海洋安全保障情報旬報 2022年11月21日-11月30日

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11月21日「QUADと人道支援・災害救援(HADR)活動:東南アジアとの協力の展望―シンガポール専門家論説」(Commentary, RSIS, November 21, 2022)

 11月21日付のシンガポールのシンクタンクS. Rajaratnam School of International Studies (RSIS) のウエブサイトCommentaryは、Centre for Non-Traditional Security Studies (NTS Centre)、RSIS、Nanyang Technological University (NTU)研究員Christopher Chenの ‶The Quad and HADR Operations: Prospects for Cooperation with Southeast Asia"と題する論説を掲載し、ここでChristopher Chenは人道支援・災害救援に関しQUADはASEAN諸国との協力を重視するべきとして、要旨以下のように述べている。
(1) QUAD首脳は2022年9月23日にニューヨークで会合を開き、「インド太平洋における人道支援と災害救援(以下、HADRと言う)に関するQUADパートナーシップ(Quad Partnership on Humanitarian Assistance and Disaster Relief (HADR) in the Indo-Pacific)」の指針に署名した。これはQUADの範囲拡大を意味し、ASEANと東南アジアに、人間の安全保障の重要な分野における新たな展望を開くものである。
(2) 2022年3月にインド太平洋地域における人道的課題に対処するためのHADRメカニズムを確立することを約束して以来、QUADは、この新しい戦略的方向性を実効性あるものとする努力を加速させてきた。これには、HADRパートナーシップの指針を正式化する取り組みも含まれており、人道的災害への対応の計画・準備において東南アジア諸国との協力を強化しようというQUADグループによる真剣な試みがうかがえる。これは、HADR活動においてASEANとQUADの間で有意義な協力を開始する機会となるものである。
(3) QUADは、一時的解散を経て、インド太平洋における中国の影響力の増大を抑えるために現在のQUADへと発展した。最近では、その意義について、中国への対応のみならず人道支援という新たな側面を加えており、HADR活動もその一つである。
(4) 2022年5月、QUADは「インド太平洋における人道支援と災害救助に関するQUADパートナーシップ」を制定した。その4ヵ月後、QUAD各国は「インド太平洋における人道支援と災害救援(HADR)に関するQUADパートナーシップのための指針」に署名した。この指針は、QUAD諸国が災害対応時に連携を強化し、相互運用性と活動上の相乗効果を向上させるための枠組みを作ることを目的としている。QUAD各国は年に2回会合を開き、教訓と活動の最新情報を共有し、少なくとも1回のシナリオに基づく机上演習を実施する予定である。また、国連、国際機関、国、公共・民間組織等と、必要に応じてHADR活動の調整を行う。
(5) この展開が意味するところはまだ不明である。ASEANの中でも、このグループに対する認識は国によって様々である。QUADから距離を置くことを選択する国もあるかもしれない。また、ASEANの中心性が損なわれるのではないかという懸念もある。さらに、集団的対応を強化し、HADR 活動における ASEAN の役割を補完するという QUAD の能力についても疑問が呈されている。こうした疑問は、QUADの能力に関することからQUAD各国間の利害等まで多岐にわたる。たとえばインドは、南アジア諸国に対する主要な安全保障提供国という自己認識から、主に南アジアの動向に関心を抱いていると考えられている。しかし、健康安全保障、気候変動、災害管理といった非伝統的な安全保障問題に対処するために、QUADは東南アジアと協力する可能性があると主張する論者もいる。実際、「東南アジアの現状2022年調査報告書」では、東南アジア10ヵ国の回答者の58.5%が、「実務的な協力を含め、QUADの強化は地域にとって建設的な意義がある 」と同意または強く肯定している。
(6) インド太平洋地域における異常気象の脅威に対応するため、QUAD各国は技術専門家が参加する災害軽減作業部会(disaster mitigation workshops)を開催し、地域における能力を構築することに関与している。国レベルでは、QUAD各国は、ASEAN加盟国や地域の防災コミュニティと長年の2国間関係を持っている。2国間であれ、地域プロセスであれ、ASEAN諸国と協力して災害への備えや対応活動に取り組んで来た。
(7) QUADの4ヵ国はすべて、ASEAN地域フォーラム災害救援演習などの合同演習に定期的に参加している。これらのことから、HADRの計画、準備、運用における4ヵ国・ASEANの提携の基盤はすでに出来上がっている。もちろん、QUADがさらに支援できる分野が他にもあることは間違いない。
(8) 早期警報システムの開発及びその運用のための技術的専門知識と訓練の提供が、1つの可能性のある分野である。United Nations Office for Disaster Risk Reduction(国連防災事務局)とWorld Meteorological Organization(世界気象機関)が最近発表した報告書によると、世界の半数の国はマルチハザード早期警報システムに守られておらず、差し迫った災害を警告する早期警報の範囲も限定的であると警告している。東南アジアの国々を含むこれらの国々では、災害による死亡率が、災害警報システムを導入している国の8倍にも上っている。したがって、QUAD諸国は、必要な技術的専門知識や訓練を提供するだけでなく、この地域の提携国のために、より優れた早期警報システムの開発と調整に携わることが期待される。
(9) 共通の道を歩むインド太平洋地域の国々は、多くの脆弱性を共有している。考えられるリスクとしては、干ばつ、熱波、洪水、サイクロン、地震、津波、COVID-19世界的感染拡大のような災害のほか、緩やかに発生する災害と急激に発生する災害の両方が含まれる。こうした共通の課題は、HADR活動における地域間の提携を促進する。ASEANは他の組織の提携相手となっている組織と協力する意思と準備が必要である。例えば、「1つのASEAN、1つの対応」の原則は、ASEANが他の地域機関との協力、特に災害管理分野や、より広い相互利益のある分野での協力を推進していると解釈できる。
(10) QUADはASEAN主導の既存の機構を通じて、ASEANと積極的に関わるべきである。これには、海洋協力、気候変動などの問題についての実務レベルでの交流が含まれる。HADRの合同演習は、信頼醸成のための重要な手段となる。QUADは、ASEANとの緊密な協力の下、地域における人道的脅威に対処するための実践的措置を策定し、実施し続けるべきである。HADR活動におけるQUADとASEANの協力は、インド太平洋地域全体に利益をもたらす。
記事参照:The Quad and HADR Operations: Prospects for Cooperation with Southeast Asia

11月21日「海底採掘は、重要な鉱物のサプライチェーンに対する中国の支配を破る機会となるか―米専門家論説」(RAND Blog, RAND Corporation, November 21, 2022)

