海洋安全保障情報旬報 2022年8月11日-8月20日

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8月11日「妥協的文言が削除された中国の台湾に関する新白書―香港紙報道」(South China Morning Post, August 11, 2022)

 8月11日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Beijing removes pledge not to station military personnel in Taiwan and offer of ‘high degree of autonomy’ in new reunification paper”と題する記事を掲載し、10日に中国政府によって公表された台湾に関する新白書に言及し、2000年版と比べて妥協的文言が減ったとして、要旨以下のように報じている。
(1) 8月10日、中国政府は「新時代の台湾問題と中国による再統一」と題された新しい白書を発表した。それは台湾の平和的再統一に対する政府の誓約を再確認しつつ、必要とあれば武力行使も辞さないという姿勢を示している。またこの文書は「一国二制度」の原則を維持しつつも、2000年版の白書に含まれていた多くの妥協的な文言が同白書からは見られなくなった。
(2) たとえば、台湾に高度な自治を認めることや、台湾に軍事要員や行政要員を派遣しない、交渉に全力を尽くすといった2000年版の文言が、新白書からは削除されている。その代わりに、新白書は台湾の国際的地位に関するより明確な未来像を示し、再統一後も諸外国が台湾と経済的・文化的関係を維持できるとした。
(3) この白書が発表されたのは、Nancy Pelosi米下院議長の訪台後のことである。Pelosi米下院議長の訪台を受け、中国人民解放軍は台湾周辺での軍事活動を展開した。また米軍との軍事対話の中止や、気候変動その他さまざまな分野での協力の中止も発表した。
(4) 中国政府が台湾に関する政策白書を発表したのは1993年のことで、これは、一国二制度に関する、いわゆる1992年合意(九二共識)がなされた翌年のことである。新白書は、台湾独立の試みを非難しつつ、中国政府による「平和的再統一実現」に向けた方針を強調している。一方で、外部勢力の挑発が限度を超えれば思い切った手段を採らざるをえないと指摘している。
(5) 2000年版は、独立志向のあった当時の李登輝総統を名指しで非難したが、新白書では蔡英文総統への言及はなかった。その代わりに台湾を利用する米国の「ある勢力」を非難しており、この勢力の動きを放置すれば、台湾海峡の緊張は拡大を続け、最終的に米国の国益を損ねることになると白書は主張している。
(6) 2000年版は、中国政府と外交関係がある国々に対し兵器売却の禁止を呼びかけていたが、新白書にこの点に関する言及がなかった。7月、ホワイトハウスは台湾への兵器売却を強化すると宣言している。
記事参照:Beijing removes pledge not to station military personnel in Taiwan and offer of ‘high degree of autonomy’ in new reunification paper

8月13日「シンクタンクによる台湾有事机上作戦演習の結果は、米国が大きな犠牲を払いながらも中国に勝利する-米軍事関連紙報道」(Military Times, August 13, 2022)

 8月13日付の米軍関連ニュースサイトMilitary Times ウエブサイトは、米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies(戦略国際問題研究所)の実施した台湾有事の机上作戦演習の結果について、米国が大きな犠牲を払いながらも中国に勝利するとして、要旨以下のように報じた。
(1) 8月5日までの1週間にわたって、2026年を想定した台湾有事机上作戦演習(以下、机上演習と言う)が、ワシントンのCenter for Strategic and International Studies(米戦略国際問題研究所、以下CSISと言う)において実施された。この机上演習には、様々な退役軍人、シンクタンクの専門家、その他の政府関係者が参加した。その結果は、今年末に中国の台湾侵攻の可能性を想定した22通りのシナリオを分析した大規模な報告書として、CSISによって発表される。机上演習の審判官は、Massachusetts Institute of Technology博士課程の学生2名、元海兵隊大尉と同InstituteのCenter for International Studies主任研究員Eric Heginbotham,らが務め、CSISの上席顧問Mark Cancian元海兵隊大佐が統制官となった。
(2) シナリオの中には、最初から日本が関与したものがあった。フィリピンは、あるシナリオでは米軍の基地使用を許可したが、別のシナリオでは許可しなかった。統制官は、中国本土への攻撃を許可したケースもあれば、そうでないものもあった。1週間を通して、机上演習は常に起こりうる状況に達し、台湾での米中地上軍の戦闘はほとんどの場合、開戦から約3週間で膠着状態となった。
(3) 最終日となる8月5日の机上演習において、米国チームには、Center for a New American Security防衛プログラムの上席研究員Chris Doughertyと、The Mitchell Institute for Aerospace Studiesの専門家Daniel Riceが参加した。Doughertyは、米陸軍75th Ranger Regiment(第75レンジャー連隊)に所属し、その後、国防省副次官補(戦略・戦力開発担当)の上席顧問を務めたこともある。中国チームは、Johns Hopkins School of Advanced International Studies客員教授Nora Bensahelと、Institute for Defense Analyses 研究員Thomas Greenwood元海兵隊大佐で編成された。
(4) 8月5日の机上演習参加者らがMilitary Timesに語ったところによると、多種多様で膨大な数の机上演習の結果は、今後専門家に対して多くのデータとして提供される。これは、中国の台湾に対する野心に対抗するために何が必要かを、詳細に検討するための1つの方法である。高度なアルゴリズムを使用し、コンピューターによる無限のシミュレーションが可能な時代に、昔ながらの卓上地図、駒、20面体のサイコロにはどんな意味があるのかという疑問について、Bensahelは「米国の強みと弱み、敵の強みと弱みを、作戦命令やニュース記事からは得られない形で、はるかによく理解できるようになる」と語っている。さらに、陸海空の資産や課題について、さまざまな専門家から話を聞くことで、より深く理解することができ、広い意味での考え方や問題への取り組み方を形成するのに役立つとも述べている。4人の参加者が、現実世界で展開されれば破滅的な結果をもたらすであろう作戦により、机上で戦争を繰り広げた。ここで重要なのは、時間的な要素である。
(5)元海兵隊員で、机上演習の共同設計者であり審判官を務める Cancianは、「地上で何か意味のあることを起こしたいなら、それは数週間から数ヶ月のうちに起こる」と語っている。そして、第2次世界大戦時、さほど大きくない沖縄の占領に米軍は2ヶ月と3週間を要しており、はるかに大きい台湾で、台湾人が反撃すれば、中国が地上を占領するのに数ヶ月かかるだろうと述べている。
(6) 米国は最初のシナリオで空母を丸ごと失ったが、それは机上演習開始時に空母が米国チームの望まない場所に置かれていたからである。また別のシナリオでは、米国は3週間の戦闘で航空機700機を失った。しかし、きれいな結果ではないが、全てのシナリオで米国が勝利したとCancianは述べた。
(7) 海兵隊が中国との戦争を計画する上で重要な要素は、新しい兵器システム、配備位置、採用する戦略で、それはまだ編成作業中の「Marine Littoral Regiment(海兵隊沿海域連隊)」(以下、MLRという)のことである。しかし、その細部は、すべてが機密事項ということであった。
(8) 8月5日の机上演習において、フィリピンと日本は、紛争には参加していないものの、自国の領土に米軍を駐留させ、領空を使用することを許可した。米軍にとって、近くに陸地があるのはいいことだが、距離があるのは難点であった。海兵隊の主力兵器であるNSM (Naval Strike Missile)と称する対艦ミサイルは、射程距離が100海里と短く、フィリピンから台湾への攻撃には有効でない。台湾周辺への接近が拒否されれば、海兵隊は行き詰まるかもしれない。「台湾にいなければ、この兵器は基本的に役に立たない」とDoughertyは言い、MLRが有効であることに自信を持っているが、この種のシナリオでは、NSMよりも長い射程の武器が必要と考えているようだった。
(9) どのシナリオでも、いったん紛争が始まると、台湾周辺には中国軍の艦船が集中してきた。あるシナリオでは、中国軍は2回、米軍の水陸両用戦部隊を壊滅させた。また、水陸両用戦部隊が台湾に上陸した際、物資が不足し、空輸、あるいは海上からの補給のいずれもが中国の攻撃によって破壊されたことが2度あった。
(10) 8月5日の机上演習では、米空母が脆弱であることが判明した。そして、上陸部隊が橋頭保を確保できるかどうかで作戦全体が左右されるかもしれない。「海兵隊に完全に頼っていると思うかもしれないが、台湾の海岸にたどり着いた海兵隊員は一人もいなかった」と、Riceは仮定の例として述べている。
(11) このような机上作戦演習を実施することは、軍人が(情勢を分析し、行動方針を決定し、任務を遂行する中で直面する)紛争の小さな問題及び統合部隊、ドクトリン、戦時中の計画をどのように統合するかという大きな情勢を乗り越える助けとなるとGreenwoodは言う。さらに「机上作戦演習は、平時の環境下で新しいアイデアを実験し、試すことができるため、不可欠なものだ」と述べている。
(12) 参加者と統制官は、1時間以上にわたって机上演習を行い、主要な動き、仮定、結果を確認した。「最初の出番で空母が沈み、大きな打撃を受けた」とDougherty氏は言ったが、Cancianは、「それはいつも起こることだ」と言い、さらに「このような机上演習の大きな教訓の1つは、抑止力は標的になることである」と述べている。
(13) 一方で、中国チームは序盤に成功を収めたが、戦いを続けるにはあまりにも多くの損失を出し、港やサプライチェーンに多くの打撃を受けた。あるシナリオ終了時に中国チームは台湾に30個大隊以上を展開しており、3週間弱の戦闘でかなりの戦果を挙げていた。しかし、米国は中国の補給を完全に断つことができたので、何千人もの中国兵が食料を探し、弾薬が欠乏し、ゲリラ戦のようになった。Doughertyは、この時間枠が現実世界での考慮を示すのに役立ったと指摘している。数日間にわたる多くの模擬情勢では、米国は多くの損失を被り、悲惨な結末となった。しかし、より長い時間軸では、中国がより多くの損失を出した。つまり、米国は勝つが、大きな犠牲を払うのである。
(14) 中国の兵器システムに近づきすぎた空母は、早い段階で失われた。他の空母は、中国軍の射程圏外まで逃れたが、その後役に立たなかった。日本はSurface Action Group(水上打撃任務群、以下SAGという)及びその他の装備を失い、米国は3個SAGを失った。SAGは通常少なくとも3隻から4隻の水上艦艇で編成されている。しかし、中国軍は51隻の水陸両用戦艦船、58隻の主力水上戦闘艦艇、7個SAG、さらに多くの航空機等を失い、はるかに多くの損害を被った。
(15) ある参加者が指摘したように、中国海軍は米軍の攻撃が始まって数週間後には海軍として機能しなくなった。この机上演習は戦闘が完全に終了する前に終ったので、実際はもっと悪くなる可能性がある。現代の尺度からすれば歴史的な損失と言えるが、長距離射撃と精密な照準により、一部では限定的であった。台湾での地上戦は、両国ともここ数十年で経験したことのない残酷な大規模戦闘に発展する可能性が高い。「接近しなければならず、消耗がさらに激しくなるとまったく異なる戦いになるだろう」とCancianは語っている。
記事参照:In think tank’s Taiwan war game, US beats China at high cost

