海洋安全保障情報旬報 2023年2月1日-2月10日

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2月1日「原子力潜水艦を一貫して求めるオーストラリア―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, February 1, 2023)

 2月1日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、同Institute安全保障研究責任者Sam Roggeveenの“Marles torpedoes French subs, but is yet to explain nuclear advantage”と題する論説を掲載し、Sam RoggeveenはAUKUSによる原子力潜水艦の獲得が遅れることにより、オーストラリア海軍コリンズ級潜水艦の退役後に潜水艦戦力に間隙が生じた場合、オーストラリアが暫定的にフランスの通常型潜水艦を購入する可能性をオーストラリア国防相が否定したことについて、要旨以下のように述べている。
(1) 1月31日、フランス外相および国防相との共同記者会見にPenny Wongオーストラリア外相とともに臨んだRichard Marlesオーストラリア副首相兼国防相に向けられたオーストラリアに原子力潜水艦が引き渡されるのが遅れて、既存のコリンズ級潜水艦の退役後にオーストラリアの潜水艦戦力に空白が生じることが避けられない可能性があるという事実を踏まえ、通常型潜水艦を暫定的に導入することについてフランスと契約する見込みがあるかという質問に対し、「…我々が目指している原子力潜水艦の能力の獲得に向かって我々は動いているため、通常動力型の暫定潜水艦の能力についての…計画はない」とオーストラリア国防相は答えている。
(2) Scott Morrison前オーストラリア首相が、フランス設計の潜水艦12隻の購入契約を破棄し、米国または英国の設計による原子力潜水艦を選択すると発表したことにより、豪仏関係の中核を切り裂いたのは、18カ月前のことであった。結局のところ、契約には多額の補償を含むキャンセル条項があり、オーストラリアは単にそれを行使しただけである。しかし、フランスの首都で仏政府高官を前にして、フランスが面目を保つための暫定的な通常型潜水艦の取引に応じる可能性がゼロと発表したRichard Marles国防相の態度は思慮が足りない。
(3) RichardMarles国防相が暫定的な潜水艦を除外したことについて、Australian紙のGreg Sheridan外信部長は、「海軍は、ここで大きな政治的な戦いに勝利した」と言っている。Greg Sheridanはそれ以上説明していないが、1つの解釈として、海軍は国防省がAUKUS、コリンズ級の寿命延長、暫定艦という3つの潜水艦計画を同時に扱うことはできないと考えるというものである。もう1つの解釈は、このような計画は暫定的な解決策から、(原子力潜水艦計画から)後退した解決策になる可能性があるため、海軍は空白を埋めるための潜水艦に反対しているというものである。
(4) Greg Sheridanは、AUKUS計画がうまくいかない可能性をいくつも挙げている。米国には十分な製造能力がない。オーストラリアには乗組員も施設もない。オーストラリアの政治は不安定で、20年以上もの間、支援を続けることができない。アデレードでの原子力潜水艦の建造は「ファンタジー」である。また、「米海軍や産業界には、この計画に反対しているかなりのグループが残っている。英国労働党の中にも反対派がかなりいる」。AUKUSは、官僚の関与を最小限に留めるために、非常に秘密裏に構想された。そのため、官僚の抵抗があるのは当然だが、それはまだ十分に語られていない。こうしたことを考慮すると、Greg Sheridanが「原子力潜水艦は最良であり、困難があろうとも進めるべきだ」と結論づけたことには、いささか驚かされる。
(5) オーストラリア政府が3月に将来の潜水艦について最終的に発表する際、どのようなひな型を手に入れ、それらは何が可能なのかだけでなく、なぜ我々にはそれらが必要なのかを話してくれることを期待しよう。中国を抑止する多くの方法があるのに、なぜ我々はこの方法を選ぶのか?
記事参照:Marles torpedoes French subs, but is yet to explain nuclear advantage

2月1日「米海軍の艦船は修理が稼働時間を圧迫している―香港紙報道」(South China Morning Post, February 1, 2023)

 2月1日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は” Repairs hit sea time for US warships, could affect readiness: report”と題する記事を掲載し、米海軍では艦艇の維持整備が稼働時間を圧迫していることおよび今後の動向を以下のように報じている。
(1) 米海軍の艦船は、維持整備に多くの時間と費用がかかっている。それは、中国との地政学的対立にあって、米国がインド太平洋における軍事的展開を強化する中で、即応性に影響する可能性がある。これは、U.S. Government Accountability Office(米会計検査院:以下、GAOと言う)による報告書の一部であり、2011年から2021年に10艦種151隻の艦船を調査し、持続的で悪化する課題として指摘された。その中には、航海時間の減少、死傷者の発生、整備遅延の増加、共食い整備(部品不足のため使用機材から部品を取り外し、別の機材に使用することを言う:訳者注)の増加などが含まれている。
(2) GAOの防衛能力・管理チームの長Diana Maurerは、整備に予定以上の時間を費やすと、訓練や作戦行動のための時間が減少し、即応性に影響を与えるとともに、海軍全体の戦備に影響を与え、さらに艦船の維持整備に多くのお金を費やすことになると述べている。
(3) U.S. Department of Defenseが2022年11月に発表した年次報告書によると、U.S. Navyは2021年会計年度末時点で294隻の戦闘艦船を保有している。2030会計年度末には290隻または291隻に減少する見通しだが、これは無人の水上・水中艦船への投資拡大で補強される。一方で、2021年に335隻という世界最大の海軍を持つ中国は、2025年までに420隻、2030年までに460隻まで艦船を増加すると予想されている。特に南シナ海では、航行の自由作戦で哨戒中の米艦が中国海軍の抵抗を強めることに作用している。しかし、米軍関係者は、中国の海軍拡大が競争の激化に伴う水上艦部隊の増強への緊急性を煽っているとしている。
(4) ホワイトハウスは、2023年の国防費として、8,130億ドルを要求し、そのうちの海軍は2022年から約80億ドル増の1,805億ドルである。U.S. Department of Defenseは兵器システムを維持するために毎年数百億ドルを費やしているが、そのコストは増加の一途をたどっている。GAOによると、審査対象となった10艦種の運用・維持経費の合計は、2011年から2020年の会計年度で約25億米ドル(17%)増加し、そのうち維持経費は24%増の12億米ドルに上った。Diana Maurerは、維持経費の大幅な増加原因を、熟練した人材の不足および予定外の整備と述べている。1隻あたりの整備の平均遅延時間は2011年から2021年にかけて約5日間増加して約19日間となり、任務に影響を及ぼす可能性のある故障報告(Casualty Report)も、2011年の22件から2021年には36件に増加した。
(5) ワプス級強襲揚陸艦の故障報告は、2011年の1隻あたり11件から2021年には61件と最も顕著に増加した。アーレイ・バーク級イージス駆逐艦も、整備の遅れや熟練した整備員の不足など、維持管理の課題に直面した。GAOの報告書によると、アーレイ・バーク級駆逐艦は、2021年には2011年に比べて1隻あたり平均7件の共食い整備が発生し、1隻あたり19件の重大な故障報告が増加したという。
(6) シンガポールのInstitute of Defence and Strategic Studies研究員Collin Koは、次のように述べている。
a. 米海軍の能力低下は、インド太平洋地域における軍事的プレゼンスを低下させかねない深刻な問題である。
b. 米国が今後数年のうちに軍事的な焦点をヨーロッパからインド太平洋地域へ移すことはない。それはウクライナ戦争が理由である。
c. 中国は自国の海域にほとんどの注意を向けることができるが、米国は地球上のさまざまな地域に注意を向けなければならない
d. 中国海軍は小型で旧式の艦艇を多く保有しており、地域的な運用に適しているのに対し、米海軍は大型でハイテク艦艇であるが、数が少ないので業務の負担が大きい
e. 艦船は移動に時間がかかるので、数が少ないことで実施できない任務が出てくる。米国が海軍の展開を維持するためには、より多くの艦船が必要である。
f. 米国はインド太平洋で同盟国や提携国に支援を求め、能力の問題を軽減するであろう。
g. Biden政権は、提携国に負担を求めるかもしれない。このため、この地域でオーストラリアや日本の存在感が高まる可能性がある。
記事参照:Repairs hit sea time for US warships, could affect readiness: report

2月2日「中国抑止のために米国は一貫したメッセージを発するべきである―米中国専門家・東アジア専門家論説」(CSIS, February 2, 2023)