 11月21日付の米シンクタンクRAND CorporationのウエブサイトRAND Blogは、RAND Corporation上席物理科学者Tom LaTourretteの“Is Seabed Mining an Opportunity to Break China's Stranglehold on Critical Minerals Supply Chains?”と題する論説を掲載し、Tom LaTourretteは重要な鉱物資源、脱炭素技術に必要な希土類について、現在、中国が希土類(世界の97%を)国内生産するのを始め、重要鉱物資源の採掘企業の多くを所有することで世界的サプライチェーンを支配している現状を指摘した上で、深海底からの多金属団塊採取への関心が再び高まっており、ほとんどの多金属団塊は公海上にあることから、採取、処理能力の拡大のために積極的な支援を展開することで、重要鉱物資源、希土類のサプライチェーンに対する中国の支配を打破することができるとして、要旨以下のように述べている
(1) 中国は、ほぼすべての重要な鉱物資源の世界的なサプライチェーンを支配している。特に重要なのは、ニッケル、コバルト、リチウム、銅などの元素やバッテリー、電気モーター、タービンなどの脱炭素技術を促進する希土類である。これらの鉱物に対する需要が急速に高まり、深海底から多金属団塊を採取することへの関心が再燃している。
(2) 中国は、特に希土類については国内産出、またはコンゴ民主共和国のコバルトのような重要な外国鉱物資源の所有権を通じてこれらの資源の供給を支配している。また、世界的な鉱物処理事業の大部分を支配している。中国の優位性は、鉱物資源を確保し、広範な処理能力を構築してきた長期的かつ献身的な努力の結果であり、その生産量は価格競争において競争相手を引き下げるのに利用できる。この戦略は、国有企業と財政的支援を通じた中国政府の支援の恩恵を受けている。
(3) 中国の支配により、重要な鉱物の入手可能性は、貿易制限、政情不安、自然災害、またはその他の混乱に起因する供給の混乱に対して世界的に脆弱なままになっている。この供給の危険性は、脱炭素技術の普及に伴い重要な鉱物の需要が高まるにつれて、今後数十年で増加すると予想される。
(4) 深海底多金属団塊は、海面下約4,000〜5,500mの海底にある団塊である。これらにはコバルト、ニッケル、銅、マンガンが非常に豊富であり、それらの採取は、バッテリーの予測される需要を満たすためにますます魅力的である。ほとんどの多金属団塊資源は、公海の海底にある。おそらく2024年には事業が探鉱から商業採掘に移行すると考えられ、そうなれば重要な鉱物資源の世界的な供給源の数が急速に増加する。
(5) 起ころうとしている深海底採取の進展は、重要な鉱物の供給と処理を多様化するための政策提案に基づいて行動するまたとない機会を提供する可能性がある。これらの提案は、中国国外での鉱物処理能力の支援と開発を奨励することを中心としている。それらには、以下のことが含まれる。
a.処理施設の建設資金を支援するための助成金、ローン、およびローン保証の提供
b.処理施設を許可するための環境要件の改訂
c.国産の重要な材料や製品の使用の奨励
d.不公正な貿易慣行の禁止を強化する方法の強化である
2022年のインフレ削減法には、これらの政策目標と一致する重要な規定が含まれている。その1つは、米国またはその領土で生産された重要な鉱物に対する生産税額控除である。さらに、電気自動車のバッテリーの重要な鉱物のいずれかが中国を含む「懸念される外国の実体」からのものである場合、車両は税額控除を含む優遇措置の対象外となる。保護主義的であると批判もあるが、複数の供給源から入手できることが極めて重要である。これにより、個々の供給源が途絶えた場合でも安定した供給が可能になる。現在の地政学的緊張を考えると、中国や米国に敵対する他の国々からの報復圧力の影響を受けにくい友好国に固執するのが最善である。
(6) 鉱業や鉱物加工などの重工業のサプライチェーンの多様化に伴う課題は、時間と費用がかかる。それはすぐには起こらない。それまでの間、我々の最善の策は今日存在するあらゆる能力を支援することである。補助金や販売保証などによって中国国外の鉱物処理能力の安定性と成長を支援することは、新しい能力を構築するよりもはるかに迅速に結果を生み出すことになる。これは、サプライチェーンの多様化の取り組みの範囲を米国外に拡大するもう1つの理由であり、堅牢で多様な重要な鉱物サプライチェーンを開発するための米国の同盟国間の合意である鉱物安全保障パートナーシップの背後にある理論的根拠である。
(7) 海底採掘の環境への影響はまだ評価中であり、商業採掘規制を策定する際の主要な考慮事項の1つではある。コンゴ共和国等の陸上鉱山における採掘事業に関連する労働者の安全と健康、および人権の懸念は十分に実証されている。このような懸念は、海底採取が職人技では不可能な資本集約的で技術に依存する事業であることから海底採取で発生する可能性は低い。
(8) 海底採掘は、重要な鉱物のサプライチェーンを多様化し、世界で最も重要な天然資源の供給に対する中国の締め付けを打破する方法かもしれない。
記事参照:Is Seabed Mining an Opportunity to Break China's Stranglehold on Critical Minerals Supply Chains?

11月22日「中国の連合作戦指揮センターとその指揮系統―香港紙報道」(South China Morning Post, November 22, 2022)

 11月22日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“What is China’s Joint Operations Command Centre and who’s in charge?”と題する記事を掲載し、中国の習近平国家主席が設立した、中央軍事委員会「連合作戦指揮センター」について、要旨以下のように報じている。
(1) 11月初め、中国中央軍事委員会主席習近平国家主席は、中国軍に対して戦争の準備をするよう指示した。11月8日の中央軍事委員会連合作戦指揮センターを視察している最中に、習近平はこの発言を行っている。習近平は、10月に行われた共産党全国大会で3期目の党主席就任を決め、中央軍事委員会の再編が行われてから初めて同拠点を訪問し、中国軍における連合作戦指揮センターの重要性を再確認した。
(2) 連合作戦指揮センターは、国家主席と軍の最高意思決定チームが中国軍の作戦指揮を執る最高レベルの司令部である。連合作戦指揮センターは、中国軍の指揮系統の最上位に位置する。その下には中国の5つの戦区の連合作戦司令部があり、さらに戦区の下にある部隊がある。この枠組みは、習近平の軍の構造改革により、2016年に「軍の最高の指導力と指揮権を中央軍事委員会により集中させる」ために設けられたものである。軍の中枢である連合作戦指揮センターも習近平がトップである。中央軍事委員会の他の委員はすべて、同センターのメンバーでもある。連合作戦指揮センターの正確な位置は極秘だが、北京の西側にある補強された地下複合施設にあると言われている。
(3) 連合作戦指揮センターは、習近平の軍の構造改革の産物である。2015年、習近平は「軍区の連合作戦指揮機関」の設立と指揮系統の改善を打ち出した。国民が連合作戦指揮センターを初めて目にしたのは2016年4月で、習近平が同センターの最高指揮官という新たな立場で施設を視察する様子が見られた。2017年11月、2期目の党主席及び軍の指導者としてのスタートから1週間後、習近平は中央軍事委員会の委員全員とともに、再びその指揮センターを視察している。この視察の際、習近平は迷彩服に身を包み、ジブチの海外基地を含む、中国軍の前線基地をビデオ通話で確認している。
(4) 連合作戦指揮センター以前には、中国軍において大きな権力をもつ「四総部」の一つである旧総参謀部の二次的な支局として機能していた連合作戦指揮局があった。連合作戦指揮局は、海軍や空軍のような他の局と並行して機能し、いずれも中級の将校が配属されていた。2016年の全面的な見直しで、中国軍の作戦指揮系統は見直され、連合作戦指揮センターが戦略指揮権を担うことになった。連合作戦指揮局は、新しい中央軍事委員会連合参謀部の下で支援的な運用を継続している。
記事参照:What is China’s Joint Operations Command Centre(联合作战指挥中心) and who’s in charge?

