だったSebastian Brunsは、「ロシア軍がいかに消耗しているかを考えると、Military Maritime Fleetが後にその不振を取り戻すかもしれない。Military Maritime Fleetは最も損害の少ない軍種として登場し、今後数年間、ヨーロッパ周辺やその他の地域で、西側諸国の頭痛の種となる可能性がある。」と述べている。
(3) ウクライナ軍に軍艦を供与することは、1国の政治的意思として決して小さなことではないが、たとえ、米国やドイツ、NATOの同盟国が提供したとしても、それが黒海にあるウクライナの海岸線に到達できる保証はない。黒海出入口ボスポラス海峡はトルコが支配し、モントルー条約によって管理され、黒海に入港できる軍艦に厳しい制限がある。そして、各国が戦争状態にあるときは、その規制は強化される。
(4) CNAの研究者でもあるCornell Overfieldは、本紙の取材に対し、モントルー条約が軍艦の黒海への入港を保証しているのは、軍艦が母港とする基地に戻る場合だけだと語っている。つまり、外国から供与された新しい軍艦は、黒海への入港を拒否される可能性がある。さらにOverfieldは、「ウクライナが、新たに受領した軍艦を黒海に母港があると宣言したとしても、トルコはそれに応じないだろう。」と述べている。
(5) Foundation for Defense of Democraciesの軍事・政治アナリストBrad Bowmanは、「ウクライナの領土保全と政治的主権に対するロシアの戦争という本質から、その焦点は常に陸地にある。ウクライナが西側の国境を陸路で越えて安全保障や人道支援を受けるようになったこともあり、黒海の支配権を争う必要性は低下した」と述べている。
記事参照:Naval warfare poised to play smaller role in year 2 of Ukraine war

2月24日「フィリピン大統領、日米重視へ外交政策を大幅転換―フィリピン専門家論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, February 24, 2023)