 2月2日の米シンクタンクCenter for Strategic and International Studiesのウエブサイトは、同Center中国研究者Jude Blanchetteと米シンクタンクBrookings Institute上席研究員Ryan Hassの“To Deter Beijing, What the United States Says Matters”と題する論説を掲載し、そこで両名は中国の台湾侵攻の可能性について米政府・軍は一貫したメッセージを発し、発言と行動を一致させるべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 先週、米軍のMike Minihan空軍大将が中国の台湾侵攻の可能性や時期に関して、「2025年」には起きるのではないかと述べたことが漏らされた。こうした観測は新しいものではなく、これまでも、たとえば元U.S. Indo-Pacific Command司令官Phil Davidson海軍大将が、2021年3月に議会に証言したところでは、6年以内に台湾侵攻が起きる可能性を指摘している。
(2) こうした、中国の台湾侵攻が差し迫っているという認識がある一方、Lloyd Austin国防長官や統合参謀本部議長などは、そうした見方に反する見解を提示している。議論が公開されているのは健全であるし、集団的思考は危険になりうるのは確かである。しかし、世界第2位の経済大国で強大な軍事力を持つ中国との戦争の見通しに関して言えば、米政府・軍部から発せられる情報には一貫性がなければならない。そうでなければ米国の意見の信頼性が損なわれ、抑止力を低下させる。米国はいまや一貫した評価を発信すべきである。
(3) 習近平が台湾を併合する願望を持っていることに疑いはない。しかし重要な問題は、どれほどの犠牲を払ってそうするのか、ということである。1982年にRobert Jervisが書いたように、「抑止は認識に依存する」。したがって、今後中国の指導者の台湾侵攻が非常に危険性が高いと認識させ続けるためには、米国の決意や信頼性が揺るぎないものであると彼らに認識させ続けねばならない。そのために米国は、中国の台湾侵攻の可能性について、一貫した評価を示すべきである。以下3つの論点を示す。
(4) 第1に、発信される情報に一貫性がなければ、米国は習近平の意図について確度の高い情報を持っていないという合図を世界全体に送ることになる。もし中国が台湾に侵攻すれば、米国は国際的な対応をまとめることになるが、そのためにはあらゆる信用が必要となる。第2に、中国の台湾侵攻が差し迫っているという警告と、行動が一致していないという問題がある。もし2年以内に台湾侵攻が起きるのであれば、米国は大規模な動員でもってそれに備える必要がある。しかしそうした行動は採られておらず、それはつまり、台湾侵攻が近いという認識が政府内であまり支持されていないと解釈されうる。第3に、最近の米国の発言や評価が、中国人民解放軍にとって有利な政治的宣伝になってしまっている。いまや中国人民解放軍は、恐るべき戦闘能力と決意を持った強大な軍隊という観念が持たれており、それは彼らの士気を低下させるどころか高めている。
(5) 米国が中国を抑止することを望むなら、言行を一致させる必要がある。加えて、情報発信の良い手法を学ぶべきである。台湾侵攻が近いというのであれば、その信頼性を高める方法を見出すべきである。
記事参照:To Deter Beijing, What the United States Says Matters

2月2日「米国、ソロモン諸島に大使館開設―日英字経済紙報道」(NIKKEI Asia, February 2, 2023)

 2月2日付の日英字経済紙NIKKEI Asia電子版は、“U.S. opens embassy in Solomon Islands to counter China”と題する記事を掲載し、2月2日、米国はソロモン諸島に大使館を開設したが、その背景には中国が南太平洋において影響力を拡題していることへの懸念がある一方、フィジー新首相が対中関係見直しの動きがあるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 米国は2月2日、ソロモン諸島に大使館を開設した。米国は過去に5年間、ソロモン諸島に大使館を置いていたが、1993年に閉鎖している。
(2) この地域での中国の大胆な動きにより、米国はCOVID-19ワクチンを寄付し、平和部隊のボランティアのいくつかの島国へ復帰させ、林業や観光計画へ投資するなど、さまざまな方法で関与を高めようとしている。
(3) ソロモン諸島に大使館が開設されたのは、フィジーの新首相Sitiveni Rabukaが、対中関係のいくつかの点を見直すと見られるからである。ソロモン諸島は中国と安全保障協定を締結し、この地域における中国の軍事力増強の懸念が高まり、米国は高官級の代表団を派遣することで対抗してきた。ソロモン諸島は2019年に台湾との外交関係を断絶し、中国との外交関係を結ぶことで、米国との緊密な関係を脅かしている。
(4) APが入手した資料によれば、「中国が豪華な約束、将来の基幹施設への高額投資、そして危険な債務水準といったおなじみの主婦を用いて中国がソロモン諸島の政財界の指導層を取り込んでいるため、同国の米国との絆が弱体化してきている」とU.S. Department of Stateは12月に議会へ通知し、ソロモン諸島への大使館再開は優先事項であると述べている。
(5) 匿名を条件にU.S. Department of State高官は、米国は中国との安全保障協定を取り巻く秘密について懸念を抱いていると述べている。
(6) U.S. Department of State当局者は、米国はまだフィジーの新しい指導者と踏み込んだ会談をしていないので、フィジータイムズが報じた警察に係わる対中協定破棄が中国に対するフィジーの方向転換を示すものかどうかを判断するのは時期尚早であると述べている。
記事参照:U.S. opens embassy in Solomon Islands to counter China

2月2日「米比両国、防衛協力拡大へ―米専門家論評」(CSIS, February 2, 2023)

