海洋安全保障情報旬報 2022年12月1日-12月10日

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12月2日「U.S. Department of Defenseの中国軍の脅威評価は妥当か―米安全保障専門家論説」(Brookings, December 2, 2022)

 12月2日付の米シンクタンクThe Brookings Instituteのウエブサイトは、同シンクタンク上席研究員のMichael E. O’Hanlonの“Does the Pentagon report on China’s military correctly judge the threat ? ”と題する論説を掲載し、そこでO’HanlonはU.S. Department of Defenseが最近公開した中国の軍備状況に関する報告書を含めた一連の安全保障関連報告書が、中国の脅威を過度に強調していることを批判し、より冷静な分析と戦略立案を求め、要旨以下のように述べている。
(1) 11月29日、U.S. Department of Defense(以下、DODと言う)は、中国の軍事・安全保障の展開に関する報告書を発表した。それは11月に国家安全保障戦略、国家防衛戦略、核態勢の見直しを立て続けに公表した後のことであった。これらの文書すべてに共通するのは、ウクライナ戦争を遂行するロシアよりも中国の脅威を強調していたことである。しかし米国は中国の脅威をあまりに過大視していないだろうか。それによって戦争の危険性が高まるかもしれない。
(2) 近年のインド太平洋の不安定さの原因の多くが中国の行動によるものであることは事実である。ウクライナ戦争において習近平は、ロシアを直接的にではないにせよ支持している。しかしいくつかの点において、DODの最新文書は中国の脅威を過度に強調している。
(3) 報告書は習近平によるPutin大統領への支持を批判しており、それは正しい。しかしその支持は限定的であり、たとえば中国はロシアに兵器を供給していない。Biden大統領もすでに認めているこの事実を、最近の一連の文書は説明していない。また、DODの中国に関する報告書は、中国の軍事費が対前年比7%の増加を続けていることに不満げであるが、中国の国防支出は米国の半分以下である。対GDP比でも中国は2%前後であり、米国の国防費の対GDP比は3%を越えている。中国の周辺地域での最近の行動が攻撃的であるのは確かだが、中国は際限のない軍拡に突き進んでいるというわけではない。
(4) 最新報告書は、中国が船舶の数の上では世界最大の海軍であることを繰り返し述べるが、総トン数などでアメリカのほうが上回っていることについてほとんど触れていない。本当に重要なのは艦船の数よりも質なのである。また、DOD報告書は南シナ海における中国の主権の主張が拡大解釈されすぎているという立場を取る点において正しい。しかしそれと関連して米国は、外国の排他的経済水域内を自由に通行する権利はどの国にもあるという立場を取るが、これは必ずしも国際社会で共有されている見方ではない。たとえばインドは、排他的経済水域内を外国船が通過するときは事前の許可を求めている。
(5) Biden政権は中国を米国の「最も重要な戦略的競合相手」と位置づけており、それもまた妥当である。しかし、たとえば中国による新疆ウイグル自治区での弾圧行為を「ジェノサイド」と表現することで、問題を過度に煽ろうとしている。中国政府がウイグル人弾圧を行っていることは事実で、道義的に受け入れ難いものである。しかしそれは、国連人権理事会が言うように「深刻な人権侵害」だとしても、ガス室での大量殺戮を想起させるような「ジェノサイド」ではない。米国政府はその言葉の使用を止めるべきである。
(6) 中国が長きにわたる米国の競合相手であるのは事実だが、われわれは落ち着いて均衡の取れた、正確な言葉と戦略を選択すべきである。
記事参照:Does the Pentagon report on China’s military correctly judge the threat?

12月3日「インド洋で水中戦力を拡大しつつある中国―インド海洋安全保障専門家論説」(The Diplomat, December 3, 2022)

 12月3日付のデジタル誌The Diplomatは、インドシンクタンクNational Institute of Advanced Studies 助教Prakash Panneerelyamの“China’s Emerging Subsurface Presence in the Indian Ocean”と題する論説を掲載し、そこでPanneerselyamは中国海軍がインド洋における展開を拡大し、特に潜水艦など水中戦力を運用し始めていることについて、インドは対策を強化すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 最近発表された中国の軍事力に関する米国報告書によれば、中国人民解放軍海軍(以下、PLANと言う)は、数字のうえでは世界最大の海軍力になった。同報告は、ジブチにある中国人民解放軍(以下、PLAと言う)の支援基地が、中国本土から離れた地域での軍事力の投射と維持において重要な役割を果たすことを強調している。PLAはそこに300mもある係留施設を建設し、空母や潜水艦などが収容可能である。中国は施設をさらに建設するという指摘がある。ジブチ基地は、周辺地域における中国の存在感を示す活動を後押ししている。
(2) 中国はジブチの基地を、公的には「兵站施設」や「支援基地」と表現しているが、実際には海軍基地と呼べる存在になりつつある。ジブチ基地を拠点としたPLANのインド洋におけるさまざまな活動の増加は、インドの安全保障上の懸念を高めている。インド洋におけるPLANの展開は、アデン湾などにおける海賊の取締活動への参加を通じて拡大していった。PLANは今でも、海賊対策などを理由にインド洋での展開を拡大している。2013年以降は潜水艦がインド洋で活動するようになった。
(3) 中国の潜水艦がインド洋を到達するためには、マラッカ海峡、ロムボク海峡、スンダ海峡を通航する。スンダ海峡は浅く、漁船の活動も活発なため通航は難しい。ロムボク海峡の水深は深く、潜水艦の航行は容易である。マラッカ海峡では安全のために浮上して通らねばならない。
(4) インド洋において、PLANが調査船や潜水艦を配備するのは2017年ごろから恒常化してきた。2017年にはPLANの調査船「海洋22号」がインド洋を調査し、2018年には「実験3号」がパキスタン海軍と演習を実施した。2019年以降、「向陽紅03号」などの調査船がベンガル湾やアラビア海などに展開し、深海調査を行っている。また中国は海中ドローンを活用し、水域環境や水深、海水温などの調査も行っており、それらは軍事利用される潜在性を持つ。
(5) 最近世界中のメディアの注目を集めているのが、海中ドローンのひとつである海中グライダー「海翼」Haiyiの活用である。それは2019年12月に、インドネシアの漁師に発見された。中国はさらに新型の水中グライダーを開発しているが、それは、インド洋における潜水艦の探知追跡に関して、中国にとって情勢を大きく変えるものとなるであろう。
(6) 中国は今後、インド洋に原子力潜水艦を配備するようになっていくだろう。太平洋西部では米海軍や海上自衛隊がPLANの潜水艦の行動を監視しているが、インド洋では相対的に活動し易い。しかし、探知を回避しつつチョークポイントを通航することが大きな課題である。ジブチ基地は、その課題克服に貢献しうる存在である。その基地の存在とインド洋におけるPLANの艦艇、調査船の展開が拡大しているのは、インドにとって頭痛の種となっている。それはインド洋におけるインドの優越と安全保障に挑戦するものである。たとえば2022年にインドがミサイル実験を行おうとしたとき、近海で中国の調査船が活動していたために延期せざるを得なかった。こうした課題に対処するために、インドは水中戦能力を強化する必要がある。
記事参照:China’s Emerging Subsurface Presence in the Indian Ocean

12月5日「インド洋における印豪共同での監視活動の可能性―インド専門家論説」(The Interpreter, December 5, 2022)