8月13日「台湾海峡危機でアジア諸国は中国を支持するか否か-デジタル誌編集長論説」(The Diplomat, August 13, 2022)

 8月13日付、デジタル誌The Diplomatは、同誌編集長Shannon Tiezziの“ Which Asian Countries Support China in the Taiwan Strait Crisis – and Which Don’t?”と題する論説を掲載し、ここで、Shannon Tiezziはアジア諸国にあって、台湾海峡危機で中国を支持する国と支持しない国を分類して、東南アジアのほぼ全域を含む地域の大部分は、どちらかの側につくことをまったく望んでいないとして、以下のように述べている。
(1) 台湾海峡の現状は懸念すべきものであり、地域全体の平和と安定に潜在的な脅威を与えている。特に、Nancy Pelosi米下院議長を台湾に訪問させた米国と台湾周辺での挑発的で前例のない軍事演習を行った中国のどちらを非難すべきかについては、大きく意見が分かれている。中国は、国際的な意見の一致は自分たちの側にあると主張し、外交部報道官は8月8日、「170ヵ国以上の国々が、さまざまな手段で台湾問題に関して中国への確固たる支持を表明している」と述べている。
(2) 中国の言う「支持」は、幅広い微妙な差異を含んでいる。ロシアや北朝鮮などは、中国とともにPelosi訪米を明確に非難し、現在の緊張をかき乱したのは米国だと非難しているが、それは少数派である。また、米国を明確に批判することなく、中国に近い立場を表明する国も多く、さらに非難ではなく「懸念」を表明して中立的な立場に留まる国も多い。一方、中国が支持国として挙げている国を含む数ヵ国は、米国や台湾の立場に近い表現を用い、主権が侵害されたという中国の主張に対する事態拡大の危険性を強調している。また、米国の同盟国であるオーストラリアや日本などは、中国の行動は(地域の情勢を)不安定化し、事態を拡大として明確に非難している。このような差異を探るため、外務省声明、記者会見での発表、メディアへのコメントを調査し、アジア太平洋地域33ヵ国を、1~5のカテゴリー分類した。1が最も中国に近く、5が最も米国と台湾の立場に一致している国である。
(3) カテゴリー1に属するのは13ヵ国で、そのうち中国支持に最も前向きな国は3ヵ国。ミャンマー、北朝鮮、ロシアである。この3ヵ国はいずれも、現在の緊張を誘発したのは米国であると明確に非難している。ミャンマー軍事政権の声明は、Pelosiの訪問が、「台湾海峡の緊張を拡大させる」と述べている。一方、北朝鮮は、「米国の他国の内政への不謹慎な干渉と、意図的な政治的・軍事的挑発」と憤慨した。ロシアは「米政府が作り出した問題と危機」と述べ、「米国は国家の主権的平等という基本原則に違反している」と非難した。他の10ヵ国は米国を直接非難することなく、中国とほぼ同じ立場を表明している。これらの国の声明は台湾が「中国の不可分の一部」であるという立場を表明し、「中国の主権と領土の一体性」の侵害を支持または懸念し、中国の内政に「不干渉」を求めている。
(4) カテゴリー2に属するパキスタンの声明は以下のとおりである。
a.1つの中国政策への強い主張を再確認し、中国の主権と領土の一体性を断固として支持する。
b.地域の平和と安定に深刻な影響を及ぼす台湾海峡の情勢を深く懸念している。
c.国家間の関係は、相互尊重、内政不干渉、国連憲章や国際法、2国間協定の原則を守ることによる問題の平和解決に基づいていなければならない。
(5) 6ヵ国がカテゴリー3、すなわち中立の立場を採った。これらの国々は、懸念を表明し、すべての当事者に対して自制と警戒を呼びかけ、事態を拡大させないよう求めている。これらの国々の声明は、「主権」と「事態拡大」の両方の懸念に言及しており、中国と米国の双方の主張を反映していると考えられる。たとえば、インドネシアは「主要国間の対立が激化していることを深く懸念し、すべての当事者に対し状況を悪化させるような挑発的な行動を控えるよう要請する」と声明を出しているが、懸念を抱くきっかけとなった具体的な行動については触れていない。
(6) インド、ニュージーランド、シンガポール、ベトナムの4ヵ国は、中国を直接非難しない一方で、米国に近い立ち位置にある。これらの国々(カテゴリー4)は、「緊張の緩和」と「自制」の必要性に言及したが、これは米政府が使用する言葉であり、主権と領土の一体性に対する懸念は表現されていない。たとえば、シンガポールは、誤算と事故を避ける必要性を強調し、「事態が拡大すれば地域を不安定にする可能性がある」と述べている。インドは、Pelosiが台湾に到着してから10日間、コメントを出さなかったが、最終的に「自制の行使、現状を変えるための一方的な行動の回避、緊張の緩和、地域の平和と安定を維持するための努力を促す」と表明した。
(7) アジア太平洋地域では、米国と台湾に加え、オーストラリアと日本の2ヵ国だけが、台湾付近で軍事演習を行う中国を直接批判した(カテゴリー5)。日本は他のG7外相との共同声明で、「中華人民共和国による威嚇的な行動」を糾弾し、オーストラリアは、「中国が台湾の海岸線付近の海域に弾道ミサイルを発射したことを深く懸念する」と述べた。
(8) 最後に、1つの中国政策の再確認はこの分類の尺度には含まれない。その理由は、声明を出したすべての国が、中国の立場に明らかに同意しない米国も含めて、そのような意味合いを含んでいたからである。しかし、中国外交部は声明文の他の部分が明らかに異なる場合でも、各国が「1つの中国政策」への方針を繰り返し表明することを、支持の証として日常的に取り上げている。また、アジア太平洋諸国では米国の同盟国である韓国を筆頭に、正式な声明を発表しない国も少なくない。
(9) 今回の台湾海峡危機における各国の立ち位置は、より広範な地政学的な位置づけと密接に結びついている。一般に、米国あるいは中国に近い立場にある政府は、台湾に関する声明をそれぞれの立場に合わせている。しかし、東南アジアのほぼ全域を含む地域の大部分は、どちらかの側につくことをまったく望んでいない。
記事参照:Which Asian Countries Support China in the Taiwan Strait Crisis – and Which Don’t?