 2月2日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies(CSIS)のウエブサイトは、同Center上席研究員Gregory B. Poling の“The Transformation of the U.S.-Philippines Alliance” と題する論説を掲載し、ここでGregory B. Polingは2月1日にAustin米国防長官とGalvez Jr.フィリピン国防相との間で米比両国間の防衛協力の拡大が合意されたことを契機として、米比同盟が変容して行くであろうとして、要旨以下のように述べている。
(1) Ely Ratner米国防次官補は2022年12月8日、シンクタンクThe American Enterprise Instituteでの講演で、「2023年は、インド太平洋地域の米軍の戦力態勢における、一世代で最も顕著な変革の年になる可能性が高い」と語った。日本が2023年1月に、日米両政府間の同盟近代化におけるより広範な過程の一環として、Marine Littoral Regiment(海兵隊沿海域連隊)の最初の前方展開を(2025年までに:訳者注)受け入れるとの発表から、変革の年が始まったようである。そして、米国とフィリピンの同盟も近代化への歴史的プロセスが始まった。 
(2) Lloyd Austin米国防長官とフィリピンのCarlito Galvez Jr. 国防相はマニラで会談し、2014年の「防衛協力強化協定(The Enhanced Defense Cooperation Agreement: 以下、EDCAと言う)を大幅に拡充し、米軍が(これまでの5ヵ所に加えて)新たに4ヵ所のフィリピン国内の軍事基地にアクセスできることに合意した。EDCAによって、米軍は、合意された軍事基地に米比両軍用の施設を建設するとともに、それらの施設に装備を事前配備し、米軍部隊を輪番で展開させることができる。EDCAは、長期的にはフィリピン軍の近代化を促進し、短期的には米軍が同盟の誓約を遂行するために必要なルソン島、パラワン島、ミンダナオ島およびセブ島の各1ヵ所の空軍基地、計4ヵ所のフィリピン国内の空軍基地、ルソン島南部のフィリピン国内最大の陸軍基地の利用を可能にすることを目的とするものであった。協定の実施は法的な異議申し立てによって遅れたが、2016年初めにフィリピン最高裁判所が協定を承認したことで最終的に解決されが、その後、米比同盟は深刻な不確実性の時代に入った。
(3) 米国の冷戦時代の全ての同盟と同様に、米比同盟もベルリンの壁の崩壊とともにその戦略的存在意義を失った。両国は、同盟は維持するが、最早重要ではないと結論付けた。1951年の米比相互防衛条約は残ったが、フィリピン上院は1991年に、1947年の軍事基地協定の更新を拒否し、米軍は撤退した。中国は1994年12月にフィリピンのEEZ内に所在する低潮高地であるミスチーフ礁(中国名:美済礁、現在は滑走路を有する人工島に変容している:訳者注)を占拠したが、この事実は、両国が同盟関係を格下げするには速すぎたかもしれないと認識する最初のきっかけとなった。その結果、1997年には、米比両軍がフィリピン国内で活動することを可能にする、訪問部隊協定が締結された。
(4) 2002年から2012年までの約10年間、米比同盟は、その活動の重点をほぼ全面的にフィリピン南部でのテロ対策任務に置いていた。しかし、その後、中国の南シナ海での継続的な嫌がらせと脅迫を通じて、マニラでは、フィリピンが依然として外部の脅威に直面しており、しかもその脅威は激しさを増しているという、戦略的合意が出来上がった。米比同盟の将来は、米国がこうした脅威に対する防衛支援に関与するかどうか、そしてフィリピンがそれを可能にするために必要な、費用を要する、しかも潜在的に危険性のある措置を講じるかどうかにかかっていた。しかしながら、2016年6月30日に就任したRodrigo Duterte大統領は、米比同盟に背を向け、中国と関係を「再調整」することに努力した。しかし、中国政府は彼の努力に返礼することはなく、嫌がらせや脅迫を増やしただけであった。また、訪問部隊協定を終焉させるというRodrigo Duterte大統領の方針も、フィリピン政府と軍隊内からの反対圧力の高まりに直面していた。そして、2019年に当時のMike Pompeo米国務長官が米国の相互防衛条約上の義務は南シナ海のフィリピン軍も対象としているとの明確な声明を出したことは大いなる後押しとなった。このことについて、歴代の米当局は意図的に曖昧にしてきたのである。Biden政権も定期的にこの誓約を繰り返し、米比同盟の方向転換に弾みがついた。2021年7月にLloyd Austin国防長官が初めてフィリピンを訪問したが、訪問の最も重要な成果は、訪問部隊協定終焉の方針を正式に取り下げるというRodrigo Duterte大統領の決定であった。
(5) 2021年8月末、当時のDelfin Lorenzanaフィリピン国防相は、米比同盟75周年を記念してワシントンを再訪し、Lloyd Austin国防長官との間で、米比同盟近代化を深化させるための諸措置の最初のリストを作成した。これにはEDCAの具体化も含まれており、2021年11月の米比2国間戦略対話で発表された共同ビジョン声明で正式化された。共同ビジョン声明は、米比同盟を21世紀の同盟とするための大胆な計画を示したもので、①中国のグレーゾーンの威嚇への対処を調整するために、新たな海洋安全保障対話を開始する、②フィリピンの軍事力近代化に対する米国の支援を増強する、③新しい防衛指針と長い間遅れていた軍事情報包括保護協定(以下、GSOMIAと言う)に関して交渉する、④そして「現行EDCAで認められた利用可能施設における基幹施設整備計画を継続するとともに、新たな利用可能施設の追加を検討する」ことを明記している。これらの取り組みは全て順調に進んでおり、2022年4月には新たな海洋安全保障対話が始まり、10月には、米国はフィリピンに対する2億ドルの追加対外軍事支援を発表した。2023年1月の2国間戦略対話で、両国は、2023年末までにGSOMIA締結を望むとし、また防衛指針に関しては公表情報がないが、2023年春に計画されている2+2対話で実現する可能性がある。
(6) EDCAに関しては、両国は、現在認められている施設、特にルソン島のバサ(Basa)空軍基地 とマグサイサイ基地(Fort Magsaysay)、そしてパラワン島のアントニオ・バウティスタ(Antonio Bautista)空軍基地の建設計画を加速させている。バサ空軍基地は、ルソン島沖のスカボロー礁(中国名:黄岩島)周辺海域の哨戒飛行と、そこでの危機に対する米比両軍の空中対応にとって非常に重要である。アントニオ・バウティスタ空軍基地は、係争中の南沙諸島、特に少数のフィリピン軍要員が駐留し、中国がそこへの補給を頻繁に妨害しているセカンド・トーマス礁や、その近くのリード堆でのエネルギー探査を守るために、同様の役割を果たしている。また、マグサイサイ基地はバリカタン年次共同演習を含む、多くの訓練活動の拠点であり、指揮統制施設としても機能している。米国は、現在認められている施設のインフラ整備に8,200万ドルを投入する。
(7) Lloyd Austin国防長官とCarlito Galvez Jr. 国防相は、関係地方自治体と依然協議中であるとして、新たに追加された4ヵ所の施設を明示しなかった。最終決定には至ってないかもしれないが、新たな4ヵ所は「戦略的に重要な地域」にあり、EDCAの当初の任務である災害救助、海洋安全保障及びテロ対策を重視した場所とされている。現在の施設は陸軍と空軍の協力を重視しているが、新たな施設には、海軍と恐らく海兵隊の基地が含まれるはずである。米比両国が南シナ海を重視していることから、少なくともパラワン島のもう1ヵ所の施設は、オイスターベイ海軍基地などになる可能性が高いと見られる。フィリピン南部で対テロ活動と海洋安全保障協力を進めるためには、ミンダナオ島に1ヵ所あるいはそれ以上の施設が認められる可能性がある。しかしながら、新たな施設の選択という観点からは、ルソン島の可能性が最も明白で、1ヵ所はスービック湾の旧韓進造船所にあるフィリピン海軍の新しい施設の可能性が高いと見られる。もう1ヵ所はカガヤン省沿岸域などのルソン島北部の施設で、台湾有事における監視、装備の事前配備、そして後方支援に有益となろう。
(8) このような議論が可能になったことは、米比同盟が新しい時代に入ったことを示している。フィリピン当局は、台湾周辺の如何なる危機であっても国家安全保障上の利害に関わってくることをますます認識している。ルソン島北部沿岸は、台湾からわずか200海里で、200万人近くのフィリピン市民が台湾に住み、働いている。その上、フィリピン政府が米国とのより平等な、したがって、より強靱な同盟関係を求めれば、フィリピン政府は同盟の相互義務を受け入れなければならないであろう。米軍が南シナ海でフィリピン人を守ることは、少なくとも域内の他の場所での危機におけるフィリピンからの支援の可能性なしには期待できない。それ故、米比両政府は初めて、台湾有事における相手に対する期待について正直な議論をしている。これらの議論の結果は、今後の共同防衛指針に影響を与える可能性がある。
(9) 米比同盟は近代化を続けていくであろう。また、それはこの地域の他の安全保障機構、特に日米豪3ヵ国同盟網とより緊密に連携することになろう。Ferdinand Marcos Jr.大統領は2月初めに日本を公式訪問するが、防衛協力を含む少なくとも7つの協定が調印される。日比両政府は、物品役務相互提供協定(ACSA)と円滑化協定(以下、RAAと言う)について交渉している。RAAによって、米国やオーストラリアからの部隊と同様に、自衛隊がフィリピン国内での軍事演習やその他の活動を行うことが可能になろう。日本とのRAAは過去最大と見込まれる2023年のバリカタン年次共同演習に間に合う可能性があり、オーストラリアと日本が参加する可能性がある。その直後に予定されている米比両国の2+2対話は、過去18ヵ月間の米比同盟の急速な強化を象徴するものとなろう。
記事参照:The Transformation of the U.S.-Philippines Alliance

2月3日「フランス海軍部隊、世界一周行動へ出港―米海軍協会報道」(USNI News, February 3, 2023)

 2月3日付のThe U.S. Naval InstituteのウエブサイトUSNI News は、“French Navy to Set Sail for Round-The-World Deployment”と題する記事を掲載し、French Navy(仏語:Marine nationale)が155日間におよぶ海軍艦艇の展開を開始する計画であること、またフランス空母打撃群の現在の活動状況、東アジアの海洋に関する状況について、要旨以下のように述べている。
(1) フランス海軍の強襲揚陸艦「ディクスミュード」とフリゲート「ラファイエット」は、2月8日、ジャンヌ・ダルク2023と名付けられた世界一周行動に向けて出発する。ジャンヌ・ダルクは毎年実施されている。2023年は155日かけて、母港であるトゥーロンに戻ってくる予定である。途中で12の港に寄港し、そのうち9つでは、フランス軍が実施する上陸演習や地上演習に参加する。人員は790人、そのうち160人はFrench naval academy(仏語: École navale)の候補生である。
(2) 両艦はトゥーロンを出港後、スエズ運河を通過し、エジプト海軍との演習の後ジブチに寄港し、演習を行う。その後インドのコーチンに向かうが、その間EUが実施する「アタランタ作戦」を支援する。この作戦は海賊や海上での違法取引、違法漁業の対策のための演習である。コーチンで演習を実施した後、日米豪印が共同で実施する海軍演習「ラ・ペルーズ」に参加予定である。その後、シンガポールを経てジャカルタに向かう。それぞれの港で演習を実施する。
(3) ジャカルタからオーストラリアのタウンズビルへ移動し演習の後、ニューカレドニアに向かい人道支援・災害救援演習を実施する。そこで部隊は二手に別れ、「ディクスミュード」はフィジーに、「ラフィエット」はトンガに寄港する。フランス領ポリネシアで合流し、メキシコのアカプルコに到着するのが6月である。そこからパナマ運河を通り、カリブ海に向かい、そこで二手に別れ、「ディクスミュード」はマルティニーク島へ、「ラフィエット」はグアダルーペ島に向かう。その後大西洋から地中海にかけて合流し、7月中旬にトゥーロンに帰港する予定となっている。
(4) この準備が進められる中、フランス海軍の「シャルル・ド・ゴール」空母打撃群はインド洋とアラビア海での作戦を継続し、1月30日には米駆逐艦「デルバート D. ブラック」と共同訓練を実施している。米海軍艦艇として、同打撃群と行動をともにするのは4隻目である。また、1月28日から31日にかけて、護衛艦「すずつき」と共同で演習を実施し、2月1日にはさまざまな提携国と共同で、デア&プリベール2023演習を開始した。それにはItalian NavyやRoyal Air Force of Oman、U.S. Air Force Centralも参加した。
(5) 統合幕僚監部は1日、同日午前0時頃に久米島の北西130kmのあたりで中国人民解放軍海軍の駆逐艦とフリゲートが南東に移動しているのを目撃したと発表した。海上自衛隊の航空部隊がそれを追跡したとのことである。また、防衛省は3日、英哨戒艦「スペイ」が1月上旬、国連による対北朝鮮制裁を支援する監視・偵察活動を実施したと発表している。
記事参照:French Navy to Set Sail for Round-The-World Deployment

