海洋安全保障情報旬報 2022年7月21日-7月31日

Contents

7月21日「空母はもはや時代遅れなのか?―米安全保障専門家論説」(19FortyFive, July 21, 2022)

 7月21日付の米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトは、米Patterson Schoolで教鞭をとるRobert Farley博士による“The Aircraft Carrier Question: Obsolete Or Not?”と題する論説を掲載し、そこでFarleyは各国が今なお空母を求める理由について、要旨以下のように述べている。
(1) 長らく、空母はもはや時代遅れだと言われ続けてきたが、それならばなぜ多くの国々が空母を建造・購入し続けるのか。たとえば、中国人民解放軍海軍は現在3隻目の空部を建造中である。またここ10年間で英国は2隻の空母を就役させ、日本もヘリコプター搭載護衛艦を改修し、戦闘機を運用できるようにした。インドも空母を調達・建造し、韓国にも建造計画があるようである。
(2) 空母は敵に見つかりやすく、ミサイルの標的になりやすいと言われる。にもかかわらずなぜ各国海軍はそれを求めるのか。大きく2つの理由があると考えられる。第1に、空母がなお軍事的に有用であるという考え方がある。空母は移動式飛行場であり、それは、動かない施設などよりは生存可能性は高い。そして、高烈度の戦闘には耐えられないかもしれないが、それ以外の軍事作戦では効果的である。また、米国の第5世代戦闘機F-35Bは、小型空母からも行動可能な戦闘機であるため、空母に大きな機会を与えている。
(3) 第2の理由は、それが持つ威信にある。軍事的有用性とも関連するが、米国の大型空母は世界各地を寄港するときに、「ショウ・ザ・フラッグ(show the Flag)」という役割を果たしている。中国海軍も間違いなく空母の存在を誇示している。ロシアも老朽化した空母をシリアに派遣したが、その目的は、ただそこに派遣するということだけであった。米国や英国などの大国にとって、空母はその国の軍事力やその世界的な展開を示すためのものであり、中国やインドにとっては大国の地位を誇示するものである。こうした威信は、今なお国家建設の重要な一部である。
(4) すべての国が空母に魅せられているわけではない。ロシアは今後、海軍航空をめぐる争いから離脱する可能性がありそうである。またブラジル海軍はヘリコプター搭載艦を保有してはいるものの、空母「サンパウロ」の復旧に失敗している。この両国は、空母の建造・購入・維持にかかる費用は、それがもたらす軍事的有用性と威信に対して高価すぎると考えているようだ。しかしそれ以外の多くの国は空母を求め続けているのは事実である。1945年以降、空母は早晩消滅すると予想してきた専門家は戸惑っていることだろう。
記事参照:The Aircraft Carrier Question: Obsolete Or Not?

7月23日「中国が南沙諸島に海難救助隊と海洋管理の要員を常駐配備―香港紙報道」(South China Morning Post, July 23, 2022)

 7月23日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“South China Sea: Chinese permanent rescue and maritime offices stationed on disputed Spratly Islands”と題する記事を掲載し、中国が、海難救助隊と海洋管理の要員を、新たに南沙諸島に常駐配備したとして、要旨以下のように報じている。
(1) 北京は、係争中の南シナ海の人工島に常設の救助隊と海洋管理組織を配置した。中国中央電視台は、南沙諸島にある中国の3大人工島、ファイアリー・クロス礁、スビ礁、ミスチーフ礁に、新たに飛行隊と海上救難や海洋管理のための要員が常駐配備されると報じた。通常、救難船は(中国本土の基地に)待機し、(要請を受けて)派遣されるため(救助に向かえる範囲に限界があるが)、南沙諸島に常駐の救難船、救難管理要員の配備が制度下されることにより、南シナ海の南部地域を対象とする捜索救難体制が大幅に改善される可能性がある。以前から南シナ海における捜索・救難能力の向上が求められてきた。たとえば、大連海事大学の史春林教授の2018年の論文のように、「係争海域における実質的な(中国の武装力量の)展開」の強化に役立ち、「南シナ海問題に対する中国の優位性を高める」といった主張が存在する。中国政府は、南シナ海の全面的な主権を主張している。しかし、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、ベトナム及び台湾は、この島々の一部又は全てに関して対立する主張を行っている。中国交通運輸部が新設した南シナ海第2飛行隊は南沙諸島に配備され、これまでに本土や海南島の基地から飛行していた航空機が行っていた救助活動を担うことになる。他の主権主張国より遅れて救助現場に到着することは、「中国の地位にそぐわない」と史春林教授言う。
(2) 広大な南シナ海は、毎年10万隻以上の船舶が航行している。北京の公式データによると、南シナ海の救難部隊は過去10年間で1,721人の救助に成功した。救助を必要とする船は、国際海事機関(以下、IMOと言う)か、直接現地の近隣の海事管理機関に、遭難信号を送ることができる。中国南海研究院の陳相秒研究員によると、南沙諸島に中国の新しい事務所ができたことで、通信や緊急対応が改善される可能性もあるという。
(3) しかし、この区域での捜索・救助活動は、人道的な任務であるだけでなく、中国を含6ヵ国の対立する主権主張国による重複した領土設定のために、政治的な複雑さも伴う。捜索・救難活動は、領土問題とは無関係で、IMOはこの海域をいくつかの地域に分割して、周辺当局に割り当てており、非主権主張国のシンガポールでさえも含まれている。事実、南沙諸島区域の一部はシンガポールの捜索・救難地域に分類される。
(4) 陳相秒は、このような活動は、常に多大な労力が必要であり、1ヵ国や2ヵ国では実施できないため、中国政府はASEANと、南シナ海全体の地域捜索・救難協力の基盤の構築について協議中であると語っている。
記事参照:South China Sea: Chinese permanent rescue and maritime offices stationed on disputed Spratly Islands

7月23日「中国の対外軍事援助はそれほど大規模ではない―米中国対外政策研究者論説」(The Diplomat, July 23, 2022)

 7月23日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクRAND Corporation政策研究員Nathan Beauchamp-Mustafaga の“China’s Military Aid Is Probably Less Than You Think”と題する論説を掲載し、そこでBeauchamp-Mustafagaは、同シンクタンクが最近公開した報告書に言及し、近年の中国による対外軍事援助の規模がどの程度であったかについて、要旨以下のとおり述べた。
(1) ウクライナ戦争における西側諸国による対ウクライナ軍事援助は、それが、米国による幅広い安全保障協力にとって重要な一部であることを示している。これに対し、中国が友好国を勝たせるために大規模な軍事支援を行うかもしれない、と考える人がいるかもしれない。しかしこの考えは今のところ適切ではない。
(2) 米シンクタンクRAND Corporationが、米国、中国、ロシアによる安全保障協力のあり方を検討した新たな報告書を公開した。それは、この点に関して「(安全保障協力の分野における競争で)米国とその同盟国がかなりの程度有利な立場にいる」と結論づけた。この報告書の一部としてわれわれは、中国による軍事援助に関する包括的調査を行った。以下、調査結果の概要である。
(3) 調査対象期間は2013年から18年である。この報告書における「軍事援助」の定義は、他国に対する軍事装備の無償供与であり、売却や無償貸与は含まれない。また、実際の無償供与だけでなく、無償供与の約束も含んでいる。その定義に従うと、2013年から18年にかけて、中国による軍事援助総額は5.6億ドルにのぼった。これは米国による総額350億ドルに比べたらかなり小規模であろう。中国の総額はロシアの半分程度である。端的に言えば、軍事援助の分野に関して中国は世界の指導的立場にはない。18年以降の動向についても観察を続けているが、この傾向に変化は見られない。
(4) この期間の中国による軍事援助の最大の受入国はカンボジアであった。2016年には1億ドルの無償供与が約束されている。同様にアフリカ連合にも、2015年に1億ドルの援助が約束されているが、これは習近平が国連で発表したものであった。カンボジアに対する援助の目的は、カンボジア政府への影響力の維持であり、アフリカ連合に対しては中国のソフトパワー構築を目的としたものと考えられる。
(5) なおこの期間、中国は唯一の同盟国である北朝鮮に対しては援助を提供しなかったようである。また、中国の兵器購入国リストの上位にくるパキスタン、バングラデシュ、アルジェリアなどにも、援助は提供していない。ウクライナ戦争に関連したロシアからの援助要請についてはまだよくわかっていないが、中国は断ったようである。中国がロシアを支援するとしても、無償援助はほぼあり得ないだろう。ロシアにはエネルギー資源など見返りとなりうるものを豊富に有しているためである。
(6) 以上、中国の軍事援助の金額について明らかにしたが、いくつか留保事項がある。第1に、こうした金額については中国が公開したものではない。中国政府が軍事援助について公に認めることはめったになく、こうした金額は受入国政府による発表に基づくものである。したがって、上記金額は実際よりも小さい可能性がある。第2に、上記金額には無償供与の約束も含まれているということである。実際に無償供与が行われるかどうかははっきりしていない。たとえば、軍事援助ではないが、中国は2016年にフィリピンに対する240億ドルもの経済援助の提案をしたが、それは実現していない。最後に、中国の軍事援助の把握について、これが最初の包括的試みであるため、研究にはまだ改善の余地がある。
(7) いくつか、解決されるべき問題がある。最も重要なこととして、Biden政権がロシアや中国との戦略的競合を重視するならば、「テロとの戦争」にさかのぼる米国の関与は再検討の余地があるだろう。また米国は、軍事援助に関して同盟国などとの連携をもっとうまくやれるはずである。そして、軍事援助は戦闘能力に関するものだけに限定する必要もない。むしろアジアの多くの国は、海洋状況把握を改善のための装備などの援助を歓迎するはずである。
記事参照:China’s Military Aid Is Probably Less Than You Think