 2月24日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのWebサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、Polytechnic University of the PhilippinesのRichard J. Heydarianの“MARCOS JR. STEERS MANILA TOWARD WASHINGTON AND TOKYO”と題する論説を掲載し、Richard J. Heydarian はMarcos Jr.フィリピン大統領が進める日米重視の外交方針について、要旨以下のように述べている。
(1) Marcos Jr.フィリピン大統領は就任後1年も経たない内に、外交政策の大幅な見直しを行ってきた。南シナ海では、Philippine Coast Guardの巡視船に対する中国の嫌がらせに対して、駐フィリピン中国大使を呼び出し、「深刻な懸念」を表明した。これに先立って、Philippine Coast Guardは、中国の海警船がフィリピン巡視船に対してレーザー光線を照射した写真を公開して、中国の「侵略行為」を公然と非難している。こうした対応は当然のことのように思われるが、実際には、Duterte前政権下での6年間の中国に対する友好的な外交政策からの歴史的な逸脱を示している。Marcos Jr.大統領は、南シナ海紛争に対してより厳しい姿勢を示しただけでなく、同時に伝統的な同盟国との防衛関係をも急速に活性化させてきた。2月には、Marcos Jr.大統領は防衛協力強化協定(以後、EDCAと言う)に基づいて米国が利用できる重要な基地数を増やしただけでなく、より広範な米比日3国防衛協定を巡る交渉が進行中であることも明らかにした。さらに重要なのは、フィリピンが近い将来の訪問部隊地位協定(以下、VFAと言う)型の協定締結の可能性を含む、日本との2国間防衛協定の拡大を追求していることである。その結果、隣接海域、特に南シナ海と台湾海峡における中国の海洋における高圧的な行動を抑制するために不可欠な、より強固な安全保障提携網が実現することになろう。
(2) Marcos Jr.大統領のこうした動きは、その時宜から見て極めて重要である。これらは大統領の訪中から1ヵ月後の出来事である。訪中は、12の協力協定の締結などの成果もあったが、比中関係における深い断層をも明らかにした。大統領は、2つの重要な問題について中国から大きな譲歩を勝ち取ることに失敗した。1つは、中国が、フィリピンに対する未達成の基幹施設投資の履行について明確に誓約しなかったことである。そして、さらに悪いことには、大統領の訪中が南シナ海における悪化する海洋紛争に対処する上で何らの成果も生まなかったことである。双方はこの問題の核心に触れることをほぼ回避した。比中関係の長引く行き詰まりは、フィリピン政府に対するBiden米政権の魅力的な働きかけを促しただけであった。
(3) Marcos Jr.大統領は対中関係に大きな期待が持てないことによる不満から、その仕返しにフィリピンを伝統的な同盟関係に回帰させた。フィリピンは、前政権が公然と反対したEDCAの「完全な履行」に同意しただけでなく、U.S. Department of Defenseに、4つの追加の「非公開」基地の利用を認めた。「非公開」基地はカガヤンとイサベラの北部2州所在の基地になる可能性が最も高いと考えられている。その結果、米国は、その全てが南シナ海と台湾の南部沿岸に面した戦略的位置にある基地に、兵器システムを事前配備できることに加えて、部隊を輪番で展開できるようになるだろう。
(4) この後、Marcos Jr.大統領は近年包括的な戦略的パートナーとなっている日本に向かった。比日関係は歴史的に深い経済関係によって特徴付けられてきたが、近年、日本は、Philippine Coast GuardやPhilippine Navyに対して巡視船、哨戒機およびレーダーシステムを供与し、またフィリピン軍との共同軍事演習を行うなど、フィリピンの最大の防衛上の提携相手国にもなっている。日本はまた、フィリピンを新たな海外安全保障支援パッケージの最初の受益国の1つに指定した。大統領の東京訪問に続いて、両国は、両国の軍隊間の相互運用性と技術移転を強化する「円滑化協定(RAA)」の最終調印に近づいている。さらに日本は、フィリピンの海上安全保障能力を強化するために不可欠な97メートル級の巡視船と監視システムを供与することに合意した。日本は今後数年以内に、フィリピンとの大規模な2国間軍事演習を可能にするVFA型の協定締結の可能性を模索している。日本はこれまで、マニラとの間でVFA型の協定を締結している米国やオーストラリアとともに、バリカタン、サマサマ、カマンダグおよびルンバスなどの大規模演習にオブザーバーやゲストとして参加してきた。Marcos Jr.大統領が日米両国との防衛関係を同時に強化することで、南シナ海と台湾海峡における中国の拡張主義的野心に対する「統合抑止」戦略を強化するために不可欠な、3国間の軍事協力枠組みを追求する道が開かれることになった。
(5) しかしながら、Marcos Jr.大統領が日米両国との軍事関係の深化を追求することは、フィリピン国内の親中勢力、特に北部地域の地方自治体やDuterte前大統領の支持者からの激しい抵抗に直面している。第2次大戦中の比日関係の暗い歴史を考えれば、比日間の防衛協力協定の追求は、将来の新しいVFA協定を批准する上で力になれる、進歩的で独立志向の上院議員からの批判に直面する可能性さえある。言うまでもなく、日本は攻撃的な戦力投射を禁止する憲法によっても制約されている。それにもかかわらず、大統領の最近の動きは、中国のフィリピン海域への漸進的な侵略を抑制するために、米国と日本とのより強力な防衛関係を圧倒的に支持してきたフィリピン国民の間で幅広い支持を享受している。しかしながら、ここ数カ月のマニラの防衛態勢の劇的な変化に対応して、中国政府がどのような飴と鞭を持ち出すかは、今のところ不明である。したがって、日米両国がフィリピンの基地の利用拡大を求めるだけでなく、フィリピンの軍近代化と海上安全保障能力の強化を促進していくことが重要となる。
記事参照:MARCOS JR. STEERS MANILA TOWARD WASHINGTON AND TOKYO

2月28日「ロシアのウクライナ侵攻を米中戦争準備のきっかけにせよ―米安全保障専門家論説」(The National Review, February 28, 2023)