2月3日「新たにフィリピンの4つの軍事施設を米軍が利用することを認める合意―香港紙報道」(South China Morning Post, February 3, 2023)

 2月3日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Is the US-Philippines military base deal a big threat to China?”と題する記事を掲載し、米軍が新たにフィリピンの4つの軍事施設を利用できるようになるとして、要旨以下のように報じている。
(1) フィリピンの基地への米軍の展開の拡大は、南シナ海と台湾上空での米国とフィリピンの監視を強化するが、中国への影響は限定的であると、中国の専門家達は述べている。2014年に締結された「防衛協力強化協定(EDCA:Enhanced Defense Cooperation Agreement)」の一部として、Lloyd Austin米国防長官とCarlito Galvezフィリピン国防相が1日にマニラで発表した合意により、米国はさらに4つの軍事施設を利用できるようになる予定であり、合計9つになる。
(2) 中国の軍事航空専門家傅前哨は、台湾と南沙諸島に非常に近いことから、この新しい基地は「中国に大きな脅威を与える」可能性があると指摘した。「もし、恒久的な基地の建設であれば、台湾を武力で統一するという大陸の計画や南沙諸島の航行に大きな影響を与えるだろう」と述べ、「そうでないなら、影響はそれほど大きくはないだろう」としている。基地の場所は公表されていないが、11月にフィリピンのBartolome Vicente Bacarro陸軍中将は、ワシントンがカガヤンに2ヵ所、パラワンに1ヵ所、サンバレスに1ヵ所、イサベラに1ヵ所と計5ヵ所の候補地を特定したと述べている。カガヤンとイサベラは、フィリピン北部にある。カガヤンは台湾の対岸にあり、パラワンは南シナ海の係争中の南沙諸島の近くに位置している。「もし中距離ミサイルが配備されれば、その脅威はさらに深刻になる。南シナ海の平和と安定に深刻な悪影響を与えるだろう」と傅前哨は述べている。しかし、このミサイルが新しい基地に配備される可能性は低く、フィリピン政府は中国政府と米政府の双方との関係の釣り合いを取らなければならないと付け加えている。紛争になれば、これらの基地は中国軍にとって明白な標的となるだろうと傅前哨は指摘している。
(3) 香港を拠点とする軍事評論家宋忠平は、米国がパラワンなどの基地を利用することで、航空機、水上艦艇、潜水艦の行動を含む南沙諸島付近の中国の軍事活動を監視することが可能になると指摘した。しかし、宋忠平は米国が将来、中距離弾道ミサイルを基地に配備する可能性を排除せず、それは「明らかに中国を狙ったもの」であると述べている。ミサイル配備の目的は、フィリピン最北端の島と台湾南部の島の間に広がるバシー海峡の封鎖を可能にすることだろうと宋忠平は語っており、さらに、ミサイルは南シナ海の艦艇や軍用機などの中国軍の軍事目標を迎撃し、攻撃する可能性があると述べている。
(4) 2月2日の発表の際、Lloyd Austin米国防長官は、4つの拠点が「恒久基地」になることについては否定している。
記事参照:Is the US-Philippines military base deal a big threat to China?

2月4日「印中紛争になってもインドが中国の貿易路を封鎖することはない―ポーランド・南アジア専門家論説」(The Diplomat, February 4, 2023)

 2月4日付のデジタル誌The Diplomatは、ポーランドWar Studies Universityの南アジア専門家Krzysztof Iwanekの“Why Even in a Crisis India May Not Block Maritime Trade With China”と題する論説を掲載し、そこでKrzysztof Iwanekはインドが中国に対してインド洋において有利であり、紛争になった場合にその航路を封鎖することで中国に脅威を与えることができると主張されることに対し、その主張に妥当性がないとして、要旨以下のように述べている。
(1) インドと中国がなんらかの紛争状態になった場合、インド軍はインド洋から中国に向かう航路を封鎖、ないし攻撃できるとしばしば指摘される。2016年の中国の石油輸入の8割が中東からインド洋、マラッカ海峡、南シナ海を通過したものであるように、中国の貿易の大部分がインド洋を通るのである。
(2) この意味でインドは中国に対して有利な位置にある。インドはインド洋に突き出ており、またインド海軍と空軍の部隊が駐留するアンダマン・ニコバル諸島はマラッカ海峡の入口近くに位置し、そこ対立する国の船舶を狙い撃ちできるのである。実際、Centre for Policy Researchの研究者Zorawar Daulet Singhが著書で述べたように、Indian Navyがマラッカ海峡を経由するシーレーンを中国のアキレス腱とみなしており、そのことを中国も理解している。
(3) しかしインドはその航路の封鎖ないし攻撃をすることはなさそうである。それは、インドが国際舞台における穏健な行為者だからではなく、国益を考慮して、そうしないのである。以前、インドはネパールの交通路を封鎖したことがあるが、それによりネパールが中国に接近することになってしまった。どのような国益を考慮して、そうしないのか。第1に、インド洋からマラッカ海峡を通過するシーレーンは、日本などの提携国も利用する。中国と同じく、中東からの石油輸入のために日本の船舶はインド洋を通航する。インドと良好な関係を持つサウジアラビアも、輸出のためにこの航路を利用する。戦争状態になったとしてもインドが周辺海域を封鎖する可能性はほとんどないと指摘する専門家もいる。
(4) 第2に、全面的な封鎖が困難ならば、可能であれば中国へ向かう船舶だけを狙い撃ちするという選択肢がある。しかし、実際にそれを行うのは難しい。どの船が中国へ向かうものなのかを特定するのが困難なためである。第3に、中国も同様のやり方でインドに報復することができる。インドは確かにインド洋海域で中国に対して有利な位置にいるが、中国もまた、はるかに小規模であるがその地域に軍事力を展開している。ジブチ基地である。また同じことがパキスタンにおける中国軍の展開について言うことができる。
(5) Daulet Singhは、印中紛争になった場合にインドがシーレーンを封鎖するという想定を「マハン主義的妄想」と名づけた。インドは地上では中国より弱いが、海での利点を活かすべきだという主張に対する批判である。広大な海域を完全に支配するのは単独では不可能である。中国もインドも周辺海域を完全に支配することなどできない。したがって、インドが中国に対して海で決定的な優位性を持つとは言えないのである。
記事参照:Why Even in a Crisis India May Not Block Maritime Trade With China

2月6日「ROE*と海中における侵犯事案:領海にある外国潜水艦への対処―米専門家論説」(Center for International Maritime Security, February 6, 2023)

