海洋安全保障情報旬報 2023年1月1日-1月10日

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1月3日「ブルーエコノミーのための協力の必要性―インド専門家論説」(Observer Research Foundation, January 3, 2023)

 1月3日付のインドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、同シンクタンク客員研究員Srinath Sridharanと理事Nilanjan Ghoshの“Developing the blue economy requires collaborative effort”と題する論説を掲載し、両名はブルーエコノミーの概要と課題について、要旨以下のように述べている。
(1) ブルーエコノミーは、海洋環境の状況の提示、効果的な利用、再生に関するものである。漁業、水産養殖から海洋問題、沿岸問題、海洋観光に至るまで、沿岸資源に対する持続可能性に基づいた取り組みを説明するために使用される。海上輸送は、世界化した市場において、コンテナ船、タンカー、港湾という形で大きな役割を果たしているが、沿岸観光が海洋関連の活動の中では最大の雇用主となっている。
(2) 大洋、海及び沿海域は、人類の食糧安全保障と経済的な継続性に貢献している。海洋を利用した数多くの産業が急成長しており、海洋は次の大きな経済フロンティアである。しかし、懸念は海洋が人間の活動によって深刻な危機に瀕していることである。海洋活動は、汚染、海洋温暖化、富栄養化、酸性化、海洋生態系への影響としての漁業の衰退をもたらす。持続可能な開発目標14(SDG14)“Life Below Water”は、持続可能な開発のための大洋、海及び海洋資源の保全と持続可能な利用に関するものであり、海洋が均衡を取り戻すための国際協力を求めている。
(3) 海洋は未知の領域であり、金融機関もほとんど理解していない。そのため、手頃な価格の長期融資の規模を拡大して利用できるようにするための金融機関による準備はほとんどされていない。ブルーエコノミーの目標達成の道程において、経済的に大きな代償を払うのは発展途上国である。発展途上国の多くは多額の対外債務を抱えている。また、農業経済と海洋経済との間の移行に必要な能力と技術の欠如も重大な障害となっている。ブルーエコノミーは海洋科学の中の複数の分野に基づいているため、専門分野を超えた専門家や利害関係者が必要である。
(4) 国連は、ブルーエコノミーを支援する際に、公平性を忘れてはならないと強調している。土地や資源は地域社会のものであることが多く、沿岸観光などの分野が経済活性化のために奨励されているため、海洋に依存する地域社会の利益はしばしば無視される。
(5) インドがG20の議長国であることは、社会的公正をもたらし、環境の持続可能性を確保するための機会となる。明確な指針や手引きの詳細がなければ、各国のブルーエコノミーや持続可能な海洋経済は、環境の持続可能性や社会的公正にほとんど注意を払わないまま、経済成長を追求することになるのではないかという懸念がある。インドのブルーエコノミーへの関与は高まっており、国際・地域対話、そして、海洋・海事協力に積極的に関わっている。
(6) ブルーエコノミーの発展は、国内及び世界的な専門的知識に基づいて行われるべきである。ブルーエコノミーの変革には、統合的な海洋空間計画の活用を含むことが重要である。
記事参照:Developing the blue economy requires collaborative effort

1月4日「SSBNの運用と核の傘―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, January 4, 2023)

 1月4日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、同Institute上席研究員Rod Lyonの“Submarines and nuclear umbrellas”と題する論説を掲載し、Rod Lyonは近年、米国の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)がその存在を明らかにする行動を見受けられるようになってきた。米国の核の三本柱の一角を担い、水中での隠密行動によって残存性が高いことからもっとも信頼性のある核抑止力であったが、1991年、冷戦終結後、米国は海軍の核化を推進した結果、同盟国、提携国から拡大抑止の核の傘の保障を求められるようになり、SSBNの運用方針を変更したものと考えられるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 戦争、感染症の世界的拡大、気候災害、核の強制の試みなどの年である2022年後半、多くのメディアが珍しい画像を報じた。大西洋のどこかで、英ヴァンガード級SSBNと一緒に、米国のオハイオ級SSBN「テネシー」が浮上航行しているものである。さまざまな国のSSBNが並んで浮上航行することは非常に珍しいことである。画像にはローパスするTACAMO(Take Charge and Move Over)機E-6Bも写っている。E-6BはVLFアンテナを搭載し、大統領命令、特に核ミサイル発射命令を中継する任務を負っている。画像からは、同盟の連帯、SSBNの残存性、ASWの優位性、そして米国あるいは英国のnational command authority殺害を目的とする攻撃の試みを阻止する抗堪性のある指揮権の5つを見て取ることができる。さらに、それはロシアのVladimir Putin大統領、そしてより一般的には世界にとって、古典的な核抑止がどのようなものかを思い出させるものである。
(2) 興味深いのは、核の三本柱の1つであるSSBNという柱がこれらのメッセージを伝えるために選択されていることである。最近の歴史において、SSBNは少なくとも西側の核保有国にとって、核抑止の最後の防護柵であり、米国の確実な第二撃力の中心である。しかし、この場合、SSBNは誰の目にも触れることのない世界から誰もが目にすることのできる世界に移動してきている。さらに、米SSBNは他の海域でも通常とは異なる行動が見受けられる。10月26日から31日までのディエゴガルシアに「ウエストバージニア」が寄港した。同艦は、U.S. Central Command(以下、CENTCOMと言う)司令官乗艦のため、数週間前にアラビア海に浮上している。これは、米国の核の傘がヨーロッパとインド太平洋だけに関連していると考える人々に CENTCOMが米国の核抑止力とも結びついていることを伝える暗黙の通知である。
(3) 最近の寄港の波をもう少し不可解にしているのは、米SSBNがこれまで陸上からの支援に依存しないことを示してきた手法から外れつつあることである。米国のSSBNによるそのような訪問は、ここ数十年では比較的稀であったが、以前はより一般的であった。そのような最初の訪問は、キューバ・ミサイル危機における「サムヒューストン」のトルコのイズミル寄港である。トルコに配備されていたジュピターミサイル撤去に際し、トルコへの核の傘を保障するための米政府の試みであった。
(4) SSBN弾道ミサイル搭載潜水艦が米国の核の3本柱の中でもっとも残存性の高い柱と考えられるようになってきた。潜水艦発射弾道ミサイルの射程が延伸し、アデン港で発生した米駆逐艦「コール」に対するテロ攻撃、2001年9月11日のテロ攻撃の後、SSBNは米海軍基地以外の港湾への寄港は実施してはならないと指示されており、2015年まで維持されてきた。それ以降も寄港は珍しい事例である。SSBNの安全は依然として重要な考慮事項である。
(5) SSBNの行動の変化に関して、何が起こっているのかを十分に理解するため、1991年の出来事を覚えておく必要がある。冷戦の終結。そして9月27日、George H.W. Bush大統領は、前方配備された核兵器の数を削減し、それらの兵器を米国本土に戻すよういくつかの大統領核構想(presidential nuclear initiative)の要点を発表した。構想は、陸上配備の弾頭だけでなく、艦艇に搭載された弾頭も対象としており、その効果は米海軍の大部分を「非核化」することであった。すべての水上艦とSSBNを除くほとんどの潜水艦はもはや核兵器を搭載していない。
(6) しかし、1991年の情勢は長続きしなかった。特に、アジアの台頭と大国の戦略的競争の復活の影響が出始めてきた。同盟国と提携国は、彼らの防衛に対する米国の核の傘が必ず提供されるというより明確な合図を探していたが、米国は非核海軍にあまりにも夢中になっていた。これは、海洋が主戦場となるインド太平洋地域で特に当てはまることである。米海軍がこの地域における核の拡大抑止の保証に貢献するつもりがなかったとしたら、誰が行うことができるのか?空軍は確かに危機の際に目立つ戦略爆撃機をこの地域に展開することは可能ではあるが、その効果の程は不十分なものである。
(7) 最近の米国の核態勢見直しは、米政府が拡大核抑止の将来の形についてより深く考え始めていることを示している。インド太平洋地域では、拡大抑止の取り決めは伝統的に欧州のそれの脇役として扱われてきた。しかし、最新の核態勢見直しは、より緊密な協議、より高官級の関与、そして合意できる場合にはSSBNの寄港と戦略爆撃機の訪問を予め提示している。このようなSSBNの寄港と戦略爆撃機の訪問は、同盟国と提携国に、戦略的核抑止力を彼らの重要な利益の保護に「拡大」するという米政府の継続的な誓約の保証を目的としている。日本とオーストラリアではSSBNの寄港はより微妙で取り扱いに注意を要する事項と見なされる可能性が高く、どちらもSSBNの寄港を保証の一形態と見なしてこなかった。
(8) それでも、核抑止力はすでにインド太平洋でますます大きな役割を果たしており、その役割は縮小するよりも拡大する可能性が高い。オーストラリアの政策立案者は、この地域の核の傘が新しく、より目に見える形をとっているという事実に注目する必要がある。そして、我々は米国の拡大抑止が有効である期間に特別な関心を払っている。率直に言えば、我々は婉曲的に「代替の選択肢」と呼ばれるかもしれないものを追求するのに米国の他のいくつかの同盟国ほど適していない。
記事参照:Submarines and nuclear umbrellas