11月23日「東南アジアの海洋安全保障における海軍の役割―インドネシア専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, November 23, 2022)

 11月23日付のシンガポールThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のInstitute of Defence and Strategic Studiesが発行するIDSS Paperは、米Naval Postgraduate School博士課程のインドネシア海軍中佐Bagus Jatmikoの” THE ROLE OF NAVIES IN MARITIME SECURITY IN SOUTHEAST ASIA”と題する論説を掲載し、そこでJatmikoは東南アジアの海軍の中には、伝統的な戦闘任務に備える一方で、漁業保護、テロ対策、人道支援、災害救援など、他の役割を担わなければならない組織もあるため、柔軟性が必要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 海軍の主な関心は、国家の主権と住民保護に影響する海洋安全保障を確保することである。国によって多少の違いはあるが、一般に海軍の役割は、戦時から平時まで、幅広い範囲に及ぶ。さらに警護は、海洋安全保障に最も直接的に関わる役割である。これらは、国家の海洋主権と安全保障を維持・保護するという大きな目標に集約される。
(2) 東南アジア諸国は、多くの国々と同様に、経済的繁栄のため海洋領域にますます依存するようになっている。そのため、より高度な安全保障が求められるようになり、海軍を含む政府機構内外の組織が相互に連携する必要性が生じている。海洋安全保障における海軍の役割は、この分野の発展の初期に確立されていることから重要な部分を担っている。しかし、その考え方は東南アジアの国々に等しく共有されているわけではなく、海軍の海洋安全保障への関与についての重要度の認識には、ばらつきがある。
(3) 現在の戦略的環境において海軍は、軍事的脅威から非軍事的脅威まで、さまざまな脅威を重要と認識している。ほとんどの海軍にとって、脅威は軍事的脅威よりも法執行に対する脅威に傾くなどその特性が変化してきているにもかかわらず、等しく対処されるべきで、ある種の脅威を重視する一方で、他の脅威を無視するようなことがあってはならない。
(4) 非軍事的な脅威は、海洋領域における国際犯罪に重点が置かれており、その犯罪者は非国家主体である。国際犯罪には、違法・無報告・無規制漁業から人身売買、密輸、テロ行為に至るまで、多くの不法行為が含まれる。一方で、国家を基盤とする脅威は、国家主権を標的とした軍事的な脅威に重点を置くものである。この考え方は、ロシアとウクライナの戦争や、南シナ海の紛争で顕著である。
(5) 海軍は一般に、それぞれの国家の憲法と法律の規定に従って任務を遂行する。これらの規定は、海軍がその任務を遂行するためのガバナンスを提供するものであり、海洋領域の安全を確保するための主要な国家安全保障機関としての役割を果たすことも含まれる。また、UNCLOS、海洋航行不法行為防止条約(SUA)、国際人道法などの海洋安全保障に関わる国際条約を批准している場合には、国内規則がそれら国際条約から派生していることもある。
(6) 海軍は国家防衛と安全保障に責任を負い、戦闘能力、人道支援・災害救援(HADR)能力、捜索・救助能力を含む任務を確実に遂行するための物理的能力と資源を持っている。そして、任務を達成するために、戦時および平時の海軍活動の合法性と行動規範を保有している。さらに、物理的な資産や資源を合法的に保護し、作戦任務を遂行するために、これらを利用する。
(7) 海軍は、海上監視システムを開発し、他の海事関係者とともに海洋状況把握(Maritime Domain Awareness :MDA)を向上させる能力とシステムを持っている。他の組織・機関と協力することで、海軍は国家の海洋状況把握能力を向上させる重要な役割を果たす。海軍の複雑な情報処理システム構造には、衛星、センサー、船舶、航空機、データ処理および指揮統制機構などの物理的資産が含まれる。このシステムは、実施されるすべての海軍の任務に対して、最新の価値ある情報を提供することを目的としている。このシステムの例として、シンガポールとインドネシアのInformation Fusion Centres(情報融合センター:IFC)がある。
(8) 以上のことから海軍は自国の任務の範囲内で海洋安全保障に貢献し、それ以外の分野でも、無数の機能を発揮することができる。一般に海軍は、安全保障の提供と脆弱な組織・機関の保護に具体的かつ直接的に貢献することで、こうした活動を行う。さらに、海軍は他の組織・機関と協力し、国家、2国間、地域、多国間協力など、さまざまな段階で能力構築と信頼醸成のための手段を提供している。この考え方は、広大な海洋領域での国内または国際的な海洋安全保障は、単一の組織・機関では達成できないという前提に基づくものである。特に東南アジアでは、広大な海域を持つため、どの組織・機関が対応しても単独では無理が生じる。
(9) 伝統的な海軍は、主として戦争遂行と国家主権の保護を目的とする機関として設立された。しかし、世界の戦略的・海洋的環境が劇的に変化したことにより、海軍の役割も進化してきた。今日の戦略的様相から、海軍には2つの選択肢がある。第1は、戦争における伝統的な役割を放棄し、終了させる一方で、現在の要求に対応するためにその役割を劇的に変化させるというものである。第 2 の選択肢は、海軍が戦闘能力に加えて漸進的な能力変化を展開し、柔軟な軍事組織であり続けることである。前者は、ロシア・ウクライナ戦争や南シナ海紛争など、国家間の紛争の可能性が明らかなことから、あり得ない選択肢であり、後者は、海軍が平時と戦時の両方において、グレーゾーンを含む様々な状況下で作戦を遂行する能力を段階的に向上させるというもので、妥当な選択肢である。
(10) 海洋安全保障における海軍の役割の包括的な性質は、歴史的な流れがあり、国によって異なる。したがって、海軍が海洋分野に関与する背景、特に力学や制度への成熟度など、国境を越えた歴史的な流れを理解することが極めて重要である。例えば、インドネシア海軍の海洋安全保障における役割は、国の独立の初期から根付いており、それ以来ずっと組み込まれている。
(11) 東南アジアの海軍は、その海上安全保障上の役割の一部を放棄することに抵抗を感じることが多い。さらに、政府の海洋関係者の能力が不足しているために、海軍が主導的な役割を果たすこともあり、最終的にはこの領域に海軍が関与することになる。成熟期には、国家が海上安全保障における役割の多様化の利点をより深く理解するようになり、貢献度 に影響を与えるようになる。Malaysia Maritime Enforcement Agency(マレーシア海上法令執行庁)やBAKAMALA(Badan Keamanan Laut)と称するインドネシアの事実上の沿岸警備隊の設立は、海軍の固有の役割を超えた海上保安の多様化の意義を各国が認識し、成熟した例と言える。
記事参照:THE ROLE OF NAVIES IN MARITIME SECURITY IN SOUTHEAST ASIA