7月25日「CNOは相互運用性だけでなく、外国軍隊との相互互換性も追求する―米安全保障専門ウエブサイト報道」(Defense One, July 25, 2022)

 7月25日付の米安全保障専門ウエブサイトDefense Oneは、“CNO Seeks Not Just Interoperability But Interchangeability With Foreign Militaries”と題する記事を掲載し、そこでRIMPACの視察を行った米海軍作戦部長は各国海軍に相互運用性だけでなく相互互換性を重視していると語ったとして、要旨以下のように報じている。
(1) 太平洋で行動中の米空母「アブラハム・リンカーン」に乗艦した米海軍作戦部長(以下、CNOと言う)Mike Gilday海軍大将は、連合作戦の新たな基準として相互運用性(interoperability)だけでなく相互互換性(interchangeability)を設定した。その鍵の1つは、各々の艦艇や海軍に何ができるのか、そしてそれをどのように評価できるのかを正確に理解することである。CNOが2022年7月のハワイ沖での環太平洋演習(以下、RIMPACと言う)で艦艇から艦艇へ移動し、彼は各海軍の司令官、艦長に彼らが指揮する部隊に対してすべての国から即事に意見をどのように求めるかと尋ねた。CNOは「言い換えれば私が興味を持っているのは、各艦がどの国から来ていても強点と弱点が何であるかについて、何を維持する必要があるか、そして何に取り組む必要があるかについて、自分自身に正直であることである」とDefense Oneに語っている。そして、彼は「私は同盟国や提携国との相互互換性という言葉をよく使う。なぜならそれが、私が彼らに目指してほしいことだからである。そして、私が言いたいのは、同盟国または提携国が彼らの艦艇を米国の艦艇と同じように運用上の役割を果たさせることができるということである」と述べている。彼は「この演習は、26ヵ国の海軍が集まるという想像される以上のものでなければならない。我々もここで学んでいるはずだ。これが私の大きな焦点であり、これはポチョムキン村(Catherine II((エカテリーナ2世))のクリミア行幸に際し、実態を覆い隠すためにPotyomkin((グレゴリー・ポチョムキン))が建設した村という逸話に由来し、この場合、「見せかけ」という意味で使われている:訳者注)の演習ではない。それは本当に意味がある」と語っている。
(2) CNOは、RIMPAC参加国が初めて実施したもののいくつかについて強調した。それは、韓国海軍の指揮官が水陸両用機動部隊の指揮を執ったことであり、オーストラリア海軍の指揮官が演習の後方支援の指揮を執ったこと、無人艦艇・航空機の統合である。CNOは「これは彼らが相互運用性の基準をより高く設定しており、単なる見世物ではないことを示すものである」と述べている。何名かの国防関係の指導者は過去数ヵ月間のウクライナでの戦争から生まれた教訓を強調したにもかかわらず、RIMPACの指揮官たちは、計画立案者が2022年2月までに新しい着想を導入しなかったこともあって、この演習にはウクライナ戦争からの特定の戦術的教訓は組み込まれていないと述べている。CNOは「RINPACが発信する意図は特に中国に向けられたものではなく、中国よりも広く、志を同じくする国々をまとめる力を見たいとする世界中の人に向けられている」と述べている。
(3) 200日近い配備に就いた後、(RIMPACに参加した)空母「アブラハム・リンカーン」をCNOは初めて訪れた。「アブラハム・リンカーン」艦長Amy Bauernschmidt大佐は「演習中、空母は主に防空用に航空機を提供してきた」と語っており、第3空母打撃群司令官Jeffrey Anderson少将は、空母のRIMPAC任務部隊は、海上安全保障、シー・コントロール、対潜戦、対空戦などの戦闘の基本に取り組んでおり「演習の最終段階ですべてをまとめる準備をしている」と述べている。空母「アブラハム・リンカーン」には空母に配備された海兵隊F-35C戦闘機の最初の飛行隊も搭載されている。空母艦長と空母打撃群司令官は、第5世代航空機は「情勢を一変させるもの」であり、特にデータを収集して部隊に配布する飛行機の能力はそうであると述べている。空母打撃群司令官は「我々は空母航空部隊の中でどのようにF-35Cを運用し、また維持するかについてまだ学んでいる最中である。今回はF-35Cの2回目の配備に過ぎず、我々はまだそれらの教訓のいくつかを学んでいるところである。しかし、航空機の機能の統合に関しては、本当にすばらしいものがある」と述べている。
(4) CNOは各艦の艦長たちと話をしながら、「アブラハム・リンカーン」がU.S. 7th Fleetの指揮下にあった時、中国の対応がどうであったか、特に姉妹艦「カール・ビンソン」と空母2隻態勢で運用された時はどうであったかを尋ねていた。Bauernschmidt艦長は、U.S. 7th Fleetの指揮下にあるほとんどの期間、中国の艦艇は空母を追尾していたが、その海域にある人民解放軍海軍の艦艇に典型的な海軍らしい行動していたと述べている。Anderson空母打撃群司令官は、中国海軍艦艇の配備は空母打撃群が国の指導者が使用する「主要な柔軟な対応の選択肢であり続ける」ことを思い出させる役割を果たしたと述べている。彼は「我々は展開を通じて、中国にも北朝鮮、ロシアにも反応し、対抗し、抑止しているのを確認した」と述べている。
(5) CNOはまた、水兵と会って彼らの関心事を聞き、格納甲板で行われた受賞式及び再任様式に表彰式に立ち会った。受賞したのは、同空母乗り組みの看護師Dana Flieger少佐で、彼女は2022年7月17日にペルーのコルベット「ギーゼ」の機関室火災で重症のやけどを負った2人の乗組員への救護活動の功績によるものであった
(6) CNOは、空母「リンカーン」から海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」に向かった。彼は、RIMPACの人道支援と災害救助の分野における彼らの活動と事前訓練について説明を受けた。(海上自衛隊の)指揮官たちはまた、F-35Bを運用するために「いずも」とその姉妹艦である護衛艦「かが」を改造する努力についてもCNOに語っている。2021年10月、米海兵隊のパイロットが「いずも」に初めてのF-35B着艦と発艦を行った。改造には飛行甲板の 35mの延伸が含まれている。CNOは「いずも」の司令部、艦橋、格納庫を見学し、乗員について尋ねた。演習共同任務部隊の副指揮官である平田利幸海将補は、海上自衛隊は次のRIMPACにおいて「相互互換性を促進するためにより深く運用上で関与するであろう」と考えていると述べている。
記事参照:CNO Seeks Not Just Interoperability But Interchangeability With Foreign Militaries

7月26日「インドはセーシェル諸島に再び軍事基地を作ろうとするのか?―セ-シェル専門家論説」(The Diplomat, July 26, 2022)