1月4日「米中大国間対立は米国優位に展開しつつある―米東アジア専門家論説」(East Asia Forum, January 4, 2023)

 1月4日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物East Asia Forumは、米シンクタンクBrookings Institution上席研究員Ryan Hassの“Great power competition has shifted in the United States’ favour”と題する論説を掲載し、そこでRyan Hassは、1年前と比べて米中の国内的・国際的立場が変化したことにより、今後米中関係が緊張緩和に向けて動くのかどうかについて、要旨以下のように述べている。
(1) 2022年の初め、米国との大国間対立において中国の方に勢いがあるように思われた。経済も好調でCOVID-19の拡大を防いだかに思われ、ロシアとの関係も良好であった。他方、米国は党派対立によって政権が麻痺していた。アフガニスタン撤退をめぐる混乱は、同国の威信に傷をつけた。21世紀、アジアを支配するのは中国だと見られていた。
(2) 1年後の現在、その見方が変わりつつある。中国経済の成長は鈍化に転じた。ウクライナ戦争に対するロシア支持の姿勢、あるいは国内での専制的支配の強化、周辺地域における軍事行動の活発化が国際的な評判を傷つけた。
(3) 他方、Biden政権の政治的立場は安定しつつある。インフラ投資・雇用法やインフレ抑制法などが議会で通過するのは超党派での合意により確実視されている。それは合わせて1兆ドルの支出により、米国のイノベーションに投資を進めることになる。また米国は国際的な立場も強めている。ウクライナ戦争においては大西洋をまたぐ団結が維持され、QUADやAUKUSなどの少数国間協調も進められている。ASEANや太平洋島嶼諸国など、地域の提携国との関係も強化されている。
(4) 先のことを考えると、北朝鮮の核開発、中印国境紛争、台湾海峡などいくつもの対立点があるため、2023年は慎重に動く必要がある。重要なことは、この1年間の展開が米中関係における緊張を緩和することにつながるかどうかである。
(5) Biden政権は、中国に対する非妥協的姿勢の維持を国内からは求められ、習近平が態度を軟化させる可能性も低い。他方で米国の同盟国や提携国は米国が緊張緩和の試みを進めることを歓迎するだろう。多くの国々は海面上昇など世界的な課題への対処に焦点を当てており、米国もそうすることを望んでいる。Biden政権は、国内投資や提携国との関係強化という、就任当初に必要と考えていたことを実行に移してきた。次に考えるべきは、Biden政権が直接中国との意見の相違について対処するのかどうかである。米国は、その地域戦略と対中政策をそれぞれバラバラに考えてはいけない。適切な地域戦略の立案なしに、適切な対中政策の立案はありえない。
(6) 2023年11月、APEC首脳会議がサンフランシスコで開催される予定である。中国の習近平がそれに参加するために訪米すると見られる。彼の訪米が、米中間の緊張緩和のために意見の相違を調整し、危険性を制御し、世界的な諸課題に協力して取り組むきっかけになるのか、そうでないのかが注目される。
記事参照:Great power competition has shifted in the United States’ favour

1月5日「中国による台湾併合が日米印に与える影響―インド専門家論説」(Observer Research Foundation, January 5, 2023)