8月16日「英国の『海洋安全保障のため国家戦略』の序文―U.S. Naval Institute報道」(USNI News, August 16, 2022)

 8月16日付のU.S. Naval InstituteのウエブサイトUSNI Newsは、“The United Kingdom’s National Strategy for Maritime Security”と題する記事を掲載し、英国政府による『海洋安全保障のための国家戦略』と題する報告書の序文を紹介し、要旨以下のように報じている述べている。
(1) 世界中に重要な利害関係を持つ島国である英国にとって、海洋の重要性は疑う余地がない。これまでも、そしてこれからも、海洋は我が国の経済の活力源である。ちょうど1年前に発表された「統合見直し(Integrated Review)」では、政府の第1の義務は、我々国民、国土、民主制を守ることであると再確認された。これは、海洋の観点からは、我々の経済を支える物資と情報の自由な流れを確保するために、我々の港湾、航路、海底基幹施設を守ることである。そして、英国、我々の海外領土、王室属領の海域、特に、本土を囲む英国領海と排他的経済水域(EEZ)を含む英国海洋領域(UKMA)の安全を確保することである。我々は、海洋領域を守り、世界を牽引する能力を駆使して海洋を監視し、必要なときに必要な場所で行動する。
(2) ロシアのウクライナに対する違法な戦争は、法と原則に基づく国際秩序を支える英国の極めて重要な役割を示している。英国は、侵略、強制、抑圧がどこに現れようとも、それらを抑止し、それらに取り組むために、安全保障と経済の提携を発展させる。
(3) 英国は、軍事的安全保障と経済的安全保障を統合しながら、我々の社会を支える価値を擁護し、我々の全能力を発揮するために、より強力なグローバルな同盟を構築する。これが「グローバル・ブリテン」を行動に移すということであり、航行の自由を含む国連海洋法条約を守るために国際的な提携国や機関と協力し、国際秩序を維持し、自由なグローバル・ネットワークを構築するということになる
(4) EUを離脱したことで、英国国民にとって最も重要な優先事項と価値観を表す政策と戦略を策定することができるようになった。『海洋安全保障のための国家戦略』は、このことをよく表している。この戦略では、海洋安全保障を明確に定義し、これが英国にとって何を意味するのかを明らかにし、それにより、不安の源によって、英国国民と我々の世界的な利益への広範囲に及ぶ影響を認識することになる。またこれが、政府が今後5年間に実施する戦略的目標と公約を定め、戦略の実施状況を管理する方法を設定する。
記事参照:The United Kingdom’s National Strategy for Maritime Security
Full Report(116頁)
https://s3.documentcloud.org/documents/22136535/national-strategy-for-maritime-security-web-version.pdf

8月16日「台湾有事におけるフィリピンの重要性―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, August 16, 2022)

 8月16日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、同InstituteのSoutheast Asia Program長Susannah Pattonの“What the Philippines has at stake in Taiwan”と題する論説を掲載し、台湾をめぐって米中関係が悪化するなかで、米国にとってフィリピンの存在が重要性を増しており、その関係を良好なまま維持することが重要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米中間の緊張が高まるなかで、東南アジアのほとんどの国は中立の維持を望んでいる。しかし、フィリピンはそれ以外の国々と比べて厄介な立場に置かれている。彼らの選択は、米国にとっても中国にとっても重要な意味を持つことになろう。
(2) 地理的な近さのため、台湾有事はフィリピンに対して最も大きな影響を及ぼす。それには、ベトナム戦争終結後に起きたような、難民の流入など人道上の災害なども含まれる。また、台湾には20万人のフィリピン人が滞在しており、有事の際の彼らの避難計画も重要な課題となる。
(3) 中国が台湾を占領することになれば、南シナ海におけるフィリピンの利害に非常に大きな影響を及ぼすことになろう。専門家が指摘するように、米軍の武器弾薬には限りがあるため、中国との紛争になれば早い段階で南シナ海が中国に奪われ、それによって米国が同盟国を支援する能力も弱まることになるだろう。
(4) 米国は、武力紛争が起きた場合に東南アジア諸国には実質的な支援をほとんど期待していないが、フィリピンだけは別である。特にルソン島は重要な場所となる。米シンクタンクが最近実施した図上演習は、台湾をめぐる紛争の展開を模擬したものだが、それは米軍がフィリピンの基地を利用できることを前提としていた。
(5) Duterte政権の時期であれば、そうした想定は楽観的過ぎたであろう。彼は今年でその任期を終えたが、2016年の当選直後から米比同盟を動揺させていた。彼は訪問軍協定をほのめかしていたが、最終的に2021年7月にその維持を決めた後、米比同盟は再び「強力な軌道に乗った」ということである。それ以後、米比両国は防衛協力強化協定の履行に向けて前進し、その結果、米国はフィリピンにおける米軍の展開を高めることができるであろう。
(6) 今年実施された米比軍のバリカタン演習にはオーストラリア軍が参加した。これによって、この地域の米軍の展開と役割が地域の幅広い提携国によって支援されていることを、中国に示す狙いがあるだろう。他方、この演習に対してはフィリピン国内からの反発があることも考慮しなければならない。そうした反対意見は、それによって中国との経済的関係が悪化するかもしれないという懸念によるものである。米比同盟は経済的関係や国民の認識によって影響を受けることを忘れてはならない。
(7) 貿易と投資を通じて拡大する中国の影響力は、フィリピンの戦略的決定の要因となる。ただし中国の経済力が支配的だというわけではない。米国企業は依然としてフィリピンにおける最大の納税者であり、地域の経済発展に大きく貢献している。そして、フィリピンは米国とのさらなる経済的関係の強化を模索している。
(8) 米比同盟が大きな課題に直面しているという評価もあり、その関係性を楽観することはできない。米国によるフィリピンの軽視が、フィリピンの不興を買うこともあり、その逆もあった。この1年間の高官級の関与が同盟の復活にとって不可欠であったが、こうした努力を維持できるかどうかが、Biden政権のインド太平洋戦略にとって重要な意味を持つだろう。
記事参照:What the Philippines has at stake in Taiwan

8月17日「米比軍事協力、中国から見た短期、中期の見通し―中国専門家論評」(The South China Sea Strategic Situation Probing Initiative (SCSPI), August 17, 2019)