 7月26日付けのデジタル紙The Diplomatは、University of Seychelles のJames R. Mancham Peace and Diplomacy Research Institute名誉教授Dennis Hardyの“Will India Try Again for a Military Base in Seychelles?” と題する論説を掲載し、Dennis Hardyはインドが中国のマダガスカル軍事基地建設計画との情報に対応するため、セーシェル諸島のアサンプション島での基地建設に向け、再度セーシェル政府に圧力をかけてくる可能性があると指摘し、セーシェル政府はインドの基地建設を容認することの利得と対価を冷徹に計算しなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) かつてインドがアサンプション島に基地を確保しようとした際は、セーシェルから拒絶された。中国が台頭してきた今、インド政府はセ-シェル共和国に新たな提案をするのだろうか。中国がマダガスカルに基地建設を検討しているというニュースは、インドがこれまでセーシェルの離島であるアサンプション島に独自基地を持てていないことに疑問を投げかけている。もし中国が計画を進めるなら、インドにはどのような選択肢があるのだろうか。
(2) 中国とインドには、インド洋南西部での軍事的影響力を強化したいという共通の願望がある。アジアの大国として競合する両国は、モザンビーク海峡の戦略的重要性に関心を示している。アフリカ南端周辺の大西洋を往来する船舶は、マダガスカル島とアフリカ南東部の海岸線の間を航路としている。この海峡は、通航量が多く、何らかの理由で欧米への近道であるスエズ運河が閉ざされた場合の代替航路にもなっている。
(3) パキスタンに新しい港湾施設を持ち、またインド洋への陸路も持つ中国には、マラッカ海峡が寸断された場合にも、このルートが交通維持の手段となる。
(4) このような事態を想定し、この地域で勢力を増したいインドは、過去10年間、アサンプション島に基地を置く努力を重ねてきた。セーシェルの首都から約1,100km、モザンビーク海峡のすぐ北に位置する島である。当初は、他国海軍も利用できる給油・軽修理施設程度の要望で、セーシェルの沿岸警備隊が周辺海域をパトロールする際にも役立つという利点もあった。しかし、500人規模の駐屯地と関連施設をインドに提供するとの計画が明らかになると、セーシェルでは民衆の強い反発が起こった。この基地建設はセーシェル共和国の主権の喪失を意味し、アジアの2大国間の紛争に巻き込まれる懸念があることから、話は進展しなかった。しかし、まだ正式に撤回された訳ではない。インドがモーリシャスのアガレガ島に注目したとき、セーシェルの話は立ち消えになったと思われていた。しかし、同じ海域に中国が関心を高めている今、インドの提案を退けたのはセーシェルにとって早計であったと言わざるを得ない。
(5) 中国が、インド洋南西部の軍事情勢と北西部のジブチの基地との釣り合いをとるために、この海域に軍事基地を建設しようとしていることは以前から報道されていた。タンザニア沿岸、コモロ諸島、マダガスカル北部など、さまざまな候補地があるが、マダガスカルの可能性が高いと考えられている。2021年、中国はマダガスカルに初めて駐在武官を任命し、その後もさまざまな誘致を行った。それ以前から中国はこの大きな島国に多額の投資を行っており、マダガスカルの資源、特に貴重なレアアース鉱物の供給に特別な関心を持っている。
(6) もし、中国がマダガスカルに軍事基地を建設するとしたら、インドはどうなるのだろうか。アガレガ島はモザンビーク海峡から遠いという欠点があることから、今後、インドがセーシェルに圧力をかけ、その決定を撤回させる可能性は高い。この小さな島国はインフラ投資を必要としており、それがインドにとって強力な交渉材料になるかもしれないが、セーシェルも強い交渉力を持つようになった。インドは、このような戦略的に重要な領域で中国を野放しにすることはないだろう。
(7) インドとセーシェルでは「ダビデとゴリアテ」の対決にも似ているが、この小さな島国は交渉において強い立場にある。この先、厳しい交渉が待ち受けているかもしれない。セ-シェルにとっての利益が支払う対価を上回るのかどうかが問題で、政治家はその計算をする必要がある。まもなく着任する在セーシェル・インド高等弁務官を含め外交官たちは、その仕事をしなければならないであろう。
記事参照:Will India Try Again for a Military Base in Seychelles?

7月26日「海軍の戦争準備のための新計画は艦船の購入と変革である―米専門家論説」(19FortyFive, July 26, 2022)

 7月26日付、米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトは、U.S. Naval War College教授James Holmesの” Buy More Ships And Renovate The Culture: The Navy’s New Plan To Prepare For War”と題する論説を掲載し、ここでHolmesは米海軍作戦部長(CNO)の発表した「Navigation Plan」は確かな指針を与えてくれるものとして、その特筆すべき点と疑問点を、要旨以下のように述べている。
(1) 米海軍作戦部長(以下CNOと言う)Mike Gilday大将は、2022年に向けた最新の「Navigation Plan」を発表した。この「Navigation Plan」は、「国家防衛戦略」や「暫定国家安全保障戦略」の下で「Triservice Maritime Strategy (2020):海洋3軍種の海洋戦略(2020年)」をどのように実行するかを、Gildayが海軍に対して示したものである。以下、「Navigation Plan」の特筆すべき点と疑問点をいくつか紹介する。
(2) 「Navigation Plan」は、「統合抑止力」という概念を多用している。統合抑止力とは、同盟国、友好国、提携国と協力して、中国やロシアが採っているような誤った行動を阻止するために米政府全体のあらゆる手段を用いることとされている。そうであれば、これまで米国はバラバラに抑止力を追求してきたことになる。抑止力とは、米国には侵略を打ち負かす、あるいは罰する能力があり、それを実行する意志があることを潜在的な敵対者に対して印象づけることである。これは広く戦略的な努力であり、軍事だけではない。抑止力は常に統合されるべきであり、これまでもそうであったはずである。Gilday が示した海軍の抑止力への貢献は、海中にある核抑止(戦略核ミサイル搭載原子力潜水艦を第2撃力として運用することによる抑止を指す:訳者注)や通常の戦闘に勝てる艦隊・海兵隊などよく知られたものである。Gildayは、「我が海軍は、即応体制にあり、信頼性の高い戦闘力を有し、信頼できる艦隊を前方に展開し、作戦を展開しなければならない」と主張している。米政府が米海軍を他国海軍とどのように連携させようとしているかは、まだ分からないとはいえ、統合抑止力とは、古いワインを新しいボトルに入れ、あまり魅力のない新しいラベルを貼ったようなものである。
(3) 第2に、長年の研究により、我々の能力には受け入れ難いばらつきがあることが判明した。それは「最高の能力をもつものと最低の能力をもつものの間の差が大き過ぎる」ことである。しかし、「Navigation Plan」は、能力と適応を混同しているようで、「最も速く適応し、学習し、改善する海軍が永続的な優位性を得る」と述べている。つまり、定常的な能力は、最大の心配事ではないようである。Gilday は、変化を管理する領域で、海軍の平均的な能力を向上させたいと考えている。そして、それこそが、激動の時代に海上兵力がどのように身を処しているかを評価する適切な方法なのかもしれない。武力衝突が始まったならば、その初頭は、どちら側の軍にとっても物事がうまくいくことはめったにない。戦場の厳しさに対応できる戦力を完全に準備することは不可能なのである。しかし、自己啓発に熱心で熟練している方が、無気力な敵に対して有利になるのは確かである。人は目標を達成するための刺激に反応する。そのため、それを指導者がどのように与えて導き、さらに、どれだけ厳格に適用するかが、今後の軍の改革を左右することになる。
(4) 第3に、Gildayは具体的な数字を提示している。海軍の高官らは将来の艦艇数の見積もりについて、あちこちで異なる数字を出している。今年だけでも316、327、367、373、500と様々である。しかし、「Navigation Plan」から判断すると、2040年代以降、艦隊は350隻以上の有人艦艇、約150隻の大型無人水上艦艇もしくは潜水艦、そして約3,000機の航空機が必要としている。また予算について、大規模な艦隊は納税者の負担になると述べつつも、「海軍は、艦隊の近代化と能力向上を同時に進めるために、インフレ率を上回る3~5%の持続的な予算増を必要とする。そうでなければ、戦力構造の維持よりも近代化を優先させることになる」としている。つまり海軍は、大きいが保守整備が行き届かない兵力より、小さくても保守整備が行き届く兵力を重視するべきことを迫られている。これは、1970年代の空洞化した海軍の教訓である。具体的な数字が決まった以上、海軍首脳部にはそれを守ってもらいたい。
(5) 第4に、「Navigation Plan」は将来の艦隊設計をめぐって米海軍と海兵隊の指導者の間に異論が残っていることをほのめかしている。この文書では、艦種ごとに望ましい保有数が示されている。水陸両用戦に供する艦艇については、大型の揚陸艦31隻を目標に掲げており、これは両軍の合意した数字である。しかし、海兵隊が 望んでいる35隻の軽水陸両用艦の将来保有数は 18 隻に留まっており、これは作戦上も戦略上も大きな格差である。海兵隊の遠征型前進基地作戦という構想は、ミサイルを装備した海兵隊沿海域連隊を中国(あるいは敵)の裏庭の島から島へ移動させるための軽水陸両用艦の大量取得を前提にしている。連隊は島から島へと偵察等の任務をこなしながら、敵の艦船や航空機を攻撃する。海軍は、海兵隊に十分な輸送手段を提供しないことで、海兵隊の将来の活動を制限しているように思える。海兵隊を構成する艦艇の数や艦種について、指導者たちは意見の相違を調整する必要がある。
記事参照:Buy More Ships And Renovate The Culture: The Navy’s New Plan To Prepare For War

7月26日「空母航空戦力は分散海洋作戦に不可欠である―米専門家論説」(19FortyFive, July 26, 2022)

