海洋安全保障情報旬報 2023年04月21日-04月30日
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4月22日「アジア太平洋における中国とロシアの団結―インド専門家論説」(Asia Times, April 22, 2023)
4月22日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、元インドの外交官のMK Bhadrakumarの“China, Russia circle wagons in Asia-Pacific”と題する論説を掲載し、ここでMK Bhadrakumarは2023年 4月の中国の李尚福国防部部長のロシア公式訪問は中ロ両国がともに軍事的に緊密に団結することが急務であると考えていることを明確にしており、中ロ両国がアジア太平洋地域での積極的な共同訓練およびICBM早期警戒システムの統合を推進していることから、米国との軍事紛争が現実的かつ差し迫った現状では、中国が今までの軍事同盟への慎重な態度を変化させれば、中ロ間で機能的で効果的な軍事同盟が迅速に形成される可能性もあるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2023年 4月16日から19日にかけての中国の李尚福国防部部長のロシア公式訪問は、一目で中ロ両国が軍事的に信頼を深め緊密に団結することが急務であると考えていることを強調している。それは、地政学的緊張の悪化と世界的な戦略的均衡の維持が不可欠なことを背景とするものである。この訪問は、2023年3月20日から21日のVladimir Putin大統領と習近平国家主席の間の集中的な1対1の会談で下された極めて重要な決定のあとを引き継ぐものである。李尚福国防部部長の4日間の訪問においては、Putinとの「ワーキングミーティング」が前倒しで行われた。
(2) 李尚福国防部部長は、かつて中央軍事委員会の装備開発部門を担当しており、Su-35戦闘機やS-400地対空ミサイルシステムなどのロシアの武器を購入したことで2018年に米国から制裁を受けている。中国の軍事専門家宋忠平は、李尚福国防部部長の訪問はロシアとの高次の2国間軍事関係であり「防衛技術や軍事演習を含む多くの分野でより相互に有益な交流」につながると予測した。
(3) 2023年4月12日U.S. Department of Commerceは、「ロシアの軍事及び防衛産業を支援し」として12の中国企業に輸出管理を課すと発表した。環球時報は「中国が通常の経済貿易協力を誰と実施するかを決めるのは我々の権利である。米国の非難や経済的強制さえも受け入れることはできない」と述べた。Putin大統領は2023年4月16日の李尚福国防部部長との会談で、ロシアと中国の関係において軍事協力は重要な役割を果たしていると述べた。中国の専門家は、李尚福国防部部長の訪問は、中ロ両国の軍事協力は米国の圧力の影響を受けないという合図を中ロが共同で国際社会に送ったものでもあると述べている。Putin大統領は2019年10月に、ロシアが中国の防衛能力を大幅に強化する早期ミサイル警報システムの構築を支援していることを明らかにしていている。この種の協力には中ロのシステムの統合が必要であり、システム統合は中ロ相互に有益である。中ロ両国は独自の世界的ミサイル防衛ネットワークを構築することができようになる。
(4) このシステムは、防衛技術の中で最も技術的に高度であり、秘匿度の高い分野の1つである。米国とロシアだけが、このシステムを開発、構築、維持することができている。確かに、核保有国であるロシアと中国の緊密な連携と協力は、米国の覇権を封じ込め、抑止することで、現在の状況における世界平和に大きく貢献するであろう。ロシア政府が、2023年4月14日から18日にかけてPacific Fleetに抜き打ちの検閲を命じたのは偶然ではなく、それは李尚福国防部部長の訪問と時期が重なっていた。米空母「ニミッツ」の台湾への接近、米比間の大規模演習、空母「ニミッツ」を含む日米韓共同訓練、B-52戦略爆撃機の朝鮮半島周回飛行など台湾周辺の状況の悪化を背景にこの検閲は行われた。
(5) Russian Security Council(ロシア連邦安全保障会議)のNikolai Patrushev書記は最近、攻勢的な作戦を実施する日本の能力の高まりに注意を喚起し、それは「第2次世界大戦の最も重要な成果の1つに対する重大な違反」を構成すると述べている。最近の抜き打ちの検閲の期間中にロシアのPacific Fleetの艦艇と潜水艦は、それぞれの母基地から日本海とオホーツク海とベーリング海に移動している。Sergei Shoigu国防相は、「実際に、太平洋の作戦上重要な地域であるオホーツク海南部への敵軍の進出を防ぎ、南千島列島とサハリン島への上陸部隊を撃退する方法を考え出す必要がある」と述べている。
(6) ロシアの軍事専門家であり、軍産複合体の主要なシンクタンクCenter for Analysis of Strategies and Technologies上席研究員Yuri Lyaminは、地域の連携を調査して、イズベスチヤ紙に「日本は、領土問題を解決していないと考えており、南千島列島の領有権を主張している。この点で、検閲は非常に必要である。極東での我々の戦備を強化する必要がある。現在の状況の中で、中国との防衛協力をさらに強化する必要がある。実際、ロシア、北朝鮮、中国に対して米国、日本、韓国、台湾という枢軸が形成されており、オーストラリアもイギリスもそれに積極的に参加しようとしている。これらすべてを考慮に入れ、我々の本来の同盟国である中国と北朝鮮との協力体制を確立しなければならない」と語っている。
(7) 李尚福国防部部長がモスクワに滞在中の2023年4月17日に、Sergei Shoigu国防相はクレムリンの会議で非常に重要な発言をした。「Putin大統領のロシア軍の現在の優先事項は主にウクライナの状況の推移に焦点を合わせている。(しかし)太平洋戦域にも依然として関連があり、Pacific Fleetの個々の構成要素の力は、あらゆる方向の紛争で確実に使用できることを覚えておく必要がある」との非常に重要な発言をしている。翌日の4月18日に、Shoigu国防相は李尚福国防部部長に「中国とロシアの国々、人々、軍隊の間の固い友情の精神で、私はあなたとの緊密で最も成功した協力を楽しみにしている」と語った。Ministry of Defense of Rossian Federationの公式発表資料には「Shoigu国防相は、ロシアと中国が世界の舞台での行動を調整することにより、世界情勢を安定させ、紛争の可能性を減らすことができることを強調した・・・世界の地政学的状況において進行中の変革について、中ロ両国が同じ見解を共有することが重要である・・・私(Shoigu国防相)の意見では、今日の会議は防衛分野におけるロシアと中国の戦略的提携をさらに強固にし、地域および世界の安全保障問題についての開かれた議論を可能にするのに役に立つものである」と記されている。
(8) 中国政府とロシア政府は、ロシアを「消す」ことに失敗した米国がアジア太平洋の戦域に注意を向けていることをはっきりと示した。李尚福国防部部長のモスクワ訪問が、ロシアと中国の防衛協力の現実が複雑であることを示したことは言うまでもない。中ロの軍事技術協力は、常にかなり秘密に包まれており、両国が米国とのより直接的な対立に従事するにつれて秘密のレベルは高まっている。弾道ミサイル早期警戒システムの共同開発に関するPutin大統領の2019年の声明の政治的意味は、そのシステムの技術的軍事的重要性をはるかに越えていた。それは、ロシアと中国が正式な軍事同盟を締結する危機に瀕しており、危機は米国の圧力が行き過ぎた場合に引き起こされる可能性があることを示していた。
(9) 2020年10月、Putin大統領は中国との軍事同盟の可能性を示唆した。中国外交部の反応は肯定的だったが、中国政府は「同盟」という言葉の使用を控えた。必要があれば機能的で効果的な軍事同盟を迅速に形成することができるが、それぞれの外交政策戦略のため、そのような動きはなかった。しかし、米国との軍事紛争の現実的かつ差し迫った危険は、パラダイムシフトを引き起こす可能性がある。
記事参照:China, Russia circle wagons in Asia-Pacific
(1) 2023年 4月16日から19日にかけての中国の李尚福国防部部長のロシア公式訪問は、一目で中ロ両国が軍事的に信頼を深め緊密に団結することが急務であると考えていることを強調している。それは、地政学的緊張の悪化と世界的な戦略的均衡の維持が不可欠なことを背景とするものである。この訪問は、2023年3月20日から21日のVladimir Putin大統領と習近平国家主席の間の集中的な1対1の会談で下された極めて重要な決定のあとを引き継ぐものである。李尚福国防部部長の4日間の訪問においては、Putinとの「ワーキングミーティング」が前倒しで行われた。
(2) 李尚福国防部部長は、かつて中央軍事委員会の装備開発部門を担当しており、Su-35戦闘機やS-400地対空ミサイルシステムなどのロシアの武器を購入したことで2018年に米国から制裁を受けている。中国の軍事専門家宋忠平は、李尚福国防部部長の訪問はロシアとの高次の2国間軍事関係であり「防衛技術や軍事演習を含む多くの分野でより相互に有益な交流」につながると予測した。
(3) 2023年4月12日U.S. Department of Commerceは、「ロシアの軍事及び防衛産業を支援し」として12の中国企業に輸出管理を課すと発表した。環球時報は「中国が通常の経済貿易協力を誰と実施するかを決めるのは我々の権利である。米国の非難や経済的強制さえも受け入れることはできない」と述べた。Putin大統領は2023年4月16日の李尚福国防部部長との会談で、ロシアと中国の関係において軍事協力は重要な役割を果たしていると述べた。中国の専門家は、李尚福国防部部長の訪問は、中ロ両国の軍事協力は米国の圧力の影響を受けないという合図を中ロが共同で国際社会に送ったものでもあると述べている。Putin大統領は2019年10月に、ロシアが中国の防衛能力を大幅に強化する早期ミサイル警報システムの構築を支援していることを明らかにしていている。この種の協力には中ロのシステムの統合が必要であり、システム統合は中ロ相互に有益である。中ロ両国は独自の世界的ミサイル防衛ネットワークを構築することができようになる。
(4) このシステムは、防衛技術の中で最も技術的に高度であり、秘匿度の高い分野の1つである。米国とロシアだけが、このシステムを開発、構築、維持することができている。確かに、核保有国であるロシアと中国の緊密な連携と協力は、米国の覇権を封じ込め、抑止することで、現在の状況における世界平和に大きく貢献するであろう。ロシア政府が、2023年4月14日から18日にかけてPacific Fleetに抜き打ちの検閲を命じたのは偶然ではなく、それは李尚福国防部部長の訪問と時期が重なっていた。米空母「ニミッツ」の台湾への接近、米比間の大規模演習、空母「ニミッツ」を含む日米韓共同訓練、B-52戦略爆撃機の朝鮮半島周回飛行など台湾周辺の状況の悪化を背景にこの検閲は行われた。
(5) Russian Security Council(ロシア連邦安全保障会議)のNikolai Patrushev書記は最近、攻勢的な作戦を実施する日本の能力の高まりに注意を喚起し、それは「第2次世界大戦の最も重要な成果の1つに対する重大な違反」を構成すると述べている。最近の抜き打ちの検閲の期間中にロシアのPacific Fleetの艦艇と潜水艦は、それぞれの母基地から日本海とオホーツク海とベーリング海に移動している。Sergei Shoigu国防相は、「実際に、太平洋の作戦上重要な地域であるオホーツク海南部への敵軍の進出を防ぎ、南千島列島とサハリン島への上陸部隊を撃退する方法を考え出す必要がある」と述べている。
(6) ロシアの軍事専門家であり、軍産複合体の主要なシンクタンクCenter for Analysis of Strategies and Technologies上席研究員Yuri Lyaminは、地域の連携を調査して、イズベスチヤ紙に「日本は、領土問題を解決していないと考えており、南千島列島の領有権を主張している。この点で、検閲は非常に必要である。極東での我々の戦備を強化する必要がある。現在の状況の中で、中国との防衛協力をさらに強化する必要がある。実際、ロシア、北朝鮮、中国に対して米国、日本、韓国、台湾という枢軸が形成されており、オーストラリアもイギリスもそれに積極的に参加しようとしている。これらすべてを考慮に入れ、我々の本来の同盟国である中国と北朝鮮との協力体制を確立しなければならない」と語っている。
(7) 李尚福国防部部長がモスクワに滞在中の2023年4月17日に、Sergei Shoigu国防相はクレムリンの会議で非常に重要な発言をした。「Putin大統領のロシア軍の現在の優先事項は主にウクライナの状況の推移に焦点を合わせている。(しかし)太平洋戦域にも依然として関連があり、Pacific Fleetの個々の構成要素の力は、あらゆる方向の紛争で確実に使用できることを覚えておく必要がある」との非常に重要な発言をしている。翌日の4月18日に、Shoigu国防相は李尚福国防部部長に「中国とロシアの国々、人々、軍隊の間の固い友情の精神で、私はあなたとの緊密で最も成功した協力を楽しみにしている」と語った。Ministry of Defense of Rossian Federationの公式発表資料には「Shoigu国防相は、ロシアと中国が世界の舞台での行動を調整することにより、世界情勢を安定させ、紛争の可能性を減らすことができることを強調した・・・世界の地政学的状況において進行中の変革について、中ロ両国が同じ見解を共有することが重要である・・・私(Shoigu国防相)の意見では、今日の会議は防衛分野におけるロシアと中国の戦略的提携をさらに強固にし、地域および世界の安全保障問題についての開かれた議論を可能にするのに役に立つものである」と記されている。
(8) 中国政府とロシア政府は、ロシアを「消す」ことに失敗した米国がアジア太平洋の戦域に注意を向けていることをはっきりと示した。李尚福国防部部長のモスクワ訪問が、ロシアと中国の防衛協力の現実が複雑であることを示したことは言うまでもない。中ロの軍事技術協力は、常にかなり秘密に包まれており、両国が米国とのより直接的な対立に従事するにつれて秘密のレベルは高まっている。弾道ミサイル早期警戒システムの共同開発に関するPutin大統領の2019年の声明の政治的意味は、そのシステムの技術的軍事的重要性をはるかに越えていた。それは、ロシアと中国が正式な軍事同盟を締結する危機に瀕しており、危機は米国の圧力が行き過ぎた場合に引き起こされる可能性があることを示していた。
(9) 2020年10月、Putin大統領は中国との軍事同盟の可能性を示唆した。中国外交部の反応は肯定的だったが、中国政府は「同盟」という言葉の使用を控えた。必要があれば機能的で効果的な軍事同盟を迅速に形成することができるが、それぞれの外交政策戦略のため、そのような動きはなかった。しかし、米国との軍事紛争の現実的かつ差し迫った危険は、パラダイムシフトを引き起こす可能性がある。
