海洋安全保障情報旬報 2022年5月21日-5月31日

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5月21日「ベンガル湾、インド太平洋におけるバングラデシュの戦略的価値―バングラデシュ専門家論説」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, May 28, 2019)

 5月21日付の米シンクタンクThe National Bureau of Asian Research (NBR)のウエブサイトは、バングラデシュThe Centre for Bay of Bengal Studies at the Independent Universityの所長の “Understanding the Importance of Bangladesh in the Bay of Bengal and the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、Tariq Karimはベンガル湾とインド太平洋におけるバングラデシュの戦略的価値について、要旨以下のように述べている。
(1) ベンガル湾は210万平方Km余の海域を持つ世界最大の湾で、この三角形の海域の頂点に位置するバングラデシュの戦略的価値は昔も今もこの地理的位置にある。現代のバングラデシュは既に、西と東の連接国として行動する利点を自覚しており、それがこの10年間の経済成長、注目を集める技能そして投資の増大をもたらした。バングラデシュは今日、東半球と西半球の間の自由貿易と、商品、サービス、アイデア及び文化の交流を促進する、連結性のハブとして機能する準備ができている。今日のバングラデシュは、取るに足らない、「底なしのバスケット」と揶揄された国ではない。今や、その経済が域内のみならず、世界でも最も急速に成長している国の1つとして、尊敬され、賞賛されている。
(2) 今日、ほとんど全ての大国や中小国はその関心の焦点をアジアに移しており、インド太平洋地域は戦略的にアジアの中心に位置する。そしてバングラデシュに対する関心の高まりは、いわばアジアの震源地に位置する連結国として認識されていることによる。バングラデシュの繁栄は今日も、そして将来もこの役割から派生し、しかもそれは、全ての国との最良の関係を維持する能力にかかっていよう。同時に、この立地上の優位とその重要性を生かすも殺すもバングラデシュの責任である。ベンガル湾が全ての国にとって互恵的な自由で、開放的で、平和で、強靭で、そして包摂的であるためには、域内諸国はこれまで以上に地域協力を強化することが必要である。South Asian Association for Regional Cooperation(南アジア地域協力連合:SAARC)とBay of Bengal Initiative for Multi-Sectoral Technical and Economic Cooperation(ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ:BIMSTEC)の設立における積極的な役割から明らかに証明されているように、バングラデシュは常に近隣諸国間との協力促進に熱心であった。また、BBIN(バングラデシュ、ブータン、インド及びネパール)諸国間における地域協力の促進にも積極的な役割を果たしてきた。バングラデシュは、経済協力を促進するために、ベンガル湾沿岸部と(世界人口の4分の1を占める)近隣諸国と協調して取り組むことができ、またそうすべきである。このような経済協力は、「ベンガル湾経済共同体」(現在のレートで、そのGDPの合計を上回るのは、米国、中国及びEUのみである)の実現に向けて有機的に発展する可能性がある。バングラデシュは、このプロセスの推進国として主導的な役割を果たすことができる。ベンガル湾の中心性を考慮すれば、バングラデシュが米国を継続的な相互依存の開発提携国として必要としているのと同じように、米国も安定し繁栄するバングラデシュを必要としている。
(3) バングラデシュは、歴史的に古代インド太平洋の連結性の一部であったが、この地域における将来の連結性を確保する一環でもあり続けると宣言している。開かれた、強靭で、相互に連結されたインド太平洋を提唱し、そのために働くことは、バングラデシュの利益である。独立し、主権を持ち、繁栄する国民国家としてのバングラデシュの持続可能性は、この展望に依存している。過去50年間、米国との関係を特徴付けてきた義務的な依存体質から離れ、バングラデシュが益々の自信を高めていくにつれて、今後50年を見据えてバングラデシュという比較的新しい国民国家との相互依存関係の強化を図ることは、米国の利益でもある。
記事参照:Understanding the Importance of Bangladesh in the Bay of Bengal and the Indo-Pacific

5月22日「太平洋島嶼国に戦略的拠点を築こうとする中国―インドニュースサイト報道」(The EurAsian Times, May 22, 2022)

