海洋安全保障情報旬報 2022年7月11日-7月20日

Contents

7月11日「NATOはインド太平洋への勢力の移行を認識せよ―オーストラリア対外政策専門家論説」(The Strategist, July 11, 2022)

 7月11日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、Australian Strategic Policy Instituteのジャーナリスト研究員Graeme Dobellの“NATO recognises global power shift to the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、そこでDobellは世界の勢力の中心がインド太平洋に移行しているとして、その背景について論じ、NATOがそこで大きな役割を果たすべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 国際的な勢力の均衡の中心は、ヨーロッパからインド太平洋に移行している。米国はこれまで大西洋国家として、そしてこれからは太平洋国家として決定的な役割を果たすことになるだろう。これは、脱西洋化の流れとも言える。
(2) グローバリゼーションの傾向はやや停滞気味ではあるが、それでも勢力の均衡におけるインド太平洋への移行の動きが留まることはないだろう。西洋は、勢力の均衡の中心を設定する役割に関してなお重要であるが、もはや支配的な立場にはない。2022年6月に実施されたNATO首脳会談は、ヨーロッパとアジアの安全保障のつながりを強調したが、それゆえにこの首脳会談にはオーストラリア、日本、ニュージーランド、韓国の首脳らも招待されたのであった。
(3) ロシアによるウクライナ侵攻はポスト冷戦時代の終わりを告げる出来事である。そして、現状を武力で一方的に変更しようという試みが東シナ海や南シナ海で進行中である。ウクライナは明日の東アジアであるという危機感をGraeme Dobellは持っている。中国はロシアのウクライナ侵攻を支持し、東アジアにおける秩序の変化を模索している。それに対応し、勢力の均衡を達成するために、ヨーロッパはインド太平洋に目を向ける必要がある。
(4) NATO首脳会談の共同声明は、中国を体系的な対決相手であると名指しした。実際、我々はサイバー、宇宙などにおける脅威、また新たなテクノロジーの悪意ある利用にも直面している。中国などの国々は、我々の利益と安全保障および価値に異議を唱え、法に基づく国際秩序を脅かそうとしている。英米の諜報機関も、中国との戦略的対立が今後何十年にもおよぶことになると予測している。
(5) 勢力の中心がアジアへと移りつつある傾向は、経済的に見れば何十年前から続いてきたものであった。すなわち、日本の高度経済成長や中国の改革開放経済以降の現象なのである。そして1997年6月30日に香港が変換されたときがその象徴的な転換点であった。そのちょうど500年前、Vasco da Gamaがポルトガルから喜望峰を経てインドに到達した。香港返還は、西洋による植民地支配の時代の象徴的な終結点であった。
(6) 西洋の時代の終焉について、オーストラリアの戦略家Coral Bellが2007年の著作で描いた。Coral Bellは1991年から2001年9月までを米国単極の時代としたが、その後、多極的な世界へと変容したと論じている。すなわち、米国、EU、中国、インド、日本、ロシアの巨人に加え、大国間の関係に影響を及ぼしうる多くの新興国が台頭し、「非西洋国に対する西洋の支配が終わった」のである。
(7) こうした多極的な世界のなかで、法と主権に基づく、勢力が調和したシステムが実現する可能性がある。しかし、規範と規範が衝突し、政府間の合意を得ることが困難になる世界が到来する可能性もある。ロシアのウクライナ侵攻は、規範の放棄を意味し、中国によるロシア支援は合意や協調の機会の放棄を意味する。こうした状況において、規範よりも勢力の均衡を追求しなければならない。そして、その中心はインド太平洋となるべきである。新たなグレート・ゲーム(チェスの盤面上の駒の動きになぞらえられた中央アジアをめぐる大英帝国とロシア帝国間の戦略的敵対関係を指す:訳者注)がインド太平洋で本格化し、そこでNATOは重要な役割を果たさねばならない。
記事参照:NATO recognises global power shift to the Indo-Pacific

7月11日「オーストラリアは気候変動対策に真剣に取り組むべき―オーストラリア国際関係研究者論説」(Asia Times, July 11, 2022)

 7月11日付の香港のデジタル紙Asia Times は、オーストラリアGriffith University研究員Wesley Morganの“Australia in a climate counter to China in the Pacific”と題する論説を掲載し、そこでMorganはオーストラリアが太平洋島嶼諸国の安全保障の提携国として関与したいのであれば、彼らの気候変動に対する大きな懸念に深刻に耳を傾けるべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリアのAnthony Albaneseは、同政権の野心的な気候変動対策が太平洋島嶼諸国との関係改善につながることを期待している。7月11日から14日にかけてフィジーで開催されているPacific Islands Forum(太平洋諸島フォーラム)にAlbanese首相は出席する予定である。これは2019年以降初めて対面での開催となる。
(2) 2019年のフォーラムでは、当時のオーストラリア首相Scott Morrisonが、気候変動対策に消極的な姿勢を見せた。その結果フィジーのFrank Bainimarama首相は、オーストラリアよりも中国との提携のほうが望ましいと述べている。その時期から米中の地理戦略的対立が激化し始め、そのことが2022年のフォーラムにも影を落としている。しかしながら、オーストラリアの懸念が中国にある一方、太平洋諸国が最も懸念しているのは気候変動問題である。したがって、太平洋諸国との安全保障提携国になりたいのであれば、この問題に焦点を当てる必要がある。
(3) 太平洋が米中対立の舞台になっている。力をつけた中国は外洋海軍に投資しつつ、太平洋諸国と新たな安全保障協定を締結し、海軍基地の確保を模索している。今年4月にソロモン諸島が中国と協定を結んだが、それが中国の軍事的展開や再補給を許可するものではないかと懸念されている。Penny Wongオーストラリア外相は、フォーラムでの議題設定に関して太平洋諸国の外相と会合をしたが、そこで安全保障の問題を扱いたいと考えている。一方、中国の王毅外交部部長は5月に太平洋の国々を歴訪し、地域全体との安全保障協定の締結を提案していた。それは退けられたが、王毅は太平洋諸島フォーラムの間に太平洋諸国の外相たちとの会合を提案していた。
(4) 他方、太平洋諸国にとっての最大の懸念は気候変動である。彼らにとってそれは戦争に近いほど深刻な脅威であり、米中間の緊張の高まりは二次的な問題である。オーストラリアの気候変動対策団体であるClimate Councilが最近発表した報告書によれば、太平洋諸国すべてが生き残るためには、2030年までに世界の温室効果ガス排出量は半減されなければならず、オーストラリアは特に2005年比で75%削減すべきだという。
(5) したがってオーストラリアの新たな気候変動対策は、太平洋諸国にとって好ましいこととして受け止められたが、彼らは慎重でもある。Albaneseは2030年までに43%の削減目標を掲げた。これは他の先進国の目標に近いが、上記75%からは遠いものであり、目標というよりは最低限の基準とすべきであろう。また新政権は国連気候サミットで太平洋諸国と共同主催国になることを望んでいるが、太平洋の国々が皆なそれを歓迎するとは限らない。太平洋諸国はオーストラリアには、化石燃料からの脱却や資金援助などの点でもっと多くのことを行ってほしいと考えている。Albaneseがこうした懸念に真剣に耳を傾けるのであれば、オーストラリアが太平洋の安全保障上の提携国になるべきだという同国の主張に説得力が増すであろう。
記事参照:Australia in a climate counter to China in the Pacific