 7月26日付の米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトは、米国家安全保障コンサルタント会社 The Ferry Bridge Group LLC マネージング・ディレクターBryan McGrathの” Carrier Air Power Is Essential To Distributed Maritime Operations”と題する論説を掲載し、ここでMcGrathは攻撃型原子力空母とその航空団を適切な運用状況に置かずに、分散海洋作戦について話し続けることは、将来の海軍航空部隊の運用に必要な資源だけでなく、構想自体の成功も危うくするとして、要旨以下のように述べている。
(1) 海軍は、艦隊の将来の作戦を「分散海洋作戦(Distributed Maritime Operations)」(以下、DMOという)と呼ばれる構想によるとしている。この構想は機密であり、機密にならない要約版は公表されていないが、さまざまな報道から、戦力の地理的分散、長距離・高エネルギー兵器、持続的センサー、作戦上の欺瞞などが、この構想の主要な実現要素であることが明らかになってきている。具体的な内容が公表されないことは、敵対勢力に気づかれないという利点がある一方で、誤解や論理の誤りを引き起こす可能性がある。
(2) こうした誤りの1 つに、DMOは海軍力の地理的配分を優遇しているように見えるため、海軍力の集中は重要とされていない、あるいは無関係という結論に達することが挙げられる。この主張は、大型の攻撃型原子力空母(以下、CVNという)の時代は過ぎ去ったと考える専門家と共鳴する。なぜならば、CVNは海軍兵器の中で最も集中した戦闘力の一例であるように見えるからである。この見解は、海軍の戦闘遂行能力における空母航空戦力の中心性と、空母航空戦力がどの程度分散を可能にするものであるかを誤って理解している。
(3) 海軍が、戦闘力を広範囲に分散させたいと考えていることに疑問の余地はない。海軍は、水上戦の中から生まれた分散打撃力という思想を基に、個々の部隊の打撃力を高め、それらの部隊を広大な海域に分散・ネットワーク化することによって、潜在的な敵に作戦上のジレンマを作り出すことを意図してきた。これにより、敵はより多くの艦艇、航空機に対して貴重な情報・監視・偵察・標的(ISRT)システムを対応させることになる。さらに、より多くの米海軍部隊を現実的な脅威にさらすために、敵は多くの兵器を全体に割り当てることになるので、1 つの交戦場面に利用できる理論上の兵器数が希薄になる。つまり、作戦上の優位性を得るということは、強力な戦力を保有し、これを異方向から同時に攻撃できるよう分散し、ネットワーク化することなのである。
(4) 西太平洋の現実的な戦争計画では、攻撃型潜水艦が敵の水上艦艇群を淘汰し、航空団を搭載した複数の空母打撃群と強力な護衛戦闘機が攻撃的・防御的な兵器を使用することになる。空母が、膨大な戦闘力を集中させていることは議論の余地がない。しかし、これは空母の運用方法ではない(陸上飛行場の定義そのものではある)。複数のCVNは継続的に配置され、空母が1日24時間、30ノットで行動するとすれば半径720海里、作戦可能海域は日毎に160万平方海里以上の円形に達する。この速度とそれに伴う範囲は、分散と作戦の本質であり、敵に複数の変化する戦力姿勢と攻撃経路を提示し、敵に防御を計画させることになる。
(5) CVNの機動性は、空母航空兵力の分散的価値の一部に過ぎない。海軍航空の指導者たちは、将来の空母航空団について説得力のある展望を示した。それは、有人と無人の航空機を統合し、空母から離れた場所で、現在を大幅に上回る範囲で作戦を行うというものである。長距離の有人および無人の航空機で使用される新世代の長距離兵器を艦載機と一緒に戦術状況に応じて分散または集中できる単一の空中「戦闘システム」として運用する。これにより、爆撃の効果を必要な範囲内に集中させることができ、広い地域に点在する陸上や海上の多数の目標に対処することも可能となる。
(6) 空母が80年にわたり米国の海軍力の中心であったことは、しばしば海軍の革新への抵抗と想像力の欠如を示す証拠として引き合いに出される。これは、アメリカの造船会社がどのように空母の設計と建造を革新してきたかを誤解している点でも、空母の中で想像力と革新が最も重要な場所、すなわち航空団についても誤解されている点でも、残念なことである。空母の航空団は、長距離核攻撃、対潜水艦戦、外洋戦闘機作戦、洋上戦、打撃戦、そして現在は有人機・無人機のチーム編成など、常に変化する脅威を満たすために発展してきた。海軍は、西太平洋の機動空間を活用する独自の能力を正しく主張するため、最大の資本投資である CVN に組み込まれた分散的性質を、この構想にもっと強力に結びつける必要がある。CVNとその航空団を適切な運用状況に置かずに、DMOについて話し続けることは、将来の海軍航空部隊の運用に必要な資源だけでなく、構想自体の成功も危うくする。
記事参照:Carrier Air Power Is Essential To Distributed Maritime Operations

CNO Releases Navigation Plan 2022

https://www.navy.mil/Press-Office/Press-Releases/display-pressreleases/Article/3105576/cno-releases-navigation-plan-2022/
U.S. Navy Press Office, July 26, 2022

 7月26日付でU.S. Navy Press Officeは、米海軍作戦部長Mike Gilday大将が7月26日にNavigation Plan 2022を公表したと発表し、作戦部長はNavigation Plan 2021で優先事項として取り上げられた水兵、即応性、能力、規模をさらに推し進めるとともに、特に各級指揮官に対し「本物たれ、より良くあれ(Get Real, Get Better)」を求め、Navigation Plan 2022は戦力を設計するうえで必須の6項目、行動距離の拡大、欺瞞の活用、防衛力の強化、分散配備の拡大、補給の確保、意思決定の優位の生成を強調しているとして、以下のように説明している。Navigation Plan 2022の要旨は添付のとおりである。
(1) 米海軍作戦部長Mike Gilday大将は7月26日、Navigation Plan 2022を発表した。Navigation Plan 2022はNavigation Plan 2021を基に作成されており、米海軍を如何に構築し、維持し、訓練し、戦略的提携強化のため抜きん出た海軍の部隊を装備し、紛争を抑止し、必要とあれば戦争に勝利するかを概説したものである。
(2) 「海は米経済、国家安全保障、生活様式の源泉である。・・・海軍は海洋における米国の優越を加速することを付託されており、我々の成功はこのNavigation Planをチームワークをもって実践することにかかっている」と作戦部長は言う。Navigation Plan 2022は、2022年版国防戦略などを含む最新の戦略的指針と海軍の未来像を整合させるものである。海軍は、統合抑止の強化、前方展開による作戦、永続的な戦闘遂行における優位の構築に関して独特の立ち位置にいる。Navigation Plan 2022はまた、海軍の学ぶ文化を強化する艦隊全体にわたる運動を突き動かし、戦闘における優位を促進する枠組みを推進することによって努力の方向を支援している。
(3) Navigation Plan 2021は水兵、即応性、能力、規模に重点を置き、世界に目を向けた兵力をもって、信頼性のある戦闘力を有し、日々に集中した提携を維持する海軍を創出しなければならないと海軍作戦部長は強調した。Navigation Plan 2022は「本物たれ、より良くあれ(Get Real, Get Better)」を行動に移すことを繰り返し求めており、学習と継続的な改善の文化を創造するために指揮官が一貫して自己を評価し、自らを正していく必要を思い起こさせている。
(4) Navigation Plan 2022は戦力を設計するうえで必須の6項目を提起している。ますます対立する海洋における戦闘力への信頼性の維持、行動距離の拡大、欺瞞の活用、防衛力の強化、分散配備の拡大、補給の確保、意思決定の優位の生成である。これら6項目は米海軍の基本的作戦構想である分散海上作戦を可能にする。我々は米国とその同盟国の安全と繁栄を維持する即応性と前方態勢を維持するので、米海軍力を近代化に向けて断固として動かなければならない。海軍は近代化努力に集中し、この重要な10年、さらにその先においても我々の優勢を維持するのに必要とされる能力を促進するために戦力設計の過程をより継続的に、繰り返し適用しつつある」と作戦部長は述べている。
(5) Navigation Plan 2022はNavigation Plan 2021を更新するものであり、海軍計画目標覚書(Navy’s Program Objective Memorandum)や他の年次予算文書に対する年次指針を特徴付けるものとなろう。
(6) 「シーパワーは我が国を築き上げ、何世代にもわたって強力な海軍は世界の安全と繁栄を支える法に基づく秩序を保障してきた。この10年間に行う我々の決定と投資は今世紀の残りの期間における海洋における勢力の均衡を形作るだろう。我々は成功以外のものを受け入れることはない」とGilday作戦部長は言う。