 12月5日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、インドのシンクタンクCentre for Air Power Studies研究員Radhey Tambiの“Islands of opportunity: Australia and India’s chance to collaborate”と題する論説を掲載し、Radhey Tambiはインド洋でのインドとオーストラリアによる共同の海洋監視活動の可能性について、要旨以下のように述べている。
(1) インドとオーストラリアは海洋の隣国として、インド洋地域の両端を形成している。両国の協力は、地域の信頼を高める好機となる。
(2) 「インド海洋ドクトリン(Indian Maritime Doctrine)」によれば、アフリカ東岸からオーストラリア西岸にかけての地域は、インド海軍の主要担当地域である。一方、インド洋北東部は、オーストラリア政府の「2020年国防戦略アップデート(2020 Defence Strategic Update)」で説明されているようにオーストラリアにとって優先順位の高い海域である。
(3) しかし、インド洋で活動する中国の調査船、潜水艦、小型無人水中機の数が増加していることが懸念されている。ここでのインドとオーストラリアの島嶼領土は、この地域の海洋監視を強化し、他の提携国との関係を発展させる機会を与える。インドのアンダマン・ニコバル諸島はマラッカ海峡に近く、オーストラリアのココス諸島もスンダ海峡、ロンボク海峡及びウェタル海峡を挟んでインドネシアの戦略的海域の近くに位置している。これらの領土を合わせると、インド洋と太平洋の出入り口を扼することになる。
(4) 中国の調査船は、これらの区域を重点的に調査している。資源に関する情報だけでなく、酸素及びクロロフィル濃度とともに、塩分濃度、水深及び透明度に関するデータも収集している。こうしたデータの利用は、必ずしも民生用に限らず、外国の潜水艦の追尾や自国の潜水艦の運用にも利用することができる。政治的に不安定な地域は、インド洋を東インド洋と西インド洋に分ける東経90度海嶺の浅瀬である。
(5) アンダマン・ニコバル諸島とココス諸島は、それぞれインドとオーストラリアによって監視・偵察のために利用される。そして、これらの南北に連なる島々をP-8哨戒機が往復するという提案のような、協調的な海洋状況把握(maritime domain awareness)計画は、戦力増強の役割を果たすだろう。このような計画は、両国軍の相互運用性を向上させ、両国の防衛目的を強化し、インドの艦艇が太平洋に入るときやオーストラリアの艦艇がインド洋に入るときに、給油目的でこれらの島々を使用することを可能にする兵站協定を補完するものである。
(6) また、この地域で増加している海賊行為に対処するため、これらの島々から連携して哨戒を実施することも考えられる。このような哨戒を行うには、より広範な協力と調整を行うために、インドネシアのような国々と緊密な関係を築くことが必要である。また、気候変動による災害、違法・無報告・無規制漁業、そして捜索・救助活動といった、地域の課題への取り組みに、負担の分担のモデルが有効だろう。
(7) この地域は単一の国で管理するには広すぎるため、これらの島々が規定するような拡張された領土の管轄権による共同の機構は、能力を強化する1つの方法である。最近、インドとオーストラリアは、軍事演習を4倍に増やしたと言われている。
記事参照:Islands of opportunity: Australia and India’s chance to collaborate

12月5日「台湾をめぐる戦争を回避するため、時を稼ぐべし―米専門家論説」(Project-syndicate, December 2, 2022)

 12月2日付の国際的NPO、Project-syndicateのウエブサイトは、元米国防次官補で現Harvard University教授Joseph S. Nye, Jr.の“Buying time to avoid war over Taiwan”と題する論説を掲載し、Joseph S. Nyeは米中が台湾をめぐって戦争する可能性はあるのかと疑問を呈し、米中関係の現在を緊張の高まりを指摘した上で、1972年のNixon 大統領訪中時、毛沢東との会談においても台湾問題は合意に達することはできなかったが、両首脳は問題を先送りにし、後に鄧小平が「将来の世代の知恵」と呼んだもののために時間を稼ぎ出し、両国は約50年のその時間を享受してきたとして、時間を稼ぎ出すことの重要性を強調し、要旨以下のように述べている。
(1) 米中は、台湾をめぐって戦争をする可能性があるのか。中国は、145km先にある台湾を反逆の州と見なしており、中国共産党第20会党大会において習近平主席はこの問題を取り上げている。彼の目的は明確であり、武力行使を排除しなかった。一方、台湾では、台湾人と考える人の割合が、台湾人であり、中国人であると考える人の割合を上回っている。
(2) 米国は長い間、台湾が正式に独立を宣言することを思い止まらせる一方で、中国が台湾に対して武力を行使することを思い止まらせてきた。しかし、中国の軍事力は増強されてきており、米国のBiden大統領は現在、米国が台湾を防衛すると4回、それぞれ別の機会に述べている。ホワイトハウスはその度に、米国の「一つの中国」政策は変わっていないことを強調する「釈明」を発表してきた。
(3) 中国は、最近の米国の高官による台湾訪問がその政策を空洞化させていると非難している。北京は、8月にNancy Pelosi下院議長の訪台に対して台湾の近海に向けミサイルを発射した。Kevin McCarthy下院議員が、共和党が支配する新しい下院の議長になり、公式代表団を島に導くという彼の脅しを実行した場合、何が起こるのか。
(4) 1972年、Nixon 大統領が訪中し、毛沢東と会談した時、両国はソ連を最大の問題と見なしていたため、ソビエトとの力の均衡を図ることに関心を共有していた。しかし今、中国とロシアは米国を最大の問題と見なしており、両国は便宜上一致している。Nixonと毛沢東は台湾問題では合意に達することができず、問題を先延ばしすることとした。米国は、台湾海峡両岸の人々が中国人であるという主張を受け入れ、台湾の中華民国ではなく、本土の中華人民共和国という「一つの中国」のみという中国の主張を認識した。双方は、鄧小平が「将来の世代の知恵」と呼んだもののために時間を稼いだのである。
(5) 50年間、中国と米国の両方が稼ぎ出した時間の恩恵を受けてきた。Nixon訪中後、米国の戦略は、貿易と経済成長の増加が中産階級を拡大し、自由化につながることを期待して中国を関与させることであった。その目標は、今や過度に楽観的に聞こえるかもしれないが、米国の政策は甘いものでは全くなかった。再保障として、Clinton大統領は1996年に日本との安全保障条約を再確認し、彼の後継者であるGeorge W. Bushはインドとの関係を改善した。今世紀初頭の中国でも自由化の兆しが見られた。
(6) 米中関係は、この50年以上の間で最悪である。Trump前大統領を非難する人もいる。しかし、歴史的には、Trumpは既にあった火にガソリンを注ぐ少年のようなものである。国際貿易システムの重商主義的操作、西側の知的財産の盗難と強制移転、南シナ海の人工島の建設と軍事化で火をつけたのは中国の指導者である。これらの動きに対する米国の反応は超党派によるものであった
(7) 米国の目的は、中国が台湾に対する武力行使を思い止まらせ、台湾の指導者が法律上の独立を宣言することを思い止まらせることである。一部の専門家は、この政策を「戦略的曖昧性」と呼ぶが、「二重抑止」と表現されることもある。暗殺の数か月前、安倍晋三元首相は、台湾を守ることにもっと明確に関与するよう米国に促していた。しかし、他の専門家は、そのような政策変更が中国の反応を引き起こすことを恐れている。台湾防衛へのより明確な関与は、中国の指導者が中国内の愛国者勢力の感情をなだめるために利用できるあいまいさを排除するからである。
(8) 紛争の可能性はどの程度あるのか。中国の海軍力の増強は、時間が味方ではないと信じて、すぐに行動を起こす誘因となる可能性があると米国の海軍作戦部長は警告している。他の人々は、Putin大統領のウクライナでの失敗が中国をより慎重にし、国が台湾を奪取しようとするのは2030年以降まで待つだろうと信じている。中国が本格的な侵攻を避け、封鎖や沖合の島を占領して台湾に圧力を加えようとしたとしても、特に人命が失われた場合、船舶や航空機の衝突は事態を急激に変える可能性がある。米国が中国の資産を凍結したり、敵との貿易法を発動したりして対応した場合、両国は比喩的ではなく、現実の冷戦、あるいは熱戦に陥る可能性がある。台湾問題がなければ、米中関係はオーストラリアのKevin Rudd元首相が「管理された戦略的対立」と呼ぶもののひな型に適合する。しかし、台湾問題の管理に失敗すると、紛争が現実のものになる可能性がある。
(9) 米国は、中国が受け入れがたい「ヤマアラシ」に台湾がなることを助けながら、台湾の正式な独立を思い止まらせ続けるべきである。米政府はまた、この地域における海軍の抑止力を強化するために同盟国と協力すべきである。しかし、中国が侵略計画を加速させる可能性のある公然と挑発的な行動や訪問を避けなければならない。Nixon と毛沢東がずっと前に認識したように、時間を稼ぐ戦略と外交的取り決めについては言うべきことがたくさんある。
記事参照:Buying time to avoid war over Taiwan