 8月17日付の中国シンクタンクThe South China Sea Strategic Situation Probing Initiativeは、北京大学国際関係学院助理教授祁昊天の “The U.S.-Philippines Military Cooperation: Assessment for the Near to Medium Term”と題する論説を掲載し、祁昊天は中国から見た米比軍事協力の短期、中期の見通しについて、要旨以下のように述べている。
(1) 米比軍事協力は、米国がフィリピンに軍事力の展開を長年維持していた時代に見られた深みと広範さに欠けており、米国の軍事力の展開はフィリピンの国内政治力学に影響されている。しかし、それでもなお、米比両国はインド太平洋地域における軍事協力を着実に進めてきている。米比軍事協力は、2021年7月の「訪問米軍に関する米比協定(VFA)」の復活と、2022年2月の米国のインド太平洋戦略の公表を契機に、一層深化、強化されてきており、しかもこうした趨勢はこの地域における大国間競争に備えた米軍の軍事的変革と態勢の整備と密接に連携している。
(2) フィリピン陸軍とU.S. Army Pacificは、フィリピンの国家安全保障と領土防衛に対する支援、合同軍事演習を通じた中級及び上級指揮官そして参謀将校間の交流の深化、合同演習や訓練への複合領域能力の取り込み、フィリピンにおける軍事基地及び訓練施設の改善、さらにはハワイのThe Joint Pacific Multinational Readiness Center(統合太平洋多国籍即応センター:JPMRC)などの既存の組織を通じた2国間軍事交流など多くの分野で協力している。米比両国空軍は、サプライチェーンの管理から統合対空、対ミサイル防衛における協調まで、The Asian Pacific Intelligence Information Network(アジア太平洋情報網:以下、APIINと言う)の強化から連絡将校などの人員配置の改善まで、そしてフィリピン空軍とU.S. Pacific Air Forcesの協力から第3国空軍との共同まで、いくつかの新しい分野での協力機会を模索している。海洋では、米比両国は、P-8A 哨戒機の配備増強、フィリピン海洋哨戒偵察機の対地攻撃能力の強化、既存の2国間演習の強化、及び2国間演習から多国間演習への水準を上げる可能性の追求など含む、新たな協力を着実に推進している。さらに、米比両国の海兵隊は任務、配備、指揮及び人員などの面で、協力と協調的関与の能力を強化することに取り組んでいる。フィリピン側は、その地理的環境の複雑さから防空能力、地上配備の移動式対艦及び対空能力、さらには水陸両用作戦、サイバーあるいは電磁戦といった様々な戦争シナリオと領域における能力を強化するために米国の支援を求めている。
(3) Mutual Defense Board-Security Engagement Board(相互防衛・安全保障協議会:以下、MDB-SEBと言う)は米比両軍間の相互協力のための重要な基盤で、幅広い問題を包摂する多くの委員会、小委員会、作業部会がある。MDB-SEB年次会合は、前年の両国の防衛協力を見直し、その年の協力線表を設定する。フィリピンは、複数の国が関わる南シナ海領有権、海洋権益の主張、海洋自然地形の拡張、海軍艦艇や民間船舶の配備と活動、そしてルソン海峡、バシー海峡の通航問題など、地域的な諸問題に直面している。したがって、海洋情報と状況識別能力の面で短、中期的にはフィリピン軍の情報、データ処理、諜報システムは、U.S. Indo-Pacific Commandのシステムと統合運用により緊密に統合される可能性がある。無人機(UAV)と哨戒機、特にMQ-9とP-8Aの配備が加速され、増強される可能性がある。より深化した統合を実現するには、空海状況識別網の即事伝送が、恐らくAPIINの調整と能力向上を含め、重要な問題となろう。フィリピンは、防衛協力強化協定(EDCA)に基づき、飛行場の修復、燃料貯蔵施設や物流・輸送施設の建設、そして市街戦訓練施設の建設のために、米国から資金援助を受けている。米軍も、これらの資金援助計画を通じて関連施設を利用できる。しかし、両国間では財源や予定線表に関して意見の相違があり、また、米国内の法的及び政策決定過程による支払いの遅延も予想されている。
(4) 米比両国は2国間の共同運用能力を強化しており、近年、多国間の調整枠組みへと発展しつつある。米国の軍事的変革に対する所要から、U.S.-Philippines Joint Operation Centerを含む、機構や基盤は短期的にも中期的にも継続的な向上が期待される。特に、将来的な共同運用の必要性を踏まえれば、緊急時の協議・調整能力の強化、共同作戦指揮体制の向上、そしてより強力な支援のためのデータ統合の強化などが必要となろう。さらに、フィリピン軍が依然、戦闘能力において遅れていることから、より信頼できる提携国にするために、既存の共同演習・訓練計画は、戦闘力の全要素を演練するように強化され、また未だ完全ではない共同防衛概念も強化されよう。多国間協力の面では、「米比プラス」モデルは、ますます増えていくであろう。たとえば、日米比3国間の対話や演習は、人的交流を含め、毎年、予定どおり実施されている。Balikatanなどの伝統的な米比合同演習などにも第3国が参加している。
(5) インド太平洋における米国の他の同盟国や提携国と比較して、フィリピンは全般的な軍事力と能力において比較的弱体であり、米軍との協力は特に深くもなく、また広くもない。しかも、その政治経済状況は対中国において米国との完全な連携を許さない。しかしながら、米比両国は再び防衛協力を深化させている。両国は、2国間の情報、状況識別の共有を着実に改善し、相互運用性を強化し、2国間から多国間協力への移行を推進し、そして米軍に対する後方支援を強化している。この過程では、優先順位の順位付け、施設の利用及び資金調達の問題など、特定の事項に関しては依然、意見の相違がある。しかし、これらの意見の相違は、2国間の軍事協力推進という全体的な傾向を変えるものではない。
記事参照:The U.S.-Philippines Military Cooperation: Assessment for the Near to Medium Term

8月18日「2030年までに中国海軍が空母5隻と弾道ミサイル搭載原子力潜水艦10隻を保有―U.S. Naval Institute報道」(USNI News, August 18, 2022)

 8月18日付のThe U.S. Naval InstituteのウエブサイトUSNI Newsは、“China’s Navy Could Have 5 Aircraft Carriers, 10 Ballistic Missile Subs by 2030 Says CSBA Report”と題する記事を掲載し、米シンクタンクCenter for Strategic and Budgetary Assessmentによる中国海軍の今後の増強に関する報告書について、要旨以下のように報じている。
(1) 現在進行中の中国の軍事拡張に関する米シンクタンクCenter for Strategic and Budgetary Assessment (以下、CSBAと言う)の新しい報告書によると、中国海軍は2030年までに最大で空母5隻と弾道ミサイル搭載原子力潜水艦10隻を配備するのに必要な資源を保有している。CSBAは、コンピューターによって支援された「戦略的選択ツール」を使って、「中国の選択」という研究を行い、その報告書によると、「中国軍は、2020年代を通して近代化を続けるために必要な資源を有している」ことが分かったという。CSBAは「中国の選択」において、ツールのモデルによれば、出発点として、中国軍は2030年代初頭までインフレ率を3%上回る速度で成長すると想定している。
(2) CSBAは、特定の兵器システムの研究開発、調達、維持、廃棄に関する米国の支出割合を使用し、それらを中国に適用した。中国海軍にとって、これはフリゲート、ミサイル艇、通常型潜水艦の増強となり、地域防衛や中国本土と台湾の併合を目指す中国の台湾への圧力として使用することが可能である。
(3) 中国本土から遠く離れた地域への戦力投射については、報告書は2030年代まで「空母、巡洋艦、駆逐艦、外洋輸送艦、戦略爆撃機及び戦略輸送・給油機」に対して十分な資金が利用可能であると予測した。元U.S. Indo-Pacific Command司令官Phil Davidson海軍大将は、これは中国政府の「今世紀半ばまでに大国の地位を獲得するという長期目標」に合致する、と述べている。また、中国共産党が国内での優位性を確保することとも一致する。米国は中国に対して海洋での優位性を保っているとDavidsonは述べ、米国が拡大すべき優位性であると付け加えている。この報告書の主執筆者Jack BianchiとDavidsonは、中国が過去10年間にアデン湾での作戦で、本土から遠く離れた場所での作戦を維持する能力を高め、また、統合軍全体にわたり新しい能力を統合する方法を迅速に習得したと指摘している。
(4) Bianchiは、CSBA の分析ツールはサイバー戦、宇宙戦、電子戦を含むすべての領域に適用可能であると述べている。さらに、非戦略的利用を含む中国の核能力拡大についても、今後、より本格的に研究する必要があると述べている。CSBAのツールは、他の選択肢を提示する際にも使用可能で、中国に対抗するための投資や戦略においてさらなる用途があるという。また、その柔軟性から、ウォーゲーミングの改善にも応用できるという。
記事参照:China’s Navy Could Have 5 Aircraft Carriers, 10 Ballistic Missile Subs by 2030 Says CSBA Report
Full Report
China’s Choices: A New Tool for Assessing the PLA’s Modernization
https://csbaonline.org/research/publications/chinas-choices-a-new-tool-for-assessing-the-plas-modernization/publication/1
Center for Strategic and Budgetary Assessment, July 14, 2022
Jack Bianchi, Madison Creery, Harrison Schramm, Toshi Yoshihara