7月13日「ロシア、イラン、インドにおける複合一貫輸送の台頭―イラン専門家論説」(The Jamestown Foundation, July 13, 2022)

 7月13日付の米シンクタンクThe Jamestown Fondationのウエブサイトは、イランの専門家Vali Kaleji博士の“The Rise of Multimodal Transportation Among Russia, Iran and India”と題する論説を掲載し、そこでKalejiはウクライナとの戦争とロシアによる欧州との交通の制限は国際南北輸送回廊において大きな動きを引き起こしており、ロシア政府は欧米による経済制裁がロシア経済に及ぼす悪影響を小さくすることを期待して、中央アジア、カスピ海、カフカスを経由する複合一貫輸送ルートを最大限に活用しようとしているとして、要旨以下のように述べている。
(1) ウクライナ戦争が5ヶ月目に突入し、イラン、ロシア、インドが2002年に国際南北輸送回廊(以下、INSTCと言う)に署名してから20年経った時、ロシアのアストラハン州にあり、イランが一部出資しているソリャンカ港のDariush Jamali港長は、ロシアからインドへの最初の貨物がINSTCを通過し、イラン経由で送られたと発表した。この貨物はアストラハン港(特にソリャンカ港の部分)(ロシア)、イランのバンダルアッバース港とチャバハール港、インドのナヴァシェバ港(インド)を結ぶ複合一貫輸送の経路を通過して行われた。
(2) その経路の中では、ソリャンカ港の部分の役割が重要であり、ソリャンカ港は2020年にダゲスタン共和国内でヴォルガ川に面する15の港の中で第1級の良港として分類されている。10年前からイランの海運会社Islamic Republic of Iran Shipping Linesはソリャンカ港の株の53%を購入している。イランの海上貿易の主要部分がアストラハン港のあるカスピ海に関係するため、ソリャンカ港は重要である。ただし、ごく一部の貿易はマハチカラ港でも行っている。アストラハン港に対するイランの関心は新しいものではなく、ソリャンカ港の株の53%の取得だけでなく、イランはアストラハンに総領事館とMir Business Bank の支店を持ち、モスクワとカザンの支店とともに、イランとロシア間の銀行業務と金融取引を促進する上で極めて重要である。また、1917年のロシア革命後に閉鎖されていたIran Trade Centerは2017年10月25日にアストラハンに開設された。さらに、近年、様々なイラン企業がアストラハンのロータス経済特区に投資している。
(3) したがって、ウクライナ戦争の状況を考えると、アストラハン港とソリャンカ港はイランとロシアの間の最も重要な通過地点の2つである。実際、この経路はロシアからイランまで、中央アジア、カスピ海、南カフカスを通る3つのルートを持つINSTCとの関連で考えられるべきである。戦争のためロシアから欧州への交通が制限されて以来、ロシア政府の3つの通過ルートすべてに対する関心は著しく高まっている。
(4) 中央アジアでは、道路と鉄道の経路がカザフスタンとトルクメニスタンを通じてロシアとイランを接続している。南カフカスでは、ロシアとジョージアの関係が断絶しているため、ロシアからアゼルバイジャンへのバクー・アスタラ高速道路を通る道路は、ロシアからイランへの最も重要な経路である。ロシアとアゼルバイジャンの鉄道網は、ラシュトからアスタラまでの164kmの区間が連接されていない。工事が終了するまで、この区間の貨物輸送は一旦、トラックに移し替えられ、その後再び列車に戻されなければならない。ロシアが南北回廊を強く必要としているため、イランとロシアの間でラシュト・アスタラ区間を完成させるための新しい合意がなされ、イラン政府はこの空白区間を埋める計画のためロシアの投資を誘致しようとしている。
(5) イランとカフカスの間には直接の鉄道の接続が存在しないためアスタラ、バクー、ダゲスタンの陸上ルートはイランからロシアへの主要な輸送ルートと見なされ、ここ数ヶ月で交通量が増加している。この状況は、イランとロシアがカスピ海を通る海路の輸送能力を増大させたい重要な理由の1つである。実際、アストラハン、ソリャンカ、マハチカラの港を通ってイランの港に輸送することで、カフカスの交通の一部をカスピ海経由のルートに再設定することができる。
(6) カスピ海沿岸のイランのいくつかの港の中で、アミラバードとアンザリの2港は、ソリャンカとアストラハンからバンダルアッバースを含むイラン南部の港への迅速なコンテナ輸送の中心である。一方、オマーン湾におけるイランの唯一の港であるチャバハール港は、南北回廊の枠組みの中でインド、イラン、ロシア間の通商にとって極めて重要である。これに関して、ロータス経済特区、カスピ海のアンザリ自由地帯機構、オマーン湾のチャバハール自由貿易工業地帯との間で3者間協定が調印された。現在、イラン南東部のチャバハールとザヘダンを結ぶ634kmの鉄道区間は、チャバハール港からアンザリ港への直接の鉄道接続を妨げる唯一の残りの空白部分である。イランの交通インフラ会社の建設と開発の責任者は、チャバハール-―ザヘダン鉄道計画は、2024年3月20日までに完了すると述べている。
(7) さらにインドのINSTC参加の動機もまた重要である。インドは計画立ち上げ時の参加国であり、2016年5月24日にアフガニスタンを通過する「通過と輸送の回廊」の重要な結節点として戦略的なチャバハール港を開発する歴史的な3ヵ国協定に署名している。実際、インドは、2016年のNarendra Modi首相のイラン訪問に両国間で覚書が署名されて以来、チャバハール-ザヘダン鉄道計画でイランと関わり続けている。この計画が完了すれば、インドはイラン北東部のマシュハドとサラフ、中央アジアとチャバハール港を経由し、カスピ海の南、イラン北部のアンザリ港に到達する可能性が生まれる。この複合一貫輸送の回廊は、インドで2番目に大きいコンテナ港であるニャバシェバ港と、オマーン湾のチャバハール港、カスピ海南海岸のアンザリ港、ロシアと国境を接するカスピ海北部のアストラハン港とソリャンカ港を結ぶ機会をもインドに与える。ロシアとインドの間の主要な貿易経路は、スエズ運河を通る海路であることに留意することが不可欠である。したがって信頼できる連接を確立することはインドの貨物輸送の時間とコストを半分に削減するであろう。
(8) ウクライナとの戦争とロシアの欧州との交通の制限は、最終的にINSTCで大きな動きを引き起こした。このような状況下で、ロシア政府は欧米による経済制裁がロシア経済に及ぼす悪影響を小さくすることを期待して、中央アジア、カスピ海、カフカスを経由する複合輸送ルートを最大限に活用し、中国、イラン、トルコ、インドなどの他の経済上の提携国との貿易を発展させようと努力している。
記事参照:The Rise of Multimodal Transportation Among Russia, Iran and India

7月13日「衛星を基盤とする新技術がインド太平洋の海洋安全保障を変革―オーストラリア専門家論説」(The strategist, July 13, 2022)