 2月28日付の米隔週誌The National Review電子版は、米シンクタンクHudson Instituteの上席研究員Rebeccah L. Heinrichsの“Russia’s War on Ukraine Is a Wake-Up Call to Prepare for the China Fight”と題する論説を掲載し、そこでRebeccah L. Heinrichsは米国がウクライナ支援を通じて国防産業基盤を再活性化し、中国の抑止および中国との戦争に備えるべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアによるウクライナ侵攻から1年、米国はウクライナに兵器を供給し続けている。その一方で平均的米国人は中国の脅威に特に注目している。米国上空を中国のスパイ気球が飛行したことで、はるか遠くにあると思われた脅威が最近は現実に感じられつつある。
(2) ウクライナ戦争に対する米国の支援に関して、中国の脅威を前にしながらそんなことをしている場合ではないという意見がある。しかし、実際はその逆が正しい。ウクライナ支援によって米国の国防産業基盤およびその労働力が活性化しているのであり、このことは中国を抑止するために決定的に重要である。
(3) 問題を明確にしておこう。中国は米国よりも多くの艦船を保有し、生産能力が非常に高い造船所が13ヵ所もある。中国には大規模なミサイル部隊があり、米国よりも多くのICBM発射装置もある。中国は、軍民融合策により、高度な兵器を米国よりも多く、素早く製造できる。また、中国はロシアに原料や電子部品を供給してきたが、兵器の提供も検討しているとAntony Blinken国務長官は警告している。
(4) 国防産業基盤は第2次世界大戦以後の米国の軍事的優越と世界の平和を担保してきた。しかし冷戦終結後の製造業の停滞、および軍事費が実質的に横ばいを続けたため、米国は必要な兵器を必要な数だけ迅速に製造する能力を失っていった。こうした状況で、米国がもしウクライナ支援をしなければ、中国との戦争準備が遅れるであろう。下院に新たに設置された中国との競合に関する委員会の議長を務めるMike Gallagherは最近台湾から帰国し、台湾の政府関係者が口を揃えて「ロシアのウクライナ侵攻は目覚ましコール」であると述べたことを報告している。それは日本などわれわれの同盟国にとってもそうであろう。ウクライナ支援と中国抑止は関連がある。
(5) 米国が旧式の兵器をウクライナに送れば、米国には、空になった兵器庫を新兵器で満たす機会ができる。また、NATOによる努力をウクライナ支援に振り向けることで、米国は少ない対価で同盟を維持できるだろう。NATOは米国の国防産業基盤の復活を願っているだろうし、米国はまた、NATOの兵器を輸入して互恵関係を築くべきである。
(6) 幸先の良いことに、議会もまた停止していた生産ラインの再起稼働のための資金を配分し始めている。今後は、兵器の製造や実験、配備を迅速にするために、調達や環境規制、輸出規制に関する法律改正が有効だろう。米国の指導者層は、国防産業基盤を復活させ、多くの労働者を雇用させ、それによって習近平に、犠牲を払うことなしに台湾を敗北させるのは不可能だという合図を送るべきである。ロシアによるウクライナ侵攻と、米国のウクライナ支援の決断によって、欧米諸国は自衛の必要性に目覚めたのである。
記事参照:Russia’s War on Ukraine Is a Wake-Up Call to Prepare for the China Fight

2月28日「新しいQUADへの道を切り開くフィリピン―フィリピン専門家論説」(Asia Times, February 28, 2023)