12月6日「東南アジアにおける法執行機関の海洋安全保障上の役割―シンガポール専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, December 6, 2022)

 12月6日付のシンガポールThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)が発行するIDSS paperは、Goff CMA-CGM Group'sアジア太平洋地域担当Yann Leの” The Maritime Security Roles of Law Enforcement Agencies in Southeast Asia”と題する論説を掲載し、ここでLeは領海の争奪戦が激化するほど、法執行機関は海洋での法律と規制を尊重するとともに識別力を発揮するよう情報共有が進められるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 海洋安全保障は法執行機関にとって重要な問題である。警察、税関、沿岸警備隊などの法執行機関は、海上および陸上で発生する組織犯罪に対処する責任を負っている。このような犯罪は、海上を利用して違法な物品を輸送する。そして、法執行機関は、人身売買やその他の犯罪を可能な限り正確に把握する必要があり、不正商品の出荷を抑制するという関心とは別に、船舶における海賊行為や盗難との戦いにも従事している。また、地政学的な利害が絡む場合もある。海上での違法行為に対する国家の治安部隊による活動は、当該地域が国家間の緊張を高めている場合、政治化される可能性がある。このような複雑な環境では、紛争が拡大する危険性があるため、十分な警戒が必要である。
(2) 東南アジアでは、インドネシアやフィリピンなどで麻薬の需要が急増し、娯楽用麻薬の使用が盛んで、近隣のオーストラリア及びニュージーランドでも高い需要により世界で最も高価で取引され、さらに太平洋諸島の国々も成長市場となっている。野生動物の取引も懸念すべき課題であり、生物多様性だけでなく、公衆衛生にも影響を及ぼす。世界的感染拡大は世界中の経済を混乱させ、同時に偽の医薬品の密売を促進する可能性もある。また、タバコの不正取引も公衆衛生に悪影響を及ぼす可能性がある。
(3) 海上で活動する法執行機関にとって、世界の大国間の緊張が高まる中で、その活動が政治的に利用される危険性がある。地政学的な観点からは、海上で活動する沿岸警備隊などの非軍事部隊が危険にさらされる可能性がある。これには、外国船舶の侵入や、他の法執行機関の船舶による威嚇が含まれる。こうした行為は、地政学的な優位性を求めてグレーゾーン戦術を採用する国家が増えるにつれて、より一般的になってきている。領海の争奪戦が激化するほど、法執行機関は、海洋での法律と規制を確実に尊重するよう求められ、他方で武力行使に際して識別力を発揮するよう求められる。このことは、このような出来事が政治的目的のために利用される危険性と、法執行機関の船舶で船長以下幹部が果たす役割の繊細な性質を浮き彫りにしている。
(4) 法執行機関は、一般に、国内の諸機関相互の取り組みを通じて、あるいは他国の同様の機関と2国間ベースで、入国管理、税関、麻薬など、特定の領域における犯罪行為に対処している。そして、組織犯罪網をより理解するために、情報共有を分業化する必要がある。しかし、情報の収集と共有は複雑で、法執行機関は元来、情報の共有に消極的である。このため、情報共有には法的枠組みや、慎重な検討が必要な業務上の情報と、密売の動向や新しい手法など監視が必要で共有が容易な情報とを区別することが重要である。
(5) 過去20年の間に、ASEAN諸国の法執行機関は、明確な組織を確立することによって、国際協力の強化に向けた有意義な一歩を踏み出した。その一例として1981年に設立されたASEAN Chiefs of National Police (ASEAN国家警察長官会議:ASEANAPOL)があり、2010年に常設の事務局を設置した。今後は、具体的な協力形態と組織犯罪の仕組みに関する情報の共有に基づいて、役割を拡大することが必要である。
(6) 東南アジアにおける不正取引に関する脅威の高まりは、他の地域で何が起きているかという知識を活用することを求めている。ヨーロッパと北米は現在、特に中南米からの麻薬供給の新潮流に直面している。この傾向は非常に深刻で、最近、EUの麻薬機関European Monitoring Centre for Drugs and Drug Addiction(欧州薬物・薬物依存監視センター:EMCDDA)とEuropean Police Office(欧州警察機構:Europol)は、状況の深刻さと国際犯罪組織が開発した麻薬の生産と輸送の新しい方法を強調する声明を発表した。この傾向は、東南アジアへの警告と考えなければならない。
記事参照:The Maritime Security Roles of Law Enforcement Agencies in Southeast Asia

12月7日「『共有地の悲劇』、南シナ海における環境破壊―イタリア専門家論説」(9Dashline, December 7, 2022)