 5月22付けのインドニュースサイトEurAsian Timesは、“Chinese ‘Military’ Base Near USA – After Australia, China Looks To Develop Solomon Islands-Like Facility Near Hawaii – Reports”と題する記事を掲載し、太平洋島嶼国のソロモン諸島に中国が拠点を築くという計画が発覚したが、さらに他の島嶼国とも中国が類似の交渉を行っているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 「ソロモン諸島との協定とほぼ同じ内容を含む協定について、彼らは、キリバスや少なくとも太平洋島嶼国のもう1ヵ国と交渉している」と、米国の同盟国の匿名の情報当局者がフィナンシャル・タイムズ紙に語った。
(2) 中国外交部は、4月にソロモン諸島との安全保障協定締結を公表した。「漏洩した文書」によると、中国政府はソロモン諸島の中国人と主要計画を守るために部隊を配備できるようになる。また、このソロモン諸島は中国に対し、武装警察、軍人、その他の法執行機関の派遣を要請する可能性がある。さらに、中国がソロモン諸島で兵站補給を行うために寄港したり、乗り継ぎ等のための24時間以上の滞在やそれ以下の滞在を行ったりすることができる条項もある。ある米政府当局者は、中国政府は太平洋島嶼国に「戦略的な拠点」を築こうとしていると語った。
(3) キリバス外務次官のMichael Foonは、同国政府がどのような国とも安全保障協定について協議していないと否定した。しかし、キリバス野党の党首Tessie Eria Lambourne,は、協議の存在を知らなかったが、中国との関係を急速に変化させているこの国は、現地の人々を心配させていると語り、「この地域の戦略的な場所に軍事的プレゼンスを確立しようとする中国の計画の次が、我々である」と述べている。
(4) キリバスは、U.S. Indo-Pacific Command司令部がある米国ハワイ州からわずか3,000kmしか離れておらず、中国軍をこの地域の米軍により接近させる可能性がある。中国はすでに、第2次世界大戦中に米国によって建設されたキリバスのカントン島の滑走路を改修するために同国と協力している。専門家によれば、キリバスは太平洋の地理的な中心に位置し、北米、オーストラリア、ニュージーランドを結ぶ主要な海上交通路が交差する戦略的な位置にある。したがって、カントン島に大きな増強があれば、紛争が起きた場合に中国に有利になる可能性がある。これは、将来中国との可能性のある紛争が起きた場合、米国に軍装備品の供給を頼みにする米国の同盟国にとって警戒すべき進展である。たとえば、中国が台湾を侵略し、本土との統一を強行しようとした場合、米国が介入することが難しくなるかもしれない。太平洋諸国政府のあるアドバイザーはロイター通信に対し、「この島は固定空母になるだろう」と、この計画の機密性を理由に匿名を条件に語っていている。
(5) U.S. Department of Stateのある当局者は、米国は中国とキリバスとの協定を含む安全保障協力に関する懸念を「非常に真剣に」受け止めたと語っている。彼は、中国がトンガとバヌアツとも交渉している恐れがあると述べ、「中国人は、軍事的又は準軍事的な方法で活動できる場所を拡大するために、世界的な取り組みを現在行っているようである」と語った。太平洋島嶼国内で急拡大する中国の足掛かりとなる拠点は、この地域の地政学的価値から、米国とその同盟国の懸念を高めている。
記事参照:Chinese ‘Military’ Base Near USA – After Australia, China Looks To Develop Solomon Islands-Like Facility Near Hawaii – Reports

5月23日「中国のグレーゾーン戦略のこれまでとこれから-英専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, May 23, 2022)

 5月23日付のシンガポールThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のInstitute of Defence and Strategic Studiesが発行するIDSS Paperは、英Lancaster Universityの博士研究員Andrew CHUBBの” China’s Grey Zone Strategy: Historical Trajectory, Recent Trends and Policy Options”と題する論説を掲載し、そこでCHUBBはASEANと米国が南シナ海における自国の利益、地域の安定、海洋環境を守るためには、経済的措置による抑止、ASEAN内の紛争解決の可能性の活用、そして共同漁業管理態勢に向けた取り組みが必要とであるとして、論旨以下のように述べている。
(1) 米国Biden政権が発表した2022年2月のインド太平洋戦略は、この地域の米国の同盟国および提携国への圧力に対抗しようとする米国の意思を明らかにした。しかし、ここ数十年、中国が南シナ海で進めてきたグレーゾーンの活動を、米国は抑止することができるのか。また、ASEANとその加盟国を含む他の地域諸国は、南シナ海における自国の利益、地域の安定、海洋環境を守るためにできることはあるのか。地域が直面するこれらの重要な問題に答えるためには、中国のグレーゾーン戦略の歴史を検証することが有効である。
(2) Maritime Assertiveness Times Series(MATS)データセットには、1970年から2015年までの中国、フィリピン、ベトナムによる南シナ海における紛争がデータ化されている。1970年以降、そのデータは南シナ海において、中国の主張がほぼ一貫して激化し続けていることを示している。1970年以降の約半世紀の間に、中国が何らかの形で近隣諸国の犠牲の上に自らの立場を明確にしなかったのは4年間しかない。このデータからは、中国の政策に大きな変化が生じたのは2007年以降であることがわかる。2007年以降、中国は急速に海警船を増強し、人工島の拡張を中心に頻繁に強制的な行動を取りながら、長期の行政管理の強化を始めた。この時期は、欧米の多くの分析が想定する数年前であるので、中国のグレーゾーン戦略の背景に2008年の世界金融危機後に米国の信頼性が低下したこと、及び2012年に習近平が中国共産党の指導者になったことがあるという見方は否定される。さらに、このデータは、中国が国内および外交の分野で南シナ海を争うことに長きにわたって弱点があり、その結果、形而下の海上での活動に大きく依存していることを明らかにしている。
(3) 南シナ海の紛争における軍事的側面は、時間の経過とともに紛争全体の中で目立たなくなってきた。1990年代以降、特に2003年の南シナ海に関するASEAN・中国の行動宣言以降、係争中の岩や岩礁の直接的な奪取は、一方的な行政活動や強制に取って代わられてきた。これらは、米国が軍事力で反撃するのに不向きな争いの形態である。
(4) 係争海域における行政的な存在の高まりは、2013年から2015年にかけての人民解放軍による生態を破壊する人口島建設以上に、南シナ海の海洋環境を破壊する可能性がある。何百もの岩礁や環礁が無人のままである一方で、人間の存在、特に漁業が全般的に増加し、生態系に壊滅的な影響を及ぼしている。気候変動による生態系の崩壊や悲惨な社会的影響を避けるために、環境協定と漁業協力は緊急の優先事項となっている。
(5) 1970年代以降、中国の活動範囲は、パラセル諸島から、1980年代には南シナ海中部とスプラトリー諸島、1990年代にはベトナム大陸棚、2000年代後半にはマレーシア・ボルネオ島やインドネシア・ナツナ諸島付近の最南端まで広がっている。
(6) 2016年以降のMATSデータ収集は完了していないが、全般的に同じ傾向が強まったか、少なくとも継続されているように思われる。2016年のフィリピン対中国の国連海洋法条約(以下、UNCLOSと言う)仲裁判決を受けて、9段線に基づく中国の海洋管轄権は違法とされ、中国の主張は一時的に弱まった。2012年以来、フィリピンの漁民は中国海警総隊の干渉を受けずにスカボロー礁で漁を行うことができ、中国とベトナムの間の石油・ガスの小競り合いも知られていない。9段線の端にある石油・ガス資源に対するさらなる強圧的な行動を控えるだけで、中国は仲裁判決の主要な面に準拠するようになる。
(7) しかし、中国側のそのような行動抑制は短期間であった。2017年と2018年、北京はハノイに圧力をかけ、中国がUNCLOSに基づいた主張をしていない大陸棚にもかかわらず、ベトナムによる井戸掘削を中止させた。2019年以降、北京はベトナムとマレーシアの大陸棚でのエネルギー探査活動に対し、同地域での集中的な測量や近接監視を行い、威圧感を強めた。また、2019年末、中国は海警局の船舶を伴って数十隻の漁船を九段線区域の南端にあるインドネシアの排他的経済水域に送り込み、そこでインドネシア政府の船舶と対立した。
(8) 2013年から2015年にかけての中国の巨大な人工島建設により、周辺海域でのトロール船が増加した。2018年から2021年にかけては、サンド礁(Sandy Cay)やウィットサン礁など、フィリピンが緩やかに支配する海域に数百隻のトロール船が配置された。人工島の拡大により、セカンド・トーマス礁やルコニア礁など、同海域の最南端の海域に中国海警船が常駐するようになった。ベトナムとマレーシアのエネルギー探査に対する水上からの圧力も、人工島の前哨基地からの補給によって維持されている。これらの例は、MATSのデータで観察されたように、ある時期の主張が将来の活動を促進し、国家の実践の累積を生み出す傾向を示すものである。
(9) これらの観察結果は、政策立案者に以下3つの主要な示唆を与えている。
a. 第1は、軍事的危険性よりも経済的措置に重点を置いた抑止力である。中国の行動に関するデータは、南シナ海における中国の政策が、一般に考えられているよりもはるかに大国間競争とは関係がないことを示唆している。中国の過去のグレーゾーンでの動きは、いずれも米国の超えてはならない一線を越えていない。このため、米国の戦略家の中には、軍事的な激化のリスクを高めた作戦を意図的に行うことを提唱する者もいる。しかし、それは東アジアにおける米国の中国に対する重要な強み、すなわち米国が安定した勢力であるという地域諸国の信頼を損なうことになる。米国は、地域諸国が歓迎する程度に地域の軍事的プレゼンスを強化すべきであるが、その抑止戦略は、軍事的対立の危険性を高めることを目指すべきでない。その代わりに、中国の政党国家が国内の合法性を保つために国内の生活水準の向上に依存していることを利用し、経済的な制裁に焦点を当てるべきである。
b. 第2は、ASEAN 内の紛争解決の可能性である。ASEANが発信し得る最も強力な抑止力の1つは、南シナ海のASEAN域内の紛争を解決するための措置を講じることである。ASEAN諸国は、2016年のUNCLOS仲裁判決を参考に紛争地域に関する専門家の議論を促進することができる。この問題に関する実務者協議を持ち、そして、正式な解決を待って、紛争地域に関する合意事項を定義することができる。ASEAN域内のことなので、これを北京が反中国的と見なすのは難しいだろう。しかし、北京は南シナ海に関するASEANの結束に敏感であり、孤立を恐れているため、中国が行動を抑制する大きな動機を与えることができる。
c. 第3は、共同漁業管理態勢である。科学者たちは、気候変動と乱獲が相まって水産資源が崩壊寸前であると警告しており、南シナ海の漁業に関する地域レベルの協力は、すべての紛争当事者にとって緊急の課題である。ASEANは、専門家会議を開催し、様々な気候や経済シナリオの下でのこの地域の水産資源の推定を行い、科学的証拠に基づく政策提言を行うべきである。
記事参照:China’s Grey Zone Strategy: Historical Trajectory, Recent Trends and Policy Options