 1月5日付のインドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、同シンクタンク研究員Aditya Bhanと同シンクタンク戦略研究プログラムの上席研究員Kartik Bommakantiの“The implications of the PRC’s annexation of Taiwan for Japan, the US, and India”と題する論説を掲載し、そこで両名は中国による台湾侵攻の準備が進められていること、その実施日が想定より早まることを指摘し、それに対してインドがどのように対応すべきかとして、要旨以下のように述べた。
(1) 中国人民解放軍(以下、PLAと言う)は最近、台湾周辺で「打撃演習」を実施した。それは、中国による台湾侵攻の可能性が高まっていることを示している。さかのぼって2022年8月、Nancy Pelosi米下院議長(当時)の台湾訪問を受けて、台湾周辺で大規模軍事演習を実施した。その含意もまた同じである。Central Intelligence Agency 副長官David Cohenによると中国は2027年までに台湾侵攻に着手するのではないかということである。こうした観測は他にも見られる。習近平は2050年までに台湾を併合すると2019年に宣言したが、その目標は修正されているように思われる。
(2) 中国軍は、台湾侵攻を成功させるための能力を急速に拡大している。たとえば陸軍は大規模な再編および水陸両用攻撃任務の訓練を進め、海軍は日米韓など外部勢力の干渉を抑止する能力拡大に務めている。空軍は防空網の拡大や、空中給油能力の向上による作戦範囲と航続時間の拡張を進めている。
(3) 陸海空軍の増強を補完するものの1つがロケット部隊であり、それにより台湾の指揮統制網への攻撃が可能になるであろう。PLA戦略支援部隊は、サイバー攻撃と電子攻撃による情報支配の確立を目指している。またPLA統合兵站支援部隊は、戦略および作戦単位での統合的な後方支援の準備を進めている。
(4) 中国が軍事力による台湾併合に成功した場合、日米韓印など、インド太平洋地域の国々にはどのような影響があるだろうか。その場合、まず第一列島線が直接中国の脅威にさらされ、周辺の海上交通路も同様である。台湾併合により中国は太平洋西部への軍事的展開拡大の足がかりを得ることになる。台湾はインドと距離が離れているとはいえ、その結果は重大である。インドはすでに陸上国境沿いで中国と軍事的な対立を抱えており、中国が台湾を占領すれば中国は勢いづき、インド洋への展開を高めるきっかけになるかもしれない。インドは困難な状況に直面するだろうが、防衛費の拡大やQUADへの関与を深めて、これに対処する必要がある。
記事参照:The implications of the PRC’s annexation of Taiwan for Japan, the US, and India

1月5日「中比首脳会談の成果―香港紙報道」(South China Morning Post.com, January 5, 2023)

 1月5日付けの香港英字紙South China Morning Post電子版は、“China and Philippines agree on new channels to resolve South China Sea maritime disputes among their 14 new deals”と題する記事を掲載し、1月4日に北京で行われた中比首脳会談の成果について、要旨以下のように報じている。
(1) 中国の習近平国家主席とフィリピンのMarcos Jr.大統領との首脳会談は1月4日に北京で行われた。両国は、4つの借款供与協定を含む14の協定に調印するとともに、直接通信チャネルを設置し、南シナ海での海洋紛争を平和的に解決することに合意した。5日に発表された共同声明によれば、両国が平和的手段を通じて双方の立場の違いを管理しようとする中比間の「総体的な」関係には、海洋問題が含まれていない。これは、「海洋問題は中国との関係の全体を規定するものではない」という以前からのフィリピン政府の姿勢の反映である。共同声明は、「両国は、地域の平和と安定並びに南シナ海における航行の自由と上空飛行の自由を維持し、促進することの重要性を再確認するとともに、南シナ海行動宣言、国連憲章及び1982年の国連海洋法条約に基づく、南シナ海紛争の平和的解決について合意に達した」と言及している。
(2) 両国は、信頼醸成措置が相互信頼の向上に資するとともに、外交当局者間の直接的な意思疎通機構を設置することに合意した。University of MalayaのInstitute of China Studiesの国際関係専門家S Mahmud Aliは、この機構は「安定した静穏な状況維持」を目的としており、「その狙いは、Duterte前大統領との間で築き上げた基盤の上に立ち、『事件』に事態が拡大することを阻止するために、早い段階で違いに対処するために中国政府とフィリピン政府間の直接的な意思疎通を確立することにある」とし、この機構の有効性はしばらくの間運用された後に初めて判断できると指摘している。共同声明によれば、両首脳は、あらゆる紛争の平和的解決、主権と領土保全の相互尊重及び相互内政不干渉を含む、外交関係樹立のための1975年の中比共同声明の諸原則を再確認した。フィリピンはまた、1つの中国政策の遵守を再確認した。
(3) 中国政府とフィリピン政府は、貿易の拡大、文化交流、脱炭素社会の実現に向けた取り組みであるグリーントランスフォーメーション(GX)、および地域問題に関する調整を含む、「包括的な戦略的協力」を新たな高みに引き上げることに合意した。フィリピン大統領府の声明によれば、両国は4日、農業、インフラ、開発協力、海洋安全保障及び観光などの協定を含む、合計14の協定に調印した。2018年に調印された石油・ガス開発に関する覚書が会議で取り上げられ、両国は、以前の協議の成果の上に立って協議を再開することに合意した。太陽光発電、風力エネルギー、電気自動車および発電用原子力利用などの分野が探求されることになろう。また、マニラの橋梁建設への中国による借款供与など、4つの融資契約も調印された。返済は米ドルと人民元の両方で行われる。
(4) Marcos Jr.大統領は、習主席との首脳会談に先立って、両国の平和と発展に向けた「多くの期待と豊富な機会」をもたらすため、「両国関係の軌道をより高いギアにシフトする」ことに向けて取り組むことを期待していると述べていた。中国のシンクタンク盤古智庫(Pangoal Institution)の高級研究員許欽鐸は、今回の首脳会談はMarcos Jr.大統領の6年間の任期を通じて中比関係の基調となる可能性が高いとして、「フィリピンとMarcos Jr.大統領にとって、3年間のCovid-19パンデミック後の経済回復と成長が優先事項であり、一方、中国にとって、対話と協力の安定と継続に裏付けられた中比関係の再確認は、中国を孤立させ、フィリピンとの関係を妨害しようとする米国の試みを回避し得る重要な進展である」と指摘している。共同声明では、両国はお互いを「相互に有益な協力を通じウィンウィンの結果に向けて相互に助け合い、理解する、緊密な隣人、親族そして提携国」と呼んでいる。習主席はまた、フィリピンへの中国の投資支援から、隣国の村落や農業技術、基礎教育、気象学、宇宙科学およびワクチンの開発の支援に及ぶ協力を約束した。前出の許欽鐸は、外交的に意見の相違を解決するという中国政府とフィリピン政府の合意は米政府を不安にさせるであろうとし、「米国は、中国との取引においてゼロサム・アプローチに追求している。米政府は、フィリピンや域内での武器売却や軍事展開の強化を含む、フィリピンへの軍事的展開と軍事的関与を引き続き推進していくと見られる」と指摘している。
記事参照:China and Philippines agree on new channels to resolve South China Sea maritime disputes among their 14 new deals

1月6日「台湾封鎖による経済的損失は2兆ドル―米ビジネス系メディア報道」(Fox Business, January 6, 2023)