 12月7日付の安全保障関連インターネットメディア9Dashlineは、伊シンクタンクChina Files編集者Sabrina Molesの “SOUTH CHINA SEA: AN ENVIRONMENTAL TRAGEDY OF THE COMMONS”と題する論説を寄稿し、南シナ海における各種の環境破壊が「共有地(コモンズ)の悲劇」*をもたらしているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2016年7月の南シナ海に関する仲裁裁判所の裁定は479頁に及ぶ文書だが、この中にめったに議論されない問題、すなわち、環境汚染問題が含まれている。裁定によれば、中国は、南シナ海における商業的及び軍事的活動を遂行する一方で、「海洋環境への深刻な被害」をもたらした。2022年においては、この問題は、領有権紛争、漁業資源の枯渇及び増大するエネルギー需要が重複する複雑な環境下では、もはや些細な問題ではあり得ない。専門家は、気候変動と海洋汚染のために、将来的に天然資源の共有が益々困難になるであろう、と見ている。南シナ海では、様々な経済的利害が衝突し、その結果、領有権と資源開発権を主張するために、乱獲、哨戒活動そして人工島の造成が重複、混在し、紛争が激化する可能性を高めている。
(2) 約350万平方kmの面積を有する南シナ海は、ブルネイ、カンボジア、中国、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、台湾、タイ及びベトナム10ヵ国の経済にとって不可欠の海域である。この海域を5兆米ドル以上の商品が移動し、東シナ海と南シナ海の漁業は約1,000億米ドルに及ぶと推定されている。この海域では、違法・無報告・無規制漁業(以下、IUU漁業と言う)が蔓延し、経済競争とますます枯渇する海洋資源のためにそれが増加する趨勢にある。国連食糧農業機関(FAO)によれば、毎年2,600万トンが違法に漁獲されており、IUU漁業指数のトップ20にアジア8ヵ国が入っている。軍事活動、海洋権益主張そして漁業資源の減少が絡み合って、南シナ海での密漁は増加している。世界の漁船の50%以上が南シナ海で操業しており、その数は増加しているが、他方で漁業資源は劇的に減少している。1950年代以降、漁業資源は70〜95%も減少し、漁獲量も過去20年間で66〜75%減少している。漁船は当該国家の200海里のEEZの隅々まで動くが、南シナ海の近隣諸国によるEEZの主張が重複しているので、競争や紛争にさえ繋がる可能性がある。こうした過激な漁獲競争によって、漁業会社は漁獲率を上げるために違法な手段に頼ることもある。ある海事NGOによれば、多くの漁船がダイナマイトを使用していると言われるが、この漁法は南シナ海沿岸諸国で依然として広く受け入れられている、非常に有害な漁法である。他の非常に汚染された漁法には、環境を破壊し、海洋生物に長期的な影響を与えるシアン化物の使用も含まれる。しかし、こうした違法操業を追跡することは、不可能ではないにしても困難である。全ての船舶は船舶自動識別システム(AIS)を搭載する法的義務があるが、この要件を満たしている船舶はほとんどない。
(3) 海洋エネルギーをめぐるナショナリズムは、領有権主張と深く絡み合っている。U.S.  Energy Information Agency(米国エネルギー情報局)によれば、南シナ海には約110億バレルの石油資源と190兆立方ftの天然ガス資源があり、アジア経済成長にとって望ましいエネルギー源となっている。東南アジアのエネルギー需要は過去20年間で80%増加しており、2023年までに地域全体が世界の石油需要を押し上げる可能性がある。加えて、中国もその経済を維持するために新しいエネルギー資源を求めている。U.S. Center for Naval Analyses(米海軍分析センター)の報告書によれば、「中国は、海軍艦艇と海上法執行機関を使って、南シナ海のベトナムとフィリピンが主張するEEZ内での両国の資源探査と開発活動を直接妨害している。」マレーシアの船舶も脅迫されている。
(4) この海域の海上交通も海洋環境に重大な影響を及ぼしている。南シナ海は多様な生物の宝庫であり、600種のサンゴ礁、3,000種の魚類、そして1,500種の海綿動物がいる。海洋でのより多くの人間活動が行われれば、周囲の生態系への影響は大きくなる。これは石油・天然ガスの掘削にも言えることで、沖合石油掘削装置の過失または外的原因による海洋汚染の可能性に加えて、探査にはいくつかの副作用が伴う。U.S. Center for Naval Analysesの分析によれば、「海底下の石油を探査するために利用される地震探査技術は、魚類や海洋哺乳類に害を及ぼす可能性がある。もっとも、探査および掘削活動の効率を大幅に向上させる技術は海洋環境への影響を低減するが、全ての開発活動で使用されているわけではない。」最後に、砂州を人工島に作り変えることは、中国が南シナ海で海洋権益を主張するに当たっての通常の手段になっている。2013年以来、米シンクタンクCSISのThe Asia Maritime Transparency Initiativeは、西沙諸島、南沙諸島そしてスカボロー礁の環礁における中国企業による少なくとも1,200ヘクタールに及ぶ土地造成作業を追跡してきた。深海の浚渫は海洋環境を乱し、波のパターンを変え、サンゴ礁や海洋動物の生存に不可欠の微生物を一掃する。また、人工島での建設活動も、必然的により多くの汚染をもたらし、瓦礫やゴミは海に投棄されたり、単に燃やされたりしている。
(5) 南シナ海における緊張は、関係国間の関係に危険で競争的なパターンを生み出している。気候と環境外交は、南シナ海の重複する政治的及び生態学的問題に対するいくつかの解決策を提示することができる。たとえば、6月にリスボンで開催された国連海洋会議では、当該各国に海洋活動の説明責任を負わせることを狙いとして、参加国による約700の自発的な誓約が登録された。その中で、中国は、31の海洋生態学的及び保全プロジェクトを開始することを約束した。他方、世界貿易機関(WTO)は、有害な乱獲活動に対する財政支援の抑制に関して歴史的な合意に達した。とは言え、当該各国に重要な誓約を求めることは容易ではない。別の解決策として、新たな科学外交の推進を提唱する者もいる。この種の協力は、「環境モニタリングは、主権や外交政策目標などのナショナリスティクな、政治的、経済的要因の影響を受けることなく、当該各国が地域に対する真の状況認識を受け入れる場となり易い」がために、「南シナ海紛争に直接的、間接的に関与する当事国間における信頼醸成の促進に役立つ。」言い換えれば、環境保護の呼びかけは、全ての関係国の共通の利益となる非伝統的安全保障問題であるために、各国間の協力を生み出す可能性がある。気候危機はもはや目に見えない脅威ではなく、人命、引いては経済と政治に対する現在の脅威である。南シナ海は、個の利益の拡大がますます希少になりつつある共有資源と衝突する、いわゆる「共有地(コモンズ)の悲劇(a “tragedy of the commons”)」の様相を呈している。今問われている重要な問題は、当該各国政府が多くの人々の所要を支援するために、狭義の国益を後退させることを厭わないかどうかである。
記事参照:SOUTH CHINA SEA: AN ENVIRONMENTAL TRAGEDY OF THE COMMONS
注*:「共有地(コモンズ)の悲劇(a “tragedy of the commons”)」とは、多数者が利用できる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を招くことを意味する経済学の法則。

12月7日「AUSMIN、オーストラリアでの米軍の展開強化計画を詳述―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, December 7, 2022)