 2月6日付の米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトは、 U.S. Naval War College のStockton Center for International Law 国際法教授Brent Stricker海兵隊中佐の“RULES OF ENGAGEMENT AND UNDERSEA INCURSIONS: REACTING TO FOREIGN SUBMARINES IN TERRITORIAL WATERS”と題する論説を掲載し、 Brent StrickerはUNCLOS無害通航の規定、特に潜水艦に関わる規定を踏まえ、UNCLOSの法的規定と国家の安全保障に求められる不明水中目標への対応の間には溝があるとした上で、冷戦期のノルウェー、スウェーデンにおける事例を紹介しつつ、その溝を埋める方策の一つとしてROEの問題にも触れ、これら事例は冷戦期だけのものではなく、今日的問題とも深く関わっており、北欧沿岸国は、領土防衛とすぐに制御不能になる可能性のある事件の拡大を回避することとの間の微妙な境界線を歩まなければならないとして、要旨以下のように述べている
(1)    領海内を潜航したままの外国潜水艦は無害通航の決まりに矛盾する特別な状況を生み
出す。特定の状況下では、沿岸国の同意なしに潜水艦が潜航状態を維持することは、沿岸国の領土保全または政治的独立に対する脅威と見なされる可能性がある。現代の潜水艦は、潜航状態のまま平時の任務と戦闘任務を果たしている。沿岸国が領海内で潜航中の潜水艦を発見した場合、潜水艦を領海内に浮上させるか、または領海から退去させるかその措置に関してジレンマに直面することになる。ノルドストリーム・パイプラインの最近の妨害行為と世界の広大な海域に拡がる電力送電網と通信ケーブル網の脆弱性は、不明潜水艦による危険性を浮き彫りにしている。ノルウェーとスウェーデンは、50年以上にわたってソビエト、その後のロシアの潜水艦と疑わしい水中目標への対応という問題に直面してきた。両国は、全没した水中目標に浮上またはその海域から離脱するよう合図するために爆発物による警告を行ってきた。しかし、水中目標に対して爆発物を使用すると、潜水艦への攻撃と誤解される可能性があり、領土主権の保護と事態拡大の回避の釣り合いを取ることは、両国に苦境をもたらしてきた。
(2) 軍艦を含むすべての艦船は、事前の通知または同意なしに沿岸国の領海を無害で通航する権利を享受している。無害通航確立の契機となったいわゆるコルフ海峡事件は、無害通航が防御措置を含む可能性があることを示している。この事件は、国家が無害通航を受ける権利があると判断したが、掃海などの防御措置を取って権利を行使することを抑制しているため、長い間難問を提示してきた。
(3) 無害通航は、UNCLOSに準拠している。無害通航は、「沿岸国の平和、秩序、または安全を害するものであってはならない」。外国船舶の通航は、その行為が「沿岸国の主権、領土保全または政治的独立に対する武力による威嚇または武力の行使」を構成する場合、無害とは認められない。潜水艦の特別規定であるUNCLOS第20条は、無害通航に従事する潜水艦に「水上を航行し、国籍を示す旗を掲示する」ことを要求している。
(4) 領海で未知の水中目標を探知した沿岸国はジレンマに直面している。ノルウェーとスウェーデンの領海に残っている水中目標探知の例は、通航と無害通航の定義と矛盾しています。沿岸国は、UNCLOS第25条に基づき、「領海において、無害でない通航を阻止するため、必要な措置を採ることができる」。どの程度の措置が必要と見なされるかについての合意はない。さらに、これらの措置は、沿岸国の管轄権からの免除を受ける軍艦に適用される場合は限られている。したがって、未知の水中目標は無害通航を行使しているとは認められないが、沿岸国が第25条に基づく権利を行使するためにどのような措置を適用できるかは不明である。UNCLOSの第30条と第31条は、沿岸国が水中目標に領海を離れることを要求し、水中目標の旗国に損害賠償責任を負わせることを認めています。ただし、未知の水中目標と接触するために武力を使用することは、国連憲章第51条に基づく自衛の場合にのみ認められている。ほとんどの場合、潜水艦が全没したり、浮上を拒否したりするという理由だけで武力行使は正当化されず、潜水艦が存在するだけでは「武力攻撃」に当たらない。この決定は、水中目標の意図を確認できない場合に複雑になってくる。
(5) ノルウェーは50年以上にわたり、外国潜水艦による領海侵犯と疑われる事案に対処してきた。ノルウェーのフィヨルドでのこれらの探知は、フィヨルド内では淡水と海水が混じり合うため、(海中における音の伝搬が複雑となり、)潜水艦にとってはソナーから隠れる場所を提供し、ノルウェーにとっては追尾が困難である。1972年11月の2週間、ノルウェーとイギリスの航空機の支援を受けたノルウェーの艦艇は、爆雷を使用して、ソグネフィヨルドでソビエトまたはWarsaw Pactのものと思われる未知の水中目標を発見し、浮上させようとして、発音弾と爆雷を使用して、水中目標に合図を送った。最終的に、Ministry of Defenseは水中探知目標が浮上し、それ自体を識別できない場合、目標を撃沈する許可を与えられていた。ノルウェーが不明水中探知目標に対し武力を行使するためには、ノルウェーは当該目標が自衛のための武力行使を正当化する差し迫った脅威であることを明らかにする必要がある。UNCLOS第21条(無害航行に係わる沿岸国の法令)に違反すること自体は、潜水艦が情報収集あるいは偵察任務に従事している場合でも、攻撃を正当化する差し迫った脅威を構成するものではない。そのような任務はノルウェーの国内法の下で違法かもしれないが、武力攻撃は言うまでもなく、違法な武力行使を意味するものではない。限られた状況では、領海内で探知した国籍不明潜水艦の位置と滞留時間は脅威と見なすことができる。秘匿度の高い演習または基地の近くに国籍不明潜水艦明がある場合、ノルウェーはその目標についてより懸念することになろう。もし、国籍不明潜水艦が全没状態を維持している時間が長ければ長いほど、攻撃の時機を見計らっている可能性が高くなる。1972年、ノルウェーは段階的に武器使用の段階を拡大し、最終的には対潜ミサイルを発射する決定を下した。ノルウェーは最終的には、国籍不明潜水艦に浮上を強制したり、識別を行ったり、撃沈することはできなかった
(6) ノルウェーの国籍不明潜水艦との触接は何十年にもわたって続いた。1983年、Asbjorn V. Lerheim准将は、武力行使について、「それは難しい決断であり、まだ平時であり、潜水艦を実際に破壊することはできない。それはノルウェー国土への攻撃ではない」と述べている。ノルウェーの領海を侵犯した全没中の国籍不明潜水艦に対する対応はあいまいなままであったが、これらの侵犯に対する武力行使を段階的に拡大する一連の措置を採用した。第1段階は、全没中の潜水艦に浮上するよう命じることである。潜水艦が従えば、護衛下に置かれることになる。そうでない場合、爆雷は潜水艦から300メートル以内に2分間隔で投下され、これが攻撃ではなく信号手段であることを示すことになる。これによって潜水艦を浮上しなかった場合、ノルウェーの艦長は爆雷で攻撃することを許可されるが、潜水艦に致命的な損傷を与え、乗組員全員を失う可能性があるため、魚雷は攻撃で禁止されていた。ノルウェー領海へのソビエトの侵入の疑いは1990年まで続いた。ノルウェー当局は、1990年の夏に、ロシア国境から25マイル離れたノルウェーの湾であるスキップトンで潜水艦の疑いがある目標を探知との報告を受けた。1990年11月に小型潜水艇が水面で短時間視認された観察され、この海域は監視下に置かれた。海底が調査され、履帯装備の潜水艇が行動したことを示す痕跡が確認された。同様の痕跡は、スウェーデンとノルウェーの他の軍事施設の近くでも発見されている。ソビエトNorthern Fleetは当時、そのような小型潜水艇を保有していた。小型潜水艇は、特殊戦部隊スペツナズの訓練、または偵察任務を遂行するために近くの母船から発進したものと推測された。2021年までに、ノルウェーは正体不明の潜航装置による侵入を受けてきた。Norwegian Institute of Marine Researchは、海洋環境を監視するためにノルウェー北部で海底センサー網を運用しているが、また、その海域における潜水艦を監視するためにも使用可能である。これらのセンサーは、一連の光ファイバーケーブルによって相互接続されているが、2021年4月、2.5マイルの光ファイバーケーブルが切断されて盗まれたことが発見された。いくつかのセンサーは改ざんされ、移動されていた。侵入の理由は推測的だが、リバース・エンジニアリングの可能性が含まれている。
(7) ノルウェー同様に、スウェーデンも同様の期間、領海への外国潜水艦の侵入に悩まされてきた。ノルウェーとは異なり、スウェーデンは1981年の「ウイスキー・オンザロックス」として知られる事件で、実際に1隻の潜水艦を浮上状態で拿捕した。この事件は、1980年代を通じて侵入が増加し、2010年代まで続いていることを示している。今日まで、ウイスキー型ソ連潜水艦はスウェーデン領海において浮上状態で捕獲された唯一の外国潜水艦である。1983年に公にされたSubmarine Defense Commission Reportは、1980年代に外国の潜水艦のスウェーデン海域への侵入が劇的に増加する前は、1970年代に通常年に1〜2回であったと詳述しており、侵入海域は沿岸防衛の拠点ポイント、港湾、センサーネットワーク、地雷原などの海軍施設に集中している。報告書と潜水艦の侵入の増加により、潜水艦との接触した場合に適用されるスウェーデンのROEが変更された。以前の規則では、軍の指揮官は文民指導者の許可なしに未知の探知目標に発砲することを禁じられていた。スウェーデン海軍は、潜水艦を識別し、スウェーデン領海から退去するまで潜水艦を保続追尾することしか許可されていなかった。新しいROEにより、潜水艦に対して警告なしに武器を使用することができる。第1段階として、爆雷またはミサイルのいずれかを使用して、警告を行う。ROEは潜水艦に損害を与えることの防止を目的としているが、ROEは潜水艦の探知位置と行動によって区分されている。潜水艦がストックホルム群島などの群島を越えて、12海里の領海の限度線までの間に存在する場合、警告され、追尾されることになる。潜水艦が群島の内側、内水において発見された場合、離脱することを拒否したり、さらに侵入したりすると敵対的として扱われ、潜水艦を撃破するための力が使用される可能性がある。スウェーデンのROEは、潜水艦を浮上させることができなかったことに貢献した可能性がある。探知された潜水艦に損害を与えないことを目的として爆雷やその他の手段を使用した場合、潜水艦はこれらの試みを単に無視することができるからである。スウェーデンの対潜戦が潜水艦に損傷を与えた可能性があるという証拠がある。1988年の夏、ストックホルム群島で国籍不明の外国潜水艦の救助装置の断片18個が回収されている。同様のものが1970年代および1980年代にも回収されている。
(8) スウェーデン海軍は、1980年代を通じてスウェーデン領海に侵入する外国潜水艦に対処し続けてきた。スウェーデン政府は1987年以降、不明潜水艦による領海侵犯事案の統計の発表を停止してきたが、これらの侵犯が生起したという証拠はある。スウェーデン海軍は、これらの侵犯は、複数の潜水艦、小型潜水艇、潜水員を運用することによってより複雑になってきている。これらの侵犯の証拠は、目撃、ソナー、磁気センサーから得られる。前述のノルウェーの事案と同様、海底に艦底をこすった跡あるいは履帯で海底を走行した跡もある。小型潜水艇はまた、軍隊がスウェーデンの領土に密かに着陸することを可能にしたかもしれない。1984年3月3日から6日の間に、スウェーデン軍はアルモ島で潜水員に発砲している。島が捜索され、食料の保管庫が発見された。スウェーデンはまた、「防潜網への攻撃、陸上への侵入、水中機雷線の混乱と破壊」にも注目している。
(9) これら歴史的な潜水艦の侵入は、特にロシアのウクライナ侵攻による緊張の高まりとフィンランドとスウェーデンのNATOへの加盟申請を考慮すると、今日でも関連性がある。ノルウェーのフィヨルドと同じように、スウェーデン群島はこれらの潜水艦が活動する海域であり、侵入の理由が偵察であれ、特殊戦部隊の潜入であれ今日でもNATO-ロシアの紛争に関連している。ウイスキー級潜水艦のような座礁した潜水艦、またはより懸念されるNATO軍が領海内に侵入した潜水艦を狩り立てるなど、これらの冷戦時の5つの事例が繰り返される場合、様々な結果はもたらすことになる。第1に、探知している潜水艦を強制的に浮上させようとするNATO軍の行動は、潜水艦への攻撃と見なされる可能性がある。潜水艦に合図するために爆発物を使用すると、誤って潜水艦が損傷したり、乗組員が負傷したりする可能性がある。これらの信号は、潜水艦が自衛措置を採ることを許可する、あるいは要求する攻撃と誤解される可能性がある。第2に、領海におけるいかなる敵対行為も、北大西洋条約第5条の集団的自衛権条項に直接関係している。近隣諸国の領海でのロシアの潜水艦スパイ活動は、バルト海での紛争を回避する上で最大の課題の1つである。これらの事件は、海洋法と武力攻撃に対する自衛のための武力行使との間の溝を明らかにしている。北欧沿岸国は、領土防衛とすぐに制御不能になる可能性のある事件の拡大を回避することとの間の微妙な境界線を歩まなければならない。
記事参照:RULES OF ENGAGEMENT AND UNDERSEA INCURSIONS: REACTING TO FOREIGN SUBMARINES IN TERRITORIAL WATERS
*:Rules of Engagementは、交戦規定、武力行使規定、武器使用規定等様々に訳されるが、各訳とも一長一短であり、訳語から無用な議論を招くこともある。したがって、本抄訳ではRules of Engagementの略語であるROEを使用する。