 1月6日付の米ビジネス専門ニュースサイトFox Businessは、“Blockade of Taiwan by China could cost world economy over $2 trillion, report finds”と題する記事を掲載し、アジア、特に中国経済を専門とする米研究機関Rhodium Groupは、中国がもし台湾封鎖を行った場合の経済的影響を試算し、それが「甚大」な損失をもたらすものになると警告したことについて、要旨以下のように報じている。
(1) ここ最近、中国と台湾の間の緊張は最高レベルに至っている。中国は武力による台湾侵攻の可能性を除外しておらず、習近平は台湾に兵器が流入しているのを注視している。中国による台湾侵攻が早い時期に起こると考えられている。
(2) Rhodium Groupは、中国による台湾封鎖による世界的な経済の損失を2兆ドルと見積もった。しかしこれは、封鎖の直接的影響だけによるものであり、それに対する国際的反応や2次的影響を除外した控えめな数字だという。
(3) 台湾の経済封鎖の影響は、半導体サプライチェーンにおいて重要な役割を果たす台湾が世界経済から切り離されることによって生じるものである。台湾封鎖となれば、半導体関連産業だけで年間1.6兆ドルの収入減になり、それに依存する関連産業も合わせればさらに数兆ドルの損失になると試算された。加えて国際貿易、特に中国とビジネスを行っている企業への銀行の融資が滞り、中国との貿易を行う企業において2,700億ドルの損失が生じるとも見積もられている。さらに中国による台湾封鎖は、ロシアのウクライナ侵攻の時のように、米市場で取引されている(7,750億ドルと見積もられる)中国株の売りを誘発する可能性があるという。また、台湾への直接投資が最大1,270億ドル遮断される可能性も指摘された。
(4) すべてを合わせると、台湾紛争による世界経済への打撃は、その直接的影響だけでも2兆ドルに上るという。この数字は底であり、実際はより甚大な大惨事になるだろう。
(5) 2022年8月、米下院議長Nancy Pelosiの台湾訪問に、中国は台湾周辺で史上最大規模の軍事演習で応じた。その演習にはミサイル発射も含まれており、それにより商業船舶は迂回した航行を余儀なくされた。これは、台湾封鎖が全面的に実施された場合に何が起きるかを予示するものだった。
記事参照:Blockade of Taiwan by China could cost world economy over $2 trillion, report finds

1月6日「日本がFive Eyes加盟を目指すならば-米専門家論説」(Center for Strategic and International Studies, January 6, 2023)

 1月6日付の米シンクタンクThe Center for Strategic and International Studies (CSIS)のウエブサイトは、Pacific Forumインド太平洋外交・安全保障政策担当上席部長兼CSIS日本講座非常勤研究員John Hemmingsの” How Might Japan Join the Five Eyes?”と題する論説を掲載し、ここでJohn Hemmingsは日本がFive Eyes加盟を目指すのであれば、そのための道程表を得て、これを日本の関係者が何が必要かをよく理解すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 先月発表された日本の国家安全保障戦略は、第2次世界大戦以来の政策規範を打ち砕くものと評される。これは、対中国の安全保障環境が急速に悪化する中で抑止力を提供するために指揮統制の分野で改善が必要という日米間の合意を表している。そして、高次の情報共有強化を求める声が強まっている。その結果、別の問題ではあるが、卓越した情報共有グループであるFive Eyesに日本を含めるべきかどうかが問われている。
(2) Five Eyesはオーストラリア、カナダ、ニュージーランド、英国、米国で構成され、その起源は第2次世界大戦にあり、効果的な戦争計画を立てるために、より高いレベルで情報を共有する必要性により始まった。現在のインド太平洋地域における中国の台頭は、日本のFive Eyes加盟の根拠を強めている。日本は、Five Eyesの個々の参加国(最近ではカナダ)と情報共有の関係を深めており、最近ではカナダとの情報共有を進めているが、Five Eyes加盟が要請される兆しはない。Five Eyesには、加盟に先立って取り組むべき広範な任務の複雑さがある。
(3) 第1に、日本の政策担当者は、Five Eyesの枠組みが、通信傍受による情報の共有という当初の目的を越えて、様々な公式・非公式の情報共有の取り決めや政策調整会議を包含するものに発展していることを理解する必要がある。Five Eyesに含まれる活動範囲は非常に広範かつ分散化されており、現実問題として、日本が参加したいと思うかどうかは疑問である。たとえば、防衛や外交の分野では、装備の相互運用、軍事情報の共有、外務省との対話など、情報分野以外で何百もの協定や作業部会が存在する。実際、これらの中には、日本が加わっているものもある。国内の安全保障分野では、国境警備、法執行、サイバーセキュリティ、移民などを検討するFive Eyes加盟国の法務大臣・司法長官で構成されるクインテット(Quintet)グループやFive Country Ministerial(5ヵ国閣僚会議:FCM)など、多くの活動が行われている。2021年の調査では、中国とロシアがもたらす課題の増大により、5ヵ国の安全保障実務者と専門家が、情報機関以外のさらに新しい形の協力を模索していることがわかった。この協力の多くは、サイバー、サプライチェーン、情報オペレーションといった非伝統的な安全保障分野を扱うことになる。このような協力は5ヵ国だけでなく、QUAD、AUKUS、G7、NATOもその一翼を担っているが、歴史的に親密で、機密情報を共有する空間での作業に慣れているFive Eyesは、軍民両用の技術共同開発にも適している。したがって、Five Eyesへの加盟を検討する際には、こうした非情報分野において、他の5ヵ国とどの程度共有したいのかを検討する必要がある。
(4) 第2に、Five Eyesの情報機関に出入り場合、日本の政策担当者は、何が要求されているかを明確に理解する必要がある。Five Eyesは、単に情報機関同士の定期的な交流ではなく、複数の機関や部局にまたがる情報共有が制度化された段階にある。それは次の3つの大まかな枠の中に存在する。
a.第1は、機密性の高い情報を誰が取り扱いかを明確にするために策定した秘密情報取扱資格とその審査システムである。日本がFive Eyes情報機関への加盟を希望するのであれば、Five Eyes加盟国が満たす基準を理解し、共通の基準と手順で機密情報を取り扱う政府職員を審査する部門を立ち上げる必要がある。この審査により、職員はさまざまな段階の秘密情報取扱資格を与えられ、それによってどの段階の機密情報を取り扱えるかが決まる。
b.第2は、秘密区分の分類である。情報は機密性に従って階層化され、これを秘密情報取扱資格制度と組み合わせることで、官僚機構を超えた安全な情報共有が可能になる。日本は、5ヵ国が採用している分類に近いものを採用すべきである。
c.第3は、一定の手順に従ってデータを共有する「情報共有標準作業手順」である。Five Eyesが運営する極秘、機密のネットワークに参加するためには、日本はサイバーセキュリティとユーザーのセキュリティに関して一定のセーフガードを導入する必要がある。この場合も、ユーザーは審査され、Five Eyesが適用している共通のサイバーセキュリティ慣行を遵守する必要がある。
(5) Five Eyesへの参加に関して、日本の政策担当者は自分たちがどこに行きたいのかを考え、Five Eyesがそこに到達するためにどの程度役に立つのかを理解する必要がある。もし、インド太平洋地域における中国の軍事的冒険主義を抑止するために、米国とより緊密な情報関係を構築することが目的であれば、必ずしも加盟にこだわる必要はない。米国の情報機関と日本の情報関係者との間の緊密化は、英国、オーストラリア、 カナダの情報機関との関係とは別個に行うことができる。一方、日本がFive Eyesとより深く連携し、数十年単位のより広範な戦略的関係を築きたいと考えるのであれば、様々な分野に参加することが望まれる。日本がFive Eyesに加盟しようとする最も強い動機は、中国に対抗するためではなく、米国との70年にわたる長期的な同盟にあり、米国が属する広範な戦略共同体とより深く統合することを望むことである。
(6) もし日本の政策担当者が情報共有の段階での統合を継続し、さらに深めていきたいと考えるなら、日本の官僚機構全体に必要な変化をもたらす政治的意志が必要である。これには、審査や秘密情報取扱資格、分類、情報共有手続きの仕組みを作り、それを政府、産業界、そして国会にまでも適用していくことが含まれる。世界的な不安定性の高まりと欧米社会への攻撃的な方向性が拡散していることを考えると、日本がFive Eyesに加盟することで得るものは多々あり、他の地域に対する理解も深まる。今必要なのは、Five Eyesが加盟のための道程表を示し、日本の関係者は何が必要かを理解することである。
記事参照:How Might Japan Join the Five Eyes?