5月25日「太平洋島嶼諸国と包括的協定の締結を模索する中国の動向―英日刊紙報道」(The Guardian, May 25, 2022)

 5月25日付の英日刊紙The Guardian電子版は、“China is pursuing a Pacific-wide pact with 10 island nations on security, policing and data – report”と題する記事を掲載し、中国の王毅外交部部長の太平洋諸国歴訪と、それに先立って回覧された太平洋島嶼諸国全体との協定の内容、そしてそれに対するミクロネシア連邦の反発について、要旨以下のように報じている。
(1) 中国の王毅外交部部長が太平洋島嶼諸国への歴訪を開始する。フィジーで開かれる予定の会合で、王毅は太平洋全体に跨がる、太平洋島嶼諸国との間の警備、安全保障、データ通信の協力に関する協定を結ぼうとするであろう。それに先立って、太平洋諸国には共同記者会見での発表草案と5ヵ年計画が送付されている。
(2) その草案に対し、ミクロネシア連邦が「地域の安定を脅かす」ものであると強く反発している。同国大統領David Panueloは、太平洋諸国の指導者らに送った書簡で、共同記者発表は拒絶されるべきである、なぜならそれが西側諸国と中国の新冷戦を過熱させるからだと述べている。
(3) 王毅外交部部長は5月26日から6月4日にかけて、中国と外交関係を結ぶ8つの国を訪れる予定である。26日にソロモン諸島に到着する予定であるが、最近中国は同国と安全保障協定を締結し、オーストラリアや米国、日本などがそれによって中国が太平洋に足がかりを得ることになると反発した。中国はそうした意見に、ソロモン諸島との協定は国内の警備に関するものであるとして否定した。
(4) オーストラリアの新外相Penny Wongは25日、「中国はその意図を明らかにしてきたが、オーストラリアの新政権もそうしていく」と主張し、労働党政権は太平洋におけるオーストラリアの地位回復のためにたくさんやるべきことがあると述べている。
(5) 今回発表された太平洋諸国全体との協定は、中国が2国間関係から多国間関係を重視していく方針に転換したことを示しており、それは西側諸国の懸念を強めるであろう。事前に回覧された共同記者発表草案と5ヵ年計画によれば、中国と太平洋諸国は今後「伝統的・非伝統的な安全保障分野におけるやりとりと協力」を深め、「中国は2国間・多国間的な手段を通じて、太平洋諸国に中・高度な警備訓練を実施する」ということである。法執行機関、警察などの協調に関する大臣級対話も予定されているという。それ以外にもサイバーセキュリティや税関システムの構築、自由貿易、気候変動、公衆衛生に関する協力や支援に関する記述もある。
(6) ミクロネシア連邦大統領は、そうした協定は太平洋島嶼国全体を中国の勢力圏にかなりの程度接近させ、「われわれの経済と社会全体を中国に結びつける」ものだと警告した。Panueloは、台湾をめぐって米中の緊張が高まるなかで、太平洋がそれに巻き込まれる危険性を恐れているのである。中国による税関システムの提供についても、中国にさまざまなデータ収集や人びとの移動の監視を許すことになると指摘する。またPanueloは、気候変動が太平洋にとって最大の安全保障上の脅威であるとし、オーストラリがこの問題に熱心でなかったことを批判した。それに対し新首相Anthony Albaneseは、この問題に対する支援の強化を約束した。
記事参照:China is pursuing a Pacific-wide pact with 10 island nations on security, policing and data – report