記事参照:China, Russia circle wagons in Asia-Pacific
4月24日「欧州の支出急増で世界の軍事費は過去最高を更新―SIPRI公表」(SIPRI, April 24, 2023)
4月24日付、スウェーデンのStockholm International Peace Research Institute(以下、SIPRIと言う)は、" World military expenditure reaches new record high as European spending surges "と題する記事および”TRENDS IN WORLD MILITARY EXPENDITURE, 2022”と題するFact Sheetを掲載し、2022年の世界の軍事費に関する年次報告書を公表したことを報じた。それによれば、2022年の世界の軍事費総額は実質3.7%増加し、2兆2,400億ドルと過去最高を記録した。欧州の軍事費は、この30年間で最も急な前年比増加を記録し、米国、中国、ロシアは、世界全体の56%を占めている。以下、同報告書による主要各国、地域の軍事費の状況である。
(1) 世界の軍事費は2022年に8年連続で増加し、史上最高の2兆2,400億ドルとなった。最も急激な支出増加(13%増)は欧州で見られ、その大部分はロシアとウクライナの支出によって占められている。しかし、ウクライナへの軍事援助やロシアの脅威の高まりに対する懸念は、東アジアの緊張と同様に、他の多くの国の支出決定に強く影響した。
(2) 中欧・西欧諸国の軍事費は、2022年に合計3,450億ドルとなった。実質的には、これらの国による支出は、冷戦が終結した1989年の支出を初めて上回り、2013年よりも30%増加した。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、いくつかの国が軍事費を大幅に増やしたほか、最大10年の期間をかけて支出水準を引き上げる計画を発表した国もある。急激に増加したのは、フィンランド(36%増)、リトアニア(27%増)、スウェーデン(12%増)、ポーランド(11%増)であった。ロシアのウクライナへ対する本格的な侵攻が2022年の軍事費決定に影響を与えたのは確かだが、ロシアの侵略に対する懸念はもっと前から高まっており、多くの旧東欧圏諸国は、ロシアがクリミアを併合した2014年以降、軍事費を2倍以上に増やしている。
(3) ロシアの軍事費は、2022年に推定9.2%増の約864億ドルに達した。これは2022年のロシア国内総生産(GDP)の4.1%に相当し、2021年のGDPの3.7%から上昇した。ロシアが2022年後半に発表した数字によると、ロシア軍事費の最大の構成要素である国防支出は、2021年に策定された予算計画よりも名目ですでに34%増加していた。2022年のロシアの予算計画と実際の軍事費の差は、ウクライナ侵攻がロシアの予想をはるかに上回る費用をもたらしたことを示唆している。
(4) ウクライナの2022年の軍事費は前年比640%の440億ドルに達した。これはSIPRIのデータで記録された一国の軍事費の単年度の増加額としては最高だった。この増加分と戦争によるウクライナ経済へのダメージの結果、軍事負担(GDPに占める軍事費の割合)は2021年の3.2%から2022年にはGDPの34%に急上昇した。
(5) 米国は世界最大の軍事費支出国である。米国の軍事費は2022年に8,770億ドルに達し、これは世界の軍事費全体の39%で、世界第2位の中国の軍事費の3倍である。2022年の米国支出の実質的な増加率0.7%は、1981年以来最も高いレベルのインフレがなければ、さらに大きくなっていただろう。2022年の米国の軍事費の増加は、ウクライナに提供した前例のない規模の財政的軍事援助が大きな要因である。米国にとっては、割合的にはわずかな増加であっても、世界の軍事費の水準に大きな影響を与える。米国のウクライナに対する財政的な軍事援助は、2022年に合計で199億ドルに上った。これは、冷戦以降、どの国も単一の受益者に与えた軍事援助額としては最大であったが、米国の軍事費総額の2.3%に過ぎない。2022年、米国は軍事作戦と維持に2,950億ドル、調達と研究開発に2,640億ドル、そして軍人に1,670億ドルを割り当てた。
(6) アジア・オセアニア地域の国々の軍事費の合計は5,750億ドルであった。これは2021年よりも2.7%、2013年よりも45%多く、1989年以降途切れることなく増加傾向が続いている。中国は世界第2位の軍事費支出国で、2022年は2,920億ドルと推定される。これは2021年よりも4.2%多く、2013年よりも63%多い。中国の軍事費は28年連続で増加している。日本の軍事費は2021年から2022年にかけて5.9%増加し、460億ドルとなり、GDPの1.1%に達した。これは、1960年以来の最高水準である。2022年に発表された新しい国家安全保障戦略では、中国、北朝鮮、ロシアからの脅威の増大に対応するため、今後10年間で軍事力を増強する野心的な計画が示されている。日本は軍事政策において重大な転換を迫られ、第2次世界大戦後に日本が軍事費と軍事力に対して課してきた抑制は緩みつつある。
(7) その他の注目すべき動きとしては、2022年の世界の軍事費の実質的な増加は、多くの国で数十年ぶりの水準まで高騰したインフレの影響により鈍化した。名目ベース(インフレを調整しない現在の価格)では、世界の総額は6.5%増加した。インドの軍事費は814億ドルで、世界で4番目に高く、2021年に比べて6.0%増加した。軍事費第5位のサウジアラビアは16%増の750億ドル(推定)に達し、2018年以来の増加となった。ナイジェリアの軍事費は、2021年に56%増加した後、38%減少して31億ドルになった。NATO加盟国による2022年の軍事費の合計は1,232億ドルで、2021年よりも0.9%増加した。英国は中欧・西欧で最も高い685億ドルで、そのうち推定25億ドル(3.6%)はウクライナへの財政的軍事援助であった。トルコの軍事費は3年連続で減少し、2021年から26%減少した206億ドルになった。エチオピアの軍事費は88%増加し、10億ドルに達した。この増加は、同国北部のティグライ人民解放戦線に対する政府の新たな攻勢と重なる。
記事参照:World military expenditure reaches new record high as European spending surges
関連文書:TRENDS IN WORLD MILITARY EXPENDITURE, 2022
https://www.sipri.org/sites/default/files/2023-04/2304_fs_milex_2022.pdf
SIPRI Fact Sheet, April 24, 2023
(1) 世界の軍事費は2022年に8年連続で増加し、史上最高の2兆2,400億ドルとなった。最も急激な支出増加(13%増)は欧州で見られ、その大部分はロシアとウクライナの支出によって占められている。しかし、ウクライナへの軍事援助やロシアの脅威の高まりに対する懸念は、東アジアの緊張と同様に、他の多くの国の支出決定に強く影響した。
(2) 中欧・西欧諸国の軍事費は、2022年に合計3,450億ドルとなった。実質的には、これらの国による支出は、冷戦が終結した1989年の支出を初めて上回り、2013年よりも30%増加した。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、いくつかの国が軍事費を大幅に増やしたほか、最大10年の期間をかけて支出水準を引き上げる計画を発表した国もある。急激に増加したのは、フィンランド(36%増)、リトアニア(27%増)、スウェーデン(12%増)、ポーランド(11%増)であった。ロシアのウクライナへ対する本格的な侵攻が2022年の軍事費決定に影響を与えたのは確かだが、ロシアの侵略に対する懸念はもっと前から高まっており、多くの旧東欧圏諸国は、ロシアがクリミアを併合した2014年以降、軍事費を2倍以上に増やしている。
(3) ロシアの軍事費は、2022年に推定9.2%増の約864億ドルに達した。これは2022年のロシア国内総生産(GDP)の4.1%に相当し、2021年のGDPの3.7%から上昇した。ロシアが2022年後半に発表した数字によると、ロシア軍事費の最大の構成要素である国防支出は、2021年に策定された予算計画よりも名目ですでに34%増加していた。2022年のロシアの予算計画と実際の軍事費の差は、ウクライナ侵攻がロシアの予想をはるかに上回る費用をもたらしたことを示唆している。
(4) ウクライナの2022年の軍事費は前年比640%の440億ドルに達した。これはSIPRIのデータで記録された一国の軍事費の単年度の増加額としては最高だった。この増加分と戦争によるウクライナ経済へのダメージの結果、軍事負担(GDPに占める軍事費の割合)は2021年の3.2%から2022年にはGDPの34%に急上昇した。
(5) 米国は世界最大の軍事費支出国である。米国の軍事費は2022年に8,770億ドルに達し、これは世界の軍事費全体の39%で、世界第2位の中国の軍事費の3倍である。2022年の米国支出の実質的な増加率0.7%は、1981年以来最も高いレベルのインフレがなければ、さらに大きくなっていただろう。2022年の米国の軍事費の増加は、ウクライナに提供した前例のない規模の財政的軍事援助が大きな要因である。米国にとっては、割合的にはわずかな増加であっても、世界の軍事費の水準に大きな影響を与える。米国のウクライナに対する財政的な軍事援助は、2022年に合計で199億ドルに上った。これは、冷戦以降、どの国も単一の受益者に与えた軍事援助額としては最大であったが、米国の軍事費総額の2.3%に過ぎない。2022年、米国は軍事作戦と維持に2,950億ドル、調達と研究開発に2,640億ドル、そして軍人に1,670億ドルを割り当てた。
(6) アジア・オセアニア地域の国々の軍事費の合計は5,750億ドルであった。これは2021年よりも2.7%、2013年よりも45%多く、1989年以降途切れることなく増加傾向が続いている。中国は世界第2位の軍事費支出国で、2022年は2,920億ドルと推定される。これは2021年よりも4.2%多く、2013年よりも63%多い。中国の軍事費は28年連続で増加している。日本の軍事費は2021年から2022年にかけて5.9%増加し、460億ドルとなり、GDPの1.1%に達した。これは、1960年以来の最高水準である。2022年に発表された新しい国家安全保障戦略では、中国、北朝鮮、ロシアからの脅威の増大に対応するため、今後10年間で軍事力を増強する野心的な計画が示されている。日本は軍事政策において重大な転換を迫られ、第2次世界大戦後に日本が軍事費と軍事力に対して課してきた抑制は緩みつつある。
(7) その他の注目すべき動きとしては、2022年の世界の軍事費の実質的な増加は、多くの国で数十年ぶりの水準まで高騰したインフレの影響により鈍化した。名目ベース(インフレを調整しない現在の価格)では、世界の総額は6.5%増加した。インドの軍事費は814億ドルで、世界で4番目に高く、2021年に比べて6.0%増加した。軍事費第5位のサウジアラビアは16%増の750億ドル(推定)に達し、2018年以来の増加となった。ナイジェリアの軍事費は、2021年に56%増加した後、38%減少して31億ドルになった。NATO加盟国による2022年の軍事費の合計は1,232億ドルで、2021年よりも0.9%増加した。英国は中欧・西欧で最も高い685億ドルで、そのうち推定25億ドル(3.6%)はウクライナへの財政的軍事援助であった。トルコの軍事費は3年連続で減少し、2021年から26%減少した206億ドルになった。エチオピアの軍事費は88%増加し、10億ドルに達した。この増加は、同国北部のティグライ人民解放戦線に対する政府の新たな攻勢と重なる。
記事参照:World military expenditure reaches new record high as European spending surges
関連文書:TRENDS IN WORLD MILITARY EXPENDITURE, 2022
https://www.sipri.org/sites/default/files/2023-04/2304_fs_milex_2022.pdf
SIPRI Fact Sheet, April 24, 2023
4月25日「気候変動、二酸化炭素排出量と戦争の未来―オーストラリア専門家論説」(Asia Times, April 25, 2023)
4月25日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、オーストラリアのThe University of Queenslandの国際関係論担任准教授Matt McDonaldの‶Climate change, carbon bootprints and the future of war″と題する論説を掲載し、この中でMatt McDonaldはオーストラリアが同盟国・友好国にならい気候変動を安全保障上の重要な要素と位置付け、軍事面で真摯に気候変動対策やCO2削減に取り組むべきとして、要旨以下のとおり述べている。
(1) オーストラリア軍が、この数十年で「最も重要な」変化を遂げるという触れ込みだった戦略見直しが4月24日に発表された。その中で、気候変動が国家の安全保障に関わる重要な問題であるとの認識が示されたが、気候変動が国防に与える影響に関し100ページのうち1ページ強を割いているに過ぎず、踏み込んだ内容にはなっていない。
(2) 海外の専門家や軍隊が、気候変動の戦略的影響や防衛上の役割に真剣に取り組んでいるのに対し、オーストラリアの見直しは、気候変動が軍の本業である戦争遂行を阻害する可能性があることに重きを置き、災害対応を求められることが増えるにつれ、軍の戦争への備えが弱くなっていると報告されている。
(3) 気候の緊急事態は、人類と生態系の両方の安全保障に対する直接的な脅威であるほか、あらゆる攻撃から防衛するという伝統的な安全保障の課題にもかかわってくる。世界の先見性のある軍隊は、こうした影響に備え始めている。
(4) 気候変動は、"脅威の乗数 "として作用することで、武力紛争の可能性を高める可能性がある。気候に起因する干ばつ、砂漠化、耕作地の喪失等は、政府の崩壊や住民の逃亡につながる可能性がある。Ban Ki Moon(潘基文)前国連事務総長や一部の専門家は、スーダンのダルフール地方やシリアの内戦における武力紛争の一因が気候変動であると指摘している。気候変動に歯止めがかからなければ、自然災害に対応するための軍隊の需要が高まる可能性があり、高温の地球では災害の強度と頻度が増すと予測されている。
(5) 4月24日の戦略見直しでは、このような軍への需要に焦点を当てているが、これには十分な理由がある。オーストラリア陸軍と空軍は、過去3年間の洪水や2019-20年の火災の夏のような「前例のない災害」に対応するよう求められている。海軍の船は、火事が迫る中、ビクトリア州マラクータのビーチから数百人を避難させた。世界でも軍隊に支えられた人道的支援の需要が高まっている。オーストラリア近傍には、自然災害に対して世界で最も脆弱な国がある。