 12月7日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、The Strategist上席編集者Brendan Nicholsonの“AUSMIN details plans to increase US military presence in Australia”と題する論説を掲載し、ここでNicholsonはAustralia-United States Ministerial Consultationsにおいて、米豪両国首脳は、オーストラリア国内で米軍に迅速に兵站を提供できるように基地を整備していくとともに、米国がオーストラリアでの空軍、陸軍、海軍の輪番制による展開を継続することを確認し、さらにロシアのウクライナ侵攻を批難したとして要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリアと米国は、米国の爆撃機と戦闘機の輪番による展開の増加を支援するために、オーストラリア北部の基地を含む飛行場での兵站を改善することを誓約した。日本はまた、オーストラリアにおける兵力態勢の構想において一層の役割を果たすことを依頼された。
(2) 米軍にとってのより「機敏な(agile)」兵站の必要性の詳細は、ワシントンで開催されたRichard Marles副首相兼国防相とPenny Wong外相が率いるオーストラリア代表団とAntony Blinken米国務長官とLloyd Austin国防長官の間で2022年12月7日のAustralia-United States Ministerial Consultations(米豪国務長官・国防長官/外相・国防相による閣僚協議:以下、AUSMINと言う)AUSMINの後に発表された共同声明で述べられている。より強力な侵略者を抑止し、危機の際に補給を維持する能力を提供する国の能力を迅速に改善することを目的としたオーストラリアの誘導兵器及び爆発物処理作業への支持を米国は再確認した。
(3) この構想の目的は、オーストラリアでより優先度の高い軍需品を維持、修理あるいは大修理を実施して在庫を改善することである。それには、同盟国全体で行われる堅牢な技術と戦備状況の協同が含まれる。共同声明は、より厳しい戦略的環境に効果的に対応するために両国の強みを組み合わせることが重要であると述べている。米豪両国の国務長官・国防長官/外相、国防相(以下、外相・国防相と言う)は、米豪防衛貿易協力条約に基づくものを含め技術移転及び情報共有をより合理化し、促進するための努力を強化することを誓約した。米豪両国の外相・国防相はまた、オーストラリアにおけるオーストラリア空軍による米空軍要員の訓練等を通じて、将来のE-7A空中早期警戒管制機について緊密に協力し、将来の2国間宇宙協定を通じて宇宙協力及び宇宙状況把握を高め、宇宙の確実な利用を強化することを誓約した。これらの措置に加えて、気候変動の影響を軽減し、その戦略的結果に対処するための取り組みが強化される。
(4) AUSMIN共同声明は、すべての国が責任を持って戦略的対立を管理することの重要性を強調し、対立が紛争に発展しないように協力することを誓約した。米豪両国の外相・国防相は、中国にも同じことをすることを期待していると述べ、危険性削減と透明性対策について中国を関与させる予定であると述べ、中国に対して核兵器分野における安定と透明性を促進するよう促している。オーストラリアで計画されている基幹施設開発の目標は、現在の最小限の設備しかない基地において資材を大幅に増やすことにより、航空協力を強力に支援し、米空軍の増強を短期間で支援し、より長く作戦を維持できるようにすることである。米豪両国の外相・国防相は、米国がオーストラリアでの空軍、陸軍、海軍の輪番制による展開を継続することを確認した。
(4) オーストラリアの優先される拠点は、滑走路の改善、駐機場、燃料施設、爆発物保管施設、工員を支援する施設などの関連施設を整備するとともにこの強化された米国の展開を支援するための施設と認定される。この増大する軍事的展開を支援するための兵站を提供することは「重要な努力の方向(key line of effort)」として認識されており、米国の能力を支援し、共同演習を通じて兵站の相互運用性を実証するために、軍需品、弾薬、燃料がオーストラリアに事前に集積されている。
(5) AUSMIN共同声明は、エネルギー転換における様々な活動を機能別に分類し、その強点、弱点を明確にしていく工程全体を通じ導き出される多様で抗堪性があり、かつ持続可能な重要鉱物の供給が、経済的・国家的な安全保障にとって重要であることを強調した。共同声明では「米豪両国は、鉱物安全保障パートナーシップ、エネルギー資源ガバナンス構想、重要材料及び鉱物に関する会議、国際エネルギー機関などのフォーラムを通じて、米豪2国間及び志を同じくする国々と協力して、クリーンエネルギー、電気自動車に不可欠なサプライチェーンを確保するための重要な鉱物の抽出、処理、製造の機会を特定・開発することを誓約する。半導体、航空宇宙、防衛、その他の分野においても同様である」と述べられている。
(6) 米豪両国の外相・国防相は、AUKUSの締約国である米英豪はオーストラリアが通常兵器を搭載した原子力潜水艦を可能な限り早期に獲得するために最適な道筋によって原子力潜水艦開発を大きく進歩させたと述べている。米英豪3ヵ国は、予定どおり2023年初頭までにその建造への道筋の詳細を発表する予定であると述べている。AUKUS締約国は、可能な限り最高の核不拡散基準を設定し、核不拡散体制を強化する取り組みに向けてInternational Atomic Energy Agency(国際原子力機関)と透明性を持って作業を続けることを誓約した。潜水艦に焦点を当てることに加えて、米豪両国の外相・国防相は、抑止と運用効率のための高度な能力の開発に協力するAUKUS締約国の努力を称賛した。両国は、重要な鉱物の生産と処理に関する高い環境、社会、ガバナンス基準を促進するために、業界及び国際的な提携国と協力することを計画している。
(7) 米国の陸上兵力の展開を強化するために、米陸軍と米海兵隊が演習を実施し、地域への人道支援や災害救援支援の提供を含む地域への関与を維持するための場所が確認される。共同声明では、気候変動、感染症の世界的拡大の脅威、不拡散、不正で違法な麻薬への対策、世界的な食糧危機、マクロ経済問題を含む共通の関心事項に関する中国との協力の重要性を確認した。米豪はまた、あらゆる種類の破壊活動と抑圧への抵抗のためにインド太平洋諸国の支援を提供するための協調的な努力を通じて、抑止力と抗堪性を強化することを誓約した。米豪両国は、気候変動、強靱な基幹施設及び海洋安全保障に関する太平洋島嶼国との協力、太平洋地域の機関の支援への関与を倍増することを誓約した。
(8) 米豪両国の外相・国防相は、ロシアのウクライナへの「違法で道義に反する」侵略を非難した。両国の外相・国防相は、ロシアに対しウクライナの国際的に認められた国境内から即時、完全、無条件に軍隊を撤退させることを求めた。共同声明は、ロシアの核の脅威は国際社会全体の平和と安全に対する深刻で容認できない脅威であり、核兵器の使用は国際社会による毅然とした対応で対処されると述べている。両国の外相・国防相は「ロシアのむき出しの侵略に対するウクライナの正当な抵抗に対する継続的な支援と、ロシアによるウクライナへの戦争を促進している個人、団体、国に、彼らがウクライナの人々に与えた極度の苦しみの説明責任を負わせることを誓約した」。
(9) 米豪両国の外相・国防相は、ロシアの戦争が世界の国々による食料安全保障、エネルギー、農業及び肥料の輸入に影響を及ぼし、感染症の世界的感染拡大からの地域経済の回復を妨げていることを認識し、ロシアに対し、重要な穀類、石油の価格を引き下げる黒海穀物構想への参加を継続するよう求めた。
記事参照:AUSMIN details plans to increase US military presence in Australia

12月7日「東南アジアの海洋安全保障に対する進化する脅威としての海賊と武装強盗―米専門家論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, December 7, 2022)