 (1) 海洋状況把握に革命が起こりつつあり、インド太平洋における海洋安全保障に大きな影
響を与えるだろう。5月23日、QUAD首脳会談の共同声明で発表された「海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ( Indo-Pacific Partnership for Maritime Domain Awareness:IPMDA)は海洋における違法行為者を特定するために衛星を基盤とする新しい技術を既存のシステムに連結させるだろう。この構想や類似した構想はインド太平洋の多くの国々、特に小さな島嶼国が自国の海域を管理するために必要な能力を大きく向上させることになるだろう
(2) 海洋状況把握は、そこに何がいるのか、何をしているのか、何を為すべきなのか理解す
ることが基本である。海洋状況把握を達成するためには、複数の情報源からデータを分析し、行動することを可能にする1つの共通作戦状況図にまとめていくうえで大きな問題を克服しなければならない。
(3) 過去20年以上、技術の進歩は沿岸に設置されたレーダー、艦船、航空機、衛星など複
数の情報源からのデータをほぼ即事に単一の操作基盤上に蓄積し、分析することを可能にしてきた。これはしばしば複雑で高価なセンサー技術とコンピュータ技術を必要としており、豊かな大国だけが利用可能であった。必要な資源と技術はしばしば多くの国の手の届かないものであり、無法な行為者やよからぬ行為者にとって我々の海洋の多くの部分が管理されていない空間として残されている。
(4) 近年、地域のレベルでデータを蓄積し、分析する地域情報融合センターが増えてきてい
る。このことは多くの国にとって合理的ではあるが、それぞれの海洋の管轄区において主権を行使したいと望む小国を含め各国の思惑が付随してくるかもしれない。地域の海上法執行機関は直接ウエブ上の情報を利用することができる。たとえば、U.S. Department of Transportが運営するSeaVisionは100ヵ国以上が利用している。
(5) これらのシステムは全て、船舶自動識別装置(以下、AISと言う)に大きく依存している。AISの利用は合法的、あるいは「ホワイト・シッピング(法を遵守し、AIS装置を常にONにしている船舶の意味)」の行動を追跡するためには良い方法である。しかし、違法活動を行う船舶を識別するのには余り有用ではない。違法漁業、麻薬密輸、その他の違法行為を行う者はAISのスイッチを「切」にするか、あるいはAISシステムそのものを破壊して追跡されないようにしている。QUADの構想の下、Sea Visionの強化版はインド太平洋の提携国に提供され、ダーク・シッピング(AISを作動させず、追跡を回避しようとする船舶の意味:訳者注)の識別、追跡を可能になるだろう。これには、民間のホークアイ360(Hawkeye360)からの無線の周波数データが含まれる。ホークアイ360はレーダー、無線機、衛星電話の信号など発信される電磁波を拾い上げる。Sea Visionはこの電磁波データをAISデータと比較し、AISシステムを「切」にしている船舶を識別する。ダーク・シッピングは他のデータ源を使用して、さらなる確認のために追尾することが可能となる。他の衛星によるデータが、ダーク船の種類と行動の識別を支援するためにSea Visionに徐々に加えられていっている。これには、電気光学画像あるいは合成開口レーダーのデータが含まれており、目標船の3次元映像を構築するのに使用でき、当局が麻薬密輸のダウ船なのか、母船なのかを識別することができる。可視赤外撮像機放射計(0.4から12.5μmの可視光線から近赤外線までの光を検出し、海面温度分布等を観測する装置)、走査型レーダーからのデータは違法漁船を識別するのに役立つ。漁船は夜間、集魚灯を点灯しているのが普通である。
(6) 一部データ、特に民間企業からのものは高額であるが、提供者、利用者の拡散によって値下がりしてきている。衛星からのデータの取得から配布までの時間は12時間以上と考えられていたが、最終利用者にほぼ即事に画像が提供できるまでに短縮されるようになるだろう。商業目的の衛星データの価格が最近Sea Visionのより広範な公開を制約しているにもかかわらず、U.S. Coast GuardはQUAD構想の第1段階で東南アジアの提携国5ヵ国に強化Sea Visionの成果物を提供してきている。競合するシステムが他の行為者からインド太平洋全般に提供されている。これにはEUのIORIS(Indo-Pacific Information Sharing )システム、英国のSOLARTAシステム、非営利組織のSkylight システムが含まれる。
(7) これら強化されたウエブシステムは多くのインド太平洋の島嶼国、わずかな船艇、航空機、人員で広大な海洋を管轄する問題に直面している他の国々にとって情勢を一変させるものとなるだろう。インド太平洋の島嶼国等がAI分析を使用して衛星データを直接利用できれば、大国や地域の情報融合センターに情報を依存することなく、海洋状況把握を効果的に多くの国に広めることができる。情報は海洋領域では基本的要求であると同時に、国の執行機関は洋上において違法行為者を阻止するか、別の組織が船舶を阻止、起訴、公表するために明確に識別できるよう密着した監視を実施することによって違法行為者に対して行動する能力を必要としている。QUADの構想が一度完全に展開されれば、インド太平洋に対する公共財を提供することでQUADの価値を目に見える形で示すことになるだろう。これは、他国がその国の海域を警備することを支援することに関心の無い中国とは対照的である。
(8) しかし、情報だけでは十分ではない。情報は、インド太平洋の小さな国々が海洋領域における違法行為者あるいは悪意のある行為者に対して行動を採ることができる船舶やドローンのような費用対効果の高い能力で補完されなければならない。これにはオーストラリアが成果を挙げている太平洋海洋安全保障構想をさらなる利用者や情報配信の基盤へ拡大することが含まれる。
記事参照:New satellite-based technologies a game changer for Indo-Pacific maritime security

7月14日「南太平洋における中国の2国間関係重視戦略―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, July 14, 2022)