1月7日「気候変動がアジア太平洋地域の安全保障に与える影響-インド専門家論説」(East Asia Forum, January 7, 2023)

 1月7日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policyのデジタル出版East Asia Forumは、経済学者で元インドPlanning Commission(5ヵ年計画を所掌)副委員長Montek Singh Ahluwalia の“Climate change challenges Asia Pacific security”と題する論説を掲載し、ここでMontek Singh Ahluwaliaは気候変動が安全保障に大きな影響を及ぼすとして警鐘を鳴らし、要旨以下のように述べている。
(1) 一見したところ、地域の安全保障問題は、気候変動の問題とはかけ離れているように思われる。それは各国が、地域の勢力の均衡を崩さないように、他の国々と協力することが多いからである。
(2) アジア太平洋地域は、過去には比較的安全な環境にあった。しかし、中国の経済的台頭と、軍事的・技術的に米国に挑戦するという宣言もあり、著しく変化している。気候変動は、こうした緊張に新たな局面をもたらすであろう。
(3) 国連は、2100年までに世界の気温が約2.5度上昇すると推定している。気温の上昇は、人間や土地の生産性を低下させ、多くの国で食糧生産が危険にさらされる。極地の氷冠とヒマラヤの氷河の融解が加速されると、2100年までに世界の海面が0.44〜0.76メートル上昇すると推定される。
(4) 海面上昇により、太平洋とインド洋の小さな島国は、2100年までにほとんど、あるいは完全に水没する可能性がある。アジア太平洋地域のほとんどの国は、深刻な洪水に見舞われるであろう。バンコク、ジャカルタ、ホーチミン市、バングラデシュのスンダルバンス地域、中国の珠江デルタはすべて脆弱な地域である。これらの地域からの大規模な移住は避けられないかもしれない。この移動には大きな対価を伴い、効果的に対処しなければ、国内の政治的不安定につながる。これは国境を越えた移住を引き起こす可能性があり、地域の安全保障問題を激化させることとなる。
(5) 気候変動は、既存の領土紛争を激化させる可能性もある。中国は南シナ海の大部分の領有を九段線という形で主張しており、マレーシア、ベトナム、インドネシア、フィリピンはこれに異議を唱えている。フィリピンはこの紛争を国際司法裁判所に提訴し、中国に不利な裁定が下された。しかし、中国は国際司法裁判所の裁定を一方的に否定した。海水温の上昇により、中国が領有権を主張する海域に魚の群れが移動すれば、新たな紛争を引き起こすことは想像に難くない。
(6) 気候変動は水の争奪をめぐる新たな緊張を生む可能性もある。メコン川はチベットに源を発し、中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを経て海に注ぐ4,700kmの河川である。中国を除く4ヵ国は1995年にMekong River Commission(メコン川委員会)を設立し、メコン川を共同で管理する体制を整えた。しかし、中国はこの取り決めに加盟せず、メコン川上流を支配している。2019年、メコン川の水位が100年ぶりの低水準に低下した。これは降雨量の減少その他、自然環境によるものだと思われるが、原因は中国で使用する水を分流するために建設された上流のダムによるものではないかと懸念されている。インドでも、チベットを東に流れるツアンポー川から中国が分水する計画が報じられており、インドに入りブラマプトラ川となったときに使える水を減らすとの懸念が表明されている。
(7) 国際法は、各国が何らかの公平性の基準に基づいて水を共有するための一般的な指針を提供しているに過ぎない。何をもって「公平な配分」とするかは未定だが、いったん合意に至れば、それを厳格に遵守しなければならないと定めている。合意がない以上、できることはほとんどない。
(8) 気候変動はサイクロンや津波などの異常気象の発生を増加させると予想される。災害後の人々の救助に対応するため、地域の海軍やその他の治安部隊の協力を制度化する必要がある。気候変動が地域の安全保障にもたらす側面を、これまで以上に意思決定に織り込まなければならない。気候変動の緩和に関する国際協力は、経済だけでなく地域の安全保障問題にも影響を及ぼす極めて重要な分野である。
記事参照:Climate change challenges Asia Pacific security

1月7日「中国海軍の訓練で明らかになった強化された戦力投射能力―香港紙報道」(South China Morning Post, January 7, 2023)