11月23日「米副大統領、フィリピンへの防衛関与を再確認―フィリピン専門家論説」(Asia Times, November 23, 2022)

 11月23日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、フィリピンの南シナ海問題専門家でThe Polytechnic University of the PhilippinesのRichard J. Heydarianの “Harris offers Marcos more muscle to counter China”と題する論説を掲載し、Richard J. Heydarianはフィリピンを訪問したHarris米副大統領がフィリピンに対して米国の防衛関与を再確認したことについて、要旨以下のように述べている。
(1) 米国のHarris副大統領は、バンコクで中国の習近平国家主席と友好的に会談した後、11月21日に初めて訪問したマニラでは、南シナ海の領有権を主張する小国に対するアジアの大国による「脅迫と威嚇」行為について、直接名指しすることなく中国を非難した。Harrisの演説は、フィリピン最西端の州で、将来米中間に武力紛争が生起すれば激戦域になると見なされる海域(南シナ海)に所在する、パラワン島駐留のフィリピン沿岸警備隊員を前に行われた。Harrisは、「この島の住民は、外国船がフィリピン海域に侵入し、不法操業で漁業資源を枯渇させたり、地元漁民に嫌がらせや脅迫をしたり、また海洋を汚染して海洋生態系を破壊したりすることを目撃してきた」と述べ、近隣の東南アジア諸国の主権海域における中国の増大する準軍事部隊の展開とその威嚇的な活動を暗に批判した。
(2) 米国とその地域同盟国との戦略的関係を強化する一方で、中国との経済的に有益な関係を慎重に維持していこうとするMarcos Jr大統領にとって、待望されたHarris副大統領の訪問と重要な米比軍事協定の拡大は重荷となる。フィリピンは間違いなく、中国に対して海上安全保障を強化するために米国を必要としている。近年、中国の海上民兵の船団は、フィリピンが占拠する南シナ海の海洋自然地形をしばしば取り囲んでいる。ある権威ある調査によれば、フィリピンのEEZ内での中国の違法漁業活動は、フィリピンに年間330億ペソ(6億5,000万米ドル)の損失をもたらしている。Harrisは訪比中、フィリピンは現在、域内海域の透明性向上を目的とした、米国、オーストラリア、日本及びインドが共同で打ち上げ、運用している新しい衛星監視プログラムから、ほぼリアルタイムのデータを受け取っていると述べている。Harrisの訪比は、前任者の中国政府への強い傾倒路線とほぼ決別した、Marcos Jr政権下での最近の米比軍事同盟の急速な活性化状況の下での出来事である。フィリピンが南シナ海と台湾海峡を含め中国を封じ込めるBiden米政権の「統合抑止」戦略における重要な結節点となってきていることから、米政府は、Duterte前政権下でしばしば重大な障害となったフィリピン政府の人権状況を、公に批判することをかなり控えてきた。
(3) Harris副大統領訪比の少し前に、フィリピンが南シナ海の自国占拠のパグアサ島(Thitu Island)沖合で中国のロケットの落下破片を回収しようとして、中国に強制的に奪い返された事案があった。この事案は係争海域での緊張激化を象徴するもので、そのためにMarcos Jr.大統領は、中国との新たな緊張下でのHarrisのパラワン島訪問を大したことではないように見せかけようとした。APEC首脳会談出席のためにバンコクを訪問したMarcos Jrは、戦略的に重要な州へのHarrisの訪問が中国政府との緊張を引き起こすかどうかと記者に尋ねられ、「ノー。フィリピン訪問中の副大統領がそこを訪れているだけ。確かに、そこ(パラワン島)は南シナ海に最も近い地域だが、明確にフィリピン領土である。したがって、問題を引き起こすとは思わない」と語っている。APEC首脳会談、Marcos Jrは中国の習近平主席と初めて会談し、両首脳は、長年の波立つ海洋紛争にもかかわらず、中比2国間関係の現状について楽観的な見方を示した。中国外交部声明によれば、「Marcos Jrは、両国関係は海洋問題によって定義されるべきではなく、双方がこの問題に関する意思疎通をさらに強化することができるとの、大統領の一貫した見解を強調した」。また、双方は、前政権下で中断されていた係争海域における共同エネルギー探査の復活に向けた協議を継続することで一致した。Marcos Jrは、「1つの中国」政策を繰り返し表明してきており、2023年1月には北京を公式訪問する意向を表明した。このことは、2016年に米国、日本という伝統的な同盟国に先んじて中国を訪問した前任者、Duterteと同じ道を歩むことになる。
(4) 他方、Marcos Jr大統領は、前任者とは異なり、西側、特に米国との軍事協力の拡大も積極的に歓迎してきた。米比両国は、2023年には合同軍事活動を60%拡大し、最大500回にすることで合意した。米比両軍は、同志国である日本とオーストラリアとともに、南シナ海と台湾海峡での潜在的な武力紛争に備えている。重要なことは、Marcos Jr政権が防衛協力強化協定の下で米軍に開放されている国内基地の数を倍増することである。これに伴って、Biden政権は、パラワン、パンパンガ、イサベラ及びカガヤン地域を含む、フィリピン西部と北部の戦略的位置にある基地の基本基幹施設開発に8,200万ドルを計上した。ホワイトハウスの声明によれば、「この投資と今後の追加投資により、21の計画が完了し、永続的な安全保障基幹施設を構築できる」。Harris副大統領はMarcos Jrとの会談で、南シナ海において第三国との武力衝突が生起した場合、米国の相互防衛条約上の義務について、「太平洋におけるフィリピン軍、公船あるいは航空機に対する武力攻撃は、1951年の米比相互防衛条約の第IV条に基づく米国の相互防衛関与の発動となる」ことを再確認した。Biden政権はまた、特に「沿岸警備隊との提携と海上法執行協力の拡大」を通じて、フィリピン自身の海洋情勢認識能力と海上安全保障能力を強化するための継続的な取り組みを支援している。訪比中のHarrisも、またBiden大統領も他の政府高官も、ここ数カ月、フィリピンの人権状況について公には批判していない。
記事参照:Harris offers Marcos more muscle to counter China