 7月14日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、同Institute防衛・戦略・国家安全保障プログラム部長Michael Shoebridgeの “China in the South Pacific: splintering regionalism and strategic gains through economics”と題する論説を寄稿し、ここでMichael Shoebridgeは中国が南太平洋において地域主義を避け、2国間関係を重視しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 北京は、南太平洋諸国を経済的に取り込み、その影響力を利用して、インド太平洋全域に及ぶ軍事力投射能力を含む、より広範な目標を達成するために尽力している。中国はまた、太平洋地域主義を弱体化させ、個々の太平洋諸国との2国間関係から利益を得ようとしている。一方、オーストラリア、米国、ニュージーランド、日本、及び太平洋諸島フォーラム(以下、PIFと言う)加盟国と対話提携諸国は、フォーラムの地域主義ビジョンを支持しようとしている。しかし、効果的な地域協力のためには、もう1つ重要なことがある。即ち、PIFは、太平洋諸国、さらにはオーストラリアとニュージーランドの安全保障を損なうことになる中国との協働に抵抗する盾として機能することである。効果的な地域主義は、太平洋諸国と地域全体に利益をもたらす。地域主義の分裂は中国を利すことになる。中国政府は、関与のために中国中心の独自のフォーラムを結成し、多国間や地域グループとの緊密な協力を避けてきたという実績がある。こうした手法によって、個々の国と直接的な相互作用に重点を置き、PIFなどの地域機関による集団的な重圧を回避することができる。こうした中国共産党とその指導者の行動の背景には、2010年に当時の中国の楊潔篪外交部部長がASEAN代表に「中国は大国であり、他の国々は小国である。これは冷厳たる事実である」と語った悪名高い率直な声明に込められた認識がある。
(2) 2012年、欧州諸国は中国と中欧・東欧諸国との経済協力を狙いとする中国の16+1フォーラムを歓迎し、2019年にはギリシャが加わり17 + 1フォーラムに拡大した。しかし、その後、情勢は激変し、2021年にはリトアニアが撤退したが、リトアニアの外相は他の国々にも同調を呼びかけて、「我々の認識では、EUは分割された16+1から、より団結し、したがってはるかに効率的な27+1に移行する時が来た。EUは、27の全加盟国がEUの諸制度に従って行動する時こそ、最も強力となる」と強調した。ここに、太平洋諸国が学ぶべき直接的な教訓がある。太平洋諸国にとっても、共に行動することが重要である。PIFは、各加盟国の重みと影響力を糾合し、大国と関与する時にこそ、力を発揮する。たとえば、この共通の目的意識は、PIF加盟国が気候変動に関する国際政策を変更させるための努力に明らかである。これら諸国は、それぞれが単独で成し遂げられるよりもはるかに多くのことを共同で達成した。恐らく、この問題に関する太平洋諸国の強い声は、現在のオーストラリアの政策変更を促した。
(3) PIFの指導者と民主主義の連携対話提携諸国は、今や南太平洋が中国政府の長年望んできた戦略的利益を達成するための現実的で迅速な機会を提供していると見なす、枢要な地域となっているという不快な現実に、この共通の目的意識と団結をもって対処していかなければならない。しかし、これまでのところ、太平洋は中国にとって中欧とは反対の方向に動いている。7月中旬、キリバス政府は中国政府との直接関与への意欲を示して、PIFから脱退した。太平洋は、再び活発かつ直接的な戦略的競争の中心的な場所となり、それを否定したり、そうでない振りをしたりすることは、中国政府を利するだけであり、太平洋諸国とその国民を不安と緊張の犠牲者にしかねない。これに対処することは太平洋諸国自身の役割と責任でなければならないが、オーストラリアとその提携諸国は現在の政策がこの地域における中国政府の動きを制することに引き続き失敗していることを認識しなければならない。
(4) 経済と労働力を重視するとともに、過去何十年にもわたる失敗した能力構築支援から大きく転換する、より大規模かつ野心的な南太平洋戦略がなければ、我々は中国政府の直接的な手が伸び、存在感が高まるにつれて、傍観者となるであろう。援助の削減は良くないことは確かだが、そのことは単に援助を拡大するだけで成功が保証されるという意味ではない。オーストラリアとニュージーランドが有する真の利点は経済である。繁栄し、安定した地域を展望するためのひな型は、見事に成功しているオーストラリアとニュージーランドのより緊密な経済関係枠組みと、労働者のためのビザなし移動制度に見出すことができる。これが太平洋の小国にも拡大されれば、これら諸国は援助依存体質から、成功した経済地域主義に対する共同の貢献者となり、オーストラリア経済の増大する労働力不足を補うことにもなろう。オーストラリアとその提携諸国が南太平洋で有しているもう1つの利点は、我々が民主主義国であり、したがって相手政府だけでなく、民主的な反対派、非政府組織、そして国民の段階でも関与できるということである。
(5) 大使館を開設し、援助計画を拡大し、気候変動に関するより大きな野心を抱き、そして海洋管理と違法操業に対する小規模だが貴重な努力を行っても、オーストラリアの新政権や、東京、ワシントン、パリ及びブリュッセルの政府や機関の間に、中国の戦略的勢いを逆転できていないとの認識が高まっており、したがって、物事は変わらなければならない。オーストラリアとニュージーランドは、提携諸国と緊密に協力し、経済と民主主義を重視した、より包括的な考え方と行動様式に向かって前進しなければならない。しかも、PIFの分裂や、中国政府と小国の指導者との2国間の動きに見られるように、時は我々の味方ではないのである。
記事参照:China in the South Pacific: splintering regionalism and strategic gains through economics

7月15日「ドナウ川はウクライナの穀物問題を解決しない―米専門家論説」(Defense One, July 15,2022)

 7月15日付の米国防関連ウエブサイトDefense Oneは、米シンクタンクAmerican Enterprise Institute上席研究員Elisabeth Brawの“The Danube Won’t Solve Ukraine’s Grain Problems”と題する論説を掲載し、Elisabeth Brawはウクライナの穀物輸出問題に関し、ドナウ川の利用は問題解決にはならないとして、要旨以下のように述べている。 
(1) ウクライナ産穀物の輸出に関し、黒海に安全な航路を設定するためのロシア政府とウクライナ政府間の交渉が進展していると言われている。しかし、たとえ両者が合意に達しても、船会社とその保険会社が船舶運航に踏み切らなければ、穀物はどこにも輸出することができない。このような状況下で海上輸送のリスクを負う会社は、限られている。このところ注目されているドナウ川ルートは、極めて魅力的ではあるが、賢明な選択とは言えない。
(2) トルコ政府と国連が進めるロシア政府とウクライナ政府の交渉は、7月16日の週早々にも合意にいたる可能性がある。Hulusi Akarトルコ国防相によれば、この協定には貨物検査を共同で管理すること及び黒海での安全な船舶運航をトルコ政府が保証することが含まれるという。ロイター通信によれば、この協定の一環として、ロシア、ウクライナ両政府及び国連は、トルコ政府が設立する穀物調整センターを通じて協力することになると言われる。
(3) これは素晴らしいニュースであるが、協定が結ばれる前にも、そして結ばれた後も、楽観はできない。予備手段として国際社会は、ウクライナの黒海沿岸の河口からルーマニア、ハンガリー、他のEU諸国を経てドイツまで船舶交通が可能なドナウ川に期待を寄せている。ウクライナはドナウ川河口に近い蛇島を奪還した結果、ドナウ川を穀物輸出に利用することが可能になった。ウクライナ当局は、黒海から約100マイル上流に位置するレニ港を再稼働させつつある。この記事を書いている時点では、約160隻の船が黒海からドナウ川に入るのを待っている。
(4) しかし、ドナウ川は、残念ながらロシアの侵略による世界的な飢餓の危機を解決することはできない。実際、河川航路は国際社会が考えているほど賢明な解決策ではない。というのも、黒海を航行するような外航船舶は、河川輸送には大きすぎる。たとえば、ウクライナの大手船会社Black Sea Shipping Companyはヴォルジスキー級貨物船を運航しているが、これらの貨物船には、水深360cmが必要である。しかし、ドナウ川には150cmの水深しかない航路があり、黒海航路を持つ他の会社の船もドナウ川を航行するには大きすぎるものがほとんどである。
(5) もちろん、水深が障害にならないルーマニアの港までは、輸送可能である。実際、ルーマニア政府はコンスタンツァ港をウクライナの穀物のために利用できるようにした。しかし、他のインフラと同様に、港湾機能もあるレベルから急に高いレベルへ飛躍させることはできない。コンスタンツァ港の穀物部門責任者Dan Dolghinは6月、Voice of Americaの取材に対し、「ウクライナの農業を支援するには、先ず港湾の整備が必要だ」と述べている。「戦争が終われば不要になるインフラ整備に、誰も投資できるわけがない」と彼は付け加えている。
(6) ウクライナの穀物輸出を黒海ルートの代替としてドナウ川ルートに頼るのは問題が多い。戦争が終わり、船会社や保険会社が黒海を安全だと判断した時点で、輸送ルートは黒海に戻されることになる。現状では、ロシアのウクライナ侵攻以来、輸出用の2,500万トンの穀物のうち、500万トンが道路、鉄道、河川ルートで輸出された。ウクライナの穀物輸出は、3月に20万トンであったが、先月は250万トンまで回復した。ただし、戦争前は、毎月500万トンを輸出しており、それに比べて、まだはるかに少ない。ウクライナ産穀物はアフリカや中東に運ばなければならない。つまり、ドナウ川を遡上して送れる比較的少量の穀物でさえ、本来の経路を大きく迂回することになり、送る側にも受け手側双方にも追加コストを負わせることになる。
(7) ドナウ川を利用することを否定するものではないが、あまり賢明とは言えない。十分な量の穀物を必要な人の胃袋に届けるには、黒海を経由するしかない。だからこそ、トルコ政府が仲介するロシア政府とウクライナ政府の協議が重要なのである。
(8) ロシア政府はウクライナの穀物輸出を封鎖することで全世界に圧力をかけることができるにもかかわらず、海上輸送路確保に合意することで何を得ることができるだろうか。実は国の貧富に関係なく、ウクライナが輸出する穀物には大きな期待が寄せられている。特に、戦争初期にロシアを支援した国、つまり冷戦時代からソ連とつながりのあった発展途上国は、穀物不足で大きな打撃を受けている。たとえロシアがウクライナの穀物を盗み取って各国に供給しようとしても、すべての国の需要を満たすことはできない。スリランカでは、燃料や食料の不足から大規模な抗議行動が起こり、Gotabaya Rajapaksa大統領はすでに辞任を余儀なくされている。
(9) 古くからヨーロッパの交通の要である有名なドナウ川をウクライナの穀物輸出に利用するのは良策ではあるが、ロシアによるウクライナ侵攻が生み出した世界的な問題を解決するには至らない。
記事参照:The Danube Won’t Solve Ukraine’s Grain Problems