5月26日「QUAD、違法活動を行う『ブラックシップ』対処に宇宙を活用―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, May 26, 2022)

 5月26日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、Pacific Forum非常勤研究員でオーストラリアSpace Industry Association執行役員Philip Citowickiの““Black ships”, the Quad and space”と題する論説を掲載し、Philip CitowickiはQUAD首脳会談で「海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ」と「日米豪印衛星データポータル」が提起されたが、前者はいわゆるブラックシップへの対処の有効であり、後者は気候変動への対応で期待されるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2021年9月、ワシントンにおけるQUAD首脳会談では、QUAD構成国は野心的な宇宙に関する行動計画を発表した。作業部会は多くの重要な戦略的領域において前進するよう任務付与されている。この中には「地球と海洋の保護」という大望を持つ衛星データの交換を含まれている。
(2) 首脳会談のFactSheetは、ほぼ瞬時に、統合され、費用対効果の高い状況図である海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ(Indo-Pacific Partnership for Maritime Domain Awareness:以下、IPMDAと言う)について詳述している。IPMDAは無線周波数技術のような既存の技術を活用し、市販されている利用可能なデータの利用を検討している。市販のものなのでデータは秘匿されておらず、QUADは恩恵を受けたいと考える幅広い提携者にデータを提供することできるとFactSheetは指摘している。
(3) 目的の1つはいわゆる「ブラックシップ」を識別することである。「ブラックシップ」は違法漁業、密輸、海賊などの違法活動を行うため、位置を追跡するための発信器を「切」にしている。特に中国漁船団はインド太平洋の諸国と問題を起こしており、同時に世界中の海で略奪を行っている。観測衛星と偵察衛星の拡散は今や発信器を「切」にしている船舶の追尾を可能にしている。2022年現在、約5,700基の衛星が運用中であり、それ以上の衛星が間もなく打ち上げられる。
(4) IPMDA構想は、環境、安全保障の両面で地域に利益をもたらすだろう。中国漁船団を識別することは彼らの行動をより速やかに特定する上で役に立ち、グレーゾーン戦術として外国の海域へ進入し、当該国の漁船を恫喝することを押し返すことを助けるかもしれない。中国船は漁業に従事しているところが確認されていなくても中国の海洋法執行船あるいは海軍艦艇とともに係争海域において政治目的を達成することが経費的にも推奨されている。IPMDAは熱烈に歓迎されるべきである。IPMDAは他の会議での口先だけの誓約を越えて目に見える行動を提供している。IPMDAはQUAD構成国による2国間合意の足がかりにもなっており、QUAD加盟に関心を持つ他国との統合への道筋を提供している。
(5) 東京での首脳会談が発表した今1つの構想は、「日米豪印衛星データポータル」の提供である。日米豪印衛星データポータルは、気候変動によってもたらされる課題に対する災害強靱性を構築する努力に貢献できる各国衛星データ資源へのリンクを集約できることを目指している。
(6) しかし、QUADは宇宙空間においてさらなることが実施できる。宇宙に関する「規範と指針を協議」する誓約に沿って行動し、米国が2021年4月に単独で発表したように対衛星兵器の試験を禁止するQUADの誓約を確立する機会がある。この種の誓約は宇宙における行動の新たな規範を構築しようとする新しいUN Open Ended Working Groupでの議論を支援するだろう。QUADによるこのような誓約は、大きな集団よりも抑制されることの少ない少国間の組織の価値を示すだろう。
記事参照:“Black ships”, the Quad and space

5月26日「民間船団の軍事利用を拡大するロシア-米専門家論説」(Eurasia Daily Monitor, May 26, 2022)