 2月28日付の香港デジタル紙Asia Timesは、フィリピンPolytechnic University of the PhilippinesのRichard Javad Heydarianの“Philippines paving the way toward a new QUAD”と題する論説を掲載し、ここでRichard Javad Heydarianはフィリピンが、米国、オーストラリア、日本の3ヵ国との防衛協力を進めており、新しい形のQUADを構成して中国の脅威に対抗しようとしているとして、要旨以下のように述べている。
(1) QUADは、共通の利益と価値観を軸にした強固な提携を自負しており、中国とロシアに対抗する「アジアのNATO」のような存在に思われた。しかし、インドは戦略的にロシアに深く依存しており、インド政府はウクライナへの侵攻をめぐってロシアに徹底的な制裁を課しているQUADの他の3ヵ国には同調していない。
(2) インドは、西側主導のロシア制裁に参加しないばかりか、ロシアの割安な石油の輸入を倍増させ、QUADの信頼性と結束を損なっている。インドのS Jaishankar外務大臣は、西側の偽善と非難し、「多様な連携(multi-alignment)」によって非西側諸国が「特定の政策や好み、利益」を自律的に追求できる新しい世界秩序が到来したと主張している。
(3) フィリピンが、QUADにおけるインドの役割に取って代わる可能性があるとの見方もある。Ferdinand Marcos Jr.大統領は、QUADのうち米国、日本、オーストラリアとの防衛協力という新時代を築き上げた。フィリピンの新大統領は、就任からわずか1年で、前任のRodrigo Duterteの親中国、親ロシアの戦略志向を捨て、従来の同盟国を驚かせた。この1ヵ月間だけでも、Marcos Jr.は強化防衛協力協定の下で米軍のフィリピン基地の利用拡大を認め、日本との新たな防衛協定を交渉し、日米比の3者安全保障協定を模索していると報じられている。
(4) フィリピンと訪問部隊協定を結んでいるオーストラリアは、南シナ海で米国およびフィリピンと共同で海上哨戒を行うことを申し出ており、この動きが中国政府を刺激することは必至である。オーストラリアとフィリピンは、定期的に高官級の防衛対話を行うことでも合意している。多くの専門家は、フィリピンがインドを排除した「新QUAD」の中核となるかもしれないと考えている。
(5) Lloyd Austin米国防長官がマニラを訪問したわずか数週間後、オーストラリアのRichard Marles副首相兼国防相もこれに続いた。歴史的に、オーストラリアはフィリピンにとって2番目に近い防衛提携国で、過去30年間に両国は防衛協力活動に関する覚書、訪問軍地位協定、オーストラリア・フィリピン包括的パートナーシップなどの防衛協定を締結した。オーストラリアはフィリピンにとってテロ対策の重要な提携国でもあり、2017年にフィリピンの都市マラウィがイスラム国系の戦闘員によって包囲された際に、訓練と情報支援を提供したことは有名である。
(6) オーストラリアは、2013年、フィリピン中部の多くを壊滅させた超大型台風「ヨランダ」の際に、米英とともに人道支援・災害救援活動のため、大量の部隊や人員を派遣した数少ない国の1つでもある。オーストラリアは、近年、日本とともに、米比間の机上演習に定期的に参加している。2023年の演習は、フィリピン北西部で行われ、16,000人もの軍隊が参加すると予想され、南シナ海や台湾で起こりうる事態にますます焦点を当てている。
(7) その他にも、新しいQUADの種が蒔かれている。2月初め、Marcos Jr.はフィリピン最北部にある複数の基地の米国の利用を許可し、また、台湾の海岸から100海里余りの島嶼部にある海軍基地を米国に開放することを検討している。オーストラリアは、中国が台湾に侵攻した場合、また、南シナ海の領有権をめぐって中国とフィリピンの武力衝突が起こり、米国がフィリピンを支援する場合に、アメリカの軍事的対応に関与することが予想される。
(8)フィリピンは日本からの新たな安全保障支援の一括提供の最初の受領国になると予想され、日本も東南アジア諸国との物品役務相互提供協定(ACSA)や訪問軍協定(VFA)締結を検討している。米国、フィリピン、日本の3ヵ国による防衛協定も検討されている。オーストラリアは、中国に対する、より広範な「統合抑止力」戦略の一環として、フィリピンとの軍事協力の拡大を追求している。
(9) オーストラリア、米国、日本、欧州の主要国は、中国の巡視船が領有権紛争海域で、フィリピンの沿岸警備隊にレーザー兵器を照射したことを非難している。昨年、オーストラリアは、中国の軍艦が西太平洋を飛行中の哨戒機1機に「軍事用」レーザーを向けたと主張した。
記事参照:https://asiatimes.com/2023/02/philippines-paving-the-way-toward-a-new-QUAD/

2月28日「南アフリカが中ロとインド洋で海軍演習―インド専門家論説」(Geopolitical Monitor, February 28, 2023)