7月15日「中国、航空自衛隊のAWACSを模した物体を新疆ウイグル自治区に設置―日経済紙報道」(NIKKEI Asia, July 15, 2022)

 7月15日付のNIKKEI Asia電子版は、“Satellite photos show China destroyed object similar to Japan plane”と題する記事を掲載し、中国の新疆ウイグル自治区で、航空自衛隊の早期警戒管制機(AWACS)を模したものが見つかったとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国が、航空自衛隊が使用しているAWACSを模したような物体を新疆ウイグル自治区の砂漠地帯に設置したことが、日本経済新聞社が専門家と共に衛星写真を分析した結果判明した。この物体は、中国軍が自衛隊機をミサイルで攻撃する訓練のためのダミーとして使用している可能性があると、元自衛隊幹部が指摘した。物体は航空自衛隊のE-767早期警戒管制機記をモデルにしているとみられる。防衛省によると、E-767は米Boeing社製で、航空自衛隊浜松基地に配備されている4機が、世界で唯一運用されている。撮影された場所は、中国軍が管理する特別な区域と思われる。
(2) E-767は、友軍の戦闘機が敵機を迎撃するための管制機能を持つことから、「空の管制塔」とも呼ばれる。有事の際には、戦闘地域から離れた空域で敵軍の動きを探る役割を担う。元陸上幕僚長岩田清文は「台湾有事でE-767を失えば、日本は南西諸島を監視する能力を失う」と述べている。E-767は広範な監視能力を持ち、飛行中の撃墜は困難であり、地上に駐機しているときが最も攻撃され易いと見なされている。軍事訓練では、ミサイルの精度を上げるために、同じ形の標的を使う。元自衛艦隊司令官の香田洋二は、E-767への攻撃を想定して「ミサイルの着弾誤差を確認するために作られたのではないか」と述べている。衛星写真に写っている物体について、岩田は「日米両政府は恐らく知っている。中国は、何か起きた場合の万が一に備えて、脅しとしてわざと見せているのだ」と言う。
(3) この場所は、非核化と軍縮を専門に扱うFederation of American Scientists(米国科学者連盟)上席研究員でNuclear Information Project統括者Matt Kordaの協力を得て特定された。
(4) 自衛隊機と似た形状の物体が確認されたのは今回が初めてである。台湾に関する有事の際、中国の軍事作戦が日本に影響を与えることを心配する声もある。
記事参照:Satellite photos show China destroyed object similar to Japan plane

7月17日「米政治家の訪台に刺激される中国の軍事演習―香港紙報道」(South China Morning Post, July 17, 2022)

 7月17日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Military drills a sign of Beijing’s increasingly aggressive stance towards Taiwan, analysts say”と題する記事を掲載し、米国の政治家の訪問を受けて、中国軍は台湾周辺での軍事演習を強化しているという識者の見解などについて、要旨以下のように報じている。
(1) アナリストによると、中国本土は台湾に対してより積極的な軍事姿勢を採り、2022年に入ってから台湾の近くでより多くの戦闘即応訓練を行ったという。この評価は、中国軍東部戦区司令部が7月8日に台湾の近海や周辺空域で大規模な統合戦闘訓練を数回実施したことを受けて行われた。この訓練は、Rick Scott上院議員が台湾を訪問し、蔡英文総統や蘇貞昌首相を含む台湾の主要な指導者と会談した際に行われたものである。また、4月と5月に行われた2度の中国の戦闘即応訓練も、米国の政治家が台湾を訪問した時期に行われた。
(2) 中国軍は、これらの訪問は台湾を危険な立場に追い込むと非難している。また、中国政府が5月だけで3回の大規模な演習を台湾周辺で行っているように、台湾付近での定期的な軍事演習を増やしている。英Janes Information Groupの主席防衛問題研究者Ridzwan Rahmatは、中国の軍事行動はテンポが速くなっただけでなく、より多様な兵器体系や艦艇航空機を含むようになったと指摘した。「これらの軍事活動は、日常的な警察行動としての哨戒から、事実上、より遠征的なものへと進化している。言い換えれば、中国は台湾を防衛するだけでなく、潜在的な敵対者が係争中の台湾に接近する前に先制攻撃を行う準備を整えている」と述べている。Rahmatは、バシー海峡とその周辺でも中国の軍事活動が活発になっていると指摘し、「中国にとって、この水路は戦時において、敵対的な潜水艦に邪魔されず、自由であることが極めて重要であると」と述べている。中国軍の元教官宋忠平は、「台湾が米国に徐々に近づけば、将来の訓練はさらに規模と強度を拡大すると思う」と述べている。
(3) しかし、米シンクタンクRAND Corporation の上席防衛問題研究者Derek Grossmanは、中国の軍事態勢や台湾関連の演習に大きな変化は見られないと指摘した。台湾の防空識別圏(以下、ADIZと言う)に言及し、「中国軍機が日常的に台湾のADIZに侵入する回数を新たに引き上げたことを含め、全てが現状維持のように思われる」と述べている。
記事参照:Military drills a sign of Beijing’s increasingly aggressive stance towards Taiwan, analysts say

7月18日「QUADは将来の予測に焦点を当てよ―インド防衛問題専門家論説」(The Interpreter, July 18, 2022)