 5月26付の米シンクタンクThe Jamestown Foundationのデジタル誌Eurasia Daily Monitorは、ユーラシアの民族・宗教問題の専門家Paul Gobleの” Moscow to Expand Use of Russia’s Commercial Fleet for Military Purposes”と題する論説を掲載し、そこでGobleはロシア副首相が、海軍のドクトリンを改訂し、すべてのロシア船籍の船舶を戦争時に軍事任務に利用できるようにすると発表したことに対する海軍関係者の発言から、ロシア政府はロシアの民間船舶の大半を軍事的予備軍とみなしていると分析し、一方で近代的な海軍の構築に向けた努力を止めるべきではないとの意見を紹介して、その展望を要旨以下のように述べている。
(1) 5月20日、ロシアBorisov副首相は2017年7月に採択されたロシア海軍のドクトリンをウクライナでの特別軍事作戦の経験に基づいて修正する必要があると主張し、この紛争によって海軍が国益を守る能力を維持できるよう、変更の必要性が示されたと述べている。さらに、この変更は可能な限り全てのロシア船籍の民間船を民間貿易ができ、必要時に軍事的使用が可能な軍民両用の船となるように建造または改造することとした。
(2) この点について、元ロシアBaltic Fleet司令官Vladimir Valuyev 大将は、ブズグリアド(Vzglyad)紙に対し、モスクワは常に武力紛争時には民間の船団を利用することを計画してきたが、その移行を容易にするために政策変更が必要と述べている。また、小型の民間船は、掃海艇として使用される可能性があり、特に船体がプラスチック製や木製の場合、最も影響を受けると述べた。
(3) 元ロシア海軍大佐Maksim Klimovは、次のように主張した。ロシアと西側諸国との対立は、長期化することが明らかになったため、今回の政府案が必要になった。そのため、ロシア政府はあらゆる資源を駆使して対応しなければならない。ソ連時代、国家はその必要性を今よりも重視していた。しかし、現在のウクライナでの紛争は民間船の軍事利用によるロシアの能力開発の必要性に再び焦点を向けさせている。ロシアが軍事的紛争に巻き込まれるときはいつでも、民間の船団をロシア軍の後方支援部隊に素早く変身させなければならない。シリアではある程度それが実現した。しかし、ウクライナ紛争が示すように、もっと多くのことを行う必要がある。本格的な戦争が始まって以来、トルコは1936年のモントルー条約に基づく権利を行使して、トルコ海峡をロシア軍艦の航行に対して閉鎖した。したがって、黒海にある海軍部隊への補給には、民間船を利用せざるを得ない。
(4) トルコの専門家Yörük Işık は、ロシアは数ヶ月前からモントルーの精神に反して戦時中の海峡通過の制限を回避し、民間船を定期的に派遣して黒海艦隊に補給を行っていると指摘している。
(5) ロシア艦隊に関する限り、この地域の最も重要な問題の1つは、コンテナ船の不足である。ロシア政府はこの不足に早く対処しなければならない。また、多くのロシア船が他国の船籍で航行していることにも注意が必要で、その数を減らすとともに、たとえ外国船籍であってもロシア企業に出動命令を出させる体制が必要であるとKlimovは述べている。
(6) これは、ロシア政府がロシアの国家安全保障の名の下に国際海洋法を無視することを計画している可能性を示している。
(7) Konstantin Sivkov元海軍大佐も同意見である。彼は、軍事衝突が起こった場合、ロシア軍に十分な物資を供給するために、コンテナ船を徴用する必要があると指摘している。このような船舶の価値は、1982 年のフォークランド紛争における英国の経験によって示され、その重要性はここ数十年で増すばかりだと彼は主張している。さらに、ロシアの海軍司令官らは、石油や天然ガス、さまざまな種類の貨物を輸送できる船舶を動員したいと考えるとも述べている。加えてブズグリアド紙は、軍人の移動のために、旅客船を海軍の管理下に置くことも要求され、これらはすべて軍事ドクトリンの改訂に含まれるだろうと報じている。
(8) このような発言を総合すると、ロシア政府はロシアの民間船舶 296 隻の大半を軍事的予備軍とみなしていることになる。しかし、Russian Academy of Sciences(ロシア科学アカデミー)の安全保障問題研究者Ilya Kramnikは、Borisovが提案する民間船団への措置を取るにあたって、ロシア政府は大規模で近代的な海軍の構築に向けた努力を止めるべきではないと指摘し、海軍の建設計画が遅れていることを考えると、そこに多くの努力を払う必要があると彼は述べている。この発言は、ロシア政府が海軍の問題に対する手っ取り早い解決策として民間船団に目を向けているのではないかと、同氏や他の人々が危惧していることを示唆している。もしそうであれば、公海におけるロシアの地位は悪化の一途をたどり、政治指導部と海軍最高司令部との間の対立は激化するだろう。
記事参照:Moscow to Expand Use of Russia’s Commercial Fleet for Military Purposes

5月27日「高まるスービック湾の軍事基地としての価値―香港紙報道」(South China Morning Post, May 27, 2022)

 5月27日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、日本の共同通信が配信した記事を“Philippines starts using Subic Bay facing South China Sea as naval base to counter China’s growing assertiveness”と題して掲載し、米海軍がフィリピンのスービック湾から撤退して約30年経ったが、この湾の軍事基地としての戦略的重要性が再認識されているとして、要旨以下のように報じている。
(1) E5月の第4週、南シナ海に面したスービック湾を海軍基地として使用し始めたと発表した。これは、紛争海域で自己主張を強める中国に対抗するための動きである。フィリピン海軍のミサイルフリゲート2隻のうち1隻が、5月24日にこの新しい基地に配備された。これは、米海軍が首都マニラの西約80kmにあるこの戦略的区域から撤退して約30年後のことである。この基地は、旧造船所の約100ヘクタールの敷地にあり、フィリピン海軍に貸与されている。米軍は、この湾の旧米海軍基地跡地にある同施設の共同利用を求める可能性がある。一方、スービック湾の港湾関係者によると、フィリピン空軍は海洋紛争を監視し、対応するためにスービック湾国際空港に航空機を常駐させる計画を立てている。この空港は、かつて米軍基地の一部を構成していた。
(2) 1992年11月に米国が撤退した後、フィリピン政府と中国政府が領有権をめぐって争い、膠着状態に陥って近海の緊張が高まる中、この湾の戦略的重要性が再認識されていた。この港を管理するSubic Bay Metropolitan Authority(スービック湾都市圏庁)のRolen Paulino会長はインタビューで、「年内に」海軍の残りの艦艇がこの基地に移動する可能性があると述べ、米国と日本の艦艇の寄港を歓迎すると付け加えた。スービック湾空港の運営を担当するZharrex Santosによると、フィリピン港湾当局は2月、空港の一部を空軍の前進基地として「線引き」する契約をフィリピンDepartment of National Defenseと締結した。米軍は、2014年にフィリピンと防衛協力強化のための協定を結んでいる。米軍はフィリピンの基地内に施設を建設することが認められており、東南アジアの国に再び軍隊を駐留させることが事実上可能になっている。2015年に港湾局がフィリピン海軍に港の一部を無償で貸し出すことに合意して以来、すでに少数の艦艇がここの商業港に常駐していた。
(3) Ferdinand Marcos Jr.次期大統領は5月26日の記者会見で、フィリピンと米国は長年にわたり「非常に強力で非常に有益な」関係を築いてきたが、海洋紛争をめぐって中国との意思疎通を維持する意向があるとも述べている。
記事参照:Philippines starts using Subic Bay facing South China Sea as naval base to counter China’s growing assertiveness