 12月7日付けの米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies(CSIS)ウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia Information Sharing Centre (ReCAAP ISC:アジア海賊対策地域協力協定情報共有センター)研究者Lee Yin Muiの‶PIRACY AND ARMED ROBBERY AS AN EVOLVING THREAT TO SOUTHEAST ASIA’S MARITIME AEVURUTY″と題する論説を掲載し、ここでLee Yin Muiは海賊や海上での武装強盗対策には、関係各国及び海運業者等すべての海事関係者の協力が必要として、要旨以下のように述べている
(1) この20年間、海賊・海上での武装強盗は進化している。海賊は古くから存在し、商品を積んだ船舶を略奪していたが、今日でも、海賊行為や船舶への武装強盗(Piracy and Armed Robbery:以下、PARと言う)は、海上貿易にとっての脅威である。
(2) 1990年代後半から2000年代前半にかけて、東南アジアでは海賊行為と海上強盗事件が急増した。年間200件以上の事件が報告され、アジア諸国は地域協力のための枠組み拡大を模索するようになった。特に際立ったのは、1999年10月22日に発生した日本籍船「アロンドラ・レインボウ」のハイジャック事件である。海上保安庁と日本船主協会は、沿岸諸国に支援を要請し、11月13日にインドCoast Guardとインド海軍が同船(現在はMega Ramaと改名)に乗り込み、海賊を逮捕した。こうした出来事の結果、マラッカ海峡やシンガポール(以下、SOMSと言う)でのPARが拡大していることも相まって、日本がアジア海域でのPAR対策に関するアジア諸国間の協定を提唱することになった。
(3)Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia Information Sharing Centre (海賊対策地域協力協定情報共有センター:以下、ReCAAP ISCと言う)は、2007年~2021年までの15年間の1,822件のデータ分析に基づき、アジアにおける事件の型を明らかにした。組織的犯罪集団による事件は、①転売目的のタグボートやバージのハイジャック(2009~2014年)、②タンカーからの石油貨物の窃盗(2011~2017年)、③身代金目的の乗組員の誘拐(2016~2020年)の3種類に分類され、時期によって異なる傾向があった。多くの誘拐犯が逮捕されたことにより、2020年以降、東南アジアでは乗組員拉致事件は発生しておらず、近年は、小額の窃盗にとどまっている。80%の事件で乗組員に危害は加えられていないが、残りの20%では、乗組員が脅迫されたり、縛られたり、機関室に閉じ込められたりしている。
(4)東南アジアの沿岸国のほとんどがUNCLOS、1979年の人質条約、2005年海上航行の安全に対する不法行為の制圧に関する条約(SUA条約)などの主要国際条約に加盟しており、東南アジアのPARに適用される規則、法律、規範は、世界の他の地域と基本的に同じである。地域的な対 PAR 管理要領は、執行能力の強化を目的とした協力的取決めによっている。
(5) 最も初期の取り決めのひとつが、2004年に始まったマラッカ海峡パトロールである。これは時間の経過とともに拡大されて、現在、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイの4ヵ国が、水上パトロール、「Eyes in the Sky」と呼ばれる海上航空パトロール、情報交換グループなどを組織して、SOMSの安全を確保している。
(6) 2006年9月4日、PAR対策と地域協力を目的とした初の地域政府間協定「Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia(アジア海賊対策地域協力協定:以下、ReCAAPと言う)」が発効した。この協定に基づき、シンガポールにReCAAP ISC(通称:センター)が設立された。現在、21ヵ国(アジア14ヵ国、欧州5ヵ国、オーストラリア、米国)がReCAAPの締約国となっている。ReCAAPは、UNCLOSで定義される海賊行為とInternational Maritime Organization(国際海事機関:以下、IMOと言う)で定義される船舶に対する武装強盗の問題に対処するために設けられた協定である。
(7) ReCAAP ISCは、情報共有、能力育成、協力協定を通じて、アジアにおけるPAR事件から乗組員、船舶、貨物を保護するという使命と取り組んでいる。ReCAAPは国際組織として、アジアにおけるPARの脅威を根絶するという共通の目標達成に向け、政府機関、海運業界、海事関係者等が関係している。ReCAAPネットワークは、沿岸警備隊、海軍、海事当局などさまざまな機関から構成されている。各機関は、アジアの海域が海上貿易と通商のために安全を保障し、地域のすべての人々に経済成長をもたらすべく、それぞれの役割を果たす必要がある。
(8) 海運業界との関わりには、対話集会、海事フォーラム、海賊対策会議等が含まれる。ReCAAP ISCは、海運業界、Singapore Information Fusion Centre(シンガポール情報融合センター:以下、IFCと言う)、Rajaratnam School of International Studies(RSIS)と共同で、船主・運航者・船長・乗組員が攻撃を回避、抑止、遅延、無許可の乗り込みを防止するための「アジアにおけるPAR対策のための地域ガイド2」を作成した。また、船主・乗組員による事故報告を奨励するため、Maritime Rescue Coordination Centre(海難救助調整センター:MRCC)及び ReCAAP への連絡要領を記載したポスターを発行した。ReCAAP ISCの設立により、締約国との情報共有、インシデント報告、迅速な対応のための連携が促進された。インシデントレポートは、執行機関の迅速な対応を可能にし、攻撃の激化を防ぐために非常に重要である。
(9) スールー海やセレベス海における誘拐や強盗などの脅威に対する協力と対応を強化するため、2017年にマレーシア、インドネシア、フィリピンがTrilateral Maritime Patrols(3ヵ国海上パトロール:TMP)を設立した。2018年には、Global Maritime Crime Programme - United Nations Office of Drugs and Crime(GMCP-UNODC)が、同じ海域に焦点を当てたコンタクトグループを設立した。これは、法執行機関、外国公館、国際機関、学識経験者、民間セクターの関係者が集まり、スールー海およびセレベス海における海上犯罪の動向と対応について共通の理解を得て、共同して課題に取り組むためのものである。
(10) 海賊の襲撃は、船員の健康に影響を与え、心に傷を負わせる。襲撃の可能性があるだけで、ストレスが生じ、日常業務における監視や警備強化の任務が延長される。海運業界にとっては、PARは海上貿易を混乱させ、サプライチェーンに影響を与える。また、保険料に影響を与え、予防措置の実施に関連する経費が増加する。船舶が航路の変更を勧告された場合、航海期間が長くなり、燃料消費量が増えるため、全体的な経費が増加する。国家にとっては、いかなる混乱も国民の経済状況や生活に影響を及ぼし、こうした課題に対応する資源がない国にとっては特に深刻な影響を及ぼす。
(11) 海洋状況データの収集、普及、利用は、PARとの闘いにおける重要な柱である。 データを適切に管理するために、一部の国は、海軍、沿岸警備隊、その他の法執行機関とともに、船舶の登録と港湾データ(発着時刻、航行計画など)、電子監視(レーダー、自動情報システムなど)、航空機と地上からの哨戒を行って船舶を追跡し、被害報告に基づいて脆弱な場所を特定し、脅威プロファイルを構築している。
(12) 海運とPAR犯罪は国境をまたぐことから、20年以上前に、この脅威に対抗するには、海洋状況のデータを国際的に共有することが非常に重要であることが明らかになった。 1992年、International Maritime Bureau(国際海事局:以下、IMBと言う)はクアラルンプールにPiracy Reporting Centre(海賊通報センター)を設置し、データの収集と普及に努めたが、どの国の規制もなく、完全に海運界の自発的な情報開示に頼っていたため、限界があった。今世紀に入りPAR問題が深刻化すると、沿岸諸国はマラッカ海峡の哨戒を開始し、この溝を埋める措置を採った。この連携した哨戒は、海賊を海上で阻止するためという以上に、抑止力と情報収集を最大化するために哨戒を連携させるものであった。 情報共有のプロトコルは、哨戒そのものよりも重要であった。
(13) 2006年に設立されたReCAAPは、PARとの戦いを支援する海洋データ共有の次の大きな一歩となった。ReCAAP ISCは、インシデントアラートと最新レポートの発行により、海事関係者に最新情報と分析結果を提供する。犯人の手口、事件の重大度、発生場所などを明らかにすることで、乗組員は警戒を怠らず、当局は資源を慎重に投入することができる。シンガポールIFC(2009年からシンガポールに設置された海軍系の国際センター)が他の海上犯罪について報告するほか、IMOがグローバル船舶情報システムを通じて報告、IMBのPiracy Reporting Centreへの被害船通報、外部情報源からの情報などで状況把握を高めている。ReCAAP ISCは、データ分析により、過去の事件のパターンや傾向を可視化し、事件につながる要因の相関関係を提示している。より詳細な分析を行うため、ISCはPAR事件と関連する可能性のある外部要因の分析を行っており、これらには、天候、月齢、経済的要因、加害者がよく狙う商品の価格などが含まれる。この分析は、アジア海域のさまざまな地域の状況をよりよく理解し、より的を射た対応を可能にすることを目的としている。
(14) 東南アジアの国々がPARの脅威に対処する際の課題には、国内の優先事項、利用可能な法執行資源を圧迫する違法な海洋活動の蔓延、海賊等が乗船するための隠れ蓑を提供する港や錨地に近接する漁船の存在などがある。また、雇用機会の欠如、防御の最前線となる沿岸地域プログラムの欠落などもある。どのような機関や国も、単独ではPARの脅威を抑えることはできない。したがって、PARとの戦いは、国家や海運業界を含むすべての海事関係者の協力と協調を必要とする共同責任の分野である。
記事参照:PIRACY AND ARMED ROBBERY AS AN EVOLVING THREAT TO SOUTHEAST ASIA’S MARITIME SECURITY

・海賊の定義は、国連海洋法条約(UNCLOS)の第 101 条による。
・船舶に対する武装強盗の定義は、IMO(国際海事機関)総会決議 A.1025 (26)の「船舶に対する海賊及び武装強盗の犯罪の捜査のための実施規範」による。

12月8日「豪英米の国防相によるAUKUSの現状に関する共同声明―UK Ministry of Defence報道」(UK Ministry of Defence, December 8, 2022)

 12月8日付のUK Ministry of Defenceのウエブサイトは、AUKUS加盟国の国防相による共同声明を掲載し、AUKUSに基づいた三国間の協力の現状について、要旨以下のように報じている。
(1) 2022年12月7日、Lloyd Austin米国防長官は、Richard Marles豪副首相兼国防大臣とBen Wallace英国防大臣をU.S. Department of Defenseに迎え、AUKUSについて議論した。
(2) 米国防長官、豪副首相、英国防大臣は、オーストラリアによる通常兵器搭載の原子力潜水艦の取得と、先進的な能力の開発を支援する3国間の取り組みについて、これまでの大きな進捗を確認した。彼らは、AUKUSが抑止力を強化することにより、インド太平洋地域の平和と安定に積極的に貢献することを強調した。彼らは、海軍原子力推進に関する18ヵ月の協議期間の終了と、2023年初めの米大統領、豪首相、英首相による最適な進路に関する発表に向けての、継続的な進展に自信を表明した。
(3) 米国防長官、豪副首相、英国防大臣は、オーストラリアが可能な限り早期に通常兵器搭載の原子力潜水艦の能力を獲得するための最適な道筋を確認する3国間の取り組みが、極めて順調に進んでいることを強調した。彼らは,核不拡散の最高基準を設定し守るという共通の誓約を改めて表明し、International Atomic Energy Agency(国際原子力機関)との間で現在行われている、広範囲かつ生産的な関与を歓迎した。
(4) 彼らは、能力の強化及び相互運用性向上のための彼らの軍の要求を満たす技術の短期間での引き渡しを加速するため、能力開発の方向を合わせる取り組みを承認した。これには、3国間の高度な海洋における水中の情報、監視及び偵察に関する能力や、海洋状況把握(maritime domain awareness)強化のための各国の自律システムの活用に向けた構想が含まれる。さらに、最近の演習が先進的な能力の実証とテストに果たした役割に言及し、極超音速システムや自律システムを含む、いくつかの協同のイニシアチブの実証を、2023年から2024年の期間とそれ以降に追加で実施していく計画を承認した。
記事参照:AUKUS Defence Ministerial Joint Statement