 7月18日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、ニューデリーを拠点に活動する防衛問題専門家Abhijnan Rejの“The Quad needs a futures focus”と題する論説を掲載し、そこでRejは国境越えて拡がる危機に世界の人々が直面する今のような時代、政府間の協力による将来の予測がきわめて重要であり、その目的のためにQUADは連携すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 地域的な課題が、その後どのような影響を及ぼしていくかについて、より良いかつ公的な理解が必要である。ここ数年の経験から、われわれは「多重危機(polycrisis)」に直面していると言える。多重危機とは、自然および人間が形成したシステムにおけるさまざまな危険性の直線的ではない相互作用がもたらす全体的な影響と定義できる。いま起きているのは、COVID-19パンデミックの経済的な影響はロシアによるウクライナ侵攻に影響を及ぼし、またその影響を受けて悪化し、グローバルな市場を混乱させ、そこに気候変動の悪影響が合わさることで世界的な飢餓につながり得るという現象である。
(2) 上述した個々の事象については専門家から警告されていたが、それがどう相互作用し、どのような影響をもたらすかについての見通しはなかった。したがって必要なことは、現在の状況の相互作用から生じるであろう近い将来のシナリオに諸国が焦点を当てることである。それは、政府ないし非政府機関による計画立案や、政府間の協力に関する議題設定の一助になるであろう。多重危機が国家の枠を越え、システムの枠を越えた影響を及ぼすことを考慮すれば、特に後者の点が重要となる。
(3) この時、インド太平洋に公共財を提供することを誓約しているQUADが、そうした将来のシナリオについて検討するためのハブになりうる。インド太平洋は相互に作用する圧力や不確定要素に特に影響され易いが、それはその多様性のためであり、気候変動などに対しても脆弱なためである。経済危機に陥ってしまったスリランカを見るとよい。
(4) QUADはこれまで、先端技術やサイバー、宇宙、公衆衛生、気候、海洋状況把握にいたるまでさまざまな試みを進めてきた。たしかに、その目標は将来の予測ではないかもしれない。また、諸国は定期的に将来予測を行っており、それはしばしば機密扱いにされている。しかし、多国間の協力による未来の分析は、国境を越えた将来の課題に対する地域の認識をより正確に反映することができよう。
(5) 未来分析に関するQUADの合同作業部会の構成員として理想的なのは、諸国の政府部局の高級官僚や、学際的な専門家集団である。また、その作業部会の焦点が安全保障問題になるのであれば、日米豪印諸国の情報機関関係者がその構成員となり、民間の安全保障問題専門家がそれを補佐する体制が良い。ただしそのような作業部会は、米国に倣って報告書を公開すべきである。透明性を維持することで、QUADに参加していない諸国も意見を提起することができ、インド太平洋全体の公共財に資することになるであろう。もしそうした公式の合同作業部会の結成がやりすぎだとすれば、「トラック2」でのアプローチから始めるのがよいかもしれない。
(6) こうした作業部会の課題は、気候変動などが関連する将来の多重危機が及ぼす将来の影響について検討することである。また、インド太平洋地域の急速な都市化と気候変動の危険性の複合的影響から生じる問題に、空間コンピューティング技術(現実空間と仮想空間を高度に融合させるコンピュータ技術:訳者注)などがどう対応しうるかなど、ハイテクと安全保障を交差させた問題を検討することである。将来の争いはインド太平洋で起こるとよく言われる。もしそうならば、その将来を見据えるため、QUADで協調した未来予測が必要であろう。
記事参照:The Quad needs a futures focus

7月18日「中国が必要とする空母はどれほどになるか―香港紙報道」(South China Morning Post, July 18, 2022)

 7月18日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“How many aircraft carriers does China need? One analyst says at least 6”と題する記事を掲載し、先月就役した中国の3隻目の空母について言及し、中国が今後どれほどの空母を必要とするかについて、要旨以下のように報じている。
(1) 中国は一体どれほどの空母を必要としているのか。ある中国の防衛問題専門家によれば、南シナ海と可能であればインド洋での運用のために6~7隻を必要とするということである。
(2) 2022年6月、中国は3隻目の空母「福建」が就役した。そして現在4隻目の空母が建造中であるという。それが完成すれば中国は、米国についで第2位の空母保有国になる。中国は、はっきりとはさせていないが、「国家安全保障の必要性」に基づき、さらなる空母の建造を検討しているという。上海交通大学研究員王洪亮によれば、中国人民解放軍海軍の北海艦隊、東海艦隊、南海艦隊の3個艦隊がそれぞれ2隻ずつ、それに加えて、将来新設されるかもしれないインド洋艦隊に1隻が必要とするだろう。
(3) 現在中国海軍が保有しているのは、ウクライナで建造途中で放置されていた旧ソ連のクズネツォフ級空母を購入、改修、再就役させた「遼寧」とそれを原型として国内で建造された「山東」である。「遼寧」は北海艦隊、山東は「南海艦隊」に配備されている。王洪亮によれば、「福建」は東海艦隊に配備され、台湾有事の際に重要な役割を果たすことになると考えられる。
(4) 王洪亮は、中国が南シナ海を支配するためには空母がきわめて重要だと主張する。中国が主権を主張する範囲は、その沿岸から2,000kmも離れたところにまで広がっている。南シナ海には、人工島などを含めいくつも基地を建設してきたが、それは十分ではない。「南海艦隊への空母の配備は、南シナ海の島嶼防衛システムにおいて残された最後の穴を埋める」と王洪亮は主張する。
(5) 王洪亮によると、最終的に中国が必要とする空母の数は6~7隻にのぼる。最新の「福建」は電磁カタパルトを搭載し、今後の空母建造の土台として役立つだろうが、今後の空母はさらなる改良を施されると王洪亮は考える。しかし、現在の建造のペースでは、6隻目が完成するのは早くても2037年になると王洪亮は言う。そのときには「遼寧」は退役の時期である。空母建造などの大規模戦略的計画は、何が必要かだけでなく、それが可能かどうかなどの政治的決定によって決められるものである。
記事参照:How many aircraft carriers does China need? One analyst says at least 6

7月18日「米海軍は南シナ海にいなければならない-米専門家論説」(19FortyFive, July 18, 2022)