5月28日「サモア、中国との間に2国間協定を締結―英日刊紙報道」(The Guardian, May 28, 2022)

 5月28日付の英日刊紙The Guardian電子版は、“Samoa signs China bilateral agreement during Pacific push by Beijing”と題する記事を掲載し、サモアが中国との間で二国間協定を締結したことに言及し、中国の王毅外交部部長が太平洋諸国を歴訪しつつ、各国との関係を深めようとしているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国の王毅外交部部長が太平洋諸国を歴訪中、28日にサモアと中国の間に2国間協定が締結された。その詳細は明らかではないが、両国間の「より幅広い協力」を約束するものである。王毅の歴訪に先立って、中国は太平洋島嶼諸国10ヵ国に、包括的な協定案を提示していた。それに対し西側諸国の指導者は、中国が安全保障の範囲を太平洋地域全体に広げようとする試みに対抗するよう、太平洋諸国に呼びかけている。
(2) サモア政府は、サモア首相Fiame Naomi Mata’afaと王毅が会合し、「気候変動と世界的感染拡大、平和と安全保障」について議論したと発表した。地元メディアは協定の調印式に招待されたが、質疑の時間はなかった。サモアの記者発表によれば、中国はサモアのさまざまな部門に対する基幹施設開発支援を提供し続け、そしてまた将来的な構想の枠組みも整えられたという。
(3) オーストラリアの新首相Anthony Albaneseは、この協定に直接言及した訳では無いが、これまでのオーストラリア政府が太平洋諸国との関係構築において拙劣であったと批判した。Albaneseは、太平洋諸国に対する支援を増やすようDepartment of Foreign Affairs and Trade(外務貿易省)から提案があったにもかかわらず、前政権はそれを拒絶したと指摘し、今後は太平洋に積極的に関与していきたいと述べている。
(4) 中国の外交使節団はソロモン諸島とキリバス、サモアを訪問しており、その後フィジー、トンガ、バヌアツ、パプアニューギニア、東ティモールを訪れる予定である。同時期の27日金曜日、オーストラリア新外相Penny Wongがフィジーを訪問した。ソロモン諸島が中国と安全保障協定を結んでから、オーストラリアは太平洋島嶼諸国との関係再構築に熱心である。そこでWongはその協定に対する懸念を表明し、「地域の安全は地域によって決定されるべきだ」と述べている。
(5) フィジー首相Frank BainimaramaはWongを歓迎したが、他方Scott Morrison前首相を批判した。彼は、フィジーは誰かの裏庭であるということはなく、太平洋の家族の一員だと述べたが、これは、Morrison前首相が2019年に太平洋をオーストラリアの裏庭だと表現したことを暗に批判したのであろう。そして、フィジーの最大の懸念は地政学ではなく気候変動だと主張した。
(6) 王毅外交部部長は、ソロモン諸島との間で結ばれた協定に対する西側諸国の「中傷と攻撃」を鋭く批判した。他方、ミクロネシア連邦大統領のDavid Panueloは、中国と太平洋島嶼諸国全体の間の包括的協定が持つ危険性を警告した。
(7) 27日、王毅はキリバス大統領Taneti Maamauと会合を開き、漁業や教育、衛生問題について協議した。匿名の政府関係者によると、キリバス側は安全保障協定についてはあまり関心がないと述べたという。加えて、漁業のための海洋保護区域の再設定や、カントン島における滑走路拡張などの計画についても話し合われたという。中国国営メディアは、この会合が2国間関係における重大な一里塚であると激賞した。両国はCOVID-19に関する協力の強化、「環境保護を前提とした」海洋分野での協力についても合意したという。
記事参照:Samoa signs China bilateral agreement during Pacific push by Beijing

5月30日「中国の海上民兵に関する神話と現実―中国海洋戦略専門家論説」(IIDS Paper, RSIS, May 30, 2022)