12月8日「東南アジアにおける沿岸警備隊の役割について-フィリピン専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, December 8, 2022)

 12月8日付のシンガポールThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)が発行するIDSS paperは、Philippine Coast Guardの准将Jay Tristan Tarrielaの” The Maritime Security Roles of Coast Guards in Southeast Asia”と題する論説を掲載し、ここでJay Tristan Tarriela准将は沿岸警備隊は人道的で多くの役割を担っているが、海軍の役割を果たすことはできないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 東南アジアのいくつかの国における沿岸警備隊は、海上における非軍事的な脅威に対しての警備を任務とする主要機関となっている。この地域の大半の国は、海上交通に依存しているため、この任務は決して小さくはない。その沿岸警備隊の任務には、次の4つの分野が考えられる。
a.海上安全:航行安全、捜索救難、船舶安全検査、その他海上での生命と財産の安全を確保するための関連業務が含まれる。
b.海洋環境保護:化学物質や石油などの汚染の脅威から海を守り、違法な漁業を禁止し、環境の悪化を防ぐ。
c.海洋法執行:ルールに基づく海洋秩序の確立と維持を究極の目的としている。その役割は広範かつ多様であり、一律に定義することはできない。その責任は、主に国家の国内法または批准した国際条約によって示される。
d.海軍の治安維持の役割軽減:海軍が領土防衛に専念でき、国家の資源をより効率的に配分することができるようにする。
(2) 東南アジアの沿岸警備隊から見た最も重大な海洋安全保障上のリスクは、非伝統的安全保障上の脅威の増大と、一部の国家によるグレーゾーン戦略である。沿岸警備隊は、日常業務において、違法漁業、海賊、人身売買、麻薬取引、誘拐、海上での武装強盗などの活動を行う非国家主体に対処している。これに加えて南シナ海の係争海域でグレーゾーン戦略の対応にも追われている。グレーゾーン戦略への対応に誤算があれば、より重大な武力紛争につながる可能性がある。
(3) 沿岸警備隊は、次の6つの側面で海洋安全保障に貢献している。
a.東南アジア海域における船舶と貨物の安全な航行を支援することで、沿岸警備隊が所属する国家の経済成長を支えるだけでなく、地域の発展にも寄与する。
b.海洋環境保護の役割は、持続可能な開発と生物多様性を保証するもので、沿岸警備隊は海洋環境を破壊している船舶を逮捕・拘束することができる。
c.国内および国際的な海洋法を執行し、海洋秩序を維持する。
d.沿岸警備の役割を担うことで、海軍が領土防衛に集中できるようにする。
e.安全で、保護された、安心かつ平和な海という共通の目標を達成するために、他の地域諸国との協力を発展させる外交手段となり得る。
f.係争水域で主張が重複する国家間の緊張を緩和する。
(4) 沿岸警備隊の役割は、地域諸国の相互利益を支えるもので、多国間協力を拡大することにより、その利益を保護・促進することができる。具体的な協力活動には、海上での捜索・救難や海洋汚染の防止などがある。沿岸警備隊の国際協力は、各国の利益に貢献し、経済発展や国家安全保障との関連性を高めている。
(5) 東南アジア地域の沿岸警備隊の組織は、過去20年間に目覚しい発展を遂げた。フィリピン、マレーシア、インドネシア、ベトナムは、独立後、軍備の一環として海軍を創設し、海上安全、海洋環境保護、海洋法執行など、海洋ガバナンスを強化する目的で、沿岸警備隊を創設した。沿岸警備隊が発展するにつれて、海軍は治安維持の役割を放棄するようになった。沿岸警備隊の進化は、海軍とは別の海上部隊としての意義が出てきたと言える。このような傾向は、Philippine Coast Guard、Malaysia Maritime Enforcement Agency(マレーシア海上法令執行庁)、インドネシアの事実上の新生沿岸警備隊であるBAKAMLA、Vietnam Coast Guardに見られる。
(6) この20年間で、沿岸警備隊の機能は、単なる灯台守や油流出事故処理から、南シナ海の係争水域の哨戒に不可欠なものに変化している。従来は海軍が領海警備に当たっていたが、現在では沿岸警備隊がその重要な役割を担っている。2012年のフィリピン海軍と中国公船のスカボロー礁での睨み合いは、紛争水域での海洋法執行に軍艦を利用することは紛争を軍事化するものと解釈されかねないという認識を主張国の間に広める転機となった。フィリピンを非難する中国の努力はプロパガンダであったが、そのことは、東南アジアの国々に紛争水域の哨戒に船体を白く塗装した公船、いわゆるホワイト・ハルを利用する価値を認識させた。しかし、このような戦略的変化は、沿岸警備隊が海軍の責任を引き受けることを意味するのではなく、沿岸警備隊の活用が他国を刺激せず、緊張を緩和するための適切な戦術になったことを示している。
(7) 沿岸警備隊は次の2つのケースでグレーゾーン戦略に組み込まれている。
a.東アジア地域の海上保安機関の中には、長年にわたって一定の存在感を示し、その存在感を高めているものがある。したがって、これらのホワイト・ハルは、係争水域に対する国家の行政支配を確認すると同時に、他の主張国からの嫌がらせから自国の漁民を保護するために利用されている。
b.沿岸警備隊は、武力衝突の可能性を防ぐために、他国のグレーゾーン戦略に対抗する唯一の安全な解決策となっている。スカボロー礁事件から学んだ東南アジア諸国は、違法漁業対策や無許可の外国籍調査船を追い払うためにホワイト・ハルを活用した。紛争が軍事化されていると批判されるのを恐れて、各国は海軍を呼ばずにホワイト・ハル頼みになっている。
(8) 沿岸警備隊員は制服を着た職業であり、その階級は海軍の階級に準ずることがほとんどである。これは、世界の沿岸警備組織のほとんどが、かつては海軍の一部であり、その後、分離されたか、海軍の下部組織として存続しているためである。東南アジアの沿岸警備隊は、海軍とは別の機関であることが多く、軍隊的な性格を持たない。また、これらの地域の沿岸警備隊は、シンガポール警察と沿岸警備隊を除いて、文民警察組織の一部ではない。しかし、東南アジアの沿岸警備隊は、戦時にはすべて軍隊の一部となる。
(9) 海軍と比較すると、沿岸警備隊はより人道的で、国家の国内的な必要性を支援するものである。海上の犯罪者に対して法律を執行するという任務を遂行するために、強力な海軍の軍備を必要としない。さらに任務の遂行にあたって、戦争をしたり、外国の侵略者を探したりする必要がない。多くの役割を担っているが、海軍の役割を果たすことはできない。海戦に関する豊富な訓練と、領土防衛を行う軍艦の能力は、沿岸警備隊組織にはない。
記事参照:The Maritime Security Roles of Coast Guards in Southeast Asia

12月9日「インド太平洋は新たな情報共有システムのモデルとなる―米コンサルタント企業副社長論説」(C4ISRNET, December 9, 2022)