Navigation Plan 2022

 (1) なぜNavigation Planを更新するのか?
Navigation Plan2021は4つの基本優先事項に対する海軍の努力に焦点を当てている。即応性、能力、規模、水兵である。Navigation Plan2022はこの基本の上に構築されており、米海軍の戦闘力の優越をされに強化する過程をてこ入れするものである。3つの主要な事象がNavigation Plan 2022を牽引している。
a.第1に2022年版国防戦略は米国の国家安全保障の目的を明確にしており、中国との長期にわたる対立への対応とロシアに対する軍事的優越の維持を強調している。また、U.S. Department of Defenseとそれを支援する各省庁の統合原則として統合抑止を導入した。
b.第2に、全米軍にわたって相互に補完し合う能力と任務を連携させる統合戦闘構想が展開されている。
c.第3に、海軍は、この重要な10年、さらにその先においても我々の優勢を維持するのに必要とされる能力を促進するために近代化努力に焦点を当てた継続的で繰り返し実施される戦力設計の過程が必要であること認識している。
Navigation Plan 2022はまた、海軍の学ぶ文化を強化する艦隊全体にわたる運動を突き動かし、戦闘における優位を促進する枠組みを推進することによって努力の方向を支援している。大切なことは、反対するよりも評価し、修正し、革新を行う文化を育成することである。これが卓越した文化を促進し、この重要な10年に戦闘力の優越を加速することを目的として行動を求める「本物たれ、より良くあれ(Get Real, Get Better)」の神髄である。NAVPLAN 2021で、海軍は即応性、能力、規模、水兵という優先事項の枠組みを構築した。NAVPLAN 2022は、NAVPLAN 実行枠組みであり、組織化された努力の集中を示すものである。究極的に、我々はもっとも能力の高い部隊をナンバー艦隊(U.S. 7th Fleetのように艦隊名に数字が付されている米海軍の主力艦隊)に配置しなければならない。U.S. Marine Corps及び U.S. Coast Guardとともにナンバー艦隊はあらゆる領域に対応できる海軍力として対立、紛争、危機において統合軍に提供される。米国の同盟国、提携国は、米海軍部隊が共同海上戦力を構成する現場の提携相手と認識している。Navigation Plan 2022は、海洋における米国の優位を強化するために海軍長官の戦略指針、海洋3軍種の海洋戦略を実践する海軍の持続可能な行動方針を構想するものである。
(2) 緒言
米国は世界に跨がる利益を有する世界の指導者であり続ける。米国中の家庭もビジネスも海洋を渡ってくる資源や商品を安定して流通の恩恵を受けている。現代の経済はインターネットに依存している。そのインターネットは海底光ファイバーケーブルに依存している。将来を見たとき、米国の経済、安全保障は制限されない海上貿易、妨げられない市場の利用、自由で開かれた法に基づく秩序に依存し続けるだろう。今日、この世代で初めて、我々は自由で開かれた秩序を破壊しようとする戦略的対立者に直面している。中国は、米国に挑戦するため全ての領域で軍事力を建設しつつある。中国の攻撃的な行動は、米国の利益に脅威を及ぼし、同盟あるいは提携を弱体化させ、法に基づく秩序の価値を低下させるものである。ロシアはウクライナに侵攻し、冷戦後のヨーロッパにおける平和を粉々にし、ヨーロッパさらにはその以遠の地域における新たな安全保障上の問題を惹起しつつある。一方、世界は新たな戦闘の時代に入っており、艦隊の規模だけではなく技術、構想、提携相手、システムの統合が紛争時の勝利を決定する。建国以来、平時、戦時、そしてその間の全ての挑戦を通じ、米海軍は米国の経済的か津料を守り、影響力を維持し、同盟国と提携国を支援し、必要があれば戦闘に勝利するよう怠りなく見張ってきた。これからは重要な10年である。米国の利益に脅威を及ぼす世界的な挑戦者が台頭しており、米国は海洋の支配を維持しなければならない。米海軍は、海上交通路を啓かれた自由な状態に維持し、紛争を抑止し、求められれば戦争の決定的勝利を収めるために信頼できる戦闘力を有する支配的な海軍力を構築し、維持し、訓練し、装備するだろう。
(3) 安全保障環境
今日、米海軍は破壊力と複雑さが急速に増してきた戦闘空間で行動している。米海軍は世界中で問題に直面しているが、それらは3つの重要な潮流に起因している。
・特に中国の急速な軍事力の拡大により、信頼できる軍事的抑止の崩壊
・国際的な法に基づく秩序を弱体化させる中国及びロシアのますます攻撃的になる行動
・加速する技術上の変革と情報環境の拡大する影響
決定的な海軍力は、(中国、ロシア、気候変動などの)安全保障環境において極めて重要である。米国は影響力をめぐる対立で屈することはできない。これは独特の海軍の任務である。前方展開し、国力の全ての要素と統合された信頼できる戦闘力を有する米海軍は、我が国でもっとも強力で、柔軟性に富み、用途の広い軍事的影響力の手段である。米国は統合抑止を通じて安全保障環境に対応するため、米海軍は前方に展開し、即応体制にあり、能力が高く、信頼できる戦闘力を有する艦隊をもって作戦しなければならない。
(4) 米海軍の対応
a.統合抑止の強化
統合抑止は2022年版国防戦略の要石である。この構想は、我々の同盟国、提携国、そして米政府全体と連携し、統合軍の組み合わされた能力を活用し、米国の死活的国益に対する侵略の対価を法外なものにするものである。統合抑止の究極の備えは、安全で信頼性のある戦略核抑止である。海軍は、米国の核の3本柱の中でもっとも残存性の高い柱を維持し、運用しており、米国の核保有量の約70%を占めている。前方展開し、信頼性のある戦闘力を有する通常戦略の部隊は統合抑止をさらに強化する。情報戦、特殊戦を用い、全ての領域から発射される兵器の発射母体である海軍部隊は、紛争の全ての範囲において侵略を抑止し、外交を支援し、米国の国益を防護するため世界中に展開している。米海岸から遠く離れて行動する米海軍部隊は、米本土防衛の第1線を構築し、米本土に脅威を及ぼすため海洋を利用しようとする潜在的な敵を阻止する。この役割を完全に果たすことのできる他の国力要素はない。海洋を支配し、陸上、海上いずれからも兵力の投射できる海軍の能力は、幾世代にもわたり米国の国防と経済の活力を支えてきた。将来の統合抑止の中核である。海軍・海兵隊は、陸軍、空軍、宇宙軍、同盟国、提携国と協同/共同し、敵の目標をはね除け、敵軍を撃破し、戦争の終結を強制するために一貫して前方に配備されている。海軍部隊は、統合戦闘構想(Joint Warfighting Concept)、分散海上作戦(Distributed Maritime Operations)、スタンド・イン・フォース(Stand-In Forces:敵、特に中国のミサイル、航空機、海軍の兵器の攻撃可能範囲内で戦う部隊)、機動展開前進基地作戦(Expeditionary Advanced Basing Operations)、対立する環境下における沿海域作戦(Littoral Operations in a Contested Environment)といった戦闘構想における前方展開を維持し、紛争において勝利し、米国にとって好ましい機関で敵対行動を終了するために利用するだろう。
b.前方での作戦
海軍部隊は所定の位置で米国に戦略的優位、影響力、柔軟性、独立した海外基地の利用を提供する。米海軍の前方展開の態勢は、危機への対応、グレーゾーン行動の抑制、安全で安定した海洋秩序の維持に対応する米国の能力を保証するものである。米国の同盟と提携は主要な戦略的優位であり続けている。毎日実施される同盟国、提携国との共同訓練等の活動は、戦略的提携、相互運用性の増進、情報の共有、抗堪性の幅、統合後方支援を強化している。共同作業を通じ、我々は潜在的な敵に対し統一戦線を示すことで紛争を阻止し、統合抑止を強化する能力を高める。海軍はまた、我々の敵がグレーゾーン行動によって漸進的に目的を達成しようと悪意のある影響力を発揮することに対抗する独自の装備を備えている。多くのグレーゾーン行動は国際公共財、特に海洋領域とサイバー空間において行われる。グレーゾーン行動に対する最良の方策は持続的な状況把握、情報の効果的な活用、シーパワーの迅速な適用によって正体を明かさずにグレーゾーン行動を行う敵を何者であるか明らかにすることである。海軍は、悪意のある行動に異議を唱え、暴露し、プロパガンダの有効性を低下させ、国際的な抵抗を刺激する。
c.持続性のある戦闘における優位の構築
海洋における優位を維持するため、米国はより大規模で、より能力のある海軍が必要である。同等の力を持つ対立者、破壊的な技術の出現に直面し、米海軍は将来の部隊をより迅速に発展させ、配備する必要がある。米海軍は信頼性のある戦闘力でなければならない。それは敵と戦う場合に、継続的に監視されている戦場において破壊の効果をもたらす能力によって測られる。
(5) 部隊の組成を構想するに当たっての必須の事項
米海軍には戦闘構想を用い、信頼性のある抑止を維持する上で必要な将来の能力について優先順位がある。我々が、将来の部隊を構想するに当たってこれらの能力を包括的な戦力設計に当たっての必須の6項目にまとめることができる。
a.距離の拡大:全ての領域からあらゆる艦艇、航空機から発射可能な自隊の残存性を高めると同時に敵の目標を打撃することを可能にするができる全ての領域からあらゆる艦艇、航空機から発射可能な遠達性のある長射程精密火力。
b.欺瞞の利用:隠密性、潜伏と機動、電波、音波の発射管制、電子戦を含む欺瞞措置は、敵の監視の効用を低下させ、敵が受ける不確実性を増大させ、海軍部隊が戦場において効果的に行動することができる
c.防御の強化:ハード・キル、ソフト・キルと合わせて指向性エネルギーを統合することは敵の攻撃を破砕し、敵から照準された海軍部隊の残存性を維持する。
d.分散の拡大:水上艦艇、航空部隊、潜水艦部隊、海兵隊等全ての領域で地理的に分散した部隊は複数の攻撃軸から敵に脅威を及ぼすことができる。
e.補給の確保:工場と艦隊を繋ぐ抗堪性のある後方支援は、安全な支援線と情報技術によって再給油、再装備、再補給、修理し、分散配備された部隊の最末端まで再活性化することができる。
f.意思決定の優位の創出:海軍部隊は、安全で残存性がある意思決定サイクル加速し、サイバー抗堪性のある情報網、正確なデータ人工知能によってより良く敵を探知し、意思決定し、敵と戦うことになる。
これら6つの必須の要件が海軍の基本的作戦構想を可能にする
(6) 戦力設計2045
戦力設計は、急速に進展する戦略的環境において海軍の国防への関与に適合するため適切な構想、能力、情報システム、ネットワークと組み合わせる艦艇、航空機の型式を規定する。この構想は、図上演習、分析、進展する技術への開発研究を含む海軍全体の組織的学習海軍の活用する長期の戦略的展望で艦艇建造30年計画及び兵力組成評価を補完する。中国との戦略的対立は最近の、そして長期の問題である。2045年における戦力設計に焦点を当てることは今後10年間に海軍がしなければならない重要な意思決定と投資を知ることができる。U.S. Department of Defenseの内外で行われている過去そして現在の脅威分析は、より能力があり、大規模な海軍が必要であると強調している。海軍は米国が将来必要とする信頼性のある戦闘力を有する海上部隊の維持を確実にする持続可能な道筋を設定しなければならない。
海軍の戦力設計は国防戦略及び統合戦闘構想の優先事項を支援するためより大規模で、より能力があり、より分散している艦隊に移行することを強調している。
・海軍は、核による戦略的攻撃及び通常戦力による戦略的攻撃を抑止するため、海中からの確証核抑止力をもって本国を防衛しなければならない。
・海軍は同盟国、提携国に対する侵略を抑止し、統合部隊に必須の部分として対地兵力投射ができなければならない。
距離、欺瞞、防衛、分散、意思決定の優位の戦力設計の必須事項を統合部隊に効果的に組み込み、全ての領域にわたって効果を行き渡らせ、紛争時に敵部隊を撃破する。これを達成するために、海軍は有人及び無人艦艇からなる混成艦隊にならなければならない。この将来の艦隊は、確証戦略的抑止、より大規模な海中能力、大型艦艇と小型で近代的艦艇の混成、分散した海軍部隊を維持する抗堪性の高い後方支援を提供する。この混成艦隊は、急速に力を対等なまでに拡大する対立者との対立、危機、紛争において即応できる選択肢をもって統合部隊を支援するだろう。2040年代、さらにそれ以降に我々は、この混成艦隊は350隻の有人艦艇、約150隻の無人水上艦艇及び無人水中機、約3,000機の航空機を必要とすると考えている。
(7) Navigation Plan 優先事項
海軍の独特の役割と責任はより大規模で、より即応性があり、より能力が高く、より破壊力のあることを要求している。今日、明日、そして将来、そのような艦隊を配備するために我々は4つの優先事項に焦点を当て続ける。即応性、能力、規模、そして我々の水兵である。
・紛争を抑止し、米国の安全と繁栄を下支えする自由で開かれたシステムを守るため信頼できる戦闘力を有する部隊を維持するため即応性を優先する。
・戦争を確実に抑止し、必要があれば紛争に勝利する能力を近代化する。戦闘の場面で無力であったり、明らかに脆弱な艦艇、航空機であったりするのは、将来の戦闘に不適である。
・許容範囲の危険性の中で戦闘において敵に優越するために費用対効果の高い規模(の海軍)をもたらし、無人技術、作戦構想、予備役の戦略的に十分の兵力によって強化する。
・如何なる潜在的な敵よりも優れた思考をおこない、意思を決定し、戦うことのできる訓練され、強靱で、教育を受けた水兵に投資する。
艦隊の近代化と規模の拡大を同時に行うため、海軍は実際のインフレ率を上回る3-5%の海軍予算の持続的な伸びを求めていく。これに届かない場合、部隊の兵力組成の維持よりも近代化を優先する。
(8) Navigation Plan優先事項の達成
a.「本物であれ、より良くあれ」
「本物であれ」は、海軍の指導者達に厳しく自己評価を行い、正直で、謙虚にそして自らの能力と限界について公明正大であり、データ、事実、様々な入力を使用して自らの信じるところに挑戦し、好奇心を持って、問題の発見と修復することを誇りとして欠点を認めることを求めている。
b.「より良くあれ」は、海軍の指導者達に慎重に自らを正し、小さな問題点をそれが大きくなってシステム全体の問題となる前に発見、修復し、根本原因を修復し、より多く仕事をするよりより良い結果に移行するために重要な問題解決の手段を適用して最良の実践を行い、責任の所在を明確にし、目標達成のために協力し、迅速に進歩の障害となるものを識別、除去し、もし必要であれば問題を上位者にあげることが求められている。
(9) Navigation Plan実行枠組み
a.即応性
b.能力
c.規模
d.水兵
(10) 結言
シーパワーが我々の国を築き上げてきた。何世代にもわたって、強力な海軍は世界中で米国の影響力を確保し、米国民の経済的機会を拡大し、世界の安全と繁栄を支える法に基づく秩序を保障してきた。今日、この安全と繁栄が脅威にさらされている。米海軍は、選択される提携者、模範とされ、信頼される提携者、敵対者を確実に抑止する能力を有する提携者としての立場を受け入れている。米国と園同盟国の安全と繁栄を保持する即応体制の維持と前方に展開する体制持続させると同時に海軍力の近代化を断固として実施しなければならない。能力の高い水上艦船、潜水艦、航空機はそれらを維持する経費と同様、国力にとって高価な手段であることは間違いない。しかし、即応体制にある強力な海軍がなければ、値札ははるかに高いものになることを歴史は示している。近代化され、能力が高く、統合され、水上、航空、海中の戦力がますます混成された艦隊を配備することによって、我々は日々次々と生起する対立、危機、紛争に対処するだろう。これは重要な航海である。海軍は米国の海洋における優越を加速することを請け負っている。我々一人一人が重要な役割を担っており、我々の成功はこのNavigation Planをチームとして実行することにかかっている。我々はともに、米国が必要とする海軍力を提供しなければならない。
記事参照:CNO Releases Navigation Plan 2022