 5月30日付の、シンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)が発行するIIDS Paperは、北京大学海洋戦略中心執行主任の胡波の“China’s Maritime Militia in the South China Sea: Myths and Realities”と題する論説を掲載し、そこで胡波は中国の海上民兵の役割、重要性が一般的に認識されているよりも小さくなっているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国の武装力量は、中国人民解放軍、中国人民武装警察部隊、民兵によって構成され、民兵は公式にその存在が認められている。しかし、民兵の数や役割、影響力に関してはこれまでかなりの程度誇張されてきた。それは、中国の地方政府やメディア、または「中国の脅威」を訴える傾向のある米国の学者らがその役割を誇張してきたためである。特に後者は、そうしたメディア報道などに依存しつつ、十分な現地調査を行っていない。
(2) こうした、民兵の役割を誇張する集団に共通しているのは、そもそも「民兵」とは何かを正確に定義できていないことである。ともすれば、すべての漁民が海上民兵とみなされてしまっている。漁船・漁民が民兵であるかどうかは、その所属ではなく行動によって客観的に判断される。中国の漁船が係争海域に姿を現すことは珍しいことではなく、商業にかかわる問題だ。また、彼らが他国の航行を妨害したり、軍事的行動を採るのでなければ、海上民兵であるとみなされたりするべきではない。また、漁業に対する助成金支出は中国に限ったことではない。
(3) 民兵の重要性を検討するためには、その歴史を把握する必要がある。冷戦期、中国の海上民兵の重要性は3つの理由から大きかった。第1に、人民中国建国から長い間、海軍と海上法執行機関は脆弱であったため、漁船など民間の力を借りることなしに任務を適切に遂行できなかった。第2に、中国の人民戦争という伝統的な考え方が、常備軍と国民の間の境界線をあいまいにしてきた。そして、人民の支援ゆえに共産党が国民党を打倒できたという事実がこの考えを強化した。このため、中国にとって国を守るためにあらゆる力を動員するのは自然のことなのである。第3に、中央による計画経済の時代においては、漁業を含むあらゆる産業に携わる関係者が、政府の統制に従わねばならなかった。個人の利益よりも国や社会の利益が圧倒的に重要だった。
(4) こうした歴史的状況は、もはや今日には当てはまらない。海軍と海警総隊は強力になったため、海上民兵を活用する必要性は小さくなった。中国は太平洋西部では米国を含むどの国よりも多くの艦船を配備している。また、軍の近代化が進むにつれ、軍、警察、民間と、それぞれの部隊の専門性が強調されるようになり、境界線がはっきりしてきた。そして、市場経済原則の導入により、漁業自体が魅力ある産業ではなくなっており、南シナ海の中国漁船団の規模が縮小している。
(5) こうしたことを背景に、少なくとも平時においては、中国海上民兵の役割は間違いなく小さくなっている。米国は中国の海上民兵の活用を非難するが、米海軍でさえ、少なくともここ10年間、中国の海上民兵と遭遇したことを示すものを見いだせていない。また、2019年の「新時代的中国国防」においても、軍の能率化、専門化が強調され、「民兵の数の縮小」が提案されている。中国の民兵が無くなることは今後もないだろうが、過去におけるその重要性は今日には当てはまらない。
記事参照:China’s Maritime Militia in the South China Sea: Myths and Realities

5月30日「南シナ海で中国を突き動かす要因はなにか?―中国南海研究院研究員論説」(South China Morning Post, May 30, 2022)

 5月30日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、中国南海研究院の非常勤上席研究員Mark J. Valenciaの“What is driving China’s ‘assertiveness’ in the South China Sea?”と題する論説を掲載し、そこでValenciaは米シンクタンクNational Bureau of Asian Researchが最近発表した報告書における、中国の南シナ海での行動の根本的要因に関する結論に疑義を呈し、歴史的背景と現在の米中戦略的対立をもっと重視すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国の著名なシンクタンクNational Bureau of Asian Researchが、南シナ海における中国の攻撃的姿勢に関する報告書を発表した。その主な結論は、「中国の南シナ海における攻撃的姿勢は、一般的に考えられているより、米国の世界的な力や国際関係に関わる方針とは、あまり関係がない」ということである。しかしこの結論は妥当なものではない
(2) この結論は、「係争海域における国家の行動の意義は、しばしば文脈によって変わる」とする報告書の一節と矛盾する。同報告書は、南シナ海における中国のやり方は、他の権利主張国との間で領域や資源をめぐる主張の対立によって突き動かされているとするが、それは正確ではない。中国を突き動かしているのは、その歴史的認識と、現在米国との間で繰り広げられている戦略的対立なのである。
(3) 中国の歴史的観点からは、南シナ海は、西洋の侵略者に対して中国の脆弱な部分への接近路となる海域であり、そうした認識は現在にも適用される。それを背景として、中国はこの海域を支配したいと考えており、地域の覇権をめぐる米中の戦略的対立の交差点となっている。中国は米国に対し「接近阻止・領域拒否」と呼ばれる戦略を展開し、米国は指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察のC4ISRを無力化することで対抗しようとしている。とりわけ、情報と監視、偵察のISRは双方にとって「槍の穂先」のようなものである。
(4) 南シナ海はまた、中国にとって、海南島南部楡林を拠点とする報復攻撃用の原子力潜水艦の「聖域」である。この潜水艦は先制攻撃に対する保険であり、そして米国は先制攻撃を行うことを否定していない。米国としては中国がこの聖域を確保することを望んでおらず、ISR探査システムを活用して中国潜水艦の行動能力を確かめようとしている。
(5) 中国からすれば、攻撃的なのはむしろ米国の方である。2011年の「アジアへの回帰」以降、航行の自由作戦や上記ISRの継続などがその証拠である。Trump政権になり米国は軍事的行動のペースをあげ、米国が南シナ海にある中国の設備を攻撃するのではないかと中国が恐れたほどである。Biden政権になってもこのペースは維持されている。この10年の間で空中・海中の哨戒行動のペースは上がり、いまは1日に4回、1年に1,500回のペースまでに増加している。流されたUS Navy-National Security Agency(米海軍・国家安全保障局)の報告書によれば、ISRにかかわる行動の中には、標的となる軍隊をあえて「くすぐり」、反応させることで傍受可能な通信をさせることを意図したものもあるという。
(6) それに対して中国の対応は、占有している南シナ海のいくつかの島や環礁などに、紛争時に米国のISRを探知、妨害、必要であれば無力化する能力を開発することであった。中国にとってこうした施設は自国の存立に関わるものである。実際、これらの施設は人工衛星や早期警戒システムなどによって補完され、「海上核抑止のための海上の砦」とされている。
(7) 以上の点から、南シナ海における中国の行動の分析は個別の対応の観察などから導き出すのではなく、歴史的背景などから推論されなければならないということが言える。確かにNational Bureau of Asian Researchの報告書も、中国による「他の権利主張国に対する攻撃的行動のいくつかは、間接的に地域における米国の信頼を弱めるため」だと認めている。また報告書は、米国は「中国の地域の支配に向けた戦略的発展を相殺するために、地域の国々が受容可能な方法で軍事的展開を強めるべきである」としているが、これが状況の基本的な戦略的文脈の認識に達するもっとも精密な報告である。しかし、報告はこれらの洞察を分析に統合することに失敗している。報告書はさらなるデータが必要として終わっている。しかし、分析上の問題はデータの不足ではなく、中国の南シナ海における行動を突き動かしている基礎的要因に対する認識の不足である。
記事参照:What is driving China’s ‘assertiveness’ in the South China Sea?