11月24日「南シナ海に面したスービック湾に戻る米軍―シンガポール専門家論説」(South China Morning Post, November 24, 2022)

 11月24日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、シンガポールのシンクタンクISEAS–Yusof Ishak Institute の客員研究員A’an Suryanaの“US military poised to return to Subic Bay, Philippines after 30 year absence, to counter China’s presence”と題する論説を掲載し、A’an Suryanaは米軍が南シナ海に面したスービック湾に戻る可能性が高く、フィリピン政府と米政府が現在フィリピンに5つの米軍施設の設置について交渉していることについて、要旨以下のように述べている。
(1) 米軍は、かつてアジア最大の軍事基地であったスービック湾を手放してから30年後に、中国の海洋における強引な行動の増加に対する懸念から、同湾に戻る可能性が高いと、この自由貿易港区域を監督する現地団体の幹部が述べている。南シナ海に面した旧米海軍スービック湾基地は、Subic Bay Metropolitan Authorityによって管理され、約15万人の現地住民を雇用する活気ある自由港となっている。
(2) フィリピン政府と米政府は、国防協力強化協定の下で、このアジアの国に米軍施設を建設し、武器を事前に配置するため、5ヵ所での米軍施設の設置について交渉中である。Subic Bay Metropolitan AuthorityのRolen Paulino議長は、11月23日に共同通信に対し、「戦争中は、時間が最重要である」として、スービック湾が防衛協力強化協定の拠点にならなかったら「非常に驚く」と語っている。2014年に締結された防衛協力強化協定は、米国がフィリピンに新たな基地を設置することに再び関心を示し、既存の防衛協力強化協定の拠点を更新するための新たな資金が提供されていることから、10年を超えて継続される可能性が高い。
(3) 11月9日には、Mary Kay Carlson駐比米国大使が、スービック湾と、米国の民間企業
Cerberus Capital Management LPが2022年に買収した造船所を視察した。フィリピン海軍も、この造船所の一部を新しい海軍基地として使用し始めている。フィリピンの高官によると、中国の企業2社がこの造船所の管理権を得ようとしたが、米国が介入してきたという。
記事参照:US military poised to return to Subic Bay, Philippines after 30 year absence, to counter China’s presence

11月24日「防塞気球を導入した中国の防空演習―インドニュースサイト報道」(The EurAsian Times, November 24, 2022)

 11月24日付の印ニュースサイトEurAsian Timesは、インドのジャーナリストParth Satam の“Lessons From Ukraine? China Uses ‘Barrage Balloons’ To Protect Its Critical Infra From Missile, Drone Attacks”と題する記事を掲載し、防塞気球を導入した最近の中国の防空演習が、ウクライナ戦争から教訓を得た可能性があるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国は最近行った軍民共同の防空演習で、防塞気球を導入した。それは、地上に係留した気球を浮かべ、低高度を飛行する巡航ミサイルを妨害するためのものである。それは、第1次世界大戦や第2次世界大戦でも活用され、最近ではForbes誌のある論説が、ウクライナにその採用を提案した手法である。
(2) 第1次世界大戦において、英仏独伊がそれを導入した。また1938年にイギリスは、急降下爆撃機の攻撃を妨害するためにそれを採用した。防塞気球によって敵機はより上空を飛行せねばならなくなり、それによって自軍の高射砲が敵機を狙えるようになる。大戦中、防塞気球によって、ドイツのV-1ロケットを231機破壊することに成功している。Forbes誌の論説は、大規模な空軍を持たないウクライナこそ、制空権争いをしているドンバス地方でこの戦術を導入すべきだと述べている。
(3) そして、この戦術が、最近実施された中国の防空演習で導入されたとのことである。湖州市の民間防空司令部の声明によれば、人民解放軍は民間の基幹施設を活用し、防空能力の向上を模索しているという。これは、アメリカや日本、台湾などによる大陸侵攻に備えて中国が長らく具体化してきた国防思想の一部と見なされる。
(4) 興味深いことに、この演習では、石油貯蔵タンクをカモフラージュすることで、その防護が目指された。中国はおそらく、ウクライナ戦争に教訓を得たのであろう。ウクライナではロシア軍の攻撃によって、キエフのエネルギー・システムが無力化していった。ただし今回の演習が、ウクライナでの動向を受けて行われたのかどうかははっきりしない。
記事参照:Lessons From Ukraine? China Uses ‘Barrage Balloons’ To Protect Its Critical Infra From Missile, Drone Attacks

11月26日「我々はグレーゾーンにおいて如何にして中国を破るか―米専門家論説」(19FortyFive, November 26, 2022)