8月19日「ロシアの新海軍ドクトリン:アジアへの回帰かーイスラエル専門家論説」(The Diplomat, August 19, 2022)

 8月19日付のデジタル誌The Diplomatは、イスラエルのシンクタンクJerusalem Institute for Strategy and Security上席研究員Daniel Rakov退役中佐の“Russia’s New Naval Doctrine: A ‘Pivot to Asia’?”と題する論説を掲載し、Daniel Rakov元中佐はPutin大統領が7月31日に署名した新しい海軍ドクトリンを2015年に制定された海軍ドクトリンと比較して、重要な変化があると指摘しており、ロシアは「偉大な海洋国家」と自己規定し、相当程度の投資によって失われた海軍力の回復に努めているが、その勢力は外洋海軍にはほど遠く、建艦、保守整備の面でも依然として多くの問題を抱えており、野心的な新ドクトリンの内容を具現化するのは困難であろうとして、要旨以下のように述べている。
(1) 7月31日、Putin大統領はロシアの海軍ドクトリン更新版に署名した。これはロシア政府の海洋に対する正式な取り組みを詳述した最上位に位置する戦略計画である。この最新版は、2015年の海軍ドクトリンと比較して重要な変化を反映している。新ドクトリンは、西側との世界規模での対立、国家目標を定義するに当たって安全保障という評価項目の優先、ウクライナへの侵攻に続く南の開発途上国に対するロシアの対外政策の方向転換に傾いている。ロシア政府は、世界中で海軍の戦闘力を強化しようとしており、公海での海軍力の展開を増大させるという意図を含め、世界の海でのさらなる国益のために軍事的手段を使用する一層の準備ができていると発表している。そのために、新ドクトリンは、軍民両面での技術と建造能力の質的向上に向けて造船工業会に再編を求めている
(2) エネルギー分野では、新ドクトリンは海底採掘と石化燃料の生産の再活性化を明記している。2015年版のドクトリンでは、将来の採掘に向けて地理的に探査した地域に「戦略的保護区」を確立することを求めている。2022年版のドクトリンには同様の記述が見られないことから、今後数年間で炭化水素化合物を最大限に採掘しようとしており、おそらく気候変動の議題が、将来の輸出の可能性を減少させるのではないかと危惧していると思われる。
(3) 2015年版ドクトリンと同様、新ドクトリンも世界を5つの地理的に区分している。しかし、新ドクトリンではその記載順序が変更されている。旧ドクトリンでは2番目と3番目に記載されていた北極と太平洋が最初に取り上げられている項目である。大西洋方面は3番目の記述である。これら3方面におけるロシアの主たる目標の1つは「戦略的安定性の確保」であると2015年版ドクトリンよりも明確に述べられている。
(4) 新ドクトリンは、北極が世界的な軍事的、経済的対立の地域になり、北極圏におけるロシアの指導的地位と天然資源の広範な採掘の維持が主目標であると説明している。ロシアは北極海航路を内水として利用しようと意図している。ロシアはウクライナ侵攻以降、中国への依存を深めているとの印象を持たれることを避けようとしているようで、新ドクトリンでは中国は完全に抜け落ちている。新たな重要要素としてロシアの国家安全保障に対する脅威の低減、太平洋方面における戦略的安定性の確保、アジア太平洋諸国との友好関係の発展が挙げられている。北極と太平洋はロシアと米国及びその同盟国との間の戦略的対立の場と認識されていることは、新ドクトリンから明らかである。バルト海、黒海、地中海、紅海を含む大西洋方面は3番目の順位に降格されていることは、ロシア政府が西側と積極的に戦っていくという意欲を喪失したことを示している。したがって、大西洋方面におけるロシアの主目標は「戦略的安定の確保」である。2015年版ドクトリンと同じく、カスピ海が4番目、インド洋が5番目、南極が6番目の順位である。
(5) 新ドクトリンは、詳細になっている。特に、シリアとの提携の強化、シリアのタルトゥースを基盤に地中海における軍事的展開の確保、地域における追加の技術後方支援前哨基地の確立の追求、中東における政治的、軍事的安定性確保のための積極的な活動、中東諸国との協調深化の追求を決定している。中東に関する今ひとつの詳細な記述は、インド洋との文脈の中に見ることができる。ロシアは、イラン、サウジアラビア、イラクとの協調の拡大に関心を持っており、インド洋に面する全ての国と安全保障、海洋における協力を含む様々な紐帯の発展を模索している。もう1つの目標は、ペルシャ湾において海軍力の展開を維持し、紅海及びインド洋における技術後方支援前哨基地を基盤として地域においてロシア海軍の軍事的行動を実施する目的で地域の国々の基幹施設を利用することである。
(6) 新ドクトリンの主要な革新事項は、ロシアが「偉大な海洋国家」であり、全ての海洋に関心があるとする主張である。この地位の維持と発展については、「国家海洋政策の戦略的目的」の最初に記載されている。その他の重要な変化は、ロシアの活力と区分けされた海域で軍事力を使用するとの意志に従って世界の海洋を区分けした中に示されている。3つの区分けは以下のとおりである。
a.ロシアの生存にとって重要な海域
ロシアは、その利益を守るために軍事力を含む全てのものを使用することができる。この区分けには、領水、排他的経済水域、カスピ海のロシアの部分、日本近傍のオホーツク海、北極海の大部分が含まれる。
b.重要な海域
他の手段が失敗に終わった後、最後の手段として軍事力が行使される海域。この区分けには東部地中海、黒海、アゾフ海、バルト海、トルコ海峡、デンマーク海峡、クリル海峡、アジア、アフリカ沿いの国際的海上交通路が含まれる。
c.その他の海域
国際海域の残りの部分。ロシアの利益は非軍事的手段によって増進させる。
(7) さらに、新ドクトリンは国際法に対してロシア国内法の優越を規定している。新ドクトリンは過去のドクトリンよりも次のことをより強調している。
a.沖合の宝庫からのエネルギー資源の生産、輸出
b.海底ガスパイプラインの防護
c.民間を含む全ての海洋能力の動員能力の強化
d.非常時、海軍の艦隊、商船隊の強化及び空母建造を含む必要な技術力、工業力の発展への要求
e.海洋問題を取り扱う国際組織におけるロシアの外交的活動の加速
f.世界中の海洋にロシア艦艇及び調査船の展開
(8) Putinは権力の座に就いて以来、ソ連崩壊によって著しく衰退したロシアの軍事力の再建にかなりの資源を投資してきた。同時に、ロシアの民間企業は沖合での掘削、海底ガスパイプラインの敷設、北極の開発でその活動を増加させてきた。意欲的な国の準備、相当の財政投資にもかかわらず、「海洋国家」としてロシアが発展することを阻害している多くの問題が残ったままである。ロシアの軍用、民間用いずれの工業界も技術的知見、製造のための基幹施設、多くの分野における広範な知識、技能を有する人材が不足している。
ロシアは海底ガスパイプラインの敷設、深海掘削、液化天然ガス製造の基幹施設に必要な能力が不足しており、西側企業に依存してきたが、ウクライナ戦争勃発後、西側企業はロシアでの業務を停止している。
(9) 原子力潜水艦はロシア海軍の力の主たる基盤であり、これによってロシアが他の大国に深刻な脅威を及ぼしている。通常戦力の分野ではロシアは、近代的な精密誘導巡航ミサイルを搭載したコルベット、フリゲート、通常型潜水艦を建造している。将来、核弾頭装備のポセイドン魚雷を搭載した潜水艦の一群の配備を見込んでいる。ロシアはまた、北極開発に必要な原子力砕氷船の世界的大国である。全てのロシアの計画は、保守整備を困難にする装備品の型式の多さ、頻繁な重大事故を引き起こす品質の低さと過失、開発及び建造工程線表の遅れに悩まされている。ウクライナ戦争前でさえ、ロシアの工業界に困難をもたらしていた西側の制裁は新ドクトリンに具体化されている海軍力発展に重大な問題をもたらすと考えられる。ロシア海軍は主として小型艦艇で構成されており、その行動の大半は北海、黒海、バルト海、カスピ海、オホーツク海、日本海というロシアの国境近くの海域に集中している。地中海東部はソ連崩壊後、ロシア海軍が恒久的な展開を確立することに成功した珍しい海域である。同海域にはロシアがシリアから数十年にわたって租借したシリアのフメイミム、タルトゥースの2基地がある。地中海東部における軍事力の重要性は明白である。ロシアは艦艇の大部分を地中海東部と黒海に集中し、NATOがウクライナに対する戦争への関与を深めないよう抑止しているからである。
(10) 2022年版海軍ドクトリンは、ウクライナ戦争後初めてロシアが発表した安全保障文書であり、ロシア政府の現時点での戦略的思考を反映している。新海軍ドクトリンは米国とNATOとの全面的な対決に焦点を当てており、ロシアの世界中の利益を擁護し、開発途上国において西側に対する経済的、戦略的代替案を求めて軍事力を運用するより中心的な場所を強調している。新ドクトリンは国際的海域を大国間の対立と対決の場にしようとするロシアの傾向を補強するものである。海洋空間の軍事化は、2015年版ドクトリンを受けて2017年に発出された「2030年までの海軍におけるロシア連邦の国家政策の基礎」という文書の表現に見られる。海軍ドクトリンが書かれた背景にある苦難は、多くの研究者がPutinと彼の提督達との間の断絶、ロシア海軍の厳しい現実に焦点を当てる傾向を助成している。事実、ロシアがその野望、特に「外洋」に関して全てを達成することは困難であろう。2015年版ドクトリンと新ドクトリンの間の違いは、ウクライナでの戦争を受けて、南の開発途上国に対するロシアの対外政策の再調整及び北極がロシア経済にとって「乳牛」との認識を反映している。
記事参照:Russia’s New Naval Doctrine: A ‘Pivot to Asia’?