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Can a U.S.-China War Be Averted?
https://nationalinterest.org/feature/can-us-china-war-be-averted-202584
The National Interest, May 23, 2022
By Paul Heer, a Distinguished Fellow at the Center for the National Interest and a Non-Resident Senior Fellow at the Chicago Council on Global Affairs
 2022年5月23日、米シンクタンクCenter for the National InterestのPaul Heer名誉研究員は、米隔月刊誌The National Interest電子版に" Can a U.S.-China War Be Averted? "と題する論説を寄稿した。その中でHeerは、米国にとっての最大の危険は米国が自信を喪失することと、どちらかが「勝つ」ためには必ず相手を打ち負かす必要があると思い込むことの2点であると話題を切り出し、オーストラリアのKevin Rudd元首相の主張する「管理された戦略的対立」の考え方、すなわち中国政府と米政府が不可避である戦略的対立を一定限度内に抑えつつ、明らかに両国の利益に資する場合には協力の機会を最大化できるような相互理解と道筋を追求することが、2つの大国が将来に向けて共通の道を歩むためのロードマップを提供するだろうと主張している。

(2) China feels the heat in South Asia and IOR
https://www.orfonline.org/expert-speak/china-feels-the-heat-in-south-asia-and-ior/
Observer Research Foundation, May 24, 2022
By Antara Ghosal Singh is a Fellow at the Strategic Studies Programme at Observer Research Foundation, New Delhi. 
 5月24日、インドのシンクタンクObserver Research Foundationの研究員Antara Ghosal Singhは、“China feels the heat in South Asia and IOR”と題する論説を、同シンクタンクのウエブサイトに寄稿した。その中で、①最近の南アジア諸国の混乱は、中国政府に警鐘を鳴らしている。②中国では、パキスタンの新しいSharif政権は少なくとも最初の数年間は米国やインドとの関係修復を優先させるのではないかと懸念されている。③特に米国の撤退後、中国はアフガニスタンとパキスタンの協力関係の深化を主導しようとしているが、最近のパキスタンは Tehrik-e Taliban Pakistan(パキスタン・タリバン運動:パキスタンのスンニ派過激組織:訳者注)とIslamic State in Iraq and the Levant (イラク・レバンとのイスラム国:イラク及びシリアを拠点とするスンニ派過激組織:訳者注)の戦闘員をアフガニスタンが抑制しないことを非難し、一方でタリバンはパキスタンがアフガニスタン国内で国境を越えた軍事攻撃を行い、多数の民間人に犠牲者を出していると非難している。④中国の戦略家たちはすでに、ネパールのDeuba政権を「親米」「親印」とレッテルを貼り始めている。⑤スリランカでは、「親中派」とされるRajapaksa一族の追放が中国側を警戒させており、新大統領のGotabayaは就任以来、中国の「債務の罠」に公然と異を唱えている。⑥中国政府は、中国とインドのガルワン渓谷での衝突以降、インドと米国が南アジアにおけるインド太平洋戦略の遂行について何とか合意に達し、この地域における中国の戦略環境に影響を及ぼすために、互いに増々歩調を合わせているのではないかと疑っている。⑦中国は、このような中・米・印の三つ巴の競争という新たな潮流が、南アジアの小国の中国に対する交渉の余地を広げていると考えているといった主張を述べている。

(3) Believe Biden When He Says America Will Defend Taiwan
https://www.fpri.org/article/2022/05/believe-biden-when-he-says-america-will-defend-taiwan/
Foreign Policy Research Institute, May 25, 2022
By Thomas J. Shattuck, a non-resident Fellow in the Asia Program at the Foreign Policy Research Institute
 2022年5月25日、米シンクタンクForeign Policy Research Instituteの客員研究員Thomas J. Shattuckは、同シンクタンクのウエブサイトに" Believe Biden When He Says America Will Defend Taiwan "と題する論説を寄稿した。その中でShattuckは、5月23日の東京での記者会見においてBiden米大統領は台湾に関する軍事行動について明確なイエスを示したが、これは米国が台湾の防衛に乗り出すかどうか、またどのような条件で乗り出すかについて、これまで明言してこなかった数十年にわたる米国の曖昧戦略をひっくり返しただけだと考える人もいれば、米国の対台湾政策を十分に理解していないBiden米大統領の失言にすぎないと考える人もいると指摘している。その上でShattuckは、いずれにせよ、彼の発言は最初の一歩に過ぎず、台湾を守ると言うことは米国の一つの重要課題であることは間違いなく、台湾の防衛を成功させることは、米国が単独ではできないこと、またすべきでないことであり、これまでと異なる準備が必要な課題だと主張している。