 7月18日付、米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトは、U.S. Naval War College教授James Holmesの” Why The U.S. Navy Needs To Be In The South China Sea”と題する論説を掲載し、ここでHolmesは米国の海上部隊が、大国の敵対勢力と均衡を保つためにリムランドと呼ばれるユーラシア大陸の海岸線に沿ったエリアに行くことを可能にしておくには南シナ海にいなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 競争者は競争の場に身を置き、そこに留まらなければならない。その場にいなければ勝てない。しかし、これまで米軍は非正規戦やグレーゾーンでの戦いにおいて、この単純な原則を破る傾向を示してきた。その過程で、タリバンや北ベトナムの共産主義者などの劣勢な敵に主導権を奪われた。世界最大の海上民兵、海警総隊及び海軍を擁する中国は、陸上軍事力によりバックアップされた海上部隊を常に現場に置くことで紛争地域の支配権を行使できる。東南アジア諸国の海軍や沿岸警備隊はこれに勝てない。
(2) 米海軍の部隊は、武力行使や航行の自由のために必要なだけ、そこに行くことができる。しかし、米海軍がどんなに立派に振舞ったとしても、その場を離れれば中国に主導権を譲り渡してしまう。そして中国軍は、東南アジアの海域の80〜90%を支配するという不法な主張を実現するために、米軍が現場から離れると東南アジアの近隣諸国へのいじめを再開するのである。
(3) 戦略家Carl von Clausewitzは、競争相手がその政治的な目標に価値を見出すことで、その目標を得るために注ぐ努力の大きさと期間が決定されると述べている。つまり、目標にどれだけこだわるかによって、どれだけの時間を費やすかが決まるのである。さらにClausewitzは、いかなる社会も人民、政府、軍隊の3つの要素で構成されると述べている。人民は戦争への情熱の源泉、軍隊はその実行者、政府はその監督者である。もし、政治のトップが人民、軍、政府を何らかの価値ある目標に向かわせることができないなら、戦争は見送るのが最善であろう。したがって、ワシントンの指導者達は、インド太平洋における利害関係を、可能な限り鮮明な言葉で米国民に示す必要がある。それは説得力があって、譲れないもので、さらに相当な規模と期間を要する努力に値するものでなければならない。
(4) 米国の最近3代の大統領の政権は、南シナ海が、海の自由を擁護し、惜しみない投資をする価値のある目標であることに同意している。その理由を理解するのは難しいことではない。海の自由の基本原則は、条約による限られた例外を除いて、海は誰のものでもないということである。この原則は、海洋貿易と通商に関する国際的な法秩序の基礎となる。
(5) 南シナ海の領有権に対する中国の主張は、海域の国家所有権の主張と同じである。米国が1945年以来支配し、中国を含むすべての貿易社会が利益を得てきた世界秩序に、中国は直接攻撃を加えている。海の自由は不可分で、それは世界の海と海域に適用される。しかし、もし中国政府が今の道を進めば、南シナ海で起こることを規定する法は中国により作られることになる。海洋の憲法である国連海洋法条約が何を言っているか、中国と東南アジアの近隣諸国との領土紛争に関して権威ある国際法廷がどんな判決を下しているかは、気にしなくていいのである。条約によって神聖化された自由は存在しなくなるか、あるいは中国共産党の好意によって甘受されるだけとなる。
(6) 海の自由を守ることは極めて重要な目標であるものの、東南アジアの人々が中国の欲望からそれを守ることができる可能性はゼロである。そのため、米国を筆頭とする域外の援助が必要となる。だからこそ、我々はそこにいなければならないし、米政府は有権者をこの問題に引き込まなければならない。問題は南シナ海にとどまらない。もし国際社会が、中国の近隣諸国からこの海域を奪う行動を許すなら、中国が切望する他の海域、特に台湾海峡や東シナ海で同じことが起きうる。また、イランがペルシャ湾で、ロシアが黒海や北極海で、さらには他の悪意ある国々が同じことをできない理由もなくなってしまう。
(7) 南シナ海を手放すと、国際社会は、「海は誰のものでもない」という伝統的な原則の廃止に同意することになり、「強者は世界政治の中で好きなようにし、弱者は苦しむしかない」という古き悪しき原則を再び確立してしまうことになり、海洋法秩序の基盤が崩れ始めるだろう。さらに、海洋の自由を手放すと、1世紀以上にわたる米国の大戦略も崩れ去る。これまで米国は、東アジアと西ヨーロッパのリムランドを中心とする重要な貿易相手地域への商業上、外交的、軍事的出入りを確保することを大戦略の前提に据えてきた。それらの出入りは、米国戦略の目的であり、原動力である。しかし、強力な沿岸国家が沖合の海域を自国領にしはじめたら、商業的・外交的出入りは危殆に瀕する。また、どこかの支配的な国やその同盟国がリムランドに武力的な覇権を求め、数十年来の米国の同盟国や友好国が多くを占めるその地域の国が単独でそれを撃退できない場合、米国は軍事的に介入することができなくなる。
(8) 結局のところ、米国の海上部隊は、海域の主導権を譲り渡せば、大国の敵対勢力と均衡を保つためにリムランドに行くことができなくなるのである。米国が同盟国を必要としているときに、その側にいないなら、つまり同盟国を裏切り、逃げ出すなら、運命的な結果が待っている。これまでの約束が空虚であることを示すことになる。すなわち法、地政学、戦略こそが米海軍がそこにいなければならない理由なのである。
記事参照:Why The U.S. Navy Needs To Be In The South China Sea

7月20日「インド太平洋の南で期待されるQUAD海洋安全保障構想―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, July 20, 2022)

 7月20日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、オーストラリアUniversity of Tasmania海洋・南極研究所兼法学部准教授Jeffrey McGee及びAustralian Strategic Policy Institute上席研究員Anthony Berginの” Quad maritime security initiative holds promise for the Indo-Pacific’s southern flank”と題する論説を掲載し、ここでMcGeeとBerginはインド太平洋パートナーシップが南氷洋を含むこの地域の海上安全保障を強化するための有望な考えであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 先ごろ東京で開催されたQUAD首脳会談で、日米豪印はこの地域の海上安全保障を強化することを目的とした「海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ」を立ち上げた。その目的は、地域諸国が民間の船舶の衛星追跡データを有料で入手し、これに船名、位置、航路、速度、その他のデータを放送する自動識別システムなどから集めたデータと組み合わせることにある。これは太平洋諸島、東南アジア、インド洋地域の提携国が自国沿岸の海域を完全に監視する能力を変革し、ひいては自由で開かれたインド太平洋を維持することになるとホワイトハウスは公表している。しかし、「完全に」というのは言い過ぎで、各国が自国の海域を監視するための別の手段を提供すると言った方が現実的だろう。機密扱いされないデータを提供し、沿岸警備隊や海上警察をはじめとする海洋法執行機関が主な使用者となる。
(2) この地域の小国にとって最大の課題は、自動識別システムのスイッチを切って 位置を秘匿した違法漁船を追跡することである。船舶監視システムが、免許の条件として設置されていれば、改ざんすることはできないし、電源を切れば通知が届くのでそれも不可能となる。しかし、自動識別システムは、航海の安全のために設計されており、監視目的ではないので、そのような機能はない。QUADの合意した方法は、違法漁業の取り締まりを行う機関にとって非常に有用なデータソースであり、偵察機や水上船舶を使ったより効率的な取り締まり活動のための貴重な情報源となる。
(3) 島嶼諸国は、漁業情報管理システムのような高度な基盤を開発した。このシステムには、すべての産業、オブザーバー、登録、免許、コンプライアンス、漁獲記録、認証、船舶監視、その他のデータが格納され、単一の安全な基盤で管理されている。これにより、漁業は持続的に管理され、合意があればデータは、主権国家、漁業国、市場国、産業、科学、監視、コンプライアンス、ソロモン諸島のフォーラム漁業庁監視センターなどの地域漁業機関にほぼリアルタイムでの転送が可能となる。また、加盟国の船舶監視システムから提供されるデータ、西中央太平洋漁業委員会からの洋上データ、船舶の自動識別システムおよび長距離追跡識別システムからのデータに基づいて、共通の活動状況を把握することができる。
(4) QUAD諸国とその提携国が新システムの適用を検討すべき分野の一つは、インド太平洋の南、すなわち南氷洋と南極である。QUAD諸国はいずれも南極に積極的に取り組んでいる。しかし、インド太平洋の南の境界は、しばしば議論の中で無視されがちである。軌道上にある多数の人工衛星から得られる船舶追跡データは、インド洋や太平洋の高緯度地域と同様に、南氷洋にも適用可能である。このデータは技術的には、QUADで想定されている共有の分析・配信ネットワークで利用可能である。QUAD諸国が、このシステムが作動する可能性のある南洋の以下3つの領域について考えることには価値がある。
a.温帯域:極域前線の北側、オーストラリア、南アフリカ、南米の大陸縁辺まで
b.亜南極地域:南緯60度以北、極域前線の南側
c.南極条約地域:南緯60度以南
第1の温帯域については、システムをその地域に活用することは理にかなっている。南氷洋に隣接するすべての国にとって、軍事、漁業、捜索救助に有益であることは明らかである。第2目の亜南極地域については、「南極の海洋生物資源の保存に関する条約」で保護されている海域(南緯60度以上)にまでシステムを拡大することに懸念があるかもしれない。今のところ、南極条約第7条には明記されている航空検査がこの条約には明記されていないので、この方法で収集したデータ、あるいはさらに衛星で収集したデータをこの条約に基づく検査の裏付けに使えるかどうかは、加盟国の間で議論がある。そして第3の南極条約地域については、南極条約第1条の非軍事化規定から、一部の国で否定的な印象を持たれる可能性がある。南極条約の地域にまでシステムを拡張すれば、QUADが何らかの形でこの地域を安全保障問題化し、条約の非軍事化条項の精神に反する行動を取っているのではないかという懸念が生じる可能性がある。
(5) このような懸念に対する反論は、民生目的の海上領海監視は平和利用ということである。南極条約の査察体制は、条約区域内の基地や船舶の空中査察を明示的に認めている。これには宇宙からの衛星観測も含まれるかもしれない。誰がこのシステムを構築し、地域の情報センターと国の法執行機関に情報を提供するかはまだ明らかでない。オーストラリア国境警備隊にある複数省庁によるタスクフォースで,違法漁業など海上での脅威の監視と対応を調整する海上国境司令部がおそらくその役割を果たすと思われる。
(6) 理論的には、インド太平洋パートナーシップは、南氷洋を含むこの地域の海上安全保障を強化するための有望な考えであり、海上における脅威や動向を共有できるようなネットワーク化されたリアルタイム画像を作成することができる。それ自体が完全な解決策ではないが、このシステムから得られるデータを適切に関連付け、タイムリーに提供することで、この地域でより効果的な海洋状況把握を実現しようとする他の多くの試みに、貴重な情報を提供することができるであろう。
記事参照:Quad maritime security initiative holds promise for the Indo-Pacific’s southern flank