8月19日「海洋環境に関するインド太平洋諸国による協調の重要性―オーストラリア海洋安全保障専門家論説」(The Strategist, August 19, 2022)

 8月19日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、同Institute上席研究員Anthony Berginと、Australian National University上席級研究員David Brewsterの “Marine ecology is a key to maritime cooperation in the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、そこで両名は、インド太平洋諸国は海洋環境問題について協力して対処し、そこにおいてオーストラリアが積極的な役割を果たすべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) インドのNarendra Modi首相が2019年の東アジアサミットで、インド太平洋海洋構想(Indo-Pacific Ocean Initiative:以下、IPOIと言う)を打ち出したとき、インド太平洋地域における海洋環境の問題は、多くのインド太平洋諸国が直面する重要な課題であり、環境だけでなく戦略的な意味合いも持つ。IPOIへのオーストラリアの参加は、インド太平洋諸国と協働するための多くの機会を提供し、それは地域の関係強化、相互の信頼醸成のための貴重な手段となるであろう。
(2) IPOIは条約に基づかない機構であり、地域における共通の海洋の課題に対して諸国が協働するためのものである。そして、豪印IPOI提携は、海洋問題での協力に関する両国の共同宣言に基づいている。オーストラリアは特に海の環境問題で主導権を握ることになる。
(3) こうした文脈において、われわれは、1年にわたる、「豪印インド太平洋海洋構想」と名付けられた計画を共同で進めている。協力者はコルカタのObserver Research FoundationとシンガポールのNanyang technological UniversityにあるS. Rajaratnam School of International Studiesである。われわれの研究は先月コルカタで発足し、基盤となる報告書が発表された。同報告書は、太平洋における海洋プラスチック、違法・無報告・無規制(以下、IUUと言う)漁業への対応、東南アジアおける海洋プラスチックへの対応、緊急対応、沿岸保全の問題、ベンガル湾地域における海洋ゴミ、IUU、海上災害の対応などに関する、地域的対応のあり方研究の基盤となるものである。
(4) 同報告書は、あらゆる海洋環境問題にとって最善の、地域的な行動の形式を定めようというのではない。一般的に言えば、よく理解されている問題は多くの不確実性を伴う問題よりも解決は容易であり、好ましい政治的背景が肯定的な結論に達するのに貢献することが分かっている。地域の協調的取り極め成功する場合、既存の取り極めが基盤になっていることが多いが、必ずしもそうではない。東南アジア諸国と太平洋島嶼諸国が参加するコーラル・トライアングル構想のように、歴史的背景がなくても成功する地域的取り極めもある。
(5) 海洋環境に関する地域的構想が成功する鍵は、地域の理解が各国の法律あるいは当局によって実施に移されているかどうかにかかっている。たとえば太平洋におけるIUU漁業の対処は、すべての遠洋漁業従事者に適用される免許の標準化など、合意された手段をそれぞれの国が実施することで地域的協働が成功した事例である。
(6) 初期研究から、海洋環境問題に関する協力はインド太平洋の地域によってその程度にかなりばらつきがあるが理解できた。東南アジアと太平洋島嶼部では地域的協力は推進されているが、ベンガル湾では比較的協力の度合いが低い。成功している地域的取り極めから得られる教訓や利益を、そうではない地域と共有することが大事である。また、地域横断的な規範を構築し、適用することは環境以外の問題にも広がる余地があり、地域の全体的な協力が推進されるであろう。
(7) 報告書には、オーストラリアが海洋環境問題でインド太平洋の提携国とどのように地域の協力を促進できるかについての提案を行った。
a.海洋プラスチック問題に関する行動計画をインドとともに後援する。
b.ベンガル湾でのIUU漁業に関する量的調査を実施する。
c.行事や作業部会などを主催し、海洋環境問題に関する経験を、太平洋とインド洋の島嶼国家の間で共有させる。
d.環境安全保障の専門家育成と研究拠点として、インド太平洋環境安全保障センター設立を後援する。
(8) 特に最後の提案は重要であり、我々は現在詳細な実施計画を準備している。年末には報告書が発表されるであろう。こうしたセンターの設立は、地域の信頼構築手段として重要な役割を果たすであろう。
記事参照:Marine ecology is a key to maritime cooperation in the Indo-Pacific

8月19日「極北地域でのロシアの動きと、スウェーデンおよびフィンランドのNATO加盟が持つ意味―ノルウェー研究機関発行誌報道」(High North News, August 19, 2022)