 2月28日付のカナダ情報誌 Geopolitical Monitorのウエブサイトは、インドのManipal Academy of Higher Education助教Sankalp Gurjarの“Russia-China-South Africa Naval Exercises & Indian Ocean Geopolitics”と題する記事を掲載し、Sankalp Gurjarは南アフリカ海軍が中ロ海軍と合同演習を行ったことは、ロシアが南半球でかなりの支持を受けていることを示しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2月最終週、ロシア、中国、南アフリカの3ヵ国の海軍は、インド洋のダーバン港沖で海上演習を実施した。演習「モシ2」と名付けられたこの演習は、ロシア、中国、南アフリカの海軍がインド洋で一堂に会した2度目の事例となった。モシ2演習では、ロシア海軍の艦艇2隻、中国海軍の艦艇3隻、南アフリカ海軍のフリゲート1隻が参加した。
(2) この演習が行われている間、ロシアのウクライナ侵攻から1年という節目を迎えていた。米国が主導する西側諸国は、ロシアに対する外交的、経済的、政治的ボイコットを確保しようとしてきた。しかし、今回の海軍演習は、とりわけ、ロシアのイメージと立場が、グローバル・サウス(南半球の発展途上国)ではほとんど影響を受けていないことを示している。
(3) 南アフリカは、ロシアのウクライナ侵攻を非難することを拒否している。最近行われた国連での投票でも、南アフリカはインドや中国と同様に棄権している。また、実のところ、南アフリカは、米国の海軍演習の招待を断り、代わりにロシアや中国と演習を行うことを選んだ。プレトリアが西側諸国の強い圧力にさらされる中、南アフリカは、フランスやドイツなど他の国ともこのような演習を行ったと主張した。さらに、ロシアや中国との演習は、「海軍システムの相互運用性、共同災害システム管理の強化、海洋協力、そして海賊対策演習を通じて、関係するすべての国に利益をもたらす 」と考えている。南アフリカの与党アフリカ民族会議にとっては、アパルトヘイト政権との闘いでソ連から支援を受けたという歴史がある。また、南アフリカは、ブラジル、ロシア、中国、インドとともに5カ国からなるBRICSのメンバーでもある。
(4) ロシアにとって、これらの演習は、モスクワを孤立させようとする西側の試みにもかかわらず、グローバル・サウスにおいて依然としてかなりの支持を受けていることを示す重要なものである。インド洋におけるロシア海軍の存在感は、ここ10年で着実に高まっている。ロシアは、中国やイランとインド洋北部で海軍演習を行い、紅海沿いのポートスーダンに軍事基地を築こうとしている。ロシアのワグネルグループの傭兵は、すでにアフリカの西部と中央に配備され、イスラム教徒のテロリストと戦っている。持続的な関与により、ロシアはアフリカでウクライナ戦争の改作版を何とかして売り込んでいる。
(5) 今回の演習は、インド洋における中国海軍の存在感が高まっていることを示すさらなる事例でもある。ロシアや南アフリカとの海軍演習、イランとの戦略的関係の拡大、パキスタンのグワダルの軍事基地の可能性など、インド洋における中国の存在感が急速に拡大していることが窺える。
(6) 中国とロシアの親密な関係がインド洋にも広がるかどうか、インドは注視しているだろう。インド洋における中ロの戦略的協力の可能性は、インドだけでなく、他のQUAD参加国である日米豪にも地政学的な影響を与える。
記事参照:Russia-China-South Africa Naval Exercises & Indian Ocean Geopolitics