 1月7日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Chinese navy drills reveal greater ability to project power deeper into Pacific, analysts say”と題する記事を掲載し、中国海軍の「遼寧」と「山東」の空母打撃群が、西太平洋と南シナ海で大規模な訓練を実施し、中国の海軍運用能力が著しく向上していることを示したとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国軍は、南シナ海を越えて、空母打撃群の向上した作戦技術と残存性を示し、太平洋の奥深くまで海軍力を投射する能力を高めたと見られている。中国海軍は、西太平洋と南シナ海でそれぞれ空母「遼寧」と「山東」を主力とする2つの大規模な訓練を完了したため、専門家達はそのように評価した。
(2) タブロイド紙『環球時報』が、中国で「最強」と評される「遼寧」の空母打撃群は12月16日に日本の沖にある宮古海峡を通って西太平洋に進出した。そして、この打撃群は1月1日に東シナ海に復帰している。これらの訓練を監視していた防衛省によると、2週間の演習は一連の艦隊の演習と飛行作業を特徴とし、戦闘機とヘリコプター延べ320機ほどが発着艦した記録もあるという。防衛省によると、空母打撃群が戻った日に、中国の高高度長時間滞空無人航空機WZ-7「翔竜」が、東シナ海から太平洋に向かって飛行しながら日本の主要な島々の間を通過し、同じルートで円を描きながら戻ってきたという。これとは別に、空母「山東」は最近、北京がいくつかの隣接国と紛争を抱えている南シナ海の特定されていない海域で戦闘を主目的とした訓練を行ったと報じられている。
(3) 中国は、2035年までに少なくとも6個の空母打撃群を持つ外洋海軍を構築することを目標としている。米シンクタンクRand Corporation上級国際防衛問題研究員Timothy Heathは、発着艦の回数が非常に多いことから、中国の海軍運用能力が著しく向上していることがわかるとして、「しかし、中国が米海軍に追いつくには、まだ長い道のりがある。たとえば、米国の空母は1日あたり最大160回の出撃を維持することができる」と述べている。Heathは、WZ-7の飛行は、中国軍が海軍の作戦に無人機を統合していることを示し、空母打撃群の戦闘残存性を向上させる可能性があると述べている。米Cornell Universityの軍事史研究者David Silbeyは、「この無人機は中国の空爆のターゲットとなりうる敵の位置を特定し、追跡するために使用されるもので、その可能性が最も高いものは米国の空母打撃群である。一旦位置が特定されると、それらは、空母打撃群の後を追い、中国艦艇に目標情報を伝えることになる」と述べている。
記事参照:Chinese navy drills reveal greater ability to project power deeper into Pacific, analysts say

1月9日「米国は1938年の再来となる海軍の軍備増強を受け入れなければならない―米専門家論説」(The National Interest, January 9, 2023)

 1月9日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、Hamilton Center for National Strategy所長William R. Hawkinsの” 1938 Come Again: America Must Embrace Naval Rearmament”と題する論説を掲載し、ここでHawkinsは、習近平が2027年までに台湾を侵略する準備を整えるよう軍部に伝えていることから、これに対して米国は1938年の再来となるような海軍の軍備増強をしなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 1938年、ドイツのAdolf Hitlerはチェコスロバキアの国境地帯でドイツ民族を保護すると主張した。ちょうどロシアのVladimir Putinがウクライナのドネツク地方でロシア民族を保護すると主張しているのと同じである。そして、両者ともこれらの紛争地を強奪した。Hitlerは、翌1939年に戦わずしてチェコスロバキアの残りを占領し、その年の後半にはポーランドに侵攻した。チェコと違って、ウクライナ人は侵略と戦ってきた。彼らの勇敢な行動とロシア軍の失敗が、戦略的な状況を変えた。米国とNATOは、ウクライナの防衛を維持し、ポーランドや他の国への戦争の拡大を抑止するために、高性能の武器を送り込んだ。歴史はこれまでとは異なり、良い方向へ向かっている。
(2) 1938年の歴史で見落とされがちなのは、アジア情勢と米国の対応である。米政府はヨーロッパの危機には関与していなかったが、日本の拡大を警戒していた。1937年、日本政府は中国に侵攻し、軍艦保有数を制限していた1922年のワシントン海軍軍縮条約から脱退した。米国がその膨大な工業力を動員したのは、真珠湾攻撃以後と一般には考えられているが、それ以前の日本の行為が米海軍の軍備増強のきっかけであった。主要な軍艦を建造するのに何年もかかるため、これは戦争を戦うにはぎりぎりの増強の開始であった。しかしながら、戦争を抑止するのには間に合わなかった。
(3) 米海軍の軍備増強を主導したのは、民主党の下院海軍委員会委員長Carl Vinsonであった。1934年に制定された第一海軍法では、海軍は軍備管理条約の限界までしか拡張することができなかった。日本が条約制限を撤廃したことで、米国は1937年末にワシントン条約以前から建造が計画されていた戦艦「ノースカロライナ」、1938年に「ワシントン」の建造を開始した。主兵装は条約で認められていた14インチ砲から16インチ砲に増強された。Vinsonは1938年に第二海軍法を提出し、アイオワ級戦艦3隻、エセックス級航空母艦2隻、巡洋艦9隻、潜水艦9隻、駆逐艦23隻の建造が認められた。さらに別の法案で戦艦「サウスダコタ」と3隻の同型艦、空母「ホーネット」、巡洋艦4隻、駆逐艦8隻、潜水艦6隻の予算が認められた。1942年末のガダルカナル海戦の3週間前、日本では南太平洋海戦と呼ばれるサンタクルス海戦で「ホーネット」は沈没、「サウスダコタ」が損傷した。
(4) 1940年、空母10隻、戦艦7隻、巡洋艦38隻、駆逐艦185隻、潜水艦65隻の新造を求める法律が制定された。真珠湾攻撃の16カ月前、1940年7月までに約80隻の軍艦が建造された。さらに同月、空母11隻、戦艦11隻、巡洋艦50隻、駆逐艦100隻を追加する海軍拡張法案が可決された。これらの艦船は、1943年と1944年に日本艦隊を撃破、加えてドイツのUボートを撃退するために戦闘に参加することになった。1942年末の最も戦力が低下した時期、米海軍の空母は「エンタープライズ」一隻だけであった。「サラトガ」は損傷により運用できず、他の既存の空母はすべて撃沈されていた。しかし、2年後には、フィリピン沖に20隻の空母と多くの護衛の艦船を配備した。さらに潜水艦が日本の海運を破壊した。
(5) 1942年6月4日~7日のミッドウェー海戦が太平洋戦争の転換点と言われるのは、米国が空母1隻を失ったのに対して、日本の空母4隻が撃沈されたからである。しかし、1938年に始まった海軍の軍艦建造の前衛が戦闘に参加したのは、1942年11月12~15日に生起したガダルカナル海戦であった。
a.11月12日・13日の夜、日本軍はガダルカナル島の米軍ヘンダーソン飛行場を海上から砲撃した。砲撃部隊は、戦艦2、軽巡洋艦1隻及び駆逐艦11隻で編成され、さらに12隻の駆逐艦が、7000人の日本兵を乗せた輸送船団を護衛していた。
b.米側は重巡洋艦2隻、軽巡洋艦3隻(1938年の計画艦2隻を含む)及び駆逐艦8隻が迎撃した。両軍は至近距離で交戦し、日本側は戦艦1隻と駆逐艦2隻を失い、米側は軽巡洋艦2隻と駆逐艦4隻が撃沈され、重巡洋艦2隻は大破し、提督2人が戦死した。この後、損傷した1938年計画の軽巡洋艦「ジュノー」が日本の潜水艦に撃沈された。日本部隊は引き返すことを余儀なくされたが、日本海軍はこの地域にまだ多くの軍艦を保有していた。翌12日の夜、日本軍が再度攻撃してきた時、対抗できる米艦は残っていなかった。
c.日本海軍は、戦艦1隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦8隻を12日の夜、再度ヘンダーソン飛行場砲撃に送り込んだ。彼らは何の抵抗もないと思っていたが、意外なことに新戦艦「ワシントン」と「サウスダコタ」が到着した。日本の戦艦「霧島」は50発の砲弾を受けて沈没した。4隻の米駆逐艦が失われ、「サウスダコタ」は航行不能になったが、日本部隊は退いた。日本軍は二度とこのような海上攻撃を試みることはなく、最終的にガダルカナルから軍を撤退させた。新造艦にとっては厳しいスタートとなったが、その後続々と軍艦が建造され、就役していった。
(6) 戦前の海軍軍備管理制度では、英国、米国、日本の主力艦比率は5対5対3であった。しかし、英海軍と米海軍は世界に拡がる任務があるのに対して、日本は小規模な艦隊をアジアに集中させて地域的な支配力を行使することができた。米国は今日、同じ問題に直面している。中国は条約による制約を受けず、より大規模な艦隊を第1列島線沿いの作戦地域に集中させることができる。
(7) 習近平は、2027年までに台湾を侵略する準備を整えるよう軍部に伝えている。対決はもっと早く訪れるかもしれない。しかし、現在の建造計画では、米海軍の艦隊規模は早くてもその年までに拡大されることはなく、さらに、多くの巡洋艦や沿海域戦闘艦が退役し、新規建造分が相殺される。このため、現在は有人艦艇300隻から成る米海軍の艦隊が、目標である有人艦355隻に到達するのは数十年後となる。さらに重要なことは、建艦速度が中国艦隊の拡大に追いつかないことである。1938年にできて、2023年にできないことはない。今後数年間の我々の行動により、将来太平洋の島々で起こる戦闘で米海軍が勝てるかどうか決まる。
記事参照:1938 Come Again: America Must Embrace Naval Rearmament.