 11月26日付の米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトは、米海軍大学教授James Holmesの” How Do We Beat China In The Gray Zone?”と題する論説を掲載し、そこでHolmesはグレーゾーンで効果的に競うには、状況・環境に適した戦略的・作戦的な習慣を身につけるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) グレーゾーンで効果的に競うにはどうすればよいのか。それは、状況・環境に適した戦略的・作戦的な習慣を身につけることである。グレーゾーンに適した習慣とは、まず戦略の基本である防御と攻撃に注意することである。そして、しっかりとした方向感覚を養うこと、自分がどこに向かっているのか、何を達成しようとしているのかを知ることである。南シナ海をはじめとする紛争地帯にあっては、米国とその同盟国、そして友好国はどこに向かおうとしているのかを見極め、道筋をつけることである。
(2) 我々の究極の目的は、地域の提携国が完全な主権者となり、敵対する沿岸国からの侵略にもかかわらず、国際法の下で権利を行使できるようにすることで、我々は提携国を助けるべきである。そのためには、どの国も引き金を引いてミサイルや大砲を放つことを望まないような、長期的な競い合いが必要である。だからこそ、暴力的な武力の閾値以下で激化を留める選択肢を考案することが重要となり、そのために必要なことを以下のとおりである。
a.第1に戦略は重層的であるべきで、長期的な視野に立ち、低い対価で最低限の能力、武器・装備、ソフトウェアを探し、提携国が主権者としての権利を守ることを支援する習慣をつけなければならない。
b.第2に、日常的な行動が戦略的、政治的にどのような影響を及ぼすかを見極める習慣をつけることである。我々が日常的に行っていること、特に実務家として行っていることが重要である。戦略家のClausewitzは、直接的な政治的影響をもたらす戦術的行動について次のように述べている。潜在的な敵対勢力に対する威圧と抑止、そして友好国に対する安心感は、戦闘部隊の行動に起因する。強制、抑止、または安心させるためには、印象的な能力の誇示が必要である。政治的指導者は、その能力を使うと言った状況下で意志の力を示す必要があり、影響力のある聴衆に我々は約束を守ることができると信じさせる必要がある。
c.第3に我々は、漁民や彼らを守ることで生計を立てている沿岸警備隊員やその他の船員を含む同盟国、提携国、友好国に対する共感を習慣化すべきである。彼らの沿岸警備隊や海軍、そして政府やより大きな社会が侵略に対抗する力をつけるために、我々に何ができるかを考える必要がある。それは、我々の外交・戦略上を導くものとなる。
d.第4に、侵略者に同情はしないが、共感することを習慣にすることで、「レッドチーム」的な思考を自然に身につけることである。相手の思考は植物ではなく、われわれの意思に背こうとする知的で熱意ある戦略的存在である。Chester Nimitz提督が1941年12月に真珠湾攻撃への受けた後、U.S. Commander in Chief Pacific Fleetの参謀Edwin Layton中佐に山本五十六の思考を分析し、その行動を類推する役目を求めた。この精神を見習うべきだろう。中国の戦略を理解するためには、毛沢東的な思考を習慣づける必要がある。毛沢東は「戦争は血を流す政治であり、政治は血を流さない戦争である」と説いている。戦争と平和という二項対立を乗り越えることは、グレーゾーンで何をすべきかを考える上で重要である。また、中国共産党が武力を扱う際の本質である毛沢東の積極防御の概念を理解することもそうである。
e.第5に、競争相手に対して懐疑的な作戦観を持つことを習慣づけることである。これも基本戦略であり、戦時中だけでなく、グレーゾーンでも通用する。Clausewitzは、競争相手よりも強くなれと示したが、重要なのは必要なときに、必要な場所で、敵対勢力に対して相対的に強くなることである。グレーゾーンでの対応は、広い範囲にわたって多くの場所と時間で戦力を集結させることを意味する。グレーゾーンの競争は、時間的に長期化するだけでなく、地理的・空間的にも分散している。そして、長期化し、分散化した競争では、影響力のある場面で無期限に戦力を分散させる準備をした方がよい。勝負の場に立たなければ、勝つことはできない。このことは、戦略上、作戦上のあらゆる問題において、自明のことであり、我々の指針となるべき前提である。そこにいて、そこに留まらなければ、紛争地域を放棄することになる。
(3) 我々自身が、軍、政府、そして可能な限り広く社会に危機感を植え付けなければならない。急いで現実を知り、改善することを習慣にすべきである。
記事参照:How Do We Beat China In The Gray Zone?

11月27日「カナダのインド太平洋戦略:その背景―Global Affairs Canada報告」(Global Affairs Canada, November 27, 2022)

 11月27日付でカナダ政府のウエブサイトは、Global Affairs Canadaによる“Canada and the Indo-Pacific: Backgrounder”と題する報告を掲載し、カナダにとってのインド太平洋地域の重要性と、それに基づくインド太平洋戦略の目的などについて、要旨以下のように述べている。
(1) インド太平洋地域は世界で最も急速に経済成長しており、2040年までにそこは世界経済の半分を占めるほどになるであろう。それゆえ、インド太平洋は今後半世紀、カナダの将来形成においても決定的な役割を果たすであろう。
(2) インド太平洋は、新たな機会を提供するものであり、カナダはそれに内在する課題に対応するための対外政策における長期的な転換を必要とする。カナダのインド太平洋戦略は社会全体での取り組みであり、民主主義や法の支配など、カナダが拠って立つ価値観に基づくものである。カナダとインド太平洋の歴史的・文化的紐帯を基盤とし、カナダは経済的繁栄、安全保障と安定のために資源を投じる覚悟である。同戦略は以下に示す相互に関連する5つの目的を持つ。
(3) 第1に、平和と抗堪性、安全保障の促進である。カナダはインド太平洋戦略を通じて、地域における軍事的展開強化に投資し、また、情報やサイバーセキュリティの向上も促進する。第2に、貿易・投資・サプライチェーンの抗堪性の強化である。カナダは地域のパートナーシップ強化と多様化を通じて、経済的機会を活用することになろう。それによって市場利用の拡大、サプライチェーンの多様化、生産的投資の確保などがもたらされ、カナダの全ての人々に利益が行き渡るであろう。
(4) 第3に、人間への投資と連接の拡大である。教育などにおける人的交流制度を拡大し、地域にさらに関与するカナダの諸機関や専門家の能力を拡大することにより、カナダ国民とインド太平洋の人々をさらに深く結びつけるだろう。第4に、持続可能で環境に優しい将来の構築である。インド太平洋地域は急速に工業化する経済圏を多く内包し、温室効果ガス排出量も半分以上を占める。そうした地域の課題に対し、カナダは地域と協力してさまざまな専門知識を共有して取り組み、持続可能なインド太平洋地域の構築を支援する。最後に、第5としてカナダとインド太平洋地域に対して積極的に関わる提携国として位置づけることである。地域におけるカナダの存在感を大きくすることで、今後カナダの国益が守られ、法に基づく国際秩序の擁護に具体的に貢献できるのである。
記事参照:Canada and the Indo-Pacific: Backgrounder

11月29日「アガレガの戦略的価値:観察者の目から見て―オーストラリア博士課程院生論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, November29, 2022)