Navigation Plan 2022 Full Text
Chief of Naval Operations 
Navigation Plan 2022
https://media.defense.gov/2022/Jul/26/2003042389/-1/-1/1/NAVIGATION%20PLAN%202022_SIGNED.PDF

7月27日「台湾支援のために強い日本を支持すべし―米安全保障専門家論説」(Newsweek, July 27, 2022)

 7月27日付の米週刊誌Newsweekのウエブサイトは、Center for New American Securityで非常上席研究員Daniel Silverbergの“Want to Help Taiwan? Support a Muscular Japan | Opinion”と題する論説を掲載し、そこでSilverbergは日本は東アジアの安全のためには安倍晋三元首相が進めた外交方針を維持し、米国はそれを支持すべきだとして、要旨以下のとおり述べた。
(1) 7月初めに起きた安倍晋三元首相の暗殺事件は、米国でも注目された。しかし、その2日後に参議院選挙が滞りなく実施されたこともあり、そのニュースに対する衝撃はすぐに薄らいだ。安倍元首相を評価するのは難しい。彼はナショナリストであり、日本が「普通の国」になることを望んだ指導者であった。そうした彼の姿勢は、米国にしてみると好ましく映った。安倍は米国が中国の封じ込めのために提携相手を必要としていること、日本がそれに足る存在であることを理解していた。日本の指導者たちは今後、こうした安倍の国際主義を維持し続ける必要がある。
(2) 第1に、米国は今後もヨーロッパのエネルギー需要を満たすために、日本が自国のエネルギー安全保障を犠牲にしてほしいと考えている。2022年2月、日本政府はホワイトハウスの強い勧めで、日本に送るはずだった液化天然ガスをヨーロッパへと送らせる決定を下した。エネルギー価格が高騰し、インフレも進むなか、日本は通常よりもはるかに少ないガス備蓄で耐えなければならないだろう。米国やヨーロッパはそう望んでいる。
(3) 第2に、日本は中国の膨張主義への抵抗の試みにおいて決定的に重要な存在である。2022年6月のG7で、Biden大統領はグローバル・インフラ投資パートナーシップ(以下、PGIIと言う)を打ち出した。これは中国の一帯一路構想に対抗するための資源を共同管理する多国間協調枠組みであり、一帯一路よりも高い透明性と優位性を有する。この取り組みにおいて、日本の経済力はきわめて重要な役割を果たすだろう。また、中国が多くのレアメタルなどの加工や供給を支配するなかで、日本の経済力は、そうした金属のサプライチェーンを多様化させるために重要な役割を果たすはずである。
(4) 第3に、中国への対抗のために日本の軍事力も有用である。米国はこの地域に、日本ほどの軍事力を有する提携国を持たない。すでに現時点で、台湾防衛のために日本の海上自衛隊が頼れる存在あることがわかっている。また中国の違法漁業に対処するためにも日本は重要である。
(5) 以上の点について、日本による全面的な協力を当然視することはできない。日本国民はなお平和志向であり、地政学的な勢力として自国を前面に押し出すことに慎重である。米国は安倍元首相のような積極的な取り組みを必要としており、米国は日本の努力に対して感謝を示し続けるべきである。また、PGIIに関する国際会議などを開催するとして、そこで日本を応分の地位に据えるなどのやり方も必要だろう。
(6) 米国は日本に多くのことを望んでいる。米国にとって政治的に困難なことは、日本にとってもそうである。そのなかで安倍は日米提携の重要性を打ち出した。日本の安定と米国との利益の共有は、米国の安全保障にとっての核心である。安倍の暗殺は嘆かわしいが、彼が日米関係強化に果たした役割を称えたい。
記事参照:Want to Help Taiwan? Support a Muscular Japan | Opinion

7月27日「中国の強引な南太平洋進出、見るべき成果なし―米専門家論説」(Foreign Policy.com, July 27, 2022)