 8月19日付のノルウェー国立NORD UniversityのHIGH NORTH CENTERが発行するHIGH NORTH NEWSの電子版は、“Chief of Defence to HNN: Russian Military Activity is Unusually Low in the High North”と題する記事を掲載し、ノルウェー軍トップのEirik Kristoffersenのインタビューに基づき、最近の極北地域でのロシア軍の活動と、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟、それぞれが持つ意義について、要旨以下のように報じている。
(1) ロシアは地上軍の大部分をフィンランド国境沿いとコラ半島の極北地域からウクライナへと移動させている。他方でロシアは核兵器を同地方に維持している。こうした動きが示唆するのは、ロシアが極北地域を比較的安定的な地域で、主要な脅威が存在しないと見ているとノルウェー軍トップのEirik Kristoffersenによって論じられた。
(2) Kristoffersenによれば、ロシアはフィンランド国境沿い周辺地域を安全とみなし、同時に核兵器による抑止力が機能していると認識している。したがって、NATOがロシアにとって脅威だとするPutinの主張は大きな嘘だということになる。また、ウクライナ侵攻後のロシア海軍や空軍の活動が不自然なほどにおとなしいとKristoffersenは主張する。
(3) ノルウェー軍トップは、ノルウェーがロシアと軍事的な接触を維持してきたと述べ、クリミア併合以降、軍事協力は停止しているが、対話のためのシステムを維持していると言う。これは事件の拡大を避けるためであり、したがってノルウェーの安全保障にとって重要な意味を持つ。
(4) Kristoffersenは以前、ノルウェーのロシアに関する知識がNATOにとって大きな価値を持つと述べている。小国は、自分たちの役割以上のことを常にこなせるというわけではないが、基本的にはNATOのなかで敬意を持たれているという。
(5) Kristoffersenによれば、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟はノルウェーの加盟以降最も重要な意味を持つ事象である。両国の加盟により、軍事戦略や政策が、より極北の地理的要因と関連づけられることになる。たとえばノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマークの軍トップらが先週会合を開いたとき、現在定期的に実施されているCold Responseという共同軍事演習を、Nordic Responseとして実施することについて議論をした。北欧諸国全体がこの演習に参加することで、より安全を確保することができるだろう。Kristoffersenによれば、この新たな演習は2024年には実施できるのではないかとのことである。
(6) Kristoffersenは、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟により、多くの可能性が開かれることになると述べている。定期的にお互いの国で演習することも考えられるし、国境を超えた航空基地や兵站施設の利用なども考えられる。もはやノルウェーは、極北における唯一のNATOではなくなる。それがもたらすものは好ましい影響だけであろう。
記事参照:Chief of Defence to HNN: Russian Military Activity is Unusually Low in the High North

8月20日「中国のスパイ船のスリランカへの寄港はインド政府にジレンマをもたらしている―インド専門家論説」(Ocean Research Foundation, August 20, 2022)

 8月20日付のOcean Research Foundation (ORF)のウエブサイトは、インド海軍の元士官でORFの海洋政策策定の中心となっている上席研究員Abhijit Singh の“China’s ‘spy ship’ poses a dilemma for New Delhi”と題する論説を掲載し、ここでSinghはインド政府が中国の衛星追跡船のスリランカ寄港を国際法上合法とされる科学的調査活動として認めるか、国家安全保障上問題のある行為としてこれを認めず沿岸国の特別な権利として退去勧告などの措置を講ずるかというジレンマに陥っているが、いずれにしてもインドは早急に行動を起こさなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国の衛星追跡船のスリランカへの寄港はインド政府に不安を引き起こしている。2022年8月、インド外務省の報道官が中国の衛星追跡船「遠望5」の寄港を「注意深く監視」していると述べた時、インド政府には、スリランカがインドの安全保障上の利益を損なういかなる行動も採らないであろうと確信している一般的な空気があった。インド政府は、「遠望5」の情報収集能力について懸念を表明していた。しかし、インド政府のスリランカへの信頼は今や消え去った。スリランカ政府は、安全上の配慮を理由に中国の衛星追跡船のハンバントタ港への訪問を延期するよう中国政府に要請した数日後、決定を覆したのである。隠された詳しい理由はまだ不明であるが、スリランカ政府当局者は、寄港中の中国船は軍艦として分類されておらず、したがってスリランカの港に入ることが禁止される法令はないという中国側の議論に説得されたようである。「遠望5」は衛星追跡船であり、インドの「統一、一体性、安全保障」に直接的な脅威を与えるものではないけれども、少なくともある意味では1987年のインド・スリランカ合意に違反している。その合意では両国に相手に脅威を与える可能性のあるそれぞれの領土での外国の活動を防ぐよう求めているからである。
(2) スリランカ政府は、スリランカにとって重要な開発上の提携国である中国からの圧力に屈した可能性が高い。スリランカが中国の衛星追跡船の寄港を最初に拒否したことは中国政府を動揺させ、中国当局者が衛星追跡船の単なる「補給」と考えていることをスリランカ政府が拒否することは「無意味な試み」であると批判した。中国政府は「関係者」に、この寄港を中国の海洋科学調査という文脈の中で捉え「正常で合法的な海洋活動に干渉しない」よう促した。「遠望5」の寄港には2つの解釈があるようである。「関係者」とは、ベールに包まれた言い方でのインドのことを指している。1つは、公開性と透明性の時代において、海上での監視は合法的な活動であることを認めることである。一部のインドの分析者が指摘しているように、同盟国軍も敵対する国の軍も定期的にアジア沿海域において衛星による監視を行っており、地域諸国は自国の海域での外国が実施する監視の状況を追跡している。インド政府にとって、中国が99年間ハンバントタ港を保有し、中国が適切と思われる方法で非軍事的な活動にその港を使用する権利があるということは現実でもある。
(3) しかし、「遠望5」の寄港は中国の発展していくインド洋戦略という文脈でも見ることができる。それは、中国がインド洋地域を物理的に支配するのではなく、戦略的任務を可能にする環境を作っていくことである。中国がインド洋で海軍力を発揮することはほぼないであろう。中国の取り組みは本質的に準軍事的な展開を漸進的に拡大させていくとこを通じて、沿海域の利害関係者を拡大することを目的としている。ベンガル湾とアンダマン海では、中国は軍艦ではなく調査船を派遣し、この地域における存在感を示す方法を採っている。中国政府の作戦は、インドや他のベンガル湾諸国に、中国の活動が中国の世界における重要性の高まりと一致していることを示すことである。それは、作戦上の理由によって必要とされない限り、外国の港に軍艦を配備することはしないであろうと地域諸国を安心させようとしてきた。
(4) しかし、中国は西太平洋とインド洋の両方において常にその限界に挑んでいる。南シナ海では、中国は海上民兵を使用して、中国の主権上の利益に反すると見なされるあらゆる活動を脅かしている。インド洋における中国の政策は中国の戦術的空間を拡大し、宇宙空間における中国の権利と利益を主張する漸進的かつ容赦のない侵略である。この取り組みは必ずしも地域的な大国であるインドにとって脅威ではないが、中国と競争する者の能力を否応無しに弱体化させようとするものである。本質的に悪意に満ちていなくても、中国の戦略は他国の利益を損なう形で現れている。スリランカにおける中国の活動が合法であるかどうかの尺度は、中国の行動がスリランカの戦略専門家にとって受け入れられるかどうかである。ここで、大多数の見解は、中国の衛星追跡船のスリランカへの寄港は問題があると示唆しているようである。スリランカの専門家によると中国の目標は、中国の戦略的重要性を示すためにスリランカの債務を活用することである。中国は、「ハンバントタ港を軍民両用にしており」、これはすべてスリランカにおける中国の戦略的活動を可能にする環境を作り出すためであると主張している。
(5) インド政府の懸念は「遠望5」がスパイ船である可能性があるということだけではない。インドの安全保障当局者は、中国が同船の寄港を運用上の利点を理由にして、中国艦艇が将来、リランカへ展開するためのある種の先例として利用することを懸念している。すでに中国海軍はインド洋地域(IOR)に補給基地を積極的に探している。パキスタンのグワダルに「軍民両用」の施設を建設した中国は、ケニア、カンボジア、セイシェル、モーリシャスにも同様の施設を建設する計画があると伝えられている。インドの専門家達は、これらの施設の建設はインド洋において安全保障と経済の提供者としての中国の地位を確立するためのより大きな計画の一部であると疑っている。
(6) 「遠望5」の寄港は、インド政府にとって、より大きな倫理的ジレンマを提起している。それは、この件が科学的調査という原則的な事項を実施すると公言しているという理由だけで沿海域において疑わしいと思われる外国の活動を許してよいのか、中国が沿岸国の安全保障上の懸念を越えて、国家が科学的調査実施の権利を行使するという特権を認めるという一連の国際的なルールを利用して勝手に活動することを許してよいのかというジレンマである。本質的に、インドは法律で要求されていること、及び法律上妥当とされていることを行うか、インド近傍の海域で特別な権利を要求するかのどちらかを選択しなければならない。特に今回は、国際法がインドの国家安全保障を危険にさらす可能性のある外国の活動を完全に規定していない状況にある。(インドが中国の衛星追跡船のスリランカ寄港を国際法上合法とされる科学的調査活動として認めるか、国家安全保障上問題のある行為としてこれを認めず沿岸国の特別な権利として退去・移動などの勧告の措置を講ずるかというジレンマに直面している:訳者注)。簡単な答えのない危険な問題であるがインドは早急に行動しなければならない。この問題の対応に関し、時間的要素は極めて重要である。
記事参照:China’s ‘spy ship’ poses a dilemma for New Delhi