(6) 難民、紛争、自然災害への対応だけでなく、軍隊がどのような装備を保有し、どのように訓練し、どのような資源の提供を受けるかという問題もある。気温上昇、海面上昇、自然災害により、国防基幹施設や基地が脅かされる可能性がある。オーストラリアのDepartment of Defenceは国内最大の土地所有者であり、その多くは露出した沿岸部にある。駆逐艦から戦車まで、化石燃料を燃やす機械に大きく依存しているため、軍はかなりの二酸化炭素排出量を負っている。特に、温室効果ガス排出削減に対する軍の責任がより厳しく問われるようになれば、将来的に十分な燃料を確保することが困難になる。
(7) 軍がクリーンエネルギーへの移行を加速させることの重要性を見直しで指摘したことは評価できる。気候変動による危機の緊急性は、軍が今すぐ気候変動を調達の検討や装備品の管理に反映させるべきことを示唆している。しかし、オーストラリアがそうしてきたという証拠はほとんどない。
(8) 米国や英国をはじめ主要な友好国は、オーストラリアよりもはるかに先を行っている。米軍は、1990年代から気候変動の影響を分析し始めた。Biden政権は、気候変動と安全保障をしっかりと結びつけ、あるインタビューでは「情勢を劇的に変化させるもの」とも言っている。英Ministry of Defenceには、気候変動の安全保障への影響を検討する専門機関がある。2021年には、軍隊のCO2排出量削減目標等やそのための投資などを盛り込んだ戦略文書を作成している。ニュージーランドは、地域の自然災害に対応するため、軍隊の積極的な役割を受け入れつつ、軍についても政府が定めたネットゼロの目標から免除しないとしている。フランスは、自国の海外領土やフランス語圏を対象とした人道支援や災害救助について、同様の立場を採っている。スウェーデンとドイツは近年、国連安全保障理事会の理事国として、気候変動の安全保障への影響に対応するための国連の役割に関する決議を推進した。スウェーデンがNATOに加盟すれば、気候変動に対する軍事的な備えを強化するよう働きかける可能性がある。
(9) オーストラリアは、自分たちが今どこにいて、世界がどこに向かっているのかを認識しなければならない。オーストラリアの国防部門は、気候変動への対応に真剣に取り組まなければならない。この地域の深刻な脆弱性と太平洋の近隣諸国の存亡に関わる懸念を考えれば、なおさらである。しかし、オーストラリアの国防機関がこうした懸念を完全に共有しているわけではない。
記事参照:https://asiatimes.com/2023/04/climate-change-carbon-bootprints-and-the-future-of-war/
(1) オーストラリア軍が、この数十年で「最も重要な」変化を遂げるという触れ込みだった戦略見直しが4月24日に発表された。その中で、気候変動が国家の安全保障に関わる重要な問題であるとの認識が示されたが、気候変動が国防に与える影響に関し100ページのうち1ページ強を割いているに過ぎず、踏み込んだ内容にはなっていない。
(2) 海外の専門家や軍隊が、気候変動の戦略的影響や防衛上の役割に真剣に取り組んでいるのに対し、オーストラリアの見直しは、気候変動が軍の本業である戦争遂行を阻害する可能性があることに重きを置き、災害対応を求められることが増えるにつれ、軍の戦争への備えが弱くなっていると報告されている。
(3) 気候の緊急事態は、人類と生態系の両方の安全保障に対する直接的な脅威であるほか、あらゆる攻撃から防衛するという伝統的な安全保障の課題にもかかわってくる。世界の先見性のある軍隊は、こうした影響に備え始めている。
(4) 気候変動は、"脅威の乗数 "として作用することで、武力紛争の可能性を高める可能性がある。気候に起因する干ばつ、砂漠化、耕作地の喪失等は、政府の崩壊や住民の逃亡につながる可能性がある。Ban Ki Moon(潘基文)前国連事務総長や一部の専門家は、スーダンのダルフール地方やシリアの内戦における武力紛争の一因が気候変動であると指摘している。気候変動に歯止めがかからなければ、自然災害に対応するための軍隊の需要が高まる可能性があり、高温の地球では災害の強度と頻度が増すと予測されている。
(5) 4月24日の戦略見直しでは、このような軍への需要に焦点を当てているが、これには十分な理由がある。オーストラリア陸軍と空軍は、過去3年間の洪水や2019-20年の火災の夏のような「前例のない災害」に対応するよう求められている。海軍の船は、火事が迫る中、ビクトリア州マラクータのビーチから数百人を避難させた。世界でも軍隊に支えられた人道的支援の需要が高まっている。オーストラリア近傍には、自然災害に対して世界で最も脆弱な国がある。
(6) 難民、紛争、自然災害への対応だけでなく、軍隊がどのような装備を保有し、どのように訓練し、どのような資源の提供を受けるかという問題もある。気温上昇、海面上昇、自然災害により、国防基幹施設や基地が脅かされる可能性がある。オーストラリアのDepartment of Defenceは国内最大の土地所有者であり、その多くは露出した沿岸部にある。駆逐艦から戦車まで、化石燃料を燃やす機械に大きく依存しているため、軍はかなりの二酸化炭素排出量を負っている。特に、温室効果ガス排出削減に対する軍の責任がより厳しく問われるようになれば、将来的に十分な燃料を確保することが困難になる。
(7) 軍がクリーンエネルギーへの移行を加速させることの重要性を見直しで指摘したことは評価できる。気候変動による危機の緊急性は、軍が今すぐ気候変動を調達の検討や装備品の管理に反映させるべきことを示唆している。しかし、オーストラリアがそうしてきたという証拠はほとんどない。
(8) 米国や英国をはじめ主要な友好国は、オーストラリアよりもはるかに先を行っている。米軍は、1990年代から気候変動の影響を分析し始めた。Biden政権は、気候変動と安全保障をしっかりと結びつけ、あるインタビューでは「情勢を劇的に変化させるもの」とも言っている。英Ministry of Defenceには、気候変動の安全保障への影響を検討する専門機関がある。2021年には、軍隊のCO2排出量削減目標等やそのための投資などを盛り込んだ戦略文書を作成している。ニュージーランドは、地域の自然災害に対応するため、軍隊の積極的な役割を受け入れつつ、軍についても政府が定めたネットゼロの目標から免除しないとしている。フランスは、自国の海外領土やフランス語圏を対象とした人道支援や災害救助について、同様の立場を採っている。スウェーデンとドイツは近年、国連安全保障理事会の理事国として、気候変動の安全保障への影響に対応するための国連の役割に関する決議を推進した。スウェーデンがNATOに加盟すれば、気候変動に対する軍事的な備えを強化するよう働きかける可能性がある。
(9) オーストラリアは、自分たちが今どこにいて、世界がどこに向かっているのかを認識しなければならない。オーストラリアの国防部門は、気候変動への対応に真剣に取り組まなければならない。この地域の深刻な脆弱性と太平洋の近隣諸国の存亡に関わる懸念を考えれば、なおさらである。しかし、オーストラリアの国防機関がこうした懸念を完全に共有しているわけではない。
記事参照:https://asiatimes.com/2023/04/climate-change-carbon-bootprints-and-the-future-of-war/
4月26日「QUADはASEANと外交的に手を取り合うべし―インド政治経済学者論説」(The Interpreter, April 26, 2023)
4月26日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、インドのシンクタンクAsia Society Policyの研究実習生Ved Shindeの“Quad should ask ASEAN to a diplomatic dance”と題する論説を掲載し、そこでVed Shindeは、QUADは東南アジア諸国の中国への警戒心と西側諸国への好意的態度を利用し、米中対立においてASEANとの利益共有に向けた動きを模索すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 東南アジア諸国は、地域を支配しようという中国の野心に長らく頭を悩ませてきた。1979年はじめ、中国がベトナムを侵攻した。その前年、鄧小平はシンガポールのLee Kuan Yewと会談し、ベトナムに対抗するためにシンガポールの支援を求めたが、Leeはむしろベトナムよりも中国の野心を警戒していると認めた。中国の改革開放以前でさえ、東南アジアの国々は中国との共生を懸念していたのだ。
(2) 冷戦終結後、ソ連の脅威が消滅したことで、米中の協力が深化し、それが地域の安定につながった。中国のWTO加盟を米国が後押ししたことに、当時の精神が反映されている。地域の安定は経済成長にとって好都合であり、東南アジア諸国はそれを最大限に活用した。中国の発展もまた、東南アジア諸国にとっての経済的機会だった。この間、ASEANはASEANの中心性という考え方を推し進めた。それは、アジア太平洋におけるASEANの位置づけを確保することを目的としていた。その結果、中国とASEANの間の経済的相互依存は深まり、2022年の貿易総額は1兆ドルに達そうとしていた。
(3) この数年間で、大国間対立の時代に突入した。海洋における中国の攻勢、またインド太平洋において新たな少数国間協調枠組みが台頭してきたことに、東南アジア諸国は警戒を強めた。地域の安定が経済発展の土台であるので、米中間の対立の深まりは、東南アジア諸国にとって望ましいことではない。
(4) 上述したLee Kuan Yew首相だけでなく、他の東南アジア諸国も中国に対しては同様の見方をしている可能性は高い。ベトナムやフィリピン、インドネシア、シンガポールなど、ASEANの有力国は、その懸念を直接は訴えないかもしれない。しかし、彼らは地域の勢力均衡の維持にとって、米国や日本など志向を同じくする国々の存在が重要であることを理解している。さらに、中国との釣り合いを取るために、インドの役割が大きくなることも期待されている。マレーシアやインドネシアなど、米軍事力の展開に対して留保を示している国々でさえ、米国との共同演習を遂行している。インド太平洋の地政学的風景が変わるなか、ASEAN諸国は、提携相手の選択に際してより現実的になる可能性がある。
(5) ここに出てきたのが、QUADである。QUADは、ASEANにどちらかを選ぶよう迫るわけではないだろう。ASEANの国家規模と地図上の位置ゆえに、彼らはどちらかをはっきりと選ぶことが難しい。ただし、米中間の対立が深まるなかで、危険を回避することも困難になっている。最近の世論調査によれば、ASEANでは、中国が最も影響力の大きい大国とみなされている一方で、どちらかを選ばねばならないとしたら米国だと答える人のほうが多い。また最も信頼できる大国としては日本、次点で米国が挙げられた。
(6) QUADは、こうしたASEANの好意的姿勢を活かし、東南アジアにおける志向を同じくする提携国と積極的に関わるべきである。ASEANの中心性を尊重することは、その第一歩であろう。自由で開かれたインド太平洋という考えを共有することは、QUADとASEANにとっての利益になる。また、東南アジアに関与していくためには、米国による民主主義/独裁主義という二項対立的なレトリックを弱める必要もあろう。
記事参照:Quad should ask ASEAN to a diplomatic dance
(1) 東南アジア諸国は、地域を支配しようという中国の野心に長らく頭を悩ませてきた。1979年はじめ、中国がベトナムを侵攻した。その前年、鄧小平はシンガポールのLee Kuan Yewと会談し、ベトナムに対抗するためにシンガポールの支援を求めたが、Leeはむしろベトナムよりも中国の野心を警戒していると認めた。中国の改革開放以前でさえ、東南アジアの国々は中国との共生を懸念していたのだ。
(2) 冷戦終結後、ソ連の脅威が消滅したことで、米中の協力が深化し、それが地域の安定につながった。中国のWTO加盟を米国が後押ししたことに、当時の精神が反映されている。地域の安定は経済成長にとって好都合であり、東南アジア諸国はそれを最大限に活用した。中国の発展もまた、東南アジア諸国にとっての経済的機会だった。この間、ASEANはASEANの中心性という考え方を推し進めた。それは、アジア太平洋におけるASEANの位置づけを確保することを目的としていた。その結果、中国とASEANの間の経済的相互依存は深まり、2022年の貿易総額は1兆ドルに達そうとしていた。
(3) この数年間で、大国間対立の時代に突入した。海洋における中国の攻勢、またインド太平洋において新たな少数国間協調枠組みが台頭してきたことに、東南アジア諸国は警戒を強めた。地域の安定が経済発展の土台であるので、米中間の対立の深まりは、東南アジア諸国にとって望ましいことではない。
(4) 上述したLee Kuan Yew首相だけでなく、他の東南アジア諸国も中国に対しては同様の見方をしている可能性は高い。ベトナムやフィリピン、インドネシア、シンガポールなど、ASEANの有力国は、その懸念を直接は訴えないかもしれない。しかし、彼らは地域の勢力均衡の維持にとって、米国や日本など志向を同じくする国々の存在が重要であることを理解している。さらに、中国との釣り合いを取るために、インドの役割が大きくなることも期待されている。マレーシアやインドネシアなど、米軍事力の展開に対して留保を示している国々でさえ、米国との共同演習を遂行している。インド太平洋の地政学的風景が変わるなか、ASEAN諸国は、提携相手の選択に際してより現実的になる可能性がある。
(5) ここに出てきたのが、QUADである。QUADは、ASEANにどちらかを選ぶよう迫るわけではないだろう。ASEANの国家規模と地図上の位置ゆえに、彼らはどちらかをはっきりと選ぶことが難しい。ただし、米中間の対立が深まるなかで、危険を回避することも困難になっている。最近の世論調査によれば、ASEANでは、中国が最も影響力の大きい大国とみなされている一方で、どちらかを選ばねばならないとしたら米国だと答える人のほうが多い。また最も信頼できる大国としては日本、次点で米国が挙げられた。
(6) QUADは、こうしたASEANの好意的姿勢を活かし、東南アジアにおける志向を同じくする提携国と積極的に関わるべきである。ASEANの中心性を尊重することは、その第一歩であろう。自由で開かれたインド太平洋という考えを共有することは、QUADとASEANにとっての利益になる。また、東南アジアに関与していくためには、米国による民主主義/独裁主義という二項対立的なレトリックを弱める必要もあろう。
記事参照:Quad should ask ASEAN to a diplomatic dance
4月26日「オーストラリア国防見直しの内容―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, April 26, 2023)
4月26日付けのオーストラリアのシンクタンクAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、同シンクタンクのDefence, Strategy and National Security Program副部長Alex Bristowと上席分析員Malcolm Davisの“Reshaping the ADF to meet our strategic challenges”と題する論説を掲載し、両名はオーストラリア政府が発表した国防見直しの内容について、要旨以下のように述べている。
(1) 4月24日に発表されたオーストラリアの国防戦略見直しは、我々が現在直面している戦略的課題に対応するための、Australian Defence Forceの包括的な再編成に向けた最初の段階である。
(2) この見直しでは、中国を抑止し、我々の地域の平和を維持するために必要な戦闘力として、Australian Defence Forceをどのように変えていくかを、大まかな言葉で明確に説明している。同見直しで述べられているように、Australian Defence Forceは「計算を変える」必要があり、中国やその他の国々が、侵略は対価がかかりすぎて割に合わないと理解するようにしなければならない。
(3) 見直しでは、米国や他の提携国とともに、これを達成するための信頼できる道程を提示している。たとえば、アメリカ、イギリスおよびオーストラリアの三国間の軍事同盟AUKUSによる新型原子力潜水艦、オーストラリアの海岸から遠く離れた標的を攻撃する能力の強化、北部基地への投資、新しい技術を先端兵器に変換することなどである。しかし、この見直しでは、このためにどれだけの費用がかかるかという重要な問題には答えていない。
(4) 短期的な費用の削減には、陸軍の装甲車や榴弾砲の数を減らすことが含まれる。これでは、大規模な地上戦への備えが弱くなる。しかし、政府は、陸軍が解体されているわけではないと指摘することに苦心している。むしろ、中国が武力によって欲するものを得ることができるといういかなる感覚も認めないという主要任務において、より大きな役割を果たすことに重点を置くことになる。上陸用舟艇の装備が充実した、より機動力のある陸軍は、沖合の敵を目標とするため、海軍や空軍と統合することになり、陸軍は対艦ミサイルを含む、この目的のための新しい武器を受け取ることになる。
(5) これを実現するためには、国全体の考え方を変える必要がある。つまり、自国の領土を守るだけでなく、我々の海外の利益も守ることを認識することである。具体的には、武器をより早く兵士の手に届け、紛争ですぐに枯渇する弾薬やその他の物資をオーストラリアで製造できるように、政府と産業界の協力の仕方を変えることが含まれる。
(6) 2009年の国防白書のように、過去には良い国防見直しが行われたが、適切な資金が提供されず、実施されなかった。
(7) この見直しは、米国がインド太平洋地域にとって不可欠な存在であり続けることを正しく評価している。しかし、中国が台頭する中、オーストラリアや他の国々は、地域の安定にもっと貢献しなければならない。これは、単独で行動することでも、米国に盲従することでもない。その代わり、より能力の高いAustralian Defence Forceは、開放的で安定した、法に基づいた地域、つまり国家主権が守られ、力こそが正義ということのない地域という構想を共有する様々な提携国とより緊密に連携することになる。
記事参照:Reshaping the ADF to meet our strategic challenges
(1) 4月24日に発表されたオーストラリアの国防戦略見直しは、我々が現在直面している戦略的課題に対応するための、Australian Defence Forceの包括的な再編成に向けた最初の段階である。
(2) この見直しでは、中国を抑止し、我々の地域の平和を維持するために必要な戦闘力として、Australian Defence Forceをどのように変えていくかを、大まかな言葉で明確に説明している。同見直しで述べられているように、Australian Defence Forceは「計算を変える」必要があり、中国やその他の国々が、侵略は対価がかかりすぎて割に合わないと理解するようにしなければならない。
(3) 見直しでは、米国や他の提携国とともに、これを達成するための信頼できる道程を提示している。たとえば、アメリカ、イギリスおよびオーストラリアの三国間の軍事同盟AUKUSによる新型原子力潜水艦、オーストラリアの海岸から遠く離れた標的を攻撃する能力の強化、北部基地への投資、新しい技術を先端兵器に変換することなどである。しかし、この見直しでは、このためにどれだけの費用がかかるかという重要な問題には答えていない。
(4) 短期的な費用の削減には、陸軍の装甲車や榴弾砲の数を減らすことが含まれる。これでは、大規模な地上戦への備えが弱くなる。しかし、政府は、陸軍が解体されているわけではないと指摘することに苦心している。むしろ、中国が武力によって欲するものを得ることができるといういかなる感覚も認めないという主要任務において、より大きな役割を果たすことに重点を置くことになる。上陸用舟艇の装備が充実した、より機動力のある陸軍は、沖合の敵を目標とするため、海軍や空軍と統合することになり、陸軍は対艦ミサイルを含む、この目的のための新しい武器を受け取ることになる。
(5) これを実現するためには、国全体の考え方を変える必要がある。つまり、自国の領土を守るだけでなく、我々の海外の利益も守ることを認識することである。具体的には、武器をより早く兵士の手に届け、紛争ですぐに枯渇する弾薬やその他の物資をオーストラリアで製造できるように、政府と産業界の協力の仕方を変えることが含まれる。
(6) 2009年の国防白書のように、過去には良い国防見直しが行われたが、適切な資金が提供されず、実施されなかった。
(7) この見直しは、米国がインド太平洋地域にとって不可欠な存在であり続けることを正しく評価している。しかし、中国が台頭する中、オーストラリアや他の国々は、地域の安定にもっと貢献しなければならない。これは、単独で行動することでも、米国に盲従することでもない。その代わり、より能力の高いAustralian Defence Forceは、開放的で安定した、法に基づいた地域、つまり国家主権が守られ、力こそが正義ということのない地域という構想を共有する様々な提携国とより緊密に連携することになる。
記事参照:Reshaping the ADF to meet our strategic challenges
4月26日「法に基づく国際秩序、米中競争に耐えられるか―シンガポール専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, April 26, 2023)
4月26日付けのシンガポールThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のInstitute of Defence and Strategic Studiesが発行するIDSS Paperは、同Institute准教授Benjamin Hoの “US-CHINA RELATIONS: CAN THE RULES-BASED INTERNATIONAL ORDER SURVIVE GREAT POWER COMPETITION”と題する論説を掲載し、ここでBenjamin Hoは米中関係の悪化によって現在の国際秩序が崩壊の危機に瀕しているとの懸念を生んでいるとし、国際秩序を律する規範は法に基づく秩序の3つの属性に従って、変化する政治的力の状況を反映するように変更されることになるかもしれないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 現在の法に基づく国際秩序(the current rules-based international order)は、どの程度の耐久性があり、米中の大国間競争を乗り切ることができるのか。中国の台頭に対する西側諸国にある懸念の1つは、中国政府の究極的な目的についての不確実性と中国が戦後の米国主導による既存の世界秩序を覆す意図があるかどうかということである。要するに、国際的な行動を支配する法が、変化する政治的力の状況を反映するように変更されるべきか、 そして、もしそうであるなら、これらの新しい取り極めはどのようになるのか。
(2) 国際秩序を維持する上で、前時代に造られた法だからといって、それらが新しい時代には無効になるわけではない。同様に、国際秩序への挑戦は、既存の大国がそれに同意しない、あるいは脅威を感じないという理由だけで、常に却下されたり、脅威と見なされたりすべきではない。法の有効性と正当性を最終的に判断するために検討されるべきは、その法の主導者だけでなく、その法の本質である。
(3) 国際秩序に関する議論の理解に資するために、道路交通法を例に取ってみよう。世界のどの国で車を運転しているかに関係なく、道路交通法は普遍的なものである。ある国で上手に運転できる人は、別の場所で運転する場合に、根本的に異なる事態に直面することはないであろう。しかしながら同時に、特定の状況あるいは特殊な場面――たとえば、信号を出して車線を変更しようとしている車に対して、(衝突防止のために)ある場所では減速するが、他の場所では加速する――などを考慮する必要がある。換言すれば、我々が国際秩序について語る時には、そのような秩序の形成を生み出した国内条件を切り離すことはできない。さらに、現在のグローバル化され、相互に連結された世界では、国際的な事象は国内的に影響し、他方、国内で起こる事象は国際的な意味合いを持つ。したがって、国際秩序に関する如何なる議論も、国内の政治的動向を考慮に入れる必要がある。しかしながら、国によって政治状況が異なるからといって、相互に合理的に話したり、理解したりすることができないわけではない。ここにおいて法が機能する。すなわち、法は相互に相手の意図を理解するとともに、個人や国内的相違にもかかわらず共に生活し働くための、一定の予測可能性と秩序を提供するからである。
(4) 現在の米中の大国間競争を考えれば、国際秩序を律する法は、法に基づく秩序の以下の3つの属性に従って、変化する政治的力の状況を反映するように変更されることになるかもしれない。
a. 強制力(enforcement):強制できない法は、定義上、法とは言えない。全ての国は、独自の法を持っており、関係当局が強制力をもって法を施行している。他方、国際的には、国際関係学者が言うように、世界は無政府状態にあり、強制力を持って法を国際的に施行するより高い権限はない。この主張には一理あるが、本稿の筆者(Benjamin Ho)は同意していない。たとえば、シンガポール最高裁長官Sundaresh Menonは2019年の講演で、「強制的な主権者が不在にもかかわらず、国際法には強制力がないという批判は、観察可能な現実と単純に矛盾しており、退けられなければならない」とした上で、著名な国際法学者Louis Henkin教授のよく引用される観察は今日でも当てはるとして、「ほとんど全ての国が国際法のほとんど全ての原則を遵守しており、それもほとんど何時も」と指摘している。したがって、国際秩序の法に関する議論においては、たとえ、その法が常に強制可能ではないとしても、国際秩序の法に従って行動することは国家の利益になると言うことができる。
b. 稼働力(enablement):国際秩序の議論において、法の強制力が全てであるとすれば、それは極めて限定的な議論になろうが、幸いなことに、そうではない。逆説的な言い方になるが、法は社会活動と社会的繁栄をも可能にする。たとえば、交通信号機のように、法は動きを規制する代わりに、実際に動きを可能にするもので、それなしでは人車全てが立ち往生してしまう。ここでの問題は、これらの法が(社会を)動かすものか、それとも無力にするものかどうかである。たとえば、自由貿易や集団安全保障の促進、さらには法の支配に基づく国際機関の設立は、多くの国を繁栄させることになった。こうした秩序が将来にわたって無限に続くかどうかは定かではなく、どのような代替案がそれに取って代わるのかも明らかではない。しかしながら、もし代替秩序が実際に出現しつつある場合には、我々は、それは社会生活を豊かにするものか、それともそれは相互に協働し、関係し合う我々の集団的能力を無にすることになるのかという根本的な問いを発しなければならない。
c. 3つ目が関与(engagement)である:我々はグローバル化され相互に連結された世界に住んでおり、相互作用の頻度は過去よりもはるかに顕著になっている。一部の学者はこれを「ネットワーク社会」と呼ぶが、これは幾つかの点で良い面もあるが、特に関与の法が明確でない場合は、問題になり得る。たとえば、この新しい社会的、政治的時代に、各国はどのように関係し、相互作用するのか。相互作用が意図的であろうとなかろうと、対立を引き起こさないためには、どのような関与の法が規定されるべきか。これらの法の解釈を巡って各国が合意に至らない場合、どのような仲裁のための機構があるか。貿易から宇宙、サイバー空間にいたるまで、現在行われている関与の法の不確実性に関するこれらの問題は、既に一部が現実化しており、将来がどうなるかは不明である。
(5) 以上の3つの属性は、本稿の筆者(Benjamin Ho)の見解では、抽象的な政治理論ではなく、現実世界への影響力を持っている。確かに、シンガポールのような小国にとって、これらの法がどのように進化するかは、当該国の政策に大きな影響を与えるであろう。先述のたとえに戻れば、道路状況は大型車よりもはるかに小型車に影響を及ぼす。したがって、全ての国は、目的地や最終目標に同意できないかもしれないが、自国民が安全にそこに到着することを保証する、公正で効果的な法を確立し、遵守させる責務を負っている。
記事参照:US-CHINA RELATIONS: CAN THE RULES-BASED INTERNATIONAL ORDER SURVIVE GREAT POWER COMPETITION
(1) 現在の法に基づく国際秩序(the current rules-based international order)は、どの程度の耐久性があり、米中の大国間競争を乗り切ることができるのか。中国の台頭に対する西側諸国にある懸念の1つは、中国政府の究極的な目的についての不確実性と中国が戦後の米国主導による既存の世界秩序を覆す意図があるかどうかということである。要するに、国際的な行動を支配する法が、変化する政治的力の状況を反映するように変更されるべきか、 そして、もしそうであるなら、これらの新しい取り極めはどのようになるのか。
(2) 国際秩序を維持する上で、前時代に造られた法だからといって、それらが新しい時代には無効になるわけではない。同様に、国際秩序への挑戦は、既存の大国がそれに同意しない、あるいは脅威を感じないという理由だけで、常に却下されたり、脅威と見なされたりすべきではない。法の有効性と正当性を最終的に判断するために検討されるべきは、その法の主導者だけでなく、その法の本質である。