1月10日「インドCoast Guard、QUAD、そして自由で開かれたインド太平洋―インド海洋問題専門家論説」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, January 10, 2023)

 1月10日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのPacific Forumが発行するPacNet Commentaryのウエブサイトは、海洋問題研究者で現インドMinistry of External Affairs顧問Pooja Bhatt博士による “The Indian Coast Guard, the Quad, a free and open Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここでPooja Bhatt博士はインドCoast GuardはじめとするQUAD諸国の沿岸警備隊の一部はすでに共同訓練を行っているが、今後も新たな協力分野を模索し続けることによって、多くの利益を得るべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) QUADの4ヵ国は、海上での軍事的および非軍事的任務を担当する個別の組織を維持しているが、これらの組織の責任を同じように詳しく説明している国はない。この事実にもかかわらず、QUAD諸国は、海上法執行機関の間の新たな協力分野を模索することで、多くの利益を得る立場にある。
(2) QUADは、地理的にインド洋と太平洋を効果的に結びつけている。政治的には、4ヵ国すべてがすでにそれぞれの包括的な安全保障と経済の提携と2+2レベルの対話を確立しており、軍事的および経済的問題に関する協力について話し合っている。軍事的には、4ヵ国はいくつかの主要な演習と一連の小規模な活動に参加し、日本とオーストラリアは米国との同盟を維持している。これらの深まる関係は、安全保障協力を海上法執行機関にも拡大するための理想的な基盤を提供している。
(3) インドCoast Guard(以下、ICGと言う)は、インドMinistry of Defenseが所掌するインド軍の第4の武力集団である。インド沿岸警備隊法は、1976年のインド海域法に規定されているように、インドの海上治安部隊を制度化し、インドの海洋の所有を保護するために1978年8月18日に制定された。1978年の7隻の船艇から出発し、2022年には158隻の船艇と70機の航空機を保有する無駄のない、手ごわい力に成長し、さらなる拡大を目指している。ICGの役割も拡大し、海洋における密輸活動に対抗するという当初の任務から、現在では幅広い海洋問題や課題に対処するために拡大している。ICGを創設したインド政府の主な目的は、海上安全を確保するという平時の任務を引き受けることであった。ICGに与えられた任務には、海域での取締りと人工島の安全確保および海上拠点、施設、その他の構造物の保全が含まれる。ICGは、遭難などで困難に直面している船員の保護と支援、環境保全、海洋汚染の管理も担当している。また、戦時には、インド海軍の支援に応じることもできる。ICGはまた、国内および国際的な訓練にも、機会を得て、参加している。
(4) ICGは、常時、平均40隻の船艇を運用し、海域を哨戒しており、その海域は約5,500万平方km(2,100万平方マイル)の海域に及んでいる。組織の船艇はインド沿岸に沿って広く分布しており、アンダマン諸島とニコバル諸島を含むインド全土の沿岸海域への配備と遭難時の迅速な派遣を可能にし、インド洋地域で人道支援と災害救援活動を行う際に定期的に証明する機会がある。地域および国際的な機関レベルでは、ICGは他の提携国の相応する組織との関係を強化してきた。ICGは、この協力を制度化することを目的として、海洋領域の脅威に協力して対処するために、さまざまな国と覚書を締結している。インドの主要な海上法執行機関として、ICGはQUAD諸国間の外交関係を強化するための適切なフォーラムと基盤を提供し、海上交通路の保護、汚染対応、捜索救難、搭乗作業、海洋生物種の保護などに関する幅広い専門知識を持つ沿岸警備隊は、相互作用と協力のための潜在的な分野をいくつもある。
(5) ICGと日本の海上保安庁は覚書を締結し、既に2国間の演習を実施している。1948年に設立された日本の海上保安庁は、350隻以上の技術的に高度な船艇から成る巨大な船隊を保有している。両者の協力は、違法・無報告・無規制漁業(IUU)などの相互の懸念分野での共同訓練の頻度を増やすことによってさらに発展させることができる。インド洋では、日本の近海と同様に、ますます多くの外国の海洋調査船を受け入れているため、これらの日印の2つの組織は、それぞれのEEZ内外でこれらの船舶が示す異常な行動に対処するための資料、最良の技能及び監視情報を共有することで恩恵を受けるであろう。
(6) オーストラリアには正式に「沿岸警備隊」と呼ばれる組織はないが、インドとオーストラリアのMaritime Border Command(以下、MBCと言う)は、共有地域の問題について協力することができる。MBCは特殊な機材と油流出対策を有しており、この提携は、環境安全保障の向上に加えて、貴重な技能の交換にもなる。環インド洋地域は海上交通量の多い海域であり、油流出、事故、その他の環境破壊による海洋汚染の頻度が高くなっている。豪印両国はまた、海洋資源の保護、保護地域での違法行為の防止、天然資源の違法な探査への対処に関する協定の正式化を検討する可能性がある。オーストラリアと同様に、インドにはいくつかの海洋保護区があり、2つの組織間で知識の共有と技能を交換できる。交換訓練の頻度を増やすことで、知識共有基盤が生まれ、相互理解が深まるであろう。
(7) U.S. Coast Guard(以下、USCGと言う)は、米国の8軍種の1つである。QUAD参加4ヵ国の中で最大の船艇と航空機を保有しており、その任務は米国の国内海域を超えて公海にまで及んでいる。USCGは世界で最も先進的な沿岸警備隊の1つとなる最先端の装備を備えており、ICGはUSCGから最良の技能を学び、それを取り入れる貴重な機会を得るであろう。USCGの巡視船は2022年の夏にUSCGとして初めてのインド訪問を行ったが、米印の2つの沿岸警備隊は両者の関係を正式にしたり、協力の計画を詳述したりする覚書はまだ持っていない。
記事参照:The Indian Coast Guard, the Quad, a free and open Indo-Pacific