 12月9日付の米情報戦を中心とする軍事情報誌C4ISRNETのウエブサイトは、技術系コンサルト企業Booz Allen Hamilton副社長Mariel Cooleyの“Indo-Pacific could serve as model for combatant command info sharing”と題する論説を掲載し、そこでCooleyは米国はネットワーク中心の情報共有システムからデータ中心のシステムへ移行すべきであり、そのためには提携諸国との信頼構築が重要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2018年7月26日、ハワイ沖で実施された多国間共同演習RIMPACには、26ヵ国が参加し、45隻以上の水上艦艇と潜水艦、約200機の航空機と2.5万名の人員が動員された。こうした多国間演習は、情報共有能力、あるいは提携国との任務遂行基盤(Mission Partner Environment: 以下、MPEと言う)を強化することの利点を示す絶好の機会である。
(2) 現在、提携国との協力における米国の指揮統制や火器管制システムはネットワーク中心で、あらかじめ定められた提携国とは縦割りの関係になっている。もしここに別に国が加わるとすると、システムの再構築には数ヵ月から、場合によっては数年かかるかもしれない。しかし、現在の短期的な技術的進歩により、米国と提携諸国は最新のデータ共有技術を持ち、これまで以上に意思決定を迅速に行うことができるようになるだろう。
(3) その複雑さゆえ、U.S. Indo-Pacific Command(以下、INDOPACOMと言う)は、データ中心的MPEの縮図のようなものである。同軍の責任領域における情報共有の手順はきわめて複雑である。NATOのような地域的安全保障同盟を持たないため、情報共有のためには2国間ないし多国間の、いくつもの合意が必要になるからだ。そのため情報共有システムは、個々のネットワークを使用することになり、それがデータの分離につながった。
(4)こうした問題を解決するため、既存のネットワーク中心からデータ中心のシステムに移行すべきだろう。このためにはパートナー諸国との間のある程度の信頼構築が必要となる。また、INDOPACOMは、地域における戦闘部隊司令部の全領域情報共有の要件を満たすデータ中心のMPEを構築し、検証する小宇宙として機能するかもしれない。
(5) 諸国間の信頼レベルを高めるには、提携国との共同演習を継続するのは良い手段である。実際に我々は、データ中心の技術や処理を含んだ共同演習が始まっているのを目にしている。たとえばBold Quest 21という共同演習は、遠距離の提携国との情報交換に関する概念(Secret and Below Releasable Environment:SABRE)を確認するためのものであった。世界最大の多国間海軍演習であるRIMPACなどを実施するインド太平洋地域は、データ中心の技術と取り組みを導入する舞台として役立つだろう。こうした演習で、新たな技術などが実際に使用されるのを目にすることで、提携国の不安も徐々に解消されるはずである。
(6) まだまだデータ中心の情報共有システムに関しては、信頼構築が十分ではないが、それを活用することで、U.S. Department of Defenseは、提携国に作戦遂行における効率性とサイバー耐性の高さを示すことができる。重要なことは、こうした新技術の活用によって、司令官が必要な時に、必要なさまざまな段階の情報へのアクセス権を与えることができるようになることである。そしてデータの利用状況の追跡と記録を正確に実施する技術を用いることによって、厳密なデータ管理が可能であることが示される必要がある。これは簡単なことではないだろう。いずれにしても、データ中心の情報共有システムの構築のための第一歩は、提携国との信頼構築なのである。新たな情報共有システムは、インド太平洋地域から広がっていくだろう。
記事参照:Indo-Pacific could serve as model for combatant command info sharing

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1)How to Stop the Next World War: A strategy to restore America’s military deterrence
https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2022/12/us-china-military-rivalry-great-power-war/672345/
The Atlantic, December 6, 2022
By Eric Schmidt, the former CEO and chairman of Alphabet
Robert O. Work served as the 32nd U.S. deputy secretary of defense
 2022年12月6日、米IT企業Alphabet元CEOのEric Schmidtと元米国防次官のRobert O. Workは、米月刊誌The Atrantic電子版に" How to Stop the Next World War: A strategy to restore America’s military deterrence "と題する論説を寄稿した。その中でSchmidtとWorkは、冒頭で私たちは6年前に米軍の科学技術力の回復という重要なテーマを話し合う機会を持ったが、このまま大国間競争の変化に対応できないでいると米国は破滅的な敗北を招く恐れがあるという認識ですぐに合意したと回顧的に述べた上で、新世代の破壊的技術と世界的な競争の激化のおかげで、世界の大国間の戦争の可能性は、そしてそのような戦争がもたらす甚大な悪影響は、この10年間で著しく増加するだろうと指摘し、このような戦争を抑止する最善の方法は、米軍が潜在的敵対者に対する技術的優位を回復することであると主張している。そしてSchmidtとWorkは、20世紀における米国の軍事的優位の基礎を形成した考え方、過程、技術が、今後も平和と繁栄を維持し続けると考えることは傲慢であり、私たちを戦争に近づけるだけだとし、米軍は今後数十年の戦争を規定する戦略や科学技術を積極的に取り入れるべきだと主張している。

(2)Cyberspace: The New Battlefield of U.S.-China Competition
https://nationalinterest.org/blog/techland-when-great-power-competition-meets-digital-world/cyberspace-new-battlefield-us-china
The National Interest, December 9, 2022
By Dr. Marina Yue Zhang, an associate professor at the Australia-China Relations Institute, University of Technology Sydney (UTS: ACRI)
 2022年12月9日、オーストラリアUniversity of Technology Sydney の豪中問題専門家Marina Yue Zhang准教授は、米隔月刊誌The National Interest電子版に" Cyberspace: The New Battlefield of U.S.-China Competition "と題する論説を寄稿した。その中でZhangはデジタル技術は、接続性、利便性、効率性を実現する一方で、社会、金融、産業、軍事分野ではデータ収集と分析が広く行われるようになり、私たちがこれまで経験したことのないサイバー空間の脆弱性が顕著になっていると指摘した上で、こうしたサイバーセキュリティの脅威は、個人や組織のいずれによるものであっても、私的あるいは公的な利益を損ない、国際秩序を不安定にし、世界平和を脅かす可能性があると主張している。そしてZhangは、国際社会はこの複雑化したサイバー空間における様々な課題に対処するためのデジタル秩序について、まだ世界的な合意に達していないとし、サイバー空間を管理するための合意がなければ、世界的なデジタル無秩序状態はすぐにやってくるだろうと警鐘を鳴らしている。

(3)Decoding Xi Jinping’s ‘Asia Pacific Community With a Shared Future’
https://thediplomat.com/2022/12/decoding-xi-jinpings-asia-pacific-community-with-a-shared-future/
The Diplomat, December 9, 2022
By Dr. Marina Yue Zhang, an associate professor at the Australia-China Relations Institute, University of Technology Sydney (UTS: ACRI)
 12月9日、University of Technology Sydneyの准教授Marina Yue Zhangは、デジタル誌The Diplomatに“Decoding Xi Jinping’s ‘Asia Pacific Community With a Shared Future’”と題する論説を寄稿した。その中で、①中国の習近平国家主席は11月、タイのバンコクで「アジア太平洋運命共同体」の構築を提案した。②この構想では中国がハブとなり、分散型サプライチェーンネットワークのハブアンドスポークモデルで各国とつながる。③これは既に、かなり実現しており、米中貿易摩擦の中で、中国の製造施設の一部はアジアの近隣諸国、特にASEAN諸国に移転されている。④こうした移転が中国の製造力を「空洞化」させたという通説とは逆に、中国のメガ・サプライチェーンの延長線上にあるものとなっており、中国とASEANは高度に相互依存している。⑤この構想が実現できれば、米国主導の脱中国化の動きを抑止するのに役立つかもしれない。⑥当面の間、習近平がこの共同体の構想を、実現することが不可能である理由は、a. アジアの近隣諸国の多くは、米国が主導する自由と民主主義の世界秩序を受け入れている、b. リーダーとしての安全保障を提供する能力、財とサービスの生産における優位性、グローバル貿易における金融・決済システムで重要な役割を果たすこと、グローバルな知識に対する大きな貢献、という4つの側面が必要、c.中国は依然として欧米との科学技術における協力が必要、ということである。⑦中国の台頭は米国の優位に挑戦しており、 中国に味方することはオーストラリアにとってリスクがある。⑧米国が中国排除のために構築を目指す「フレンド・ショアリング(friend-shoring、親しい関係にある国とサプライチェーンを構築すること)」の一部を担えば、オーストラリアは魅力を失うことになるといった主張を述べている。