(3) 国際秩序に関する議論の理解に資するために、道路交通法を例に取ってみよう。世界のどの国で車を運転しているかに関係なく、道路交通法は普遍的なものである。ある国で上手に運転できる人は、別の場所で運転する場合に、根本的に異なる事態に直面することはないであろう。しかしながら同時に、特定の状況あるいは特殊な場面――たとえば、信号を出して車線を変更しようとしている車に対して、(衝突防止のために)ある場所では減速するが、他の場所では加速する――などを考慮する必要がある。換言すれば、我々が国際秩序について語る時には、そのような秩序の形成を生み出した国内条件を切り離すことはできない。さらに、現在のグローバル化され、相互に連結された世界では、国際的な事象は国内的に影響し、他方、国内で起こる事象は国際的な意味合いを持つ。したがって、国際秩序に関する如何なる議論も、国内の政治的動向を考慮に入れる必要がある。しかしながら、国によって政治状況が異なるからといって、相互に合理的に話したり、理解したりすることができないわけではない。ここにおいて法が機能する。すなわち、法は相互に相手の意図を理解するとともに、個人や国内的相違にもかかわらず共に生活し働くための、一定の予測可能性と秩序を提供するからである。
(4) 現在の米中の大国間競争を考えれば、国際秩序を律する法は、法に基づく秩序の以下の3つの属性に従って、変化する政治的力の状況を反映するように変更されることになるかもしれない。
a. 強制力(enforcement):強制できない法は、定義上、法とは言えない。全ての国は、独自の法を持っており、関係当局が強制力をもって法を施行している。他方、国際的には、国際関係学者が言うように、世界は無政府状態にあり、強制力を持って法を国際的に施行するより高い権限はない。この主張には一理あるが、本稿の筆者(Benjamin Ho)は同意していない。たとえば、シンガポール最高裁長官Sundaresh Menonは2019年の講演で、「強制的な主権者が不在にもかかわらず、国際法には強制力がないという批判は、観察可能な現実と単純に矛盾しており、退けられなければならない」とした上で、著名な国際法学者Louis Henkin教授のよく引用される観察は今日でも当てはるとして、「ほとんど全ての国が国際法のほとんど全ての原則を遵守しており、それもほとんど何時も」と指摘している。したがって、国際秩序の法に関する議論においては、たとえ、その法が常に強制可能ではないとしても、国際秩序の法に従って行動することは国家の利益になると言うことができる。
b. 稼働力(enablement):国際秩序の議論において、法の強制力が全てであるとすれば、それは極めて限定的な議論になろうが、幸いなことに、そうではない。逆説的な言い方になるが、法は社会活動と社会的繁栄をも可能にする。たとえば、交通信号機のように、法は動きを規制する代わりに、実際に動きを可能にするもので、それなしでは人車全てが立ち往生してしまう。ここでの問題は、これらの法が(社会を)動かすものか、それとも無力にするものかどうかである。たとえば、自由貿易や集団安全保障の促進、さらには法の支配に基づく国際機関の設立は、多くの国を繁栄させることになった。こうした秩序が将来にわたって無限に続くかどうかは定かではなく、どのような代替案がそれに取って代わるのかも明らかではない。しかしながら、もし代替秩序が実際に出現しつつある場合には、我々は、それは社会生活を豊かにするものか、それともそれは相互に協働し、関係し合う我々の集団的能力を無にすることになるのかという根本的な問いを発しなければならない。
c. 3つ目が関与(engagement)である:我々はグローバル化され相互に連結された世界に住んでおり、相互作用の頻度は過去よりもはるかに顕著になっている。一部の学者はこれを「ネットワーク社会」と呼ぶが、これは幾つかの点で良い面もあるが、特に関与の法が明確でない場合は、問題になり得る。たとえば、この新しい社会的、政治的時代に、各国はどのように関係し、相互作用するのか。相互作用が意図的であろうとなかろうと、対立を引き起こさないためには、どのような関与の法が規定されるべきか。これらの法の解釈を巡って各国が合意に至らない場合、どのような仲裁のための機構があるか。貿易から宇宙、サイバー空間にいたるまで、現在行われている関与の法の不確実性に関するこれらの問題は、既に一部が現実化しており、将来がどうなるかは不明である。
(5) 以上の3つの属性は、本稿の筆者(Benjamin Ho)の見解では、抽象的な政治理論ではなく、現実世界への影響力を持っている。確かに、シンガポールのような小国にとって、これらの法がどのように進化するかは、当該国の政策に大きな影響を与えるであろう。先述のたとえに戻れば、道路状況は大型車よりもはるかに小型車に影響を及ぼす。したがって、全ての国は、目的地や最終目標に同意できないかもしれないが、自国民が安全にそこに到着することを保証する、公正で効果的な法を確立し、遵守させる責務を負っている。
記事参照:US-CHINA RELATIONS: CAN THE RULES-BASED INTERNATIONAL ORDER SURVIVE GREAT POWER COMPETITION
4月27日「ブルーパシフィックとインド太平洋概念を統合せよ―フィジー国際政治学者論説」(The Interpreter, April 27, 2023)
4月27日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、University of the South Pacific准教授のSandra Tarteによる“Bringing the Blue Pacific and Indo-Pacific narratives together”と題する論説を掲載し、そこでSandra Tarteは太平洋の国々が「ブルーパシフィック」という概念を打ち出しつつ、大国間競合とそれを背景にしたインド太平洋戦略の登場が太平洋地域にとって重要な含意を持つことを意識し、この問題に真剣に取り組むべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 太平洋島嶼諸国は、長い間、気候安全保障や国際犯罪活動など、非伝統的な安全保障上の脅威を重要視してきた。しかし近年、太平洋での地政学的競合が強まり続けている。2023年の太平洋諸島フォーラムによる安全保障アウトルックに示されるように、その競合によって、太平洋が本当に対処せねばならないことから関心と資源が分散されてしまっていると言われることが多い。
(2) しかし、昨今の地政学的競合は、実際に太平洋における安全保障環境を形成しており、地域の中心的課題に位置づけられるべき問題である。したがって、それは関心や資源の分散というよりは、新たな機会を提供するものだと言えよう。この点について、太平洋諸島フォーラムの元事務局長Dame Meg Taylorも、太平洋の国々はインド太平洋戦略の登場にもっと注意を払うべきだと指摘している。と同時にDame Meg Taylorは、「ブルーパシフィック」の概念の発展と普及に力を注ぐよう求めた。
(3) AUKUSは、ブルーパシフィックの努力を弱めるものだとして、地域の不安を煽った。しかし現在、その不安や批判は沈静化している。その理由は、太平洋諸国の提携国が、ブルーパシフィックという考え方を支持したことが実を結び、太平洋の国々が地域の不穏な情勢から目を逸らすようになったからではないだろうか。
(4) しかし、インド太平洋戦略とブルーパシフィックの概念には親和性がある。AUKUSに関して地域との議論が欠如していたことは、太平洋の国々が、地政学的競合が意味するところに焦点を当て直す必要性を強調した。たとえば、気候変動については米中を含めた世界的な協働が必要なのであるが、米中の地政学的競合はこうした多国間の試みにマイナスの影響を及ぼしている。また、地域における主権と自治をめぐる問題は、今後も、地政学的競合における人質のままであろう。
(5) インド太平洋戦略は太平洋の軍事化を進める。AUKUSによるオーストラリアの原子力潜水艦調達計画がその好例である。しかし核問題だけでなく、新たな基地建設や軍事訓練の実施など、非核関連の軍事化の進展にも注意を払うべきである。
(6) 地政学的競合はかつてより、新たな機会と提携を提供するなどポジティブな影響を及ぼしてきた。しかし今やわれわれは、潜在的に危険な対立の段階に入っていることを踏まえ、それに準備しておかねばならない。「ブルーパシフィック大陸に向けた2050年戦略」は、伝統的および非伝統的安全保障問題への対処のために、柔軟で反応の早い安全保障機構を求めている。それによって太平洋諸国の戦略的自立が維持される可能性がある。そのためには、地域における対話が行われることが重要な意味を持つ。
記事参照:Bringing the Blue Pacific and Indo-Pacific narratives together
(1) 太平洋島嶼諸国は、長い間、気候安全保障や国際犯罪活動など、非伝統的な安全保障上の脅威を重要視してきた。しかし近年、太平洋での地政学的競合が強まり続けている。2023年の太平洋諸島フォーラムによる安全保障アウトルックに示されるように、その競合によって、太平洋が本当に対処せねばならないことから関心と資源が分散されてしまっていると言われることが多い。
(2) しかし、昨今の地政学的競合は、実際に太平洋における安全保障環境を形成しており、地域の中心的課題に位置づけられるべき問題である。したがって、それは関心や資源の分散というよりは、新たな機会を提供するものだと言えよう。この点について、太平洋諸島フォーラムの元事務局長Dame Meg Taylorも、太平洋の国々はインド太平洋戦略の登場にもっと注意を払うべきだと指摘している。と同時にDame Meg Taylorは、「ブルーパシフィック」の概念の発展と普及に力を注ぐよう求めた。
(3) AUKUSは、ブルーパシフィックの努力を弱めるものだとして、地域の不安を煽った。しかし現在、その不安や批判は沈静化している。その理由は、太平洋諸国の提携国が、ブルーパシフィックという考え方を支持したことが実を結び、太平洋の国々が地域の不穏な情勢から目を逸らすようになったからではないだろうか。
(4) しかし、インド太平洋戦略とブルーパシフィックの概念には親和性がある。AUKUSに関して地域との議論が欠如していたことは、太平洋の国々が、地政学的競合が意味するところに焦点を当て直す必要性を強調した。たとえば、気候変動については米中を含めた世界的な協働が必要なのであるが、米中の地政学的競合はこうした多国間の試みにマイナスの影響を及ぼしている。また、地域における主権と自治をめぐる問題は、今後も、地政学的競合における人質のままであろう。
(5) インド太平洋戦略は太平洋の軍事化を進める。AUKUSによるオーストラリアの原子力潜水艦調達計画がその好例である。しかし核問題だけでなく、新たな基地建設や軍事訓練の実施など、非核関連の軍事化の進展にも注意を払うべきである。
(6) 地政学的競合はかつてより、新たな機会と提携を提供するなどポジティブな影響を及ぼしてきた。しかし今やわれわれは、潜在的に危険な対立の段階に入っていることを踏まえ、それに準備しておかねばならない。「ブルーパシフィック大陸に向けた2050年戦略」は、伝統的および非伝統的安全保障問題への対処のために、柔軟で反応の早い安全保障機構を求めている。それによって太平洋諸国の戦略的自立が維持される可能性がある。そのためには、地域における対話が行われることが重要な意味を持つ。
記事参照:Bringing the Blue Pacific and Indo-Pacific narratives together
4月28日「ASEANと中国によるSAR協力の進展―インドネシア専門家論説」(East Asia Forum, April 28, 2023)
4月28日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物East Asia Forumは、インドネシアのシンクタンクCentre for Strategic and International Studies研究員Gilang Kembaraの“Restarting search and rescue cooperation in the South China Sea”と題する論説を掲載し、Gilang KembaraはASEANと中国の間で進展している捜索救難(SAR)に関する協力について、要旨以下のように述べている。
(1) 中国での国際的な会合においては、感染症の世界的感染拡大が原因で、2年以上遅れていた南シナ海の行動規範の交渉が議題の中心になっている。行動規範の締結と批准は、ASEANと中国の関係や南シナ海紛争にとって大きな節目となる。これは、両当事者が違いを受け入れ、法的拘束力をもつ可能性のある文書に合意する能力を示すことになる。
(2) しかし、行動規範を南シナ海の紛争を自動的に解決する「聖杯」と見なすべきではない。せいぜい、最終的な紛争解決を促進するための紛争管理手段として機能する程度だろう。そのためには、海洋科学研究、漁業、国際犯罪防止、捜索救難(以下、SARと言う)など、無数の実務協力が必要となる。
(3) SAR協力は、2023年に喜ぶべき進展を見せた。2023年1月、“ASEAN Agreement on Aeronautical and Maritime Search and Rescue Cooperation”が発表された。この協定は、ASEAN加盟国間のSAR協力を発展・強化し、ASEAN加盟国の主権を害することなくSAR協力を促進することを目的としている。
(4) この協定は、SAR協力におけるASEAN加盟国全体の共通基準を確立するものでもある。統一された基準を確立することは、ASEANが中国などの域外提携国とのさらなる協力を追求するための基本である。南シナ海で発生した海難事故に迅速に対応することは、すべての当事国の利益となる。事故や救難連絡に適切に対応するために、南シナ海の沿岸国は基準となる作業手順を持つべきである。
(5) 2023年3月に行われた東南アジアと中国のSAR担当官が参加した机上演習では、共同SAR活動において伝達ミスや管理ミスを最小限に抑えるために、より多くの共同演習が必要であると指摘されている。
(6) 一方、東南アジアの南シナ海沿岸諸国は、この海域におけるSARに充当することのできる艦船、航空機の制約に直面している。各沿岸国の海岸線から南シナ海の中央部までSAR任務に当たる艦船を展開するには、3~27時間を要する。固定翼機や回転翼機であれば、時間は大幅に短縮されるが、航続時間は劣る。沿岸国は、南シナ海により近い区域にSARの艦船や航空機を配置することによって、この海域において運用できる部隊をさらに増やす可能性を検討すべきである。このような艦船、航空機の配備は、地域のさらなる事態の拡大と誤解される可能性があるため、各国は破壊力を有するまたは軍用の兵器を搭載しない艦船、航空機を配備することが賢明だろう。
(7) 中国は、南シナ海の施設をSARの足場となる拠点として使用することを申し出ている。しかし、これは係争海域における中国の管理を常態化するための策略であると考えられている。
(8) 対応時間の改善には、関係国間の透明度の高い効率的な情報共有も必要である。国益や主権が損なわれることを恐れて、各国は機密情報の共有に消極的な場合が多い。効果的なSAR対応機構があれば、この地域からの救難連絡に即座に適切に対応することができる。
(9) 各国は、最新の情報を手に入れることに満足するだけでなく、SAR対応に必要な分析能力の発展にも着手する必要がある。危険な区域や天候の異常など、事件や災害発生の主要な類型を分析するための情報処理はより効果的な対応を可能にする。