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) If Taiwan Falls, What Happens To America?
https://www.19fortyfive.com/2023/02/if-taiwan-falls-what-happens-to-america/
19FortyFive, February 23, 2023
By Ian Easton is a senior director at the Project 2049 Institute
2月23日、米インド太平洋関連研究組織Project 2049 InstituteのIan Eastonは、米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトに、“If Taiwan Falls, What Happens To America?”と題する論説を寄稿した。その中で、①ワシントンでは、習近平が台湾を攻撃するかどうかではなく、いつ、どのように攻撃するのかという懸念が高まっている。②台湾防衛に関する議論で研究が足りないのは、中国が台湾を征服することに成功したら、何が起こるかについてである。③台湾が征服されれば、国際社会は、非自由主義的な勢力が台頭し、権威主義が蔓延するとの感覚を募らせることになる。④台湾が陥落すれば、中国海軍は、太平洋の深海に初めて自由に出入りできるようになる。⑤併合後、台湾を拠点とする中国の爆撃機とミサイル部隊は米軍を奇襲の危機にさらし、中国海軍は日本や韓国を封鎖する恐れがある。⑥米国の情報機関は中国への主要な窓を失うことになる。⑦今日、台湾は米国にとって第8位の貿易相手であり、知識集約型経済の柱となっている。⑧台湾を制する者は、インターネットと世界経済の未来を制する。⑨台湾を占領することで、中国が暴力的な方法でアジアに強力な勢力圏を築き、結果として、場合によっては、米国の同盟システムや国連システムを崩壊させる。⑩米政府は、少なくとも1,500人の特殊部隊と海兵隊の配備を台湾に確立することの利点についてもっと考慮すべきである。⑪米政府が行う可能性のある最悪なことは、中国政府の「越えてはならない一線」を信用し過ぎることである。⑫台湾の陥落は間違いなく米国にとって許されないことであるといった主張を述べている。

(2) The Era of Coalitions: The Shifting Nature of Alignments in Asia
https://fulcrum.sg/the-era-of-coalitions-the-shifting-nature-of-alignments-in-asia/
FULCRUM, February 23, 2023
By Dr Zack Cooper is a Senior Fellow at the American Enterprise Institute and an adjunct faculty member at Georgetown University and Princeton University.
2023年2月23日、米シンクタンクAmerican Enterprise InstituteのZack Cooper上席研究員は、シンガポールのシンクタンクThe ISEAS -Yusof Ishak Instituteが発行するウエブサイトFULCRUMに" The Era of Coalitions: The Shifting Nature of Alignments in Asia "と題する論説を寄稿した。その中でCooperは、近年、QUAD、AUKUS、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカのBRICS、日本、韓国、台湾、米国のCHIP4(などといった、多国間での協力枠組みの重要性が増しているが、こうした新たな協力枠組みの台頭は、歴史的にはほんの一瞬の出来事のように思えるかもしれないが、それは偶然の出来事ではなく、一極集中から多極化へ、同盟から連携へ、多国間主義からミニ国際主義へという国際秩序の3つの変化に対する自然な反応であると指摘している。そしてCooperは、こうした状況の変化に迅速に対応できる新しい協力枠組みが生まれつつあることを勘案すれば、ASEANのような固定的な多国間グループは過去のものとなり、特定の問題に焦点を当てた柔軟な協力枠組みが東アジアにとって将来の道になりそうだとし、東南アジア諸国はASEANの制約に縛られることなく、ASEAN加盟から得られる多くの利点を確保する必要があると主張している。

(3) The Bomb in the Background: What the War in Ukraine Has Revealed About Nuclear
Weapons
https://www.foreignaffairs.com/ukraine/bomb-background-nuclear-weapons?utm
Foreign Affairs, February 24, 2023
By Nina Tannenwald, Fulbright Visiting Professor of International Studies at the Diplomatic Academy of Vienna
2023年2月24日、独International Studies at the Diplomatic Academy of Viennaフルブライト客員教授Nina Tannenwaldは、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月発行誌Foreign Affairsのウエブサイトに" The Bomb in the Background: What the War in Ukraine Has Revealed About Nuclear Weapons "と題する論説を寄稿した。その中でTannenwaldは、今週、Putinロシア大統領は演説で、ロシアが米国と結んでいる唯一の主要な核軍縮協定である新START条約の履行停止を発表し、国際社会に動揺を与えたが、彼は、NATOによるウクライナ支援を制限するために、核兵器をダモクレスの剣のように西側諸国にぶらさげていると指摘した上で、ロシアの核兵器は、NATOのウクライナに対する大規模介入を抑止することで戦争を長引かせ、戦闘による普通の解決をより困難なものにしており、今回のウクライナ侵攻は、1962年のキューバ・ミサイル危機以来、最も危険な核対立であることは間違いなく、核兵器はサイロに閉じ込められたままでも壊滅的な威力を発揮することを改めて示していると主張している。