2月6日「U.S. Navyは艦隊構成を見直すべき―米専門家論説」(The Heritage Foundation, February 6, 2023)

 2月6日付の米シンクタンクThe Heritage Foundationのウエブサイトは、同Foundation上席研究員で海上戦の専門家Brent Sadlerの” An Effective Maritime Campaign Against China Requires a New Fleet-Centered Approach”と題する論説を掲載し、ここでBrent SadlerはU.S. Navyは平時の競争を最適化し、将来の紛争に備えるために、新しい艦隊構成を検討する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国は国防認可法の承認により、議会と大統領は海軍の公的役割を拡大し、戦争遂行に加え、米国独立以来の「国家安全保障上の利益と繁栄の平時における促進」が海軍の任務であることを認めた。中国の脅威を考えると、平時の競争を最適化し、大規模な紛争に備えるためには、新たな艦隊編成が必要であることが明らかになりつつある。中国は、通商と海軍作戦に適用される海上での規範を自国の利益のために覆そうとしている。これは、米国の安全と繁栄に大きな影響を与えるものである。これに対抗するため海軍は、地域統合軍ごとの艦隊編成ではなく、いくつかの艦隊を海域ごとに編成し直し、 少なくとも 1 個艦隊は南シナ海での作戦に特化させるべきである。
(2) 2022 年 12 月RAND Corporationによる報告書によると、中国は世界的な軍事作戦を支援できる基地網の建設を計画している。中国はすでに南シナ海で法による秩序を侵食し、海上民兵を使って、同海域の規範を自国の都合に合わせて作り変えることに成功した。同時に、中国は経済、軍事、人材を効果的に用いて、対外的に有利となる政策を展開している。2022年最も注目すべきは、ソロモン諸島との協定による中国の安全保障上の存在感とカンボジアの海軍基地建設への道が開かれたことである。学術的な分析、地域的な報告、および公式文書のすべてが、中国の挑戦は明白としている。最近では、戦略的に重要な太平洋の島国バヌアツでのアクセス権をめぐって、その挑戦は拡大している。中国に関する最新のU.S. Department of Defense年次報告書には、中国は対処しなければ米国の利益を脅かすことになる世界規模の海軍力を構築しようと考えていると明記された。脅威は現実だが、中国軍には限界があり、米国は中国の挑戦に対抗できる。
(3) 平時と戦時に持続的な海軍作戦を実行するための主要な部隊単位は、番号を付与された艦隊(以下「各艦隊」と言う)である。現在、欧州統合軍、アフリカ統合軍などの地域統合軍に6つの各艦隊が配置されている。しかし、戦闘艦の不足と脅威の規模を考えると、海軍は、最大の戦略的効果を得るため戦力を集中し、調整のために再編成する必要がある。2008 年にU.S. 4th Fleetが地域の共同海洋構造を促進することを意図して創設され、2018 年にU.S. 2nd Fleetが米国東部沿岸でロシアの潜水艦が相次いで活動していることに対応して再配置された。中国が南シナ海で米国の利益を侵害し、同地域での米国の同盟と貿易を脅かしていることから、同地域に焦点を当てた艦隊を確立することが求められている。
(4) 2022 年の 米国国家防衛戦略(NDS)は、米国が中国と包括的な競争をしていることを明確に記載した。この競争に関連する作戦計画は、中国共産党の世界的な願望と台湾への軍事的焦点を考慮すると、必然的に強力な海軍部隊を持つことになる。海軍の各艦隊を、現在の陸上中心ではなく海上中心に編成し、特定の地域の戦略的任務に合わせた部隊を編成することは、これをより良く行うための一つの方法である。通常、戦力の配分は、年次のGlobal Force Management(全地球規模な部隊管理:以下、GFMと言う)により、地域統合軍司令部からの要請に基づいて行われるが、現状では、海軍に対する要求が過剰で、戦略的な一貫性を欠いている。このGFMの修正と各艦隊の再編は、海軍の戦略的有効性を向上させるために成功する可能性が高い。
(5) 地域統合軍の代わりに海洋情勢を加味した戦力配分によって、インド洋や南シナ海のような、海域に応じた海軍戦力の配分が可能になる。また、カリブ海とギニア湾を結ぶ海域は、海賊や違法行為が頻繁に行われるため、艦隊の編成を見直すのに適した地域である。ここはフロリダに司令部を置く南方軍とドイツに司令部を置くアフリカ軍が、関連するU.S. 6th FleetとU.S. 4th Fleetとともに管轄している地域である。地理的に連続する海域の作戦ニーズを統合すれば、単一の艦隊で、違法な海洋活動、港湾アクセス、提携国の海洋能力、中国やロシアの影響力などに首尾よく対処できるようになる。同じことが、現在、U.S. 5th Fleet、U.S. 6th Fleet、U.S. 7th Fleetが担当しているインド洋でも言える。イランの侵略を抑止し、それに立ち向かうために単一艦隊を指定し、インドとの協力を強化し、この地域で増大する中国の軍事的展開を混乱させるべきである。ただし、そうすれば、欧州軍やその海軍部隊である欧州・アフリカ海軍司令部のような統合司令部間の既存の関係が変わることになる。
(6) 各地域統合軍には、海軍部隊司令部があり、艦隊の地理的範囲を変更しても、司令部の役割に影響はなく、地域統合軍司令部の要請をよりよく伝え、その範囲を改善できる可能性がある。また、この新しい配置は、即応性と整備計画を強化することになる。例えば、東南アジアに新たに編成された艦隊は、配備された艦艇の保守のために、新しい港にアクセスすることが容易になるであろう。また、効果的な2国間演習を計画する上でも有利になる。このような任務は、現在、U.S. 7th Fleetが担っているが、司令部が約3,000海里離れた日本に位置しているので多くの競合する要求がある。
(7) 東南アジアは以前から大国間競争の焦点であったが、再び米中間の紛争地域となっている。注目すべきは、2018年にU.S. 7th Fleetの旗艦を兼ねる遠征高速輸送船(EPF)に加え、沿海域戦闘艦のシンガポールへの交代配備が復活したことである。このための調整は地域に焦点を当てた作戦担当幕僚が不在なため、シンガポールに拠点を置くU.S. 7th Fleet麾下のLogistics Group, Western Pacific(西太平洋兵站群、指揮官は准将クラス)に頼っている。これらの組織変更は、ゴールドウォーター・ニコルズ法の修正や統一司令部計画を調整する大統領令を必要とせずに実現可能である。ただし、新たに艦隊を設立する場合は、最低でも議会への届出が必要となる。
(8) 軍は、シンガポールを拠点とする駆逐艦部隊を出発点とし、遠征高速輸送艦のような現存の艦船を新艦隊の旗艦として再利用することで、この変更を達成することができる。この艦隊指揮官は、中将クラスとなるべきで、それはその地域の海軍指揮官の調整力を強化し、この地域の重要性を主張することになる。新たな将官の増員をしない選択肢としては、ペンタゴンに最近設置された N7 オフィス(訓練・演習担任)を N3/N5 (作戦/計画・政策担任)に統合することで、中将クラスを1名確保できる。重要な紛争地域に中将配置を増やすことをおそらく議会は支持するであろう。長期的には、南太平洋と中央太平洋における海洋競争の激化に焦点を当てた、艦隊を新設する選択肢もある 。
(9) 海軍の戦力配分を艦隊中心の構成に移行するために、以下のとおり提言する。
a.国防長官は統合参謀本部議長に対し、海軍兵力を地域統合軍司令部の作戦要求に基づいて各艦隊に配分することを規定するよう指示する。
b.海軍作戦部長は、各艦隊の責任範囲を調整する。
c.議会は海軍省に対し、この新しい艦隊中心の取り組みへの移行に関する年次報告を行うよう要求する。
(10) NDS の世界的な海上競争部門を各艦隊に集中させることは、作戦上、理にかなっている。各艦隊は、持続的な海上作戦のために編成されており、この利点を最大限に生かすには、海洋地理学の常識に沿って具体的な戦略目標に従って、各艦隊を再編成することが必要である。
記事参照:An Effective Maritime Campaign Against China Requires a New Fleet-Centered Approach.