 11月29日付のCSISのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、Australian National Universityの National Security College博士課程院生Samuel BashfieldとAlexander Leeの“AGALÉGA’S STRATEGIC VALUE: IN THE EYE OF THE BEHOLDER”と題する論説を掲載し、ここで両名は数十年前に英国と米国があまり戦略的価値はないと判断したモーリシャスが主権を持っているインド洋のアガレアにインドが多額の投資を行っており、このアガレガは非常に近い将来、対立が激しくなるインド洋での最新の軍事前哨基地となるであろうとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2021年にインド洋の島国モーリシャスの一部であるアガレガ北島での軍事施設の建設を撮影した衛星画像が現れ、インドの労働者がインド海軍の軍事施設の基礎を築いていることが明らかになった。CSISは2022年5月、インドの新しいP-8I哨戒機を収容するのに十分な大きさのアガレガの格納庫の画像を公開した。2022年現在、このインド洋の前哨基地は完成に近づいている。
(2) しかし、インドはアガレガの戦略的特性を評価した最初の国ではない。最近、機密解除された英国と米国政府の文書を広範囲に検討したところ、米国は、1964年と1965年にどの島が英領インド洋地域(以下、BIOTと言う)を構成するかについて英国と交渉し、アガレガを求めていたことを明らかになった。1965年11月に創設されたBIOTは、米国と英国の軍事使用のためにモーリシャス島とセーシェル諸島を分離し、現在はディエゴガルシア島が非常に重要な英国と米国の共同軍事施設の本拠地となっている。しかし、1960年代での詳細な研究と英米間での長い交渉の末、アガレガは、最終的にまもなく独立するモーリシャスに委ねられ、BIOTには入らなかった。では、なぜ米国と英国の計画立案者は、最終的にアガレガをはずしたのか、そしてインドは西側がはずしたアガレガに何を見出だしているのか?
(3) 以前は秘密だった米国と英国の文書は、アガレガが4つの理由でモーリシャスに残されたことを示している。第1に、1964年の英国の計画立案者は、アガレガに戦略的価値を見出していなかった。卓越風に対する滑走路を建設することはできたが、停泊地は「貧弱」であり、建設用機械は簡単に陸揚げできなかった。利用可能で検討中の他の島、特にディエゴガルシア島とアルダブラと比較するとアガレガは単に劣っていた。第2に、米国はアガレガが将来の軍事開発への道を開いたままにするために「予防的」にBIOTに含まれることを望んでいた。しかし、この理論的根拠は「特定の戦略的必要性を示すことができない」島々の分離を恐れた英国の計画立案者を満足させなかった。第3に、チャゴス諸島を植民地時代のモーリシャスから切り離し、植民地時代のセーシェルからアルダブラ、ファーカー諸島、デロッシュ島を分離してBIOTを創設したため、その政治的および財政的対価はすでに高かった。米国は、英国の核兵器取得に関連する費用を免除することでBIOT事業に秘密の貢献をしているにもかかわらず、英国がBIOTを創設するための財政的負担は大きかった。アガレガを買収すれば、英国が広大な帝国を縮小し、国防費を削減しようとしていた時に財政的負担が大きくなったであろう。第4に、おそらく不思議なことに、アガレガは英国と米国からチャゴスの住民の多くを移住させるのに理想的な場所と見られていた。チャゴス諸島の住民は1960年代後半から1970年代初頭に強制移住させられてから、帰還権を求めて動揺していた。移住計画の最終的な失敗にもかかわらず、チャゴス諸島の住民をアガレガに再定住させることに英国が固執したことは、モーリシャスのためにアガレアを残しておく理由と見なされていた。
(4) アガレガの冷戦期の歴史を掘り下げることで、これらの特徴のないありふれた島々に対するインドの現代の戦略的関心をよりよく理解することができる。何十年も前に英米が戦略的な価値がないと考えた島を、なぜインドは軍事化するのか?1965年、英米の計画担当者は英国の植民地帝国を構成する広大な島々から好きなように選択することができた。米国は大英帝国の島々を多数調査することができたが、インドの選択肢は政治的制約によって極めて制限されていた。ディエゴガルシア島はすでに開発されており、BIOTの離島はすべて立ち入り禁止であり、セーシェルはインドのアサンプション島開発の契約を破棄した。このように、インド洋の西部では、珊瑚礁に保護された潟がないにもかかわらず、アガレガはモーリシャスの島々の中で最も魅力的であることが証明された。モーリシャスがいくらか適切な島を持ち、インドの戦力投射を置くことを歓迎する政治的意思も持つ唯一の国であったことも重要である。
(5) 注目に値するのは、アガレガとBIOTの類似点である。どちらの場合も、計画立案者は、戦略的にインド洋に通信設備を配置できる場所、海上哨戒機を運用するのに十分な長さの滑走路、船舶のための港を求めていた。インドとモーリシャスはアガレガの、そして米英はディエゴガルシア島の施設の重要性を軽視していた。
(6) 英国はモーリシャスの希望に反して、BIOT諸島を分離し、新しい植民地を創設したが、アガレガを開発する決定はモーリシャスの完全な許可を得て行われていることに注意することが重要である。アガレアの主権は、インドに移されることはなく、インドの基地の存在はモーリシャスの裁量に委ねられている。この重要な区別は、インドがアガレガの軍事化によって新しい植民地化のプロジェクトに従事しているという考えを和らげる。
(7) アガレガは、非常に近い将来、ますます対立が激しくなるインド洋での最新の軍事前哨基地となるであろう。しかし、上記の分析をすることによって、インドは、数十年前に英国と米国があまり戦略的価値はないと判断したアガレアに多額の投資を行っており、自国の国益を促進するために。現代においても大きな受けている制約を受けていることがわかる。
記事参照:AGALÉGA’S STRATEGIC VALUE: IN THE EYE OF THE BEHOLDER

11月29日「台湾地方選挙の結果が持つ意味―米・台湾政治学者論説」(The Diplomat, November 29, 2022)