 7月27日付の米ニュース誌Foreign Policyのウエブサイトは、米シンクタンクRAND Corporation上席防衛問題分析員Derek Grossmanの“China’s Pacific Push Is Backfiring”と題する論説を掲載し、ここでDerek Grossmanは中国の強引な南太平洋進出が裏目に出ているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国によって、太平洋諸島地域は第2次世界大戦以来、初めて大きな国際的注目を浴びることになった。3月の漏洩文書は、ソロモン諸島と秘密の安全保障協定を結ぶという中国政府の計画を明らかにした。この協定は、中国艦艇の定期的訪問とソロモン諸島の警察活動に対する訓練と支援の提供を認めている。米豪両国の説得にもかかわらず、ソロモン諸島のSogavare首相はこの協定に調印した。その後5月下旬に、中国の王毅外交部部長は中国政府を恒久的にこの地域に関与させることになる包括的な多国間開発・安全保障協定、「中国・太平洋島嶼国共通開発ビジョン」についての合意を勝ち取るため、10日間、8ヵ国の南太平洋島嶼諸国歴訪に乗り出したが、結局、太平洋島嶼国の外相は中国の提案を拒否し、王毅外交部部長は手ぶらで北京に戻ることになった。にもかかわらず、一連の出来事はこの地域の伝統的な大国――オーストラリア、ニュージーランドそして米国を困惑させた。
(2) しかしながら、より広い視点から見れば、中国は太平洋地域において、これら諸国に優越することはもちろんのこと、外交的、経済的及び軍事的均衡を目指す上でも大きな課題に直面している。たとえば、ソロモン諸島の事例が示しているように、秘密裏のやり方は中国のイメージを大きく傷つけた。北京は最初から透明性を保ち、この地域の主要な多国間組織「太平洋諸島フォーラム(以下、PIFと言う)」を通じて、ソロモン諸島政府と交渉すべきであった。太平洋地域では、特に地域全体に影響を与える可能性のある問題については、合意に基づく意思決定が極めて重要である。2000年の「ビケタワ宣言(Biketawa Declaration)」(キリバスで開催された第31 回PIFサミットで採択された、南太平洋地域の安全保障の枠組みを決めた宣言:訳者注)によれば、地域の危機は、「太平洋ファミリー(the “Pacific family”)」内、即ち、PIF加盟18ヵ国の間で調整され、解決されなければならないとされている。中国はまた、台湾との緊張関係のために、太平洋地域でも強い逆風に直面している。台湾政府は、世界で14ヵ国と公式外交関係を維持しており、その内、マーシャル諸島、ナウル、パラオ及びツバルの4ヵ国はPIF加盟国である。これら4ヵ国は、台湾との長い協力の歴史と、この地域に対する中国政府の計画に大きな疑念を抱いている。このため、台湾を強く支持している。中国政府は、台湾がオセアニア地域にプレゼンスを維持し続け、それを排除できないことに頭を悩ませてきた。
(3)Derek Grossmanが主導する研究チームが2019年にRAND Corporationから公表した報告書*では、マーシャル諸島とパラオに対して中国との国交に切り替えるよう、中国が経済力による飴と鞭を駆使してどのように説得しているかを詳述している。しかし今日まで、中国は成功しておらず、時にこうした構想は裏目に出ている。たとえば、パラオのWhipps Jr.大統領は、7月のPIF首脳会談での会見で、「我々が(中国に)伝えたいのは、我々には如何なる敵もおらず、したがって選択の必要はないということである。(中国が)パラオと関係を持ちたいのなら大歓迎だが、あなた方は我々に、台湾との関係が持てないなどと言うことはできない」と言明した。一方、ツバルは6月、中国が台湾の参加を妨害したため、国連海洋会議から撤退した。マーシャル諸島のKabua 大統領は3月に台北を訪問した際、マーシャル諸島と台湾の関係を「ユニークな同盟」と称賛し、「台湾は活気に満ちた平和に発展する国家の輝かしい実例である。今こそ、台湾が国際社会の平等な一員として正当な地位を占める時である」と語っており、ナウルも一貫して台湾を支持してきた。
(4) 中国が5月のPIF外相会議で「中国・太平洋島嶼国共通開発ビジョン」を持ち出したことも、疑念を呼び起こした。PIFのPuna事務局長は。中国の取り組みを鋭く非難し、「我々が何を望んでいるのか、何を必要としているのか、そして優先事項が何であるかを誰かが知っているとしたら、それは他の人ではなく、我々だけである」と語った。中国政府にとってのもう1つの課題は、PIFが中米間の大国間対立に巻き込まれることに無関心だということである。王毅外交部部長の歴訪中、フィジーのBainimarama首相は、「太平洋諸国は、力を背景とした超大国ではなく、真の提携国を必要としている」とツイートした。フィジーは、太平洋の伝統的なパワーセンターとされており、PIF本部も置かれていることから、首相のコメントには重みがある。
(5) しかし、こうした大国間対立に対する忌避感は、中国ほど米国を傷つけていない。実際、米国のHarris副大統領は、中国を含む全ての対話相手国を除外するという以前の決定にもかかわらず、7月のPIFサミットでオンライン演説を行うよう招請された。また、Biden政権が5月に中国の経済的影響力の増大に対抗するために、「インド太平洋経済枠組み」を発表した時、フィジーは直ちに参加の意向を表明した。中国にとっての問題は、米国が近隣の伝統的友好国オーストラリア及びニュージーランドと共に、依然として有力かつ歓迎される勢力であり続けていることから、北京がこの地域に割り込み、独自の影響力を構築することが困難であるということである。中国はまた、その「一帯一路構想(以下、BRIと言う)」が被援助国に返済不能な債務を生み出しているという西側の非難とも戦っている。事実、キリバス、マーシャル諸島、ミクロネシア、パプアニューギニア、サモア、トンガ及びツバルの7ヵ国が債務危機の危険性が高い。ソロモン諸島、バヌアツ及び東ティモールの3ヵ国は現在、中程度の危険性に直面している。中国政府が将来、太平洋地域で成功するためには、その大部分がBRI受入国となっているこれら諸国にとってBRIが安全で公正な選択肢であることを実証しなければならない。
(6) 確かに、中国政府の視点からすれば、いくつかの成功事例はある。キリバスは、ソロモン諸島に倣って、2019年に台湾と断交し、それ以来、中国との良好なパートナーシップを維持している。中国政府はカントン島の滑走路を改修しており、キリバス政府は観光用と主張しているが、ワシントンはハワイから約1,600マイル離れたこの滑走路が将来の空軍基地として利用されることを懸念している。さらに注目すべきは、キリバスが2021年11月に、世界最大の海洋保護区、「フェニックス諸島保護地域(PIPA)」の世界遺産登録を取り消したことである。前述の王毅外交部部長のキリバス訪問時、両国は秘密裏の漁業協定に署名し、中国にキリバスへの独占的利用を認めた可能性がある。もしこれが事実なら、中国政府に対する太平洋諸島住民の信頼を一層損なうことになろう。
(7) 中国政府のソロモン諸島とキリバスでの部分的な成功は、オーストラリア政府、ニュージーランド政府、そして米政府に警鐘を鳴らした。米国はこれまで太平洋島嶼国をほとんど無視してきたが、正しい軌道に戻す試みとして、Harris副大統領はPIFでのオンライン演説で、ソロモン諸島の米大使館再開に加えてキリバスとトンガに在外公館を開設し、PIFへの初めての特使を任命し、太平洋での資金提供に対する政権の要求を3倍に増し、平和部隊をこの地域に呼び戻し、フィジーにU.S. Agency for International Development(米国際開発庁)の使節団を再派遣し、そして太平洋諸島戦略を起草するといった政策を示した。Biden政権は6月、オーストラリア、日本、ニュージーランド及び英国を含む、「ブルーパシフィックにおけるパートナー(Partners in the Blue Pacific)」構想を発表した。オーストラリアも、この地域における中国の存在感の高まりを非常に深刻に受け止めている。そしてニュージーランドは最近まで、中国に対して政経分離による中道を目指そうとしてきたが、5月下旬に訪米したArdern首相は、Biden米大統領との共同声明で「米国とニュージーランドは、我々の価値や安全保障上の利益を共有しない国家による太平洋における持続的な軍事力の展開の確立が、地域の戦略的均衡を根本的に変え、両国に国家安全保障上の懸念をもたらすという懸念を共有している」とし、その姿勢を変えた。要するに、ソロモン諸島とキリバスでの顕著な例外を除き、中国政府が太平洋で影響力を広めることにほとんど成功していないのである。
記事参照:China’s Pacific Push Is Backfiring
備考*:この報告書は以下を参照
America's Pacific Island Allies: The Freely Associated States and Chinese Influence

7月29日「アジアの平和は『アジア的方法』では達成されない―シンガポール東南アジア研究者論説」(FULCRUM, July 29, 2022)