2月8日「2023年はロシア海軍にとって何の前兆となるのか?―米ユーラシア問題専門家論説」(Eurasia Daily Monitor, The Jamestown Foundation, February 8, 2023)

 2月8日付の米シンクタンクThe Jamestown Foundationが発行するEurasia Daily Monitorのウエブサイトは、The Jamestown Foundationのユーラシア外交及び防衛政策の専門家John C. K. Dalyの “What Does 2023 Portend for the Russian Navy?”と題する論説を掲載し、ここでJohn C. K. DalyはロシアMilitary Maritime Fleet(以下、ロシア海軍と言う)は、2023年現在、ウクライナでの実際の紛争の中でも、近代化のための努力を継続し、新しい弾道ミサイル潜水艦(SSBN)やミサイル・フリゲート(FFG)の建造を進めたり、中国や南アフリカとの共同訓練を実施しようとしているが、無理な計画はロシア海軍の水兵たちの反発を招き、Putin政権の崩壊を招く可能性もあるかもしれないとして要旨以下のように述べている。
(1) 2022年2月24日、Vladimir Putin大統領はウクライナに対する「特別軍事作戦」を開始した。2014年までクリミアのセヴァストーポリ港でウクライナ海軍と共同で拠点を置いていたロシアのBlack Sea Fleetは、ウクライナ海軍との衝突で旗艦「モスクワ」の沈没を含む相当な反撃を受けることになった。紛争が2年目に入り、Putin大統領が完全な勝利を達成する決意を繰り返し表明する中、その目標を達成するためのロシア海軍の貢献には依然として問題がある。
(2) 「特別軍事作戦」において、ロシア海軍の果たした役割は精彩を欠いている。実のところ、ロシア海軍はウクライナの港を封鎖しBlack Sea FleetとCaspian Flotillaの艦艇からウクライナ国内の標的に対するミサイル攻撃には成功したが、Black Sea Fleet旗艦と多くの小型艦艇を失い、ウクライナの戦略的に重要な蛇島の支配を確保できず、局所的なシー・コントロールにもかかわらず、ウクライナの沿岸地域に対する定的な水陸両用作戦を実施できなかった。
(3) 成果の上がらないウクライナ侵攻への関与に加え、Putin大統領はロシア海軍にさらなる責任を課した。Putin大統領は、2022年7月31日にサンクトペテルブルクで開催されたロシア海軍記念日において、新しい海軍ドクトリンについて「我々は、ロシアの経済的国益および死活的に重要な戦略的国益の両面の境界と海域を率直に描いている。まず第1に、それは我々の北極海である。そして黒海、オホーツク海、ベーリング海、バルト海、クリル海峡である」と述べ、ロシア海軍の責任範囲を明確に拡大し、北極海航路の防衛を含む北極圏における海軍力の展開の増強を求めている。ソビエト時代から現在まで、ロシア海軍の主な任務はNorthern FleetおよびPacific Fleet の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)による戦略的抑止力の維持であり、北極圏は長い間、ロシアの海上核抑止力の重要な戦略的部隊の集中する海域であった。
(4) セベロドビンスクのSevernoye Mashinostroitelnoye Predpriyatie(北部機械建造会社、略称Sevmash)での「スヴォーロフ大元帥」の就役により、潜水艦発射弾道ミサイル「ブラヴァ」16基を搭載したボレイ級SSBN6番艦が、バレンツ海のNorthern Fleetの一時的な基地に向け出港した。これは、Pacific Fleetへ配備される前に行われることである。ボレイ級SSBNはロシアの1世代前のSSBNを代替することを目的としている。ロシア政府の現在の建造計画によると、Northern FleetおよびPacific Fleetのためにさらに4隻のボレイ-A級 SSBNが建造される予定である。ロシア海軍はまた、最新のSSBNに加えて、新しい重武装の水上艦艇を建造する計画を開始した。2023年1月初旬、新ミサイルフリゲート艦の1番艦「ゴルシコフ」がNorthern Fleetに配備され、極超音速巡航ミサイル「ツィルコン」の発射試験を開始したことで注目を集めた。
(5) 全体として、ウクライナでの実際の紛争の中でのロシア海軍の近代化のための継続的な努力は、希少な財源のさらなる優先順位付けを余儀なくさせられるであろう。厳しい国内事情と世界的な非難にもかかわらず、ロシアとの共同軍事演習を実施することをいとわない少数の同盟国を持つことにロシアは成功した。驚くべき展開として、中ロ海軍は南アフリカ海軍との共同演習を実施する予定である。3ヵ国共同演習は2023年2月17日から26日まで南アフリカ東部のダーバン沖で開催される予定である。
(6) 2023年後半には、米国はロシアの海軍作戦を直接観察する機会があるかもしれない。2022年12月、インドネシア海軍は2023年6月に南スラウェシのマカッサルで開催される予定の多国間海軍演習コモド(Multilateral Naval Exercise Komodo:以下、MNEKと言う)に47か国の海軍を招待したと発表した。MNEKは、2014年から隔年で実施されている国際規模の共同演習である。この演習に、インドネシア海軍から17隻の艦艇が参加予定であり、Marine Combat Group of Indonesian Fleet Command II司令官Deny Prasetyo准将によれば、演習参加国には米国、中国、ロシア、カナダ、韓国、北朝鮮が含まれる。
(7) 開戦から1年たっても、Putinのウクライナに対する無謀な戦争は、その戦略的目標を達成できなかっただけでなく、予想外に強力なNATOの対応を作り上げた。西側の制裁体制がロシア経済に悪影響を及ぼし、ロシア経済を苦しめたため、ウクライナにおいて苦境に陥っているロシア軍にとって、ロシア海軍が北極圏を確保するためさらなる権限を与えられており、乏しい資源がさらに圧迫されている。ロシア軍がウクライナに対する2年目の攻撃を開始するにあたり、ソ連の過去を愛するPutinは、第1次世界大戦中の長期にわたる軍事的無能が1917年にマノフ王朝に与えた影響とその過程でクロンシュタットに停泊していたBaltic Fleetの水兵たちが果たした役割をよく考えるのがよいかもしれない。
記事参照:What Does 2023 Portend for the Russian Navy?