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) To Deter China, the U.S. Navy Must Build a Connected Fleet at a Faster Pace
https://www.heritage.org/sites/default/files/2022-07/BG3714.pdf
The Heritage Foundation, July 11, 2022 
By Brent Sadler, a senior research fellow for naval warfare and advanced technology in the Center for National Defense at The Heritage Foundation
 2022年7月11日、米シンクタンクThe Heritage Foundation上席研究員Brent Sadlerは、同Foundationのウエブサイトに" To Deter China, the U.S. Navy Must Build a Connected Fleet at a Faster Pace "と題する論説を寄稿した。その中でSadlerは、現在海軍は、どのような艦隊を配備するかという課題において転換期にあり、その進む先は将来にわたって米国の海軍力の役割を決定することになるが、それは中国とロシアの長距離兵器に大きく左右され、艦隊はより分散されつつも高度に統合されることが要求されると指摘している。その上でSadlerは、分散しながらも統合された艦隊を実現するには、より多くの艦船に能力を分散させる必要があるが、そのためには、より大型の有人軍艦が継続的に必要とされることになると同時に、大型艦と小型艦の釣り合いをうまくとることが重要となると指摘し、実現のためには新しい造船所で以前より速く建造できる艦船設計も重要となるし、無人軍艦の存在も今後は有望であると主張している。

(2) Learning to Win: Using Operational Innovation to Regain the Advantage at Sea against China
https://www.hudson.org/research/17958-learning-to-win-using-operational-innovation-to-regain-the-advantage-at-sea-against-china
Hudson Institute, July 13, 2022
By Bryan Clark, a senior fellow and director of the Center for Defense Concepts and Technology at Hudson Institute
Timothy A. Walton, a senior fellow at Hudson Institute, supporting the work of the Center for Defense Concepts and Technology.
Trent Hone, Vice President at ICF International Inc
Dmitry Filipoff, Director of Online Content for Center for International Maritime Security
Seth Cropsey, President, Yorktown Institute
 7月13日、米保守系シンクタンクHudson Institute上席研究員Bryan Clarkと同シンクタンク上席研究員Timothy A. Walton、米国のコンサルティング会社ICF International Inc副会長Trent Hone、そして、米シンクタンクYorktown Institute会長Seth Cropseyは、Hudson Instituteのウエブサイトに、“Learning to Win: Using Operational Innovation to Regain the Advantage at Sea against China”と題する論文の序文を寄稿した。その中で、①米海軍はこの10年間、中国やロシアとの戦争を防止し、効果的に戦うことに軸足を置いてきたが、中ロの軍隊に対する優位性を取り戻すためには、新しい作戦構想と戦術を確立する必要がある。②米海軍の分散海洋作戦(Distributed Maritime Operations )構想、海兵隊のスタンドイン部隊(stand in force:敵の威力圏下において戦闘を行う部隊)と機動展開前進基地作戦(Expeditionary Advanced Base Operations )構想、そして、統合参謀による統合戦闘構想(Joint Warfighting Concept )は、作戦レベル又は戦域レベルで優位に立つためのものである。③これらの構想は、米軍の生存能力を向上させるための分散と機動性、そして、通信が悪化しても行動を調整する機敏な指揮統制(C2;command and control)の結びつきを利用する計画であることが窺える。④新しい構想は、敵を消耗させるよりもむしろ敵に対する意思決定の優位性を獲得することに焦点を合わせている。⑤現在の海洋3軍種による海軍戦略“Advantage at Sea”は、海軍が「敵よりも迅速かつ効果的に探知、意思決定、行動」する必要があると主張している。⑥最も重要な新しい戦術、技術、手順 (tactics、techniques、procedures:以下、TTPと言う)は、「指揮統制と通信(以下、C3と言う)」のためのものだが、海軍は、C3 以外にも、多様な任務で意思決定の優位性を獲得するための新しいTTPを必要としている。⑦米国の対潜水艦戦の構想のような新しいTTPは、致死率や生存率のような従来の指標よりも、持続性、回復力及び適応性といった指標を重視することになる。⑧海軍は、機会を生み出し、戦闘の構想の開発、実験、そして訓練・演習の教育課程の関係を強化するための組織改編が必要であるといった主張を述べている。

(3) The Regional Dimension to U.S. National Security
https://www.fpri.org/article/2022/07/the-regional-dimension-to-u-s-national-security/
Foreign Policy Research Institute, July 20, 2022
By Nikolas Gvosdev, the Editor of Orbis: FPRI's Journal of World Affairs and a Senior Fellow in FPRI's Eurasia Program
 2022年7月20日、米シンクタンクForeign Policy Research Institute Eurasia Program上席研究員Nikolas Gvosdevは、同Instituteのウエブサイトに" The Regional Dimension to U.S. National Security "と題する論説を寄稿した。その中でGvosdevは、米国では国家安全保障戦略(National Security Strategy)や国防戦略(National Defense Strategy)を見直すたびに、世界のあらゆる地域が米国の利益にとって重要であると認識されるようになったが、それと同時に、複数の専門家がすでに言及しているように、世界のあらゆる地域に積極的に関与する術を持たないことから、米国は複数の地域の安全保障環境を形成する能力の「限界」に突き当たっていると指摘し、米国は今後、特定の地域に強く傾注するのではなく、戦略上の優先順位を決め、アメリカ人の安全、繁栄、自由にとって最も重要な地域に焦点を当てるべきだと主張している。そしてGvosdevは、米国は今後、そうした地政学というチェス盤の各マスの相対的な重要度の変化に対応するだけでなく、盤面が完全にひっくり返されてしまう事態にも対処していかなければならないと指摘している。