記事参照:Restarting search and rescue cooperation in the South China Sea
(1) 中国での国際的な会合においては、感染症の世界的感染拡大が原因で、2年以上遅れていた南シナ海の行動規範の交渉が議題の中心になっている。行動規範の締結と批准は、ASEANと中国の関係や南シナ海紛争にとって大きな節目となる。これは、両当事者が違いを受け入れ、法的拘束力をもつ可能性のある文書に合意する能力を示すことになる。
(2) しかし、行動規範を南シナ海の紛争を自動的に解決する「聖杯」と見なすべきではない。せいぜい、最終的な紛争解決を促進するための紛争管理手段として機能する程度だろう。そのためには、海洋科学研究、漁業、国際犯罪防止、捜索救難(以下、SARと言う)など、無数の実務協力が必要となる。
(3) SAR協力は、2023年に喜ぶべき進展を見せた。2023年1月、“ASEAN Agreement on Aeronautical and Maritime Search and Rescue Cooperation”が発表された。この協定は、ASEAN加盟国間のSAR協力を発展・強化し、ASEAN加盟国の主権を害することなくSAR協力を促進することを目的としている。
(4) この協定は、SAR協力におけるASEAN加盟国全体の共通基準を確立するものでもある。統一された基準を確立することは、ASEANが中国などの域外提携国とのさらなる協力を追求するための基本である。南シナ海で発生した海難事故に迅速に対応することは、すべての当事国の利益となる。事故や救難連絡に適切に対応するために、南シナ海の沿岸国は基準となる作業手順を持つべきである。
(5) 2023年3月に行われた東南アジアと中国のSAR担当官が参加した机上演習では、共同SAR活動において伝達ミスや管理ミスを最小限に抑えるために、より多くの共同演習が必要であると指摘されている。
(6) 一方、東南アジアの南シナ海沿岸諸国は、この海域におけるSARに充当することのできる艦船、航空機の制約に直面している。各沿岸国の海岸線から南シナ海の中央部までSAR任務に当たる艦船を展開するには、3~27時間を要する。固定翼機や回転翼機であれば、時間は大幅に短縮されるが、航続時間は劣る。沿岸国は、南シナ海により近い区域にSARの艦船や航空機を配置することによって、この海域において運用できる部隊をさらに増やす可能性を検討すべきである。このような艦船、航空機の配備は、地域のさらなる事態の拡大と誤解される可能性があるため、各国は破壊力を有するまたは軍用の兵器を搭載しない艦船、航空機を配備することが賢明だろう。
(7) 中国は、南シナ海の施設をSARの足場となる拠点として使用することを申し出ている。しかし、これは係争海域における中国の管理を常態化するための策略であると考えられている。
(8) 対応時間の改善には、関係国間の透明度の高い効率的な情報共有も必要である。国益や主権が損なわれることを恐れて、各国は機密情報の共有に消極的な場合が多い。効果的なSAR対応機構があれば、この地域からの救難連絡に即座に適切に対応することができる。
(9) 各国は、最新の情報を手に入れることに満足するだけでなく、SAR対応に必要な分析能力の発展にも着手する必要がある。危険な区域や天候の異常など、事件や災害発生の主要な類型を分析するための情報処理はより効果的な対応を可能にする。
記事参照:Restarting search and rescue cooperation in the South China Sea
4月28日「インド洋における権力をめぐる争い―シンガポール専門家論説」(China US Focus, April 28, 2023)
4月28日付の香港のシンクタンク China-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは、National University of Singapore元非常勤教授Sajjad Ashrafの“Power Struggle in the Indian Ocean”と題する論説を掲載し、Sajjad AshrafはAlfred T. Mahanが「インド洋を制する者はアジアを制する。インド洋は7つの海の鍵である。21世紀には、世界の運命はインド洋によって決まるだろう」と指摘しているとした上で、中国のインド洋における存在感を高めている一方、インドもインド洋における能力を著しく強化してきており、インドのインド洋およびその周辺における正当な利益を中国が承認することを確実なものにすることで「アジアの時代」が訪れるとして、要旨以下のように述べている。
(1) インド洋は、南シナ海や西ヨーロッパのような場所よりもメディアの注目が少ないにもかかわらず、米国と中国の間の重要な競争の発火点である。インド洋には、商業航路と豊富なエネルギー資源を提供することに加えて、3つの重要な海上チョークポイントがあり、世界で最も重要で戦略的な水路の1つとなっている。
(2) マラッカ海峡は1つのチョークポイントであり、東南アジアと南シナ海とインド洋を結んでいる。ホルムズ海峡は、湾岸地域から中国、日本、韓国、そしてより広い東南アジア地域に向けてエネルギーが通過することから、最も重要なチョークポイントである。3つ目は、アフリカの角とアラビア半島のイエメンの間を流れるバブエルマンデブ海峡であり、同様に重要なのは、マダガスカルとモザンビークの間のモザンビーク海峡であり、喜望峰を通過してヨーロッパ、南北アメリカ、アジアに向かう重要な貿易ルートである。これらのチョークポイントを支配することに成功した国は、地域の航路、エネルギーの流れ、および全体的な地政学的安全保障を支配することよりもはるかに優位に立つことができる。したがって、インド洋の他の沿岸国は、海洋の自由をこれらの有力な国に依存し続けることになる。
(3) 中国は、過去40年間に世界最大の貿易国家となり、まもなく世界最大の経済大国になる勢いにある。中国の軍近代化は、その経済的利益を擁護するために必要であり、米国のインド洋支配に直接挑戦するものである。この闘争は、両国が世界覇権を争うにつれて重要度を増す一方である。アフリカの角周辺の海賊対策任務を通じて、中国はインド洋の島々と沿岸国の強力な提携国として浮上してきた。2017年、中国はジブチに最初の海外軍事施設を設立し、中国の基地はこの地域の主要な行為者としての存在感を固めている。中国の海上シルクロードは、中国がその経済的および軍事的範囲を拡大するためのさらなる基盤を提供している。中国は一帯一路構想の一環として、インド洋沿岸諸国の基幹施設整備計画に多額の投資を行ってきた。これは、地域の接続性を改善し、経済発展を促進することを目的としており、インド洋を通過する中国の輸出をさらに促進するものである。
(4) 中国は近年、インド洋への海軍力の配備を増加しようとしており、ハンバントタ、グワダルなどから構成され、「真珠の数珠」と呼ばれる商業施設網を構築している。中国はまた、ミャンマー、バングラデシュ、セーシェルでも同様の施設獲得を目指していることが知られている。
(5) インド洋における中国の存在感の高まりは、一部の国、特にインド洋地域における中国の行動を戦略的問題と見なしているインドにおいて懸念を引き起こしている。中国を無力化することを追求する中で、インドは米国とアングロサクソン系の同盟国オーストラリアや英国など、そして日本も手近な提携国として見なしている。中国は、ディエゴガルシアの米基地や、ジブチ、シンガポール、オーストラリアの他の施設、インドとの4つの基本的な軍事協定は潜在的な脅威と見ており、したがって、中国の利益に反すると考えている。中国の立場から見ると、QUADのような同盟は、中国の台頭を封じ込めるというアメリカの意図を示しており、日本とオーストラリアに加えて、インドはアメリカの覇権的野心の代理と見なされている。
(6) インドも、インド洋地域での能力を著しく強化している。2001年に統合された三軍司令部を設立した後、インドは、増強兵力として展開する艦艇、航空機、部隊、ドローンをアンダマン・ニコバル諸島に駐留させるための施設の設置を進めている。ニコバル諸島南端の大ニコバル島などはインドネシアとマラッカ海峡からわずか90海里であり、インドの軍事展開は中国経済の生命線に危険なほど近い。インドはまた、インド洋での中国の疑わしい活動を監視するために、オマーンのドゥクム港に通信傍受施設維持の権利を取得している。さらに、日本と提携することにより、インドはジブチ港を利用することもできる。インドは、モーリシャスが所有するアラレガ島にインド海軍のボーイングP-8I海上哨戒機を収容できる3,000m級の滑走路を建設している。これにより、インドはインド洋西部を監視することができ、「インドの海洋状況把握における重要な中継基地を構成する」と、インド洋に関するAustralian National UniversityのNational Security Collegeが公表インド洋に関する報告書は述べている。
(7) インド洋における軍事行動の頻度が増すにつれて、米海軍の戦略家Alfred T. Mahanの有名な予測が実現しつつある。Alfred T. Mahan曰く、「インド洋を制する者はアジアを制する。インド洋は7つの海の鍵である。21世紀には、世界の運命はインド洋によって決まるだろう。」新興勢力は、より強力な軍事力で経済的利益を保護しようとすることによって、必然的に既存の秩序に挑戦する。今日、中国がその立場にある。インドにとっての課題は、インドが部外者の見せかけ上の代表にならないようにし、中国がインド洋周辺のより広大な地域内においてインドの正当な利益を承認することを確実なものにすることである。そうして初めて、これは「アジアの世紀」になるだろう。
記事参照:Power Struggle in the Indian Ocean
(1) インド洋は、南シナ海や西ヨーロッパのような場所よりもメディアの注目が少ないにもかかわらず、米国と中国の間の重要な競争の発火点である。インド洋には、商業航路と豊富なエネルギー資源を提供することに加えて、3つの重要な海上チョークポイントがあり、世界で最も重要で戦略的な水路の1つとなっている。
(2) マラッカ海峡は1つのチョークポイントであり、東南アジアと南シナ海とインド洋を結んでいる。ホルムズ海峡は、湾岸地域から中国、日本、韓国、そしてより広い東南アジア地域に向けてエネルギーが通過することから、最も重要なチョークポイントである。3つ目は、アフリカの角とアラビア半島のイエメンの間を流れるバブエルマンデブ海峡であり、同様に重要なのは、マダガスカルとモザンビークの間のモザンビーク海峡であり、喜望峰を通過してヨーロッパ、南北アメリカ、アジアに向かう重要な貿易ルートである。これらのチョークポイントを支配することに成功した国は、地域の航路、エネルギーの流れ、および全体的な地政学的安全保障を支配することよりもはるかに優位に立つことができる。したがって、インド洋の他の沿岸国は、海洋の自由をこれらの有力な国に依存し続けることになる。
(3) 中国は、過去40年間に世界最大の貿易国家となり、まもなく世界最大の経済大国になる勢いにある。中国の軍近代化は、その経済的利益を擁護するために必要であり、米国のインド洋支配に直接挑戦するものである。この闘争は、両国が世界覇権を争うにつれて重要度を増す一方である。アフリカの角周辺の海賊対策任務を通じて、中国はインド洋の島々と沿岸国の強力な提携国として浮上してきた。2017年、中国はジブチに最初の海外軍事施設を設立し、中国の基地はこの地域の主要な行為者としての存在感を固めている。中国の海上シルクロードは、中国がその経済的および軍事的範囲を拡大するためのさらなる基盤を提供している。中国は一帯一路構想の一環として、インド洋沿岸諸国の基幹施設整備計画に多額の投資を行ってきた。これは、地域の接続性を改善し、経済発展を促進することを目的としており、インド洋を通過する中国の輸出をさらに促進するものである。
(4) 中国は近年、インド洋への海軍力の配備を増加しようとしており、ハンバントタ、グワダルなどから構成され、「真珠の数珠」と呼ばれる商業施設網を構築している。中国はまた、ミャンマー、バングラデシュ、セーシェルでも同様の施設獲得を目指していることが知られている。
(5) インド洋における中国の存在感の高まりは、一部の国、特にインド洋地域における中国の行動を戦略的問題と見なしているインドにおいて懸念を引き起こしている。中国を無力化することを追求する中で、インドは米国とアングロサクソン系の同盟国オーストラリアや英国など、そして日本も手近な提携国として見なしている。中国は、ディエゴガルシアの米基地や、ジブチ、シンガポール、オーストラリアの他の施設、インドとの4つの基本的な軍事協定は潜在的な脅威と見ており、したがって、中国の利益に反すると考えている。中国の立場から見ると、QUADのような同盟は、中国の台頭を封じ込めるというアメリカの意図を示しており、日本とオーストラリアに加えて、インドはアメリカの覇権的野心の代理と見なされている。
(6) インドも、インド洋地域での能力を著しく強化している。2001年に統合された三軍司令部を設立した後、インドは、増強兵力として展開する艦艇、航空機、部隊、ドローンをアンダマン・ニコバル諸島に駐留させるための施設の設置を進めている。ニコバル諸島南端の大ニコバル島などはインドネシアとマラッカ海峡からわずか90海里であり、インドの軍事展開は中国経済の生命線に危険なほど近い。インドはまた、インド洋での中国の疑わしい活動を監視するために、オマーンのドゥクム港に通信傍受施設維持の権利を取得している。さらに、日本と提携することにより、インドはジブチ港を利用することもできる。インドは、モーリシャスが所有するアラレガ島にインド海軍のボーイングP-8I海上哨戒機を収容できる3,000m級の滑走路を建設している。これにより、インドはインド洋西部を監視することができ、「インドの海洋状況把握における重要な中継基地を構成する」と、インド洋に関するAustralian National UniversityのNational Security Collegeが公表インド洋に関する報告書は述べている。
(7) インド洋における軍事行動の頻度が増すにつれて、米海軍の戦略家Alfred T. Mahanの有名な予測が実現しつつある。Alfred T. Mahan曰く、「インド洋を制する者はアジアを制する。インド洋は7つの海の鍵である。21世紀には、世界の運命はインド洋によって決まるだろう。」新興勢力は、より強力な軍事力で経済的利益を保護しようとすることによって、必然的に既存の秩序に挑戦する。今日、中国がその立場にある。インドにとっての課題は、インドが部外者の見せかけ上の代表にならないようにし、中国がインド洋周辺のより広大な地域内においてインドの正当な利益を承認することを確実なものにすることである。そうして初めて、これは「アジアの世紀」になるだろう。
記事参照:Power Struggle in the Indian Ocean
4月28日「自由連合盟約更新の重要性―米海軍協会報道」(USNI News, April 28, 2023)