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1)AMERICAN DEFENSE PRIORITIES AFTER UKRAINE 
https://warontherocks.com/2023/01/american-defense-priorities-after-ukraine/
War on the Rocks, January 2, 2023
By Frank Hoffman, Ph.D., a retired marine and former senior Department of Defense official who currently serves at the Institute for National Strategic Studies at the National Defense University
 2023年1月2日、退役海兵隊員である米Institute for National Strategic Studies at National Defense UniversityのFrank Hoffman博士は、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rock に" AMERICAN DEFENSE PRIORITIES AFTER UKRAINE "と題する論説を寄稿した。その中でHoffmanは、ロシアのウクライナ侵攻問題はウクライナの反抗によってロシア側に大きな損失をもたらしたが、まだウクライナは戦いに勝利したわけではなく、戦争は来年も、そしておそらくそれ以降も続くだろうとした上で、特にヨーロッパにおける長期的な影響の評価を始めるべき時期に来ているのではないだろうかと問題提起を行っている。そしてHoffmanは、NATOと米国は欧州の安定を確保し、米国の利益を向上させるために、どのように対応すればよいのかという問いに対し、主に技術的な戦術的議論と勢力均衡などの戦略的議論があるが、いずれにしても、戦争の性格の変化を考慮しない攻撃的な軍事態勢は、地域の安定と米国の戦略的優先事項にとって逆効果であると主張している。

(2)Applying Lessons of the Naval War in Ukraine for a Potential War with China
https://www.heritage.org/asia/report/applying-lessons-the-naval-war-ukraine-potential-war-china
The Heritage Foundation, January 5, 2023 
By Brent Sadler, Senior Research Fellow for Naval Warfare and Advanced Technology in the Center for National Defense at The Heritage Foundation
 2023年1月5日、米シンクタンクThe Heritage Foundationの Brent Sadler主任研究員は、同シンクタンクのウェブサイトに" Applying Lessons of the Naval War in Ukraine for a Potential War with China "と題する論説を寄稿した。その中でSadlerは、ウクライナでの戦争は1年になろうとしており、2023年春までに終結する気配はほとんどないとした上で、黒海の海戦は若干の動きはあるものの陸戦が優先され、常に後回しに考えられてきているが、海戦を軽視するこうした風潮には抗しなければならないと指摘している。そしてSadlerは、中国の台湾侵攻に伴う海戦の発生可能性を念頭に、①ロシアのウクライナ侵攻から得られる教訓は、米国と同盟国に中国のような敵対国の今後の侵略を思いとどまらせる枠組みを提供する。②黒海におけるロシアとウクライナの海戦の教訓を無視すれば、米国などは将来の海戦で失敗と機会の喪失を繰り返すことになる。③国家指導者は黒海海戦から学び、将来の中国による台湾侵攻を抑止する海軍のプレゼンスを構築する必要があるなどと主張している。

(3)US Navy: a looming threat and a hollow force
https://asiatimes.com/2023/01/a-looming-threat-and-a-hollow-force/
Asia Times, January 6, 2023
By Seth Cropsey is founder and president of Yorktown Institute and a former undersecretary of the US Navy.
 1月6日、元米海軍次官で、Yorktown Instituteの創設者で会長Seth Cropseyは、香港のデジタル紙Asia Times に、“US Navy: a looming threat and a hollow force”と題する論説を寄稿した。その中で、①米国の海軍萎縮の根は深く、米国の政治文化は海軍に不利に作用する。②米国の建国者たちは英国崇拝者であり、海洋力の役割を理解していた。③南北戦争と第2次世界大戦で米海軍は重要な役割を果たした。④しかし、米国は産業と農業のハイブリッドな大陸の大国で、アメリカ連合国の消滅と北部工業の台頭により、米国は海軍力の役割を軽視してきた。④1945年から1990年まで、米国が世界的に支配的な海軍を維持できたのは、海軍士官と議会協力者による政治的指導力の結果であった。⑤1991 年以降、海軍は急速に縮小したため、2000 年には冷戦時代のほぼ半分の規模になり、少なくとも2030年代初頭まで縮小していくことが予想される。⑥米海軍は、より少ない兵力でより多くのことを行うよう求められており、乗組員は訓練の時間もなく、過重労働にさらされている。⑦最も懸念されるのは、海軍が戦略的任務を明確に伝えることができず、議会の支持を確保できないことである。⑧米国の国防費は1990年代後半と同じようなGDP比であり、中国の脅威が加速していることを考えると、受け入れがたい状況であるといった主張を述べている。