 11月29日付のデジタル誌The Diplomatは、University of South Alabamaの吳冠昇、University of Nevadaの王宏恩、University of St. Thomasの葉耀元、そして東呉大学の陳方隅ら政治学者による“Cross-Strait Relations After the 2022 Midterm Election in Taiwan”と題する論説を掲載し、そこで彼らは、11月26日の台湾地方選挙で与党民進党が大敗したことに言及し、その原因と、それが台湾の安全保障にどのような意味を持つかについて、要旨以下のように述べている。
(1) 2022年11月26日、台湾各地で地方選挙が実施され、大方の予想どおり、与党民進党は敗北(22の県・市で実施されたうち、5つでしか勝利できなかった:訳者注)した。この結果は、2024年の台湾総統選挙を考慮すれば民進党にとって大きなダメージであろう。
(2) この選挙結果は、民進党に対する支持率の低下、特に主要都市部における高学歴有権者からの支持が低下したことが原因の1つである。そしてその支持率の低下の大きな理由は、ここ最近台湾においてCOVID-19の感染者や死者が急増していることである。台北市長選挙では蔡英文政権のCOVID-19担当者が立候補したが、敗北した。またこの選挙ではネガティブキャンペーンが大々的に実施されたため、それが有権者をうんざりさせた。特に民進党候補は学位論文の盗用疑惑によって支持を失った。
(3) おそらく最も民進党にとって痛かったのは、台湾市民の反中国感情と、有権者の投票行動が切り離されたことであった。つまり現時点で、中国に対する強硬姿勢は、少なくとも地方選挙において有権者による支持につながらないことが明らかになったのである。ただし、この選挙結果をもって、台湾市民が親中国的な態度に転換したわけではないことは付言しておきたい。民進党に対抗する、国民党を中心とする泛藍連盟の候補者たちも、自分たちが親中国派であると解釈されることのないよう、注意深く動いていた。
(4) 台湾の外部の専門家にとって、この選挙結果を理解するのは困難である。多くの人々は、民進党の厳しい対中政策が選挙結果に有利に作用すると想定していたのである。いずれにしても、泛藍連盟の候補者らが多く勝利したことは、台湾の安全保障に重大な影響を及ぼすだろう。悲観的に見れば、親中国派の首長が多く誕生したことで、中国の軍事侵攻への備えが弱められる、あるいは延期される可能性がある。他方で楽観的に見れば、この結果により、台湾世論を親中国に変えようとする中国の圧力が弱まる可能性も考えられる。しかし過度な楽観も禁物である。
(5) 勝利した泛藍連盟の指導者たちは、今後有権者たちから厳しいチェックを受けることになるだろう。その意味でこの勝利は、彼らに大きな慰めを与えるものではない。何かがあれば、2024年の総統選挙では再び風向きが変わるであろう。
記事参照:Cross-Strait Relations After the 2022 Midterm Election in Taiwan

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1)“Reunification” with Taiwan through Force Would Be a Pyrrhic Victory for China
https://csis-website-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/publication/221121_Blanchette_Taiwan_PyrrhicVictoryChina.pdf?6Pj.m7QKpd5CGitg2WL.CJd.RGZz7xRV
Center for Strategic and International Studies (CSIS), November 22, 2022
By Jude Blanchette, the Freeman Chair in China Studies at the Center for Strategic and International Studies (CSIS) in Washington D.C. 
Gerard DiPippo, a senior fellow with the Economics Program at CSIS
 2022年11月22日、米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies(CSIS) の中国専門家Jude Blanchetteと経済専門家Gerard DiPippoは、同シンクタンクのウエブサイトに"“Reunification” with Taiwan through Force Would Be a Pyrrhic Victory for China "と題する論説を寄稿した。その中でBlanchetteとDiPippoは、多くの論者や政府関係者は、中国政府が台湾との「統一」を強要する計画について推測しているが、既存の議論の多くは、中国による台湾攻撃がいつ、どのように起こり得るかに焦点を当てているものの、そのようなシナリオが中国自身と世界に及ぼす非軍事的な影響についてはほとんど論じられていないと話題を切り出した上で、より包括的な視点から考えると、人民解放軍が台湾の占領に仮に「成功」したとしても、台湾攻撃の影響は中国政府にとって厳しいものとなるだろうと指摘している。そしてBlanchetteとDiPippoは、もしそのような状況が発生したとなれば、中国はおそらく外交的にも経済的にも主要先進国から孤立することになり、習近平国家主席は中国と中国共産党全体にとって悲惨な結末を避けるため、かなり選択肢の少ない道を歩まなければならなくなるだろうと主張している。

(2)The Naval War
https://www.realcleardefense.com/articles/2022/11/22/the_naval_war_866158.html
Real Clear Defense, November 22, 2022
By Seth Cropsey, the founder and president of Yorktown Institute
 11月22日、米シンクタンクYorktown Instituteの会長Seth Cropseyは、米国防関係ウエブサイトReal Clear Defenseに、“The Naval War”と題する論説を寄稿した。その中で、①ウクライナのヘルソン州での勝利は、ロシアとの戦争における海上交通の重要性を確認させた。②ロシアを海で攻撃することは、地上での攻勢を越えてロシアに圧力をかける手段を提供する。③ウクライナがザポリージャ州での攻撃を望む場合、ロシア海軍の勢力を殺ぐことが有効である。④ウクライナ艦艇が海岸線を支配するようになれば、ドニエプル川の横断を容易にするため、ウクライナ海軍の展開はザポリージャ州だけではなく、ヘルソン州における攻撃の選択肢を広げる。⑤ウクライナ海軍の十分な戦力は、ロシアが用いるクリミアと南方への最終の補給線の機能を停止させることになる。⑥ロシアBlack Sea Fleetを壊滅させるか、少なくとも港に閉塞すれば、黒海の穀物回廊の安全性は大幅に強化され、西側はマクロ経済的コストを大幅に抑えて戦争を継続することが可能になる。⑦米国は、a. ウクライナへの対艦ミサイルの供与を加速させるべきである。b. 同盟国と協力して、ウクライナが使用できる、米国が使っていない哨戒機及び高速攻撃艇を確認する必要がある。c. ウクライナに大型艦艇を供与する場合、ウクライナの技術専門家と協力して、多様な兵器の配備を可能にする必要があるといった主張を述べている。

(3)COSCO’S HAMBURG TERMINAL ACQUISITION: LESSONS FOR EUROPE
https://warontherocks.com/2022/11/coscos-hamburg-terminal-acquisition-and-the-lessons-europeans-should-take-away/
War on the Rocks, November 28, 2022
By Dr. Francesca Ghiretti is an analyst in the Brussels office of the Mercator Institute for China Studies (MERICS).
Jacob Gunter is a Senior Analyst of Economy at MERICS.
 2022年11月22日、独シンクタンクMercator Institute for China Studies(MERICS)の専門家Francesca Ghirettiは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" COSCO’S HAMBURG TERMINAL ACQUISITION: LESSONS FOR EUROPE "と題する論説を寄稿した。その中でGhirettiは、ロシアのウクライナ侵攻と、それに続く欧州のロシアへのエネルギー依存状態の戦略的活用は、欧州経済の隅々にまで影響を及ぼしているが、他方、習近平も中国政府に対する侮辱的扱いなどに対して経済的な強制力を行使してきた実績があると指摘し、こうした経済安全保障上の危険性についての議論は進んでいるが、先述したような依存関係に対応するための政策の枠組みとその活用に関しては、早急な変革が必要であると主張している。そしてGhirettiは、その方策として、①非EU企業、かつ、市場の歪みを引き起こし、公平な競争条件を損なう可能性のある企業を精査することを可能にする、②中国の国有企業などを対象として、EU加盟国などが独占禁止法や反カルテル法などといった経済法を必要に応じて適用することを検討する、などが有効であろうと述べている。