4月28日付のThe U.S. Naval Instituteのウエブサイトは、“Island Nations Key to U.S. Maintaining Position as Pacific Power”と題する記事を掲載し、現在自由連合盟約の更新の交渉が進められていることについて、中国が太平洋への影響力拡大を狙っていることを背景に、その重要性がより高まっているとして、要旨以下のように報じている。
(1) ハワイとフィリピンの間に位置するパラオ、マーシャル諸島、ミクロネシア連邦の自由連合盟約国は、米国が太平洋で影響力を維持するのに決定的な存在である。同時にその3ヵ国は、中国が主張する「第2列島線」を構成する国々でもある。
(2) Joseph Yunは、かつてマレーシア大使や、北朝鮮との核凍結交渉の特別大使を務めた人物で、現在、自由連合盟約の20年間の延長に向けた交渉を行っている。それは基幹施設や開発に関するさまざまな分野を包摂するものである。Joseph YunはHeritage Foundationのフォーラムで、太平洋諸国に中国が影響力を拡大しようとしていることに警戒を呼びかけた。彼は前ミクロネシア大統領のDaniel Panueloが退任前に書いた書簡に言及し、それによれば、中国が賄賂や脅迫などの手段を使ってそれを試みているという。またPanuelo本人も脅迫を受けたという。
(3) 同じ頃、ソロモン諸島でかつて州知事を務めたDaniel SuidaniがHudson Instituteで講演を行っており、彼によれば中国政府関係者による賄賂が、自身の失脚につながり、そして彼もまた脅迫を受けたとのことだ。ソロモン諸島が総選挙を延期したのも、中国の動きが影響してとのことである。中国とソロモン諸島は、海軍基地利用に関する交渉を行い、ソロモン諸島への3.3億ドルの基幹施設整備支援が提示されるなど、関係を深めている。他方米国とは、U.S. Coast Guardの巡視船が補給のために寄港することをソロモン諸島が拒絶したことに象徴されるように、関係を弱めている。
(4) Heritage FoundationでJoseph Yunが強調したのは、米国とマーシャル諸島の文化的紐帯の強さである。彼は昨年9月に実施された首脳会談を引き合いに出し、米国は太平洋島嶼国を軽視しているという不満に対応し、また彼らの安全保障や基幹施設開発を支援する意思があると述べた。
(5) 先述の書簡においてDaniel Panueloは、中国の目的について次のように整理した。つまり、米国やオーストラリアなど伝統的な同盟国と太平洋島嶼国を引き離し、台湾との外交関係を断絶させ、中国海軍の展開を受け入れさせることである。Daniel Panueloは、短期的には諸国が一時的な利益のために自国の主権を売り渡しており、また長期的にはこの地域で戦争が起こった場合にそれに積極的に関わることになると述べている。
(6) 米国と自由連合盟約国、特にマーシャル諸島との間には、核実験による放射線の影響に対処するといった課題がある。実に全人口の4分の1が、「世代を超えた放射線の影響」を受けており、それを背景にマーシャル諸島の人々には特別な補償が提示される。
(7) Joseph Yunは、3ヵ国との自由連合盟約に関する交渉はほぼ終わり、あとは議会の承認を得るだけだと述べている。現在の自由連合盟約は9月末に失効する。それまでに議会が超党派でこの問題を承認することを期待すると述べている。
記事参照:Island Nations Key to U.S. Maintaining Position as Pacific Power
(1) ハワイとフィリピンの間に位置するパラオ、マーシャル諸島、ミクロネシア連邦の自由連合盟約国は、米国が太平洋で影響力を維持するのに決定的な存在である。同時にその3ヵ国は、中国が主張する「第2列島線」を構成する国々でもある。
(2) Joseph Yunは、かつてマレーシア大使や、北朝鮮との核凍結交渉の特別大使を務めた人物で、現在、自由連合盟約の20年間の延長に向けた交渉を行っている。それは基幹施設や開発に関するさまざまな分野を包摂するものである。Joseph YunはHeritage Foundationのフォーラムで、太平洋諸国に中国が影響力を拡大しようとしていることに警戒を呼びかけた。彼は前ミクロネシア大統領のDaniel Panueloが退任前に書いた書簡に言及し、それによれば、中国が賄賂や脅迫などの手段を使ってそれを試みているという。またPanuelo本人も脅迫を受けたという。
(3) 同じ頃、ソロモン諸島でかつて州知事を務めたDaniel SuidaniがHudson Instituteで講演を行っており、彼によれば中国政府関係者による賄賂が、自身の失脚につながり、そして彼もまた脅迫を受けたとのことだ。ソロモン諸島が総選挙を延期したのも、中国の動きが影響してとのことである。中国とソロモン諸島は、海軍基地利用に関する交渉を行い、ソロモン諸島への3.3億ドルの基幹施設整備支援が提示されるなど、関係を深めている。他方米国とは、U.S. Coast Guardの巡視船が補給のために寄港することをソロモン諸島が拒絶したことに象徴されるように、関係を弱めている。
(4) Heritage FoundationでJoseph Yunが強調したのは、米国とマーシャル諸島の文化的紐帯の強さである。彼は昨年9月に実施された首脳会談を引き合いに出し、米国は太平洋島嶼国を軽視しているという不満に対応し、また彼らの安全保障や基幹施設開発を支援する意思があると述べた。
(5) 先述の書簡においてDaniel Panueloは、中国の目的について次のように整理した。つまり、米国やオーストラリアなど伝統的な同盟国と太平洋島嶼国を引き離し、台湾との外交関係を断絶させ、中国海軍の展開を受け入れさせることである。Daniel Panueloは、短期的には諸国が一時的な利益のために自国の主権を売り渡しており、また長期的にはこの地域で戦争が起こった場合にそれに積極的に関わることになると述べている。
(6) 米国と自由連合盟約国、特にマーシャル諸島との間には、核実験による放射線の影響に対処するといった課題がある。実に全人口の4分の1が、「世代を超えた放射線の影響」を受けており、それを背景にマーシャル諸島の人々には特別な補償が提示される。
(7) Joseph Yunは、3ヵ国との自由連合盟約に関する交渉はほぼ終わり、あとは議会の承認を得るだけだと述べている。現在の自由連合盟約は9月末に失効する。それまでに議会が超党派でこの問題を承認することを期待すると述べている。
記事参照:Island Nations Key to U.S. Maintaining Position as Pacific Power
4月28日「米国の台湾政策の変化が危機を煽っている―米専門家論説」(China US Focus, April 28, 2023)
4月28日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトであるChina US Focusは、米Randolph Bourne Institute 上席研究員Ted Galen Carpenterの” Changing American Attitudes toward Taiwan Are Creating Conditions for a Crisis”と題する論説を掲載し、ここでTed Galen Carpenterは台湾が民主主義国家であり、多くの米国人が嫌悪感を抱く中国政権に包囲されているという見方が、国内政治の利害を高め、中国も米国も望まない台湾をめぐる戦争に突入することになるかもしれないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 台湾をめぐる米国の対立的な対中政策を評価する専門家は、台湾の経済的・戦略的重要性に注目している。それが、この問題で米政府が態度を硬化させている大きな理由である。経済的に台湾は東アジアにおける重要な地位にある。それは、先進的コンピューターチップの生産で世界一になったことである。加えて、第1列島線に位置し、極めて重要な戦略的位置を占めている。米国人は、台湾が米国の軍事的保護に値する活力ある民主主義国家であることに好感を持ち、支持を強めるようになった。このような感情に加え、台湾の戦略的、経済的な重要性が目に見える形で認識されているため、中国が統一を実現するために武力行使に踏み切った場合、米国が軍事介入する可能性は極めて高い。
(2) 台湾は、1949年に中国共産党が大陸で勝利した後、蒋介石の国民党政権が台湾に逃れて以来、米国の保守派を中心に、常に強固な支持を得てきた。1972年、Richard Nixon大統領が中国に働きかけ、上海コミュニケに調印した際は、多くの保守派から非難を浴びた。また、Jimmy Carter大統領が台湾政府との正式な関係を断ち切り、北京の政府にその関係を移した際にも反対運動が起こった。しかし、その後世論もメディアも台湾に対する熱狂的な支持は減り、1980年代にはさらに低下した。1970年代から1980年代にかけて、米国は台湾との間に残っていた防衛関係を冷戦時代の遺物と見なす傾向があった。父・蒋介石の後を継いで台湾の指導者となった蒋経国は、腐敗した縁故資本主義の経済システムを主宰する典型的な独裁者と見なされ、米国にとって特別な重要性はないものと思われていた。一方で、米国にとって中国は、ソビエト連邦との地政学的競争において、事実上の同盟国として重要な存在となっていた。米国の対中貿易・投資の急増は、中国への熱意を強め、台湾への支持をさらに疎外させた。
(3) 1989年の天安門事件以降、米国の対中意識は否定的なものに変化していった。そして、1990年代前半から半ばにかけて、李登輝の指導のもと、台湾が多党制民主主義に移行すると、台湾に対する好感度が高まった。1996年、台湾初の完全な自由選挙が行われた後に米国で行われた世論調査では、台湾に対する好感度は60%に上昇した。この傾向は、21世紀に入っても続いている
(4) 中国政府が香港で厳しい国家安全保障法を施行したことや、Covid-19の世界的感染拡大に対する中国の対応をめぐる論争を経て、米国の意見は急激に否定的になった。2023年2月の調査では、中国に対して「非常に好感が持てる」「ほとんど好感が持てる」と回答した人はわずか15%であり、84%の人が「非常に悪い」「ほとんど悪い」と回答している。一方、台湾に対しては、「非常に好感が持てる」「ほとんど好感が持てる」が77%に達し、逆の傾向になっている。Chicago Council on Global Affairs(シカゴ国際問題評議会)が2021年8月に行った調査では、米国が台湾を独立国として承認することを望んでいるは65%、台湾政府との防衛同盟締結に賛成は53%、そして52%は中国が攻撃を仕掛けてきた場合、米軍を派遣して台湾を防衛することを望んでいた。
(5) このような国民の意識の変化を考えれば、米国政府が台湾をより支持するようになったのは当然である。Donald Trump大統領の任期後半には、米国と台湾の2国間関係は、本格的な同盟関係のようなものになりつつあり、Joe Biden大統領になっても、米政府の台湾に対する外交的・軍事的支援は継続的に行われている。Nancy Pelosi下院議長による2022年の台北訪問と蔡英文氏との会談は、米国の新しい世論と政治的ムードを示すものであった。
(6) 台湾は米国の確固たる防衛上の誓約に値する活力ある民主主義国家との考え方の高まりは、中国との憂慮すべき対立の筋書きを作り出している。中国政府は、台湾の曖昧な政治的地位と、台湾の事実上の独立に関する限界を押し広げようとする台湾政府の努力を支持する米政府の意欲に対して、忍耐力を失ってきている。台湾近海での中国の軍事演習の増加は、中国の苛立ちを端的に示すものである。
(7) 台湾が民主主義国家であり、多くのアメリカ人が嫌悪感を抱いている政権に包囲されているという見方が、国民や議会で急速に定着していることも、国内政治の利害を高めている。 そのため、どのような大統領の政権であっても、中国の動きに対して慎重かつ現実的な対応をすることができなくなる。その結果、中国政府も米政府も望まない台湾をめぐる戦争に突入することになるかもしれない。
記事参照:Changing American Attitudes toward Taiwan Are Creating Conditions for a Crisis
(1) 台湾をめぐる米国の対立的な対中政策を評価する専門家は、台湾の経済的・戦略的重要性に注目している。それが、この問題で米政府が態度を硬化させている大きな理由である。経済的に台湾は東アジアにおける重要な地位にある。それは、先進的コンピューターチップの生産で世界一になったことである。加えて、第1列島線に位置し、極めて重要な戦略的位置を占めている。米国人は、台湾が米国の軍事的保護に値する活力ある民主主義国家であることに好感を持ち、支持を強めるようになった。このような感情に加え、台湾の戦略的、経済的な重要性が目に見える形で認識されているため、中国が統一を実現するために武力行使に踏み切った場合、米国が軍事介入する可能性は極めて高い。
(2) 台湾は、1949年に中国共産党が大陸で勝利した後、蒋介石の国民党政権が台湾に逃れて以来、米国の保守派を中心に、常に強固な支持を得てきた。1972年、Richard Nixon大統領が中国に働きかけ、上海コミュニケに調印した際は、多くの保守派から非難を浴びた。また、Jimmy Carter大統領が台湾政府との正式な関係を断ち切り、北京の政府にその関係を移した際にも反対運動が起こった。しかし、その後世論もメディアも台湾に対する熱狂的な支持は減り、1980年代にはさらに低下した。1970年代から1980年代にかけて、米国は台湾との間に残っていた防衛関係を冷戦時代の遺物と見なす傾向があった。父・蒋介石の後を継いで台湾の指導者となった蒋経国は、腐敗した縁故資本主義の経済システムを主宰する典型的な独裁者と見なされ、米国にとって特別な重要性はないものと思われていた。一方で、米国にとって中国は、ソビエト連邦との地政学的競争において、事実上の同盟国として重要な存在となっていた。米国の対中貿易・投資の急増は、中国への熱意を強め、台湾への支持をさらに疎外させた。
(3) 1989年の天安門事件以降、米国の対中意識は否定的なものに変化していった。そして、1990年代前半から半ばにかけて、李登輝の指導のもと、台湾が多党制民主主義に移行すると、台湾に対する好感度が高まった。1996年、台湾初の完全な自由選挙が行われた後に米国で行われた世論調査では、台湾に対する好感度は60%に上昇した。この傾向は、21世紀に入っても続いている
(4) 中国政府が香港で厳しい国家安全保障法を施行したことや、Covid-19の世界的感染拡大に対する中国の対応をめぐる論争を経て、米国の意見は急激に否定的になった。2023年2月の調査では、中国に対して「非常に好感が持てる」「ほとんど好感が持てる」と回答した人はわずか15%であり、84%の人が「非常に悪い」「ほとんど悪い」と回答している。一方、台湾に対しては、「非常に好感が持てる」「ほとんど好感が持てる」が77%に達し、逆の傾向になっている。Chicago Council on Global Affairs(シカゴ国際問題評議会)が2021年8月に行った調査では、米国が台湾を独立国として承認することを望んでいるは65%、台湾政府との防衛同盟締結に賛成は53%、そして52%は中国が攻撃を仕掛けてきた場合、米軍を派遣して台湾を防衛することを望んでいた。