 7月29日付のシンガポールのシンクタンクThe ISEAS -Yusof Ishak Instituteが発行するウエブサイトFULCRUMは、同シンクタンク上席研究員Hoang Thi Haの“Building Peace in Asia: It’s Not the “Asian Way””と題する論説を掲載し、そこでHoangは、中国が最近打ち出している「アジア的方法」という言説について、その意図が南シナ海などの論争を国際法によって解決する道を妨げることにあるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国はここ10年、東南アジアに対して「アジア的方法(Asian way)」を訴え続けている。2022年7月11日のASEAN首脳会談で、王毅外交部部長は対決ではなく対話、ゼロサムゲームではなくウィンウィンなど「アジア的方法」において意見の相違を解決することを求めた。では、「アジア的方法」とは何を意味するのか。それは現実に存在するのか、それとも中国がつくりだした言説にすぎないのか。
(2) 中国の対外的声明において「アジア的方法」ということが言われるようになったのは、2013年頃、フィリピンが南シナ海問題で中国を仲裁裁判書に提訴したときのことである。このとき王毅は、「アジア的方法」では論争を法廷に持ち込む、すなわち対決するのではなく協議と対話によって解決してきたと強調したのである。しかし国際法の専門家はこうした解釈を否定する。この事例に見られるように、中国が「アジア的方法」を唱える時、東南アジアが国連海洋法条約に基づく論争解決システムに訴えないよう求めているのである。中国とASEANの間の南シナ海に関する行動規範(COC)の交渉は「協議」、「合意」、「対等」に基づいており、「アジア的価値」にふさわしいと中国政府は主張する。しかし、中国と東南アジア諸国が「対等」かどうかは疑問がある、中国は南シナ海で軍事力・準軍事力を行使して隣国を脅かしてきたためである。
(3) 中国は近年、「アジア的方法」の言説を先鋭化させてきたが、これはQUADやAUKUSなど、インド太平洋における米国の影響力の拡大に対抗するためである。中国の二元論的な見方では、「アジア的方法」は包摂的で、調和を好み、対話に基づく。他方、米国主導の少国間機構は排他的で対立を好み、冷戦的志向に基づくものである。しかし、逆もまた真なりである。つまり、アジアと西洋を対比させるような中国のやり方そのものが排他的なのである。2014年、習近平国家主席は、「アジアの人々がアジアの事柄を遂行し、問題を解決し、安全を守る」べきだと訴えた。こうした中国の狭量な地域主義は、あらゆる外部の勢力を包摂しうるASEANの開かれた地域主義の逆を行くものである。
(4) そもそも、アジアの人々が共有する価値観、「アジア的方法」など存在するのか。中国によれば、平和や相互理解、調和があたかもアジアに本質的な性質だとする。したがって、アジアの人々は本能的に平和愛好者であり、それに対して西洋人は戦争愛好者として描かれる。中国はこうした価値観をアジアに普遍的なもので、儒教から導き出された価値観だとする。儒教は、階級・上下関係を尊重することで社会的・政治的調和を達成しようという考え方である。しかし上下関係を重視するこの考え方は、原則として、今日の国家関係の基礎である主権平等の原則とは相容れない。後者において、調和は、国家の規模や強さに基づく序列ではなく、国際法の尊重を通じて達成されるべきものである。結局のところ中国が「アジア的方法」という時、それは「論争を棚上げ」し、「対話と協議を通じて合意を構築する」ことを目指しているのである。これが持続的な平和を提供するとは考えにくい。
(5) 「アジア的方法」の言説は徐々に東南アジアで支持されつつある。最近では、今年のアジア安全保障会議で、インドネシアの国防相が地域の地政学的不和を解決する方法としてそれを称揚した。確かに、意見の相違が紛争に発展するのを防ぐために対話を維持するのは重要である。しかし、それが法的手段の追求や抑止力の向上、最後の手段としての戦争など、自国を守るための様々な選択肢を排除するものであってはならない。実際に、歴史家が指摘するように中国の歴史は戦争と切り離すことができない。今日の中国が、自分たちの言う「アジア的方法」を本当に信じ、行動しているかは疑問である。
記事参照:Building Peace in Asia: It’s Not the “Asian Way”

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1)The Vietnamese Maritime Militia: Myths and Realities
https://www.rsis.edu.sg/rsis-publication/idss/ip22040-the-vietnamese-maritime-militia-myths-and-realities/#.Yt1H3HbP23A
IDSS Paper, RSIS, July 21, 2022
By NGUYEN Khac Giang is a PhD Candidate at Victoria University of Wellington, and a Research Fellow at the Viet Nam Center for Economic and Strategic Studies (VESS).
7月21日、ニュージーランドのVictoria University of Wellingtonの博士課程院生Nguyen Khac Giangは、シンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studiesのウエブサイトに、“The Vietnamese Maritime Militia: Myths and Realities”と題する論説を寄稿した。その中で、①2022年初め、中国共産党英字日刊紙チャイナデイリーはベトナムが武装した海上民兵を増強し、「対立」を目的に漁民に「大型民兵船」取得のための補助金を出していると非難した。②これに対して、ベトナムMinistry of Foreign Affaissは「事実ではない」と否定したが、ベトナムのメディアは2021年6月以降、沿岸地方に常設の海上民兵部隊を設置したと報告している。③ベトナムの海上民兵を悪者扱いすることは、南シナ海での中国の攻撃的な行動から目をそらすための、中国側の取り組みだと考えられる。④ベトナムの海上民兵は自衛のためのものであり、中国のグレーゾーン戦術への対抗策である。⑤ベトナムの海上民兵の防御的性質は、他の主権主張国と対立した記録がないことにも反映されており、ベトナムの排他的経済水域内で活動している点が、中国のものと異なる。⑥ベトナムの海上民兵の役割には、北京に対抗するだけではなく、ベトナム海域での外国人による違法、無報告、無規制漁業の規制と、捜索・救難活動がある。⑦ベトナムの海上民兵の能力は限られており、中国の海上民兵には敵わない。⑧ベトナムの海上民兵は2021年現在、漁民の中の約6,700人と考えられ、これらの「民兵」漁師は武器も支給されておらず、普段は漁業に従事している。⑨その漁船の大半は小型船でほとんどが木造であり、多くは装備が貧弱である。⑩海上民兵は、中国の海洋侵略に対する長期的な答えではなく、地域の統一的な対応なしには、中国の海上民兵を抑止することはできないため、ベトナムは、マレーシア、インドネシア、フィリピンの3ヵ国との間で、海洋紛争の解決に向けた交渉を加速させているといった主張を述べている。

(2)THE FUTURE OF CHINA’S COGNITIVE WARFARE: LESSONS FROM THE WAR
IN UKRAINE
https://warontherocks.com/2022/07/the-future-of-chinas-cognitive-warfare-lessons-from-the-war-in-ukraine/
War on the Rocks, July 22, 2022
By Colonel Koichiro Takagi(高木耕一郎1陸佐) is a visiting fellow of the Hudson Institute.
2022年7月22日、米保守系シンクタンクHudson Instituteの客員研究員高木耕一郎1等陸佐は、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" THE FUTURE OF CHINA’S COGNITIVE WARFARE: LESSONS FROM THE WAR IN UKRAINE "と題する論説を寄稿した。その中で高木1佐は、AI、脳科学、ソーシャルメディアなどのデジタルアプリケーションの発達により、人民解放軍の幹部や戦略家たちは、将来、敵の脳に影響を与え、人間の認知に直接影響を与えることが可能になり、そうすれば技術的あるいは情報的な手段によって、戦わずに敵を制圧できる可能性が生まれると主張していると指摘した上で、ではウクライナ戦争の教訓は、このテーマに対する中国の考え方を変え、将来起こりうる台湾侵略の計画を変えるだろうかと問題提起している。そして高木1佐は、西側の専門家は中国が台湾を征服するためにAIまたは他の非物理的な手段に依存すると仮定しないように注意すべきであるとし、中国の軍事理論家の間では敵の認知に影響を与えることは以前からよく議論されてきたが、欧米の論者が考えているような教訓をウクライナの抵抗から得ていないかもしれないからだと指摘している。

(3)Russian Nuclear Threats, Doctrine and Growing Capabilities
https://www.realcleardefense.com/articles/2022/07/28/russian_nuclear_threats_doctrine_and_growing_capabilities_844910.html
Real Clear Defense, July 28, 2022
By Dr. Mark B. Schneider, a Senior Analyst with the National Institute for Public Policy
2022年7月28日、米シンクタンクNational Institute for Public PolicyのMark B. Schneider上席分析員は、米国防関係ウエブサイトReal Clear Defenseに" Russian Nuclear Threats, Doctrine and Growing Capabilities "と題する論説を寄稿した。その中でSchneiderは、2021年11月以来、私たちは1~2週間ごとにロシアの高官からの発言から核戦争の脅威を耳にしており、実際、ウクライナでロシアが核兵器を使用する確率は、活発に議論されているとした上で、Biden政権は、第3次世界大戦のリスクを強調する一方で、抑止力を強化する方策を採らなかったため、ロシアの核戦争の脅威の影響を増大させたと評し、ウクライナに必要な兵器を提供しないか、あるいは、その使用を制限する保証をウクライナに要求することによって、ロシアの領土を聖域化することは、Putinの思うつぼであると指摘している。そしてSchneiderは、ロシアのミサイルには、信頼性、品質管理、精度などに大きな問題があるということを朗報だと捉える向きがあるが、実際には核兵器の威力は凄まじく精度の問題などはそれほど重要ではないと指摘し、こうした楽観的議論に警鐘を鳴らしている。