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1)PUSHING BACK AGAINST CHINA’S NEW NORMAL IN THE TAIWAN STRAIT
https://warontherocks.com/2022/08/pushing-back-against-chinas-new-normal-in-the-taiwan-strait/
War on the Rocks, August 16, 2022
By Bonny Lin is director of the China Power Project and senior fellow for Asian security at the Center for Strategic and International Studies. 
Joel Wuthnow is a senior research fellow in the Center for the Study of Chinese Military Affairs at the National Defense University and an adjunct professor in the Security Studies Program at Georgetown University.
 2022年8月16日、米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのBonny Lin上席研究員と米National Defense UniversityのJoel Wuthnow上席研究員は、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rocksに" PUSHING BACK AGAINST CHINA’S NEW NORMAL IN THE TAIWAN STRAIT "と題する論説を寄稿した。その中でLinとWuthnowは、Nancy Pelosi米下院議長の台湾訪問に対する北京の反応を、単なる感情的な過剰反応として見なすことはワシントンにとって致命的な間違いとなるだろうと冒頭で指摘した上で、中国の軍事的な反応は米国と台湾の間にくさびを打ち込むことには失敗したかもしれないが、①台湾近傍での中国の攻撃的な軍事行動を常態化させる、②中国国内に将来のより強力な対応への期待を持たせる、②人民解放軍に軍事的な経験を提供するといった複数の観点から言えば、台湾の安全保障を損ないかねない現実的な危険性となったと評している。さらにLinとWuthnowは、今後の重要な課題は中国が台湾に対してより攻撃的な姿勢をとることをいかにして防ぐかということであり、米国と台湾は中国の軍事演習と実際の攻撃準備を区別できる指標を特定し、戦略的な警告への取り組みを改善すべきであると主張している。

(2)AN ALLIANCE DIVISION OF LABOR IN EAST ASIA
https://warontherocks.com/2022/08/an-alliance-division-of-labor-in-east-asia/
War on the Rocks, August 18, 2022
By Takuya Matsuda holds a Ph.D. in war studies from King’s College London where his research focused on alliance politics. 
Jaehan Park is a postdoctoral scholar at the Edwin O. Reischauer Center for East Asian Studies at the Johns Hopkins School of Advanced International Studies and a non-resident Hans J. Morgenthau Fellow at the Notre Dame International Security Center
 2022年8月18日、同盟政策を専門とし英King’s College Londonで博士号を取得したTakuya MatsudaとJohns Hopkins School of Advanced International Studies の博士研究員Jaehan Parkは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" AN ALLIANCE DIVISION OF LABOR IN EAST ASIA "と題する論説を寄稿した。その中でMatsudaとParkは、米政府の指導者たちは、中国の挑戦に対応するためには、同盟に根ざしたインド太平洋の戦略が重要であることを理解しているにも関わらず、東アジアではそのような戦略の構築が遅れているように見えるがこれはなぜなのだろうかと話題を切り出した上で、2年前、我々は日本と韓国との安全保障協力が進まない根本的な理由は、両国の地政学的な方向性の違いにあると主張したが、近年、韓国の新大統領の誕生などにより状況は大きく変化しており、米国・日本・韓国の3ヵ国安全保障協力の絶好の機会が訪れていると指摘している。そしてMatsudaとParkは、太平洋の両岸の政策立案者は、この機会を捉えて課題を克服し、この地域における米国の同盟国間の安全保障上の結びつきをより緊密にするためにも、同盟を分業として概念化することで、同盟国の各国が防衛協力に貢献できる分野などを特定することができるだろうと主張している。

(3)China, Indonesia, and Malaysia: Waltzing Around Oil Rigs
https://thediplomat.com/2022/08/china-indonesia-and-malaysia-waltzing-around-oil-rigs/
The Diplomat, August 18, 2022
By Emirza Adi Syailendra, a Ph.D. candidate at the Strategic and Defence Study Center at the Australian National University, and an associate research fellow at the Indonesia Programme of the S. Rajaratnam School of International Studies (RSIS), Nanyang Technological University (NTU), Singapore
 8月18日、Australian National University博士課程院生で、シンガポールNanyang Technological University のThe S. Rajaratnam School of International Studies研究助手Emirza Adi Syailendraは、デジタル誌The Diplomatに“China, Indonesia, and Malaysia: Waltzing Around Oil Rigs”と題する論説を寄稿した。その中で、①近年、マレーシアとインドネシアは、中国海警の船艇による南シナ海の係争地域への度重なる侵入に直面しているが、その強引な行動を黙認している。②マレーシア海軍とインドネシア海軍は、中国の侵入に対して、自国の海域に侵入した海警船と対峙して退去させるのではなく、「追尾(shadowing)」によって対応することを選択している。③両国は、中国の自己主張は先行したものではなく、反動的なものと考えており、中国との経済的利益を得るための関係を深めるには、中国政府がそれぞれ合意できる越えてはならない一線内で反感を示す権利を与えられるべきと考えている。④「追尾(shadowing)」の慣習は、中国の海警の船艇が前進するとき、両海軍は後退し、その逆もまた然りである、⑤インドネシアDepartment of Defenceの戦略局長は最近、「先に事態を拡大するな」と述べており、誰もが自制しているため、「事態を拡大しない」という原則によって、海警の船艇は両海軍と対決することはない。⑥マレーシア政府やインドネシア政府は、中国政府が挑発されたときだけ事態を拡大しており、フィリピンの中国に対する法律戦をやってはいけない事例として引き合いに出している。⑦中国政府を刺激したり、西側諸国を紛争に介入させたりすることは、事態を拡大する危険性があるとし、この考え方は、中国の行動は反動的なものであるという計算から生じている。⑧もし中国政府が、両国が定めた越えてはならない一線を越えたら、国際社会が自分たちを支援してくれると確信している。⑨両国は、中国政府が過去数十年にわたり多大な投資をしてきたこの2国との関係を軽々しく損なうことはないと判断している。⑩要するに、マレーシア政府とインドネシア政府は、中国政府に対応する際、彼らが得をする領域にいると考えている限り、より抑制的な取り組みを採り続けるといった主張を述べている。