(5) このような国民の意識の変化を考えれば、米国政府が台湾をより支持するようになったのは当然である。Donald Trump大統領の任期後半には、米国と台湾の2国間関係は、本格的な同盟関係のようなものになりつつあり、Joe Biden大統領になっても、米政府の台湾に対する外交的・軍事的支援は継続的に行われている。Nancy Pelosi下院議長による2022年の台北訪問と蔡英文氏との会談は、米国の新しい世論と政治的ムードを示すものであった。
(6) 台湾は米国の確固たる防衛上の誓約に値する活力ある民主主義国家との考え方の高まりは、中国との憂慮すべき対立の筋書きを作り出している。中国政府は、台湾の曖昧な政治的地位と、台湾の事実上の独立に関する限界を押し広げようとする台湾政府の努力を支持する米政府の意欲に対して、忍耐力を失ってきている。台湾近海での中国の軍事演習の増加は、中国の苛立ちを端的に示すものである。
(7) 台湾が民主主義国家であり、多くのアメリカ人が嫌悪感を抱いている政権に包囲されているという見方が、国民や議会で急速に定着していることも、国内政治の利害を高めている。 そのため、どのような大統領の政権であっても、中国の動きに対して慎重かつ現実的な対応をすることができなくなる。その結果、中国政府も米政府も望まない台湾をめぐる戦争に突入することになるかもしれない。
記事参照:Changing American Attitudes toward Taiwan Are Creating Conditions for a Crisis
【補遺】
旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) SUSTAINING DISTRIBUTED FORCES IN A CONFLICT WITH CHINA
https://warontherocks.com/2023/04/sustaining-distributed-forces-in-a-conflict-with-china/
War on the Rocks, April 21, 2023
By John Sattely is an active-duty colonel in the U.S. Marine Corps
Jesse Johnson is an active-duty lieutenant colonel in the U.S. Marine Corps
2023年4月21日、米海兵隊の現役大佐John Sattelyと同じく米海兵隊の現役中佐Jesse Johnsonは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" SUSTAINING DISTRIBUTED FORCES IN A CONFLICT WITH CHINA "と題する論説を寄稿した。その中で両名は、U.S. Pacific Fleet司令部が数隻の人民解放軍海軍Type075強襲揚陸艦が台湾近海に集結し、上陸作戦演習を予告なしに開始したことを受けて警報を発し、日米共同訓練に参加していたすべての米艦艇に後退を命じたことを紹介した上で、台湾近海で緊張が高まり続ける中、中国側は、ミサイル防衛システムだけでなく、演習を装った海上封鎖などといった様々な手段を用いて、米軍の陸海空部隊の前方展開に対抗してくる可能性があると指摘している。そして両名は、こうした脆弱性を補うべく、米国は後方支援の抗堪性を達成するためにも、同盟国や提携国との関係を拡大し、装備品や物資を今よりも広範囲の陸上や洋上に事前集積する「グローバルポジショニング」を採用すべきであると主張している。
(2) Interview: US Drug War and Rise of the Pacific Route
https://www.geopoliticalmonitor.com/interview-us-drug-war-and-rise-of-the-pacific-route/
Geopolitical Monitor, April 24, 2023
By Jonathan Alpeyrie, Photographer
4月24日、米国の写真家Jonathan Alpeyrieは、カナダ情報誌 Geopolitical Monitorのウエブサイトに、“Interview: US Drug War and Rise of the Pacific Route”と題する論説を寄稿した。その中で、①2019年以降、ベネズエラの状況が不安定であるため、コカインの大生産地であるペルーとコロンビアから米国市場へ荷物を運ぶために、太平洋ルートがカルテルの新しい優先ルートとなっている。②新しい薬物フェンタニルは、生産コストの面でも、物流面でも理想的であり、中毒性が高く、米国市場での需要は何倍にもなり、カルテルをさらに儲けさせている。③Covid-19は、米国における薬物消費を大きく加速させ、米国人の薬物使用は50%を超えている。④米政府はNAFTA貿易を確実に混乱させることになるので、この問題にほとんど抵抗する気がない。⑤カルテルは漁船を巧みに利用し、当局がすべての船を管理・検査することは非常に困難であり、地元当局も腐敗している。⑥メキシコも今、フェンタニルの使用が急増する未曾有の薬物消費問題に直面している。⑦大麻の合法化を許したことで、需要側と生産側の双方から、大麻の違法な需要が増えた。⑧米政府は、米国内での需要を減らしながら、カルテルに軍事的に対処しなければならない。⑨米国民は合法・非合法にかかわらず、ひどく薬漬けになっており、米国の平均寿命の低下の大きな原因となっている。⑩米当局は、薬物広告を出す製薬会社を取り締まるとともに、薬物組織への多方面からの攻撃を開始すべきである、
(3) How to End the War in Ukraine: On stopping the fighting and building the peace.
https://www.bostonreview.net/forum/how-to-end-the-war-in-ukraine/
Boston Review, April 26, 2023
By Rajan Menon, the director of the Grand Strategy Program at Defense Priorities, Spitzer Professor Emeritus at the Powell School of City College of New York, and a senior research fellow at Columbia University’s Saltzman Institute for War and Peace Studies
2023年4月26日、米City College of New York の名誉教授であり、米Columbia Universityの Saltzman Institute for War and Peace Studies上席研究員Rajan Menonは、米季刊誌Boston Reviewのウエブサイトに" How to End the War in Ukraine: On stopping the fighting and building the peace "と題する論説を寄稿した。その中でRajan Menonは、この1年間、ロシアのウクライナ侵攻をめぐって、さまざまな論評が飛び交い、非建設的と言っても過言ではない応酬が続いているが、大まかに言えば、NATOの拡大と挑発的な政策がロシアに「存亡の危機」をもたらしたと考える一派とNATOの拡大との関係を否定し、Putin大統領の帝国主義的本質に原因を求める一派とが存在すると指摘した上で、いずれにせよ私たちは、この戦争をいかに終結に向かわせるのかを論じる必要があると述べている。そしてRajan Menonは、議論においては、①戦争がどのように解決されようとも、どの当事者も自分が理想とする結果を得ることはできず、したがって、現実的で受け入れ可能な長期的妥協案を、困難ではあるが検討する必要がある。②しかし、ウクライナ人は勝利にこだわり、それが手の届くところにあると確信しており、かつ、米国をはじめとする西側諸国はウクライナ政府を支持すると公言しているため、ウクライナ政府が反対するような妥協案を米政府が提示することは、ウクライナ政府がやむを得ない場合を除き困難である、ことを念頭に置く必要があると主張している。
(1) SUSTAINING DISTRIBUTED FORCES IN A CONFLICT WITH CHINA
https://warontherocks.com/2023/04/sustaining-distributed-forces-in-a-conflict-with-china/
War on the Rocks, April 21, 2023
By John Sattely is an active-duty colonel in the U.S. Marine Corps
Jesse Johnson is an active-duty lieutenant colonel in the U.S. Marine Corps
2023年4月21日、米海兵隊の現役大佐John Sattelyと同じく米海兵隊の現役中佐Jesse Johnsonは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" SUSTAINING DISTRIBUTED FORCES IN A CONFLICT WITH CHINA "と題する論説を寄稿した。その中で両名は、U.S. Pacific Fleet司令部が数隻の人民解放軍海軍Type075強襲揚陸艦が台湾近海に集結し、上陸作戦演習を予告なしに開始したことを受けて警報を発し、日米共同訓練に参加していたすべての米艦艇に後退を命じたことを紹介した上で、台湾近海で緊張が高まり続ける中、中国側は、ミサイル防衛システムだけでなく、演習を装った海上封鎖などといった様々な手段を用いて、米軍の陸海空部隊の前方展開に対抗してくる可能性があると指摘している。そして両名は、こうした脆弱性を補うべく、米国は後方支援の抗堪性を達成するためにも、同盟国や提携国との関係を拡大し、装備品や物資を今よりも広範囲の陸上や洋上に事前集積する「グローバルポジショニング」を採用すべきであると主張している。
(2) Interview: US Drug War and Rise of the Pacific Route
https://www.geopoliticalmonitor.com/interview-us-drug-war-and-rise-of-the-pacific-route/
Geopolitical Monitor, April 24, 2023
By Jonathan Alpeyrie, Photographer
4月24日、米国の写真家Jonathan Alpeyrieは、カナダ情報誌 Geopolitical Monitorのウエブサイトに、“Interview: US Drug War and Rise of the Pacific Route”と題する論説を寄稿した。その中で、①2019年以降、ベネズエラの状況が不安定であるため、コカインの大生産地であるペルーとコロンビアから米国市場へ荷物を運ぶために、太平洋ルートがカルテルの新しい優先ルートとなっている。②新しい薬物フェンタニルは、生産コストの面でも、物流面でも理想的であり、中毒性が高く、米国市場での需要は何倍にもなり、カルテルをさらに儲けさせている。③Covid-19は、米国における薬物消費を大きく加速させ、米国人の薬物使用は50%を超えている。④米政府はNAFTA貿易を確実に混乱させることになるので、この問題にほとんど抵抗する気がない。⑤カルテルは漁船を巧みに利用し、当局がすべての船を管理・検査することは非常に困難であり、地元当局も腐敗している。⑥メキシコも今、フェンタニルの使用が急増する未曾有の薬物消費問題に直面している。⑦大麻の合法化を許したことで、需要側と生産側の双方から、大麻の違法な需要が増えた。⑧米政府は、米国内での需要を減らしながら、カルテルに軍事的に対処しなければならない。⑨米国民は合法・非合法にかかわらず、ひどく薬漬けになっており、米国の平均寿命の低下の大きな原因となっている。⑩米当局は、薬物広告を出す製薬会社を取り締まるとともに、薬物組織への多方面からの攻撃を開始すべきである、
(3) How to End the War in Ukraine: On stopping the fighting and building the peace.
https://www.bostonreview.net/forum/how-to-end-the-war-in-ukraine/
Boston Review, April 26, 2023
By Rajan Menon, the director of the Grand Strategy Program at Defense Priorities, Spitzer Professor Emeritus at the Powell School of City College of New York, and a senior research fellow at Columbia University’s Saltzman Institute for War and Peace Studies
2023年4月26日、米City College of New York の名誉教授であり、米Columbia Universityの Saltzman Institute for War and Peace Studies上席研究員Rajan Menonは、米季刊誌Boston Reviewのウエブサイトに" How to End the War in Ukraine: On stopping the fighting and building the peace "と題する論説を寄稿した。その中でRajan Menonは、この1年間、ロシアのウクライナ侵攻をめぐって、さまざまな論評が飛び交い、非建設的と言っても過言ではない応酬が続いているが、大まかに言えば、NATOの拡大と挑発的な政策がロシアに「存亡の危機」をもたらしたと考える一派とNATOの拡大との関係を否定し、Putin大統領の帝国主義的本質に原因を求める一派とが存在すると指摘した上で、いずれにせよ私たちは、この戦争をいかに終結に向かわせるのかを論じる必要があると述べている。そしてRajan Menonは、議論においては、①戦争がどのように解決されようとも、どの当事者も自分が理想とする結果を得ることはできず、したがって、現実的で受け入れ可能な長期的妥協案を、困難ではあるが検討する必要がある。②しかし、ウクライナ人は勝利にこだわり、それが手の届くところにあると確信しており、かつ、米国をはじめとする西側諸国はウクライナ政府を支持すると公言しているため、ウクライナ政府が反対するような妥協案を米政府が提示することは、ウクライナ政府がやむを得ない場合を除き困難である、ことを念頭に置く必要があると主張している。
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