2月10日「ロシアNorthern Fleetの弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の基地で、米国による核兵器査察が3年間行われていない―ノルウェー紙報道」(The Barents Observer February 10,2023)

 2月10日付のノルウェーのオンライン紙The Barents Observerは、”Three years without one single on-site US nuclear weapons inspection at base for Northern Fleet ballistic missile submarines”と題する記事を掲載し、新START条約に基づく米ロ間の核兵器管理のための相互査察が中断していることおよびロシアがウクライナ戦争で核兵器使用をちらつかせていることに警鐘を鳴らし、要旨以下のように報じている。
(1) 最大の核兵器保有国である2国間に残された最後の重要な軍備管理協定が、現地査察の中断により弱体化していることに懸念が高まっている。新START条約履行に関するU.S. Department of Stateの議会報告は「ロシアは、米国の査察活動を促進する義務を果たしていない」と指摘している。
(2) コラ半島にあるロシアNorthern Fleetの弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)の基地ガジエヴォ(Gadzhiyevo)に米国の査察団が入ったのは、COVID-19の大流行以前である。ここでは、デルタIV級SSBNと新型のボレイ級SSBNが北極海での抑止哨戒任務に出る前に、核弾頭装着の弾道ミサイルを搭載している。The Barents Observer紙は、衛星画像を基にガジエヴォ等のミサイル格納庫が近年大幅に改修・拡張されたと報告している。
(3) 米ロ間の新戦略的兵器削減条約は、2010年にDmitri Medvedev とBarack Obama両大統領によって署名され、配備される核弾頭の数をそれぞれ1,550個に制限している。大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイルおよび戦略爆撃機の運搬手段の配備数は、双方とも700と定められている。ボレイ級SSBNは、Northern Fleetに3隻配備されており、6発の核弾頭を搭載した16基のミサイルを搭載可能で、完全武装したボレイ級潜水艦は、96個の核弾頭を搭載して哨戒任務に就くことができる。
(4) 新START条約で合意された数を検証するため、双方に毎年18回まで現地査察が認めている。COVID流行の際、ロシアと米国は査察を中断し、世界的感染拡大が制御され次第、現地査察に戻るという意図を相互に合意していた。ところが、ロシアがウクライナに侵攻し、米国との関係は急速に悪化した。
(5) ロシアを代表して条約に署名したDmitri Medvedevは、現在、ロシア安全保障理事会の副議長として、NATOや米国に核戦争への警告を頻繁に発している。Medvedevは1月に、「通常戦争で核保有国が敗北すれば、核戦争の引き金になりかねない」とTelegramに投稿している。北部では2022年11月、セヴェロモルスク(Severomorsk)のNorthern Fleet司令部からMitrofan大主教が兵士たちに終末戦争への警告を発した。
(6) このような混乱の中で、新START条約が遵守されているという相互信頼が最も重要である。ロシアや米国が義務を果たしていないとする根拠はないが、「2022年12月31日時点で入手可能な情報に基づき、米国はロシアが新START条約の条項を遵守していると認定することはできない」とU.S. Department of Stateの報告書は述べている。Federation of American ScientistsのNuclear Information Project責任者Hans Kristensen,は、Matt Kordaとともに、査察が行われないからロシアが条約の制限を超える核兵器を配備しているとは言えないと分析している。しかし、2人は軍縮条約そのものの将来を懸念している。「こうした問題が長引けば長引くほど、2026年2月の新START条約失効後の2国間の戦略兵器管理体制継続のための米ロの条約交渉の妨げになることは明らかだ。」と指摘する。
(7) NATOは声明で、「ロシアに対し、ロシア領内での新START条約に基づく米国による査察を容易にすることで、条約の義務を果たすよう求める」と述べている。ロシアMinistry of Foreign Affairsは、ロシアの航空機に対する米国領空飛行禁止の制裁反対等、非難の矛先を米国に向け「米国は反ロシア規制を採用し、ロシアによる米国の領域での査察を妨げており、それによって米国側に一方的利益をもたらした」と述べている。U.S. Department of Stateは、「ロシアの査察官は、民間航空便や認可された査察用航空機で米国に渡航することができる。米国の制裁措置によって、ロシアが条約に基づく査察権を行使することを妨げる障害は存在しない。」と明言している。
記事参照:Three years without one single on-site US nuclear weapons inspection at base for Northern Fleet ballistic missile submarines

【補遺】

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旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) Building a U.S.-Japan-Philippines Triad
https://csis-website-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/2023-01/230201_Poling_Building_Triad.pdf?VersionId=fXPcQHz5zxOLx3NHfE9QLjnk6o3ACBYR
CSIS, February 1, 2023
By Gregory B. Poling directs the Southeast Asia Program and Asia Maritime Transparency Initiative at the Center for Strategic and International Studies (CSIS) in Washington, D.C., where he is also a senior fellow.
Andreyka Natalegawa, an associate fellow for the CSIS Southeast Asia Program
Danielle Fallin, a research associate and program manager for the CSIS Southeast Asia Program
 2023年2月1日、米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies (CSIS) のSoutheast Asia Programの責任者Gregory B. Poling、同Program研究助手Andreyka Natalegawa、および同ProgramプログラムマネージャーDanielle Fallinは、同Centerのウエブサイトに" Building a U.S.-Japan-Philippines Triad "と題する論説を寄稿した。その中でPoling、Natalegawa、Fallinの3名は、南シナ海における人工島基地の完成とその軍事化など、周辺海域における中国の主張の高まりは、インド太平洋の力の均衡を根本的に変えていると指摘した上で、米国が東シナ海と南シナ海における中国の違法行為に対抗するためには、日本やフィリピンとの強固な協力関係なしに実行可能な戦略が不可欠だと断言している。そしてPolingらは、日米両国がフィリピンとの提携の戦略的基盤を強化し、かつ、協力することで得られる相互利益を強調し、地域安全保障における日米比3ヵ国協力の役割を評価することがますます急務となっていると主張している。

(2) THE PROMISE AND PITFALLS OF UNDERWATER DOMAIN AWARENESS
https://warontherocks.com/2023/02/the-promise-and-pitfalls-of-underwater-domain-awareness/
War on the Rocks, February 10, 2023
By Abhijit Singh is head of the Maritime Policy Initiative at the Observer Research Foundation in New Delhi, and a former Indian naval officer.
 2023年2月10日、インドのシンクタンクObserver Research Foundation のMaritime Policy Initiative責任者で、元インド海軍士官Abhijit Singhは米University of Texasのデジタル出版物War on the Rocksに" THE PROMISE AND PITFALLS OF UNDERWATER DOMAIN AWARENESS "と題する論説を寄稿した。その中でAbhijit Singhは、今日、海事用語の中で、海洋状況把握(maritime domain awareness:以下、MDAと言う)ほど深く浸透してきている表現はなく、安全保障やガバナンスの議論における共通課題となっていると指摘した上で、この概念は、特にインドの戦略専門家の間で人気があるが、これは、インドでは、海中におけるいたちごっこは神経を尖らせる沿海域で常に行われており、敵は常に防衛側の裏をかく策を採ってくると考えられているからだと解説している。そしてSinghは、インド海軍はすでに、米海軍やフランス海軍など志を同じくする提携国とMDA拡大について協議しているが、今後インド政府やインド海軍は、そうした提携の改題だけでなく、混雑した海洋環境下で効果的に機能する水中監視手段を開発することが主要な要件になると指摘している。

(2) Why the high cost of conflict may be the best hope for peace in the Taiwan Strait
https://www.scmp.com/news/china/military/article/3209574/why-high-cost-conflict-may-be-best-hope-peace-taiwan-strait
South China Morning Post, February 10, 2023
 2月10日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Why the high cost of conflict may be the best hope for peace in the Taiwan Strait”と題する記事を掲載した。その中で、①軍事及び米中関係の専門家は、台湾問題を拡大させることによって引き起こされる戦争は、ワシントンの同盟国を巻き込む危険性があると警告している。②一部の専門家は、中国政府は台湾海峡の危機を慎重に管理し、武力行使は最後の選択肢としてしか考えないだろうと言っている。③中国指導部は緊張を緩和させると同時に、米国が介入する際の対価をより高くするために、その能力を高め続ける可能性がある。④米政府は、台湾の自衛を支援することを表明しているが、攻撃に対して台湾を積極的に支援するかどうかは明言していない。⑤ある評論家は、中国が台湾を武力で取り戻そうとしても、沖縄を攻撃すれば、米国と日本が他の地域の同盟国と一緒になって中国を標的にする正当性を与えるため、沖縄に先制攻撃を行うことはないが、沖縄の基地から出撃した部隊が中国軍を攻撃すれば、中国軍はこの島に反撃するだろうとしている。⑥日本や韓国との高官級の軍事対話の機構を確立するために動くなど、中国政府は米国の主要な地域同盟国に1国ずつ接近していくだろう。⑦中国や米国が妥協する用意がないため、台湾問題の将来について悲観的な見方があるといったことが述べられている。